IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 凸版印刷株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-立体的細胞構造体の製造方法 図1
  • 特許-立体的細胞構造体の製造方法 図2
  • 特許-立体的細胞構造体の製造方法 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-19
(45)【発行日】2022-07-27
(54)【発明の名称】立体的細胞構造体の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20220720BHJP
【FI】
C12N5/071
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021557863
(86)(22)【出願日】2021-08-20
(86)【国際出願番号】 JP2021030606
【審査請求日】2021-09-28
(31)【優先権主張番号】P 2020139260
(32)【優先日】2020-08-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003193
【氏名又は名称】凸版印刷株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100139686
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 史朗
(74)【代理人】
【識別番号】100169764
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100147267
【弁理士】
【氏名又は名称】大槻 真紀子
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 瑞穂
(72)【発明者】
【氏名】北野 史朗
【審査官】鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/146124(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/039457(WO,A1)
【文献】ADVANCED BIOSYSTEMS,2020年03月12日,Vol. 4, Issue 5,2000038 (pp. 1-8)
【文献】高分子学会予稿集,2017年,Vol.66, No.2, 2Q10
【文献】CORNING,トランズウェルクリアー24ウェル0.4μm細胞培養表面処理済み、滅菌済み, Product Number 3470, [オンライン], 検索日: 2021-10-28,インターネット, <URL: https://ecatalog.corning.com/life-sciences/b2b/JP/ja/%E3%83%91%E3%83%BC%E3%83%9F%E3%82%A2%E3%83%96%E3%83%AB%E3%82%B5%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%88/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%BA%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BC%EF%BC%88%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%83%86%E3%83%AB%E8%A3%BD%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%96%E3%83%AC%E3%83%B3%EF%BC%89/p/3470?clear=true>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00-5/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも内皮細胞を含む細胞集団と、カチオン性物質と、ヘパリンと、コラーゲンと、を混合して混合物を得る工程と、
得られた前記混合物から、前記細胞集団、前記カチオン性物質、前記ヘパリン、及び前記コラーゲンを含む細胞集合体を集める工程と、
前記細胞集合体を培地中で培養する工程と、を含む、脈管網を有する立体的細胞構造体の製造方法であって、
前記混合物中におけるヘパリン及びコラーゲンの濃度が、それぞれ2.6×10 -8 mg/mL以上1.25×10 -2 mg/mL以下である、製造方法。
【請求項2】
前記培養する工程を、前記混合物を得る工程と、前記細胞集合体を集める工程とを、少なくとも1回行った後に行う、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記細胞集合体を集める工程が、前記混合物を得る工程で得られた混合物から液体部分を除去し、得られた細胞集合体を溶液に懸濁し、得られた懸濁液から細胞集合体を集める工程である、請求項1又は2に記載の製造方法。
【請求項4】
前記細胞集合体を集める工程において、底面と壁とを有する容器内に前記細胞集合体を集め、前記底面の単位面積当たりに存在する前記細胞の数が、1.5×10個/mm以上1.5×10個/mm以下である、請求項1~のいずれか一項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、立体的細胞構造体の製造方法、及び立体的細胞構造体に関する。
本願は、2020年8月20日に日本に出願された特願2020-139260号について優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、再生医療はもとより、生体に近い環境が求められる薬剤のアッセイ系において、平板上で成育させた細胞よりも立体的に組織化させた立体的細胞構造体を使用することの優位性が示されており、生体外で立体的細胞構造体を構築するための様々な技術が開発されている。例えば、細胞が付着できない表面基板上で細胞塊を形成させる方法、液滴中で細胞塊を形成させる方法及び透過性膜上に細胞を集積させる方法等が開発されている。
【0003】
このような細胞の組織化を維持するためには、細胞間の結合や足場形成のために、生体自身が産生するコラーゲン等の細胞外マトリックス(ECM)が必要である。そのため、人為的に細胞組織を構築する際にECMを外部から添加することが検討されてきた。
【0004】
例えば、特許文献1には、酵素処理等により単離した細胞を、代表的なECMであり、細胞保護作用を有する水溶性高分子である、コラーゲン等と接触させた後、三次元集合体として培養する方法が開示されている。この方法によれば、培養中に細胞周辺で水溶性高分子のゲルが形成される。
【0005】
また、特許文献2には、温度応答性の樹脂であるpoly(N-isopropylacrylamide)(PIPAAm)を表面に固定化した培養皿を用いて細胞シートを作製し、作製した細胞シートを積層することで立体的細胞構造体を構築する方法が開示されている。
【0006】
また、特許文献3には、細胞層の形成する工程と、形成した細胞層を第1物質含有液と第2物質含有液とに交互に接触させる工程とを繰り返し行い、ナノメートルサイズの厚みのECMを介して連続的に細胞層を積層することで、立体的細胞構造体を構築する方法が開示されている。この方法では、単層の細胞シートの剥離や剥離した細胞シートの重ね合わせ等が不要であるため、優れた再現性・効率で立体的細胞構造体を製造できるとされている。
【0007】
また、特許文献4には、個々の細胞の表面全体が接着膜で被覆された被覆細胞を作製し、接着膜を介して細胞を接着させることにより、立体的細胞構造体を構築する方法が開示されている。
【0008】
以上の通り、立体的細胞構造体の製造技術としていくつもの手法が提案されている。しかしながら、いずれかの手法によって立体的細胞構造体を一時的に形成できたとしても、立体的細胞構造体の内部に脈管網を再現できなければ、真に生体に近い構造を模倣できたとはいえない。特に立体的細胞構造体の場合、立体的細胞構造体の内部の細胞にまで必要な栄養を供給するためにも脈管網がよく形成されていることが求められる。
【0009】
一般的に、脈管網を形成させるためには、立体的細胞構造体を構成する細胞集団に血管内皮細胞を加える。しかしながら、立体的細胞構造体が単に血管内皮細胞を含有しているだけでは必ずしも脈管網(血管網ともいう)は形成されず、血管網の形成には、血管内皮細胞の存在する周辺の環境が重要である。
【0010】
立体的細胞構造体の内部の血管網の形成に影響を与える因子としては、VEGF等の各種成長因子等様々な因子が知られているが、その一つとして、ECMの機械的性質が血管網の形成に影響を及ぼすことが報告されている(非特許文献1を参照)。
【0011】
本願発明者らは、以前に、細胞が、カチオン性緩衝液、ECM、及び高分子電解質を少なくとも含む溶液に懸濁されている混合物を得るA工程と、得られた前記混合物から前記細胞を集め、基材上に細胞集合体を形成するB工程と、前記細胞を培養し、立体的細胞構造体を得るC工程と、を含む、立体的細胞構造体の製造技術を開発した(特許文献5、6を参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特許第2824081号公報
【文献】国際公開第2002/008387号
【文献】特許第4919464号公報
【文献】特許第5850419号公報
【文献】特許第6427836号公報
【文献】特許第6639634号公報
【非特許文献】
【0013】
【文献】Rouwkema J. and Khademhosseini A., Vascularization and Angiogenesis in Tissue Engineering: Beyond Creating Static Networks, Trends Biotechnol, 34 (9), 733-745, 2016.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
特許文献5及び6に記載の方法は、細胞種に大きく限定されず適用可能であり、細胞が内皮細胞を含む場合の脈管網の形成能に優れ、且つ層構成を形成することも可能な有効な手法である。
【0015】
しかしながら、本発明者らは、特許文献5及び6の方法では、立体的細胞構造体において脈管網が形成されない場合があることを見出した。
【0016】
そこで、本発明は、安定的に脈管網を有する立体的細胞構造体を製造する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は以下の態様を含む。
[1] 少なくとも内皮細胞を含む細胞集団と、カチオン性物質と、高分子電解質と、細胞外マトリックス成分と、を混合して混合物を得る工程と、得られた前記混合物から、前記細胞集団、前記カチオン性物質、前記高分子電解質、及び前記細胞外マトリックス成分を含む細胞集合体を集める工程と、前記細胞集合体を培地中で培養する工程と、を含む、脈管網を有する立体的細胞構造体の製造方法であって、前記混合物中における細胞外マトリックス成分の濃度が、1.0×10-8mg/mL以上2.5×10-2mg/mL未満である、製造方法。
[2] 前記培養する工程を、前記混合物を得る工程と、前記細胞集合体を集める工程とを、少なくとも1回行った後に行う、[1]に記載の製造方法。
[3] 前記細胞外マトリックス成分が、コラーゲン、ラミニン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、エラスチン、テネイシン、エンタクチン、フィブリリン、プロテオグリカン、及びそれらの組み合わせからなる群から選択される、[1]又は[2]に記載の製造方法。
[4] 前記高分子電解質が、グリコサミノグリカン、デキストラン硫酸、ラムナン硫酸、フコイダン、カラギナン、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、ポリアクリル酸、及びそれらの組み合わせからなる群から選択される、[1]~[3]のいずれか一項に記載の製造方法。
[5] 前記混合物中における前記高分子電解質の濃度が、1.0×10-8mg/mL以上2.5×10-2mg/mL未満である、[1]~[4]のいずれか一項に記載の製造方法。
[6] 前記細胞集合体を集める工程が、前記混合物を得る工程で得られた混合物から液体部分を除去し、得られた細胞集合体を溶液に懸濁し、得られた懸濁液から細胞集合体を集める工程である、[1]~[5]のいずれか一項に記載の製造方法。
[7] 前記細胞集合体を集める工程において、底面と壁とを有する容器内に前記細胞集合体を集め、前記底面の単位面積当たりに存在する前記細胞の数が、1.5×10個/mm以上1.5×10個/mm以下である、[1]~[6]のいずれか一項に記載の製造方法。
[8] 少なくとも内皮細胞を含む細胞集団、カチオン性物質、高分子電解質、及び細胞外マトリックス成分を含み、脈管網を有する立体的細胞構造体であって、前記細胞外マトリックス成分の含有量が、0.01質量%以上30質量%以下である、立体的細胞構造体。
[9] 前記立体的細胞構造体の底面の単位面積当たりに存在する前記細胞の数が、1.5×10個/mm以上1.5×10個/mm以下である、[8]に記載の立体的細胞構造体。
[10] 厚みが5μm以上200μm以下である、[8]又は[9]に記載の立体的細胞構造体。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、安定的に脈管網を有する立体的細胞構造体を製造する技術を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1】実験例1において撮影した、コラーゲンの終濃度及びヘパリンの終濃度が、それぞれ0.2mg/mL、0.1mg/mL、0.05mg/mL、0.025mg/mL、0.0125mg/mLの場合の立体的細胞構造体の蛍光顕微鏡写真である。
図2】実験例1において撮影した、コラーゲンの終濃度及びヘパリンの終濃度が、それぞれ0.05mg/mL、1.0×10-2mg/mL、2.0×10-3mg/mL、4.0×10-4mg/mL、8.0×10-5mg/mL、1.6×10-5mg/mL、3.2×10-6mg/mL、6.4×10-7mg/mL、1.3×10-7mg/mL、2.6×10-8mg/mLの場合の立体的細胞構造体の蛍光顕微鏡写真である。
図3】実験例2において撮影した混合物2-1及び2-2の培養開始時から5日間経過後及び8日間経過後の立体的細胞構造体の蛍光顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
一実施形態において、本発明は、少なくとも内皮細胞を含む細胞集団と、カチオン性物質と、細胞外マトリックス成分と、高分子電解質と、を混合して混合物を得る工程と、得られた前記混合物から、前記細胞集団、前記カチオン性物質、前記高分子電解質、及び前記細胞外マトリックス成分を含む細胞集合体を集める工程と、前記細胞集合体を培地中で培養する工程と、を含む、脈管網を有する立体的細胞構造体の製造方法であって、前記混合物中における細胞外マトリックス成分の濃度が、1.0×10-8mg/mL以上2.5×10-2mg/mL未満である、製造方法を提供する。
【0021】
本実施形態の製造方法によれば、安定的に脈管網を有する立体的細胞構造体を製造する技術を提供することができる。
【0022】
また、本実施形態の製造方法により製造される立体的細胞構造体の脈管網は、脈管網を構成する脈管の合計の長さが、5,000μm/mm以上、例えば5,200μm/mm以上、例えば5,400μm/mm以上であってよい。本明細書において、脈管網を構成する脈管の合計の長さは、以下の方法により測定される。蛍光顕微鏡(例えば、PerkinElmer社製、ハイコンテント共焦点イメージングシステム Operetta CLS)により、立体的細胞構造体の蛍光顕微鏡写真を撮像し、培養容器が96穴ウェルプレートであれば少なくとも4.26mm×4.26mm以上の範囲、24穴ウェルプレートであれば、少なくとも6.5mm×6.5mm以上の範囲の画像を細胞構造画像ソフトHarmony(登録商標、PerkinElmer社製)を用いて解析する。より具体的には、培養容器をROIに指定する、又はDAPI(4’,6-ジアミジノー2-フェニルインドール)を用いて立体的細胞構造体を染色し、ROIを指定する。画像の平坦化によりノイズを除去した後、脈管の蛍光強度の閾値を各画像で設定する。閾値以上の領域で且つサイズが小さい領域(例えば5μm以下)をノイズとして排除する。その後、蛍光強度の閾値以上の領域における合計の長さを測定し、脈管網の合計の長さとする。
【0023】
立体的細胞構造体の形態に特に制限は無く、例えば、コラーゲン等の天然生体高分子や合成高分子によって構成されたスキャフォールド内で細胞を培養して形成した立体的細胞構造体であってもよいし、細胞凝集体(スフェロイドともいう)であってもよいし、シート状の細胞構造体であってもよい。
【0024】
本明細書において、「立体的細胞構造体」とは、少なくとも1種類の細胞を含む立体的な細胞の集合体を意味する。立体的細胞構造体の形態としては、皮膚、毛髪、骨、軟骨、歯、角膜、血管、リンパ管、心臓、肝臓、膵臓、神経、食道等の生体組織モデル、及び、胃癌、食道癌、大腸癌、結腸癌、直腸癌、膵臓癌、乳癌、卵巣癌、前立腺癌、腎細胞癌、及び肝癌等の固形癌モデルが挙げられるが、これらに限定されない。
【0025】
本実施形態の製造方法は、少なくとも内皮細胞を含む細胞集団と、カチオン性物質と、細胞外マトリックス成分と、高分子電解質と、を混合して混合物を得る工程(A)と、得られた前記混合物から、前記細胞集団、前記カチオン性物質、前記高分子電解質、及び前記細胞外マトリックス成分を含む細胞集合体を集める工程(B)と、前記細胞集合体を培地中で培養する工程(C)と、を含む。
【0026】
工程(A)において、細胞集団は少なくとも内皮細胞を含む。内皮細胞としては血管内皮細胞が好ましい。細胞の由来は特に限定されず、例えば、ヒト、サル、イヌ、ネコ、ウサギ、ブタ、ウシ、マウス、及びラット等が挙げられる。
【0027】
内皮細胞以外の細胞は特に限定されず、例えば、骨、筋肉、内臓、神経、脳、骨、皮膚、又は血液等に由来する体細胞であってもよく、生殖細胞であってもよい。また、細胞は、誘導多能性幹細胞細胞(iPS細胞)又は胚性幹細胞(ES細胞)であってもよい。あるいは、初代培養細胞、継代培養細胞及び細胞株細胞等の培養細胞であってもよい。細胞集団は、1種類の細胞を含んでいてもよいし、複数種類の細胞を含んでいてもよい。
【0028】
細胞としては、例えば、神経細胞、樹状細胞、免疫細胞、血管内皮細胞、リンパ管内皮細胞、線維芽細胞、肝癌細胞等の癌細胞、上皮細胞、心筋細胞、肝細胞、膵島細胞、組織幹細胞、及び平滑筋細胞等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0029】
工程(A)において、少なくとも内皮細胞を含む細胞集団と、カチオン性物質と、高分子電解質と、細胞外マトリックス成分と、を混合して混合物を得る。混合物における細胞外マトリックス成分を含むことにより、厚い細胞構造体が得られやすい傾向にあるが、混合物における細胞外マトリックス成分の濃度を低くすることにより、脈管網を有する細胞構造体が安定的に得られやすい。
【0030】
本実地形態で用いられるカチオン性物質としては、細胞の生育及び細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、任意の正電荷を有する物質を用いることができる。カチオン性物質には、トリス-塩酸緩衝液、トリス-マレイン酸緩衝液、ビス-トリス-緩衝液、HEPES等のカチオン性緩衝液、エタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン、ポリビニルアミン、ポリアリルアミン、ポリリシン、ポリヒスチジン、及びポリアルギニン等が挙げられるが、これらに限定されない。なかでもカチオン性緩衝液が好ましく、トリス-塩酸緩衝液がより好ましい。
【0031】
工程(A)におけるカチオン性物質の濃度は、細胞の生育及び細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。本実施形態で用いられるカチオン性物質の濃度は10~100mMであることが好ましく、例えば20~90mMであってもよく、例えば30~80mMであってもよく、例えば40~70mMであってもよく、例えば45~60mMであってもよい。
【0032】
カチオン性物質としてカチオン性緩衝液を用いる場合、カチオン性緩衝液のpHは、細胞の生育及び細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。本実施形態で用いられるカチオン性緩衝液のpHは6.0~8.0であることが好ましい。例えば、本実施形態で用いられるカチオン性緩衝液のpHは、7.0、7.1、7.2、7.3、7.4、7.5、7.6、7.7、7.8、7.9、又は8.0であってよい。本実施形態で用いられるカチオン性緩衝液のpHは7.2~7.6であることがより好ましく、7.4であることが更に好ましい。
【0033】
本実施形態で用いられる細胞外マトリックス成分としては、細胞の生育及び細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、細胞外マトリックス(ECM)を構成する任意の成分を用いることができる。細胞外マトリックス成分には、コラーゲンや、ラミニン、フィブロネクチン、ビトロネクチン、エラスチン、テネイシン、エンタクチン、フィブリリン、及びプロテオグリカン等が挙げられるが、これらに限定されない。これらの細胞外マトリックス成分は、単独で用いてもよく、組み合わせて用いてもよい。プロテオグリカンには、コンドロイチン硫酸プロテオグリカン、ヘパラン硫酸プロテオグリカン、ケラタン硫酸プロテオグリカン、及びデルマタン硫酸プロテオグリカンが挙げられるが、これらに限定されない。本実施形態で用いられる細胞外マトリックス成分はコラーゲン、ラミニン、フィブロネクチンであり、中でもコラーゲンであることが好ましい。細胞の生育及び細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、上述の細胞外マトリックス成分の改変体及びバリアントを用いてもよい。
【0034】
本実施形態で用いられる細胞外マトリックス成分の濃度は、1.0×10-8mg/mL以上2.5×10-2mg/mL未満である。本実施形態で用いられる細胞外マトリックス成分の濃度は、2.6×10-8mg/mL以上1×10-2mg/mL以下であることが好ましく、例えば、1.25×10-2mg/mL、1×10-2mg/mL、2.0×10-3mg/mL、4.0×10-4mg/mL、8.0×10-5mg/mL、1.6×10-5mg/mL、3.2×10-6mg/mL、6.4×10-7mg/mL、1.3×10-7mg/mL、及び2.6×10-8mg/mLである。本実施形態で用いられる細胞外マトリックス成分の濃度が、1.0×10-8mg/mL以上2.5×10-2mg/mL未満であることによって、安定的に脈管網を有する立体的細胞構造体を製造することができる。本実施形態において、細胞外マトリックス成分を適切な溶媒に溶解して用いてもよい。溶媒の例としては、水、緩衝液、酢酸及び培地などが挙げられるが、これらに限定されない。本実施形態では、細胞外マトリックス成分は、培地又は緩衝液に溶解されることが好ましい。培地としては、特に限定されないが、DMEM、E-MEM、MEMα、RPMI-1640、及びMccoy’5a、Ham’s F-12等の基本培地や、これらの基本培地にCS(ウシ血清)、FBS(ウシ胎児血清)及びHBS(ウマ胎児血清)等の血清のうち少なくとも一種を1~20容量%程度になるように添加した培地が挙げられる。緩衝液としては、トリス-塩酸緩衝液、トリス-マレイン酸緩衝液、ビス-トリス-緩衝液、及びHEPESが挙げられる。
【0035】
本明細書において、「高分子電解質」とは、高分子鎖中に解離可能な官能基を有する高分子を意味する。本実施形態で用いられる高分子電解質としては、細胞の生育及び細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、任意の高分子電解質を用いることができる。高分子電解質には、ヘパリンや、コンドロイチン硫酸(例えば、コンドロイチン4-硫酸、コンドロイチン6-硫酸)、ヘパラン硫酸、デルマタン硫酸、ケラタン硫酸、及びヒアルロン酸等のグリコサミノグリカン;デキストラン硫酸や、ラムナン硫酸、フコイダンや、カラギナン、ポリスチレンスルホン酸、ポリアクリルアミド-2-メチルプロパンスルホン酸、及びポリアクリル酸等が挙げられるが、これらに限定されない。これらの高分子電解質は、単独で用いてもよく、組み合わせて用いてもよい。本実施形態で用いられる高分子電解質はグリコサミノグリカンであることが好ましい。また、本実施形態で用いられる高分子電解質は、ヘパリン、デキストラン硫酸、コンドロイチン硫酸、又はデルマタン硫酸であることがより好ましい。本実施形態で用いられる高分子電解質は、ヘパリンであることがさらに好ましい。細胞の生育及び細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、上述の高分子電解質の誘導体を用いてもよい。
【0036】
高分子電解質の濃度は、細胞の生育及び細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。本実施形態で用いられる高分子電解質の濃度は、0mg/mL超1.0mg/mL未満であることが好ましい。本実施形態で用いられる高分子電解質の濃度は、1.0×10-8mg/mL以上2.5×10-2mg/mL未満が好ましい。本実施形態で用いられる細胞外マトリックス成分の濃度は、2.6×10-8mg/mL以上1×10-2mg/mL以下であることがより好ましく、例えば、1×10-2mg/mL、2.0×10-3mg/mL、4.0×10-4mg/mL、1.6×10-5mg/mL、3.2×10-6mg/mL、1.3×10-7mg/mL、及び2.6×10-8mg/mLである。本実施形態で用いられる細胞外マトリックス成分の濃度が、1.0×10-8mg/mL以上2.5×10-2mg/mL未満であることによって、より安定的に脈管網を有する立体的細胞構造体を製造することができる。本実施形態において、高分子電解質を適切な溶媒に溶解して用いてもよい。溶媒の例としては、水、緩衝液及び培地が挙げられるが、これらに限定されない。上述のカチオン性物質としてカチオン性緩衝液が用いられる場合、高分子電解質をカチオン性緩衝液又は培地に溶解して用いてもよい。カチオン性緩衝液及び培地としては、細胞外マトリックス成分を溶解するのに溶解するのに用いることのできる緩衝液及び培地が挙げられる。
【0037】
本発明の一つの側面として、脈管網を有する立体的細胞構造体の製造方法における、高分子電解質の使用が挙げられる。前記立体的細胞構造体の製造方法は、前述の通りである。この高分子電解質としては、上述の高分子電解質が挙げられるが、ヘパリンであることが好ましい。立体的細胞構造体の製造方法において高分子電解質を使用することで、上述のように細胞外マトリックス成分が低濃度であっても脈管網の形成阻害を抑制することができる。
【0038】
本実施形態では、高分子電解質と細胞外マトリックス成分との配合比は、1:2~2:1であることが好ましい。本実施形態で用いられる高分子電解質と細胞外マトリックス成分との配合比は、1:1.5~1.5:1であることがより好ましい。本実施形態で用いられる高分子電解質と細胞外マトリックス成分との配合比は、1:1であることがさらに好ましい。
【0039】
工程(A)において、少なくとも内皮細胞を含む細胞集団と、カチオン性物質と、高分子電解質と、細胞外マトリックス成分との混合は、ディッシュ、チューブ、フラスコ、ボトル、及びプレートなどの適当な容器中で行うことができる。
【0040】
続いて、工程(B)において、工程(A)で得られた混合物から、細胞集団、カチオン性物質、高分子電解質、及び細胞外マトリックス成分を含む細胞集合体を集める。本明細書において、「細胞集合体」とは、細胞の集団を意味する。細胞集合体には、遠心分離やろ過等によって得られる細胞の沈殿体も含まれる。ある実施形態では、細胞集合体はスラリー状の粘稠体である。「スラリー状の粘稠体」とは、Akihiro Nishiguchi et al., Cell-cell crosslinking by bio-molecular recognition of heparin-based layer-by-layer nanofilms, Macromol Biosci., 15 (3), 312-317, 2015. に記載されるようなゲル様の細胞集合体を指す。
【0041】
工程(B)における細胞を集める手段として、当業者に公知の手法を用いることができる。例えば、遠心分離、磁性分離、又はろ過によって、細胞を集めてもよい。遠心分離の条件は、細胞の生育に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。例えば、工程(A)で得られた混合物をセルカルチャーインサートに播種し、10℃、400×gで1分間の遠心分離に供することで、細胞を集める。あるいは、自然沈降によって細胞を集めてもよい。
【0042】
また、工程(B)は、工程(A)で得られた混合物から液体部分を除去し、得られた細胞集合体を溶液に懸濁し、得られた懸濁液から細胞集合体を集める工程(B’)であってもよい。工程(B’)において、工程(A)で得られた混合物から液体部分を除去し、細胞集合体を得る手段としては、当業者に公知の手法を用いることができる。例えば、遠心分離やろ過によって、液体部分を除去してもよい。遠心分離の条件は、細胞の生育及び細胞集合体の形成に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。例えば、混合物の入ったマイクロチューブを室温、400~1,000×gで1分間の遠心分離に供して液体部分と細胞集合体とを分離することによって、液体部分を除去する。あるいは、自然沈降によって細胞を集めた後、液体部分を除去してもよい。工程(B’)において、前記細胞集合体を溶液に懸濁して得られた懸濁液から前記細胞集合体を集める手段として、当業者に公知の手法を用いることができる。例えば遠心分離やろ過によって懸濁液から液体部分を除去することで、容器中に細胞集合体を得ることができる。あるいは、自然沈降によって容器中に細胞集合体を得てもよい。工程(B)又は工程(B’)における細胞集合体は層状であってもよい。
【0043】
工程(B)において、集められた細胞の数は、例えば、底面と壁を有する容器内に細胞集合体を得た場合、底面の単位面積当りに存在する細胞の数が、1.5×10個/mm以上1.5×10個/mm以下、例えば3.0×10個/mm以上1.0×10個/mm以下、4.0×10個/mm以上1.5×10個/mm以下、5.0×10個/mm以上1.3×10個/mm以下、6.1×10個/mm以上1.3×10個/mm以下、7.5×10個/mm以上1.0×10個/mm以下、又は7.5×10個/mm以上9.6×10個/mm以下であることが好ましい。
【0044】
続いて、工程(C)において、上記の細胞集合体を培地中で培養し、立体的細胞構造体を得る。培養の前に細胞集合体を溶液に懸濁してもよい。溶液は、細胞の生育及び立体的細胞構造体の形成に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。例えば、細胞集合体を構成する細胞に適した細胞培養培地、緩衝液等を用いることができ、細胞培養培地であることが好ましい。細胞培養培地及び緩衝液としては、細胞外マトリックス成分を溶解するのに用いることのできる培地及び緩衝液が挙げられる。
細胞集合体の懸濁は、ディッシュ、チューブ、フラスコ、ボトル、及びプレート等の適当な容器中で行うことができる。
【0045】
細胞集合体を溶液に懸濁した場合、培養の前に細胞を沈殿させて基材上に細胞の沈殿体を形成してもよい。基材としては、細胞の培養に用いるための培養容器が挙げられる。培養容器は、細胞や微生物の培養に通常用いられている素材及び形状を有する容器であってよい。培養容器の素材としては、ガラス、ステンレス及びプラスチック等が挙げられるが、これらに限定されない。培養容器としては、ディッシュ、チューブ、フラスコ、ボトル及びプレートなどが挙げられるが、これらに限定されない。基材は、例えば、液体中の細胞を通過させず、液体を通すことが可能な材料である。基材は透過膜であることが好ましい。かかる透過膜を有する容器としては、Transwell(登録商標)インサート、Netwellインサート、Falcon(登録商標)セルカルチャーインサート、及びMillicell(登録商標)セルカルチャーインサートなどのセルカルチャーインサートが挙げられるが、これらに限定されない。
【0046】
細胞の沈殿は、当業者に公知の手法を用いることができる。例えば、遠心分離、磁性分離又はろ過等によって、細胞を集めてもよい。遠心分離の条件は、細胞の生育に悪影響を及ぼさない限り、特に限定されない。例えば、混合物又は懸濁液をセルカルチャーインサートに播種し、10℃、400×gで1分間の遠心分離に供することで、細胞を集めてもよい。あるいは、自然沈降によって細胞を集めてもよい。また、集めた細胞は層構造を形成していてもよい。
【0047】
細胞集合体、又は、細胞集合体を懸濁した場合には懸濁された細胞は、1,000個/mm以上、例えば10,000個/mm以上、例えば20,000個/mm以上、例えば25,000個/mm以上の細胞密度で播種することが好ましい。また、細胞は、例えば1,000,000個/mm以下、例えば500,000個/mm以下、例えば200,000個/mm以下、例えば100,000個/mm以下の細胞密度で播種することができる。細胞集合体を溶液に懸濁する工程、及び、細胞を沈殿させる工程を実施することにより、より均質な立体的細胞構造体を得ることができる。
【0048】
工程(C)において、細胞の培養は、培養される細胞に適した培養条件下で行うことができる。当業者は、細胞の種類や所望の機能に応じて適切な培地を選択することができる。細胞培養培地としては特に限定されないが、DMEM、E-MEM、MEMα、RPMI-1640、及びMccoy’5a、Ham’s F-12等の基本培地や、これらの基本培地にCS(ウシ血清)、FBS(ウシ胎児血清)、HBS(ウマ胎児血清)等の血清を1~20容量%程度になるように添加した培地が挙げられる。培養環境の温度や大気組成等の諸条件もまた、当業者であれば容易に決定することができる。
【0049】
細胞の培養時に、構築された立体的細胞構造体の変形(例えば、組織の収縮又は組織末端の剥離等)を抑制するための物質を培地に添加してもよい。このような物質としては、選択的ROCK(Rho-associated coiled-coil forming kinase/Rho結合キナーゼ)阻害剤であるY-27632が挙げられるが、これに限定されない。
【0050】
工程(C)は、工程(A)と工程(B)又は工程(B’)とを、少なくとも1回以上行った後に行うことが好ましい。工程(C)の前に、工程(A)と工程(B)又は工程(B’)とを繰り返し行うことで、細胞集合体又は細胞の沈殿体を積層することが可能である。これにより、複数の層を有する立体的細胞構造体を構築することができる。この場合、複数種類の細胞を用いて、異なる種類の細胞によって構築される立体的細胞構造体を構築してもよい。
【0051】
本実施形態の製造方法により製造される立体的細胞構造体は、脈管網を有しているため、生体に近い構造を模倣したモデルとして有用である。本明細書において、「脈管網」とは、生体組織における血管網やリンパ管網のような、多数の分岐点を有するネットワーク状の管構造を指す。
【0052】
本実施形態の製造方法によれば、安定的に脈管網を有する立体的細胞構造体を製造することができ、且つ、十分な厚さを有する立体的細胞構造体を製造することができる。
【0053】
本実施形態での製造方法で製造される立体的細胞構造体の厚さは、5μm以上200μm以下であってよく、例えば、10μm以上150μm以下、20μm以上100μm以下、20μm以上50μm以下、又は25μm以上45μm以下である。本発明の上記方法の工程(A)~(B)又は工程(A)~(B’)を繰り返すことにより、細胞外マトリックス成分が少ないにもかかわらず、例えば、厚さを5~100μmに保ちながら、安定的に脈管網を有する立体的細胞構造体を製造できる。なお、本実施形態においては、100~200倍の倍率で立体的細胞構造体の厚み方向の断面の切片画像を観察する。
【0054】
本発明の一実施形態に係る立体的細胞構造体は、少なくとも内皮細胞を含む細胞集団、カチオン性物質、高分子電解質、及び細胞外マトリックス成分を含み、脈管網を有する立体的細胞構造体であって、細胞外マトリックス成分の含有量が、0.01質量%以上30質量%以下である。本実施形態の立体的細胞構造体は、本実施形態の製造方法により製造される。
【0055】
本実施形態の立体的細胞構造体に含まれる細胞外マトリックス成分の含有量は、0.01質量%以上30質量%以下、好ましくは、0.1質量%以上30質量%以下、例えば、1質量%以上30質量%以下、5質量%以上30質量%以下、10質量%以上30質量%以下、20質量%以上30質量%以下、又は20質量%以上25質量%以下である。本実施形態の立体的細胞構造体に含まれる細胞外マトリックス成分の含有量を、0.01質量%以上30質量%以下とすることにより、立体的細胞構造体内に安定的に脈管網を形成させることができ、且つ十分な厚さを有する立体的細胞構造体とすることができる。
【0056】
本実施形態の立体的細胞構造体の底面の単位面積当たりに存在する前記細胞の数は、1.5×10個/mm以上1.5×10個/mm以下、例えば3.0×10個/mm以上1.0×10個/mm以下、4.0×10個/mm以上1.5×10個/mm以下、5.0×10個/mm以上1.3×10個/mm以下、6.1×10個/mm以上1.3×10個/mm以下、7.5×10個/mm以上1.0×10個/mm以下、又は7.5×10個/mm以上9.6×10個/mm以下であることが好ましい。
【0057】
本実施形態の立体的細胞構造体の厚さは、5μm以上200μm以下であってよく、例えば、10μm以上150μm以下、20μm以上100μm以下、20μm以上50μm以下、又は25μm以上45μm以下であってもよい。
【0058】
本実施形態の立体的細胞構造体は、安定的に脈管網を有しており、且つ、十分な厚さを有するため、生体に近い構造を模倣したモデルとして有用である。
【0059】
別の側面として、本発明は、以下の態様を包含する。
[1] 少なくとも内皮細胞を含む細胞集団と、カチオン性物質と、高分子電解質と、細胞外マトリックス成分と、を混合して混合物を得る工程と、得られた前記混合物から、前記細胞集団、前記カチオン性物質、前記高分子電解質、及び前記細胞外マトリックス成分を含む細胞集合体を集める工程と、前記細胞集合体を培地中で培養する工程と、を含む脈管網を有する立体的細胞構造体の製造方法であって、前記細胞外マトリックス成分が、コラーゲン、ラミニン及びフィブロネクチン及びそれらの組み合わせからなる群から選択され、前記高分子電解質が、グリコサミノグリカンであり、前記混合物中における細胞外マトリックス成分の濃度が、1.0×10-8mg/mL以上2.5×10-2mg/mL未満である、製造方法。
[2] 前記培養する工程を、前記混合物を得る工程と、前記細胞集合体を集める工程とを、少なくとも1回行った後に行う、[1]に記載の製造方法。
[3] 前記細胞外マトリックス成分が、コラーゲンである、[1]又は[2]に記載の製造方法。
[4] 前記高分子電解質が、ヘパリンである、[1]~[3]のいずれか一項に記載の製造方法。
[5] 前記混合物中における前記高分子電解質の濃度が、1.0×10-8mg/mL以上2.5×10-2mg/mL未満である、[1]~[4]のいずれか一項に記載の製造方法。
[6] 前記細胞集合体を集める工程が、前記混合物を得る工程で得られた混合物から液体部分を除去し、得られた細胞集合体を溶液に懸濁し、得られた懸濁液から細胞集合体を集める工程である、[1]~[5]のいずれか一項に記載の製造方法。
[7] 前記細胞集合体を集める工程において、底面と壁とを有する容器内に前記細胞集合体を集め、前記底面の単位面積当たりに存在する前記細胞の数が、1.5×10個/mm以上1.5×10個/mm以下である、[1]~[6]のいずれか一項に記載の製造方法。
[8] 少なくとも内皮細胞を含む細胞集団、カチオン性物質、高分子電解質、及び細胞外マトリックス成分を含み、脈管網を有する立体的細胞構造体であって、前記細胞外マトリックス成分が、コラーゲン、ラミニン及びフィブロネクチン及びそれらの組み合わせからなる群から選択され、前記高分子電解質が、グリコサミノグリカンであり、前記細胞外マトリックス成分の含有量が、0.01質量%以上30質量%以下である、立体的細胞構造体。
[9] 前記立体的細胞構造体の底面の単位面積当たりに存在する前記細胞の数が、1.5×10個/mm以上1.5×10個/mm以下である、[8]に記載の立体的細胞構造体。
[10] 厚みが5μm以上200μm以下である、[8]又は[9]に記載の立体的細胞構造体。
[11] 前記細胞外マトリックス成分が、コラーゲンである、[8]~[10]のいずれか一項に記載の立体的細胞構造体。
[12] 前記高分子電解質が、ヘパリンである、[8]~[11]のいずれか一項に記載の製造方法。
[13] [8]~[10]のいずれか一項に記載の立体的細胞構造体の製造方法における、高分子電解質の使用。
【実施例
【0060】
以下に実施例を示して本発明をより詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明の範囲を限定するものではない。
【0061】
以下の各実験例において、特に説明がない限り、コラーゲンとしてコラーゲンIを用いた。
【0062】
[実験例1]
(立体的細胞構造体の形成1)
1.38×10細胞の正常ヒト皮膚線維芽細胞(NHDF)及び2.1×10細胞のGFP導入ヒト臍帯静脈内皮細胞(GFP-HUVEC)を、0.8mg/mL、0.4mg/mL、又は0.2mg/mLのヘパリン/50mMトリス-塩酸緩衝液(pH7.4)0.5mLと、同濃度のコラーゲン/50mMトリス-塩酸緩衝液(pH7.4)0.5mLと、10%ウシ胎児血清(FBS)含有ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM培地)1mLと、の混合液に懸濁した。この結果、コラーゲンの終濃度及びヘパリンの終濃度は、それぞれ、0.2mg/mL、0.1mg/mL、0.05mg/mLとなった。さらに、コラーゲンの終濃度及びヘパリンの終濃度がそれぞれ0.05mg/mLの混合液を、さらにDMEM培地で段階的に2倍希釈し、コラーゲンの終濃度及びヘパリンの終濃度が、それぞれ、0.025mg/mL又は1.25×10-2mg/mLとなる混合液を調製し、同様に上記正常ヒト皮膚線維芽細胞(NHDF)及びGFP導入ヒト臍帯静脈内皮細胞(GFP-HUVEC)を懸濁した。さらに、コラーゲンの終濃度及びヘパリンの終濃度がそれぞれ0.05mg/mLの混合液を、さらにDMEM培地で段階的に5倍希釈し、コラーゲンの終濃度及びヘパリンの終濃度が、それぞれ、1.0×10-2mg/mL、2.0×10-3mg/mL、4.0×10-4mg/mL、8.0×10-5mg/mL、1.6×10-5mg/mL、3.2×10-6mg/mL、6.4×10-7mg/mL、1.3×10-7mg/mL、又は2.6×10-8mg/mLとなる混合液を調製し、同様に上記正常ヒト皮膚線維芽細胞(NHDF)及びGFP導入ヒト臍帯静脈内皮細胞(GFP-HUVEC)を懸濁した。
【0063】
続いて、得られた混合物の全量を96ウェルセルカルチャーインサート(1ウェルあたりの底面積は、0.143cmであった。)内に播種し、室温、400×gで1分間遠心した。これにより、セルカルチャーインサート上に細胞層が形成された。セルカルチャーインサートに播種された細胞数は、NHDFが9.0×10個、GFP-HUVECが1.35×10個であった。
【0064】
続いて、COインキュベーター(37℃、5%O)中で24時間培養した(この培養を開始した時点を培養開始時とする)。培養開始時から24時間培養後、10%FBS含有DMEMに培地交換した。以降、培養開始時から、48時間後、120時間後にも培地交換し、8日間培養を行った。
【0065】
《立体的細胞構造体の観察》
培養開始時から8日間経過後に、立体的細胞構造体を10%ホルマリン溶液で固定後、CD31抗体(DAKO社製、JC70A M082329)と二次抗体(Invitrogen社製、A-11001)とを用いて、血管内皮細胞を蛍光標識し、蛍光顕微鏡(PerkinElmer社製、Operetta CLS)を用いて血管網構造形成の有無を観察した。図1は、コラーゲンの終濃度及びヘパリンの終濃度が、それぞれ0.2mg/mL、0.1mg/mL、0.05mg/mL、0.025mg/mL、又は0.0125mg/mLの場合の蛍光顕微鏡観察の結果を示す写真である。図2は、コラーゲンの終濃度及びヘパリンの終濃度が、それぞれ0.05mg/mL、1.0×10-2mg/mL、2.0×10-3mg/mL、4.0×10-4mg/mL、8.0×10-5mg/mL、1.6×10-5mg/mL、3.2×10-6mg/mL、6.4×10-7mg/mL、1.3×10-7mg/mL、又は2.6×10-8mg/mLの場合の蛍光顕微鏡観察の結果を示す写真である。図1及び図2中、「ヘパリン/コラーゲン終濃度」はヘパリン及びコラーゲンの終濃度を示す。図1及び図2の顕微鏡観察の結果から、血管網構造形成の有無を評価した。評価は以下の基準で行った。その結果を表1に示す。
血管網構造が立体的細胞構造体の全体で形成されている:A
血管網構造が立体的細胞構造体の一部で形成されていない:B
血管網構造が立体的細胞構造体の全体で形成されていない:C
【0066】
【表1】
【0067】
表1に示したように、ヘパリンの終濃度及びコラーゲンの終濃度が2.6×10-8mg/mL~1.25×10-2mg/mLの場合、立体的細胞構造体の全体で血管網構造が形成されていることが確認された。ヘパリンの終濃度及びコラーゲンの終濃度が0.025~0.2mg/mLの場合、血管網構造が立体的細胞構造体の一部で形成されていない場合があることが確認された。また、ヘパリン濃度及びコラーゲン濃度が、より低い方が、血管網構造が形成されやすい傾向があることが明らかとなった。
【0068】
《立体的細胞構造体の厚さの測定》
続いて、各立体的細胞構造体の厚さを測定した。厚さの測定は、切片画像の中央部の一箇所と両端部の二箇所の計三箇所をImage Jを用いて算出し、その算術平均値を立体的細胞構造体の厚さとした。表2に、立体的細胞構造体の厚さの測定結果を示す。
【0069】
【表2】
【0070】
その結果、コラーゲンの終濃度が2.6×10-8mg/mL以上であり、ヘパリンの終濃度が2.6×10-8mg/mL以上であれば、立体的細胞構造体の厚さを20μm超とすることができることが明らかとなった。
【0071】
[実験例2]
(立体的細胞構造体の形成2)
0.2mg/mLのヘパリン/50mMトリス-塩酸緩衝液(pH7.4)0.5mLと、0.2mg/mLのコラーゲン/50mMトリス-塩酸緩衝液(pH7.4)0.5mLと、10%ウシ胎児血清(FBS)含有ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM培地)1mLと、の混合液を調製した。この混合液を、さらにDMEM培地で4倍希釈し、コラーゲンの終濃度及びヘパリンの終濃度が、それぞれ1.25×10-2mg/mLとなる混合液を調製し、1.38×10細胞のNHDF及び2.1×10細胞のGFP-HUVECを懸濁し、混合物2-1を得た。
【0072】
上記の0.2mg/mLのヘパリン/50mMトリス-塩酸緩衝液(pH7.4)0.5mLに代えて、50mMトリス-塩酸緩衝液(pH7.4)0.5mLを加え、コラーゲンの終濃度及びヘパリンの終濃度が、それぞれ1.25×10-2mg/mL及び0mg/mLとなる混合液を調製し、その他は同じ操作を行って混合物2-2を得た。
【0073】
続いて、得られた混合物2-1及び2-1の全量をそれぞれ96ウェルセルカルチャーインサート(1ウェルあたりの底面積は、0.143cmであった。)内に播種し、室温、400×gで1分間遠心した。これにより、セルカルチャーインサート上に細胞層が形成された。セルカルチャーインサートに播種された細胞数は、NHDFが9.0×10個、GFP-HUVECが1.35×10個であった。
【0074】
続いて、COインキュベーター(37℃、5%O)中で24時間培養した(この培養を開始した時点を培養開始時とする)。培養開始時から24時間培養後、10%FBS含有DMEMに培地交換した。以降、培養開始時から、48時間後、120時間後にも培地交換し、8日間培養を行った。
【0075】
培養開始時から8日間経過後に、《立体的細胞構造体の観察》と同じ方法で血管網構造形成の有無を観察し以下の方法により血管網の染色面積を算出した。蛍光顕微鏡(PerkinElmer社製、ハイコンテント共焦点イメージングシステム Operetta CLS)により、立体的細胞構造体の蛍光顕微鏡写真を撮像し、4.26mm×4.26mmの範囲の画像を細胞構造画像ソフトHarmony(登録商標、PerkinElmer社製)を用いて解析した。より具体的には、セルカルチャーインサートをROIに指定した。画像の平坦化によりノイズを除去した後、脈管の蛍光強度の閾値を各画像で設定した。閾値以上の領域で且つサイズが小さい領域(5μm以下)をノイズとして排除した。その後、蛍光強度の閾値以上の領域における合計の面積を測定し、脈管網の染色面積とした。
【0076】
混合物2-1及び2-2の培養開始時から5日間経過後及び8日間経過後の血管網の染色面積及び血管網構造形成の評価の結果を表3に示す。なお、血管網の染色面積は、混合物2-1の培養開始時から8日間経過後の血管網の染色面積を100%とした場合の相対比率として記載している。また、混合物2-1及び2-2の培養開始時から5日間経過後及び8日間経過後の立体的細胞構造体の蛍光顕微鏡観察の結果を図3に示す。
【0077】
【表3】
【0078】
表3及び図3に示すように、コラーゲンの終濃度が1.25×10-2mg/mLの場合であっても、ヘパリンが含まれていない場合は血管網構造が立体的細胞構造体の一部で形成されていない場合があることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明によれば、安定的に脈管網を有する、立体的細胞構造体の製造技術を提供することができる。
【要約】
少なくとも内皮細胞を含む細胞集団と、カチオン性物質と、高分子電解質と、細胞外マトリックス成分と、を混合して混合物を得る工程と、得られた前記混合物から、前記細胞、前記カチオン性物質、前記高分子電解質、及び前記細胞外マトリックス成分を含む細胞集合体を集める工程と、前記細胞集合体を培地中で培養する工程と、を含む、脈管網を有する立体的細胞構造体の製造方法であって、前記混合物中における細胞外マトリックス成分の濃度が、1.0×10-8mg/mL以上2.5×10-2mg/mL未満である、製造方法。
図1
図2
図3