(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-19
(45)【発行日】2022-07-27
(54)【発明の名称】血圧算出方法及び装置
(51)【国際特許分類】
A61B 5/022 20060101AFI20220720BHJP
A61B 5/02 20060101ALI20220720BHJP
A61B 5/029 20060101ALI20220720BHJP
【FI】
A61B5/022 400E
A61B5/02 310V
A61B5/02 310J
A61B5/029
(21)【出願番号】P 2019515166
(86)(22)【出願日】2018-03-27
(86)【国際出願番号】 JP2018012321
(87)【国際公開番号】W WO2018198637
(87)【国際公開日】2018-11-01
【審査請求日】2021-03-01
(31)【優先権主張番号】P 2017085021
(32)【優先日】2017-04-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】514118321
【氏名又は名称】ヘルスセンシング株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123858
【氏名又は名称】磯田 志郎
(72)【発明者】
【氏名】鐘ヶ江 正巳
(72)【発明者】
【氏名】新関 久一
【審査官】▲高▼原 悠佑
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-023927(JP,A)
【文献】特表2016-516503(JP,A)
【文献】特開平10-295657(JP,A)
【文献】特許第5940725(JP,B1)
【文献】特開2016-083007(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0345844(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 5/02-5/03
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
脈波の伝播時間に関連するパラメータP1と、脈波における1回拍出量に関連するパラメータP2とを変数として、EBP=β
1・P1+β
2・P2+β
0という式又はEBP=β
1・1/P1+β
2・P2+β
0という式(β
1、β
2、β
0は係数)を用いて、収縮期血圧(EBP)を算出する血圧算出方法
であって、
前記パラメータP2は、1つの脈波の最初のピークの少なくとも一部を含む期間における第1の面積の平均と、当該脈波のそれ以外の期間の少なくとも一部における第2の面積の平均との比であることを特徴とする血圧算出方法。
【請求項2】
被測定者の血圧を負荷によって変動させながら実測血圧を測定しつつ前記被測定者の前記パラメータP1及び前記パラメータP2を測定し、前記式に実測したパラメータP1及びパラメータP2を代入し、前記実測血圧の変動に近くなるような係数β
1、β
2、β
0を設定することを特徴とする請求項1に記載の血圧算出方法。
【請求項3】
脈波の伝播時間に関連するパラメータP1と、脈波における1回拍出量に関連するパラメータP2と、脈波における収縮期間に関連するパラメータP3とを変数として、EBP=β
1・P1+β
2・P2+β
3・P3+β
0という式又はEBP=β
1・1/P1+β
2・P2+β
3・P3+β
0という式(β
1、β
2、β
3、β
0は係数)を用いて、収縮期血圧(EBP)を算出する血圧算出方法
であって、
前記パラメータP2は、1つの脈波の最初のピークの少なくとも一部を含む期間における第1の面積の平均と、当該脈波のそれ以外の期間の少なくとも一部における第2の面積の平均との比であることを特徴とする血圧算出方法。
【請求項4】
被測定者の血圧を負荷によって変動させながら実測血圧を測定しつつ前記被測定者の前記パラメータP1、前記パラメータP2及び前記パラメータP3を測定し、前記式に実測したパラメータP1及びパラメータP2及びパラメータP3を代入し、前記実測血圧の変動に近くなるような係数β
1、β
2、β
3、β
0を設定することを特徴とする請求項3に記載の血圧算出方法。
【請求項5】
前記
第1の面積は、脈波の信号波形におけるピークの立ち上がりから重複切痕(DN)までの期間の面積(PSA
)であることを特徴とする請求項1乃至4の何れか1項に記載の血圧算出方法。
【請求項6】
前記重複切痕(DN)は、圧脈波の微分波形における最低値を示す時点からつぎの脈までの間で微分波形がピークを示す位置であることを特徴とする請求項5に記載の血圧算出方法。
【請求項7】
少なくとも被測定者の脈波を500Hz以上、又は1kHz以上のサンプリング周波数で取得することを特徴とする請求項1乃至
6の何れか1項に記載の血圧算出方法。
【請求項8】
前記係数β
0を予め設定された固定の値として、相対的な収縮期血圧(EBP)の変動を算出する請求項1乃至
7の何れか1項に記載の血圧算出方法。
【請求項9】
被測定者の生体信号を検出可能な第1生体信号検出手段及び第2生体信号検出手段と、 前記第1生体信号検出手段及び第2生体信号検出手段で取得した生体信号から脈波の伝播時間に関連するパラメータP1を算出するP1算出手段と、
前記第1生体信号検出手段及び第2生体信号検出手段で取得した生体信号の少なくとも一方に基づいて脈波における1回拍出量に関連するパラメータP2を算出するP2算出手段と、
前記P1算出手段で算出されたパラメータP1と前記P2算出手段で算出されたパラメータP2とを変数として、EBP=β
1・P1+β
2・P2+β
0という式又はEBP=β
1・1/P1+β
2・P2+β
0という式(β
1、β
2、β
0は係数)を用いて、収縮期血圧(EBP)を算出する血圧推定部とを備え
、
前記パラメータP2は、1つの脈波の最初のピークの少なくとも一部を含む期間における第1の面積の平均と、当該脈波のそれ以外の期間の少なくとも一部における第2の面積の平均との比であることを特徴とする血圧算出装置。
【請求項10】
被測定者の生体信号を検出可能な第1生体信号検出手段及び第2生体信号検出手段と、 前記第1生体信号検出手段及び第2生体信号検出手段で取得した生体信号から脈波の伝播時間に関連するパラメータP1を算出するP1算出手段と、
前記第1生体信号検出手段及び第2生体信号検出手段で取得した生体信号の少なくとも一方に基づいて脈波における1回拍出量に関連するパラメータP2を算出するP2算出手段と、
前記第1生体信号検出手段及び第2生体信号検出手段で取得した生体信号の少なくとも一方に基づいて脈波における収縮期間に関連するパラメータP3を算出するP3算出手段と、
前記P1算出手段で算出されたパラメータP1と、前記P2算出手段で算出されたパラメータP2と、前記P3算出手段で算出されたパラメータP3とを変数として、EBP=β
1・P1+β
2・P2+β
3・P3+β
0という式又はEBP=β
1・1/P1+β
2・P2+β
3・P3+β
0という式(β
1、β
2、β
3、β
0は係数)を用いて、収縮期血圧(EBP)を算出する血圧推定部とを備え
、
前記パラメータP2は、1つの脈波の最初のピークの少なくとも一部を含む期間における第1の面積の平均と、当該脈波のそれ以外の期間の少なくとも一部における第2の面積の平均との比であることを特徴とする血圧算出装置。
【請求項11】
前記第1生体信号検出手段及び第2生体信号検出手段の少なくとも一方は、脈波を含む生体信号を取得する脈波センサであることを特徴とする請求項
9又は
10に記載の血圧算出装置。
【請求項12】
前記脈波センサは、シート状の圧電センサであることを特徴とする請求項
11に記載の血圧算出装置。
【請求項13】
前記脈波センサは、ウェアラブルセンサであることを特徴とする請求項
11又は
12に記載の血圧算出装置。
【請求項14】
前記脈波センサは、少なくとも被測定者の脈波を500Hz以上、又は1kHz以上のサンプリング周波数で取得することを特徴とする請求項
11乃至
13の何れか1項に記載の血圧算出装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カフを用いることなく非侵襲的に推定血圧を算出する方法及びそのための血圧算出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
血圧とは、心臓がポンプとして機能して血液を全身に循環させるために血液を送り出すときの血液が血管壁を押す力のことであり、心臓の心室が収縮したときに最高血圧となり、心臓が拡張したときに最低血圧となる。従来から、血圧は様々な手法で測定されていたが、間接法では、一般的に腕に巻いたカフを膨張させて動脈を圧迫し、血液の流れを一旦止めた後、膨張したカフを収縮させることにより、再度血液が流れ始める時の音又は振動等を検知することにより血圧を測定していた。しかしながら、カフを用いた測定は装置が大型化してしまうこと、被測定者の自由を拘束して静止状態を維持する必要があり、継続的な測定や日常生活における測定ができないこと、カフ圧の増減には数十秒程度時間がかかるため、急峻な血圧変化を捉えられず、測定期間における平均値しか測定できないこと、カフ圧によってはカフの圧迫が痛みを伴うこと等の問題があった。
【0003】
近年、生体から検出された心電信号又は脈波信号を用いて血圧を測定する方法も研究されている。例えば、特許文献1には、一対の電極を被測定者に接触させてインピーダンス及び心電信号を取得するとともに、脈波センサを被測定者に接触させて脈波を取得し、下記式(1)~(4)の演算式を用いて推定血圧(EBP)を算出することが開示されている。
EBP=α・PTT+β・a1+γ・Z+δ (1)
EBP=α・PTT/UT+β・d+γ・Z+δ (2)
EBP=α・PTT/UT+β・a1+γ・Z+δ (3)
EBP=α・PTT/UT+β・QT時間+γ・Z+δ (4)
なお、上記式(1)~(4)において、α、β、γ、δは係数、PTTは脈波伝搬時間、a1は速度脈波(脈波信号の1階微分の信号)の最初のピークの波高、Zはインピーダンス、UTは脈波の立ち上がりから最初のピークまでの時間、dは加速度脈波(脈波信号の2階微分の信号)の4番目のピークの波高、QT時間は心室の動きに伴うパルスの開始時刻からそのパルス後の最初のピークまでの時間を指す。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、特許文献1に記載の方法では、推定血圧の誤差が大きく、より精度の高い血圧算出方法が求められていた。そこで、本発明は、従来技術とは異なる方法により、カフを用いることなく非侵襲的に推定血圧を算出する方法及びそのための血圧算出装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前述した課題を解決するため、本発明の血圧算出方法は、脈波の伝播時間に関連するパラメータP1と、脈波における1回拍出量に関連するパラメータP2とを変数として、EBP=β1・P1+β2・P2+β0という式又はEBP=β1・1/P1+β2・P2+β0という式(β1、β2、β0は係数)を用いて、収縮期血圧(EBP)を算出する。
【0007】
さらに、上記血圧算出方法において、被測定者の血圧を負荷によって変動させながら実測血圧を測定しつつ前記被測定者の前記パラメータP1及び前記パラメータP2を測定し、前記式に実測したパラメータP1及びパラメータP2を代入し、前記実測血圧の変動に近くなるような係数β1、β2、β0を設定することが好ましい。
【0008】
また、本発明の他の血圧算出方法は、脈波の伝播時間に関連するパラメータP1と、脈波における1回拍出量に関連するパラメータP2と、脈波における収縮期間に関連するパラメータP3とを変数として、EBP=β1・P1+β2・P2+β3・P3+β0という式又はEBP=β1・1/P1+β2・P2+β3・P3+β0という式(β1、β2、β3、β0は係数)を用いて、収縮期血圧(EBP)を算出する。
【0009】
さらに、上記血圧算出方法において、被測定者の血圧を負荷によって変動させながら実測血圧を測定しつつ前記被測定者の前記パラメータP1、前記パラメータP2及び前記パラメータP3を測定し、前記式に実測したパラメータP1及びパラメータP2及びパラメータP3を代入し、前記実測血圧の変動に近くなるような係数β1、β2、β3、β0を設定することが好ましい。
【0010】
さらに、上記血圧算出方法において、前記パラメータP2は、脈波の信号波形におけるピークの立ち上がりから重複切痕(DN)までの期間の面積(PSA)、PSAの一部の領域の面積又はPSAを含む領域の面積であってもよいし、脈波の最初のピークの少なくとも一部を含むように予め設定した期間の面積であってもよい。さらに、前記重複切痕(DN)は、圧脈波の微分波形における最低値を示す時点からつぎの脈までの間で微分波形がピークを示す位置であってもよい。また、前記パラメータP2は、1つの脈波の最初のピークの少なくとも一部を含む期間における第1の面積の平均と、当該脈波のそれ以外の期間の少なくとも一部における第2の面積の平均との比であってもよい。
【0011】
さらに、上記血圧算出方法において、少なくとも被測定者の脈波を500Hz以上、又は1kHz以上のサンプリング周波数で取得することが好ましい。また、前記係数β0を予め設定された固定の値として、相対的な収縮期血圧(EBP)の変動を算出してもよい。
【0012】
また、本発明の血圧算出装置は、被測定者の生体信号を検出可能な第1生体信号検出手段及び第2生体信号検出手段と、前記第1生体信号検出手段及び第2生体信号検出手段で取得した生体信号から脈波の伝播時間に関連するパラメータP1を算出するP1算出手段と、前記第1生体信号検出手段及び第2生体信号検出手段で取得した生体信号の少なくとも一方に基づいて脈波における1回拍出量に関連するパラメータP2を算出するP2算出手段と、前記P1算出手段で算出されたパラメータP1と前記P2算出手段で算出されたパラメータP2とを変数として、EBP=β1・P1+β2・P2+β0という式又はEBP=β1・1/P1+β2・P2+β0という式(β1、β2、β0は係数)を用いて、収縮期血圧(EBP)を算出する血圧推定部とを備えたことを特徴とする。
【0013】
また、本発明の他の血圧算出装置は、被測定者の生体信号を検出可能な第1生体信号検出手段及び第2生体信号検出手段と、前記第1生体信号検出手段及び第2生体信号検出手段で取得した生体信号から脈波の伝播時間に関連するパラメータP1を算出するP1算出手段と、前記第1生体信号検出手段及び第2生体信号検出手段で取得した生体信号の少なくとも一方に基づいて脈波における1回拍出量に関連するパラメータP2を算出するP2算出手段と、前記第1生体信号検出手段及び第2生体信号検出手段で取得した生体信号の少なくとも一方に基づいて脈波における収縮期間に関連するパラメータP3を算出するP3算出手段と、前記P1算出手段で算出されたパラメータP1と、前記P2算出手段で算出されたパラメータP2と、前記P3算出手段で算出されたパラメータP3とを変数として、EBP=β1・P1+β2・P2+β3・P3+β0という式又はEBP=β1・1/P1+β2・P2+β3・P3+β0という式(β1、β2、β3、β0は係数)を用いて、収縮期血圧(EBP)を算出する血圧推定部とを備えたことを特徴とする。
【0014】
さらに、上記血圧算出装置において、前記第1生体信号検出手段及び第2生体信号検出手段の少なくとも一方は、脈波を含む生体信号を取得する脈波センサであることが好ましい。さらに、前記脈波センサは、シート状の圧電センサであってもよいし、ウェアラブルセンサであってもよい。また、前記脈波センサは、少なくとも被測定者の脈波を500Hz以上、又は1kHz以上のサンプリング周波数で取得することが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の血圧算出方法及び血圧算出装置によれば、血圧と相関の高い脈波の伝播時間に関連するパラメータP1と、脈波における1回拍出量に関連するパラメータP2とを変数として血圧を算出するため、精度の高い推定血圧を得ることができる。本発明の血圧算出方法では、2つの脈波又は脈波と振動の拍動に関する情報とを取得すれば、血圧を算出できることから、カフを用いることなく非侵襲的に推定血圧を算出することができる。また、2つの脈波又は脈波と振動の拍動に関する情報は、リアルタイムで取得することが可能であり、また、非拘束で取得することも可能であり、日常生活におけるリアルタイムの血圧の挙動をモニターすることが可能である。さらに、原理的には、一拍毎の血圧を算出することができ、血圧の呼吸性変動も計測することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】心電図(A)、血圧(B)、指尖脈波(C)及び指尖脈波の積分波形(D)
【
図2】実測した心電図(A)、血圧(B)、指尖脈波(C)及び指尖脈波の積分波形(D)
【
図3】各種パラメータの時間変化を示す図(A)~(D)及び実測収縮期血圧を示す図(E)
【
図4】実測収縮期血圧(SBP)と各種パラメータ(PAT、SYS、RT、RRI、PSA)との相関図
【
図5】実測収縮期血圧(点線)と式(5)から算出した推測収縮期血圧(EBP)(実線)とを重ねた図
【
図6】実測収縮期血圧の平均値(横軸)と推測収縮期血圧の平均値(縦軸)の相関図(n=29)
【
図8】心電図(ECG)、実測血圧(BP)、臀部の脈波(butt)、脹脛部の脈波(calf)の測定結果
【
図9】(A)は信号処理した臀部の脈波(Butt)、(B)は脹脛部の積分脈波(int.Calf)及び(C)は脹脛部の微分脈波の波形
【
図10】臀部の脈波(Butt)についてピーク位置を特定するための一連の信号処理を示す図
【
図11】(A)は脈波伝播時間(PTT)及び
図9(B)の波形の×印から△印までの面積(PSA)の値、(B)は実測収縮期血圧(点線)と推測収縮期血圧(EBP)(実線)とを重ねた図、(C)は実測収縮期血圧(横軸)と推測収縮期血圧(縦軸)との相関図
【
図12】心電図(ECG)、実測血圧(BP)、上腕部の脈波(arm)、脹脛部の脈波(calf)の測定結果
【
図13】信号処理した上腕部の脈波の積分波形(Int.Arm)及び脹脛部の脈波(Calf)の波形
【
図14】(A)は脈波伝播時間(PTT)及び
図13(A)の波形の×印から△印までの面積(PSA)の値、(B)は実測収縮期血圧(点線)と推測収縮期血圧(EBP)(実線)とを重ねた図、(C)は実測収縮期血圧(横軸)と推測収縮期血圧(縦軸)との相関図
【
図15】(A)は脈波伝播時間(PTT)及びPSAの値、(B)は実測収縮期血圧(点線)と推測収縮期血圧(EBP)(実線)とを重ねた図、(C)は実測収縮期血圧(横軸)と推測収縮期血圧(縦軸)との相関図
【
図16】(A)は脈波到達時間(PAT)及び各脈波のPSAとそれ以外の期間の面積の平均の比(iPSA)の値、(B)は実測収縮期血圧(点線)と推測収縮期血圧(EBP)(実線)とを重ねた図、(C)は実測収縮期血圧(横軸)と推測収縮期血圧(縦軸)との相関図
【発明を実施するための形態】
【0017】
[本発明の血圧算出方法の概要]
本発明の血圧算出方法は、脈波の伝播時間に関連するパラメータP1と、脈波における1回拍出量に関連するパラメータP2とが収縮期血圧(SBP:Systolic Blood Pressure)と相関するという知見に基づいてなされたものであり、少なくともパラメータP1とパラメータP2とを変数として収縮期血圧(SBP)を推定することを基本原理とする。脈波とは、心臓からの血液拍出による動脈血管の内圧変化が血管壁を伝播する波であり、血管系内の圧変化又は容積変化を測定することにより脈波信号を取得でき、圧変化を測定したものを圧脈波と呼び、容積変化を測定したものを容積脈波と呼ぶ。また、圧脈波又は容積脈波の一次微分波を速度脈波と呼び、二次微分波を加速度脈波と呼び、さらに、圧脈波又は容積脈波を積分した波形を積分脈波と呼ぶ。本明細書において「脈波」には、圧脈波、容積脈波、速度脈波、加速度脈波、積分脈波を含み、測定、微分又は積分した信号そのものだけではなく、かかる信号について変換処理、ノイズ除去処理、周波数抽出・分析処理、サンプリング処理等の各種信号処理を行った後の信号波形を含む。1回拍出量とは、心臓が1回の収縮によって動脈へ拍出する血液の量である。
【0018】
パラメータP1としては、例えば、脈波が任意の二点間を伝達する時間である脈波伝播時間(PTT:Pulse Transit Time)、脈波を発生させた心拍の発生から脈波が測定点に到達するまでの時間である脈波到達時間(PAT:Pulse Arrival Time)又は脈波の伝播する速度である脈波伝播速度(PWV:Pulse Wave Velocity)を使用することができる。脈波伝播時間(PTT)は、例えば、任意の2点(又はそれ以上でもよい)において同時系列で測定した2つの脈波の同一拍動における対応する位置の時間差から算出でき、例えば、各脈波の同一拍動によるピークの頂点間の時間の差から求めることができる。脈波到達時間(PAT)は、心拍の発生を検知する信号と任意の1点(又はそれ以上でもよい)において同時系列で測定した1つの脈波の同一拍動における対応する位置の時間差から算出でき、例えば、心電図(ECG)におけるR波と脈波における同一拍動によるピークの頂点の位置との時間の差から求めることができる。脈波伝播速度(PWV)は、測定位置間の距離÷脈波伝播時間(PTT)又は測定位置間の距離÷(脈波到達時間(PAT)-前駆出時間(PEP))で算出できる。脈波の測定位置が一定であれば距離は変化しないため、PTTまたはPATからPWVの相対的な変化を算出できる。
【0019】
パラメータP2は、脈波における1回拍出量に関連する数値である。脈波は、心臓の大動脈弁の開放とともに急峻に立ち上がり、大動脈弁の閉鎖時に重複切痕(DN)ができ、その後、緩やかに下降する。つまり、脈波のピークの立ち上がりから重複切痕(DN)までの期間が心臓から動脈に血液を送り出している時間に相当し、その期間における脈波の波形が1回拍出量に関連する。パラメータP2として、例えば、脈波の信号波形の最初のピークにおける立ち上がりから重複切痕(DN:Dicrotic Notch)までの面積(以下「PSA」(Pulsatile systolic area)という)、PSAの一部の領域又はPSAを含む領域の面積を使用することができる。PSAの一部の領域とは、例えば面積を算出する期間の開始時点が、脈波の最初のピークの立ち上がる時点よりも若干遅れたタイミングの場合、面積を算出する期間の終了時点が重複切痕(DN)が現れる時間よりも若干早い場合を含み、PSAを含む領域とは、例えば面積を算出する期間の開始時点が、脈波の最初のピークの立ち上がる時点よりも若干早い場合や、面積を算出する期間の終了時点が重複切痕(DN)よりも少し遅い場合を含む。例えば、脈波の測定位置が心臓から離れている場合や異常波形の場合などで重複切痕が明確に確認できない波形となる場合も想定され、これらの場合、脈波の最初のピークの少なくとも一部を含むように予め設定した期間の面積を1回拍出量に関連するパラメータP2としてもよい。予め設定した期間とは、例えば、脈波の立ち上がりを開始時点とし、ピークを含むような所定の時間経過後を終了時点とする一定の期間でもよいし、脈波の立ち上がりを開始時点とし、ピークの頂点から所定の時間経過後を終了時点とする不定の期間(各脈波でピークの頂点までの期間が異なることから一定ではない。)でもよいし、脈波の立ち上がりを開始時点とし、圧脈波の微分波形の同一拍動内における最低値を示す時点から所定の時間経過後を終了時点とする不定の期間でもよい。予め設定した期間としては、年齢、体重、性別などに基づいて予め設定してもよいが、実測脈波から重複切痕(DN)のタイミングを算出し、所定の期間を設定すると被測定者の生体情報に基づいているため、より精度を高めることができる。なお、ピークの立ち上がり点、頂点、重複切痕のタイミングなどを確認するために、脈波を積分、微分、ヒルベルト変換などの信号処理することによって算出してもよい。例えば、後述する
図9(C)の波形上の△印のように、重複切痕(DN)の位置として、脈波の微分波形における最低値を示す時点からつぎの脈までの間で微分波形がピークを示す位置によって算出してもよい。
【0020】
さらに、パラメータP2として、1つの脈波の最初のピークの少なくとも一部を含む期間における第1の面積の平均(単位時間当たりの面積)と、当該脈波のそれ以外の期間の少なくとも一部における第2の面積の平均との比を利用してもよい。例えば、脈波の信号波形の最初のピークにおける立ち上がりから重複切痕(DN)までの期間T1の面積S1(=PSA)の平均(S1/T1)と、重複切痕から次の脈波の立ち上がりまでの期間T2の面積S2の平均(S2/T2)との比((S1・T2)/(T1・S2)又は(S2・T1)/(T2・S1))をパラメータP2として利用することができる。1つの脈波の最初のピークの少なくとも一部を含む期間における第1の面積としては、PSAとすることが好ましいが、PSAの一部の領域又はPSAを含む領域の面積を使用してもよい。当該脈波のそれ以外の期間の少なくとも一部における第2の面積としては、残りの面積すべてでもよいし、一部(例えば、第1の面積の終了時点から所定の期間の面積、第1の面積の終了時点から次の脈波の開始から所定の期間前までの面積等)でもよい。パラメータP2として各脈波の第1の面積の平均と第2の面積の平均の比を利用することにより、各脈波内でパラメータP2を正規化することができ、より汎用的なパラメータとすることができる。例えば、生体信号の測定条件、周囲の環境、装置の設定などの違いにより、信号の強度(振幅)が変化しても、各脈波の第1の面積の平均と第2の面積の平均の比とすることで血圧を算出することができる。
【0021】
下記式(5)において、パラメータP1とパラメータP2とを変数として代入することにより、推定血圧(EBP)を算出できる。また、P1としてPTTもしくはPATを用いるときは、P1は血圧と逆比例することから式(6)で求めても良い。なお、式(5)及び(6)において、β1、β2、β0は係数であり、本発明の血圧算出方法は、係数を設定するステップを有していることが好ましい。
EBP=β1・P1+β2・P2+β0 (5)
EBP=β1・1/P1+β2・P2+β0 (6)
係数β1、β2、β0は、個人差が大きいため、事前に測定対象となる被測定者の実際の血圧(以下「実測血圧」という)を測定し、調整した係数を求めておくことが好ましいが、年齢、性別、体重、脈波の形状などの条件ごとに典型的な係数の組合せを準備しておき、これらの条件を入力することにより、その条件に典型的な係数を選択し、採用するようにしてもよい。係数β0は、絶対的な血圧の数値を推定するためには必要となるが、血圧が高くなるか低くなるかを相対的に算出する場合には必須ではない。例えば、係数β0を予め設定された固定の値B(例えば0)として、推定した係数β0を利用せずにEBP=β1・P1+β2・P2+B又はEBP=β1・1/P1+β2・P2+Bの数式(Bは予め設定された数値)により相対的な血圧変動を算出してもよい。
【0022】
例えば、係数β1、β2、β0は、被測定者の血圧を負荷によって変動させながら血圧取得手段を用いて実測血圧を測定しつつ脈波の伝播時間に関連するパラメータP1と、脈波信号における1回拍出量に関連するパラメータP2とを測定し、実測したパラメータP1及びパラメータP2を代入した式(5)もしくは式(6)の変動が、実測血圧の変動に近くなるような係数β1、β2、β0を設定する。被測定者に与える負荷としては、運動負荷、起立負荷、バルサルバ(Valsalva)動作、メンタル負荷など肉体的又は心理的なストレスを加えたり、ストレスの度合いを変化させて血圧への影響を確認する。運動負荷としては、例えば、ハンドグリップ運動、エクササイズ機器を用いた運動(トレッドミルによるウォーキング、ステーショナリーバイクによる運動等)である。起立負荷としては、例えば、座位から立位、臥位から座位等の姿勢変更を含む。バルサルバ動作とは、息む動作で呼吸を止める動作である。また、メンタル負荷としては、例えば、計算、暗算、暗記、朗読などである。負荷によって少なくとも被測定者の血圧を10mmHg以上変動させることが好ましく、より好ましくは20mmHg以上変動させる。被測定者に与える負荷は、実測血圧及び脈波の測定への直接的な影響が少ないことが好ましい。例えば、ハンドグリップ運動の場合、腕の筋肉の振動や圧迫により血圧や脈波に影響が生じる恐れがあり、ハンドグリップ運動の場合は運動している腕以外の部位(例えば、反対の腕や足等)で測定することが好ましい。
【0023】
図1は、各種パラメータを説明するための図であり、同時系列で測定された3拍分の心電図の波形(A)、容積補償型血圧計で指先から計測された血圧(B)、指尖脈波(C)、時定数0.1秒で積分した指尖脈波の積分波形(D)である。
図1において、t0は心電図(A)のQRS波が立ち上がる時点であり、t1は積分脈波(D)における最初のピークが立ち上がる時点であり、t2は積分脈波(D)における重複切痕(DN)の時点であり、血圧(B)の重複切痕の時相とほぼ一致している。t3は心電図(A)の次のQRS波が立ち上がる時点である。積分脈波(D)のt1は大動脈弁の開放に関連付けられ、t1から重複切痕(DN)の時点t2までの間隔が心臓の収縮期に相当し、重複切痕(DN)以降が心臓の拡張期に相当する。このため、心電図(A)のQRS波が立ち上がる時点t0から積分脈波(D)のt1までの時間差が、脈波の測定位置における脈波到達時間(PAT)であり、t1からt2までの期間が脈波における心臓の収縮期(SYS:Systole)に対応する期間である。心電図(A)におけるt0からt3までの間隔は、QRS波から次のQRS波までのRR間隔(RRI)であり、RRIからPATを引いた時間がRTである。また、積分脈波(D)における収縮期(t1~t2)の面積がPSAであり、1回拍出量に関連している。なお、他の測定位置において第2の脈波を測定した場合、第2の脈波の積分波形における最初のピークが立ち上がる時点と積分脈波(D)における最初のピークが立ち上がる時点t1との時間差が脈波伝播時間(PTT)となる。なお、脈波伝播時間(PTT)は、最初のピークが立ち上がる時点の差ではなく、ピークの頂点の時間差や重複切痕(DN)の時間差で算出してもよい。
【0024】
図2は、同時系列で測定した心電図(A)、血圧(B)、指尖脈波(C)、積分した指尖脈波(D)の波形であり、縦軸が強度で横軸が時間である。(A)の心電図(ECG)は、被測定者の胸部に心電図用電極を貼付し、双極誘導により計測した。さらに、同時に(B)の実測血圧も測定した。血圧(B)は、被測定者の人差し指の指先に容積補償型血圧計(フィナプレス)のカフを装着して、連続的に測定した。脈波(C)は、被測定者の中指の指尖部に圧電センサを密着させて圧脈波を測定した。積分波形(D)は、(C)の指尖脈波を時定数0.1秒で積分した波形である。
【0025】
図3(A)~(D)は、
図2における脈波(D)及び心電図(A)の波形から算出した各種パラメータの時間変化を示す図であり、
図3(E)は実測収縮期血圧を示す図である。
図3(A)は脈波到達時間(PAT)、
図3(B)は脈波における収縮期間(SYS)、
図3(C)はRT、
図3(D)は脈波における収縮期(t1~t2)の面積(PSA)の数値を時系列に示しており、
図3(E)は同時系列で測定した実測収縮期血圧(SBP)を時系列に示している。
【0026】
図4は、実測収縮期血圧(SBP)と各種パラメータ(PAT、SYS、RT、RRI、PSA)との相関図である。
図4において縦軸が実測収縮期血圧(SBP)の値であり、横軸が各種パラメータの値であり、図中に回帰直線の式と相関係数rが示されている。
図4(A)は、実測血圧(SBP)と脈波到達時間(PAT)との相関図であり、相関係数rは-0.46、p値は<0.01であり、有意水準1%未満で有意であった。
図4(B)は、実測収縮期血圧(SBP)と脈波における収縮期間(SYS)との相関図であり、相関係数rは0.128、p値は0.192であり、有意ではなかった。
図4(C)は、実測収縮期血圧(SBP)とRT(
図1のt1からt3の間隔)との相関図であり、相関係数rは0.146、p値は0.138であり、有意ではなかった。
図4(D)は、実測収縮期血圧(SBP)とRRI(
図1のt0からt3の間隔)との相関図であり、相関係数rは0.086、p値は0.384であり、有意ではなかった。
図4(E)は、実測収縮期血圧(SBP)と脈波における収縮期(t1~t2)の面積(PSA)との相関図であり、相関係数rは0.661、p値は<0.01であり、有意水準1%未満で有意であった。
図4から、脈波到達時間(PAT)及び脈波における収縮期(t1~t2)の面積(PSA)は、実測収縮期血圧(SBP)との間に相関があることが判明した。
【0027】
図5(A)及び(B)は、実測収縮期血圧(点線)と式(5)から算出した推測収縮期血圧(EBP)(実線)とを重ねた図である。
図5(A)の推測収縮期血圧(EBP)(実線)は、0秒から90秒の間に測定した実測収縮期血圧(点線)と0秒から90秒の間に測定した脈波到達時間(PAT)及び脈波における収縮期(t1~t2)の面積(PSA)とを用いて、係数β
1、β
2、β
0を調整して点線に近づくようにフィッティングしたものである。即ち、
図5(A)においては、式(5)の推測収縮期血圧(EBP)に実測収縮期血圧を代入し、パラメータP1及びP2に実測した脈波到達時間(PAT)及び面積(PSA)を代入し、式(5)ができるだけ成立するように係数β
1、β
2、β
0を調整し、被測定者における係数β
1、β
2、β
0を推定したのである。
図5(B)では、かかる推定した係数β
1、β
2、β
0を採用した式(5)を検証した結果であり、90秒から180秒の間に実測した脈波到達時間(PAT)及び面積(PSA)を式(5)(推定した係数β
1、β
2、β
0を採用したもの)に代入して推測収縮期血圧(EBP)(実線)を算出した。
図5(B)から、式(5)から算出した推測収縮期血圧(EBP)(実線)の波形は、実測収縮期血圧に近く、式(5)から被測定者の血圧を推定できることが確認できた。
【0028】
図6は、
図2ないし
図5と同様の実験を9名の被験者に対し29例実施した結果について、90秒から180秒の間における被験者9名による29例の実測収縮期血圧の平均値(横軸)と推測収縮期血圧の平均値(縦軸)との相関図であり、相関係数rは0.908であり、p値は<0.01で有意であった。また、二乗平均平方根誤差(RMSE)は7.7mmHgであった。このように、
図6から、式(5)から算出した推測収縮期血圧が、実測収縮期血圧ときわめて強い相関があることが確認された。
【0029】
その後の研究により、被験者や測定条件等によっては、収縮期間(SYS)が実測血圧(SBP)と相関している例も確認され、パラメータP1とパラメータP2とに加えて、脈波における収縮期間(SYS)に関連するパラメータP3を変数として収縮期血圧(SBP)を推定してもよい。パラメータP3は、例えば、
図1の積分脈波(D)における最初のピークが立ち上がる時点t1から重複切痕(DN)の時点t2までの間隔である。また、脈波の測定位置が心臓から離れている場合や異常波形の場合などで重複切痕が明確に確認できない波形となる場合も想定され、これらの場合、脈波の最初のピークの少なくとも一部を含むように予め設定した期間をパラメータP3としてもよい。予め設定した期間とは、例えば、脈波の立ち上がりを開始時点とし、ピークを含むような所定の時間経過後を終了時点とする期間でもよいし、脈波の立ち上がりを開始時点とし、ピークの頂点から所定の時間経過後を終了時点とする期間でもよいし、脈波の立ち上がりを開始時点とし、圧脈波の微分波形の同一拍動内における最低値を示す時点から所定の時間経過後を終了時点とする期間でもよい。予め設定した期間としては、年齢、体重、性別などに基づいて予め設定してもよいが、実測脈波から重複切痕(DN)のタイミングを算出し、所定の期間を設定すると被測定者の生体情報に基づいているため、より精度を高めることができる。
【0030】
下記式(7)において、パラメータP1、パラメータP2及びパラメータP3を変数として代入することにより、推定血圧(EBP)を算出できる。また、P1としてPTTもしくはPATを用いるときは、P1は血圧と逆比例することから式(8)で求めても良い。なお、式(7)及び(8)において、β1、β2、β3、β0は係数であり、本発明の血圧算出方法は、係数を設定するステップを有していることが好ましい。
EBP=β1・P1+β2・P2+β3・P3+β0 (7)
EBP=β1・1/P1+β2・P2+β3・P3+β0 (8)
係数β1、β2、β3、β0は、個人差が大きいため、事前に測定対象となる被測定者の実測血圧を測定し、調整した係数を求めておくことが好ましいが、年齢、性別、体重、脈波の形状などの条件ごとに典型的な係数の組合せを準備しておき、これらの条件を入力することにより、その条件に典型的な係数を選択し、採用するようにしてもよい。実測血圧を用いて係数β1、β2、β3、β0を設定するステップは、式(5)又は(6)における係数β1、β2、β0を設定するステップと同様であり、実測したパラメータP1、P2及びP3を代入した式(7)もしくは式(8)の変動が、実測血圧の変動に近くなるような係数β1、β2、β3、β0を設定する。係数β0は、絶対的な血圧の数値を推定するためには必要となるが、血圧が高くなるか低くなるかを相対的に算出する場合には不要であり、この場合には、係数β0を予め設定された固定の値B(例えば0)として、推定した係数β0を利用せずにEBP=β1・P1+β2・P2+β3・P3+B又はEBP=β1・1/P1+β2・P2+β3・P3+Bの数式(Bは予め設定された数値)により相対的な血圧変動を算出してもよい。
【0031】
[血圧算出装置]
図7は、本発明の血圧算出方法を実現するための血圧算出装置1の概略ブロック図である。血圧算出装置1は、被測定者10の生体信号を検出可能な第1生体信号検出手段2及び第2生体信号検出手段3を備え、第1生体信号検出手段2及び第2生体信号検出手段3で取得した生体信号は情報処理装置4に入力される。情報処理装置4は、脈波の伝播時間に関連するパラメータP1算出手段41と、脈波における1回拍出量に関連するパラメータP2算出手段42と、パラメータP1とパラメータP2とを用いて血圧を推定する血圧推定部43とを有し、さらに、係数β
1、β
2、β
0を算出する係数算出部44を有していてもよい。血圧算出装置1は、必要に応じて、電力供給手段5、記憶手段6、通信手段7、表示出力手段8、操作手段9などの一つ又は複数を備えていてもよい。さらに、係数を算出したり、PSAの所定時間を設定したりするため、参照用の連続的な実測血圧を測定できるカフ式の血圧センサを備えていてもよい。また、脈波における収縮期間(SYS)に関連するパラメータP3も用いて、式(7)又は(8)を用いて収縮期血圧(SBP)を推定する場合、情報処理手段4は、脈波における収縮期間に関連するパラメータP3算出手段と、パラメータP1、パラメータP2及びパラメータP3を用いて血圧を推定する血圧推定部とをさらに有し、さらに、係数β
1、β
2、β
3、β
0を算出する係数算出部を有していてもよい。なお、被測定者10として、ヒトの例を示すが、ヒトに限定されず、他の動物にも利用可能である。
【0032】
第1生体信号検出手段2及び第2生体信号検出手段3は、被測定者10の生体信号を取得するものであり、被測定者10の異なる部位11、12から生体信号を取得する。生体信号検出手段の少なくとも一方は、脈波を含む生体信号を取得する脈波センサである。他方は、別の部位における脈波を含む生体信号を取得する脈波センサであってもよいし、心臓の拍動を検出するセンサ、例えば、心電図、心弾動図又は心音を取得するセンサであってもよい。さらに、他の生体信号検出手段を有していてもよく、複数のPTT、PSAを算出し、より精度を高めてもよい。なお、生体信号検出手段2,3における第1及び第2の記載は、単に2つの検出手段を区別するために便宜的に用いているだけである。
【0033】
測定部位11、12として、心臓の拍動を検出する場合は、心臓の拍動が検出できればよいが、体幹(体の四肢を除いた部分)、胴体、胸部などに生体信号検出手段が配置することが好ましい。脈波の検出位置は特に限定されるものではないが、頭部、頸部、腰部、臀部、上腕部、前腕部、手、指、脚部、足の裏などから脈波を取得してもよい。特に、脈波を検出する生体信号検出手段の少なくとも一つは、心臓から距離のある部位、例えば四肢において生体信号を取得することが好ましい。生体信号検出手段の少なくとも一つは、動物の体に装着可能なウェアラブルセンサとすれば、被測定者にとって負担が少なくストレスを感じにくく、ヒトの動きを拘束することがないので好ましく、ウェアラブルセンサは、ヒトの四肢又は頭部に装着する装着部に実装されていることがより好ましい。例えば、ヒト又は動物の上肢としては、手指、手首、腕などに装着することが好ましく、指輪、腕輪、指サック、リストバンドなどにセンサを実装することができる。また、ヒト又は動物の下肢としては、腿、脛、足首に装着することが好ましく、例えば、バンド、靴下、スパッツなどにセンサを実装してもよい。また、ヒト又は動物の頭部においても、首、こめかみ、耳などに装着することが好ましく、例えば、ヘッドバンド、ネクタイ、ネックレス、ピアス、イアリングなどにセンサを実装してもよい。さらに、ヒト又は動物の胴体に装着してもよく、例えば、ベルト、腹巻、衣服などにセンサを実装してもよい。
【0034】
本発明の血圧算出装置1は、例えば、四肢から第1生体信号検出手段2によって第1の脈波を含む生体信号を取得し、体幹(体の四肢を除いた部分)又は胴体から第2生体信号検出手段3によって心臓の拍動又は第2の脈波を含む生体信号を取得してもよい。また、本発明の血圧算出装置1は、例えば、四肢から第1生体信号検出手段2によって第1の脈波を含む生体信号を取得し、別の四肢から第2生体信号検出手段3によって第2の脈波を含む生体信号を取得してもよい。本発明の血圧算出装置1の具体的な態様としては、例えば、椅子の座又は椅子前方の足を配置する床に脈波を含む生体情報を取得する第1生体信号検出手段2を配置し、椅子の背もたれに心臓の拍動に関する生体情報を取得する第2生体信号検出手段3を配置してもよい。さらに、自動車等の乗り物のシートにおいて血圧を算出できるようにしてもよく、例えば第1生体信号検出手段2、3をシートの座位部に内蔵し、臀部から第1の脈波を含む生体情報を取得し、足の脹脛部、背もたれ部、頭部、ハンドル等に第2生体信号検出手段3を配置してもよい。同様に、車椅子の座位部や足部、背もたれ部にも生体信号検出手・BR>Iを配置し、血圧算出装置1を組み込んだ車椅子を提供することもできる。また、本発明の血圧算出装置1の他の具体的な態様としては、例えば、ベッドやマットレスや布団などの寝具の上又は下に第1生体信号検出手段2及び第2生体信号検出手段3を別々の領域に配置し、ベッドに上に寝ているヒトから生体信号を取得してもよい。例えば、ベッドのヒトの胸部の下に脈波を含む生体情報を取得する第1生体信号検出手段2を設置し、脹脛部や腰部や足部に第2生体信号検出手段3を設置してもよい。また、本発明の血圧算出装置1の他の具体的な態様としては、リストバンド、ベルト、腕時計、指輪、ヘッドバンド等に組み込んで四肢から脈波を含む生体信号を取得する第1生体信号検出手段2を配置し、胴体に直接貼付したり、着衣等を介して接触させて心臓の拍動又は第2の脈波を含む生体信号を取得する第2生体信号検出手段3を配置してもよい。
【0035】
生体信号検出手段2及び3としては、特に測定手法は限定されず、接触式でも非接触式でもよく、接触型のセンサの場合は、ヒトに直接又は間接的に接触させて配置することによって、生体信号を検出することができる。接触型の生体信号検出手段2及び3は、例えば、振動を検出する振動センサを利用することができ、生物に直接又は近傍に配置され、生物からの振動を検出し電気信号として出力できるセンサであれば、測定部位に応じて脈波や心弾動図を取得することが可能である。振動を計測するセンサとしては、圧電センサとしてピエゾ素子(圧電素子)が好適に用いられるが、振動を電気信号に変換するマイクロフォンを用いてもよい。ピエゾ素子材料としては、セラミックス系であっても、有機ポリマー系であってもよく、セラミックス系としては、PZTやBST等の高ε材料である強誘電体材料を用いることが好ましい。また、有機ポリマー系として、例えばポリオレフィン系材料を用いてもよく、具体的には、例えば、多孔性ポリプロピレンエレクトレットフィルム(ElectroMechanical Film(EMFI))、PVDF(ポリフッ化ビニリデンフィルム)、フッ化ビニリデンと三フッ化エチレン共重合体(P(VDF-TrFE))、又はフッ化ビニリデンと四フッ化エチレン共重合体(P(VDF-TFE))を用いてもよい。圧電センサとしては、フィルム状であることが好ましく、さらにフレキシブルであることが好ましい。さらに、圧電センサの場合、動物を拘束せずに生体信号を取得することが可能であり、よりストレスフリーで測定できるので好ましい。ただし、圧電センサは、リストバンド、ベルト、腕時計、指輪、ヘッドバンド等に取り付けて、動物に装着してウェアラブルセンサとして利用することもできる。また、マイクロフォンとしては、例えば直径10mmφ程度やそれ以下の数mm程度の大きさの小型のものを用いることが好ましい。
【0036】
圧電センサとして、フィルム状のフレキシブルなものを利用することにより、束縛感や圧迫感を伴わないようなセンサの配置が可能となる。このため、センサ電極層や電磁シールド層として、従来のアルミニウムではなく、薄い導電性カーボン膜、銀電極等の柔らかい素材を使用することが好ましい。圧電センサの製造工程の一例は以下のとおりである。まず、薄いシートフィルム状のピエゾ素子材料(例えば厚さ40μm程度のPVDF)を準備し、このピエゾ素子材料の表裏両面に電極層(例えば厚さ10μm程度の導電性カーボン膜)を全面に被着させることにより、電極層をピエゾ素子材料の表裏両面上に形成した。その後、この表裏両面に形成された電極層の上に絶縁膜層(例えば厚さ20μm程度のPET(ポリエチレンテレフタレート)フィルム)をラミネート処理し、絶縁層を両面に形成した。さらに、表裏両面に形成された絶縁層の上に導電性の電磁シールド層(例えば厚さ10μm程度の導電性カーボン膜)を被着し、両面に電磁シールド層を形成した。最後に電磁シールド層上に保護層(例えばPETフィルム)をラミネート処理し、シート状の圧電センサを完成させた。上記構成のシートセンサ装置は、電極層及び電磁シールド層を構成する材料として柔らかい導電性カーボン膜を使用しているため、センサ自体を柔らかくすることができ、リストバンド、ベルト、腕時計、指輪、ヘッドバンド等に違和感なく取り付けることができる。なお、カーボン材料のほか、100~200nmの厚さの銀電極を用いてもよいし、各層の材料及び形成方法は上記例に限定されるものではない。
【0037】
また、その他の生体信号検出手段2及び3として、例えば、高感度の加速度センサを用いて、腕時計、携帯端末のように体と接触させて、あるいはベッド、椅子等の一部に加速度センサを設置して生体信号を取得してもよいし、チューブ内の空気圧又は液体圧の変化を圧力センサ等で検知して、生体信号を取得してもよい。さらに、生体信号検出手段2及び3として、マイクロ波等を用いた信号受発信に伴って非接触で生体信号を取得できる非接触式のセンサを利用してもよい。例えば、マイクロ波としてはマイクロ波ドップラーセンサ、UWB(ウルトラワイドバンド)を用いたセンサ、マイクロ波以外の電磁波を用いたセンサ、LED光を使った反射又は透過光を用いたセンサ、さらには、超音波の反射波を用いたセンサ等を使用することができる。これらのマイクロ波等を用いたセンサは、小型化が可能であり、非接触かつ非拘束で信号を取得でき、遠隔から信号を取得できる。なお、加速度センサも小型化が可能である。また、心電図計測用センサの場合は、ディスポーザブル電極を用いて専用の電子回路を生体の胸部に貼付して計測することが好ましく、電極によって心電図波形が計測される。導出法は単極誘導または双極誘導でもよい。
【0038】
生体信号検出手段2及び3のサンプリング周波数は、500Hz以上、より好ましくは1kHz以上であることが好ましい。脈波の測定位置にもよるが、第1生体信号検出手段2を座席に配置し、臀部から脈波を取得した場合、心臓から臀部までの距離は40cm程度であり、脈波伝播速度を10m/sとすると、PATは40msとなる。ここで、サンプリング周波数が500Hzの場合、分解能が2msであり、1kHzの場合、分解能1msであり、サンプリング周波数を500Hz以上、より好ましくは1kHz以上とすることによりPATの検出精度を高めることができる。ただし、脈波の測定位置を心臓から遠くしたり、低い精度で足りる場合には、500Hz以下のサンプリング周波数でも本発明を利用することはできる。
【0039】
情報処理手段4は、生体信号検出手段2及び3と有線又は無線で接続されており、生体信号検出手段2及び3から入力された生体信号を処理する手段である。
図7の情報処理手段4には、P1算出手段41、P2算出手段42、血圧推定部43、係数算出部44を備えているが、他にもA/D変換部、ノイズ除去部、信号処理部等を有していてもよい。情報処理手段4は、例えば、電子回路や、CPU(中央処理装置)の演算処理機能を利用することができ、携帯電話、スマートフォン、パソコン、サーバー、クラウドコンピューティング等のCPUを情報処理手段4として利用してもよい。CPUの演算処理機能によれば、例えば、デジタルフィルタを構成し、周波数フィルタリングを実現することもできる。また、情報処理手段4は、デジタル回路ではなくアナログ回路で実現することも可能である。例えば、コンデンサや抵抗及びオペアンプ等で構成されたローパスフィルタ(LPF)やハイパスフィルタ(HPF)などのアナログフィルタによって、周波数フィルタリングを実現してもよい。また、入力される生体信号がアナログ信号であれば、アナログ-デジタル変換回路によってデジタル信号に変換してもよい。
【0040】
電力供給手段5は、血圧算出装置1の各部に電力を供給する機能を有し、例えば、Liイオンバッテリー等のバッテリーなどを採用することができる。記憶手段6は、生体信号検出手段2,3で取得した生体信号、情報処理手段4で算出した処理結果(P1,P2,推定血圧、係数など)、情報処理手段4を動作させるためのプログラムなどを記憶する機能を有し、例えば、メモリなど採用することができる。
【0041】
通信手段7は、有線又は無線通信を介して各種信号を受け渡す機能を有する。通信手段7は、生体信号検出手段2,3に接続された配線、ケーブルであってもよい。無線の通信手段7は、例えば、生体信号検出手段2,3が取得した生体信号を情報処理手段4、記憶手段6、表示出力手段8、外部装置(図示せず)などに送信してもよいし、情報処理手段4が算出したP1、P2、血圧等の情報を記憶手段6、表示出力手段8、外部装置(図示せず)などに送信してもよいし、記憶手段6に格納された生体信号を、情報処理手段4、表示出力手段8などに送信してもよい。また、通信手段7は、操作手段9を介して使用者から入力された情報を、情報処理手段4、記憶手段6、表示出力手段8などに送信してもよい。通信手段7として無線の場合は、例えば、Bluetooth(登録商標)、Wi-fi(登録商標)、近接場型の近距離無線通信(NFC:Near field radio communication)などを利用することが好ましい。なお、通信手段7は、血圧算出装置1の態様によっては、必ずしも双方向の通信としなくてもよい。
【0042】
表示出力手段8は、算出した処理結果(P1,P2,推定血圧、係数など)、使用者によって入力された各種情報、操作内容などを表示又は出力する機能を有する。表示出力手段8としては、処理結果を画像で表示するディスプレイ、スマートフォンやタブレット機器を用いることができる。また、処理結果を紙で出力するプリンター、処理結果を音声で出力するスピーカーなどを採用してもよい。血圧算出装置1にディスプレイを設け、表示出力手段8として使用してもよい。また、算出した血圧が予め設定された上限値を越えた場合、又は下限値を下回った場合に警告表示、警告音等を表示したり、通信手段7を介して外部装置に送信するようにしてもよい。
【0043】
操作手段9は、使用者が血圧算出装置1を操作するためのスイッチ、タッチパネル、ボタン、つまみ、キーボード、マウス、音声入力用マイクなどから構成される。なお、表示出力手段8が使用者からの操作を受けることができるタッチパネルとして構成される場合、操作手段9は、表示出力手段8を兼用する構成であってもよい。
【0044】
[臀部と脹脛部の脈波に基づく血圧算出]
生体信号検出手段2として、約30cm2のシート状の圧電センサを椅子の座席に配置し、被測定者の臀部から脈波を測定し、生体信号検出手段3として、約20cm×5cmのシート状の圧電センサを被測定者の脹脛部の周囲を取り巻くように巻きつけて配置し、脹脛部から脈波を測定した。脹脛部にセンサを巻き付け、脈波を測定する際には、脹脛部に束縛感や圧迫感を伴わないような柔らかいセンサを巻き付ける必要がある。このため、センサ電極層や電磁シールド層として、従来のアルミニウムではなく、薄い導電性カーボン膜を用いた。
【0045】
さらに、参照及び検証用に胸部に電極を貼付し、胸部双極誘電で心電図(ECG)を取得し、容量補償型血圧計で人差し指から血圧を測定した。測定時間は3分で、測定開始から30秒~60秒の間、被測定者はハンドグリップ運動し、前半の90秒(ハンドグリップ運動した期間を含む)で係数を推定し、後半90秒で推定血圧を検証した。なお、心電図を測定する電極を第3の生体信号検出手段として利用することもできる。
【0046】
図8は、上から心電図(ECG)、実測血圧(BP)、臀部の脈波(butt)、脹脛部の脈波(calf)の測定結果の生信号である。臀部の脈波(butt)の信号及び脹脛部の脈波(calf)の信号には、脈波だけではなく、呼吸や体動に基づく振動成分も含まれており、信号処理によりこれらのノイズを除去することが好ましい。また、信号波形におけるピークの位置や、立ち上がりの位置などを特定するために、各信号に対し、積分処理、微分処理、ヒルベルト変換等の処理を行ってもよい。
【0047】
図9(A)は、臀部の脈波(butt)について1Hz以上の周波数を通過させるハイパスフィルタを通した信号であり、
図9(B)は、脹脛部の脈波(calf)について1Hz以上の周波数を通過させるハイパスフィルタを通し、さらに0.15秒の減衰時定数で積分した波形であり、
図9(C)は、脹脛部の脈波(calf)の積分波形(上、点線)と、脹脛部の脈波の微分波形(下、実線)とを併記したものである。
図9(A)及び(B)において、縦軸の1と同じ高さの丸はピーク位置であり、ピーク位置の時間差から脈波伝播時間(PTT)を算出した。また、
図9(B)の波形上の×はピークの立ち上がりの位置であり、波形上の△印は、
図9(C)に示すように、脈波の微分波形における最低値を示す時点からつぎの脈までの間で微分波形がピークを示す位置であり、この△印の位置を重複切痕(DN)の位置として、
図9(B)の脹脛部の脈波(calf)の積分波形の×から△印までの面積をPSAとして算出した。脈波を積分してPSAを算出する時に積分の時定数は0.15秒を用いたが、脈波の測定部位によって脈波波形が異なるので,波形に応じて減衰時定数を0.05秒から0.3秒程度で変えてもよい。なお、
図9では、より波形が安定していた脹脛部の脈波(calf)に基づいてPSAを算出したが、臀部の脈波(butt)に基づいてPSAを算出してもよいし、脹脛部の脈波(calf)及び臀部の脈波(butt)の2つの脈波のPSAの総和や平均を使用してもよい。また、情報処理手段が、2つの脈波を比較してより波形が安定している脈波に基づいてPSAを算出するように構成してもよい。例えば、脈波内の複数のピークの波形の形状の相関を取り、より相関が高い脈波をより波形が安定した脈波として選択してもよい。
【0048】
図10は、臀部の脈波(butt)についてピーク位置を特定するための一連の信号処理を示す図である。一番上の
図10(A)は臀部の脈波の生信号(
図8の臀部の脈波(butt)と同じ)であり、呼吸信号の影響により、波形が大きくうねっていることがわかる。(B)は(A)の波形を1Hz以上のハイパスフィルタを通した信号(
図9(A)と同じ)である。(A)の波形から大きくうねった信号が呼吸信号が除去されたために、うねりが消去されたことがわかる。しかし、波形は、ピーク波形を中心に、連続的にピークが減衰していく振動波形を示している。このような振動波形が生じる原因は未だ明確ではないが、心拍に伴う振動波が臀部下部の椅子の部分に於いて、振動波が反射を繰り返すことにより生じたものと推定される。この振動波形は、PSAやSYSを求めるためには、適切な波形ではない。一方、上腕部や脹脛部では、このような振動波形の連続波は観測されないことが多い。この理由は、例えば、上腕部から伝わる振動波は、直接、圧電センサに伝達され、反射されるような媒体が存在しないからであると考えられる。従って、臀部からの波形において、PSAやSYSを求めることができるような信号処理が必要である。この信号処理として、(B)の波形を時定数積分する手法が考えられる。(C)は(B)の波形を時定数0.15秒で積分した波形であり、減衰振動する波が消失していることがわかる。(D)は(C)の波形を微分して絶対値を取った波形であり、(E)は(D)の波形をヒルベルト変換して振幅である包絡線を求めたものであり、(F)は(E)の波形をさらにヒルベルト変換して瞬時位相をもとめたものである。(C)及び(E)は減衰振動する波が消失しており、これからPSAやSYSを求めることができる。
図10(F)の瞬時位相の波形がマイナス側から瞬時位相が0の軸と交差する時点をピーク位置(
図9の丸)として特定した。なお、
図9(B)の脹脛部の脈波(calf)においても同様の信号処理によってピーク位置を特定した。
【0049】
図11(A)は、
図9から算出した臀部の脈波(butt)と脹脛部の脈波(calf)との間の脈波伝播時間(PTT)及び
図9(B)の波形の×から△印までの面積(PSA)であり、
図11(B)は実測収縮期血圧(点線)と式(5)から算出した推測収縮期血圧(EBP)(実線)とを重ねた図である。
図11(A)及び(B)に示すように、測定開始から30秒~60秒の期間はハンドグリップ運動を行い血圧を変動させた。
図11(B)では、0秒から90秒の間の推測収縮期血圧(EBP)(実線)は、0秒から90秒の間に測定した実測収縮期血圧(点線)と0秒から90秒の間に測定した脈波伝播時間(PTT)及び面積(PSA)とを用いて、係数β
1、β
2、β
0を調整して点線に近づくようにフィッティングしたものである。即ち、
図11(B)の0秒から90秒の間においては、式(5)の推測収縮期血圧(EBP)に実測収縮期血圧を代入し、パラメータP1及びP2に実測した脈波伝播時間(PTT)及び面積(PSA)を代入し、式(5)ができるだけ成立するように係数β
1、β
2、β
0を調整し、被測定者における係数β
1、β
2、β
0を推定した。係数β
1は-289、β
2は157、β
0は10となった。
図11(B)の90秒~180秒の間は、かかる推定した係数β
1、β
2、β
0を採用した式(5)を検証した結果であり、90秒から180秒の間に実測した脈波伝播時間(PTT)及び面積(PSA)を式(5)(推定した係数β
1、β
2、β
0を採用したもの)に代入して推測収縮期血圧(EBP)(実線)を算出した。
図11(B)の90秒~180秒の間から、式(5)から算出した推測収縮期血圧(EBP)(実線)の波形は、実測収縮期血圧に近く、式(5)から被測定者の血圧を推定できることが確認できた。また、
図11(C)は、実測血圧(横軸)と推測血圧(縦軸)との相関図であり、相関係数rは0.504、二乗平均平方根誤差(RMSE)は11.3mmHgであった。
【0050】
[上腕部と脹脛部の脈波に基づく血圧算出]
生体信号検出手段2として、約20cm×5cmのシート状の圧電センサを被測定者の上腕部に巻きつけて配置し、被測定者の上腕部から脈波を測定し、生体信号検出手段3として、約20cm×5cmのシート状の圧電センサを被測定者の脹脛部に巻きつけて配置し、脹脛部から脈波を測定した。さらに、参照及び検証用に胸部に電極を貼付し、胸部双極誘電で心電図(ECG)を取得し、容量補償型血圧計で人差し指から血圧を測定した。測定時間は3分で、測定開始から30秒~60秒の間、被測定者はハンドグリップ運動し、前半の90秒(ハンドグリップ運動した期間を含む)で係数を推定し、後半90秒で推定血圧を検証した。なお、心電図を測定する電極を第3の生体信号検出手段として利用することもできる。
【0051】
図12は、上から心電図(ECG)、実測血圧(BP)、上腕部の脈波(arm)、脹脛部の脈波(calf)の測定結果の生信号である。上腕部の脈波(arm)の信号及び脹脛部の脈波(calf)の信号には、脈波だけではなく、呼吸や体動に基づく振動成分も含まれており、信号処理によりこれらのノイズを除去することが好ましい。また、信号波形におけるピークの位置や、立ち上がりの位置などを特定するために、各信号に対し、積分処理、微分処理、ヒルベルト変換等の処理を行ってもよい。
【0052】
図13(A)は、上腕部の脈波について1Hz以上の周波数を通過させるハイパスフィルタを通し、さらに減衰時定数0.15秒で積分した波形であり(Int.Arm)、
図13(B)は、脹脛部の脈波(calf)について1Hz以上の周波数を通過させるハイパスフィルタを通した信号である。
図13(A)及び(B)において、縦軸の1と同じ高さの丸はピーク位置であり、ピーク位置の時間差から脈波伝播時間(PTT)を算出した。また、
図13(A)の波形上の×はピークの立ち上がりの位置であり、波形上の△印は、
図9(C)と同様に、脈波の微分波形における最低値を示す時点から次の脈までの間で最大値を示す位置であり、この△印の位置を重複切痕(DN)の位置として、
図13(A)の上腕部の脈波の積分波形(Int.Arm)の×印から△印までの面積をPSAとして算出した。脈波を積分してPSAを算出する時に積分の時定数は0.15秒を用いたが、脈波の測定部位によって脈波波形が異なるので,波形に応じて減衰時定数を0.05秒から0.3秒程度で変えてもよい。なお、
図13では、より波形が安定していた上腕部の脈波に基づいてPSAを算出したが、脹脛部の脈波(calf)に基づいてPSAを算出してもよいし、2つの脈波のPSAの総和や平均を使用してもよい。
【0053】
図14(A)は、
図13から算出した上腕部の脈波(arm)と脹脛部の脈波(calf)との間の脈波伝播時間(PTT)及び
図13(A)の波形の各脈波の×印から△印までの面積(PSA)であり、
図14(B)は実測収縮期血圧(点線)と式(5)から算出した推測収縮期血圧(EBP)(実線)とを重ねた図である。
図14(A)及び(B)に示すように、測定開始から30秒~60秒の期間はハンドグリップ運動を行い血圧を変動させた。
図14(B)では、0秒から90秒の間の推測収縮期血圧(EBP)(実線)は、0秒から90秒の間に測定した実測収縮期血圧(点線)と0秒から90秒の間に測定した脈波伝播時間(PTT)及び面積(PSA)とを用いて、係数β
1、β
2、β
0を調整して点線に近づくようにフィッティングしたものである。係数β
1は-74.7、β
2は194、β
0は96.8となった。
図14(B)の90秒~180秒の間は、かかる推定した係数β
1、β
2、β
0を採用した式(5)を検証した結果であり、90秒から180秒の間に実測した脈波伝播時間(PTT)及び面積(PSA)を式(5)(推定した係数β
1、β
2、β
0を採用したもの)に代入して推測収縮期血圧(EBP)(実線)を算出した。
図14(B)の90秒~180秒の間から、式(5)から算出した推測収縮期血圧(EBP)(実線)の波形は、実測収縮期血圧に近く、式(5)から被測定者の血圧を推定できることが確認できた。また、
図14(C)は、実測収縮期血圧(横軸)と推測収縮期血圧(縦軸)との相関図であり、相関係数rは0.522、二乗平均平方根誤差(RMSE)は7.2mmHgであった。
【0054】
図15(A)は、ハンドグリップ運動に替えてValsalva動作を行って血圧を変動させた実施例である。脈波の測定部位は上腕部と脹脛部である。
図15(B)では、0秒から90秒の間の推測収縮期血圧(EBP)(実線)は、0秒から90秒の間に測定した実測収縮期血圧(点線)と0秒から90秒の間に測定した脈波伝播時間(PTT)及び面積(PSA)とを用いて、係数β
1、β
2、β
0を調整して点線に近づくようにフィッティングしたものである。係数β
1は-115、β
2は197、β
0は86.8となった。
図15(B)の90秒~180秒の間は、かかる推定した係数β
1、β
2、β
0を採用した式(5)を検証した結果であり、90秒から180秒の間に実測した脈波伝播時間(PTT)及び面積(PSA)を式(5)(推定した係数β
1、β
2、β
0を採用したもの)に代入して推測収縮期血圧(EBP)(実線)を算出した。
図15(B)の90秒~180秒の間から、式(5)から算出した推測収縮期血圧(EBP)(実線)の波形は、実測収縮期血圧に近く、式(5)から被測定者の血圧を推定できることが確認できた。また、
図15(C)は、実測収縮期血圧(横軸)と推測収縮期血圧(縦軸)との相関図であり、相関係数rは0.387、二乗平均平方根誤差(RMSE)は8.9mmHgであった。
【0055】
図16は、心電図のQRS波を起点として脹脛脈波の立ち上がり時間までの時間差を脈波到達時間(PAT,単位ms)として計測し、脹脛脈波から算出したPSAを第1の面積とし、当該脈波のそれ以外の期間の面積を第2の面積としたときの面積の平均の比(iPSA,単位%)とPATを用いて血圧推定を行った実施例である。
図16(B)では、0秒から90秒の間の推測収縮期血圧(EBP)(実線)は、0秒から90秒の間に測定した実測収縮期血圧(点線)と0秒から90秒の間に測定した脈波到達時間(PAT)及び面積(PSA)の平均の比(iPSA)を用いて、係数β
1、β
2、β
0を調整して点線に近づくようにフィッティングしたものである。係数β
1は-0.132、β
2は0.251、β
0は93.1となった。
図16(B)の90秒~180秒の間は、かかる推定した係数β
1、β
2、β
0を採用した式(5)を検証した結果であり、90秒から180秒の間に実測した脈波到達時間(PAT)及び面積の平均の比(iPSA)を式(5)(推定した係数β
1、β
2、β
0を採用したもの)に代入して推測収縮期血圧(EBP)(実線)を算出した。
図16(B)の90秒~180秒の間から、式(5)から算出した推測収縮期血圧(EBP)(実線)の波形は、実測収縮期血圧に近く、式(5)から被測定者の血圧を推定できることが確認できた。また、
図16(C)は、実測収縮期血圧(横軸)と推測収縮期血圧(縦軸)との相関図であり、相関係数rは0.609、二乗平均平方根誤差(RMSE)は7.7mmHgであった。
【0056】
本発明の血圧算出装置は、さまざまな装飾品、電子機器等に組み込んで使用することができる。例えば、腕輪、腕時計、指輪、首輪、靴、耳飾りに生体信号検出手段(例えば圧電センサ)を組み込み、使用者の生体信号を計測してもよい。さらに、生体信号検出手段(例えば圧電センサ)を直接、又は衣服の上から身体に接触させて生体信号を計測してもよい。生体信号検出手段で取得した生体信号を通信手段を介して、携帯端末、コンピュータ等に送信し、携帯端末、コンピュータ等において血圧を算出するように構成してもよい。本発明の血圧算出装置は、日常生活の種々の場面、運動中等において血圧をモニタリングすることができ、例えば、車、電車、飛行機等の運転手の状態を管理することもできる。
【符号の説明】
【0057】
1 血圧算出装置
2 第1生体信号検出手段
3 第2生体信号検出手段
4 情報処理手段
5 電力供給手段
6 記憶手段
7 通信手段
8 表示出力手段
9 操作手段
41 P1算出手段
42 P2算出手段
43 血圧推定部
44 係数算出部