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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-19
(45)【発行日】2022-07-27
(54)【発明の名称】非水電解質蓄電素子及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/131 20100101AFI20220720BHJP
   H01M 4/1391 20100101ALI20220720BHJP
   H01M 4/505 20100101ALI20220720BHJP
   H01M 4/62 20060101ALI20220720BHJP
【FI】
H01M4/131
H01M4/1391
H01M4/505
H01M4/62 Z
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2016238489
(22)【出願日】2016-12-08
(65)【公開番号】P2018097931
(43)【公開日】2018-06-21
【審査請求日】2019-03-27
【審判番号】
【審判請求日】2021-02-16
(73)【特許権者】
【識別番号】507151526
【氏名又は名称】株式会社GSユアサ
(74)【代理人】
【識別番号】100159499
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 義典
(74)【代理人】
【識別番号】100120329
【弁理士】
【氏名又は名称】天野 一規
(72)【発明者】
【氏名】城戸 良太
(72)【発明者】
【氏名】菊池 彰文
【合議体】
【審判長】酒井 朋広
【審判官】畑中 博幸
【審判官】山本 章裕
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-15298(JP,A)
【文献】特開平10-241681(JP,A)
【文献】特開2016-127024(JP,A)
【文献】国際公開第2013/084923(WO,A1)
【文献】特開2015-032383(JP,A)
【文献】国際公開第2016/084966(WO,A1)
【文献】特開2016-126976(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M4/13
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
マンガンを含むリチウム遷移金属複合酸化物とリンのオキソ酸とを含有する正極合材ペーストを用いて正極を形成することを備え、
上記リチウム遷移金属複合酸化物が、Li1+αMe1-α(MeはMnを含む遷移金属元素である。0<α<1であり且つ1.15≦(1+α)/(1-α)≦1.6である。)で表され、Meに占めるMnのモル比(Mn/Me)が0.5より大きく、
上記リンのオキソ酸がホスホン酸である、非水電解質蓄電素子の製造方法(但し、下記(A)~(C)に該当するものを除く。)。
A)上記正極合材ペーストが、作動上限電位が金属リチウム基準で4.35V以上となる正極活物質である、スピネル構造のリチウムニッケルマンガン酸化物又はLiMnPO系のリチウム遷移金属リン酸化合物、導電剤、バインダ、リン酸リチウム、溶媒、並びに酸性化合物であるリン酸、ピロリン酸及びメタリン酸のいずれかを含み、上記非水電解質蓄電素子がフッ素元素を有する化合物を含有する非水電解液を備えるもの
B)上記正極合材ペーストが、LiNi0.5Co0.2Mn0.3、バインダ、溶剤、及びリン酸又はリン酸化合物を含むもの
C)上記正極合材ペーストが、リチウムとマンガンとを含むスピネル構造を有するリチウムマンガン複合酸化物及び亜リン酸を含むもの
【請求項2】
請求項1に記載の非水電解質蓄電素子の製造方法により得られる非水電解質蓄電素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非水電解質蓄電素子及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池に代表される非水電解質二次電池は、エネルギー密度の高さから、パーソナルコンピュータ、通信端末等の電子機器、自動車等に多用されている。上記非水電解質二次電池は、一般的には、セパレータで電気的に隔離された一対の電極と、この電極間に介在する非水電解質とを有し、両電極間でイオンの受け渡しを行うことで充放電するよう構成される。また、非水電解質二次電池以外の非水電解質蓄電素子として、リチウムイオンキャパシタや電気二重層キャパシタ等のキャパシタも広く普及している。
【0003】
従来、非水電解質蓄電素子用の正極活物質として、α-NaFeO型結晶構造を有するリチウム遷移金属複合酸化物が検討され、LiCoOを用いた非水電解質二次電池が広く実用化されていた。しかし、LiCoOの放電容量は120~130mAh/g程度であり、また、地球資源として豊富なMnを遷移金属元素として用いることが望まれてきた。
【0004】
そこで、遷移金属(Me)に占めるMnのモル比(Mn/Me)が0.5以下であり、遷移金属(Me)に対するLiのモル比Li/Meがほぼ1である「LiMeO型」活物質が種々提案され、一部実用化されている(特許文献1参照)。例えば、LiNi1/2Mn1/2やLiNi1/3Co1/3Mn1/3を含有する正極活物質は150~180mAh/gの放電容量を有する。
【0005】
一方、上記「LiMeO型」活物質に対し、Meに占めるMnのモル比Mn/Meが0.5より大きく、遷移金属(Me)の比率に対するリチウム(Li)の組成比(Li/Me)が1より大きいリチウム遷移金属複合酸化物である、いわゆる「リチウム過剰型」活物質も知られている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2011-216485号公報
【文献】特開2010-086690号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
遷移金属元素としてMnを含むリチウム遷移金属複合酸化物を正極活物質に用いた非水電解質蓄電素子は、特に高電圧条件において充放電サイクル性能が充分でないことを発明者は知見した。
【0008】
本発明は、以上のような事情に基づいてなされたものであり、その目的は、充放電サイクル後の容量維持率が高い非水電解質蓄電素子、及びこのような非水電解質蓄電素子の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するためになされた本発明の一態様は、マンガンを含むリチウム遷移金属複合酸化物とリン原子とを含有する正極合材を有する正極を備え、X線光電子分光法による上記正極合材のスペクトルにおいて、P2pのピーク位置が134.7eV以下である非水電解質蓄電素子である。
【0010】
本発明の他の一態様は、マンガンを含むリチウム遷移金属複合酸化物とリンのオキソ酸とを含有する正極合材ペーストを用いて正極を形成することを備える非水電解質蓄電素子の製造方法である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、充放電サイクル後の容量維持率が高い非水電解質蓄電素子、及びこのような非水電解質蓄電素子の製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、本発明の一実施形態に係る非水電解質蓄電素子を示す外観斜視図である。
図2図2は、本発明の一実施形態に係る非水電解質蓄電素子を複数個集合して構成した蓄電装置を示す概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の一実施形態に係る非水電解質蓄電素子は、マンガンを含むリチウム遷移金属複合酸化物とリン原子とを含有する正極合材を有する正極を備え、X線光電子分光法による上記正極合材のスペクトルにおいて、P2pのピーク位置が134.7eV以下である非水電解質蓄電素子(以下、単に「蓄電素子」ともいう。)である。
【0014】
当該蓄電素子は、充放電サイクル後の容量維持率が高い。この理由については定かでは無いが、以下の理由が推測される。従来の非水電解質蓄電素子において放電容量を低下させる原因の一つに、非水電解質中に存在する微量のフッ化水素(HF)等の活性種により、正極からマンガン含有化合物などの正極活物質成分が溶出することが挙げられる。溶出した正極活物質成分は、負極表面に析出し、負極の副反応量の増加に繋がる。これらの結果、抵抗の増加や、容量バランスがずれることによる放電容量の低下が生じると推測される。また、上記非水電解質中の微量のHFは、正極近傍でのフッ素原子を含有する電解質塩の分解などによって生じ、その生成量は正極電位の上昇に伴って増大すると推測される。一方、本発明の一実施形態に係る蓄電素子について、上記スペクトルにおいて134.7eV以下の範囲に現れるP2pのピークは、ホスホン酸等のリンのオキソ酸に由来するリン原子のピークである。すなわち、上記ピークは、正極合材表面にリンのオキソ酸に由来するリン原子が存在することを示しており、このリン原子は正極合材表面で被膜を形成していると推測される。当該蓄電素子においては、このような被膜により、正極合材表面におけるフッ素原子を含有する電解質塩の分解反応を抑制し、Mnの溶出を抑え、その結果、容量維持率を高めることができる。
【0015】
なお、X線光電子分光法(XPS)による正極合材のスペクトルの測定に用いる試料は、次の方法により準備する。非水電解質蓄電素子を、0.1Cの電流で、通常使用時の放電終止電圧まで放電し、放電末状態とする。ここで、「通常使用時」とは、当該蓄電素子において推奨され、又は指定される放電条件を採用して当該蓄電素子を使用する場合をいう。放電末状態の蓄電素子を解体して正極を取り出し、ジメチルカーボネートを用いて電極を充分に洗浄した後、室温にて減圧乾燥を行う。乾燥後の正極を、所定サイズ(例えば2×2cm)に切り出し、XPSスペクトル測定における試料とする。蓄電素子の解体からXPS測定までの作業は、露点-60℃以下のアルゴン雰囲気中で行う。正極合材のXPSスペクトルにおける使用装置及び測定条件は以下のとおりである。
装置:KRATOS ANALYTICAL社の「AXIS NOVA」
X線源:単色化AlKα
加速電圧:15kV
分析面積:700μm×300μm
測定範囲:P2p=142~125eV、C1s=300~272eV
測定間隔:0.1eV
測定時間:P2p=72.3秒/回、C1s=70.0秒/回
積算回数:P2p=15回、C1s=8回
【0016】
また、上記スペクトルにおけるピーク位置は、次のようにして求められる値とする。まず、C1sにおけるsp2炭素のピークを284.8eVとし、得られたすべてのスペクトルを補正する。次に、それぞれのスペクトルに対して、直線法を用いてバックグラウンドを除去することにより、水平化処理を行う。水平化処理後のスペクトルにおいて、ピーク強度が最も高い値をピーク高さとする。このピーク高さを示す結合エネルギーをピーク位置とする。
【0017】
上記リチウム遷移金属複合酸化物が、Li1+αMe1-α(MeはMnを含む遷移金属元素である。0≦α<1である。)で表されることが好ましい。リチウム遷移金属複合酸化物がこのような化合物である場合、充放電サイクル後の容量維持率を顕著に高くすることができる。
【0018】
上記Li1+αMe1-αにおいて、α>0、かつMeに占めるMnのモル比(Mn/Me)が0.5より大きいことが好ましい。この場合、上記リチウム遷移金属複合酸化物は、いわゆる「リチウム過剰型」活物質となる。当該蓄電素子が、このようなリチウム遷移金属複合酸化物を備える場合、放電容量維持率の向上効果がより十分に表れる。
【0019】
本発明の一実施形態に係る非水電解質蓄電素子の製造方法は、マンガンを含むリチウム遷移金属複合酸化物とリンのオキソ酸とを含有する正極合材ペーストを用いて正極を形成することを備える非水電解質蓄電素子の製造方法である。
【0020】
当該製造方法によれば、充放電サイクル後の容量維持率が高い非水電解質蓄電素子を製造することができる。この効果は、上述のようにリンのオキソ酸により正極合材表面に形成される被膜によるものと推測される。
【0021】
以下、本発明の一実施形態に係る非水電解質蓄電素子、及び非水電解質蓄電素子の製造方法について詳説する。
【0022】
<非水電解質蓄電素子>
本発明の一実施形態に係る蓄電素子は、正極、負極及び非水電解質を有する。以下、非水電解質蓄電素子の一例として、非水電解質二次電池について説明する。上記正極及び負極は、通常、セパレータを介して積層又は巻回により交互に重畳された電極体を形成する。この電極体はケースに収納され、このケース内に非水電解質が充填される。上記非水電解質は、正極と負極との間に介在する。また、上記ケースとしては、非水電解質二次電池のケースとして通常用いられる公知のアルミニウムケース、樹脂ケース等を用いることができる。
【0023】
(正極)
上記正極は、正極基材、及びこの正極基材に直接又は中間層を介して配される正極合材層を有する。
【0024】
上記正極基材は、導電性を有する。基材の材質としては、アルミニウム、チタン、タンタル、ステンレス鋼等の金属又はそれらの合金が用いられる。これらの中でも、耐電位性、導電性の高さ及びコストのバランスからアルミニウム及びアルミニウム合金が好ましい。また、正極基材の形成形態としては、箔、蒸着膜等が挙げられ、コストの面から箔が好ましい。つまり、正極基材としてはアルミニウム箔が好ましい。なお、アルミニウム又はアルミニウム合金としては、JIS-H-4000(2014年)に規定されるA1085P、A3003P等が例示できる。
【0025】
上記中間層は、正極基材の表面の被覆層であり、炭素粒子等の導電性粒子を含むことで正極基材と正極合材層との接触抵抗を低減する。中間層の構成は特に限定されず、例えば樹脂バインダー及び導電性粒子を含有する組成物により形成できる。なお、「導電性」を有するとは、JIS-H-0505(1975年)に準拠して測定される体積抵抗率が10Ω・cm以下であることを意味し、「非導電性」とは、上記体積抵抗率が10Ω・cm超であることを意味する。
【0026】
上記正極合材層は、正極活物質を含むいわゆる正極合材から形成される層である。この正極合材は、マンガンを含むリチウム遷移金属複合酸化物と、リン原子とを含有する。上記リチウム遷移金属複合酸化物が正極活物質である。この正極合材は、その他必要に応じて、上記リチウム遷移金属複合酸化物以外の正極活物質、導電剤、バインダー(結着剤)、増粘剤、フィラー等の任意成分を含む。また、上記リン原子は、正極活物質を被覆する被膜中に存在すると推測される。
【0027】
上記リチウム遷移金属複合酸化物は、遷移金属としてマンガンを含み、さらにニッケルを含むことが好ましく、コバルトを含むことがより好ましい。これらの遷移金属を含むリチウム遷移金属複合酸化物を用いることで、放電容量を高めることができる。
【0028】
上記リチウム遷移金属複合酸化物としては、LiMn、LiNiMn(2-y)等のスピネル型結晶構造を有する化合物、LiMnPO等のポリアニオン化合物等であってもよいが、Li1+αMe1-α(MeはMnを含む遷移金属元素である。0≦α<1である。)で表される化合物が好ましい。
【0029】
上記式(Li1+αMe1-α)中、Meに対するLiのモル比(Li/Me)は、(1+α)/(1-α)で表される。例えばα=0.2のとき、(1+α)/(1-α)の値は1.5である。
【0030】
上記式中のMeは、Mn以外に、Ni又はCoを含むことが好ましく、Ni及びCoを含むことがより好ましい。また、Meは、実質的にMn、Ni及びCoの三元素から構成されるものであってよい。但し、本発明の効果を損なわない範囲で、その他の遷移金属元素が含有されていてもよい。
【0031】
以下、「LiMeO型」と「リチウム過剰型」とに分けて好ましい組成を詳述する。
【0032】
(LiMeO型)
上記式中、Meに占めるMnのモル比(Mn/Me)の下限としては、0.1が好ましく、0.2がより好ましい。このモル比(Mn/Me)の上限としては、0.5であり、0.4がより好ましい。Mn/Meを上記範囲とすることにより、充放電サイクル性能が向上する。
【0033】
上記式中、Meに対するLiのモル比(Li/Me)、即ち、(1+α)/(1-α)は、1.0以上が好ましく、1.1以下が好ましい。Li/Meを上記範囲とすることで、放電容量が向上する。
【0034】
上記式中、Meに占めるNiのモル比(Ni/Me)の下限としては、0.3が好ましく、0.33がより好ましく、0.4であってもよい。このモル比(Ni/Me)の上限としては、0.8であってもよく、0.7がより好ましく、0.6が特に好ましい。Ni/Meを上記範囲とすることにより、質量あたりの放電容量が高く、充放電サイクル性能に優れた非水電解質蓄電素子を得ることができる。
【0035】
上記式中、Meに占めるCoのモル比(Co/Me)は、0.1~0.6とすることが好ましい。Co/Meを0.6以下とすることにより、安価な非水電解質蓄電素子を得ることができる。
【0036】
(リチウム過剰型)
上記式中、Meに占めるMnのモル比(Mn/Me)としては、0.5超であることが必要であり、0.51以上が好ましく、0.55以上がさらに好ましい。一方、このモル比(Mn/Me)の上限としては、0.75が好ましく、0.70がより好ましい。Mn/Meを上記範囲とすることにより、エネルギー密度が向上する。
【0037】
上記式中、Meに対するLiのモル比(Li/Me)、即ち、(1+α)/(1-α)は、1.0超(α>0)であることが必要であり、下限としては、1.15が好ましく、1.2がより好ましい。また、上限としては、1.6が好ましく、1.5がより好ましい。Li/Meを上記範囲とすることで、放電容量が向上する。
【0038】
上記式中、Meに占めるNiのモル比(Ni/Me)の下限としては、0.10が好ましく、0.15がより好ましい。一方、このモル比(Ni/Me)の上限としては、0.50が好ましく、0.45がより好ましい。Ni/Meを上記範囲とすることにより、エネルギー密度が向上する。
【0039】
上記式中、Meに占めるCoのモル比(Co/Me)の上限としては、0.23が好ましく、0.20がより好ましい。一方、このモル比(Co/Me)は0であってよい。
【0040】
上記リチウム遷移金属複合酸化物は、固相法、ゾルゲル法、水熱法、共沈法等の種々の方法で合成することができる。これらの中でも、遷移金属の分布の均一性が高いことなどから、共沈法により合成された複合酸化物を用いることが好ましい。共沈法は、水溶液中で沈殿(共沈)させることにより、Mn、Ni、Co等の遷移金属を含む前駆体を作製し、この前駆体とリチウム化合物との混合物を焼成してリチウム遷移金属複合酸化物を合成する方法である。上記共沈により得られる前駆体としては、炭酸塩や水酸化物を採用することができる。
【0041】
LiMeO型においては、水酸化物前駆体を採用することで、比表面積が適度に小さく、密なリチウム遷移金属複合酸化物を得ることができる。
【0042】
リチウム過剰型においても、水酸化物前駆体を採用することで、同様に比表面積が適度に小さくなるため、密度の高いリチウム遷移金属複合酸化物を得ることができる。一方、リチウム過剰型において炭酸塩前駆体を採用すると、真球度の高い前駆体及び活物質を得ることができる。したがって、この活物質を用いると、均一で平滑度の高い正極合材層を備えた正極を製造することができる。
【0043】
上記リチウム過剰型のリチウム遷移金属複合酸化物のメジアン径(D50)としては、1μm以上20μm以下が好ましく、10μm以下がより好ましい。特に、炭酸塩前駆体から形成されたリチウム遷移金属複合酸化物の場合、そのメジアン径の下限としては5μmがより好ましい。また、水酸化物前駆体から形成されたリチウム遷移金属複合酸化物の場合、そのメジアン径の上限としては、8μmがより好ましい。メジアン径が上記範囲のリチウム遷移金属複合酸化物を用いることで、放電容量をより高めることができる。
【0044】
なお、リチウム遷移金属複合酸化物の「メジアン径」とは、JIS-Z-8819-2(2001年)に準拠し計算される体積基準積算分布が50%となる値(D50)を意味する。具体的には以下の方法による測定値とすることができる。測定装置としてレーザー回折式粒度分布測定装置(島津製作所社の「SALD-2200」)、測定制御ソフトとしてWing SALD-2200を用いて測定する。散乱式の測定モードを採用し、測定試料が分散溶媒中に分散する分散液が循環する湿式セルにレーザー光を照射し、測定試料から散乱光分布を得る。そして、散乱光分布を対数正規分布により近似し、累積度50%にあたる粒子径をメジアン径(D50)とする。なお、上記測定に基づくメジアン径は、SEM画像から、極端に大きい粒子及び極端に小さい粒子を避けて100個の粒子を抽出して測定するメジアン径とほぼ一致することが確認されている。なお、このSEM画像からの測定における各粒子の径はフェレー径とし、各粒子の体積はフェレー径を直径とする球として算出する。
【0045】
上記リチウム過剰型リチウム遷移金属複合酸化物は、以下の微分細孔容積を有することが好ましい。炭酸塩前駆体から形成されたリチウム遷移金属複合酸化物の場合、窒素ガス吸着法を用いた吸着等温線からBJH法で求めた微分細孔容積が最大値を示す細孔径が30nm以上40nm以下の範囲であり、30nm以上50nm以下の細孔領域におけるピーク微分細孔容積が0.85mm/(g・nm)以上1.76mm/(g・nm)以下であることが好ましい。一方、水酸化物前駆体から形成されたリチウム遷移金属複合酸化物の場合、窒素ガス吸着法を用いた吸着等温線からBJH法で求めた微分細孔容積が最大値を示す細孔径が55nm以上65nm以下の範囲であり、30nm以上50nm以下の細孔領域におけるピーク微分細孔容積が0.50mm/(g・nm)以下が好ましく、0.2mm/(g・nm)以下がより好ましく、0.18mm/(g・nm)以下がさらに好ましく、0.12mm/(g・nm)以下が特に好ましい。このような高密度のリチウム遷移金属複合酸化物は、高密度な水酸化物前駆体とリチウム化合物を焼成することによって得ることができる。また、全細孔容積の上限としては、0.05cm/gが好ましく、0.04cm/gがより好ましい。全細孔容積を上記上限以下とすることにより、体積当たりの放電容量を高くすることができる。
【0046】
上記リチウム遷移金属複合酸化物粒子の全細孔容積及び微分細孔容積は、以下の方法により測定する。測定試料の粉体1.00gを測定用のサンプル管に入れ、120℃にて12時間真空乾燥することで、測定試料中の水分を十分に除去する。次に、液体窒素を用いた窒素ガス吸着法により、相対圧力P/P0(P0=約770mmHg)が0から1の範囲内で吸着側及び脱離側の等温線を測定する。そして、脱離側の等温線を用いてBJH法により計算することにより細孔分布を評価し、微分細孔容積及び全細孔容積を求める。
【0047】
上記リチウム遷移金属複合酸化物のタップ密度の下限は、1.2g/cmが好ましく、1.6g/cmがより好ましく、1.7g/cmがさらに好ましい。リチウム遷移金属複合酸化物のタップ密度を上記下限以上とすることで、体積当たりの放電容量、充放電サイクル性能、高率放電性能等を高めることができる。一方、このタップ密度の上限としては、例えば3g/cmとすることができる。
【0048】
リチウム遷移金属複合酸化物のタップ密度は、10-2dmのメスシリンダーに測定試料の粉体を2g±0.2g投入し、REI ELECTRIC CO.LTD.社製のタッピング装置を用いて、300回カウント後の測定試料の体積を投入した質量で除した値を採用する。
【0049】
上記Li1+αMe1-αで表される複合酸化物は、通常、α-NaFeO型の結晶構造を有する。上記複合酸化物におけるX線回折ピークの半値幅は以下の範囲であることが好ましい。
【0050】
炭酸塩前駆体から形成されたリチウム過剰型リチウム遷移金属複合酸化物の場合、六方晶の空間群R3-mに帰属され、CuKα管球を用いたX線回折図上、2θ=18.6°±1°の回折ピークの半値幅(FWHM(003))が0.20°~0.27°又は/及び2θ=44.1°±1°の回折ピークの半値幅(FWHM(104))が0.26°~0.39°であることが好ましい。上記回折ピークの半値幅を上記範囲とすることにより、放電容量を大きくすることができる。なお、FWHM(104)は、全方位からの結晶化度の指標であり、小さいほど結晶化が進んでいることを意味する。
【0051】
一方、水酸化物前駆体から形成されたリチウム過剰型リチウム遷移金属複合酸化物の場合、FWHM(104)の下限が0.40°であることが好ましい。FWHM(104)が上記下限以上であると、結晶化が進みすぎておらず、結晶子が大きくなっていないため、Liイオンの拡散が十分に行われ、初期効率が向上する。一方、このFWHM(104)の上限は特に限定されないが、Liイオンの輸送効率の面からは、1.00°とすることが好ましく、0.96°とすることがより好ましく、0.65°とすることが特に好ましい。
【0052】
上記リチウム遷移金属複合酸化物の半値幅は、X線回折装置(Rigaku社製、型名:MiniFlex II)を用いて測定を行う。具体的には、次の条件及び手順に沿って行う。線源はCuKα、加速電圧及び電流はそれぞれ30kV及び15mAとする。サンプリング幅は0.01deg、走査時間は14分(スキャンスピードは5.0)、発散スリット幅は0.625deg、受光スリット幅は開放、散乱スリットは8.0mmとする。得られたX線回折データについて、上記X線回折装置の付属ソフトである「PDXL」を用いて、空間群R3-mでは(003)面に指数付けされ、X線回折図上2θ=18.6±1°に存在する回折ピークについての半値幅FWHM(003)、及び(104)面に指数付けされ、X線回折図上2θ=44±1°に存在する回折ピークについての半値幅FWHM(104)を決定する。なお、X線回折データを解析する際に、Kα2に由来するピークは除去しない。
【0053】
上記半値幅の測定に供する試料は、正極作製前の活物質粉末であれば、そのまま測定に供する。蓄電素子を解体して取り出した正極から試料を採取する場合には、蓄電素子を解体する前に、次の手順によって蓄電素子を放電状態とする。まず、0.1Cの電流で、正極の電位が4.3V(vs.Li/Li)となる電圧まで定電流充電を行い、同じ電圧にて、電流値が0.01Cに減少するまで定電圧充電を行い、充電末状態とする。30分の休止後、0.1Cの電流で、正極の電位が2.0V(vs.Li/Li)となる電圧に至るまで定電流放電を行い、放電末状態とする。金属リチウム電極を負極に用いた蓄電素子であれば、当該蓄電素子を放電末状態又は充電末状態とした後に蓄電素子を解体して正極を取り出せばよい。一方、金属リチウム電極を負極に用いた蓄電素子でない場合は、正極電位を正確に制御するため、蓄電素子を解体して正極を取り出した後に、金属リチウム電極を対極とした蓄電素子を組立ててから、上記の手順に沿って、放電末状態に調整する。
【0054】
蓄電素子の解体から測定までの作業は露点-60℃以下のアルゴン雰囲気中で行う。取り出した正極は、ジメチルカーボネートを用いて正極に付着した非水電解質を十分に洗浄し室温にて一昼夜の乾燥後、正極合材を採取する。この正極合材を、小型電気炉を用いて600℃で4時間焼成することで、導電剤やバインダー等を除去し、リチウム遷移金属複合酸化物粒子を取り出す。
【0055】
X線光電子分光法による正極合材層(正極合材)のスペクトルにおいて、P2pのピーク位置は134.7eV以下であり、134.5eV以下が好ましく、134.3eV以下がより好ましい。また、このピーク位置は130eV以上が好ましく、132eV以上がより好ましく、133eV以上がさらに好ましく、133.1eV以上がよりさらに好ましい。正極活物質として「LiMeO型」を用いる場合には、P2pのピーク位置は、134.0eV未満が好ましく、133.7eV以下がより好ましく、133.5eV以下がより好ましい。正極活物質として「リチウム過剰型」を用いる場合には、P2pのピーク位置は、134.5eV以下が好ましい。また、「リチウム過剰型」を用いる場合のP2pのピーク位置は、133.5eV以上が好ましく、134.0eV以上がより好ましい。
【0056】
上記範囲に現れるP2pのピークは、リンのオキソ酸に由来するリン原子のピークである。このようなリン原子は、通常、粒子状のリチウム遷移金属複合酸化物の表面に存在する。このようなリン原子により、正極表面におけるガスの発生を抑え、放電容量の均一化を図ることができる。なお、このリン原子は、POアニオン、POアニオン、POアニオン又はPOアニオンの酸素原子の一部がフッ素原子に置換したPOアニオンを含む化合物としてリチウム遷移金属複合酸化物の表面に存在することが好ましい。X線光電子分光法によるスペクトルにおいて、このような化合物のリン原子(P2p)のピークは133eV以上134.7eV以下の範囲に現れる。また、上記スペクトルにおいて、上記範囲外のピークが存在してもよい。例えばリンのフッ化物に由来するリン原子のピークは、136eV付近に観測される。
【0057】
上記導電剤としては、蓄電素子性能に悪影響を与えない導電性材料であれば特に限定されない。このような導電剤としては、天然又は人造の黒鉛、ファーネスブラック、アセチレンブラック、ケッチェンブラック等のカーボンブラック、金属、導電性セラミックス等が挙げられ、アセチレンブラックが好ましい。導電剤の形状としては、粉状、繊維状等が挙げられる。
【0058】
上記バインダー(結着剤)としては、フッ素樹脂(ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)等)、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリイミド等の熱可塑性樹脂;エチレン-プロピレン-ジエンゴム(EPDM)、スルホン化EPDM、スチレンブタジエンゴム(SBR)、フッ素ゴム等のエラストマー;多糖類高分子等が挙げられる。
【0059】
上記増粘剤としては、カルボキシメチルセルロース(CMC)、メチルセルロース等の多糖類高分子が挙げられる。また、増粘剤がリチウムと反応する官能基を有する場合、予めメチル化等によりこの官能基を失活させておくことが好ましい。
【0060】
上記フィラーとしては、電池性能に悪影響を与えないものであれば特に限定されない。フィラーの主成分としては、ポリプロピレン、ポリエチレン等のポリオレフィン、シリカ、アルミナ、ゼオライト、ガラス等が挙げられる。
【0061】
(負極)
上記負極は、負極基材、及びこの負極基材に直接又は中間層を介して配される負極合材層を有する。上記中間層は正極の中間層と同様の構成とすることができる。
【0062】
上記負極基材は、正極基材と同様の構成とすることができるが、材質としては、銅、ニッケル、ステンレス鋼、ニッケルメッキ鋼等の金属又はそれらの合金が用いられ、銅又は銅合金が好ましい。つまり、負極基材としては銅箔が好ましい。銅箔としては、圧延銅箔、電解銅箔等が例示される。
【0063】
上記負極合材層は、負極活物質を含むいわゆる負極合材から形成される。また、負極合材層を形成する負極合材は、必要に応じて導電剤、バインダー(結着剤)、増粘剤、フィラー等の任意成分を含む。導電剤、結着剤、増粘剤、フィラー等の任意成分は、正極合材層と同様のものを用いることができる。
【0064】
上記負極活物質としては、通常、リチウムイオンを吸蔵及び放出することができる材質が用いられる。具体的な負極活物質としては、例えばSi、Sn等の金属又は半金属;Si酸化物、Sn酸化物等の金属酸化物又は半金属酸化物;ポリリン酸化合物;黒鉛(グラファイト)、非晶質炭素(易黒鉛化性炭素又は難黒鉛化性炭素)等の炭素材料等が挙げられる。
【0065】
さらに、負極合材(負極合材層)は、B、N、P、F、Cl、Br、I等の典型非金属元素、Li、Na、Mg、Al、K、Ca、Zn、Ga、Ge等の典型金属元素、Sc、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Cu、Mo、Zr、Ta、Hf、Nb、W等の遷移金属元素を含有してもよい。
【0066】
(セパレータ)
上記セパレータの材質としては、例えば織布、不織布、多孔質樹脂フィルム等が用いられる。これらの中でも、強度の観点から多孔質樹脂フィルムが好ましく、非水電解質の保液性の観点から不織布が好ましい。上記セパレータの主成分としては、強度の観点から例えばポリエチレン、ポリプロピレン等のポリオレフィンが好ましく、耐酸化分解性の観点から例えばポリイミドやアラミド等が好ましい。また、これらの樹脂を複合してもよい。
【0067】
なお、セパレータと電極(通常、正極)との間に、無機層が配設されていても良い。この無機層は、耐熱層等とも呼ばれる多孔質の層である。また、多孔質樹脂フィルムの一方の面に無機層が形成されたセパレータを用いることもできる。上記無機層は、通常、無機粒子及びバインダーとで構成され、その他の成分が含有されていてもよい。
【0068】
(非水電解質)
上記非水電解質としては、一般的な非水電解質蓄電素子に通常用いられる公知の非水電解質が使用できる。上記非水電解質は、非水溶媒と、この非水溶媒に溶解されている電解質塩を含む。
【0069】
上記非水溶媒としては、一般的な蓄電素子用非水電解質の非水溶媒として通常用いられる公知の非水溶媒を用いることができる。上記非水溶媒としては、環状カーボネート、鎖状カーボネート、エステル、エーテル、アミド、スルホン、ラクトン、ニトリル等を挙げることができる。これらの中でも、環状カーボネート又は鎖状カーボネートを少なくとも用いることが好ましく、環状カーボネートと鎖状カーボネートとを併用することがより好ましい。
【0070】
上記環状カーボネートとしては、エチレンカーボネート(EC)、プロピレンカーボネート(PC)、ブチレンカーボネート(BC)、ビニレンカーボネート(VC)、ビニルエチレンカーボネート(VEC)、クロロエチレンカーボネート、フルオロエチレンカーボネート(FEC)、ジフルオロエチレンカーボネート(DFEC)、スチレンカーボネート、カテコールカーボネート、1-フェニルビニレンカーボネート、1,2-ジフェニルビニレンカーボネート等を挙げることができ、これらの中でもECが好ましい。
【0071】
上記鎖状カーボネートとしては、ジエチルカーボネート(DEC)、ジメチルカーボネート(DMC)、エチルメチルカーボネート(EMC)、ジフェニルカーボネート等を挙げることができ、これらの中でもEMCが好ましい。
【0072】
電解質塩としては、リチウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩、マグネシウム塩、オニウム塩等を挙げることができるが、リチウム塩が好ましい。上記リチウム塩としては、LiPF、LiPO、LiBF、LiPF(C、LiClO、LiN(SOF)等の無機リチウム塩、LiSOCF、LiN(SOCF、LiN(SO、LiN(SOCF)(SO)、LiC(SOCF、LiC(SO等のフッ化炭化水素基を有するリチウム塩などを挙げることができる。
【0073】
上記非水電解質には、その他の添加剤が添加されていてもよい。また、上記非水電解質として、常温溶融塩、イオン液体、ポリマー固体電解質などを用いることもできる。
【0074】
(充電終止電位)
当該蓄電素子においては、通常使用時の正極の充電終止電位の下限が、3.5V(vs.Li/Li)であることが好ましく、4.0V(vs.Li/Li)がより好ましく、4.4V(vs.Li/Li)がさらに好ましく、4.5V(vs.Li/Li)が特に好ましい。なお、この上限は、例えば5.5V(vs.Li/Li)であり、5.0V(vs.Li/Li)であってもよい。通常、正極の充電終止電位が高いほど、充放電後のサイクル容量維持率は低下しやすい。従って、当該蓄電素子は、上記充電終止電位範囲において、充放電後のサイクル容量維持率の向上という効果をより十分に発揮させることができる。ここで、「通常使用時」とは、当該蓄電素子について推奨され、又は指定される充電条件を採用して当該蓄電素子を使用する場合であり、当該蓄電素子のための充電器が用意されている場合は、その充電器を適用して当該蓄電素子を使用する場合をいう。なお、例えば、黒鉛を負極活物質とする非水電解質蓄電素子では、設計にもよるが、充電終止電圧が4.0Vのとき、正極電位は約4.1V(vs.Li/Li)である。
【0075】
<非水電解質蓄電素子の製造方法>
当該蓄電素子は、公知の製造方法を組み合わせて製造することができるが、以下の方法により製造することが好ましい。すなわち、本発明の一実施形態に係る非水電解質蓄電素子の製造方法は、マンガンを含むリチウム遷移金属複合酸化物とリンのオキソ酸とを含有する正極合材ペーストを用いて正極を形成することを備える非水電解質蓄電素子の製造方法である。
【0076】
上記マンガンを含むリチウム遷移金属複合酸化物とリンのオキソ酸との混合により、正極合材ペーストが得られる。この正極合材ペーストを正極基材表面に塗布し、乾燥させることにより、正極が得られる。上記リチウム遷移金属複合酸化物は、上述したとおりである。また、正極合材ペーストには、これらの他、上述した正極合材に含まれていてもよい各任意成分を含有させることができる。
【0077】
上記リンのオキソ酸とは、リン原子に水酸基(-OH)とオキシ基(=O)とが結合した構造を有する化合物を指す。上記リンのオキソ酸としては、リン酸(HPO)、ホスホン酸(HPO)、ホスフィン酸(HPO)、ピロリン酸(H)、ポリリン酸等が挙げられる。リンのオキソ酸としては、リン原子に結合した水酸基(-OH)の水素が有機基に置換されたエステル化合物であってもよい。有機基としては、メチル基、エチル基等の炭化水素基等が挙げられる。これらの中でも、リン酸及びホスホン酸が好ましく、ホスホン酸がより好ましい。このリンのオキソ酸により、正極合材(正極活物質)に、リン原子を含む被膜を形成することができる。また、Mnを含むリチウム遷移金属複合酸化物を含む正極合材を用いた場合、上記スペクトルにおけるこのリンのオキソ酸に由来するリン原子(P2p)のピーク位置は、134.7eV以下に現れる。
【0078】
上記正極合材ペーストにおけるリンのオキソ酸の混合量の下限としては、上記リチウム遷移金属複合酸化物100質量部に対して、0.1質量部が好ましく、0.2質量部がより好ましく、0.3質量部がさらに好ましい。一方、この混合量の上限としては、5質量部が好ましく、2質量部がより好ましい。リンのオキソ酸の混合量を上記下限以上とすることで、リチウム遷移金属複合酸化物に対する十分なリンを含有する被膜を形成することなどができる。一方、リンのオキソ酸の混合量を上記上限以下とすることで、厚い被膜が形成されることによる放電容量の低下を抑制することができる。
【0079】
上記正極合材ペーストには、通常、分散媒として、有機溶媒が用いられる。この有機溶媒としては、例えばN-メチル-2-ピロリドン(NMP)、アセトン、エタノール等の極性溶媒や、キシレン、トルエン、シクロヘキサン等の無極性溶媒を挙げることができ、極性溶媒が好ましく、NMPがより好ましい。
【0080】
上記正極合材ペーストの塗布方法としては特に限定されず、ローラーコーティング、スクリーンコーティング、スピンコーティング等の公知の方法により行うことができる。
【0081】
上記のような正極を作製する工程の他、当該製造方法は、以下の工程等を有していてもよい。すなわち、当該製造方法は、例えば、負極を作製する工程、非水電解質を調製する工程、正極及び負極を、セパレータを介して積層又は巻回することにより交互に重畳された電極体を形成する工程、正極及び負極(電極体)を電池容器(ケース)に収容する工程、並びに上記電池容器に上記非水電解質を注入する工程を備えることができる。上記注入は、公知の方法により行うことができる。注入後、注入口を封止することにより非水電解質二次電池(非水電解質蓄電素子)を得ることができる。
【0082】
<その他の実施形態>
本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、上記態様の他、種々の変更、改良を施した態様で実施することができる。例えば、上記正極又は負極において、中間層を設けなくてもよい。また、当該非水電解質蓄電素子の正極において、正極合材は明確な層を形成していなくてもよい。例えば上記正極は、メッシュ状の正極基材に正極合材が担持された構造などであってもよい。
【0083】
また、上記実施の形態においては、非水電解質蓄電素子が非水電解質二次電池である形態を中心に説明したが、その他の非水電解質蓄電素子であってもよい。その他の非水電解質蓄電素子としては、キャパシタ(電気二重層キャパシタ、リチウムイオンキャパシタ)等が挙げられる。
【0084】
図1に、本発明に係る非水電解質蓄電素子の一実施形態である矩形状の非水電解質蓄電素子1(非水電解質二次電池)の概略図を示す。なお、同図は、容器内部を透視した図としている。図1に示す非水電解質蓄電素子1は、電極体2が電池容器3(ケース)に収納されている。電極体2は、正極活物質を含む正極合材を備える正極と、負極活物質を備える負極とが、セパレータを介して捲回されることにより形成されている。正極は、正極リード4’を介して正極端子4と電気的に接続され、負極は、負極リード5’を介して負極端子5と電気的に接続されている。上記正極合材の詳細は、上述したとおりである。また、電池容器3には、非水電解質が注入されている。
【0085】
本発明に係る非水電解質蓄電素子の構成については特に限定されるものではなく、円筒型電池、角型電池(矩形状の電池)、扁平型電池等が一例として挙げられる。本発明は、上記の非水電解質蓄電素子を複数備える蓄電装置としても実現することができる。蓄電装置の一実施形態を図2に示す。図2において、蓄電装置30は、複数の蓄電ユニット20を備えている。それぞれの蓄電ユニット20は、複数の非水電解質蓄電素子1を備えている。上記蓄電装置30は、電気自動車(EV)、ハイブリッド自動車(HEV)、プラグインハイブリッド自動車(PHEV)等の自動車用電源として搭載することができる。
【実施例
【0086】
以下、実施例によって本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0087】
[実施例1]
(正極の作製)
正極活物質として、組成式Li1.18Ni0.10Co0.17Mn0.55で表される、炭酸塩前駆体由来のリチウム遷移金属複合酸化物を用いた。この正極活物質のBET比表面積は7.1m/g、タップ密度は2.0g/cm、JIS-Z-8819-2(2001年)に準拠し計算される体積基準積算分布が10%となる値(D10)は10μm、D50は12μm、及び上記体積基準積算分布は90%となる値(D90)は16μmであった。分散媒としてN-メチルピロリドン(NMP)を用い、正極活物質としてのLi1.18Ni0.10Co0.17Mn0.55(LR)、導電剤としてのアセチレンブラック(AB)、及びバインダーとしてのポリフッ化ビニリデン(PVDF)を固形分換算で94:4.5:1.5の質量比で混合した。この混合物に、添加剤として、正極活物質の質量に対して1質量%のホスホン酸(HPO)を添加し、正極合材ペーストを得た。この正極合材ペーストを、正極基材である厚さ15μmのアルミニウム箔の片面に塗布し、100℃で乾燥することにより、正極基材上に正極合材を形成した。正極合材ペーストの塗布量は、固形分で0.0140g/cmとした。このようにして、正極合材の面積が12cmの正極を得た。
【0088】
(負極の作製)
負極活物質としてグラファイト、バインダーとしてスチレン-ブタジエン・ゴム及びカルボキシメチルセルロース(CMC)、分散媒に水を用いて負極合材ペーストを作製した。なお、負極活物質とバインダーとCMCの質量比率は97:2:1とした。この負極合材ペーストを負極基材である厚さ10μmの銅箔の片面に塗布し、100℃で乾燥した。負極合材の塗布量は、固形分で0.0115g/cmとした。このようにして、負極合材の面積が13.4cmの負極を得た。
【0089】
(非水電解質の調製)
ECとEMCとを体積比3:7の割合で混合した混合溶媒に、ヘキサフルオロリン酸リチウム(LiPF)を1.0mol/lの濃度で溶解させ、非水電解質を調製した。
【0090】
(非水電解質蓄電素子の作製)
セパレータとして、ポリエチレン及びポリプロピレンを含むポリオレフィン製微多孔膜の片面に無機層が形成されたセパレータを用いた。このセパレータを介して、上記正極と上記負極とを積層することにより電極体を作製した。この電極体を金属樹脂複合フィルム製のケースに収納し、内部に上記非水電解質を注入した後、熱溶着により封口し、小型ラミネートセルである実施例1の非水電解質蓄電素子(二次電池)を得た。
【0091】
[実施例2、比較例1~2]
正極合材ペーストの作製において用いた正極活物質の種類、添加剤の添加量(有無)、及び正極合材ペーストの塗布量を表1に示すとおりとしたこと以外は、実施例1と同様にして、実施例2及び比較例1~2の各非水電解質蓄電素子を得た。
【0092】
なお、表の添加剤の欄中の「-」は、相当する添加剤を用いていないことを示す。また、「LR」は、Li1.18Ni0.10Co0.17Mn0.55で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を表し、「NCM」はLiNi1/3Co1/3Mn1/3で表されるリチウム遷移金属複合酸化物を表す。NCMのBET比表面積は1.0m/g、タップ密度は2.2g/cm、D10は5μm、D50は10μm、D90は19μmであった。
【0093】
【表1】
【0094】
[評価]
(初期化成)
得られた各非水電解質蓄電素子について、以下の条件にて初期化成を行った。
【0095】
(LR/Grセル)
実施例1及び比較例1の素子(LR/Grセル)については、25℃の恒温槽内で4.5Vまで0.1Cの定電流充電した後に、4.5Vで定電圧充電した。充電の終了条件は、充電電流が0.02Cとなるまでとした。10分の休止期間をとった後、2.0Vまで0.1Cの定電流で放電した。次いで、10分の休止期間をとった後、4.35Vまで0.1Cの定電流充電した後に、4.35Vで定電圧充電した。充電の終了条件は、充電電流が0.02Cとなるまでとした。10分の休止期間をとった後、2.0Vまで0.1Cの定電流で放電した。次いで、10分の休止期間をとった後、4.35Vまで0.1Cの定電流充電した後に、4.35Vで定電圧充電した。充電の終了条件は、充電電流が0.02Cとなるまでとした。10分の休止期間をとった後、2.0Vまで1Cの定電流で放電した。
【0096】
(NCM/Grセル)
実施例2及び比較例2の素子(NCM/Grセル)については、25℃の恒温槽内で4.35Vまで0.1Cの定電流充電した後に、4.35Vで定電圧充電した。充電の終了条件は、充電電流が0.02Cとなるまでとした。次いで、2.0Vまで0.1Cの定電流で放電した。この充放電を計3回繰り返した。但し、3回目の放電は、2.75Vまで1Cの定電流で放電した。また、充電及び放電の間は、それぞれ10分の休止期間をとった。
【0097】
(XPS測定)
上記3回目の放電後の放電末状態の各非水電解質蓄電素子を露点-60℃以下のアルゴン雰囲気中にて解体して正極を取り出し、ジメチルカーボネートで洗浄したのち、常温で減圧乾燥した。得られた正極をアルゴン雰囲気中にてトランスファーベッセルに封入し、上記した条件にて正極の正極合材表面のXPS測定を行った。得られたスペクトルから、上記した方法により、P2pのピーク位置を求めた。得られたP2pのピーク位置を表2に示す。
【0098】
(充放電サイクル試験)
初期化成後の各非水電解質蓄電素子について、以下の条件にて充放電サイクル試験を行った。
【0099】
(LR/Grセル)
45℃の恒温槽内で以下のサイクル試験を行った。4.35Vまで0.1Cの定電流充電した後に、4.35Vで定電圧充電した。充電の終了条件は、充電電流が0.02Cとなるまでとした。10分の休止期間をとった後、2.0Vまで1Cの定電流で放電した。これら充電及び放電の工程を1サイクルとして、このサイクルを50サイクル繰り返した。
【0100】
(NCM/Grセル)
45℃の恒温槽内で以下のサイクル試験を行った。4.35Vまで0.1Cの定電流充電した後に、4.35Vで定電圧充電した。充電の終了条件は、充電電流が0.02Cとなるまでとした。10分の休止期間をとった後、2.75Vまで1Cの定電流で放電した。これら充電及び放電の工程を1サイクルとして、このサイクルを50サイクル繰り返した。
【0101】
各蓄電素子について、50サイクル目の放電容量、及び充放電サイクル試験前の放電容量に対する50サイクル目の放電容量を容量維持率として求めた。50サイクル目の放電容量維持率を表2に示す。
【0102】
【表2】
【0103】
表2に示されるように、リンのオキソ酸であるホスホン酸を添加した正極合材を用いることで、放電容量維持率が高まり、リチウム過剰型の正極活物質にホスホン酸を添加した場合、その効果が特に大きいことがわかる。また、表2に示されるように、リンのオキソ酸を添加した正極合材のXPSスペクトルにおいては、P2pのピーク位置が134.7eV以下に現れることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0104】
本発明は、パーソナルコンピュータ、通信端末等の電子機器、自動車等の電源として使用される非水電解質蓄電素子等に適用できる。
【符号の説明】
【0105】
1 非水電解質蓄電素子
2 電極体
3 電池容器
4 正極端子
4’ 正極リード
5 負極端子
5’ 負極リード
20 蓄電ユニット
30 蓄電装置
図1
図2