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特許7107725眼球運動特徴量算出システム、眼球運動特徴量算出方法及び眼球運動特徴量算出プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-19
(45)【発行日】2022-07-27
(54)【発明の名称】眼球運動特徴量算出システム、眼球運動特徴量算出方法及び眼球運動特徴量算出プログラム
(51)【国際特許分類】
   A61B 10/00 20060101AFI20220720BHJP
   A61B 5/11 20060101ALI20220720BHJP
   A61B 3/113 20060101ALI20220720BHJP
【FI】
A61B10/00 H
A61B5/11
A61B3/113
A61B10/00 ZDM
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018075388
(22)【出願日】2018-04-10
(65)【公開番号】P2019180831
(43)【公開日】2019-10-24
【審査請求日】2020-12-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000236436
【氏名又は名称】浜松ホトニクス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100140442
【弁理士】
【氏名又は名称】柴山 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100128107
【弁理士】
【氏名又は名称】深石 賢治
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 一隆
(72)【発明者】
【氏名】豊田 晴義
(72)【発明者】
【氏名】岡田 裕之
【審査官】磯野 光司
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-215963(JP,A)
【文献】特開2015-131069(JP,A)
【文献】特開2017-202047(JP,A)
【文献】特表2005-510783(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0022137(US,A1)
【文献】TERAO, Yasuo et al.,Distinguishing spinocerebellar ataxia with pure cerebellar manifestation from multiple system atrophy (MSA-C) through saccade profiles,Clinical Neurophysiology,2017年01月,Vol.128, No.1,pp.31-43,DOI:10.1016/j.clinph.2016.10.012
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 3/113
A61B 5/11
A61B 10/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象者の眼球の移動状態を示す時系列の移動状態値を入力する移動状態入力手段と、
前記移動状態入力手段によって入力された移動状態値の時系列の変化に基づいて、眼球が跳躍運動を行っている跳躍期間を抽出する跳躍期間抽出手段と、
前記跳躍期間抽出手段によって抽出された跳躍期間の少なくとも一部を含むと共に当該跳躍期間、又は当該跳躍期間における移動状態値によって示される眼球の最大速度に対する半値幅に応じた長さの期間を設定して、設定した期間を複数の期間に分割し、分割した期間に基づいて前記対象者の眼球運動の特徴量を算出する特徴量算出手段と、
を備え、
前記特徴量算出手段は、前記分割された期間毎の移動状態値に基づく値を算出して、算出した当該期間毎の移動状態値に基づく値を比較して前記対象者の眼球運動の特徴量を算出し、
前記跳躍運動は、マイクロサッカードである眼球運動特徴量算出システム。
【請求項2】
前記特徴量算出手段は、前記跳躍期間における移動状態値の時系列の変化に基づいて、当該跳躍期間の少なくとも一部を含む期間を複数の期間に分割する請求項1に記載の眼球運動特徴量算出システム。
【請求項3】
前記特徴量算出手段は、前記跳躍期間において移動状態値が最大値となる時刻の前半期間と後半期間とに期間を分割する請求項2に記載の眼球運動特徴量算出システム。
【請求項4】
前記移動状態入力手段は、移動状態値として、前記眼球の速度を示す値を入力する請求項1~3の何れか一項に記載の眼球運動特徴量算出システム。
【請求項5】
前記特徴量算出手段によって算出された特徴量に基づいて前記対象者の脳機能に障害が発生しているか否かを判定する判定手段を更に備える請求項1~4の何れか一項に記載の眼球運動特徴量算出システム。
【請求項6】
前記対象者の眼球の移動状態を計測して移動状態値を生成する移動状態計測手段を更に備える請求項1~5の何れか一項に記載の眼球運動特徴量算出システム。
【請求項7】
対象者の眼球の移動状態を示す時系列の移動状態値を入力する移動状態入力ステップと、
前記移動状態入力ステップにおいて入力された移動状態値の時系列の変化に基づいて、眼球が跳躍運動を行っている跳躍期間を抽出する跳躍期間抽出ステップと、
前記跳躍期間抽出ステップにおいて抽出された跳躍期間の少なくとも一部を含むと共に当該跳躍期間、又は当該跳躍期間における移動状態値によって示される眼球の最大速度に対する半値幅に応じた長さの期間を設定して、設定した期間を複数の期間に分割し、分割した期間に基づいて前記対象者の眼球運動の特徴量を算出する特徴量算出ステップと、
を含み、
前記特徴量算出ステップにおいて、前記分割された期間毎の移動状態値に基づく値を算出して、算出した当該期間毎の移動状態値に基づく値を比較して前記対象者の眼球運動の特徴量を算出し、
前記跳躍運動は、マイクロサッカードである眼球運動特徴量算出方法。
【請求項8】
コンピュータを、
対象者の眼球の移動状態を示す時系列の移動状態値を入力する移動状態入力手段と、
前記移動状態入力手段によって入力された移動状態値の時系列の変化に基づいて、眼球が跳躍運動を行っている跳躍期間を抽出する跳躍期間抽出手段と、
前記跳躍期間抽出手段によって抽出された跳躍期間の少なくとも一部を含むと共に当該跳躍期間、又は当該跳躍期間における移動状態値によって示される眼球の最大速度に対する半値幅に応じた長さの期間を設定して、設定した期間を複数の期間に分割し、分割した期間に基づいて前記対象者の眼球運動の特徴量を算出する特徴量算出手段と、
として機能させ、
前記特徴量算出手段は、前記分割された期間毎の移動状態値に基づく値を算出して、算出した当該期間毎の移動状態値に基づく値を比較して前記対象者の眼球運動の特徴量を算出し、
前記跳躍運動は、マイクロサッカードである眼球運動特徴量算出プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、対象者の眼球運動の特徴量を算出する眼球運動特徴量算出システム、眼球運動特徴量算出方法及び眼球運動特徴量算出プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、眼球の固視微動の一つであるマイクロサッカードを検出する技術が提案されている。例えば、非特許文献1には、被験者の左右両眼のマイクロサッカードを検出してそれらの差を解析することが示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】鈴木一隆、豊田晴義、花山良平、石井勝弘,「インテリジェントビジョンセンサを用いた両眼同時固視微動計測装置の開発とマイクロサッカードの左右差の評価」,生体医工学学会誌,53,5,pp.247-254,2015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
認知症罹患による患者本人及びその家族の生活水準の低下は、早期発見と適切な処置とによって回避できる。認知症の早期発見のためにPET(Positron Emission Tomography)検診は有効である。しかしながら、PET検診を受診可能な施設数は限られることに加え、検査費用又は所要時間等により検査が必要な全ての人が受診できる状況にはない。検査施設の効率的な利用を可能とすると共に、受診の必要性、優先度を客観的に示すプレスクリーニング技術は、この状況を改善することができる。
【0005】
眼は胎児が成長する過程で脳から分化してつくられる脳と直結した器官である。脳の異常と眼球運動との関係を示唆する先行技術例は多くある。そこで、認知症といった脳の障害を、非特許文献1に示されているマイクロサッカードでプレスクリーニングすることが考えられる。また、非特許文献1以外の先行研究では、マイクロサッカードの評価に最大速度、期間、移動距離、跳躍方向が用いられている。しかしながら、マイクロサッカードを検出して、単にこれらの特徴量を用いるだけでは、必ずしも十分なプレスクリーニングを行うことができなかった。
【0006】
本発明は、上記に鑑みてなされたものであり、より適切に脳の状態の判定等に用いることができる眼球運動の特徴量を算出することができる眼球運動特徴量算出システム、眼球運動特徴量算出方法及び眼球運動特徴量算出プログラムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために、本発明に係る眼球運動特徴量算出システムは、対象者の眼球の移動状態を示す時系列の移動状態値を入力する移動状態入力手段と、移動状態入力手段によって入力された移動状態値の時系列の変化に基づいて、眼球が跳躍運動を行っている跳躍期間を抽出する跳躍期間抽出手段と、跳躍期間抽出手段によって抽出された跳躍期間の少なくとも一部を含むと共に当該跳躍期間、又は当該跳躍期間における移動状態値によって示される眼球の最大速度に対する半値幅に応じた長さの期間を設定して、設定した期間を複数の期間に分割し、分割した期間に基づいて対象者の眼球運動の特徴量を算出する特徴量算出手段と、を備える。跳躍運動は、マイクロサッカードである。
【0008】
本発明に係る眼球運動特徴量算出システムでは、跳躍期間の少なくとも一部を含む期間が複数に分割された期間に基づいて対象者の眼球運動の特徴量が算出される。本発明者は、上記のように分割された期間に基づく特徴量を用いることで、例えば、跳躍期間全体に基づく特徴量を用いるよりも、より適切に脳の状態の判定等を行い得ることを見出した。従って、本発明に係る眼球運動特徴量算出システムによれば、より適切に脳の状態の判定等に用いることができる眼球運動の特徴量を算出することができる。
【0009】
特徴量算出手段は、跳躍期間における移動状態値の時系列の変化に基づいて、当該跳躍期間の少なくとも一部を含む期間を複数の期間に分割することとしてもよい。また、具体的には、特徴量算出手段は、跳躍期間において移動状態値が最大値となる時刻の前半期間と後半期間とに期間を分割することとしてもよい。この構成によれば、適切かつ確実に期間の分割を行うことができ、更に適切に脳の状態の判定等に用いることができる眼球運動の特徴量を算出することができる。
【0010】
特徴量算出手段は、分割された期間毎の移動状態値に基づく値を算出して、算出した当該期間毎の移動状態値に基づく値を比較して対象者の眼球運動の特徴量を算出する。この構成によれば、更に適切に脳の状態の判定等に用いることができる眼球運動の特徴量を算出することができる。
【0011】
移動状態入力手段は、移動状態値として、眼球の速度を示す値を入力することとしてもよい。この構成によれば、適切かつ確実に眼球運動の特徴量を算出することができる。
【0012】
眼球運動特徴量算出システムは、特徴量算出手段によって算出された特徴量に基づいて対象者の脳機能に障害が発生しているか否かを判定する判定手段を更に備えることとしてもよい。この構成によれば、算出した特徴量を用いて、適切に対象者の脳の状態を判定することができる。
【0013】
眼球運動特徴量算出システムは、対象者の眼球の移動状態を計測して移動状態値を生成する移動状態計測手段を更に備えることとしてもよい。この構成によれば、確実に移動状態値を入力することができ、確実に本発明を実施することができる。
【0014】
ところで、本発明は、上記のように眼球運動特徴量算出システムの発明として記述できる他に、以下のように眼球運動特徴量算出方法及び眼球運動特徴量算出プログラムの発明としても記述することができる。これはカテゴリが異なるだけで、実質的に同一の発明であり、同様の作用及び効果を奏する。
【0015】
即ち、本発明に係る眼球運動特徴量算出方法は、対象者の眼球の移動状態を示す時系列の移動状態値を入力する移動状態入力ステップと、移動状態入力ステップにおいて入力された移動状態値の時系列の変化に基づいて、眼球が跳躍運動を行っている跳躍期間を抽出する跳躍期間抽出ステップと、跳躍期間抽出ステップにおいて抽出された跳躍期間の少なくとも一部を含むと共に当該跳躍期間、又は当該跳躍期間における移動状態値によって示される眼球の最大速度に対する半値幅に応じた長さの期間を設定して、設定した期間を複数の期間に分割し、分割した期間に基づいて対象者の眼球運動の特徴量を算出する特徴量算出ステップと、を含み、特徴量算出ステップにおいて、分割された期間毎の移動状態値に基づく値を算出して、算出した当該期間毎の移動状態値に基づく値を比較して対象者の眼球運動の特徴量を算出し、跳躍運動は、マイクロサッカードである
【0016】
即ち、本発明に係る眼球運動特徴量算出プログラムは、コンピュータを、対象者の眼球の移動状態を示す時系列の移動状態値を入力する移動状態入力手段と、移動状態入力手段によって入力された移動状態値の時系列の変化に基づいて、眼球が跳躍運動を行っている跳躍期間を抽出する跳躍期間抽出手段と、跳躍期間抽出手段によって抽出された跳躍期間の少なくとも一部を含むと共に当該跳躍期間、又は当該跳躍期間における移動状態値によって示される眼球の最大速度に対する半値幅に応じた長さの期間を設定して、設定した期間を複数の期間に分割し、分割した期間に基づいて対象者の眼球運動の特徴量を算出する特徴量算出手段と、として機能させ、特徴量算出手段は、分割された期間毎の移動状態値に基づく値を算出して、算出した当該期間毎の移動状態値に基づく値を比較して対象者の眼球運動の特徴量を算出し、跳躍運動は、マイクロサッカードである
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、より適切に脳の状態の判定等に用いることができる眼球運動の特徴量を算出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本発明の実施形態に係る眼球運動特徴量算出システムの構成を示す図である。
図2】時系列の眼球運動速度のグラフである。
図3】眼球の運動が通常の場合及び眼球の運動が変則的な場合それぞれの時系列の眼球運動速度のグラフである。
図4】健常者及び脳疾患患者それぞれについて、特徴量が一定の条件を満たす頻度を示すグラフである。
図5】本発明の実施形態に係る眼球運動特徴量算出システムで実行される処理(眼球運動特徴量算出方法)を示すフローチャートである。
図6】本実施形態の場合及び従来の場合それぞれについて、健常者と脳疾患患者との分離を行った際の分離度を示すグラフである。
図7】本発明の実施形態に係る眼球運動特徴量算出プログラムの構成を、記録媒体と共に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図面と共に本発明に係る眼球運動特徴量算出システム、眼球運動特徴量算出方法及び眼球運動特徴量算出プログラムの実施形態について詳細に説明する。なお、図面の説明においては同一要素には同一符号を付し、重複する説明を省略する。
【0020】
図1に本実施形態に係る眼球運動特徴量算出システム1を示す。眼球運動特徴量算出システム1は、カメラ10と、コンピュータ20とを含んで構成される。本実施形態に係る眼球運動特徴量算出システム1は、被験者(対象者)の眼球運動を計測して、眼球運動の特徴量を算出するシステム(装置)である。また、眼球運動特徴量算出システム1は、算出した特徴量に基づいて被験者の脳の状態を判定する。
【0021】
当該判定は、例えば、脳機能に何らかの障害が発生しているか否かの判定である。具体的には、当該判定は、被験者が、認知症、鬱、高次脳機能障害又はアルツハイマー病等の脳機能に係る疾患を発症しているか否かの判定である。上記の疾患の判定を正確に行うには、通常、PET検診等の検診が必要となる。本実施形態に係る眼球運動特徴量算出システム1による判定は、例えば、そのような検診が必要であるか否かのプレスクリーニングとして行われる。
【0022】
本実施形態に係る眼球運動特徴量算出システム1によって計測される眼球運動は、衝動性の眼球運動である微小な跳躍運動(微小跳躍運動)であり、例えば、固視中に無意識に行われる固視微動の一つであるマイクロサッカード(フリック)である。
【0023】
カメラ10は、被験者の眼球を撮像(撮像)する撮像装置である。また、カメラ10は、被験者の眼球の移動状態を計測して、被験者の眼球の移動状態を示す時系列の移動状態値を生成する移動状態計測手段である。カメラ10は、被験者の眼球運動を検出するために連続的に撮像を行う。カメラ10としては、従来のカメラを用いることができ、例えば、マイクロサッカードを検出できる程度の高速のフレームレートで撮像できるものを用いることができる。マイクロサッカードは約20msecで行われることが多いため、例えば、数百Hz~1000Hz程度で撮像を行うことができるカメラ10を用いることができる。但し、上記以外のフレームレートで撮像するカメラ10が用いられてもよい。
【0024】
カメラ10による撮像は、片眼だけを撮像する(片眼だけを計測する)ものであっても、両眼を同時に撮像する(両眼を同時に計測する)ものであってもよい。両眼を同時に撮像する場合、両眼の動きを同時に撮像するために同期された、あるいは同期して計測できることが確認された2台以上のカメラ10を用いて左右眼を独立に撮像してもよいし、1台のカメラ10で両眼を同時に撮像してもよい。
【0025】
例えば浜松ホトニクス株式会社製インテリジェントビジョンセンサ(IVS)の多眼IVSカメラシステムを用いることで、2台のカメラの撮像タイミングの同期がとれた状態で被験者の左右眼の眼球運動を同時に計測することができる。また、高解像度タイプを2台独立に用いたとしても、IVSカメラのクロックのばらつきは10ppm以下である。この値は、一般的にマイクロサッカードの発生頻度といわれる2秒に1秒余裕を加味した3秒間計測に対して、0.03ミリ秒以下に相当する。そのため、十分な時間精度で同時計測できる。IVSカメラから出力される動画データは最大0.5フレームずれる可能性があるが、1フレーム未満であり、問題とはならない。
【0026】
カメラ1台で両眼計測を行うには、例えば浜松ホトニクス株式会社製CMOSエリアイメージセンサS13101を用いることで実現できる。S13101は前出のIVSカメラの4倍の画素解像度を有し、必要な箇所の画像のみを高速に読み出すことができる。IVSカメラ2台を用いることで撮像していた領域を1台で撮像しつつ、眼部画像のみを出力することで長時間の高速計測が実現できる。
【0027】
例えば、カメラ10によって撮像された画像からは、角膜で反射される角膜反射光の位置が眼球位置として検出される。そこで、カメラ10による撮像が行われる際には、角膜反射光を生成するための照明を用意することとしてもよい。角膜の位置の検出上、反射光像の輝度分布がガウシアン状態になるように、当該照明の光量及び発光波長等が調節されることとしてもよい。また、眼部を撮像し、眼部とカメラ10との相対位置調整を可能にするための照明を用意してもよい。複数の照明を用意する理由は、角膜反射光生成用照明のみでは眼部全体を視認できる光量にならない場合があるためである。被験者とカメラ10との相対位置調整を眼部全体が視認できる状態で行うことが好適である。高速カメラを利用する際に角膜反射光生成用照明1つでは光量不足になるためである。しかし、カメラ10に十分な光感度があれば、複数の照明は必要ない。また、被験者とカメラ10との相対位置を調整する際にカメラ10のフレームレートを下げ、計測時にはフレームレートを高めることでも複数の照明を用意する必要はなくなる。
【0028】
計測中、被験者が正面に設置された視標を注視することで視線が泳ぐことなく、安定した計測が実現できる。視標には例えばチップLED(発光ダイオード)を用いる。LEDと被験者の眼との間にレンズを配置し、レンズとLEDとの距離を調整する機構を設けることで、被験者の視力の影響なく無限遠にLEDを知覚できる視標を実現できる。また、視標LEDを被験者の正面4隅と中央とに配置し、各LEDを点灯した際の角膜反射光の位置変化から角膜の曲率の影響を受けない眼球位置の変化量を求めるための係数を算出することができる。
【0029】
カメラ10による被験者の眼部の撮像を行う際、顔の動きも同時に計測することとしてもよい。顔の動き計測用のカメラを1台増やす方法、あるいは、既にある眼部計測用カメラを用いてもよい。顔の動きの計測には、皮膚の皺、まゆげ、まつげ、傷、ほくろ又はそばかす等をトラッキングしてもよいし、角膜の曲率半径に近いレンズを眉間に貼るなどし、その反射光の位置変化を顔の動きとして算出してもよい。計測された顔の動きは、例えば、顔の動きに応じた眼球位置の補正に用いられる。
【0030】
カメラ10は、撮像した画像から、被験者の眼球の移動状態を検出して、被験者の眼球の移動状態を示す時系列の移動状態値を生成する。移動状態値は、移動状態を示す物理量であり、本実施形態では、眼球の速度(眼球運動速度)である。カメラ10は、画像処理を行うプロセッサ等を備えており(例えば、IVS)、以下のように眼球の速度を算出する。
【0031】
カメラ10は、撮像した各画像(各フレーム)から眼球位置(画像中の座標位置)を検出(計測)する。上述したように角膜反射光の位置を眼球位置として検出する。眼球位置の検出は、従来の任意の方法によって行うことができる。この際、顔の動き等に応じた眼球位置の補正が行われてもよい。眼球位置の補正は、従来の任意の方法によって行うことができる。カメラ10は、眼球位置の時間変化から、眼球運動速度を算出する。例えば、カメラ10は、各画像から算出した眼球位置について、1つ前の時刻の画像(1つ前のフレーム)から算出した眼球位置との距離を算出して、当該距離をフレーム間の時間で除算することで眼球運動速度を算出する。各画像について眼球運動速度が算出されることで時系列の眼球運動速度となる。図2のグラフに算出した眼球運動速度の例を示す。図2のグラフにおいて横軸が、時刻(msec)(例えば、撮像開始からの経過時間)であり、縦軸が眼球運動速度(度/秒)である。図2のグラフにおける各点が各画像に対応している。
【0032】
カメラ10による撮像は、例えば、予め設定された時間(例えば、数十秒)にわたって行われてもよい。あるいは、後述するコンピュータ20の機能によって、予め設定された回数(例えば、5回)のマイクロサッカードが抽出されるまで行われてもよい。
【0033】
カメラ10とコンピュータ20とはケーブル等によって接続されており、互いに情報の送受信を行うことができる。カメラ10は、算出した時系列の眼球運動速度を示す情報をコンピュータ20に送信する。なお、眼球運動速度の算出は、必ずしもカメラ10で行われる必要はなく、コンピュータ20で行われてもよい。その場合、撮像された画像が、カメラ10からコンピュータ20に出力される。
【0034】
なお、眼球位置の検出及び眼球運動速度の算出は、必ずしも上記の構成で行われる必要はなく、従来の任意の方法によって行われてもよい。例えば、計測対象を上述した角膜反射光ではなく、瞳孔領を楕円近似した中心としてもよいし、瞳孔径の中点、又は瞳孔中心若しくは重心等としてもよい。
【0035】
コンピュータ20は、カメラ10からの入力に基づいて、眼球運動の特徴量を算出して、被験者の脳の状態を判定する装置である。コンピュータ20は、CPU(Central Processing Unit)、メモリ、通信モジュール等のハードウェアを含んで構成されている。コンピュータ20の後述する各機能は、これらの構成要素がプログラム等により動作することによって発揮される。コンピュータ20は、具体的には、サーバ装置又はPC(パーソナルコンピュータ)等である。また、コンピュータ20は、FPGA(Field Programmable Gate Array)又はマイコン等によって構成されていてもよい。また、コンピュータ20は、スマートフォン又はタブレット端末等の携帯端末であってもよい。携帯端末が、上述したカメラの機能を有している場合には、携帯端末を眼球運動特徴量算出システム1としてもよい。
【0036】
図1に示すように、コンピュータ20は、機能的には、移動状態入力部21と、跳躍期間抽出部22と、特徴量算出部23と、判定部24とを備えて構成される。
【0037】
移動状態入力部21は、被験者の時系列の眼球運動速度を示す情報を入力する移動状態入力手段である。移動状態入力部21は、カメラ10から送信された時系列の眼球運動速度を示す情報を受信して入力する。移動状態入力部21は、入力した眼球運動速度を示す情報を跳躍期間抽出部22に出力する。
【0038】
跳躍期間抽出部22は、移動状態入力部21によって入力された情報によって示される眼球運動速度の時系列の変化に基づいて、眼球がマイクロサッカードを行っている跳躍期間を抽出する跳躍期間抽出手段である。跳躍期間抽出部22は、例えば、以下のように跳躍期間を抽出する。
【0039】
跳躍期間抽出部22は、移動状態入力部21から時系列の眼球運動速度を示す情報を入力する。跳躍期間抽出部22は、各時刻における眼球運動速度と閾値とを比較する。跳躍期間抽出部22は、眼球運動速度が連続して閾値を超えている期間を、1回のマイクロサッカードに係る跳躍期間として抽出する。閾値は、予め一定値が設定されて跳躍期間抽出部22に記憶されていてもよい。あるいは、跳躍期間抽出部22は、本計測の前に閾値設定のための計測を行い、時系列の眼球運動速度に基づいて閾値を算出してもよい。例えば、非特許文献1に記載されているように、時系列の眼球運動速度の標準偏差の5倍を閾値としてもよい。これは計測毎に異なる固視微動のドリフトによる眼球位置の変動量及び頭部の動きによる変動量等の影響を受けず、マイクロサッカードを安定して検出するためのものである。
【0040】
通常、マイクロサッカードは、一定時間以上継続するので、跳躍期間抽出部22は、閾値によって抽出した期間が予め設定された一定の長さ以上でないものは、ノイズとして、跳躍期間としないこととしてもよい。また、閾値によって抽出された期間には、特徴量の算出対象(計測対象)の眼球運動以外の眼球運動の期間が含まれるおそれがある。そこで、跳躍期間抽出部22は、抽出した期間における眼球運動速度等に基づいて、当該期間から特徴量の算出対象の眼球運動を行っている期間を抽出してもよい(即ち、特徴量の算出対象の眼球運動以外の眼球運動の期間を除外してもよい)。上述したように本実施形態では、無意識の眼球運動であるマイクロサッカードを特徴量の算出対象としている。しかしながら、閾値によって抽出された期間には、意識的な眼球運動(例えば、意識的なサッカード)の期間が含まれるおそれがある。通常、無意識なマイクロサッカードに比べて、意識的なサッカードは跳躍時の最大速度が大きい。従って、最大速度によって両者を区別することができる。例えば、跳躍期間抽出部22は、抽出した期間における眼球運動速度における最大速度が予め設定された閾値を超える期間を、特徴量の算出対象の眼球運動以外の眼球運動の期間として除外して、マイクロサッカードに係る跳躍期間を抽出してもよい。
【0041】
跳躍期間抽出部22は、移動状態入力部21から入力した時系列の眼球運動速度、及び抽出した跳躍期間を示す情報を特徴量算出部23に出力する。一連の時系列の眼球運動速度から複数の跳躍期間が抽出できた場合には、跳躍期間抽出部22は、複数の跳躍期間毎に抽出した跳躍期間を示す情報を特徴量算出部23に出力する。
【0042】
特徴量算出部23は、跳躍期間抽出部22によって抽出された跳躍期間の少なくとも一部を含む期間を複数の期間に分割し、分割した期間に基づいて被験者の眼球運動の特徴量を算出する特徴量算出手段である。即ち、特徴量算出部23は、跳躍運動中の過途情報を定量化する。特徴量算出部23は、跳躍期間抽出部22によって抽出された跳躍期間における眼球運動速度の時系列の変化に基づいて、当該跳躍期間の少なくとも一部を含む期間を複数の期間に分割してもよい。特徴量算出部23は、跳躍期間において眼球運動速度が最大値(最大速度)となる時刻の前半期間と後半期間とに期間を分割することとしてもよい。また、特徴量算出部23は、分割した期間における眼球運動速度に基づいて特徴量を算出してもよい。また、特徴量算出部23は、分割された期間毎の眼球運動速度に基づく値を算出して、算出した当該期間毎の値を比較して特徴量を算出することとしてもよい。特徴量算出部23は、例えば、以下のように特徴量を算出する。
【0043】
特徴量算出部23は、跳躍期間抽出部22から、時系列の眼球運動速度及び跳躍期間を示す情報を入力する。特徴量算出部23は、分割対象となる跳躍期間の少なくとも一部を含む期間を設定する。分割対象となる期間は、例えば、跳躍期間そのものである。あるいは、分割対象となる期間は、眼球運動速度の最大速度に対する半値幅の期間である半値期間(半値全幅期間)であってもよい。特徴量算出部23は、図2に示すように、分割対象となる期間を眼球運動速度が最大速度となる時刻の前半期間と後半期間とに分割する。また、特徴量算出部23は、半値期間の前半期間を前半側(時間を遡る方向)に2倍に伸ばした前半期間と、半値期間の後半期間を後半側(時間が経過する方向)に2倍に伸ばした前半期間とを分割後の期間としてもよい。この場合、当該前半期間と当該後半期間を合わせた期間、即ち、半値期間の2倍の期間が、分割対象となる期間である。
【0044】
閾値によって得られる跳躍期間は、先行研究でも用いられる一般的な期間を示すものであるが、閾値の大小の影響を受ける。閾値はノイズを考慮して設定されるため、閾値を超えた期間は跳躍運動の一部の期間になる傾向があり、動作期間を評価することには必ずしも適していない。そこで、上記のように、跳躍期間よりも跳躍運動の全体を定量化するための期間として、上記の半値期間及び半値期間の2倍の期間を用いることとしてもよい。前者の半値期間は、眼球が高速に移動している期間を表す。速度の変化傾向は最大速度とその前後の半値との3特徴点から推察することができる。最大速度が高くて半値期間が短ければ瞬時に完了するパルス信号状の運動であることを示し、低速で半値期間が短ければ一瞬のみの信号であったことを表す。後者の半値期間の2倍の期間は跳躍運動全体の期間を表す。跳躍期間及び半値期間に比べて低速移動期間も含む期間である。
【0045】
なお、各期間の開始時刻と終了時刻とを、図2に示すようにサンプリング点(画像が撮像された時刻)としてもよい。また、閾値、最大速度の半値、半値期間、各値の前後の値の比等を用いることでカメラ10の時間分解能(フレームレート)以上の精度の開始時刻と終了時刻を求めることができ、これを採用してもよい。また、期間の分割は、必ずしも上記のように行われる必要はなく、例えば、期間を2等分して、前半期間と後半期間とに分割することとしてもよい。
【0046】
特徴量算出部23は、上記の前半期間及び後半期間における特徴量を算出する。算出する特徴量としては、例えば、跳躍距離、期間の長さ、眼球運動速度の平均速度、眼球運動速度の標準偏差及び加速度の標準偏差等としてもよい。また、算出する特徴量として、眼球運動速度の起伏の有無、個数及び最大速度を算出してもよい。眼球運動速度の起伏は、増加傾向にあった眼球運動速度が減少傾向に転じた瞬間と、減少傾向にあった眼球運動速度が増加傾向に転じた瞬間とを指す。これは眼球運動加速度の符号が反転を探索することで検出することができる。あるいは、抽出の際に眼球運動加速度の符号の反転した時刻、及びその前後の眼球運動速度を参照し、抽出するか否かを判定した上で抽出してもよい。抽出条件を変えて抽出した眼球運動速度の起伏、複数起伏が観測された場合にはそれらの最大速度の速度比及び速度差、最大速度時刻から起伏最大速度までの時間間隔等も特徴量として算出してもよい。上記の特徴量のうち、期間の長さ以外は、各期間における時系列の眼球運動速度に基づいて算出される。
【0047】
また、眼球運動速度以外の移動状態値を用いて特徴量を算出してもよい。例えば、時系列の眼球位置を用いることとすれば、跳躍方向、跳躍方向の標準偏差、跳躍方向の変化量の総和、及び最大速度時刻の跳躍方向等を特徴量として算出することとしてもよい。この場合、カメラ10から、眼球運動速度とあわせて時系列の眼球位置を示す情報をコンピュータ20に送信する。
【0048】
特徴量算出部23は、上記の特徴量を比較して新たな特徴量を算出して、即ち、特徴量算出部23は、複数の特徴量の比又は差等を算出して、新たな特徴量としてもよい。例えば、特徴量算出部23は、同一種類の特徴量について、前半期間の特徴量と後半期間の特徴量との比の値を新たな特徴量としてもよい。あるいは、特徴量算出部23は、同一の期間について、異なる種類の特徴量の比の値(例えば、期間の長さと眼球運動速度の最大速度との比)を新たな特徴量としてもよい。
【0049】
なお、上述した分割後の期間及び特徴量は、全て用いられる必要はなく、その一部が用いられればよい。また、分割対象の期間(跳躍期間、半値期間及び半値期間の2倍の期間)についての特徴量が算出されてもよい。特徴量算出部23は、算出した特徴量を判定部24に出力する。
【0050】
判定部24は、特徴量算出部23によって算出された特徴量に基づいて被験者の脳の状態を判定する判定手段である。特徴量算出部23によって算出された特徴量を用いた判定部24による判定は、本発明者により発見された以下の知見に基づく。当該知見は、先行研究よりも高速及び高精度の眼球運動の計測によって発見された。
【0051】
マイクロサッカードは、瞬時に跳躍を開始し、眼球運動速度が単調増加し、最大速度に達した後、単調減少に転じ収束する動きである。通常、マイクロサッカードは、図3(a)に示すような眼球運動速度が最大速度時刻前後で対称性の高い動きを示す。しかし、図3(b)(c)に示すような対称性が低く、変則的に動くマイクロサッカードも観測される。変則的なマイクロサッカードには、例えば、最大速度に達した後、すみやかに運動が収束せずに一定時間眼球位置が継続的に変化した後に収束するパターン、最大速度に達するまでに眼球運動速度が単調増加せずに増減を行うパターン、及び最大速度後に眼球運動速度が単調減少せずに増減を繰り返しながら減少するパターン等がある。この対称性の低く、変則的な動きのマイクロサッカードは、健常者に比べて、脳機能に障害が発生している脳疾患患者の眼球運動計測データ中に多く観測される。本発明は、上記の変則的な眼球運動に着目したものである。上述した分割後の期間を用いた特徴量は、上記の変則的な眼球運動を定量化したものである。即ち、上述した分割後の期間を用いた特徴量は、分割前の期間を用いた場合と比べて上記の変則的な眼球運動を強く反映したものである。
【0052】
図4は、本実施形態における特徴量を用いて、健常者22名と脳疾患患者27名との違いを評価した例である。特徴量毎に分別閾値を設けて、分別閾値によって抽出される者の頻度(割合)を集計した。分別閾値としては、健常者と脳疾患患者とで累積度数分布の大小関係が逆転した値を採用した。図4(a)は、半値期間の前半期間の長さと後半期間の長さとの比(後半期間の長さ/前半期間の長さ)が1.3以上となる者の頻度である。値が1に近いほど前半期間と後半期間との長さが等しく、1よりも大きいほど前半期間よりも後半期間が長いことを表している。この特徴量はマイクロサッカードが最大速度において前後半で対照的な動き方をしていたか、非対称的な動きをしていたかを表している。結果、健常者に比べて脳疾患患者のマイクロサッカードは半値期間の前半よりも後半の方が長くなる傾向がみられた。この結果に眼球運動速度の起伏の有無の集計結果を合わせることにより、マイクロサッカード中の変則的な動きであったかを確認できる。
【0053】
図4(b)は、半値期間の2倍の期間の後半期間に最大速度の半値未満の眼球運動速度の起伏が存在した頻度を示している。脳疾患患者は健常者よりも多く変則的に眼球運動速度が変化するマイクロサッカードを行っていたことが分かる。図4(c)は閾値によって抽出された跳躍期間において、最大速度時刻後、即ち、後半期間に眼球運動速度の起伏が存在する頻度を示している。健常者にはみられないこの不規則なマイクロサッカードが脳疾患患者の7%にはみられた。
【0054】
上記のように、特徴量算出部23によって算出された特徴量によれば、被験者の脳機能に何らかの障害が発生しているか否かの判定を行うことができる。判定部24は、例えば、以下のように判定を行う。判定部24は、特徴量算出部23から特徴量を入力する。判定部24は、特徴量に基づいて、判定を行うための得点を算出する。例えば、得点は、値が高いほど、脳機能に何らかの障害が発生している可能性が高いことを示すものとする。判定部24は、個々の特徴量と閾値とを比較して、比較の結果が脳機能に何らかの障害が発生している可能性が高いことを示すものであった場合、得点をプラス(例えば、+1)する。判定部24は、比較の結果が脳機能に何らかの障害が発生している可能性が高いことを示すものでなかった場合、得点をマイナス(例えば、-1)する。閾値は、特徴量の種類に応じて予め設定されて判定部24に記憶されていてもよい。例えば、閾値は、健常者と脳疾患患者との眼球の計測結果から得られた特徴量において、健常者と脳疾患患者とで累積度数分布の大小関係が逆転した値とする。
【0055】
複数種類の特徴量が算出される場合には、判定部24は、それらの特徴量それぞれについて特徴量を算出して、それらの和を取ったり、それら個々を特徴量として扱ったりしてもよい。1回の眼球の計測から、複数のマイクロサッカードが抽出されている場合には、マイクロサッカード毎に特徴量を算出して、それらの平均を取った値を当該被験者の総合得点とする。即ち、総合得点は、以下の式によって算出される。
【数1】

なお、複数のマイクロサッカードが抽出されている場合、平均値を取らずに累計の値(上記の式の全マイクロサッカードの数で割っていない値)を総合得点として用いてもよい。
【0056】
判定部24は、算出した総合得点と閾値とを比較して、比較結果に基づいて判定を行う。閾値は、予め設定されて判定部24に記憶されている。判定部24は、総合得点が閾値以上であれば、被験者の脳機能に何らかの障害が発生していると判定する。また、判定部24は、総合得点が閾値未満であれば、被験者の脳機能に何らかの障害が発生していないと判定する。
【0057】
なお、総合得点は、上記以外の方法で算出されてもよい。例えば、総合得点は、特徴量に基づく多数決、主成分分析等の多変量解析を用いた手法によって算出されてもよい。
【0058】
判定部24は、判定結果を出力する。判定部24は、例えば、判定結果を示す情報をコンピュータ20に備えられた表示装置に表示させる。当該表示は、例えば、眼球運動特徴量算出システム1のユーザにより参照される。なお、判定部24による出力は、上記以外の態様で行われてもよい。例えば、TCP/IP(Transmission Control Protocol/Internet Protocol)プロトコルにてイーサネット(登録商標)等のネットワークを介して外部のサーバ装置又はPCに判定結果を送信して出力することとしてもよい。また、この際、撮像した画像、及び算出した特徴量等もあわせて送信することとしてもよい。
【0059】
また、判定部24による判定は、上記の方法以外によって行われてもよい。例えば、健常者と脳疾患患者との眼球の計測結果から得られた特徴量を、予めデータベースに記憶させておく。データベースに記憶された健常者のグループの特徴量及び脳疾患患者のグループの特徴量それぞれと、特徴量算出部23によって算出された被験者の特徴量とのマハラノビス距離等のクラスター解析を行う際に用いられる距離を算出し、その距離に基づいて判定を行うこととしてもよい。なお、データベースは、コンピュータ20の外部に保持される態様であってもよい。その場合、判定部24、インターネット等のネットワークを介して当該データベースを参照する。以上が、眼球運動特徴量算出システム1の構成である。
【0060】
引き続いて、図5のフローチャートを用いて、本実施形態に係る眼球運動特徴量算出システム1で実行される処理(眼球運動特徴量算出システム1が行う動作方法)を説明する。まず、カメラ10によって、被験者の眼球運動の計測が行われる(S01、移動状態計測ステップ)。具体的には、カメラ10によって、被験者の眼球が撮像され、撮像された画像から時系列の眼球運動速度が算出される。算出された時系列の眼球運動速度を示す情報は、カメラ10からコンピュータ20に送信される。コンピュータ20では、移動状態入力部21によって、時系列の眼球運動速度を示す情報が受信されて入力される(S02、移動状態入力ステップ)。
【0061】
続いて、跳躍期間抽出部22によって、眼球運動速度の時系列の変化に基づいて、眼球がマイクロサッカードを行っている跳躍期間が抽出される(S03、跳躍期間抽出ステップ)。続いて、特徴量算出部23によって、跳躍期間の少なくとも一部を含む期間が複数の期間に分割される(S04、特徴量算出ステップ)。続いて、特徴量算出部23によって、分割された期間に基づいて被験者の眼球運動の特徴量が算出される(S05、特徴量算出ステップ)。続いて、算出された特徴量に基づいて、判定部24によって、被験者の脳の状態が判定される(S07)。続いて、判定部24によって、判定結果が出力される(S07)。以上が、本実施形態に係る眼球運動特徴量算出システム1で実行される処理である。
【0062】
上述したように、分割された期間に基づく特徴量を用いることで、例えば、跳躍期間全体に基づく特徴量を用いるよりも、より適切に脳の状態の判定等を行い得る。従って、本実施形態によれば、より適切に脳の状態の判定等に用いることができる眼球運動の特徴量を算出することができる。
【0063】
図6に、本実施形態に係る特徴量を用いて健常者と脳疾患患者との分離を行った際の分離度と、本実施形態に係る特徴量を用いずに従来の特徴量(分割しない期間に基づく特徴量)を用いて分離を行った際の分離度とを示す。分離度の定量評価には、ROC(Receiver Operating Characteristic)曲線のAUC(AreaUnder the Curve)値を用いた。AUC値は0.5から1.0の値をとり、数値が高いほど2群の分離度は高い。AUC値が0.5~0.7の場合、2群の分離度は低いとされ、0.7~0.9では中程度、0.9~1.0で高い分離度であるとされる。評価の結果、従来の特徴量による総合得点ではAUC値は0.58だったのに対し、本実施形態に係る特徴量を加えた結果、AUC値は0.73に上昇した。本実施形態に係る特徴量を用いることで実用的な分離度が得られた。
【0064】
また、本実施形態のように期間の分割は、眼球運動速度の時系列の変化に基づいて行われてもよい。具体的には、眼球運動速度の最大速度の前後で期間を分割することとしてもよい。この構成によれば、適切かつ確実に期間の分割を行うことができ、更に適切に脳の状態の判定等に用いることができる眼球運動の特徴量を算出することができる。但し、期間の分割は、必ずしも上記のように行われる必要はなく、例えば、分割対象の期間を等分することとしてもよい。
【0065】
また、本実施形態のように分割された期間毎の値を比較した値、例えば、比又は差の値を特徴量とすることとしてもよい。この構成によれば、更に適切に脳の状態の判定等に用いることができる眼球運動の特徴量を算出することができる。
【0066】
また、本実施形態のように移動状態値として、眼球運動速度を用いることとしてもよい。この構成によれば、適切かつ確実に眼球運動の特徴量を算出することができる。但し、眼球の移動状態を示す時系列の値であれば、眼球運動速度以外を移動状態値として用いてもよい。例えば、移動状態値として、移動距離、移動方向又は加速度等が用いられてもよい。また、複数の種類の移動状態値を組み合わせて用いてもよい。
【0067】
また、本実施形態のように算出した特徴量を用いて被験者の脳の状態を判定してもよい。この構成によれば、算出した特徴量を用いて、適切に被験者の脳の状態を判定することができる。但し、必ずしも上記の判定を行う必要はなく、眼球運動特徴量算出システム1では、特徴量の算出のみが行われてもよい。この場合、脳の状態の判定は、眼球運動特徴量算出システム1以外のシステム又は装置によって行われてもよい。あるいは、当該判定は、医師等の専門家によって行われてもよい。また、眼球運動特徴量算出システム1によって算出された特徴量は、脳の状態の判定以外の用途に用いられてもよい。例えば、眼球運動特徴量算出システム1によって算出された特徴量は眼球の跳躍運動の定量評価に用いられてもよい。
【0068】
また、本実施形態のように、例えば、カメラ10によって、眼球の移動状態を計測して眼球運動速度を算出することとしてもよい。この構成によれば、確実に眼球運動速度を入力することができ、確実に本発明を実施することができる。但し、本発明は、眼球運動速度を入力できればよく、眼球運動特徴量算出システム1は本実施形態に係るコンピュータ20のみで構成されていてもよい。即ち、眼球運動速度の算出は、眼球運動特徴量算出システム1以外のシステム又は装置によって行われてもよい。
【0069】
なお、本実施形態では、眼球運動特徴量算出システム1によって計測される眼球運動は、マイクロサッカードとしたが、マイクロサッカード以外の跳躍運動を計測対象、即ち、特徴量の算出対象としてもよい。例えば、square wave jerksと呼ばれる眼球運動を計測対象としてもよい。
【0070】
引き続いて、上述した一連のコンピュータ20による処理を実行させるための眼球運動特徴量算出プログラムを説明する。図7に示すように、眼球運動特徴量算出プログラム40は、コンピュータに挿入されてアクセスされる、あるいはコンピュータが備える記録媒体30に形成されたプログラム格納領域31内に格納される。
【0071】
眼球運動特徴量算出プログラム40は、移動状態入力モジュール41と、跳躍期間抽出モジュール42と、特徴量算出モジュール43と、判定モジュール44とを備えて構成される。移動状態入力モジュール41と、跳躍期間抽出モジュール42と、特徴量算出モジュール43と、判定モジュール44とを実行させることにより実現される機能は、上述したコンピュータ20の移動状態入力部21と、跳躍期間抽出部22と、特徴量算出部23と、判定部24との機能とそれぞれ同様である。
【0072】
なお、眼球運動特徴量算出プログラム40は、その一部又は全部が、通信回線等の伝送媒体を介して伝送され、他の機器により受信されて記録(インストールを含む)される構成としてもよい。また、眼球運動特徴量算出プログラム40の各モジュールは、1つのコンピュータでなく、複数のコンピュータのいずれかにインストールされてもよい。その場合、当該複数のコンピュータによるコンピュータシステムよって上述した一連の眼球運動特徴量算出プログラム40の処理が行われる。
【符号の説明】
【0073】
1…眼球運動特徴量算出システム、10…カメラ、20…コンピュータ、21…移動状態入力部、22…跳躍期間抽出部、23…特徴量算出部、24…判定部、30…記録媒体、31…プログラム格納領域、40…眼球運動特徴量算出プログラム、41…移動状態入力モジュール、42…跳躍期間抽出モジュール、43…特徴量算出モジュール、44…判定モジュール。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7