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  • 特許-プロテオーム試験のための試料調製 図1
  • 特許-プロテオーム試験のための試料調製 図2
  • 特許-プロテオーム試験のための試料調製 図3
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-19
(45)【発行日】2022-07-27
(54)【発明の名称】プロテオーム試験のための試料調製
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20220720BHJP
【FI】
G01N27/62 V
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020569933
(86)(22)【出願日】2018-11-12
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2021-10-11
(86)【国際出願番号】 EP2018080987
(87)【国際公開番号】W WO2019238255
(87)【国際公開日】2019-12-19
【審査請求日】2021-11-12
(31)【優先権主張番号】102018114028.2
(32)【優先日】2018-06-12
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】520487635
【氏名又は名称】ブンデスレプブリーク ドイッチュラント レツトフェアトレーテン ドゥルヒ ダス ローベルト コッホ-インスティトゥート フェアトレーテン ドゥルヒ ザイネン プレジデンテン
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】シュナイダー, アンディ
(72)【発明者】
【氏名】ドリンガー, イエルク
(72)【発明者】
【氏名】ラッシュ, ペーター
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-147907(JP,A)
【文献】欧州特許出願公開第02700949(EP,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0051113(US,A1)
【文献】LASCH et al.,MALDI-TOF Mass Spectrometry Compatible Inactivetion Method for Highly Pathogenic Microbial Cells and Spores,Analytical Chemistry,2008年03月15日,Vol.80/No.6,PP.2026-2034
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60 - G01N 27/70
G01N 27/92
G01N 33/48 - G01N 33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量分析法によるプロテオーム解析のために生物学的材料の試料を可溶化するための方法であって、
反応容器に試料を用意する工程であって、前記生物学的材料の試料が、ヒト由来、動物由来、及び植物由来のものからなる群から選択される、試料を用意する工程、
前記生物学的材料の試料が完全に溶解するまで、特定量の有機酸を、前記試料に添加する工程、
前記試料をインキュベートする工程、
pH値7~9が達成されるまで、前記試料に中和溶液を添加する工程、
を含む、方法。
【請求項2】
前記生物学的材料の試料が、組織、細胞、体液、血液及び血液生成物、粘膜、並びに排泄物からなる群から選択される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
中和溶液を添加する工程の前に、前記試料を電磁照射又は加熱する追加的な工程を含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
照射としてマイクロ波照射を行うか、又は前記試料を40℃超に加熱する、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記有機酸としてカルボン酸を使用する、請求項1から4までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記有機酸としてハロゲン・カルボン酸を使用する、請求項1から5までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記有機酸として、トリフルオロ酢酸を使用する、請求項1から6までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
中和溶液を添加する工程に続いて、以下のさらなる工程:
アルキル化溶液を前記試料に添加する工程、
還元溶液を前記試料に添加する工程、
前記試料中のタンパク質の濃度を決定する工程、
前記試料を水で希釈する工程、
酵素により、又は化学的に前記試料中のタンパク質を開裂させる工程、
生じたペプチドを精製する工程、
を含む、請求項1から7までのいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
ヒト由来、動物由来、又は植物由来の生物学的材料に質量分析を実施する方法であって、
請求項1から8までのいずれか一項に記載の方法によって生物学的材料を得ること、
得られた前記生物学的材料に質量分析を実施すること、
を含む方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、プロテオーム試験のために生物学的材料を処理するための方法に関し、本方法において当該材料は、有機酸を用いて溶解される。
【0002】
プロテオームは、細胞又は生体内において特定の時点で、特定の条件下で発現したあらゆるタンパク質の総体である。プロテオームの解析に従事する専門分野では、プロテオーム解析と呼ばれ、現在、その中心的な技術は、液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS)である。生体の表現型にとってタンパク質が有する意義は非常に大きいため、プロテオーム技術はますます、医薬及び生命科学において幅広く用いられており、特に、疾病用バイオマーカーを同定するため、又は今後の治療法を患者に対して個別に適合させるために、用いられる。
【0003】
その際、様々な試料材料、例えば細胞、組織又は体液には、プロテオーム解析のための調製技術に関して高度の要求が課され、簡単で迅速、堅牢に、また再現可能に試料を用意する方法が求められている。この調製技術は、ボトムアップ式プロテオーム解析の場合、基本的に以下の3つの必須の工程を含む:(i)溶解/抽出、(ii)分解、及び(iii)ペプチド精製。試料材料の種類、使用技術、及び実験の戦略に応じて、追加的な工程(例えば精製又はラベリング反応)により試料準備を拡充することができる。
【0004】
現在の技術は、洗浄剤(例えばラウリル硫酸ナトリウム(SDS)、デオキシコール酸(SDC))及び/又はカオトロピック物質(例えば尿素、塩酸グアニジン(GnHCl)によるタンパク質の抽出に基づいており、試料材料を効果的に溶解させるためにしばしば、物理的なエネルギー投入(超音波、圧力、摩擦、粉砕、加熱)により補助される。
【0005】
特に可溶化が困難な試料(例えばコラーゲン含分が高い組織)の場合にはしばしば、さらなる作業工程又は追加的な試薬の使用が必要になる。しかしながら試薬が存在することにより、後続の調製工程の効率に対して悪影響(分解)が出ることがあり、ボトムアップ式プロテオーム解析の標準プロトコルは、洗浄剤、カオトロピック物質、及び類似作用物質を除去するために多くのさらなる手順を含むことになる。ここで追加的な作業工程は一般的に、再現性及びタンパク質の収率に対して、悪影響をもたらす。しかしながら、プロテオーム解析の潜在的可能性が大きい(例えば、医薬のオーダーメイド化の分野)ことを背景にして、簡単で、直接的で、再現可能で、自動化可能な試料調製の手法が求められている。
【0006】
このような課題は、請求項1の特徴を有する本発明の方法によって解決される。さらなる有利な実施態形態、及び本発明の構成は、従属請求項、引用請求項、図面、及び実施例から明らかになる。本発明の実施形態は、有利なように相互に組み合わせ可能である。本発明について当業者が容易に可能な変更又は修正を行ったものも、特許請求の範囲の権利範囲に含まれる。
【0007】
本発明の第1の態様は、質量分析法によるプロテオーム解析のために生物学的材料の試料を可溶化する方法に関し、本方法は、以下の作業工程:
・反応容器に試料を用意する工程、
・特定量の有機酸を、試料に添加する工程、
・調製物をインキュベートする工程、
・調製物に中和溶液を添加する工程、
を含む。
【0008】
本発明による方法は、従来の方法と比べて必要な作業工程が少ないため、有利である。よって本方法は時間的に、また作業コスト的にも、従来の方法より経済的である。さらに、本発明により可溶化した試料材料は、変動が比較的少なくより大きいシグナル強度が得られる(図3)ため、従来の方法と比べて有利である。さらなる利点は、本方法の再現性が高いことにあり、このことは特に、定量分析との関連で重要である。さらに、塩濃度が高いこの種の溶液においてタンパク質は非常に安定的であるため、輸送、貯蔵、及び試料のアーカイブ化が、極めて容易になる。
【0009】
さらに本方法は、プロテオーム解析すべきタンパク質を含有するあらゆる種類の生物学的材料の試料に使用可能なため、有利である。生物学的材料の試料は好適には、ヒト由来、動物由来、又は植物由来のもの、特に組織、細胞、体液、血液及び血液生成物、粘膜、並びに排泄物を含む。
【0010】
生物学的材料は、反応容器内で適切な材料から、適切な大きさで用意する。反応容器は、容積が最大2mlのプラスチック製のもの(例えば、実験分野でしばしば使用されるいわゆるミクロ反応容器)であるのが有利である。
【0011】
添加する有機酸の量は、当業者の裁量である。既知の量の生物学的材料に対して、理想的には標準化された量の酸を添加する。理想的には、試料対酸の比率を、試料材料が完全に溶解するように調整する。
【0012】
試料材料を酸とともに、直ちに最大60分、室温で、タンパク質の品質を損なうことなくインキュベートすることができる。その際、懸濁液が透明になったら(たいていの試料では2~10分後)、すぐに溶解を終了させることができる。
【0013】
分解用タンパク質を用意するために、試料の中和を行う。中和のためには、弱塩基(例えば2MのTRIS水溶液(トリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン)を使用し、TRIS溶液の体積は、試料体積のおよそ7~15倍であるのが望ましい。その際にpH値は、7~9であることが求められ、理想的には8~8.5である。
【0014】
本方法は好適には、中和の直前に電磁照射する追加的な工程を含む。この工程は、可溶化するのが困難な試料、例えばコラーゲン含分が高い試料にとって、特に有利である。>40℃の温度で熱処理することによっても、同等の効果が示される。
【0015】
試料にマイクロ波を照射することが、特に好ましい。この際には、試料を5~30秒間、特に10秒間、800Wのマイクロ波出力にかける。内部で試料がインキュベートされている反応容器を、追加的なカバー、例えばプラスチック製のさらなる容器で取り囲むことが、有利である。マイクロ波処理は、あらゆる種類の生物学的材料、特に溶解が困難な材料に対しては、効果的な溶解のために有利であることが判明している。
【0016】
本方法では、有機酸としてカルボン酸を使用するのが好ましい。本方法では、ハロゲン・カルボン酸を使用するのが、さらに好ましい。本方法では、有機酸としてトリフルオロ酢酸(TFA)、及びトリフルオロ酢酸誘導体を使用するのが特に好ましい。TFAは、組織及び細胞の溶解において特に効果的であることが判明している。ここでTFAの使用はまた、TFAの作用によってタンパク質の分析に悪影響を与えることがないため、有利である。
【0017】
さらに、本方法は好適には、以下のさらなる工程:
・アルキル化溶液を添加する工程、
・還元溶液を添加する工程、
・タンパク質の濃度を決定する工程、
・試料を水で希釈する工程、
・酵素により、又は化学的にタンパク質を開裂させる工程、
・生じたペプチドを精製する工程、
を含む。
【0018】
本発明の第二の態様は、生物学的材料を溶解させるための、トリフルオロ酢酸の使用に関する。ここでTFAは、上記あらゆる生物学的材料に適している。
【0019】
本発明の第三の態様は、本発明による方法で準備した生物学的材料の試料の、質量分析法における使用に関する。
【0020】
上記使用による利点は、本発明による方法の利点に対応する。
【0021】
本発明について、図面を用いて詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】本発明による方法の一実施形態のフロー図を示す。
図2】試料の溶解について比較する形で示す。
図3】上記方法によるヒト細胞のプロテオーム解析の結果を、参照法によるもの(3つ作製)と比較して示す。
【0023】
図1の説明に従った本発明による方法の実施形態では、第一の工程S1で生物学的材料の試料を用意する。生物学的材料は、組織試料(例えば血液試料)、又は細胞の懸濁液若しくはペレット、並びに組織構造であり得る。
【0024】
第二の工程S2-1では、純粋なトリフルオロ酢酸を生物学的材料に対して過剰で添加し、理想的には1:1から1:10(試料対TFA)の体積比で添加する。この調製物を例えばボルテックス装置で混合し、室温で1~10分、インキュベートする。この際に試料材料が溶解する。時間の経過に伴い、溶解の推移は視覚的に分かるようになる。溶液が透明になれば、試料材料が溶解しきったということである(図2)。所与の量の酸で抽出するにはタンパク質濃度が高すぎる場合、体積を測定した酸をさらに添加する(例えば100μl)。溶解が困難な材料の可溶化を補助する、任意選択的な工程S2-2では、材料を10秒間、800Wの出力でマイクロ波装置にてインキュベートする。
【0025】
試料に対する酸の作用を説明するために、図2には異なる種類の試料が記載されている(それぞれ溶解前と溶解後について)。左から右に説明すると、HeLa細胞(ヒト)、2つの皮膚試料(ニワトリ)、そして肝臓試料(ニワトリ)の懸濁液である。それぞれ、出発材料、TFAによる溶解後の試料、及び/又は中和後の試料が示されている。HeLa細胞及び肝臓組織は、酸の添加のみで完全に溶解している一方で、TFAの添加後、及び/又は中和後、皮膚試料には、溶けていない組織構成成分(左から二番目の試料、矢印が付されたもの)が見て取れる。このような組織構成成分は、試料をマイクロ波照射にかければ、溶かすことができる(「皮膚*」の試料、左から三番目の試料参照)。
【0026】
溶液が透明になった後、溶解した材料の調製物を第三の工程S3で、2MのTRIS水溶液により中和する。この際、試料体積を中和するために、およそ8~15倍の体積の2MのTRIS溶液を添加する。つまり、100μlの溶解調製物については、1000μlの2MのTRIS溶液を添加する。
【0027】
いずれの場合でも、工程S3では溶液のPH値を制御する。その際、pH値は7~9、理想的には8~8.5にするのが望ましい。目的のpH値を達成するため、場合によっては、2MのTRIS、又は希釈したトリフルオロ酢酸溶液を追加することにより、最適なpH値が達成されるまで、事後的に制御する。
【0028】
中和後、この溶液に第四の工程S4で、還元溶液及びアルキル化溶液を加える。そのために、新たに作成した100mMのTCEP(トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン)水溶液、及び400mMのCAA(クロロアセトアミド)水溶液を使用し、そのうち試料体積の10%を、試料に添加する。これらの試料を少なくとも3~10分間、95℃でサーモミキサーにてインキュベートする。この工程の後、試料を凍結させることができ、比較的長期間にわたり、-20℃以下の温度で貯蔵することができる。この工程S4は、システインを含有しないペプチドを分析する場合、省略することもできる。代替的な還元試薬及びアルキル化試薬、例えばDTT(ジチオトレイトール)又はIAA(ヨードアセトアミド)を使用することもでき、その際にインキュベート条件は、相応して適合されている。
【0029】
第五の工程S5では、試料のタンパク質を酵素により、又は化学的にペプチドへと開裂させることによって、本方法を進行させる。酵素による分解のためには、そのために当業者に知られたやり方で試料のタンパク質濃度を決定し、続いてトリプシン又はその他の適切な酵素を既定の質量比で、トリプシンの場合には500:1から5:1(タンパク質:トリプシン)の範囲で、試料に加える。試料は、溶解物のバッファ濃度に依存する使用酵素の活性に応じて、水で希釈してもよい。続いて分解調製物を酵素にとって最適な温度(トリプシンについては37℃)で、適切な時間(トリプシンについては1~24時間)、インキュベートする。
【0030】
第六の工程S6ではペプチドを、例えばC18材料の固相抽出によって精製する。
【0031】
続いて、精製したペプチドを、液体クロマトグラフィー質量分析法(LC-MS)により、又は同等の方法、例えばキャピラリー電気泳動質量分析法により、分析することができる。図3には、ヒト細胞についてのプロテオーム試験による結果と、代替的な試料調製法による結果との比較が示されている。このために、ペプチドについてのシグナル強度に対する変動係数(CV)と、生成したタンパク質についてのシグナル強度に対する変動係数(CV)が、スキャッタプロットで示されている。点の集合体は、ヒートマップで重ねたものである。定量化されたペプチド及びタンパク質の数、並びにCVの平均値も記載されている。ダイアグラムの左側には、本発明による方法により図1に従って可溶化した結果が記載されており、右側のダイアグラムには、従来の方法により可溶化した試料についての結果が示されている。本発明による方法によって、従来技術による方法の場合よりも、より多くのペプチドと、ペプチドから誘導されたより多くのタンパク質が、比較的低いシグナル変動で得られることが分かる。
図1
図2
図3