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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-20
(45)【発行日】2022-07-28
(54)【発明の名称】ステンレスの表面処理方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 22/78 20060101AFI20220721BHJP
   C25F 3/24 20060101ALI20220721BHJP
【FI】
C23C22/78
C25F3/24
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018120142
(22)【出願日】2018-06-25
(65)【公開番号】P2020002393
(43)【公開日】2020-01-09
【審査請求日】2021-03-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000113838
【氏名又は名称】マルイ鍍金工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083172
【弁理士】
【氏名又は名称】福井 豊明
(72)【発明者】
【氏名】井田 義明
(72)【発明者】
【氏名】井田 統章
(72)【発明者】
【氏名】杉本 克久
(72)【発明者】
【氏名】石見 清隆
【審査官】萩原 周治
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2011/111391(WO,A1)
【文献】特開昭60-262955(JP,A)
【文献】特開昭63-169391(JP,A)
【文献】特開平11-029877(JP,A)
【文献】国際公開第2019/167885(WO,A1)
【文献】特開平05-171479(JP,A)
【文献】特開2016-000857(JP,A)
【文献】特開2003-236350(JP,A)
【文献】特表2005-532889(JP,A)
【文献】米国特許第04518440(US,A)
【文献】中国特許出願公開第111684107(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 22/00-22/86
C25F 1/00-7/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ステンレス表面に対して電解研磨を施すステップと、
前記電解研磨後に所定温度の純水蒸気で所定時間の純水蒸気洗浄し、生成された腐食物を拭き取るステップと、
前記純水蒸気洗浄後に不動態化処理をするステップと、
を備えたことを特徴とするステンレスの表面処理方法。
【請求項2】
前記純水蒸気洗浄し、生成された腐食物を拭き取ることを複数回実施する請求項に記載のステンレスの表面処理方法。
【請求項3】
前記純水蒸気洗浄の温度が100℃以上、0.1時間以上である請求項1または2に記載のステンレスの表面処理方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はステンレスの表面加工に関し、特に、純水蒸気洗浄を使用したステンレスの表面加工に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ステンレスの製品は電解研磨あるいは電解研磨後に不動態化処理をする場合、あるいは電解研磨も不動態化のいずれの処理もしない場合等、種々の態様がある。電解研磨後に不動態化をする場合には、孔食電位も高く、従って高い薬品耐久性、耐酸性を備える。
【0003】
一方で、製薬会社が薬品製造時に使用するタンク、あるいは食品会社が食品製造に使用するタンクについては、その設置後に純水の高温蒸気での洗浄(純水蒸気洗浄:以下PS洗浄という)を実施して、タンク内を殺菌あるいは滅菌をすることが繰り返される。
【0004】
上記電解研磨や不動態化処理とPS洗浄は、本来は相互に全く関係なく行われているが、ステンレス加工業界では、薬品業界あるいは食品業界にステンレス容器を納めた後の立ち上げを早くする目的で、電解研磨、不動態化処理をした後、前記PS洗浄を行い、更に、当該PS洗浄で発生した腐食生成物をエタノールの含浸した布でふき取って、納品することが行われている。
【0005】
すなわち、ステンレスの加工に於いて従来PS洗浄を施しているのは、納入先の殺菌・滅菌作業の手間を軽減する目的での作業としてである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2006-122699号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ステンレスの製品を、電解研磨後に不動態化処理をする場合には、孔食電位も高く、従って高い薬品耐久性を備える。
【0008】
一方で、上記のように納品前にPS洗浄をすると、腐食生成物が発生し、これを拭き取って納品した場合、拭き取り作業時に、不動態化処理で形成された酸化皮膜が破壊されて孔食電位を低下することがある。しかも、納品先の工場では、ステンレスが腐食し易い物質を入れる(触れる)ので、ステンレス製品は腐食を起こし、耐久性を著しく損なうことになる。
【0009】
本発明は上記従来の事情に鑑みて提案されたものであって、ステンレス製品について、薬品工場、食品工場等でPS洗浄をしても耐久性を損なうことのないステンレスの表面加工の方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、ステンレス表面加工工程のいずれかの段階で、PS洗浄を用いることによって、孔食電位を向上させることにある。
【0012】
その態様は、ステンレス表面に対して電解研磨を施し、前記電解研磨後に、所定温度の純水蒸気で所定時間のPS洗浄を施し、当該PS洗浄で生成された腐食生成物を拭き取った後、不動態化処理をするステンレスの表面処理方法である。
【発明の効果】
【0013】
電解研磨したステンレス表面にPS洗浄を施すことによって、孔食電位は向上し、それだけ耐食性が高くなったことを意味する。ステンレス表面を不動態化する場合は、不動態化の後の段階でPS洗浄すると、当該PS洗浄で生成された腐食生成物を拭き取ることによって、不動態化処理で生成された酸化皮膜が破壊されることになり、かえって孔食電位を低下せしめることになるが、不動態化処理の前段階でPS洗浄すると、不動態化によって、酸化皮膜が蘇生することになり、納品先での使用に耐えることになる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】不動態化後にPS洗浄した試料の孔食電位(HCl)を示す図。
図2】処理しない試料にPS洗浄した場合の孔食電位(NaCl)を示す図。
図3】電解研磨後に時間の異なるPS洗浄をした試料の孔食電位(NaCl)を示す図。
図4】不動態化後に時間の異なるPS洗浄をした試料の孔食電位(NaCl)を示す図。
図5】電解研磨後に温度の異なるPS洗浄をした試料の孔食電位(HCl)を示す図。
図6】不動態化後に温度の異なるPS洗浄をした試料の孔食電位(HCl)を示す図。
図7】不動態化後の繰り返しPS洗浄で生じた腐食物の拭き取り結果を示す写真。
図8】異なるプロセスでのPS洗浄をした試料の孔食電位(HCl)示す図。
図9】異なるプロセスでのPS洗浄をした試料を示す写真。
【発明を実施するための形態】
【0015】
バフ研磨、電解研磨、不動態化処理というのが、通常のステンレス製品の表面処理の手順である。不動態化処理は耐薬品性を向上させる目的でステンレス表面に硝酸で酸化皮膜を形成する工程であるが、当該ステンレスが適用される製品によっては電解研磨のみを実施した段階で最終製品とする場合もある。
【0016】
尚、以下の説明で電解研磨は、硫酸とリン酸の混合溶液中で、被処理物を正極として行われる。不動態化処理も特に断りがない限り30%HNO3溶液中で2時間の処理である。PS洗浄は特に断りのない限り、いずれの試料も121℃、2.1気圧、処理時間2時間であるが、温度を変化させる場合、時間を変化させる場合がある。テンレス試料としてはSUS316Lを使用している。
【0017】
まず、図1は電解研磨後のステンレス試料(以下単に試料という場合がある)、電解研磨後にPS洗浄を施した試料、電解研磨に不動態化処理をした試料、電解研磨と不動態化処理をした後に、更にPS洗浄を施した試料につき、0.02M-HCl溶液中での孔食電位を測定したものである。
【0018】
電解研磨+不動態化処理+PS洗浄(太実線)で900mV程度の孔食電位が得られるが、電解研磨+PS洗浄(破線)でもそれに近い値が得られており、この値は電解研磨+不動態化処理(一点鎖線)よりも幾分高い値となっている。このことから、ステンレス試料に対するPS洗浄の有効性が確認できたことになる。
【0019】
図2は、電解研磨も不動態化処理もしないステンレス試料に対して、種々の時間でのPS洗浄を実施した場合の3.5%NaCl溶液中での孔食電位測定の結果を示すものである。PS洗浄の処理時間は0.1時間から6時間まで変化させた。
【0020】
この場合において、PS洗浄しない試料の孔食電位が600mV弱であるのに対して0.1時間以上のPS洗浄で孔食電位は800mV以上となり、2時間の処理では1000mVを超える値を得ることができた。
【0021】
この結果を踏まえると、ステンレスの表面処理のいずれかの段階でPS洗浄を施すことによって、孔食電位を向上させる効果を期待できることになる。
【0022】
図3は電解研磨したステンレス試料に対してPS洗浄の時間を変えて(0.1h~6h)行った後3.5%NaCl溶液中での孔食電位を測定したものである。
【0023】
PS洗浄前は孔食電位が900mV弱であったものが、PS洗浄後は1100mV程度にまで上昇しており、この電位は電解研磨後に不動態化した試料より高い値である。尚、少なくともこの実験ではPS洗浄自体の時間への依存性はさほど認められない。
【0024】
図4は電解研磨後に不動態化処理をしたステンレス試料に対して時間を変えた(0.1h~6h)PS洗浄を施した試料の、3.5%NaCl溶液中での孔食電位を示すものである。PS洗浄しない場合は1050mV程度であるのに対して、PS洗浄を施した試料は、1100mVを上回る値となっており、不動態化処理をしたステンレス試料に対してもPS洗浄の有効性が期待できる。
【0025】
但し、後に記述するように、PS洗浄の後に当該PS洗浄で生成された腐食生成物を拭き取ると不動態化によって形成された酸化皮膜が破壊され、納品先でステンレスの腐食し易い物質を入れると(に触れると)当該製品の耐久性が低下する虞れがある。
【0026】
図5は電解研磨したステンレス試料に対して、温度の異なるPS洗浄処理を施し、0.15M-HCl(図3では3.5%NaCl)溶液中で測定した孔食電位を示すものである。
【0027】
これによると、PS洗浄の蒸気温度が80℃では600mV弱しか得られていないが、100℃以上で700mV近辺の値が得られるがことになり、PS洗浄としては100℃以上の温度が必要である。
【0028】
図6は、電解研磨後に不動態化処理したステンレス試料に対して、温度の異なるPS洗浄処理を行い、0.15M-HCl溶液中(図4では3.5%NaCl溶液)で測定した孔食電位を示すものである。蒸気温度が121℃以上で1000mV近辺の値が得られるが100℃では900mV強、80℃では900mV弱しか得られず、この値はPS洗浄しない試料とさして変わらないことになる。
【0029】
以上、図5図6から、ステンレスの表面処理にPS洗浄を使用する場合の実用上の蒸気温度は100℃以上、好ましくは120℃以上であることが理解できる。
【0030】
図7は、電解研磨後に不動態化処理をした試料に対して、121℃の蒸気に2h曝した操作(PS洗浄)を繰り返した試料について、前記腐食生成物を拭き取ったときの汚れの状態を示すベンコットである。1回目のPS洗浄後の拭き取りでは腐食生成物が相当あることが目視できるが、2回目のPS洗浄後に前記拭き取りをした状態では、腐食生成物が僅かに観測される程度になり、3回目のPS洗浄後の拭き取りになると観測されなくなる。
【0031】
ところで、従来技術でも説明したように、薬品製造や食品加工に使用されるステンレス製品は、ユーザに納入後に、ユーザ側の手で殺菌・滅菌の目的でPS洗浄される。表面加工業者の側ではそのことを想定して表面加工後にPS洗浄を施して、表面を拭き取って出荷している。これによって、ユーザ側での立ち上げ時間は短縮されるが、拭き取りによる耐食性低下の問題が生じる。
【0032】
図8は工程の異なる処理についての0.15M-HCl中での孔食電位を示すものである。図8細実線で示すように、電解研磨後に不動態化処理した試料では孔食電位は900mV前後の値を示す。
【0033】
前記不動態化処理後に更にPS洗浄して拭き取った場合は、PS洗浄によって生成された腐食生成物が拭き取られる上、不動態化によって生成された酸化皮膜も削り取られ、図9(a)に示すように表面に傷が付いた状態となる。従って、この場合は図8の破線に示すように、孔食電位は著しく低下する。このパターンは従前の加工業者からユーザへの納品する製品に対応する。ユーザが滅菌・殺菌のために更にPS洗浄すると、(表面は拭き取らない)試料表面は腐食生成物で厚く覆われてしまう(図9(b))。
【0034】
電解研磨後にPS洗浄した後、表面を拭き取り、その後不動態化処理すると、さらにその後にPS洗浄しても腐食生成物の発生は極めて少なくなり、表面は図9(c)に示すように腐食生成物の付着が極めて少ない状態になる。このときには、孔食電位は図8の太実線のように、1000mV前後になり、試料は高い耐孔食性を示す。
【0035】
上記のように、従来滅菌・殺菌を目的として用いられているPS洗浄を、ステンレスの表面処理で不動態化処理の前に用いるとステンレスの表面の塩化物溶液に対する耐食性を著しく向上させることができることを示している。
【産業上の利用可能性】
【0036】
以上説明したように、本発明は、ステンレス試料について塩化物環境に対する高い孔食電位を得ることができ、ユーザ側で扱う物質がステンレスに腐食を生じやすい物質であってもステンレス製品は耐久性を維持できるので、ステンレスの表面処理に利用することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9