(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-20
(45)【発行日】2022-07-28
(54)【発明の名称】インキュベータの陽圧制御方法及びこの方法を利用した培養作業システム
(51)【国際特許分類】
C12M 1/00 20060101AFI20220721BHJP
C12M 3/00 20060101ALI20220721BHJP
【FI】
C12M1/00 A
C12M3/00 B
(21)【出願番号】P 2018137510
(22)【出願日】2018-07-23
【審査請求日】2021-04-14
(73)【特許権者】
【識別番号】599053643
【氏名又は名称】株式会社エアレックス
(74)【代理人】
【識別番号】100121784
【氏名又は名称】山田 稔
(72)【発明者】
【氏名】川崎 康司
(72)【発明者】
【氏名】益留 純
(72)【発明者】
【氏名】北洞 和彦
(72)【発明者】
【氏名】永井 兼
【審査官】名和 大輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-065844(JP,A)
【文献】特開2002-098374(JP,A)
【文献】特開2017-201886(JP,A)
【文献】特開2017-077208(JP,A)
【文献】国際公開第2015/166554(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
給気口と排気口とを備えた培養室と、当該培養室の内部の空気の温度を調節する温調手段と、前記培養室の内部の空気を加湿する加湿手段とを有するインキュベータにおいて、
前記給気口は、外部環境の空気を前記培養室の内部に供給する給気手段を備え、当該給気手段は、給気ファンとこれを駆動する蓄電池とを備え、
前記給気口の開口面積が前記排気口の開口面積より大きいことにより、前記給気ファンの
ファンモーターが有する風量-静圧曲線に沿った自律的作動により培養室の内部の空気圧を外部環境よりも高い所定の静圧に維持する
ことができ、
前記加湿手段による培養室内への加湿によって当該培養室内の空気圧が上昇した際には、前記風量-静圧曲線に沿って
前記給気ファンの風量が減少して前記培養室の内部の陽圧状態が前記所定の静圧に維持される一方、
前記加湿手段による培養室内への加湿が停止して
培養室内の空気圧が下降した際には、前記風量-静圧曲線に沿って
前記給気ファンの風量が増加して前記培養室の内部の陽圧状態が前記所定の静圧に維持されることを特徴とするインキュベータの陽圧制御方法。
【請求項2】
前記培養室内の空気圧の変動は、前記加湿手段による培養室内への加湿
又は停止に加え、当該培養室内の炭酸ガス濃度や窒素ガス濃度の変動に対処した調整によるものであることを特徴とする請求項1に記載のインキュベータの陽圧制御方法。
【請求項3】
前記加湿手段は、圧縮ガスを発生する圧縮ガス発生手段と、水を供給する水供給手段と、前記圧縮空気と前記水とを混合した混合気液を調整する混合気液調整器と、当該混合気液を気化させて水蒸気を発生する
ための発熱体を具備した気化器とを備え、
前記気化器で発生した水蒸気は、エアフィルタを通過することなく
滅菌された状態で前記循環手段が循環させる空気中に直接供給されることを特徴とする請求項1又は2に記載のインキュベータの陽圧制御方法。
【請求項4】
無菌状態を維持できるアイソレーターと、当該アイソレーターに接続可能で無菌状態を維持できると共に搬送可能な複数のインキュベータとを備え、
前記アイソレーターの内部で培養に必要な操作を行って被培養物を準備し、当該アイソレーターに接続された前記インキュベータの内部に前記被培養物を収容し、当該インキュベータを前記アイソレーターから切り離し、切り離したインキュベータを前記アイソレーターから離れた位置にある培養ステーションまで搬送し、当該培養ステーションにおいて複数のインキュベータを保管して前記被培養物の培養を行うものであって、
前記複数のインキュベータは、前記培養ステーションへの移動段階及び/又は培養段階において請求項1~3のいずれか1つに記載のインキュベータの陽圧制御方法で制御されることを特徴とする培養作業システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インキュベータに関するものであり、特に移動式のインキュベータにおいて培養に適した温度・湿度を適正に制御しつつ、培養室の内部の無菌状態と陽圧状態を安定に維持することのできるインキュベータの陽圧制御方法に関するものである。また、本発明は、インキュベータの陽圧制御方法を利用した培養作業システムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年の再生医療分野の発展に伴い、インキュベータを使用して細胞を培養することが広く行われている。細胞の培養には、それぞれの細胞に適した培養環境を整備する必要があり、インキュベータ内部の温度条件、湿度条件、或いは必要により炭酸ガス濃度、窒素ガス濃度などを調整することが行われている。
【0003】
インキュベータ内部の温度条件を調整するには、一般にインキュベータの室内、扉、棚板などの壁部に温水ヒータ或いは電気ヒータなどを内蔵して、壁面からの輻射熱による室内温度調整が行われている。また、インキュベータ内部の湿度条件を調整するには、一般にインキュベータの内部に加湿皿を設けて水を貯留し、この貯留水の自然蒸発によって室内湿度調整が行われている。一方、インキュベータ内部の炭酸ガス濃度や窒素ガス濃度を調整するには、一般に炭酸ガス濃度センサや窒素ガス濃度センサ、及び、炭酸ガスボンベや窒素ガスボンベからの供給経路を備えて炭酸ガス濃度や窒素ガス濃度の調整が行われている。また、これらに加え室内ファンによる空気の撹拌を併用して均一化を図る場合もある。
【0004】
しかし、壁面からの輻射熱や空気の撹拌による室内温度調整と室内湿度調整では室内の温度・湿度が不均一になりやすい。特に、インキュベータの内部は湿度が高いので、温度・湿度が不均一な場合には部分的な結露が生じやすいという問題があった。
【0005】
そこで、下記特許文献1のインキュベータにおいては、室内ヒータ、扉ヒータ、ステージヒータのオンオフによる一般的な温度調整を行い、内部の湿度が上昇し結露が生じやすくなった場合に加湿皿の露出される水面の面積を微調整して湿度調整の精度を向上することが提案されている。
【0006】
一方、これまでのインキュベータでは、GMP(Good Manufacturing Practice)に即したグレードA(厚生労働省・無菌医薬品製造指針)を保証することができなかった。その理由は、内部をグレードAに滅菌しても、これを維持するために空気圧を外部環境よりも高く維持することができなかったからである。更に、インキュベータの内部の貯留水の蒸発に伴い外部から水を供給するが、その場合に外部から供給された水により内部の無菌環境に悪影響を及ぼすという問題があった。
【0007】
そこで、下記特許文献2のインキュベータにおいては、インキュベータの外部から加湿皿への給水経路上にフィルタを設けることが提案されている。一方、本発明者らは、下記特許文献3において、外部から高温滅菌された水蒸気を供給すると共に、給気装置と排気装置を制御して培養室の内部の空気圧を外部環境よりも高く維持できるインキュベータを提案した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2008-005759号公報
【文献】特開2011-160672号公報
【文献】特願2017-096398号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ところで、上記特許文献1のインキュベータにおいては、結露の発生は軽減できるが室内の温度・湿度が不均一になりやすいという問題があった。また、上記特許文献2のインキュベータにおいては、加湿皿に貯留された水の無菌化は確保できるが、この場合にも室内の温度・湿度が不均一になりやすいという問題があった。更に、上記特許文献1及び上記特許文献2においては、いずれも培養室の内部の空気圧を外部環境よりも高く維持できるものではなかった。
【0010】
これらに対して、上記特許文献3のインキュベータにおいては、外部から供給される水蒸気の無菌化を確保できると共に、培養室の内部の空気圧を外部環境よりも高くできるという点で優れている。このインキュベータにおいては、圧力センサと連動したマイクロコンピュータによって給気装置と排気装置とを制御するものである。
【0011】
一方、再生医療分野における細胞培養システムは、被培養物の前処理などの操作を行うアイソレーターと、このアイソレーターに接続して処理された被培養物を収容する複数のインキュベータとから構成されている。被培養物を収容したインキュベータは、アイソレーターから切り離され培養ステーションまで移動して所定時間の培養が行われる。
【0012】
このような移動式のインキュベータは、配電線などを接続することなく最小限の充電池等で稼働可能な設備を有することが好ましい。従って、培養室の内部の空気圧を外部環境よりも高く維持するためには、大掛かりな給気装置と排気装置との組み合わせではなく、より簡単な機構による制御が望まれている。
【0013】
そこで、本発明は、上記の諸問題に対処して、培養室の内部の温度・湿度を均一に維持することができ、且つ、培養室の内部をグレードAに滅菌した場合でも、この無菌環境を維持するために、簡単な機構により内部の空気圧を外部環境よりも常に高く維持することができるインキュベータの陽圧制御方法及びこの方法を利用した培養作業システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
上記課題の解決にあたり、本発明者らは、鋭意研究の結果、給気口と排気口の開口面積及び給気ファンを組み合わせることにより、培養室の内部の静圧変動に対して給気ファンの風量が変動することを利用することにより本発明の完成に至った。
【0015】
即ち、本発明に係るインキュベータの陽圧制御方法は、請求項1の記載によれば、
給気口(24)と排気口(25)とを備えた培養室(22)と、当該培養室の内部の空気の温度を調節する温調手段と、前記培養室の内部の空気を加湿する加湿手段(50)とを有するインキュベータ(20)において、
前記給気口は、外部環境の空気を前記培養室の内部に供給する給気手段(30)を備え、当該給気手段は、給気ファン(32)とこれを駆動する蓄電池とを備え、
前記給気口の開口面積が前記排気口の開口面積より大きいことにより、前記給気ファンのファンモーターが有する風量-静圧曲線に沿った自律的作動により培養室の内部の空気圧を外部環境よりも高い所定の静圧に維持することができ、
前記加湿手段による培養室内への加湿によって当該培養室内の空気圧が上昇した際には、前記風量-静圧曲線に沿って前記給気ファンの風量が減少して前記培養室の内部の陽圧状態が前記所定の静圧に維持される一方、
前記加湿手段による培養室内への加湿が停止して培養室内の空気圧が下降した際には、前記風量-静圧曲線に沿って前記給気ファンの風量が増加して前記培養室の内部の陽圧状態が前記所定の静圧に維持されることを特徴とする。
【0016】
また、本発明は、請求項2の記載によれば、請求項1に記載のインキュベータの陽圧制御方法であって、
前記培養室内の空気圧の変動は、前記加湿手段による培養室内への加湿又は停止に加え、当該培養室内の炭酸ガス濃度や窒素ガス濃度の変動に対処した調整によるものであることを特徴とする。
【0017】
また、本発明は、請求項3の記載によれば、請求項1又は2に記載のインキュベータの陽圧制御方法であって、
前記加湿手段は、圧縮ガスを発生する圧縮ガス発生手段と、水を供給する水供給手段と、前記圧縮空気と前記水とを混合した混合気液を調整する混合気液調整器と、当該混合気液を気化させて水蒸気を発生するための発熱体を具備した気化器とを備え、
前記気化器で発生した水蒸気は、エアフィルタを通過することなく滅菌された状態で前記循環手段が循環させる空気中に直接供給されることを特徴とする。
【0018】
また、本発明に係る培養作業システムは、請求項4の記載によれば、
無菌状態を維持できるアイソレーター(10)と、当該アイソレーターに接続可能で無菌状態を維持できると共に搬送可能な複数のインキュベータ(20、20a~20h)とを備え、
前記アイソレーターの内部で培養に必要な操作を行って被培養物を準備し、当該アイソレーターに接続された前記インキュベータの内部に前記被培養物を収容し、当該インキュベータを前記アイソレーターから切り離し、切り離したインキュベータを前記アイソレーターから離れた位置にある培養ステーション(110)まで搬送し、当該培養ステーションにおいて複数のインキュベータを保管して前記被培養物の培養を行うものであって、
前記複数のインキュベータは、前記培養ステーションへの移動段階及び/又は培養段階において請求項1~3のいずれか1つに記載のインキュベータの陽圧制御方法で制御されることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
上記構成によれば、本発明に係るインキュベータの陽圧制御方法に使用するインキュベータは、培養室と温調手段と加湿手段とを有している。培養室は、給気口と排気口とを備えている。温調手段は、培養室の内部の空気の温度を調節する。加湿手段は、培養室の内部の空気を加湿する。給気口は、外部環境の空気を培養室の内部に供給する給気手段を備えている。この給気手段は、給気ファンとこれを駆動する蓄電池とを備えている。
【0020】
このようなインキュベータにおいて、給気口の開口面積が排気口の開口面積より大きいことにより、給気ファンのファンモーターが有する風量-静圧曲線に沿った自律的作動により培養室の内部の空気圧を外部環境よりも高い(陽圧状態)所定の静圧に維持することができる。このように培養室の内部の空気圧が所定の静圧に維持された状態で、培養室内の空気圧が変動することがある。
【0021】
例えば、加湿手段による培養室内への加湿等によって培養室内の空気圧が上昇する。この場合には、給気ファンのファンモーターが有する風量-静圧曲線に沿って風量が減少して培養室の内部に供給される空気の量が減少する。このことにより、培養室内の空気圧が減少して陽圧状態が所定の静圧に維持される。一方、別な要因により培養室内の空気圧が下降する。この場合には、給気ファンのファンモーターが有する風量-静圧曲線に沿って風量が増加して培養室の内部に供給される空気の量が増加する。このことにより、培養室内の空気圧が増加して陽圧状態が所定の静圧に維持される。
【0022】
よって、上記構成によれば、培養室の内部の温度・湿度を均一に維持することができ、且つ、培養室の内部をグレードAに滅菌した場合でも、この無菌環境を維持するために、簡単な機構により内部の空気圧を外部環境よりも常に高く維持することができるインキュベータの陽圧制御方法を提供することができる。
【0023】
また、上記構成によれば、培養室内の空気圧の変動は、加湿手段による培養室内への加湿又は停止に加え、当該培養室内の炭酸ガス濃度や窒素ガス濃度の変動によることもある。この場合においても、上述と同様に給気ファンのファンモーターが有する風量-静圧曲線に沿って風量が変化することにより対処することができる。
【0024】
また、上記構成によれば、加湿手段は、圧縮ガス発生手段と水供給手段と混合気液調整器と気化器とを備えている。混合気液調整器は、圧縮ガス発生手段が発生した圧縮ガスと水供給手段が供給した水とを混合して混合気液を発生させる。気化器は、発熱体を具備して発生した混合気液を気化させて水蒸気を発生する。このようにして、気化器で発生した水蒸気は、エアフィルタを通過することなく滅菌された状態で循環手段が循環させる空気中に直接供給される。
【0025】
このような加湿手段によれば、培養室の内部の温度・湿度を均一に維持することができ、培養室の内部に結露が生じることがない。また、気化器が発生した水蒸気により内部の無菌環境に悪影響を及ぼすことがない。一方、このような加湿手段が培養室の内部に供給する水蒸気は、圧縮ガスと気化した水の混合ガスであり培養室の内部の静圧を変動させることとなる。このような場合においても、上記構成によれば、培養室内の陽圧状態を所定の静圧に維持することができる。
【0026】
また、上記構成によれば、本発明に係る培養作業システムは、アイソレーターと複数のインキュベータとを備えている。アイソレーターは、無菌状態を維持できる。複数のインキュベータは、アイソレーターに接続可能で無菌状態を維持できると共に、アイソレーターから切り離して培養ステーションへの搬送が可能である。なお、これらのインキュベータは、培養ステーションへの移動段階及び培養段階の両方において、或いは、移動段階又は培養段階において上記構成に係るインキュベータの陽圧制御方法で制御される。
【0027】
この培養作業システムは、次のように操作される。まず、アイソレーターの内部で培養に必要な操作を行って被培養物を準備する。次に、アイソレーターに接続されたインキュベータの内部に被培養物を収容する。次に、インキュベータをアイソレーターから切り離す。次に、切り離したインキュベータをアイソレーターから離れた位置にある培養ステーションまで搬送する。次に、培養ステーションにおいて複数のインキュベータを保管して被培養物の培養を行う。
【0028】
よって、上記構成によれば、培養室の内部の温度・湿度を均一に維持することができ、且つ、培養室の内部をグレードAに滅菌した場合でも、この無菌環境を維持するために、簡単な機構により内部の空気圧を外部環境よりも常に高く維持することができるインキュベータの陽圧制御方法を利用した培養作業システムを提供することができる。
【0029】
なお、上記各手段の括弧内の符号は、後述する実施形態に記載の具体的手段との対応関係を示すものである。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【
図1】本発明に係る培養作業システムの一実施形態の全体構成を示す平面図である。
【
図2】
図1の培養作業システムに使用するインキュベータの構成を示す概略側面図である。
【
図3】
図2のインキュベータに使用するファンモーターの風量-静圧曲線である。
【
図4】
図2の加湿装置が具備する気化器の1実施形態を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明に係るインキュベータの陽圧制御方法及び培養作業システムを実施形態により説明する。
図1は、本発明に係る培養作業システムの一実施形態の全体構成を示す平面図である。
図1において、クリーンルーム100の内部(図示左側)には、アイソレーター10が設置され、これにインキュベータ20が接続されている。クリーンルーム100の室内、アイソレーター10の内部(チャンバー内)、及び、インキュベータ20の内部(培養室内)は、事前に滅菌操作による無菌状態を確保している。特に、アイソレーター10のチャンバー内、及び、インキュベータ20の培養室内は、GMPに即したグレードAに滅菌されている。
【0032】
また、クリーンルーム100の内部のアイソレーター10から離れた位置(図示右側)には、複数のインキュベータを保管する培養ステーション110が設けられている。この培養ステーション110には、被培養物を収容した複数のインキュベータ20a~20hが保管されている。
図1においてアイソレーター10に接続されているインキュベータ20は、被培養物を収容作業が完了すれば、アイソレーター10から切り離して培養ステーションまで搬送されて保管される(図示破線矢印)。
【0033】
このような構成において、クリーンルーム100の内部にいる作業者(図示せず)が、アイソレーター10の外部から作業用グローブを介して培養に必要な操作を行い、細胞を培養する培養液をシャーレなどに充填している。培養液を充填したシャーレは、アイソレーター10の内部からインキュベータ20の内部に収容される。
【0034】
培養液を充填したシャーレを収容したインキュベータ20は、アイソレーター10から切り離され、クリーンルーム100の内部にいる作業者(図示せず)によって培養ステーション110まで搬送される。この搬送の間も、インキュベータ20の内部の陽圧状態は維持される。次に、培養ステーション110まで搬送された複数のインキュベータ20a~20hは、培養ステーション110において保管され、内部に収容されているシャーレ内の細胞が培養される。この培養の間も、インキュベータ20の内部の陽圧状態は維持される。なお、本実施形態においても、アイソレーター10から培養ステーション110に搬送後のインキュベータ20に配電線や給排気管など、必要な設備を装着するようにしてもよい。
【0035】
次に、本発明に使用するインキュベータの構成について説明する。上述のように、アイソレーター10のチャンバー内、及び、インキュベータ20の培養室内は、GMPに即したグレードAに滅菌されている。従って、グレードAの状態を維持するためにアイソレーター10及びインキュベータ20の内部の空気圧は、クリーンルーム100の空気圧(これを外部環境とする)よりも高い空気圧(陽圧状態)に維持することが好ましい。
【0036】
アイソレーター10のチャンバー内を陽圧状態に維持することは、通常の方法で行われる。すなわち、圧力センサと連動したマイクロコンピュータによって給気装置と排気装置とを制御することにより容易に行うことができる。一方、インキュベータ20の培養室内に対しては、アイソレーター10と同様の設備を設けることにより陽圧状態を維持することもできる。しかし、移動式のインキュベータにおいては、配電線などを接続することなく最小限の充電池などで稼働可能な設備とすることが好ましい。
【0037】
図2は、上記培養作業システムに使用するインキュベータの構成を示す概略側面図である。
図2において、インキュベータ20は、床面上に載置されるキャスター21a付きの架台21と、この架台21の上に乗載される培養室22と、この培養室22の内部の空気の温度を調節する温調装置(図示せず)と、培養室22の内部の空気を加湿する加湿装置50と、培養室22の内部の炭酸ガス濃度を調整する炭酸ガス濃度制御装置60と、培養室22の内部の窒素ガス濃度を調整する窒素ガス濃度制御装置70と、培養室22の内部の空気を循環させる循環装置(図示せず)により構成されている。また、これらの装置には、培養室22の内部の圧力、温度、湿度、炭酸ガス濃度、窒素ガス濃度などを検知する各種センサが設けられている(いずれも図示せず)。なお、炭酸ガス濃度制御装置60、窒素ガス濃度制御装置70、循環装置などは、必要により設置するようにしてもよい。
【0038】
培養室22は、その外壁と内壁をステンレス製金属板で覆われ、外壁と内壁の間には断熱材が充填されて断熱壁となっている。なお、断熱壁の内部に培養室22の内部を加温するヒータ(温調装置の一部)を内蔵するようにしてもよい。また、培養室22の正面壁部22a(図示左面)には、アイソレーター10と気密的に接続して内部を連通するための接続扉23が設けられている。なお、接続扉23の構造は、アイソレーター10との気密的な接続が可能であれば特に限定するものではない。
【0039】
また、培養室22の上面壁部22bには、培養室22の内部に空気を供給する給気口24が開口し、この給気口24には給気装置30が接続されている。給気装置30には、給気ダクト31が接続され、その管路にファンモーター32及びHEPAフィルタ33が設けられている。一方、培養室22の下面壁部22cには、培養室22の内部の空気を排気する排気口25が開口し、この排気口25には排気ダクト41が接続されている。なお、本実施形態においては、給気口24の開口面積が排気口25の開口面積よりも大きく設計されている(理由は後述する)。
【0040】
給気装置30のファンモーター32は、クリーンルーム100の内部の空気をインキュベータ20の培養室22の内部に供給する。その際、供給される空気は、HEPAフィルタ33によって、更に清浄化される。ファンモーター32の能力は、インキュベータ20の培養室22の内部の陽圧状態を維持するために、所定の最大風量と最大静圧を有するものを選定する。なお、ファンモーター32の種類は、特に限定するものではなく、軸流ファンのプロペラファンや、遠心ファンのシロッコファン、ターボファンなど、いずれの形式であってもよい。なお、本実施形態においては、アイソレーター10から培養ステーション110への移動段階及び培養段階の両方において、或いは、移動段階又は培養段階において、ファンモーター32の駆動には配電線を使用せずインキュベータ20が具備する蓄電池(図示せず)によるものとする。
【0041】
なお、
図2には記載していないが、給気ダクト31と排気ダクト41の管路には、それぞれ電磁弁や触媒層を設けるようにしてもよい。触媒層は、インキュベータ20の培養室22の内部を過酸化水素ガスなどで除染した後のエアレーションで、培養室22の内部から放出される過酸化水素ガスなどを分解する際に活用する。
【0042】
次に、このような構成のインキュベータ20を使用して、その培養室22の内部の陽圧制御方法について説明する。上述のように、培養室22の給気口24の開口面積(給気ダクト31の管径に相当)が、排気口25の開口面積(排気ダクト41の管径に相当)よりも大きく設計されている。このような状態で、ファンモーター32を駆動する。
図3は、インキュベータ22に使用するファンモーター32の風量-静圧曲線である。
【0043】
図3において、縦軸上のポイント4は、ファンモーター32の最大静圧P4を表しており、このとき風量はゼロである。この状態においては、培養室22の内部の陽圧によって、ファンモーター32が回転しても給気が起こらない状態である。一方、横軸上のポイント5は、ファンモーター32の最大風量L5を表しており、このとき静圧はゼロである。この状態においては、培養室22の内部の空気圧はクリーンルーム100の内部の空気圧と同じであり、ファンモーター32が回転しても培養室22の内部は陽圧とならない状態である。
【0044】
本実施形態においては、インキュベータ20の培養室22の内部をクリーンルーム100の内部に対して陽圧状態に維持する必要がある。グレードAに滅菌された培養室22の内部を陽圧状態にすることにより、グレードAより低いクリーンルーム100の内部の空気が培養室22の内部に混入することを避けることができる。ここで、培養室22の内部をどの程度の陽圧状態に維持するかは、特に限定するものではないが、例えば+30Paを維持するようにしてもよい。
【0045】
本実施形態においては、ファンモーター32の駆動だけで陽圧状態を維持することができる。そこで、本実施形態においては、培養室22の内部の構造と収容物の数(実装密度)、培養室22の給気口24の開口面積と排気口25の開口面積、及び、目標とする陽圧状態を考慮することにより、ファンモーター32の機種と性能、或いは設定出力を決定することができる。
【0046】
図3において、ポイント1は、培養室22の内部を陽圧状態に維持しており、静圧P1が目標とする陽圧(例えば、+30Pa)であり、風量L1が給気口24から培養室22の内部に供給され、同量のL1が排気口25から排気されている。この状態で、内部に変化がなければ、安定して陽圧状態が維持される。しかし、実際には培養室22の内部で細胞が培養されており、湿度の変化、炭酸ガス濃度の変化、窒素ガス濃度の変化などが生じている。
【0047】
そのうち、最も影響しているのが培養室22の内部の湿度の変化と考えられる。加湿装置50は、培養室22の内部の湿度条件(培養条件)を安定に維持するために作動する。培養室22の培養条件のうち温度条件と湿度条件を安定に維持することが重要である。例えば、温度条件は、37±0.5℃に維持され、湿度条件は、相対湿度95~100%RHという高湿度状態の維持が必要である。そこで、湿度センサと連動したマイクロコンピュータによる制御で加湿装置50から培養室22の内部に水蒸気を供給する。
【0048】
本発明においては、水蒸気の供給は特に限定するものではなく、無菌状態が維持できるのであれば、どのような方法であってもよい。例えば、従来から行われているように、インキュベータの内部に加湿皿を設けて水を貯留し、この貯留水の自然蒸発によって室内湿度調整を行うようにしてもよい。しかし、本実施形態においては、上述の特許文献3に提案するように、外部から供給される水蒸気の無菌化を確保できる加湿装置50を採用する。この加湿装置50は、圧縮空気と水とを混合した混合気液を気化させて水蒸気を発生して供給する(詳細は後述する)。
【0049】
図3において、ポイント1で設定した陽圧状態(設定静圧P1)を維持しているときに、湿度センサが湿度の低下を検知する。これに対して、マイクロコンピュータで制御された加湿装置50が作動して、水蒸気を発生して培養室22の内部に供給する。この水蒸気は、圧縮空気と水蒸気の混合気体であって、培養室22の内部の空気圧を若干であるが上昇させる。
図3の風量-静圧曲線において、静圧がP1からP2に上昇する(ポイント2の状態)と、ファンモーター32の風量がL1からL2に減少する。
【0050】
このことにより、培養室22の内部に供給される空気の量が減少し、培養室22の内部の空気圧が下降する。その結果、培養室22の内部の空気圧は、設定静圧P1に収束する。なお、培養室22の内部の空気圧の上昇は、加湿装置50の作動のみによるものではなく、炭酸ガス濃度制御装置60による炭酸ガスの供給、又は、窒素ガス濃度制御装置70による窒素ガスの供給によっても生じる。
【0051】
一方、培養室22の内部の空気圧が下降する場合もある。この場合には、
図3の風量-静圧曲線において、静圧がP1からP3に下降する(ポイント3の状態)と、ファンモーター32の風量がL1からL3に上昇する。このことにより、培養室22の内部に供給される空気の量が増加し、培養室22の内部の空気圧が上昇する。その結果、培養室22の内部の空気圧は、設定静圧P1に収束する。
【0052】
これまで説明したように、本実施形態においては、培養室の内部の温度・湿度を均一に維持することができ、且つ、培養室の内部をグレードAに滅菌した場合でも、この無菌環境を維持するために、簡単な機構により内部の空気圧を外部環境よりも常に高く維持することができるインキュベータの陽圧制御方法及びこの方法を利用した培養作業システムを提供することができる。
【0053】
ここで、本実施形態に係るインキュベータの陽圧制御方法が、より効果を得ることのできる加湿装置50の構成について説明する。この加湿装置50は、培養室22の内部に極微量の水蒸気を供給することのできる特定の加湿機構を採用する。加湿装置50は、圧縮ガス発生装置と水供給装置と混合気液調整器と気化器とから構成されている。混合気液調整器は、水供給装置から供給される水と圧縮ガス発生装置から供給される圧縮空気とを混合して霧化した混合気液(ミスト)を発生する。混合気液調整器の吐出部は、気化器に連接されて霧化した混合気液(ミスト)が気化器に供給される。気化器は、混合気液調整器から供給される霧化した混合気液(ミスト)を気化して水蒸気を発生する。
【0054】
ここで、本実施形態において採用する気化器の構造について説明する。
図4は、加湿装置が具備する気化器の1実施形態を示す断面図である。
図4において、気化器51は、一方の端部51aから他方の端部51bに伸びる円筒状の外筒管52と、その内部に外筒管52の長手方向に平行に内蔵された発熱体53とから構成されている。外筒管52は、ステンレス製の円筒からなる。発熱体53は、外筒管52の長手方向に平行に伸びるヒータ54を具備している。なお、外筒管52の内周面と発熱体53との間には、混合気液(ミスト)が通過する隙間が設けられている。
【0055】
ヒータ54は、シリコンゴムからなる接続端子54bにより外筒管52の一方の外周端部(気化器51の一方の端部51aの側)に設置されており、電線54aから電力の供給を受けて発熱する。なお、高温となるヒータ53は、その表面を石英ガラス55で被覆されている。また、本実施形態においては、外筒管52の内周面も石英ガラスで被覆されている。なお、ヒータ54は、その構造を特に限定するものではなく、棒状ヒータであってもよくコイル状ヒータであってもよい。また、ヒータの表面や外筒管の内周面の石英ガラスによる被覆も必ずしも必要ではないが、本実施形態においては、発塵防止、熱効率の向上を図っている。
【0056】
このような気化器51においては、混合気液調整器(図示せず)から供給される霧化した混合気液(ミスト)は、気化器51の一方の端部51aに開口する導入口56aから気化器51の内部に導入される。気化器51の内部に導入された混合気液(ミスト)は、発熱体53で加熱されながら外筒管52と発熱体53との隙間を通過して気化器51の他方の端部51bに開口する放出口56bの方に移動する。この間に混合気液中の水(液体)は、発熱体53で加熱され気化して水蒸気(気体)となり放出口56bから放出される。なお、放出口56bの水蒸気の温度を温度センサで測りながら放出する水蒸気の温度を制御するようにしてもよい。
【0057】
このような構成の気化器51を採用することにより、例えば、1g/hr.~60g/hr.の範囲内という微量の給水量に対しても熱効率の点から有効であり、培養室22の内部の湿度の変動幅を最小限にすることができる。このことにより、本実施形態においては、給気装置と排気装置をマイクロコンピュータで制御することなく、ファンモーター32の風量-静圧曲線で制御することができる。
【0058】
また、気化器51においては、混合気液が発熱体53で加熱されて高温の水蒸気となる。本実施形態においては、水蒸気の滅菌状態を確実に担保するために、気化器51で発生する水蒸気の温度を100℃或いは更に高温に制御する。このことにより、気化器51で発生した水蒸気は、滅菌されておりエアフィルタを通過することなく培養室22の内部に直接供給することができる。よって、グレードAの無菌環境を維持している培養室22の内部の無菌環境が維持される。
【符号の説明】
【0059】
10…アイソレーター、20、20a~20h…インキュベータ、
21…架台、21a…キャスター、
22…培養室、22a…正面壁部、22b…上面壁部、22c…下面壁部、
23…接続扉、24…給気口、25…排気口、
30…給気装置、31…給気ダクト、41…排気ダクト、
32…ファンモーター、33…HEPAフィルタ、
50…加湿装置、51…気化器、51a、51b…端部、52…外筒管、
53…発熱体、54…ヒータ、54a…電線、54b…接続端子、
55…石英ガラス、56a…導入口、56b…放出口、
60…炭酸ガス濃度制御装置、70…窒素ガス濃度制御装置、
100…クリーンルーム、110…培養ステーション。