(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-20
(45)【発行日】2022-07-28
(54)【発明の名称】高葉酸葉物野菜の製造方法
(51)【国際特許分類】
A01G 31/00 20180101AFI20220721BHJP
【FI】
A01G31/00 601A
A01G31/00 612
(21)【出願番号】P 2019169460
(22)【出願日】2019-09-18
【審査請求日】2022-02-10
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】521089498
【氏名又は名称】株式会社エコタイプ次世代植物工場
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】竹葉 剛
【審査官】磯田 真美
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-182672(JP,A)
【文献】特開2016-158623(JP,A)
【文献】特開2017-063632(JP,A)
【文献】特開2015-112082(JP,A)
【文献】特開2012-205514(JP,A)
【文献】WATANEABE, S. et al.,Folate Biofortification in Hydroponically Cultivated Spinach by the Addition of Phenylalanine,Journal of Agricultural and Food Chemistry,2017年05月26日,Vol. 65,pp. 4605-4610
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 31/00 - 31/06
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
播種から収穫までの期間を葉物野菜の生育に必要な肥料成分を含む培養液を用いて栽培することにより葉物野菜を製造する方法であって、
前記期間のうち、所定の大きさに成長してから収穫するまでの栽培期間である生育期間において、亜鉛イオンの濃度範囲が0.1~20ppmであり、リンがポリリン酸イオンの形態で含まれる生育期間用培養液が用いられる、高葉酸葉物野菜の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の高葉酸葉物野菜の製造方法において、
前記生育期間用培養液に含まれる亜鉛イオンの濃度範囲が1~10ppmである、高葉酸葉物野菜の製造方法。
【請求項3】
請求項1に記載の高葉酸葉物野菜の製造方法において、
前記生育期間用培養液に含まれる亜鉛イオ
ンの濃度範囲が10~20ppmであり、マグネシウムイオンの濃度範囲が12~100ppmである、高葉酸葉物野菜の製造方法。
【請求項4】
請求項1に記載の高葉酸葉物野菜の製造方法において、
前記生育期間用培養液に含まれるマグネシウムイオンの濃度範囲が48~100ppmである、高葉酸葉物野菜の製造方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載の高葉酸葉物野菜の製造方法において、
前記生育期間用培養液に含まれるポリリン酸イオンがトリポリリン酸イオンである、高葉酸葉物野菜の製造方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれかに記載の高葉酸葉物野菜の製造方法において、
前記生育期間において、100μmol/m2/s以上の光を照射することを特徴とする高葉酸葉物野菜の製造方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれかに記載の高葉酸葉物野菜の製造方法において、
高葉酸葉物野菜が、葉中の葉酸含有量が500μg/100g生重以上である、高葉酸葉物野菜の製造方法。
【請求項8】
播種から収穫までの期間、葉物野菜の生育に必要な肥料成分を含む培養液を用いて栽培することにより、高葉酸葉物野菜を製造する方法であって、
前記期間を、育苗装置にて播種から発芽まで栽培する期間である発芽期間、前記育苗装置にて発芽した苗を所定の大きさに成長するまで該育苗装置で栽培する期間である育苗期間、前記所定の大きさに成長した苗を前記育苗装置から生育装置に移植し、該生育装置にて収穫するまで栽培する期間である生育期間に分けたとき、
前記生育期間において、12~100ppmの濃度範囲にあるマグネシウムイオンと、0.1~20ppmの濃度範囲にある亜鉛イオンとを含み、リンがポリリン酸イオンの形態で含まれる生育期間用培養液が用いられる、高葉酸葉物野菜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高葉酸葉物野菜およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
葉酸はビタミンBの一種であり、ビタミンB9とも呼ばれる。葉酸は、DNA、RNAを構成する塩基成分の生合成に必須のビタミンであり、また、心臓病、脳卒中、アルツハイマー病等の原因物質の一つであるホモシステインの血中含有量を低下させる機能を持つ重要なビタミンである。
【0003】
18歳以上の成人男女における葉酸の一日の摂取推奨量は240μgとされているところ、日本人の一日の平均摂取量(推定)は200μgであり、諸外国に比べて摂取量が少ないと言われている。そのため、日本の成人男女の葉酸摂取量を高めることが課題となっている。
【0004】
葉酸を多く含む食品の一つに緑黄色野菜がある。しかし、緑黄色野菜に含まれる葉酸の量は100~300μg/100gfw(fw: fresh weight)程度であり、しかも葉酸は熱に弱く加熱調理によって含有量が減少する。そこで、通常の緑黄色野菜に比べて葉酸を多く含む緑黄色野菜の開発が進められている。
【0005】
例えば、特許文献1には、葉物野菜を水耕栽培する際に該葉物野菜に照射する光を構成する赤色光(R)、緑色光(G)、青色光(B)の比率を調整し、且つ照射光に遠赤色光を加えることにより、葉物野菜に含まれる葉酸の量を高める方法が開示されている。具体的には、赤色光、緑色光、青色光の光強度の比率を2.5:1:2に調整したRGB型LED照明と、赤色光の1/2の光強度の遠赤色光を発する遠赤色LED照明の両方を用いて葉物野菜に光を照射している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2015-112082号公報
【文献】特開2017-063632号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載の方法によれば、葉物野菜一個体当たりの葉酸含有量は増えるものの、成長が促進されて大形化する。特に、十分に成熟させた成熟葉を食する葉物野菜では照射時間が長い分、大形化が顕著になり、単位重量当たりの葉酸含有量がかえって低下する場合があった。従って、特許文献1の方法は、短い照射時間(つまり、短い生育期間)で収穫されるベビーリーフの葉酸含有量を増加させるには有効であるが、成熟葉の葉酸含有量を増加させるには余り有効ではなかった。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、生育期間の長さに関係なく単位重量当たりの葉酸の含有量を増加させることができる葉物野菜を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明に係る高葉酸葉物野菜の製造方法は、
播種から収穫までの期間を葉物野菜の生育に必要な肥料成分を含む培養液を用いて栽培することにより葉物野菜を製造する方法であって、
前記期間のうち、所定の大きさに成長してから収穫するまでの栽培期間である生育期間において、亜鉛イオンの濃度範囲が0.1~20ppmであり、リンがポリリン酸イオンの形態で含まれる生育期間用培養液が用いられることを特徴とする。
【0010】
本発明は、葉酸がDNA、RNAの生合成に関与する物質の一つであること、葉酸の代謝に亜鉛イオン(Zn2-)及びマグネシウムイオン(Mg2-)が関与すること、さらには、生育期間において植物に照射する光の強度を大きくするとDNA、RNAの生合成が促進され、葉酸の代謝が活性化されること、等に着目し、これら亜鉛イオン及びマグネシウムイオンの培養液中の濃度、及び生育期間における照射光の強度を、葉物野菜の葉酸含有量の増加に影響を及ぼす候補因子として培養液の組成に関する研究を進めた結果、なされたものである。
【0011】
植物の養液栽培で用いられる培養液には一般的に亜鉛イオン、マグネシウムイオンが含まれているが、その量は、長年にわたる植物の生育に関する試験研究の結果に基づき、ほぼ一定値に設定されている。特に肥料の三大成分の一つであるリン(P)が無機リン酸イオン(PO4
3-)として培養液中に存在しており、無機リン酸イオンと亜鉛イオン、マグネシウムイオンが結合すると不溶性の塩(Zn3(PO4)2、Mg3(PO4)2)を形成することから、無機リン酸イオンと結合しても不溶性の塩を形成しないように、Zn、Mgの含有量は設定されている。
【0012】
これに対して、本発明者は培養液の組成を見直し、無機リン酸イオンに代えてポリリン酸イオンを用いることにより、亜鉛イオン、マグネシウムイオンの含有量を高めることができることを見出した。ポリリン酸は従来より食品添加剤として使用されているため、食品安全性上、問題がない。また、ポリリン酸イオンであれば、培養液中に高濃度の亜鉛イオン、高濃度のマグネシウムイオンが含まれていても不溶性の塩が形成されることがない。そこで、生育期間中の培養液(生育期間用培養液)中の亜鉛イオン及びマグネシウムイオンの濃度を変化させて、また、照射光の強度を変化させて実際に葉物野菜を養液栽培した結果、亜鉛イオンの濃度範囲が0.1~20ppmであるときに、収穫された葉物野菜の葉酸含量が増加した。本発明の高葉酸葉物野菜の製造方法は、上記の結果を反映している。なお、本発明で用いられるポリリン酸としては、2個以上のリン酸構造単位から成るものであれば良く、構造単位の数は問わないが、容易に入手できる点でトリポリリン酸が好ましい。
【0013】
従来一般的な培養液中の亜鉛イオンの濃度範囲は0.05~0.09ppmであり、これと比べると、本発明の製造方法に用いられる生育期間用培養液中の亜鉛イオンの濃度範囲は従来の約1.1倍~400倍となる。なお、このような高濃度の亜鉛イオンを含む培養液を用いて生育期間中、葉物野菜の養液栽培を行っても、成長量は従来の培養液を用いた場合と略同じであったことから、生育期間用培養液の亜鉛イオンの濃度を高くしたことが、葉物野菜の成長に及ぼす影響は小さいことが分かった。
【0014】
本発明の高葉酸葉物野菜の製造方法においては、好ましくは、生育期間用培養液に含まれる亜鉛イオンの濃度範囲が1~10ppmである。
【0015】
さらに、本発明の高葉酸葉物野菜の製造方法においては、より好ましくは、生育期間用培養液に含まれる亜鉛イオンの濃度範囲が10~20ppmであり、マグネシウムイオンの濃度範囲が12~100ppmであるか、或いは亜鉛イオンの濃度範囲が0.1~20ppmであり、マグネシウムイオンの濃度範囲が48~100ppmである。
【0016】
亜鉛イオンやマグネシウムイオンの濃度範囲が上記範囲にあるとき、従来の一般的な葉物野菜よりも葉中の葉酸含有量が多い高葉酸葉物野菜を得ることができる。
従来一般的な培養液中のマグネシウムイオンの濃度範囲は24ppmであり、これと比べると、上述した前記生育期間用培養液中のマグネシウムイオンの濃度範囲は従来の約0.5倍~4.2倍となる。
【0017】
さらに、本発明の高葉酸葉物野菜の製造方法においては、前記生育期間において、100μmol/m2/s以上の光を照射すると、収穫された葉物野菜の葉酸含量が増加した。
従って、本発明の高葉酸葉物野菜の製造方法においては、前記生育期間において、100μmol/m2/s以上の光を照射することが好ましい。
生育期間の栽培条件を上述した条件にすることにより、従来の葉物野菜よりも葉酸の含有量の多い葉物野菜を製造することができ、500μg/100g 生重以上の葉酸を含む高葉酸葉物野菜を得ることができる。
【0018】
ところで、人体にとっても亜鉛は必須元素の一つであり、不足すると皮膚炎や味覚障害等を引き起こすことが知られている。そこで、葉物野菜中の亜鉛含有量を増加させることを目的として、2~10ppmという従来よりも高濃度の亜鉛を含む培養液を用いた葉物野菜の栽培方法が提案されている(例えば特許文献2)。特許文献2に記載の方法は、本発明とは目的が異なるものの、従来よりも亜鉛濃度の高い培養液を用いる点で本発明と共通する。
【0019】
しかし、特許文献2には、リン酸イオンの種類についての言及がないため、従来の一般的な培養液と同様、無機リン酸イオンとして含まれると考えられ、亜鉛イオンの濃度を高くすると不溶性の塩が形成されると推測される。従って、特許文献2に記載の方法では、本発明のような、葉物野菜中の葉酸含有量の増加作用は期待できないと思われる。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、生育期間の長さに関係なく単位重量当たりの葉酸の含有量を増加させた葉物野菜を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本発明の一実施例に係る養液栽培方法の栽培期間の説明図。
【
図2A】実験1の結果の一つである、コマツナの葉中の葉酸含有量と光強度との関係を表すグラフ。
【
図2B】実験1の結果の一つである、コマツナの葉中の葉酸含有量量と培養液中のMg濃度との関係を表すグラフ。
【
図2C】実験1の結果の一つである、コマツナの葉中の葉酸含有量と培養液中のZn濃度との関係を表すグラフ。
【
図2D】実験1の結果の一つである、コマツナの葉中の葉酸含有量とZnの量との関係を表すグラフ。
【
図3】実験2の結果を示すものであり、グリーンバタビアの葉に含まれる葉酸の量とグリーンバタビアの葉に含まれるZnの量との関係を表すグラフ。
【
図4】実験3の結果を示すものであり、コマツナの葉中の葉酸含有量と生育期間の途中でZnを追加した後のZn濃度との関係を表すグラフ。
【
図5】実験4の結果である、コマツナ及びグリーンバタビアの葉中の葉酸含有量と、培養液中の窒素濃度との関係を示すグラフ。
【
図6】実験5の結果である、コマツナ及びグリーンバタビアの葉に含まれる葉酸の種類を示す図。
【
図7A】実験6の結果の一つである、コマツナの葉中のリボフラビン含有量と培養液中のZn濃度及びMg濃度との関係を示すグラフ。
【
図7B】実験6の結果の一つである、コマツナの葉中のピリドキシン含有量と培養液中のZn濃度及びMg濃度との関係を示すグラフ。
【
図7C】実験6の結果の一つである、コマツナの葉中のナイアシン含有量と培養液中のZn濃度及びMg濃度との関係を示すグラフ。
【
図7D】実験6の結果の一つである、コマツナの葉中のチアミン含有量と培養液中のZn濃度及びMg濃度との関係を示すグラフ。
【
図8A】実験7の結果の一つである、コマツナ及びグリーンバタビアの葉中のリボフラビン含有量と照射光の種類、培養液中の窒素濃度との関係を示すグラフ。
【
図8B】実験7の結果の一つである、コマツナ及びグリーンバタビアの葉中のピリドキシン含有量と照射光の種類、培養液中の窒素濃度との関係を示すグラフ。
【
図8C】実験7の結果の一つである、コマツナ及びグリーンバタビアの葉中のナイアシン含有量と照射光の種類、培養液中の窒素濃度との関係を示すグラフ。
【
図8D】実験7の結果の一つである、コマツナ及びグリーンバタビアの葉中のチアミン含有量と照射光の種類、培養液中の窒素濃度との関係を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明に係る高葉酸野菜の製造方法及び高葉酸野菜用培養液、高葉酸野菜について具体的な実施例を参照しつつ説明する。本発明は、養液栽培が可能な葉物野菜に適用可能である。
【0023】
以下の実施例では、葉物野菜であるコマツナ、グリーンバタビアを用いた。コマツナはアブラナ科の野菜であり、グリーンバタビアはキク科の野菜である。本発明は、コマツナ、グリーンバタビア以外の、例えば、アブラナ科の野菜であるチンゲンサイ、キク科の野菜であるチマサンチュ、コスレタス、リーフレタス、シュンギク、グリーンウェーブ等の葉物野菜にも適用可能である。
【実施例】
【0024】
(1)栽培装置
育苗装置:この装置は、培養液が貯留される容器本体と、その上に配置される複数の育苗ベースと、容器本体に接続された培養液の供給路及び排出路並びにポンプを備えて、供給路及び排出路によって容器本体内に対する培養液の供給や排出が行われる。各育苗ベースには播種用の穴を有し、その穴に1個ずつ種が収容される。育苗ベースはその下部が培養液内に浸漬しており、前記穴に入れられた種は培養液中に浸漬する。育苗装置は、野菜類の栽培期間のうち播種から発芽までの期間(発芽期間)及び発芽から所定の大きさに成長するまでの期間(育苗期間)、用いられる。
【0025】
生育装置:この装置は、培養液が貯留される容器本体と、該容器本体の上に配置されるプラスチック製のパネルと、容器本体に接続された培養液の供給路及び排出路並びにポンプを備えている。育苗装置と同様、培養液の供給路及び排出路によって容器本体内に対する培養液の供給や排出が行われる。パネルは多数の孔を有し、各孔の上に上記育苗ベースが配置される。育苗ベースで成長した植物体の根は孔を通して培養液中に浸漬される。上述の育苗装置にて所定の大きさに成長した苗は生育装置に移植され、該生育装置にて収穫まで栽培される。つまり、生育装置は、野菜類の栽培期間のうち、所定の大きさに成長した苗を収穫するまで栽培する期間(生育期間)、用いられる。
【0026】
(2)培養液の調製
本実施例では、生育期間の培養液として、以下の組成の培養液(本発明の生育期間用培養液に相当。以下「Mg・Zn調整培養液」という。)を用いた。
【0027】
・NO3
-(硝酸イオン):530~550ppm
・Ca(カルシウム): 150ppm
・K(カリウム) : 370ppm
・Na(ナトリウム): 17ppm
・S(イオウ): 80ppm
・P(リン): 25ppm
・Mg(マグネシウム): 5~72ppm
・B(ホウ素): 0.05ppm
・Cu(銅): 0.06ppm
・Fe(鉄): 2.7ppm
・Mn(マンガン): 0.08ppm
・Mo(モリブデン): 0.02ppm
・Zn(亜鉛) : 0.01~20ppm
【0028】
上述した各組成物の単位であるppmは重量比率を示す。また、培養液中では、硝酸イオン以外の組成物も全てイオンとして存在するが、本明細書では、便宜上、両者を区別せずに同じ記号で表記する(つまり、マグネシウム及びマグネシウムイオンの両方を「Mg」と表記する)こととする。また、Mg・Zn調整培養液には、Pはトリポリリン酸カリウムとして添加され、Znは硝酸塩の形態で、Mgは硫酸塩の形態で添加されている。
【0029】
(3)栽培期間
図1に示すように、栽培期間を、播種から発芽までの期間(発芽期間)、発芽から移植までの期間(育苗期間)、移植から収穫までの期間(生育期間)に分けた。例えばコマツナの場合、発芽期間は約3~5日間、育苗期間は約9~10日間、生育期間は3~4週間程度であり、播種から収穫までは約5~6週間である。なお、複数の種子を育苗装置に播種した場合、全ての種子が一斉に発芽するわけではない。
【0030】
そこで、以下の実験では、栽培日数を揃えるため、播種から4日目までを発芽期間とし、播種後4日目から14日目までを育苗期間とした。そして、播種後14日目に育苗装置で成長した植物体を該育苗装置から生育装置に移植し、その後3週間ないし4週間、生育装置で養液栽培した。つまり、播種後14日目からの3~4週間が生育期間となる。発芽期間では、発芽種子に対する培養液の成分組成の影響を揃えるため水を用い、育苗期間では従来一般的な普通処方培養液を用いた。また、生育期間ではMg・Zn調整培養液を用いた。
【0031】
なお、本実施例では、播種からの日数で栽培期間を発芽期間、育苗期間、生育期間に分けたが、植物体の草丈や本葉の枚数等、生育状態から発芽期間、育苗期間、生育期間に分けることも可能である。例えば、草丈が5cmを超えたことを条件に植物体を育苗装置から生育装置に移植することとしても良い。
【0032】
<実験1>
(1)条件
上述した育苗装置及び生育装置を用いて、上述した栽培期間(発芽期間、育苗期間及び生育期間)にわたりコマツナの養液栽培を行った。
育苗期間の培養液として普通処方培養液、生育期間の培養液としてZn濃度が0.01~10ppm、Mg濃度が5~72ppmのMg・Zn調整培養液を用いた。
【0033】
また、栽培期間の全てにおいて、蛍光灯型LED照明(レイトロン株式会社製)による明期12時間-暗期12時間の条件で栽培した。ただし、発芽期間及び育苗期間ではLEDの光強度を80~100μmol/m2/sに固定し、生育期間ではLEDの光強度の影響を調べるため、異なる5種類の光強度(40~60μmol/m2/s、80~100μmol/m2/s、120~150μmol/m2/s、300~350μmol/m2/s、600~700μmol/m2/s)で栽培した。
【0034】
(2)結果
(2-1)LED照明の光強度と葉酸含有量との関係
図2Aは、Zn濃度が10ppm、Mg濃度が48ppmのMg・Zn調整培養液を用いたときの、生育期間開始から2週間目に収穫したコマツナの葉に含まれる葉酸の量と光強度の関係を示している。葉酸含有量は微生物定量法を用いて測定した。
同図より、LED照明の光強度が大きくなるにつれて葉酸含有量が増加することが分かった。また、食品成分表(2016年)によると、一般的なコマツナの葉に含まれる葉酸の量は110μg/100g fwであるのに対して、光強度が80~100μmol/m
2/s以上のときの葉酸含有量は1000μg/100g fwを上回っており、葉酸含有量を9倍以上に増加させることができた。
【0035】
(2-2)培養液中のMg濃度と葉中の葉酸含有量との関係
図2Bは、Zn濃度が10ppm、Mg濃度が5~72ppmのMg・Zn調整培養液を用い、LED照明の光強度を250~270μmol/m
2/sに設定したときの、生育期間開始から2週間目に収穫したコマツナの葉に含まれる葉酸含有量とMg濃度の関係を示している。葉酸含有量は微生物定量法を用いて測定した。
同図より、培養液のMg濃度が5ppmのときの葉酸含有量は約400μg/100g fwであり、従来のコマツナの葉酸含有量を上回っていた。また、培養液のMg濃度が高くなるにつれて葉酸含有量は増加するものの、その増加率は、Mg濃度が5~36ppmに増加する間に比べると、36~72ppmに増加する間の方が小さかった。
【0036】
(2-3)培養液中のZn濃度と葉中の葉酸含有量との関係
図2Cは、Zn濃度が0.01~10ppm、Mg濃度が48ppmのMg・Zn調整培養液を用い、LED照明の光強度を250~270μmol/m
2/sに設定したときの、生育期間開始から2週間目に収穫したコマツナに含まれる葉酸含有量とZn濃度の関係を示している。葉酸含有量は微生物定量法を用いて測定した。
同図より、培養液中のZn濃度が0.1ppmのときの葉酸含有量は約800μg/100g fwであり、従来のコマツナの葉酸含有量を上回っていた。また、培養液中のZn濃度が高くなるにつれて葉酸含有量は増加するものの、その増加率は、Zn濃度が0.01~1ppmに増加する間に比べると、1~10ppmに増加する間の方が小さかった。
【0037】
(2-4)葉中のZn濃度と葉中の葉酸含有量との関係
図2Dは、Mg濃度が48ppmであるMg・Zn調整培養液を用い、LED照明の光強度を250~270μmol/m
2/sに設定したときの、生育期間開始から2週間目に収穫したコマツナの葉に含まれる葉酸の量とZnの量との関係を示している。この実験では、生育期間開始から2週間の時点におけるコマツナの葉に含まれるZnの量が異なるように、Mg・Zn調整培養液のZn濃度を調整したため、該培養液中のZn濃度の正確な値は確認していない。葉酸含有量は微生物定量法を用いて測定し、Zn含有量はICP(Inductively Coupled Plasma)発光分析法を用いて測定した。
【0038】
同図より、葉中の葉酸の含有量とZnの含有量の間に正の相関が見られることが分かった。このことから、コマツナの葉中のZn含有量が増えたことが、葉酸の含有量の増加をもたらしたことが裏付けられた。
【0039】
また、以上の実験結果(2-1)~(2-4)では、Mg・Zn調整培養液中のZn濃度やMg濃度が異なっていても、或いは、葉中のZn濃度が異なっていても、コマツナの成長量に大きな違いは見られなかった。このことから、生育期間の培養液中のZn濃度やMg濃度がコマツナの成長に及ぼす影響は小さいことが推測された。
【0040】
<実験2>
(1)条件
実験1と同じ育苗装置及び生育装置を用い、上述した栽培期間(発芽期間、育苗期間及び生育期間)でグリーンバタビアの養液栽培を行った。
発芽期間及び育苗期間の栽培条件は実験1と同じにした。一方、生育期間では、Mg濃度が48ppmであるMg・Zn調整培養液を用い、LED照明の光強度を250~270μmol/m2/sに設定した。また、この実験では、グリーンバタビアの葉に含まれるZnの量が異なるように、Mg・Zn調整培養液のZn濃度を適宜調整した。葉酸含有量は微生物定量法を用いて測定し、Zn含有量はICP(Inductively Coupled Plasma)発光分析法を用いて測定した。
【0041】
(2)結果
図3は、生育期間開始から2週間目に収穫したグリーンバタビアの葉に含まれる葉酸の量とZnの量との関係を示している。葉酸含有量は微生物定量法を用いて測定し、Zn含有量はICP(Inductively Coupled Plasma)発光分析法を用いて測定した。
【0042】
同図より、葉中のZn濃度が0.2~1.0mg/100g fwの範囲では葉酸の含有量とZnの含有量の間に正の相関が見られることが分かった。一方、葉中のZn濃度が1.0mg/100g fw以上のときの葉酸含有量は略一定であった。この結果より、グリーンバタビアの葉中の葉酸含有量を増加させるためには、葉中のZn濃度が1.0mg/100g fwあれば十分であることが推測された。
【0043】
また、この実験では、葉中のZn濃度が異なっていても、グリーンバタビアの成長量に大きな違いは見られなかった。このことから、生育期間の培養液中のZn濃度がグリーンバタビアの成長に及ぼす影響は小さいことが推測された。
【0044】
<実験3>
(1)条件
実験1と同じ育苗装置及び生育装置を用い、上述した栽培期間(発芽期間、育苗期間及び生育期間)でコマツナの養液栽培を行った。
発芽期間及び育苗期間の栽培条件は実験1と同じにした。一方、生育期間では、Zn濃度を低濃度(0.01ppm)に、Mg濃度を48ppmに調整したMg・Zn調整培養液を用い、生育期間の開始から2週間目にZn(硝酸亜鉛)を追加して、培養液中のZn濃度を5ppm、10ppm、20ppmにして生育装置での栽培を続けた。また、LED照明の光強度を250~270μmol/m2/sに設定した。
【0045】
(2)結果
図4は、Znを追加してから1週間後(生育期間の開始から3週間目)に収穫したコマツナの葉に含まれる葉酸の量とZnの追加量との関係を示している。
図4中「cont」は、途中でZnを追加せずに3週間栽培を継続した対照例の結果を示している。葉酸含有量は微生物定量法を用いて測定した。
【0046】
同図より、生育期間の途中で培養液中のZn濃度を高くした場合でも葉中の葉酸含有量が増加すること、Znの追加量が多いほど葉酸含有量の増加量が多くなることが分かった。
【0047】
なお、葉酸を構成する原子には窒素(N)が含まれる。そこで、生育期間の途中で追加した硝酸亜鉛を構成する窒素(N)の影響を調べるために、硝酸亜鉛に代えて硝酸カリウム(KNO3)を追加したときのコマツナの葉に含まれる葉酸の量を調べた。その結果、硝酸カリウムを追加した場合は葉酸の含有量は増加しなかった。このことから、葉酸の含有量を増加させる作用は培養液中の亜鉛イオンによるものであることが実証された。
【0048】
<実験4>
(1)条件
実験1と同じ育苗装置及び生育装置を用い、上述した栽培期間(発芽期間、育苗期間及び生育期間)でコマツナ及びグリーンバタビアの養液栽培を行った。
発芽期間及び育苗期間の栽培条件は実験1と同じにした。一方、生育期間では、Zn濃度を10ppmに、Mg濃度を48ppmに調整したMg・Zn調整培養液を用いた。LED照明の光強度を250~270μmol/m2/sに設定した。また、実験3の比較実験として、生育期間の培養液中の窒素(N)濃度を1/2に減量した以外は実験3と同じ条件でコマツナ及びグリーンバタビアの養液栽培を行った。
【0049】
(2)結果
図5は、生育期間の開始から2週間目に収穫したコマツナ及びグリーンバタビアの葉に含まれる葉酸の量を示している。
図5中、「N1/2」が付記されているのは比較実験の結果を、付記されていないのは実験
3の結果を示している。なお、葉酸含有量は微生物定量法を用いて測定した。
【0050】
同図から、生育期間の培養液中の窒素濃度を半分に減らしても葉中の葉酸の含有量はほとんど変わらないことが分かった。この実験から、培養液中の窒素濃度は葉酸含有量の増加にほとんど影響しないことが確認された。
【0051】
<実験5>
(1)条件
葉物野菜に含まれる葉酸の一部はポリグルタミン酸型であり、貯蔵型であると考えられている。ポリグルタミン酸型の葉酸は酵素コンジュガーゼによって遊離型の葉酸になる。そこで、上述した実験4で得られたコマツナ及びグリーンバタビアに含まれる葉酸が貯蔵型であるか遊離型であるかを調べるため、葉から抽出した葉酸を酵素を使って処理する前後の葉酸含有量を、微生物定量法を用いて測定した。酵素処理には、アクチナーゼE(37℃、2.5時間)とコンジュガーゼE(37℃、16時間)を用いた。酵素処理によって遊離型の葉酸は変化しないが、貯蔵型の葉酸は遊離型に変換される。微生物測定法では、遊離型の葉酸は検出されるが、貯蔵型の葉酸は検出されない。従って、酵素処理した後の葉酸含有量が酵素処理する前の葉酸含有量よりも増加する場合は、貯蔵型の葉酸が遊離型に変換されたことを意味する。
【0052】
図6は、生育期間の開始から2週間後のコマツナ及びグリーンバタビアの葉から抽出した葉酸について酵素処理前後の測定結果を示している。
図6より、グリーンバタビアに含まれる葉酸の約1/2が貯蔵型のポリグルタミン酸型であったのに対して、コマツナに含まれる葉酸の多くは遊離型のポリグルタミン酸型であった。
【0053】
葉酸(B9)以外のビタミンBとして、リボフラビン(B2)、ナイアシン(B3)、ピリドキシン(B6)、チアミン(B1)が知られており、これらビタミンBも葉酸と同様、DNA、RNAの生合成に関与することが分かっている。また、葉酸を含む上記5種類のビタミンBの生合成は連動している。そこで、上記4種類のビタミンBについても、コマツナの葉中の含有量の増加に影響を及ぼす因子を調べた。
【0054】
<実験6>
(1)条件
実験1と同じ育苗装置及び生育装置を用い、上述した栽培期間(発芽期間、育苗期間及び生育期間)でコマツナの養液栽培を行った。
発芽期間及び育苗期間の栽培条件は実験1と同じにした。一方、生育期間では、Mg・Zn調整培養液中のZn濃度とMg濃度を以下のいずれかに設定して養液栽培を行った。
+Zn:5ppm
+Mg:48ppm
-Zn:0.5ppm
-Mg:14ppm
成分表:Zn=0.2ppm、Mg=12ppm
【0055】
(2)結果
図7A~7Dは、それぞれ、リボフラビン、ピリドキシン、ナイアシン、チアミンの含有量と、培養液中のZn濃度、Mg濃度との関係を示している。これらの図において、例えば「+Zn、-Mg」と記載されている結果は、Zn濃度を5ppm、Mg濃度を
14ppmに調整したMg・Zn調整培養液を用いた結果である。また、「成分表」と記載されている結果は、Zn濃度を0.2ppm、Mg濃度を12ppmに調整した従来の普通処方培養液を用いた結果である。
【0056】
これらの図から、リボフラビン、ピリドキシン、ナイアシン、チアミンのいずれについても、Zn濃度及びMg濃度のいずれかを普通処方培養液よりも高くしたMg・Zn調整培養液を用いることにより、葉中の含有量が増加することが分かった。
【0057】
<実験7>
(1)条件
実験1と同じ育苗装置及び生育装置を用い、上述した栽培期間(発芽期間、育苗期間及び生育期間)でコマツナ及びグリーンバタビアの養液栽培を行った。
発芽期間及び育苗期間の栽培条件は実験1と同じにした。一方、生育期間では、Zn濃度を5ppmに、Mg濃度を48ppmに調整したMg・Zn調整培養液を用い、青色光(Blue)のLED光源又はRGRB(Red,Green,Blue)光のLED光源(いずれも株式会社レイトロン製)を用いた。また、比較例では、Zn濃度を5ppmに、Mg濃度を48ppmに調整し、硝酸塩濃度を1/2にしたMg・Zn調整培養液を用い、RGRB光のLED光源を用いた。
【0058】
(2)結果
図8A~8Dは、それぞれ、コマツナ及びグリーンバタビアの葉中のリボフラビン、ピリドキシン、ナイアシン、チアミンの含有量と、照射光の種類、培養液中の窒素濃度との関係を示している。これらの図において、例えば「
N/2」が付記されている結果は比較例の結果であり、それ以外は実験7の結果である。
【0059】
これらの図から分かるように、リボフラビン、ピリドキシン、ナイアシン、チアミンのいずれについても、培養液中の窒素濃度が葉中の含有量の増加に影響を及ぼすことが推測された。また、グリーンバタビアについては、青色光が葉中のリボフラビン含有量及びチアミン含有量の増加に影響を及ぼすことが推測された。
【0060】
実験1~7の結果に基づき、ビタミンBのそれぞれについて、含有量の増加に影響を及ぼす因子とその影響の程度をまとめた結果を表1に示す。表1において「+」の数が多いほど影響が大きいことを示している。
【0061】
【0062】
表1より、生育期間の培養液中のZn濃度は、5種類のビタミンB全てについて、葉中の含有量の増加に影響を及ぼす因子であることが分かる。一方、培養液中のMg濃度、硝酸塩濃度、光強度、青色光は、ビタミンBの種類によって、含有量の増加に影響を及ぼす因子となる場合、影響因子とならない場合に分かれた。