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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-20
(45)【発行日】2022-07-28
(54)【発明の名称】玉軸受
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/58 20060101AFI20220721BHJP
   F16C 19/06 20060101ALI20220721BHJP
   F16C 33/38 20060101ALI20220721BHJP
   F16C 33/66 20060101ALI20220721BHJP
【FI】
F16C33/58
F16C19/06
F16C33/38
F16C33/66 Z
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2016206986
(22)【出願日】2016-10-21
(65)【公開番号】P2018066459
(43)【公開日】2018-04-26
【審査請求日】2019-09-26
【審判番号】
【審判請求日】2021-01-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(72)【発明者】
【氏名】辻 直明
(72)【発明者】
【氏名】石田 光
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 千春
【合議体】
【審判長】間中 耕治
【審判官】段 吉享
【審判官】尾崎 和寛
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-239986(JP,A)
【文献】特開2016-133143(JP,A)
【文献】特開2016-109173(JP,A)
【文献】特開2016-133214(JP,A)
【文献】特開2003-227515(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00-19/56
F16C 33/30-33/66
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周に軌道溝を有する内輪と、内周に軌道溝を有する外輪と、前記内周の軌道溝と前記外周の軌道溝との間に介在する複数のボールと、これらボールを保持する合成樹脂製の2枚の同形状の環状体で構成された、ボールを周方向に受けるポケット部分が凹球面状及び平坦面からなる保持器とを備え、
前記ボールの周囲にグリースを有し、
前記内輪の軌道溝、前記外輪の軌道溝のうち、少なくとも前記内輪の軌道溝について、溝曲率半径のボール半径に対する比が106%以上109%以下であることを特徴とする
単列深溝玉軸受。
【請求項2】
前記グリースが、基油と増ちょう剤と、アルカノールアミン及びモリブデン酸塩から選ばれる一つの添加剤とを含み、前記基油の40℃における動粘度が30~70mm/sであるポリ-α-オレフィン油であり、前記増ちょう剤が、ジイソシアネート成分とモノアミン成分とを反応して得られるジウレア化合物であり、前記モノアミン成分が脂肪族モノアミン及び脂環式モノアミンであり、前記添加剤が、前記基油及び前記増ちょう剤の合計量100質量部に対して0.1質量部以上10質量部以下含まれる、請求項1に記載の単列深溝玉軸受。
【請求項3】
前記外輪の軌道溝について、溝曲率半径のボール半径に対する比が106%以上109%以下である、請求項1又は2に記載の単列深溝玉軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、合成樹脂製保持器を用いた玉軸受に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に玉軸受は、内輪と、外輪と、内輪と外輪との間に周方向に間隔をおいて組み込まれた複数のボール(玉)と、そのボールを保持する保持器とからなる。モータ用の玉軸受では、剛性の高い金属製保持器を採用する物が多かったが、近年においては金属製保持器よりも静粛性が高く軽量な合成樹脂製保持器を採用したものが多くなってきている。
【0003】
この合成樹脂製保持器としては、例えば特許文献1及び2に示す形態のものがある。軸方向に対向する一対の合成樹脂製の環状体を係合させたものである。特許文献2に示す保持器ではそれぞれの環状体の対向面に玉軸受のボールを収容する複数のポケットが周方向に間隔をおいて形成されている。それぞれのポケットの軸方向側はボールの外周に沿った円筒面が半径方向に軸が向いて形成されている。一方、それぞれのポケットの周方向両端には、ボールの外周に沿った球面状凹部が形成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2003-343571号公報
【文献】特開2016-109173号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、合成樹脂製保持器に過大なラジアル荷重が掛かった際には、軸受の全周がラジアルモーメント荷重の負荷がかかる負荷圏と、負荷がかからない非負荷圏とに分かれる。この場合、負荷圏に入る際(入口)と負荷圏から出る際(出口)に、ボールと軌道面との接触角の変化が大きくなる。ここでボールの進み遅れが増長され、ボールの公転速度や保持器に加わる力が変化する。
【0006】
これに伴い、保持器ポケットとボールとの間(図7に示す振動発生箇所A)にグリースが巻き込まれた際に、グリースの引き摺り抵抗によって保持器がボールに対して一方向に強く押し付けられて振れ回ることで保持器が振動し、異音が発生することがある。すなわち、異音が発生していない場合は図7(a)の径方向断面模式図に示すように、保持器3の中心cは偏ることなく設計中心の前後の上下左右に振れる。しかし、前記振動発生箇所Aにおいて保持器3が一つのボール2に押し付けられると、図7(b)の径方向断面模式図に示すように保持器3の中心cが設計中心から偏ったまま回転して、異音が発生する。
【0007】
この異音を抑制しようとしても、負荷圏の入口及び出口におけるボールの進み遅れが大きいため、合成樹脂製保持器での動きの量抑制では対策が不十分である。金属製保持器では合成樹脂製保持器に比べて変形しにくくこのような異音の発生は無いが、合成樹脂製保持器と比較して重いため、高速性においては不利となってしまう。また別の問題として、使用条件の過酷化によって軌道溝に白色組織変化を伴った特異的な剥離が早期発生する場合もある。
【0008】
そこでこの発明は、合成樹脂製保持器を備える玉軸受が過大なラジアル荷重を受けた際の異音発生を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
この発明は、合成樹脂製保持器を備える玉軸受について、内外輪のうち少なくとも内輪について、溝曲率半径のボール半径に対する比を104%以上109%以下とする構成を採用した。
【0010】
この構成の採用により、負荷圏の入口及び出口におけるボールの進み遅れが抑制されて、合成樹脂製の保持器のポケットとボールとの間にグリースが巻き込まれにくくなる。これにより、合成樹脂製保持器がボールに対して一方向に強く押し付けられて設計中心から偏ったまま回転する振れ廻りが起こらなくなる。この振れ廻りが起こらなくなることで、異音の発生が抑えられる。
【0011】
溝半径のボール半径に対する比を、内外輪とも揃えてもよく、特に溝半径のボール半径に対する比を内外輪とも108%とすると異音抑制効果が高い。
【0012】
さらに、用いるグリースとして耐脆性剥離対策用改良グリースである次の組成のものを採用することで剥離防止をすることができる。その組成は、基油と増ちょう剤と、アルカノールアミン及びモリブデン酸塩から選ばれる一つの添加剤とを含み、前記基油の40℃における動粘度が30~70mm/sであるポリ-α-オレフィン油であり、前記増ちょう剤が、ジイソシアネート成分とモノアミン成分とを反応して得られるジウレア化合物であり、前記モノアミン成分が脂肪族モノアミン及び脂環式モノアミンであり、前記添加剤が、前記基油及び前記増ちょう剤の合計量100質量部に対して0.1質量部以上10質量部以下含まれるものとする。
【発明の効果】
【0013】
この発明は前記構成の採用により、合成樹脂製保持器を備える玉軸受が過大なラジアル荷重を受けた際の異音発生を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】この発明の実施形態にかかる玉軸受の断面図
図2図1の保持器のポケット部分を拡大した周方向断面図
図3】この発明の課題を生じる合成樹脂製保持器のポケット部分を拡大した斜視図
図4】実施例で用いる試験機の概略図
図5】比較例2、3で用いた保持器の形状を示す拡大図
図6】(a)実施例における進み遅れ量を示すグラフ、(b)実施例におけるボール位置に対する内輪接触角を示すグラフ
図7】(a)玉軸受の保持器が正常に回転している際の回転中心の推移を示す概念図、(b)玉軸受の保持器が偏って回転している際の回転中心の推移を示す概念図
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、この発明にかかる玉軸受について説明する。図1に示すように、この発明にかかる玉軸受10は、内輪11及び外輪12と、この内輪11及び外輪12間に介在する複数のボール13と、これらのボール13を保持する合成樹脂製の保持器14とを備える。
【0016】
内輪11の外周には、周方向に延びる断面円弧状の軌道溝17が設けられている。外輪12の内周にも、周方向に延びる断面円弧状の軌道溝18が設けられている。ボール13は、内輪11の軌道溝17と外輪12の軌道溝18の両者に転がり接触する。
【0017】
内輪外周側の軌道溝17の曲率半径R及び、外輪内周側の軌道溝18の曲率半径Rは、ボール13の半径Rに対するそれぞれの比(R/R)、(R/R)がいずれも104%以上109%以下である。これらの溝曲率半径の対ボール半径比がこの範囲であることにより、負荷圏の入口及び出口におけるボールと軌道面との接触角の変化が小さくなり、ボールの進み遅れが抑制され、異音の原因となるグリースの保持器とボール間への引き込み等が抑制される。特に、上述の比が107%以上109%以下であるとより好ましい。また、内輪と外輪との溝曲率半径を同じとしてもよい。
【0018】
合成樹脂製保持器14は、対になる2枚の環状体20,20からなる。それぞれの環状体20は、平面形状が波形であり、その一側面にはボール13の外周に沿うポケット22が周方向に等間隔に設けられている。
【0019】
各環状体20は、合成樹脂を射出成形して形成されている。2枚の環状体20は同一形状であり、同一の金型で成形することが可能である。各環状体20を形成する合成樹脂は、例えばポリアミド(例えばPA46)を用いることができる。また、ポリアミドに代えて、ポリフェニレンサルファイド(PPS)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)等を採用することも可能である。また、各環状体20を形成する合成樹脂には、強度を高めるためにガラス繊維を20~30質量%添加してもよい。さらに、前記ガラス繊維に代えて、又は加えて、カーボン繊維、アラミド繊維などの繊維を添加してもよい。
【0020】
図2の径方向断面図及び図3の斜視図に示すように、各環状体20は、ポケット22の内面を形成する弧状のポケット壁部23と、隣り合うポケット壁部23同士を連結する平板状の連結板部24とからなる。ポケット壁部23は、環状体20の周方向に等間隔に配置されている。各ポケット壁部23は、軸方向に凹に湾曲した弧状に形成されている。
【0021】
連結板部24は、2枚の環状体20を結合したときに面接触する合わせ面25を有する。合わせ面25の中央には、軸方向に突出する結合爪26と、もう一方の環状体20の結合爪26を受け入れるように形成された結合孔27とが設けられている。結合爪26は、結合孔27の内面に形成された段部28に係合する鈎部29を有する。これにより、2枚の環状体20を軸方向に近づけて結合爪26を結合孔27に挿入したときに、鈎部29と段部28が係合し、その係合によって結合爪26が結合孔27から抜け止めされ、2枚の環状体20が結合するようになっている。
【0022】
連結板部24は、合わせ面25の一端に軸方向に突出する突出壁部30を有し、合わせ面25の他端に収容凹部31を有する。収容凹部31は、2枚の環状体20を結合したときに他方の環状体20の突出壁部30を受け入れる部分である。この突出壁部30および収容凹部31を連結板部24に設けることによって、2枚の環状体20を結合したときの環状体20の合わせ目が、ポケット22の軸方向中央からずれた位置にくるようになっている。
【0023】
突出壁部30と収容凹部31は、2枚の環状体20を結合した状態で、突出壁部30と収容凹部31の間に周方向および軸方向の隙間32,33が生じる大きさとされている。具体的には、2枚の環状体20を結合した状態で、突出壁部30のポケット22に面する側とは反対側の側面と収容凹部31の内面との間に周方向の隙間32が形成され、突出壁部30の軸方向の先端と収容凹部31の内面との間に軸方向の隙間33が形成されている。これにより、環状体20を射出成形した後の収縮差により突出壁部30と収容凹部31が干渉するのを防止することができ、2枚の環状体20の連結板部24の合わせ面25同士を確実に密着させることが可能となっている。
【0024】
図3に示すように、各ポケット22の周方向両端部には、ボール13の外周に沿う凹球面35が形成されている。凹球面35は、ボール13のピッチ円と直交する領域をもつ部分凹球面であり、ボール13を間に挟んでボール13の進行方向の前後に対向して配置されている。凹球面35の曲率半径は、ボール13の半径よりもわずかに大きい。ボール13のピッチ円は、各ボール13の中心を共通して通る仮想の円である。
【0025】
図2図3に示すように、各ポケット22の軸方向両端部には、ボール13の外周に沿う円筒面37が形成されている。円筒面37は、ボール13のピッチ円よりも内径側部分を間に挟んで軸方向に対向して配置されている。円筒面37は、その筒軸方向が合成樹脂製保持器14の半径方向となるように形成された部分円筒面であり、ボール13の外周に沿って合成樹脂製保持器14の半径方向に延びている。
【0026】
円筒面37の半径は、凹球面35の曲率半径よりもわずかに大きい。凹球面35の周囲には、凹球面35と円筒面37の間を接続する平坦面38(図3参照)が形成されている。
【0027】
前記実施形態では、2枚の環状体20を結合爪26と結合孔27とで結合した合成樹脂製保持器14を例に挙げて説明したが、この発明は、2枚の環状体20の連結板部24同士を結合した合成樹脂製保持器を用いた玉軸受10にも適用することが可能であり、特に、ボールを周方向に受けるポケット部分が凹球面状になっているものに好適である。例えば、
特許文献1に示す保持器でもよい。
【0028】
玉軸受10では、図1の断面図に示すように、一対のシール部材15を、ボール13と合成樹脂製保持器14とを間にして軸方向に対向するように組み付けられている。各シール部材15の外周は、外輪12の軌道溝18の溝肩に形成されたシール溝19に固定されている。各シール部材15の内周は内輪11の外周に摺接している。シール部材15は、内輪11と外輪12の間の環状空間16内に封入された潤滑用のグリース(図示せず)が玉軸受の外部に漏れるのを防止する。
【0029】
玉軸受10に用いることができるグリースについて説明する。前記グリースは、基油と、増ちょう剤と、添加剤であるアルカノールアミンおよび/またはモリブデン酸塩とを含む。添加剤について、アルカノールアミンを配合する場合、転走面における過酷条件下(境界潤滑条件)で油膜が薄くなる場合であっても、摩擦摩耗面または摩耗により露出した鉄系金属新生面において、アルカノールアミンが吸着などすることで、鉄系金属新生面とグリースとの直接接触を防止できる。また、モリブデン酸塩を配合する場合、前記の鉄系金属新生面においてモリブデン酸塩が分解・反応し、酸化鉄とともにモリブデン化合物被膜が生成される。これらにより、グリースの分解による水素の発生を抑制して、水素脆性による特異な剥離を防止し得る。さらに、これらの添加剤の配合量を所定量範囲に限定し、組み合わせる基油と増ちょう剤(ベースグリース)の種類を選定することで、樹脂製の合わせ保持器を用いた場合などにおける異音の発生をさらに抑止し得る。これは、グリースが、前記合成樹脂製保持器14のポケット22の凹球面35とボール13の外周面との間に過剰に巻き込まれることを防止できていること等に起因していると考えられる。
【0030】
前記グリースに用いるアルカノールアミンとしては、モノイソプロパノールアミン、モノエタノールアミン、およびモノ-n-プロパノールアミンなどの一級アルカノールアミン、N-アルキルモノエタノールアミン、およびN-アルキルモノプロパノールアミンなどの二級アルカノールアミン、トリエタノールアミン、シクロヘキシルジエタノールアミン、トリ(n-プロパノール)アミン、トリイソプロパノールアミン、N,N-ジアルキルエタノールアミン、およびN-アルキル(又はアルケニル)ジエタノールアミンなどの三級アルカノールアミンが挙げられる。また、アルカノール基の数により、モノアルカノールアミン、ジアルカノールアミン、トリアルカノールアミンに分類されるが、本発明では複数のヒドロキシル基(アルカノール基)とアミノ基のキレート作用により、鉄イオンを挟み込み、鉄系金属新生面の露出を防止しやすいことから、ジアルカノールアミンまたはトリアルカノールアミンを用いることが好ましい。
【0031】
前記の中でも、基油との相溶性と剥離現象の防止能力に優れ、入手性にも優れることから、下記式(1)のN-アルキル(又はアルケニル)ジエタノールアミンを用いることが好ましい。
【0032】
【化1】
【0033】
式中のRは、炭素原子数1~20の直鎖もしくは分枝状のアルキル基またはアルケニル基を示す。また、炭素原子数は1~12が好ましく、1~8がより好ましい。具体的な化合物としては、例えば、N-メチルジエタノールアミン、N-エチルジエタノールアミン、N-プロピルジエタノールアミン、N-ブチルジエタノールアミン、N-ペンチルジエタノールアミン、N-ヘキシルジエタノールアミン、N-ヘプチルジエタノールアミン、N-オクチルジエタノールアミン、N-ノニルジエタノールアミン、N-デシルジエタノールアミン、N-ウンデシルジエタノールアミン、N-ラウリルジエタノールアミン、N-トリデシルジエタノールアミン、N-ミリスチルジエタノールアミン、N-ペンタデシルジエタノールアミン、N-パルミチルジエタノールアミン、N-ヘプタデシルジエタノールアミン、N-オレイルジエタノールアミン、N-ステアリルジエタノールアミン、N-イソステアリルジエタノールアミン、N-ノナデシルジエタノールアミン、N-エイコシルジエタノールアミンなどが挙げられる。
【0034】
アルカノールアミンは、1種単独で用いても2種類以上を組み合わせて用いてもよい。また、アルカノールアミンは、室温および使用温度で液状またはペースト状のものが好ましい。また、溶剤などに分散された状態であってもよい。このようなアルカノールアミンを用いることで、軸受の静音性に悪影響を与えにくい。また、転走面の油膜が薄くなる場合でも該部分に入り込みやすい。アルカノールアミンの動粘度としては、40℃において10~100mm/sが好ましく、40℃において40~70mm/sがより好ましい。
【0035】
アルカノールアミン(三級ジエタノールアミン)の市販品としては、例えば、ADEKA社製のアデカキクルーブFM-812、アデカキクルーブFM-832などが挙げられる。
【0036】
前記グリースに用いるモリブデン酸塩は、金属塩であることが好ましい。金属塩を構成する金属としては、ナトリウム、カリウム、リチウム、マグネシウム、カルシウム、銅、亜鉛、バリウムなどが例示できる。上述のモリブデン化合物被膜を形成しやすいことから、モリブデン酸塩のアルカリ金属塩とすることが好ましい。具体的には、モリブデン酸リチウム、モリブデン酸ナトリウム、モリブデン酸カリウムなどが挙げられる。モリブデン酸塩は、1種単独で用いても2種類以上を組み合わせて用いてもよい。
【0037】
前記グリースにおいて、アルカノールアミンおよびモリブデン酸塩から選ばれる少なくとも1つの添加剤の配合割合は、基油と増ちょう剤の合計量100質量部に対して0.1~10質量部とする。アルカノールアミンとモリブデン酸塩を併用する場合は、合計量をこの範囲とする。また、異音の発生をより抑制するため、固体状であるモリブデン酸塩は、液状等であるアルカノールアミンと比較して少量とすることが好ましい。例えば、(1)前記添加剤としてアルカノールアミンのみを含む場合、基油および増ちょう剤の合計量100質量部に対して2~8質量部とし、(2)前記添加剤としてモリブデン酸塩のみを含む場合、基油および増ちょう剤の合計量100質量部に対して0.5~3質量部とすることが好ましい。この(1)または(2)の範囲とし、基油と増ちょう剤を所定のものとすることで、剥離発生を防止しながら、異音の発生を防止できる。なお、「前記添加剤としてアルカノールアミンのみを含む」とは、アルカノールアミンおよびモリブデン酸塩から選ばれる少なくとも1つの添加剤において、アルカノールアミンを選択することを意味し、モリブデン酸塩は含まないが、これら以外の他の添加剤の配合を除外するものではない。モリブデン酸塩を選択する場合も同様である。
【0038】
前記グリースの基油は、合成炭化水素油であるPAOからなる。PAOは、α-オレフィンまたは異性化されたα-オレフィンのオリゴマーまたはポリマーの混合物である。α-オレフィンの具体例としては、1-オクテン、1-ノネン、1-デセン、1-ドデセン、1-トリデセン、1-テトラデセン、1-ペンタデセン、1-ヘキサデセン、1-ヘプタデセン、1-オクタデセン、1-ノナデセン、1-エイコセン、1-ドコセン、1-テトラドコセンなどが挙げられ、通常はこれらの混合物が使用される。
【0039】
この基油は、40℃における動粘度が30~70mm/sであり、より好ましくは30~60mm/sである。40℃における動粘度が30mm/s未満の場合は粘度が低すぎて油膜切れを起こしやすくなり、また油の蒸発も多くなる。一方、40℃における動粘度が70mm/sより高いと、異音の発生や回転トルクの増加のおそれがある。動粘度の異なる複数種のPAOの混合油とする場合は、その混合油の動粘度が前記範囲となるようにする。
【0040】
前記グリースの増ちょう剤は、ウレア化合物のうち、脂肪族・脂環式ジウレア化合物とする。ウレア化合物は、ポリイソシアネート成分とモノアミン成分とを反応して得られる。脂肪族・脂環式ジウレア化合物は、ポリイソシアネート成分としてジイソシアネートを用い、モノアミン成分として脂肪族モノアミンと脂環式モノアミンを用いて得られる。前記モノアミン成分のうち、脂肪族モノアミンを主成分として得られる脂肪族・脂環式ジウレア化合物は、樹脂製の合わせ保持器のポケット面と玉外周面との間に過剰に巻き込まれにくくなるため、脂肪族モノアミンが多いことが好ましい。具体的には、モノアミン全体に対して、脂肪族モノアミンを70モル%以上とすることが好ましい。
【0041】
前記ウレア化合物を構成するジイソシアネートとしては、フェニレンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、ジフェニルジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、オクタデカンジイソシアネート、デカンジイソシアネート、ヘキサンジイソシアネー卜などが挙げられる。脂肪族モノアミンとしては、ヘキシルアミン、オクチルアミン、ドデシルアミン、ヘキサデシルアミン、オクタデシルアミン、ステアリルアミン、オレイルアミンなどが挙げられる。脂環式モノアミンとしては、シクロヘキシルアミンが挙げられる。なお、増ちょう剤がモノアミンとして芳香族モノアミンのみを用いる芳香族ジウレア化合物は比較的好ましくない。
【0042】
基油に増ちょう剤を配合してベースグリースが得られる。本発明におけるベースグリースは、基油中で前記ジイソシアネート成分とモノアミン成分とを反応させて作製することが好ましい。ベースグリース中に占める増ちょう剤の配合割合は、1~40質量%、好ましくは3~25質量%である。増ちょう剤の含有量が1質量%未満では、増ちょう効果が少なくなり、グリース化が困難となり、40質量%をこえると得られたベースグリースが硬くなりすぎ、所期の効果が得られ難くなる。
【0043】
アルカノールアミンを含める場合の前記グリースの作製方法としては、まず、基油にアルカノールアミンを配合し、この基油を用いて増ちょう剤を作製する方法、アルカノールアミンを除いてグリースを調整した後にこれにアルカノールアミンを加える方法のいずれであってもよい。アルカノールアミンがアミノ基を含むので、基油中で前記ジイソシアネート成分とモノアミン成分とを反応させてベースグリースを作製した後に、アルカノールアミンを添加することが好ましい方法である。
【0044】
前記グリースの混和ちょう度(JIS K 2220)は、200~350の範囲にあることが好ましい。ちょう度が200未満である場合は、油分離が小さく潤滑不良となるおそれがある。一方、ちょう度が350をこえる場合は、グリースが軟質で軸受外に流出しやすくなり好ましくない。
【0045】
本発明の玉軸受に用いるグリース中において、アルカノールアミンは、酸との塩のように反応生成物の形ではなく、そのままの状態で存在している。よって、アルカノールアミンを含む場合、他の添加剤として、脂肪酸などのアルカノールアミンと塩を形成するような添加剤は含まないようにする。前記グリースには、このような本発明の目的を損なわない範囲で、必要に応じて公知の添加剤を含有させてもよい。添加剤としては、例えば、有機亜鉛化合物、アミン系、フェノール系化合物などの酸化防止剤、ベンゾトリアゾールなどの金属不活性剤、ポリメタクリレート、ポリスチレンなどの粘度指数向上剤、二硫化モリブデン、グラファイトなどの固体潤滑剤、金属スルホネート、多価アルコールエステルなどの防錆剤、エステル、アルコールなどの油性剤、他の摩耗防止剤などが挙げられる。これらを単独で、または2種類以上組み合せて添加できる。
【0046】
また、前記グリースには、異音の発生を防止する等の目的で、無機酸のアルカリ金属塩および無機酸のアルカリ土類金属塩を含まないことが好ましい。ここで、無機酸としては、リン酸(オルトリン酸)、塩酸、硝酸、硫酸、ホウ酸などが挙げられ、アルカリ金属およびアルカリ土類金属としては、リチウム、ナトリウム、カリウム、カルシウム、ストロンチウム、バリウムなどが挙げられる。具体的には、第三リン酸カルシウム(オルトリン酸のカルシウム塩)などが挙げられる。
【0047】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は前記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【実施例
【0048】
以下、この発明にかかる玉軸受による効果を実施例により示す。図4に示すような、ベルト52により荷重を掛けながら軸53を回転させる試験機に、実施例及び比較例にかかる玉軸受51をセットして測定した。それぞれの玉軸受の、ボール半径Rに対する内輪の溝曲率半径R及び外輪の溝曲率半径Rを表1に示すように変更した実施例1~7、及び比較例1~2について異音の有無と脆性剥離の有無を測定した。比較例1及び実施例1~7では図2及び図3に示すようなポケット22に凹球面35、円筒面37及び平坦面38を有する合成樹脂製保持器を用いた。比較例2及び3では図5に示すように、ポケット47の内部が円筒面を有さず球面のみで構成される合成樹脂製保持器44を用いた。
【0049】
<脆性剥離の確認>
回転軸を支持する内輪回転の玉軸受(内輪・外輪・鋼球は軸受鋼SUJ2、保持器は合成樹脂製)にそれぞれ表に示すグリースを封入し、急加減速試験による脆性剥離の確認を行なった。25℃の雰囲気下、回転軸先端に取り付けたプーリに対する負荷荷重を4000N、回転速度は0rpm~18000rpmで運転条件を設定し、摩耗による新生面の露出を促すためにグリース中に1質量%の鉄粉を混入させ、さらに、試験軸受(6203)内に1.0Aの電流が流れる状態で試験を実施した。そして、軸受内に異常剥離が発生したか否かを計測した。剥離が発生しなかったものを「○」、発生したものを「×」とし、結果を表1及び表2に併記する。
【0050】
<異音の確認:音響試験>
前記試験において、回転速度1000rpmから7000rpmまで1000rpmずつステップアップし、各回転数での音響(異音の発生)を聴覚により確認した。7つの回転数のうち、大きな異音が発生した場合の個数の合計が、0個のものを「○」、1個のものを「△」、2個以上のものを「×」とした。結果を表1及び表2に併記する。
【0051】
【表1】
【0052】
【表2】
【0053】
さらに、比較例1、4及び実施例1~において、回転速度を3000min-1から7000min-1まで上昇させていった際の、ボールの進み遅れ量の変化を図6(a)に示す。内輪の溝曲率半径が1.02である比較例1に比べて、いずれの実施例でも進み遅れが大きく改善された。
【0054】
さらにまた、比較例1、4及び実施例1~において、8個のボールを備えた玉軸受の個々のボールが、図4の装置によってラジアル荷重が掛けられている際に、個々のボールの内輪に対する接触角を図6(b)に示す。比較例1では負荷圏と非負荷圏との間で接触角が著しく高くなっていたが、実施例では大きく改善した。
【符号の説明】
【0055】
1,10 玉軸受
2,13 ボール
3 保持器
11 内輪
12 外輪
14、44 合成樹脂製保持器
15 シール部材
16 環状空間
17 軌道溝(内輪側)
18 軌道溝(外輪側)
19 シール溝
20 環状体
21 対向面
22、47 ポケット
23 ポケット壁部
24 連結板部
25 合わせ面
26 結合爪
27 結合孔
28 段部
29 鈎部
30 突出壁部
31 収容凹部
32 (周方向の)隙間
33 (軸方向の)隙間
35 凹球面
37 円筒面
38 平坦面
51 玉軸受
52 ベルト
53 軸
ボール半径
内輪の溝曲率半径
外輪の溝曲率半径
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7