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特許7108496内燃機関始動制御方法及び内燃機関駆動制御装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-20
(45)【発行日】2022-07-28
(54)【発明の名称】内燃機関始動制御方法及び内燃機関駆動制御装置
(51)【国際特許分類】
   F02D 45/00 20060101AFI20220721BHJP
   F02D 41/22 20060101ALI20220721BHJP
【FI】
F02D45/00 362
F02D41/22
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2018154464
(22)【出願日】2018-08-21
(65)【公開番号】P2020029783
(43)【公開日】2020-02-27
【審査請求日】2021-06-09
(73)【特許権者】
【識別番号】591245473
【氏名又は名称】ロベルト・ボッシュ・ゲゼルシャフト・ミト・ベシュレンクテル・ハフツング
【氏名又は名称原語表記】ROBERT BOSCH GMBH
(74)【代理人】
【識別番号】100177839
【弁理士】
【氏名又は名称】大場 玲児
(74)【代理人】
【識別番号】100172340
【弁理士】
【氏名又は名称】高橋 始
(74)【代理人】
【識別番号】100182626
【弁理士】
【氏名又は名称】八島 剛
(72)【発明者】
【氏名】小林 正明
【審査官】津田 真吾
(56)【参考文献】
【文献】特開平4-224274(JP,A)
【文献】特開平5-240102(JP,A)
【文献】特開2010-216322(JP,A)
【文献】特開2015-214938(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02D 41/00
F02D 43/00
F02D 45/00
F02P 11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クランクセンサの故障時における内燃機関の始動を支援する内燃機関始動制御方法であって、
カムセンサによって検出されたカムセンサ信号の周期であるカムセンサ信号周期を計測すると共に、前記内燃機関の気筒に配設されたピストンの上死点の検出信号であるTDC信号の周期であるTDC信号周期を計測し、
前記クランクセンサによって検出されるクランクセンサ信号の疑似信号としてのインクリメント信号の周期を、前記カムセンサ信号周期と前記TDC信号周期を用いて所定の演算式により算出し、
前記インクリメント信号の周期に基づいて算出した前記内燃機関の回転数を、前記内燃機関の始動制御に供することで前記内燃機関の始動確保を図ったことを特徴とする内燃機関始動制御方法。
【請求項2】
前記所定の演算式は、
前記カムセンサ信号周期の最新の値Tcas(n)が計測された際に用いられる第1の式と、前記TDC信号周期の最新の値Tbat(n)が計測された際に用いられる第2の式とからなり、
前記第1の式は、算出されるインクリメント信号の周期をScas(n)とすると、Scas(n)={a×Tcas(n)+b×Tbat(n-1)}/Nsimと定義され、前記第1の式中、前記Tbat(n-1)は、前記Tcas(n)の計測直前に計測された直近のTDC信号周期であり、前記a及び前記bは、a+b=1の関係を有する重み付け係数であって、前記Nsimは、前記カムセンサ信号の1周期の期間に前記クランクセンサによって検出されるクランク信号数であり、
前記第2の式は、算出されるインクリメント信号の周期をSbat(n)とすると、Sbat(n)={c×Tcas(n)+d×Tbat(n)}/Nsimと定義され、前記第2の式中、前記Tcas(n)は、前記Tbat(n)の計測直前に計測された直近のカムセンサ信号周期であり、前記c及び前記dは、c+d=1の関係を有する重み付け係数であって、前記Nsimは、前記カムセンサ信号の1周期の期間に前記クランクセンサによって検出されるクランク信号数であることを特徴とする請求項1記載の内燃機関始動制御方法。
【請求項3】
前記重み付け係数a及びbはa>bであり、前記重み付け係数c及びdはd>cであることを特徴とする請求項2記載の内燃機関始動制御方法。
【請求項4】
前記TDC信号は、バッテリ電圧の変動に基づいて検出されたものであることを特徴とする請求項1乃至請求項3いずれか記載の内燃機関始動制御方法。
【請求項5】
内燃機関の動作制御がクランクセンサ信号及びカムセンサ信号に基づいて実行可能に構成されてなる電子制御ユニットを具備してなる内燃機関駆動制御装置であって、
前記電子制御ユニットは、
カムセンサによって検出されたカムセンサ信号の周期であるカムセンサ信号周期を計測すると共に、前記内燃機関の気筒に配設されたピストンの上死点の検出信号であるTDC信号の周期であるTDC信号周期を計測し、
前記クランクセンサによって検出されるクランクセンサ信号の疑似信号としてのインクリメント信号の周期を、前記カムセンサ信号周期と前記TDC信号周期を用いて所定の演算式により算出し、
前記インクリメント信号の周期に基づいて算出した前記内燃機関の回転数を用いて前記内燃機関の始動制御を実行可能に構成されてなることを特徴とする内燃機関駆動制御装置。
【請求項6】
前記電子制御ユニットは、
記所定の演算式として、前記カムセンサ信号周期の最新の値Tcas(n)が計測された際に第1の式を用い、前記TDC信号周期の最新の値Tbat(n)が計測された際に第2の式を用い、それぞれインクリメント信号の周期を算出し、
前記第1の式は、算出されるインクリメント信号の周期をScas(n)とすると、Scas(n)={a×Tcas(n)+b×Tbat(n-1)}/Nsimと定義され、前記第1の式中、前記Tbat(n-1)は、前記Tcas(n)の計測直前に計測された直近のTDC信号周期であり、前記a及び前記bは、a+b=1の関係を有する重み付け係数であって、前記Nsimは、前記カムセンサ信号の1周期の期間に前記クランクセンサによって検出されるクランク信号数であり、
前記第2の式は、算出されるインクリメント信号の周期をSbat(n)とすると、Sbat(n)={c×Tcas(n)+d×Tbat(n)}/Nsimと定義され、前記第2の式中、前記Tcas(n)は、前記Tbat(n)の計測直前に計測された直近のカムセンサ信号信号周期であり、前記c及び前記dは、c+d=1の関係を有する重み付け係数であって、前記Nsimは、前記カムセンサ信号の1周期の期間に前記クランクセンサによって検出されるクランク信号数であることを特徴とする請求項5記載の内燃機関駆動制御装置。
【請求項7】
前記重み付け係数a及びbはa>bであり、前記重み付け係数c及びdはd>cであることを特徴とする請求項6記載の内燃機関駆動制御装置。
【請求項8】
前記電子制御ユニットは、バッテリ電圧の変動に基づいて前記TDC信号を検出可能に構成されてなることを特徴とする請求項5乃至請求項7いずれか記載の内燃機関始動制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関の駆動制御装置に係り、特に、クランクセンサ故障時における低温始動の信頼性、安定性の向上等を図ったものに関する。
【背景技術】
【0002】
複数の気筒を有する内燃機関においては、クランクセンサによって得られるクランクホイールの回転に対応したクランクセンサ信号と、カムセンサによって得られるカムホイールの回転に対応したカムセンサ信号を用いて、この2つの信号の相対関係や出現パターン等に基づいて気筒判別を行い内燃機関の駆動制御を行うことは良く知られている通りである。
【0003】
このような内燃機関においては、装置の安全性、信頼性の確保等の観点から、部品故障等に起因する異常な制御状態が生じた場合に対する応急的な制御が実行可能な構成が採られることが多い。
例えば、クランクセンサ信号の取得に用いられるクランクセンサが故障した場合に、カムセンサによって検出されたカムセンサ信号を基にしてクランクセンサ信号の1歯分に対応するインクリメント信号を擬似的に生成することで非常運転を可能とした技術等が縷々提案、実用化されている(例えば、特許文献1等参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平5-240102号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、低温環境下における内燃機関の始動時において、カムセンサ信号が正常に取得できない状態に陥ることがあり、そのため、カムセンサ信号を基にしたクランク信号の疑似信号であるインクリメント信号が正常に更新されなくなり、噴射タイミングのずれを招き、最悪時には、失火によりエンジン始動ができなくなるという問題がある。
【0006】
本発明は、上記実状に鑑みてなされたもので、低温始動の際にカムセンサ信号が適切に取得できない状態にあっても、確実なエンジン始動を確保することができる内燃機関始動制御方法及び内燃機関駆動制御装置を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記本発明の目的を達成するため、本発明に係る内燃機関始動制御方法は、
クランクセンサの故障時における内燃機関の始動を支援する内燃機関始動制御方法であって、
カムセンサによって検出されたカムセンサ信号の周期であるカムセンサ信号周期を計測すると共に、前記内燃機関の気筒に配設されたピストンの上死点の検出信号であるTDC信号の周期であるTDC信号周期を計測し、
前記クランクセンサによって検出されるクランクセンサ信号の疑似信号としてのインクリメント信号の周期を、前記カムセンサ信号周期と前記TDC信号周期を用いて所定の演算式により算出し、
前記インクリメント信号の周期に基づいて算出した前記内燃機関の回転数を、前記内燃機関の始動制御に供することで前記内燃機関の始動確保を図ったものである。
また、上記本発明の目的を達成するため、本発明に係る内燃機関駆動制御装置は、
内燃機関の動作制御がクランクセンサ信号及びカムセンサ信号に基づいて実行可能に構成されてなる電子制御ユニットを具備してなる内燃機関駆動制御装置であって、
前記電子制御ユニットは、
カムセンサによって検出されたカムセンサ信号の周期であるカムセンサ信号周期を計測すると共に、前記内燃機関の気筒に配設されたピストンの上死点の検出信号であるTDC信号の周期であるTDC信号周期を計測し、
前記クランクセンサによって検出されるクランクセンサ信号の疑似信号としてのインクリメント信号の周期を、前記カムセンサ信号周期と前記TDC信号周期を用いて所定の演算式により算出し、
前記インクリメント信号の周期に基づいて算出した前記内燃機関の回転数を用いて前記内燃機関の始動制御を実行可能に構成されてなるものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、何らかの原因によりカムセンサ信号周期が計測されない場合にあっても、TDC信号周期によってインクリメント信号の更新が確保されるため、従来と異なり、インクリメント信号の更新頻度を高めることができるので、噴射タイミングのずれが発生し易い低温始動時において、従来に比して、より確実な噴射タイミングの確保が可能となり、信頼性、安定性の高い車両を提供することができるという効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】本発明の実施の形態における内燃機関駆動制御装置の構成例を示す構成図である。
図2】本発明の実施の形態における内燃機関始動制御処理の全体手順を示すサブルーチンフローチャートである。
図3】本発明の実施の形態における内燃機関始動制御処理において実行される低温エンジン始動バックアップ処理の具体的な手順を示すサブルーチンフローチャートである。
図4】本発明の実施の形態における低温エンジン始動バックアップ処理において実行されるバッテリ電圧最低点を検出する処理の具体的手順を示すサブルーチンフローチャートである。
図5】本発明の実施の形態における低温エンジン始動バックアップ処理により生成されるインクリメント信号の発生タイミングを示すタイミングチャートであって、図5(A)はカムセンサ信号の発生タイミングを示すタイミングチャート、図5(B)はTDC信号の発生タイミングを示すタイミングチャート、図5(C)はインクリメント信号の発生タイミングを示すタイミングチャート、図5(D)はインクリメント信号によって取得されるエンジン回転数の変化を示すタイミングチャートである。
図6】本発明の実施の形態における低温エンジン始動バックアップ処理において実行される電圧最低点を検出する最小点検出処理の実行の際のバッテリ電圧の変化例を模式的に示す模式図である。
図7】本発明の実施の形態における内燃機関始動制御処理を実行した場合のエンジン回転数の変化例を模式的に示す模式図である。
図8】従来技術を用いて生成されたインクリメント信号に基づいてエンジン回転数を取得した場合のエンジン回転数の変化例を模式的に示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施の形態について、図1乃至図6を参照しつつ説明する。
なお、以下に説明する部材、配置等は本発明を限定するものではなく、本発明の趣旨の範囲内で種々改変することができるものである。
最初に、本発明の実施の形態における内燃機関駆動制御装置の構成例について、図1を参照しつつ説明する。
本発明の実施の形態における内燃機関駆動制御装置は、自動車両に搭載された電子制御ユニット100と、カムセンサ1と、クランクセンサ2とを主たる構成要素として構成されてなるものである。
【0011】
電子制御ユニット100は、燃料噴射制御等の自動車両の運転に必要な種々の制御処理を実行可能に構成されたもので、それ自体は、電子制御を可能とした従来の自動車両に搭載されたものと基本的に同一構成を有するものである。
かかる電子制御ユニット100は、例えば、公知・周知の構成を有してなるマイクロコンピュータ(図示せず)を中心に、RAMやROM等の揮発性の記憶素子、また、不揮発性の記憶素子(図示せず)を備えると共に、入出力インターフェイス回路(図示せず)を主たる構成要素として構成されたものとなっている。
【0012】
電子制御ユニット100には、カムセンサ1の検出信号やクランクセンサ2の検出信号と共に、図示されないセンサにより検出されたエンジン回転数、車速、エンジン(図示せず)の冷却水温などの、エンジンの動作制御に必要な種々の検出信号等が入力され、燃料噴射制御処理や後述する内燃機関始動制御処理などに供されるようになっている。
【0013】
なお、本発明の実施の形態において、内燃機関としてのエンジン(図示せず)は4気筒構成で、次述するクランクホイール4の2回転(720度)に対して、カムホイール3が1回転(360度)するように設けられている。
そして、クランクホイール4が2回転する間に、4つの気筒(図示せず)において、それぞれ吸気行程、圧縮行程、膨張行程、及び、排気行程の1機関サイクルが実行されるようになっている。
【0014】
図示されないカムシャフトに取着されたカムホイール3は、従来同様、その周縁には90度間隔で径方向において外側へ向かって設けられた4つのカム歯3a~3dと、一つのカム歯3aから所定角度離れて設けられた基準用カム歯3eとを有する構成となっている。
【0015】
カムセンサ1は、4つのカム歯3a~3dと基準用カム歯3eが近傍を通過する適宜な位置に設けられている。かかるカムセンサ1は、従来同様、4つのカム歯3a~3dと基準用カム歯3eが、それぞれカムセンサ1の近傍を通過することに対応してパルス信号であるカムセンサ信号を出力するようになっている。
【0016】
また、図示されないクランクシャフトに取着されたクランクホイール4は、従来同様、その周縁には、所定の角度間隔で複数のクランク歯4aが径方向において外側へ向かって設けられており、その内、例えば、連続する2つ分のクランク歯が欠歯された構成を有するものとなっている。
クランクセンサ2は、クランク歯4aが近傍を通過する適宜な位置に設けられており、クランク歯4aが通過することに対応してパルス信号であるクランク信号が出力されるようになっている。
【0017】
なお、図示されないエンジンは、従来同様、スタータ5によって始動されるものである。
すなわち、イグニッションキー6をキーホールに挿入し、エンジンスタート位置まで回すことで、リレー7を介してスタータ5にバッテリ8からの電源電圧が供給される。これによって、スタータ5が回転開始することでエンジン始動が行われる。
【0018】
次に、電子制御ユニット100により実行される本発明の実施の形態における内燃機関始動制御処理について、図2乃至図7を参照しつつ説明する。
最初に、本発明の実施の形態における内燃機関始動制御処理の全体の概略手順について、図2を参照しつつ説明する。
電子制御ユニット100による処理が開始されると、クランキングが開始されてエンジン始動が行われ(図2のステップS100参照)、次いで、クランクセンサ信号が正常であるか否かが判定される(図2のステップS200参照)。
【0019】
クランクセンサ信号が正常と判定された場合(YESの場合)には、ステップS300の処理へ進む一方、クランクセンサ信号は正常ではないと判定された場合(NOの場合)には、ステップS500の処理へ進むこととなる。
なお、クランクセンサ信号が正常か否かは、例えば、一定時間の間に取得されるクランクセンサ信号の積算値が所定の閾値を超えているか否かによって判定する方法がある。
【0020】
すなわち、この場合、予め定められた一定時間のクランクセンサ信号の積算値が所定の閾値を下回る場合には、クランクセンサ信号が故障、すなわち、換言すれば、クランクセンサ2が故障であると判定することができる。
判定方法自体は、従来から用いられるもので良く、特定の手法に限定される必要は無い。
【0021】
ステップS300においては、クランクセンサ信号が正常であることに対応して、クランクセンサ信号に基づくエンジン回転数の取得が、従来同様の通常の処理の実行によって行われる。
次いで、エンジン始動が正常になされたか否かが判定され(図2のステップS400参照)、正常に始動されたと判定された場合(YESの場合)には、一連の処理は終了されて、一旦、図示されないメインルーチンへ戻ることとなる。
一方、ステップS400において、エンジン始動が正常になされていないと判定された場合(NOの場合)、先のステップ200へ戻り、一連の処理が繰り返されることとなる。
【0022】
ステップS500においては、低温始動であるか否かが判定される。
低温始動に該当するか否かの判断は、外気温度やエンジン冷却水温、バッテリ8の容量、エンジンの仕様等によって異なり、特定の判断条件に限定されるものではない。
したがって、低温始動に該当するか否かの具体的な判断条件は、上述の判断要因を考慮して、試験結果やシミュレーション結果に基づいて定めるのが好適である。なお、低温始動の判断要素の一つである外気温度の目安としては、大凡0度前後である。
【0023】
ステップS500において、低温始動であると判定された場合(YESの場合)には、ステップS600の処理へ進む一方、低温始動ではないと判定された場合(NOの場合)には、ステップS700の処理へ進むこととなる。
【0024】
まず、ステップS700においては、従来同様のエンジン始動バックアップ処理(通常エンジン始動バックアップ処理)が実行される。
すなわち、この通常エンジン始動バックアップ処理は、クランクセンサ信号が故障した状態にあって、かつ、低温始動ではない場合に、エンジンの始動を可能とする制御である。
【0025】
具体的には、例えば、カムセンサ信号に基づいて擬似的に生成されたクランクセンサ信号を用いてエンジン始動を行う方法などがある。この通常エンジン始動バックアップ処理は、特定の方法に限定される必要はなく、従来から知られている種々の手法のいずれを用いるかは任意である。
【0026】
一方、ステップS600においては、本発明の実施の形態における内燃機関始動制御処理としての低温エンジン始動バックアップ処理が実行される。
この低温エンジン始動バックアップ処理は、特に、クランクセンサ信号が故障した状態にあって、かつ、低温始動の場合におけるエンジンの始動を従来に比して確実に確保可能とした制御である(詳細は後述)。
ステップS600又はステップS700の処理実行後は、先に説明したステップS400の処理へ進むこととなる。
【0027】
次に、低温エンジン始動バックアップ処理の具体的な手順について、図3及び図4に示されたサブルーチンフローチャート、図5に示されたタイミングチャート及び図6に示された特性線図を参照しつつ説明する。
最初に、本発明の実施の形態における低温エンジン始動バックアップ処理について概括的に説明する。
【0028】
本発明の実施の形態における低温エンジン始動バックアップ処理は、特に、クランク信号の代わりとなる疑似信号であるインクリメント信号を、カムセンサ信号の周期とTDC信号の周期に基づいて生成する点に特徴を有するものである。
【0029】
ここで、TDC信号は、図示されない気筒に配設されたピストンの上死点の検出信号である。本発明の実施の形態において、TDC信号は、バッテリ電圧の変動に基づいて検出されるものとなっている(詳細は後述)。
【0030】
以下、図3に示されたサブルーチンフローチャートを参照しつつ、具体的に説明する。
電子制御ユニット100による処理が開始されると、最初に入力信号判別が行われる(図3のステップS610参照)。
すなわち、カムセンサ信号又はTDC信号のいずれが入力されたか否かが判定される。
【0031】
ステップS610において、カムセンサ信号が入力されたと判定された場合には、ステップS620の処理へ進む一方、TDC信号が入力されたと判定された場合には、ステップS640の処理へ進むこととなる。
【0032】
ステップS620においては、カムセンサ信号間の時間、すなわち、周期計測が行われる。
本発明の実施の形態において、カムホイール3は、先に述べたように4つのカム歯3a~3dと一つの基準用カム歯3eを有している。
カムセンサ1は、4つのカム歯3a~3dと基準用カム歯3eが、カムセンサ1の近傍を通過すると、例えば、図5(A)に示されたように、その通過に応じて一つのパルス信号がクランクセンサ信号として出力されるよう構成されている。
【0033】
図5(A)において、例えば、符号5Faが付されたカムセンサ信号は、カム歯3aの通過に対応し、その直ぐ後の符号5Feが付されたカムセンサ信号は、基準用カム歯3eの通過に対応している。また、符号5Fbが付されたカムセンサ信号はカム歯3bの通過に、符号5Fcが付されたカムセンサ信号はカム歯3cに、符号5Fdが付されたカムセンサ信号はカム歯3dに、それぞれ対応している。
【0034】
ステップS620におけるカムセンサ信号の周期計測は、一つのカムセンサ信号が検出されてから次のカムセンサ信号が検出されるまでの時間を計測するものである。
このような入力信号の周期計測は、従前から良く知られている方法を用いることができる。具体的には、ソフトウェアにより計時動作を行うカウンタを用いるのが好適である。
【0035】
次いで、上述のようにして計測されたカムセンサ信号周期に基づいてクランクセンサ信号の疑似信号としてのインクリメント信号の算出が行われる(図3のステップS630参照)。かかるインクリメント信号は、クランクセンサ信号の1歯分に相当する信号である。
なお、このように、最新のカムセンサ信号周期に基づいて、算出されるインクリメント信号を、説明の便宜上、”センサインクリメント信号”と称する。
【0036】
以下、このインクリメント信号の算出について具体的に説明する。
まず、本発明の実施の形態においては、先に述べたようにクランクホイール4の2回転(720度)に対して、カムホイール3は1回転(360度)する構成となっている。
本発明の実施の形態におけるカムホイール3のカム歯3a~3dは90度間隔で設けられているため、ステップS620において計測されるカムセンサ信号の1周期の時間は、カムホイール3の90度回転の時間に対応する。
【0037】
換言すれば、カムホイール3の90度回転は、クランクホイール4の180度回転に相当する。したがって、ステップS620において計測されたカムセンサ信号の1周期の時間をTcas(n)とし、クランクホイール4の180度間のクランク歯の数(クランク信号数)をNsimとすると、従来のインクリメント信号S(n)は、S(n)=Tcas(n)/Nsimと求められるものであった。
【0038】
これに対して、本発明の実施の形態においては、カムセンサ信号の1周期が計測された直後に算出されるインクリメント信号は、計測されたカムセンサ信号周期がn回目の計測結果とし、Tcas(n)と表されるものとすると、下記する演算式(第1の式)により算出されるものなっている。
【0039】
Scas(n)={a×Tcas(n)+b×Tbat(n-1)}/Nsim・・・式1
【0040】
ここでScas(n)は、インクリメント信号の周期であり、この周期が算出された以後、この周期でインクリメント信号が逐次生成されることとなる。
また、上述の式中、Tbat(n-1)は、図5(A)及び図5(B)に示されたように、カムセンサ信号周期Tcas(n)が計測された時点より以前において計測された直近のTDC信号の1周期の値である。
また、Nsimは、先に述べたようにクランクホイール4の180度間のクランク歯数である。
【0041】
さらに、a及びbは、重み付け係数であって、a+b=1となるように定められたものである。
インクリメント信号は、カムセンサ信号の新たな1周期の計測値が得られる度毎に更新されるのが本来である。
しかしながら、低温始動が要因でカムセンサ信号の新たな周期計測ができなかった場合、従来、インクリメント信号は、直近に計測されたカムセンサ信号の周期に基づいて求められたものが維持されるようになっていた。
【0042】
これに対して、本発明の実施の形態においては、上述のようにインクリメント信号を、カムセンサ信号周期と、直近のTDC信号周期を用いて求めることで、従来と異なり、カムセンサ信号周期が更新されない場合にあっても、TDC信号周期によって、重み付けに対応する分だけインクリメント信号が更新されるものとなっている。そのため、従来に比して、インクリメント信号の更新頻度が高く、より精度の高いインクリメント信号を得ることができる。
【0043】
重み付け係数a及びbは、それぞれ如何なる値とするかは任意であるが、TDC信号周期よりも、カムセンサ信号周期が最新であることを考慮して、重み付け係数aが重み付け係数bよりも大(a>b)に設定するのが好適である。なお、重み付け係数a,bを具体的に如何なる値に設定するかは、具体的な車両の仕様等を考慮して、試験結果やシミュレーション結果に基づいて選定するのが好適である。
【0044】
一方、TDC信号が入力された場合は、ステップS640においてTDC信号の周期計測が実行される。
TDC信号は、先に述べたように、図示されない気筒に配設されたピストンの上死点の検出信号で、バッテリ電圧の変動に基づいて検出されるものとなっている。
ここで、このバッテリ電圧の変動に基づくTDC信号の検出方法について、図4に示されたサブルーチンフローチャート及び図6に示されたバッテリ電圧の変化例を模式的に示した模式図を参照しつつ説明する。
【0045】
まず、このバッテリ電圧の変動に基づくTDC信号の検出は、気筒に配設されたピストンが上死点に位置した際に、電気的負荷が上昇する為にバッテリ電圧がその前後に比して最も低下することを利用したものである。
以下、具体的に説明する。
まず、前提として、電子制御ユニット100により、バッテリ電圧は所定時間間隔で計測されて、その計測電圧は逐次、電子制御ユニット100内の適宜な記憶領域に一次的に記憶されるようになっているものとする。
【0046】
電子制御ユニット100によるTDC信号検出処理が開始されると、直近に計測された2つのバッテリ電圧の大小比較が行われる(図4のステップS680参照)。
ステップS680において、バッテリ電Vbatt(t-1)は最新の計測電圧であり、バッテリ電圧Vbatt(t-2)は、最新の計測電圧より以前の直近の計測電圧である。
【0047】
ステップS680においては、最新の計測電圧Vbatt(t-1)が、直近の計測電圧Vbatt(t-2)よりも小さいか否かが判定される。
このステップS680は、最新の計測電圧Vbatt(t-1)が、直近の計測電圧Vbatt(t-2)よりも小さいと判定(YESの場合)されるまで繰り返される。
【0048】
ステップS680において、最新の計測電圧Vbatt(t-1)が、直近の計測電圧Vbatt(t-2)よりも小さいと判定されると、ステップS682の処理へ進む。
ステップS682においては、新たな計測電圧Vbatt(t)が読み込まれ、先の計測電圧Vbatt(t-1)が直近の計測電圧として計測電圧Vbatt(t)と大小比較が行われる。
すなわち、新たな計測電圧Vbatt(t)が直近の計測電圧Vbatt(t-1)より大{Vbatt(t)>Vbatt(t-1)}か否かが判定される。
【0049】
ステップS682において、新たな計測電圧が直近の計測電圧より大、すなわち、Vbatt(t)>Vbatt(t-1)であると判定された場合(YESの場合)、直近の計測電圧Vbatt(t-1)が、ピストンの上下動に伴うバッテリ電圧の変動における最小電圧と判定されることとなる。
【0050】
一方、ステップS682において、Vbatt(t)>Vbatt(t-1)ではないと判定された場合(NOの場合)には、先のステップS680へ戻り、一連の処理が繰り返されることとなる。
図6には、この計測例におけるバッテリ電圧の変化例が模式図として示されており、図中における各バッテリ電圧の表記は、図4におけるバッテリ電圧の表記と同一である。
【0051】
結局、最小電圧Vbatt(t-1)が計測された時点(t-1)が、上死点(TDCポジション)として確定され(図4のステップS684参照)、電子制御ユニット100内部においてTDC信号が生成されて、一連の処理が終了されることとなる。
【0052】
ここで、再度、図3の処理手順の説明に戻ることとする。
ステップS640においては、上述のように生成されたTDC信号の周期計測が行われる。
この周期計測は、先にステップS620で説明したカムセンサ信号の周期計測と基本的に同一であるので、ここでの再度の詳細な説明は省略する。
【0053】
次いで、計測されたTDC信号周期に基づいて、クランクセンサ信号の疑似信号としてのインクリメント信号の算出が行われる(図3のステップS650参照)。
ここで、TDC信号の周期に基づいて算出されるインクリメント信号を、先のセンサインクリメント信号と区別するため、説明の便宜上、以後、”電圧インクリメント信号”と称する。
【0054】
n回目に計測されたTDC信号周期をTbat(n)とすると、本発明の実施の形態における電圧インクリメント信号Sbat(n)は、下記する演算式(第2の式)により算出されるものとなっている。
【0055】
Sbat(n)={c×Tcas(n)+d×Tbat(n)}/Nsim・・・式2
【0056】
上記式中、Tcas(n)は、TDC信号周期Tbat(n)の計測直前に計測されたカムセンサ信号周期である(図5(A)及び図5(B)参照)。
【0057】
また、Nsimは、先に述べたようにクランクホイール4の180度間のクランク歯数である。
さらに、c及びdは、重み付け係数であって、c+d=1となるように定められたものである。
【0058】
電圧インクリメント信号は、最新に計測されたTDC信号周期を重視するため、先のセンサインクリメント信号Scas(n)における重み付け係数a,bと異なり、重み付け係数dが重み付け係数cよりも大(d>c)と設定するのが好適である。
なお、重み付け係数c,dを具体的に如何なる値に設定するかは、具体的な車両の仕様等を考慮して、試験結果やシミュレーション結果に基づいて選定するのが好適である。
【0059】
上述のようにしてセンサインクリメント信号、又は、電圧インクリメント信号が算出されると、直近まで用いられていたインクリメント信号(センサインクリメント信号、又は、電圧インクリメント信号)が破棄され、新たに算出されたセンサインクリメント信号、又は、電圧インクリメント信号に置き換えられて、インクリメント信号の更新が行われる(図3のステップS660参照)。
次いで、更新されたインクリメント信号に基づいてエンジン回転数が算出されて新たなエンジン回転数の取得が行われる(図3のステップS670参照)。
【0060】
このように、本発明の実施の形態において、インクリメント信号は、カムセンサ信号周期とTDC信号周期とを用いて生成されるため、新たなカムセンサ信号周期が計測された際に更新されるだけでなく、新たなTDC信号周期が計測された際にも更新される。
【0061】
そのため、インクリメント信号を基に演算算出されるエンジン回転数は、従来と異なり、新たなカムセンサ信号周期、又は、新たなTDC信号周期のいずれかが計測される度毎に更新されることとなる(図5(A)乃至図(D)参照)。
したがって、クランクセンサ2が故障した場合において低温始動の際にも、従来と異なり、信頼性、安定性の高いエンジン始動の確保による始動制御の支援が可能となる。
【0062】
図7には、本発明の実施の形態におけるインクリメント信号の更新に対するエンジン回転数の変化のシミュレーション結果を示す特性線が、また、図8には、従来のインクリメント信号の更新に対するエンジン回転数の変化のシミュレーション結果を示す特性線が、それぞれ示されており、以下、2つの図を参照しつつ、本発明の実施の形態におけるインクリメント信号の更新について、従来例と比較しつつ説明する。
【0063】
図7及び図8において、横軸は時間経過を示し、縦軸はエンジン回転数を示している。
また、2つの図において、実線はエンジン回転数の変化を示す特性線である。
図7において、実線で表されたエンジン回転数の変化を示す特性線上の×印が付された箇所は、センサインクリメント信号が取得された時点、すなわち、先の第1の式に基づいてインクリメント信号が更新された時点を表している。また、同特性線上の丸印が付された箇所は、電圧インクリメント信号が取得された時点、すなわち、先の第2の式に基づいてインクリメント信号が更新された時点を表している。
【0064】
一方、図8において、実線で表されたエンジン回転数の変化を示す特性線上の×印が付された箇所は、従来の方法によりインクリメント信号が更新された時点を表している。
【0065】
図8図7と比較して見ると、本発明の場合、複数回インクリメント信号の更新が繰り返された後、エンジン回転数が確実に徐々に上昇してゆくことが理解できる。
これに対して、従来の場合、複数回インクリメント信号の更新が繰り返された後、エンジン回転数は上下に変動し、エンジン回転数の円滑な上昇を確保し難いことが理解できる。
【産業上の利用可能性】
【0066】
カムセンサ故障の際の低温始動における確実なエンジン始動の確保が所望される車両に適用できる。
【符号の説明】
【0067】
1…カムセンサ
2-クランクセンサ
100…電子制御ユニット
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8