(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-20
(45)【発行日】2022-07-28
(54)【発明の名称】自己修復断熱層およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 4/134 20160101AFI20220721BHJP
C23C 4/10 20160101ALI20220721BHJP
F02C 7/00 20060101ALN20220721BHJP
F01D 25/00 20060101ALN20220721BHJP
【FI】
C23C4/134
C23C4/10
F02C7/00 D
F02C7/00 C
F01D25/00 L
F01D25/00 X
(21)【出願番号】P 2018559688
(86)(22)【出願日】2017-05-23
(86)【国際出願番号】 DE2017000140
(87)【国際公開番号】W WO2017215687
(87)【国際公開日】2017-12-21
【審査請求日】2020-01-08
(31)【優先権主張番号】102016007231.8
(32)【優先日】2016-06-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DE
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】390035448
【氏名又は名称】フォルシュングスツェントルム・ユーリッヒ・ゲゼルシャフト・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング
(74)【代理人】
【識別番号】100069556
【氏名又は名称】江崎 光史
(74)【代理人】
【識別番号】100111486
【氏名又は名称】鍛冶澤 實
(74)【代理人】
【識別番号】100139527
【氏名又は名称】上西 克礼
(74)【代理人】
【識別番号】100164781
【氏名又は名称】虎山 一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221981
【氏名又は名称】石田 大成
(72)【発明者】
【氏名】ヴァッセン・ロベルト
(72)【発明者】
【氏名】コッホ・デニゼ
(72)【発明者】
【氏名】ラウヴァルト・カール-ハインツ
(72)【発明者】
【氏名】スローフ・ヴィム・ヘー
【審査官】向井 佑
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-122375(JP,A)
【文献】特開昭56-156754(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第101768380(CN,A)
【文献】米国特許第06106903(US,A)
【文献】CARABAT Alexandra L. et al.,Creating a Protective Shell for Reactive MoSi2 Particles in High-Temperature Ceramics,Journal of the American Ceramic Society,米国,2015年08月,Vol.98 No.8,Page.2609-2616
【文献】K.SONOYA, M.NAKAMURA and M.SEKINE,"Development of Thermal Bariier Coating System with an intermediate layer containing MoSi2 with Superior",2014 IEEE 8th International Power Engineering and Optimization Conference (PEOCO2014),米国,IEEE,2014年05月15日,pp.13-18
【文献】Yao DENGZUN, Gong WEIYAN, Zhou CHUNGEN ,"Development and oxidation resistance of air plasma sprayed Mo-Si-Al coating on an Nbss/Nb5Si3 in situ composite",Corrosion Science,英国,2010年08月,Vol.52, No.8,pp.2603-2611
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00
C23C 6/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
断熱層粉末の大気プラズマ溶射(APS)により、基材上に自己修復断熱層を製造する方法において、
-断熱層に、アルミニウムを含むMoSi
2粉末が導入され、その際、MoSi
2粉末がアルミニウムを2~15重量%の含有率で含むこと、
-MoSi
2粉末が、断熱層に対して0.5~5重量%の間の質量分率で用いられること、および
-断熱層粉末が、トーチから軸方向に離れた第1の点で注入され、かつMoSi
2粉末が、トーチから軸方向にさらに離れた第2の点でプラズマジェットに注入されること、
-その際、第1と第2の点の間に20~60mmの間の注入距離(l)が設定されること
を特徴とする方法。
【請求項2】
安定化成分としてのY
2O
3、MgO、CaO、もしくはCeO
2を有する二酸化ジルコニウムを含むか、あるいはAl
2O
3、TiO
2、ムライト、La
2Zr
2O
7、Gd
2Zr
2O
7、またはY-Si-Oを含む断熱層粉末が用いられる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
アルミニウムを3~12重量%の含有率で有するMoSi
2粉末が用いられる、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
ホウ素を2重量%までの追加の含有率で有するMoSi
2粉末が用いられる、請求項1~3のいずれか一つに記載の方法。
【請求項5】
メジアン粒径d
50が5μm~60μmの間のMoSi
2粉末が用いられる、請求項1~4のいずれか一つに記載の方法。
【請求項6】
第1と第2の点の間に30~50mmの間の注入距離(l)が設定される、請求項1~5のいずれか一つに記載の方法。
【請求項7】
プラズマガスとして(Ar:He)が使用され、かつ400A超の電流の強さが設定される、請求項1~6のいずれか一つに記載の方法。
【請求項8】
断熱層が、最初に基材上に堆積させる少なくとも1つの接着促進層上に施される、請求項1~7のいずれか一つに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高温保護層の分野、とりわけ、ガスタービンまたは航空用タービンに用いられるようなセラミックス断熱層(WDS)に関する。
【背景技術】
【0002】
酸化性の周囲環境での耐熱性基材用の出発材料とは、一般的には、熱力学的に安定な酸化物層を連続的に形成する出発材料である。この酸化物層は、周囲環境と本来の耐熱性基材との間のバリアとして役立つ。これに特に適していると判明している合金は、なかでも、酸化アルミニウム(Al2O3)、二酸化ケイ素(SiO2)、または酸化クロム(Cr2O3)の層を形成する合金である。これに属するものは、例えば特殊鋼、超合金、またはさらに金属間相MX(M=Ti、Fe、Co、またはNi、およびX=Al、Si、またはCr)である。[非特許文献1]
【0003】
標準的には、耐熱性基材には最初に接着促進層として拡散防止層を施し、一般的にはこの接着促進層の上にさらなる遮熱層(英語:Thermal Barrier coating,TBC)が最上層として配置される。
【0004】
断熱層とも言うこのようなTBC用の標準的な材料としては、一般的に酸化イットリウム部分安定化二酸化ジルコニウム(Y2O36~8重量%を有するZrO2=YSZ)が用いられる。なぜならこれが非常に良好な熱機械特性を有しており、加えて非常に良好に接着促進層を介して耐熱性基材に結合し得るからである。[非特許文献2]
【0005】
しかしそれだけでなく、例えばジルコン酸ガドリニウム、またはさらなる安定化成分の例えばMgO、CaO、もしくはCeO2を有する二酸化ジルコニウムのようなさらなるセラミックス材料も断熱層として適している。
【0006】
現在の断熱層は、通常はプラズマ溶射を用いるかまたはEB-PVD(英語:Electron Beam-Physical Vapour Deposition)により、耐熱性基材または接着促進層の上に施される。EB-PVDによって施された層は、柱状構造を有し、かつ高負荷可能なことが有利であるが、ただしプラズマ溶射によって施された層に比べて高い熱伝導性を有することが不利である。
【0007】
一方では、YSZが高温の際に相転移を起こし得るので、部品の稼働中に熱負荷により断熱層内に亀裂が生じる可能性がある。これに加え、接着促進層の酸化により断熱層内でしばしば亀裂が生じる。
【0008】
この亀裂、とりわけ界面に平行な亀裂が大きく成長しすぎると、その亀裂が断熱層の剥落という結果を引き起こす可能性があり、それにより耐熱性基材が保護されなくなることが不利である。
【0009】
[非特許文献3]からは、二ケイ化モリブデン(MoSi2)70%およびNiCrAlY30%から成る混合層が、接着促進層と機能層との間の中間層として耐用期間の改善をもたらすことが公知である。
【0010】
さらなる解決アプローチとして、Dereliogluら[非特許文献4]により1つの解決アプローチが選択され、この解決アプローチでは、ホウ素がドープされたMoSi2が、YSZ断熱層中の犠牲材料として用いられており、この犠牲材料が、熱に起因する亀裂を自動的に修復する。このとき、亀裂に隣接している封入されたMoSi2(B)粒子が好ましくは酸化し、その際に非晶質SiO2相を形成し、この非晶質SiO2相が、生じている亀裂に侵入し、そこで固体のZrSiO4を形成しながら亀裂を再び充填および閉塞する。この自己修復断熱層の成功は、導入するMoSi2(B)粒子の粒径および分布に大きく左右される。
【0011】
これまでのYSZおよびMoSi2から成る混合層は、耐用期間の改善を示したのではなく、逆に耐用期間の減少および断熱層の早期の剥落を示した。
【0012】
しかしながら[非特許文献4]では自己修復特性を具体例に即して示すことができており、[非特許文献4]ではYSZおよびMoSi2から成る層内に亀裂を誘発させており、この亀裂は熱処理後には閉塞していた。
【0013】
加えてMoSi2は非常に酸化しやすいことが分かった。MoSi2粒子の早すぎる酸化を防ぐため、Sloofら[非特許文献5]により、MoSi2粒子を前もって保護シェルで取り囲むことが提案されており、この保護シェルは、一方では酸化から保護するが、他方ではこの保護シェルによる亀裂形成を許しており、かつこの状況ではMoSi2の酸化も可能にする。この種の保護層に特に適した材料として、α-酸化アルミニウム(α-Al2O3)、ジルコン(ZrSiO4)、およびムライト(Al6Si2O13)が挙げられており、これらの材料は、ゾル・ゲル法または原子層堆積(英語:atomic layer deposition,ALD)によってMoSi2粒子上に施されることが好ましい。
【0014】
しかしながら実際には、これまでにYSZ断熱層に組み込まれたMoSi2から成る粒子は自己修復層として適していないことが分かった。なぜなら、MoSi2の酸化は制御されては進行せず、かつ生じるSiO2の体積膨張によりさらに応力が誘発され、これらの応力により、早期に不具合が生じるからである。これまで、稼働条件での耐用期間の改善はまだもたらされていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0015】
【文献】W. G. Schoof、「Self Healing in Coatings at High Temperatures」、Springer Series in Materials Science、「Self healing Materials」、(2007)、309~321頁
【文献】F. Nozahic、D. Monceau、C. Estournes、「Thermal cycling and reactivity of a MoSi2/ZrO2 composite designed for self-healing thermal barrier coatings」、Materials and Design 94 (2016)、444~448頁
【文献】K. Sonoya、S. Tobe、「Expanding of the fatigue life of thermal barrier coating by mixing MoSi2 to thermal sprayed layer, in Fracture and Strength of Solids, Pts 1 and 2」、W. HwangおよびK.S. Han編、2000、Trans Tech Publications Ltd: Zurich-Uetikon、909~914頁
【文献】Z. Derelioglu、A.L. Carabat、G.M. Song、S. van der Zwaag、W.G. Sloof、「On the use of Balloyed MoSi2 particles as crack healing agents in yttria stabilized zirconia thermal barrier coatings」、Journal of the European Ceramic Society、Volume 35、Issue 16、2015年12月、4507~4511頁
【文献】W. G. Sloof、S. R. Turteltaub、A. L. Carabat、Z. Derelioglu、S. A. Ponnusami、およびG. M. Song、「Crack healing in yttria stabilized zirconia thermal barrier coatings」、Self healing materials - pioneering research in the Netherlands、S. van der Zwaag、E. Brinkman (編者) IOS Press. 2015、the authors and IOS Press. All rights reserved. DOI:10.3233/978-1-61499-514-2-217
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
本発明の課題は、保護すべき部品の稼働中にセラミックス断熱層内に生じる亀裂を修復し、したがって断熱層の早すぎる剥落を防ぐことである。
【0017】
さらに本発明の課題は、これらの前述の特性を有し、かつ温度交番負荷を伴う高温プロセスでの使用に適した新規の改善された自己修復断熱層を提供することである。
【0018】
さらに本発明の課題は、このような自己修復断熱層にふさわしい製造方法を提示することである。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明の課題は、請求項1の特徴を有する自己修復断熱層の製造方法によって、およびもう1つの独立請求項の特徴を有する自己修復断熱層によって解決される。
【0020】
製造方法または断熱層の有利な形態は、それぞれに従属する請求項から明らかである。
【0021】
発明の対象
本発明の枠内では、断熱層、とりわけジルコニウムを含有する断熱層の自己修復特性が、MoSi2の導入により、断熱層を製造する際にある程度の基本条件を守ることで明らかに改善できることが発見された。
【0022】
これに適した断熱層材料として、とりわけY2O3で安定化された二酸化ジルコニウムが考慮される。MgO、Cao、またはCeO2で安定化された二酸化ジルコニウムも、断熱層材料としてこれに適している。加えてさらなる酸化物、例えばMgAl2O4、Al2O3、TiO2、ムライト、La2Zr2O7、もしくはGd2Zr2O7、またはさらにY-Si-O化合物も、本発明の意味における適切な断熱層材料として用いることができる。
【0023】
最初に、本発明の枠内ではアルミニウムを含むMoSi2粉末を用いることを提案する。本発明によれば、自己修復性MoSi2粒子を酸化アルミニウムで被覆するために、in-situ被覆の手法が選択される。その際にまず、アルミニウムを追加として含む対応するMoSi2粒子を大気プラズマ溶射(APS)により断熱層に組み込む。続いて熱処理により、Al2O3から成る保護シェルをin-situでMoSi2粒子の周りに形成させる。このためにはMoSi2粒子が十分なアルミニウム供給源を含有している必要がある。したがって用いるMoSi2粉末は、アルミニウムを2~15重量%の質量分率で、好ましくは3~12重量%の間の質量分率で含んでいる。
【0024】
任意選択で、用いるMoSi2粉末は追加としてさらにホウ素も2重量%までの最大質量分率で含むことができる。
【0025】
本発明による方法のさらなる要件は、断熱層のMoSi2粉末が、断熱層の5重量%の最大分率までしか添加されないことである。MoSi2粉末は、断熱層に対して0.1~5重量%の間の割合で添加されることが有利である。
【0026】
これまで文献に記載されていたのとは違い、断熱層中のMoSi2含有率の適切な低下をYSZ断熱層に導入する際のMoSi2の分解の減少と組み合わせることにより、標準的に使用されるYSZ層に比べて、断熱層の耐用期間を明らかに改善することができる。
【0027】
本発明によれば、ジルコンを含有する断熱層内での亀裂充填は、MoSi2の酸化によって行われ、それによりSiO2が形成される。断熱層系の典型的な稼働温度では、この断熱層系は一般的にガラス状相であり、これにより長い亀裂も充填することができる。同様に形成されるMoO3は、稼働温度の間は気相であり、したがって蒸発する。
【0028】
形成されたSiO2は、亀裂の封止後に断熱層のZrO2と反応してジルコン(ZrSiO4)を形成することができる。この反応により、同じ箇所での新たな亀裂形成を阻害する。なぜならこの反応により、弱点となり得る両方の材料間のはっきりした界面が存在しなくなるからである。したがって、生じる亀裂は生じるSiO2およびその後のZrSiO4への反応によって修復される。
【0029】
本発明により自己修復断熱層を製造する際のさらなる重要な点として、導入されるMoSi2粉末の温度が明らかになった。この適切な温度を設定するには、断熱層を大気プラズマ溶射(APS)によって製造し、かつ本来の断熱層粉末の供給部のほかに、MoSi2粉末を供給するための第2の別の注入点を選択することが予想される。この第2の注入点により、施している最中にMoSi2が分解するのを妨げ得ると同時に、断熱層粉末が断熱層のマトリックス材料として最適に利用されるようになることが有利である。
【0030】
本発明の枠内では、MoSi2でのコーティングには、材料の分解を防ぐために比較的低いプラズマガス温度しか必要ないことが発見された。他方でプラズマガスは、2種の材料から成る均質な混合層を製造すべき場合、断熱層粉末、例えばYSZを完全溶融するために十分なエネルギーを有していなければならない。
【0031】
したがってAPSを用いて自己修復断熱層を製造するための本発明による方法には、
図1に概略的に示しているような特殊な注入法(二重注入システム)が提案され、この注入法では、MoSi
2粉末と断熱層粉末としてのYSZ粉末が別々に注入される。これに関しMoSi
2粉末用の供給点は、トーチ(バーナー;Brenner)から軸方向に離れた第2の点である。このために特殊な注入ホルダーが設けられている。YSZとMoSi
2の供給部の間の注入距離(l)およびプラズマジェット軸に対する注入深さ(d)は、APS装置で自由に設定することができる。
【0032】
プラズマの温度は、プラズマ源からコーティングすべき基材に向かって低下していく。したがってプラズマは、断熱層粉末の供給箇所では必然的に、MoSi2粉末の供給箇所より高い温度を有している。
【0033】
本発明の枠内では、とりわけ、プラズマガス(Ar:He)を用い、様々な電流の強さで、基材表面に対する全体の溶射間隔を約120mmとして、試験を実施した。その際、注入距離を20~50mmの間で変化させた。これに関しては、選択された注入距離がとりわけ30mm超の場合に、このように製造された断熱層の耐用期間の明らかな改善が示された。
【0034】
APSの場合、電流の強さ、溶射間隔、プラズマガス、供給される材料の粒径分布など多くのパラメータが、任意に自由には選択できない。溶射の当業者は、これらの機能上の関連性を知っており、用いる断熱層粉末および使用する装置自体に応じて、本発明の意味における最適化を行うことができる。
【0035】
溶射の変わり目ごとの層厚は、電流の強さが低下するにつれて一般的に減少する。なぜならより小さな電流の強さでは、エネルギーのより小さいプラズマが生成されるからである。よって完全溶融した粒子がより形成されなくなり、これが層堆積を減少させる。
【0036】
この点で、設定される電流の強さを上昇させる場合、同じ効果、とりわけ達成すべき気孔率を達成するには、溶射距離も必然的に拡大しなければならない。この場合は同時に注入距離も増大させることが望ましい。
【0037】
注入距離を増大させると、一方ではより細かい粒子を用いることができ、電流の強さを上昇させることができ、かつMoSi2粉末用の搬送ガスの量も増やすことができる。
【0038】
溶射距離を拡大するには、それに応じて電流の強さを上昇させることが望ましい。
【0039】
溶射距離を拡大すると、プラズマに供給される粒子にとっては、基材表面に到達する前の、完全溶融の時間が一般的に長くなる。本発明によれば、注入距離(l)の適切な選択により、供給されるMoSi2粉末には減少した溶射距離しかないことが保証され、この溶射距離の減少により、プラズマガスジェット中でのMoSi2粒子の滞留も短縮される。こうすることで一方では、供給されるMoSi2粒子は、完全溶融または部分溶融するが材料の分解は起こらず、他方で溶射間隔は、供給される断熱層粉末を十分に完全溶融するために十分であることが保証される。
【0040】
これに加え溶射距離および選択される電流の強さは、用いる粉末との組合せで、堆積される層の気孔率へ影響を及ぼす。
【0041】
供給されるMoSi2粉末の粒径を上昇させたい場合は、注入距離を減少させることが望ましく、かつ/またはそれに応じて電流の強さを上昇させることが望ましい。
【0042】
同時にプラズマガス、例えば(Ar:He)、(Ar:H2)、または(Ar:N2)の選択も、設定すべきパラメータに決定的に影響する。なぜならプラズマガスに応じて異なる温度が発生する、すなわちプラズマ組成の変化が必然的に温度および速度を変化させるからである。
【0043】
(Ar:He)を用いるには、例えば少なくとも400A、好ましくは420または470Aの電流の強さを提案する。しかしこれはそれぞれ使用するトーチにも左右される。プラズマガスの典型的な搬送速度は、例えば50slpm(slmp=標準リットル/分)である。
【0044】
したがって比較的冷たいプラズマには、電流の強さを上昇させることができ、かつ/または注入距離を減少させることができる。逆に比較的熱いプラズマには、電流の強さを減少させることが望ましく、かつ/または注入距離を拡大させることが望ましい。
【0045】
MoSi2粉末用の搬送ガスのパラメータ、例えばプラズマ軸に対する距離(d)または搬送ガスの量もしくは速度に関し、これらは供給されるMoSi2粉末がプラズマジェットの真ん中に注入されるように選択することが望ましい。この点で、プラズマジェットの周縁では決まって渦流になるので、MoSi2粉末のプラズマジェット軸に対する注入深さは影響を及ぼしている。
【0046】
特に小さな粒子の場合、アルミニウムから成る保護層が形成できにくくなるので、小さなMoSi2粉末を断熱層内に過剰に堆積させないように注意することがさらに望ましい。小さすぎる粒子とは、本発明の枠内ではとりわけ粒径が明らかに1μm未満の粒子のことである。加えて小さな粒子は、粉末の搬送および供給の際にしばしば困難に陥り得る。
【0047】
これに関し、組み込まれるMoSi2粒子の形状および粒径は、出発粉末および溶射パラメータに左右される。その際、粒径分布が適切な粉末の使用およびプラズマガスジェット中での粒子の容易な部分溶融は、本発明による方法にとって不可欠である。したがって本発明による方法には、メジアン粒径(d50)が5~60μmの間、好ましくはメジアン粒径(d50)が10~50μmの間のMoSi2粉末を用いる。
【0048】
本発明によれば、従来通りにAPSによって堆積させた標準的な断熱層に比べて気孔率が同じかまたは少し高い多孔質断熱層が堆積される。これに関し、APSによって堆積される標準的なYSZ断熱層の気孔率は、決まって15~25体積%の間である。
【0049】
本発明によって堆積される断熱層の開放気孔率は、層の研磨片の写真を画像解析することで決定され、17~20体積%の間である。
【0050】
断熱層の耐用期間を決定するため、この断熱層を熱サイクルに複数回さらした。この熱サイクルは、約1100℃で2時間の高温段階と、その後の約60℃で15分間の低温段階とを含んでいる。
【0051】
溶射および用いる粉末に基づく堆積層の化学組成は、X線回折計(英語:X-ray diffraction,XRD)によって決定することができた。
【0052】
これに加え、試料を微視的構造および組成についてより正確に分析するため、走査電子顕微鏡(REM)を用いた検査を行った。試料の深さプロファイルの情報を得るために、顕微鏡による試料検査を、共焦点レーザ顕微鏡を使用してさらに実施した。
【0053】
要約すると、本発明の有利な効果、すなわちジルコンを含有する断熱層の耐用期間の改善は、以下のプロセスステップによって達成される。
-プラズマガスとの組合せで十分に高い電流の強さを選択したAPSにより、断熱層粒子を溶射する。
-同時に、アルミニウムを含むMoSi2粒子を別に溶射する。その際、溶射距離との組合せで注入距離(l)を選択することにより、断熱層材料はプラズマジェット中で十分に完全溶融するが、供給されるMoSi2粉末は、材料の分解を起こさずに完全溶融または部分溶融するだけであることが保証される。
-MoSi2粉末を断熱層に対して5重量%の最大質量分率、好ましくは0.5~5重量%の間の質量分率で導入することにより、望ましくない体積膨張が減少する。
【0054】
具体的な説明項
本発明を3つの例示的実施形態および幾つかの図を参照しながらさらにより詳しく説明するが、これによって広い保護範囲を限定する意図はない。
【図面の簡単な説明】
【0055】
【
図1】本発明による方法で用いられる二重注入の原理を示す図である。
【
図2】メジアン粒径d
50=20μmのMoSi
2粉末を使用する場合に、パラメータの溶射距離および電流の強さがYSZ/MoSi
2混合層の気孔率に及ぼす影響を示すグラフである。
【
図3】メジアン粒径d
50=20μmのMoSi
2粉末を使用する場合に、パラメータの注入距離(l)および電流の強さがYSZ/MoSi
2混合層の例でのMoSi
2およびMo含有相の含有率に及ぼす影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0056】
ここで紹介する試験では、MultiCoat APS設備を用いた。プラズマガストーチとして、6軸ロボットに固定された3陰極型トーチTriplex Pro 210を使用した。サイクル試料を予めVPSにより接着促進層でコーティングした。F4プラズマガストーチ(すべての装備がOerlikon Metco(Wohlen,スイス)製)を利用した。
【0057】
質量分率がYSZ80重量%およびMoSi220重量%の粉末混合物を用いたAPSによるYSZ断熱層の堆積に関する第1の試験は、MoSi2が層に組み込まれなかったことを示した。これらの層内では、YSZのほかには純粋な立方晶系Moしか検出できず、これは、溶射中にMoSi2の分解が起きるという欠陥を意味している。
【0058】
コーティングパラメータを最適化するために製造した試料では、基材としてVA鋼を使用した。このVA鋼を、断熱層と基材の接合を保証するため、コーティング前にサンドブラストによって粗面化させた。サイクル試料用の基材材料としては、一方ではInconel 738およびもう一方ではHastelloy Xを使用した。Hastelloy X基材を標準基材として利用した。接着促進層としては、HC Starck GmbH社(Goslar,ドイツ)のAmdry 365を常に使用した。
【0059】
本発明により製造された断熱層系および比較系の負荷耐性をテストするため、これらの系に熱サイクルを受けさせた。これにより、その系が後の使用中にさらされる負荷をシミュレーションすることができる。その際、2つの異なる種類のサイクルを適用した。
【0060】
一つは、試料全体に均一な熱を施す恒温オーブンサイクルであり、もう一つは、試料を前方からは加熱し、後方からは冷却する勾配サイクルである。勾配テストでは、試料内で熱勾配が生成され、この熱勾配は、オーブンサイクルよりは後の稼働条件を反映している。
【0061】
例示的実施形態
比較層(YSZだけ)も本発明による断熱層も、前述のMultiCoat APS設備および3陰極型トーチTriplex Pro 210を用いて製造した。
その際、電流の強さは420Aであった。
溶射距離は120mmに設定した。
注入距離(l)は40mmであった。
メジアン粒径(d50)が33μmのMoSi2粉末を、搬送ガスにより7slpmでプラズマジェットに注入した。
プラズマガスとして46:4slmp(Ar:He)から成る混合物を用いた。
断熱層材料としてYSZを用いた。
接着促進層としてAmdry 365を用いた。
MoSi2の質量分率は、YSZ断熱層に対して3重量%であった。
MoSi2粉末中のAl含有率は12重量%であった。
【0062】
本発明により製造されたMoSi2・YSZ混合層の耐用期間は、約550サイクル(オーブンサイクル)で、同等の純粋なYSZ断熱層の場合より約260%高かった。
【0063】
本発明をもたらした研究は、Grant Agreement No.309849に基づく欧州連合の第7次フレームワーク・プログラム[FP7/2007-2013]によって支援された。
【0064】
本出願中で引用した文献
[1]W. G. Schoof、「Self Healing in Coatings at High Temperatures」、Springer Series in Materials Science、「Self healing Materials」、(2007)、309~321頁
[2]F. Nozahic、D. Monceau、C. Estournes、「Thermal cycling and reactivity of a MoSi2/ZrO2 composite designed for self-healing thermal barrier coatings」、Materials and Design 94 (2016)、444~448頁
[3]K. Sonoya、S. Tobe、「Expanding of the fatigue life of thermal barrier coating by mixing MoSi2 to thermal sprayed layer, in Fracture and Strength of Solids, Pts 1 and 2」、W. HwangおよびK.S. Han編、2000、Trans Tech Publications Ltd: Zurich-Uetikon、909~914頁
[4]Z. Derelioglu、A.L. Carabat、G.M. Song、S. van der Zwaag、W.G. Sloof、「On the use of Balloyed MoSi2 particles as crack healing agents in yttria stabilized zirconia thermal barrier coatings」、Journal of the European Ceramic Society、Volume 35、Issue 16、2015年12月、4507~4511頁
[5]W. G. Sloof、S. R. Turteltaub、A. L. Carabat、Z. Derelioglu、S. A. Ponnusami、およびG. M. Song、「Crack healing in yttria stabilized zirconia thermal barrier coatings」、Self healing materials - pioneering research in the Netherlands、S. van der Zwaag、E. Brinkman (編者) IOS Press. 2015、the authors and IOS Press. All rights reserved. DOI:10.3233/978-1-61499-514-2-217