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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-20
(45)【発行日】2022-07-28
(54)【発明の名称】塗装装置及び高電圧安全制御方法
(51)【国際特許分類】
   B05B 5/025 20060101AFI20220721BHJP
   B05D 1/04 20060101ALI20220721BHJP
【FI】
B05B5/025 F
B05B5/025 E
B05D1/04 B
B05D1/04 A
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2022050465
(22)【出願日】2022-03-25
【審査請求日】2022-04-15
(31)【優先権主張番号】63/309,901
(32)【優先日】2022-02-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】US
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】522121001
【氏名又は名称】シーエフティー エルエルシー
【氏名又は名称原語表記】CFT LLC
【住所又は居所原語表記】16430 N Scottsdale Rd., Suite 450, Scottsdale, AZ 85254 United States of America
(74)【代理人】
【識別番号】100098187
【弁理士】
【氏名又は名称】平井 正司
(72)【発明者】
【氏名】中石 達也
(72)【発明者】
【氏名】太田 大介
【審査官】河内 浩志
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-066410(JP,A)
【文献】特開2009-125723(JP,A)
【文献】特開2000-115988(JP,A)
【文献】特表2018-525217(JP,A)
【文献】特表2012-520751(JP,A)
【文献】特開2017-013009(JP,A)
【文献】特開平02-298374(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B05B 5/00- 5/16
12/00-12/14
13/00-13/06
B05C 7/00-21/00
B05D 1/00- 7/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
高電圧発生器から供給を受ける高電圧によって塗料を帯電させて被塗物に塗料を静電吸着させる静電塗装機と、運用時の安全性を確保するために、静電塗装機に印加する前記高電圧を制御する高電圧安全制御部とを含む塗装装置であって、
前記高電圧安全制御部は出力高電圧制御部を含み、
該出力高電圧制御部は、高電圧電流が電流制限値に達したときに、前記高電圧発生器の出力を停止せずに、前記高電圧発生器が出力する前記高電圧の絶対値を降下させる制御を実行する機能を有してなる塗装装置において、
前記高電圧安全制御部は、前記高電圧の現在値に基づいて前記電流制限値の設定値を変更するCB設定変更部を含み、
該CB設定変更部において、前記高電圧の絶対値が所定のしきい値よりも低い相対的低電圧域では、前記高電圧の絶対値が大きいときと小さいときとを対比したときに、前記高電圧の絶対値が小さいときの方が前記電流制限値が小さな値に設定されることを特徴とする塗装装置。
【請求項2】
請求項1に記載の塗装装置において、
前記CB設定変更部での前記電流制限値の設定値の変更が、前記高電圧の絶対値が所定のしきい値よりも低い相対的低電圧域では、前記高電圧の絶対値が小さくなるのに従って、前記電流制限値が小さな値に設定されることを特徴とする塗装装置
【請求項3】
請求項1又は2に記載の塗装装置において、
前記高電圧安全制御部は過電流安全制御部を更に含み、
該過電流安全制御部は、絶対値感度に基づいて高電圧電流の異常増加を検知したら高電圧発生器の出力を停止する制御を実行する機能を有し、
前記高電圧安全制御部は、前記高電圧の現在値に基づいて前記絶対値感度の設定値を変更するCL設定変更部を含み、
該CL設定変更部において、前記高電圧の絶対値が所定のしきい値よりも低い相対的低電圧域では、前記絶対値感度の設定値は、前記高電圧の絶対値が大きいときと小さいときとを対比したときに、高電圧の絶対値が小さいときの方が前記絶対値感度が小さな値に設定されることを特徴とする塗装装置
【請求項4】
高電圧発生器から供給を受ける高電圧によって塗料を帯電させて被塗物に塗料を静電吸着させる静電塗装機と、運用時の安全性を確保するために、前記静電塗装機に印加する高電圧を制御する高電圧安全制御部とを含む塗装装置であって、
前記高電圧安全制御部は過電流安全制御部を含み、
該過電流安全制御部は、絶対値感度に基づいて高電圧電流の異常増加を検知したら高電圧発生器の出力を停止する制御を実行する機能を有し、
前記高電圧安全制御部は、前記高電圧の現在値に基づいて前記絶対値感度の設定値を変更するCL設定変更部を含み、
該CL設定変更部において、前記高電圧の絶対値が所定のしきい値よりも低い相対的低電圧域では、前記高電圧の絶対値が大きいときと小さいときとを対比したときに、前記高電圧の絶対値が小さいときの方が前記絶対値感度が小さな値に設定されることを特徴とする塗装装置。
【請求項5】
請求項4に記載の塗装装置において、
前記CL設定変更部での前記絶対値感度の設定値の変更が、前記高電圧の絶対値が小さくなるのに従って、前記絶対値感度の設定値が小さな値に変更されることを特徴とする塗装装置
【請求項6】
請求項4又は5に記載の塗装装置において、
前記高電圧安全制御部は出力高電圧制御部を更に含み、
該出力高電圧制御部は、高電圧電流が電流制限値に達したときに、前記高電圧発生器の出力を停止せずに、前記高電圧発生器が出力する前記高電圧の絶対値を降下させる制御を実行し、
前記電流制限値の設定値は、前記高電圧の値に関わりなく一定であることを特徴とする塗装装置
【請求項7】
請求項3又は6に記載の塗装装置において、
同じ前記高電圧で対比したときに前記電流制限値の設定値が前記絶対値感度の設定値よりも小さいことを特徴とする塗装装置
【請求項8】
請求項7に記載の塗装装置において、
前記高電圧安全制御部は最小高電圧保護制御部を更に含み、
該最小高電圧保護制御部は、前記高電圧の現在値が高電圧下限感度よりも小さいことを検知したら高電圧発生器の出力を停止する制御を実行する機能を有することを特徴とする塗装装置
【請求項9】
請求項8に記載の塗装装置において、
前記高電圧下限感度の登録値以下の最小高電圧保護域では、同じ前記高電圧で対比したときに前記絶対値感度の設定値が前記電流制限値の設定値よりも小さいことを特徴とする塗装装置
【請求項10】
請求項9に記載の塗装装置において、
前記絶対値感度の設定値と前記電流制限値の設定値とが前記高電圧下限感度の登録値と等しい交点を有し、
該交点の下の前記最小高電圧保護域領域において、高電圧の絶対値が低くなる程、前記絶対値感度と前記電流制限値との差が大きくなるように設定されていることを特徴とする塗装装置
【請求項11】
請求項1~10のいずれか一項に記載の塗装装置において、
前記静電塗装機が回転霧化型塗装機であり、
該回転霧化型塗装機の回転霧化頭に高電圧が印加されることを特徴とする塗装装置
【請求項12】
高電圧発生器から供給を受ける高電圧によって塗料を帯電させて被塗物に塗料を静電吸着させる静電塗装機と、運用時の安全性を確保するために、前記静電塗装機に印加する高電圧を制御する高電圧安全制御部を有し、
前記高電圧安全制御部は出力高電圧制御部を含み、
該出力高電圧制御部は、高電圧電流が電流制限値に達したときに、前記高電圧発生器の出力を停止せずに、前記高電圧発生器が出力する前記高電圧の絶対値を降下させる制御を実行する機能を有してなる塗装装置の高電圧安全制御方法において、
前記高電圧を監視する高電圧監視工程と、
該高電圧監視工程で獲得した前記高電圧の現在値に基づいて前記電流制限値の設定値を変更するCB設定変更工程とを有し、
該CB設定変更工程において、前記高電圧の絶対値が所定のしきい値よりも低い相対的低電圧域では、前記高電圧の絶対値が大きいときと小さいときとを対比したときに、前記高電圧の絶対値が小さいときの方が前記電流制限値が小さな値に設定されることを特徴とする塗装装置の高電圧安全制御方法。
【請求項13】
高電圧発生器から供給を受ける高電圧によって塗料を帯電させて被塗物に塗料を静電吸着させる静電塗装機と、運用時の安全性を確保するために、前記静電塗装機に印加する前記高電圧を制御する高電圧安全制御部を有し、
前記高電圧安全制御部は過電流安全制御部を更に含み、
該過電流安全制御部は、絶対値感度に基づいて高電圧電流の異常増加を検知したら高電圧発生器の出力を停止する制御を実行する機能を有してなる塗装装置の高電圧安全制御方法において、
前記高電圧を監視する高電圧監視工程と、
前記高電圧監視工程で獲得した前記高電圧の現在値に基づいて前記絶対値感度の設定値を変更するCL設定変更工程を含み、
該CL設定変更工程において、前記高電圧の絶対値が所定のしきい値よりも低い相対的低電圧域では、前記高電圧の絶対値が大きいときと小さいときとを対比したときに、前記高電圧の絶対値が小さいときの方が前記絶対値感度が小さな値に設定されることを特徴とする塗装装置の高電圧安全制御方法。
【請求項14】
請求項12又は13に記載の塗装装置の高電圧安全制御方法において、
前記塗装装置の前記高電圧安全制御部は最小高電圧保護制御部を更に含み、
前記高電圧安全制御方法は、
前記最小高電圧保護制御部において、前記高電圧監視工程で獲得した前記高電圧の現在値に基づいて、該高電圧の現在値が高電圧下限感度の登録値よりも小さいことを検知したら前記高電圧発生器の出力を停止する制御を実行することを特徴とする塗装装置の高電圧安全制御方法
【請求項15】
請求項14に記載の塗装装置の高電圧安全制御方法において、
前記高電圧下限感度の登録値以下の最小高電圧保護域では、同じ出力電圧で対比したときに絶対値感度の設定値が電流制限値の設定値よりも小さいことを特徴とする塗装装置の高電圧安全制御方法
【請求項16】
請求項12~15のいずれか一項に記載の塗装装置の高電圧安全制御方法において、
前記静電塗装機が回転霧化型塗装機であり、
該回転霧化型塗装機の回転霧化頭に高電圧が印加されることを特徴とする塗装装置の高電圧安全制御方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は塗装装置及び高電圧安全制御方法に関する。より詳しくは、本発明は、近接塗装法の運用に適した塗装装置及び高電圧安全制御方法に関する。従来一般的には塗装距離つまり静電塗装機と被塗物との間隔は約150mm~300mmに設定される。静電塗装機を150mmよりも接近させて運用するのが近接塗装法である。塗装距離を約150mm~300mmに設定して運用する従来の塗装法を「遠位塗装法」と呼び、150mmよりも短い塗装距離で運用する塗装法を「近接塗装法」と呼ぶ。本発明によれば、塗装距離を100mm以下に設定した超近接塗装を実現できる。
【背景技術】
【0002】
静電塗装機は高電圧を用いて塗装を行う。静電塗装機は、印加される高電圧によって塗料を帯電させる。帯電した塗料は被塗物に静電吸着される。このため、静電塗装機は、高電圧発生器が生成した高電圧を塗装機の先端(例えば、回転霧化頭や外部電極)に印加するための高電圧印加経路を備えている。静電塗装機を含む塗装装置は、静電塗装機を制御するための制御部を有している。運用時の安全性を確保するために、制御部には、静電塗装機に印加する高電圧を制御する高電圧安全制御機能が組み込まれている。高電圧安全制御を実行するために、制御部には、高電圧印加経路を流れる高電圧電流が常に入力される。
【0003】
高電圧を発生する方法はコッククロフトーウォルトン回路(多段式整流回路)、交流電圧整流式、静電式発電機、インパルス式などがあるが、典型的には、コッククロフトーウォルトン回路が静電塗装機に内蔵できるまで小型化されている。コッククロフトーウォルトン回路(多段式整流回路)は、多数のコンデンサに電荷を充電して高電圧を生成する回路である。
【0004】
遠位塗装法において、高電圧安全制御機能は、絶対値感度(CL:カレントリミット)による過電流安全制御機能と、電流制限値(CB:カレントバッファ)による出力高電圧制御機能とを含む。
【0005】
過電流安全制御機能(CL)は、絶対値感度に基づいて高電圧電流の異常増加を検知したら高電圧発生器の出力を停止する。
【0006】
出力高電圧制御機能(CB)は、高電圧電流が電流制限値(CB)に達したときに、高電圧発生器の出力を停止せずに、高電圧発生器が出力する高電圧の絶対値を降下させる。すなわち、出力高電圧制御機能は、高電圧電流が電流制限値(CB)以上にならないように、高電圧発生器の高電圧出力の絶対値を下げる。
【0007】
上記の過電流安全制御機能(CL)及び出力高電圧制御機能(CB)は特許文献1に詳しく記載されている。なお、特許文献1は外部電極を備えた静電塗装機つまり間接帯電式の塗装機に関する高電圧安全制御を開示している。
【0008】
特許文献1に記載の過電流安全制御機能(CL)及び出力高電圧制御機能(CB)は、遠位塗装法での高電圧安全制御に関する。特許文献1は、最小高電圧保護制御機能を更に開示している。最小高電圧保護制御機能は、高電圧発生器の出力電圧の絶対値が高電圧下限感度(UV)以下となったときに、高電圧発生器の出力を停止させる。
【0009】
図8は、遠位塗装法において、従来の絶対値感度及び電流制限値の設定を説明するための図である。絶対値感度及び電流制限値は共に高電圧に対して一定の電流値である。絶対値感度と電流制限値との相対的な関係は、図示ようにCB(電流制限値)<CL(絶対値感度)である場合と、これとは逆のCL(絶対値感度)<CB(電流制限値)である場合とがある。
【0010】
図8に図示のCB(電流制限値)<CL(絶対値感度)は、特許文献1に開示の間接帯電方式の静電塗装機(外部電極を備えた塗装機)に適用される。外部電極を備えた塗装機は、塗装機本体(回転霧化頭)及び塗料供給経路をアースし、塗装機本体の脇に備えた電極に高電圧を印加するので塗料を塗布しているときよりも、塗布を停止したときの方が高電圧電流は多くなる傾向にあり、高電圧発生器の容量を超える場合がある。また、間接帯電方式は主に電気抵抗値の低い水性塗料に対し外部から帯電させる方式であり、その外部電極の高電圧印加部は主に針電極である。針電極は、その容積が小さく保有するエネルギが小さいので、着火性放電(以下;「スパーク」という)を起こす危険性が小さい。ここに、「スパーク」とは溶剤蒸気が着火する放電エネルギ(0.24mJ)以上の火花放電をいう。また、水性塗料は引火する危険性が低い。このことから、間接帯電方式の塗装機では、電流制限値(CB)による出力高電圧制御を主体とし、絶対値感度(CL)に基づく過電流安全制御はバックアップとして用いられる。尚、水性塗料の静電塗装方法は間接帯電方式に限定されるものではなく塗料供給経路を電気的に絶縁する装置を用いた場合には後述の直接帯電方式も可能である。
【0011】
他方、CL(絶対値感度)<CB(電流制限値)は、遠位塗装法において、回転霧化頭で主に電気抵抗値の高い溶剤性塗料を直接的に帯電させる直接帯電方式の静電塗装機で採用されている。回転霧化頭は金属製エアモータなど回転機構が含まれるので、その静電容積は大きく、故に保有するエネルギも大きい。このことから、スパークを起こす危険性も高いので、その危険域に突入する前に、絶対値感度に基づいて高電圧発生器の出力を停止させる。
【0012】
前述のCB(電流制限値)<CL(絶対値感度)の場合、静電塗装機が被塗物(以下、「ワーク」という。)に異常接近すると高電圧電流が上昇する。上昇する高電圧電流が電流制限値に達したら、高電圧発生器の出力電圧の絶対値が降下される(出力高電圧制御機能)。これにより、高電圧電流が常用の電流値の範囲を越えないように、高電圧発生器の出力つまり静電塗装機の先端に印加する高電圧が制御される。つまり、出力高電圧制御機能は、高電圧の出力を制御することでスパーク発生を防止する。出力高電圧制御機能では、前述したように、高電圧発生器の出力は遮断されない。
【0013】
上記の出力高電圧制御機能とは別に、高電圧電流が異常に上昇して絶対値感度(CL)に達すると高電圧発生器の出力が停止される(過電流安全制御機能)。
【0014】
図8において、参照符号UVは高電圧下限感度を示す。高電圧発生器の出力電圧が高電圧下限感度(UV)まで降下すると、高電圧発生器の出力を停止する(最小高電圧保護制御機能)。すなわち、高電圧下限感度(UV)よりも下の領域では高電圧発生器の出力が停止される。
【0015】
静電塗装機とワークとの間の距離つまり「塗装距離」を、それまでの約150mm~300mm(遠位塗装法)から、この150mmよりも塗装距離を小さく設定する「近接塗装法」が検討されている(特許文献2)。近接塗装法は、塗料の塗着効率を向上できるという利点があるが、近接塗装法の適用は、100mmまでの塗装距離が限界と考えられていた。
【0016】
これとは別に、近年は生産効率を高めるため塗装機の塗装速度(以下、「線速」という。)を高速化する傾向にある。具体的には、従来は300mm/secから500mm/secであったが、これを500~1200mm/secへと高速化する傾向にある。このような環境の下で近接塗装法を採用するには、高度な安全性を確保しつつ、近接塗装法の適正な運用を実現する必要がある。
【0017】
例えば線速500mm/secのとき、実験によれば、静電塗装機のワークへの異常接近に伴う高電圧電流の異常上昇を検知してから塗装ロボットが完全に停止するまで約0.1secが必要である。この約0.1secの間に、静電塗装機は50mm進む。その結果、スパークが発生する可能性があるスパーク発生域に侵入してしまう事態は回避しなければならない。また、生産性の悪化を回避するために、スパーク発生域に侵入する頻度を低下させる必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0018】
【文献】特開平2-298374号公報
【文献】特開2017-13009号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
上述した高電圧安全制御機能は遠位塗装法で用いられている。この高電圧安全制御機能を近位塗装法に適用できるか否かを確認するために、板状アースと球状アースとを用いて実験し、そして検証した。この実験は、定置した静電塗装機に板状アース又は球状アースを近づけることによって行った。
【0020】
自動車の製造工程は自動車ボディとバンパーやドアミラーなど部品はそれぞれ別の工場で塗装されたものが組立工場へ搬入されて、この組立工場で完成車が作られる。
【0021】
板状アースは、自動車ボディなど、ワークの塗装対象面と塗装機との間に流れる放電電流が流れ易いワークの典型例を意味している。他方、球状アースはドアミラーカバーの曲面が代表されるように、板状アースに比べて、放電電流が流れ難く、高電圧安全制御機能の実行によって安全性を確保するのが最も難いワークの典型例を意味している。
【0022】
図9は板状アースを用いた実験例に関する図である。電流制限値(CB)を50μAに設定した。使用した静電塗装機は、直接帯電式の回転霧化型塗装機であった。静電塗装機に-60kVの高電圧を印加した状態で実験を開始し、そして、板状アースを徐々に塗装機に接近させた。図9から分かるように、塗装機とワークとの間隔が約120mmとなると出力高電圧制御機能が働き始め、この結果、高電圧発生器の出力電圧が徐々に低下している。
【0023】
上述した高速の線速500mm/secを念頭においたときに、板状アースと静電塗装機との間の距離が70mmに達する前に高電圧発生器の出力を停止させるのが望ましい。これを実現するには、高電圧下限感度(UV)を-45kVに設定することで実現することができる。出力高電圧制御によって高電圧発生器の出力電圧の絶対値が45kVまで低下すると、最小高電圧保護制御機能が働く。すなわち、高電圧下限感度(設定値:-45kV)に基づいて高電圧発生器の出力が停止される。図9の一点鎖線は高電圧電流iを示す。
【0024】
図10は球状アースを用いた実験例に関する図である。上記の板状アースの実験(図9)と同様に、電流制限値(CB)を50μAに設定した。使用した静電塗装機は、直接帯電式の回転霧化型塗装機であった。静電塗装機に-60kVの高電圧を印加した状態で実験を開始し、そして、球状アースを徐々に塗装機に接近させた。
【0025】
球状アースは、上述したように放電電流が流れ難い。このため、出力高電圧制御機能が上手く機能しない。その結果、高電圧発生器の出力降下が不十分なまま静電塗装機と球状アースとの離間距離が小さくなり、そして、最小高電圧保護制御機能による高電圧発生器の強制出力停止が実行されないままスパーク発生域SParに侵入してスパークが発生してしまう。図10の実験結果から分かるように、高電圧安全制御機能において、球状アースは最も過酷なワークであると言うことができる。なお、図10の一点鎖線は高電圧電流iを示す。
【0026】
上記の実験から分かるように、ワークに対して静電塗装機を近距離で運用する近接塗装法は、運用時の塗装距離を小さな値に設定するほどスパークが発生するリスクが大きくなる。加えて、前述したように線速を高速化する要望が存在している。この状況下で近接塗装を実施することはスパークの発生リスクが更に増大する。このことは、従来の高電圧安全制御機能の下で運用したときに、高電圧発生器の出力が停止される事態が頻発する可能性があることを意味している。高電圧発生器の出力停止が頻発すると生産性を悪化させてしまう。このことから、前述したように、100mmまでの塗装距離が近接塗装の適用限界と考えられていた。
【0027】
言うまでも無いことであるが、近接塗装法において、塗装距離が極力近い方が塗着効率は高くなる。したがって、ワークに対して静電塗装機をできるだけ近づけて運用したいという要請は当然である。よって、近接塗装法では、安全性と生産性の両立が求められる。
【0028】
本発明の目的は、近接塗装法においてスパークの発生リスクを低減することのできる塗装装置及び高電圧安全制御方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0029】
安全性の観点に立脚すれば、スパークを起こすのを回避するために、その危険性があるときには高電圧を遮断するのが理想である。近接塗装において、静電塗装機をワークに接近させて運用することから、放電電流増大の検知つまり過電流検知が多発し、その都度高電圧を遮断することは、生産性が悪化する要因となる。
【0030】
上記の技術的課題は、本発明の一つの観点によれば、
高電圧発生器(24)から供給を受ける高電圧(V)によって塗料を帯電させて被塗物に塗料を静電吸着させる静電塗装機(14)と、運用時の安全性を確保するために、前記静電塗装機に印加する前記高電圧を制御する高電圧安全制御部(30)とを含む塗装装置(SY)であって、
前記高電圧安全制御部(30)は出力高電圧制御部(302)を含み、
該出力高電圧制御部(302)は、高電圧電流(i)が電流制限値(CB)に達したときに、前記高電圧発生器(24)の出力を停止せずに、前記高電圧発生器(24)が出力する前記高電圧(V)の絶対値を降下させる制御を実行する機能を有してなる塗装装置において、
前記高電圧安全制御部(30)は、前記高電圧(V)の現在値に基づいて前記電流制限値(CB)の設定値を変更するCB設定変更部(320)を含み、
該CB設定変更部(320)において、前記高電圧(V)の絶対値が所定のしきい値よりも低い相対的低電圧域(Lar)では、前記高電圧(V)の絶対値が大きいときと小さいときとを対比したときに、前記高電圧(V)の絶対値が小さいときの方が前記電流制限値(CB)が小さな値に設定されることを特徴とする塗装装置を提供することにより達成される。
【0031】
上記の技術的課題は、本発明の他の観点によれば、
高電圧発生器(24)から供給を受ける高電圧(V)によって塗料を帯電させて被塗物に塗料を静電吸着させる静電塗装機(14)と、運用時の安全性を確保するために、前記静電塗装機(14)に印加する高電圧を制御する高電圧安全制御部(30)とを含む塗装装置(SY)であって、
前記高電圧安全制御部(30)は過電流安全制御部(304)を含み、
該過電流安全制御部(304)は、絶対値感度(CL)に基づいて高電圧電流(i)の異常増加を検知したら高電圧発生器(24)の出力を停止する制御を実行する機能を有し、
前記高電圧安全制御部(30)は、前記高電圧(V)の現在値に基づいて前記絶対値感度(CL)の設定値を変更するCL設定変更部(322)を含み、
該CL設定変更部(322)において、前記高電圧(V)の絶対値が所定のしきい値よりも低い相対的低電圧域(Lar)では、前記高電圧(V)の絶対値が大きいときと小さいときとを対比したときに、前記高電圧(V)の絶対値が小さいときの方が前記絶対値感度(CL)が小さな値に設定されることを特徴とする塗装装置を提供することにより達成される。
【0032】
上記の技術的課題は、本発明の別の観点によれば、
高電圧発生器(24)から供給を受ける高電圧(V)によって塗料を帯電させて被塗物に塗料を静電吸着させる静電塗装機(14)と、運用時の安全性を確保するために、前記静電塗装機(14)に印加する高電圧を制御する高電圧安全制御部(30)を有し、
前記高電圧安全制御部(30)は出力高電圧制御部(302)を含み、
該出力高電圧制御部(302)は、高電圧電流(i)が電流制限値(CB)に達したときに、前記高電圧発生器(24)の出力を停止せずに、前記高電圧発生器(24)が出力する前記高電圧(V)の絶対値を降下させる制御を実行する機能を有してなる塗装装置の高電圧安全制御方法において、
前記高電圧(V)を監視する高電圧監視工程と、
該高電圧監視工程で獲得した前記高電圧(V)の現在値に基づいて前記電流制限値(CB)の設定値を変更するCB設定変更工程とを有し、
該CB設定変更工程において、前記高電圧の絶対値が所定のしきい値よりも低い相対的低電圧域(Lar)では、前記高電圧(V)の絶対値が大きいときと小さいときとを対比したときに、前記高電圧(V)の絶対値が小さいときの方が、前記電流制限値(CB)が小さな値に設定されることを特徴とする塗装装置の高電圧安全制御方法を提供することにより達成される。
【0033】
上記の技術的課題は、本発明の更に別の観点によれば、
高電圧発生器(24)から供給を受ける高電圧(V)によって塗料を帯電させて被塗物に塗料を静電吸着させる静電塗装機(14)と、運用時の安全性を確保するために、前記静電塗装機(14)に印加する前記高電圧(V)を制御する高電圧安全制御部(30)を有し、
前記高電圧安全制御部(30)は過電流安全制御部(304)を含み、
該過電流安全制御部(304)は、絶対値感度(CL)に基づいて高電圧電流(i)の異常増加を検知したら高電圧発生器(24)の出力を停止する制御を実行する機能を有してなる塗装装置の高電圧安全制御方法において、
前記高電圧(V)を監視する高電圧監視工程と、
前記高電圧監視工程で獲得した高電圧(V)の現在値に基づいて前記絶対値感度(CL)の設定値を変更するCL設定変更工程を含み、
該CL設定変更工程において、前記高電圧(V)の絶対値が所定のしきい値よりも低い相対的低電圧域(Lar)では、前記高電圧(V)の絶対値が大きいときと小さいときとを対比したときに、前記高電圧(V)の絶対値が小さいときの方が前記絶対値感度(CL)が小さな値に設定されることを特徴とする塗装装置の高電圧安全制御方法を提供することにより達成される。
【0034】
本発明の高電圧安全制御方法の好ましい実施例では、
高電圧発生器(24)から供給を受ける高電圧(V)によって塗料を帯電させて被塗物に塗料を静電吸着させる静電塗装機(14)と、運用時の安全性を確保するために、前記静電塗装機(14)に印加する高電圧(V)を制御する高電圧安全制御部(30)とを含む塗装装置(SY)であって、
前記高電圧安全制御部(30)は過電流安全制御部(304)を含み、
該過電流安全制御部(304)は、絶対値感度(CL)に基づいて高電圧電流(i)の異常増加を検知したら高電圧発生器(24)の出力を停止する制御を実行する機能を有し、
前記高電圧安全制御部(30)は、前記高電圧(V)の現在値に基づいて前記絶対値感度(CL)の設定値を変更するCL設定変更部(322)を含み、
該CL設定変更部(322)において、前記高電圧(V)の絶対値が所定のしきい値よりも低い相対的低電圧域(Lar)では、前記高電圧(V)の絶対値が大きいときと小さいときとを対比したときに、高電圧(V)の絶対値が小さいときの方が前記絶対値感度(CL)が小さな値に設定され、
前記高電圧安全制御部(30)は好ましくは出力高電圧制御部(302)を更に含み、
該出力高電圧制御部(302)は、高電圧電流(i)が電流制限値(CB)に達したときに、前記高電圧発生器(24)の出力を停止せずに、前記高電圧発生器(24)が出力する前記高電圧(V)の絶対値を降下させる制御を実行する機能を有し、
前記高電圧安全制御部(30)は、前記高電圧(V)の現在値に基づいて前記電流制限値(CB)の設定値を変更するCB設定変更部(320)を含み、
該CB設定変更工程(320)において、前記高電圧の絶対値が所定のしきい値よりも低い相対的低電圧域(Lar)では、前記高電圧(V)の絶対値が大きいときと小さいときとを対比したときに、前記高電圧(V)の絶対値が小さいときの方が前記電流制限値(CB)の設定値が小さな値に設定される。
【0035】
本発明は、回転霧化頭(14a)に高電圧が印加される回転霧化型塗装機(14)に好適に適用可能である。従来の近接塗装法では、100mmの塗装距離が限界と考えられていた。本発明によれば、高電圧電流(i)の変化に対応して、電流制限値(CB)と絶対値感度(CL)のうち、少なくとも絶対値感度(CL)の設定値を変化させることで、静電塗装機の制御を迅速に対応させることができ、これによりスパークの発生を未然に防止できる。本発明は、塗装距離を例えば約100mmないし約20mmに設定した超近接塗装が可能である。
【0036】
本発明の作用効果、本発明の他の目的は、以下の実施例の詳細な説明から明らかになろう。
【図面の簡単な説明】
【0037】
図1】実施例の塗装ロボットの概要を説明するための図である。
図2】実施例に含まれる回転霧化型静電塗装機の制御系統図である。
図3】高電圧安全制御に関連したブロック図である。
図4】実施例に含まれる安全制御特性を説明するための図であり、絶対値感度(CL)の設定値と電流制限値(CB)の設定値とを変更する例を開示している。図示の絶対値感度、電流制限値はメモリに登録されている。
図5】絶対値感度(CL)の設定値と電流制限値(CB)の設定値との差に関する設定に関し、図4の変形例として、塗装距離に対する高電圧(V)と高電圧電流(i)の関係を示す図である。図示の絶対値感度、電流制限値はそれぞれ高電圧(V)に対応する電流値としてメモリに登録されている。
図6】球状アースを用いた実験結果を説明するための図であり、そして図10に対応する図である。
図7図4に関連して、実施例に含まれる安全制御特性の変形例を説明するための図である。図示の絶対値感度(CL)、電流制限値(CB)はメモリに登録されている。
図8】従来の塗装法つまり遠位塗装法で採用されていた安全制御特性を説明するための図である。
図9図8に図示の安全制御特性に基づき、そして、板状アースを用いた実験結果を説明するための図である。
図10図8に図示の安全制御特性に基づき、そして、球状アースを用いた実験結果を説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【実施例
【0038】
以下に、添付の図面に基づいて本発明の好ましい実施例を説明する。図1において、参照符号10は塗装ロボットを示し、11はロボットアームを示す。静電塗装機14はロボットアーム11の先端の手首部12に組み付けられている。静電塗装機14は回転霧化頭14aを有し、回転霧化頭14aは塗装機本体14bの先端に配置されている。すなわち、図示の静電塗装機14は回転霧化型の塗装機である。塗装ロボット10は静電塗装機14を含めて制御ユニット16によって制御される。後に説明するように、静電塗装機14の高電圧制御を制御ユニット16とは別のユニットで行うようにしてもよい。図1に図示の参照符号Wdは、静電塗装機14とワークWkとの間の距離つまり塗装距離を示す。
【0039】
図2を参照して、静電塗装機14はエアモータ20を有し、エアモータ20のモータ出力軸20aに回転霧化頭14aが連結されている。回転霧化頭14aはエアモータ20によって駆動される。モータ出力軸20aは中空である。塗料供給チューブ22は、中空のモータ出力軸20aの中でエアモータ20の中心軸Caxに配置され、塗料は、塗料供給チューブ22を通じて回転霧化頭14aの中心に供給される。すなわち、静電塗装機14はセンターフィード方式の塗装機である。
【0040】
静電塗装機14には、高電圧発生器(以下、「カスケード」という。)24が内蔵されている。カスケード24は、周知のコッククロフトーウォルトン回路によって高電圧Vを生成する。カスケード24が生成した高電圧Vは、エアモータ20を介して回転霧化頭14aに供給される。すなわち、上述したエアモータ20は金属製であり、金属製エアモータ20は、回転霧化頭14aに高電圧を印加する高電圧印加経路の一部を構成している。回転霧化頭14aに供給された塗料は回転霧化頭14aによって直接的に帯電されながら微粒化される。すなわち、静電塗装機14は直接帯電方式の塗装機である。静電塗装機14に内蔵したカスケード24に代えて、静電塗装機14とは別体の高電圧発生器(図示せず)で生成した高電圧を回転霧化頭14aに供給するようにしてもよい。
【0041】
図1を参照して、塗装ロボット10を制御する制御ユニット16は高電圧安全制御部30を含んでいる。高電圧安全制御部30は、静電塗装機14と共に塗装装置SYを構成する。高電圧安全制御部30は、制御ユニット16に組み込んでもよいし、別のユニットに組み込んでもよい。高電圧安全制御部30は出力高電圧制御部302と過電流安全制御部304と最小高電圧保護制御部306とを有している(図3)。
【0042】
高電圧安全制御部30は、現在の高電圧電流iを常時監視する高電圧電流値監視部310と、現在の高電圧Vを常時監視する高電圧監視部312(A)、(B)とを有している。高電圧電流値監視部310には、コッククロフトーウォルトン回路による脈動成分ΔVの影響を受けない高電圧電流iが取り込まれる。
【0043】
高電圧電流値監視部310から高電圧電流iの現在の値が出力高電圧制御部302及び過電流安全制御部304に供給される。出力高電圧制御部302は、従来と同様に、上昇する高電圧電流iが電流制限値(CB)に達すると、カスケード24の出力電圧Vの値を小さくする出力高電圧制御信号を生成する。この出力高電圧制御信号に基づいてカスケード24の出力が制御される(出力高電圧制御機能(CB))。
【0044】
過電流安全制御部304は、従来と同様に、高電圧電流iが異常に上昇して絶対値感度(CL)よりも高い値になったら出力停止信号を生成する。この出力停止信号に基づいてカスケード24の出力が停止される(過電流安全制御機能(CL))。
【0045】
図3において、参照符号320はCB設定変更部を示し、参照符号322はCL設定変更部を示す。CB設定変更部320及びCL設定変更部322には、高電圧監視部312(A)、312(B)から出力電圧Vの現在値が入力される。CB設定変更部320には、メモリM(図2)から読み込んだ且つ高電圧値に対応する電流制限値(CB)の登録値が入力され、CB設定変更部320において、出力電圧Vの現在値に基づいて該現在値に対応する電流制限値(CB)となるように電流制限値(CB)の設定値が変更される。ここにメモリMには図4に示す電流制限値(CB)に関するデータが予め登録されている。CL設定変更部322には、メモリM(図2)から読み込んだ且つ高電圧値に対応する絶対値感度(CL)の登録値が入力され、CL設定変更部322において、出力電圧Vの現在値に基づいて該現在値に対応する絶対値感度(CL)となるように絶対値感度(CL)の設定値が変更される。ここにメモリMには図4に示す絶対値感度(CL)に関するデータが予め登録されている。
【0046】
なお、高電圧監視部312(A)、312(B)からCB設定変更部320、CL設定変更部322に供給される出力電圧Vの現在値は、前述した脈動成分ΔVの影響を緩和する強いフィルタを経由した後の値である。出力高電圧制御部302は、CB設定変更部320から受け取った電流制限値(CB)の設定値に基づいて出力高電圧制御(CB)が実行される。過電流安全制御部304は、CL設定変更部322から受け取った絶対値感度(CL)の設定値に基づいて過電流安全制御(CL)が実行される。
【0047】
出力高電圧制御部302が生成した出力電圧Vの値は、現在の高電圧の値であるとして、高電圧値監視部314を通じて最小高電圧保護制御部306に供給される。最小高電圧保護制御部306には、メモリM(図2)から読み込んだ高電圧下限感度UVの登録値が入力され、最小高電圧保護制御部306は高電圧下限感度UVの登録値に基づいて最小高電圧保護制御を実行する。すなわち、カスケード24の出力電圧の絶対値が高電圧下限感度UVの登録値以下となったときに、カスケード24の高電圧発生器の出力が停止される。
【0048】
図4は、電流制限値(CB)の設定に関する第1実施例を説明するための図である。図4は、また、電流制限値(CB)及び絶対値感度(CL)の設定に関する第2実施例を説明するための図でもある。
【0049】
設定値変更に関する第1実施例(CB設定値の変更)
図4を参照して、近接塗装の運用において高電圧の変化域(出力高電圧制御(CB)による電圧降下)は、この実施例では、出力電圧Vの絶対値が60kV乃至それ以下である。この出力電圧Vの変化域よりも上の領域を「相対的高電圧域Har」と呼ぶ。相対的高電圧域Harは、200mm以上の塗装距離Wdに相当する。他方、相対的高電圧域Harよりも出力電圧Vの絶対値が低い領域を「相対的低電圧域Lar」と呼ぶ。相対的低電圧域Larは、塗装距離Wdが20mm~200mmに相当する。
【0050】
相対的高電圧域Harでは、出力電圧Vに対して電流制限値(CB)が一定値である(CBが約50μA)。他方、相対的低電圧域Larでは、電流制限値(CB)の設定値が変更される。具体的に説明すると、相対的低電圧域Larにおいて、出力電圧Vの絶対値が大きいときと小さいときとを対比したときに、出力電圧Vの絶対値が小さいときの方が電流制限値(CB)の設定値が小さな値に変更される。好ましくは、相対的低電圧域Larにおいて、電流制限値(CB)の設定値は、出力電圧Vの絶対値が低くなるに従って小さな値に設定変更される(約30μA以上約50μA以下)。更に好ましくは、相対的低電圧域Larにおいて、電流制限値(CB)の設定値は、図4から分かるように、出力電圧Vの絶対値が低くなるに従って徐々に小さな値に設定変更されるのが良い。この電流制限値(CB)の設定変更はCB設定変更部320(図3)で行われる。好ましくは、出力電圧Vの各値と、これに対応する電流制限値(CB)の設定値とをメモリM(図2)に登録させておくのがよい。
【0051】
運用の中、CB設定変更部320は、出力電圧Vの現在値に対応する電流制限値(CB)の登録値をメモリMから読み込んで、この読み込んだ電流制限値(CB)の登録値に基づく電流制限値(CB)の設定値を出力高電圧制御部302(図3)に供給する。出力高電圧制御部302で行われる出力高電圧制御は、CB設定変更部320から受け取った電流制限値(CB)の設定値に基づいて実行される。
【0052】
図6は、上記の第1実施例の作用効果を確認するために、球状アースを用いた実験例である。この実験は、図10を参照して説明した実験(球状アース)に対応している。
【0053】
図6の一点鎖線は高電圧電流iを示す。球状アースを静電塗装機に接近させると、高電圧電流iが大きな値になり、この現象を受けて出力高電圧制御部302は出力電圧Vを降下させる制御が実行される(出力高電圧制御機能)。出力電圧Vが降下すると、CB設定変更部320において、電流制限値(CB)の設定値は、出力電圧Vの現在値に対応する、相対的に小さな値に変更される。そして、球状アースを静電塗装機に接近させ続けると、電流制限値(CB)の設定値が更に小さな値になる。すなわち、電流制限値(CB)は、出力電圧Vの絶対値が降下するのに敏感に反応して変化する。そして、この変化する電流制限値(CB)に基づいて、出力電圧Vの絶対値が下がる(出力高電圧制御機能)。出力電圧Vの絶対値が低くなるに従って電流制限値(CB)の設定値を小さな値に変更することで、図6から分かるように、カスケード24の出力電圧Vが急激に降下する。また、高電圧電流iも急激に小さな値になる。
【0054】
球状アースは、高電圧安全制御において、最も過酷なワークの典型例であるのは前述した通りである。この球状アースを用いた実験結果を示す図6から次のことが分かる。すなわち、静電塗装機14がワークWkに接近したときに、出力電圧Vの絶対値の降下に従って電流制限値(CB)の設定値を小さな値に変更することで、出力高電圧制御機能が敏感に働く。この結果、出力電圧Vの絶対値を迅速に急降下させることができる。これにより、スパークの発生を未然に防ぐことができる。そして、出力高電圧制御機能はカスケード24の出力を停止させないため、この出力高電圧制御機能を効果的に働かせることで、生産性を悪化させることなく、近接塗装を継続できる。
【0055】
設定値変更に関する第2実施例(電流制限値(CB)及び絶対値感度(CL)の設定値の変更)並びに第2実施例の変形例
図4は、上記の第1実施例で説明した電流制限値(CB)の設定値の変更と共に、絶対値感度(CL)の設定値を変更する第2実施例を開示している。図5は、この第2実施例(図4)の変形例を示す。この変形例では、絶対値感度(CL)の設定値を変更する点で第2実施例(図4)と共通するが、電流制限値(CB)の設定値は、出力電圧Vの値が変化しても一定である。電流制限値(CB)の設定値を比較的小さな値(例えば30μA)に設定する場合には、電流制限値(CB)の設定値は、出力電圧の値が変化しても一定であってもよい。
【0056】
図4図5を参照して、相対的低電圧域Larにおいて、出力電圧Vの絶対値が大きいときと小さいときとを対比したときに、出力電圧Vの絶対値が小さいときの方が絶対値感度(CL)の設定値が小さな値に設定される。好ましくは、相対的低電圧域Larにおいて、高電圧Vの絶対値が低くなるに従って絶対値感度(CL)の設定値が小さな値に変更される。更に好ましくは、図4図5からわかるように、相対的低電圧域Larにおいて、高電圧Vの絶対値が低くなるに従って絶対値感度(CL)の設定値が徐々に小さな値に変更される。そして、同じ出力電圧で対比したときに、絶対値感度(CL)は電流制限値(CB)よりも大きな値に設定される(CB<CL)。好ましくは、高電圧Vの絶対値が低くなる程、絶対値感度(CL)と電流制限値(CB)との差が大きくなるように設定するのが良い。
【0057】
第2実施例(図4)、変形例(図5)によれば、例えば故障や事故でスパークが発生するような状況になったときに、つまり、出力高電圧制御(CB)による追従が間に合わないときに、出力電圧Vの絶対値の降下に伴って小さな値に設定される絶対値感度(CL)に基づいて過電流安全制御が実行され、カスケード24の出力が遮断される。この過電流安全制御によって、安全性確保をバックアップすることができる。
【0058】
なお、第2実施例(図4)、変形例(図5)においても、第1実施例で説明したのと同様に、出力電圧Vの各値とこれに対応する電流制限値(CB)の設定値及び出力電圧Vの各値とこれに対応する絶対値感度(CL)の設定値とをメモリM(図2)に予め登録しておくのがよい。
【0059】
設定値変更に関する第3実施例(CB設定変更特性線とCL設定変更特性線との交差)
図4図5から分かるように、電流制限値(CB)のCB設定変更特性線と、絶対値感度(CL)のCL設定変更特性線とを交差させるのがよい。絶対値感度(CL)と電流制限値(CB)とが同じ値(約30μA)になる交点Cpの設定電圧値は、好ましくは、高電圧下限感度(UV)の登録値(約ー30kV)であるのがよい。高電圧下限感度(UV)の登録値は、前述したように、最小高電圧保護制御のしきい値であり、カスケード24の出力電圧Vの絶対値が交点Cpの下の高電圧下限感度(UV)の登録値以下となったときに、カスケード24の出力が停止される。この出力停止される領域を「最小高電圧保護域MVar」と呼ぶ。
【0060】
図4図5において、相対的低電圧域Larでは、同じ出力電圧で対比したときに電流制限値(CB)<絶対値感度(CL)である。他方、高電圧下限感度(UV)の登録値以下の領域である最小高電圧保護域MVarでは、相対的低電圧域Larのときとは異なり、電流制限値(CB)と絶対値感度(CL)との関係が反転して、絶対値感度(CL)<電流制限値(CB)である。
【0061】
相対的低電圧域Larにおいて、同じ出力電圧で対比したときに電流制限値<絶対値感度(CB<CL)である利点を以下に説明する。ワークが車両ボディなどエッジ部を備えている場合、エッジ部は放電電流が流れ易く、高電圧電流iが一時的に上昇する。エッジ部で絶対値感度(CL)が働いて塗装ラインが停止される事態に至らなくても、エッジ部に電界集中して、エッジ部に付着する塗料の塗膜が厚くなり過ぎる問題が発生する。また、エッジ部に電界が集中すると、エッジ部よりも奥の部位に塗料が行き渡らなく、エッジ部以外の塗布したい面に十分な塗膜が得られないという問題が発生する。
【0062】
エッジ部の多いワークでは、ロボット制御プログラムで、出力電圧の絶対値を下げたり、シェイピングエアを強くする塗装方法が採用され、エッジ部の多いワークに適合する塗装プログラムの下で塗装が実行される。
【0063】
上述したように、近年の塗装は早い線速が求められている。しかし、塗装プログラムは被塗物の部位単位(例:1秒)でしか運用できない。このことから、例えば通過時間が僅かな0.1sec程度のエッジ部のために残りの0.9sec分(線速500mm/secでは450mm分の面積)も低い絶対値のままの出力電圧であったり、強いままのシェイピングエアで塗装を実行したときには、塗着効率の低下を招く。
【0064】
相対的低電圧域Larにおいて、同じ出力電圧で対比したときにCB<CLであればエッジ状態(適正な電界強度)に合った電流制限値(CB)で必要な瞬間だけ出力電圧を抑えることができるため、近接塗装で実現可能な高い塗着効率を維持できる。
【0065】
相対的低電圧域Larにおいて、同じ出力電圧で対比したときにCB<CLであるのは上述した通りであるが、電流制限値(CB)と絶対値感度(CL)との差は、出力電圧Vの絶対値が小さくなるに従って徐々に小さくなるのが好ましい。
【0066】
相対的低電圧域Larにおいて、出力電圧Vの絶対値が比較的大きい程(図4図5において、交点Cpから遠い領域)、出力電圧Vの絶対値の変化に対する高電圧電流iの値の変動量が大きい。高電圧電流iの値の変動量が大きければ、電流制限値(CB)に基づく出力高電圧制御が追い付かないで高電圧電流iが電流制限値(CB)よりも大きな値になってしまい、そして、絶対値感度(CL)まで達してしまう可能性が大きくなる。そして、絶対値感度(CL)に達したのが検知されると、過電流安全制御機能が働いてカスケード24の出力が停止される。この出力停止の頻度は少ない方が良い。このためには、相対的低電圧域Larにおいて、出力電圧Vの絶対値が比較的大きいときには、同じ出力電圧で対比したときにCB<<<CLとなるように電流制限値(CB)と絶対値感度(CL)との差分値が徐々に大きくなるように電流制限値(CB)、絶対値感度(CL)の値を設定するのがよい。
【0067】
相対的低電圧域Larにおいて、出力電圧Vの絶対値が比較的小さいときには(図4図5において、交点Cpに近い領域)、出力電圧Vの絶対値の変化に対する高電圧電流iの値の変動量が小さい。この領域では、電流制限値(CB)と絶対値感度(CL)との差分値が小さくなるように電流制限値(CB)、絶対値感度(CL)の値を設定するのがよい。電流制限値(CB)と絶対値感度(CL)との差を徐々に縮めることで、過電流安全制御機能(CL)によるバックアップ機能を迅速に働かせて安全性の確保を確かなものにすることができる。
【0068】
他方、絶対値が約30kVである高電圧下限感度(UV)の登録値以下の最小高電圧保護域MVarつまり交点Cpの下の最小高電圧保護域MVarでは、電流制限値(CB)と絶対値感度(CL)との関係が反転して、同じ出力電圧で対比したときに絶対値感度(CL)<電流制限値(CB)である。好ましくは、図4図5からわかるように、最小高電圧保護域MVarにおいて、高電圧の絶対値が低くなる程、絶対値感度(CL)と電流制限値(CB)との差が大きくなるように設定されている。
【0069】
周知のように、コッククロフトーウォルトン回路では、出力電圧Vに脈動成分ΔVが多く含まれ、このため、出力電圧Vの検知に強いフィルタが必要となる。このことから、出力高電圧制御(CB)による出力電圧Vの絶対値の急激な降下がフィルタによって緩和され、出力変化を検知するタイミングが遅延する。これに対して高電圧電流iはコッククロフトーウォルトン回路に入力される前の電流値であることから、脈動成分ΔVは無い。したがって、高電圧電流iをフィルタで均す必要が無く、高電圧電流iの変動を直ちに検知することができる。
【0070】
出力電圧Vの変化を検知するタイミングが遅れることは、現在の出力電圧Vが高電圧下限感度(UV)の登録値以下になったことを検知するタイミングが遅れて、出力電圧(V)が最小高電圧保護域MVarに侵入してしまった場合に、この侵入は、遅延が無い高電圧電流iによって事実上検知される。
【0071】
最小高電圧保護域MVarでは同じ出力電圧で対比したときに絶対値感度(CL)<電流制限値(CB)であることから、まず、絶対値感度(CL)によってカスケード24の出力を停止する過電流安全制御が実行される。出力高電圧制御(CB)は過電流安全制御(CL)に対するバックアップとして機能する。
【0072】
出力電圧Vを監視して現在の出力電圧(V)を検知しても、上述したように、この出力電圧Vの検知は遅い。予め登録した絶対値感度(CL)、電流制限値(CB)に基づいて素早く制御することで、生産性と安全性を両立させることができる。
【0073】
設定変更特性線の変形例(図7
図7は、電流制限値(CB)及び絶対値感度(CL)の設定変更特性線の変形例を示す。図7を参照して、最小高電圧保護域MVarよりも上の領域、つまり出力電圧Vの絶対値が高電圧下限感度(UV)の登録値よりも高い領域が3つに区分されている。
【0074】
高電圧下限感度(UV)の登録値(-30kV)と、-60kVとの範囲を「相対的低電圧域Lar」と呼ぶ。相対的低電圧域Larは、塗装距離Wdが50mm~200mmに相当する。相対的低電圧域Larでは、電流制限値(CB)の設定値の変更幅は30μA乃至50μAであり、絶対値感度(CL)の設定値の変更幅は30μA乃至60μAである。また、同じ出力電圧で対比したときに電流制限値(CB)と絶対値感度(CL)との相対的な関係はCB<CLである。
【0075】
-60kVないし-90kVの範囲を「相対的中電圧域Mar」と呼ぶ。相対的中電圧域Marは、塗装距離Wdが200~300mmに相当する。この相対的中電圧域Marは遠位塗装法の適用範囲であるということができる。塗装距離Wdが200mmのときには、初期高電圧が-60kVに設定される。塗装距離Wdが300mmのときには、初期高電圧が-90kVに設定される。
【0076】
出力電圧の絶対値が90以上の領域を「相対的高電圧域Har」と呼ぶ。相対的高電圧域Harは、塗装距離Wdが300mm以上に相当する。
【0077】
相対的高電圧域Harでは、絶対値感度(CL)<電流制限値(CB)に設定するのが好ましい。すなわち、CB設定変更特性線とCL設定変更特性線とを相対的高電圧域Harと相対的中電圧域Marとの境界で交差させて、相対的高電圧域Harでは、絶対値感度(CL)<電流制限値(CB)にするのが好ましい。この相対的高電圧域Harでは、出力電圧Vの絶対値が極めて高く、スパーク発生のリスクが大きい。このことから、絶対値感度(CL)に基づく過電流安全制御を先行して動作させることができる。これによりスパーク発生を未然に防止するのがよい。
【0078】
図7に図示の特性線は以下の利点を有する。すなわち、静電塗装機14を含む塗装ロボット10の適用を近位塗装法に限定しないで遠位塗装法を含む運用、つまり、近位塗装法だけでなく、遠位塗装法にも適用可能な塗装装置を提供するときに、図7に図示の特性線を好適に適用することができる。
【符号の説明】
【0079】
SY 塗装装置
10 塗装ロボット
11 ロボットアーム
12 手首部
14 静電塗装機
14a 回転霧化頭
Wd 塗装距離
Wk ワーク
24 カスケード(高電圧発生器)
30 高電圧安全制御部
302 出力高電圧制御部(電流制限値(CB))
304 過電流安全制御部(絶対値感度(CL))
306 最小高電圧保護制御部(高電圧下限感度(UV))
320 CB設定変更部
322 CL設定変更部
Lar 相対的低電圧域
MVar 最小高電圧保護域
【要約】
【課題】近接塗装法においてスパークの発生リスクを低減する。
【解決手段】高電圧安全制御部(30)は出力高電圧制御部(302)を含む。出力高電圧制御部(302)は、高電圧電流(i)が電流制限値(CB)に達したときに、高電圧発生器(24)の出力を停止せずに、高電圧発生器(24)が出力する高電圧(V)の絶対値を降下させる制御を実行する機能を有する。高電圧安全制御部(30)は、高電圧(V)の現在値に基づいて電流制限値(CB)の設定値を変更するCB設定変更部(320)を含む。CB設定変更部(320)において、高電圧(V)の絶対値が所定のしきい値よりも低い相対的低電圧域(Lar)では、高電圧(V)の絶対値が大きいときと小さいときとを対比したときに、高電圧(V)の絶対値が小さいときの方が、電流制限値(CB)が小さな値に設定される。
【選択図】図4
図1
図2
図3
図4
図5
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図7
図8
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図10