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  • 特許-被覆切削工具 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-21
(45)【発行日】2022-07-29
(54)【発明の名称】被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
   B23B 27/14 20060101AFI20220722BHJP
   C23C 14/06 20060101ALI20220722BHJP
   C23C 14/24 20060101ALI20220722BHJP
【FI】
B23B27/14 A
C23C14/06 A
C23C14/24 F
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020108341
(22)【出願日】2020-06-24
(65)【公開番号】P2022006231
(43)【公開日】2022-01-13
【審査請求日】2021-05-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000221144
【氏名又は名称】株式会社タンガロイ
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】中村 崇昭
【審査官】荻野 豪治
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-115740(JP,A)
【文献】特表2014-532117(JP,A)
【文献】特開2015-199662(JP,A)
【文献】特開2019-25591(JP,A)
【文献】特開2012-96304(JP,A)
【文献】特開2010-142932(JP,A)
【文献】特開2016-26893(JP,A)
【文献】特表2015-508716(JP,A)
【文献】特開2014-76500(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/294062(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 27/14
B23B 51/00
B23C 5/16 ー 5/24
B23P 15/28
C23C 14/06
C23C 14/24
C23C 16/32 ー 16/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、前記基材の表面に形成された被覆層とを備え、
すくい面と、逃げ面とを有する、被覆切削工具であって、
前記被覆層は、AlNを含有する第1化合物層と、下記式(1):
(Ti1-xAlx)N (1)
(式(1)中、xはTi元素及びAl元素の合計に対するAl元素の原子比を表し、0.40≦x≦0.70である。)
で表される組成を有する化合物を含有する第2化合物層と、が交互に積層された交互積層構造を有し、
前記第1化合物層1層当たりの平均厚さT1が、5nm以上160nm以下であり、
前記第2化合物層1層当たりの平均厚さT2が、8nm以上200nm以下であり、
前記平均厚さT2に対する前記平均厚さT1の比(T1/T2)が、0.10以上0.80以下であり、
前記交互積層構造の平均厚さT3が、2.5μm以上7.0μm以下であり、
前記すくい面又は前記逃げ面において、弾性率Eに対する硬さHの比(H/E)が、0.065以上0.085以下である、
被覆切削工具。
【請求項2】
前記逃げ面における硬さH2が前記すくい面における硬さH1より大きい、請求項1記載の被覆切削工具。
【請求項3】
前記硬さH2と、前記硬さH1との差(H2-H1)が、0.5GPa以上1.5GPa以下である、請求項2記載の被覆切削工具。
【請求項4】
前記硬さH1が、28.0GPa以上35.0GPa以下であり、
前記硬さH2が、28.5GPa以上36.0GPa以下である、請求項2又は3に記載の被覆切削工具。
【請求項5】
前記第2化合物層は、(Ti,Al)Nの立方晶の結晶を含み、X線回折測定による立方晶(200)面の回折ピークの半値幅が0.5°以上2.0°以下である、請求項1~4のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項6】
前記被覆層は、前記交互積層構造の前記基材とは反対の面に、上部層を有し、
前記上部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si、及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O、及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物の単層又は積層であり、
前記上部層の平均厚さは、0.1μm以上3.0μm以下である、請求項1~5のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項7】
前記被覆層の平均厚さT4が、2.5μm以上9.0μm以下であり、
前記平均厚さT4に対する、前記平均厚さT3の比が、0.7以上1.0以下である、請求項1~6のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【請求項8】
前記基材は、超硬合金、サーメット、セラミックス、及び立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである、請求項1~7のいずれか1項に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被覆切削工具に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、鋼などの切削加工には超硬合金や立方晶窒化硼素(cBN)焼結体からなる切削工具が広く用いられている。中でも超硬合金基材の表面にTiN層、及びTiAlN層等の硬質被覆膜を1又は2以上含む表面被覆切削工具は、汎用性の高さから様々な加工に用いられている。
【0003】
例えば、特許文献1には、基材とその上に形成された被覆膜とを備え、被覆膜は、AlNからなるA層と、Ti1-xAlxN(ただし式中xは0.3≦x≦0.7)からなるB層とが交互に各々2層以上積層されてなり、A層の層厚λaとB層の層厚λbとは、それぞれ2nm以上1000nm以下であり、その層厚比λa/λbは、基材側から被覆膜の最表面側にかけて増大し、かつ基材に最も近いA層とB層の層厚比λa/λbは0.1以上0.7以下であり、最表面側に最も近いA層とB層の層厚比λa/λbは1.5以上10以下であることを特徴とする表面被覆切削工具が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2010-115740号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、鋳鉄等の転削加工は、高速化及び高送り化の傾向にあり、従来よりも切削条件が厳しくなっている。そのような加工においては、刃先にかかる機械的負荷、及び/又は刃先温度の急激な変化により、工具表面にクラック、特にサーマルクラックが発生しやすく、発生したクラックが基材へと進展することに起因した工具の欠損が多い。したがって、切削工具には、従来よりも耐摩耗性及び耐欠損性を向上させ、工具寿命を延長することが求められている。
【0006】
しかしながら、本発明者が上記特許文献1に記載のものを始めとする従来の切削工具を詳細に検討したところ、従来の切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性の少なくともいずれかが十分でないことがわかった。例えば、上記特許文献1に記載の切削工具は、サーマルクラックを抑制する効果が不十分であり、耐摩耗性及び耐欠損性が十分ではない。
【0007】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は被覆切削工具の工具寿命の延長について研究を重ねたところ、被覆切削工具を特定の構成にすると、その耐摩耗性及び耐欠損性を向上させることが可能となり、その結果、被覆切削工具の工具寿命を延長することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0009】
すなわち、本発明の要旨は以下の通りである。
[1]
基材と、前記基材の表面に形成された被覆層とを備え、
すくい面と、逃げ面とを有する、被覆切削工具であって、
前記被覆層は、AlNを含有する第1化合物層と、下記式(1):
(Ti1-xAlx)N (1)
(式(1)中、xはTi元素及びAl元素の合計に対するAl元素の原子比を表し、0.40≦x≦0.70である。)
で表される組成を有する化合物を含有する第2化合物層と、が交互に積層された交互積層構造を有し、
前記第1化合物層1層当たりの平均厚さT1が、5nm以上160nm以下であり、
前記第2化合物層1層当たりの平均厚さT2が、8nm以上200nm以下であり、
前記平均厚さT2に対する前記平均厚さT1の比(T1/T2)が、0.10以上0.80以下であり、
前記交互積層構造の平均厚さT3が、2.5μm以上7.0μm以下であり、
前記すくい面又は前記逃げ面において、弾性率Eに対する硬さHの比(H/E)が、0.065以上0.085以下である、
被覆切削工具。
[2]
前記逃げ面における硬さH2が前記すくい面における硬さH1より大きい、[1]記載の被覆切削工具。
[3]
前記硬さH2と、前記硬さH1との差(H2-H1)が、0.5GPa以上1.5GPa以下である、[2]記載の被覆切削工具。
[4]
前記硬さH1が、28.0GPa以上35.0GPa以下であり、
前記硬さH2が、28.5GPa以上36.0GPa以下である、[2]又は[3]に記載の被覆切削工具。
[5]
前記第2化合物層は、(Ti,Al)Nの立方晶の結晶を含み、X線回折測定による立方晶(200)面の回折ピークの半値幅が0.5°以上2.0°以下である、[1]~[4]のいずれか1つに記載の被覆切削工具。
[6]
前記被覆層は、前記交互積層構造の前記基材とは反対の面に、上部層を有し、
前記上部層は、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si、及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O、及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物の単層又は積層であり、
前記上部層の平均厚さは、0.1μm以上3.0μm以下である、[1]~[5]のいずれか1つに記載の被覆切削工具。
[7]
前記被覆層の平均厚さT4が、2.5μm以上9.0μm以下であり、
前記平均厚さT4に対する、前記平均厚さT3の比が、0.7以上1.0以下である、[1]~[6]のいずれか1つに記載の被覆切削工具。
[8]
前記基材は、超硬合金、サーメット、セラミックス、及び立方晶窒化硼素焼結体のいずれかである、[1]~[7]のいずれか1つに記載の被覆切削工具。
【発明の効果】
【0010】
本発明によると、耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長い被覆切削工具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の被覆切削工具の一実施形態を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について、適宜図面を参照しながら詳細に説明するが、本発明は下記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。なお、図面中、同一要素には同一符号を付すこととし、重複する説明は省略する。また、上下左右等の位置関係は、特に断らない限り、図面に示す位置関係に基づくものとする。更に、図面の寸法比率は図示の比率に限られるものではない。
【0013】
[被覆切削工具]
図1に本実施形態の被覆切削工具を示す。本実施形態の被覆切削工具1は、基材2と、基材2の表面に形成された被覆層3とを備え、すくい面と、逃げ面とを有する。また、被覆層3は、AlNを含有する第1化合物層4と、下記式(1):
(Ti1-xAlx)N (1)
(式(1)中、xはTi元素及びAl元素の合計に対するAl元素の原子比を表し、0.40≦x≦0.70である。)
で表される組成を有する化合物を含有する第2化合物層5と、が交互に積層された交互積層構造を有し、第1化合物層4の1層当たりの平均厚さT1が、5nm以上160nm以下であり、第2化合物層5の1層当たりの平均厚さT2が、8nm以上200nm以下であり、平均厚さT2に対する平均厚さT1の比(T1/T2)が、0.10以上0.80以下であり、交互積層構造の平均厚さT3が、2.5μm以上7.0μm以下であり、すくい面又は逃げ面において、弾性率Eに対する硬さHの比(H/E)が、0.065以上0.085以下である。
【0014】
本実施形態の被覆切削工具1は、上記の構成を有することにより、下記に詳述するように耐摩耗性及び耐欠損性を向上させた工具寿命の長いものとなる。
【0015】
[基材]
本実施形態の被覆切削工具1は、基材2と基材2の表面に形成された被覆層3とを含む。基材は、被覆切削工具の基材として用いられ得るものであれば、特に限定されない。基材の例としては、超硬合金、サーメット、セラミックス、立方晶窒化硼素焼結体、ダイヤモンド焼結体、及び高速度鋼等が挙げられる。それらの中でも、基材は、好ましくは、超硬合金、サーメット、セラミックス及び立方晶窒化硼素焼結体からなる群より選ばれる1種以上である。そのような態様によれば、被覆切削工具の耐欠損性が一層向上する傾向にある。
【0016】
[被覆層]
被覆層3は、AlNを含有する第1化合物層4と、下記式(1):
(Ti1-xAlx)N (1)
(式(1)中、xはTi元素及びAl元素の合計に対するAl元素の原子比を表し、0.40≦x≦0.70である。)
で表される組成を有する化合物を含有する第2化合物層5と、が交互に積層された交互積層構造を有する。
【0017】
(第1化合物層)
第1化合物層4は、AlNを含有する。AlNは熱伝導率が高いため、第1化合物層がAlNを含有することにより、被覆層の表面で生じた熱が被覆層内に伝搬しやすくなり、熱が切れ刃近傍に蓄積することを抑制することができる。その結果、被覆切削工具1は耐熱性及び耐溶着性が向上するため、特に切削工具が高温になりやすい転削加工においても優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有する。
【0018】
第1化合物層4におけるAlNの含有量は特に限定されないが、第1化合物層全体に対して、好ましくは50質量%超であり、より好ましくは70質量%以上であり、更に好ましくは90質量%以上である。AlNの含有量が上記の範囲内にあることにより、AlNによる熱伝導が一層発揮され、被覆切削工具1の耐摩耗性及び耐欠損性が一層向上する。同様の観点から、第1化合物層4は、特に好ましくはAlNからなるものである。ただし、「第1化合物層がAlNからなる」とは、第1化合物層が不可避不純物を含有することを排除することを意図するものではない。すなわち、第1化合物層が不可避不純物を含む場合であっても、その他の成分がAlNである場合、第1化合物層がAlNからなるといえる。
【0019】
なお、本明細書中において、「不可避不純物」とは、化合物層に対して1.0質量%以下の含有量で含まれる成分を意味する。第1化合物層4における不可避不純物の含有量は、第1化合物層全体に対して、好ましくは1000ppm以下であり、より好ましくは100ppm以下であり、更に好ましくは10ppm以下である。
【0020】
第1化合物層4の1層当たりの平均厚さT1は、5nm以上160nm以下である。平均厚さT1が5nm以上であることにより、上述の第1化合物層による効果が有効かつ確実に奏される。また、平均厚さT1が160nmより大きいと、単独では耐摩耗性が十分でない第1化合物層の比率が被覆層において増加するため、サーマルクラックが発生しやすい傾向にある。被覆切削工具1は、第1化合物層4の1層当たりの平均厚さT1が160nm以下であるため、そのような問題が生じない。すなわち、平均厚さT1が160nm以下であることにより、被覆切削工具1は優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有する。同様の観点から、平均厚さT1は、好ましくは6nm以上150nm以下であり、より好ましくは8nm以上100nm以下である。
【0021】
(第2化合物層)
第2化合物層5は、下記式(1):
(Ti1-xAlx)N (1)
(式(1)中、xはTi元素及びAl元素の合計に対するAl元素の原子比を表し、0.40≦x≦0.70である。)
で表される組成を有する化合物を含有する。なお、本明細書中、化合物の組成を(Ti1-xAlx)Nと表記する場合は、Ti元素及びAl元素の合計に対するAl元素の原子比がx、Ti元素及びAl元素の合計に対するTi元素の原子比が1-xであることを意味する。
【0022】
Ti元素及びAl元素の窒化物(以下、「(Ti,Al)N」という。)は、一般的に、立方晶の結晶を含むが、当該立方晶は熱により六方晶に相変態し、当該結晶の体積が増加することが知られている。また、一般的に、転削加工等の刃先温度が急激に上昇する加工において、切削工具は、その急激な温度上昇によりサーマルクラックが生じ、欠損が生じると考えられる。被覆切削工具1において、切削加工等により高熱が生じた場合、第2化合物層5が含有する(Ti,Al)Nの立方晶は、当該切削加工の最中に六方晶に相変態するため、第2化合物層5中の(Ti,Al)Nの結晶は、当該切削加工の最中に体積が膨張すると考えられる。当該結晶の膨張は、被覆切削工具1内部に圧縮応力を生じるため、切削加工による急激な温度上昇に起因して微細なサーマルクラックが発生したとしても、当該微細なサーマルクラックが被覆層中に進展し、被覆切削工具の欠損の原因となる程度に成長することを抑制することができると考えられる。そのため、被覆切削工具1は優れた耐摩耗性及び耐欠損性(特に転削加工における耐摩耗性及び耐欠損性)を有すると考えられる。ただし、要因はこれに限定されない。
【0023】
また、第2化合物層5における(Ti,Al)Nが上記式(1)で表される組成を有する場合、以下の理由から被覆切削工具1の耐摩耗性及び耐欠損性が向上すると考えられる。式(1)中、xが0.40以上0.70以下であることにより、圧縮応力が生じるという上述の効果が有効かつ確実に奏されるようになり、被覆切削工具1の耐摩耗性及び耐欠損性が向上すると考えられる。これは、式(1)中、xが0.40以上であることにより、固溶強化が一層有効に生じるため、被覆層の硬さが向上し、また、式(1)中、xが0.70以下であることにより、六方晶の(Ti,Al)Nが相対的に減少し、立方晶の(Ti,Al)Nが相対的に増加するからであると考えられる。ただし、要因はこれに限定されない。
【0024】
被覆切削工具1の耐摩耗性及び耐欠損性が一層向上する観点から、上記式(1)において、xは好ましくは0.50以上であり、より好ましくは0.55以上である。そのような態様によれば、(Ti,Al)NにおいてAlの割合が相対的に大きくなるため、上記結晶の相変態に起因する結晶膨張の体積膨張率が大きくなり、圧縮応力が生じるという上述の効果が一層有効かつ確実に奏されるようになる傾向にある。また、(Ti,Al)NにおいてAlの割合が相対的に大きくなることは、第2化合物層の熱伝導率が向上する観点からも好ましい。
【0025】
第2化合物層5における(Ti,Al)Nの組成は、従来公知の方法で測定することができる。そのような方法としては、X線光電子分光法(XPS)、X線回折法(XRD)、波長分散型X線分析装置(WDS)、及びエネルギー分散型X線分析法(EDS)が挙げられる。より具体的には、例えば実施例に記載の方法により測定することができる。
【0026】
第2化合物層5における上記式(1)で表される組成を有する化合物の含有量は特に限定されないが、第2化合物層全体に対して、好ましくは50質量%超であり、より好ましくは70質量%以上であり、更に好ましくは90質量%以上である。上記式(1)で表される組成を有する化合物の含有量が上記の範囲内にあることにより、圧縮応力が生じるという上述の効果が一層有効かつ確実に奏されるようになり、被覆切削工具1の耐摩耗性及び耐欠損性が一層向上する。同様の観点から、第2化合物層5は、特に好ましくは上記式(1)で表される組成を有する化合物からなるものである。ただし、「第2化合物層が上記式(1)で表される組成を有する化合物からなる」とは、第2化合物層が不可避不純物を含有することを排除することを意図するものではない。すなわち、第2化合物が不可避不純物を含む場合であっても、その他の成分が上記式(1)で表される組成を有する化合物である場合、第2化合物層が上記式(1)で表される組成を有する化合物からなるといえる。第2化合物層5における不可避不純物の含有量は、第2化合物層全体に対して、好ましくは1000ppm以下であり、より好ましくは100ppm以下であり、更に好ましくは10ppm以下である。
【0027】
第2化合物層5は、好ましくは、(Ti,Al)Nの立方晶の結晶を含み、X線回折測定による立方晶(200)面の回折ピークの半値幅(全半値幅:FWHM)が0.5°以上2.0°以下である。このような態様によれば、上記半値幅が0.5°以上であるため、粗大な結晶粒が少なく、第2化合物層の靭性が一層向上する。また、上記半値幅が2.0°以下であるため、微細な結晶粒の割合が少なく、第2化合物層の耐摩耗性が一層向上する。第2化合物層が靭性と耐摩耗性をバランス良く有する結果、被覆切削工具1は一層優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有するものとなる。(Ti,Al)Nの立方晶の結晶の結晶粒を一層適切な範囲とする観点から、上記半値幅は、より好ましくは0.8°以上1.8°以下である。なお、「(Ti,Al)Nの立方晶の結晶」との用語において、(Ti,Al)Nとは、上記式(1)で表される組成を有する化合物に限らず、Ti元素及びAl元素を含む窒化物を意味するが、上記効果を有効かつ確実に奏する観点から、上記「(Ti,Al)Nの立方晶の結晶」は上記式(1)で表される組成を有する化合物の立方晶の結晶であることが好ましい。
【0028】
第2化合物層において、(Ti,Al)Nの立方晶(200)面の回折ピークの半値幅は、市販のX線回折装置を用いることにより、測定することができる。例えば、株式会社リガク製のX線回折装置(型式「RINT TTRIII」)を用い、Cu-Kα線による2θ/θ集中法光学系のX線回折測定を行えばよい。測定条件としては、例えば、特性X線:CuKα線、モノクロメータ:Ni、発散スリット:1/2°散乱スリット:2/3°、受光スリット:0.15mm、サンプリング幅:0.01°としてもよい。得られるX線回折図形から回折ピークの半値幅を求める際、X線回折装置に付属の解析ソフトウェアを用いてもよい。解析ソフトウェアでは、三次式近似を用いてバックグラウンド処理及びKα2ピーク除去を行い、Pearson-VII関数を用いてプロファイルフィッティングを行うことによって、回折ピークの半値幅を求めることができる。なお、薄膜X線回折法により、回折ピークの半値幅を測定してもよい。このような測定方法によれば、X線回折測定結果が第2化合物層以外の層の影響を確実に受けないようにすることができる。また、第2化合物層が被覆切削工具の表面に露出していない場合、バフ研磨等により各種の層を除去した後に、X線回折測定を行ってもよい。
【0029】
第2化合物層における(Ti,Al)Nの立方晶(200)面の回折ピークの半値幅は、第2化合物層5の1層当たりの平均厚さを小さくすると、小さくなる傾向にある。また、上記式(1)中、xの値を大きくした化合物を用いると、上記半値幅が大きくなる傾向にある。
【0030】
第2化合物層5の1層当たりの平均厚さT2は、8nm以上200nm以下である。平均厚さT2が8nm以上であることにより、上述の第2化合物層による効果が有効かつ確実に奏される。また、平均厚さT2が200nmより大きいと、単独では熱伝導率が十分でない第2化合物層の比率が被覆層において増加するため、サーマルクラックが発生しやすい傾向にある。ところが、被覆切削工具1は、第2化合物層5の1層当たりの平均厚さT2が200nm以下であるため、そのような問題が生じない。すなわち、平均厚さT2が200nm以下であることにより、被覆切削工具1は優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有する。同様の観点から、平均厚さT2は、好ましくは10nm以上160nm以下であり、より好ましくは15nm以上120nm以下である。
【0031】
(交互積層構造)
被覆層3は、上記の第1化合物層4と、上記の第2化合物層5とが交互に積層された交互積層構造を有し、上記の平均厚さT2に対する上記の平均厚さT1の比(T1/T2)が、0.10以上0.80以下である。上述のとおり、AlNを含む第1化合物層は、熱伝導率に優れ、被覆層に切削加工により発生する熱が蓄積することを防ぐことができるため、サーマルクラックの発生を抑制することができる。また、上記式(1)で表される組成を有する化合物を含有する第2化合物層は、切削加工の際に生じる熱により圧縮応力が生じるため、サーマルクラックが被覆層中に進展することを抑制できる。更に、上記式(1)で表される組成を有する化合物を含有する第2化合物層は、固溶強化により十分な硬さを有している。しかしながら、本発明者は、被覆切削工具が上記のような第1化合物層、又は上記のような第2化合物層のみを単独で含む場合、耐摩耗性及び耐欠損性の少なくとも一方が不十分であることを見出し、更に、被覆切削工具が上記のような第1化合物層と上記のような第2化合物層とが特定の比率で交互に積層された交互積層構造を有する場合に、耐摩耗性及び耐欠損性が優れたものとなることを見出した。
【0032】
すなわち、第1化合物層4と第2化合物層5とが交互に積層された交互積層構造において、上記の平均厚さT2に対する上記の平均厚さT1の比(T1/T2)が、0.10以上0.80以下であると、上記の第1化合物層による効果と上記の第2化合物層による効果が相乗的に発揮され、被覆切削工具1の耐摩耗性及び耐欠損性が著しく向上することを見出した。本発明者はその理由を以下のように考えているが、要因はこれに限られない。AlNを含む第1化合物層は、熱伝導率が高いものの、耐摩耗性及び靭性が十分でない。一方、上記式(1)で表される組成を有する化合物を含有する第2化合物層は、第1化合物層よりも耐摩耗性及び靭性が高い。したがって、上記の交互積層構造において、第1化合物層よりも第2化合物層の一層当たりの平均厚さを所定の範囲で大きくすることにより、耐摩耗性と耐熱衝撃性とのバランスを良好なものにすることができると考えられる。その結果、上記比(T1/T2)が、0.10以上0.80以下であると、被覆切削工具1の耐摩耗性及び耐欠損性が向上すると考えられる。
【0033】
耐摩耗性と耐熱衝撃性とのバランスを一層良好なものにする観点から、上記比(T1/T2)は、好ましくは0.20以上0.70以下であり、より好ましくは0.30以上0.68以下であり、更に好ましくは0.40以上0.65以下である。
【0034】
更に、上述の交互積層構造による効果を有効かつ確実に奏する観点から、上記交互積層構造の平均厚さT3は、2.5μm以上7.0μm以下である。特に、平均厚さT3が2.5μm以上であると、被覆切削工具1の耐摩耗性が向上する。また、平均厚さT3が7.0μm以下であると、上記の交互積層構造を含む被覆層が剥離することに起因した被覆切削工具1の欠損を抑制することができる。同様の観点から、上記平均厚さT3は、好ましくは2.5μm以上7.0μm以下であり、より好ましくは3.0μm以上6.0μm以下であり、更に好ましくは3.5μm以上5.0μm以下である。
【0035】
被覆層3において、上記の交互積層構造における第1化合物層4と第2化合物層5との繰り返し数は、上記の平均厚さT1、T2、及びT3が上記の範囲にある限り特に限定されず、5回以上600回以下であってもよく、10回以上500回以下であってもよく、20回以上400回以下であってもよく、30回以上300回以下であってもよい。なお、本明細書において、第1化合物層4と第2化合物層5を1層ずつ形成した場合、上記の交互積層構造における「繰り返し数」は1回である。
【0036】
(上部層)
図1に示す被覆切削工具1において、被覆層3は第1化合物層4と第2化合物層5とが交互に積層された交互積層構造からなるものであるが、被覆層3は、当該交互積層構造の基材2とは反対の面に、上部層を有してもよい。そのような態様によれば、被覆切削工具1の耐摩耗性を一層向上させることができる傾向にある。そのような上部層としては、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si、及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O、及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物の単層又は積層が挙げられる。なお、上部層において、「Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si、及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、C、N、O、及びBからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素とからなる化合物」の「積層」とは、上記の条件を満たす化合物からなる層が2層以上積層しており、互いに隣接する当該2以上の層の組成が互いに異なるものを意味する。
【0037】
耐摩耗性向上の効果を有効かつ確実に奏する観点から、被覆層3が上部層を有する場合、上部層の平均厚さは、好ましくは0.1μm以上3.0μm以下である。同様の観点から、上部層の平均厚さは、より好ましくは0.2μm以上2.5μm以下であり、更に好ましくは0.3μm以上2.0μm以下である。
【0038】
被覆層3が上部層を有しない場合、被覆層3の平均厚さは、上記の交互積層構造の平均厚さと等しいが、被覆層3が上部層を有する場合、被覆層3の平均厚さT4は、上記の交互積層構造の平均厚さT3と上部層の平均厚さの和で表される。被覆層3の平均厚さT4は、好ましくは2.5μm以上9.0μm以下であり、より好ましくは3.0μm以上8.5μm以下であり、更に好ましくは3.5μm以上7.0μm以下である。平均厚さT4が2.5μm以上であると、被覆切削工具1の耐摩耗性が一層向上する傾向にあり、平均厚さT4が9.0μm以下であると、被覆層が剥離することに起因した被覆切削工具1の欠損を抑制することができる。
【0039】
また、被覆層3の平均厚さT4に対する、上記の交互積層構造の平均厚さT3の比は、好ましくは0.7以上1.0以下である。このような態様によれば、被覆層のうちの7割以上が交互積層構造となり、上述した本実施形態の効果を有効かつ確実に奏することができる傾向にある。同様の観点から、比(T3/T4)は、より好ましくは0.8以上1.0以下である。
【0040】
[弾性率及び硬さ]
図1に示す本実施形態の被覆切削工具1は、すくい面及び逃げ面を有するものであり、当該すくい面又は当該逃げ面において、弾性率Eに対する硬さHの比(H/E)が、0.065以上0.085以下である。比(H/E)は、第1化合物層のAlN、及び第2化合物層の(Ti,Al)Nにおける、立方晶と六方晶の割合を示す測定量である。比(H/E)が相対的に高い場合、AlN、及び(Ti,Al)Nにおいて、六方晶の割合が相対的に多い傾向にあり、被覆切削工具の靭性が高い傾向にある。また、比(H/E)が相対的に低い場合、AlN、及び(Ti,Al)Nにおいて、立方晶の割合が相対的に多い傾向にあり、圧縮応力が生じるという上述の効果が有効かつ確実に奏される傾向にある。
【0041】
被覆切削工具1は、上記比(H/E)が0.065以上であるため、AlN、及び(Ti,Al)Nが所定の割合で立方晶を含む傾向にあり、優れた耐欠損性を有する。また、被覆切削工具1は、上記比(H/E)が0.085以下であるため、AlN、及び(Ti,Al)Nが所定の割合で六方晶を含む傾向にあり、優れた耐摩耗性を有する。すなわち、このような態様によれば、AlN、及び(Ti,Al)Nにおける、立方晶と六方晶の割合のバランスが良好なものとなり、被覆切削工具1は、優れた耐摩耗性及び耐欠損性を有するものとなる。
【0042】
同様の観点から、上記比(H/E)は、好ましくは0.067以上0.083以下であり、より好ましくは0.069以上0.080以下である。
【0043】
上記の弾性率E及び硬さHは、いずれも単位Pa(より具体的には、GPa)を有する物性値であり、測定したい箇所にダイナミック硬度計を押し当てることに測定することができる(以下、このような測定を「ナノインデンテーション測定」ともいう。)。なお、本明細書中、ナノインデンテーション測定は、国際標準化機構による規格(ISO14577)に準拠して測定されるものである。ダイナミック硬度計としては、上記規格に従うものであれば特に限定されず、例えば、MTS社製の商品名「ナノインデンター」等を用いることができる。上記の弾性率E及び硬さHのより具体的な測定方法は、ISO14577に準拠して、実施例に記載した方法を用いることができる。
【0044】
被覆切削工具1は、すくい面又は逃げ面において、上記比(H/E)が0.065以上0.085以下であるが、これは、被覆切削工具1のすくい面又は逃げ面において、10箇所以上をナノインデンテーション測定した場合に得られる比(H/E)の平均値(相加平均値)が0.065以上0.085以下であることを意味する。なお、被覆層が物理蒸着法(PVD法)により製造される場合、すくい面及び/又は逃げ面上に、ドロップレットと呼ばれる粒子が付着する場合がある。そのような場合にあっては、ナノインデンテーション測定は、ドロップレットを避けて測定するものとする。耐摩耗性及び耐欠損性が一層良好なものとなる観点から、被覆切削工具1の上記比(H/E)は、好ましくはすくい面において測定される。「上記比(H/E)が、すくい面において測定される」とは、上記比(H/E)として、被覆切削工具1のすくい面における10箇所以上をナノインデンテーション測定した場合に得られる比(H/E)の平均値(相加平均値)を用いることを意味する。
【0045】
被覆切削工具1は、好ましくは、逃げ面における硬さH2がすくい面における硬さH1より大きい。このように逃げ面の硬さがすくい面の硬さに比べて相対的に大きい場合、切削加工において、逃げ面の摩耗が一層抑制されるため、その結果、被覆切削工具1が全体的に耐摩耗性に一層優れるようになる傾向にある。また、上記比(H/E)が、すくい面において0.065以上0.085以下となる場合に、逃げ面における硬さH2がすくい面における硬さH1より大きいと、逃げ面において測定される上記比(H/E)も0.065以上0.085以下程度となる傾向にあり、一層耐摩耗性及び耐欠損性に優れる被覆切削工具が得られる傾向にある。
【0046】
被覆切削工具1は、好ましくは、逃げ面における硬さH2と、すくい面における硬さH1との差(H2-H1)が、0.5GPa以上1.5GPa以下である。そのような態様によれば、逃げ面の摩耗が一層抑制されるため、その結果、被覆切削工具1が全体的に耐摩耗性に一層優れるようになる傾向にある。特に、上記差(H2-H1)が0.5GPa以上であると逃げ面の耐摩耗性が一層向上し、上記差(H2-H1)が1.5GPa以下であると逃げ面において靭性と耐摩耗性のバランスが一層良好なものとなる。
【0047】
被覆切削工具1において、逃げ面における硬さH2及びすくい面における硬さH1は特に限定されないが、耐摩耗性及び耐欠損性が一層向上する観点から、硬さH1は、好ましくは28.0GPa以上35.0GPa以下であり、より好ましくは29.0GPa以上34.0GPa以下である。同様の観点から、硬さH2は、好ましくは28.5GPa以上36.0GPa以下であり、より好ましくは29.5GPa以上35.0GPa以下である。
【0048】
被覆切削工具1におけるすくい面及び逃げ面の硬さH及び弾性率Eは、以下に詳述する被覆切削工具の製造方法において、被覆層の製造条件を適宜調整することにより制御することができるが、制御方法はこれに限定されない。あるいは、第2化合物層5における上記式(1)で表される組成を有する化合物において、式(1)中、xを大きくすると、上記差(H2-H1)が大きくなる傾向にあるため、式(1)中のxを調整することにより上記差(H2-H1)を制御してもよい。
【0049】
[被覆層の製造方法]
図1に示す被覆切削工具1における被覆層3の製造方法は、特に限定されず、例えば、イオンプレーティング法、アークイオンプレーティング法、スパッタ法、及びイオンミキシング法等の物理蒸着法を用いることができる。物理蒸着法を用いて被覆層を形成する場合、被覆切削工具にシャープエッジを形成することができるので好ましい。その中でも、アークイオンプレーティング法は、被覆層3と基材2との密着性に一層優れる被覆切削工具を製造することができるので、より好ましい。
【0050】
[被覆切削工具の製造方法]
図1に示す被覆切削工具1の製造方法について、以下具体的に説明する。なお、本実施形態の被覆切削工具の製造方法は、当該被覆切削工具の構成を達成し得る限り、特に限定されるものではない。
【0051】
まず、工具形状に加工した基材2を準備する。基材2は従来公知の方法により製造してもよく、市販のものを用いてもよい。準備した基材及び金属蒸発源を物理蒸着装置の反応容器内に収容し、反応容器内の圧力が1×10-2Pa以下の真空になるまで真空引きする。真空引きした後、反応容器内のヒーターにより、基材の温度が200℃以上800℃以下になるまで加熱する。加熱後、反応容器内にArガスを導入して、反応容器内の圧力を0.5Pa以上5.0Pa以下に調整する。圧力0.5Pa以上5.0Pa以下のArガス雰囲気下にて、基材に-200V以下-1000V以上のバイアス電圧を印加し、反応容器内のタングステンフィラメントに5A以上60A以下の電流を流すことにより、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を施す。基材の表面にイオンボンバードメント処理を施した後、反応容器内の圧力が1×10-2Pa以下の真空になるまで真空引きする。
【0052】
次に、所定の条件でアーク放電を行うことにより、2種類の金属蒸発源を交互に蒸発させ、第1化合物層4と第2化合物層5とが交互に積層した交互積層構造を基材2の表面に形成する(アークイオンプレーティング法)。第1化合物層及び第2化合物層のそれぞれの1層当たりの平均厚さは、金属蒸発源のアーク放電時間をそれぞれ調整することによって、制御することができる。
【0053】
第1化合物層を形成するには、例えば、以下の条件でアーク放電を行えばよい。反応容器内のヒーターにより基材の温度を300℃以上500℃以下に保持しながら、反応容器内の圧力が0.5Pa以上5.0Pa以下になるように、窒素ガス(N2)及びアルゴンガス(Ar)の混合ガスを反応容器内に導入する。その後、基材に-100V以上-40V以下のバイアス電圧を印加しながら、第1化合物層の金属成分に応じた金属蒸発源を60A以上120A以下のアーク放電により蒸発させて、第1化合物層を形成すればよい。窒素ガス(N2)及びアルゴンガス(Ar)の混合ガスにおいて、窒素ガスの占める割合(N2/(Ar+N2))は、体積比で0.2以上0.8以下としてもよい。
【0054】
第2化合物層を形成するには、例えば、以下の条件でアーク放電を行えばよい。反応容器内のヒーターにより基材の温度を300℃以上500℃以下に保持しながら、反応容器内の圧力が0.5Pa以上5.0Pa以下になるように、窒素ガス(N2)及びアルゴンガス(Ar)の混合ガスを反応容器内に導入する。その後、基材に-120V以上-40V以下のバイアス電圧を印加しながら、第2化合物層の金属成分に応じた金属蒸発源を100A以上150A以下のアーク放電により蒸発させて、第2化合物層を形成すればよい。窒素ガス(N2)及びアルゴンガス(Ar)の混合ガスにおいて、窒素ガスの占める割合(N2/(Ar+N2))は、体積比で0.2以上0.8以下としてもよい。なお、第2化合物層における上記式(1)で表される組成を有する化合物において、式(1)中のxは金属蒸発源の組成を変えることにより制御することができる。
【0055】
なお、第1化合物層及び第2化合物層を形成する条件を適宜調整することにより、被覆切削工具1の硬さHや弾性率Eを制御することが可能である。例えば、第1化合物層及び第2化合物層を形成する際、基材に印加する負のバイアス電圧を大きくする、すなわち、バイアス電圧の絶対値を大きくすると、被覆切削工具1の硬さH及び弾性率Eを大きくすることができる傾向にある。また、当該硬さH及び弾性率Eのバイアス電圧依存性は硬さHの方が大きい傾向にあるため、バイアス電圧を適宜調整することで硬さH及び弾性率Eの比(H/E)を制御することも可能である。
【0056】
また、第1化合物層及び第2化合物層を形成する際、窒素ガス及びアルゴンガスの混合ガスの圧力を大きくすると、逃げ面及びすくい面における硬さの差を大きくすることができる傾向にある。また、窒素ガス(N2)及びアルゴンガス(Ar)の混合ガスにおいて、窒素ガスの占める割合(N2/(Ar+N2))(体積比)を小さくすると、逃げ面及びすくい面における硬さの差を大きくすることができる傾向にある。したがって、逃げ面の硬さがすくい面の硬さよりも大きくなるようにし、上記のような条件で第1化合物層及び第2化合物層を形成することにより、硬さH2と硬さH1との差(H2-H1)を制御することができる。
【0057】
被覆切削工具1における種々の物性値をより好ましいものとする観点から、第1化合物層及び第2化合物層を形成する際における、窒素ガス及びアルゴンガスの混合ガスの圧力は、好ましくは2.0Pa以上4.0Pa以下である。同様の観点から、第1化合物層及び第2化合物層を形成する際における、混合ガスの窒素ガスの占める割合(N2/(Ar+N2))(体積比)は、好ましくは0.3以上0.7以下である。同様の観点から、第1化合物層を形成する際における、基材に印加するバイアス電圧は、好ましくは-90V以上-50V以下である。同様の観点から、第2化合物層を形成する際における、基材に印加するバイアス電圧は、好ましくは-140V以上-110V以下である。
【0058】
被覆層3において、上記の交互積層構造の基材とは反対側に上部層を形成する場合、交互積層構造を形成した後、以下の条件で更にアーク放電を行うことにより、上部層を形成すればよい。すなわち、反応容器内のヒーターにより基材の温度を400℃以上600℃以下に保持しながら、反応容器内の圧力が0.5Pa以上5.0Pa以下になるように、所定の反応ガスを反応容器内に導入する。その後、基材に-80V以上-40V以下のバイアス電圧を印加しながら、上部層の金属成分に応じた金属蒸発源を100A以上200A以下のアーク放電により蒸発させて、上部層を形成すればよい。反応ガスとしては、例えば、上部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、Nとからなる化合物で構成される場合、N2ガスを用いればよい。また、上部層がTi、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Cr、Mo、W、Al、Si及びYからなる群より選ばれる少なくとも1種の元素と、N及びCとからなる化合物で構成される場合、反応ガスとしては、例えば、N2ガスとC22ガスとの混合ガスを用いればよい。当該混合ガスの体積比率としては、特に限定されず、例えば、N2ガス:C22ガス=95:5~85:15としてもよい。
【0059】
被覆層3を構成する各層の厚さは、被覆切削工具1の断面組織から、光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡(SEM)、透過型電子顕微鏡(TEM)等を用いて測定することができる。なお、被覆層3を構成する各層の平均厚さは、金属蒸発源に対向する面における逃げ面とすくい面との交差線部(刃先稜線部ともいう。)から、当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍における3箇所以上の断面から各層の厚さを測定して、その平均値(相加平均値)を計算することで求めることができる。
【0060】
また、被覆層3を構成する各層の組成は、被覆切削工具1の断面組織から、X線光電子分光法(XPS)、X線回折法(XRD)、波長分散型X線分析装置(WDS)、及びエネルギー分散型X線分析法(EDS)等を用いて測定することができる。
【0061】
本実施形態の被覆切削工具は、少なくとも耐摩耗性及び耐欠損性に優れていることに起因して、従来よりも工具寿命を延長できると考えられる。ただし、工具寿命を延長できる要因は上記に限定されない。本実施形態の被覆切削工具の種類としては、例えば、フライス加工用又は旋削加工用刃先交換型切削インサート、ドリル、及びエンドミル等が挙げられる。
【実施例
【0062】
以下、実施例によって本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0063】
基材として、SWMT13T3AFPR-MJのインサート(株式会社タンガロイ製、89.6%WC-9.8%Co-0.6%Cr32(質量%)の組成を有する超硬合金)を用意した。アークイオンプレーティング装置の反応容器内に、表2に示す各層の組成を得るための金属蒸発源を配置した。用意した基材を、反応容器内の回転テーブルの固定金具に固定した。
【0064】
次に、反応容器を密閉し、反応容器内の圧力が5.0×10-3Pa以下になるまで反応容器を真空引きした。真空引き後、反応容器内のヒーターにより、基材の温度が450℃になるまで加熱した。加熱後、反応容器内にArガスを導入して、反応容器の圧力が2.7Paになるようにした。
【0065】
圧力2.7PaのArガス雰囲気にて、基材に-400Vのバイアス電圧を印加し、反応容器内のタングステンフィラメントに40Aの電流を流すことにより、基材の表面にArガスによるイオンボンバードメント処理を30分間施した。イオンボンバードメント処理終了後、反応容器内の圧力が5.0×10-3Pa以下になるまで真空引きした。
【0066】
発明品1~15及び比較品1~10について、真空引き後、基材の温度が表1に示す各成膜温度に保たれるように反応容器内のヒーターの出力を制御しながら、表1に示す各窒素ガス割合(N2/(N2+Ar)比)(体積比)を有する窒素ガス(N2)及びアルゴンガス(Ar)の混合ガスを反応容器に導入し、反応容器内が表1に示す各圧力となるように各ガスの流量を制御した。
【0067】
その後、基材の温度(成膜温度)、上記混合ガスの窒素ガス割合、及び反応容器内の圧力を表1に示す各条件に保ちながら、アークイオンプレーティング法により、表2に示す各組成を有する化合物からなる第1化合物層及び第2化合物層をこの順に交互に形成した。アークイオンプレーティング法におけるアーク放電は、表1に示す各バイアス電圧を基材に印加しながら、表1に示す各電流を金属蒸発源に流すことにより行った。また、当該アーク放電の放電時間は、第1化合物層及び第2化合物層が表2に示す各平均厚さになるように制御し、第1化合物層及び第2化合物層の積層回数(繰り返し数)が表2に示す各値となるようにアーク放電を繰り返した。なお、表1及び表2における空欄は、当該層が形成されなかったことを意味し、例えば、比較品1及び比較品2は、それぞれ第2化合物層及び第1化合物層が形成されなかったことを意味する。すなわち、比較品1及び比較品2は、それぞれ第1化合物層及び第2化合物層のみからなる被覆層を有するものであった。
【0068】
上記のように、基材の表面に表2に示す所定の交互積層構造を有する被覆層を形成した後、ヒーターの電源を切った。試料温度が100℃以下になった後、反応容器内から試料(発明品1~15及び比較品1~10)を取り出した。
【0069】
【表1】
【0070】
【表2】
【0071】
得られた各試料における各層の平均厚さを、透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて測定し、表2に示す各厚さを有することを確かめた。より具体的には、得られた被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍において、3箇所の断面をTEMで観察することにより各層の厚さを測定し、その平均値(相加平均値)を計算することで求めた。また、第1化合物層1層当たりの平均厚さT1と第2化合物層1層当たりの平均厚さT2との比(T1/T2)を計算した。それらの結果を、表2に示す。
【0072】
得られた各試料における各層の組成を、エネルギー分散型X線分光器(EDS)付き透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて測定し、表2に示す各組成を有することを確かめた。より具体的には、得られた被覆切削工具の金属蒸発源に対向する面の刃先稜線部から当該面の中心部に向かって50μmの位置の近傍の断面において、TEMに付属するEDSを用いて各層の組成を測定した。
【0073】
[弾性率及び硬さ]
得られた各試料について、ダイナミック硬度計(MTS社製の商品名「ナノインデンター」)を用いたナノインデンテーション法により、すくい面における硬さH1及び弾性率E1、並びに逃げ面における硬さH2及び弾性率E2を測定した。より具体的には、得られた被覆切削工具のすくい面及び逃げ面の各10箇所につき、ドロップレットを避けるようにして、ナノインデンテーション測定を行い、その平均値(相加平均値)を計算することで求めた。また、逃げ面における硬さH2とすくい面における硬さH1との差(H2-H1)を計算した。それらの結果を、表3に示す。なお、いずれの試料についても、逃げ面における硬さH2と弾性率E2との比(H2/E2)は、すくい面における比(H1/E1)とほぼ等しかった。
【0074】
[立方晶(200)面の回折ピークの半値幅]
得られた各試料について、X線回折装置(株式会社リガク製の型式「RINT TTRIII」)を用いて(Ti,Al)Nの立方晶(200)面の回折ピークの半値幅を測定した。より具体的には、X線回折装置に各試料を設置し、Cu-Kα線による2θ/θ集中法光学系のX線回折測定を行った。測定条件としては、特性X線:CuKα線、モノクロメータ:Ni、発散スリット:1/2°散乱スリット:2/3°、受光スリット:0.15mm、サンプリング幅:0.01°とした。X線回折装置に付属の解析ソフトウェアを用いて得られたX線回折図形から回折ピークの半値幅を求めた。解析ソフトウェアでは、三次式近似を用いてバックグラウンド処理及びKα2ピーク除去を行い、Pearson-VII関数を用いてプロファイルフィッティングを行うことによって、回折ピークの半値幅を求めた。ただし、比較品1は第2化合物層を有しないため、当該半値幅の測定は行わなかった。結果を、表3に「半値幅」として示す。
【0075】
【表3】
【0076】
[切削試験]
得られた試料を用いて、以下の条件により切削試験(転削加工)を行い、被覆切削工具の耐摩耗性及び耐欠損性を評価した。
【0077】
[切削試験条件]
被削材:FCD600、
被削材形状:120mm×400mmの面を有する直方体、
切削速度:200m/分、
切削幅:60mm
1刃当たりの送り量:0.2mm/tooth、
切り込み深さ:2.0mm、
クーラント:使用、
評価項目:試料が欠損(試料の切れ刃部に欠けが生じる)したとき、又は逃げ面摩耗幅が0.30mmに至ったときを工具寿命とし、工具寿命に至るまでの加工長さを測定した。また、加工長さが3.0mになるまで用いた被覆切削工具をSEMで観察することにより、加工長さが3.0mの時のサーマルクラックの本数を求めた。得られた評価の結果を表4に示す。なお、表4中、「加工長さが3.0mの時のサーマルクラックの本数」の欄が空欄であることは、加工長さが3.0m以下であったため当該評価を行うことができなかったことを意味する。また、「加工長さが3.0mの時のサーマルクラックの本数」の値が小さいことは、切削加工においてサーマルクラックの発生が抑制されていることを意味し、耐摩耗性及び耐欠損性に優れることを意味する。「加工長さ」の値が大きいことは、長距離の加工に耐えられることを意味し、耐欠損性及び耐摩耗性に優れることを意味する。
【0078】
【表4】
【0079】
表4に示す結果より、比較品と比べて発明品は、加工長さが長く、サーマルクラックの発生が抑制されていることがわかった。したがって、本発明の被覆切削工具は、従来の被覆切削工具と比べて耐摩耗性及び耐欠損性に優れ、工具寿命が長いことがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明の被覆切削工具は、耐摩耗性及び耐欠損性に優れることにより、従来よりも工具寿命を延長できるので、その点で産業上の利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0081】
1…被覆切削工具、2…基材、3…被覆層、4…第1化合物層、5…第2化合物層。
図1