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特許7108996溶接肉盛用Co基合金及び溶接肉盛用粉末
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  • 特許-溶接肉盛用Co基合金及び溶接肉盛用粉末 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-21
(45)【発行日】2022-07-29
(54)【発明の名称】溶接肉盛用Co基合金及び溶接肉盛用粉末
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/30 20060101AFI20220722BHJP
   C22C 19/07 20060101ALI20220722BHJP
   B22F 1/00 20220101ALI20220722BHJP
【FI】
B23K35/30 340M
C22C19/07 G
B22F1/00 M
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2017249620
(22)【出願日】2017-12-26
(65)【公開番号】P2019111578
(43)【公開日】2019-07-11
【審査請求日】2020-12-21
(73)【特許権者】
【識別番号】593201039
【氏名又は名称】新日本溶業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000184735
【氏名又は名称】株式会社小森コーポレーション
(74)【代理人】
【識別番号】100154014
【弁理士】
【氏名又は名称】正木 裕士
(74)【代理人】
【識別番号】100154520
【弁理士】
【氏名又は名称】三上 祐子
(72)【発明者】
【氏名】辻野 充
(72)【発明者】
【氏名】石村 進
(72)【発明者】
【氏名】篠崎 斌
(72)【発明者】
【氏名】南山 大
(72)【発明者】
【氏名】森田 大悟
(72)【発明者】
【氏名】足立 陽介
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭63-052793(JP,A)
【文献】特開平08-267277(JP,A)
【文献】特開2014-065043(JP,A)
【文献】特開昭62-033090(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/30
C22C 19/07
B22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Cが0.05~0.50%、Siが0.50~2.00%、Mnが0.50~1.50%、Crが20.00~30.00%、Moが1.50~5.50%、Niが7.50~12.00%、Feが1.00~5.00%、残部がCo及び不可避元素からな り、
前記不可避元素のBが0.001質量%以下であ る溶接肉盛用Co基合金。
【請求項2】
Niが8.00~12.00質量%である請求項1に記載の溶接肉盛用Co基合金。
【請求項3】
上記請求項1又は2に記載の溶接肉盛用Co基合金からなり、粒度が63~250μmの範囲にある溶接肉盛用粉末。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特に高強度で靱性に優れた溶接肉盛層を形成し得る溶接肉盛用Co基合金と、その合金からなる溶接肉盛用粉末に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的に、種々の金属母材の表面に耐蝕性を付与したり、浸食表面部を補修する手段として、溶接肉盛によって耐蝕性層を形成する方法が汎用されている。その代表的な溶接肉盛材として溶接性のよいSUS309材が知られるが、耐キャビテーション性等の機械的耐摩耗性が充分とは言えない。そこで、近年においては、耐キャビテーション性に優れる溶接肉盛材として、Ni基合金のハステロイC(米国・ヘインズ社の登録商標)や、Co基合金のステライト(米国・デロロステライトグループの登録商標)が使用されるようになっている。特に、ステライト21(同登録商標)は、低炭素のCo基合金であるために溶接性が良好であることに加え、二次的な加工硬化特性を有していることから、大型構造材の表面改質用肉盛材として多用されている。
【0003】
また、溶接肉盛材として、上記ステライト21に近い組成で低炭素のCo基合金も種々提案されている。例えば、特許文献1では、肉盛性と肉盛後の高温耐摩耗性を両立するCo基合金として、重量%で、C:0.3~1.10%、Si:1.5%以下、Mn:1.5%以下、Ni:3.0%以下、Cr:26.0~32.0%、Mo:0.5~6.0%、W:0.5~6.0%を含有し、残部Co及び不可避不純物からなるものを開示している。特許文献2では、Co基合金製ガスタービンの補修用肉盛溶接材料として、重量%で、C:0.03~0.10%、Si:1.0%以下、Mn:1.0%以下、Ni:15~23%、Cr:20~30%、W:3~10%、Ta:5~15%、Zr:0.05~0.7%を含むCo基合金を開示している。特許文献3では、高い耐キャビテーション性及び破壊靱性値を有するCo基合金として、質量%で、C:0.03~0.60%、Si:0.01~3.0%、Mn:1.5~10.0%、Ni:2.7~4.54%、Cr:7~40%、Mo:1.0~15.0%、Fe:3.0~30.0%を含み、残部Co及び不可避不純物からなるものを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平11-77375号公報
【文献】特開平11-117705号公報
【文献】特許第5676808号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
前記のステライト21を始めとする低炭素のCo基合金は溶接性が良好で二次的な加工硬化特性を有するが、その溶接肉盛によって表面改質した大型構造材について、曲げ等の二次加工を施す際に肉盛層の割れ等の欠陥発生を防止する上で、肉盛層の靱性をより高めることが望ましい。本発明は、このような観点から、溶接肉盛用Co基合金として、大型構造材等の金属母材の表面に溶接肉盛層を形成した場合に、該肉盛層が前記ステライト21を用いたものに比較して遜色のない強度を維持しつつ、大きな角度の曲げを施しても割れを生じない高い靱性を発揮し得るものを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、請求項1の発明に係る溶接肉盛用Co基合金は、質量%で、Cが0.05~0.50%、Siが0.50~2.00%、Mnが0.50~1.50%、Crが20.00~30.00%、Moが1.50~5.50%、Niが7.50~12.00%、Feが1.00~5.00%、残部がCo及び不可避元素からなり、不可避元素のBが0.001質量%以下であることを特徴としている。
【0007】
また、上記請求項1の溶接肉盛用Co基合金の好適態様として、請求項2の発明ではNiが8.00~12.00質量%であること規定している。
【0008】
一方、請求項の発明に係る溶接肉盛用粉末は、上記請求項1又は2に記載の溶接肉盛用Co基合金からなり、粒度が63~250μmの範囲にあるものとしている。
【発明の効果】
【0009】
本発明に係る溶接肉盛用Co基合金は、前記の特定の組成を有することにより、金属母材表面に溶接肉盛する際、溶接性が良好であると共に、形成された肉盛層が硬く高強度になることに加え、該肉盛層が高い靱性を備えたものとなるから、この肉盛層を設けた金属母材を大きな角度で曲げても該肉盛層に割れが発生せず、非常に優れた加工硬化特性発揮する。さらに、不可避元素のBが0.001質量%以下であるから、肉盛層の微小な粒界割れを回避できるという利点がある。
【0010】
そして、この溶接肉盛用Co基合金において、Niが8.00~12.00質量%であるものでは、高靱性で高強度の肉盛層を形成できるという利点がある
【0011】
本発明の溶接肉盛用粉末は、上記の溶接肉盛用Co基合金からなるが、粒度が63~250μmの範囲にあることで、粉体プラズマ溶接やプラズマ溶射によって肉盛層を形成する際に安定した材料供給を行えると共に、高品位の肉盛層が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】母材表面に肉盛層を設けた曲げ試験用供試材を示し、(a)は縦断正面図、(b)は縦断側面図である。
図2】同供試材の曲げ試験方法を示す正面図である。
図3】溶接肉盛用Co基合金に含まれる微量元素による溶接品質への影響を示し、(a)はサンプルA、(b)はサンプルB、(c)はサンプルC、の各々肉盛層表面の写真図である。
図4】同サンプルCの欠陥部を拡大して示し、(a)は40倍の光学顕微鏡写真図、(b)は750倍の電子顕微鏡写真図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の溶接肉盛用Co基合金は、既述のように、質量%で、Cが0.05~0.50%、Siが0.50~2.00%、Mnが0.50~1.50%、Crが20.00~30.00%、Moが1.50~5.50%、Niが7.50~12.00%、Feが1.00~5.00%、残部がCo及び不可避元素からなる組成を有するものである。そして、この溶接肉盛用Co基合金にて形成した肉盛層は、既存の優れたCo基合金であるステライト21を用いたものと比較し、遜色のない強度に加え、より高い靱性を発揮し得るものとなる。
【0014】
前記組成中のCは、肉盛層の強度を確保する炭化物の構成元素として有効であり、0.05%未満では形成される炭化物が不足して必要な強度を確保できず、0.50%を超えると肉盛層の靱性が低下する。特に、高強度及び高靱性の肉盛層を得るためには、Cを0.15~0.25%とすることが推奨される。
【0015】
Siは、合金の融点を下げて溶融金属の流動性を高めると共に、肉盛層の強度向上にも寄与するが、その作用を十分に発揮する上で0.50%以上を必要とする一方、多過ぎては肉盛層の脆化を招くために上限を2.00%とする。より好ましいSiの比率は0.50~1.50%である。
【0016】
Mnは、肉盛層の強度確保と脆性低下を防止する作用を持つが、0.50%未満では該作用を発揮できず、逆に1.50%を超えると溶接性を低下させるという問題がある。
【0017】
Crは、肉盛層の耐酸化性、耐食性及び機械的強度を確保するのに不可欠の元素であり、20.00%未満では耐酸化性が不充分になり、30.00%を超えるとα相の析出によって機械的強度、特に靱性が極端に低下する。より好ましいCrの比率は20.00~28.00%である。
【0018】
Moは、肉盛層の機械的強度を向上させる固溶強化元素であるが、少な過ぎても多過ぎても機械的強度が低下するから、1.50~5.50%の範囲とする。より好ましいMoの比率は4.50~5.50%である。
【0019】
Niは、Co基合金に加えることによって、肉盛層を設けた母材を曲げ加工する際の該肉盛層の耐割れ性を向上させる効果があるが、7.5%未満では該効果が不十分になり、12.00%を超えると肉盛層の強度が低下する。なお、高靱性で高強度の肉盛層を得る上で、特にNiを8.0~12.00%とすることが推奨される。
【0020】
Feは、Co基合金に延性及び柔軟性を付与する効果があるが、少な過ぎては該効果得られず、多過ぎては合金の耐食性及び耐摩耗性を損なうため、1.00~5.00%の範囲とする。より好ましいFeの比率は1.50~2.50%である。
【0021】
Coは、Co基合金としての基本元素であり、上記諸元素と共に、高耐食性、高耐熱性、高耐摩耗性、高靱性の合金を形成する。
【0022】
なお、本発明の溶接肉盛用Co基合金は、上記諸元素以外の元素についても、不可避不純物あるいは付随不純物として0.1質量%以下の微量の範囲で含んでいてもよい。ただし、Bについては、Niとの化合物の形で粒界に析出して粒界割れを発生させるから、0.001%以下であることが望ましい。そのために、Co基合金を微量元素分析にかけ、Bが0.001%以下であることを確認した上で使用するのがよい。
【0023】
このような溶接肉盛用Co基合金の溶接肉盛手段としては、特に制約はなく、不活性ガスシールド下で行うアーク溶接であるプラズマ粉末溶接法(以下、Plasma Transferred Arcの頭文字をとってPTA溶接法と略称する)、レーザ溶接肉盛法、TIG(タングステン・イナートガス)溶接法、酸素アセチレンガス溶接法等の種々の方法を採用できるが、特にPTA溶接法が高い生産性を得る上で好適である。
【0024】
そして、PTA溶接法やレーザ溶接肉盛法において本発明の溶接肉盛用Co基合金を粉末として供給する場合、安定した材料供給で高品位の肉盛層を形成する上で、その溶接肉盛用粉末の粒度を63~250μmの範囲とすることが好ましい。なお、PTA溶接法では、電極と母材の間にプラズマアークを発生させるため、肉盛層の組成は母材表面部の溶け込みによって溶接材の合金組成から変化することになる。
【0025】
本発明の溶接肉盛用Co基合金による肉盛溶接の適用対象には特に制約はないが、当該Co基合金が高靱性であることから、肉盛層による表面改質後に曲げ等の二次加工を施すことの多い大型構造材が好適である。
【実施例
【0026】
後記表1で示す組成の実施例1~3のCo基合金、比較例1のステライト21、比較例2のハステロイC-276、及び比較例3のSUS309材の各々を溶接肉盛材として用い、図1(a)(b)で示すように、長さL:150mm、幅W:20mm、厚さ8.5mmのS25C圧延材1の表面に、PTA溶接法によって厚さ3~3.5mmの溶接肉盛を施したのち、この溶接肉盛部の表面側を機械加工で研削して厚さ1.5mmの肉盛層2とすることにより、総厚T:10mmの供試材Sを各溶接肉盛材毎に複数本作製した。なお、PTA溶接の施工条件は次のとおりである。
【0027】
〔PTA溶接の施工条件〕
溶接電流・・・・・・・・・・・・170~210A
溶接電圧・・・・・・・・・・・・・・22~28V
溶接速度・・・・・・・・・・・40~80mm/分
シールドガス(Ar)供給量・・・・・・25L/分
予熱・パス間温度・・・・・・・・・室温~150℃
【0028】
〔曲げ試験〕
作製した各供試材Sの各2本につき、JIS Z 2248の金属材料曲げ試験法に規定する押曲げ法により、図2に示すように、間隔D:50mmで平行配置した支え3,3の円筒状頂部間に、肉盛層2側を下にした供試材Sを架け渡し、両支え3,3の中間位置において、上方から下端円筒状の押金具4を該供試材Sに荷重をかけて押し付けることにより、肉盛層2に割れを生じるか、又は曲げ角度が100°を超えるまで、該供試材SをV字状に曲げて評価した。その結果を後記表1に示す。
【0029】
〔硬度試験〕
各供試材Sにおける肉盛層2の表面のビッカース硬度(Hv)を、ビッカース硬度計によって2mm間隔で測定した。その結果を最小値~最大値の形で表1に示す。
【0030】
【表1】
【0031】
表1の結果から明らかなように、本発明のCo基合金にて肉盛層2を形成した供試材Sは、曲げ試験において、実施例2,3では荷重2200kg以上で100°以上の曲げ角度まで肉盛層2の割れが発生せず、実施例1では2本の内1本に割れが発生したが荷重2200kg以上で100°以上の曲げが可能であり、また肉盛層2の硬度は実施例1~3のいずもがHv300以上であった。しかるに、SUS309にて肉盛層2を形成した比較例3の供試材では、荷重1800kgで100°以上の曲げ角度になったが、肉盛層2の硬度がHv230~240と低く、機械的耐摩耗性に劣ることが判る。一方、Co基合金のステライト21にて肉盛層2を形成した比較例1の供試材Sでは、肉盛層2の硬度はHv300以上と高いが、荷重2300kgで90°まで曲げると割れを生じており、靱性が不充分であると言える。また、Ni基合金のハステロイC276にて肉盛層2を形成した比較例2の供試材Sでは、やはり肉盛層2の硬度はHv300以上と高いが、荷重2170kgで58°まで曲げると割れを生じており、靱性に劣ることが判る。
【0032】
〔微量元素含有量〕
本発明の溶接肉盛用Co基合金において、必須元素(C,Si,Cr,Ni,Mo,Fe,Mn,Co)の比率を等しく設定して得られた多数のサンプルについて、微量元素分析によって不可避不純物であるP,B,N,Pbの4元素の含有量を測定した。そして、これらサンプルから、次の表2で示すように特にB(ホウ素)の含有量に有意差のある三つのサンプルA,B,Cを選択し、これらサンプルのCo基合金を用いてそれぞれ前記実施例及び比較例と同様にして圧延材の表面に肉盛層を形成した。その肉盛層表面を図3の写真図で示す。図3(a)はサンプルA、同(b)はサンプルB、同(c)はサンプルCのそれぞれによる肉盛層表面である。
【0033】
【表2】
【0034】
図3の写真図から明らかなように、B含有量が0.0003質量%のサンプルAによる肉盛層表面には全く欠陥が認められないが、同0.0022質量%のサンプルBによる肉盛層表面では微割れが散見され、更に同0.0044質量%のサンプルCによる肉盛層表面では略肉盛方向に沿って並んだ割れが明瞭に認められた。
【0035】
そのサンプルCによる肉盛層表面の割れ部分のミクロ組織について、光学顕微鏡で観察したところ、図4(a)で示す状態(倍率40倍)になっており、更に図4(a)の矢印部分を光学顕微鏡で観察したところ、図4(b)で示す状態(倍率750倍)であって、粒界に窒化ボロン(BN)が析出して粒界割れを生じていることが判明した。この結果から、Co基合金のB含有量は0.001質量%以下であることが望ましいと言える。
図1
図2
図3
図4