(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-21
(45)【発行日】2022-07-29
(54)【発明の名称】アンテナ装置
(51)【国際特許分類】
H01Q 15/14 20060101AFI20220722BHJP
H01Q 19/10 20060101ALI20220722BHJP
【FI】
H01Q15/14 Z
H01Q19/10
(21)【出願番号】P 2018028376
(22)【出願日】2018-02-21
【審査請求日】2021-01-20
(73)【特許権者】
【識別番号】305060567
【氏名又は名称】国立大学法人富山大学
(73)【特許権者】
【識別番号】311012538
【氏名又は名称】株式会社立山科学ハイテクノロジーズ
(74)【代理人】
【識別番号】100095430
【氏名又は名称】廣澤 勲
(72)【発明者】
【氏名】藤井 雅文
(72)【発明者】
【氏名】徳島 達也
【審査官】佐藤 当秀
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-033324(JP,A)
【文献】特開2004-108816(JP,A)
【文献】特開2006-010345(JP,A)
【文献】特開2012-211778(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第107317118(CN,A)
【文献】特開2009-296559(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06K 17/00
H01Q 15/00- 19/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電波を放射又は入射するアンテナ装置において、
主として給電又は受電するアンテナと、前記アンテナに近接し受給電しない磁気導体型反射板とからなり、
前記磁気導体型反射板は、インダクタと容量が直列に接続された単位LC回路が2次元状に接続され、
前記電波は、主偏波とそれに直交する交差偏波成分を有し、
所定の
周波数以上の周波数帯において
、前記アンテナからの電磁波と前記磁気導体型反射板からの反射波が電界成分を同位相で反射可能に設定されたLC補助回路を備え、
前記磁気導体型反射板は、その表面の接線方向電界成分が非ゼロであり、
前記LC補助回路は、前記単位LC回路が2次元状に複数接続されているとともに、他のインダクタが前記単位LC回路に接続されて3次元的に構成されて補助回路用基板に設けられ、前記LC補助回路と平行に、グランド電位の接地基板が設けられ、前記LC補助回路と前記接地基板の間に、前記LC補助回路の前記各単位LC回路を前記グランド電位に接続する導電体を有した支柱が設けられ、前記補助回路用基板は、前記支柱を介してグランド電位に設定された前記接地基板と互いに平行に一体に設けられ、
前記他のインダクタは、前記支柱の前記導電体により構成され、前記LC補助回路の前記他のインダクタのインダクタンスを、前記補助回路用基板と前記接地基板を接続した前記支柱の長さにより調整され、
前記周波数帯で動作するように、前記LC補助回路における配線パターンを構成する導電体によるインダクタンス成分、及び前記支柱のインダクタンス成分の値がそれぞれ所定の値に調整され、
前記所定の周波数以上の周波数帯においては、前記LC補助回路の抵抗成分により前記LC補助回路の誘導電流の位相が同調共振現象により360度遅れて、その位相が前記アンテナの電流の位相と同じになり、前記LC補助回路からの反射波の電界成分が、入射波の電界成分と同位相になり
前記アンテナが対面する特定の一部の方向に対して、相対的に強く
前記電波を放射又は入射させることを特徴とするアンテナ装置。
【請求項2】
前記電波は、直線偏波、直交2偏波、又は円偏波を利用する
請求項1記載のアンテナ装置。
【請求項3】
装置全体の大きさが前記電波の波長の
1/10から1/20である請求項2記載のアンテナ装置。
【請求項4】
前記電波の周波数は315MHz帯
である請求項3記載のアンテナ装置。
【請求項5】
前記単位LC回路は、前記周波数帯で動作するように設定されたチップインダクタとチップコンデンサを備える
請求項3記載のアンテナ装置。
【請求項6】
前記2次元状のLC補助回路は、3角格子状、直角格子状、又は6角格子状に接続されてい
る請求項5記載のアンテナ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、近距離の無線通信、特にRF(Radio Frequency)タグ等からの微弱な電波を受信するための小型で指向性を有するアンテナ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、微弱な電波による近距離無線通信を利用して、人や種々の物、車等の管理をするために、RFタグが用いられている。例えば、免許が不要の微弱無線規格で規定された315MHzの電波を利用する場合、アンテナ装置全体の大きさは、従来のアンテナの場合、波長(約95cm)の約1/4から1/2程度の大きさ、すなわち少なくとも約25cmの縦横方向の大きさが必要である。しかし、設置する場所によっては、そのような大きさのアンテナを取り付けられない場合もあり、より小型のアンテナが求められている。
【0003】
さらに、RFタグを有した多くの人や物が移動する領域で、入退室や物の出入りを管理するには、不要な信号を含まない特定の方向からの電波のみを受信し、あるいは特定の方向へのみ電波を送出する指向特性を有したアンテナが必要である。
【0004】
一方、フォトニック結晶やElectromagnetic Band Gap(EBG)構造と呼ばれる特殊な周期構造を持つ基板によって、電磁波の透過や反射特性を制御できることが報告されている。これは、物理学的には電磁波のエネルギーバンドギャップを周期構造により実現したものであり、急峻で周期的な周波数特性を示し、特定の周波数帯の電磁波は透過し、また別の周波数帯の電磁波は反射する特性を持つものである。このような特性は、電磁気学的には右手系あるいは左手系の電磁波伝搬特性に分類される。右手系は電界の振動方向と磁界の振動方向と電磁波の進行方向が、フレミングの右手における親指、人差し指、中指の方向を指す。その逆に左手系では、電界の振動方向と磁界の振動方向と電磁波の進行方向が、フレミングの左手における親指、人差し指、中指の方向を指す。すなわち、右手系は通常の電磁波の伝搬現象を表し、左手系は通常とは逆方向に進行するような電磁波の状態を表す。ただし、左手系の伝搬現象は、見かけの進行方向が右手系とは逆方向であるだけで、エネルギーの伝搬方向は右手系と同じであることが知られている。
【0005】
さらに、右手系と左手系の境界の周波数帯には、電磁波を伝搬させない阻止特性が存在することがあり、このような周波数帯をエネルギーバンドギャップと呼ぶ。エネルギーバンドギャップの周波数帯では、電磁波はその基板表面上を伝搬できない帯域阻止特性を有し、これは等価的にインピーダンスが高い状態と考えることができる。このため、この状態は、高インピーダンス表面の状態とも呼ばれる。その反対に通常の金属表面は表面抵抗、すなわち表面インピーダンスが小さい低インピーダンス表面であり、電気導体である。また、高インピーダンス表面は、電磁気学的には磁気導体と呼ばれる状態となり、電気導体とは双対の特性を持つ。
【0006】
以上の通常の右手系の電磁気的状態に対して、特異な左手系の電磁気的状態、およびその境界の状態を、人工的に実現する材料や構造全般を、メタマテリアル(Metamaterial)と呼ぶ。上記のフォトニック結晶やElectromagnetic Band Gap(EBG)構造は、メタマテリアルの一種であり、電気的にはインダクタ(以下、Lと表記する。)と、キャパシタ(以下、Cと表記する。)による等価回路で表せることが実験的に示されている。メタマテリアルは、自然界には発生しない人工構造物であり、より小型で高機能のアンテナ装置として、このメタマテリアル技術を利用したアンテナが提案されている。
【0007】
メタマテリアルを利用したアンテナとして、特許文献1に開示されているアンテナ装置がある。このアンテナ装置は、電波を放射又は入射するアンテナ装置において、給電又は受電し、電波を放射又は入射するダイポールアンテナと、ダイポールアンテナに対して、電磁気的に結合し、全体としての動作モードが左手系である梯子形で、給電又は受電されない補助線路であって、共振状態において、ダイポールアンテナに、自己の共振電流の向きと逆向きの誘導電流を誘導させ、ダイポールアンテナの周波数特性に阻止帯域を形成する補助線路を有するアンテナ装置である。さらに、補助線路は、ダイポールアンテナに対して平行に配設され、平行な複数の金属配線を有し、同一または類似の複数の単位回路を金属配線の方向に従続接続した梯子形の線路であり、単位回路は、複数の金属配線の各々を、少なくとも1つのインダクタを用いて接続する連絡部と、複数の金属配線の内の少なくとも何れか1本の金属配線上に挿入された少なくとも一つのキャパシタを有した回路であることが開示されている。
【0008】
特許文献2は、アンテナ装置に利用可能なEBGマテリアルを開示するもので、導体板と、同一形状を有する複数の金属小板と、複数の連結体と、キャパシタンス要素と、インダクタンス要素とを備え、複数の金属小板のそれぞれは、マトリクス状に規則的に配列され、導体板の上部に対向配置され、連結体を介して導体板と電気的に接続され、隣接する金属小板ごとに複数個分散配置されたキャパシタンス要素を介して隣接する金属小板同士が電気的に接続されたものである。複数の金属小板のそれぞれは、中空部を有する第1の金属小板と、ギャップを介して第1の金属小板の中空部内に配置された第2の金属小板との対で構成され、複数の金属小板が規則的に配列され、導体板の上部に対向配置され、連結体を介して第2の金属小板と導体板とが電気的に接続されている。そして、隣接する金属小板ごとに複数個分散配置されたキャパシタンス要素を介して隣接する第1の金属小板同士が電気的に接続され、第2の金属小板の端部に1個配置されるかまたは複数個分散配置されたインダクタンス要素を介して1対を構成する第1の金属小板と第2の金属小板とが電気的に接続されるEBGマテリアルを開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2009-296559号公報
【文献】特開2008-288770号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1のアンテナ装置は、直線状の1次元状のLC回路による棒状反射体を用いたダイポールアンテナ等であるが、このアンテナ装置は、所望の周波数の電波と他の妨害波となる周波数の電波の混信を避ける為に、急峻なフィルタ特性を実現するものであり、送受信の方向の制御やアンテナ装置を小型化するものではない。従って、受信感度を向上させつつ、アンテナ装置を小型化するための構造や、アンテナの指向特性を規制するための条件や構造については開示しておらず、理論的な説明や示唆もない。
【0011】
特許文献2に開示されたEBGマテリアルは、アンテナ装置に利用可能なメタマテリアルの例を示すが、構造的に金属小板と連結体及びキャパシタンス要素、インダクタンス要素からなる単位素子がマトリクス状に配列された構造である。従って、幅の広い金属板を備えた単位素子であるため、相対的に特性インピーダンスが低くなり、接地導体との間の寄生容量も大きくなりすぎ、所望の周波数のアンテナ装置としての指向特性と小型化を両立することは困難な構造である。
【0012】
本発明は、上記背景技術に鑑みて成されたものであり、高感度で小型化することが容易に可能であり、指向特性の制御も容易に可能なアンテナ装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、単位LC回路が2次元状に複数接続されてなるLC補助回路により構成されたメタマテリアルである磁気導体型反射板を用いて、電磁波の反射現象を原理的に変えるものである。すなわち、磁気導体型反射板ではその表面の接線方向電界成分が非ゼロであることから、特に、モノポールアンテナやダイポールアンテナなどの電界放射型アンテナからの電磁波と磁気導体型反射板からの反射波が同位相となり、それらが打ち消しあうことがないので、アンテナと反射板との距離を原理的に極限まで小さくすることが可能となる。そして、アンテナと反射板が近づくことにより、電磁波を効果的に反射させることができ、反射板の大きさも波長に比べて小さくすることができる。この磁気導体型反射板とアンテナを組み合わせることにより、波長の大きさに比べて極めて小型でかつ指向特性を制御したアンテナ装置を実現するものである。
【0014】
本発明は、電波を放射又は入射するアンテナ装置であって、主として給電又は受電するアンテナと、前記アンテナに近接し受給電しない磁気導体型反射板とからなり、前記磁気導体型反射板は、インダクタと容量が直列に接続された単位LC回路が2次元状に接続され、所定の周波数帯において電界成分を同位相で反射可能に設定されたLC補助回路を備え、前記アンテナと前記磁気導体型反射板を近接配置して、前記アンテナが対面する特定の一部の方向に対して、相対的に強く電波を放射又は入射させるアンテナ装置である。
【0015】
前記LC補助回路は、前記単位LC回路が2次元状に複数接続されているとともに、他のインダクタが前記単位LC回路に接続されて3次元的に構成されているものである。
【0016】
前記LC補助回路は補助回路用基板に設けられ、前記LC補助回路と平行に、グランド電位の接地基板が設けられ、前記LC補助回路と前記接地基板の間に、前記LC補助回路の前記各単位LC回路を前記グランド電位に接続する導電体を有した支柱が設けられているものである。前記他のインダクタは、前記支柱の前記導電体により構成されると良い。
【0017】
前記LC補助回路の前記他のインダクタのインダクタンスを、前記補助回路用基板と前記接地基板を接続した前記支柱の長さにより調整可能に設けられているものである。
【0018】
前記2次元状のLC補助回路は、3角格子状、直角格子状、又は6角格子状に接続されている。また、前記電波は、直線偏波、直交2偏波、又は円偏波を利用することができるものである。特に、前記電波の周波数は315MHz帯であり、装置全体の大きさが前記電波の波長の1/5から1/20である。
【0019】
この発明のアンテナ装置を複数台用いて、前記各アンテナ装置で受信した電波強度の差により、電波の到来方向を検知するアンテナシステムを構成してもよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明のアンテナ装置は、2次元状に配置された単位LC回路のLC補助回路からなる磁気導体型反射板を用いて、電磁波の放射方向あるいは受信方向を、所定の方向のみに規制し、それ以外の方向へは電磁波を放射もしくは受信しない指向特性を有している。さらに、特許文献1に開示されたようなアンテナ装置は、反射できる電磁波の振動の向きである偏波方向が、棒状反射体の軸方向の主偏波だけに限られるという問題があるのに対し、本発明のアンテナ装置は、主偏波だけでなく、それに直交する交差偏波成分の指向特性も制御可能である。さらに、円偏波の指向特性も制御可能である。特に、本発明の応用技術分野であるRFタグなどの電波は、RFタグの取り付け方によって偏波方向がまちまちであるが、この発明のアンテナ装置は、垂直方向、水平方向両偏波の制御が可能である。
【0021】
また本発明は、アンテナ装置の小型化に大きく寄与するものである。例えば、微弱無線規格の周波数である315MHzにおいて、波長の約10分の1の大きさの小型アンテナ装置を実現できる。例えば特許文献1のアンテナ装置は、使用周波数約580MHz、長さ25cmのダイポールアンテナに、長さ10cmの補助回路を近接させた実施例が示されている。従って、特許文献1のアンテナ装置の場合、波長は約52cmでありアンテナの大きさは波長の約2分の1である。これに対し本発明では、波長が約95cm、アンテナ装置の大きさが9~10cmにすることが可能であり、アンテナ装置の大きさを、波長の約10分の1にまで小型化し、同時に良好な指向特性を有する装置を実現することができる。
【0022】
本発明の指向特性の高い小型のアンテナ装置を複数用いたアンテナシステムにより、容易に且つ正確に電波の到来方向を検知することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】本発明の一実施形態のアンテナ装置の一部を示す概略斜視図である。
【
図2】本発明の単位LC回路が2次元的に配列されたLC補助回路の一部を示す概念図である。
【
図3】本発明のアンテナ装置の一実施形態の構成の単位LC回路を示す等価回路である。
【
図4】本発明の単位LC回路のインピーダンスの実部と虚部の周波数特性を示すグラフである。
【
図5】本発明のアンテナ装置のLC補助回路において、反共振状態の誘導電流を示す図(a)と、同調共振状態の誘導電流を示す図(b)である。
【
図6】本発明の一実施例の実験装置であるアンテナ装置の写真(a)と、そのアンテナ装置の放射パターン測定結果(316MHz)を示すグラフ(b)である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明のアンテナ装置の一実施形態について、図面に基づいて説明する。この実施形態のアンテナ装置10は、
図1に示すように、給電又は受電して電波を放射又は入射するアンテナ12と、アンテナ12に接続又は直上に位置して近接配置され、受給電しない磁気導体型反射板14とからなる。磁気導体型反射板14は、インダクタLと容量Cが直列及び並列に接続された単位LC回路16aが、2次元状に接続されたLC補助回路16からなるメタマテリアルであり、LC補助回路16からの反射波が、アンテナ12からの電磁波と同位相になるものである。
【0025】
LC補助回路16は、
図1,
図2に示すように、補助回路用基板20上に形成され、単位LC回路16aのインダクタLと容量Cが互いに直列及び並列に接続されて、2次元配列の直角格子状に形成されている。単位LC回路16aのインダクタLは、補助回路用基板20上に設けられたチップインダクタL1と、LC補助回路16を形成する配線パターン22の各素子間の導電体によるインダクタンス成分L2、及び後述する支柱24の導電体のインダクタンス成分L3からなる。各素子間の導電体によるインダクタンス成分L2は、単位LC回路16aを構成する領域の全ての配線パターン22の部分による。
【0026】
配線パターン22の各素子間の導体によるインダクタンス成分L2のインダクタンスの値は、配線パターン22の図面上縦方向の導電体のパターン幅d1、及び横方向のパターン幅d2により調整可能である。同様に支柱24の導電体のインダクタンス成分L3のインダクタンスは、導電体である支柱24の長さにより調整され、使用される電波の周波数により設定される。単位LC回路16aの容量Cは、チップコンデンサC1,C2から成り、その値は使用される電波の周波数により設定される。
【0027】
補助回路用基板20は、支柱24を介してグランド電位に設定された接地基板26と互いに平行に一体に設けられている。支柱24は、導電体である金属により構成され、上述のように、導電体である支柱24の長さ及び太さにより、インダクタンス成分L3の値が設定される。なお、支柱24が非導電体で構成された場合、支柱24に設けられた導電体のパターンの幅及び長さによりインダクタンス成分L3の値が設定される。
【0028】
次に、磁気導体型反射板14を構成するLC補助回路16のメタマテリアルとしての動作原理について以下に説明する。磁気導体型反射板14は、その表面の接線方向電界成分が非ゼロであることから、アンテナ12からの電磁波と磁気導体型反射板14からの反射波が同位相となり、それらが打ち消しあうことがないので、アンテナ12と磁気導体型反射板14との距離を、極限まで小さくすることが可能であり、原理的に0とすることができる。アンテナ12と磁気導体型反射板14を近づけることができることにより、電波を効果的に反射させることができ、磁気導体型反射板14の大きさも波長に比べて極めて小さくすることができる。このように、アンテナ12と磁気導体型反射板14を極限まで近づけて組み合わせることにより、使用する電波の波長の大きさに比べて特に小型でかつ指向特性を制御したアンテナ装置を実現することが可能となる。
【0029】
LC補助回路16が磁気導体型反射板14として動作し、LC補助回路16からの反射波の電界成分が、入射波の電界成分と同位相になることは、次のようにも説明できる。個々の単位LC回路16aが並列共振状態に近くなり、入射電磁界によってループ状の誘導電流が生じる。周波数が低いときの誘導電流はファラデーの電磁誘導の法則により、磁界の変化を妨げる向きに生じる。このとき、誘導電流の向きはアンテナ12の電流とは逆であり、誘導電流の位相はアンテナ12の電流の位相よりも90度遅れている。しかし、周波数がそれよりも高くなるとLC補助回路16のわずかな抵抗成分のために、誘導電流が電磁界の変化に追随できなくなり、その位相がさらに遅れはじめる。位相が180度遅れた段階で誘導電流はアンテナ12の電流の向きとは完全に逆になり、逆位相で共振する「反共振状態」となる。ただし、反共振状態では、アンテナ装置10の放射指向特性を制御することはできない。さらに周波数が上がると誘導電流の位相はさらに遅れ、360度となり、今度は誘導電流の向きがアンテナ12の電流の向きと同じになり、位相が同じ状態、すなわち「同調共振状態」となる。このときアンテナ12からの放射電磁界は、LC補助回路16からアンテナ12方向に強く放射され、アンテナ12の反対側では打ち消されて弱くなる。これは調和振動子による電磁波の散乱現象と同じものである。このように所望の周波数で同調共振状態となるようLC回路や配線構造のパラメータを調整した場合、そのLCからなる回路は磁気導体型反射板14としてふるまう。
【0030】
LC補助回路16のLC回路において、反共振状態と同調共振状態が生じる理由は、次のように理論的に説明できる。並列LC回路にコンダクタンスGを付加した
図3のような並列LCG回路18を考える。このコンダクタンスGは回路の損失を代表している。その物理的な要素は基板の誘電損失や、LC素子の金属端子などの直列電気抵抗を等価的に並列要素に変換したもの、およびアンテナに接続された負荷抵抗が電磁誘導によりLC回路に結合したものを含む。
【0031】
この回路の端子AB間のインピーダンスZは
【数1】
のように表され、その実部は、以下の式(2)で表される。
【数2】
および虚部は、以下の式(3)で表される。
【数3】
【0032】
実部と虚部を角周波数ωの関数として、グラフに表すと
図4のようになる。ここで実部が最大になる点は、共振周波数ω
0であり、式(4)で表される。
【数4】
虚部が最大および最小となる角周波数ωは、式(5)で表される。
【数5】
ここで、複合が負の場合に虚部が最大、複合が正の場合に虚部が最小となる。ただし、
【数6】
である。
【0033】
すなわち、共振周波数に近接した低周波側に反共振点が現れ、高周波側に同調共振点が現れる。以上の理論は、近似を用いることなく厳密に導出しているので、損失のある並列共振回路に必ず生じる現象であることがわかる。
【0034】
実際、アンテナおよびLC回路に誘導される電流の状態は、
図5のようになる。
図5(a)は反共振状態であり、
図1のアンテナ12の電流とLC補助回路16のアンテナ12側のループ電流の向きとは逆になるのに対して、
図5(b)は同調共振状態であり、アンテナ12の電流とLC補助回路16のアンテナ12側のループ電流の向きが同じになる。
【0035】
従って、特許文献1におけるLC回路の動作は、
図5(a)のLC回路6とアンテナ12の図に示すように、反共振であると明記されているのに対し、本発明のLC補助回路16の動作は、
図5(b)の同調共振であると言え、全く異なる動作をするものである。
【0036】
また、この実施形態のアンテナ装置10は、それらを複数台用いて、アンテナシステムを構成し、各アンテナ装置10で受信した電波強度の差により、電波の到来方向を検知することができる。このアンテナシステムにより、RFタグの所有者の移動方向や、移動状態を把握することができる。
【0037】
この実施形態のアンテナ装置10によれば、2次元状のLC補助回路16からなる磁気導体型反射板14を用いて、磁気導体型反射板14の前方にのみ電磁波を放射する、あるいは前方からの電磁波のみを受信し、後方へは電磁波を放射せず、後方からの電磁波も受信しない指向特性を実現している。さらに、アンテナ装置10では、主偏波だけでなく、それに直交する交差偏波成分も制御可能である。例えばRFタグなどの電波は、RFタグの取り付け方によって偏波方向がまちまちであり、垂直方向、水平方向両偏波の制御が可能であることが必要となる。しかし、アンテナ装置10は、偏波方向がまちまちなRFタグなどの電波に対しても容易に対応することができる。また、アンテナ装置10では、受給電するアンテナ12が、簡単なダイポールアンテナもしくはヘリカルアンテナ等の直線偏波だけではなく、直交2偏波、円偏波を使用するような場合や、さらに小型化のために複雑な形態をしているアンテナ、非直線状のアンテナにも対応可能である。
【0038】
また、特に微弱無線規格の周波数である315MHzにおいて、波長の約10分の1の大きさの小型アンテナ装置を実現できることを特徴とする。この点に関して、特許文献1には使用周波数約580MHz、長さ25cmのダイポールアンテナに、長さ10cmの補助回路を近接させた実施例が示されている。この場合の波長は約52cmでありアンテナの大きさは波長の約2分の1である。これに対し本発明のアンテナ装置10では、波長が約95cmの場合、装置の大きさが9~10cm、すなわち波長の約10分の1にまで小型化し、同時に良好な指向特性を有する装置を実現している。
【0039】
また、直交2偏波アンテナ、パッチアンテナ、メアンダーライン型アンテナ等による放射電磁界は、主偏波だけでなくそれに垂直な方向の偏波である交差偏波が存在する。このような交差偏波は、1次元の棒状反射体では反射できない。したがって、主偏波と交差偏波の両方を反射し指向特性を制御するためには、2次元状のLC回路が必要であり、本願発明のアンテナ装置10により、主偏波と交差偏波の両方を反射し、所望の指向特性に制御可能なアンテナ装置10を形成することができる。
【0040】
なお、本発明のアンテナ装置は、上記実施形態に限定されるものではなく、アンテナの種類は、ダイポ-ルアンテナ、ヘリカルアンテナ、直交2偏波アンテナ、パッチアンテナ、メアンダーライン型アンテナ等、適宜選択しうるものである。アンテナと磁気導体型反射板との間隔は、可能な限り近接させることができ、互いに接した状態で組み立ててもよい。適用される電波は、直線偏波、直交2偏波、又は円偏波を利用することができる。電波の周波数は、適宜選択されるもので、315MHzの他、420~430MHz、920MHz、1200MHz等、用途に応じて選択される。
【実施例】
【0041】
以下、この発明のアンテナ装置の実施例の測定結果について説明する。2次元状に単位LC回路16aが設けられたLC補助回路16による、メタマテリアルの磁気導体型反射板14を用いたアンテナ装置10について、周波数315MHzにおける指向特性を測定した。その結果、磁気導体型反射板14の大きさが10cm角と小さいにも関わらず、モノポールアンテナからの主偏波は、前方に強く放射されていることが確認された。放射強度の前後比は、10dB以上であった。
【0042】
次に、2次元状に単位LC回路16aが設けられたLC補助回路16の磁気導体型反射板14について、単位LC回路16aのそれぞれにメアンダーライン型のアンテナ12を対向させて測定を行った。
図6に、アンテナ装置10の実験装置(a)と、その測定結果の放射パターン(b)を示す。
【0043】
2次元反射体(316MHz)とメアンダーライン型のアンテナの組み合わせによる正規化放射パターンは、
図6(b)に示すように、実線(主偏波)、点線(交差偏波)に示すように、図面右横方向が正面であり、主偏波の正面の利得を0dBに正規化している。
【0044】
この実施例のアンテナ装置のメアンダーライン型のアンテナ12において、磁気導体型反射板14でアンテナ12全体を遮ることができ、後方への放射を十分抑制できた。さらに、メアンダーライン型のアンテナ12では、放射方向がアンテナ12と磁気導体型反射板14の位置関係にそれほど敏感でなく、主偏波および交差偏波ともに正しく前方を向いていることが確認された。
【符号の説明】
【0045】
10 アンテナ装置
12 アンテナ
14 磁気導体型反射板
16 LC補助回路
16a 単位LC回路
20 補助回路用基板
22 配線パターン
24 支柱
26 接地基板