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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-21
(45)【発行日】2022-07-29
(54)【発明の名称】吸着パッド
(51)【国際特許分類】
   B25J 15/06 20060101AFI20220722BHJP
   B25J 5/00 20060101ALI20220722BHJP
   F16B 47/00 20060101ALI20220722BHJP
【FI】
B25J15/06 D
B25J5/00 D
F16B47/00 Z
F16B47/00 A
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2018128759
(22)【出願日】2018-07-06
(65)【公開番号】P2020006465
(43)【公開日】2020-01-16
【審査請求日】2021-04-08
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成27年度、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「次世代人工知能・ロボット中核技術開発/(革新的ロボット要素技術分野)次世代機能性材料/機能性ポリマーを用いた濡れ性による吸着機構の研究開発」委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】599002043
【氏名又は名称】学校法人 名城大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000497
【氏名又は名称】弁理士法人グランダム特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】福田 敏男
(72)【発明者】
【氏名】池本 有助
(72)【発明者】
【氏名】市川 明彦
(72)【発明者】
【氏名】大原 賢一
【審査官】杉田 隼一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/044861(WO,A1)
【文献】特開2019-027456(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2011-0130129(KR,A)
【文献】特開2006-281381(JP,A)
【文献】実開昭53-024073(JP,U)
【文献】米国特許出願公開第2016/0005774(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B25J 15/06
B25J 5/00
F16B 47/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被吸着面との間に空間を形成し、その空間を負圧にすることにより前記被吸着面に吸着する基体部と、
前記基体部から突出して形成され、前記被吸着面に吸着する際に前記被吸着面に当接する当接面を有しており、内側に前記空間が形成される環状の周縁部と、
前記基体部から前記空間内に突出する凸部と、
を備えており、
前記周縁部は、前記当接面を水平面に当接させた状態における平面形状が凹凸状をなしていることを特徴とする吸着パッド。
【請求項2】
被吸着面との間に空間を形成し、その空間を負圧にすることにより前記被吸着面に吸着する基体部と、
前記基体部から突出して形成され、前記被吸着面に吸着する際に前記被吸着面に当接する当接面を有しており、内側に前記空間が形成される環状の周縁部と、
を備えており、
前記周縁部は、前記当接面を水平面に当接させた状態における平面形状が凹凸状をなしており、
前記平面形状の少なくとも一部は、コッホ曲線を作成する過程で得られるステップn(nは1以上の整数)時の図形の形状をなしていることを特徴とする吸着パッド。
【請求項3】
前記周縁部は、前記平面形状がm回対称性(mは2以上の整数)を有していることを特徴とする請求項1又は2記載の吸着パッド。
【請求項4】
前記周縁部は、前記平面形状が線対称性を有していることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一項に記載の吸着パッド。
【請求項5】
前記被吸着面に吸着する際に、前記空間を負圧吸引する吸引部を備えていることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の吸着パッド。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は吸着パッドに関するものである。
【背景技術】
【0002】
特許文献1は従来の吸着パッドを開示している。この吸着パッドは、パッド基板と、このパッド基板の周縁部に設けられたシール壁とを備えている。吸着パッドは、被吸着面に吸着する際には、パッド基板と基板周辺のシール壁とにより囲まれた空間を負圧にして吸着する。
また、この種の吸着パッドでは、吸着面の平面形状が円形状であるものが一般的である。平面形状が円形状の吸着パッドは、負圧による応力集中を好適に回避することができるとともに、設計や製造も容易である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2015-77655号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、負圧を利用した吸着機構では、被吸着面から離間する方向(垂直方向)に引き離そうとする力に対しては、負圧による力が有効に作用して吸着を良好に保持できる。これと比較して、被吸着面に平行な方向(せん断方向)に作用する力に対しては、負圧による力とは異なる方向に作用するため、吸着を保持することが困難である。このため、せん断方向においても十分な吸着性能を発揮できることが課題となっていた。
【0005】
本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたものであって、優れた吸着性能を発揮することができる吸着パッドを提供することを解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
第1発明及び第2発明の吸着パッドは、被吸着面との間に空間を形成し、その空間を負圧にすることにより前記被吸着面に吸着する基体部と、
前記基体部から突出して形成され、前記被吸着面に吸着する際に前記被吸着面に当接する当接面を有しており、内側に前記空間が形成される環状の周縁部と、
を備えており、
前記周縁部は、前記当接面を水平面に当接させた状態における平面形状が凹凸状をなしていることを特徴とする。
【0007】
この吸着パッドは、被吸着面に吸着する際には、周縁部の当接面が被吸着面に押し付けられる。周縁部は、平面形状が凹凸状をなしていることにより、従来のように吸着面が円形状のものと比較して、より長い周長が確保されている。このため、被吸着面に吸着する際に、被吸着面により多くの面積を当接させることができる。これにより、被吸着面との接触面積がより大きく確保され、接触面積に応じた静止摩擦力(グリップ力)を被吸着面に作用させることができる。その結果、吸着力の向上を図ることができる。特に、吸着面と被吸着面との間にせん断力が作用する立壁面に吸着する場合に、グリップ力をせん断方向に有効に作用させることができる。
【0008】
したがって、本発明の吸着パッドは、優れた吸着性能を発揮することができる。
【0009】
なお、上記「負圧」とは、単に大気圧以下の圧力を意味するものではなく、上記空間の外側の空間の圧力よりも低い圧力である場合全般を意図するものである。例えば、上記空間の外側の空間の圧力が大気圧よりも高い場合には、「負圧」の状態の空間内は、大気圧以上の圧力となる場合も考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施例に係る吸着パッドが取り付けられたロボットを模式的に示す図である。
図2】実施例に係る吸着パッドを模式的に示す断面図である。
図3】実施例に係る吸着パッドを周縁部の当接面側からみた状態を模式的に示す図である。
図4】コッホ曲線の作成過程を説明するための図である。
図5】実施例に係る吸着パッドを被吸着面に吸着させた状態を模式的に示す図である。
図6】ステップ数nと接触面積との相関の理論的予測を示すグラフである。
図7】平面形状の違いによる吸着力の差異を測定した実験結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明における好ましい実施の形態を説明する。
第1発明及び第2発明の吸着パッドにおいて、前記周縁部は、前記平面形状がm回対称性(mは2以上の整数)を有し得る。この場合、吸着面の異方性を減少させることができる。すなわち、より長い周長を確保するために平面形状を凹凸状に形成した周縁部において、平面形状に対称性を持たせたことで、被吸着面に吸着する際の向きによる吸着力の差を軽減することができる。また、負圧による力が周縁部の特定部位にのみ過剰に作用することを回避することができる。このため、安定的に吸着力を発揮することができる。
【0012】
第1発明及び第2発明の吸着パッドにおいて、前記周縁部は、前記平面形状が線対称性を有し得る。この場合、吸着面の異方性を減少させることができる。すなわち、より長い周長を確保するために平面形状を凹凸状に形成した周縁部において、平面形状に対称性を持たせたことで、被吸着面に吸着する際の向きによる吸着力の差を軽減することができる。また、負圧による力が周縁部の特定部位にのみ過剰に作用することを回避することができる。このため、安定的に吸着力を発揮することができる。
【0013】
第2発明の吸着パッドにおいて、前記周縁部は、前記平面形状の少なくとも一部がコッホ曲線を作成する過程で得られるステップn(nは1以上の整数)時の図形の形状をなしている。このため、より長い周長を容易に得ることができる。すなわち、代表的なフラクタルパターンであるコッホ曲線が有する規則性により、単純図形の再帰的適用という簡単な設計でより長い周長を有する周縁部を得ることができる。
【0014】
第1発明の吸着パッドは、前記基体部から前記空間内に突出する凸部を備えている。このため、負圧による吸着パッドの変形を抑制することができるので、安定的に吸着力を発揮することができる。
【0015】
第1発明及び第2発明に係る吸着パッドは、前記被吸着面に吸着する際に、前記空間を負圧吸引する吸引部を備え得る。この場合、吸引により負圧を維持することができ、吸着持続性の向上を図ることができる。
【0016】
次に、本発明の吸着パッドを具体化した実施例について、図面を参照しつつ説明する。
【0017】
<実施例>
本実施例の吸着パッド1は、図1に示すようなロボット100の吸着機構に用いられる。ロボット100は複数の吸着パッド1を備えており、ビルの外壁や橋梁の裏面などを被吸着面Aとして、複数の吸着パッド1を被吸着面Aに順繰りに吸着させつつ被吸着面A上を移動し、インフラ点検やビル清掃等を行う。
【0018】
図2及び図3に示すように、吸着パッド1は基体部10及び周縁部20を備えている。本実施例において、基体部10及び周縁部20は、熱硬化性のエラストマーであるポリジメチルシロキサン(PDMS)製であり、弾性を有している。
基体部10は、被吸着面Aとの間に空間Rを形成し、空間Rを負圧にすることにより被吸着面Aに吸着する。図1に示すように、基体部10は所定の厚さを有する板状に形成されており、その一方の面11側に空間Rを形成している。
【0019】
周縁部20は基体部10に一体に形成されており、基体部10と同様のPDMS製である。周縁部20は基体部10から突出した形態で形成されている。詳細には、周縁部20は、基体部10の一面11から突出している。周縁部20は環状に形成されており、その内側には空間Rが形成される。周縁部20は当接面21を有している。当接面21は、被吸着面Aに吸着する際に被吸着面Aに当接する面である。当接面21は、周縁部20の基体部10からの突出方向の先端面とされている。当接面21は、周縁部20の外周から内側方向に所定幅で形成されている。吸着パッド1は、この当接面21の同一平面を吸着面1Aとして被吸着面Aに吸着する。
【0020】
周縁部20は、当接面21を水平面に当接させた状態における平面形状が凹凸状をなしている。本実施例の場合、周縁部20は、図3に示すように、凹凸状をなす平面形状の少なくとも一部がコッホ曲線を作成する過程で得られるステップn(nは1以上の整数)時の図形の形状をなす形態とされている。より詳細には、本実施例の周縁部20は、コッホ曲線を作成する過程で得られるステップ2時の図形(以下、単にステップn時図形とも表記する)の形状を平面形状に用いているとともに、このステップ2時図形を環状に3つ繋ぎ合わせた所謂コッホ雪片状の平面形状である。
【0021】
コッホ曲線は、以下のようにして作成される。
最初に、ある線分について、3等分する2点を設定する。次に、分割された3つの線分のうち、分割点となった2点間の線分を、各線分と同じ長さであり、且つ一方の端点同士が連結されるとともに他方の端点が分割点となった2点にそれぞれ連結された2つの線分に置き換える。これにより、元の線分が、元の線分の3分の1の長さの4つの線分に置き換えられる。すなわち、コッホ曲線ステップn時図形の長さは、ステップ(n-1)時図形の長さの4/3倍となる。このような操作を1ステップとして、得られた各線分に対して同じ操作を無限に繰り返すことにより、長さが無限のコッホ曲線が作成される。図4は、コッホ曲線を作成する過程における初期の段階であるステップ0~3の時の各図形を示している。
【0022】
また、本実施例において、周縁部20は、平面形状がm回対称性(mは2以上の整数)を有する形態としている。m回対称性とは、所定の回転軸の周りを(360/m)°回転させると自らと重なる性質である。本実施例の場合、周縁部20は、図3に示すように、中心軸C周りに60°回転させると自らと重なる6回対称性を有した平面形状をなしている。
【0023】
また、本実施例において、周縁部20は、平面形状が線対称性を有する形態としている。図3に示すように、周縁部20は、各々の対称形状が同一形状となる3つの対称軸A1,A2,A3を有する線対称形状をなしている。
【0024】
本実施例において、吸着パッド1は保持部材30を備えている。保持部材30は、インサート成形により基体部10に一体的に設けられている。保持部材30は、PDMS製の基体部10よりも高い剛性を有する樹脂や金属により形成されており、弾性体である基体部10の変形を抑制する。また、保持部材30は筒状部31を有している。筒状部31は、基体部10を厚さ方向に貫通する形態で、基体部10の中心に配されている。筒状部31は、一端が基体部10の一面11に開口して空間Rに連通する貫通孔31Aを形成している。筒状部31の他端は、基体部10の背面から突出して貫通孔31Aが開口している。貫通孔31Aは、基体部10の背面側から図示しない負圧発生源に連通している。吸着パッド1は、この貫通孔31Aから空間R内の空気を負圧吸引する。すなわち、貫通孔31Aは、本発明に係る吸引部として機能し、吸着パッド1が被吸着面Aに吸着する際に空間Rを負圧吸引する。
【0025】
また、本実施例において、吸着パッド1は凸部40を備えている。凸部40は、基体部10から空間R内に突出する形態で設けられている。各凸部40は、周縁部20の高さと略同等の長さで空間R内に突出する円柱形状に形成されている。これにより、各凸部40は、吸着パッド1が被吸着面Aに吸着する際には、周縁部20とともに被吸着面Aに当接する。凸部40は基体部10に一体に形成されたPDMS製である。本実施例の場合、凸部40は、図3に示すように、中心軸C周りに等間隔に4つ設けられている。
【0026】
次に、実施例の吸着パッド1の作用について説明する。
吸着パッド1を被吸着面Aに当接させると、貫通孔31Aから負圧吸引されることにより、空間R内には負圧が生じる。この負圧と大気圧との差圧によって、吸着パッド1は被吸着面Aに押圧され、周縁部20の当接面21が被吸着面Aに押し付けられる。これにより、吸着パッド1は被吸着面Aに吸着する。吸着パッド1が被吸着面Aに吸着する際には、負圧による力Wが生じている。負圧による力Wは、負圧と大気圧との差圧と、この差圧が作用する面積である空間Rの開口面積(負圧媒体である空気の被吸着面Aとの接触面積)と、を乗じたものとして表される。この負圧による力Wは、被吸着面Aに対して垂直方向に作用する。また、周縁部20の当接面21が被吸着面Aに当接する際には、凸部40も同様に当接する。この凸部40は、上述のように、中心軸C周りに等間隔に4つ設けられている。このため、これら凸部40の作用により、PDMS製の基体部10及び周縁部20の負圧による変形が好適に抑制される。
【0027】
被吸着面Aに吸着した状態において、吸着パッド1は、負圧による力Wの作用によって周縁部20の当接面21が被吸着面Aに押し付けられる。当接面21の表面には、図5に示すように、無数の微視的突起が存在している。これら微視的突起は、周縁部20がPDMS製であることから、負圧による力Wによって被吸着面Aに押し付けられることにより弾性変形しつつ被吸着面Aに当接する。これにより、当接面21と被吸着面Aとの接触面積が増大する。また、当接面21が被吸着面Aに押し付けられることにより、高さの低い微視的突起も当接するようになり、当接面21全体としての接触面積が更に増大する。これにより、被吸着面Aに対する静止摩擦力(グリップ力)が増大し、せん断方向の吸着力Fhが確保されるようになる。
【0028】
吸着パッド1が橋梁の裏面等の下向き面を被吸着面Aとして吸着する場合、吸着パッド1には、重力による力が、被吸着面Aから引き離そうとする方向に垂直に作用する。これに対し、負圧による力Wは、重力による力の作用方向とは反対の方向に作用している。したがって、下向き面を被吸着面とする場合等、当接面21を被吸着面Aから垂直に離間させる方向に力が作用する場合の吸着パッド1の吸着力Fv(垂直方向の吸着力)は、負圧による力Wが支配的である。このため、負圧による力Wをより大きくすることによって、垂直方向の吸着力Fvをより大きくすることができる。
【0029】
一方、吸着パッド1がビルの外壁等の垂直面を被吸着面Aとして吸着する場合、吸着パッド1には、重力による力が、負圧による力Wの交差方向である被吸着面Aに平行な方向に作用する。吸着パッド1には、この重力による力に抗して作用する力として、周縁部20の当接面21と被吸着面Aとの間の静止摩擦力が作用する。したがって、垂直面を被吸着面とする場合等、被吸着面Aと当接面21との間にせん断方向の力が作用する場合の吸着パッド1の吸着力Fh(せん断方向の吸着力)は、吸着パッド1と被吸着面Aとの間の静止摩擦力が支配的となる。このため、被吸着面Aと当接面21との間の静止摩擦力をより大きくすることによって、せん断方向の吸着力Fhをより大きくすることができる。
【0030】
一般的に、静止摩擦力は、摩擦面に垂直な方向の力と静止摩擦係数とを乗じたものとして表される。このため、静止摩擦力は、単に被吸着面に垂直方向に押し付ける力である負圧による力Wを大きくするのみでなく、静止摩擦係数を大きくすることによっても増大させることができる。本実施例の場合、垂直面である被吸着面Aと当接面21との間の静止摩擦力はせん断方向の吸着力Fhである。当接面21は、弾性体である周縁部20の表面であることから、せん断方向の吸着力Fhとしての静止摩擦力は、弾性体の静止摩擦力に関する理論であるヘルツの接触理論によって示された以下の数式(1)によって表すことができる。
【0031】
【数1】
【0032】
上記数式(1)に示すように、せん断方向の吸着力Fhは、微視的接触点の数Nの1/3乗に比例して増加する。すなわち、せん断方向の吸着力Fhを増大させるには、微視的接触点の数Nを大きくするとよい。微視的接触点の数Nとは、当接面21における微視的突起のうちの被吸着面Aに当接するものの数である。上述のように、当接面21には、微視的に見ると無数の突起が存在している。せん断方向の吸着力Fhは、これら微視的突起を被吸着面Aにより多く接触させることによって大きくすることができる。
【0033】
微視的接触点の数Nをより多くするには、当接面21の面積を大きくするとよい。本実施例の場合、吸着パッド1は、周縁部20の平面形状が凹凸状をなす形態とされている。これにより、平面形状が円形状をなす一般的な吸着パッドの周縁部と比較して、より長い外周長を確保することができる。すなわち、吸着パッド1は、負圧媒体である空気の被吸着面Aとの接触面積(空間Rの開口面積)が同じ大きさの円形状の周縁部を有する一般的な吸着パッドと比較して、平面形状が凹凸状をなす周縁部20としたことによって、周長をより長くとることができる。これにより、円形状の周縁部を備えた従来の吸着パッドと比較して、当接面21の面積をより大きくすることができ、被吸着面Aに接触する微視的突起の数Nをより多くすることができるので、吸着性能の向上が図られる。
【0034】
また、本実施例では、周縁部20の凹凸形状は、フラクタル図形であるコッホ曲線を作成する過程で得られるステップ2の時図形の形状である。コッホ曲線は、単純な操作を繰り返すことによって得られるため、その過程で得られる形状についても単純操作で得ることができる。また、コッホ曲線を作成する過程で得られる形状は、ステップ数nの値が大きいほど長くなる。このため、より長い周長が容易に得られ、より大きな接触面積を容易に確保することができる。
【0035】
図6は、空間Rの開口面積を一定(2000mm)としたときの、各ステップ数時の形状を周縁部の全周に採用した場合における接触面積(当接面積)の大きさを理論的に求めたものを示している。この図6に示すように、コッホ曲線を作成する過程で得られる形状を採用した場合の被吸着面との接触面積の理論上の大きさは、平面形状が円形状の場合と比較すると、ステップ1時には1.485倍、ステップ2時には1.878倍、ステップ3時には2.451倍となる。また、これに基づいて上記数式(1)を用いて算出されるせん断方向の吸着力の理論上の大きさは、平面形状が円形状の場合と比較して、ステップ1時には1.141倍、ステップ2時には1.234倍、ステップ3時には1.348倍となる。
【0036】
また、本実施例では、周縁部20は、平面形状がm回対称性を有する形態としている。また、周縁部20は、平面形状が線対称性を有する形態としている。このため、吸着パッド1は、吸着面1Aの異方性が減じられている。すなわち、被吸着面Aに吸着する際の向きによる吸着力の差異が軽減される。また、負圧による力が周縁部20の特定部位にのみ過剰に作用することを回避することができる。このように、吸着パッド1は、対称性を持たせることで吸着力の安定化を図っている。
【0037】
以上説明したように、実施例の吸着パッド1は、被吸着面Aとの間に空間Rを形成して負圧により被吸着面Aに吸着する基体部10と、基体部10から突出して形成され、被吸着面Aに吸着する際に被吸着面Aに当接する当接面21を有しており、内側に空間Rが形成される環状の周縁部20と、を備えている。そして、周縁部20は、平面形状が凹凸状をなしている。
【0038】
このような構成により、吸着パッド1は、被吸着面Aに吸着する際には、周縁部20の当接面21が被吸着面Aに押し付けられる。周縁部20は、平面形状が凹凸状をなしていることにより、従来のように吸着面が円形状のものと比較して、より長い周長が確保されている。このため、被吸着面Aに吸着する際に、被吸着面Aにより多くの面積を当接させることができる。これにより、被吸着面Aとの接触面積がより大きく確保され、接触面積に応じた静止摩擦力(グリップ力)を被吸着面Aに作用させることができる。その結果、吸着力の向上を図ることができる。特に、吸着面と被吸着面との間にせん断力が作用する立壁面に吸着する場合に、グリップ力をせん断方向に有効に作用させることができる。
【0039】
したがって、吸着パッド1は、優れた吸着性能を発揮することができる。
【0040】
また、周縁部20は、平面形状がm回対称性(mは2以上の整数)を有している。このため、吸着面1Aの異方性を減少させることができる。すなわち、より長い周長を確保するために平面形状を凹凸状に形成した周縁部20において、平面形状に対称性を持たせたことで被吸着面Aに吸着する際の向きによる吸着力の差を軽減することができるので、向きによる吸着性能のばらつきを抑制することができる。また、負圧による力が周縁部20の特定部位にのみ過剰に作用することを回避することができる。このため、安定的に吸着力を発揮することができる。
【0041】
また、周縁部20は、平面形状が線対称性を有している。このため、吸着面1Aの異方性を減少させることができる。すなわち、より長い周長を確保するために平面形状を凹凸状に形成した周縁部において、平面形状に対称性を持たせたことで被吸着面Aに吸着する際の向きによる吸着力の差を軽減することができるので、向きによる吸着性能のばらつきを抑制することができる。また、負圧による力が周縁部20の特定部位にのみ過剰に作用することを回避することができる。このため、安定的に吸着力を発揮することができる。
【0042】
また、周縁部20は、平面形状の少なくとも一部がコッホ曲線を作成する過程で得られるステップ2時の図形形状をなしている。このため、より長い周長を容易に得ることができる。すなわち、代表的なフラクタルパターンであるコッホ曲線が有する規則性により、単純図形の再帰的適用という簡単な設計でより長い周長を有する周縁部を得ることができる。
【0043】
また、吸着パッド1は、基体部10から空間R内に突出する凸部40を備えている。このため、負圧による吸着パッド1の変形を抑制することができるので、安定的に吸着力を発揮することができる。
【0044】
また、吸着パッド1は、被吸着面Aに吸着する際に、空間Rを負圧吸引する吸引部としての貫通孔31Aを備えている。すなわち、吸着パッド1は、基体部10を貫通して一面11に開口する貫通孔31Aが形成されている。このため、貫通孔31Aを介して空間Rを負圧吸引することで空間R内の負圧を維持することができ、吸着持続性の向上を図ることができる。
【0045】
また、周縁部20の平面形状が凹凸状をなしていることにより、従来のように吸着面が円形状のものと比較して、外周面におけるせん断方向のエッジ効果をより大きく作用させることができる。
【0046】
<実験例>
本発明の吸着パッドの効果を確認するために行った実験の結果を図7に示す。実験では、図7に示すように、平面形状が(1)円形状、(2)コッホ曲線ステップ1時図形を用いたコッホ雪片状の形状、及び(3)コッホ曲線ステップ2時図形を用いたコッホ雪片状の形状(実施例相当)の周縁部をそれぞれ備えた3種類の吸着パッドを用い、これら(1)~(3)のせん断方向の吸着力(吸着力Fh)を測定した。せん断方向の吸着力の測定は、被吸着面に吸着させた各吸着パッドに対してせん断方向に荷重をかけ、吸着パッドの脱落時の荷重の大きさをそれぞれ12回ずつ測定した。吸着パッド(1)~(3)は、周縁部内側の空間(空間R)の開口面積(約2000mm)、及び周縁部先端の当接面の幅(約1mm)を共通とした。被吸着面としては平滑なアクリル板を用い、これを垂直に立設した。また、吸着パッド(1)~(3)の被吸着面への吸着時には、真空ポンプによって周縁部内側の空間内の負圧吸引を行った。真空ポンプは、周縁部内側の空間の容積に比して十分に大きな容積を有する真空容器を介して吸着パッドに接続した。吸着時の圧力は-0.03MPaとした。
【0047】
図7に示すように、平面形状にコッホ曲線ステップ1時図形及びステップ2時図形の形状を用いた各吸着パッド(2)及び(3)は、平面形状が円形状の吸着パッド(1)と比較してより大きな吸着力を示した。また、ステップ数nのより大きい吸着パッド(3)は吸着パッド(2)よりも大きな吸着力を示した。さらに、吸着パッド(1)~(3)の吸着力の測定値は、上述の理論値と同様に、各吸着パッドの当接面の面積(被吸着面との接触面積)の大きさである微視的接触点の数Nの1/3乗に比例する傾向となることが確認された。
【0048】
本発明は上記記述及び図面によって説明した実施例に限定されるものではなく、例えば次のような形態も本発明の技術的範囲に含まれる。
(1)実施例では、吸着パッドを、ビルの外壁や橋梁の裏面などの壁面移動用ロボットに適用する形態を例示したが、据置型ロボットのアーム先端の吸着パッド等、負圧により被吸着面に吸着する用途全般に適用できる。特に、吸着面と被吸着面との間にせん断力が作用する立壁面への吸着に好適である。
(2)実施例では、PDMS製の基体部及び周縁部としたが、これに限定されない。基体部及び周縁部としては、弾性体であることが好ましいが、その材質等は特に問わない。
(3)実施例では、吸引部としての貫通孔を備えて負圧吸引される形態を例示したが、これは必須ではない。本発明の吸着パッドは、吸引部を備えない形態で被吸着面に吸着する形態であってもよい。この場合、弾性を有する基体部の吸着面を被吸着面に押し付けて変形させることにより、吸盤のように吸着面と被吸着面の間に負圧を生じさせて吸着することができ、簡易な構成の吸着パッドを実現することができる。
(4)実施例では、負圧媒体として空気を例示したが、他の気体や、水等の液体等、空気以外の流体を採用してもよい。
(5)実施例では、周縁部がm回対称性(mは2以上の整数)の平面形状を有する形態を例示したが、これは必須の構成ではなく、周縁部がm回対称性の平面形状を有さない形態であってもよい。
(6)実施例では、周縁部が線対称性の平面形状を有する形態を例示したが、これは必須の構成ではない。周縁部は、線対称性の平面形状を有さない形態であってもよい。また、線対称性の平面形状を有する場合、各々の対称形状が同一形状となる対称軸の数は、2以下であってもよいし4以上であってもよい。
(7)凸部を備える場合には、その形状や大きさ、個数等は特に限定されない。
(8)実施例では、周縁部は、平面形状がコッホ曲線を作成する過程で得られるステップn時の図形の形状をなしている形態を例示したが、これは必須の構成ではない。周縁部の平面形状がコッホ曲線を作成する過程で得られるステップn時の図形の形状をなしている場合、そのステップ数nは、1以上であればよい。また、ステップn時図形の形状は、周縁部の少なくとも一部に用いられている形態であってもよい。また、コッホ曲線に替えて、シェルペンスキー曲線等の他の空間充填曲線を用いたフラクタル図形の形状を採用してもよく、これらの場合も、より長い周長の周縁部が容易に得られる。
【符号の説明】
【0049】
1…吸着パッド
1A…吸着面
10…基体部
11…基体部の空間側の一面
20…周縁部
21…当接面
30…保持部材
31…筒状部
31A…貫通孔
40…凸部
100…ロボット
A…被吸着面
A1,A2,A3…対称軸
C…中心軸
Fh…垂直方向の吸着力
Fv…せん断方向の吸着力
R…空間
W…負圧による力
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7