(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-21
(45)【発行日】2022-07-29
(54)【発明の名称】減速機
(51)【国際特許分類】
F16H 25/06 20060101AFI20220722BHJP
【FI】
F16H25/06 A
(21)【出願番号】P 2020096294
(22)【出願日】2020-06-02
【審査請求日】2021-04-23
(73)【特許権者】
【識別番号】391002487
【氏名又は名称】学校法人大同学園
(74)【代理人】
【識別番号】100126170
【氏名又は名称】水野 義之
(72)【発明者】
【氏名】林 秀行
(72)【発明者】
【氏名】大嶋 和彦
【審査官】畔津 圭介
(56)【参考文献】
【文献】特開昭60-168954(JP,A)
【文献】特表平06-508674(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 25/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
入力された所定の動作方向の動力を減速して、前記動作方向の動力を出力する減速機であって、
動力を伝達する複数の
ボールと、
前記動作方向への互いに相対的な移動が可能な状態で、前記動作方向と直交する積層方向に順に積層される第1の外方板状部材、中間板状部材および第2の外方板状部材と、
を備え、
前記中間板状部材には、前記中間板状部材に対して、前記動作方向に直交する方向への前記
ボールの揺動を許容するとともに、前記動作方向への前記
ボールの移動を規制する、前記積層方向に貫通する貫通穴が形成され、
前記第1の外方板状部材の前記中間板状部材側の面には、前記第1の外方板状部材に対して、前記
ボールが前記動作方向に延びる第1のシニュソイド誘導曲線に沿って運動するように規制する、第1のガイド溝が形成され、
前記第2の外方板状部材の前記中間板状部材側の面には、前記第2の外方板状部材に対して、前記
ボールが前記動作方向に延び、前記第1のシニュソイド誘導曲線よりも波数が小さい第2のシニュソイド誘導曲線に沿って運動するように規制する、第2のガイド溝が形成されており、
前記
ボールは、
前記積層方向に沿った断面における断面形状が矩形に形成された矩形溝である前記第1と第2のガイド溝と前記貫通穴とにより形成される空間内に、前記積層方向への移動が規制された状態で保持され、
前記第2の外方板状部材に入力された前記動力は、前記第1の外方板状部材および前記中間板状部材の一方が前記動作方向に対して固定された状態で、前記第1の外方板状部材および前記中間板状部材の他方から出力される、
減速機。
【請求項2】
前記第1および第2のシニュソイド誘導曲線は、シニュソイド曲線である、請求項
1記載の減速機。
【請求項3】
前記第1および第2のシニュソイド誘導曲線は、三角波曲線である、請求項
1記載の減速機。
【請求項4】
請求項1ないし
3のいずれか記載の減速機であって、
前記動作方向は、中心軸を中心とする回転方向であり、
前記動作方向に延びる前記第1のシニュソイド誘導曲線は、一周の波数がM(Mは、2以上の整数)の円周シニュソイド誘導曲線であり、
前記動作方向に延びる前記第2のシニュソイド誘導曲線は、一周の波数がN(Nは、1以上の整数)の円周シニュソイド誘導曲線である、
減速機。
【請求項5】
前記
ボールの数は、(M+N)個あるいは(M-N)個のいずれかである、請求項
4記載の減速機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、動力を減速して伝達する減速機に関し、特に、薄型化が可能な減速機に関する。
【背景技術】
【0002】
ロボットの関節を駆動する関節駆動装置においては、動力発生装置としてモーターが使用されるが、一般的に、モーターの回転速度は、関節の駆動に適した回転速度に対し、必要以上に速くなっている場合がある。そのため、関節駆動装置等においては、通常、回転動力を減速して伝達する減速機が用いられる。また、減速機が大型化すると関節駆動装置等も大型化するため、ロボット等に使用される減速機には、薄型化が要求される。そこで、薄型化が可能な減速機として、遊星歯車減速機やサイクロイド減速機(例えば、特許文献1参照)等の種々の減速機が使用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、遊星歯車減速機やサイクロイド減速機等の従来の減速機は、歯車機構等を構成するために軸受等が使用され、また、歯車機構等を入れ子構造としていることにより構成されているため、その構成が複雑となる。この問題は、ロボット等に使用される減速機に限らず、種々の分野で使用される減速機一般に共通する。
【0005】
本発明は、上述した従来の課題を解決するためになされたものであり、薄型化が可能な減速機において、より簡単な構成で減速機を実現する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的の少なくとも一部を達成するために、本発明は、以下の形態又は適用例として実現することが可能である。
本発明の一形態としての減速機は、入力された所定の動作方向の動力を減速して、前記動作方向の動力を出力する減速機であって、動力を伝達する複数のボールと、前記動作方向への互いに相対的な移動が可能な状態で、前記動作方向と直交する積層方向に順に積層される第1の外方板状部材、中間板状部材および第2の外方板状部材と、を備え、前記中間板状部材には、前記中間板状部材に対して、前記動作方向に直交する方向への前記ボールの揺動を許容するとともに、前記動作方向への前記ボールの移動を規制する、前記積層方向に貫通する貫通穴が形成され、前記第1の外方板状部材の前記中間板状部材側の面には、前記第1の外方板状部材に対して、前記ボールが前記動作方向に延びる第1のシニュソイド誘導曲線に沿って運動するように規制する、第1のガイド溝が形成され、前記第2の外方板状部材の前記中間板状部材側の面には、前記第2の外方板状部材に対して、前記ボールが前記動作方向に延び、前記第1のシニュソイド誘導曲線よりも波数が小さい第2のシニュソイド誘導曲線に沿って運動するように規制する、第2のガイド溝が形成されており、前記ボールは、前記積層方向に沿った断面における断面形状が矩形に形成された矩形溝である前記第1と第2のガイド溝と前記貫通穴とにより形成される空間内に、前記積層方向への移動が規制された状態で保持され、前記第2の外方板状部材に入力された前記動力は、前記第1の外方板状部材および前記中間板状部材の一方が前記動作方向に対して固定された状態で、前記第1の外方板状部材および前記中間板状部材の他方から出力されることを特徴とする。
この形態によれば、複数のボールと、第1の外方板状部材、中間板状部材および第2の外方板状部材とにより減速機を実現することができるので、より簡単な構成で減速機を実現することができる。
そして、第1と第2のガイド溝を矩形溝とすることにより、ボールと、第1および第2の外方板状部材との間の摩擦抵抗を低減することができるので、減速機の伝達効率の低下を抑制することができる。
【0007】
[適用例1]
入力された所定の動作方向の動力を減速して、前記動作方向の動力を出力する減速機であって、動力を伝達する複数の動力伝達部材と、前記動作方向への互いに相対的な移動が可能な状態で、前記動作方向と直交する積層方向に順に積層される第1の外方板状部材、中間板状部材および第2の外方板状部材と、を備え、前記中間板状部材には、前記中間板状部材に対して、前記動作方向に直交する方向への前記動力伝達部材の揺動を許容するとともに、前記動作方向への前記動力伝達部材の移動を規制する、前記積層方向に貫通する貫通穴が形成され、前記第1の外方板状部材の前記中間板状部材側の面には、前記第1の外方板状部材に対して、前記動力伝達部材が前記動作方向に延びる第1のシニュソイド誘導曲線に沿って運動するように規制する、第1のガイド溝が形成され、前記第2の外方板状部材の前記中間板状部材側の面には、前記第2の外方板状部材に対して、前記動力伝達部材が前記動作方向に延び、前記第1のシニュソイド誘導曲線よりも波数が小さい第2のシニュソイド誘導曲線に沿って運動するように規制する、第2のガイド溝が形成されており、前記動力伝達部材は、前記第1と第2のガイド溝と前記貫通穴とにより形成される空間内に、前記積層方向への移動が規制された状態で保持され、前記第2の外方板状部材に入力された前記動力は、前記第1の外方板状部材および前記中間板状部材の一方が前記動作方向に対して固定された状態で、前記第1の外方板状部材および前記中間板状部材の他方から出力される、減速機。
【0008】
この構成によれば、複数の動力伝達部材と、第1の外方板状部材、中間板状部材および第2の外方板状部材とにより減速機を実現することができるので、より簡単な構成で減速機を実現することができる。
【0009】
[適用例2]
前記動力伝達部材は、ボールであり、前記第1および第2のガイド溝は、前記積層方向に沿った断面における断面形状が矩形に形成された矩形溝である、適用例1記載の減速機。
【0010】
この構成によれば、動力伝達部材と、第1および第2の外方板状部材との間の摩擦抵抗を低減することができるので、減速機の伝達効率の低下を抑制することができる。
【0011】
[適用例3]
前記第1および第2のシニュソイド誘導曲線は、シニュソイド曲線である、適用例1または2記載の減速機。
【0012】
この構成によれば、第1および第2のガイド溝の形状がより簡単な形状となるので、減速機を構成する第1および第2の外方板状部材の形成がより簡単となる。
【0013】
[適用例4]
前記第1および第2のシニュソイド誘導曲線は、三角波曲線である、適用例1または2記載の減速機。
【0014】
この構成によっても、第1および第2のガイド溝の形状がより簡単な形状となるので、減速機を構成する第1および第2の外方板状部材の形成がより簡単となる。
【0015】
[適用例5]
適用例1ないし4のいずれか記載の減速機であって、前記動作方向は、中心軸を中心とする回転方向であり、前記動作方向に延びる前記第1のシニュソイド誘導曲線は、一周の波数がM(Mは、2以上の整数)の円周シニュソイド誘導曲線であり、前記動作方向に延びる前記第2のシニュソイド誘導曲線は、一周の波数がN(Nは、1以上の整数)の円周シニュソイド誘導曲線である、減速機。
【0016】
この構成によれば、回転動力を減速する減速機の構成をより簡単にすることができる。
【0017】
[適用例6]
前記動力伝達部材の数は、(M+N)個あるいは(M-N)個のいずれかである、適用例5記載の減速機。
【0018】
この構成によれば、第2の外方板状部材に入力された動力を、減速した動力を出力する第1の外方板状部材あるいは中間板状部材に、より確実に伝達することができる。
【0019】
なお、本発明は、種々の態様で実現することが可能である。例えば、減速機、その減速機を用いた駆動機構、その減速機とモーター等の動力発生装置とを組み合わせた駆動装置等の態様で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】第1実施形態としての減速機の構成を示す分解斜視図。
【
図4】ステーターおよび入力板とボールとの位置関係を示す説明図。
【
図8】第2実施形態の減速機における出力板とボールとの位置関係を示す説明図。
【
図9】第2実施形態の減速機の動作の様子を示す説明図。
【
図10】第2実施形態の減速機の動作の様子を示す説明図。
【
図11】第3実施形態の減速機におけるステーターおよび入力板の構成を示す説明図。
【
図12】第3実施形態の減速機において、減速動作が実現される様子を示す説明図。
【
図13】第4実施形態の減速機におけるステーター、出力板、入力板およびボールの構成を示す説明図。
【
図14】第4実施形態の減速機の動作の様子を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を実施するための形態を以下の順序で説明する。
A.第1実施形態:
A1.減速機の構成:
A2.各板状部材とボールとの位置関係:
A3.運動規制曲線の具体的態様とボールの配置:
A4.減速機の動作:
B.第2実施形態:
C.第3実施形態:
D.第4実施形態:
E.変形例:
【0022】
A.第1実施形態:
A1.減速機の構成:
図1は、本発明の第1実施形態としての減速機100の構成を示す分解斜視図であり、
図2は、
図1においてA-A’で示したX方向に垂直な断面(A-A’断面)における減速機100の断面図である。
図1および
図2をはじめとする各図面に示すX,Y,Zの各方向は、直交する3方向を表している。
【0023】
この減速機100は、入力された減速機100の中心軸Cを中心として回転する動力(回転動力)を減速して、回転動力を出力する。なお、このように第1実施形態の減速機100は、中心軸Cを中心として回転する動力を減速するように構成されているため、中心軸Cを中心とした回転方向、すなわち、中心軸Cを中心とする周方向(以下、単に「周方向」と謂う)は、「動作方向」とも呼ぶことができる。
【0024】
図1に示すように、減速機100は、Z方向に貫通する円形の貫通穴119,129,139がそれぞれ形成された3枚の円環状の板状部材110,120,130と、25個のボール140とを備えている。なお、第1実施形態では、板状部材110,120,130のそれぞれの中心部に内径が同一の貫通穴119,129,139を設けているが、中心部に形成される貫通穴の内径は必ずしも同一である必要はなく、また、3枚の板状部材の少なくとも1つについて、中心部への貫通穴の形成を省略することも可能である。
【0025】
図2に示すように、減速機100を構成する3枚の板状部材110,120,130は、この順に+Z方向に積層される。なお、このようにZ方向、すなわち、中心軸Cの方向(軸方向)は、板状部材110,120,130が積層される方向であるので、「積層方向」とも呼ぶことができる。
【0026】
なお、
図1および
図2に示すように、板状部材110,130は、減速機100の外方に配置されるため、「外方板状部材」とも呼ぶことができる。また、板状部材120は、2つの板状部材110,130の中間に配置されるため、「中間板状部材」とも呼ぶことができる。
【0027】
第1実施形態においては、3枚の板状部材110,120,130のうち、第1の板状部材110が、動作方向に対して固定されたステーターとして使用される。また、回転動力は、第3の板状部材130に入力され、第2の板状部材120から出力される。そのため、以下では、第1の板状部材110を「ステーター110」、第2の板状部材120を「出力板120」、また、第3の板状部材130を「入力板130」とも呼ぶ。
【0028】
なお、入力板130への回転動力の入力は、入力板130に固定的に取り付けられたシャフトや歯車等を介して行うことができる。回転動力が入力されるシャフトは、例えば、入力板130の+Z方向側に取り付けられた円盤状の部材を介して、入力板130に取り付けることができる。回転動力が入力される歯車としては、入力板130の+Z方向側に取り付けられた板状の平歯車や内歯車、あるいは、入力板130の外周側や内周側に取り付けられた歯車を用いることができる。また、入力板自体に歯形を形成し、入力板を回転動力を入力するための歯車とすることも可能である。
【0029】
出力板120からの回転動力の出力は、例えば、出力板120の外周側に固定的に取り付けられた各種歯車等を介して行うことができる。また、出力板自体に歯形を形成し、出力板を回転動力を出力するための歯車とすることも可能である。さらに、出力板に形成された貫通穴の内径を入力板に形成された貫通穴よりも小さくし、あるいは、出力板に貫通穴を形成しない場合、出力板の貫通穴の内周側に設けられた内歯車や、出力板に取り付けられたシャフトを用いて、回転動力の出力を行うことができる。
【0030】
また、入力板への回転動力の入力および出力板からの回転動力の出力は、必ずしも機械的な手段によって行う必要はなく、入力板への回転動力の入力および出力板からの回転動力の出力の少なくとも一方を、電磁的な手段で行うことも可能である。例えば、電磁誘導により入力板を直接電磁的に回転させるようにすることも可能である。また、出力板自体を磁化し、あるいは、出力板に磁石を取り付け、磁界を回転させることにより、磁気的な結合や電磁誘導により回転動力を出力することもできる。
【0031】
図1および
図2に示すように、ステーター110には、中心部に形成された貫通穴119のほか、+Z方向側(出力板120側)の面に形成され、ボール140の-Z方向端部が収容されるボール溝118が形成されている。同様に、入力板130には、中心部に形成された貫通穴139のほか、-Z方向側(出力板120側)の面に形成され、ボール140の+Z方向端部が収容されるボール溝138が形成されている。
図2に示すように、これらのボール溝118,138は、Z方向(積層方向)に沿った断面における断面形状が矩形に形成された矩形溝となっている。
【0032】
一方、出力板120には、中心部に形成された貫通穴129のほか、Z方向に貫通し、ボール140が配置される25個の貫通穴(ボール穴)128が形成されている。そして、
図2に示すように、ボール140は、ステーター110のボール溝118と、出力板120のボール穴128と、入力板130のボール溝138とで形成される空間内に保持される。
【0033】
また、減速機100においては、ステーター110に形成されたボール溝118の深さと、入力板130に形成されたボール溝138の深さと、出力板120の厚みとの和が、ボール140の直径と略同一となるように設定されている。これにより、Z方向(積層方向)へのボール140の移動が規制される。
【0034】
A2.各板状部材とボールとの位置関係:
図3は、出力板120とボール140との位置関係を示す説明図である。ボール穴128は、
図3に示すように、中心軸Cを中心とする径方向(以下、単に「径方向」と謂う)に伸びる長円形(トラック形状)の穴であり、中心軸Cを中心として角度が等間隔となる位置(等角位置)に形成されている。また、ボール穴128の幅は、ボール140の直径と略同一となっている。そのため、出力板120を固定した系においては、ボール140の径方向の移動が許容されるとともに、ボール140の周方向の移動が規制される。
【0035】
このように、ボール140は、出力板120に対して径方向の移動が許容されている。そのため、後述するように、回転動力を減速する動作の際に、出力板120に対して径方向に揺動する。そして、ボール140が揺動する方向である径方向は、動作方向である周方向と直交する。そのため、第1実施形態において、ボール140は、出力板120に対して、動作方向の運動が規制されるとともに、動作方向に直交する方向への揺動が許容されているものと謂うことができる。
【0036】
なお、第1実施形態では、出力板120に形成されるボール穴128の形状を長円形としているが、ボール穴(貫通穴)の形状は、ボールの出力板に対する動作方向の運動を規制するとともに、動作方向に直交する方向への揺動を許容する形状であれば、種々変更することも可能である。例えば、ボール穴の形状は、矩形や、少なくとも一部の角がトリミングされた矩形とすることも可能である。
【0037】
図4は、ステーター110および入力板130とボール140との位置関係を示す説明図である。
図4では、ステーター110および入力板130と、ボール140とを、+Z方向から見た様子を示している。
図4(a)は、ステーター110に形成されたボール溝118の形状、および、ステーター110とボール140との位置関係を示している。また、
図4(b)は、入力板130に形成されたボール溝138の形状、および、入力板130とボール140との位置関係を示している。
【0038】
なお、+Z方向から見た場合、ボール140および入力板130に形成されたボール溝138は、入力板130のうちのボール溝138よりも+Z方向側に位置する部分により隠されるが、
図4(b)では、ボール140の位置とボール溝138の形状とを明瞭に示すため、ボール140およびボール溝138を実線で描いている。また、
図4においては、ボール溝118,138と、ボール140との位置関係を明瞭に示すため、ボール140を、その外径が、ステーター110および入力板130と出力板120との境界の位置(
図2参照)におけるボール140の断面の直径、すなわち、ボール140のうちボール溝118,138に収容された部分の最大の直径(収容部径)を有するものとして描いている。同様に、以下の図面では、ボール溝を実線で描くとともに、ステーターおよび入力板の少なくとも一方と、ボールとを描く際には、ボールを、その外径が収容部径を有するものとして描く。
【0039】
図4(a)に示すように、ステーター110に形成されたボール溝118の軸方向から見た形状(以下、単にボール溝の「形状」とも謂う)は、ボール140の中心が曲線CS1に沿うように移動した際に、直径がボール140の収容部径となる円が掃く形状となっている。また、
図4(b)に示すように、入力板130に形成されたボール溝138の形状は、ボール140の中心が曲線CS3に沿うように移動した際に、直径がボール140の収容部径となる円が掃く形状となっている。
【0040】
ボール溝118,138を形成することにより、
図2に示すように、ボール140は、ステーター110および入力板130に形成されたボール溝118,138の開口部の角(縁角部)に接触した状態に維持される。そして、ステーター110に対しては、ボール140は、その中心が曲線CS1に沿って移動するように運動が規制される。同様に、入力板130に対しては、ボール140は、その中心が曲線CS3に沿って移動するように運動が規制される。このように、曲線CS1,CS3は、ボール140の運動を規制する曲線であるので、「運動規制曲線」とも謂うことができる。
【0041】
なお、このように、ボール溝118,138は、それぞれ、ステーター110および入力板130に対して、運動規制曲線CS1,CS3に沿うようにボール140を誘導(ガイド)する機能を有しているので、「ガイド溝」とも謂うことができる。
【0042】
A3.運動規制曲線の具体的態様とボールの配置:
図5は、ステーター110および入力板130のそれぞれに対するボール140の運動を規制する運動規制曲線CS1,CS3の具体的態様を示す説明図である。なお、図示の便宜上、
図5においては、運動規制曲線CS1,CS3を、
図4に示した状態から中心軸Cを中心に適宜回転させた状態で描いている。また、それに合わせて、
図5では、中心軸Cに垂直な面、すなわち、
図4のXY面内における直交座標を、
図4とは異なる直交座標x,yで表している。
【0043】
図5(a)に示すように、運動規制曲線CS1,CS3は、いずれも、中心軸Cからの最大の距離が最大径Rxで、中心軸Cからの最小の距離が最小径Rnとなっている。そのため、ボール140は、その中心の中心軸Cからの距離(動径)が、最小径Rnと最大径Rxとの範囲となるように運動する。
【0044】
運動規制曲線CS1,CS3は、一周の波数(以下、単に「波数」と呼ぶ)がそれぞれ20および5となるサイン波形状の曲線(シニュソイド曲線)を円周に巻き付けた曲線(「円周シニュソイド曲線」と謂う)である。この運動規制曲線CS1,CS3は、平均径R(=(Rx+Rn)/2)および振幅D(=(Rx-Rn)/2)と、波数M,N(M,Nは、互いに異なる自然数、
図5の例では、M=20,N=5)と、角度θとを用いて、それぞれ、以下の式(1)および(2)で表される曲線である。
【数1】
【数2】
【0045】
このとき、角度θにおける運動規制曲線CS1,CS3の動径r1(θ),r3(θ)は、それぞれ、次の式(3a),(3b)で表される。
【数3】
【0046】
上述の通り、運動規制曲線CS1,CS3は、ボール140の中心が移動する曲線である。そのため、ボール140が配置し得る位置の角度θは、運動規制曲線CS1の動径r1(θ)と、運動規制曲線CS3の動径r3(θ)とが等しくなる角度、すなわち、sin Mθ=sin Nθとなる角度である。従って、ボール140が配置し得る位置の角度θは、次の式(4)を満たす角度θとなる。
【数4】
【0047】
上記式(4)から、ボール140が配置し得る角度θは、以下の式(5)あるいは(6)を満たす角度θであることが判る。
【数5】
【数6】
【0048】
一周(0≦θ<2π)の間に、上記式(5)を満たす角度θは、(M+N)個存在し、上記式(6)を満たす角度θは、(M-N)個存在する。そのため、角度θが上記式(5)を満たす場合には、(M+N)個のボール140を等角位置に配置することが可能であり、角度θが上記式(6)を満たす場合には、(M-N)個のボール140を等角位置に配置することが可能である。
【0049】
第1実施形態においては、ボール140を上記式(5)を満たす等角位置に配置している。そのため、運動規制曲線CS1,CS3の波数M,Nをそれぞれ20および5とする第1実施形態では、
図3に示すように、25個のボール140が等角位置に配置される。
【0050】
次に、出力板120(
図3)を固定し、ステーター110(
図4(a))および入力板130(
図4(b))をそれぞれ角度α,βだけ+Z方向から見て時計回りに回転させることを考える。このようにステーター110および入力板130を回転させると、ステーター110および入力板130の運動規制曲線CS1,CS3は、それぞれ角度α,βだけ、+Z方向から見て時計回りに回転した状態となる。
【0051】
このとき、運動規制曲線CS1を回転させた運動規制曲線の角度θにおける動径r1は、
図5(b)に示す回転させていない運動規制曲線CS1の角度(θ+α)における動径r1(θ+α)となる。同様に、運動規制曲線CS3を回転させた運動規制曲線の角度θにおける動径r3は、
図5(b)に示す回転させていない運動規制曲線CS3の角度(θ+β)における動径r3(θ+β)となる。
【0052】
この場合においても、ボール140が配置可能となるように、運動規制曲線CS1の動径r1(θ+α)と、運動規制曲線CS3の動径r3(θ+β)とが等しくなるためには、角度θ,α,βは、次の式(7)を満たす必要がある。
【数7】
【0053】
そして、角度θが上記式(5)を満たす場合、運動規制曲線CS1,CS3の回転状態、すなわち、出力板120に対するステーター110および入力板130の回転状態を規定する上記式(7)は、次の式(8)のように変形される。
【数8】
【0054】
さらに、複数のボール140を配置可能とするためには、異なる角度θに対して上記式(8)が満たされる必要がある。そのため、角度α(ステーター110の回転角)と角度β(入力板130の回転角)との関係は、次の式(9)で与えられる。
【数9】
【0055】
この式(9)から判るように、角度θが上記式(5)を満たした状態、すなわち、出力板120が固定された状態においては、入力板130をM回転させた場合、ステーター110を-N回転(入力板130の回転方向と反対方向にN回転)させることにより、ボール140の中心は、運動規制曲線CS1,CS3の双方に沿って移動する。従って、運動規制曲線CS1,CS3の波数M,Nの和(M+N)のボール140を等角位置に配置した場合、出力板120を固定した状態において、入力板130を+M回転させると、ステーター110が-N回転(入力板130の回転方向と反対方向にN回転)することとなる。
【0056】
A4.減速機の動作:
図6および
図7は、減速機100(
図1)の動作の様子を示す説明図である。
図6および
図7では、後述する各状態におけるステーター110、入力板130およびボール140の配置を示している。また、
図6および
図7では、
図6(a)に示す初期状態において+Y方向端に位置するボール140にハッチングを施している。
【0057】
図6(b)は、出力板120(
図3)を固定した状態で、
図6(a)に示す初期状態から入力板130を回転させた状態を示している。また、
図7(a)および
図7(b)は、ステーター110を固定した状態、すなわち、減速機100を動作させた際に、
図6(a)に示す初期状態から入力板130を回転させていった状態を示している。なお、以下の説明において、入力板130等の回転角は、
図6(a)に示す初期状態における回転角を±0°とし、+Z方向側から見て時計回りの方向を正の値とする。
【0058】
上述の通り、第1実施形態においては、等角位置に配置されるボール140の数は、運動規制曲線CS1,CS3の波数M(=20),N(=5)の和の25個としている。そのため、
図6(b)に示すように、出力板120(
図1)を固定した状態、すなわち、ボール140の周方向(運動方向)の移動が規制された状態では、入力板130をZ方向から見て時計回りに20°(+20°)回転させると、ステーター110は、Z方向から見て反時計回りに5°(-5°)回転する。また、ステーター110および入力板130の回転に伴って運動規制曲線CS1,CS3が回転することにより、ボール140は、出力板120に対して径方向に揺動する。
【0059】
このように出力板120を固定した状態において、入力板130の回転角とステーター110の回転角との関係が与えられた場合、ステーター110を固定した状態における入力板130の回転角と出力板120の回転角との関係は、作表法等を用いて算出することができる。
【0060】
具体的には、次の表1に示すように、出力板120を固定した状態で入力板130を+M回転させた場合と、全体を糊付けした状態で、ステーター110の回転を相殺するように入力板130を+N回転させた場合とについて出力板120およびステーター110のそれぞれの回転数を算出する。次いで、これらの2条件での各部の回転数を加算することにより、ステーター110が固定された状態における入力板130および出力板120の回転数を算出する。
【表1】
【0061】
そして、減速機100の減速比Zは、入力板130の回転数(M+N)を出力板120の回転数Nで除することにより、次の式(10)で与えられる。
【数10】
【0062】
第1実施形態においては、ステーター110に対するボール140の運動を規制する運動規制曲線CS1の波数Mを20とし、入力板130に対するボール140の運動を規制する運動規制曲線CS3の波数Nを5としている。そのため、減速比Zは、5となり、
図7(a)に示すように、入力板130の回転角を25°とすると、ボール140は周方向に5°回転し、出力板120(
図1)の回転角は5°となる。同様に、
図7(b)に示すように、入力板130の回転角を50°とすると、出力板120の回転角は10°となる。
【0063】
このように、第1実施形態によれば、ステーター110と入力板130とにそれぞれボール溝118,138を形成し、ボール140の運動が円周シニュソイド曲線である運動規制曲線CS1,CS3に沿うように規制するとともに、出力板120に対するボール140の周方向(動作方向)の運動を規制することにより、運動規制曲線CS1,CS3のそれぞれの波数M,Nに応じた、減速比の減速機を得ることができる。
【0064】
また、
図1に示すように、減速機100は、ボール溝118,138が形成されたステーター110および入力板130と、ボール穴128が形成された出力板120と、25(M+N)個のボール140とで構成される。そして、ボール溝118,138の深さと、出力板120の厚みとの和が、ボール140の直径と略同一となっているので、ステーター110、出力板120および入力板130を積層した減速機100の厚みをボール140の直径に十分近くし、減速機100の厚みを薄くすることができる。
【0065】
さらに、第1実施形態の減速機100では、複数個のボール140が入力板130と出力板120とに同時に接触しているため、動力の伝達に寄与するこれらの接触部分を多くすることができる。そのため、減速機100における動力の伝達効率の低下を抑制するとともに、より容易にバックラッシュを低減することが可能となる。
【0066】
加えて、第1実施形態では、減速のための歯車機構等を設けることなく減速機100を実現することが可能となるため、歯車機構等を構成する軸受等を省略し、また、減速のために歯車機構等を入れ子構造とする必要がないため、減速機100の構成がより簡単となる。
【0067】
B.第2実施形態:
図8は、第2実施形態の減速機における出力板220とボール140との位置関係を示す説明図であり、
図9および
図10は、第2実施形態の減速機の動作の様子を示す説明図である。なお、
図9および
図10では、第1実施形態の減速機100(
図1)の動作の様子を示す
図6および
図7と同様に、後述する各状態におけるステーター110、入力板130およびボール140の配置を示している。
【0068】
第2実施形態は、ボール140の配置を規定する上記式(5),(6)のうち、式(6)を満たす等角位置にボール140を配置している点で、式(5)を満たす等角位置にボール140を配置する第1実施形態と異なっている。そのため、第2実施形態において減速機を構成する出力板220は、第1実施形態において減速機100(
図1)を構成する出力板120(
図3)と、ボール140が配置されるボール穴228の数およびその配置が異なっている。なお、ステーター110および入力板130の構成や、減速機としての全体的な構成は、第1実施形態と同様であるので、ここではその説明を省略する。
【0069】
第2実施形態においても、第1実施形態と同一構成のステーター110および入力板130(
図4)を使用しているため、これらに対するボール140の運動を規制する運動規制曲線CS1,CS3の波数M,Nは、20および5となっている。そのため、上記式(6)を満たす角度θに配置し得るボール140の数は15個となる。そこで、第2実施形態の出力板220では、
図8に示すように、15個のボール穴228を等角位置に配置している。
【0070】
また、ボール140の配置位置を表す角度θが上記式(6)を満たす場合、出力板120に対するステーター110および入力板130の回転状態を規定する上記式(7)は、次の式(11)のように変形される。
【数11】
【0071】
そして、異なる角度θに対して上記式(11)が満たされることが要請されるので、角度αと角度βとの関係は、次の式(12)で与えられる。
【数12】
【0072】
従って、角度θが上記式(6)を満たす場合、すなわち、運動規制曲線CS1,CS3の波数M,Nの差(M-N)のボール140を等角位置に配置した第2実施形態においては、出力板220を固定した際、入力板130を+M回転させると、ステーター110が+N回転(入力板130の回転方向にN回転)することとなる。
【0073】
具体的には、出力板220を固定した状態、すなわち、ボール140の周方向の移動が規制された状態で、
図9(a)に示す初期状態から、入力板130をZ方向から見て時計回りに20°(+20°)回転させると、
図9(b)に示すように、ステーター110は、Z方向から見て時計回りに5°(+5°)回転する。
【0074】
そして、第1実施形態と同様に、次の表2を用いた作表法により第2実施形態の減速機の減速比Zは、以下の式(13)で与えられる。
【表2】
【数13】
【0075】
第2実施形態においても、ステーター110に対するボール140の運動を規制する運動規制曲線CS1の波数Mを20とし、入力板130に対するボール140の運動を規制する運動規制曲線CS3の波数Nを5としているので、減速比Zは、-3となる。そして
図10(a)に示すように、入力板130の回転角を+15°とすると、ボール140は周方向に-5°回転し、出力板120(
図1)の回転角は-5°となる。同様に、
図10(b)に示すように、入力板130の回転角を+30°とすると、出力板120の回転角は-10°となる。
【0076】
このように、第2実施形態によっても、ボール溝118,138が形成されたステーター110および入力板130と、ボール穴228が形成された出力板220と、15(M-N)個のボール140とで減速機が構成される。そのため、減速機の厚みを薄くすることができる。また、第2実施形態によっても、歯車機構等を構成する軸受等を省略し、また、減速のために歯車機構等を入れ子構造とする必要がないため、減速機の構成をより簡単なものとすることができる。
【0077】
さらに、第2実施形態の減速機においても、複数個のボール140が入力板130と出力板120とに同時に接触しているため、動力の伝達に寄与するこれらの接触部分を多くすることができるので、減速機における動力の伝達効率の低下を抑制するとともに、より容易にバックラッシュを低減することが可能となる。
【0078】
C.第3実施形態:
図11は、第3実施形態の減速機におけるステーター310および入力板330の構成と、ステーター310および入力板330とボール140との位置関係を示す説明図である。
図11(a)および
図11(b)は、それぞれ、ステーター310および入力板330と、ボール140とを+Z方向から見た様子を示している。第3実施形態の減速機は、ステーター310および入力板330に形成されたボール溝318,338の形状が異なっている点で第1実施形態の減速機100(
図1)と異なっている。他の点は、第1実施形態と同様である。
【0079】
第3実施形態においては、ボール溝318,338の形状は、それぞれ、ボール140の中心が運動規制曲線CT1,CT3に沿うように移動した際に、直径がボール140の収容部径となる円が掃く形状となっている。そのため、第3実施形態においても、ステーター310に対しては、ボール140は、その中心が運動規制曲線CT1に沿って移動するように運動が規制され、入力板330に対しては、ボール140は、その中心が運動規制曲線CT3に沿って移動するように運動が規制される。
【0080】
ステーター310に対してボール140の運動を規制する運動規制曲線CT1と、入力板330に対してボール140の運動を規制する運動規制曲線CT3としては、波数がそれぞれ20および5となる三角波形状の曲線(三角波曲線)を円周に巻き付けた曲線(「円周三角波曲線」と謂う)を使用している。この運動規制曲線CT1,CT3は、平均径Rおよび振幅Dと、波数M,N(M,Nは、互いに異なる自然数、
図11の例では、M=20,N=5)と、角度θと、三角波曲線を表す関数Tri(以下、「三角波関数Tri」と呼ぶ)とを用いて、それぞれ、以下の式(14)および(15)で表される曲線である
【数14】
【数15】
【0081】
ここで、三角波関数Tri(t)とは、周期が2πで、値域が-1から+1までの周期関数であって、tが-π~-π/2,-π/2~π/2,π/2~πの各区間において線形な区分線形関数であり、一般的には、以下の式(16)で表される。
【数16】
【0082】
このとき、角度θにおける運動規制曲線CT1,CT3の動径r1’(θ),r3’(θ)は、それぞれ、次の式(17a),(17b)で表される。
【数17】
【0083】
第1実施形態と同様に、ボール140が配置し得る位置(角度θ)は、運動規制曲線CT1の動径r1’(θ)と、運動規制曲線CT3の動径r3’(θ)とが等しくなる位置である。従って、ボール140が配置し得る角度θは、次の式(18)を満たす角度θとなる。
【数18】
【0084】
一方、三角波関数Tri(t)は、上記式(16)の他、主値をとる逆三角関数(arcsin)を用いて、以下の式(19)と表すことができる。
【数19】
【0085】
ここで逆三角関数arcsinは、その定義域である-1~+1において連続な狭義単調増加関数であるため、上記式(18)が充足される条件と、式(4)が充足される条件、すなわち、sin Mθ=sin Nθとは等価である。従って、第3実施形態においても、第1実施形態と同様に、式(4)を満たす角度θにおいて、ボール140を配置することが可能である。また、第3実施形態においても、第1実施形態と同様に、ステーター310および入力板330の回転状態を規定する式(7)が満たされる必要がある。
【0086】
このように、第3実施形態では、ボール140の配置と、ステーター310および入力板330の回転状態とは、いずれも第1実施形態と同様に規定される。そのため、第3実施形態においても、第1実施形態と同様にボール140を配置し、減速動作を実現することが可能となる。
【0087】
図12は、このようにして動作する第3実施形態の減速機において、減速動作が実現される様子を示す説明図である。上述のように、第3実施形態では、第1実施形態の減速機100と同様に、ステーター310および入力板330に対してボール140の運動を規制する運動規制曲線CT1,CT3の波数M,Nをそれぞれ20および5とし、25個のボール140を配置している。そのため、第3実施形態の減速機では、減速比Zが5となる。
【0088】
そして、
図12(a)に示す初期状態から入力板330を+25°回転させると、
図12(b)に示すように出力板120(
図1)は、+5°回転し、周方向において、ボール140は、入力板330の回転方向と同方向に+5°回転する。
【0089】
このように、第3実施形態においても、第1実施形態と同様に、ステーター310、出力板120(
図3)および入力板330をこの順に積層し、ボール溝318,338とボール穴128とから形成される空間内にボール140を配置することにより、厚みが薄く、また、構成が簡単な減速機を構成することができる。
【0090】
なお、第3実施形態では、第1実施形態と同様に、ボール140の配置位置を上記式(5)を充足する角度θとしているが、ボール140の配置位置は、第2実施形態と同様に、上記式(6)を充足する角度θにすることも可能である。この場合においても、減速機は、第2実施形態と同様に減速動作する。
【0091】
さらに、第3実施形態では、運動規制曲線CT1,CT3を式(14)および(15)で表される円周三角波曲線としているが、運動規制曲線の形状を種々変更することができる。具体的には、運動規制曲線は、定義域(t:-1~+1)において連続な任意の狭義単調関数Fm(t)として、次の式(20)および(21)で表される曲線であれば良い。
【数20】
【数21】
【0092】
この場合においても、第1および第2実施形態と同様に、式(4)を充足する角度θの位置にボール140を配置すれば、回転角α,βの関係は、式(7)で規定される。従って、第1および第2実施形態と同様に、式(20)および(21)で表される曲線を運動規制曲線として、ステーターおよび入力板にボール溝を形成することにより、減速機としての減速動作を実現することができる。
【0093】
なお、上記式(1)および(2)、式(14)および(15)、並びに、式(20)および(21)で表される運動規制曲線は、いずれも、狭義単調関数を用いてサイン波形から誘導される波形を円周に巻き付けた曲線である。そのため、本発明および本明細書においては、これらの曲線を、円周シニュソイド誘導曲線と総称する。また、円周シニュソイド誘導曲線は、サイン波形から誘導される波形(シニュソイド誘導曲線)を回転方向に延ばした曲線とも捉えることが可能であるため、回転方向(すなわち、動作方向)に延びるシニュソイド誘導曲線と呼ぶことも可能である。
【0094】
また、上述のように、運動規制曲線としては、種々のシニュソイド誘導曲線を回転方向に延ばした曲線とすることが可能であるが、ボール溝の形状がより簡単な形状となり、減速機を構成する入力板やステーターの形成がより簡単となる点で、運動規制曲線は、回転方向に延びるシニュソイド曲線あるいは三角波曲線(円周シニュソイド曲線あるいは円周三角波曲線)とするのが好ましい。
【0095】
D.第4実施形態:
図13は、第4実施形態の減速機におけるステーター410、出力板420、入力板430およびボール440の構成を示す説明図である。
図13(a)および
図13(c)は、ステーター410および入力板430のそれぞれの形状を示し、
図13(b)は、出力板420の形状と、出力板420に対するボール440の配置とを示している。
【0096】
第4実施形態の減速機は、ステーター410、出力板420および入力板430がX方向を長手方向とする略平棒状の部材として形成されている点と、動作方向であるX方向に直線運動する動力(直動動力)を減速して直動動力を出力する点とで、第1実施形態の減速機100(
図1)と異なっている。
【0097】
図13に示すように、第4実施形態のステーター410、出力板420および入力板430には、それぞれ、矩形溝であるボール溝418、Z方向に貫通するボール穴428、および、矩形溝であるボール溝438が形成されている。そして、第4実施形態の減速機は、ステーター410、出力板420および入力板430をこの順で+Z方向に積層するとともに、ステーター410のボール溝418、出力板420のボール穴428、および、入力板430のボール溝438により形成された空間内にボール440を配置することにより形成される。
【0098】
第4実施形態においても、ステーター410および入力板430のそれぞれに形成されたボール溝418,438の形状は、それぞれボール440の中心が運動規制曲線LS1,LS3に沿うように移動した際に、直径がボール440の収容部径となる円が掃く形状となっている。そのため、ステーター410に対しては、ボール440は、その中心が運動規制曲線LS1に沿って移動するように運動が規制され、入力板430に対しては、ボールは440は、その中心が運動規制曲線LS3に沿って移動するように運動が規制される。
【0099】
また、出力板420に形成されたボール穴428は、動作方向(X方向)と直交するY方向に伸びる長円形の穴であり、動作方向に等間隔に形成されている。また、ボール穴428の幅は、ボール440の直径と略同一となっている。そのため、出力板420を固定した系においては、ボール440のY方向の移動が許容されるとともに、ボール440のX方向の移動が規制される。従って、第4実施形態においても、ボール440は、出力板420に対して、動作方向の運動が規制されるとともに、動作方向に直交する方向への揺動が許容されている。
【0100】
第4実施形態では、減速機の動作方向がX方向となっているため、運動規制曲線LS1,LS3は、次の式(22)および(23)で表される半波高がHのシニュソイド曲線としている。なお、第4実施形態においては、単位長Lあたりのシニュソイド曲線(運動規制曲線)LS1,LS3の波数M,Nは、互いに異なっている限り、任意の実数とすることができる。
【数22】
【数23】
【0101】
この場合においても、ボール440が配置し得るX方向の位置は、運動規制曲線LS1,LS3のY方向の位置が等しくなる位置X、すなわち、sin MX=sin NXとなる位置である。この条件は、上記式(4)における角度θを位置Xに置き換えたものと等価である。従って、第4実施形態においても、X方向における単位長Lの半開区間(単位長区間L)に配置されるボール440の数、すなわち、単位長区間Lあたりのボールの数は、(M+N)個あるいは(M-N)個となる。
【0102】
第4実施形態においては、単位長区間Lに配置されるボール440の数を(M+N)個としているため、角度θを位置Xに置き換えた上記式(5)を満たす。そのため、角度θを位置Xに置き換えるとともに、角度α,βをそれぞれ出力板420に対するステーター410および入力板430のX方向の移動距離と置き換えれば、第4実施形態においても、上記式(7)を満たすことが要請される。
【0103】
そして、第4実施形態においては、運動規制曲線LS1,LS3の単位長Lあたりの波数M,Nをそれぞれ、5および1とし、単位長区間Lに配置されるボール440の数を6個すなわち(M+N)個としている。そのため、第4実施形態の減速機の減速比も上記式(10)を用いて算出され、減速比Z=6となる。
【0104】
図14は、このように構成された第4実施形態の減速機の動作の様子を示す説明図である。
図14(a)は、初期状態を示している。
図14(b)および
図14(c)は、
図14(a)で示す初期状態から、入力板430を+X方向に順次移動させた状態を示している。
【0105】
図14で示すように、X方向の直線動力を入力板430に入力して入力板430を+X方向に移動させると、ボール440はY方向に揺動するとともに、X方向において、入力板430の移動量に対して減速比Z=6で減速されて移動する。そして、ボール440に対してX方向の移動が相対的に規制される出力板420からは、減速比Z=6で減速されたX方向の直線動力が出力される。
【0106】
このように、第4実施形態によれば、ステーター410と入力板430とにそれぞれボール溝418,438を形成し、ボール440の運動がシニュソイド曲線である運動規制曲線LS1,LS3に沿うように規制するとともに、出力板420に対するボール440のX方向(動作方向)の運動を規制することにより、運動規制曲線LS1,LS3のそれぞれの波数M,Nに応じた減速比で直動動力を減速する減速機を得ることができる。
【0107】
また、第4実施形態においても、ボール溝418,438が形成されたステーター410および入力板430と、ボール穴428が形成された出力板420と、単位長Lあたり6(M+N)個のボール440とで減速機が構成される。そのため、減速機の厚みを薄くすることができる。また、第4実施形態によっても、歯車機構等を構成する軸受等を省略し、また、減速のために歯車機構等を入れ子構造とする必要がないため、減速機の構成をより簡単なものとすることができる。
【0108】
さらに、第4実施形態の減速機においても、複数個のボール440が入力板430と出力板420とに同時に接触しているため、動力の伝達に寄与するこれらの接触部分を多くすることができるので、減速機における動力の伝達効率の低下を抑制するとともに、より容易にバックラッシュを低減することが可能となる。
【0109】
なお、第4実施形態では、第1実施形態と同様に、単位長Lあたりのボール440の数を、運動規制曲線LS1,LS3の単位長Lあたりの波数M,Nの和(M+N)としているが、第2実施形態のように、単位長Lあたりのボール440の数を波数の差(M-N)としてもよい。この場合、減速機は、上記式(13)で算出される減速比Zで、直動動力を減速することができる。
【0110】
さらに、ステーターおよび入力板のそれぞれに対してボールの運動を規制する運動規制曲線は、シニュソイド曲線のほか、三角波曲線等の任意のシニュソイド誘導曲線とすることも可能である。なお、このような運動規制曲線は、シニュソイド誘導曲線をX方向に延ばした曲線とも捉えることが可能であるため、X方向(すなわち、動作方向)に延びるシニュソイド誘導曲線と呼ぶことも可能である。
【0111】
E.変形例:
本発明は上記実施形態に限られるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲において種々の態様において実施することが可能であり、例えば次のような変形も可能である。
【0112】
E1.変形例1:
上記各実施形態では、波数の大きい運動規制曲線CS1,CT1,LS1で形状が規定されたボール溝118,318,418が形成された板状部材110,310,410を動作方向に対して固定されたステーターとし、板状部材120,220,420を動力が出力される出力板としているが、板状部材110,310,410を出力板とし、板状部材120,220,420をステーターとすることも可能である。このようにしても、入力板130,330,430に入力された動作方向への動力を減速し、減速された動力を出力することができる。
【0113】
E2.変形例2:
上記各実施形態では、一周あるいは単位長区間Lに配置されるボール140,440の数を、運動規制曲線CS1,CT1,LS1の波数Mと、運動規制曲線CS3,CT3,LS3の波数Nとの和(M+N)あるいは差(M-N)としているが、一周あるいは単位長区間Lに配置されるボール140,440の数は、2以上、かつ、(M+N)あるいは(M-N)以下であればよい。この場合、出力板に形成されるボール穴の数を、ボールの数に合わせて変更することも可能である。但し、ボール140,440は、入力板130,330,430に入力された動力を、ステーター110,310,410や出力板120,220,420に伝達する機能を有しているため、動力の伝達をより確実にするためには、(M+N)個あるいは(M-N)個とするのが好ましい。
【0114】
E3.変形例3:
上記各実施形態では、入力板130,330,430に入力された動力を、ステーター110,310,410や出力板120,220,420に伝達する部材(動力伝達部材)として、ボール140,440を使用しているが、動力伝達部材の形状は、種々変更することができる。例えば、動力伝達部材として、円柱状のピンや、両端部が円錐状あるいは円錐台状のピンを使用することも可能である。なお、後者の場合、動力伝達部材の運動を規制するガイド溝は、その積層方向に沿った断面の形状が三角形や台形等の動力伝達部材の端部の形状に合わせた三角溝や台形溝等に適宜変更される。
【0115】
また、上記各実施形態のように、動力伝達部材としてボールを使用する場合において、ボール溝の積層方向に沿った断面の形状を、三角形、台形あるいは円弧形状等の種々の形状にすることもできる。但し、ボールと、ステーターや入力板との間の摩擦抵抗を低減し、減速機の伝達効率の低下を抑制できる点で、ボール溝は、その積層方向に沿った断面の形状が矩形の矩形溝とするのが好ましい。
【符号の説明】
【0116】
100…減速機
110,310,410…ステーター
118,138,318,338,418,438…ボール溝
119,129,139…貫通穴
120,220,420…出力板
128,228,428…ボール穴
130,330,430…入力板
140,440…ボール
C…中心軸
CS1,CS3,CT1,CT3,LS1,LS3…運動規制曲線