(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-21
(45)【発行日】2022-07-29
(54)【発明の名称】乳酸菌による低温発酵物の製造方法、およびその発酵物の用途
(51)【国際特許分類】
A23L 5/00 20160101AFI20220722BHJP
A23L 27/00 20160101ALI20220722BHJP
C12N 1/20 20060101ALI20220722BHJP
A21D 2/08 20060101ALN20220722BHJP
A21D 13/00 20170101ALN20220722BHJP
C12R 1/225 20060101ALN20220722BHJP
【FI】
A23L5/00 J
A23L27/00 C
C12N1/20 A
A21D2/08
A21D13/00
C12R1:225
(21)【出願番号】P 2018030742
(22)【出願日】2018-02-23
【審査請求日】2021-01-18
(73)【特許権者】
【識別番号】714004734
【氏名又は名称】テーブルマーク株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】高野 靖子
(72)【発明者】
【氏名】荒木 淳也
(72)【発明者】
【氏名】緑 勇太
(72)【発明者】
【氏名】勝又 美穂
【審査官】福澤 洋光
(56)【参考文献】
【文献】特開平03-127962(JP,A)
【文献】特表2014-509871(JP,A)
【文献】特開平05-049385(JP,A)
【文献】国際公開第2017/026481(WO,A1)
【文献】特公昭46-025019(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 5/00
A23L 27/00
C12N 1/20
A21D 2/08
A21D 13/00
C12R 1/225
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
脂質中の炭素数10以下の脂肪酸成分が5mg/g以上である乳類または油脂類のリパーゼ処理物、一種または二種以上の酵母エキス、および乳類を含む原料組成物を、乳酸菌により、30-37℃で中温発酵し;そして
得られた中温発酵物を、1-10℃で低温発酵する
工程を含む、乳酸菌による低温発酵物の製造方法。
【請求項2】
リパーゼ処理物が、リパーゼ失活処理を経たものである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
原料組成物が、殺菌処理を経たものである、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
中温発酵が、12-48時間行われる、請求項1から3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
低温発酵が、12-72時間行われる、請求項1から4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
乳酸菌が、ラクトバチルス・ラムノサス(Lactobacillus rhamnosus)、ペディオコッカス・アシドラクティチ(Pediococcus acidlactici)、ラクトバチルス・コンフュサス(Lactobacillus confusus)、ラクトバチルス・メールファメンタス(Lactobacillus malefermentans)、ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei subsp. paracasei)、ラクトバチルス・ブルガリカス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus)、ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)、ラクトバチルス・アシドフィラス(Lactobacillus acidophilus)、およびラクトバチルス・ヘルベティカス(Lactobacillus helveticus)からなる群より選択されるいずれかである、請求項1から5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
乳酸菌が、一種または二種以上の酵母エキス、及び乳類からなる組成物を発酵させたときに、発酵物中の全脂肪酸に占める炭素数10以下の脂肪酸の割合を70%以上とすることができるものである、請求項1~6のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項8】
酵母エキスが、高遊離アミノ酸含有型酵母エキスを含み、さらに高グルタミン含有型酵母エキスおよび高核酸酵型酵母エキスの少なくとも一方を含む、請求項1から7のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項9】
原料組成物中、高遊離アミノ酸含有型酵母エキスが1.5%以下であり、高グルタミン酸含有型酵母エキスが1.5%以下である、請求項8に記載の製造方法。
【請求項10】
酵母エキスが、高遊離アミノ酸含有型酵母エキスを二種以上含む、請求項8または9に記載の製造方法。
【請求項11】
リパーゼ処理クリーム
を乳酸菌により1-10℃で発酵させた低温発酵物を含む、食品における
バター風味の増強剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳酸菌による低温発酵物の製造方法に関する。本発明により提供される発酵物は、食品素材として有用であり、例えば食品において乳風味、特にバター風味を強化するために用いることができる。本発明は、食品製造等の分野で有用である。
【背景技術】
【0002】
乳製品やパン等の発酵食品において、特有の風味を増すための様々な検討がされてきている。例えば、コストダウンや低脂肪化を図るために、乳製品の製造において原料として使用する牛乳の一部を粉乳類に置き換えることが行われるが、粉乳を用いた低脂肪乳等にみられる粉っぽい味・においを低減し、かつ呈味(乳感)を増強するための手段として、特許文献1は、乳または乳製品のリパーゼ処理および/または乳酸菌による発酵処理により得られる処理物を有効成分として含有することを特徴とする乳飲料または発酵乳の風味改良剤を提案する。また特許文献2は、酵素によって改良されたチーズ(EMC)において、さらに望ましい風味をもたせるために、脂質およびラクトースを含む食品組成物と、1種以上のリパーゼおよび1種以上のラクターゼとを接触させることを含み、この1種以上のラクターゼのうち、少なくとも1つが、ガラクトース転移活性を示す、食品を調製する方法を提案する。
【0003】
さらに特許文献3は、サワーブレッド製造に関与する微生物の解析・検討から得られた知見に基づき、パンの製造工程において、生地に、ホモ発酵型低温生育乳酸菌を加え、あるいは該ホモ発酵型低温生育乳酸菌にヘテロ発酵型乳酸菌を加え、さらに耐酸性を有する酵母を添加し、低温(5-15°C、好ましくは10℃)で所定時間発酵を行わせた種生地を用いることを特徴とするサワーブレッドの製造方法を提案する。
【0004】
さらに特許文献4は、簡略化、効率化したパンの製造法において、十分な酵母の発酵風味と、乳酸菌の発酵風味を付与することができる発酵風味液でかつ、安定性、保存性、操作性に優れた発酵風味液ならびにそれを用いた製パン方法を提供するための手段として、酵母発酵および乳酸発酵を行った発酵風味液であって、死滅した酵母と生きた乳酸菌を含有することを特徴とする発酵風味液を提案する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2003-250482号公報(特許第370645号)
【文献】国際公開2010/008786号パンフレット(特表2011-525356号公報)
【文献】特開2000-189041号公報
【文献】特開2007-244274号公報(特許第4706517号)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
乳製品の中でもバターは、各種料理、洋菓子、パン等において好ましい風味を与えるものとして広く利用されている一方で、国内の生乳需給の調整弁として、国家貿易により輸入が行われており、近年には入手できる数量に制限が生じたことがある。一方、クリームを乳酸菌により発酵させる工程を経る発酵バターは、日本で広く流通している非発酵バターに比較してバター特有の風味が増しており、好ましいものであるが、発酵工程を経る分、製造に手間がかかり、価格が高くなる。バター以外のものを原料とし、バターを使用した場合と同様に、またはそれ以上に風味の良い食品を製造できれば望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、酵母エキスのほか、長年培った発酵技術を用いた種々の発酵調味料について検討してきた。その中で今般、リパーゼ処理と乳酸菌発酵を利用することにより、食品にバター風味等の乳風味を付与しうる素材が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
本発明は、以下を提供する。
[1] 脂質中の炭素数10以下の脂肪酸成分が5mg/g以上である乳類または油脂類のリパーゼ処理物、一種または二種以上の酵母エキス、および乳類を含む原料組成物を、乳酸菌により、30-37℃で中温発酵し;そして
得られた中温発酵物を、1-10℃で低温発酵する
工程を含む、乳酸菌による低温発酵物の製造方法。
[2] リパーゼ処理物が、リパーゼ失活処理を経たものである、1に記載の製造方法。
[3] 原料組成物が、殺菌処理を経たものである、1または2に記載の製造方法。
[4] 中温発酵が、12-48時間行われる、1から3のいずれか1項に記載の製造方法。
[5] 低温発酵が、12-72時間行われる、1から4のいずれか1項に記載の製造方法。
[6] 乳酸菌が、ラクトバチルス・ラムノサス(Lactobacillus rhamnosus)、ペディオコッカス・アシドラクティチ(Pediococcus acidlactici)、ラクトバチルス・コンフュサス(Lactobacillus confusus)、ラクトバチルス・メールファメンタス(Lactobacillus malefermentans)、ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei subsp. paracasei)、ラクトバチルス・ブルガリカス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus)、ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)、ラクトバチルス・アシドフィラス(Lactobacillus acidophilus)、およびラクトバチルス・ヘルベティカス(Lactobacillus helveticus)からなる群より選択されるいずれかである、1から5のいずれか1項に記載の製造方法。
[7] 乳酸菌が、一種または二種以上の酵母エキス、及び乳類からなる組成物を発酵させたときに、発酵物中の全脂肪酸に占める炭素数10以下の脂肪酸の割合を70%以上とすることができるものである、請求項1から6のいずれか1項に記載の製造方法。
[8] 酵母エキスが、アミノ酸高含有型酵母エキスを含み、さらに高グルタミン含有型酵母エキスおよび高核酸酵型酵母エキスの少なくとも一方を含む、1から7のいずれか1項に記載の製造方法。
[9] 原料組成物中のアミノ酸高含有型酵母エキスが1.5%以下であり、可溶性成分高含有型酵母エキスが1.5%以下である、8に記載の製造方法。
[10] 酵母エキスが、アミノ酸高含有型酵母エキスを二種以上含む、8または9に記載の製造方法。
[11] 乳酸菌によるリパーゼ処理クリームの低温発酵物を含む、食品における乳風味の増強剤。
[12] 増強される乳風味が、バター風味である、11に記載の増強剤。
【発明の効果】
【0009】
本発明により、食品において乳風味を強化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】各油脂類または乳類のリパーゼ処理物に含まれる脂肪酸中の、各炭素数の脂肪酸の割合。横軸は脂肪酸の種類、縦軸はピーク面積に基づく相対量を表す。(1)ハイコンパウンドオイル、(2)油脂1、(3)油脂2、(4)食用油脂、(5)ハードバター、(6)乳製品を主原料として酵素処理した食品素材、(7)乳製品を主原料として酵素処理した食品素材、(8)ラード、(9)バター(非発酵、食塩添加)、(10)ショートニング、(11)マーガリン、(12)発酵バター(食塩添加)、(13)発酵バター(食塩添加)、(14)生クリーム。最下図中、Aは、C17:0+C17:1、Bは、C18:0、Cは、C18:1n9c+C18:1n9t、Dは、C18:2n6t+C18:2n6c、Eは、C20:3n6+C20:4n6、FはC22:0。
【
図2】コンパウンドクリームにおける発酵風味液を用いた効果。
【発明を実施するための形態】
【0011】
数値範囲「X-Y」は、特に記載した場合を除き、両端の値XおよびYを含む。「Aおよび/またはB」は、特に記載した場合を除き、A、Bのうち少なくとも一方が存在することを指し、AとBの双方が存在する場合も含む。濃度、または比(%、部等)を表す場合は、特に記載した場合を除き、また乳酸発酵物における全脂肪酸に占める炭素数10以下の脂肪酸(短鎖脂肪酸)の割合をいう場合を除き、質量(重量)に基づく。食品は、固形のもののみならず、飲料およびスープのような液状の経口摂取物も含む。また、そのまま摂取される形態のもの(例えば、調理済みの各種の食品、サプリメント、ドリンク剤)のみならず、食品添加物、発酵調味料組成物、飲料濃縮物も含む。さらに、ヒトのみならず、非ヒト動物(ペット、家畜等)のためのものも含む。食品はまた、一般食品(いわゆる健康食品を含む。)のほか、保健機能食品(機能性表示食品、栄養機能食品、および特定保健用食品を含む。)を含む。
【0012】
<製造方法>
本発明は、下記の工程を含む、食品素材(乳酸菌による低温発酵物)の製造方法を提供する:
脂質中の炭素数10以下の脂肪酸成分が5mg/g以上である乳類または油脂類のリパーゼ処理物、一種または二種以上の酵母エキス、および乳類を含む原料組成物を、乳酸菌により、30-37℃で中温発酵し;そして
得られた中温発酵物を、1-10℃で低温発酵する
【0013】
[リパーゼ処理]
本発明の製造方法に用いられる原料組成物は、脂質中の炭素数10以下の脂肪酸成分が5mg/g以上である乳類または油脂類のリパーゼ処理物を含む。
【0014】
(脂質中の脂肪酸成分)
種々の食品の脂質中の脂肪酸成分は、日本食品標準成分表2015年版(七訂)の脂肪酸成分表編の第3表に記載されている。本発明に関し、乳類、油脂類等の食品に関し、脂質中の脂肪酸成分というときは、脂質1g当たりの脂肪酸成分(脂質を構成している脂肪酸)の量(mg)を指す。より詳細には、食品から脂質を抽出し、エステル化し、原則として炭素数4から24の脂肪酸を測定の対象として水素炎イオン化検出-ガスクロマトグラフ法により各脂肪酸を定量した場合の、脂質1g当たりの各脂肪酸量(mg)をいう。
【0015】
(乳類)
リパーゼ処理物を得るためには、脂質中の炭素数10以下の脂肪酸成分の総量、具体的には酪酸、ヘキサン酸、ヘプタン酸、オクタン酸、およびデカン酸の総量が、5mg/g以上である乳類を用いることができる。ここでいう乳類は、日本食品標準成分表2015年版(七訂)において「13 乳類」として分類される食品を含む。乳類はまた、牛乳などの液状乳類、クリーム類、発酵乳・乳酸菌飲料、チーズ類を含む。
【0016】
脂質中の炭素数10以下の脂肪酸成分が5mg/g以上である乳類の例は、生乳ジャージー種(96mg/g)、生乳ホルスタイン種(56mg/g)、普通牛乳(91mg/g)、クリーム、加工乳 濃厚(68mg/g)、加工乳 低脂肪(83mg/g)、脱脂乳(56mg/g)、全粉乳(100mg/g)、脱脂粉乳(59mg/g)、無糖練乳(96mg/g)、コーヒーホワイトナー 粉末状植物性脂肪(79mg/g)、ヨーグルト 全脂無糖(90mg/g)、乳酸菌 飲料乳製品(37mg/g)、ナチュラルチーズ エダム(95mg/g)、プロセスチーズ(97mg/g)、カゼイン(51mg/g)、チーズホエーパウダー(57mg/g)、やぎ乳(133mg/g)である。なお、( )内の数値は、日本食品標準成分表2015年版(七訂)の脂肪酸成分表編の第3表の記載に基づく値である。
【0017】
(油脂類)
リパーゼ処理物を得るためには、脂質中の炭素数10以下の脂肪酸成分の総量、具体的には酪酸、ヘキサン酸、ヘプタン酸、オクタン酸、およびデカン酸の総量が、5mg/g以上である油脂類を用いることができる。ここでいう油脂類は、日本食品標準成分表2015年版(七訂)において「14 油脂類」として分類される食品を含む。油脂類はまた、バター類、マーガリン、植物油脂類を含む。
【0018】
脂質中の炭素数10以下の脂肪酸成分が5mg/g以上である油脂類の例は、有塩バター(2mg/g)、食塩不使用バター(91mg/g)、発酵バター(96mg/g)、ソフトタイプマーガリン 家庭用(9mg/g)、ソフトタイプマーガリン 業務用(11mg/g)、ファットスプレッド(11mg/g)、ショートニング 家庭用(6mg/g)、ショートニング 業務用 製菓(13mg/g)、パーム核油(75mg/g)、やし油(137mg/g)、が含まれる。一方、油脂類ではあるが、脂質中の炭素数10以下の脂肪酸成分が5mg/g未満であるものは、牛脂(0mg/g)、およびラード(1mg/g)である。なお、( )内の数値は、日本食品標準成分表2015年版(七訂)の脂肪酸成分表編の第3表の記載に基づく値である。
【0019】
(リパーゼ)
リパーゼとは、脂肪酸とグリセリンからなるトリグリセリドを基質として、加水分解、合成、または転移反応を触媒する酵素(トリアシルグリセリドリパーゼ(EC 3.1.1.3))をいう。本発明に用いるリパーゼ処理物を製造するために用いられるリパーゼとしては、食品製造のために許容されている種々のものを用い得る。市販の食品用酵母の例は、ニューラーゼ F3G、リパーゼ A「アマノ」6、リパーゼ AY「アマノ」30SD 、リパーゼ G「アマノ」50 、リパーゼ R「アマノ」、リパーゼ DF「アマノ」15、リパーゼ MER「アマノ」(いずれも天野エンザイム株式会社製)等を挙げることができ、いずれも本発明のために用いることができる。
【0020】
短鎖脂肪酸である酪酸(炭素数4)が発酵風味を奏する一方で、パルミチン酸(炭素数16)、およびステアリン酸(炭素数18)のような長鎖脂肪酸は、石けんのような臭いを付与しうる。リパーゼで加水分解して遊離する脂肪酸のうち、短鎖の脂肪酸が好ましい風味を示しうるとの観点からは、本発明に用いるリパーゼ処理物を製造するために用いられるリパーゼとしては、加水分解により遊離の短鎖の脂肪酸を多く生成することができるものが好ましい。このようなリパーゼの好ましい例の一つとして、リパーゼ AY「アマノ」30SDを挙げることができる。
【0021】
なお、本発明に関し、短鎖脂肪酸というときは、炭素数が10以下の脂肪酸をいう。短鎖脂肪酸の例は、ブタン酸(C4:0)(慣用名:酪酸。以下同様に、数値表現の後に慣用名を記載した。)、ペンタン酸(C5:0)吉草酸、ヘキサン酸(C6:0)カプロン酸、ヘプタン酸(C7:0)エナント酸、オクタン酸(C8:0)カプリル酸、ノナン酸(C9:0)ペラルゴン酸、デカン酸(C10:0)、カプリン酸である。また本発明に関し、長鎖脂肪酸というときは、炭素数が11以上の脂肪酸をいう。長鎖脂肪酸の例は、ウンデカン酸(C11:0)、ドデカン酸(C12:0)ラウリン酸、トリデカン酸(C13:0)、テトラデカン酸(C14:0)ミリスチン酸、ペンタデカン酸(C15:0)、ヘキサデカン酸(C16:0)パルミチン酸、ヘプタデカン酸(C17:0)、オクタデカン酸(C18:0)ステアリン酸、イコサン酸(C20:0)アラキジン酸、ヘンエイコサン酸(C21:0)、ベヘン酸(C22:0)、トリコサン酸(C23:0)、リグノセリン酸(C24:0)、cis9テトラデセン酸(C14:1n5c)ミリストレイン酸、cis10ペンタデセン酸(C15:1n5c)、cis9ヘキサデセン酸(C16:1n7c)パルミトレイン酸、cis10ヘプタデセン酸(C17:1n7c)、trans9オクタデセン酸(C18:1n9t)エライジン酸、cis9オクタデセン酸(C18:1n9c)オレイン酸、cis11イコセン酸(C20:1n9c)エイコセン酸、cis13ドコセン酸(C22:1n9c)エルカ酸、cis15テトラコセン酸(C24:1)ネルボン酸である。なお脂肪酸の種類や量は、ガスクロマトグラフで分析できる。乳類または油脂類に含まれる脂肪酸は、個々の脂肪酸に分解したのち誘導体化して、同様にガスクロマトグラフで分析できる。
【0022】
(リパーゼ処理条件)
使用するリパーゼの量は、任意の既知の手段、例えば、モル数またはモル比(例えば、酵素のナノモル数またはマイクロモル数)、重量または重量比(酵素のマイクログラム数またはナノグラム数)、または活性の量または活性比(例えば、酵素の「ユニット」数、または酵素活性/酵素の重量またはモル数)によってあらわすことができる。リパーゼ活性を決定する標準的な方法は、当該技術分野で知られている。
【0023】
処理のための温度および時間は、当業者であれば、用いる酵素に応じ、適宜設計できる。典型的には、温度は30-55℃、例えば40-53℃、より特定すると45-51℃とすることができる。温度がいずれの場合であっても、処理時間は15-240分とすることができ、30-120分としてもよく、45-90分としてもよい。
【0024】
好ましい実施形態においては、リパーゼ処理されたクリームは、リパーゼを失活させる処理を経る。失活処理は、好ましくはリパーゼを含む組成物を、リパーゼを不活性化するのに十分な時間と温度で加熱することにより行い、不活性化に適した温度および時間は、当業者であれば適宜設定できる。例示的な温度は、70-90℃であり、例示的な時間は、5-60分である。
【0025】
[発酵工程]
本発明の製造方法は、乳酸菌により、原料組成物を、30-37℃で中温発酵する工程;そして得られた中温発酵物を、1-10℃で低温発酵する工程を含む。
【0026】
(乳酸菌)
本発明の製造方法に用いられる乳酸菌は、食品製造のために使用できるものであれば特に限定されるものではないが、例えば、ラクトバチルス・ラムノサス(Lactobacillus rhamnosus)、ペディオコッカス・アシドラクティチ(Pediococcus acidlactici)、ラクトバチルス・コンフュサス(Lactobacillus confusus)、ラクトバチルス・メールファメンタス(Lactobacillus malefermentans)、ラクトバチルス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei subsp. paracasei)、ラクトバチルス・ブルガリカス(Lactobacillus delbrueckii subsp. bulgaricus)、ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)、ラクトバチルス・アシドフィラス(Lactobacillus acidophilus)、およびラクトバチルス・ヘルベティカス(Lactobacillus helveticus)等からなる群より選択されるいずれかを用いることができる。好ましくは、ラクトバチルス・ラムノサス(Lactobacillus rhamnosus)、ペディオコッカス・アシドラクティチ(Pediococcus acidlactici)、ラクトバチルス・コンフュサス(Lactobacillus confusus)、ラクトバチルス・メールファメンタス(Lactobacillus malefermentans)、ラクトコッカス・ラクティス(Lactococcus lactis)、およびラクトバチルス・アシドフィラス(Lactobacillus acidophilus)からなる群より選択される乳酸菌であり、より好ましくは、ラクトバチルス・ラムノサス(Lactobacillus rhamnosus)またはペディオコッカス・アシドラクティチ(Pediococcus acidlactici)のいずれかである。増殖性が良好であり、発酵風味も優れているとの観点からは、ラクトバチルス・ラムノサス(Lactobacillus rhamnosus)を用いることが好ましい。
【0027】
用いる乳酸菌はまた、一種または二種以上の酵母エキス、及び乳類からなる組成物を発酵させたときに、発酵物中の全脂肪酸に占める炭素数10以下の脂肪酸(短鎖脂肪酸)の割合が高いものであることが好ましい。ここでいう短鎖脂肪酸の割合は、一種または二種以上の酵母エキス、及び乳類からなる組成物の発酵物をガスクロマトグラフ質量分析(GC/MS)法により分析したときに検出される脂肪酸のピーク数に基づき、求めたものである(短鎖脂肪酸の割合(%)=短鎖脂肪酸のピーク数/(短鎖脂肪酸のピーク数+長鎖脂肪酸のピーク数)×100)。短鎖脂肪酸のピーク数は、短鎖脂肪酸が検出される時間帯に現れるすべてのピークの数として求めてもよい。また、長鎖脂肪酸のピーク数は、長鎖脂肪酸が検出される時間帯に現れるすべてのピークの数として求めてもよい。
【0028】
用いる乳酸菌としては、一種または二種以上の酵母エキス、及び乳類からなる組成物を発酵させたときに、発酵物中の全脂肪酸に占める短鎖脂肪酸の割合を、例えば発酵させていない生クリームよりも高くすることができるものであればよく、60%以上とすることができるものであることが好ましく、65%以上とすることができるものであることがより好ましく、70%以上とすることができるものであることがより好ましく、73%以上とすることができるものであることがより好ましい。本発明者らの検討によると、発酵物において全脂肪酸のピーク数に占める炭素数10以下の脂肪酸のピーク数の割合が70%以上である場合には、その発酵物には乳風味(乳感)がつよく感じられた。
【0029】
好ましい態様においては、乳酸菌として、ラクトバチルス・ラムノサスAN1株もしくはそれと同じ種に属し、かつ同じ科学的性質を有する菌株を用いることができる。
【0030】
ラクトバチルス・ラムノサスAN1株は、以下の科学的性質を有する。
細胞形態:桿状
コロニー:クリーム色
特徴:ヘテロ乳酸発酵を行う。
【0031】
ラクトバチルス・ラムノサスAN1株は、受託番号NITE P-02072として、2015年6月26日付けで、テーブルマーク株式会社(住所:日本国東京都中央区築地6-4-10)により、独立行政法人製品評価技術基盤機構(住所:日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 122号室)へ、ブタペスト条約および日本国特許法に基づき、寄託された。
【0032】
(原料組成物)
本発明に用いられる原料組成物は、上述のリパーゼ処理物のほか、一種または二種以上の酵母エキス、および乳類を含む。
【0033】
(酵母エキス)
本発明に用いることのできる酵母エキスは、食品製造の分野において通常用いられている酵母、例えば、パン製造に用いられているパン酵母、食料や飼料等の製造に用いられているトルラ酵母、ビール製造に用いられているビール酵母を原料として調製したものである。原料酵母は、増殖性が良好であることから、パン酵母やトルラ酵母であることが好ましく、サッカロマイセス(Saccharomyces)に属する菌やキャンディダ(Candida)に属する菌であることがより好ましく、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae)である菌株やキャンディダ・ユーティリス(Candida utilis)である菌株であることが特に好ましい。
【0034】
なお、通常の乳酸菌の培養に用いる酵母エキス(Difco社製など)や、乳酸菌用の培地であるMRS培地などは乳酸菌の増殖には適しているものの、食品として開発されたものではない。そのため今回のように培養物をそのまま食するような場合には、食品として、安全で、かつ、菌の増殖能が優れている栄養源を用いることが望まれていた。
【0035】
好ましい態様においては、原料組成物に含まれる酵母エキスは、高遊離アミノ酸含有型酵母エキス、高グルタミン酸含有酵母エキス、高核酸含有型酵母エキス、高コハク酸含有型酵母エキス、高ペプチド含有型酵母エキス、高プロリン含有型酵母エキス、および高分岐鎖アミノ酸含有型酵母エキスからなる群より選択される一種または二種以上である。
【0036】
より好ましい態様においては、原料組成物に含まれる酵母エキスは、二種以上の酵母エキスの組み合わせたものであり、例えば、高遊離アミノ酸含有型酵母エキス、および高グルタミン酸含有型酵母エキス、高核酸酵母エキスなどの可溶性成分高含有型酵母エキスを組み合わせたものである。さらに好ましい態様においては、原料組成物に含まれる酵母エキスは、高遊離アミノ酸含有型酵母エキスを含み、さらに高グルタミン酸含有型酵母エキスおよび高核酸酵母エキスの少なくとも一方を含むものである。さらに好ましい態様においては、高遊離アミノ酸含有型酵母エキスとして二種類以上の酵母エキスを含むものである。本発明者らの検討によると、このような酵母エキスを組み合わせて用いることにより、得られる発酵物において、目的の効果が特に高いことが分かっている。
【0037】
高遊離アミノ酸含有型酵母エキスとは、遊離のアミノ酸を多く含む酵母エキスをいい、具体的には、全アミノ酸(遊離アミノ酸と、ペプチドやタンパク質を構成しているアミノ酸の双方を含む。)中の遊離アミノ酸の含有量が、45%以上のものをいう。アミノ酸の量は、塩としてではなく、遊離型の無水物として測定された値に基づく。このような酵母エキスは、通常、酵素を用いて抽出されており、そのため、種々の遊離のアミノ酸を多く含んでいる。高遊離アミノ酸型酵母エキスの好ましい例の一つは、高核酸含有型ではなく、かつ高グルタミン酸含有型ではないものである。高核酸含有型酵母エキスとは、核酸のうち呈味性の5’-イノシン酸および5’-グアニル酸を多く含む酵母エキスをいい、具体的には、固形分中の5’-イノシン酸および5’-グアニル酸の層含有量が10%以上であるものをいう。高グルタミン酸型酵母エキスについては後述する。すなわち、本発明のための高遊離アミノ酸型酵母エキスの好ましい例の一つは、全アミノ酸中の遊離アミノ酸の含有量が、45%以上であり、かつ固形分中の5’-イノシン酸および5’-グアニル酸の総含有量が10%未満であり、かつ固形分100g中のグルタミン酸の含有量が12,000mg未満のものである。
【0038】
特に好ましい高遊離アミノ酸含有型酵母エキスの例は、イーストエキス21-NYP (富士食品工業株式会社)、およびYP-21CM(富士食品工業株式会社)である。
【0039】
高グルタミン酸含有型酵母エキスとは、グルタミン酸等の可溶性の成分を多く含む酵母エキスをいい、具体的には、固形分100g中のグルタミン酸の含有量が12,000mg以上のものをいう。アミノ酸の量は、塩ではなく、遊離型の無水物として測定された値に基づく。このような酵母エキスは、通常、熱水抽出工程を経ており、そのため、種々の可溶性の成分、例えば可溶性のペプチド等を多く含んでいる。高グルタミン酸含有型酵母エキスの製造方法として、特許第4638591号を参照することができる。
【0040】
特に好ましい高グルタミン酸含有型酵母エキスの例は、ハイマックス(登録商標)GL(富士食品工業株式会社)、ハイパーミーストHG-Pd D20(アサヒフードアンドヘルス株式会社)である。
【0041】
高核酸酵母エキスとは、核酸、とくにRNAを多く含む酵母エキスをいい、具体的には固形分100g中の核酸の含有量が30,000mg以上 のものをいう。核酸の量は、塩ではなく、遊離型の無水物として測定された値に基づく。このような酵母エキスは、通常、熱水抽出工程または酸性水による抽出を経ており、必要に応じて酵素的に拡散の種類を変換しうる。そのため、種々の可溶性の成分、例えば可溶性の核酸等を多く含んでいる。高核酸含有型酵母エキスの製造方法として、特開2002-101846を参照することができる
【0042】
特に好ましい高核酸含有酵母エキスの例はバーテックス(登録商標)HG20(富士食品工業株式会社)、バーテックス(登録商標)AG(富士食品工業株式会社)、アロマイルド(興人)である。
【0043】
(乳類)
発酵工程に用いられる原料組成物は、乳類を含む。乳類とは、液状乳類、例えば生乳(ジャージー種、ホルスタイン種)、普通牛乳、脱脂乳、加工乳(濃厚、低脂肪)、乳飲料、粉乳類(全粉乳、脱脂粉乳)、練乳類(無糖練乳、加糖練乳)、クリーム(乳脂肪(いわゆる生クリーム)、乳脂肪・植物性脂肪、植物性脂肪)、コーヒーホワイトナー(コーヒー用ミルク、コーヒー用クリームとも呼ばれる)、ヨーグルト、乳酸菌飲料、ナチュラルチーズ、プロセスチーズ、アイスクリーム、ラクトアイス、カゼイン、チーズホエーパウダー、やぎ乳をいう。本発明のために好ましい乳類の例は、生クリーム、脱脂粉乳、生乳、普通牛乳である。
【0044】
(他の成分)
原料組成物には、上記以外に、種々のものを添加してよい。炭素源として、例えば、サトウキビ廃糖蜜、ビート廃糖蜜、蔗糖、木材チップ蒸解液、亜硫酸パルプ廃液、サトウキビ抽出液、グルコース、酢酸、およびエタノールからなる群より選択されるいずれかを用いることができる。窒素源として、例えば、ペプトン、コーンスティプリカー(CSL)、カゼイン等の含窒素有機物、ならびに尿素、アンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、およびリン酸アンモニウム等の無機塩からなる群より選択されるいずれかを用いることができる。さらに、リン酸成分、カリウム成分、マグネシウム成分を培地に添加してもよく、ビオチン、パントテン酸、チアミン、イノシトール、ピリドキシン等のビタミン類、亜鉛、銅、鉄、マンガン等のミネラル類を添加してもよい。
【0045】
(含有量)
原料組成物における各成分の濃度は、用いる乳酸菌の中温発酵が適切に行える限り、適宜とすることができる。原料組成物中のリパーゼ処理物の含有量は、例えば、0.10-95%とすることができ、1-90%であることが好ましく、5-80%であることがより好ましい。原料組成物中の酵母エキスの含有量(酵母エキスを複数用いる場合は、総含有量)は、例えば、0.10-10%とすることができ、0.5-7.5%であることが好ましく、1-5%であることがより好ましい。原料組成物中の乳類の含有量(複数種類を用いる場合は、総含有量)は、例えば、脱脂粉乳を用いる場合は2.0-20%とすることができ、5.0-15%であることが好ましく、7-13%であることがより好ましい。
【0046】
(中温発酵条件)
前培養した乳酸菌は、上述の原料組成物を用いた中温発酵工程に供される。中温発酵は、30-45℃、好ましくは35-40℃で行う発酵工程である。発酵時間は、使用菌株にもよるが、例えば例えば16-48時間、好ましくは20-36時間とすることができる。好ましい態様においては、中温発酵前に、原料組成物は、殺菌処理される。
【0047】
好ましい態様において、中温発酵は撹拌しながら行われる。中温発酵はまた、pHが3.0-4.0、好ましくは3.2-3.8の範囲となるまで行うことができる。
【0048】
(低温発酵条件)
中温発酵後の培養物は、培地を用いた低温発酵工程に供される。発明者らの検討によると、中温発酵後の培養物に新たに調製した培地を添加し、5℃、10℃、15℃で発酵させ、得られた低温発酵物について官能評価を行った。その結果、5℃で発酵させたものが最も強い乳風味を示した。また各低温発酵物を解析したところ、5℃で発酵させたものが、他の条件での発酵させたものと比較して、ジアセチルやベンズアルデヒドを多く含有した。得られた乳風味は、ジアセチルやベンズアルデヒドによるものと考えられた。したがって、低温発酵は、使用菌株にも拠るが、1-18℃、好ましくは2-14℃、より好ましくは3-9℃で行われる。発酵時間は、使用菌株にもよるが、例えば12-72時間、好ましくは16-48時間、より好ましくは18-30時間行われる。
【0049】
低温発酵により得られる低温発酵物は脂肪酸を含有する。本発明者らの検討によると、
上述のように、一種または二種以上の酵母エキス、及び乳類からなる組成物を発酵させたときに、発酵物において全脂肪酸に占める炭素数10以下の脂肪酸のピーク数の割合が70%以上である場合には、その発酵物には乳風味(乳感)がつよく感じられた。したがって、好ましい態様において、低温発酵物は、炭素数10以下の脂肪酸を多く含む。
【0050】
<リパーゼ処理物の乳酸菌による発酵物の用途>
本発明により提供される、リパーゼ処理物の乳酸菌による発酵物は、食品における乳風味の強化のために用いることができる。
【0051】
本発明に関し、乳風味(乳感ということもある。)というときは、特に記載した場合を除き、バター風味、ミルク風味、チーズ風味、およびクリーム風味からなる群より選択されるいずれか、好ましくはバター風味をいう。本発明者らの検討によると、乳酸菌によるリパーゼ処理クリームの低温発酵物の添加により、種々の食品において、乳風味を増強できることが分かった。また、本発明者らの検討によると、乳酸菌によるリパーゼ処理クリームの低温発酵物による乳風味増強効果は、その代わりに発酵バターを用いた場合および同様の目的で用いられる香料を用いた場合よりも高かった。
【0052】
乳風味が増強されているか否か、またはその程度は、当業者であれば、適切な対照食品を基準とした官能試験を企画して評価することができる。より具体的には、例えば有効成分を含まない食品等適切な対照を準備し、3-10段階程度の基準を定め、基準(産業上意義のある基準を超えた場合に、合格とするように定めることができる。)に基づき、複数人の訓練されたパネラーが対象となる食品と対照とを比較することにより評価することができる。各パネラーの評価値の平均を算出し、最終的な評価結果としてもよい。
【0053】
より具体的な評価のための方法として、本明細書の実施例の項に記載した方法を参照することができる。
【0054】
<適用される食品>
得られた乳酸菌によるリパーゼ処理クリームの低温発酵物は、種々の食品に適用できる。
食品の例としては、特に限定されず、パン、プロセスチーズ、ピザ、グラタン、ドリア、パスタソース、シチュー、ホワイトソース、コロッケ、スナック菓子、チーズケーキ、アイスクリーム類(アイスクリーム、アイスミルク、ラクトアイス等)、コンパウンドクリームおよびそれを用いた洋菓子(例えば、シュークリーム、クリームブリュレ、ケーキ等)が挙げられる。
【0055】
食品への添加量は、食品の種類にもよるが、固形分42%の乳酸菌によるリパーゼ処理クリームの低温発酵物に換算して、喫食時の濃度において0.005-2%の範囲で用いることができる。下限値は、例えば0.01%以上であり、好ましくは0.1%以上であり、より好ましくは0.15%以上であり、さらに好ましくは0.2%以上である。0.01%未満では効果が乏しいからである。
【0056】
添加量の上限は、乳酸菌によるリパーゼ処理クリームの低温発酵物の酸味や香気が、対象となる食品の風味を損なわない限り、限定されない。食品にも拠るが、固形分42%の乳酸菌によるリパーゼ処理クリームの低温発酵物に換算して、喫食時の濃度において2%を超えると異味が感じられるようになるので、2.0%以下であることが好ましく、1.8%以下としてもよく、1.5%以下としてもよい。雑味や渋みを感じやすい味の薄い食品に関しては1.0%以下としてもよく、また雑味・渋みが感じられず、かつ十分に高い効果を得るとの観点からは、0.7%以下としてもよい。
【実施例】
【0057】
(実施例1:菌株のスクリーニング)
[方法]
生クリーム 7.0g、酵母エキス(Difco, Bacto yeast extract)0.07gからなる培地を調製し、殺菌後に各乳酸菌株を植菌した。その後、温度37℃、24時間培養後、専門家による官能評価を行い、香気の強度と乳感等の有無について判断した。また、GC/MSを用いて各サンプルの香気成分を分析し、短鎖脂肪酸(炭素数10以下)のピーク数と長鎖脂肪酸(炭素数11以上)のピーク数を求め、それらを合計した全脂肪酸のピーク数に対する短鎖脂肪酸のピーク数の割合、すなわち全脂肪酸のピーク数に占める炭素数10以下の脂肪酸のピーク数の割合を計算した。
【0058】
[香気成分:GC-MS法]
装置: Agilent GC-MS 7890B/5977A
カラム:DB-FFAP 60m/0.32mm/ 1um
前処理:5g サンプリング。DHS法にて測定。N=3
スプリット比:Low Split(3:1)
昇温:50℃(4min)-6℃/min-240℃/5min
コンスタントフロー(1.8ml/min), スニフィング分岐無し
SIM/SCANモード、SIM:18m/z、イオン源温度230℃、MSDインターフェース温度245℃、ゲイン係数1、EM電圧:1008、Mass range:35-300
【0059】
[結果]
結果を下表に示した。
【0060】
【0061】
全脂肪酸種類に占める炭素数10以下の脂肪酸のピーク数の割合が70 %以上で含有する発酵物には、乳感・ミルキーの香気を強く感じた。従って、乳感等の香気成分として、短鎖脂肪酸が寄与していることが示唆された。このことから、全脂肪酸のピーク数に占める炭素数10以下の脂肪酸のピーク数の割合が多い発酵物を生産可能な乳酸菌株を用いることとした。
【0062】
(実施例2:培地の検討)
[方法]
次に、培地の栄養源として使用する酵母エキスについて検討した。下記の表のそれぞれの培地に、実施例1の手順と同様の方法で乳酸菌株AN-1を接種し、培養し、培養後に得られた生成物について、乳感およびミルキー感の官能評価を行った。
【0063】
[結果]
結果を下表に示した。
【0064】
【0065】
条件5、6の酵母エキスの配合による培地が、乾燥菌体量が比較的多く、乳感およびクリーム感を感じた。また、条件7の酵母エキスの配合による培地は、乾燥菌体量が比較的多く、最も乳感およびクリーム感を強く感じた。
【0066】
(実施例3:発酵風味液の調製)
生クリーム32.04kgにリパーゼ(リパーゼ AY「アマノ」30SD:天野エンザイム株式会社)0.006kgを加え、45-51℃で60分間、酵素処理を行った。その後、酵素を失活させ、別途調製した生クリーム3.55kg、酵母エキス(実施例2の培養条件#7の割合の混合物)0.00214kg、水0.0071kgからなる培地を加えた。殺菌後に、乳酸菌含有酵母シード2の全量を植菌した。温度37℃、24時間撹拌発酵を行った。得られた発酵物を均一化し、1kgずつ小袋に充填した後、それぞれ低温(5℃)で、24時間、振とう発酵(低温発酵)を行い、発酵風味液40kgを得た。以下ではこの発酵風味液を標品として使用した。
【0067】
(実施例4:発酵条件の検討1)
酵素による脂肪酸の分解能を確認するため、各種油脂および生クリームにリパーゼを添加後の脂肪酸組成について確認した。
【0068】
[材料]
リパーゼ:リパーゼ AY「アマノ」30SD:天野エンザイム株式会社
【0069】
【0070】
[方法]
各油脂または乳類100gにリパーゼ(リパーゼ AY「アマノ」30SD:天野エンザイム株式会社)0.0187gを加え、45-51℃で60分間、酵素処理を行った。その後、酵素を失活させ、各標品を、15を標準として、実施例1と同様の方法でGC/MS分析を行い、ピーク面積に基づき、それぞれの脂肪酸量を測定した。
【0071】
[結果]
結果を
図1に示した。
図1の縦軸は、ピーク面積に基づく相対量を表す。リパーゼを作用させた後は短鎖脂肪酸の割合が増加し、リパーゼ分解により脂肪酸組成が変化した。短鎖脂肪酸が増し、リパーゼ処理物に含まれる短鎖脂肪酸量が多いとの観点からは、1、2,4、6、7、12、13、14を用いた場合が好ましく、1、6、7、12、13、14を用いた場合がより好ましかった。またリパーゼ AY「アマノ」30SD(天野エンザイム株式会社)の代わりに、リパーゼ G「アマノ」に変更したときには、リパーゼを作用させたマイルドな乳感を保持し、冷凍クリームなどに効果があると考えられた。
【0072】
(実施例5:乳酸菌含有酵母シード1の調製(前培養))
脱脂粉乳0.044kg、水0.3558kg、酵母エキス(実施例2の培養条件7の割合の混合物)0.00024kgからなる培地を調製し、殺菌後に、 乳酸菌AN-1株を植菌した。温度37℃で、24時間撹拌発酵を行い、乳酸菌含有酵母シード1を調製した。
【0073】
(実施例6:乳酸菌含有酵母シード2の調製)
脱脂粉乳0.44kg、水3.558kg、酵母エキス(実施例2の培養条件7の割合の混合物)0.0024kgからなる培地を調製し、殺菌後に、 実施例4で調製した乳酸菌含有酵母シード1の全量を植菌した。温度37℃で、24時間撹拌発酵を行い、乳酸菌含有酵母シード2を調製した。
【0074】
(実施例7:食パンへの添加効果の確認)
[実施例7-1]
家庭用パン焼き機を用い、食パンを製造した。製造した食パンを専門家が試食し、評価した。
【0075】
【0076】
[実施例7-2:中種法]
下表の配合で調整した発酵種を用い、中種法により、食パンを製造した。
【0077】
【0078】
製造されたパンを、専門家が試食し、評価した結果を下表にまとめた。
【0079】
【0080】
(実施例8:パウンドケーキへの添加効果の確認)
下表の原材料を準備した。油脂に砂糖およびトレハロースを添加し、ミキシングを行いながら、全卵、粉類、発酵風味液の順に添加し、生地を調製した。この生地を用いて常法にてパウンドケーキを作成した。
【0081】
【0082】
得られたパウンドケーキを、専門家1名が試食し、評価したところ、香気の向上が感じられた。食後に、バター風味が強く感じられた。
【0083】
(実施例9:クリームへの添加効果の確認)
(実施例9-1:コンパウンドクリームの製造)
下記の製造方法により、コンパウンドクリームを製造した。
(1)冷凍クリームを解凍し、均質に混合し、常法にてA混合物を調整した。A混合物約10kg、調製したクリーム9000g、実施例6の発酵風味液80gを混合、冷凍し、調整した冷凍クリームを用いて常法にてコンパウンドクリームを作成した。
【0084】
得られたコンパウンドクリームを、4名の専門家が試食し、口どけおよび乳風味について1-10点の10段階で評価した。数値が高い程、効果が強く感じられる。また、実施例6の発酵風味液を含まないコンパウンドクリーム(コントロール)を同様に調製し、口どけおよび乳風味について評価した。評価基準はJIS Z9080に例示されている尺度にしたがい、下記のように定めた。
【0085】
10点:もっともよい
9点:非常によい
8点:かなりよい
7点:少しよい
6点:わずかによい
5点:どちらともいえない
4点:わずかに好ましくない
3点:少し好ましくない
2点:かなり好ましくない
1点:非常に好ましくない
【0086】
結果を
図2に示した。発酵風味液を含むコンパウンドクリームは、日数が経過しても乳風味の低下が、コントロールに比較して抑制された。このことから、発酵風味液により、調理したての乳風味がより長く維持されることが分かった。また、口どけにおいても、より好ましい結果が得られた。
【0087】
(実施例9-2:クリームを用いた洋菓子の製造)
常法にて作成したスポンジケーキに、実施例9-1で製造したコンパウンドクリームを塗布した。専門家が試食したところ、強い乳風味を感じ、スポンジケーキのおいしさが向上した。