(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-22
(45)【発行日】2022-08-01
(54)【発明の名称】特定細胞捕捉方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/48 20060101AFI20220725BHJP
G01N 33/574 20060101ALI20220725BHJP
C08F 20/26 20060101ALI20220725BHJP
C08F 20/58 20060101ALI20220725BHJP
C12M 1/26 20060101ALI20220725BHJP
【FI】
G01N33/48 S
G01N33/574 D
C08F20/26
C08F20/58
C12M1/26
(21)【出願番号】P 2018024118
(22)【出願日】2018-02-14
【審査請求日】2020-12-22
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成25年度よりの、独立行政法人科学技術振興機構の研究成果展開事業 センター・オブ・イノベーション(COI)プログラム COI拠点「フロンティア有機システムイノベーション拠点」に係る委託研究、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】000183233
【氏名又は名称】住友ゴム工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304036754
【氏名又は名称】国立大学法人山形大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】特許業務法人 安富国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】皆川 康久
(72)【発明者】
【氏名】田中 賢
(72)【発明者】
【氏名】干場 隆志
(72)【発明者】
【氏名】江村 遥
【審査官】北条 弥作子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-203763(JP,A)
【文献】特開2017-083247(JP,A)
【文献】特表2003-501629(JP,A)
【文献】特開2017-181096(JP,A)
【文献】国際公開第2012/173097(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/203668(WO,A1)
【文献】特開2012-105579(JP,A)
【文献】国際公開第2007/092028(WO,A2)
【文献】国際公開第2015/046557(WO,A1)
【文献】特開昭62-108158(JP,A)
【文献】米国特許第09372136(US,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/00-33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液又は体液中に含まれる特定細胞捕捉方法であって、
採取した血液又は体液の血球細胞同士を凝集させた後、遠心分離を行い、次いで、親水性ポリマー層に特定細胞を捕捉する
もので、
前記方法は、ウェルの内側面の少なくとも一部に親水性ポリマー層が形成されているウェルにより実施され、
前記ウェルが非貫通孔であり、
前記特定細胞は、がん細胞であり、
前記親水性ポリマー層は、ポリ2-メトキシエチルアクリレートで形成されている特定細胞捕捉方法。
【請求項2】
採取した血液又は体液を希釈した後、前記凝集、前記遠心分離を行う請求項
1記載の特定細胞捕捉方法。
【請求項3】
希釈は、緩衝溶液又は液体培地を用いて行われる請求項
2記載の特定細胞捕捉方法。
【請求項4】
前記血球細胞同士を凝集させる方法が抗原抗体反応を用いる方法である請求項1~
3のいずれかに記載の特定細胞捕捉方法。
【請求項5】
親水性ポリマー層の厚みが10~500nmである請求項1~
4のいずれかに記載の特定細胞捕捉方法。
【請求項6】
請求項1~
5のいずれかに記載の特定細胞捕捉方法を用いて捕捉した血液又は体液中の特定細胞を調べる特定細胞検査方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液及び体液中の特定細胞(血液又は体液中に存在するがん細胞等)を捕捉する特定細胞捕捉方法及び特定細胞検査方法に関する。
【背景技術】
【0002】
がん細胞が発生するとやがて、血液・体液中に出て来ることが知られており、血液中に出て来たがん細胞は、血中循環腫瘍細胞(CTC)と呼ばれている。そして、この血中循環腫瘍細胞を調べることによるがんの治療効果の確認、予後寿命、投与前の抗がん剤の効果予測、がん細胞の遺伝子解析を用いた治療方法の検討、等が期待されている。
【0003】
しかしながら、血中循環腫瘍細胞は非常に数が少なく(数個~数百個/血液1mL)、がん細胞を捕捉することが難しいという問題がある。
【0004】
例えば、血中循環腫瘍細胞の捕捉技術として、Cell Searchシステムと呼ばれるものが知られているが、これは、抗原抗体反応(EpCAM抗体で捕捉)を用いる技術であるため、EpCAMを発現しているがん細胞しか捕捉できず、補足可能ながん細胞の種類に制限がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、前記課題を解決し、特定細胞(EpCAMを発現していないがん細胞を含む多くのがん細胞等)を捕捉できる特定細胞捕捉方法、及びこれを用いた特定細胞検査方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、血液又は体液中に含まれる特定細胞捕捉方法であって、採取した血液又は体液の血球細胞同士を凝集させた後、遠心分離を行い、次いで、親水性ポリマー層に特定細胞を捕捉する特定細胞捕捉方法に関する。
【0008】
特定細胞は、がん細胞であることが好ましい。
特定細胞捕捉方法は、採取した血液又は体液を希釈した後、前記凝集、前記遠心分離を行うものであることが好ましい。
希釈は、緩衝溶液又は液体培地を用いて行われることが好ましい。
【0009】
前記血球細胞同士を凝集させる方法は、抗原抗体反応を用いる方法であることが好ましい。
【0010】
親水性ポリマー層は、下記式(I)で表されるポリマー及びポリ(メタ)アクリロイルモルホリンからなる群より選択される少なくとも1種の親水性ポリマーで形成されていることが好ましい。
【化1】
(式中、R
1は水素原子又はメチル基、R
2はアルキル基を表す。mは1~5、nは繰り返し数を表す。)
【0011】
親水性ポリマー層は、下記式(I-1)で表される化合物及び(メタ)アクリロイルモルホリンからなる群より選択される少なくとも1種の親水性モノマーと、他のモノマーとの共重合体で形成されていることが好ましい。
【化2】
(式中、R
1、R
2、mは前記と同様。)
【0012】
親水性ポリマー層の厚みは、10~500nmであることが好ましい。
本発明はまた、前記特定細胞捕捉方法を用いて捕捉した血液又は体液中の特定細胞を調べる特定細胞検査方法に関する。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、血液又は体液中に含まれる特定細胞捕捉方法であって、採取した血液又は体液の血球細胞同士を凝集させた後、遠心分離を行い、次いで、親水性ポリマー層に特定細胞を捕捉する特定細胞捕捉方法であるため、特定細胞(EpCAMを発現していないがん細胞を含む多くのがん細胞等)を効果的に捕捉できる。そのため、例えば、血液又は体液中から特定細胞を充分に捕捉でき、また、赤血球、白血球、血小板等の血球細胞の粘着・接着を抑制できる。従って、がん細胞等の特定細胞を選択的に捕捉できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】親水性ポリマー層が形成されたウェルを有するマルチウェルプレートの模式図の一例である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明は、血液又は体液中に含まれる特定細胞捕捉方法であって、採取した血液又は体液の血球細胞同士を凝集させた後、遠心分離を行い、次いで、親水性ポリマー層に特定細胞を捕捉する特定細胞捕捉方法である。
【0016】
すなわち、先ず、体等から採取した血液又は体液の血球細胞同士を凝集させ、次いで、遠心分離処理を施すことにより、採取した血液又は体液に比べ、血球細胞の濃度が減少した試料を作製した後、作製された試料を親水性ポリマー層に接触させ、試料中のがん細胞等の特定細胞を捕捉する方法である。これにより、血球細胞同士を凝集させない場合に比べ、特に、白血球等の分離が良好になると同時に、がん細胞等の特定細胞のロス(赤血球等と同じ分画に入るなどによるロス)が減少する。よって、血球細胞等による細胞接着抑止効果が減じ、親水性ポリマーに対する特定細胞の本来の接着能力が発揮されるので、がん細胞等の特定細胞の捕捉性が大きく向上すると共に、血球細胞の捕捉性が低下し、血球細胞が多い状態では到底発揮し得ないがん細胞の選択的な捕捉効果を奏する。
【0017】
例えば、先ず、採取した血液又は体液に対して、抗原抗体反応を利用して赤血球と白血球を結合・凝集させる方法等を用いることで、血球細胞同士を凝集させ、次いで、遠心分離処理を施すことで、血液又は体液中の赤血球、白血球、血小板等の血球細胞等を分離(除去)した後、次いで、これらの濃度が減少した試料を作製した後、該試料を親水性ポリマー層に接触させ、特定細胞を選択的に捕捉できる。従って、血液又は体液中の腫瘍細胞等が親水性ポリマー層に、効果的に捕捉される。そして、捕捉された腫瘍細胞等の数を測定することで、血液又は体液中の腫瘍細胞等の数が判り、がん治療効果の確認等を期待できる。また、捕捉した腫瘍細胞等を培養し、その培養した細胞で抗がん剤等の効き目を確認することで、抗がん剤等の投与前に、体外で抗がん剤等の効き目を確認できると同時に、抗がん剤等の選定にも役立つ。
【0018】
前記特定細胞捕捉方法において、特定細胞としては、がん細胞(EpCAMを発現していないがん細胞を含む任意のがん細胞)等が挙げられる。がん細胞としては、血中循環腫瘍細胞(CTC)等が挙げられる。
【0019】
前記特定細胞捕捉方法では、先ず、採取した血液又は体液の血球細胞同士を凝集させる。
血球細胞同士を凝集させる方法は、このような凝集が可能な方法であれば、特に限定されないが、なかでも、抗原抗体反応を利用する方法を好適に使用できる。具体的には、血球凝集反応等の凝集反応法を好適に利用できる。
【0020】
このような凝集工程で、血液又は体液に血球凝集反応を利用して細胞同士を凝集させると、その後、作製された凝集物を含むサンプルに遠心分離処理を施した際に、血球細胞を含む凝集物が除去される。従って、親水性ポリマー層に対し、サンプル中に高濃度で残存する特定細胞(がん細胞等)を効果的に捕捉できる。
【0021】
血球細胞同士の凝集には、例えば、赤血球及び白血球凝集抗体試薬(赤血球及び白血球凝集抗体組成物)を好適に使用できる。遠心分離処理時に、比重ががん細胞等の特定細胞に近い一部の白血球の分離が悪くなるが、上記抗体組成物を用いて抗原抗体反応を利用し、赤血球と白血球を結合・凝集させると、特定細胞と比重の異なる赤血球、血小板等だけでなく、白血球と特定細胞の分離も良好になり、特定細胞の接着・捕捉性をより向上させることが可能となる。
【0022】
なお、前記特定細胞捕捉方法は、前記血球細胞同士の凝集前に、予め、血液又は体液中のたんぱく質濃度を減少させる他の処理を施してもよい。血液又は体液中のたんぱく質濃度を減少させる他の処理方法としては、例えば、採取した血液又は体液を希釈する方法が挙げられる。ここで、希釈方法としては、ヒト血液のpH(約7.4)リン酸緩衝生理食塩水(PBS)等の緩衝溶液や、DMEM(ダルベッコ改変イーグル培地)等の液体培地、を用いる方法があり、具体的には、採取した血液又は体液に緩衝溶液を加えて希釈することや、液体培地に採取した血液又は体液を加えて希釈することで、採取した血液又は体液に比べて、たんぱく質濃度を減少させることが可能である。
【0023】
前記特定細胞捕捉方法は、必要に応じて前記他の処理を行った後、血球細胞同士を凝集し、次いで、遠心分離処理が施される。遠心分離により、試料中の血球細胞の凝集物が除去される。
【0024】
遠心分離処理は、遠心力200~3000G(×g)の条件下で実施することが好ましい。200G以上であると、血球細胞の分離が良くなると同時に、特定細胞のロス(赤血球等と同じ分画に入るなどによるロス)が減るため、特定細胞の選択的な捕捉効果を奏する。一方、3000G以下であると、特定細胞へのストレスが抑制され、本来の細胞の性質が維持される。より好ましくは300~2800G、更に好ましくは400~2500Gである。
【0025】
遠心分離の時間、温度は、血球細胞の分離性等の観点から、適宜設定すれば良く、例えば、1~120分(好ましくは1~60分)、2~40℃(好ましくは3~30℃)の条件で実施すれば良い。なお、遠心分離処理は、公知の方法を採用でき、例えば、公知の遠心分離装置で実施できる。
【0026】
前記遠心分離処理において、採取した血液又は体液に遠心分離を施し、血小板を含む上澄みを取り除くことで、採取した血液又は体液に比べて、血小板濃度を減少させた試料が作製される。また、採取した血液又は体液に遠心分離を施し、中間の単核球層を分離することで、赤血球や血小板が分離、除去され、がん細胞等の特定細胞の濃度を高めた試料を作製できる。
【0027】
前記特定細胞捕捉方法は、前記遠心分離処理の後、親水性ポリマー層に特定細胞を捕捉させる。
【0028】
親水性ポリマー層(親水性ポリマーにより形成される層)は、所定の基材に形成できる。基材としては、ポリアクリル酸メチル、ポリメタクリル酸メチル、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸等のアクリル樹脂(ポリアクリル樹脂)、シクロオレフィン樹脂(ポリシクロオレフィン)、カーボネート樹脂(ポリカーボネート)、スチレン樹脂(ポリスチレン)、ポリエチレンテレフタレート(PET)等のポリエステル樹脂、ポリジメチルシロキサン、ソーダ石灰ガラス、ほうケイ酸ガラス等のガラス、等が挙げられる。なかでも、(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸エステル、アルコキシアルキル(メタ)アクリレート、(メタ)アクリロイルモルホリンが好ましく、アルコキシアルキル(メタ)アクリレートがより好ましく、2-メトキシエチルアクリレートが特に好ましい。
【0029】
親水性ポリマー層(親水性ポリマーにより形成される層)の膜厚は、好ましくは10~500nm、より好ましくは30~400nm、更に好ましくは50~350nmである。上記範囲内に調整することで、良好なタンパク質や細胞に対する低吸着性、がん細胞に対する選択的捕捉性が得られる。
【0030】
親水性ポリマーは、親水性を有するものを適宜選択できる。例えば、1種又は2種以上の親水性モノマーの単独重合体及び共重合体、1種又は2種以上の親水性モノマーと他のモノマーとの共重合体等が挙げられる。前記単独重合体、共重合体としては、ポリアクリル酸、ポリアクリル酸エステル、ポリメタクリル酸、ポリメタクリル酸エステル、ポリアクリロイルモルホリン、ポリメタクリロイルモルホリン、ポリアクリルアミド、ポリメタクリルアミド等が挙げられる。
【0031】
親水性モノマーは、親水性基を有する各種モノマーを使用できる。親水性基は、例えば、アミド基、硫酸基、スルホン酸基、カルボン酸基、水酸基、アミノ基、アミド基、オキシエチレン基等、公知の親水性基が挙げられる。
【0032】
親水性モノマーの具体例としては、(メタ)アクリル酸、(メタ)アクリル酸エステル、(メトキシエチル(メタ)アクリレート等のアルコキシアルキル(メタ)アクリレート、ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート等のヒドロキシアルキル(メタ)アクリレート)、(メタ)アクリルアミド、環状基を有する(メタ)アクリルアミド誘導体((メタ)アクリロイルモルホリン等)、などが挙げられる。
【0033】
他のモノマーは、親水性ポリマーの作用効果を阻害しない範囲内で適宜選択すれば良い。例えば、スチレン等の芳香族モノマー、酢酸ビニル、温度応答性を付与できるN-イソプロピルアクリルアミドなどが挙げられる。
【0034】
なかでも、親水性ポリマーとしては、下記式(I)で表されるポリマー及びポリ(メタ)アクリロイルモルホリンからなる群より選択される少なくとも1種が好ましい。
【化3】
(式中、R
1は水素原子又はメチル基、R
2はアルキル基を表す。mは1~5、nは繰り返し数を表す。)
【0035】
R2のアルキル基の炭素数は、1~10が好ましく、1~5がより好ましい。なかでも、R2は、メチル基又はエチル基が特に好ましい。mは、1~3が好ましい。n(繰り返し単位数)は、15~1500が好ましく、40~1200がより好ましい。
【0036】
また、親水性ポリマーとして、下記式(I-1)で表される化合物及び(メタ)アクリロイルモルホリンからなる群より選択される少なくとも1種の親水性モノマーと、他のモノマーとの共重合体も好適に使用できる。
【化4】
(式中、R
1、R
2、mは前記と同様。)
【0037】
親水性ポリマー層の表面の少なくとも一部(一部又は全部)は、水の接触角が25~75度であることが好ましく、35~75度であることがより好ましく、35~70度であることが更に好ましい。所定の水の接触角を有する場合、本発明の効果が良好に得られる。
【0038】
親水性ポリマー層は、(1)親水性ポリマーを各種溶剤に溶解・分散した親水性ポリマー溶液・分散液を、基材表面(基材凹部)に注入し、所定時間保持、乾燥する方法、(2)該親水性ポリマー溶液・分散液を基材表面に塗工(噴霧)する方法、等、公知の手法により、基材表面の全部又は一部に親水性ポリマー溶液・分散液をコーティングすることで、親水性ポリマーにより形成されるポリマー層が形成された基材を製造できる。そして、親水性ポリマー層が形成された基材に、必要に応じて他の部品を追加することで、特定細胞の検査が可能な装置を製造できる。
【0039】
溶剤、注入方法、塗工(噴霧)方法などは、従来公知の材料及び方法を適用できる。
(1)、(2)の保持、乾燥時間は、基材の大きさ、導入する液種、等により適宜設定すれば良い。保持時間は、5分~10時間が好ましく、10分~5時間がより好ましく、15分~2時間が更に好ましい。乾燥は、室温(約23℃)から80℃で行うことが好ましく、室温から50℃で行うことがより好ましい。また、減圧して乾燥しても良い。更に、保持して一定時間後、適宜、余分な親水性ポリマー溶液・分散液を排出し、乾燥してもよい。
【0040】
溶剤としては、親水性ポリマーの溶解が可能なものであれば特に限定されず、使用する親水性ポリマーに応じて適宜選択すれば良い。例えば、水、有機溶媒、これらの混合溶媒が挙げられ、有機溶媒としては、メタノール、エタノール、n-プロパノール、i-プロパノール、メトキシプロパノール等のアルコール類;アセトン、メチルエチルケトン等のケトン類;テトラヒドロフラン、アセトニトリル、酢酸エチル、トルエン等が列挙される。
【0041】
前記特定細胞捕捉方法では、血液又は体液に、血球細胞同士の凝集処理、遠心分離処理を施して得られた試料(血球細胞濃度が低下した試料)を、親水性ポリマー層が形成された基材に接触させることで、特定細胞を捕捉できる。試料と親水性ポリマー層の接触方法は特に限定されず、接触可能な任意の手法を採用でき、例えば、試料の注入、塗工(噴霧)等が挙げられる。
【0042】
試料と親水性ポリマー層とを接触させることで、試料に含まれる特定細胞が親水性ポリマー層に捕捉されると共に、血球細胞等の吸着が抑制される。そのため、例えば、試料を接触させた後に所定時間保持し、次いで、洗浄することで、特定細胞を選択的に親水性ポリマー層に捕捉できる。そして、捕捉された特定細胞の数を測定することで、採取した血液又は体液中の特定細胞数が判り、がん治療効果の確認等が期待される。
【0043】
前記特定細胞捕捉方法は、例えば、基材として、マルチウェルプレート、スライドチャンバー等を用い、必要に応じて他の部品を追加した装置を使用して実施できる。
図1は、マルチウェルプレート1の一例を示している。
【0044】
図1のマルチウェルプレート1は、特定細胞を捕捉する目的で使用される器具で、いわゆるマトリクス状にウェル11が配置されたマルチウェルプレート1である。マルチウェルプレート1は、円形に開口された複数のウェル11を有している。ウェル11は、採取した血液又は体液に、血球細胞同士の凝集処理及び遠心分離処理を施して、赤血球、白血球、血小板等の濃度を減少させた試料を注入する凹部であり、注入した試料を検査に供することにより、採取した血液又は体液をそのまま検査に供するケースに比べ、特定細胞を効果的に捕捉できる。従って、血液又は体液中の特定細胞の有無の確認、特定細胞数の計測、特定細胞の培養、薬の効き目の確認・選定を実施できる。
【0045】
図1では、一例として、4行6列の24個のウェル11を有する24ウェルプレートを示しているが、マルチウェルプレート1は、ウェル11を少なくとも2つ以上有していれば良く、ウェル11の個数は任意である。24ウェルプレートの他には、ウェル11が、6個、96個、384個等の汎用マルチウェルプレートでも良い。
【0046】
ウェル11は非貫通孔であり、マルチウェルプレート1の表面に開口されている。ウェル11には、開口から、血液又は体液に血球細胞同士の凝集処理及び遠心分離処理を施して得られた試料が注入される。また、特定細胞の存在を確認した場合、特定細胞を培養するための培養液を注入することも可能である。
【0047】
ウェル11の開口の直径R、深さDは、特に限定されず、通常のマルチウェルプレート1のR、Dを採用できる。
図1では、マルチウェルプレート1の表面及び裏面に対して、ウェル11の内側面が略垂直であるが、ウェル11は、内側面が傾斜し、開口から底面にかけて窄まる形状でも良い。また、内側面が傾斜し、開口から底面にかけて拡がる形状でも良い。
【0048】
図1では、ウェル11は円形に開口しているが、ウェル11の開口形状は任意であり、四角形等、任意の形状に開口したものでもよい。
【0049】
マルチウェルプレート1は、複数のウェル11が分離可能なものを好適に使用できる。複数のウェルを有する場合、特定細胞数計測用ウェルと、特定細胞培養用ウェルとに分離使用でき、例えば、計測用ウェルで特定細胞の存在の有無を確認した上で、存在が確認された場合に培養用ウェルで特定細胞を培養し、その細胞で薬の効き目を確認できる。なお、スライドチャンバーは、チャンバーが1個以上10個以下のものが好適である。
【0050】
マルチウェルプレート1及びスライドチャンバーにおいて、ウェル11の内側面は、少なくとも一部に親水性ポリマー層が形成されていることが好ましい。
図1は、ウェルの底面及び側面の一部に親水性ポリマー層21が形成されている例を示している。
【0051】
ウェル11内に、血液又は体液に血球細胞同士の凝集処理及び遠心分離処理を施して得られた試料を導入すると、これらに含まれる特定細胞が親水性ポリマー層21に捕捉されると共に、血球細胞等の吸着が抑制される。そのため、試料の導入後に所定時間保持し、次いで、洗浄することで、特定細胞を選択的に親水性ポリマー層21に捕捉できる。
【0052】
本発明の特定細胞検査方法は、前述の方法を用いて捕捉した血液又は体液中のがん細胞等の特定細胞を調べる方法である。当該方法により、例えば、特定細胞(EpCAMを発現していないがん細胞も含む多くのがん細胞等)を捕捉できる。また、血液又は体液中から特定細胞を充分に捕捉できると共に、他のタンパク質や細胞の粘着・接着を抑制できるので、特定細胞の選択的な捕捉が可能となる。
【0053】
前記特定細胞検査方法において、前記親水性ポリマー層に、予め、血球細胞等を除去した血液を接触させることが好適である。これにより、がん細胞等の特定細胞の選択的捕捉性をより高めることができる。血球細胞等の除去方法としては、前述の遠心分離の他に、膜分離法等、公知に方法も採用できる。
【実施例】
【0054】
以下、実施例に基づいて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらのみに限定されるものではない。
【0055】
(器具例1)
AIBN(アゾビスイソブチロニトリル)を用いて、2-メトキシエチルアクリレートを80℃で6時間熱重合し、ポリ2-メトキシエチルアクリレートを作製した(分子量Mn:約15000、Mw:約50000)。そして、得られたポリ2-メトキシエチルアクリレートの1.0%メタノール溶液を作製した。
ポリスチレン製の24ウェルプレートのウェル部に、作製したポリ2-メトキシエチルアクリレート溶液(1質量%)を注入し、30分室温放置した後、液をピペットで一部吸出し、乾燥することで、医療用検査装器具を製造した。
【0056】
(器具例2)
ポリ2-メトキシエチルアクリレート溶液の濃度を2.5質量%に変更した以外は、器具例1と同様にして医療用検査器具を製造した。
【0057】
(器具例3)
ポリ2-メトキシエチルアクリレート溶液の濃度を5.0質量%に変更した以外は、器具例1と同様にして医療用検査器具を製造した。
【0058】
(器具例4)
ホウけい酸ガラス製プレートであるスライドチャンバーを用い、ポリ2-メトキシエチルアクリレート溶液の濃度を0.3質量%に変えた以外は、器具例1と同様にして医療用検査器具を製造した
【0059】
(器具例5)
ポリ2-メトキシエチルアクリレート溶液の濃度を0.5質量%に変更した以外は、器具例4と同様にして医療用検査器具を製造した。
【0060】
(器具例6)
ポリ2-メトキシエチルアクリレート溶液を注入せず、ポリ2-メトキシエチルアクリレート層を形成しなかった以外は、器具例1と同様にして医療用検査器具を製造した。
【0061】
〔親水性ポリマー層(コーティング層)の膜厚〕
医療用検査器具の親水性ポリマー層の膜厚は、親水性ポリマー層の断面を、TEMを使用し、加速電圧15kV、1000倍で測定(撮影)した。
【0062】
〔水の接触角〕
医療用検査器具の親水性ポリマー層の表面に蒸留水2μlを滴下し、30秒後の接触角をθ/2法(室温)で測定した。
【0063】
〔全血にがん細胞を添加したスパイク血試験〕
染色をしたヒト結腸癌由来上皮細胞(HT-29)を全血に100個/血液1mLになる様に懸濁させた(スパイク血)。これに等量の液体培地を入れて希釈した(希釈スパイク血)。このあと、作製された希釈スパイク血をそのまま用いたものと、希釈スパイク血を下記の様に血球細胞同士を凝集させたもの、をそれぞれ作製した。次に、15mLの遠心分離管に、分離液(LymphoPrep:密度1.077±0.001g/mL)を入れて、その上に上記希釈スパイク血又は血球細胞同士を凝集させたものを入れて、800G20分(室温:約23℃)の条件で遠心分離を行った。そして単核球層を分離した。分離した単核球層にリン酸バッファー(PBS)溶液を添加して、遠心分離を再度行い、濃縮を行った。遠心分離後の最下層にできた塊をFBS(ウシ胎児血清)10%添加液体培地(最初の全血量と同じ液量)で懸濁させた。この懸濁液を用いて、ウェルに1mlずつ注入し、37℃で1時間接着させた。その後、PBS溶液で未接着の細胞を洗浄した。次いで、蛍光顕微鏡で接着したがん細胞数をカウントした。
(血球細胞同士の凝集方法)
等量の液体培地を入れて希釈した希釈スパイク血(前記希釈スパイク血を希釈して作製)に、希釈前のスパイク血量の1/20の量の赤血球・白血球凝集抗体試薬であるRosetteSep Human CD45 Depletion Cocktail(STEMCELL Technologies 社製)を、加えて、室温で20分放置して、凝集させた。
【0064】
【0065】
血液又は体液に血球細胞同士の凝集処理及び遠心分離処理を施して作製された試料を、親水性ポリマー層(コーティング層)に接触させることで、がん細胞等の特定細胞が選択的に捕捉され、特定細胞の接着数を増加させることが可能となった。
【符号の説明】
【0066】
1 マルチウェルプレート
11 ウェル
21 親水性ポリマー層