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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-22
(45)【発行日】2022-08-01
(54)【発明の名称】車両システム
(51)【国際特許分類】
   B60W 30/045 20120101AFI20220725BHJP
   B60W 10/06 20060101ALI20220725BHJP
   B60W 10/14 20120101ALI20220725BHJP
   B60G 17/0195 20060101ALI20220725BHJP
【FI】
B60W30/045
B60W10/06
B60W10/14
B60G17/0195
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2019014137
(22)【出願日】2019-01-30
(65)【公開番号】P2020121626
(43)【公開日】2020-08-13
【審査請求日】2021-08-24
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100059959
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 稔
(74)【代理人】
【識別番号】100067013
【弁理士】
【氏名又は名称】大塚 文昭
(74)【代理人】
【識別番号】100130937
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100162824
【弁理士】
【氏名又は名称】石崎 亮
(72)【発明者】
【氏名】今村 泰理
(72)【発明者】
【氏名】延谷 尚輝
(72)【発明者】
【氏名】梅津 大輔
【審査官】平井 功
(56)【参考文献】
【文献】特開平1-109122(JP,A)
【文献】特表2010-516556(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60W 10/00-10/30
B60W 30/00-60/00
B60G 1/00-99/00
G08G 1/00-99/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両システムであって、
前記車両を駆動するための動力源と、
前輪及び後輪と、
前記後輪の中心軸よりも上方に車体との取付部を有する懸架装置と、
前記動力源のトルクを前記前輪と前記後輪とに配分するトルク配分機構と、
ドライバにより操作されるステアリングホイールと、
前記ステアリングホイールの操作に対応する操舵角を検出する操舵角センサと、
前記動力源及び前記トルク配分機構を制御する制御器と、を有し、
前記制御器は、前記操舵角センサにより検出された前記ステアリングホイールの切り込み操作に基づき、前記後輪のトルクを増加させるように前記トルク配分機構を制御するよう構成され、
前記制御器は、前記動力源のトルクが所定値以上で且つ前記ステアリングホイールの切り込み操作が行われたときに、
前記ステアリングホイールの切り込み操作に基づき前記動力源の低減トルクを設定して、この低減トルクを適用したトルクが発生するように前記動力源を制御し、且つ、
前記後輪のトルクを増加させるための前記トルク配分機構の制御を抑制するよう構成されている、
ことを特徴とする車両システム。
【請求項2】
前記トルク配分機構は、前輪側からトルクが伝達される入力軸及び後輪側にトルクを伝達する出力軸を備えるカップリングを含み、前記動力源のトルクが所定値未満であるときに、前記出力軸の回転数が前記入力軸の回転数よりも低くなるように構成され、
前記制御器は、前記動力源のトルクが前記所定値未満で且つ前記ステアリングホイールの切り込み操作が行われたときに、前記カップリングの締結度合いを高くするように前記トルク配分機構を制御して前記後輪のトルクを増加させるよう構成されている、
請求項1に記載の車両システム。
【請求項3】
前記制御器は、前記ステアリングホイールが切り込み操作された後の前記車両の定常旋回時に、前記トルク配分機構による前記後輪のトルクの変更を抑制するよう構成されている、請求項1又は2に記載の車両システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、動力源のトルクを前輪と後輪とに配分するよう構成された車両の姿勢を制御する車両システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、前輪及び後輪を駆動する車両(四輪駆動車)において、動力源のトルクを前輪と後輪とに配分する技術が知られている。この技術では、車両の走行状態などに応じて、前輪と後輪とのトルク配分比が適宜制御される。例えば、特許文献1には、目標駆動トルクの微分値に応じて前輪に与える駆動トルクと後輪に与える駆動トルクとの配分を変更することで、ピッチング挙動の出始めに合わせてピッチングを抑制する技術が開示されている。この特許文献1に記載の技術では、車両が略直進走行している場合に発生するピッチングを抑制するようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2016-2991号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、人間は、車両のばね上でのピッチングの変化により、車両の荷重状態から旋回運動を認知すると考えられる。したがって、旋回時に車両に生じるピッチング変化が、ドライバによるステアリングホイールの操作に対して影響を与えるものと考えられる。例えば、ドライバによるステアリングホイールの切り込み操作時に(つまり車両のターンイン時)、車両において前傾方向にピッチングが発生すると、旋回時にドライバに与える応答感が向上するものと考えられる。このことから、ステアリングホイールの切り込み操作時に前傾方向のピッチングを車両に生成できると良いと言える。
【0005】
上記の特許文献1に記載されているように、従来から、四輪駆動車において、車両に発生するピッチングを抑制すべく、前輪と後輪とのトルク配分比を制御する技術が存在する。しかしながら、前輪と後輪とのトルク配分比を制御することで、車両に発生するピッチングを積極的に制御することは行われていなかった。例えば、車両の旋回時において、上述したような前傾方向のピッチングを車両に積極的に生成させるようにする制御は行われていなかった。
【0006】
本発明は、上述した従来技術の問題点を解決するためになされたものであり、ステアリングホイールの切り込み操作時において、前輪と後輪とのトルク配分比を制御して、所望のピッチングを車両に適切に生成することができる車両システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の目的を達成するために、本発明は、車両システムであって、車両を駆動するための動力源と、前輪及び後輪と、後輪の中心軸よりも上方に車体との取付部を有する懸架装置と、動力源のトルクを前輪と後輪とに配分するトルク配分機構と、ドライバにより操作されるステアリングホイールと、ステアリングホイールの操作に対応する操舵角を検出する操舵角センサと、動力源及びトルク配分機構を制御する制御器と、を有し、制御器は、操舵角センサにより検出されたステアリングホイールの切り込み操作に基づき、後輪のトルクを増加させるようにトルク配分機構を制御するよう構成され、制御器は、動力源のトルクが所定値以上で且つステアリングホイールの切り込み操作が行われたときに、ステアリングホイールの切り込み操作に基づき動力源の低減トルクを設定して、この低減トルクを適用したトルクが発生するように動力源を制御し、且つ、後輪のトルクを増加させるためのトルク配分機構の制御を抑制するよう構成されている、ことを特徴とする。
【0008】
このように構成された本発明では、動力源のトルクを前輪と後輪とに配分するトルク配分機構を有する車両(四輪駆動車)において、制御器は、ステアリングホイールの切り込み操作時に、つまり車両のターンイン時に、後輪のトルクを増加させるようにトルク配分機構を制御する。このように後輪のトルクが増加すると、後輪を車両前方へ推進させる力が、後輪から懸架装置を介して車体に伝達される。この場合、懸架装置は、後輪の中心軸から車体の取付部に向かって斜め上方に延びているので、後輪を車両前方へ推進させる力における上方向の成分の力が車体に生じる、つまり車体の後部を上向きに持ち上げる力が瞬間的に車体に作用する。その結果、車体を前傾させる方向のモーメントが生じて、前傾方向のピッチングを車体に生成することができる。このような前傾方向のピッチングを車体に生成させることで、ステアリングホイールの切り込み操作による車両のターンイン時に、ドライバに応答感を与えることができる。
また、上記のような前傾方向のピッチングを生成する方向のモーメントにより、車体の前部を下向きに沈み込ませる力が車体に作用し、車体の前部が沈み込んで前輪荷重が増大する。これにより、ステアリングホイールの切り込み操作に対する車両の旋回応答性を向上させることができる。
また、本発明では、動力源のトルクが所定値以上であるときにステアリングホイールの切り戻し操作が行われた場合には、後輪のトルクを増加させるためのトルク配分機構の制御を抑制して、ステアリングホイールの切り込み操作に応じて動力源のトルクを低減させる制御を実行する。このような制御の実行によっても、動力源のトルク低減によって車両に減速度を生じさせることで、ターンイン時に前傾方向のピッチングを車体に適切に生成することができる。また、本発明によれば、低減トルクに基づく動力源の制御が実行されている間は後輪のトルクを増加させるためのトルク配分機構の制御を抑制するので、これらの制御が両方実行されることで所望のピッチングが適切に生成できなくなるのを確実に抑制できる。
【0009】
本発明において、好ましくは、トルク配分機構は、前輪側からトルクが伝達される入力軸及び後輪側にトルクを伝達する出力軸を備えるカップリングを含み、動力源のトルクが所定値未満であるときに、出力軸の回転数が入力軸の回転数よりも低くなるように構成され、制御器は、動力源のトルクが所定値未満で且つステアリングホイールの切り込み操作が行われたときに、カップリングの締結度合いを高くするようにトルク配分機構を制御して後輪のトルクを増加させるよう構成されている。
【0010】
このように構成された本発明によれば、トルク配分機構は、動力源のトルクが所定値未満であるときに出力軸の回転数が入力軸の回転数よりも低くなるように構成されたカップリングを含んでおり、制御器は、動力源のトルクが所定値未満であるときにステアリングホイールの切り戻し操作が行われた場合には、そのようなカップリングの締結度合いを高くする制御を行う。こうすることで、カップリングの出力軸の回転数が増加することで、後輪のトルクが増加することとなる。したがって、本発明によれば、動力源がほとんどトルクを発生していないような状況においても、カップリングの制御によって後輪のトルクを適切に増加させることができ、その結果、上述した前傾方向のピッチングを車体に適切に生成することが可能となる。
【0013】
本発明において、好ましくは、制御器は、ステアリングホイールが切り込み操作された後の車両の定常旋回時に、トルク配分機構による後輪のトルクの変更を抑制するよう構成されている。
このように構成された本発明によれば、定常旋回時に車両のピッチング挙動を安定させることができ、ドライバに接地感を与えることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明の車両システムによれば、ステアリングホイールの切り込み操作時において、前輪と後輪とのトルク配分比を制御して、所望のピッチングを車両に適切に生成することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の実施形態による車両システムが適用された車両の全体構成を示すブロック図である。
図2】本発明の実施形態による車両システムの電気的構成を示すブロック図である。
図3】本発明の実施形態によるトルク配分比の基本的設定手法についての説明図である。
図4】後輪の配分トルクを増加又は減少させたときに車両に生成されるピッチングについての説明図である。
図5】本発明の実施形態による全体制御を示すフローチャートである。
図6】本発明の実施形態による低減トルク設定処理を示すフローチャートである。
図7】本発明の実施形態による付加減速度と操舵速度との関係を示すマップである。
図8】本発明の実施形態による目標ヨーモーメント設定処理を示すフローチャートである。
図9】本発明の実施形態によるトルク配分設定処理を示すフローチャートである。
図10】本発明の実施形態による目標ヨーレート及び目標横加速度を設定するためのマップである。
図11】本発明の実施形態による第1ゲイン及び第2ゲインを設定するためのマップである。
図12】本発明の実施形態による車両姿勢制御を実行した場合のタイムチャートの一例を示す。
図13】本発明の実施形態による車両姿勢制御を実行した場合のタイムチャートの別の例を示す。
図14】本発明の実施形態の変形例による全体制御を示すフローチャートである。
図15】本発明の実施形態の変形例による、操舵角に応じて後輪の配分トルクを設定するためのマップである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施形態による車両システムについて説明する。
【0017】
<システム構成>
まず、本発明の実施形態による車両システムの構成について説明する。図1は、本発明の実施形態による車両システムが適用された車両の全体構成を示すブロック図である。
【0018】
図1に示すように、車両1においては、操舵輪且つ主駆動輪である左右の前輪2aが車体前部に設けられ、補助駆動輪である左右の後輪2bが車体後部に設けられている。これら車両1の前輪2a及び後輪2bは、車体に対してサスペンション3により夫々支持されている。また、車両1の車体前部には、主として前輪2aを駆動する動力源(原動機)であるエンジン4が搭載されている。本実施形態においては、エンジン4は、ガソリンエンジンであるが、動力源としてディーゼルエンジンなどの内燃機関や、電力により駆動されるモータを使用してもよい。
【0019】
また、車両1は、フロントエンジン・フロントドライブ方式(FF方式)をベースとした四輪駆動車である。具体的には、車両1は、エンジン4からのトルクを設定されたギヤ比にて伝達するトランスミッション5aと、トランスミッション5aからのトルクを左右の前輪2aのそれぞれに伝達するフロントデファレンシャルギヤ5bと、後輪2bに伝達するトルクを取り出すトランスファーとしてのPTO(パワーテイクオフ(Power Take Off))5cと、PTO5cに連結され、車体前後方向に延びるプロペラシャフト5dと、プロペラシャフト5dに連結され、エンジン4のトルクのうちで後輪2bに配分するトルクを変化させることが可能な電磁カップリング5eと、電磁カップリング5eからのトルクを左右の後輪2bのそれぞれに伝達するリヤデファレンシャルギヤ5fと、を有している。
【0020】
具体的には、電磁カップリング5eは、前輪側からトルクが伝達される入力軸(不図示)がプロペラシャフト5dに連結され、後輪側にトルクを伝達する出力軸(不図示)がリヤデファレンシャルギヤ5fに連結されたカップリングを含む。電磁カップリング5eは、電磁コイルやカム機構やクラッチ(不図示)なども含み、本発明における「トルク配分機構」を構成する。電磁カップリング5eは、内部の電磁コイルに供給される電流に応じて、当該電磁カップリング5eにおける締結度合い(具体的には締結トルク)を可変に構成されている。このように締結度合いを変えることで、電磁カップリング5eは、プロペラシャフト5dからのトルクのうち、リヤデファレンシャルギヤ5fに伝達するトルク(つまり後輪2bに伝達するトルク)を変えられるようになっている。すなわち、エンジン4の出力トルクのうちで前輪2aに配分されるトルクと後輪2bに配分されるトルクとの比率であるトルク配分比が変更される。基本的には、電磁カップリング5eの締結度合いが高くなるほど、後輪2bに配分されるトルクが大きくなり、電磁カップリング5eの締結度合いが低くなるほど、後輪2bに配分されるトルクが小さくなる。
【0021】
また、車両1には、ステアリングホイール6(以下では単に「ステアリング」とも表記する。)などを含む操舵装置7が搭載されており、車両1の前輪2aは、このステアリングホイール6の回転操作に基づいて操舵(転舵)されるようになっている。加えて、前輪2a及び後輪2bの各々には、車両1に制動力を付与するためのブレーキ装置20aが設けられている。
【0022】
さらに、車両1は、操舵装置7の操舵角を検出する操舵角センサ8と、アクセルペダルの踏込量(アクセル開度)を検出するアクセル開度センサ10と、車速を検出する車速センサ12と、ヨーレートを検出するヨーレートセンサ13と、加速度を検出する加速度センサ14と、ブレーキペダルの踏込量を検出するブレーキ踏込量センサ15と、を有する。操舵角センサ8は、典型的にはステアリングホイール6の回転角度を検出するが、当該回転角度に加えて又は当該回転角度の代わりに、前輪2aの転舵角(タイヤ角)を検出してもよい。これらの各センサは、それぞれの検出信号をコントローラ50に出力する。
【0023】
次に、図2を参照して、本発明の実施形態による車両システムの電気的構成を説明する。図2は、本発明の実施形態による車両システムの電気的構成を示すブロック図である。
【0024】
本実施形態によるコントローラ50は、上述したセンサ8、10、12、13、14、15の検出信号の他、エンジン4の運転状態などを検出する各種センサが出力した検出信号に基づいて、エンジン4のスロットルバルブ4a、インジェクタ(燃料噴射弁)4b、点火プラグ4c、及び可変動弁機構4dに対する制御を行うべく、制御信号を出力する。
【0025】
また、コントローラ50は、上述したブレーキ装置20aを含むブレーキ制御システム20を制御する。ブレーキ制御システム20は、ブレーキ装置20aのホイールシリンダやブレーキキャリパにブレーキ液圧を供給するシステムである。ブレーキ制御システム20は、各車輪に設けられたブレーキ装置20aにおいて制動力を発生させるために必要なブレーキ液圧を生成する液圧ポンプ20bを備えている。液圧ポンプ20bは、例えばバッテリから供給される電力で駆動され、ブレーキペダルが踏み込まれていないときであっても、各ブレーキ装置20aにおいて制動力を発生させるために必要なブレーキ液圧を生成することが可能となっている。また、ブレーキ制御システム20は、各車輪のブレーキ装置20aへの液圧供給ラインに設けられた、液圧ポンプ20bから各車輪のブレーキ装置20aへ供給される液圧を制御するためのバルブユニット20c(具体的にはソレノイド弁)を備えている。例えば、バッテリからバルブユニット20cへの電力供給量を調整することによりバルブユニット20cの開度が変更される。また、ブレーキ制御システム20は、液圧ポンプ20bから各車輪のブレーキ装置20aへ供給される液圧を検出する液圧センサ20dを備えている。液圧センサ20dは、例えば各バルブユニット20cとその下流側の液圧供給ラインとの接続部に配置され、各バルブユニット20cの下流側の液圧を検出し、検出値をコントローラ50に出力する。このようなブレーキ制御システム20は、コントローラ50から入力された制動力指令値や液圧センサ20dの検出値に基づき、各車輪のホイールシリンダやブレーキキャリパのそれぞれに独立して供給する液圧を算出し、それらの液圧に応じて液圧ポンプ20bの回転数やバルブユニット20cの開度を制御する。
【0026】
コントローラ50は、図示しないPCM(Power-train Control Module)などを備えている。このコントローラ50は、1つ以上のプロセッサ、当該プロセッサ上で解釈実行される各種のプログラム(OSなどの基本制御プログラムや、OS上で起動され特定機能を実現するアプリケーションプログラムを含む)、及びプログラムや各種のデータを記憶するためのROMやRAMの如き内部メモリを備えるコンピュータにより構成される。
【0027】
また、コントローラ50は、電磁カップリング5eに対する制御も行う。具体的には、コントローラ50は、電磁カップリング5eに供給する印加電流を調整して、前輪2aと後輪2bとのトルク配分比を制御する。
【0028】
ここで、図3を参照して、本発明の実施形態においてトルク配分比を設定する基本的な手法について説明する。図3は、横軸にトルク配分比(具体的には「前輪2aに配分するトルク:後輪2bに配分するトルク」)を示し、縦軸にエネルギー損失を示している。具体的には、グラフE1は、トルク配分比に対する前輪2a(駆動輪)のスリップによるエネルギー損失を示し、グラフE2は、トルク配分比に対する後輪2b(補助駆動輪)のスリップによるエネルギー損失を示し、グラフE3は、トルク配分比に対する、後輪2b(補助駆動輪)への動力伝達によるトルク伝達機構(プロペラシャフト5dや電磁カップリング5eやリヤデファレンシャルギヤ5fなど)の機械損失に対応するエネルギー損失を示している。
【0029】
グラフE1に示すように、トルク配分比が右に進むほど、つまり後輪2bへのトルク配分量が多くなるにつれて、前輪2aのスリップによるエネルギー損失が減る。一方で、グラフE2に示すように、後輪2bへのトルク配分量が多くなるにつれて、後輪2bのスリップによるエネルギー損失が増え、また、グラフE3に示すように、後輪2bへのトルク配分量が多くなるにつれて、後輪2bへの動力伝達による機械損失に対応するエネルギー損失が増える。本実施形態では、コントローラ50は、基本的には、これら3つのエネルギー損失E1、E2、E3の総和を求めて、このエネルギー損失の総和が最小となるようなトルク配分比を決定する。そして、コントローラ50は、決定したトルク配分比が実現されるように、電磁カップリング5eに供給する印加電流を制御する。
【0030】
なお、本発明における車両システムは、主に、動力源としてのエンジン4と、前輪2a及び後輪2bと、懸架装置としてのサスペンション3と、トルク配分機構としての電磁カップリング5eと、ステアリングホイール6と、操舵角センサ8と、制御器としてのコントローラ50と、により構成される。
【0031】
<制御内容>
次に、本実施形態においてコントローラ50が実行する制御内容について説明する。
【0032】
まず、図4を参照して、本実施形態による制御内容の概要について説明する。図4(A)は、後輪2bへ配分するトルクを増加させるよう電磁カップリング5eを制御したときに車両1に生成されるピッチングについての説明図であり、図4(B)は、後輪2bへ配分するトルクを減少させるよう電磁カップリング5eを制御したときに車両1に生成されるピッチングについての説明図である。図4(A)及び(B)に示すように、車両1の車体1aは前輪2a及び後輪2bとの間でサスペンション3により懸架されており、このサスペンション3は、後輪2bの中心軸2b1(前輪2aの中心軸2a1も同様)よりも上方に車体1aとの取付部3aを有する。
【0033】
本実施形態では、図4(A)に示すように、コントローラ50は、操舵角センサ8により検出されたステアリング6の切り込み操作に基づき、電磁カップリング5eの締結度合いを高くする制御を行う。つまり、コントローラ50は、車両1のターンイン時に、後輪2bへ配分するトルクを増加するよう電磁カップリング5eを制御する。
【0034】
このように後輪2bへ配分するトルクが増加すると、後輪2bを車両前方へ推進させる力F1が、後輪2bからサスペンション3を介して車体1aに伝達される。この場合、後輪2bの中心軸2b1から車体1aの取付部3aに向かってサスペンション3が斜め上方に延びているので、後輪2bを車両前方へ推進させる力F1における上方向の成分の力F11が車体1aに生じる、つまり車体1aの後部を上向きに持ち上げる力F11が瞬間的に車体1aに作用する。その結果、図4(A)に示すようなモーメントY1が生じて、前傾方向のピッチングが車体1aに生成される。このようにターンイン時に前傾方向のピッチングを車体1aに生成させると、ドライバに応答感を与えることができる。
【0035】
また、前傾方向のピッチングを生成する方向のモーメントY1により、車体1aの前部を下向きに沈み込ませる力F12が車体1aに作用し、車体1aの前部が沈み込んで前輪荷重が増大する。これにより、ステアリング6の切り込み操作に対する車両1の旋回応答性を向上させることができる。なお、上記のように後輪2bのトルクを増加させると、車体1aを前傾させる瞬間的な力の他に、車体1aを後傾させる慣性力も発生することが考えられるが、ステアリング6の切り込み操作に対する車両応答性に対しては後輪2bのトルク増加による瞬間的な車体1aを前傾させる力が支配的に寄与する。
【0036】
ここで、本実施形態では、コントローラ50は、上述したような後輪2bへ配分するトルクを増加させて前傾方向のピッチングを車体1aに生成させるための制御を(以下では適宜「第1車両姿勢制御」と呼ぶ。)、エンジン4のトルクが所定値未満で(典型的にはアクセルオフの場合)、且つステアリング6の切り込み操作が行われた場合にのみ実施する。他方で、コントローラ50は、ステアリング6の切り込み操作が行われた場合であっても、エンジン4のトルクが所定値以上である場合には(典型的にはアクセルオンの場合)、第1車両姿勢制御を実施せずに、ステアリング6の切り込み操作に基づきエンジン4の低減トルクを設定して、エンジン4のトルクを低減トルクだけ低減する制御(以下では適宜「第2車両姿勢制御」と呼ぶ。)を行う。この第2車両姿勢制御によれば、トルクの低減により車両1に減速度が生じることで、前輪荷重が増大して、ステアリング6の切り込み操作に対する車両1の旋回応答性を向上させることができる。
【0037】
以上のように、本実施形態では、コントローラ50は、ステアリング6の切り込み操作時に、エンジン4のトルクが所定値未満である場合には、低減トルクに基づきエンジン4のトルクを適切に低減することができないので、電磁カップリング5eによって後輪2bへ配分するトルクを増加するための制御(第1車両姿勢制御)を行って所望の車両姿勢(前傾方向のピッチング状態)を実現する。これに対して、コントローラ50は、ステアリング6の切り込み操作時に、エンジン4のトルクが所定値以上である場合には、エンジン4のトルクを適切に低減することができるので、第1車両姿勢制御の実行を抑制して、ステアリング6の切り込み操作に応じてトルクを低減するようにエンジン4に対する制御(第2車両姿勢制御)を行う。この場合には、コントローラ50は、第1車両姿勢制御における電磁カップリング5eによるトルク配分比の変更を制限する(例えば後輪2bに配分するトルクの増加率に対して制限を課す)。こうするのは、第2車両姿勢制御の実行中に第1車両姿勢制御をそのまま実行すると、所望のピッチングを適切に生成できなくなるからである。
【0038】
なお、エンジン4のトルクが所定値未満である場合に第1車両姿勢制御により後輪2bのトルクを増加できる理由、つまりエンジン4がほとんどトルクを発生していないにも関わらずに後輪2bのトルクを増加できる理由は、以下の通りである。電磁カップリング5eは、エンジン4のトルクが所定値未満である場合に(典型的にはアクセルオフの場合)、後輪側にトルクを伝達する出力軸の回転数が、前輪側からトルクが伝達される入力軸の回転数よりも低くなるようになっている。換言すると、PTO5c及びリヤデファレンシャルギヤ5fのギヤ比の設定により、電磁カップリング5eの出力側(後輪側)にあるリヤデファレンシャルギヤ5fの入力軸の回転数が、電磁カップリング5eの入力側(前輪側)にあるプロペラシャフト5dの回転数よりも低くなっている。このような状況において、上述したようにステアリング6の切り込み操作に応じて電磁カップリング5eの締結度合い(締結トルク)を高くすると、電磁カップリング5eの出力軸の回転数が増加することで、具体的には電磁カップリング5eの入力軸の回転速度が減速する分だけ電磁カップリング5eの出力軸の回転速度が増速することで、後輪2bに付与されるトルクが瞬間的に増加するのである。
【0039】
更に、本実施形態では、図4(B)に示すように、コントローラ50は、操舵角センサ8により検出されたステアリング6の切り戻し操作に基づき、電磁カップリング5eの締結度合いを低くする制御を行う。つまり、コントローラ50は、車両1のターンアウト時に、後輪2bへ配分するトルクを減少するよう電磁カップリング5eを制御する。
【0040】
このように後輪2bへ配分するトルクが減少すると、後輪2bを車両後方へ引っ張る力F2が、後輪2bからサスペンション3を介して車体1aに伝達される。この場合、車体1aの取付部3aから後輪2bの中心軸2b1に向かってサスペンション3が斜め下方に延びているので、後輪2bを車両後方へ引っ張る力F2における下方向の成分の力F21が車体1aに生じる、つまり車体1aの後部を下向きに沈み込ませる力F21が瞬間的に車体1aに作用する。その結果、図4(B)に示すようなモーメントY2が生じて、後傾方向のピッチングが車体1aに生成される。このようにターンアウト時に後傾方向のピッチングを車体1aに生成させると、ドライバに安定感を与えることができる。
【0041】
また、後傾方向のピッチングを生成する方向のモーメントY2により、車体1aの前部を上向きに持ち上げる力F22が車体1aに作用し、車体1aの前部が浮き上がって前輪荷重が減少する。これにより、ステアリング6の切り戻し操作に対する車両応答性、つまり旋回からの復帰性能(車両1の直進方向への復帰性能)を向上させることができる。以下では、このようにステアリング6の切り戻し操作時に後輪2bへ配分するトルクを減少させて後傾方向のピッチングを車体1aに生成させるための制御を、適宜「第3車両姿勢制御」と呼ぶ。なお、上記のように後輪2bのトルクを減少させると、車体1aを後傾させる瞬間的な力の他に、車体1aを前傾させる慣性力も発生することが考えられるが、ステアリング6の切り戻し操作に対する車両応答性に対しては後輪2bのトルク減少による瞬間的な車体1aを後傾させる力が支配的に寄与する。
【0042】
更に、本実施形態では、コントローラ50は、ステアリング6の切り戻し操作時に、後輪2bへ配分するトルクを減少させる制御(第3車両姿勢制御)に加えて、車両1に発生しているヨーレートとは逆回りのヨーモーメントを車両1に付加するように、旋回外輪に制動力を付与するようにブレーキ装置20aに対する制御(以下では適宜「第4車両姿勢制御」と呼ぶ。)を行う。これにより、旋回からの復帰性能をより効果的に向上させることができる。
【0043】
次に、図5乃至図11を参照して、本実施形態においてコントローラ50が実行する制御内容について具体的に説明する。図5は、本発明の実施形態による全体制御を示すフローチャートである。図6は、図5の全体制御において実行される、本発明の実施形態による低減トルク設定処理を示すフローチャートであり、図7は、図6の低減トルク設定処理で用いられる、本発明の実施形態による付加減速度と操舵速度との関係を示すマップである。図8は、図5の全体制御において実行される、本発明の実施形態による目標ヨーモーメント設定処理を示すフローチャートである。図9は、図5の全体制御において実行される、本発明の実施形態によるトルク配分設定処理を示すフローチャートであり、図10は、図9のトルク配分設定処理で用いられる、本発明の実施形態による目標ヨーレート及び目標横加速度を設定するためのマップであり、図11は、図9のトルク配分設定処理で用いられる、本発明の実施形態による第1ゲイン及び第2ゲインを設定するためのマップである。
【0044】
図5の制御処理は、車両1のイグニッションがオンにされ、コントローラ50に電源が投入された場合に起動され、所定周期(例えば50ms)で繰り返し実行される。この制御処理が開始されると、ステップS11において、コントローラ50は、コントローラ50は、車両1の運転状態に関する各種センサ情報を取得する。具体的には、コントローラ50は、操舵角センサ8が検出した操舵角、アクセル開度センサ10が検出したアクセル開度、車速センサ12が検出した車速、ヨーレートセンサ13が検出したヨーレート、加速度センサ14が検出した加速度、ブレーキ踏込量センサ15が検出したブレーキペダルの踏込量、エンジン回転数、車両1のトランスミッション5aに現在設定されているギヤ段等を含む、上述した各種センサが出力した検出信号を運転状態に関する情報として取得する。
【0045】
次いで、ステップS12において、コントローラ50は、図6に示すような、ステアリング操作に基づき車両1に減速度を付加するためのトルク(低減トルク)を設定する低減トルク設定処理を実行する。このステップS12においては、コントローラ50は、操舵装置7の操舵角の増加に応じて、つまりステアリング6の切り込み操作に応じて、エンジン4のトルクを低減させるための低減トルクを設定する。本実施形態では、コントローラ50は、ステアリング6が切り込み操作されたときに、トルクを一時的に低減させて車両1に減速度を付加することにより、車両姿勢を制御するようにする(第2車両姿勢制御)。
【0046】
図6に示すように、低減トルク設定処理が開始されると、ステップS21において、コントローラ50は、操舵装置7の操舵角(絶対値)が増加しているか否か、つまりステアリング6が切り込み操作されているか否かを判定する。その結果、操舵角が増加していると判定された場合(ステップS21:Yes)、コントローラ50は、ステップS22に進み、操舵速度が所定の閾値S1以上であるか否かを判定する。この場合、コントローラ50は、図5のステップS11において操舵角センサ8から取得した操舵角に基づき操舵速度を算出し、その値が閾値S1以上であるか否かを判定する。
【0047】
ステップS22の結果、操舵速度が閾値S1以上であると判定された場合(ステップS22:Yes)、ステップS23に進み、コントローラ50は、操舵速度に基づき付加減速度を設定する。この付加減速度は、ドライバの意図に沿って車両姿勢を制御するために、ステアリング操作に応じて車両1に付加すべき減速度である。
【0048】
具体的には、コントローラ50は、図7のマップに示す付加減速度と操舵速度との関係に基づき、ステップS22において算出した操舵速度に対応する付加減速度を設定する。図7における横軸は操舵速度を示し、縦軸は付加減速度を示す。図7に示すように、操舵速度が閾値S1以下である場合、対応する付加減速度は0である。即ち、操舵速度が閾値S1以下である場合、コントローラ50は、ステアリング操作に基づき車両1に減速度を付加するための制御を実行しない。
【0049】
一方、操舵速度が閾値S1を超えている場合には、操舵速度が増大するに従って、この操舵速度に対応する付加減速度は、所定の上限値Dmaxに漸近する。即ち、操舵速度が増大するほど付加減速度は増大し、且つ、その増大量の増加割合は小さくなる。この上限値Dmaxは、ステアリング操作に応じて車両1に減速度を付加しても、制御介入があったとドライバが感じない程度の減速度に設定される(例えば0.5m/s2≒0.05G)。さらに、操舵速度が閾値S1よりも大きい閾値S2以上の場合には、付加減速度は上限値Dmaxに維持される。
【0050】
次いで、ステップS24において、コントローラ50は、ステップS23で設定した付加減速度に基づき、低減トルクを設定する。具体的には、コントローラ50は、エンジン4のトルクの増加により付加減速度を実現するために必要となる低減トルクを、図5のステップS11において取得された現在の車速、ギヤ段、路面勾配等に基づき決定する。ステップS24の後、コントローラ50は低減トルク設定処理を終了し、図5のメインルーチンに戻る。
【0051】
他方で、ステップS21において操舵角が増加していないと判定された場合(ステップS21:No)、又は、ステップS22において操舵速度が閾値S1未満であると判定された場合(ステップS22:No)、コントローラ50は、低減トルクの設定を行うことなく低減トルク設定処理を終了し、図5のメインルーチンに戻る。この場合、低減トルクは0となる。
【0052】
図5に戻ると、コントローラ50は、上記の低減トルク設定処理(ステップS12)の後、ステップS13に進み、図8の目標ヨーモーメント設定処理を実行し、第4車両姿勢制御において車両1に付加すべき目標ヨーモーメントを設定する。
【0053】
図8に示すように、目標ヨーモーメント設定処理が開始されると、ステップS31において、コントローラ50は、図5のステップS11において取得した操舵角及び車速に基づき目標ヨーレート及び目標横ジャークを算出する。1つの例では、コントローラ50は、車速に応じた係数を操舵角に乗ずることにより目標ヨーレートを算出する。また、コントローラ50は、操舵速度及び車速に基づき目標横ジャークを算出する。
【0054】
次いで、ステップS32において、コントローラ50は、図5のステップS11において取得したヨーレートセンサ13が検出したヨーレート(実ヨーレート)とステップS31で算出した目標ヨーレートとの差(ヨーレート差)Δγを算出する。
【0055】
次いで、ステップS33において、コントローラ50は、ステアリング6の切り戻し操作中(即ち操舵角が減少中)であり、且つ、ヨーレート差Δγを時間微分することで得られるヨーレート差の変化速度Δγ′が所定の閾値Y1以上であるか否かを判定する。その結果、切り戻し操作中且つヨーレート差の変化速度Δγ′が閾値Y1以上である場合、ステップS34に進み、コントローラ50は、ヨーレート差の変化速度Δγ′に基づき、車両1の実ヨーレートとは逆回りのヨーモーメントを第1の目標ヨーモーメントとして設定する。具体的には、コントローラ50は、所定の係数をヨーレート差の変化速度Δγ′に乗ずることにより、第1の目標ヨーモーメントの大きさを算出する。
【0056】
一方、ステップS33において、ステアリングホイール6の切り戻し操作中ではない(即ち操舵角が一定又は増大中である)場合、ステップS35に進み、コントローラ50は、ヨーレート差の変化速度Δγ′が実ヨーレートが目標ヨーレートより大きくなる方向(即ち車両1の挙動がオーバーステアとなる方向)であり且つヨーレート差の変化速度Δγ′が閾値Y1以上であるか否かを判定する。具体的には、コントローラ50は、目標ヨーレートが実ヨーレート以上の状況の下でヨーレート差が減少している場合や、目標ヨーレートが実ヨーレート未満の状況の下でヨーレート差が増大している場合に、ヨーレート差の変化速度Δγ′は実ヨーレートが目標ヨーレートより大きくなる方向であると判定する。
【0057】
その結果、ヨーレート差の変化速度Δγ′が実ヨーレートが目標ヨーレートより大きくなる方向であり且つヨーレート差の変化速度Δγ′が閾値Y1以上である場合、ステップS34に進み、コントローラ50は、ヨーレート差の変化速度Δγ′に基づき、車両1の実ヨーレートとは逆回りのヨーモーメントを第1の目標ヨーモーメントとして設定する。
【0058】
ステップS34の後、又は、ステップS35においてヨーレート差の変化速度Δγ′が実ヨーレートが目標ヨーレートより大きくなる方向ではないかヨーレート差の変化速度Δγ′が閾値Y1未満である場合、ステップS36に進み、コントローラ50は、ステアリング6の切り戻し操作中(即ち操舵角が減少中)であり、且つ、操舵速度が所定の閾値S3以上であるか否かを判定する。
【0059】
その結果、切り戻し中且つ操舵速度が閾値S3以上である場合、ステップS37に進み、コントローラ50は、ステップS31で算出した目標横ジャークに基づき、車両1の実ヨーレートとは逆回りのヨーモーメントを第2の目標ヨーモーメントとして設定する。具体的には、コントローラ50は、所定の係数を目標横ジャークに乗ずることにより、第2の目標ヨーモーメントの大きさを算出する。
【0060】
ステップS37の後、又は、ステップS36においてステアリングホイール6の切り戻し操作中ではない(即ち操舵角が一定又は増大中である)か操舵速度が閾値S3未満である場合、ステップS38に進み、コントローラ50は、ステップS34で設定した第1の目標ヨーモーメントとステップS37で設定した第2の目標ヨーモーメントとの内、大きい方をヨーモーメント指令値に設定する。ステップS38の後、コントローラ50は、目標ヨーモーメント設定処理を終了し、図5のメインルーチンに戻る。
【0061】
図5に戻ると、コントローラ50は、上記の目標ヨーモーメント設定処理(ステップS13)の後、ステップS14に進み、図9のトルク配分設定処理を実行し、電磁カップリング5eの制御により実現すべき、前輪2aと後輪2bとのトルク配分比を設定する。特に、コントローラ50は、電磁カップリング5eの制御により後輪2bに対して最終的に配分すべきトルク(以下では「最終配分トルク」と呼ぶ。)を設定する。
【0062】
図9に示すように、トルク配分設定処理が開始されると、ステップS41において、コントローラ50は、図5のステップS11において取得した車速、アクセル開度及びブレーキペダルの踏込量などに基づき目標加減速度を設定する。1つの例では、コントローラ50は、種々の車速及び種々のギヤ段について規定された加減速度特性マップ(予め作成されてメモリなどに記憶されている)の中から、現在の車速及びギヤ段に対応する加減速度特性マップを選択し、選択した加減速度特性マップを参照して現在のアクセル開度及びブレーキペダルの踏込量などに対応する目標加減速度を設定する。
【0063】
次いで、ステップS42において、コントローラ50は、ステップS41において設定した目標加減速度を実現するためにエンジン4が発生すべき目標トルクを決定する。この場合、コントローラ50は、現在の車速、ギヤ段、路面勾配、路面μなどに基づき、エンジン4が出力可能なトルクの範囲内で、目標トルクを決定する。
【0064】
次いで、ステップS43において、コントローラ50は、前輪2aと後輪2bの接地荷重比と、ステップS42において設定した目標トルクに基づき、後輪2bに配分可能な最大のトルク(最大配分トルク)を設定する。具体的には、コントローラ50は、前輪2aと後輪2bの接地荷重比に応じて目標トルクを前輪2aと後輪2bに配分し(例えば接地荷重比が「7:3」であれば、目標トルクを「7:3」で前輪2aと後輪2bに配分する)、こうして後輪2bに配分されたトルクを最大配分トルクとして設定する。なお、1つの例では、コントローラ50は、車両1の停車時の接地荷重比(例えば「6:4」)を基準として用いて、車両1に現在発生する加減速度の大きさなどに基づき、車両1の現在の接地荷重比を算出する。
【0065】
次いで、ステップS44において、コントローラ50は、図10(A)~(F)のマップを参照して、図5のステップS11において取得した現在の操舵角及び車速に対応する目標ヨーレート及び目標横加速度(目標横G)を設定する。図10(A)~(F)のマップは、それぞれ、異なる操舵角θ、2θ、3θ、4θ、5θ、6θ(θ<2θ<3θ<4θ<5θ<6θ)について、車速(横軸)に応じて設定すべき目標ヨーレート(縦軸)及び目標横加速度(縦軸)が規定されている。目標ヨーレートは破線で示し、目標横加速度は実線で示している。図10(A)~(F)に示すように、目標ヨーレートについては、車速が所定値未満の領域では、車速が高くなると目標ヨーレートが大きくなり、車速が当該所定値以上の領域では、車速が高くなると目標ヨーレートが小さくなるという傾向があり、また、目標横加速度については、車速が高くなるほど目標横加速度が大きくなり、且つ、その増大量の増加割合が小さくなるという傾向がある。更に、目標ヨーレート及び目標横加速度の両方とも、基本的には、操舵角が大きくなるほど(θ→2θ→3θ…→6θ)、目標ヨーレート及び目標横加速度がより大きくなるという傾向がある。なお、図10(A)~(F)において、点Pは、目標ヨーレートと目標横加速度との大小関係が入れ替わる車速に対応する。また、図10(A)~(F)では、6つの操舵角に対応するマップを示したが、実際には6よりも多い操舵角に対応するマップが用意されている。
【0066】
次いで、ステップS45において、コントローラ50は、図11(A)のマップを参照して、ステップS44において設定した目標ヨーレートに対応する第1ゲインを設定する。この第1ゲインは、第1又は第3車両姿勢制御において、所望のピッチングを車体1aに生成させるべく、電磁カップリング5eにより後輪2bへ配分するトルクを増加又は減少させるために適用される値である。図11(A)に示すように、目標ヨーレート(横軸)が大きくなるほど、第1ゲイン(縦軸)が大きくなるようにマップが規定されている。具体的には、このマップは、目標ヨーレートと第1ゲインとの関係が非線形になっており、目標ヨーレートが増大するに従って、第1ゲインが所定の上限値に設定されるか又は当該上限値に漸近するよう規定されている。このマップによれば、目標ヨーレートが増大するほど第1ゲインは増大し、且つ、その増大量の増加割合は小さくなる。
【0067】
次いで、ステップS46において、コントローラ50は、図11(B)のマップを参照して、ステップS44において設定した目標横加速度に対応する第2ゲインを設定する。この第2ゲインも、第1又は第3車両姿勢制御において、所望のピッチングを車体1aに生成させるべく、電磁カップリング5eにより後輪2bへ配分するトルクを増加又は減少させるために適用される値である。図11(B)に示すように、目標横加速度(横軸)が大きくなるほど、第2ゲイン(縦軸)が大きくなるようにマップが規定されている。具体的には、このマップは、目標横加速度が所定値未満の領域では、目標横加速度と第2ゲインとの関係がほぼ線形になっており、目標横加速度が所定値以上の領域では、目標横加速度の大きさによらずに、第2ゲインが所定の上限値に設定されるように規定されている。
【0068】
次いで、ステップS47において、コントローラ50は、ステップS44において設定した目標ヨーレートが所定値以上で、且つステップS44において設定した目標横加速度が所定値以上であるか否かを判定している。ここでは、コントローラ50は、本実施形態による車両姿勢制御を実行すべき状況であるか否か、つまりステアリング6の切り込み操作又は切り戻し操作による旋回状態にあるか否かを判定している。
【0069】
その結果、目標ヨーレートが所定値以上で且つ目標横加速度が所定値以上である場合(ステップS47:Yes)、ステップS48に進み、コントローラ50は、ステップS45において設定した第1ゲインと、ステップS46において設定した第2ゲインとのうちで大きい方のゲインを、ステップS43において設定した最大配分トルクに対して乗算することで、後輪2bへの最終配分トルクを設定する。つまり、コントローラ50は、第1ゲイン及び第2ゲインのうちで最大配分トルクをより大きく変更することが可能なゲインを採用して、最大配分トルクを変更して最終配分トルクを設定する。
【0070】
ここで、ステアリング6の切り込み操作時には、操舵角が大きくなっていくので、設定される目標ヨーレート及び目標横加速度が大きくなって(図10参照)、第1ゲイン及び第2ゲインが大きくなる(図11参照)。その結果、後輪2bの最大配分トルクに対して第1ゲイン又は第2ゲインを適用することで、後輪2bの最終配分トルクが増加することとなる。これにより、ステアリング6の切り込み操作時に、前傾方向のピッチングを車体1aに生成させるべく後輪2bへ配分するトルクを増加させる制御(第1車両姿勢制御)が実現されるのである。他方で、ステアリング6の切り戻し操作時には、操舵角が小さくなっていくので、設定される目標ヨーレート及び目標横加速度が小さくなって(図10参照)、第1ゲイン及び第2ゲインが小さくなる(図11参照)。その結果、後輪2bの最大配分トルクに対して第1ゲイン又は第2ゲインを適用すると、後輪2bの最終配分トルクが減少することとなる。これにより、ステアリング6の切り戻し操作時に、後傾方向のピッチングを車体1aに生成させるべく後輪2bへ配分するトルクを減少させる制御(第3車両姿勢制御)が実現されるのである。
【0071】
他方で、目標ヨーレートが所定値以上で且つ目標横加速度が所定値以上でない場合(ステップS48:No)、ステップS49に進む。この場合には、車両1が旋回状態にないため、本実施形態による車両姿勢制御を実行すべき状況ではないので、コントローラ50は、ステップS49において、エネルギー損失の総和が最小となる最終配分トルクを設定する。具体的には、コントローラ50は、図3のマップを参照して、適用すべき前輪2aと後輪2bとのトルク配分比を設定する。すなわち、コントローラ50は、前輪2aのスリップによるエネルギー損失と、後輪2bのスリップによるエネルギー損失と、後輪2bへの動力伝達によるトルク伝達機構の機械損失に対応するエネルギー損失との総和を求め、このエネルギー損失の総和が最小となるようなトルク配分比を決定する。そして、コントローラ50は、このトルク配分比に対応する最終配分トルクを設定する。
【0072】
このようなステップS48又はS49の後、コントローラ50は、トルク配分設定処理を終了し、図5のメインルーチンに戻る。
【0073】
図5に戻ると、コントローラ50は、上記のトルク配分設定処理(ステップS14)の後、ステップS15に進み、現在のエンジン4のトルク(実トルク)が所定値以上で、且つ低減トルクが有るか否か(つまり図6の低減トルク設定処理(ステップS12)において低減トルクが設定されたか否か)を判定している。エンジン4のトルクの判定において適用する所定値には、低減トルクに対応する値(例えば想定される低減トルクの最大値に基づく値)が用いられる。こうすると、エンジン4のトルクが所定値以上であるか否かを判定することにより、エンジン4が低減トルクを実現可能な状態であるか否か、つまり低減トルクに基づきエンジン4のトルクを適切に低減できる状態であるか否かを判断できる。典型的には、アクセルオフの場合には、エンジン4のトルクが所定値未満となり、低減トルクに基づきエンジン4のトルクを適切に低減することができない。
【0074】
ステップS15の結果、エンジン4のトルクが所定値以上で且つ低減トルクが有る場合(ステップS15:Yes)、コントローラ50は、ステップS16に進む。この場合には、低減トルクが設定されており、エンジン4がこの低減トルクを実現可能な状態にあるので、コントローラ50は、ステアリング6の切り込み操作に応じてエンジン4のトルクを低減トルクだけ低減する制御(第2車両姿勢制御)を実施するようにする一方で、電磁カップリング5eによるトルク配分比の変更を制限する(ステップS16)。すなわち、コントローラ50は、図9のトルク配分設定処理(ステップS14)により設定された最終配分トルクを実現するためのトルク配分比の変更を制限する。1つの例では、コントローラ50は、トルク配分比の変化速度が所定の制限速度未満となるように、典型的にはトルク配分比が一定の制限速度にて変化するように、電磁カップリング5eを制御する。他の例では、コントローラ50は、トルク配分比を一定に維持すべく、電磁カップリング5eによるトルク配分比の変更を禁止する。このようなステップS16の後、コントローラ50は、ステップS17に進む。
【0075】
他方で、エンジン4のトルクが所定値未満である場合、又は低減トルクが無い場合(ステップS15:No)、コントローラ50は、上記のステップS16の制御を行わずに、ステップS17に進む。こうしてステップS17に進む状況は、アクセルオフなどによりエンジン4のトルクが所定値未満である場合に加えて、車両1がほぼ直進走行している場合、車両1がステアリング6の切り込み操作後で切り戻し操作前に定常旋回を行っている場合、及び、車両1がステアリング6の切り戻し操作による旋回からの復帰動作を行っている場合などの、低減トルクが設定されない場合に該当する。このような場合には、コントローラ50は、図9のトルク配分設定処理(ステップS14)により設定された最終配分トルクに基づき制御を行うこととなる(図8の目標ヨーモーメント設定処理(ステップS13)により設定された目標ヨーモーメントも含む)。これにより、エンジン4のトルクが所定値未満であるときに、ステアリング6の切り込み操作に応じて低減トルクが設定された場合には、第2車両姿勢制御の代わりに、第1車両姿勢制御が行われることとなり、また、ステアリング6の切り戻し操作が行われた場合には、第3車両姿勢制御が行われることとなる(この場合には第4車両姿勢制御も行われる)。
【0076】
次いで、コントローラ50は、ステップS17において、上述した処理結果に応じて各アクチュエータ制御量を設定し、ステップS18において、設定した制御量に基づき各アクチュエータへ制御指令を出力する。具体的には、コントローラ50は、図6の低減トルク設定処理により設定された低減トルクに基づき制御(第2車両姿勢制御)を行う場合には、エンジン4へ制御指令を出力する。例えば、コントローラ50は、点火プラグ4cの点火時期を、低減トルクを適用しない元のトルクを発生させるための点火時期よりも遅角させる(リタードする)。また、点火時期の遅角に代えて、あるいはそれと共に、コントローラ50は、スロットルバルブ4aのスロットル開度を小さくしたり、下死点後に設定されている吸気バルブの閉時期を遅角させるよう可変動弁機構4dを制御したりすることによって、吸入空気量を減少させる。この場合、コントローラ50は、所定の空燃比が維持されるように、吸入空気量の減少に対応して、インジェクタ4bによる燃料噴射量を減少させる。なお、エンジン4がディーゼルエンジンである場合、コントローラ50は、インジェクタ4bによる燃料噴射量を、低減トルクを適用しない元のトルクを発生させるための燃料噴射量よりも減少させる。
【0077】
また、コントローラ50は、図9のトルク配分設定処理により設定された最終配分トルクに基づき制御を行う場合には、電磁カップリング5eへ制御指令を出力する。具体的には、コントローラ50は、設定された最終配分トルクを後輪2bに付与すべく、この最終配分トルクに対応する締結度合い(締結トルク)に設定されるように電磁カップリング5eを制御する。この場合、コントローラ50は、後輪2bの最終配分トルクに応じた印加電流を、電磁カップリング5eに供給する。なお、コントローラ50は、図5のステップS16の処理が行われた場合には、トルク配分比の変更を制限するように電磁カップリング5eを制御する。
【0078】
また、コントローラ50は、図8の目標ヨーモーメント設定処理により設定された目標ヨーモーメントに基づき制御を行う場合には、この目標ヨーモーメントがブレーキ装置20aにより車両1に付加されるように、ブレーキ制御システム20へ制御指令を出力する。ブレーキ制御システム20は、ヨーモーメント指令値と液圧ポンプ20bの回転数との関係を規定したマップを予め記憶しており、このマップを参照することにより、目標ヨーモーメント設定処理において設定されたヨーモーメント指令値に対応する回転数で液圧ポンプ20bを作動させる(例えば、液圧ポンプ20bへの供給電力を上昇させることにより、制動力指令値に対応する回転数まで液圧ポンプ20bの回転数を上昇させる)。加えて、ブレーキ制御システム20は、例えば、ヨーモーメント指令値とバルブユニット20cの開度との関係を規定したマップを予め記憶しており、このマップを参照することにより、ヨーモーメント指令値に対応する開度となるようにバルブユニット20cを個々に制御し(例えば、ソレノイド弁への供給電力を上昇させることにより、制動力指令値に対応する開度までソレノイド弁の開度を増大させる)、各車輪の制動力を調整する。
【0079】
<作用及び効果>
次に、本発明の実施形態による車両システムによる作用及び効果について説明する。
【0080】
図12は、車両1がターンイン、定常旋回及びターンアウトを順に行っているときに本発明の実施形態による車両姿勢制御を実行した場合の各種パラメータの時間変化を示したタイムチャートの一例である。図12のタイムチャートは、上から順に、アクセルペダルのアクセル開度、ステアリング6の操舵角、ステアリング6の操舵速度、図6の低減トルク設定処理(図5のステップS12)で設定されたエンジン4の低減トルク、エンジン4に最終的に適用する最終目標トルク、図8の目標ヨーモーメント設定処理(図5のステップS13)で設定された目標ヨーモーメント、電磁カップリング5eの締結トルク(締結度合い)、車両1のピッチング挙動を示している。なお、図12で例示する最終目標トルクは、目標加減速度から設定される目標トルク(図9のステップS42)に対して低減トルクを適用したトルクであり、低減トルクが設定されていない場合には当該目標トルクがそのまま最終目標トルクとなる。
【0081】
まず、ステアリング6の切り込み操作が行われたときに、つまり車両1のターンイン時に、操舵角及び操舵速度が増加する。その結果、時刻t11において、操舵速度が閾値S1以上となり(図6のステップS22:Yes)、操舵速度に応じた付加減速度に基づき低減トルクが設定される(図6のステップS23、S24)。図12に示す例では、低減トルクが設定された状況において、アクセルがオンとなっておりエンジン4のトルクが所定値以上であるため(図5のステップS15:Yes)、つまりエンジン4が低減トルクを実現可能な状態であるため、目標トルクから低減トルクが低減された最終目標トルクが設定されて、この最終目標トルクに基づきエンジン4が制御される。すなわち、ステアリング6の切り込み操作に応じてエンジン4のトルクを低減する第2車両姿勢制御が実行される。このように第2車両姿勢制御を実行することで、トルクの低減により車両1に減速度が生じることで、前傾方向のピッチングが車体1aに生成される。これにより、車両1のターンイン時にドライバに応答感を与えることができる。
【0082】
一方で、こうして第2車両姿勢制御が実行されるときには、図9のトルク配分設定処理によらずに、電磁カップリング5eによるトルク配分比の変更が制限される(図5のステップS16)。具体的には、電磁カップリング5eの締結トルクが緩やかな一定の制限速度にて変化(増加)するように、電磁カップリング5eが制御される。すなわち、図12に示す状況では、ステアリング6の切り込み操作時に後輪2bへ配分するトルクを増加させる第1車両姿勢制御は実行されない。これにより、第2車両姿勢制御中に第1車両姿勢制御が実行されることにより所望のピッチングが適切に生成できなくなるのを確実に抑制できる。
【0083】
この後、第2車両姿勢制御中において操舵速度が減少すると、時刻t12において、操舵速度が閾値S1未満となり(図6のステップS22:No)、第2車両姿勢制御が終了される。また、このように操舵速度が減少したときに(時刻t12の直前)、低減トルク(絶対値)の減少に応じて、電磁カップリング5eの締結トルクの変更の制限が解除されて、締結トルクが速やかに変化(増加)するように電磁カップリング5eが制御される。そして、時刻t12から時刻t13までの間、操舵角がほぼ一定となり、車両1が定常旋回を行う。このときには、電磁カップリング5eの締結トルクが一定に維持され、車両1のピッチング挙動が一定となる(安定する)。これにより、車両1の定常旋回時にドライバに接地感を与えることができる。
【0084】
この後、ステアリング6の切り戻し操作が行われたときに、つまり車両1のターンアウト時に、操舵角及び操舵速度が減少する。その結果、時刻t13から時刻t14までの間、図9のトルク配分設定処理に応じて、電磁カップリング5eの締結トルクが減少される。すなわち、操舵角の減少に応じて、設定される目標ヨーレート及び目標横加速度が小さくなって(図9のステップS44及び図10参照)、設定される第1ゲイン及び第2ゲインが小さくなり(図9のステップS45、S46及び図11参照)、その結果、第1ゲイン又は第2ゲインが適用された後輪2bの最終配分トルクが減少することで(図9のステップS48)、電磁カップリング5eの締結トルクが減少されるのである。電磁カップリング5eの締結トルクが減少すると後輪2bへ配分されるトルクが減少するので、時刻t13から時刻t14までの間、ステアリング6の切り戻し操作に応じて後輪2bのトルクを減少させる第3車両姿勢制御が実行されることとなる。このような第3車両姿勢制御により、後傾方向のピッチングが車体1aに生成されて、車両1のターンアウト時にドライバに安定感を与えることができる。
【0085】
他方で、上記のステアリング6の切り戻し操作時において、時刻t13から、図8の目標ヨーモーメント設定処理により目標ヨーモーメントが設定される(図8のステップS34、S37、S38参照)。その結果、上述した第3車両姿勢制御に加えて、車両1に発生しているヨーレートとは逆回りのヨーモーメントを車両1に付加するように旋回外輪に制動力を付与する制御(第4車両姿勢制御)が実行される。これにより、旋回からの復帰性能をより効果的に向上させることができる。
【0086】
次に、図13は、車両1がターンイン、定常旋回及びターンアウトを順に行っているときに本発明の実施形態による車両姿勢制御を実行した場合の各種パラメータの時間変化を示したタイムチャートの別の例である。図13のタイムチャートも、図12と同様に、上から順に、アクセル開度、操舵角、操舵速度、低減トルク、最終目標トルク、目標ヨーモーメント、電磁カップリング5eの締結トルク、車両1のピッチング挙動を示している。ここでは、図12のタイムチャートとの相違点のみを説明する(特に説明しない点は図12と同様であるものとする)。
【0087】
まず、ステアリング6の切り込み操作が行われたときに、つまり車両1のターンイン時に、操舵角及び操舵速度が増加する。その結果、時刻t21において、操舵速度が閾値S1以上となり(図6のステップS22:Yes)、操舵速度に応じた付加減速度に基づき低減トルクが設定される(図6のステップS23、S24)。図13に示す例では、低減トルクが設定された状況において、アクセルがオフとなっておりエンジン4のトルクが所定値未満であるため(図5のステップS15:No)、つまりエンジン4が低減トルクを実現可能な状態でないため、目標トルクから低減トルクが低減された最終目標トルクは設定されない(具体的にはアクセルオフのため最終目標トルクはほぼ0になる)。すなわち、低減トルクは設定されるが、この低減トルクを用いた第2車両姿勢制御は実行されない。
【0088】
上記の理由により第2車両姿勢制御が実行されない代わりに、時刻t21から時刻t22までの間、図9のトルク配分設定処理に応じて、電磁カップリング5eの締結トルクが増加される。すなわち、操舵角の増加に応じて、設定される目標ヨーレート及び目標横加速度が大きくなって(図9のステップS44及び図10参照)、設定される第1ゲイン及び第2ゲインが大きくなり(図9のステップS45、S46及び図11参照)、その結果、第1ゲイン又は第2ゲインが適用された後輪2bの最終配分トルクが増加することで(図9のステップS48)、電磁カップリング5eの締結トルクが増加されるのである。電磁カップリング5eの締結トルクが増加すると後輪2bへ配分されるトルクが増加するので、時刻t21から時刻t22までの間、ステアリング6の切り込み操作に応じて後輪2bのトルクを増加させる第1車両姿勢制御が実行されることとなる。このような第1車両姿勢制御により、前傾方向のピッチングが車体1aに生成されて、車両1のターンイン時にドライバに応答感を与えることができる。なお、時刻t22以降の制御は、図12で示した時刻t12以降の制御と同様である。
【0089】
以上説明したように、本実施形態によれば、コントローラ50は、ステアリング6の切り込み操作時に、つまり車両1のターンイン時に、後輪2bのトルクを増加させるように電磁カップリング5eを制御する(第1車両姿勢制御)。このように後輪2bのトルクが増加すると、後輪2bを車両前方へ推進させる力F1が、後輪2bからサスペンション3を介して車体1aに伝達される。この場合、後輪2bの中心軸2b1から車体1aの取付部3aに向かってサスペンション3が斜め上方に延びているので、後輪2bを車両前方へ推進させる力F1における上方向の成分の力F11が車体1aに生じる、つまり車体1aの後部を上向きに持ち上げる力F11が瞬間的に車体1aに作用する。その結果、車体1aを前傾させる方向のモーメントY1が生じて、前傾方向のピッチングを車体1aに生成することができる。このような前傾方向のピッチングを車体1aに生成させることで、ターンイン時にドライバに応答感を与えることができる。また、上記のような前傾方向のピッチングを生成する方向のモーメントY1により、車体1aの前部を下向きに沈み込ませる力F12が車体1aに作用し、車体1aの前部が沈み込んで前輪荷重が増大する。これにより、ステアリング6の切り込み操作に対する車両1の旋回応答性を向上させることができる。
【0090】
また、本実施形態によれば、コントローラ50は、ステアリング6の切り戻し操作時に、つまり車両1のターンアウト時に、後輪2bのトルクを減少させるように電磁カップリング5eを制御する(第3車両姿勢制御)。このように後輪2bのトルクが減少すると、後輪2bを車両後方へ引っ張る力F2が、後輪2bからサスペンション3を介して車体1aに伝達される。この場合、車体1aの取付部3aから後輪2bの中心軸2b1に向かってサスペンション3が斜め下方に延びているので、後輪2bを車両後方へ引っ張る力F2における下方向の成分の力F21が車体1aに生じる、つまり車体1aの後部を下向きに沈み込ませる力F21が瞬間的に車体1aに作用する。その結果、車体1aを後傾させる方向のモーメントY2が生じて、後傾方向のピッチングを車体1aに生成することができる。このような後傾方向のピッチングを車体1aに生成させることで、ターンアウト時にドライバに安定感を与えることができる。また、上記のような後傾方向のピッチングを生成する方向のモーメントY2により、車体1aの前部を上向きに持ち上げる力F22が車体1aに作用し、車体1aの前部が浮き上がって前輪荷重が減少する。これにより、ステアリング6の切り戻し操作に対する車両応答性、つまり旋回からの復帰性能(車両1の直進方向への復帰性能)を向上させることができる。
【0091】
また、本実施形態によれば、電磁カップリング5eは、エンジン4のトルクが所定値未満であるときに出力軸の回転数が入力軸の回転数よりも低くなるように構成されているが、コントローラ50は、エンジン4のトルクが所定値未満であるときにステアリング6の切り込み操作が行われた場合には、そのような電磁カップリング5eの締結度合いを高くする制御を行う。こうすることで、電磁カップリング5eの出力軸の回転数が増加することで、後輪2bのトルクが増加することとなる。したがって、本実施形態によれば、ステアリング6の切り込み操作時においてエンジン4がほとんどトルクを発生していないような状況においても、電磁カップリング5eの制御によって後輪2bのトルクを適切に増加させることができ、その結果、上述した前傾方向のピッチングを車体1aに適切に生成することが可能となる。加えて、本実施形態によれば、エンジン4のトルクが所定値未満であるため、エンジン4からの生成トルクの調整(特に低減)によって車両姿勢の制御を実現できないような状況においても、上述したような電磁カップリング5eの制御によって、前傾方向のピッチングを車体1aに適切に生成できるのである。
【0092】
また、本実施形態によれば、コントローラ50は、エンジン4のトルクが所定値以上であるときにステアリング6の切り込み操作が行われた場合には、電磁カップリング5eによって後輪2bのトルクを増加させる制御(第1車両姿勢制御)を抑制して、ステアリング6の切り込み操作に応じてエンジン4のトルクを低減させる制御(第2車両姿勢制御)を実行する。このような第2車両姿勢制御によっても、エンジン4のトルク低減によって車両1に減速度を生じさせることで、ターンイン時に前傾方向のピッチングを車体1aに適切に生成することができる。また、本実施形態によれば、第2車両姿勢制御が実行されている間は第1車両姿勢制御の実行を抑制するので、第2車両姿勢制御中に第1車両姿勢制御が実行されることで所望のピッチングが適切に生成できなくなるのを確実に抑制できる。
【0093】
また、本実施形態によれば、コントローラ50は、ステアリング6の切り込み操作後で切り戻し操作前の車両1の定常旋回時には、電磁カップリング5eによる後輪2bのトルクの変更を抑制するので、定常旋回時に車両1のピッチング挙動を安定させることができ、ドライバに接地感を与えることができる。
【0094】
また、本実施形態によれば、コントローラ50は、ステアリング6の切り戻し操作時に、上述した第3車両姿勢制御に加えて、車両1に発生しているヨーレートとは逆回りのヨーモーメントを車両1に付加するように旋回外輪に制動力を付与する制御(第4車両姿勢制御)を実行する。これにより、旋回からの復帰性能をより効果的に向上させることができる。
【0095】
<変形例>
以下では、上述した実施形態の変形例について説明する。なお、下記の複数の変形例は適宜組み合わせて実施することができる。
【0096】
(変形例1)
上述した実施形態では、ステアリング6の切り込み操作時において前傾方向のピッチングを車体1aに生成するための実現手段として、第1車両姿勢制御及び第2車両姿勢制御を用いていたが(前述したように基本的には両方同時には実行されない)、他の例では、ステアリング6の切り込み操作時において前傾方向のピッチングを車体1aに生成するための実現手段として、第1車両姿勢制御のみを用いてもよい。つまり、ステアリング6の切り込み操作時において、車両減速度を発生させるべくエンジン4のトルクを低減させる第2車両姿勢制御を実行せずに、電磁カップリング5eによって後輪2bのトルクを増加させる第1車両姿勢制御のみを実行して、前傾方向のピッチングを車体1aに生成させてもよい。
【0097】
このような変形例は、図14に示すような制御フローにより実現される。図14は、本発明の実施形態の変形例による全体制御を示すフローチャートである。図14のステップS61、S62、S63、S64、S65は、それぞれ、図5のステップS11、S13、S14、S17、S18と同様である。すなわち、変形例による全体制御は、図5の全体制御と比較すると、低減トルク設定処理を実行するステップS12と、エンジン4のトルクが所定値以上で且つ低減トルクが有るか否かを判定するステップS15と、トルク配分比の変更を制限するステップS16と、を具備しない点で異なる。このような変形例による全体制御によれば、低減トルク設定処理が実行されずに、つまり低減トルクが適用されずに、主としてステップS63のトルク配分設定処理の処理結果に基づき、各種の制御が行われることとなる。
【0098】
以上述べた変形例のように、第2車両姿勢制御を実行せずに第1車両姿勢制御のみを実行することとしても、ステアリング6の切り込み操作時に前傾方向のピッチングを車体1aに適切に生成させることができる。
【0099】
(変形例2)
上述した実施形態では、図9のトルク配分設定処理により、操舵角に応じた目標ヨーレート及び目標横加速度(図10参照)に基づき設定した第1ゲイン及び第2ゲイン(図11参照)を用いて後輪2bの最終配分トルクを設定することで、ステアリング6の切り込み操作時及び切り戻し操作時のそれぞれにおける後輪2bのトルクの増加及び減少を実現していた。他の例では、このように目標ヨーレート及び目標横加速度に応じた第1ゲイン及び第2ゲインによって後輪2bのトルクの増加及び減少を実現する代わりに、単純に、操舵角の大きさに応じて後輪2bのトルクの増加及び減少を実現してもよい。
【0100】
図15は、本発明の実施形態の変形例において、操舵角(横軸)に応じて設定すべき後輪2bのトルク(縦軸)を規定したマップである。図15に示すマップは、操舵角が大きくなるほど、後輪2bに配分するトルク(最終配分トルクに対応する)が大きくなるように規定されている。このマップによれば、ステアリング6の切り込み操作時には、操舵角が大きくなっていくので、後輪2bのトルクが増加することとなる。これにより、ステアリング6の切り込み操作時に、前傾方向のピッチングを車体1aに生成させるべく後輪2bのトルクを増加させる制御(第1車両姿勢制御)が適切に実現される。他方で、ステアリング6の切り戻し操作時には、操舵角が小さくなっていくので、後輪2bのトルクが減少することとなる。これにより、ステアリング6の切り戻し操作時に、後傾方向のピッチングを車体1aに生成させるべく後輪2bのトルクを減少させる制御(第3車両姿勢制御)が適切に実現される。
【0101】
なお、図15のマップでは、操舵角と後輪2bのトルクとの関係が線形になっているが、操舵角が大きくなるほど、設定される後輪2bのトルクが大きくなれば、操舵角と後輪2bのトルクとの関係が非線形(例えば2次関数など)であるマップを用いてもよい。
【0102】
(変形例3)
上述した実施形態では、フロントエンジン・フロントドライブ方式(FF方式)をベースとした四輪駆動車に本発明を適用する例を示したが、本発明は、四輪駆動車の種々の駆動形式(例えばフロントエンジン・リアドライブ方式(FR方式)など)に対して適用可能である。つまり、本発明は、前輪2aが駆動輪で後輪2bが補助駆動輪である四輪駆動車への適用に限定はされず、後輪2bが駆動輪で前輪2aが補助駆動輪である四輪駆動車にも適用可能である。
【0103】
(変形例4)
上述した実施形態では、エンジン4を動力源として用いる車両1に本発明を適用する例を示したが、本発明は、エンジン4以外を動力源として用いる車両にも適用可能である。例えば、本発明は、モータ(電動機)を動力源として用いる車両にも適用可能である。
【0104】
(変形例5)
上述した実施形態では、操舵角及び操舵速度に基づき車両姿勢制御を実行していたが、他の例では、操舵角及び操舵速度の代わりに、ヨーレートや横加速度やヨー加速度や横ジャークに基づき車両姿勢制御を実行してもよい。
【0105】
(変形例6)
上述した実施形態では、エンジン4のトルクを前輪2aと後輪2bとに配分するトルク配分機構として電磁カップリング5eを示したが、トルク配分機構として電磁カップリング5eを用いることに限定はされず、トルク配分機構として公知の種々の機構を適用することができる。
【符号の説明】
【0106】
1 車両
2a 前輪
2b 後輪
3 サスペンション
4 エンジン
5a トランスミッション
5c PTO
5d プロペラシャフト
5e 電磁カップリング
5f リヤデファレンシャルギヤ
7 操舵装置
6 ステアリングホイール
8 操舵角センサ
10 アクセル開度センサ
12 車速センサ
50 コントローラ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15