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特許7109938高周波コイル用線材及び絶縁電線並びに高周波コイル用線材の製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-22
(45)【発行日】2022-08-01
(54)【発明の名称】高周波コイル用線材及び絶縁電線並びに高周波コイル用線材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01B 5/02 20060101AFI20220725BHJP
   H01B 7/02 20060101ALI20220725BHJP
   H01F 5/00 20060101ALI20220725BHJP
【FI】
H01B5/02 A
H01B7/02 A
H01F5/00 F
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2018038052
(22)【出願日】2018-03-02
(65)【公開番号】P2019153471
(43)【公開日】2019-09-12
【審査請求日】2021-02-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000003414
【氏名又は名称】東京特殊電線株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100117226
【弁理士】
【氏名又は名称】吉村 俊一
(72)【発明者】
【氏名】北沢 弘
(72)【発明者】
【氏名】宮原 正平
(72)【発明者】
【氏名】羽生 勝夫
(72)【発明者】
【氏名】柳原 正宏
【審査官】中嶋 久雄
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-037897(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0215357(US,A1)
【文献】特表2005-522840(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 5/02
H01B 7/02
H01F 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
伸線加工して得られてなるQ値減少抑制用途の高周波コイル用線材であって、
銅又は銅合金からなる直径0.02~0.8mmの中心導体と、前記中心導体の外周に設けられた銅鉄合金層とを有し、前記銅鉄合金層中の鉄含有量が5~50質量%の範囲内である、ことを特徴とする高周波コイル用線材。
【請求項2】
前記高周波コイル用線材の総断面積に占める前記銅鉄合金層の断面積比が5~50%の範囲内である、請求項に記載の高周波コイル用線材。
【請求項3】
導電率が60%IACS以上である、請求項1又は2に記載の高周波コイル用線材。
【請求項4】
前記中心導体の材質が、タフピッチ銅、無酸素銅、銀入り銅、及び錫入り銅から選ばれるいずれかである、請求項1~のいずれか1項に記載の高周波コイル用線材。
【請求項5】
前記中心導体と前記銅鉄合金層との境界面に化合物層が存在している、請求項1~のいずれか1項に記載の高周波コイル用線材。
【請求項6】
請求項1~のいずれか1項に記載の高周波コイル用線材を有し、該高周波コイル用線材を構成する銅鉄合金層の外周に絶縁層が形成されている、絶縁電線。
【請求項7】
伸線加工して得られてなるQ値減少抑制用途の高周波コイル用線材の製造方法であって、
前記高周波コイル用線材は、銅又は銅合金からなる直径0.02~0.8mmの中心導体と、前記中心導体の外周に設けられた銅鉄合金層とを有し、前記銅鉄合金層中の鉄含有量が5~50質量%の範囲内であり、
銅鉄合金テープを銅又は銅合金からなる中心導体の周囲に包み込んで筒状複合体を作製し、前記筒状複合体を引き抜き加工して複合化導体とし、前記複合化導体を所定のタイミングで熱処理しながら伸線加工して得る、ことを特徴とする高周波コイル用線材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高周波コイル用線材及び絶縁電線に関し、さらに詳しくは、モーター、インバータ、非接触給電用等のパワー半導体を使う高周波分野に絶縁電線を用いたコイルとして使用され、安定した高周波特性を示すことができ、低コストで製造可能な細径の高周波コイル用線材及び絶縁電線を提供するに関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1には、外部からの交番磁界によって発生する導体の損失を低減できるコイル用線材が提案されている。この技術は、銅、銅合金、アルミニウム及びアルミニウム合金から選択される少なくとも1種の金属を有し、断面積が0.4mm以上である導体と、Feを含む鉄系材料を有し、導体の外周に形成された磁性体層と、を備え、導体と磁性体層とを合わせた断面積に対する磁性体層の断面積の比率が3%以上40%以下というものである。
【0003】
特許文献2には、周囲の交番磁界による渦電流を低減して、低損失なコイルを形成できるコイル用線材が提案されている。この技術は、導体線と、導体線の外周に磁性材料によって形成された磁性体層とを備えるコイル用線材であって、磁性体層は、炭素鋼によって形成された鋼含有層を備え、好ましくは、前記炭素鋼における炭素と、リンと、珪素との合計含有量が0超0.3質量%以下であるというものである。
【0004】
特許文献3には、周囲の交番磁界による渦電流を低減して、低損失なコイルを形成できるコイル用線材が提案されている。この技術は、導体線と、導体線の外周に磁性材料によって形成された磁性体層とを備えるコイル用線材であって、磁性体層は、導体線の軸方向に直交する断面において周方向にみて、厚さが異なる厚肉部と薄肉部とを有する不均一層を備え、薄肉部の最小厚さに対する厚肉部の最大厚さの比が1.1以上であるというものである。
【0005】
特許文献4には、内部に侵入しようとする外部磁界を遮蔽するとともに、遮蔽しきれずに内部に侵入した外部磁界による渦電流を低減することができ、近接効果による損失を抑制することができる電線が提案されている。この技術は、Al又はAl合金からなる中心導体と、中心導体を被覆する銅からなる被覆層と、被覆層を被覆し、外部磁界を遮蔽する強磁性体層とを備え、強磁性体層の厚さが0.04μm~14μmであり、中心導体と被覆層とを合わせた直径が0.05mm~0.4mmであり、中心導体の断面積が中心導体と被覆層とを合わせた断面積の85%~95%であるというものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2016-46522号公報
【文献】特開2017-37896号公報
【文献】特開2017-37897号公報
【文献】WO2013/42671
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
高周波特性は表皮効果の影響が大きい。そのため、一般的には、使用する周波数の表皮深さ以内の寸法を直径とする単線が好ましく用いられている。さらに、総断面積を確保するために、そうした単線を複数本撚り合わせたリッツ線等が使用され、抵抗上昇を抑え、高周波の交流抵抗の低減が図られている。近年の高周波用コイルは、より一層の小型化・高性能化が要求されており、特に80kHz~数MHzの高周波帯域ではリッツ線や撚り線が好ましく利用されている。しかし、リッツ線や撚り線は、複数の構成線材を用いるため、各構成線材にはより一層の細径化が求められている。
【0008】
特許文献1~3の技術は、0.4mm以上の断面積(該当する丸線径は0.72mm以上)であり、小型化・高性能化が要求されている近年の高周波用コイルには不向きである。例えば、0.72mmの銅線では、深さ方向への電流が流れる範囲は、1MHzで0.066mm、500kHzで0.094mm、100kHzで0.209mmであり、使用周波数帯域が1MHz、500kHz、100kHzでは、それぞれ総断面積の1%、2%、9%のみが電流の流れる範囲となる。一方、同文献には細線径化については記載されていないが、仮に細線径化する場合、鉄系材料(主にパーマロイや炭素鋼等)は伸線加工し難く、伸線加工するためには、伸線加工時の加工歪を逐次除去する必要がある。鉄系材料等の加工歪を除去するためには、900℃以上の熱処理が必要となる。しかし、中心導体である銅は当該熱処理によって過焼鈍や水素脆化を引き起こし易く、かえって中心導体の加工性を阻害してしまい、細径化した高周波コイル用線材を低コストで効率的に製造することが難しい。
【0009】
特許文献4の技術は、中心導体(Al、Al合金)と強磁性体層(センダストや、パーマロイ等)とは、加工歪を除去する熱処理条件が大きく異なるため、熱処理による歪除去は困難である。そのため、所望の径まで中心導体を伸線加工した後に強磁性体層をめっきする方法が考えられる。しかし、上記強磁性体層のめっきは、強磁性体テープを嵌め合わせて溶接するクラッド加工の場合とは異なり、微量添加物の濃度調整を含めた管理が困難で、FeやNiやSi等の成分組成比にばらつきが生じやすく、良好な透磁率を得にくく、安定した高周波特性を得にくい。
【0010】
本出願人は、上記問題を考慮し、所定の線径まで伸線加工した後の中心導体上に鉄とNiとを順にめっきしたものを生産しているが、生産性が不十分であるという難点がある。また、所定の線径まで伸線加工し、鉄めっきした場合、強い引張り方向にある電着応力によってその鉄めっき層に亀裂等が発生し易くなるため、鉄めっき層の厚さはぜいぜい2μm程度となり、それ以上の厚さをめっきすることは難しい。一方、鉄めっき層の厚さが1μm以下の薄い鉄めっき層では飽和磁束密度が小さいため、高周波帯域での近接効果抑制能力が低くなる。具体的には、鉄めっき層内に集中しきれない磁束は飽和し、導体内部に浸透し渦電流が発生し、渦電流に関わる導体の発熱が交流抵抗の上昇に繋がってしまうという難点がある。
【0011】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、その目的は、モーター、インバータ、非接触給電用等のパワー半導体を使う高周波分野に絶縁電線を用いたコイル(リアクトル、インダクタ、チョークコイル、ノイズフィルター、IHヒータ、電源トランス等)として使用され、安定した高周波特性を示すことができ、低コストで製造可能な細径の高周波コイル用線材及び絶縁電線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る高周波コイル用線材は、銅又は銅合金からなる中心導体と、前記中心導体の外周に設けられた銅鉄合金層とを有することを特徴とする。
【0013】
この発明によれば、銅又は銅合金からなる中心導体の外周に銅鉄合金層を設けた高周波コイル用線材は、銅鉄合金層の加工歪を除去する熱処理条件が中心導体の熱処理条件と同じ又はほぼ同じであるため、線引き加工性に優れている。したがって、細線化のための線引き加工で歪除去を行う場合でも、中心導体が水素脆化や過焼鈍状態になりにくい。また、高周波特性については、外周に設けた銅鉄合金層が良好なシールド効果を示すため、高周波抵抗の上昇を抑制することができ、コイルの小型化に有利である。こうした高周波コイル用線材は、安定した高周波特性を示すことができ、低コストでの細径化線材とすることができる。
【0014】
本発明に係る高周波コイル用線材において、前記銅鉄合金層中の鉄含有量が5~50質量%の範囲内であることが好ましい。
【0015】
本発明に係る高周波コイル用線材において、前記高周波コイル用線材の総断面積に占める前記銅鉄合金層の断面積比が5~50%の範囲内であることが好ましい。この発明によれば、飽和磁束密度が小さくなりすぎることがなく、交流抵抗の上昇を招きにくい。また、導電率が低くなって直流抵抗が増加してしまうことがなく、Q値の減少を防ぐことができ、コイルの小型化を実現することができる。
【0016】
本発明に係る高周波コイル用線材において、導電率が60%IACS以上であることが好ましい。
【0017】
本発明に係る高周波コイル用線材において、前記中心導体の材質が、タフピッチ銅、無酸素銅、銀入り銅、及び錫入り銅から選ばれるいずれかであることが好ましい。
【0018】
本発明に係る高周波コイル用線材において、前記中心導体と前記銅鉄合金層との境界面に化合物層が存在していることが好ましい。
【0019】
本発明に係る絶縁電線は、上記本発明に係る高周波コイル用線材を有し、該高周波コイル用線材を構成する銅鉄合金層の外周に絶縁層が形成されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、絶縁電線を用いたコイルとして使用され、安定した高周波特性を示すことができ、低コストで製造可能な細径の高周波コイル用線材及び絶縁電線を提供することができる。特に、中心導体の外周に銅鉄合金層を設けた複合導体にすることにより、細線径化が容易となり、且つ、良好なシールド特性が得ることができる。さらに、撚り線やリッツ線等を絶縁電線にすることにより、コイルの小型化・高周波化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明に係る高周波コイル用線材の一例を示す断面図である。
図2】本発明に係る絶縁電線の一例を示す断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明に係る高周波コイル用線材及び絶縁電線について図面を参照しながら説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態及び図面に記載した形態と同じ技術的思想の発明を含むものであり、本発明の技術的範囲は実施形態の記載や図面の記載のみに限定されるものでない。
【0023】
[高周波コイル用線材]
本発明に係る高周波コイル用線材10は、図1に示すように、銅又は銅合金からなる中心導体1と、その中心導体1の外周に設けられた銅鉄合金層2とを有する。この高周波コイル用線材10は、銅鉄合金層2の加工歪を除去する熱処理条件が中心導体1の熱処理条件と同じ又はほぼ同じであるため、線引き加工性に優れている。したがって、細線化のための線引き加工で歪除去を行う場合でも、中心導体1が水素脆化や過焼鈍状態になりにくい。また、高周波特性については、外周に設けた銅鉄合金層2が良好なシールド効果を示すため、高周波抵抗の上昇を抑制することができ、コイルの小型化に有利である。こうした高周波コイル用線材10は、安定した高周波特性を示すことができ、低コストで細径化線材を製造することができる。
【0024】
以下、高周波コイル用線材の構成要素を説明する。
【0025】
(中心導体)
中心導体1は、銅又は銅合金からなるものである。銅としては、タフピッチ銅、無酸素銅等を挙げることができる。銅合金としては、銅-銀合金(銀入り銅。例えば0.02~6質量%の銀入り銅)、銅-錫合金(錫入り銅。例えば0.15~7質量%の錫入り銅)等を挙げることができる。タフピッチ銅か無酸素銅であるかは、JIS H-3510に準拠した水素脆化試験によって判定することができ、銅-銀合金(銀入り銅)、銅-錫合金(錫入り銅)のいずれかであるかも、含まれる元素をICP発光分光分析によって測定して定性及び定量分析することができる。
【0026】
これらの中心導体1は、導電率70%IACS以上の低抵抗な良導電性であることが好ましい。こうした中心導体1を用いることにより、後述する銅鉄合金層2が外周に設けられた場合であっても、高周波コイル用線材全体の導電率線を60%IACS以上にすることができる。また、銅-銀合金、銅-錫合金等の銅合金では、高周波コイル用線材10として所望の導電率(60%IACS以上から任意に選択される導電率)となるように合金組成が調整される。したがって、所望の導電率を満たす場合には、各種の銅合金を選択でき、さらに含まれる金属成分の含有量も、高周波特性も加味して任意に選択することができる。なお、導電率は、JIS H-0505に記載された非鉄金属材料の体積抵抗率及び導電率測定方法によって算出することができる。
【0027】
中心導体1の直径は特に限定されないが、例えば0.02~0.8mm程度の範囲内である。本発明では、後述のように、6.0~12.0mm程度の範囲内の素線(中心導体用素線ともいう。)を準備し、その素線の外周に銅鉄合金テープを設け、その後に必要に応じて熱処理して加工歪みを除去した後又は除去しながら伸線加工することによって、前記線径の中心導体1を備えた高周波コイル用線材10とすることができる。
【0028】
(銅鉄合金層)
銅鉄合金層2は、中心導体1の外周に設けられている。銅鉄合金層2の加工歪を除去する熱処理条件は、インライン等の連続的な熱処理やバッチ式の熱処理ではその処理方式に応じて設定されるが、バッチ式の熱処理の例では400℃、2時間であり、中心導体1のバッチ式の熱処理の例である350℃、2時間と比べると同じ又はほぼ同じである。そのため、そうした熱処理条件によって中心導体1と銅鉄合金層2の両方の加工歪みを容易に除去又は緩和することができる。その結果、従来技術のように中心導体と強磁性層との熱処理条件が異なることによる中心導体の水素脆化や過焼鈍状態を起こすことがなく、細径化のための線引き加工性を優れたものとすることができ、効率的な製造を可能とし、製造コストを抑えることができる。
【0029】
銅鉄合金層2が設けられた高周波コイル用線材10を用いて高周波コイルとした場合、外周に設けた銅鉄合金層2が良好なシールド効果を示す。その結果、銅鉄合金層2は、高周波抵抗(交流抵抗)の上昇を抑制して高周波特性が向上するように作用するので、安定した高周波特性を示すことができ、低コストで細径化線材の製造に有利である。
【0030】
銅鉄合金層2中の鉄含有量は、5~50質量%の範囲内であることが好ましい。鉄含有量をこの範囲内とすることにより、特に高周波特性を優れたものとすることができる。なお、含有量の下限は高周波抵抗(交流抵抗)を考慮して設定され、上限は直流抵抗(導電率)を考慮して設定される。鉄含有量は、ICP発光分光分析によって定性及び定量分析することができる。なお、鉄以外の元素は、本発明の効果に直接影響するものとしては含まれておらず、いわゆる不可避不純物して、Sn、Pb、As、Ag、Sb等が含まれていることがあるという程度である。
【0031】
銅鉄合金層2の形成方法は特に限定されないが、銅鉄合金テープを用いて形成することが好ましい。具体的には、その銅鉄合金テープを中心導体1の周囲に軸方向に包み込み、ロウ付けや溶接によって銅鉄合金テープを筒状にした複合材とする。続いて、その複合材を伸線ダイスを用いて引き抜き加工し、中心導体1と銅鉄合金テープとを冷間圧着させ、中心導体1上に銅鉄合金層2が設けられた形態からなる複合導体とすることができる。こうした複合導体を伸線加工し、所定の線径となるまで加工する。なお、必要に応じて熱処理を施して加工歪みを除去又は緩和しつつ、細線径化してもよい。さらに、圧延加工により、平角線にすることもできる。
【0032】
銅鉄合金層2の厚さは、最終的に得られた高周波コイル用線材10において、高周波コイル用線材10の総断面積に占める銅鉄合金層の断面積比が5~50%の範囲内になる程度の銅鉄合金テープが用いられる。銅鉄合金層2の断面積比を上記範囲内とすることにより、飽和磁束密度が小さくなりすぎることがなく、交流抵抗の上昇を招きにくい。また、導電率が低くなって直流抵抗が増加してしまうことがなく、Q値の減少を防ぐことができ、コイルの小型化を実現することができる。5~50%の範囲内での好ましい範囲は、高周波コイル用線材の最終線径、コイルで使用する周波数、直流抵抗等によって設計される。
【0033】
なお、銅鉄合金層2の厚さは、中心導体1の線径によって異なるので一概に言えないが、同じ断面積比とする場合、中心導体1が比較的太い段階で銅鉄合金層2を設ける場合は厚くなり、中心導体1が比較的細い段階で銅鉄合金層2を設ける場合は薄くなる。そうした厚さは、中心導体1を包み込む銅鉄合金テープの厚さを任意に選択することでコントロールできる。
【0034】
銅鉄合金層2には鉄成分が含まれているので、はんだ付けの際にはんだ溶食を防止するように作用する。しかし、鉄成分がはんだ溶食を防止するということは、はんだ中の錫と鉄との金属間化合物が形成され難いことを意味するものである。一方、この銅鉄合金層2は鉄よりも銅を多く含むので、その銅成分の作用により、はんだ付け性を有している。
【0035】
(化合物層)
中心導体1と銅鉄合金層2との境界面には、化合物層3が存在していることが好ましい。この化合物層3は、銅又は銅合金中の元素と鉄との化合物であり、例えば、CuFe、Cu2Fe等を挙げることができる。こうした化合物層3の存在は、密着性を向上させることができ、その結果、線引き性を向上させることができるので有利である。化合物層3は、主には、加工歪みを除去又は緩和するために施される熱処理によって生成しやすく、その厚さは熱処理条件によっても異なるので特に限定されないが、一例としては0.05~1.0μm程度である。なお、化合物層3が化合物であることは、合金として単一物性を示すものとは異なり、それぞれの物性(物理的物性:線膨張係数、熱伝導等、機械的物性:引張強さ、伸び等)が併存していることとなる。なお、化合物層3が合金ではなく化合物であることは、X線回析法等で評価することができる。
【0036】
熱処理は、加工後に生じた加工歪を除去することを目的として行われる場合や、エナメル線を被覆する際の焼鈍炉の熱で熱処理される場合がある。ここでの熱処理はそのいずれであってもよく、絶縁層4を設けない場合は、空気中又は不活性ガス中での熱処理炉で連続的に熱処理してもバッチ式で熱処理してもよいし、エナメル被覆する場合には、焼き付け工程の焼鈍炉で連続的に熱処理してもよい。これらの熱処理において、温度と時間とをコントロールすることにより、上記化合物層3を形成することができる。熱処理条件は、連続処理かバッチ処理かによっても異なり、特に限定されないが、熱処理温度が高い場合であっても、処理時間を短くしたフラッシュ焼鈍を行うことによって任意に調整することもできる。
【0037】
(その他)
銅鉄合金層2の外周には、本発明の効果を阻害しない範囲内で、例えばはんだ付けをよりし易くしたり、はんだ溶食防止性を担う等のめっき層(図示しない)を設けてもよい。その厚さは特に限定されないが、0.02~1.0μmの範囲内であることが好ましい。めっき層の種類としては、はんだ付けの向上目的のためには、銀めっき、金めっき、ニッケルめっき等が好ましく、はんだ溶食防止の目的のためには、ニッケルめっき等が好ましい。そのめっき方法、めっき液組成、めっき条件、めっき厚さ等については任意に設定される。
【0038】
(高周波コイル用線材)
得られた高周波コイル用線材10は、モーター、インバータ、非接触給電用等のパワー半導体を使う高周波分野に絶縁電線を用いたコイル(リアクトル、インダクタ、チョークコイル、ノイズフィルター、IHヒータ、電源トランス等)として使用される。この高周波コイル用線材10は、安定した高周波特性を示すことができ、低コストで製造可能な細径の高周波コイル用線材となる。
【0039】
この高周波コイル用線材の導電率は、60%IACS以上であることが好ましい。導電率は、使用されるコイルの種類によっても異なり、60%IACS以上の範囲で所望の導電率になっていることが好ましい。特に、細線径化が容易となり、且つ、良好なシールド特性が得ることができる。さらに、撚り線やリッツ線等を絶縁電線にすることにより、コイルの小型化・高周波化を図ることができる。
【0040】
[絶縁電線]
本発明に係る絶縁電線20は、図2に示すように、上記本発明に係る高周波コイル用線材10を有し、その高周波コイル用線材10を構成する銅鉄合金層2の外周に絶縁層4が形成されている。高周波コイル用線材10の構成要素は既に説明したので以下ではそれ以外について説明する。
【0041】
(絶縁層)
絶縁層4は、図2に示すように、銅鉄合金層2の外周に設けられている。絶縁層4を設けることにより、高周波コイル用線材10を、各種高周波コイル、高周コイル用の電線(撚り線、集合させた素線の外周を絶縁被覆により一体化した絶縁電線等)として有用に利用できる。絶縁層4は特に限定されず、従来公知のものを適用することができ、例えば、絶縁性塗布皮膜、絶縁性押出し樹脂又は絶縁性テープ、又はそれらの組み合わせ等として設けられる。
【0042】
絶縁層4の材質としては、ポリウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、ポリエステルイミド樹脂等の熱硬化性樹脂を挙げることができる。また、ポリフェニルサルファイド(PPS)、エチレン-四フッ化エチレン共重合体(ETFE)、四フッ化エチレン-六フッ化プロピレン共重合体(FEP)、フッ素化樹脂共重合体(ペルフルオロアルコキシフッ素樹脂:PFA)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリアミド(PA)、ポリフェニルサルファイド(PPS)、四フッ化エチレン-六フッ化プロピレン共重合体(FEP)等であってもよい。
【0043】
絶縁層4は、単層であってもよいし積層であってもよい。絶縁層4を積層形態とする場合、前記した同一又は異なる樹脂層を設けることができる。例えば、ウレタン樹脂を絶縁層として設けた後、その外周にナイロンを融着層を設けて「絶縁層+融着層」からなる絶縁層4としてもよい。絶縁層4の厚さは、単層や積層にかかわらず特に限定されないが、通常は、3.0μm以上であることが好ましい。また、絶縁電線20は、単線で用いてもよいし、リッツ線や円形圧縮線等として用いてもよい。また、リッツ線を作製した後に、PFAを溶融押出しし、リッツ線の外周にさらに絶縁被覆層を形成してもよい。
【実施例
【0044】
以下、実施例と比較例により本発明をさらに詳しく説明する。なお、これにより本発明が限定されるものではない。
【0045】
[実施例1]
中心導体用素線として、直径8.0mmで101%IACSのタフピッチ銅(TPCと略す。)を用いた。次に、幅28mm、厚さ0.15mmでFe含有率が5質量%の銅鉄合金テープを準備した。この銅鉄合金テープを中心導体素線の周囲の軸方向に包み込み、溶接によって被覆率50%の筒状複合材を作製した。その後、複合材を伸線ダイスを用いて引き抜き加工して中心導体素線と銅鉄合金テープとを圧着させ、直径7.0mmの複合化導体とした。この複合化導体を伸線加工して、直径0.1mmの高周波コイル用線材10を得た。なお、熱処理は加工歪みを緩和させるために、インラインでの熱処理を行い、2.6mm、0.8mm、0.1mmのそれぞれのタイミングで600~800℃・0.5~3分間で行った。得られた高周波コイル用線材10の外周に、ポリエステル系絶縁層形成用塗料を塗布焼き付けし、絶縁層4を設けた絶縁電線20を得た。
【0046】
[実施例2]
Fe含有率が10質量%の銅鉄合金テープを準備し、この銅鉄合金テープを中心導体素線の周囲の軸方向に包み込み、溶接によって被覆率30%の筒状複合材を作製した。それ以外は、実施例1と同様にして、実施例2の高周波コイル用線材10及び絶縁電線20を得た。
【0047】
[実施例3]
Fe含有率が30質量%の銅鉄合金テープを準備し、この銅鉄合金テープを中心導体素線の周囲の軸方向に包み込み、溶接によって被覆率30%の筒状複合材を作製した。それ以外は、実施例1と同様にして、実施例3の高周波コイル用線材10及び絶縁電線20を得た。
【0048】
[実施例4]
Fe含有率が50質量%の銅鉄合金テープを準備し、この銅鉄合金テープを中心導体素線の周囲の軸方向に包み込み、溶接によって被覆率5%の筒状複合材を作製した。それ以外は、実施例1と同様にして、実施例4の高周波コイル用線材10及び絶縁電線20を得た。
【0049】
[実施例5]
中心導体用素線として、直径8.0mmで88%IACSの2質量%銀入り銅を用いた。次に、実施例2で用いたのと同じFe含有率が10質量%の銅鉄合金テープを準備した。この銅鉄合金テープを中心導体素線の周囲の軸方向に包み込み、溶接によって被覆率30%の筒状複合材を作製した。その後、実施例1と同様にして、実施例5の高周波コイル用線材10及び絶縁電線20を得た。
【0050】
[実施例6]
中心導体用素線として、直径8.0mmで80%IACSの4質量%銀入り銅を用いた。それ以外は、実施例5と同様にして、実施例6の高周波コイル用線材10及び絶縁電線20を得た。
【0051】
[実施例7]
中心導体用素線として、直径8.0mmで80%IACSの0.3質量%錫入り銅を用いた。それ以外は、実施例3と同様にして、実施例7の高周波コイル用線材10及び絶縁電線20を得た。
【0052】
[実施例8]
中心導体用素線として、直径8.0mmで74%IACSの3質量%錫入り銅を用いた。それ以外は、実施例3と同様にして、実施例8の高周波コイル用線材10及び絶縁電線20を得た。
【0053】
[比較例1]
中心導体用素線として、直径8.0mmで101%IACSのTPCを用い、その後、伸線ダイスを用いて引き抜き加工して、直径0.1mmの中心導体のみからなるコイル用線材を得た。なお、熱処理は加工歪みを緩和させるために、2.6mmのタイミングで800℃・2分間で行った。得られたコイル用線材の外周に、ポリエステル系絶縁層形成用塗料を塗布焼き付けし、絶縁層4を設けた絶縁電線を得た。
【0054】
[比較例2]
中心導体用素線として、実施例5~8で用いたものをそれぞれ準備し、比較例1と同様にして、比較例2~5のコイル用線材と絶縁電線を得た。
【0055】
[測定と結果]
実施例1~8及び比較例1~5の絶縁電線を用いて、導電率、Q値、抵抗変化率、Fe含有率を測定した。導電率は、YOKOGAWA抵抗計により直流抵抗を測定し、その値から、銅線を100%とした場合の導電率として計算した。Q値は、絶縁電線(エナメル線)でコイルを作製して評価した。コイルは、ヘリカルコイルを作製(巻数:22ターン、巻枠直径5.5mm)し、インピーダンスアナライザにより、1MHzの時のコイルのQ値を測定した。抵抗変化率は、交流抵抗を直流抵抗で割った値であり、シールド性を評価した。Fe含有率はICP発光分光分析によって測定した。これらの結果を表1及び表2に示した。
【0056】
【表1】
【0057】
【表2】
【0058】
表1及び表2の結果より、銅鉄合金テープを用いた高周波コイル用線材10は、銅鉄合金テープを用いないコイル用線材に比べて導電率は約10%前後小さくなっていたが、高周波でのコイル性能を示すQ値は約20%前後大きくなっているのが確認された。併せて測定した抵抗変化率は、銅鉄合金テープを用いた高周波コイル用線材10は、銅鉄合金テープを用いないコイル用線材に比べて小さくなっていた。このことから、Q値の向上は、交流抵抗に依存することがわかった。なお、Fe含有率については、抵抗変化率と相関があることがわかった。
【符号の説明】
【0059】
1 中心導体
2 銅鉄合金層
3 化合物層
4 絶縁層
10 高周波コイル用線材
20 絶縁電線

図1
図2