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特許7111084イオンビーム照射装置及びイオンビーム照射装置用プログラム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-25
(45)【発行日】2022-08-02
(54)【発明の名称】イオンビーム照射装置及びイオンビーム照射装置用プログラム
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/317 20060101AFI20220726BHJP
   H01L 21/265 20060101ALI20220726BHJP
【FI】
H01J37/317 C
H01L21/265 T
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2019194959
(22)【出願日】2019-10-28
(65)【公開番号】P2020161470
(43)【公開日】2020-10-01
【審査請求日】2021-04-01
(31)【優先権主張番号】P 2019057092
(32)【優先日】2019-03-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】302054866
【氏名又は名称】日新イオン機器株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100121441
【弁理士】
【氏名又は名称】西村 竜平
(74)【代理人】
【識別番号】100154704
【弁理士】
【氏名又は名称】齊藤 真大
(74)【代理人】
【識別番号】100129702
【弁理士】
【氏名又は名称】上村 喜永
(72)【発明者】
【氏名】竹村 真哉
【審査官】中尾 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特表2007-538383(JP,A)
【文献】特表2019-504452(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2005/0092939(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/317
H01L 21/265
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
処理条件を満たすイオンビームを複数のモジュールにより生成して被処理物に照射するイオンビーム照射装置であって、
新たな処理時の処理条件と、当該新たな処理の1つ前の処理における少なくとも1つの前記モジュールの状態を示すモニタ値とを少なくとも説明変数とした学習アルゴリズムを用いて、前記モジュールの前記新たな処理時における動作を制御する基本運転パラメータの初期値を出力する基本運転パラメータ出力部を備える、イオンビーム照射装置。
【請求項2】
前記複数のモジュールに前記初期値が入力され、その初期値を調整して得られた調整値に基づいて前記各モジュールが動作する装置構成において、
過去の複数の処理から得られた学習データであって、各処理の処理条件と、各処理の前記初期値又は前記調整値の少なくとも一方と、各処理の1つ前の処理における少なくとも1つの前記モジュールの前記モニタ値と、各処理における所定の目的変数の実績値とが関連付けられたデータセットを複数組含む学習データを格納する学習データ格納部と、
前記学習データを用いた機械学習により、前記学習アルゴリズムを生成する機械学習部とを備える、請求項1記載のイオンビーム照射装置。
【請求項3】
前記目的変数が、前記調整値が得られるまでのセットアップ時間、前記調整値が得られたか否かを示す指標値、前記イオンビームのビーム電流量、前記イオンビームのビーム角度、又は前記イオンビームのビーム電流密度である、請求項2記載のイオンビーム照射装置。
【請求項4】
前記学習データには、少なくともイオン源系モジュールの前記モニタ値が含まれている、請求項2又は3記載のイオンビーム照射装置。
【請求項5】
前記基本運転パラメータとして、前記イオン源を構成するプラズマチャンバに供給されるガス流量、又は、前記プラズマチャンバ内に磁場を生じさせるソースマグネットへの供給電流の少なくとも何れかが用いられている請求項4記載のイオンビーム照射装置。
【請求項6】
前記処理条件及び所定のセットアップシーケンスに基づき前記基本運転パラメータの初期値を選択して前記モジュールに入力し、その初期値を調整することで前記モジュールをセットアップする制御装置を備えた構成において、
前記制御装置による前記モジュールのセットアップが完了しなかった場合に、そのことを示す異常信号を取得するリカバリ部をさらに備え、
前記リカバリ部が前記異常信号を取得した場合に、前記基本運転パラメータ出力部から出力された前記基本運転パラメータの初期値が前記モジュールに入力される請求項1乃至5のうち何れか一項に記載のイオンビーム照射装置。
【請求項7】
前記処理条件及び所定のセットアップシーケンスに基づき前記基本運転パラメータの初期値を選択して前記モジュールに入力し、その初期値を調整することで前記モジュールをセットアップする制御装置を備えた構成において、
前記処理条件及び前記セットアップシーケンスに基づき選択された初期値を用いた場合に、前記モジュールのセットアップが完了するか否かを予測する事前予知部をさらに備え、
前記事前予知部により前記モジュールのセットアップが完了しないと予測された場合に、前記基本運転パラメータ出力部から出力された前記基本運転パラメータの初期値が前記モジュールに入力される請求項1乃至5のうち何れか一項に記載のイオンビーム照射装置。
【請求項8】
処理条件を満たすイオンビームを複数のモジュールにより生成して被処理物に照射するイオンビーム照射装置に用いられるプログラムであって、
新たな処理時の処理条件と、当該新たな処理の1つ前の処理における少なくとも1つの前記モジュールの状態を示すモニタ値とを少なくとも説明変数とした学習アルゴリズムを用いて、前記モジュールの前記新たな処理時における動作を制御する基本運転パラメータの初期値を出力する基本運転パラメータ出力部としての機能をコンピュータに発揮させる、イオンビーム照射装置用プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イオンビーム照射装置及びイオンビーム照射装置用プログラムに関するものである。
【背景技術】
【0002】
イオン注入装置は、特許文献1に示すように、イオン源や質量分離マグネット等といったイオンビームを生成するための複数のモジュールを備えており、これらのモジュールが、予め設定された種々の基本運転パラメータに基づいて動作するように構成されている。
【0003】
具体的には、各モジュールを制御する制御装置が、レシピと呼ばれる処理条件を受け取ると、まずは各モジュールに基本運転パラメータの初期値を入力する。そして、制御装置が、生成されるイオンビームに関する種々の情報を検出しながら、レシピ通りのイオンビームが生成されるように、基本運転パラメータの初期値を調整することで、各モジュールをセットアップする。
【0004】
この基本運転パラメータの初期値としては、従来、レシピに応じて予め記憶されている値や、同じレシピの過去の処理時に用いられた値が入力されている。
【0005】
しかしながら、新たな処理時とそれ以前の処理時とで各モジュールの状態(消耗状態やメンテナンス状態)が異なれば、レシピが同じであり、初期値として同じ値を入力したとしても、調整値を得るまでにかかるセットアップ時間が長くなったり、ビーム電流量やビーム角度やビーム電流密度等といったイオンビームの質が変わったりすることがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2007-35370号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
そこで本発明は、上述した問題を解決すべくなされたものであり、例えばセットアップ時間が短くなる初期値や、所望のイオンビームを生成することのできる初期値など、現状のモジュールの状態に合った基本運転パラメータの初期値を適切に決定できるようにすることをその主たる課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
すなわち本発明に係るイオンビーム照射装置は、処理条件を満たすイオンビームを複数のモジュールにより生成して被処理物に照射するイオンビーム照射装置であって、新たな処理時の処理条件と、当該新たな処理の1つ前の処理における少なくとも1つの前記モジュールの状態を示すモニタ値とを少なくとも説明変数とした学習アルゴリズムを生成する機械学習部と、前記学習アルゴリズムを用いて、前記モジュールの動作を制御する基本運転パラメータの初期値を出力する基本運転パラメータ出力部とを備えることを特徴とするものである。
【0009】
このように構成されたイオンビーム照射装置であれば、各処理の1つ前の処理(以下、前処理ともいう)におけるモジュールの状態を示すモニタ値を説明変数とした学習アルゴリズムを生成するので、この学習アルゴリズムを用いて出力された基本運転パラメータの初期値は、新たな処理に入る前のモジュールの状態を考慮されたものとなる。従って、この学習アルゴリズムを用いることで、例えばセットアップ時間が短くなる初期値や、所望のイオンビームを生成することのできる初期値など、現状のモジュールの状態に合った基本運転パラメータの初期値を適切に決定できるようになる。
【0010】
より具体的な実施態様としては、前記複数のモジュールに前記初期値が入力され、その初期値を調整して得られた調整値に基づいて前記各モジュールが動作する装置構成において、過去の複数の処理から得られた学習データであって、各処理の処理条件と、各処理の前記初期値又は前記調整値の少なくとも一方と、各処理の1つ前の処理における少なくとも1つの前記モジュールの前記モニタ値と、各処理における所定の目的変数の実績値とが関連付けられたデータセットを複数組含む学習データを格納する学習データ格納部をさらに備え、前記機械学習部が、前記学習データを用いた機械学習により、前記学習アルゴリズムを生成する構成が挙げられる。
【0011】
前記目的変数としては、前記調整値が得られるまでのセットアップ時間、前記調整値が得られたか否かを示す指標値、前記イオンビームのビーム電流量、前記イオンビームのビーム角度、又は前記イオンビームのビーム電流密度が挙げられる。
【0012】
複数のモジュールのうち、引出電極系モジュールやビームライン電磁場系モジュールに比べてイオン源系モジュールの方が、寿命の短いものが多く、イオン源系モジュールの方が、引出電極系モジュールやビームライン電磁場系モジュールよりもメンテナンスや交換の頻度が高い。
この点に鑑みれば、前記学習データには、少なくともイオン源系モジュールの前記モニタ値が含まれていることが好ましい。
これならば、複数のモジュールの中でも状態が変化しやすいイオン源系モジュールの前処理時の状態を考慮して機械学習を行うことができるので、新たな処理時における初期値をより適切に決定することができる。
【0013】
イオン源で生成されるプラズマは、モデリングが難しく制御が困難であり、このプラズマの生成効率に支配的なパラメータとしては、プラズマチャンバに供給されるガス流量や、プラズマチャンバ内に磁場を生じさせるソースマグネットへの供給電流が挙げられる。
そこで、前記基本運転パラメータとして、前記イオン源を構成するプラズマチャンバに供給されるガス流量、又は、前記プラズマチャンバ内に磁場を生じさせるソースマグネットへの供給電流の少なくとも何れかが用いられていることが好ましい。
これならば、プラズマを効率良く生成できるように、ガス流量やソースマグネットへの供給電流の初期値を適切に決定することができる。
【0014】
前記処理条件及び所定のセットアップシーケンスに基づき前記基本運転パラメータの初期値を選択して前記モジュールに入力し、その初期値を調整することで前記モジュールをセットアップする制御装置を備えた構成において、前記制御装置による前記モジュールのセットアップが完了しなかった場合に、そのことを示す異常信号を取得するリカバリ部をさらに備え、前記リカバリ部が前記異常信号を取得した場合に、前記基本運転パラメータ出力部から出力された前記基本運転パラメータの初期値が前記モジュールに入力されることが好ましい。
このような構成であれば、モジュールのセットアップシーケンスをこれまでのものから大きく変更することなく、学習アルゴリズムにより得られた初期値をも用いることができ、セットアップ時間のさらなる短縮化やセットアップ成功率のさらなる向上を図れる。
【0015】
また、別の実施態様としては、前記処理条件及び所定のセットアップシーケンスに基づき前記基本運転パラメータの初期値を選択して前記モジュールに入力し、その初期値を調整することで前記モジュールをセットアップする制御装置を備えた構成において、前記処理条件及び前記セットアップシーケンスに基づき選択された初期値を用いた場合に、前記モジュールのセットアップが完了するか否かを予測する事前予知部をさらに備え、事前予知部により前記モジュールのセットアップが完了しないと予測された場合に、前記基本運転パラメータ出力部から出力された前記基本運転パラメータの初期値が前記モジュールに入力される態様を挙げることができる。
【0016】
また、本発明に係るイオンビーム照射装置用プログラムは、処理条件を満たすイオンビームを複数のモジュールにより生成して被処理物に照射するイオンビーム照射装置に用いられるプログラムであって、新たな処理時の処理条件と、当該新たな処理の1つ前の処理における少なくとも1つの前記モジュールの状態を示すモニタ値とを少なくとも説明変数とした学習アルゴリズムを生成する機械学習部と、前記学習アルゴリズムを用いて、前記モジュールの動作を制御する基本運転パラメータの初期値を出力する基本運転パラメータ出力部としての機能をコンピュータに発揮させることを特徴とするものである。
このように構成されたイオンビーム照射装置用プログラムであれば、上述したイオンビーム照射装置と同様の作用効果を発揮させることができる。
【発明の効果】
【0017】
このように構成した本発明によれば、モジュールの前処理時の状態を考慮した機械学習を行うことができ、新たな処理時における基本運転パラメータの初期値を、目的変数に応じて適切に決定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】本実施形態に係るイオンビーム照射装置の全体構成を示す模式図。
図2】同実施形態の制御装置及び機械学習装置の機能を示す機能ブロック図。
図3】同実施形態の制御装置及び学習装置の動作を示すフローチャート図。
図4】同実施形態の学習モデルの内容を説明するための図。
図5】その他の実施形態の制御装置及び機械学習装置の機能を示す機能ブロック図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<第1実施形態>
以下に本発明に係るイオンビーム照射装置の第1実施形態について図面を参照して説明する。
【0020】
本実施形態のイオンビーム照射装置100は、図1に示すように、ターゲットWにイオンビームIBを照射してイオン注入するためのイオン注入装置であり、イオンビームIBを生成するための複数のモジュール2~7と、これらのモジュール2~7の動作を制御する制御装置8とを備えている。なお、イオンビーム照射装置100は、イオン注入装置に限定されず、例えばイオンビームエッチング装置等であっても良い。
【0021】
具体的にこのイオンビーム照射装置100は、イオンビームIBが引き出されるイオン源2と、このイオン源2の下流側に設けられて、イオン源2から引き出されたイオンビームIBから質量数及び価数で特定される所望のドーパントイオンを選別して導出する質量分離器たる質量分離マグネット3とを少なくとも備えており、さらにこの実施形態では、質量分離マグネット3の下流側に設けられて、質量分離マグネット3から導出されたイオンビームIBを加速又は減速する加速管4と、この加速管4の下流側に設けられて、加速管4から導出されたイオンビームIBから特定のエネルギーのイオンを選別して導出するエネルギー分離器たるエネルギー分離マグネット5と、このエネルギー分離マグネット5の下流側に設けられて、エネルギー分離マグネット5から導出されたイオンビームIBを磁気的に一次元で(図1では紙面に沿った方向)走査する走査マグネット6と、この走査マグネット6の下流側に設けられて、走査マグネット6から導出されたイオンビームIBを基準軸に対して平行になるように曲げ戻して走査マグネット6と協働してイオンビームIBの平行走査を行うビーム平行化マグネット7とを備えている。これらの構成要素それぞれを、ここでは上述したようにモジュールと呼ぶ(以下、モジュールMと記す)。
なお、上述したモジュールMは必ずしも全て備えている必要はなく、例えばイオンビーム照射装置100が、ターゲットWの機械的な走査方向と直交する方向において、ターゲットWの寸法よりも大きい寸法のリボンビームを照射するように構成されている場合、走査マグネット6は不要であるし、その他の加速管4、エネルギー分離マグネット5、平行化マグネット7などのモジュールMも適宜取捨選択して構わない。
【0022】
制御装置8は、CPU、メモリ、ディスプレイ、入力手段などを有するコンピュータであり、前記メモリに記憶されたプログラムに従ってCPU及びその周辺機器を協働させることにより、図2に示すように、レシピ受付部81、基本運転パラメータ入力部82(以下、基パラ入力部82という)、及び基本運転パラメータチューニング部83(以下、基パラチューニング部83という)としての機能を少なくとも発揮するものである。
【0023】
レシピ受付部81は、被処理物に対する処理条件(以下、レシピという)を受け付けるものである。
レシピは、例えば図示しないホストコンピュータ等から送信されてくるデータであり、イオンビームIBに含まれるドーパントイオンのイオン種、イオンビームIBのビームエネルギー、イオンビームIBのビーム電流等といったイオンビームIBの質を示す種々の情報を含むデータである。
【0024】
基パラ入力部82は、各モジュールMの動作を制御するための基本運転パラメータ(以下、基パラという)の初期値を、各モジュールMに入力するものである。なお、基パラは、モジュールMの動作を制御するために必要な設定項目であり、各モジュールMそれぞれに対して予め設定されている。1つのモジュールMに対して1種類の基パラが設定されていても良いし、複数種類の基パラが設定されていても良い。
【0025】
ここで、イオンビーム照射装置100を構成するモジュールMは、プラズマ生成するためのイオン源系モジュール、イオン源2からイオンビームIBを引き出すための引出電極系モジュール、引き出されたイオンビームIBを制御するためのビームライン電磁場系モジュールに大別することができる。
【0026】
例えば、イオン源系モジュールとしては、イオン源2を構成するプラズマチャンバ、プラズマチャンバにプラズマ生成用ガスを供給するガス供給機構(流量制御装置など)、プラズマチャンバ内に磁場を生じさせるソースマグネット、プラズマチャンバに電子を放出するフィラメント等を挙げることができる。
また、イオン源系モジュールに設定されている基パラとしては、プラズマチャンバに供給するガス流量や、ソースマグネットに供給する供給電流や、アーク電流等を挙げることができる。
【0027】
引出電極系モジュールとしては、イオン源2からイオンビームIBを引き出す引出電極系を構成する抑制電極及び接地電極や、これらの電極の位置や離間距離等を調整する調整機構等をあげることができる。
また、引出電極系モジュールに設定されている基パラとしては、例えばプラズマチャンバ及び各電極の間の引出方向に沿った距離、各電極の位置、各電極の傾き等を挙げることができる。
【0028】
ビームライン電磁場系モジュールとしては、質量分離マグネット3、加速管4、エネルギー分離マグネット5、走査マグネット6、ビーム平行化マグネット7等を挙げることができる。
また、ビームライン電磁場系モジュールに設定されている基パラとしては、例えば質量分離マグネット3の磁束密度、加速管4に印加する電圧、エネルギー分離マグネット5の磁束密度、平行化マグネット7の磁束密度等を挙げることができる。
【0029】
なお、上記に列挙した基パラは、必ずしも全て必要なわけではなく、イオンビーム照射装置100の構成等に応じて適宜取捨選択して構わない。
【0030】
基パラチューニング部83は、基パラ入力部82により入力された基パラの初期値を調整するものであり、具体的には、生成されたイオンビームIBが処理条件を満たすように、すなわちレシピ通りのイオンビームIBが生成されるように、必要に応じて1又は複数種類の基パラの初期値を調整しながら各モジュールMをセットアップする。
【0031】
より具体的に説明すると、基パラチューニング部83は、予め定められたセットアップシーケンスに沿って基パラを調整するように構成されており、このセットアップシーケンスによって最終的に得られた基パラの調整値に基づいて、各モジュールMが動作することになる。なお、ここでいう調整値は、初期値を調整して得られた値と、調整がなされなかった初期値とを含む。
【0032】
なお、セットアップシーケンスは、例えばプラズマチャンバ内にプラズマを生成するプラズマ生成工程、引出電極系によるイオンビームIBの引き出し工程、イオンビームIBの加減速や軌道調整などを行うビーム調整工程、イオンビームIBのビーム電流量、ビーム角度、又はビーム電流密度などを計測するビーム計測工程等、複数の工程が含まれている。基パラチューニング部83は、図2に示すように、各工程において例えばビーム検出器(例えば、ファラデーカップ)等の種々の検出器Xにより検出された検出値が所定の目標値に近づくように、基パラの値をフィードバック制御等する。
【0033】
ここで、本実施形態のイオンビーム照射装置100は、図2に示すように、少なくとも1つのモジュールMの状態を示す状態パラメータの値(以下、モニタ値という)を記憶するモニタ値記憶部84をさらに備えている。
【0034】
ここで、レシピが同じであり、基パラの初期値として同じ値を入力したとしても、上述した基パラチューニング部83により得られる調整値は、その時のモジュールMの状態により変動する。そこで、本実施形態の状態パラメータには、基パラの全部又は一部が含まれており、モニタ値としては、基パラの調整値の全部又は一部が含まれている。具体的には、上述した基パラチューニング部83により得られた調整値の全部又は一部が、モニタ値としてモニタ値記憶部84に記憶されている。
【0035】
また、基パラ以外の状態パラメータとしては、処理の最中に変動するパラメータ、すなわち1又は複数回の処理の前後で差が生じるパラメータが含まれていても良い。このような状態パラメータとしては、フィラメント電流やフィラメント電圧が挙げられる。これらの状態パラメータは、基パラのように初期値が入力されるものではなく、処理の最中にフィラメントの状態の経時変化(例えば、フィラメント径の減少など)に起因して変動する変動値である。このような変動値は、図2に示すように、モニタ部Zによりモニタされており、それらの変動値がモニタ値としてモニタ値記憶部84に記憶されている。
【0036】
然して、本実施形態のイオンビーム照射装置100は、図1に示すように、上述した基パラ入力部82により入力される基パラの初期値を自動的に且つ適切に決定するための機械学習装置9をさらに備えている。
【0037】
この機械学習装置9は、CPU、メモリ、ディスプレイ、入力手段、人工知能などを有するコンピュータであって、ここでは上述した制御装置8とは別体であり、前記メモリに記憶されたイオンビーム照射装置用プログラムに従ってCPU及びその他の周辺機器を協働させることにより、図2に示すように、学習データ格納部91、機械学習部92、アルゴリズム格納部93、及び基本運転パラメータ出力部94(以下、基パラ出力部94という)としての機能を発揮するものである。
以下、各部91~94の機能の説明を兼ねて、この機械学習装置9を用いた各モジュールMのセットアップについて、図3のフローチャートを参照しながら説明する。
【0038】
まず、機械学習に用いる学習データを学習データ格納部91に格納する(S1)。
学習データは、例えば過去の複数の処理から得られるデータであり、過去の複数の処理における種々の実績値を含むものである。具体的にこの学習データは、図4に示すように、過去の各処理のレシピ、各処理において基パラ入力部82が各モジュールMに入力した基パラの初期値、各処理において基パラチューニング部83が調整して得られた基パラの調整値、各処理の終了時におけるモジュールMの状態パラメータのモニタ値、及び各処理における所定の目的変数の実績値が関連付けられたデータセットを複数組含むものである。なお、ここでのモニタ値には、上述したように、基パラの調整値の一部又は全部が含まれており、その他にもモニタ部Zによりモニタされた変動値も含まれている。ただし、モニタ値としては、基パラの調整値又は変動値の少なくとも一方が含まれていれば良い。
【0039】
そして、これらのデータのうち、過去の各処理の処理条件、各処理における基パラの初期値又は調整値の少なくとも一方、各処理の1つ前の処理(以下、前処理ともいう)における少なくとも1つのモジュールMのモニタ値、及び各処理における所定の目的変数の実績値が、一組のデータセットとして関連付けられている。なお、ここでのデータセットには、基パラの初期値及び調整値の両方が含まれている。また、ここでのデータセットには、必要に応じて各処理におけるビームラインの真空度なども関連付けられており、このデータセットの複数組が学習データに含まれている。
【0040】
目的変数は、後述する基パラ出力部94が新たな処理における基パラの初期値を出力するための基準であり、ここではセットアップ時間、すなわち処理を開始するまでに要する時間であり、少なくとも基パラチューニング部83が基パラの初期値を調整し始めてから調整値を得るまでに要するチューニング時間が含まれる。
【0041】
次に、機械学習部92が、学習データ格納部91に格納された学習データを用いて、新たな処理時に受け付けたレシピと、当該新たな処理の前処理における少なくとも1つのモジュールMのモニタ値とを少なくとも説明変数とした学習アルゴリズムを生成する(S2)。
この機械学習部92は、上述した人工知能により発揮される機能であり、教師あり学習、教師なし学習、強化学習、深層学習など適宜選択された機械学習を用いて上述した学習アルゴリズムを生成するように構成されている。
【0042】
機械学習部92は、生成した学習アルゴリズムを、前記メモリの所定領域に設定されたアルゴリズム格納部93に格納する。なお、アルゴリズム格納部93は、外部メモリやクラウドサーバ等に設けられていても良い。
【0043】
そして、上述したレシピ受付部81が新たな処理時のレシピを受け付けると、基パラ出力部94が、機械学習部92により生成された学習アルゴリズムを用いて、目的変数が所望の条件を満たすように、新たな処理時における基パラの初期値を出力する(S3)。
具体的に基パラ出力部94は、レシピ受付部81が受け付けた新たな処理時のレシピと、モニタ値記憶部84に記憶されている少なくとも1つのモジュールMの前処理時のモニタ値とを取得して、新たな処理におけるセットアップ時間を推測する。より具体的には、過去の複数回の処理時(例えば新たな処理時とレシピが同じ処理時や、前処理時とモニタ値が等しい或いは所定の範囲内に収まる処理時)における基パラの調整値を取得して、それぞれの調整値を新たな処理時の初期値として入力した場合のセットアップ時間をクラシフィケーション(格付け)或いは算出し、その結果を出力する。なお、過去の複数回の処理時における基パラの初期値を新たな処理時の初期値として入力した場合のセットアップ時間をクラシフィケーション(格付け)或いは算出し、その結果を出力しても良い。
【0044】
ここでの基パラ出力部94は、前処理の終了時におけるイオン源系モジュールの状態パラメータのモニタ値、具体的にはイオン源系モジュールの前処理時における基パラの調整値や、フィラメントの状態パラメータであるフィラメント電圧やフィラメント電流など取得し、これらのモニタ値を用いて基パラの初期値を決定している。ただし、基パラ出力部94は、フィラメント以外のイオン源系モジュールや、引出電極系モジュールや、ビームライン電磁場系モジュールの状態パラメータのモニタ値を取得して、これらのモニタ値を用いて基パラの初期値を決定しても良い。
【0045】
このようにして基パラ出力部94により出力された基パラの初期値の中から、例えばセットアップ時間が最短となるものなど、所定の判断条件に基づき最適と判断された初期値が、基パラ入力部82により各モジュールMに入力される(S4)。なお、この判断は、ここでは基パラ出力部94により行われているが、機械学習装置9とは別のコンピュータ(例えば、制御装置8)により行われても良いし、オペレータにより行われても良い。
【0046】
その後、上述したように基パラチューニング部83による基パラの調整が行われて(S5)、各モジュールMのセットアップが完了する。
【0047】
このように構成されたイオンビーム照射装置100によれば、学習データとして、前処理におけるモジュールMの状態パラメータのモニタ値が含まれているので、前処理時のモジュールMの状態を考慮した機械学習を行うことができる。
その結果、この機械学習により生成された学習モデルを用いることで、新たな処理時において、例えばセットアップ時間が最短となるような基パラの初期値を決定することができる。
【0048】
具体的に、本実施形態の機械学習装置9が出力した基パラの初期値を用いた各モジュールMに入力した場合と、従来の既存の基パラの初期値を各モジュールMに入力した場合とでセットアップ時間を比較した結果、前者の方が後者に比べて約半分のセットアップ時間であり、セットアップ時間の短縮化が図れることが確認された。
【0049】
ここで、複数のモジュールMのうち、引出電極系モジュールやビームライン電磁場系モジュールに比べて、イオン源系モジュールの方が、寿命が短いものが多くメンテナンスや交換の頻度が高い。
これに対して、本実施形態の学習データには、少なくともイオン源系モジュールの状態パラメータのモニタ値が含まれているので、モジュールMの中でも状態が変化しやすいイオン源の前処理時の状態を考慮して機械学習を行うことができ、新たな処理時における初期値をより適切に決定することができる。
【0050】
さらに、イオン源系モジュールの基パラとして、プラズマチャンバに供給されるガス流量や、ソースマグネットへの供給電流が含まれており、これらの基パラがプラズマの生成効率に支配的であることから、モデリングが困難なプラズマを効率良く生成することができるように、ガス流量やソースマグネットへの供給電流の初期値を適切に決定することができる。
【0051】
<第2実施形態>
次に、本発明に係るイオンビーム照射装置の第2実施形態について説明する。
【0052】
第2実施形態のイオンビーム照射装置100は、前記第1実施形態と同様、学習アルゴリズムに基づき得られた基パラの初期値を各モジュールMに入力して調整する動作(以下、AI基パラモードという)と、このAI基パラモードに頼ることなく、制御装置8(ビームコントローラ)が選択した基パラの初期値を各モジュールMに入力して調整する動作(以下、BC基パラモードという)とが切り替わる点において、前記第1実施形態とは異なる。
【0053】
まず、AI基パラモードによる動作については、前記第1実施形態で述べた通りであるので、以下ではBC基パラモードについて簡単に説明する。
BC基パラモードとしては、例えば制御装置8の従来のセットアップシーケンスを挙げることができる。具体的には、レシピ受付部81がレシピを受け付けると、基パラ入力部82が、基パラの初期値として、例えばレシピに応じて予め記憶されている初期値や、受け付けたレシピと同じレシピの過去の処理時に用いられた初期値を選択して、その選択した初期値を各モジュールMに入力する。その後、基パラチューニング部83が、レシピ通りのイオンビームIBが生成されるように、入力された基パラの初期値を調整して、各モジュールMをセットアップする。
【0054】
然して、本実施形態の制御装置8は、図5に示すように、リカバリ部85及び事前予知部86の一方又は両方の機能をさらに備えている。
【0055】
リカバリ部85は、BC基パラモードによる各モジュールMのセットアップが完了せず、異常終了した場合に、そのことを示す異常信号を取得するとともに、各モジュールMのセットアップシーケンスをBC基パラモードからAI基パラモードに切り替えるものである。
【0056】
具体的にリカバリ部85は、異常信号を取得すると、基パラ入力部82の動作をBC基パラモードからAI基パラモードに切り替えて、再び各モジュールMに基パラの初期値を入力させる。すなわち、基パラ入力部82は、前記実施形態で述べたように、基パラ出力部94が学習アルゴリズムを用いて決定し出力した基パラの初期値を取得し、その初期値を各モジュールMに入力する。
【0057】
リカバリ部85としては、基パラ入力部82の動作をBC基パラモードからAI基パラモードに切り替えてもなお異常信号を検出した場合、再度AI基パラモードで基パラ入力部82を動作させても良い。この場合、基パラ出力部94としては、基パラの初期値として、例えば複数のモジュールの中でも状態が変化しやすいイオン源系モジュールの初期値を変更したものをすることが好ましい。
【0058】
事前予知部86は、BC基パラモードによる動作の開始前に、レシピ受付部81が受け付けたレシピに基づいて、BC基パラモードによる各モジュールMのセットアップが完了するか否かを予測するものである。
【0059】
より具体的に説明すると、事前予知部86は、例えば以下の事象のうちの1又は複数が生じているか否かを判断し、1又は複数の事象が生じている場合に、BC基パラモードによるセットアップが完了しない蓋然性が高いと判断する。
【0060】
・受け付けたレシピと同じレシピが、過去所定期間(例えば1ヶ月間)に亘って受け付けられていない場合。
・受け付けたレシピと同じレシピの1又は複数回前の処理において、所定の実績値(例えば、イオンビームIBのビーム電流量、イオンビームIBのビーム角度、イオンビームIBのビーム電流密度など)が所定の数値範囲を超えている場合。
・受け付けたレシピと同じレシピの1又は複数回前の処理において、BC基パラモードによるセットアップが完了していない場合。
・受け付けたレシピと同じレシピの1又は複数回前の処理が、大気開放してから最初或いは所定の処理回数までに行われている場合。
【0061】
そして、事前予知部86は、BC基パラモードにより各モジュールMのセットアップが完了すると予測した場合は、基パラ入力部82をBC基パラモードにより動作させる。
一方、事前予知部86は、BC基パラモードにより各モジュールMのセットアップが完了しないと予測した場合は、基パラ入力部82をAI基パラモードにより動作させる。
【0062】
このような構成であれば、例えば過去の実績から短時間でセットアップを完了することのできているレシピに関してはBC基パラモードを用いつつ、セットアップが完了しない或いは完了までに時間のかかるレシピに関してはAI基パラモードを用いることができる。
これにより、セットアップシーケンスをこれまでのものから大きく変更することなく、AI基パラモードによるセットアップ動作を導入することができ、従来に比べてセットアップ時間のさらなる短縮化やセットアップ成功率のさらなる向上を図れる。
【0063】
<その他の実施形態>
なお、本発明は前記実施形態に限られるものではない。
【0064】
例えば、前記実施形態では、目的変数をセットアップ時間として説明していたが、調整値が得られたか否かを示す指標値、言い換えればセットアップが完了したか否かを示す指標値、イオンビームIBのビーム電流量、イオンビームIBのビーム角度、又はイオンビームIBのビーム電流密度等としても良い。
【0065】
また、基パラ出力部94としては、例えば、セットアップ時間が所定の時間内に収まり、且つ、イオンビームIBのビーム電流量、イオンビームIBのビーム角度、又はイオンビームIBのビーム電流密度等のイオンビームIBの質が所定の条件を満たすように、基パラの初期値を出力するように構成されていても良い。
【0066】
さらに、機械学習装置9としては、学習データを用いて生成した学習アルゴリズムに基づき、新たな処理における目的変数(例えば、セットアップ時間)を予測する目的変数予測部としての機能を備えていても良い。
【0067】
加えて、前記実施形態では、説明変数として、前処理の終了時における状態パラメータのモニタ値を用いていたが、前処理の最中の状態パラメータのモニタ値を用いても良い。
【0068】
加えて、前記実施形態の機械学習装置9が備える機能の一部又は全部は、制御装置8が備えていても良い。
【0069】
その他、本発明は前記実施形態に限られず、その趣旨を逸脱しない範囲で種々の変形が可能であるのは言うまでもない。
【符号の説明】
【0070】
100・・・イオンビーム照射装置
8 ・・・制御装置
81 ・・・レシピ受付部
82 ・・・基パラ入力部
83 ・・・基パラチューニング部
9 ・・・機械学習装置
91 ・・・学習データ格納部
92 ・・・機械学習部
93 ・・・アルゴリズム格納部
94 ・・・基パラ出力部
図1
図2
図3
図4
図5