(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-25
(45)【発行日】2022-08-02
(54)【発明の名称】核磁気共鳴測定方法及び装置
(51)【国際特許分類】
G01N 24/08 20060101AFI20220726BHJP
【FI】
G01N24/08 510P
G01N24/08 510D
(21)【出願番号】P 2019223772
(22)【出願日】2019-12-11
【審査請求日】2020-12-03
(73)【特許権者】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】503359821
【氏名又は名称】国立研究開発法人理化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】特許業務法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西山 裕介
【審査官】赤木 貴則
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2012/0326717(US,A1)
【文献】欧州特許出願公開第01098204(EP,A1)
【文献】特表2009-514946(JP,A)
【文献】特開2013-195273(JP,A)
【文献】特開2013-148424(JP,A)
【文献】PANDEY, M. K. and NISHIYAMA, Y.,Proton-Detected 3D 14N/14N/1H Isotropic Shift Correlation Experiment mediated through 1H-1H RFDR Mixing on a Natural Abundant Sample under Ultrafast MAS,Journal of Magnetic Resonance,2015年07月17日,Vol. 258,pp. 96-101,doi:10.1016/j.jmr.2015.06.012
【文献】製品規格書 L-ヒスチジン塩酸塩一水和物,富士フイルム和光株式会社,2018年11月01日,p. 1,https://labchem-wako.fujifilm.com/jp/product/spec_08-0070.pdf?jeAttribute=J
【文献】医薬品インタビューフォーム 小児TPN用総合アミノ酸製剤 プレアミン(R)-P注射液,2011年8月改定(改定第5版),2011年08月,pp. 1-37,https://www.fuso-pharm.co.jp/cnt/seihin/parts/106/106_i.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 22/00-G01N 22/04
G01N 24/00-G01N 24/14
G01N 27/72-G01N 27/9093
G01R 33/00-G01R 33/64
G01N 35/00-G01N 37/00
G01N 1/00-G01N 1/44
A61B 5/055
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
結晶である注目粒子及びそれ以外の結晶である非注目粒子を含む固体試料を測定する方法であって、
前記注目粒子内
に存在
し且つ前記非注目粒子内には存在しない特定原子の核スピンを操作することにより、前記注目粒子内において前記特定原子の近傍に存在する近傍水素原子に所定の磁化を生じさせる初期工程と、
前記注目粒子内において前記近傍水素原子の所定の磁化が前記近傍水素原子の周囲に存在する周囲水素原子へ拡散した後に、前記注目粒子内に拡散した磁化を直接的又は間接的に観測する観測工程と、
を含むことを特徴とする核磁気共鳴測定方法。
【請求項2】
請求項1記載の核磁気共鳴測定方法において、
前記所定の磁化は、前記特定原子の核スピンにより変調された磁化である、
ことを特徴とする核磁気共鳴測定方法。
【請求項3】
請求項1記載の核磁気共鳴測定方法において、
前記所定の磁化は、前記特定原子から前記近傍水素原子へ移動した磁化である、
ことを特徴とする核磁気共鳴測定方法。
【請求項4】
請求項1記載の核磁気共鳴測定方法において、
前記初期工程では、前記特定原子の核スピンにより前記近傍水素原子に磁化を生じさせるサブパルスシーケンスに従って、前記注目粒子を含む
前記固体試料に対して電磁波が照射される、
ことを特徴とする核磁気共鳴測定方法。
【請求項5】
請求項1記載の核磁気共鳴測定方法において、
前記注目粒子内において前記近傍水素原子の所定の磁化を前記周囲水素原子へ拡散させるサブパルスシーケンスに従って、前記注目粒子を含む
前記固体試料に対して電磁波を照射する拡散工程を含む、
ことを特徴とする核磁気共鳴測定方法。
【請求項6】
請求項1記載の核磁気共鳴測定方法において、
前記注目粒子は
前記固体試料としての医薬品に含まれる有効成分の結晶であ
り、
前記非注目粒子は前記医薬品に含まれる賦形剤の結晶である、
ことを特徴とする核磁気共鳴測定方法。
【請求項7】
結晶である第1注目粒子、結晶である第2注目粒子及びそれら以外の結晶である非注目粒子を含む固体試料を測定する方法であって、
前記第1注目粒子内に存在し且つ前記第2注目粒子及び前記非注目粒子内には存在しない第1特定原子の核スピンを操作することにより、前記第1注目粒子内において前記第1特定原子の近傍に存在する近傍水素原子に所定の磁化を生じさせる第1初期工程と、
前記第2注目粒子内に存在し且つ前記第1注目粒子及び前記非注目粒子内には存在しない第2特定原子の核スピンを操作することにより、前記第2注目粒子内において前記第2特定原子の近傍に存在する近傍水素原子に所定の磁化を生じさせる第2初期工程と、
前記第1注目粒子内において前記近傍水素原子の所定の磁化が前記近傍水素原子の周囲に存在する周囲水素原子へ拡散した後に、前記第1注目粒子内に拡散した磁化を直接的又は間接的に観測する第1観測工程と、
前記第2注目粒子内において前記近傍水素原子の所定の磁化が前記近傍水素原子の周囲に存在する周囲水素原子へ拡散した後に、前記第2注目粒子内に拡散した磁化を直接的又は間接的に観測する第2観測工程と、
を含むことを特徴とする核磁気共鳴測定方法。
【請求項8】
結晶である注目粒子及びそれ以外の結晶である非注目粒子を含む固体試料を測定する核磁気共鳴測定装置であって、
初期状態形成用サブパルスシーケンスに従って
前記固体試料に対して電磁波を照射して前記固体試料中の
前記注目粒子内
に存在
し且つ前記非注目粒子内には存在しない特定原子の核スピンを操作することにより、前記注目粒子内において前記特定原子の近傍に存在する近傍水素原子に所定の磁化を生じさせる手段と、
前記注目粒子内において前記近傍水素原子の所定の磁化が前記近傍水素原子の周囲に存在する周囲水素原子へ拡散した後に、前記注目粒子内に拡散した磁化を直接的又は間接的に観測する手段と、
を含むことを特徴とする核磁気共鳴測定装置。
【請求項9】
請求項8記載の核磁気共鳴測定装置において、
前記固体試料を収容した容器を傾斜させつつ回転させる回転機構を含み、
前記容器が回転している状態において、前記近傍水素原子に所定の磁化が生じ、且つ、前記注目粒子内に拡散した磁化が観測される、
ことを特徴とする核磁気共鳴測定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核磁気共鳴測定方法及び装置に関し、特に、固体試料で生じる核磁気共鳴の測定に関する。
【背景技術】
【0002】
核磁気共鳴(NMR:Nuclear Magnetic Resonance)測定装置は、試料に対して電磁波を照射し、試料において生じたNMRを観測することにより、NMRスペクトルを生成する装置である。NMRスペクトルを解析することにより、試料の化学的構造等を特定することが可能となる。
【0003】
固体試料中に、解析対象となる結晶(注目結晶)とそれ以外の結晶(非注目結晶)が含まれている場合において、非注目結晶の影響を受けずに、注目結晶からのNMR情報を取得したいとの要望がある。例えば、散剤又は錠剤としての医薬品において、注目結晶はその医薬品に含まれる有効成分の結晶であり、非注目結晶はその医薬品に含まれる賦形剤成分の結晶である。医薬品には、通常、多数の賦形剤成分が含まれる。上記要望は、具体的には、多数の賦形剤成分に影響されずに、有効成分の結晶からのNMR情報のみを取得したいというものである。アモルファス中の特定のドメインやポリマーブレンド中の特定のドメインについても上記同様の要望がある。しかし、従来、それらの要望に応える技術は実現されていない。
【0004】
特許文献1には、測定を希望しない分子種に起因するシグナルを除去又は減弱できるNMR測定方法が記載されている。しかし、特許文献1には、結晶、ドメイン等の粒子を単位として測定対象を選択できる技術は開示されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、試料中に注目粒子と非注目粒子とが含まれる場合において、非注目粒子に影響されずに注目粒子からNMR情報を取得する技術を実現することにある。あるいは、本発明の目的は、有効成分と賦形剤成分とを含む医薬品に関し、賦形剤成分に影響されずに有効成分に対してNMR測定を行うことにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示に係る核磁気共鳴測定方法は、注目粒子内に特異的に存在する特定原子の核スピンを操作することにより、前記注目粒子内において前記特定原子の近傍に存在する近傍水素原子に所定の磁化を生じさせる初期工程と、前記注目粒子内において前記近傍水素原子の所定の磁化が前記近傍水素原子の周囲に存在する周囲水素原子へ拡散した後に、前記注目粒子内に拡散した磁化を直接的又は間接的に観測する観測工程と、を含むことを特徴とする。
【0008】
本開示に係る核磁気共鳴測定装置は、初期状態形成用サブパルスシーケンスに従って固体試料に対して電磁波を照射して前記固体試料中の注目粒子内に特異的に存在する特定原子の核スピンを操作することにより、前記注目粒子内において前記特定原子の近傍に存在する近傍水素原子に所定の磁化を生じさせる手段と、前記注目粒子内において前記近傍水素原子の所定の磁化が前記近傍水素原子の周囲に存在する周囲水素原子へ拡散した後に、前記注目粒子内に拡散した磁化を直接的又は間接的に観測する手段と、を含むことを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本開示によれば、固体試料中に注目粒子と非注目粒子とが含まれる場合において、非注目粒子に影響されずに注目粒子からNMR情報を選択的に得られる。あるいは、本開示によれば、有効成分と賦形剤成分とを含む医薬品に関し、賦形剤成分に影響されずに有効成分に対してNMR測定を行える。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】実施形態に係るNMR測定装置の構成例を示す図である。
【
図2】実施形態に係るNMR測定方法の原理を示す図である。
【
図3】実施形態に係るNMR測定方法の一例を示す図である。
【
図4】実施形態に係るNMR測定方法を実施した結果を示す図である。
【
図5】磁化の変調及び磁化の移動を行う方法のバリエーションを示す図である。
【
図6】スピン拡散方法のバリエーションを示す図である。
【
図8】他の実施形態に係るNMR測定方法の原理を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、実施形態を図面に基づいて説明する。
【0012】
(1)実施形態の概要
実施形態に係る核磁気共鳴測定方法は、初期工程、及び、観測工程を有する。初期工程は、注目粒子内に特異的に存在する特定原子の核スピンを操作することにより、注目粒子内において特定原子の近傍に存在する近傍水素原子に所定の磁化を生じさせる工程である。観測工程は、注目粒子内において近傍水素原子の所定の磁化が近傍水素原子の周囲に存在する周囲水素原子へ拡散した後に、注目粒子内に拡散した磁化を直接的又は間接的に観測する工程である。
【0013】
上記方法は、特定原子が注目粒子内に特異的に存在すること、及び、磁化の拡散が粒子外まで及ばないこと、を利用して、注目粒子からのNMR情報を選択的に観測するものである。
【0014】
具体的に説明すると、特定原子の核スピンと近傍水素原子の核スピンの間には、直接的相互作用及び間接的相互作用が存在する。電磁波の照射を利用して特定原子の核スピンを操作することにより、それと相互作用している近傍水素原子の核スピンを変化させ得る。つまり、近傍水素原子において上記操作に由来する固有の磁化(所定の磁化)を生じさせることが可能である。所定の磁化は、以下に説明するように、変調磁化成分であり、あるいは、移動磁化成分である。拡散源という観点から見て、所定の磁化は、拡散源としての種(たね)磁化とも言い得る。
【0015】
注目粒子内において、水素原子の核スピン間には直接的相互作用及び間接的相互作用が存在する。そのような相互作用により、近傍水素原子において生じた所定の磁化が周囲水素原子へ拡散する。換言すれば、注目粒子内において水素原子の核スピンが拡散する。磁化の拡散は自然的に生じ得るが、電磁波照射を利用して磁化の拡散を促進し得る。磁化の拡散は、基本的に、注目粒子内にのみ及び、注目粒子外には及ばない。結局、注目粒子内の水素原子の全部又は一部に上記操作に由来する固有の磁化が生じ、その磁化が直接的又は間接的に観測される。
【0016】
注目粒子以外の粒子(非注目粒子)に水素原子が含まれていても、そこには所定の磁化が生じないので、非注目粒子は測定対象から自然に除外される。仮に、非注目粒子内に所定の磁化が生じたとしても、それは非常に僅かなものであるから、それは事実上無視し得る。なお、特定原子は水素原子以外の原子である。水素原子は基本的に1Hである。本願明細書において、1H=1Hである。
【0017】
実施形態において、所定の磁化は、特定原子の核スピンにより変調された磁化である。すなわち、近傍水素原子が磁化を有している状態において、特定原子の核スピンを操作することにより、近傍水素原子の磁化が変化する。すなわち、変調磁化成分が生じる。その変調磁化成分が拡散源となり、また観測対象となる。
【0018】
実施形態において、所定の磁化は、特定原子から近傍水素原子へ移動した磁化である。つまり、移動磁化成分である。磁化の変調及び磁化の移動のいずれも、原子核間の相互作用を利用するものである。相互作用の例として、双極子相互作用、J相互作用、等が挙げられる。分極移動も相互作用の一形態である。
【0019】
実施形態において、初期工程では、特定原子の核スピンにより近傍水素原子に所定の磁化を生じさせるサブパルスシーケンスに従って、注目粒子を含む固体試料に対して電磁波が照射される。そのようなサブパルスシーケンスとして公知の各種パルスシーケンスを利用し得る。なお、サブパルスシーケンスは、工程単位で実行されるパルスシーケンスを意味する。一連の複数の工程に対応する複数のサブパルスシーケンスにより、パルスシーケンスが構成される。
【0020】
実施形態においては、初期工程と観測工程との間に拡散工程が設けられる。拡散工程は、注目粒子内において近傍水素原子の所定の磁化を周囲水素原子へ拡散させるサブパルスシーケンスに従って、注目粒子を含む固体試料に対して電磁波を照射する工程である。実施形態において、拡散工程において拡散させる磁化は縦磁化又は横磁化である。縦磁化を拡散させる場合には、初期工程の最後で特定原子の核スピンに起因して近傍水素原子において縦磁化が生じるように電磁波が照射される。横磁化を拡散させる場合には、初期工程の最後で特定原子の核スピンに起因して近傍水素原子において横磁化が生じるように電磁波が照射される。磁化の拡散のためのサブパルスシーケンスとして公知の各種パルスシーケンスを利用し得る。MAS(Magic Angle Spinning)法に従って固体試料を収容した容器が傾斜状態で回転駆動される場合、1H核スピン間の相互作用を復活させるリカップリング技術が利用され得る。
【0021】
実施形態において、観測工程では、注目粒子内に拡散した磁化の緩和が観測される。観測される磁化は、通常、横磁化である。拡散工程において縦磁化の拡散を選択した場合、観測工程の最初に縦磁化から横磁化を生じさせるパルスが固体試料に照射される。拡散工程において横磁化の拡散を選択した場合にはそのようなパルスの照射が不要となる。拡散後において水素原子が有する磁化を直接的に観測してもよいが、水素原子から他の原子へ磁化を移動させ、移動後の磁化を観測するようにしてもよい。すなわち、水素原子が有する磁化が間接的に観測されてもよい。
【0022】
実施形態において、注目粒子は医薬品に含まれる有効成分の結晶である。その結晶から得られるNMR情報に基づいて有効成分の結晶形等を解析し得る。通常、医薬品には賦形剤も含まれるが、上記方法によれば、賦形剤からのNMR情報の混入を防止できる。磁化の拡散は、基本的に、結晶外には及ばない。上記方法は、その性質を利用して結晶内の水素原子だけが固有の磁化を有する状態を形成するものである。アモルファス材料中の特定ドメイン内において磁化を拡散させてもよい。あるいは、ポリマーブレンド中の特定ドメイン内において磁化を拡散させてもよい。それらの場合、特定ドメインが注目粒子となる。なお、上記方法は、MAS法が適用されない場合においても、実施し得る。
【0023】
実施形態に係る核磁気共鳴測定装置は、初期状態形成手段、及び、拡散磁化観測手段を有する。初期状態形成手段は、初期状態形成用サブパルスシーケンスに従って固体試料に対して電磁波を照射して固体試料中の注目粒子内に特異的に存在する特定原子の核スピンを操作することにより、注目粒子内において特定原子の近傍に存在する近傍水素原子に所定の磁化を生じさせるものである。拡散磁化観測手段は、注目粒子内において近傍水素原子の所定の磁化が近傍水素原子の周囲に存在する周囲水素原子へ拡散した後に、注目粒子内に拡散した磁化を直接的又は間接的に観測するものである。固体試料に対する電磁波の照射により磁化の拡散を促進させる磁化拡散手段が設けられてもよい。
【0024】
上記の各手段は、制御部、シーケンサー、送信部、受信部、及び、NMRプローブに相当する。制御部はプログラムに従って動作するプロセッサを含む。同様に、シーケンサーは、制御部の制御の下で各パルスシーケンスを生成するプロセッサを含む。
【0025】
実施形態に係る核磁気共鳴測定装置は、固体試料を収容した容器を傾斜させつつ回転させる回転機構を含む。容器が回転している状態において、近傍水素原子に磁化が生じ、且つ、注目粒子内に拡散した磁化が観測される。
【0026】
(2)実施形態の詳細
図1には、実施形態に係るNMR測定装置の構成例が示されている。図示されたNMR測定装置は、実施形態に係るNMR測定方法を実行する装置である。その方法は、具体的には、医薬品としての錠剤に含まれる、有効成分(API:Active Pharmaceutical Ingredient)の結晶からのNMR信号を選択的に取得する方法である。有効成分の結晶は注目粒子と言い得る。これに対し、錠剤に含まれる各賦形剤の結晶はそれぞれ非注目粒子と言い得る。
【0027】
図1において、NMR測定装置は、分光計10を有する。分光計10は制御コンピュータ25を有する。制御コンピュータ25は、パーソナルコンピュータ、専用コンピュータ、その他の情報処理装置により構成される。制御コンピュータ25は、以下に説明する複数の工程を実行するためのパルスシーケンスプログラム(命令列)を生成する。パルスシーケンスプログラムは、パルスシーケンスを定義するプログラムであり、それを解釈することによって実際のパルスシーケンスが生成される。もちろん、ユーザーがパルスシーケンスを直接的に記述又は指定してもよい。制御コンピュータ25には、演算部及び制御部として機能するプロセッサが含まれる。
【0028】
シーケンサー26は、パルスシーケンスプログラムに従ってパルスシーケンスを生成する。具体的には、シーケンサー26は、パルスシーケンスに従う送信信号(送信パルス列)が生成されるように、送信部27の動作を制御している。パルスシーケンスは複数の工程に対応した複数のサブパルスシーケンスの連結体に相当する。シーケンサー26にはプロセッサが含まれる。図示の構成例では、シーケンサー26は受信部28の動作も制御している。送信部27は、信号発生回路、信号加算器、パワーアンプ等を有する電子回路である。送信信号はNMRプローブ18へ送られている。送信部27及び受信部28は送信受信手段として機能する。
【0029】
測定部12は、静磁場発生器16及びNMRプローブ18を有する。NMRプローブ18は観測手段の主要部として機能するものであり、それは、挿入部20及び基部22により構成される。静磁場発生器16に形成されたボア14内に挿入部20が挿入されている。挿入部20の下端に基部22が設けられている。挿入部20の先端部分はプローブヘッドを構成しており、その内部には、試料管24を回転駆動する回転機構(スピナー)が設けられている。回転機構は、試料管24を静磁場方向(z方向)に対して所定角度(マジック角)傾けつつ、それを回転駆動する。
【0030】
NMRプローブ18は、送信信号に基づいて試料に対してRF波を照射し、また、試料からのNMR信号(FID信号)を検出して受信信号を出力する。NMRプローブ18内には、そのための電気回路が設けられている。その電気回路は、検出コイル、同調用コンデンサ、整合用コンデンサ等を含む。試料管24内には、所定処理を経た固体試料(具体的には粉末状に加工された薬剤)が収容されている。
【0031】
受信部28は、検波器、A/D変換器等を有する電子回路である。受信部28から出力されたデジタル受信信号がFFT回路29に送られている。FFT回路29は、FID信号に対するFFT演算によりNMRスペクトルを生成する。NMRスペクトルに基づいて、固体試料に対する定量解析、構造解析等を行える。NMRスペクトルの解析が制御コンピュータ25において実行されてもよい。NMRスペクトルの解析により、有効成分の結晶についての結晶形、結晶構造等を特定し得る。
【0032】
図2には、実施形態に係るNMR測定方法の原理が概念図として示されている。(A)は、初期状態にある薬剤30を示している。(B)は、拡散状態にある薬剤30を示している。図示の例において、薬剤30には、有効成分の結晶32、及び、様々な賦形剤34~40が含まれる。賦形剤34~40も通常、それぞれ結晶として存在している。有効成分の結晶32内には、14N及び1Hが含まれる。ここで、14Nは、有効成分の結晶32内に特異的に含まれる。つまり、14Nは賦形剤34~40には含まれていない。1Hは有効成分の結晶32及び賦形剤34~40の両方に含まれる。
【0033】
実施形態においては、初期状態の形成に当たって、14N(符号43を参照)の核スピンを操作することにより、結晶32内において14Nに直接的に結合した近傍1H(符号44を参照)だけに所定の磁化(核スピンの操作に由来する磁化成分)が生じるように(また、賦形剤34~40内の1Hに当該磁化成分が生じないように)、薬剤30に対して電磁波が照射される(符号42を参照)。
【0034】
そのための第1方法として、14Nの核スピンにより、近傍1Hが有している磁化を変調する方法が挙げられる。その場合、変調により生じた磁化成分に起因する信号成分が観測対象となる。それ以外の信号成分は、信号処理過程(具体的には積算過程)でキャンセルされる。近傍1Hだけに磁化を生じさせる第2方法として、14Nの磁化を近傍1Hへ移動させる方法が挙げられる。その場合、移動した磁化成分に起因する信号成分が観測対象となる。
【0035】
初期状態の形成後、(B)に示されるように、近傍1Hが有する所定の磁化を結晶32内で拡散させる工程が実行される。その場合、核スピンの自然拡散を利用してもよいし、スピン拡散用のサブパルスシーケンスに従って電磁波を薬剤30に照射して核スピンの拡散を促進させてもよい。近傍1H(符号44を参照)の所定の磁化を出発点として、周囲1H(符号46を参照)が所定の磁化を有することになる。図示の例では、結晶32のほぼ全体にわたって所定の磁化が拡散している。もっとも、所定の磁化を有しない一部の1H(符号48を参照)が存在してもよい。磁化拡散は、基本的に、結晶32内においてのみ生じ、結晶32の外側にまでは及ばない(基本的に、結晶間の距離は大きく、結晶間にわたって核スピンは拡散しない)。
【0036】
なお、仮に、ある結晶中の14N近傍に他の結晶中の1Hが存在し、14Nの核スピンの変化により1Hにおいて磁化が生じたとしても、それは全体から見て無視し得る程度の僅かなものである。
図2においては、1つの結晶32が示されているが、実際には、薬剤30中の各結晶32内において磁化拡散が生じることになる。
【0037】
その後、符号49で示されるように、拡散した磁化の緩和が直接的又は間接的に観測される。その場合、結晶32中の1Hが有する磁化の緩和が観測されてもよいし、その磁化を他の原子へ移動させ、移動した磁化の緩和が観測されてもよい。移動した磁化を再び1Hに移動させて、移動後の磁化の緩和を観測してもよい。
【0038】
実施形態に係るNMR測定方法によれば、薬剤に含まれる賦形剤34~40の影響を受けることなく、有効成分の結晶32のみを観測対象とすることができる。よって、結晶32の化学的構造等を精度良く解析することが可能となる。同様の手法が工業材料に含まれる結晶に対して適用されてもよい。また、同様の手法がアモルファス中の特定ドメインやポリマーブレンド中の特定ドメインに適用されてもよい。磁化変調用原子又は磁化移動用原子である特定原子として、14Nの他、15N、19F、33S、35Cl、37Cl、79Br、81Br等が挙げられる。
【0039】
次に、
図3及び
図4を用いて実施例について説明する。測定対象である有効成分は、具体的には、L-cysteineである。注目粒子はL-cysteineの結晶であり、磁化変調のために操作する核スピンは、14Nの核スピンである。14NはL-cysteineにだけ含まれ、賦形剤には含まれていない(
図3において14Nは原子Yとして表現されている)。
【0040】
図3において、(A)は、実施例に係るNMR測定方法を構成する3つの工程を示している。すなわち、初期工程(変調又は移動の工程)50、拡散工程52、及び、観測工程54を示している。各工程はNMR測定装置により自動的に実行される。なお、薬剤は容器内に収容されており、その容器はMAS法に従って連続的に回転駆動される。
【0041】
図3において、(B)はパルスシーケンスを示している。パルスシーケンスは、3つの工程に対応する3つのサブパルスシーケンスにより構成される。パルスシーケンスの上段は1Hに対して作用するパルス列を示している(それには受信過程も含まれる)。パルスシーケンスの下段は、14Nに対して作用するパルス列を示している。なお、変調磁化成分を抽出するため、一部の条件を変更しつつ、パルスシーケンスが繰り返しn回実行される。n回の測定により得られたn個の受信信号が積算される。
【0042】
図3に示す実施例では、初期工程50において、HMQC(Heteronuclear Multiple Quantum Correlation)に準拠するサブパルスシーケンスに従って、固体試料である薬剤に対して電磁波が照射される。薬剤中の1Hにおいて生じた磁化の内で、14Nの近傍にある1Hの磁化が14Nの核スピンにより特異的に変調される。例えば、90度パルスの位相(φ1)を変化させつつ複数回の照射を行って、それらにより得られた複数の受信信号を積算することにより、変調磁化成分のみを取り出せる。
【0043】
なお、続く拡散工程52において、縦磁化の拡散を行わせる場合には、初期工程50の最後で変調磁化成分として縦磁化が残される。その場合には、90度パルス62が照射される。拡散工程52において、横磁化の拡散を行わせる場合には、初期工程50の最後で変調磁化成分として横磁化が残される。その場合には、90度パルス62の照射は不要となる。初期工程50においては様々な方法を利用することが可能である。そのバリエーション例を後に
図5を用いて説明する。
【0044】
拡散工程52は、結晶内の近傍1Hが有する磁化を結晶内に拡散させる工程である。図示の例では、1H-1Hリカップリングを生じさせる方法(RFDR(Radio-Frequency Driven Recoupling)法)が実施されている。それは容器の回転角度が所定範囲内にある場合に所定のパルスを照射することにより、MAS法で消失した1H-1Hカップリングを復活させるものである。磁化拡散方法のバリエーション例を後に
図6を用いて説明する。磁化の拡散は個々の結晶内においてのみ生じる。
【0045】
観測工程54では、結晶中の1Hが有する磁化の緩和が直接的又は間接的に観測される。図示の例では、90度パルス(シングルパルス)を利用して磁化の緩和が観測されている。観測方法のバリエーション例を後に
図7を用いて説明する。上記のように、所定パルスの位相を変えながら取得された複数のNMR受信信号が積算される。
【0046】
図4には、実施例を実行した結果が示されている。
図4の最上段には、薬剤全体に及ぶ1Hが有する磁化を観測することにより生成されたNMRスペクトル70が示されている。NMRスペクトル70には、有効成分からの信号成分及び賦形剤からの信号成分が含まれており、そこから前者の信号成分だけを弁別、抽出することは非常に難しい。
図4の中段上側には、14Nの近傍にある(14Nに直結した)1Hが有する磁化を観測することにより生成されたNMRスペクトル72が示されている。そのNMRスペクトル72は、有効成分に由来するものであるが、拡散工程を経ていないために、有効成分に相当する信号成分は微弱である。
【0047】
図4の中段下側には、実施例の方法により生成されたNMRスペクトル74が示されている。有効成分の結晶に含まれる多くの1Hからの信号が観測されている。ちなみに、
図4の下段には、有効成分のみを測定対象として通常の方法により観測された1HのNMRスペクトル76が示されている。実施例に係るNMRスペクトル74は、そのNMRスペクトル76に近い形態を有している。これは、実施例に係る方法の有効性を裏付けるものである。
【0048】
図5には、初期工程50のバリエーションが例示されている。符号78に示されるように、REDOR(Rotational Echo DOuble Resonance)法又はREAPDOR(Rotational Echo Adiabatic Passage DOuble Resonance)法を用いて、14Nに直接的に結合した1Hに変調磁化成分を生じさせてもよい。その場合、反転パルスの有無を切り換えつつn回のパルスシーケンスが実行される。なお、符号79は90度パルスを示している。横磁化の拡散を行わせる場合には当該90度パルス79が照射される。このことは以下に説明する他のサブパルスシーケンスにおいても同様である。
【0049】
14Nに直接的に結合した1Hに変調磁化成分を生じさせるために、符号80で示されるように、RESPDOR(Resonance Echo Saturation Pulse DOuble Resonance)法が用いられてもよい。それは飽和パルスの有無を切り換えるものである。符号82に示されるように、HSQC(Heteronuclear Single Quantum Correlation)法が用いられてもよい。それはパルスの位相を変化させるものである。符号84で示されるように、REDORにおいて、リカップリングパルスの有無が切り換えられてもよい。
【0050】
符号86で示されるように、CP(Cross Polarization)法に基づく磁化の移動が行われてもよい。符号88で示されるように、Double CP法に基づく磁化の移動が行われてもよい。更に、符号90で示されるように、Refocused INEPT(Insensitive Nuclei Enhanced by Polarization Transfer)法による磁化の移動が行われてもよい。
図5に示されているサブパルスシーケンスはいずれも例示である。
【0051】
図6には、拡散工程52のバリエーションが例示されている。(A)は縦磁化のミキシング方法を示しており、(B)は横磁化のミキシング方法を示している。
【0052】
縦磁化のミキシングに関し、符号92で示されているように、何らのパルス照射も行うことなく、自然な磁化拡散を行わせてもよい。その方法は、時間のかかる方法であるが、より純粋な磁化拡散を期待し得る。符号94で示されるように、1H-1H間では自然な磁化拡散を行わせつつ、1HとX又はYとの間でリカップリングを生じさせてもよい。ここで、Xは14N及び1Hそれら以外の原子である。符号96で示されるように、1H-1H間でリカップリングを生じさせると同時に、1HとX又はYとの間でリカップリングを生じさせてもよい。リカップリングは、MAS法の下で消失したカップリングの復活である。すなわち、MAS法の下でカップリングが時間平均化されないようにするものである。その手法の一例として、上記RFDRが上げられる。
【0053】
横磁化のミキシングに関し、符号98で示されるように1Hに対してスピンロック法が適用されてもよい。また、符号100で示されるように、1H-1H間でリカップリングが生じるようにしてもよい。更に、符号102で示されるように、1H-1H間でリカップリングを生じさせると同時に、1HとX又はYとの間でリカップリングを生じさせてもよい。
図6に示されているバリエーションは例示である。
【0054】
図7には、観測工程54のバリエーションが例示されている。上記のようにシングルパルスを利用して1Hの磁化の緩和が測定されてもよいが、1Hの磁化をX又はYに移動させて、その移動後の磁化の緩和が測定されてもよい。移動後の磁化を1Hに戻して、その磁化の緩和を測定することも考えられる。また、1H/1H相関スペクトル測定や1H/X相関スペクトル測定等が実行されてもよい。なお、拡散工程において、磁化の拡散対象にXやYが含まれる場合には、XやYにおいて生じた磁化を観測工程においてそのまま測定し得る。その場合、拡散工程が観測工程のための準備工程として機能することになる。
図7に示されているバリエーションは例示である。
【0055】
図8には、他の実施形態に係る測定方法が示されている。薬剤110には、第1有効成分の結晶112と、第2有効成分の結晶112とが含まれている。また、薬剤110には、複数の賦形剤の結晶が含まれている。結晶114には19F及び1Hが含まれ、結晶114には14N及び1Hが含まれている。各賦形剤には1Hが含まれるものの、19Fや14Nは含まれていない。すなわち、結晶112には19Fが特異的に含まれており、結晶114には14Nが特異的に含まれている。
【0056】
既に説明した方法をそれぞれの結晶112,114に個別的に適用することにより、各結晶112,114からNMR情報を個別的に取得し得る。これにより、各結晶112,114の結晶形等を個別的に特定することが可能となる。
【符号の説明】
【0057】
10 分光計、12 測定部、16 静磁場発生器、18 NMRプローブ、25 制御コンピュータ、32 有効成分の結晶、34~40 賦形剤、50 初期工程、52 拡散工程、54 観測工程。