(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-25
(45)【発行日】2022-08-02
(54)【発明の名称】トルク機構付き十字レンチ
(51)【国際特許分類】
B25B 13/02 20060101AFI20220726BHJP
B25B 23/143 20060101ALI20220726BHJP
B25B 23/16 20060101ALI20220726BHJP
【FI】
B25B13/02 P
B25B23/143
B25B23/16 Z
(21)【出願番号】P 2018136395
(22)【出願日】2018-07-20
【審査請求日】2021-04-07
(73)【特許権者】
【識別番号】595050514
【氏名又は名称】フラッシュ精機株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100082429
【氏名又は名称】森 義明
(74)【代理人】
【識別番号】100162754
【氏名又は名称】市川 真樹
(72)【発明者】
【氏名】西川 重吉
【審査官】城野 祐希
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第07228766(US,B1)
【文献】米国特許出願公開第2017/0144280(US,A1)
【文献】実開昭62-161987(JP,U)
【文献】米国特許第07290468(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B25B 13/02
B25B 23/143
B25B 23/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
その先端にソケットが着脱可能に取り付けられ、その基部側に操作杆挿入孔が形成されている棒状のソケット取付杆本体と、前記ソケット取付杆本体を回転軸としてその基端部に回転可能に取り付けられたハンドル部材とを有するソケット取付杆、および
前記操作杆挿入孔にスライド可能に挿入されるスライドバーと、前記スライドバーの基端部に
揺動ピンを介して揺動可能に取り付けられた把持部材と、前記把持部材の内部に配設され、前記把持部材に対して規定トルクよりも小さな荷重が加わったときには前記スライドバーと係合して前記スライドバーに対する前記把持部材の揺動を規制し、規定トルクよりも大きな荷重が加わったときには前記スライドバーとの係合状態が解除されて前記把持部材の揺動を許容するトルク機構部とを有する操作杆を備えるトルク機構付き十字レンチであって、
前記スライドバーの先端には、複数本の増し締め用凹溝が所定間隔を隔てて形成されており、
前記スライドバーにおける前記操作杆の重心位置と対応する位置には、早回し用凹溝が形成されており、
前記ソケット取付杆本体には、その内側面が前記操作杆挿入孔と連通する操作ピン取付穴が、前記操作杆挿入孔に対して略直交する方向に延びるように形成されており、
前記操作ピン取付穴には、操作ピンと、前記操作ピンを外方へ向けて付勢する弾発バネとが設けられており、
前記操作ピンは、その中段の縮径部が、前記操作杆挿入孔と前記操作ピン取付穴との重なり幅と大略等しく或いはこれよりもやや大きめに縮径されており、
前記増し締め用凹溝ならびに前記早回し用凹溝の深さは、前記重なり幅と大略等しく或いはこれよりもやや深めに設定されて
おり、
前記増し締め用凹溝の形成位置は、下記の数式(1)に基づいて設定されていることを特徴とするトルク機構付き十字レンチ。
【数1】
T:ナットの規定トルク
L1:把持部材の中央部分から揺動ピンまでの距離
L2:各増し締め用凹溝から揺動ピンまでの距離
Tt:トルク機構部の係合状態が解除されるのに要するトルク
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トルク機構付き十字レンチの改良に関する。
【背景技術】
【0002】
車のタイヤ交換を行う際には、ホイール用ナット(以下、単に「ナット」という。)の脱着作業、すなわち、ナットを弛めてボルトから取り外す作業と、ボルトに取り付けてこれを締め付ける作業とを何度も行う必要がある(1本のタイヤを交換するためには、通常、4~5個のナットの脱着作業を必要とする)。
【0003】
また、ナットを締め付けた後は、走行中の振動等でナットが緩むことがないよう、しっかりと増し締めを行う必要もある。このとき、力任せに締め付けたのでは、ボルトが伸びたり、ネジ山がつぶれたり、酷い場合にはボルトが折損するという問題があるため、規定トルクを守って増し締めを行う必要がある。
【0004】
このようなナットの脱着作業と増し締め作業とを効率良く、且つ、確実に行うための道具としてトルク機構付き十字レンチ(以下、単に「十字レンチ」という。)が知られており、広く利用されている(特許文献1参照)。
【0005】
この従来の十字レンチは、ソケット取付杆(第1杆部)と操作杆(第2杆部)とで大略構成されており、使用時には、ソケット取付杆部に設けられた操作杆挿入孔(貫通孔)に操作杆が挿入される。このとき、ソケット取付杆と操作杆とが十字型となるようにすることで「ナットの早回し」を行うことができ、ソケット取付杆から操作杆を引き出してこれをT字型にすることで「ナットの増し締め」を行うことができる。
【0006】
ソケット取付杆の先端には、ソケットが着脱可能に取りつけられる。また、操作杆の把持部の内部には、クリック生起部が設けられており、把持部を握って規定トルク以上の力でナットを締め付けると、クリック生起部の係合が解除されてクリック音がするようになっている。これにより、規定のトルク以上の力での増し締めを防止できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】登録実用新案第3189593号公報(
図1)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来の十字レンチは、ソケット取付杆に挿入されている操作杆が作業中(特に早回し作業中)に抜け落ちることがないよう、ソケット取付杆の先端部分に抜け止め防止用の係止部材(第1係止凸部)が設けられている。ところが、この係止部材の係止/非係止を切り替えるための切替部がソケット取付杆の先端に設けられており、その切替操作を手元から遠い位置で行う必要があるため作業性が非常に悪いという問題があった。
【0009】
また、ナットの増し締め時に必要とされる規定トルク値は車種によって異なるため、自動車整備工場やカー用品店等のように様々な車種のタイヤ交換が行われる場所では、規定トルク値の異なるトルク機能付き十字レンチを複数種類用意する必要があり、非常に煩わしいという問題もあった。
【0010】
本発明はかかる従来の問題点に鑑みてなされたものであり、操作性に優れ、しかも複数種類のトルクに対して統一的に使用することが可能なトルク機構付き十字レンチを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
請求項1に記載した発明は、「その先端にソケットSが着脱可能に取り付けられ、その基部側に操作杆挿入孔26が形成されている棒状のソケット取付杆本体16と、ソケット取付杆本体16を回転軸としてその基端部に回転可能に取り付けられたハンドル部材18とを有するソケット取付杆12、および
操作杆挿入孔26にスライド可能に挿入されるスライドバー46と、スライドバー46の基端部に
揺動ピン64を介して揺動可能に取り付けられた把持部材48と、把持部材48の内部に配設され、把持部材48に対して規定トルクよりも小さな荷重が加わったときにはスライドバー46と係合してスライドバー46に対する把持部材48の揺動を規制し、規定トルクよりも大きな荷重が加わったときにはスライドバー46との係合状態が解除されて把持部材48の揺動を許容するトルク機構部50とを有する操作杆14を備えるトルク機構付き十字レンチ10であって、
スライドバー46の先端には、複数本の増し締め用凹溝52が所定間隔を隔てて形成されており、
スライドバー46における操作杆14の重心位置と対応する位置には、早回し用凹溝54が形成されており、
ソケット取付杆本体16には、その内側面が操作杆挿入孔26と連通する操作ピン取付穴32が、操作杆挿入孔26に対して略直交する方向に延びるように形成されており、
操作ピン取付穴32には、操作ピン36と、操作ピン36を外方へ向けて付勢する弾発バネ34とが設けられており、
操作ピン36は、その中段の縮径部36bが、操作杆挿入孔26と操作ピン取付穴32
との重なり幅xと大略等しく或いはこれよりもやや大きめに縮径されており、
増し締め用凹溝52ならびに早回し用凹溝54の深さは、前記重なり幅xと大略等しく或いはこれよりもやや深めに設定されて
おり、
増し締め用凹溝52の形成位置は、下記の数式(1)に基づいて設定されている」ことを特徴とするトルク機構付き十字レンチ10である。
【数1】
T:ナットNの規定トルク
L1:把持部材48の中央部分から揺動ピン64までの距離
L2:各増し締め用凹溝52から揺動ピン64までの距離
Tt:トルク機構部50の係合状態が解除されるのに要するトルク
【発明の効果】
【0012】
この発明において、操作ピンを押下げると、縮径部が操作杆挿入孔と操作ピン取付穴との連通部分に位置することとなる。縮径部は、操作杆挿入孔と操作ピン取付穴との重なり幅と大略等しく或いはこれよりもやや大きめに縮径されているので、操作杆挿入孔へのスライドバーの挿入が許容される(ロック解除状態)。
【0013】
一方、増し締め用凹溝或いは早回し用凹溝を操作杆挿入孔に一致させた状態で操作ピンの押し込み圧力を除くと、操作ピンが弾発バネによりその伸長方向に移動して押し上げられる。増し締め用凹溝或いは早回し用凹溝の深さは前記重なり幅と大略等しく或いはこれよりもやや深めに設定されているので、操作ピンの下端部が早回し用凹溝或いは増し締め用凹溝に嵌り込み、スライドバー(操作杆)のスライド操作が規制される(ロック状態となる)。
【0014】
このように、本発明のトルク機構付き十字レンチによれば、ソケット取付杆の手元に設けられた操作ピンの押下操作ひとつでスライドバーのロック解除/ロックの切替操作を簡単に行うことができるので、早回し操作から増し締め操作への移動を簡単に行うことができ、その操作性は非常に優れたものとなる。
【0015】
また、スライドバーの先端には、規定トルクの異なる増し締め用凹溝が複数本設けられているので、本発明にかかるトルク機構付き十字レンチ1本で、複数種類のトルクに対して統一的に使用することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】この発明に係るトルク機構付き十字レンチを示す図である。
【
図4】ソケット取付杆のロック状態を示す部分拡大断面図である。
【
図5】ソケット取付杆のロック解除状態を示す部分拡大断面図である。
【
図8】増し締め用凹溝の形成位置を決定する方法を説明する図である。
【
図9】無負荷状態の操作杆を示す部分拡大断面図である。
【
図10】負荷をかけた状態の操作杆を示す部分拡大断面図である。
【
図11】操作ピンを押下げてロック解除を行った状態を示す図である。
【
図12】操作ピンから手を離した状態を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を図面に従って説明する。
図1は、本発明にかかるトルク機構付き十字レンチ(以下、単に「十字レンチ」という。)10を示す図である。この図が示すように、本発明の十字レンチ10は、ソケット取付杆12と操作杆14とで大略構成されている。
【0018】
ソケット取付杆12は、
図2~
図5に示すように、ソケット取付杆本体16とハンドル部材18とを有しており、ソケット取付杆本体16の基端部である取付部16dに、ハンドル部材18が回転可能に取り付けられている(この点については後述する)。
【0019】
ソケット取付杆本体16は、ソケット取付部16a、細径部16b、大径部16cおよび取付部16dを有し、これらがこの順で、一本の細長い棒状部材として一体的に形成されている。
【0020】
ソケット取付部16aは、ホイールナットNに嵌めるソケットS(
図13参照)の取り付け部となる断面正方形状のブロック状部分である。ソケット取付部16aの上面(
図3における上側の面)には、上面側に開口する穴20が形成されており、この穴20に弾発バネ22と鋼球24とがこの順で挿入されている(
図3の円内参照)。
【0021】
穴20の穴縁は僅かにカシメられており、この穴縁のカシメ部20aによって鋼球24が穴20から脱落するのが規制される。弾発バネ22は、自然長よりも撓まされた状態で穴20内に配置されており、これにより、鋼球24には、穴20の穴底から外方に向かう方向の力が常時付与されることとなる。
【0022】
細径部16bは、断面円形状の細長棒状部分で、細径部16bの直径と、上述したソケット取付部16aの対角長とが略一致するように設定されている。
【0023】
大径部16cは、細径部16bよりも大径の円柱状部分で、その中央部分には、後述する操作杆14が取り付けられる操作杆挿入孔26が、ソケット取付杆本体16の軸方向に対して直交する方向に延びるように形成されている(ソケット取付杆本体16の軸方向を前後方向とした場合、操作杆挿入孔26は左右方向に延びている)。操作杆挿入孔26の断面形状は、上部が水平に切り欠かれた円形状をなしている。
【0024】
大径部16cの上面(
図3における上側の面)には、係止孔28と指掛部30とがソケット取付杆本体16の軸方向(前後方向)に並んで形成されている。係止孔28は、大径部16cの上面と操作杆挿入孔26とを連通するように形成されている(
図4参照)。
【0025】
指掛部30は、係止孔28よりも基部側(取付部16d側)にて段状に切り欠かれた部分で、この指掛部30に操作ピン取付穴32が形成されている。操作ピン取付穴32は、その内側面が略中央部分において操作杆挿入孔26と連通しており(
図4参照)、この操作ピン取付穴32に、弾発バネ34と操作ピン36とがこの順で挿入されている。
【0026】
操作ピン36は、その中段部分において僅かに太径となっている大径部36aと、大径部36aの下方にて操作ピン取付穴32と操作杆挿入孔26との重なり幅xと大略等しく或いはこれよりもやや大きめに縮径された縮径部36bとが形成されており、操作ピン取付穴32の穴縁を僅かにカシメることにより形成されたカシメ部32aが大径部36aと係合することにより、操作ピン取付穴32からの操作ピン36の脱落が規制される(
図4の円内参照)。縮径部36bは、後述するようにこれを押下げたとき、操作杆挿入孔26と操作ピン取付穴32との連通部分に位置するよう位置決めがされている。
【0027】
弾発バネ34は、自然長よりも撓まされた状態で操作ピン取付穴32内に配置されており、これにより、操作ピン36には、操作ピン取付穴32から離脱する方向への力が常時付与されることとなる。
【0028】
ここで、
図4に示すように、操作ピン36が弾発バネ34の弾発力を受けて操作ピン取付穴32の上方に位置している状態(操作ピン36の通常状態。後述するロック解除状態を基準にすれば、操作ピン36が弾発バネ34の伸長方向に移動している状態)では、縮径部36bよりも下の部分である操作ピン36の下端部36cが操作杆挿入孔26と操作ピン取付穴32との連通部分に位置している(このとき、操作ピン36の下端部36cは操作杆挿入孔26側に僅かに突出している)。換言すれば、操作杆挿入孔26は、操作ピン36の下端部36cによって部分的に閉塞されていることになる(ロック状態)。
【0029】
一方、
図5に示すように、操作ピン36を押し込んで操作ピン36を弾発バネ34の圧縮方向に移動させた状態では、縮径部36bが操作杆挿入孔26と操作ピン取付穴32との連通部分に位置することとなる。これにより、操作杆挿入孔26は閉塞部分がなく完全に開放された状態となる(ロック解除状態)。
【0030】
なお、上述した操作ピン36の移動は、操作ピン36の押下げ操作/押下げをやめる操作により切り替えることができる。操作ピン36は、ハンドル部材18の近傍に設けられているので、その切替操作は、ハンドル部材18を握った手の親指を使って行うことが可能である。
【0031】
取付部16dは、ハンドル部材18が取り付けられる細長の棒状部分で、その基端部には、ネジ孔38が形成されている。
【0032】
ソケット取付杆本体16の材質としては、炭素鋼や合金鋼(クロムモリブデン鋼やニッケルクロムバナジウム鋼)など、工具として一般に使用される金属が適宜選択され、本実施例では、強度と硬度に非常に優れたクロムモリブデン鋼が使用されている。
【0033】
ハンドル部材18は、筒状の部材で、その内側面は先端側(ソケット取付杆本体16が取り付けられる側)の内径が小径で、反対側の基部側が大径となるよう、段状に形成されている。
【0034】
ハンドル部材18の小径部18aには、ソケット取付杆本体16の取付部16dが挿入されている。また、小径部18aと大径部18bとの境界部分である段部18cには、大径部18b側から挿入された抜止プレート40が配置されており、抜止プレート40に挿通された六角ボルト42の先端が取付部16dのネジ孔38に螺入されている。これにより、ハンドル部材18が、ソケット取付杆本体16を回転軸として、その基端部に回転可能に取り付けられることになる。ハンドル部材18の基端部側の開口端部は、保護キャップ44により閉塞されている。
【0035】
操作杆14は、
図6~
図7に示すように、スライドバー46と、把持部材48と、トルク機構部50とを有している。
【0036】
スライドバー46は、スライドバー本体46aと取付部46bとを有し、これらが一本の細長い棒状部材として一体的に形成されている。
【0037】
スライドバー本体46aは、操作杆挿入孔26に挿入される部分で、その断面形状は、操作杆挿入孔26の断面形状に合わせて、その上面46cが水平に切り欠かれた円形状をなしている。
【0038】
スライドバー本体46aの先端には、複数(本実施例では4本)の増し締め用凹溝52(52a~52d)が所定間隔を隔てて形成されている。各増し締め用凹溝52(52a~52d)は、操作ピン36の下端部36cが嵌まり込むことができるよう操作ピン36の下端部36cの形状に合わせて凹湾曲しており、その深さは、操作杆挿入孔26と操作ピン取付穴32との重なり幅xと大略等しく或いはこれよりもやや深めに設定されている。
【0039】
また、各増し締め用凹溝52(52a~52d)の形成位置は、目的とする規定トルクに合わせて適宜設定される。ここで、各増し締め用凹溝52(52a~52d)の形成位置は、以下の関係式を用いて決定される。すなわち、
図8に示すように、力点(把持部材48におけるグリップ48aの中央部分)から支点(後述する揺動ピン64)までの距離をL1、増し締め用凹溝52(ここでは先端の増し締め用凹溝52aを例に取り上げる)から支点(揺動ピン64)までの距離をL2、出力トルク(ナットNの規定トルク)をT、入力トルク(トルク機構部50が作動するのに要するトルク)をTtとすると、これらの間には、以下の関係式が成立する。
【0040】
【0041】
なお、本実施例では、先端の増し締め用溝52aの規定トルクが120N・mに対応するよう設定され、以下、増し締め用溝52の位置が9.5mmずつ把持部材48側へずれるごとに規定トルクは10N・mずつ低くなる。
【0042】
スライドバー本体46aの基部(取付部46b側)には、早回し用凹溝54が形成されており、上述した増し締め用凹溝52と同様、操作ピン36の下端部36cの形状に合わせて凹湾曲しており、その深さは、操作杆挿入孔26と操作ピン取付穴32との重なり幅xと大略等しく或いはこれよりもやや深めに設定されている。また、早回し用凹溝54は、操作杆14の重心位置と対応する位置に形成されている。
【0043】
スライドバー本体46aの上面46cであって早回し用凹溝54が設けられている部分には、固定用穴56が形成されており、この固定用穴56には、弾性バネ58と鋼球60とがこの順で挿入されている(
図9参照)。
【0044】
固定用穴56の穴縁は僅かにカシメられており、この穴縁のカシメ部56aによって固定用穴56からの鋼球60の脱落が規制される。また、弾発バネ58は、自然長よりも撓まされた状態で固定用穴56内に配置されており、これにより、鋼球60には、固定用穴56から外方に向かう方向の力が常時付与されることとなる。
【0045】
スライドバー46の取付部46bは、その基端部が斜めに切り欠かれており、この切り欠き端部に設けられた開口部46dに係合ピン62が配設されている。この係合ピン62は、後述するトルク機構部50の係合ローラ70aと係合している。
【0046】
把持部材48は、筒状の部材であり、この把持部材48にスライドバー46の基端部である取付部46bが挿入されている。ここで、把持部材48は、スライドバー46の取付部46bに揺動ピン64を介して上下方向(
図9における上下方向)に揺動可能に取り付けられており、把持部材48のグリップ48aを握って下方(
図9における下方)に押下げて所定のトルクを加えることにより、後述するトルク機構部50が作動するようになっている(この点については後述する)。
【0047】
把持部材48の基端部側には、エンドキャップ66が被せられている。また、スライドバー46における把持部材48との境界部分には、防塵用のOリング68が取り付けられている。
【0048】
トルク機構部50は、増し締め作業を行う際、ナットNに加わるトルクが規定トルクであることを作業者に知らせるための部分で、係合部材70、弾発バネ72および調整ネジ74により大略構成されている。
【0049】
係合部材70は、スライドバー46側が開口した箱状の部材で、その開口端部はスライドバー46の取付部46bに合わせて切り欠かれており、この切り欠き端部に係合ローラ70aが配設されている。係合ローラ70aには、係合ピン62が係合している。そして、この係合部材70が弾発バネ72によってスライドバー46側へ押圧付勢されている。弾発バネ72の弾発力は、調整ネジ74によって調整可能である。
【0050】
以上のように構成された十字レンチ10を使用する際には、まず、ソケット取付杆12のソケット取付部16aにソケットS(
図13)を取り付ける。
【0051】
次に、
図11に示すようにハンドル部材18を握り、その手の親指で操作ピン36を弾発バネ34の弾発力に抗して押下げる。すると、操作ピン36の縮径部36bが操作杆挿入孔26と操作ピン取付孔32との連通部分に位置することとなる。縮径部36bは、操作杆挿入孔26と操作ピン取付穴32との重なり幅xと大略等しく或いはこれよりもやや大きめに縮径されているので、操作杆挿入孔26へのスライドバー46の挿入が許容できる状態(ロック解除状態)となる(
図5参照)。
【0052】
このロック解除状態で操作杆挿入孔26に操作杆14のスライドバー46を挿入する。操作杆挿入孔26にスライドバー46が挿入された状態では、スライドバー46の外面が操作ピン36の縮径部36bに嵌まり込んでいるので、操作ピン36を押下げている親指を離しても操作ピン36の上方への移動(弾発バネ34の弾発力で上方へと移動しようとする)は規制され、これを押下げた位置に留まることとなる。もちろん、親指で操作ピン36を押下げた状態のままスライドバー46のスライド操作を行うようにしてもよい。
【0053】
操作杆挿入孔26にスライドバー46を押し込んでいくと、やがてスライドバー46が鋼球60に接触するが、そのままスライドバー46をさらに押し込むと、鋼球60が弾性バネ58の弾発力に抗して固定用穴56内に沈み込み、スライドバー46をさらに奥まで押し込むことができる。
【0054】
このようにしてスライドバー46を押し込んでいき、鋼球60が係止孔28と一致する位置まで到達すると、固定用穴56内に押し込まれていた鋼球60が弾発バネ58の弾発力を受けて上方へと移動して係止孔28に嵌まり込む。これと同時に、早回し用凹溝54が操作ピン36と一致する位置に到達し、操作ピン36が弾発バネ34の弾発力を受けて上方へと押し上げられる。早回し用凹溝54の深さは、操作杆挿入孔26と操作ピン取付穴32との重なり幅xと大略等しく或いはこれよりも深めに設定されているので、操作ピン36が押し上げられると、操作ピン36の下端部36cが早回し用凹溝54に嵌まり込む。これにより、操作杆14の軸方向への移動が規制されて「早回し位置」にロックされる(ロック状態)。
【0055】
操作杆14が「早回し位置」にロックされた状態(ソケット取付杆12と操作杆14とが十字形となった状態)では、操作杆14がソケット取付杆12に対して重心位置で取り付けられている。したがって、ソケット取付杆12を回転軸として回転させても芯ブレが生じることはなく、ナットNの早回しによる脱着作業が可能となり、その作業性が大いに高められる。
【0056】
一方、ナットNの増し締めを行う際には、操作ピン36を押下げてロック解除状態としてスライドバー46を操作杆挿入孔26から引き出すことになる。そして、係止孔28と、規定トルクに対応する増し締め用凹溝52(ここでは先端の増し締め用凹溝52a)とが一致したところで操作ピン36から指を離すと、操作ピン36が弾発バネ34の弾発力を受けて上方へと押し上げられる。ここで、増し締め用凹溝52の深さは、操作杆挿入孔26と操作ピン取付穴32との重なり幅xと大略等しく或いはこれよりも深めに設定されているので、操作ピン36が押し上げられると、操作ピン36の下端部36cが増し締め用凹溝52に嵌まり込む。これにより、操作杆14の軸方向への移動が規制されて「増し締め位置」にロックされる(ロック状態)。
【0057】
このように「増し締め位置」にセッティングされた十字レンチ10をナットNに取り付け、操作杆14を水平にした状態でソケット取付杆12をしっかりと支えつつ把持部材48のグリップ48aに体重をかけてこれを押下げる。すると、把持部材48が揺動ピン64を回転軸として下方に回転しようとする。このとき、係合部材70の係合ローラ70aがスライドバー46の係合ピン62を乗り越えようとして、係合部材70を弾発バネ72側へ移動させようとする方向の力Fが加わる(
図9)。
【0058】
増し締めの初期段階では、ナットNの締め込みが不十分であるため、ナットNには、規定トルクよりも小さなトルクしか加わらない。この状態では、上述した係合部材70を弾発バネ72側へ移動させようとする方向の力Fよりも、弾発バネ72の弾発力のほうが強いため、係合ローラ70aは係合ピン62を乗り越えることができず係合状態が維持され、スライドバー46に対する把持部材48の揺動が規制される。つまり、把持部材48に加わる押下げ力がスライドバー46を介してソケット取付杆12に伝達され、ソケット取付杆12が回転してナットNの増し締めが行われる。
【0059】
ナットNを締め込んでいくと、係合部材70を弾発バネ72側へ移動させようとする方向の力Fが次第に大きくなり、規定トルクに到達したところで弾発バネ72の弾発力よりも大きくなる。つまり、係合部材70が弾発バネ72を撓ませつつ基部方向(
図10中、右方向)へと少しずつ移動し、ナットNに規定トルクが加わったところで係合ローラ70aが係合ピン62を乗り越え、把持部材48が揺動ピン64を回転軸として下方に揺動する。このとき、スライドバー本体46aの基端部が把持部材48の内側面と当接して衝撃が生じるので、作業者はナットNに規定トルクがかかったことを感得できる。
【0060】
以上のように、本実施例の十字レンチによれば、操作ピン36の押下操作ひとつでスライドバー46のロック/ロック解除の切替操作を簡単に行うことができるので、「早回し位置」と「増し締め位置」との切替を簡単に行うことができ、その操作性は非常に優れたものである。
【0061】
しかも、スライドバー46の先端に複数の増し締め用凹溝52が形成されており、その取り付け位置を適宜選択することで、増し締め時の規定トルクを適宜変更することができる。したがって、1種類の十字レンチ10で複数種類の規定トルクの増し締めを行うことが可能となる。
【符号の説明】
【0062】
10:トルク機構付き十字レンチ、12:ソケット取付杆、14:操作杆、16:ソケット取付杆本体、16a:ソケット取付部、16b:細径部、16c:大径部、16d:取付部、18:ハンドル部材、18a:小径部、18b:大径部、18c:段部、20:穴、20a:カシメ部、22:弾発バネ、24:鋼球、26:操作杆挿入孔、28:係止孔、30:指掛部、32:操作ピン取付穴、32a:カシメ部、34:弾発バネ、36:操作ピン、36a:大径部、36b:縮径部、36c:下端部、38:ネジ孔、40:抜止プレート、42:六角ボルト、44:保護キャップ、46:スライドバー、46a:スライドバー本体、46b:取付部、46c:上面、46d:開口部、48:把持部材、48a:グリップ、50:トルク機構部、52:増し締め用凹溝、54:早回し用凹溝、56:固定用穴、56a:カシメ部、58:弾発バネ、60:鋼球、62:係合ピン、64:揺動ピン、66:エンドキャップ、68:Oリング、70:係合部材、70a:係合ローラ、72:弾発バネ、74:調整ネジ、L1:力点Pから支点(連結ピン10)までの距離、L2:増し締め用凹溝52から支点(連結ピン10)までの距離、N:ホイールナット、P:力点、S:ソケット、T:出力トルク、Tt:入力トルク、x:(操作杆挿入孔と操作ピン取付穴との)重なり幅