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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-25
(45)【発行日】2022-08-02
(54)【発明の名称】摺動部材
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20220726BHJP
   F16C 33/12 20060101ALI20220726BHJP
   C22C 9/02 20060101ALI20220726BHJP
   C22C 38/60 20060101ALI20220726BHJP
【FI】
C22C38/00 301Z
F16C33/12 A
C22C9/02
C22C38/60
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2018059981
(22)【出願日】2018-03-27
(65)【公開番号】P2019173060
(43)【公開日】2019-10-10
【審査請求日】2020-11-13
(73)【特許権者】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】特許業務法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】池上 麻子
(72)【発明者】
【氏名】北原 高顕
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-089831(JP,A)
【文献】国際公開第2010/126026(WO,A1)
【文献】特開2016-094661(JP,A)
【文献】特開平11-125236(JP,A)
【文献】特開平03-281704(JP,A)
【文献】特開2002-220631(JP,A)
【文献】特開平10-212534(JP,A)
【文献】特開2012-207277(JP,A)
【文献】国際公開第2010/030031(WO,A1)
【文献】特開2015-183237(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C22C 9/02
F16C 33/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
背面および接合表面を有する裏金層と
前記裏金層の前記接合表面上に設けられた銅合金からなる摺動層と
を備える摺動部材であって、
前記銅合金の組成は、0.5~12質量%のSn、0.01~0.2質量%のPを含み、残部がCu及び不可避不純物であり、
前記裏金層は、0.07~0.35質量%の炭素を含有する亜共析鋼からなり、フェライト相およびパーライトからなる組織を有し、
前記裏金層は、前記接合表面に高フェライト相部を有し、前記裏金層の厚さ方向の中央部における組織中のパーライトの体積割合Pcと、前記高フェライト相部におけるパーライトの体積割合Psが
Ps/Pc≦0.4
である、摺動部材。
【請求項2】
前記高フェライト相部の厚さT1が1~50μmである、請求項1に記載された摺動部材。
【請求項3】
前記裏金層の厚さTに対する前記高フェライト相部の厚さT1の割合X1が0.07以下である、請求項1または請求項2に記載された摺動部材。
【請求項4】
前記裏金層の組成は、0.07~0.35質量%のC、0.4質量%以下のSi、1質量%以下のMn、0.04質量%以下のP、0.05質量%以下のSを含み、残部がFe及び不可避不純物である、請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項5】
前記銅合金は、0.1~15質量%のNi、0.5~10質量%のFe、0.01~5質量%のAl、0.01~5質量%のSi、0.1~5質量%のMn、0.1~30質量%のZn、0.1~5質量%のSb、0.1~5質量%のIn、0.1~5質量%のAg、0.5~25質量%のPb、0.5~20質量%のBiのうちから選ばれる1種以上をさらに含む、請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項6】
前記摺動層は、前記銅合金の素地中にAl、SiO、AlN、MoC、WC、FeP、FePのうちから選ばれる1種以上の硬質粒子を0.1~10体積%を含む、請求項1から請求項までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項7】
前記摺動層は、前記銅合金の素地中に、MoS、WS、黒鉛、h-BNのうちから選ばれる1種以上の固体潤滑剤を0.1~10体積%を含む、請求項1から請求項までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば内燃機関や自動変速機に用いられる軸受や各種機械に用いられる軸受などの摺動部材に関するものである。詳細には、本発明は、裏金層上に形成された摺動層を備える摺動部材に係るものである。
【背景技術】
【0002】
従来から内燃機関や自動変速機等の軸受部には、銅合金からなる摺動層および鋼裏金層からなる摺動部材を円筒形状や半円筒形状に成形したすべり軸受などの摺動部材が用いられている。例えば、特許文献1および特許文献2には、銅鉛軸受合金やリン青銅を摺動層に用いた摺動部材が記載されている。このような摺動部材では、銅合金からなる摺動層により摺動特性とともに耐焼付や耐摩耗性が得られ、他方、裏金層は銅合金の支持体として機能するとともに摺動部材に強度を付与している。
【0003】
内燃機関や自動変速機の運転時、摺動部材は、摺動層の摺動面で、相手軸部材からの動荷重を支承する。例えば、すべり軸受は、内燃機関や自動変速機等の軸受ハウジングの円筒形状の軸受保持穴に装着して用いられ、回転する相手軸部材からの動荷重を受ける。近年、内燃機関や自動変速機は、低燃費化のため軽量化がなされ、従来よりも軸受ハウジングの剛性が低くなっている。そのため、内燃機関の運転時、内燃機関および内燃機関に接続する自動変速機の軸受部では、相手軸部材からの動荷重負荷により軸受ハウジングが弾性変形しやすくなっている。軸受ハウジングの軸受保持穴に装着された摺動部材(すべり軸受)は、軸受ハウジングの変形に伴い周方向に弾性変形する。このようにすべり軸受に変動する周方向力が加わると、従来の摺動部材は、銅合金からなる摺動層と鋼裏金層の弾性変形量の違いにより、これらの界面でせん断が起こる場合があり、摺動部材が破損する問題があった。
【0004】
特許文献3は、軸受合金層と鋼裏金層との接合強度を向上させることを課題にしている。特許文献3では、銅合金としてCu-Sn-Fe系合金を用い、熱処理によりSn-Fe化合物を析出させ、銅合金の結晶粒を微細化させており、それにより軸受合金層と鋼裏金層との接合強度を高めている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平6-322462号公報
【文献】特開2002-220631号公報
【文献】特開2006-22869号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
引用文献3の手法によっても軸受合金層と鋼裏金層との接合強度を高められるが、動荷重負荷がかかった場合の軸受合金層と鋼裏金層とのせん断の抑制には不十分であった。したがって、本発明の目的は、従来に比べて摺動層と裏金層との強固な接合を有する摺動部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一観点によれば、背面および接合表面を有する裏金層と、前記裏金層の接合表面上に設けられた銅合金からなる摺動層とを備える摺動部材が提供される。この摺動部材の裏金層は、0.07~0.35質量%の炭素を含有する亜共析鋼からなり、フェライト相およびパーライトからなる組織を有する。本発明によれば、裏金層は、接合表面に高フェライト相部を有し、裏金層の厚さ方向の中央部における組織中のパーライトの体積割合Pcと、高フェライト相部におけるパーライトの体積割合Psが
Ps/Pc≦0.4
になっている。
【0008】
一具体例によれば、高フェライト相部の厚さT1は1~50μmであることが好ましい。
【0009】
一具体例によれば、裏金層の厚さTに対する高フェライト相部の厚さT1の割合X1(=T1/T)が0.07以下であることが好ましい。
【0010】
一具体例によれば、裏金層の組成は、0.07~0.35質量%のC、0.4質量%以下のSi、1質量%以下のMn、0.04質量%以下のP、0.05質量%以下のSを含み、残部がFe及び不可避不純物であることが好ましい。銅合金は、0.5~12質量%のSn、0.01~0.2質量%のPを含み、残部がCu及び不可避不純物であることが好ましい。また、銅合金の組成は、0.1~15質量%のNi、0.5~10質量%のFe、0.01~5質量%のAl、0.01~5質量%のSi、0.1~5質量%のMn、0.1~30質量%のZn、0.1~5質量%のSb、0.1~5質量%のIn、0.1~5質量%のAg、0.5~25質量%のPb、0.5~20質量%のBiのうちから選ばれる1種以上をさらに含むことができる。
【0011】
一具体例によれば、摺動層は、銅合金の素地(マトリックス)中にAl、SiO、AlN、MoC、WC、FeP、FePのうちから選ばれる1種以上の硬質粒子を0.1~10体積%を含むことができる。摺動層は、銅合金の素地中に、MoS、WS、黒鉛、h-BNのうちから選ばれる1種以上の固体潤滑剤を0.1~10体積%を含むことができる。摺動層は、硬質粒子と固体潤滑剤を共に含んでもよく、或いはいずれかを単独で含んでもよい。
【0012】
本発明による摺動部材は摺動層との界面となる裏金層の接合表面に、裏金層の厚さ方向の中央部における組織中のパーライトの体積割合に対してパーライトの体積割合が60%以上少なくなっている高フェライト相部が形成される。フェライト相は、パーライトに比較して銅合金との弾性変形差が小さいため、摺動部材に外力が加わった場合、摺動層の銅合金と裏金層の高フェライト相部との界面での弾性変形量の差が小さく、その界面でのせん断が起き難くなり、摺動層の銅合金と裏金層との接合を強くすることができる。
他方、裏金層に必要な強度は、裏金層のうちの高フェライト相部以外の部分により担保できる。裏金層は、高フェライト相部を除き、通常の量のパーライトを有する亜共析鋼の組織であるので、強度が高い。このため、摺動部材は、軸受ハウジングへの装着に伴う周方向応力や軸受装置の運転時に摺動部材に加わる周方向力による塑性変形が起き難い。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】発明の摺動部材の摺動層の摺動面に垂直方向の断面の模式図。
図2図1に示す裏金層の高フェライト相部の断面組織の模式図。
図3図1に示す裏金層の厚さ方向中央部での断面組織の模式図。
図4】従来の摺動部材の摺動層の摺動面に垂直方向の断面の模式図。
【発明を実施するための形態】
【0014】
図4に従来の摺動部材11の断面の模式図を示す。摺動部材11は、裏金層12の一方の表面上に銅合金14からなる摺動層13が形成されている。裏金層12は、炭素の含有量が0.07~0.35質量%の亜共析鋼であり、その組織は通常の亜共析鋼の組織(図3に示す組織に相当)を示す。すなわち、フェライト相6を主とし、粒状のパーライト7がフェライト相の素地に分散している。この組織が、厚さ方向の全体に均質に形成されている。そのため、裏金層12は、外力に対する変形抵抗が裏金層12の厚さ方向にわたって概ね均一になっている。
【0015】
上記のように軸受装置の運転時には、相手軸部材からの動荷重負荷により軸受ハウジングは弾性変形しやすくなっているので、従来の摺動部材11では、軸受ハウジングの軸受保持穴に装着された摺動部材(すべり軸受)は、軸受ハウジングの変形に伴い変動する周方向力が加わりそれに伴い弾性的な変形を生じる。従来の摺動部材11は、裏金層12が通常の亜共析鋼の組織であり、摺動層13の銅合金14よりも強度が高く変形抵抗が高くなっているため、裏金層12と摺動層13との界面では、裏金層12と摺動層13の銅合金14との弾性変形量の差が大きく、そのため、裏金層12と摺動層13との間でせん断が発生し易い。
【0016】
本発明に係る摺動部材1の一具体例を図1図3を参照して説明する。図1は、裏金層2上に銅合金4からなる摺動層3を形成した摺動部材1の断面を示す模式図である。裏金層2は、一方の表面(接合表面21)上に摺動層3が形成されており、接合表面21の反対側に背面22を有する。銅合金層4との界面となる裏金層2の接合表面21には、下記に説明する高フェライト部5が形成されている。
【0017】
図2は、裏金層2の接合表面21付近の高フェライト相部5の組織を示す拡大図であり、図3は、裏金層2の厚さ方向の中央部(以後、単に「裏金層2の中央部」という)の組織を示す拡大図である。なお、図2および図3では、組織中のフェライト相6とパーライト7は、理解を容易にするために誇張して描かれている。
【0018】
裏金層2は、炭素の含有量が0.07~0.35質量%である亜共析鋼である。この裏金層2の組織は、図3に示すように、フェライト相6とパーライト7とからなるものである。炭素含有量が0.07質量%未満の亜共析鋼を用いる場合には、裏金層2の強度が低く、摺動部材1の強度が不十分となる。他方、炭素含有量が0.35質量%を超える亜共析鋼を用いると、裏金層2の高フェライト相部5におけるパーライト7の割合が多くなくなってしまう。
【0019】
なお、裏金層2は、0.07~0.35質量%の炭素を含有し、さらに、0.4質量%以下のSi、1質量%以下のMn、0.04質量%以下のP、0.05質量%以下のSのいずれか一種以上を含有し、残部Feおよび不可避不純物からなる組成であってもよい。また、裏金層2の組織は、フェライト相6とパーライト7とからなるが、このことは微細な析出物(走査電子顕微鏡を用い1000倍で組織観察を行っても検出できない析出物相)を含むことを排除するものではない。
また、後述する2次焼結時に裏金層2の摺動層3との界面となる接合表面21付近(高フェライト相部5の表面付近)には、後述する銅合金4の成分がフェライト相6に固溶される形態で拡散することがあるが、この場合も本発明の範囲である。
【0020】
高フェライト部5の組織中のパーライト7の体積割合は、裏金層2の中央部における組織中のパーライト7の体積割合に対して60%以上少なくなっている。すなわち、裏金層2の中央部における組織中のパーライトの体積割合Pcと、高フェライト相部5におけるパーライトの体積割合Psが、Ps/Pc≦0.4になっている。
【0021】
裏金層2におけるフェライト相6は、炭素成分の含有量が最大で0.02質量%と少なく、純鉄に近い組成の相である。一方、裏金層2におけるパーライト7は、フェライト相と鉄炭化物であるセメンタイト(FeC)相とが薄い板状に交互に並んで形成されるラメラ組織を有し、フェライト相6よりも強度が高い。このため、裏金層2は、組織中のパーライト7の割合が多いほど、変形抵抗が高くなる。高フェライト相部5は、組織中のパーライト6の体積割合が裏金層2の中央部のパーライト6の体積割合よりも60%以上少なくなっているため、裏金層2の中央部に比べて変形抵抗が小さくなっている。
【0022】
組織中のパーライト7の面積率は、電子顕微鏡を用いて摺動部材1の厚さ方向に平行な方向(摺動層3の摺動面に垂直な方向)に切断された複数箇所(例えば5箇所)の断面組織において、裏金層2の中央部、及び、裏金層2の接合表面21付近をそれぞれ倍率500倍で電子像を撮影し、その画像を一般的な画像解析手法(解析ソフト:Image-Pro Plus(Version4.5);(株)プラネトロン製)を用いて、組織中のパーライト7の面積率を測定する。そして、裏金層2の中央部における組織中のパーライト7に対して、裏金層2の接合表面付近における組織中のパーライト7の面積割合が60%以上少なくなっていることで、裏金層2の接合表面21に高フェライト相部5が形成されていることが確認できる。
【0023】
なお、裏金層2の中央部は、厳密な意味での裏金層2の厚さ方向に中央部位置でなくてもよい。これは、裏金層2の背面22から高フェライト相部5までの間の組織が、実質的にほぼ同じ組織(フェライト相6/パーライト7の面積割合がほぼ同じ)になっているからである。したがって、本明細書では「裏金層2の(厚さ方向の)中央部は、裏金層2の厚さ方向の中央部位置およびその近傍を含んでいる。なお、上記観察において組織中のパーライト7の体積割合は、断面視における面積割合として測定したが、この面積割合の値は、組織中のパーライト7の体積割合に相当する。
【0024】
高フェライト相部5の表面(接合表面21)におけるパーライト7の面積率は、摺動層3と裏金層2の高フェライト相部5との接合強度を高めるため、0~2%とすることが好ましい。高フェライト相部5の表面におけるパーライト7の面積率は、直接には測定はできないが、上記と同じ方法で複数箇所の断面組織の画像を得て、その画像を一般的な画像解析手法(解析ソフト:Image-Pro Plus(Version4.5);(株)プラネトロン製)を用いて、高フェライト相部5の摺動層3との界面となる接合表面21を示す線の全長のうちのパーライト7に含まれる線の長さの割合を測定することにより確認できる。この割合は、高フェライト相部5の表面におけるパーライト7の面積率に相当する。
【0025】
高フェライト相部5の厚さT1は、接合表面21から1~50μmであることが好ましい。さらに、高フェライト相部5の厚さT1は、1~20μmとすることがより好ましい。高フェライト相部5の厚さが1μm未満であると、裏金層2の接合表面21に、部分的に高フェライト相部5が形成されない場合がある。また、裏金層2の厚さは、一般的な摺動部材では最小でも0.7mmであるので、高フェライト相部5の厚さT1が50μm以下であれば、裏金層2の強度への影響が少ない。さらに、裏金層2の厚さTに対する高フェライト相部5の厚さT1の割合X1(X1=T1/T)は、0.07以下とすることが好ましい。
【0026】
摺動層3の銅合金4は、摺動部材として一般的な銅合金であればよく、組成は限定しない。一例としては、銅合金4の組成は、0.5~12質量%のSn、0.01~0.2質量%のPと残部Cu及び不可避不純物である。Sn、P成分は、銅合金の強度を高める成分であるが、含有量が上記下限値未満の場合には、その効果が不十分であり、また、上記上限値を超える場合には、銅合金が脆くなる。
また、銅合金4は、0.5~12質量%のSn、0.01~0.2質量%のPを含み、さらに、選択成分として0.1~15質量%のNi、0.5~10質量%のFe、0.01~5質量%のAl、0.01~5質量%のSi、0.1~5質量%のMn、0.1~30質量%のZn、0.1~5質量%のSb、0.1~5質量%のIn、0.1~5質量%のAg、0.5~25質量%のPb、0.5~20質量%のBiから選ばれる1種以上を含むようにすることもできる。Ni、Fe、Al、Si、Mn、Zn、Sb、In、Agは、銅合金4の強度を高める成分であるが、含有量が上記下限値未満の場合には、その効果が不十分であり、また、上記上限値を超える場合には、銅合金4が脆くなる。Pb、Biは、銅合金4の潤滑性を高める成分であるが、含有量が上記下限値未満の場合には、その効果が不十分であり、また、上記上限値を超える場合には、銅合金4が脆くなる。なお、銅合金4にこれら選択成分を2種以上含有させる場合、合計で40質量%以下とすることが好ましい。
【0027】
摺動層3は、さらに、Al、SiO、AlN、MoC、WC、FeP、FePから選ばれる1種以上の硬質粒子を0.1~10体積%を含むことができる。これら硬質粒子は、摺動層3の銅合金4の素地に分散して摺動層3の耐摩耗性を高めるが、含有量が上記下限値未満の場合には、その効果が不十分であり、また、上記上限値を超える場合には、摺動層3が脆くなる。
【0028】
摺動層3は、さらに、MoS、WS、黒鉛、h-BNから選ばれる1種以上の固体潤滑剤を0.1~10体積%を含むことができる。これら固体潤滑剤は、摺動層3の銅合金4の素地に分散して摺動層3の潤滑性を高めるが、含有量が上記下限値未満の場合には、その効果が不十分であり、また、上記上限値を超える場合には、摺動層3が脆くなる。
【0029】
裏金層2は、炭素の含有量が0.07~0.35質量%の亜共析鋼である。亜共析鋼の組織はフェライト相6とパーライト7とからなり、パーライト7の割合は、炭素の含有量に応じて決まるが、通常は30体積%以下である。裏金層2の中央部はこのような亜共析鋼の通常の組織である。しかし、摺動層3との界面となる裏金層2の接合表面21には、裏金層の中央部における組織中のパーライト7の体積割合に対してパーライト7の体積割合が60%以上少なくなっている高フェライト相部5が形成される。高フェライト相部5は裏金層2のその他の領域(とりわけ中央部付近)に比べて、変形抵抗が低くなる。このため、摺動部材1は、軸受装置で使用されて軸受ハウジングの弾性変形に伴う周方向力が加わり弾性変形が起こっても、裏金層2と摺動層3の界面では、摺動層3の銅合金4と裏金層2の高フェライト相部5の変形抵抗の差による弾性変形量の差が小さく、裏金層2と摺動層3との界面でせん断が起き難くなっている。
【0030】
以下に、本実施形態に係る摺動部材の作製方法について説明する。
【0031】
まず、摺動層の上記組成の銅合金の粉末を準備する。また、摺動層に上記硬質粒子や上記固体潤滑剤を含有させる場合は、銅合金粉末と硬質粒子や固体潤滑剤粒子との混合粉を作製する。
【0032】
準備した銅合金粉末または混合粉を上記組成の鋼(亜共析鋼)板上に散布した後、粉末散布層を加圧することなく、焼結炉を用いて800~950℃の還元雰囲気で1次焼結を行い、鋼板上に多孔質銅合金層を形成し、室温まで冷却する。
【0033】
次に、多孔質銅合金層を緻密化し、さらに、鋼板の多孔質銅合金層と接する表面付近を活性化するために1次圧延を行う。従来の摺動部材の製造においては、この1次圧延は、多孔質銅合金層の空孔を減少させて緻密化することを目的として行われており鋼板はほとんど圧延されなかった。しかし、本発明に係る摺動部材の製造では、この1次圧延での圧延率を従来よりも高くし、多孔質銅合金層が緻密化された後もさらに圧延する。1次圧延前の多孔質銅合金層の硬さは鋼板の硬さよりも低いが、この1次圧延にて多孔質銅合金層の空隙が減少し緻密化されるまでの間は、多孔質銅合金層のみが塑性変形するため十分に加工硬化させることがでる。さらに、この緻密化し、且つ、加工硬化した多孔質銅合金層がさらに圧延されると、硬さの関係が逆転し、多孔質銅合金層が鋼板よりも硬さが大きくなり(例えば1次圧延後の圧延部材の緻密化された銅合金層の表面のビッカース硬さ(Hv)が、鋼板の背面のビッカース硬さ(Hv)よりも20程度大きい)、鋼板も圧延されるようになる。このため、1次圧延にて、硬さが高くなった銅合金層と接する鋼板の表面付近は、内部に比べてより多くの結晶歪が導入されて活性な状態となる。
【0034】
次に、圧延された部材を焼結炉内で800~950℃の還元雰囲気で2次焼結を行い、銅合金層を焼結して、室温まで冷却する。この際に、裏金層の銅合金層との界面となる表面に高フェライト相部が形成される。
【0035】
高フェライト相部の形成機構は以下のように考えられる。
2次焼結工程の昇温中のA1変態点(727℃)に達する前に、圧延部材の裏金層(鋼板)は、内部に比べて活性な状態にある銅合金層との界面となる接合表面付近が先に再結晶現象が起こる。このため、A1変態点に達する直前は、裏金層の接合表面付近と内部とで組織中のフェライト相とパーライトの割合は変わらないが、フェライト相の結晶粒は、表面付近が内部に比べて大きくなる。
【0036】
A1変態点に達すると、裏金層は、パーライトがオーステナイト相に変態し、フェライト相とオーステナイト相からなる組織となる。(A1変態点に達した直後では、裏金層は、接合表面付近と内部とでは組織中のオーステナイト相の割合およびオーステナイト相に固溶する炭素原子濃度は差がない。)裏金層は、その後のA1変態点を超えてA3変態点(組織がオーステナイト単相の組織になる温度)に達するまでの昇温とともに、組織中のフェライト相はオーステナイト相に徐々に変態し、組織中のフェライト相の割合が減少する。
【0037】
裏金層の接合表面付近の組織中のフェライト相は、内部のフェライト相に比べて結晶粒径が大きく安定なため、オーステナイト相への変態が起き難い。この昇温中、裏金層の表面部付近の組織中のオーステナイト相の割合は、内部の組織中のオーステナイト相の割合よりも常に小さくなる。
組織中のフェライト相は、炭素原子をほとんど固溶しない(最大で約0.02質量%)ため、裏金層の表面付近のオーステナイト相は、内部よりも少ない量(体積)で、パーライトが含んでいた炭素原子を固溶することになり、裏金層の表面付近と内部のオーステナイト相では、炭素原子の濃度差が発生する。この濃度差をなくすように表面付近のオーステナイト相が含む炭素原子が内部のオーステナイト相へ拡散し、表面付近の組織中に含まれる炭素の量は、内部の組織中に含まれる炭素量よりも少なくなる。
【0038】
その後の冷却過程において、裏金層はA1変態点に達すると、フェライト相とパーライトからなる組織となるが、上記のように昇温過程において、
(i)銅合金層との界面となる接合表面付近の組織中に含まれる炭素量は、内部の組織中に含まれる炭素量よりも少なかったこと、及び、
(ii)昇温中の表面付近と内部での組織中に残るフェライト相の体積割合が違うこと
により、冷却後、表面付近の組織中のパーライトの体積割合は、内部の組織中パーライトの体積割合よりも少なくなったと考えられる。
【0039】
従来の摺動部材の製造においては、1次圧延にて多孔質焼銅合金層が緻密化する程度にのみ圧延するので、裏金層は圧延されない。そのため、裏金層(鋼板)の緻密化した銅合金層との界面付近に内部よりも多くの結晶歪が導入されて活性な状態となることがない。したがって、その後の2次焼結工程後の裏金層の組織は、表面付近と内部とでパーライトの体積割合が変わらない組織となる。
【0040】
また、(先行技術文献3のように、)緻密化のための圧延の後に2次焼結を行なった銅合金層および裏金層からなる部材に対して、さらに2次圧延を行って銅合金層と裏金層とを共に圧延しても、2次焼結での熱処理により既に銅合金の硬さが裏金層の硬さよりも低くなっているので、また、銅合金層は既に緻密化されているので、2次圧延において銅合金層のみが優先し塑性変形(加工硬化)することもない。このように、2次圧延中に銅合金層が裏金よりも加工硬化し十分に硬くなることがないため、銅合金層との界面付近のみが内部より多くの結晶歪が導入されて活性な状態となることがない。このため、この圧延部材は、2次焼結工程での焼結条件と同じ条件で3次焼結を施しても、裏金層の表面付近と内部とでパーライトの割合が変わらない組織となる。
【0041】
本発明の摺動部材は、内燃機関や自動変速機に用いられる軸受に限定されないで、各種機械に用いられる軸受に適用できる。また、軸受の形状は、円筒形状や半円筒形状に限定されないで、例えば、軸部材の軸線方向負荷を支承する円環形状や半円環形状のスラスト軸受や、自動変速機のクラッチ部(ワンウェイクラッチ)に用いられる略コ字状断面を有する円環形状のエンドプレート等にも適用できる。
【0042】
また、本発明の摺動部材は、摺動層および/または裏金層の表面にSn、Bi、Pbまたは、これら金属を基とする合金からなる被覆層や、合成樹脂または合成樹脂を基とする被覆層を有してもよい。
図1
図2
図3
図4