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  • 特許-アルミニウム合金板 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-25
(45)【発行日】2022-08-02
(54)【発明の名称】アルミニウム合金板
(51)【国際特許分類】
   C22C 21/06 20060101AFI20220726BHJP
   C22F 1/04 20060101ALI20220726BHJP
   C22F 1/00 20060101ALN20220726BHJP
【FI】
C22C21/06
C22F1/04 C
C22F1/00 606
C22F1/00 623
C22F1/00 630A
C22F1/00 630K
C22F1/00 673
C22F1/00 682
C22F1/00 683
C22F1/00 685Z
C22F1/00 691B
C22F1/00 691C
C22F1/00 694A
C22F1/00 694B
C22F1/00 694Z
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2018163487
(22)【出願日】2018-08-31
(65)【公開番号】P2020033632
(43)【公開日】2020-03-05
【審査請求日】2021-06-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000107538
【氏名又は名称】株式会社UACJ
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】工藤 智行
(72)【発明者】
【氏名】小林 亮平
【審査官】岡田 眞理
(56)【参考文献】
【文献】特開2009-242831(JP,A)
【文献】特開2006-037148(JP,A)
【文献】特開平09-268355(JP,A)
【文献】特開2004-263253(JP,A)
【文献】特開2007-051310(JP,A)
【文献】特開2001-348638(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/00-21/18
C22F 1/04- 1/057
C22F 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
0.50質量%以下のSiと、0.7質量%以下のFeと、0.3質量%以下のCuと、0.4質量%以上1.5質量%以下のMnと、0.7質量%以上1.5質量%以下のMgとを含み、残部がAl及び不可避的不純物からなる組成を有し、
結晶方位分布関数のφ1=65°~90°、Φ=30°、φ2=45°の区間の積分値が120以下であり、
結晶方位分布関数のφ1=0~35°、Φ=45°、φ2=0°の区間の積分値が80以上であり、
引張強さが280MPa以上330MPa以下であるアルミニウム合金板。
【請求項2】
請求項1に記載のアルミニウム合金板であって、
Siの含有量が0.45質量%以下であり、
結晶方位分布関数のφ=0°、Φ=0°~45°、φ=0°の区間の積分値が80以上であるアルミニウム合金板。
【請求項3】
請求項1に記載のアルミニウム合金板であって、
Siの含有量が0.1質量%以上0.45質量%以下であり、
Feの含有量が0.3質量%以上0.7質量%以下であり、
Cuの含有量が0.05質量%以上0.3質量%以下であり、
Mnの含有量が0.7質量%以上1.5質量%以下であり、
結晶方位分布関数のφ=0°、Φ=0°~45°、φ=0°の区間の積分値が80以上であり、
円相当径が0.5μm以上のα―Al-Fe-Mn-Si系金属間化合物の面積率が2.0%以上であるアルミニウム合金板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示はアルミニウム合金板に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、アルミニウム缶の1種であるボトル缶が市販されている。ボトル缶は、胴部とネック部とを有する。ネック部は、胴部に比べて細い。ボトル缶は、ネック部の先端付近にネジ部を有する。ボトル缶は、そのネジ部とキャップとを用いてリシールが可能である。
【0003】
ボトル缶は、以下のように製造される。まず、円形ブランクに対し絞り成形を行ってカップを成形する。次に、ボディメーカーを用いてカップを再絞り成形する。さらに、再絞り成形に連続してしごき成形を行い、缶胴を成形する。
【0004】
次に、缶胴の開口部をトリミングして缶胴の高さを揃える。次に、ネック加工を行ってネック部を成形する。次に、ネック部の先端付近にネジ部を成形する。最後に、ネック部の先端にカール加工を行う。
【0005】
ボトル缶を製造するとき、ネック加工における縮径率が大きい。ネック加工における縮径率が大きいと、缶壁に大きな圧縮応力がかかり、壁厚が増大する。壁厚が増大すると、缶壁の表面に凹凸が形成され、遂には微小なクラックとなる。カール加工のとき、微小なクラックが破断の起点となり、カール割れが生じる。
【0006】
特許文献1、2には、カール割れの改善を目的とする技術が開発されている。特許文献1記載の技術では、結晶粒径を微細に制御している。また、特許文献1記載の技術では、ランクフォード値の面内異方性を規定している。特許文献2記載の技術では、ボトル缶の加工性と強度とを両立させるために、仕上圧延の最終パスと冷間圧延の最終パスの条件を調整して、耳率やベーク前後の強度を規定している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第4460406号公報
【文献】特開2009-242831号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
特許文献1、2記載の技術では、カール割れを十分に抑制することは困難であった。また、アルミニウム合金板には、引張強さが高いことが要求される。本開示の一局面は、カール割れを抑制でき、引張強さが高いアルミニウム合金板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の一局面は、0.50質量%以下のSiと、0.7質量%以下のFeと、0.3質量%以下のCuと、0.4質量%以上1.5質量%以下のMnと、0.7質量%以上1.5質量%以下のMgとを含み、残部がAl及び不可避的不純物からなる組成を有し、結晶方位分布関数のφ1=65°~90°、Φ=30°、φ2=45°の区間の積分値が120以下であり、結晶方位分布関数のφ1=0~35°、Φ=45°、φ2=0°の区間の積分値が80以上であり、引張強さが280MPa以上330MPa以下であるアルミニウム合金板である。本開示の一局面であるアルミニウム合金板は、カール割れを抑制でき、引張強さが高い。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1Aは、変形集合組織Aの例を表す説明図であり、図1Bは、変形集合組織Bの例を表す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本開示の例示的な実施形態を、図面を参照しながら説明する。
1.アルミニウム合金板の組成
本開示のアルミニウム合金板は、0.4質量%以上1.5質量%以下のMnを含む。Mnは、本開示のアルミニウム合金板において固溶する。そのため、Mnは、本開示のアルミニウム合金板の引張強さを向上させる。Mnの含有量が0.4質量%以上であることにより、本開示のアルミニウム合金板は引張強さが高い。Mnの含有量は0.7質量%以上であることが好ましい。Mnの含有量が0.7質量%以上である場合、本開示のアルミニウム合金板の成形性が一層優れる。
【0012】
従来、アルミニウム合金板に、ジャイアントコンパウンドが生成することがあった。ジャイアントコンパウンドとは、100μm以上の巨大晶出物である。ジャイアントコンパウンドは、成形時や外部から衝撃を受けたときに破断の起点となる。Mnの含有量が1.5質量%以下であることにより、本開示のアルミニウム合金板はジャイアントコンパウンドを生じ難い。
【0013】
Mnは、Al-Fe-Mn-Si系金属間化合物を形成する。Al-Fe-Mn-Si系金属間化合物はα相である。Al-Fe-Mn-Si系金属間化合物は、ネック成形時の均等な変形を促す。Mnの含有量が多いほど、Al-Fe-Mn-Si系金属間化合物が増加する。
【0014】
本開示のアルミニウム合金板は、0.50質量%以下のSiを含む。本開示のアルミニウム合金板は、Siを含まなくてもよいが、Siの含有量は、0.1質量%以上であることが好ましい。Siの含有量が0.1質量%以上である場合、本開示のアルミニウム合金板の成形性が一層優れる。
【0015】
Siの含有量が0.50質量%以下であることにより、熱間圧延時に析出物が生じ難く、熱間仕上圧延における再結晶を促進することができる。その結果、結晶方位分布関数のCube方位(φ1=0°、Φ=0°、φ2=0°)からGoss方位の区間の集積度が増加する。Siの含有量は0.45質量%以下であることが好ましい。Siの含有量が0.45質量%以下である場合、上記の効果が一層顕著になる。Siの含有量が少ないほど、上記の効果が一層顕著になる。
【0016】
Siは、Mnとともに、Al-Fe-Mn-Si系金属間化合物を生成する。Al-Fe-Mn-Si系金属間化合物は、ネック成形時の均等な変形を促す。Siの含有量が多いほど、Al-Fe-Mn-Si系金属間化合物が増加する。
【0017】
本開示のアルミニウム合金板は、0.7質量%以下のFeを含む。Feの含有量は、0.3質量%以上であることが好ましい。Feの含有量が0.3質量%以上である場合、本開示のアルミニウム合金板の成形性が一層優れる。Feの含有量が0.7質量%以下であることにより、本開示のアルミニウム合金板はジャイアントコンパウンドを生じ難い。
【0018】
Feは、Si及びMnとともに、Al-Fe-Mn-Si系金属間化合物を生成する。Al-Fe-Mn-Si系金属間化合物は、ネック成形時の均等な変形を促す。Feの含有量が多いほど、Al-Fe-Mn-Si系金属間化合物が増加する。
【0019】
本開示のアルミニウム合金板は、0.3質量%以下のCuを含む。Cuは、冷間圧延時や製缶後の塗装焼付工程においてAl-Mg-Cu系析出物を形成することで、本開示のアルミニウム合金板の引張強さを向上させる。Cuの含有量は、0.05質量%以上であることが好ましい。Cuの含有量が0.05質量%以上である場合、本開示のアルミニウム合金板の引張強さが一層向上する。Cuの含有量が0.3質量%以下であることにより、本開示のアルミニウム合金板の引張強さは、過度に高くなり難い。その結果、本開示のアルミニウム合金板は、成形時に不良を生じ難い。
【0020】
本開示のアルミニウム合金板は、0.7質量%以上1.5質量%以下のMgを含む。Mgは、本開示のアルミニウム合金板の加工硬化性や延性を向上させる。材料の延性が大きいほど、カール割れが生じ難い。Mgの含有量が0.7質量%以上であることにより、本開示のアルミニウム合金板は延性が大きく、カール割れを抑制できる。
【0021】
Mgの含有量が1.5質量%以下であることにより、本開示のアルミニウム合金板の引張強さは、過度に高くなり難い。その結果、本開示のアルミニウム合金板は、成形割れを抑制できる。
本開示のアルミニウム合金板は、例えば、0.1質量%以下のTiを含む。本開示のアルミニウム合金板は、Tiを含まなくてもよい。Tiは鋳塊組織の微細化に寄与する。
【0022】
本開示のアルミニウム合金板において、残部はAl及び不可避不純物からなる。本開示のアルミニウム合金板は、不可避不純物を含んでいてもよいし、含んでいなくてもよい。不可避不純物として、例えば、0.3質量%以下のCr、0.5質量%以下のZn等が挙げられる。不可避不純物の種類及び量は、本開示のアルミニウム合金板の性能を著しく損なわない範囲内であることが好ましい。
【0023】
2.結晶方位分布関数の積分値
本開示のアルミニウム合金板において、結晶方位分布関数のφ1=65°~90°、Φ=30°、φ2=45°の区間の積分値(以下では区間Kの積分値とする)は120以下である。また、本開示のアルミニウム合金板において、結晶方位分布関数のφ1=0~35°、Φ=45°、φ2=0°の区間の積分値(以下では区間Mの積分値とする)は80以上である。
【0024】
本開示のアルミニウム合金板において、結晶方位分布関数のφ=0°、Φ=0°~45°、φ=0°の区間の積分値(以下では区間Lの積分値とする)は80以上であることが好ましい。
本開示のアルミニウム合金板は、区間Kの積分値が120以下であり、区間Mの積分値が80以上であることにより、カール割れを抑制できる。本開示のアルミニウム合金板は、区間Lの積分値が80以上である場合、カール割れを一層抑制できる。
【0025】
区間K、L、Mの積分値と、カール割れの生じ難さとの関係は、以下のように推測される。アルミニウム合金板を用いてボトル缶等を製造するとき、元板にDI成形を行い、次にネック成形を行う。元板とは、DI成形を行う前のアルミニウム合金板を意味する。DI成形により、元板の集合組織が変形を受け、缶壁に変形集合組織(以下ではDI缶壁の変形集合組織とする)が生じる。ネック成形時の缶壁の変形挙動は、DI缶壁の変形集合組織に支配される。
【0026】
発明者の検討により、DI缶壁の変形集合組織には、{111}面がDI方向に垂直な変形集合組織Aと、{100}面がDI方向に垂直な変形集合組織Bとがあることが明らかになった。
変形集合組織Aの例を図1Aに示す。変形集合組織Bの例を図1Bに示す。図1A及び図1Bは、DI缶壁の開口部付近の断面であって、DI方向に垂直な断面をSEM-EBSD法で観察し、同一の視野に占める結晶粒の分布を、結晶粒の方位ごとに分離して表示したものである。
【0027】
DI缶壁の変形集合組織の結晶方位分布関数を、圧延板の集合組織の結晶方位分布関数に倣って表記する。すなわち、缶壁表面と平行な面を圧延面と等価と考える。また、缶のしごき方向を圧延方向と等価と考える。また、結晶方位分布関数の角度をBunge法によるオイラー角で表記する。変形集合組織Aは、Cu方位(φ1=90°、Φ=30°、φ2=45°)に近い角度の集合組織に対応する。変形集合組織Bは、Goss方位(φ1=0°、Φ=45°、φ2=0°)に近い角度の集合組織に対応する。
【0028】
変形集合組織Aは、ネック成形時に缶壁の厚さ方向に変形して表面に凹凸を誘起し、微小クラックを形成する。元板における区間Kの積分値は、変形集合組織Aの集積度と相関がある。元板における区間Kの積分値が大きいほど、DI缶壁の変形集合組織Aの集積度も大きい。
【0029】
その理由は、元板の結晶方位分布関数の区間Kに含まれていた方位の結晶粒が、深絞り成形時に缶壁表面に垂直な方向を軸とする結晶格子回転を起こし、また、しごき成形時に、缶周方向を軸とする結晶格子回転を起こし、最終的に缶側壁において変形集合組織Aに向かって結晶格子回転するためである。缶壁表面に垂直な方向を軸とする結晶格子回転は、オイラー角φ1方向の結晶格子回転である。缶周方向を軸とする結晶格子回転は、オイラー角Φ方向の結晶格子回転である。なお、区間Kには、Cu方位も含まれる。また、深絞り成形及びしごき成形によってこのような結晶格子回転が起きるため、変形集合組織Aの集積度は、DI成形における絞り比、しごき率と正の相関がある。
【0030】
変形集合組織Bは、ネック成形時に、壁厚方向だけでなく、高さ方向にも変形する。すなわち、ネック成形時における変形集合組織Bの変形の方向は分散する。そのため、変形集合組織Bは、缶壁表面の微小クラック形成への寄与は小さい。
【0031】
元板の区間Lの積分値は、変形集合組織Bの集積度と相関がある。元板の区間Lの積分値が大きいほど、DI缶壁の変形集合組織Bの集積度も大きい。その理由は、元板の結晶方位分布関数の区間Lに含まれていた方位の結晶粒が、深絞り成形時にDI方向を軸とする結晶格子回転を起こし、また、しごき成形時に缶壁表面に垂直な方向を軸とする結晶格子回転を起こし、最終的に缶側壁において変形集合組織Bに向かって結晶格子回転するためである。DI方向を軸とする結晶格子回転は、オイラー角Φ方向の結晶格子回転である。缶壁表面に垂直な方向を軸とする結晶格子回転は、オイラー角φ1方向の結晶格子回転である。
【0032】
元板の区間Mの積分値は、変形集合組織Bの集積度と相関がある。元板の区間Mの積分値が大きいほど、DI缶壁の変形集合組織Bの集積度も大きい。その理由は、元板の結晶方位分布関数の区間Mに含まれていた方位の結晶粒が、深絞り成形時に缶壁表面に垂直な方向を軸とする結晶格子回転を起こし、また、しごき成形時に缶壁表面に垂直な方向を軸とする結晶格子回転を起こし、最終的に缶側壁において変形集合組織Bに向かって結晶格子回転するためである。深絞り・しごき成形時に生じる、缶壁表面に垂直な方向を軸とするこれらの結晶格子回転は、オイラー角φ1方向の結晶格子回転である。区間Mの積分値は、区間Lの積分値に比べて、変形集合組織Bの集積度との相関がより顕著である。なお、区間L、Mには、Goss方位も含まれる。
【0033】
従って、元板において、区間Kの積分値を下げて、区間Mの積分値を上げることで、DI成形後の缶壁に、微小クラックの形成を抑制する組織を形成することができる。また、元板において、区間Kの積分値を下げて、区間L及び区間Mの積分値を上げることで、DI成形後の缶壁に、微小クラックの形成を抑制する組織を一層形成することができる。
【0034】
区間Kの積分値が120以下であることにより、ネック成形時の壁厚方向への変形が小さくなり、缶壁の表面に微小クラックが生じ難くなる。その結果、カール割れが生じ難くなる。区間Mの積分値が80以上であることにより、ネック成形時における結晶粒の変形方向が同一方向に局在化し難くなり、缶壁の表面に微小クラックが生じ難くなる。その結果、カール割れが生じ難くなる。区間Lの積分値が80以上である場合、ネック成形時における結晶粒の変形方向が同一方向に一層局在化し難くなり、缶壁の表面に微小クラックが一層生じ難くなる。その結果、カール割れが一層生じ難くなる。
区間K、L、Mの積分値は、以下のように測定できる。測定サンプルの表面のうち、測定を行う面を研磨する。研磨の深さは、測定サンプルの板厚の25%である。研磨後の測定サンプルに対し、X線回折装置を用いて、Schultzの反射法(α=15°~90°、β=0°~360°)を行い、不完全極点図を取得する。不完全極点図から、展開次数22次の級数展開法により、結晶方位分布関数f(φ1、Φ、φ2)を決定する。結晶方位分布関数の決定には、(株)ノルム工学が市販する解析ソフト“Standard ODF”を使用する。不完全極点図から結晶方位分布関数を決定する原理は公知であり、例えば、以下の公知文献に開示されている。
【0035】
公知文献:井上博史、稲数直次:日本金属学会誌,58(1994),892-898.
区間Kの積分値Iは、以下の式(1)により算出することができる。
【0036】
【数1】
式(1)におけるf(φ、Φ、φ)は結晶方位分布関数である。φ1iは式(2)により表される。
【0037】
【数2】
式(1)におけるオイラー角φ、Φ、φの単位はそれぞれ、「°」である。式(1)におけるnは数値積分区間の分割数である。Δφは25/nである。式(1)におけるnの値は5である。
【0038】
区間Lの積分値Iは、以下の式(3)により算出することができる。
【0039】
【数3】
式(3)におけるf(φ、Φ、φ)は結晶方位分布関数である。Φは式(4)により表される。
【0040】
【数4】
式(3)におけるオイラー角φ、Φ、φの単位はそれぞれ、「°」である。式(3)におけるnは数値積分区間の分割数である。ΔΦは45/nである。式(3)におけるnの値は9である。
【0041】
区間Mの積分値Iは、以下の式(5)により算出することができる。
【0042】
【数5】
式(5)におけるf(φ、Φ、φ)は結晶方位分布関数である。φ1iは式(6)により表される。
【0043】
【数6】
式(5)におけるオイラー角φ、Φ、φの単位はそれぞれ、「°」である。式(5)におけるnは数値積分区間の分割数である。Δφは35/nである。式(5)におけるnの値は7である。
【0044】
3.引張強さ
本開示のアルミニウム合金板の引張強さは、280MPa以上330MPa以下である。引張強さが280MPa以上であることにより、成形後の缶体強度が高くなる。引張強さが330MPa以下であることにより、破胴が発生し難い。破胴とは、製缶時に缶胴部分が破断する現象である。
【0045】
引張強さの測定方法は、JIS-Z-2241に規定されている方法である。本開示のアルミニウム合金板を製造するときの冷間圧延率が大きいほど、引張強さは大きい。本開示のアルミニウム合金板におけるMnの含有量が多いほど、引張強さは大きい。本開示のアルミニウム合金板におけるCuの含有量が多いほど、引張強さは大きい。本開示のアルミニウム合金板におけるMgの含有量が多いほど、引張強さは大きい。
【0046】
4.円相当径が0.5μm以上のα―Al-Fe-Mn-Si系金属間化合物の面積率
本開示のアルミニウム合金板において、円相当径が0.5μm以上のα―Al-Fe-Mn-Si系金属間化合物の面積率(以下ではα相の面積率とする)は、2.0%以上であることが好ましい。
【0047】
α相の面積率が2.0%以上である場合、本開示のアルミニウム合金板は、ネック成形時に、より均等に変形する。また、α相の面積率が2.0%以上である場合、本開示のアルミニウム合金板の成形性が向上する。
【0048】
α相の面積率が2.0%以上である場合、上記の効果を奏する理由は以下のように推測される。円相当径が0.5μm以上のα―Al-Fe-Mn-Si系金属間化合物は、塑性変形時に結晶粒の動きを妨げ、集合組織が特定の方向に変形することを抑制する。そのため、α相の面積率が2.0%以上である場合、本開示のアルミニウム合金板は、ネック成形時に、より均等に変形する。
【0049】
円相当径が0.5μm以上のα―Al-Fe-Mn-Si系金属間化合物は、本開示のアルミニウム合金板と金型との間の潤滑性を向上させる。その結果、α相の面積率が2.0%以上である場合、本開示のアルミニウム合金板の成形性が向上する。
【0050】
α相の面積率は、以下の方法で測定できる。測定サンプルの表面のうち、測定を行う面を研磨する。研磨の深さは、測定サンプルの板厚の1%とする。研磨面を、SEM-COMPOを用いて観察し、10個の視野を得る。SEM-COMPOの倍率は500倍とする。10個の視野において、画像解析ソフトウェア“A像くん”を用いて、円相当径0.5μm以上の白色コントラストの粒子の面積(以下では白色コントラスト面積とする)を求める。白色コントラスト面積を、10個の視野の合計面積で除することで、α相の面積率を算出する。なおα―Al-Fe-Mn-Si系金属間化合物は、母相であるAlよりも重い元素であるFe、 Mnを含むため、SEM-COMPO像で白色コントラストの粒子として観察される。
【0051】
5.本開示のアルミニウム合金板の製造方法
本開示のアルミニウム合金板は、例えば、以下のように製造することができる。本開示のアルミニウム合金板に対応する組成を有するアルミニウム合金に対し、常法に従って半連続鋳造法(DC鋳造)を行い、鋳塊を製造する。
【0052】
次に、鋳塊の表面を面削する。次に、鋳塊を均熱炉に投入して均質化処理を行う。均質化処理は高温で行うことが好ましい。均質化処理は長時間行うことが好ましい。均質化処理により、AlMnの金属間化合物が晶出し、α相に変態する。
【0053】
均質化処理における温度は、好ましくは520℃以上620℃以下である。均質化処理の時間は、好ましくは1時間以上5時間以下である。均質化処理における温度が520℃以上である場合、晶出物のα相への変態が十分に進む。均質化処理における温度が620℃以下である場合、アルミニウム合金の局部融解が生じ難い。
【0054】
均質化処理の時間が1時間以上である場合、晶出物のα相への変態が十分に進む。均質化処理の時間が5時間を超えると、均質化処理の効果が飽和する。
次に、均質化処理が行われた鋳塊を熱間圧延に供する。熱間圧延は、粗圧延と、仕上圧延とを有する。粗圧延は、リバース圧延によって、鋳塊を、約数十mmの厚さの板材に加工する工程である。仕上圧延は、タンデム圧延等によって、板材の厚さを約数mmに落とし、コイル状に巻き取る工程である。コイル状に巻き取られた部材を以下では熱延コイルとする。次に、熱延コイルに対し、冷間圧延を行う。冷間圧延では、板厚が製品板厚となるまで、薄く圧延する。
【0055】
粗圧延の最終パスと、仕上圧延の最終パスとのそれぞれについて、以下の式(7)で表されるZ値を算出することができる。仕上圧延がタンデム圧延である場合、仕上圧延の最終パスとは、最終スタンドでの圧延である。
【0056】
【数7】
式(7)において、εはひずみ速度である。Qは熱間加工の活性化エネルギーである。Qの値は156kJ/molである。Rは気体定数である。Rの値は8.314JK-1mol-1である。Tは加工温度である。
【0057】
ひずみ速度εは、以下の式(8)により算出される。
【0058】
【数8】
式(8)において、nは圧延ロールの回転速度(rpm)である。rは圧下率である。Rはロール半径である。Hは圧延入側の板厚である。
【0059】
Z値は、熱間加工中に蓄積されるひずみ量の指標である。Z値が大きいほど再結晶し易い。区間Kの積分値は、仕上圧延後における再結晶組織のCube方位~Goss方位の区間の集積度と負の相関がある。その理由は、仕上圧延板のCube方位~Goss方位の区間の集積度が大きいほど、冷間圧延に伴う圧延集合組織の発達が抑制され、区間Kの積分値が抑制されるためである。
【0060】
区間L、区間Mの積分値は、仕上圧延後の再結晶組織のCube方位~Goss方位の区間の集積度と正の相関がある。その理由は、仕上圧延板のCube方位~Goss方位の区間に含まれる結晶粒が、冷間圧延に伴ってCube方位からGoss方位へ、また、Goss方位からBrass方位(φ=30°、Φ=45°、φ=0°)へ向かって順番に結晶格子回転し、区間Lの積分値及び区間Mの積分値が増加するためである。なお、区間Lには、Cube方位とGoss方位とが含まれる。区間Mには、Goss方位とBrass方位とが含まれる。
【0061】
熱延コイルにおいて、巻き取られた後の余熱により、材料組織が再結晶する。その結果、仕上圧延後の再結晶組織におけるCube方位~Goss方位の集積は強くなる。粗圧延で再結晶せず圧延組織が発達するほど、仕上圧延後の再結晶により、Cube方位~Goss方位の集積が強くなる。
【0062】
すなわち、粗圧延の最終パスのZ値が低く、仕上圧延のZ値が大きいほど、区間Kの積分値が小さくなり、区間L及び区間Mの積分値が大きくなる。例えば、粗圧延の最終パスのZ値を、logZ<12.5の式を満足するように調整することができる。この場合、粗圧延の最終パスにおける再結晶を抑制できる。
【0063】
また、例えば、仕上圧延のZ値を、logZ>14.7の式を満足するように調整し、且つ、仕上圧延の加工温度を330℃以上とすることができる。この場合、材料組織が十分に再結晶し、Cube方位~Goss方位へ集積する。
【0064】
冷間圧延は、シングル圧延、及びタンデム圧延のどちらであってもよい。冷間圧延率が小さいほど、区間Kの積分値は増加し、区間L、区間Mの積分値は減少する。よって、冷間圧延率が小さいほど、カール割れは生じ難い。
【0065】
冷間圧延率が大きいほど、本開示のアルミニウム合金板の引張強さが高くなる。冷間圧延率が大きい場合、熱間圧延の段階で、Cube方位~Goss方位の集積を強くすることが好ましい。
冷間圧延率は、80%以上90%以下であることが好ましい。冷間圧延率が80%以上である場合、本開示のアルミニウム合金板の引張強さが高くなる。また、冷間圧延率が80%以上である場合、成形後の缶体の剛性が高くなる。冷間圧延率が90%以下である場合、区間Kの積分値が過度に大きくなり難い。その結果、カール割れを抑制できる。
【0066】
本開示のアルミニウム合金板の作用効果を奏する限り、本開示のアルミニウム合金板の製造方法において、例えば、冷間圧延の前後やパス間での焼鈍を実施してもよい。
6.実施例
(6-1)アルミニウム合金板の製造
表1に記載のS1~S36のアルミニウム合金板を製造した。製造方法は、以下のとおりである。
【0067】
【表1】
まず、半連続鋳造法により、鋳塊を製造した。鋳塊の組成は表1に示すとおりである。鋳塊の厚さは700mmである。鋳塊は、不可避的な不純物元素を0.03質量%含む。次に、鋳塊の4面を面削した。次に、鋳塊を炉に入れ、表1に示す条件で均質化処理を行った。表1のうち、均質化処理の列に記載されている温度は、均質化処理の温度である。表1のうち、均質化処理の列に記載されている時間は、均質化処理の時間である。
【0068】
次に、炉から鋳塊を排出し、すぐに熱間圧延を開始した。このとき使用した熱間圧延機は、リバース式熱間粗圧延機と、タンデム式熱間仕上圧延機とを有する。リバース式熱間粗圧延の最終パスのZ値を表1に示す値に制御した。また、タンデム式熱間仕上圧延の最後のスタンドにおけるZ値を、表1に示す値に制御した。
【0069】
次に、冷間圧延を行った。冷間圧延後の最終板厚は0.280mmとした。冷間圧延における冷間圧延率は、熱間仕上圧延後の板厚を調整することで、表1に示す値とした。
(6-2)アルミニウム合金板の評価
製造したアルミニウム合金板からJIS-Z-2241で規定する5号試験片を作成した。この試験片は、圧延方向に対して0°の角度をなす方向に延びる。この試験片について、JIS-Z-2241に準拠して引張試験を行い、引張強さを測定した。引張強さの測定結果を表1に示す。
【0070】
製造したアルミニウム合金板において、上述した測定方法により、区間K、L、Mの積分値を測定した。X線回折装置として、リガク製RINT-2500V/PCを使用した。区間K、L、Mの積分値の測定結果を表1に示す。
【0071】
製造したアルミニウム合金板において、上述した測定方法により、α相の面積率を測定した。α相の面積率の測定結果を表1に示す。
製造したアルミニウム合金板から、直径140mmのブランク板を打ち抜き成形した。次に、ブランク板から直径66mmの缶胴をDI成形した。次に、缶胴におけるフランジ部分を、縮径率が40%となるまでネック成形した。次に、ネック部の先端を10%拡管し、缶を完成した。なお、ネック部の先端を10%拡管する成形は、カール成形を模擬する成形である。上記の方法で、S1~S36のそれぞれについて、100個の缶を製造した。
【0072】
ネック部の先端を観察し、以下の基準により、拡管成形性を評価した。評価結果を表1に示す。
◎:100缶のいずれにも破断が認められなかった。
○:100缶のうち、1缶のみに破断が認められた。
【0073】
×:100缶のうち、2缶以上に破断が認められた。
S1~5、7、8、10~12、15~17、20、21、24~27、29、34では拡管成形性が良好であり、引張強さが280MPa以上330MPa以下の範囲内にあった。
【0074】
特に、S8では、Feの含有量が多いため、α相の面積率が2.0%以上であった。その結果、拡管成形性が一層優れていた。
特に、S12では、Cuの含有量が適度に多いため、引張強さが、330MPa以下の範囲内で一層大きかった。
【0075】
特に、S16、17では、Mnの含有量が多いため、α相の面積率が2.0%以上であった。その結果、拡管成形性が一層優れていた。
特に、S24では、α相の面積率が2.0%以上であるため、拡管成形性が一層優れていた。
【0076】
S6では、ネック部の先端において割れが多数生じ、拡管成形性の評価結果が×であった。その理由は、Siの含有量が多過ぎたため、仕上圧延で再結晶せず、所望の集合組織が得られなかったためであると推測される。
【0077】
S9では、Feの含有量が多過ぎたため、粗大晶出物が発生し、製品として使用できなかった。
S13では、Cuの含有量が多過ぎたため、引張強さが過度に高くなった。その結果、DI成形の時点で破胴が起きた。
【0078】
S14では、Mnの含有量が少な過ぎたため、引張強さが不足していた。
S18では、Mnの含有量が多過ぎたため、粗大晶出物が発生した。
S19では、Mgの含有量が少な過ぎたため、引張強さが不足していた。
【0079】
S22では、Mgの含有量が多過ぎたため、引張強さが過度に高くなった。その結果、DI成形の時点で破胴が起きた。
S23では、均質化処理の温度が高すぎたため、局部溶融が生じ、製品にならなかった。
【0080】
S28、32、35では、拡管成形性の評価結果が×であった。その理由は、粗圧延の最終パスのZ値が大きかったため、所望の集合組織が得られなかったためであると推測される。
S30、36では、拡管成形性の評価結果が×であった。その理由は、仕上圧延の最終タンデムのZ値が小さかったため、所望の集合組織が得られなかったためであると推測される。
【0081】
S31では、冷間圧延率が低いため、引張強さが不足していた。
S33では、冷間圧延率が高過ぎたため、引張強さが過度に高くなった。その結果、DI成形の時点で破胴が起きた。
【0082】
7.他の実施形態
以上、本開示の実施形態について説明したが、本開示は上述の実施形態に限定されることなく、種々変形して実施することができる。
【0083】
(1)上記各実施形態における1つの構成要素が有する機能を複数の構成要素に分担させたり、複数の構成要素が有する機能を1つの構成要素に発揮させたりしてもよい。また、上記各実施形態の構成の一部を省略してもよい。また、上記各実施形態の構成の少なくとも一部を、他の上記実施形態の構成に対して付加、置換等してもよい。なお、特許請求の範囲に記載の文言から特定される技術思想に含まれるあらゆる態様が本開示の実施形態である。
【0084】
(2)上述したアルミニウム合金板の他、当該アルミニウム合金板を構成要素とするシステム、アルミニウム合金板の製造方法等、種々の形態で本開示を実現することもできる。
図1