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特許7112084電解液、二次電池および電解液の製造方法
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  • 特許-電解液、二次電池および電解液の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-26
(45)【発行日】2022-08-03
(54)【発明の名称】電解液、二次電池および電解液の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 10/0568 20100101AFI20220727BHJP
   H01M 10/0569 20100101ALI20220727BHJP
   H01M 10/054 20100101ALI20220727BHJP
【FI】
H01M10/0568
H01M10/0569
H01M10/054
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2018566054
(86)(22)【出願日】2018-01-19
(86)【国際出願番号】 JP2018001585
(87)【国際公開番号】W WO2018142968
(87)【国際公開日】2018-08-09
【審査請求日】2020-08-17
(31)【優先権主張番号】P 2017016222
(32)【優先日】2017-01-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】特許業務法人HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】副田 和位
(72)【発明者】
【氏名】石川 正司
(72)【発明者】
【氏名】山縣 雅紀
【審査官】井原 純
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-072031(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0099557(US,A1)
【文献】特開2004-345970(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0126589(US,A1)
【文献】特開2009-064730(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/05-10/0587
H01M 10/36-10/39
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶媒、マグネシウムイオンおよびハロゲン化物イオンを含む、マグネシウム二次電池用電解液であって、
上記電解液は、溶媒に金属マグネシウムおよび単体ハロゲンを混合してなり、
上記電解液は、当該電解液の全量に対して、マグネシウムイオンを0.5mol/L以上含んでおり、
上記溶媒は、スルホン系有機溶媒であることを特徴とする電解液。
【請求項2】
軟X線XAFS法によって分析した際に、配位数が4であるマグネシウム原子の数が、全マグネシウム原子の数の95%以上を占めている、請求項1に記載の電解液。
【請求項3】
ハロゲン化物イオンとして、臭化物イオンまたはヨウ化物イオンを含んでいる、請求項1または2に記載の電解液。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか1項に記載の電解液を含んでいる、マグネシウム二次電池。
【請求項5】
溶媒、金属マグネシウムおよび単体ハロゲンを混合する工程を含む、マグネシウム二次電池用電解液の製造方法であって、
上記電解液は、当該電解液の全量に対して、マグネシウムイオンを0.5mol/L以上含んでおり、
上記溶媒は、スルホン系有機溶媒である電解液の製造方法。
【請求項6】
上記電解液を軟X線XAFS法によって分析した際に、配位数が4であるマグネシウム原子が、全マグネシウム原子の数の95%以上を占めている、請求項5に記載の電解液の製造方法。
【請求項7】
上記単体ハロゲンは、臭素分子またはヨウ素分子である、請求項5または6に記載の電解液の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電解液、二次電池および電解液の製造方法に関する。より具体的には、本発明は、マグネシウムを含有する電解液、二次電池および電解液の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
二次電池として現在広く用いられているリチウムイオン二次電池に対し、負極にマグネシウムを用いるマグネシウム二次電池が、「次世代の二次電池」として注目を集めている。マグネシウム二次電池は、体積当たりの利用可能な電気量が多いこと、金属資源が豊富で安価であること、空気中での安全性が高いことなどの点において、リチウムイオン二次電池よりも有利である。
【0003】
マグネシウム二次電池は、放電の際には金属マグネシウムがマグネシウムイオンとして溶解し、逆に充電時にはマグネシウムイオンが金属マグネシウムとして析出する。このため、マグネシウム二次電池用の電解液には、充分な量のマグネシウムイオンを保持し、かつ負極(金属マグネシウム)との間において溶解反応および析出反応を効率的に生じさせるという特性が求められる。
【0004】
このような電解液の例として、特許文献1は、スルホンからなる溶媒にマグネシウム塩を溶解させた電解液を開示している。同文献はまた、上記電解液の製造方法として、(1)マグネシウム塩が溶解することのできる低沸点溶媒(例えば、アルコール)にマグネシウム塩を溶解させる工程、(2)(1)で得た溶液にスルホンを溶解させる工程、(3)(2)で得た溶液から上記低沸点溶媒を除去する工程、を有する製造方法を開示している。
【0005】
また、特許文献2は、マグネシウムイオン、ハロゲンおよび非水系溶媒を含むイオン電導媒体を開示している。同文献によれば、上記イオン電導媒体中では、ハロゲンと非水系溶媒とが分子錯体を形成している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】日本国公開特許公報「特開2014-072031号公報(2014年4月21日公開)」
【文献】日本国公開特許公報「特開2013-037993号公報(2013年2月21日公開)」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、上述のような従来技術には、電解液中のマグネシウムイオン濃度を充分に高くすることができないために、電池出力の点において改善の余地が残されていた。
【0008】
本発明の一態様は、高いマグネシウムイオン濃度を保持することができる電解液を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、金属マグネシウムおよび単体ハロゲンを溶媒に溶解させる方法により製造された電解液によって、上記課題が解決されることを見出した。すなわち、本発明は以下を包含する。
【0010】
<1>
溶媒、金属マグネシウムおよび単体ハロゲンを混合してなる電解液。
【0011】
<2>
溶媒と、マグネシウムイオンと、ハロゲン化物イオンとを含んでいる、<1>に記載の電解液。
【0012】
<3>
上記電解液の全量に対して、マグネシウムイオンを0.5mol/L以上含んでいる、<1>または<2>に記載の電解液。
【0013】
<4>
軟X線蛍光XAFS法によって分析した際に、配位数が4であるマグネシウム原子が、全マグネシウム原子の数の95%以上を占めている、<1>~<3>のいずれか1つに記載の電解液。
【0014】
<5>
上記溶媒は、有機溶媒またはイオン液体である、<1>~<4>のいずれか1つに記載の電解液。
【0015】
<6>
上記溶媒は、スルホン系溶媒である、<1>~<5>のいずれか1つに記載の電解液。
【0016】
<7>
ハロゲン化物イオンとして、臭化物イオンまたはヨウ化物イオンを含んでいる、<1>~<6>のいずれか1つに記載の電解液。
【0017】
<8>
<1>~<7>のいずれか1つに記載の電解液を含んでいる、二次電池。
【0018】
<9>
溶媒、金属マグネシウムおよび単体ハロゲンを混合する工程を含む、電解液の製造方法。
【0019】
<10>
上記電解液の全量に対して、マグネシウムイオンを0.5mol/L以上含んでいる、<9>に記載の電解液の製造方法。
【0020】
<11>
上記電解液を軟X線蛍光XAFS法によって分析した際に、配位数が4であるマグネシウム原子が、全マグネシウム原子の数の95%以上を占めている、<9>または<10>に記載の電解液の製造方法。
【0021】
<12>
上記溶媒は、有機溶媒またはイオン液体である、<9>~<11>のいずれか1つに記載の電解液の製造方法。
【0022】
<13>
上記溶媒は、スルホン系溶媒である、<9>~<12>のいずれか1つに記載の電解液の製造方法。
【0023】
<14>
上記単体ハロゲンは、臭素分子またはヨウ素分子である、<9>~<13>のいずれか1項に記載の電解液の製造方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明の一態様によれば、高いマグネシウムイオン濃度を保持することができる電解液が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0025】
図1】(a)は、本発明の一実施形態に係る電解液の、サイクリックボルタンメトリー測定結果を表すサイクリックボルタモグラムである。(b)は、特許文献1に記載されている電解液の、サイクリックボルタンメトリー測定結果を表すサイクリックボルタモグラムである。
図2】(a)は、本発明の一実施形態に係る電解液に電流を流すことにより生じた、金属マグネシウム析出物を撮影した電子顕微鏡画像である。明部が析出した金属マグネシウム、暗部が基板のニッケルである。(b)は、(a)と同じ範囲をエネルギー分散型X線分析(EDX)により分析し、元素ごとに色分けした元素マッピング像である。(c)は、(b)における分析結果をマッピングスペクトルとして表したものである。
図3】本発明の一実施形態に係る電解液(実線)、および過塩素酸マグネシウム水溶液(破線)を、軟X線蛍光XAFS法で分析した結果を表すグラフである。なお、破線は、マグネシウム原子に溶媒分子が6配位している場合の分析結果を表す参照曲線となっている。
図4】(a)は、電池としての作動を想定した条件で、本発明の一実施形態に係る電解液に定電流充放電試験を課した際の、序盤の経過(1サイクル目~10サイクル目)を表すグラフである。(b)は、(a)と同じ試験の終盤の経過(5011サイクル目~5014サイクル目)を表すグラフである。
図5図4とは異なる条件で、本発明の一実施形態に係る電解液に定電流充放電試験を課した際の、200サイクル目、400サイクル目、600サイクル目、800サイクル目、1000サイクル目、1100サイクル目の挙動を表すグラフである。
図6】電解液に本発明の一実施形態に係る電解液、正極に五酸化バナジウム、負極に金属マグネシウムを使用して作製した二次電池に、定電流充放電試験を課した際の、1サイクル目、5サイクル目、10サイクル目、20サイクル目の挙動を表すグラフである。
図7】(a)~(c)は、本発明の他の実施形態に係る電解液の、サイクリックボルタンメトリー測定結果を表すサイクリックボルタモグラムである。それぞれ、溶媒の種類を変更している。
図8】(a)~(d)は、本発明のさらに他の実施形態に係る電解液の、サイクリックボルタンメトリー測定結果を表すサイクリックボルタモグラムである。それぞれ、単体ハロゲンおよび溶媒の種類を変更している。
【発明を実施するための形態】
【0026】
本発明の一実施形態について説明すると以下の通りであるが、本発明はこれに限定されない。本発明は、以下に説明する各構成に限定されず、特許請求の範囲に示した範囲で種々の変更が可能である。したがって、異なる実施形態および実施例にそれぞれ開示された技術的手段を、適宜組み合わせて得られる実施形態および実施例についても、本発明の技術的範囲に含まれる。また、本明細書中に記載された文献の全てが、本明細書中において参考文献として援用される。
【0027】
本明細書中、数値範囲に関して「A~B」と記載した場合、当該記載は「A以上B以下」を意図する。
【0028】
本発明の一実施形態に係る電解液は、溶媒、金属マグネシウムおよび単体ハロゲンを混合してなる電解液である。また、本発明の一実施形態に係る電解液は、溶媒と、マグネシウムイオンと、ハロゲン化物イオンとを含んでいる電解液でもある。以下、各成分について順に説明する。
【0029】
〔1.溶媒〕
本発明の一実施形態に係る電解液が含んでいる溶媒は、電解液を製造する際に通常用いられる溶媒であるならば、特に限定されない。このような溶媒としては、有機溶媒、イオン液体などが挙げられる。
【0030】
上記有機溶媒の具体例としては、スルホン系溶媒(ジメチルスルホン、メチルイソプロピルスルホン、エチルメチルスルホン、エチルイソプロピルスルホン、エチルイソブチルスルホン(EiBS)、ジプロピルスルホン、イソプロピル-s-ブチルスルホン(iPsBS)、イソプロピルイソブチルスルホン(iPiBS)、ブチルイソブチルスルホン(BiBS)、スルホランなど)、エーテル系溶媒(2-メチルテトラヒドロフラン、ジメトキシエタン、ジオキソラン、モノグライム(G1)、ジグライム(G2)、トリグライム(G3)、テトラグライム(G4)など)などが挙げられる。他のエーテル系溶媒の例としては、ジメトキシエタンとジオキソランとの混合溶媒が挙げられる。電解液の電気化学的性質が優れるという観点からは、スルホン系溶媒の中では、メチルイソプロピルスルホン、エチルイソプロピルスルホン、ジプロピルスルホン、スルホランが好ましく、エチルイソプロピルスルホンがより好ましい。同様の観点から、エーテル系溶媒の中では、2-メチルテトラヒドロフランが好ましい。
【0031】
上記イオン液体の例としては、DEMETFSI(Diethylmethyl(2-methoxyethyl)ammoniumbis(trifluoromethylsulfonyl)imide)、DEMEBF4(Diethylmethyl(2-methoxyethyl)ammoniumtetrafluoroborate)、EMIBF4(1-Ethyl-3-methylimidazoliumtetrafluoroborate)、EMITFSI(1-Ethyl-3-methylimidazolium(bis(trifluoromethanesulfonyl)imide))EMIFSI(1-Ethyl-3-methylimidazolium(bis(fluorosulfonyl)imide))などが挙げられる。電解液の電気化学的性質が優れるという観点からは、イオン液体の中では、DEMETFSIが好ましい。
【0032】
上述した溶媒の中では、電解液の電気化学的性質が優れるという観点から、有機溶媒またはイオン液体が好ましい。充放電に伴うマグネシウムの溶解反応および析出反応を繰り返し行わせることができる点をも考慮すると、スルホン系溶媒およびエーテル系溶媒がより好ましい。揮発性が低い点、毒性が低い点、水分の混入が許容される点をもさらに考慮すると、スルホン系溶媒がさらに好ましい。
【0033】
したがって、上記に例示した溶媒の中では、メチルイソプロピルスルホン、エチルイソプロピルスルホン、ジプロピルスルホン、スルホランが特に好ましく、エチルイソプロピルスルホンがさらに特に好ましい。
【0034】
上述した溶媒は、1種類のみが含まれていてもよいし、2種類以上が含まれていてもよい。
【0035】
〔2.マグネシウムイオン〕
本発明の一実施形態に係る電解液は、マグネシウムイオンを含んでいる。マグネシウム二次電池は、放電の際には負極の金属マグネシウムがマグネシウムイオンとして電解液中に溶解し、充電の際には電解液中のマグネシウムイオンが金属マグネシウムとして負極に析出する。このため、電池出力を高めるためには、電解液中のマグネシウムイオン濃度を充分に高くする必要がある。
【0036】
本発明の一実施形態に係る電解液中のマグネシウムイオン濃度は、電解液の全量に対して、0.50mol/L以上が好ましく、0.55mol/L以上がより好ましく、0.75mol/Lがさらに好ましい。電解液中のマグネシウムイオン濃度が0.50mol/L以上ならば、電池を作製した際に、充分な電池出力を得られる。
【0037】
一方、製造に要する時間およびコストなどを考慮すると、本発明の一実施形態に係る電解液中のマグネシウムイオン濃度は、電解液の全量に対して、1.00mol/L以下程度が適当である。もっとも、この値は単なる例示であり、本発明を何ら制限する意図はない。
【0038】
マグネシウムイオンを含む電解液においては、1個のマグネシウム原子に対する溶媒分子の配位数が、4であることが好ましい。このような状態のマグネシウム原子は、1個のマグネシウム原子に対する溶媒分子の配位数が6であるマグネシウム原子と比較して、(1)溶媒への溶解度が高くなり、マグネシウムイオン濃度を高めることができる点、ならびに(2)マグネシウム原子の反応活性が高く、充放電に伴うマグネシウムの溶解および析出が進行しやすい点、において優れている(上記の現象については、[Saha P et. al (2014) "Rechargeable magnesium battery: Currentstatus and key challenges for the future", Progress in Materials Science,Vol.66, pp.1-86]を参照)。
【0039】
電解液中のマグネシウム原子に対する溶媒の配位数は、例えば、軟X線蛍光XAFS法により知ることができる(より詳細には、実施例3を参照)。マグネシウム原子に対する第一近接原子に対応するピーク強度を測定すると、配位数が4であるマグネシウム原子の割合も算出することができる。
【0040】
ここで、軟X線蛍光XAFS法とは、試料に軟X線を照射し、二次的に放出される蛍光X線を測定、解析する技術である。試料中において特定の原子がどのような構造を取っているかは、上記蛍光X線を解析し、動径構造関数を求めることにより、知ることができる。より詳細な理論および方法論については、例えば[宇田川康夫編『X線吸収微細構造:XAFSの測定と解析』学会出版センター、1993年;太田俊明編著『X線吸収分光法:XAFSとその応用』アイピーシー、2002年]に記載されている。
【0041】
本発明の一実施形態に係る電解液においては、軟X線蛍光XAFS法によって分析した際に、配位数が4であるマグネシウム原子が、全マグネシウム原子の95%以上を占めていることが好ましく、97%以上を占めていることがより好ましく、99%以上を占めていることがさらに好ましい。配位数が4であるマグネシウム原子が全マグネシウム原子の95%以上を占めているならば、溶媒に対するマグネシウムの溶解度、およびマグネシウム原子の反応活性が充分に高いと言える。
【0042】
一方、製造に要する時間およびコストなどを考慮すると、本発明の一実施形態に係る電解液においては、軟X線蛍光XAFS法によって分析した際に、配位数が4であるマグネシウム原子は、全マグネシウム原子の99.9%以下程度が適当である。もっとも、この値は単なる例示であり、本発明を何ら制限する意図はない。
【0043】
〔3.ハロゲン化物イオン〕
本発明の一実施形態に係る電解液は、ハロゲン化物イオンを含んでいる。マグネシウム電極を腐食しないという観点からは、溶媒中には、イオン化していない単体ハロゲンが存在しないことが好ましい。なお、後述する本発明の一実施形態に係る製造方法によると、単体ハロゲンは溶媒中で金属マグネシウムにより還元されるので、ハロゲン化物イオンの状態で存在することになる。
【0044】
本明細書において、「単体ハロゲン」とは、フッ素分子(F)、塩素分子(Cl)、臭素分子(Br)またはヨウ素分子(I)を意図する。本明細書において、「ハロゲン化物イオン」とは、フッ化物イオン(F)、塩化物イオン(Cl)、臭化物イオン(Br)またはヨウ化物イオン(I)を意図する。
【0045】
単体ハロゲンおよびハロゲン化物イオンの安定性の観点からは、本発明の一実施形態に係る電解液に溶解しているハロゲン化物イオンは、臭化物イオンまたはヨウ化物イオンが好ましく、ヨウ化物イオンがより好ましい。
【0046】
本発明の一実施形態に係る電解液に溶解しているハロゲン化物イオンの濃度は、特に限定されない。電解液の生成収率を向上させる観点からは、本発明の一実施形態に係る電解液に溶解しているハロゲン化物イオンの濃度は、0.5mol/L以上が好ましく、0.55mol/L以上がより好ましく、0.75mol/L以上がさらに好ましい。
【0047】
一方、製造に要する時間およびコストなどを考慮すると、本発明の一実施形態に係る電解液中のハロゲン化物イオンの濃度は、電解液の全量に対して、0.90mol/L以下程度が適当である。もっとも、この値は単なる例示であり、本発明を何ら制限する意図はない。
【0048】
上述したハロゲン化物イオンは、1種類のみが含まれていてもよいし、2種類以上が含まれていてもよい。
【0049】
〔4.他の成分〕
本発明の一実施形態に係る電解液は、上述した以外の成分を含んでいてよい。このような成分の例としては、ルイス塩基(マグネシウムエトキシドなど)などが挙げられる。
【0050】
〔5.製造方法〕
本発明の一実施形態に係る電解液の製造方法は、溶媒、金属マグネシウムおよび単体ハロゲンを混合する工程を含む。それぞれの成分を混合する順序は、特に限定されない。すなわち、溶媒と金属マグネシウムとを先に混合してもよいし、溶媒と単体ハロゲンとを先に混合してもよいし、金属マグネシウムと単体ハロゲンを先に混合してもよい。また、3成分を同時に溶媒と混合してもよい。電解液の生成収率を向上させる観点からは、先に単体ハロゲンと溶媒とを混合し、次いで金属マグネシウムと溶媒とを混合することが好ましい。なお、本発明の一実施形態に係る電解液の製造方法は、他の工程を含んでもよい。
【0051】
本発明の一実施形態に係る電解液の製造方法によれば、溶媒中において、金属マグネシウムを還元剤、単体ハロゲンを酸化剤とする酸化還元反応が発生し、マグネシウムイオンが生じる。これは、マグネシウム塩を溶媒に溶解させる従来の製造方法(例えば、特許文献1に記載されている製造方法)とは大きく異なる。本発明者らは、上記製造方法により、従来の製造方法よりもマグネシウム濃度が高い電解液を製造できることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0052】
なお、酸素、窒素、水分、有機溶剤揮発物との反応を防ぐため、単体ハロゲンの計量および単体ハロゲンと溶媒との混合は、不活性ガス雰囲気下で行うことが好ましい。このような環境は、例えばグローブボックスを用いることによって、得ることができる。
【0053】
[5-1.金属マグネシウム]
本発明の一実施形態に係る電解液の製造方法で用いる金属マグネシウムは、マグネシウムを主成分とする金属(例えば、金属の全重量を100重量%として、マグネシウムが95重量%以上を占める金属)であるならば、特に純度は限定されない。不純物による予期せぬ反応を最小限に止める観点からは、金属マグネシウムの純度は、96重量%以上が好ましく、98重量%以上がより好ましく、99.9重量%以上がさらに好ましい。
【0054】
一方、製造に要する時間およびコストなどを考慮すると、上記金属マグネシウムの純度は、99.99重量%以下程度が適当である。もっとも、この値は単なる例示であり、本発明を何ら制限する意図はない。
【0055】
本発明の一実施形態に係る電解液の製造方法で用いる金属マグネシウムの量は、単体ハロゲンの量に対して大過剰(例えば、単体ハロゲンの重量の4倍以上)であることが好ましい。金属マグネシウムの量を単体ハロゲンの量に対して大過剰にすることにより、単体ハロゲンが完全に反応し、溶媒中に残存した単体ハロゲンによる電極の腐食を防ぐことができる。
【0056】
[5-2.単体ハロゲン]
本発明の一実施形態に係る電解液の製造方法で用いる単体ハロゲンは、〔3〕で説明した通りである。
【0057】
本発明の一実施形態に係る電解液の製造方法で用いる単体ハロゲンは、単体ハロゲンが主成分であれば(例えば、不純物も含む全重量を100重量%として、単体ハロゲンが99重量%以上を占めれば)、特に純度は限定されない。不純物による予期せぬ反応を最小限に止める観点からは、単体ハロゲン純度は、99重量%以上が好ましく、99.9重量%以上がより好ましく、99.99重量%以上がさらに好ましい。
【0058】
一方、製造に要する時間およびコストなどを考慮すると、上記単体ハロゲンの純度は、99.999重量%以下程度が適当である。もっとも、この値は単なる例示であり、本発明を何ら制限する意図はない。
【0059】
なお、本発明の一実施形態に係る電解液の製造方法において、単体ハロゲンは、1種類のみを用いてもよいし、2種類以上を併用してもよい。
【0060】
[5-3.溶媒]
本発明の一実施形態に係る電解液の製造方法で用いる溶媒は、〔1〕で説明した通りである。
【0061】
[5-4.製造方法の例]
本発明の一実施形態に係る電解液の製造方法は、例えば以下の通りである。より具体的な製造方法の例は、下記〔製造例〕に記載されている。
【0062】
まず、溶媒にハロゲンを加え、溶解(または分散)させる。次いで、金属マグネシウムを溶液に添加する。得られた溶液を大気圧下で撹拌することにより、溶媒中のハロゲンと金属マグネシウムとの間に、酸化還元反応が生じる。上記反応を充分に進行させる(10~24時間程度)ことにより、本発明の一実施形態に係る電解液を製造することができる。
【0063】
〔6.二次電池〕
本発明の一実施形態に係る電解液に、正極および負極を組み合わせることにより、二次電池を作製することができる。正極、負極およびその他の部材(セパレーターなど)の材料、形状などは、当業者によって適宜選択されうる。より具体的な作製方法の例は、下記〔実施例5〕に記載されている。
【0064】
マグネシウム二次電池を作製する場合、負極の材料は、通常は金属マグネシウムである。正極の材料としては、例えば、五酸化バナジウム、硫化モリブデン、マグネシウム含有酸化物、遷移金属酸化物などが挙げられる。
【0065】
また、本発明の一実施形態に係る電解液は、水分を含むことを許容するので、空気二次電池を作製することもできる。この場合、負極の材料は、通常は金属マグネシウムである。正極の材料(触媒層を含む)としては、例えば、炭素(C)の他に、白金(Pt)、ルテニウム(Ru)、イリジウム(Ir)、ロジウム(Rh)、パラジウム(Pd)、オスミウム(Os)、タングステン(W)、鉛(Pb)、鉄(Fe)、クロム(Cr)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)、マンガン(Mn)、バナジウム(V)、モリブデン(Mo)、ガリウム(Ga)、アルミニウム(Al)などの金属およびその化合物、ならびにこれらの合金などが挙げられる。このうち、正極材量として例えば炭素を採用した場合、レアメタルを使用しない二次電池の作製が可能となる。
【0066】
〔7.従来技術に対する長所〕
本発明の最も効果的と考えられる一態様について、従来技術との差異を以下に説明する。上記態様は、スルホン系溶媒に、単体ハロゲンを溶解させ、次いで上記単体ハロゲンが完全に反応するのに充分な量の金属マグネシウムを混合して調製された電解液である。ただし、種々の条件および目的によっては、他の態様が最適でありうることを付記する。
【0067】
[高いマグネシウムイオン濃度と、低い毒性および水分の許容との両立]
従来のマグネシウムイオン含有電解液は、溶媒としてエーテル系溶媒またはスルホン系溶媒を採用して開発が進められていた。このうち、エーテル系溶媒を用いる電解液は、高いマグネシウムイオン濃度を達成できるものの、毒性および揮発性が高く、かつ水分を含むと配位構造が崩れるため不活性となる欠点があった。このため、エーテル系溶媒を用いる電解液は、実用化の点において問題があった。一方、スルホン系溶媒を用いる電解液は、毒性および揮発性が低く、ある程度の水分を含むことが許容されるが、マグネシウムイオン濃度を高くすることが困難であった。
【0068】
また、従来技術においては、溶媒中のマグネシウムイオンは、マグネシウム塩を溶解させることによって生じさせていた。しかし、スルホン系溶媒に対するマグネシウム塩の溶解度は低いため、補助溶媒および/または添加剤を併用する必要があった(例えば、特許文献1は、補助溶媒としてアルコールを使用している)。
【0069】
これに対し、上記態様によると、実用化に耐える(電池寿命が長い)スルホン系溶媒を使用しつつ、0.50mol/Lを超える高いマグネシウムイオン濃度を達成することができる。また、補助溶媒および/または添加剤を用いずにマグネシウムイオンを生じさせるので、製造工程数を減少させることができる。
【0070】
[過電圧の低減]
一般的に、マグネシウム二次電池には、マグネシウムが溶解または析出する電位差になっても、反応抵抗が生じ、電流が発生しないという問題(過電圧)が存在していた。この問題を解決するための手法として、単体ハロゲンを電解液に共存させる手法が存在する(例えば、特許文献2)。しかし上記手法には、単体ハロゲンがマグネシウム電極を腐食するという問題点が残されていた。
【0071】
これに対し、上記態様は、製造段階で単体ハロゲンが完全に反応するため、電極の腐食は生じない。しかも、後述の実施例で示されるように、過電圧もほぼ発生しないか、小さな値に止めることに成功している。
【0072】
[高い実容量]
上記実施態様は、マグネシウム電極/マグネシウム含有電解液系としては、高い実容量を記録している。マグネシウム電極/マグネシウム含有電解液系の理論容量(マグネシウム電極を全て溶解および析出させた際に取り出せる電気量)は、3881mAh/cmである。上記態様によると、利用率50%(1941mAh/cm)相当の実容量を、99.8%のサイクル効率で達成することができた(実施例4-1参照)。
【0073】
〔8.本発明の他の態様〕
他の態様において、本発明は以下の構成を包含している。
<1>溶媒と、マグネシウムイオンと、ハロゲン化物イオンとを含んでいる、電解液。
<2>上記電解液の全量に対して、マグネシウムイオンを0.5mol/L以上含んでいる、<1>に記載の電解液。
<3>軟X線蛍光XAFS法によって分析した際に、配位数が4であるマグネシウム原子が、全マグネシウム原子の数の95%以上を占めている、<1>または<2>に記載の電解液。
<4>上記溶媒は、有機溶媒またはイオン液体である、<1>~<3>のいずれか1つに記載の電解液。
<5>上記溶媒は、スルホン系溶媒である、<1>~<4>のいずれか1つに記載の電解液。
<6>上記ハロゲン化物イオンは、臭化物イオンまたはヨウ化物イオンである、<1>~<5>のいずれか1つに記載の電解液。
<7><1>~<6>のいずれか1つに記載の電解液を含んでいる、二次電池。
<8>溶媒、金属マグネシウムおよび単体ハロゲンを混合する工程を含む、電解液の製造方法。
<9>上記電解液の全量に対して、マグネシウムイオンを0.5mol/L以上含んでいる、<8>に記載の電解液の製造方法。
<10>上記電解液を軟X線蛍光XAFS法によって分析した際に、配位数が4であるマグネシウム原子が、全マグネシウム原子の数の95%以上を占めている、<8>または<9>に記載の電解液の製造方法。
<11>上記溶媒は、有機溶媒またはイオン液体である、<8>~<10>のいずれか1つに記載の電解液の製造方法。
<12>上記溶媒は、スルホン系溶媒である、<8>~<11>のいずれか1つに記載の電解液の製造方法。
<13>上記単体ハロゲンは、臭素分子またはヨウ素分子である、<8>~<12>のいずれか1項に記載の電解液の製造方法。
【実施例
【0074】
〔製造例〕
本発明の一実施形態に係る電解液を、以下の手法により調製した。なお、試薬の計量および試薬と溶媒との混合は、グローブボックス内(アルゴン雰囲気、露点:-80~-90℃)で行った。
【0075】
溶媒として、モレキュラーシーブによって脱水したエチルイソプロピルスルホン(東京化成製)10mLを計量した。上記溶媒をスターラーで撹拌しながら、ヨウ素(和光純薬製)1.27gを加えた。ヨウ素が溶媒に完全に分散した後で、金属マグネシウム粉末を0.486g加えた。反応が進むにつれ、ヨウ素に由来する紫色が薄まるのが観察された。金属マグネシウム粉末を加えてから約12時間後、紫色が完全に消失し、溶液が透明になった時点で、反応が完了したと判断した。上記溶液を、大気が混入しない状態を保ちながらグローブボックス外に出し、遠心分離機(アズワン製、AS165W)で遠心分離(7500rpm、15分間)した。これにより、未反応の金属マグネシウムを沈降させた上澄み液として、本発明の一実施形態に係る電解液(以下、「電解液A」と表記する)を得た。
【0076】
調製した電解液Aのマグネシウム濃度は、0.55mol/Lであった。なお、同様の製造方法により、マグネシウム濃度は最大で3.5mol/Lまで高められることを確認した。
【0077】
〔実施例1〕
電解液Aの電気化学的特性を調べるために、サイクリックボルタンメトリー(CV)測定を行った。
【0078】
測定には三極式セル(電解液量0.7mL;BAS製、VC-4)を用いた。作用極としてニッケル(Ni)基板(直径10mm)、対極および参照極としてマグネシウム(Mg)ペレット(直径12mm;レアメタリック製)およびマグネシウムワイヤー(直径1.6mm;レアメタリック製)を用いた。測定は室温、大気圧下で行った。
【0079】
測定は、以下のサイクルで電位を掃引することにより行った。
【0080】
(1)開始時には、電極間を開回路状態(OCV)とした。
【0081】
(2)まず、参照電極の電位に対する作用極の電位を、還元側へ-0.7Vまで低下させた。この間、マグネシウムイオンは金属マグネシウムとして析出した。
【0082】
(3)次に、参照電極の電位に対する作用極の電位を、酸化側へ2.0Vまで上昇させた。この間、金属マグネシウムはマグネシウムイオンとして溶解した。
【0083】
(4)最後に、電極間をOCVに戻した。
【0084】
すなわち、参照電極を基準とする作用極の電位を、OCV→-0.7V→+1.0~2.0V程度→OCVの順に変化させた。電位を挿引する速度は、20mV/sとした。
【0085】
(結果)
結果を表すサイクリックボルタモグラムを、図1の(a)に示す。同図によると、電位を負の方向へ掃引する際に、0Vの時点から応答電流が発生している(点Aを参照)。このことは、熱力学的にマグネシウムの析出が始まる理論上の電位において、実際にマグネシウムの析出が始まっていることを示している。すなわち、過電圧が発生することなく、マグネシウムの析出反応が進行していることを示している。同様に、電位を正方向に掃引する際にも、過電圧が発生することなくマグネシウムの溶解反応が進行していることが、図1の(a)から読み取れる(点Bを参照)。
【0086】
これに対し、従来技術である特許文献1に記載されている電解液のサイクリックボルタモグラムを、図1の(b)に示す。上記電解液は、脱水メタノールに塩化マグネシウム(II)を溶解させ、さらにエチル-n-プロピルスルホン(EnPS)と混合した後、減圧によりメタノールを除去して調製したものである。
【0087】
図1の(b)によると、電位を負方向に掃引した際の応答電流は、-1V付近から発生している(点Cを参照)。つまり、0V~1Vの間においては反応抵抗が発生し、マグネシウムの析出が始まっていないことになる(過電圧が発生している)。同様に、電位を正方向に掃引した際も、若干ながら過電圧の発生が見られる(点Dを参照)。この違いは、特許文献1に記載されている電解液では、溶媒分子が6配位しているマグネシウム原子と、溶媒分子が4配位しているマグネシウム原子とが混在していることに由来すると考えられる。
【0088】
また、図1の(a)における電流密度は、A/cmオーダーであるのに対し、図1の(b)における電流密度は、mA/cmオーダーである。すなわち、電解液Aは、従来技術の1000倍程度の電流を取り出すことに成功している。
【0089】
〔実施例2〕
電解液Aから、金属マグネシウムが析出することを確認した。
【0090】
[実施例2-1]
電子顕微鏡により、金属マグネシウムが析出していることを確認した。
【0091】
電解液Aを三極式セル(電解液量2.0mL;BAS製、VC-4)に注入し、作用極にニッケル製電極を、対極および参照極にマグネシウム金属を、それぞれ挿入した。次に、1mA/cmの電流を、作用極と対極との間に、10分間流した。その後、析出物が付着した作用極をEiPSに浸漬して洗浄し、減圧乾燥後、作用極上の上記析出物を走査型電子顕微鏡(Hitachi hightech製)により観察した。電子銃フィラメントの加速電圧は15kV、電流は40.0mAであった。
【0092】
(結果)
撮影された電子顕微鏡像を図2の(a)に示す。画面中央部に、析出した金属マグネシウム(明部)が観察される。なお、暗部は作用極のニッケルである。
【0093】
[実施例2-2]
エネルギー分散型X線分析装置(エダックスジャパン製、Genesis XM2)を用いてエネルギー分散型X線分析(EDX)を行い、析出物の元素を分析した。
【0094】
(結果)
図2の(a)と同じ範囲についてのマッピング分析結果を、図2の(b)に示す。これにより図2の(a)が、ニッケル基板の上に析出した金属マグネシウムであることが示された。また、析出物のマッピングスペクトルを、図2の(c)に示す。マグネシウム特有のスペクトルが強く検出されていることがわかる。なお、Sはスルホン溶媒、Iは電解液由来のスペクトルである。これらの結果より、電極上に金属マグネシウムが析出していることが示された。
【0095】
〔実施例3〕
軟X線XAFS法により電解液Aを分析し、中に含まれるマグネシウム原子の状態を調査した。
【0096】
電解液A0.2mLを、Be窓付きステンレス製サンプルホルダーに注入し、軟X線XAFS分析設備(高エネルギー加速器研究機構フォトンファクトリー、BL-11)によって分析した。分析したエネルギー領域は、1250~1550eVであった。得られた蛍光X線の中からマグネシウムのK吸収を収集し、データ処理ソフトウェアATHENAによって解析して、動径構造関数を得た。
【0097】
また、比較サンプルとして、軟X線XAFS法により過塩素酸マグネシウム水溶液を分析し、動径構造関数を得た。上記過塩素酸マグネシウム水溶液は、0.55Mとなるように過塩素酸マグネシウム(和光純薬工業製)を水に溶解させ、大気中にてスターラーで攪拌することにより調製した。なお、過塩素酸マグネシウム水溶液は、マグネシウム原子に対して水分子が6配位することが知られている。
【0098】
(結果)
電解液A(実線)および過塩素酸マグネシウム水溶液(破線)の動径構造関数を、図3に示す。グラフの横軸はマグネシウム原子の中心からの距離を表し、動径構造関数のピークの大きさは原子の個数に比例する。過塩素酸マグネシウム水溶液は、マグネシウム原子に対して水分子が6配位することが知られているから、破線は6配位の場合の関数と見做せる。
【0099】
それぞれの動径構造関数の、第1近接原子に相当するピーク(3Å近傍のピーク)の強度を比較すると、電解液Aのピーク強度と過塩素酸マグネシウム水溶液のピーク強度との比は、4.015:6.000になっている。すなわち、電解液Aでは、大部分のマグネシウム原子の近傍に4つの原子が存在していることになる。これは、マグネシウム原子の周囲に、スルホン溶媒分子が4配位していることを示唆する。
【0100】
マグネシウム原子に対する溶媒分子の配位数が、4配位または6配位のいずれかであると仮定して計算すると、マグネシウム原子全体の99.25%が4配位であり、0.75%が6配位であることになる。上述した通り、4配位のマグネシウムは溶媒への溶解度が高く、かつ反応活性が高いため、電解液Aは電解液として好ましい状態であると言える。
【0101】
〔実施例4〕
[実施例4-1]
電池としての作動を想定した条件で、電解液Aに定電流充放電試験を課した。
【0102】
電解液A0.5mLを2極式セル(宝泉製)に注ぎ、作用極にニッケル製電極、対極に金属マグネシウムをそれぞれ挿入した。充放電の繰り返しに先立ち、10C/cmの予備充電を行い、金属マグネシウムを析出させた。次いで、(1)作用極から対極へ向けて1.0mA/cmの電流を500秒間流し、(2)作用極から対極へ向けて1.0mA/cmの電流を500秒間流す、ことを繰り返し、充放電を再現した。なお、本条件で流れている電流は、最初に析出させた金属マグネシウムのうち5%に、溶解と析出とを繰り返させることに相当する電流である。金属マグネシウムの溶解および析出が繰り返せなくなるまで充放電サイクルを繰り返し、下記式によってサイクル効率を計算した。
【0103】
【数1】
式中、Nは、サイクル回数を表す。xは、予備充電により充電された単位面積あたり電気量(C/cm)を表す。y(charge)は作用極上にMgを析出させるために使用した電気量(C/cm)を表し、y(discharge)は作用極上に析出したMgを溶解させるために使用した電気量(C/cm)を表す。
【0104】
(結果)
図4の(a)および(b)に、経過を表すグラフを示した。電位が一定になっている箇所では、マグネシウムの溶解または析出が発生している。本試験では、5000サイクル到達時まで、マグネシウムを溶解または析出させることができた。この結果から計算されるサイクル効率は99.8%である。同様に、この結果から計算される実容量は、1940mAh/cmであった。なお、本試験において発生している過電圧は、約4mVであった。
【0105】
[実施例4-2]
電池としての作動を想定した他の条件で、電解液Aに定電流充放電試験を課した。具体的には、電流を流す時間を5000秒間に変更した以外は実施例4-1と同じ条件で、定電流充放電試験を課した。本条件で流れている電流は、最初に析出させた金属マグネシウムのうち50%に、溶解と析出とを繰り返させることに相当する電流である。なお、本実施例における充放電のサイクル数は1100回とし、実施例4-1と同等のサイクル効率となるように調整した。
【0106】
(結果)
図5に、200サイクル目、400サイクル目、600サイクル目、800サイクル目、1000サイクル目、1100サイクル目の経過を示した。同図より、充放電のサイクルを繰り返しても、マグネシウムの溶解および析出の挙動が安定していることがわかる。1100サイクル到達時点における実容量は、50mAh/cmであった。なお、本試験において発生している過電圧は、約1Vであった。
【0107】
〔実施例5〕
電解液A、負極および正極を組み合わせ、マグネシウム二次電池を作製した。さらに、上記マグネシウム二次電池に対して、定電流充放電試験を課した。
【0108】
[電池の作製]
負極にマグネシウム(Mg)、正極に五酸化バナジウム(V)、電解液に電解液Aを用いてコイン電池を作製した。上記コイン電池の作製方法は、以下の通りである。コイン電池缶にガスケットを載せ、さらにその上に正極(厚さ30μmのVペレット)、ポリオレフィン製セパレーター、負極(厚さ200μmのMgペレット)、スペーサー(厚さ500μmのステンレス鋼板)、ワッシャー、コイン電池蓋の順に積層した。その後、電解液Aを100μL注液し、コイン電池缶をかしめて封止した。
【0109】
[定電流充放電試験]
上述の方法により作製したマグネシウム二次電池に対して、(1)1.0mA/cmの電流を3600秒間流す充電、(2)1.0mA/cmの電流を3600秒間流す放電、を20サイクル繰り返した。
【0110】
(結果)
1サイクル目、5サイクル目、10サイクル目、20サイクル目の経過を図6に示した。本実施例で作製した電池の正極は、マグネシウムの挿入反応:V+nMg2++2ne→Mgと、マグネシウムの脱離反応:Mg→V+nMg2++2neを繰り返している。図6より、充放電のサイクルを繰り返しても、マグネシウムの挿入反応および脱離反応に対応する曲線が得られており、反応が安定していることがわかる。
【0111】
〔実施例6〕
[実施例6-1]
溶媒の種類を変更して電解液を作製し、それぞれの電解液を用いてサイクリックボルタンメトリー測定を行った。具体的には、製造例における溶媒を(a)2-メチルテトラヒドロフラン(エーテル系溶媒;東京化成製)、(b)メチルイソプロピルスルホン(MiPS;スルホン系溶媒;東京化成製)、(c)スルホラン(スルホン系溶媒;東京化成製)に変更して電解液を調製し、実施例1と同様の方法でサイクリックボルタンメトリー測定を行った。ただし、2-メチルテトラヒドロフランを溶媒に用いた電解液の測定は、グローブボックス内を用いた極低湿度環境下で行った。
【0112】
(結果)
図7の(a)~(c)に、それぞれのサイクリックボルタモグラムを示す。これらの図より、溶媒を変更して電解液を調製した場合でも、マグネシウムの溶解および析出が始まる電位は変化していないことがわかる。また、過電圧状態が発生していないこともわかる。この事実は、マグネシウムの溶解および析出に関係するマグネシウム錯体の構造が類似している(溶媒分子による4配位と推定される)ことを示唆している。
【0113】
[実施例6-2]
単体ハロゲンを臭素分子に変更し、かつ溶媒の種類を変更して電解液を作製し、それぞれの電解液を用いた際のサイクリックボルタンメトリー測定を行った。具体的には、製造例におけるヨウ素を臭素(5g;和光純薬工業製)に変更し、さらに溶媒を(a)DEMETFSI(Diethylmethyl(2-methoxyethyl)ammoniumbis(trifluoromethylsulfonyl)imide;イオン液体;キシダ化学製)、(b)メチルイソプロピルスルホン(MiPS;スルホン系溶媒;東京化成製)、(c)ジプロピルスルホン(DnPS;スルホン系溶媒;東京化成製)(d)スルホラン(スルホン系溶媒;東京化成製)に変更して電解液を調製し、実施例1と同様の方法でサイクリックボルタンメトリー測定を行った。
【0114】
(結果)
図8の(a)~(d)に、それぞれのサイクリックボルタモグラムを示す。これらの図より、単体ハロゲンおよび溶媒を変更して電解液を調製した場合でも、DEMETFSIを除く溶媒を使用した場合は、マグネシウムの溶解および析出が始まる電位は、実施例1とほぼ変化なかった。同様に、DEMETFSIを除く溶媒を使用した場合は、過電圧状態が発生していないこともわかる。また、溶媒としてDEMETFSIを使用した場合でも、-0.5V程度から応答電流が発生しており、従来技術(例えば図1の(b)を参照)よりも早い段階でマグネシウムの溶解が始まっていることになる。この事実は、マグネシウムの溶解および析出に関係するマグネシウム錯体の構造が類似している(溶媒分子による4配位と推定される)ことを示唆している。
【産業上の利用可能性】
【0115】
本発明は、例えば、マグネシウム二次電池に利用することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8