(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-26
(45)【発行日】2022-08-03
(54)【発明の名称】転がり軸受用シール及び転がり軸受
(51)【国際特許分類】
F16C 33/78 20060101AFI20220727BHJP
F16C 19/06 20060101ALI20220727BHJP
F16J 15/3232 20160101ALI20220727BHJP
【FI】
F16C33/78 D
F16C19/06
F16J15/3232 201
(21)【出願番号】P 2017246398
(22)【出願日】2017-12-22
【審査請求日】2020-11-12
(31)【優先権主張番号】P 2017063672
(32)【優先日】2017-03-28
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000114215
【氏名又は名称】ミネベアミツミ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001999
【氏名又は名称】特許業務法人はなぶさ特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】飯塚 修
【審査官】藤村 聖子
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-280367(JP,A)
【文献】特開2015-059644(JP,A)
【文献】特開平08-184377(JP,A)
【文献】特開2005-163900(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 33/78
F16C 19/06
F16J 15/3232
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
転がり軸受の外輪に固定され、内輪と外輪との間をシールする環状の転がり軸受用シールであって、
前記内輪と外輪との間に延びる環状の芯金と、該芯金の少なくとも一部を覆う弾性部材とを含み、
前記弾性部材は、前記芯金の内周部の前記転がり軸受の軸方向における内側表面及び外側表面を覆うシール部を有し、
前記シール部は、前記芯金の前記外側表面を覆う部分よりも厚肉であって前記芯金の前記内側表面を覆う厚肉部を有し、
前記シール部の内周部には、前記内輪の外周面に対して隙間をもって非接触の補助リップと、前記補助リップよりも軸方向内側に前記内輪の外周面に接触するメインリップと、が形成され、
前記シール部の前記厚肉部と前記メインリップとの間に、軸方向内側に向かって開口する環状溝が設けられて、前記メインリップの基部に薄肉の可撓部が形成されると共に、前記メインリップの前記内輪の外周面に接触する先端は前記厚肉部の半径方向内側に形成され
、
前記厚肉部は、前記メインリップの撓み量を規制する位置に前記環状溝に連続して設けられていることを特徴とする転がり軸受用シール。
【請求項2】
転がり軸受の内輪に固定され、内輪と外輪との間をシールする環状の転がり軸受用シールであって、
前記内輪と外輪との間に延びる環状の芯金と、該芯金の少なくとも一部を覆う弾性部材とを含み、
前記弾性部材は、前記芯金の外周部の前記転がり軸受の軸方向における内側表面及び外側表面を覆うシール部を有し、
前記シール部は、前記芯金の前記外側表面を覆う部分よりも厚肉であって前記芯金の前記内側表面を覆う厚肉部を有し、
前記シール部の外周部には、前記外輪の内周面に対して隙間をもって非接触の補助リップと、前記補助リップよりも軸方向内側に前記外輪の内周面に接触するメインリップと、が形成され、
前記シール部の前記厚肉部と前記メインリップとの間に、軸方向内側に向かって開口する環状溝が設けられて、前記メインリップの基部に薄肉の可撓部が形成されると共に、前記メインリップの前記外輪の内周面に接触する先端は前記厚肉部の半径方向外側に形成され
、
前記厚肉部は、前記メインリップの撓み量を規制する位置に前記環状溝に連続して設けられていることを特徴とする転がり軸受用シール。
【請求項3】
前記補助リップの先端は、軸方向の位置が前記芯金と重なる位置に配置されていることを特徴とする請求項1又は2に記載の転がり軸受用シール。
【請求項4】
前記補助リップの先端部の前記転がり軸受の軸方向における外側の表面と、前記補助リップが隙間をもって非接触の前記内輪の外周面又は前記外輪の内周面と、の間の傾斜角度は、前記補助リップの先端部の前記転がり軸受の軸方向における内側の表面と、前記補助リップ部が隙間をもって非接触の前記内輪の外周面又は前記外輪の内周面と、の間の傾斜角度よりも小さいことを特徴とする請求項
1乃至3のいずれか1項に記載の転がり軸受用シール。
【請求項5】
前記メインリップの先端部の前記転がり軸受の軸方向における内側の表面と、前記メインリップが接触する前記内輪の外周面又は前記外輪の内周面と、の間の傾斜角度は、前記メインリップの先端部の前記転がり軸受の軸方向における外側の表面と、前記メインリップ部が接触する前記内輪の外周面又は前記外輪の内周面と、の間の傾斜角度よりも小さいことを特徴とする請求項1乃至
4のいずれか1項に記載の転がり軸受用シール。
【請求項6】
請求項1乃至
5のいずれか1項に記載の転がり軸受用シールが装着されたことを特徴とする転がり軸受。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転がり軸受の内輪と外輪との間をシールする転がり軸受用シール及びこのシールが装着された転がり軸受に関するものである。
【背景技術】
【0002】
転がり軸受には、外部からの塵、埃等の異物や水分の侵入を防止すると共に、軸受内部に封入されたグリースの漏洩を防止するために、内輪と外輪との間を密閉するシールを備えたシール付転がり軸受がある。シール付転がり軸受は、一般的に、芯金によって補強されたゴム製のシール部材からなる環状のシールを内輪または外輪の一方に固定し、他方にシール部材のリップ部を接触させて、内外輪間をシールしている。そして、シール部材のリップ形状等を工夫することにより、シール性を高めつつ、摺動抵抗(軸受の回転トルク)の低減が図られている。
【0003】
例えば、特許文献1には、シール部材の軸方向の内側に内輪の外周面に接触するメインリップが形成され、外側に内輪との間にラビリンスシールを形成する非接触部が形成されたシール装置が開示されている。このシール装置は、非接触部のラビリンスシールによって、メインリップに作用する外部の圧力を緩和すると共に異物の侵入を防止し、また、メインリップを内輪の外周面に接触させることにより、メインリップの偏摩耗を防止している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載されたシール装置では、外部の高圧に対応することを主な目的としていることから、芯金がメインリップの先端部付近まで延ばされ、また、メインリップの基部が厚肉で撓みにくい構造であるため、メインリップの内輪との摺動抵抗が大きくなり、転がり軸受の回転トルクが大きくなる。
【0006】
本発明は、上記の点に鑑みてなされたものであり、必要なシール性を維持しつつ摺動抵抗(軸受の回転トルク)を軽減することができる転がり軸受用シール及びシール付転がり軸受を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
上記の課題を解決するために、請求項1に係る発明の転がり軸受用シールは、転がり軸受の外輪に固定され、内輪と外輪との間をシールする環状の転がり軸受用シールであって、
前記内輪と外輪との間に延びる環状の芯金と、該芯金の少なくとも一部を覆う弾性部材とを含み、
前記弾性部材は、前記芯金の内周部の前記転がり軸受の軸方向における内側表面及び外側表面を覆うシール部を有し、
前記シール部は、前記芯金の前記外側表面を覆う部分よりも厚肉であって前記芯金の前記内側表面を覆う厚肉部を有し、
前記シール部の内周部には、前記内輪の外周面に対して隙間をもって非接触の補助リップと、前記補助リップよりも軸方向内側に前記内輪の外周面に接触するメインリップと、が形成され、
前記シール部の前記厚肉部と前記メインリップとの間に、軸方向内側に向かって開口する環状溝が設けられて、前記メインリップの基部に薄肉の可撓部が形成されると共に、前記メインリップの前記内輪の外周面に接触する先端は前記厚肉部の半径方向内側に形成され、
前記厚肉部は、前記メインリップの撓み量を規制する位置に前記環状溝に連続して設けられていることを特徴とする。
請求項2に係る発明の転がり軸受用シールは、転がり軸受の内輪に固定され、内輪と外輪との間をシールする環状の転がり軸受用シールであって、
前記内輪と外輪との間に延びる環状の芯金と、該芯金の少なくとも一部を覆う弾性部材とを含み、
前記弾性部材は、前記芯金の外周部の前記転がり軸受の軸方向における内側表面及び外側表面を覆うシール部を有し、
前記シール部は、前記芯金の前記外側表面を覆う部分よりも厚肉であって前記芯金の前記内側表面を覆う厚肉部を有し、
前記シール部の外周部には、前記外輪の内周面に対して隙間をもって非接触の補助リップと、前記補助リップよりも軸方向内側に前記外輪の内周面に接触するメインリップと、が形成され、
前記シール部の前記厚肉部と前記メインリップとの間に、軸方向内側に向かって開口する環状溝が設けられて、前記メインリップの基部に薄肉の可撓部が形成されると共に、前記メインリップの前記外輪の内周面に接触する先端は前記厚肉部の半径方向外側に形成され、
前記厚肉部は、前記メインリップの撓み量を規制する位置に前記環状溝に連続して設けられていることを特徴とする。
請求項3に係る発明の転がり軸受用シールは、上記請求項1又は2の構成において、前記補助リップの先端は、軸方向の位置が前記芯金と重なる位置に配置されていることを特徴とする。
請求項4に係る発明の転がり軸受用シールは、上記請求項1乃至3のいずれか1項の構成において、前記補助リップの先端部の前記転がり軸受の軸方向における外側の表面と、前記補助リップが隙間をもって非接触の前記内輪の外周面又は前記外輪の内周面と、の間の傾斜角度は、前記補助リップの先端部の前記転がり軸受の軸方向における内側の表面と、前記補助リップ部が隙間をもって非接触の前記内輪の外周面又は前記外輪の内周面と、の間の傾斜角度よりも小さいことを特徴とする。
請求項5に係る発明の転がり軸受用シールは、上記請求項1乃至4のいずれか1項の構成において、前記メインリップの先端部の前記転がり軸受の軸方向における内側の表面と、前記メインリップが接触する前記内輪の外周面又は前記外輪の内周面と、の間の傾斜角度は、前記メインリップの先端部の前記転がり軸受の軸方向における外側の表面と、前記メインリップ部が接触する前記内輪の外周面又は前記外輪の内周面と、の間の傾斜角度よりも小さいことを特徴とする。
請求項6に係る発明の転がり軸受は、上記請求項1乃至5のいずれか1項に記載の転がり軸受用シールが装着されたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0008】
請求項1及び2に係る発明によれば、補助リップにより、内輪と外輪との間への埃、塵等の異物や水分の侵入を抑制すると共に、メインリップに作用する外部の圧力を軽減し、メインリップによって内輪と外輪との間をシールする。シール部の厚肉部とメインリップとの間に環状溝を設けてメインリップの基部に薄肉の可撓部を形成したことにより、メインリップの摺動抵抗を軽減することができる。非接触の補助リップを芯金の内周側(請求項1)又は外周側(請求項2)に形成することにより、その剛性が高まり、安定したシール性を得ることができる。また、芯金の軸方向の内側に厚肉部を設けることにより、シール全体の剛性を高めて安定したシール性を得ると共に、弾性部材と芯金との結合性を高めることができる。さらに、環状溝に連続して厚肉部が設けられているのでメインリップのめくれ上がりが防止されるとともに、軸受内部のグリースが過剰にメインリップに付着することが防止される。
請求項3に係る発明によれば、外部からの埃、塵等の異物や水分の侵入を効果的に抑制することができる。
請求項4に係る発明によれば、内輪と外輪との間に保持されたグリースの外部への漏洩を効果的に抑制することができる。
請求項5に係る発明によれば、請求項1乃至4のいずれか1項に記載のシールを備えたシール付転がり軸受を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】本発明の一実施形態に係る転がり軸受の部分断面図である。
【
図2】
図1の転がり軸受のシールを拡大して示す断面図である。
【
図3】
図2のシールの要部であるシール部を拡大して示す断面図である。
【
図4】
図3のシール部のメインリップ及び補助リップの傾斜角度を示す説明図である。
【
図5】本実施形態の転がり軸受のトルク測定試験及び粉塵試験に用いられる比較例1~3に装着されるシールの要部を拡大して示す断面図である。
【
図6】本実施形態の転がり軸受のトルク測定試験に用いられる試験装置の概略図である。
【
図7】本実施形態の転がり軸受のトルク測定試験の結果を示す図表である。
【
図8】本実施形態の転がり軸受の粉塵試験の結果を示す図表である。
【
図9】本発明の他の実施形態に係る転がり軸受の部分断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
本実施形態に係る転がり軸受については、パーソナルコンピュータ等の情報通信機器や家電製品に組込まれるモータ、自動車の制御モータ、ブロワ、ファンモータ等に使用される外径10mm程度の小型サイズの玉軸受を例示して説明するが、本発明に係るシール及び転がり軸受は、このような用途及び寸法に限定されるものではない。
【0011】
図1は、本実施形態に係る転がり軸受1の部分断面図である。以下の説明では、
図1に示す転がり軸受1の回転軸Xの方向を軸方向と呼び、この軸方向に対して垂直な方向を半径方向と呼ぶ。
図1に示すように、本実施形態に係る転がり軸受1は、シール付玉軸受であって、内輪2と、外輪3と、内輪2の外周面2Aに形成された軌道面2Bと外輪3の内周面3Aに形成された軌道面3Bとの間に収容される複数個の転動体4(鋼球)と、これらの転動体4を軌道面2B、3B上において所定間隔で保持するリテーナ5と、を備えている。転がり軸受1には、その軸方向両端部に、内輪2と外輪3との間の環状空間Sをシールする環状の転がり軸受用シール6、6(以下、単にシールと呼ぶ)が外輪3に固定されて設けられている。環状空間Sには、適当量のグリースが保持されている。
【0012】
内輪2の外周面2Aは、軸方向中央部の軌道面2Bを除いて一定の直径を有する円筒面となっている。外輪3の内周面3Aの軸方向両端部には、シール6、6が取付けられる環状のシール溝8、8が円周方向に沿って形成されている。シール溝8は、軸方向内側の小径部8A及び外側の大径部8Bを有する段付形状で、大径部8Bの外側の側壁は、傾斜したテーパ部8Cとなっている。また、外輪3の両端の内周縁部3C、すなわち、シール溝8、8の軸方向外側部分は、内周面3Aよりも大径となっている。なお、転がり軸受1の両端部に設けられたシール6、6は、同様な構造であるから、以下、一方(
図1において右側のシール6)についてのみ詳細に説明する。
【0013】
図2を参照して、シール6は、金属製の芯金10及び芯金10の少なくとも一部を被覆するゴム製の弾性部材11で構成されている。
芯金10は、内輪2の外周面2Aと外輪3の内周面3Aとの間で半径方向に延びる環状部材である。芯金10の内周部は、内輪2の外周面2Aの近くまで延び、外周部は、外輪3の内周面3Aに略達する位置まで延びている。芯金10の外周部は、転がり軸受1の内側に向けて直角に屈曲されて外輪3の内周面3Aに沿う円筒部10Aを形成している。芯金10は、弾性部材11にインサートされて、周囲が弾性部材11によって被覆されているが、円筒部10の内周面から転がり軸受1の内側に面した端面の内周部付近までの領域は外部に露出している。芯金10は、弾性部材11を補強して、外力に対してシール6の形状を保持する。
【0014】
シール6の弾性部材11は、芯金10の外周側を覆って外輪3のシール溝8に嵌合して外輪3に固定される外周側の嵌合部12と、芯金10の内周側を覆って一部(後述するメインリップ16)が内輪2の外周面2Aに接触する内周側のシール部13と、これらの間の中間部14とが一体に形成された環状部材である。嵌合部12は、外輪3のシール溝8の小径部8A及び大径部8Bに嵌合する段部12Aと、テーパ部8Cに嵌合する傾斜部12Bと、段部12Aと傾斜部12Bとの間に形成された傾斜面12Cとを有しており、シール溝8の内面に嵌合してシール6を外輪3に固定する。中間部14は、芯金10の軸方向外側を覆い、嵌合部12及びシール部13に連なっている。
【0015】
次に、弾性部材11のシール部13について
図3及び
図4を参照して説明する。
シール部13は、芯金10の内周部の軸方向内側表面及び外側表面を覆って内輪2の外周面2Aに臨むように形成されている。シール部13は、軸方向における芯金10の外側表面を覆う部分よりも厚肉であって軸方向における芯金10の内周部の内側表面を覆う厚肉部13Aを有している。厚肉部13Aの外周面は芯金10側が大径のテーパ面13Bとなっている。シール部13の内周部には、軸方向外側及び内側に、それぞれ内輪2の外周面2Aに向かって突出する補助リップ15及びメインリップ16が形成され、補助リップ15とメインリップ16との間に、内輪2の外周面2Aに臨む内周溝17が形成されている。
【0016】
補助リップ15の先端は、内輪2の外周面2Aに対して僅かな隙間Hをもって非接触となっている。これに対して、メインリップ16の先端は、所定の締め代をもって内輪2の外周面2Aに接触している。補助リップ15及びメインリップ16の先端部は、軸方向内側及び外側が傾斜した断面視V字状に形成されている。補助リップ15の先端は、芯金10の半径方向内側、すなわち、軸方向の位置が芯金10と重なる位置に配置されている。メインリップ16の先端は、芯金10の軸方向内側、すなわち、厚肉部13Aよりも半径方向内側に形成されている。
【0017】
図4(A)に示すように、補助リップ15の軸方向外側の表面と、内輪2の外周面2Aと、の間の傾斜角α1は、補助リップ15の軸方向内側の表面と、内輪2の外周面2Aと、の間の傾斜角β1よりも小さい。
図4(B)に示すように、メインリップ16の軸方向内側の表面と、内輪2の外周面2Aと、の間の傾斜角β2は、メインリップ16の軸方向外側の表面と、内輪2の外周面2Aと、の間の傾斜角α2よりも小さい。
【0018】
図3に示すように、シール部13の厚肉部13Aとメインリップ16との間に環状溝18が形成されている。環状溝18は、シール部13の芯金10の半径方向内側に配置され、シール部13の軸方向内側に向かって開口し、芯金10の半径方向内周側に達する深さまで延びている。環状溝18は、両側壁がテーパ状に形成されて底部に向かって幅が狭くなっている。そして、補助リップ15とメインリップ16との間の内周溝17及び環状溝18により、メインリップ16の基部に、補助リップ15側から軸方向内側へ延びる薄肉の可撓部19が形成されている。この可撓部19は、メインリップ16の基部に含まれ、半径方向において環状溝18からメインリップ16の先端までの厚さよりも薄い薄肉部である。図示の例では、メインリップ16は、厚肉部13Aの軸方向における内側の端面に一致する位置まで延ばされているが、この位置を超える位置、又は、超えない位置まで延ばされてもよい。
【0019】
このようにシール部13の本体部から軸方向内側に延びるメインリップ16では、可撓部19を介してシール部13の本体部と連結された先端部が、段差のない内輪2の外周面2Aに半径方向から接触している。このような構造のシール6によれば、内輪2との接触圧を低下させて摺動抵抗を軽減し、内輪2の回転トルクを軽減することができる。
【0020】
なお、図示されたシール6の弾性部材11の断面形状における各角部には、面取り又は丸み(R)が付けられていないが、これらの角部には、適宜、面取り又は丸み(R)を付けてもよい。
【0021】
以上のように構成した本実施形態に係る転がり軸受1の作用について次に説明する。
転がり軸受1は、内輪2と外輪3とを相対回転可能に支持して、転動体4の転動により回転抵抗(回転トルク)を軽減する。シール6、6により内輪2と外輪3との間の環状空間Sをシールして、外部から環状空間S内への埃、塵等の異物や水分の侵入を防止すると共に、環状空間S内に保持されたグリースの外部への漏えいを防止する。
【0022】
このとき、シール6は、内輪2に対して僅かな隙間Hをもって非接触の補助リップ15により、外部からの異物の侵入を抑制すると共に、メインリップ16に作用する外部の圧力を軽減する。補助リップ15は、
図4(A)に示すように、軸方向外側の表面と、内輪2の外周面2Aと、の間の傾斜角α1を軸方向内側の表面と、内輪2の外周面2Aと、の間の傾斜角β1よりも小さくすることにより、異物や液体が傾斜角の小さい外側(α1<β1)に留まり易くなり、外部からの埃、塵等の異物や水分の侵入を効果的に抑制することができる。また、補助リップ15は、芯金10の半径方向内側に配置され、芯金10が補助リップ15の近傍まで延びているので、芯金10によって剛性が高められて、安定したシール性を得ることができる。
【0023】
一方、メインリップ16は、厚肉部13A側に設けられているが、厚肉部13Aとの間に、環状溝18を設けてメインリップ16の基部に薄肉の可撓部19を形成することにより、内輪2との接触圧を低下させて摺動抵抗を軽減し、内輪2の回転トルクを軽減することができる。このとき、上述のように、補助リップ15により、外部からの埃、塵等の異物や水分の侵入を抑制すると共に、メインリップ16に作用する外部の圧力を低減しているので、メインリップ16によって必要なシール性を確保することができる。メインリップ16は、
図4(B)に示すように、軸方向内側の表面と、内輪2の外周面2Aと、の間の傾斜角β2を軸方向外側の表面と、内輪2の外周面2Aと、の間の傾斜角α2よりも小さくすることにより、液体等が傾斜角の小さい内側(β2<α2)に留まり易くなるので、環状空間S内に保持されたグリースの漏洩を効果的に抑制することができる。
【0024】
メインリップ16は、厚肉部13Aとの間に環状溝18を設けて薄肉の可撓部19を形成することにより、可撓性が高められているが、シール部13の軸方向内側に設けられた厚肉部13Aによってシール6の全体の剛性が高められているので、安定したシール性を維持することができる。また、環状溝18に連続して厚肉部13Aが設けられているので、厚肉部13Aによりメインリップ16の撓み量が規制されて、メインリップ16のめくれ上がりを防止すると共に、環状空間S内のグリースが過剰にメインリップ16に付着するのを防止することができる。更に、転がり軸受1が外径10mm程度の小型である場合、芯金10の板厚及び弾性部材11の肉厚は、相当に薄くなるが、シール部13の軸方向内側に厚肉部13Aを設けることにより、芯金10と弾性部材11との結合性を確保することができるので、シール6をプレス成形等によって容易に製造することができる。
【0025】
次に、上記実施形態の転がり軸受1と、
図5(A)~(C)に示すシールがそれぞれ装着された転がり軸受(比較例1~3)とのシール性能を比較するために行ったトルク測定試験及び粉塵試験について説明する。なお、
図5(A)~(C)に示すシール20A~20Cは、本実施形態のシール6に対して、内周部分の形状のみが異なるので、以下の説明において、対応する部分には適宜同じ参照符号を用いて、同様の部分についての説明を省略する。
【0026】
図5(A)に示すシール20Aは、転がり軸受に装着される標準的なものであって、芯金10に対して軸方向内側に配置されたシール部22は、軸方向外側に環状溝23が形成されて、軸方向内側に凸に湾曲した断面形状を有している。シール部22は、内輪2の外周面2Aに接触する単一のメインリップ24のみを有し、補助リップ15を有していない。メインリップ24の内輪2の外周面2Aとの軸方向の接触幅は、本実施形態のシール6のメインリップ16よりも大きい。また、芯金10の内周縁部と内輪2の外周面2Aとの間の距離は、本実施形態のシール6よりもやや大きくなっている。
図5(A)に示すシール20Aが軸方向両側に装着された転がり軸受を以下「比較例1」という。
【0027】
図5(B)に示すシール20Bは、本実施形態のシール6に対して、シール部13の厚肉部13Aは、軸方向内側に環状溝18を有しておらず、したがって、メインリップ16は、薄肉の可撓部19を有していない。
図5(B)に示すシール20Bが軸方向両側に装着された転がり軸受を以下「比較例2」という。
【0028】
図5(C)に示すシール20Cは、本実施形態のシール6に対して、シール部13の厚肉部13Aは、軸方向内側の環状溝18を有しておらず、代わりにシール部13の軸方向外側に環状溝25が形成されている。したがって、内輪2の外周面2Aに接触するメインリップ16は、薄肉の可撓部19を有しておらず、代わりに、内輪2の外周面2Aに接触しない補助リップ15が薄肉の可撓部26を有している。
図5(C)に示すシール20Cが軸方向両側に装着された転がり軸受を以下「比較例3」という。
【0029】
本実施形態の転がり軸受1及び比較例1~3は、いずれも内径が3mm、外径が8mmの深溝玉軸受とされ、これらについて、シール性能を評価するために以下のトルク測定試験及び粉塵試験を行った。
【0030】
(1)トルク測定試験
図6に示す測定装置を用いて転がり軸受1及び比較例1~3について、
図6に示す測定装置Mを用いて各軸受の回転トルクを測定する。
図6に示すように、測定装置Mは、試験を行う各軸受Wを2個1セットとして、円筒状のハウジングHの両端部内周に各軸受Wの外輪を挿入、嵌合し、駆動モータによって回転駆動される軸Sを内輪に挿入、嵌合して、内輪にF=2Nの予圧Faを付与した状態で軸Sを10000rpmで回転させるようになっている。そして、外輪に装着されたハウジングHに作用する接線力をロードセルを用いた測定機Rによって測定し、測定した接線力に基づき、各軸受2個分の回転トルクを算出する。算出した軸受2個分の回転トルクを2で除して軸受1個分の回転トルクとする。回転トルクの測定は、常温、常湿の環境で行い、各軸受について10回測定した平均値を算出し、比較例1(標準品)を基準(100)とした相対値で回転トルクを表す。比較例1の回転トルクよりも低い、すなわち100より低いのが望ましい。
回転トルクの測定結果を
図7に示す。
【0031】
(2)粉塵試験
粉塵試験では、本実施形態の転がり軸受1及び比較例1~3をそれぞれデシケータ内に糸で吊るし、デシケータ内でファンモータにより粉塵を1時間循環させる。粉塵には、JIS Z 8901によるJIS試験用粉体1(8種関東ローム)を用いる。粉塵試験前後のアンデロン値をアンデロンメータで測定し、粉塵試験前後のアンデロン値の上昇量による音響評価を行う。このとき、アンデロン値の上昇量が小さいほど、粉塵によりレース面が粗くなる程度が小さいことを示し、すなわち、粉塵の侵入が少ないと評価することができる。粉塵試験の音響評価は、Mバンド(300~1800Hz)およびHバンド(1800~10000Hz)において行う。粉塵試験の結果を
図8に示す。
【0032】
図7に示すトルク測定試験の結果及び
図8に示す粉塵試験の結果から次のことが分かる。本実施形態の転がり軸受1は、比較例1(標準品)よりも回転トルクが低く、アンデロン値の上昇量が低い(粉塵の侵入が少ない)。比較例2は、比較例1よりもアンデロン値の上昇量が低い(粉塵の侵入が少ない)が、回転トルクが高い。比較例3は、比較例1よりも回転トルクが低いが、アンデロン値の上昇量が高い(粉塵の侵入が多い)。
【0033】
本実施形態の転がり軸受1は、メインリップ16と厚肉部13Aとの間に環状溝18を設けて可撓部19を形成したことにより、内輪2の外周面2Aに対してのメインリップ16の接触圧を低下させて摺動抵抗を低減することができる。このため、回転トルクを低く抑えることができる。また、補助リップ15側には、比較例3のシール20Cのような環状溝25がないため、補助リップの剛性が確保され、粉塵の侵入を抑制することができる。
【0034】
なお、上記実施形態では、外輪3にシール6を固定した場合について説明しているが、本発明は、これに限らず、
図9に示すように、内輪2にシール6を固定する場合にも同様に適用することができる。この場合、内輪2にシール6が固定されるシール溝8を設け、外輪3の内周面3Aを円筒面とし、シール6は、嵌合部12を内周側に形成し、シール部13を外周側に形成して、外輪3の内周面3Aに対して、微小隙間をもって補助リップ15を非接触とすると共にメインリップ16を接触させる。
図9において、
図1乃至
図4に示す実施形態に対して、対応する部分には同じ参照符号が付してある。
【0035】
また、上記実施形態では、一例として玉軸受について説明しているが、本発明は、これに限定されるものではなく、例えば、ころ軸受等の他の転がり軸受にも同様に適用することができる。
【符号の説明】
【0036】
1…転がり軸受、2…内輪、3…外輪、6…転がり軸受用シール、10…芯金、11…弾性部材、13…シール部、13A…厚肉部、15…補助リップ、16…メインリップ、18…環状溝、19…可撓部、H…隙間、S…環状空間、X…回転軸、α1,α2,β1,β2…傾斜角