(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-26
(45)【発行日】2022-08-03
(54)【発明の名称】透明基板上に成膜された反射防止処理を硬化させる方法、および硬化された反射防止処理を含む透明基板
(51)【国際特許分類】
G02B 1/11 20150101AFI20220727BHJP
C23C 14/24 20060101ALI20220727BHJP
C23C 14/48 20060101ALI20220727BHJP
H01J 37/08 20060101ALI20220727BHJP
H01J 37/317 20060101ALI20220727BHJP
H01J 27/18 20060101ALI20220727BHJP
【FI】
G02B1/11
C23C14/24
C23C14/48 D
H01J37/08
H01J37/317
H01J27/18
(21)【出願番号】P 2020535983
(86)(22)【出願日】2019-09-19
(86)【国際出願番号】 EP2019075256
(87)【国際公開番号】W WO2020074235
(87)【国際公開日】2020-04-16
【審査請求日】2020-06-26
(32)【優先日】2018-10-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】599044744
【氏名又は名称】コマディール・エス アー
(74)【代理人】
【識別番号】100098394
【氏名又は名称】山川 茂樹
(74)【代理人】
【識別番号】100064621
【氏名又は名称】山川 政樹
(72)【発明者】
【氏名】ブールメ,アレクシ
(72)【発明者】
【氏名】マイヤー,ジュリアン
(72)【発明者】
【氏名】ヴュイユ,ピエリ
【審査官】吉川 陽吾
(56)【参考文献】
【文献】特開平06-138304(JP,A)
【文献】特開2009-204404(JP,A)
【文献】特開2007-233333(JP,A)
【文献】スイス国特許発明第00713040(CH,B)
【文献】国際公開第2015/176850(WO,A1)
【文献】特開2000-021597(JP,A)
【文献】特開2009-271439(JP,A)
【文献】特開2004-170757(JP,A)
【文献】特開2009-242892(JP,A)
【文献】国際公開第2013/183457(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 1/11
C23C 14/24
C23C 14/48
H01J 37/08
H01J 37/317
H01J 27/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
サファイア製の時計用ガラスである透明基板上に成膜される反射防止処理層(20)を硬化させる方法であって、前記透明基板は、上面(22a)と前記上面(22a)から離れて延びる底面(22b)とを備え、前記反射防止処理層(20)は、前記透明基板の前記上面(22a)および前記底面(22b)のうちの少なくとも1つの上に、少なくとも1つの材料の少なくとも1つの反射防止層を成膜することを含むステップによって生成され、前記硬化させる方法は、単一荷電および/または多重荷電電子サイクロトロン共鳴(ECR)イオン源(1)によって生成される単一荷電および/または多重荷電イオン・ビーム(14)を用いて、前記少なくとも1つの反射防止層が成膜された少なくとも1つの前記上面(22a)または前記底面(22b)に衝撃を与えることからなるステップを含み、
前記イオンは、
40kVの電圧下で加速され、
注入されるイオン・ドーズ量は、0.1×10
16イオン/cm
2~0.25×10
16イオン/cm
2の範囲内であ
り、
前記ECRイオン源(1)は、イオン化されるある容量のガス(4)およびマイクロ波(6)が入射される入射段階(2)と、プラズマ(10)が生成される磁気閉込段階(8)と、高電圧がそれらの間に印加されるアノード(12a)およびカソード(12b)を用いて前記プラズマ(10)の前記イオンが抽出および加速されることを可能にする抽出段階(12)と、を含み、前記ECRイオン源(1)の出力において生成されるイオン・ビーム(14)は、処理される前記透明基板の表面に衝突し、処理される前記透明基板の前記上面(22a)および前記底面(22b)のうちの少なくとも1つの上に構築された前記反射防止処理層(20)の中に多少深く浸透し、
イオン化される前記ガスは、窒素(N)であり、
前記1つまたは複数の反射防止層はフッ化マグネシウム(MgF
2
)を用いて作られ、
前記イオン・ビーム(14)の強度は6mAである、
硬化させる方法。
【請求項2】
前記少なくとも1つの反射防止層は、材料の真空蒸着によって成膜されることを特徴とする、請求項1に記載の硬化させる方法。
【請求項3】
前記真空蒸着成膜技術は、物理蒸着、化学蒸着、プラズマ強化化学蒸着、および原子層堆積の中から選択されることを特徴とする、請求項2に記載の硬化させる方法。
【請求項4】
前記少なくとも1つの反射防止層の成膜前に、前記反射防止層が成膜されるように意図される前記上面(22a)および/または底面(22b)は、イオン衝撃を経ることを特徴とする、請求項1~3のいずれか一項に記載の硬化させる方法。
【請求項5】
少なくとも1つの追加の反射防止層は、イオン衝撃を経た前記反射防止処理層(20)上に成膜されることを特徴とする、請求項1~4のいずれか一項に記載の硬化させる方法。
【請求項6】
前記イオンは、単一荷電型、即ち、その電離度が+1に等しいものとすることができ、または多重荷電型、即ち、その前記電離度が+1より大きいものとすることができることを特徴とする、請求項
1~5のいずれか一項に記載の硬化させる方法。
【請求項7】
前記ECRイオン源(1)によって生成される前記イオン・ビーム(14)は、全てが同じ電離度を有するイオンから形成されることが可能であり、または少なくとも2つの異なる電離度を有するイオンの混合から形成されることが可能であることを特徴とする、請求項
6に記載の硬化させる方法。
【請求項8】
イオン注入プロセスの期間は、5秒を超えないことを特徴とする、請求項1~
7のいずれか一項に記載の硬化させる方法。
【請求項9】
前記反射防止層の厚さは、150nmを超えないことを特徴とする、請求項
1~8のいずれか一項に記載の硬化させる方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透明基板上に成膜された反射防止処理を硬化させる方法に関する。より詳細には、本発明は、サファイア基板上に真空蒸着によって成膜された反射防止処理を硬化させる方法に関する。本発明は、硬化された反射防止処理によりコーティングされた透明基板にさらに関する。
【背景技術】
【0002】
最初に反射防止処理が時計用クリスタルに適用されたのは、数十年前のことである。これらの反射防止処理の目的は、時計を着用している個人がそのように処理されたクリスタルを通して見た際の、時計の文字盤の読みやすさを改善することである。より具体的には、外部から生じ、時計用クリスタルを通過する光線が、空気とクリスタルが作られる材料との間の境界面において最初に反射され、光線がクリスタルから出て文字盤に向かって伝播されるときに、2度目の反射が起こる。文字盤上で反射した後、光線は、クリスタルを再び通過し、別の二重反射を経験する。
【0003】
これらの複数の反射現象は、時計の文字盤によって表示される情報の読みやすさを著しく妨げると理解される。これが、反射防止処理を有する時計用クリスタルを提供するための取り組みが非常に早期に行われた理由である。この技術に対する関心は、サファイア時計用クリスタルが最初に登場したときにさらに増大した。より具体的には、サファイア・ガラスは、その比較的高い光屈折率の結果として、ミネラル・ガラスと比較してほぼ2倍の光を再放射し、したがってその空気との境界面において著しい光の反射をもたらす。
【0004】
時計用クリスタルは、時計を着用する個人に最も近い側に位置する上面、および時計の文字盤に最も近い側に位置する底面を含む。時計用クリスタルの反射防止処理は、少なくとも1つの材料の少なくとも1つの層でクリスタルの上面および底面のうちの少なくとも1つをコーティングすることから構成され、その光屈折率は、空気の光屈折率と時計用クリスタルが作られる材料の光屈折率との間の範囲内にある。
【0005】
本発明は、特に時計用クリスタルに関するが、これに排他的に限定されない。さらに、一般に、本発明は、あらゆる種類の透明基板に関し、その入射光反射率特性が減少されることが求められる。本明細書において、透明基板は、光を通過させ、その後ろに位置する物体をはっきりと示す基板であると理解される。本発明は、特にサファイア製の時計用クリスタルにも関するが、これに排他的に限定されない。しかしながら、本発明は、ミネラル・ガラス、有機ガラス、またはプラスチック材料などの任意の透明な材料でできた基板にさらに関する。
【0006】
本明細書において、反射防止処理は、そのような透明基板の反射率を、処理を経ていない同一の透明基板に対して減少させる目的で、透明基板、特に時計用クリスタルの光反射特性を修正することを目的とする方法であると理解される。
【0007】
本明細書において関係する反射防止処理の方法は、透明基板の上面および底面のうちの1つの上に少なくとも1つの材料の少なくとも1つの層を真空下で成膜することからなる。本明細書において関係する真空下で行われる反射防止処理の方法は、物理蒸着、即ちPVD、化学蒸着、即ちCVD、プラズマ強化化学蒸着、即ちPECVD、または原子層堆積技術、即ちALDを含む。
【0008】
上記から理解されるように、本明細書において関係する反射防止処理技術は、そのような透明基板の入射光線に対する反射率を減少させるために、透明基板の上面および底面のうちの少なくとも1つの上に少なくとも1つの材料の1つまたは複数の層を、真空下で成膜することからなる。本明細書において、透明基板は、時計用クリスタル、光学デバイス、特に眼鏡レンズなどの眼科用デバイス、および、より一般的には、任意の透明デバイスを特に意味すると理解され、その反射率が、技術的および/または審美的な理由で減少されるように求められる。
【0009】
反射防止層は、それらがその上に成膜される透明基板の光反射率を減少させる利点を有する。厚さおよび反射防止層が作られる材料に応じて、これらの反射防止層は、透明基板の色も修正し得る。
【0010】
しかしながら、反射防止層は、それらがその上に成膜される基板よりも硬くなく、したがって擦傷に対する耐性が低いという欠点を有する。これは、サファイア基板上に成膜されたそのような反射防止層の場合に特に当てはまり、サファイア基板の材料は、ダイアモンドだけが擦傷を付け得ると知られている。
【0011】
この問題を克服するために、いくつかの時計製造業者は、その製造業者らのクリスタルの底面上、即ち、文字盤に対向する面上にだけ反射防止処理を行うことを選択するが、これは完全に満足のいくものではない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
したがって、その光学特性が保持され、より硬く、したがって輸送、操作、または装着中に生じ得る擦傷および衝撃に対してより耐性がある、反射防止層への商業的な必要性が存在した。
【課題を解決するための手段】
【0013】
この目的のために、本発明は、透明基板上に成膜される反射防止処理を硬化させる方法に関し、この透明基板は、上面と上面から離れて延びる底面とを備え、反射防止処理は、透明基板の上面および底面のうちの少なくとも1つの上に、少なくとも1つの材料の少なくとも1つの反射防止層を成膜することからなるステップを含み、硬化させる方法は、単一荷電または多重荷電イオン源によって生成される単一荷電または多重荷電イオン・ビームを用いて、反射防止処理層が成膜された少なくとも1つの上面または底面に衝撃を与えることからなるステップをさらに含む。
【0014】
単一荷電または多重荷電イオン源は、電子サイクロトロン共鳴型、即ちECRのものである。
【0015】
本明細書において、「単一荷電イオン」という用語は、1に等しい電離度を有するイオンを意味すると理解される。本明細書において、「多重荷電イオン」という用語は、1より大きい電離度を有するイオンを意味すると理解される。イオン源によって生成されるイオン・ビームは、全てが同じ電離度を有するイオンから形成されることが可能であり、または少なくとも2つの異なる電離度を有するイオンの混合から形成されることが可能である。
【0016】
本発明の好適な実施形態によれば、
- 透明基板は、サファイア製である。
- サファイア製の透明基板は、時計用クリスタルである。
- イオン化される材料は、炭素(C)、酸素(O)、窒素(N)、アルゴン(Ar)、ヘリウム(He)、キセノン(Xe)、およびネオン(Ne)からなる群から選択される。
- 単一荷電または多重荷電イオンは、30kV~50kVの範囲内にある電圧下で加速される。
- 注入されるイオン・ドーズ量は、0.1×1016イオン/cm2~2×1016イオン/cm2の範囲内にある。
- イオン注入プロセスの期間は、5秒を超えない。
- 1つまたは複数の反射防止層は、シリコン酸化物(SiO2)またはフッ化マグネシウム(MgF2)を用いて作られる。
- 反射防止層の厚さは、150nmを超えない。
- 1つまたは複数の反射防止層の成膜から生じる反射防止処理は、1.55を超えない光屈折率を有する。
- 少なくとも1つの反射防止層の成膜前に、透明基板の上面および/または底面は、イオン衝撃を経る。
- 少なくとも1つの追加の反射防止層が、反射防止処理後にイオン衝撃を経た上面および/または底面上に成膜される。
【0017】
これらの特徴のおかげで、本発明は、サファイア時計用クリスタルなどの透明基板上に成膜された反射防止層を硬化させ、それによってそれらが輸送、操作、または着用中に受け得る擦傷および衝撃に対してより耐性を有するようにすることを可能にする方法を提供する。
【0018】
より具体的には、時計の規格NIHS61-30によって提供される機械特徴試験(耐擦傷性および耐衝撃性)の全てが、これらの反射防止処理が本発明によるイオン衝撃を経た場合に、反射防止処理の機械特性において明らかな改善を示す。さらに、反射防止層の光学特性が、本発明によるイオン注入法によって全く影響を受けなかったということが、満足感とともに留意されている。
【0019】
結果として、時計製造業者は、反射防止層が擦傷および衝撃に対して不十分であると考えられる機械強度を有することを理由に、これまでは、その時計製造業者らの時計用クリスタルに、文字盤に対向するこれらのクリスタルの底面上への反射防止処理のみを施していたが、今では、時計を着用している個人に対向する時計用クリスタルの上面にも反射防止処理を行うことを考慮することができる。それによって、クリスタルを通して見た際の、時計の文字盤によって表示される情報の読みやすさが大幅に改善される。
【0020】
本発明の別の目的は、反射防止処理を受けた透明基板に関し、この透明基板は、上面と上面から離れて延びる底面とを備え、透明基板の上面および底面のうちの少なくとも1つが、少なくとも1つの材料の少なくとも1つの反射防止層でコーティングされ、それによって、イオンが、少なくとも1つの反射防止層に注入される。
【0021】
本発明の他の特徴および利点は、本発明による方法の実施の一例の以下の詳細な説明を読めば、より明らかとなり、上記例は、添付の図面を参照して、例示目的のためだけに提供されており、本発明の範囲を限定することを意図しない。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】電子サイクロトロン共鳴(ECR)型の単一荷電または多重荷電イオン源の図である。
【
図2A】反射防止処理を経て、耐擦傷性試験を受けた平面サファイア時計用クリスタルの俯瞰図である。
【
図2B】
図2Aに示されるものと同じ反射防止処理を経て、次いで本発明によるイオン衝撃を受け、次いでこの時計用クリスタルの耐擦傷性が試験された、同じ平面サファイア時計用クリスタルの同じ縮尺の俯瞰図である。
【
図3】イオン衝撃を経ないサファイア時計用クリスタル上に成膜された反射防止処理と、衝撃によるイオン注入を経た同一のサファイア時計用クリスタル上の同じ反射防止処理との間の硬度の差を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は、サファイア時計用クリスタルなどの透明基板の上面および底面のうちの少なくとも1つの上に成膜される反射防止処理において、衝撃によりイオンを注入することからなる、概略的な発明アイデアから引き出された。より具体的には、イオン衝撃の後、1つまたは複数の反射防止層によって形成される反射防止処理が、操作、輸送、または着用中に生じ得る擦傷および衝撃に対して大幅に改善された機械強度を有すると見られた。さらに、反射防止層の光学特性は、本発明によるイオン衝撃によって全く影響を受けなかった。したがって、いくつかの時計製造業者は、彼らの時計用クリスタルの上面を反射防止処理でコーティングすることを、その機械強度特性が不十分であると考えられるため、これまではためらっていたが、今では彼らの時計用クリスタルの上面および底面の両方の上に反射防止処理を施すことができ、その結果、スプリアス反射現象が大幅に減少し、クリスタルを通して見られる時計の文字盤によって表示される情報の読みやすさが大いに改善される。150nmを超えず、約数十ナノメートルに等しいことが多い反射防止層の低い厚さを考えると、これらの結果は比較的予想外である。より具体的には、反射防止層の機械強度を補強する代わりに、イオン衝撃が反射防止層を弱くし、その光学特性を変えることが懸念されていた。しかしながら、これは実際とは異なる。実際には、その反対のことが観察された。
【0024】
本発明は、ここで、サファイア時計用クリスタルに関連して説明される。この例が、例示のためだけに提供され、本発明を限定することを意図しないこと、および本発明が、眼鏡レンズ、または光学デバイスのレンズ、例えばカメラのレンズなど、反射防止処理を受ける全ての種類の透明基板、例えば、ミネラル・ガラス、有機ガラス、またはプラスチック材料で作られた基板に対して同一のやり方で適用され得ることは言うまでもない。
【0025】
同様に、本発明は、ここで、電子サイクロトロン共鳴(ECR)型の単一荷電または多重荷電イオン源に関連して説明される。
【0026】
ECRイオン源は、電子サイクロトロン共鳴を用いてプラズマを生成する。ある容量の低圧ガスが、イオン化されるガスの容量内に位置する領域に印加される磁界によって定義される電子サイクロトロン共鳴に対応する周波数で入射されるマイクロ波によってイオン化される。マイクロ波は、イオン化されるガスの容量内に存在する自由電子を加熱する。熱擾乱の影響下で、これらの自由電子は、ガスの原子または分子と衝突し、そのイオン化を引き起こす。生成されたイオンは、使用されるガスの種類に対応する。このガスは、純ガスであってもよく、または化合物であってもよい。それは、また、固体または液体物質から生じる蒸気であってもよい。ECRイオン源は、単一荷電イオン、即ち、1に等しい電離度を有するイオン、または多重荷電イオン、即ち、1より大きい電離度を有するイオンを生成することが可能である。
【0027】
電子サイクロトロン共鳴(ECR)型のイオン源は、本特許出願に添付する
図1において図示される。全体参照番号1によって全体として示され、ECRイオン源は、イオン化されるある容量4のガスおよびマイクロ波6がその中に入射される入射段階2と、プラズマ10が生成される磁気閉込段階8と、高電圧がそれらの間に印加されるアノード12aおよびカソード12bを用いてプラズマ10のイオンが抽出および加速されることを可能にする抽出段階12と、を含む。ECRイオン源1の出力において生成されるイオン・ビーム14は、処理される透明基板、この場合は時計用クリスタル18の表面に衝突し、処理される時計用クリスタル18の上面22aおよび底面22bのうちの少なくとも1つの上に構築された反射防止処理20の中に多少深く浸透する。
【0028】
イオン化されるガスは、例えば、二酸化炭素(CO2)もしくはメタン(CH4)から得られる炭素(C)、酸素(O)、アルゴン(Ar)、窒素(N)、ヘリウム(He)、キセノン(Xe)、またはネオン(Ne)から選択され得る。イオンは、単一荷電型、即ち電離度が+1に等しいものであってもよく、または多重荷電型、即ち電離度が+1より大きいものであってよい。ECRイオン源1によって生成されるイオン・ビームは、全てが同じ電離度を有するイオンから形成されてもよく、または少なくとも2つの異なる電離度を有するイオンの混合から形成されてもよい。
【0029】
単一荷電または多重荷電イオンは、30kV~50kVの範囲内にある電圧下で加速される。注入されるイオン・ドーズ量は、0.1×1016イオン/cm2~2×1016イオン/cm2の範囲内にあり、イオン注入の期間は、5秒を超えない。
【0030】
1つまたは複数の反射防止層は、例えばシリカ(SiO2)またはフッ化マグネシウム(MgF2)を用いて作られる。シリカ層は、フッ化マグネシウム層と結合されてもよい。個別に考えられるこれらの層の厚さは、従来通り150nmを超えない。チタン、タンタル、ジルコニウム、ケイ素、および酸化アルミニウム、ならびに窒化ケイ素などの他の材料もまた、反射防止層を作り出すのに使用され得る。これらの反射防止層は、真空蒸着によって成膜される。考えられ得る真空成膜技術は、物理蒸着、即ちPVD、化学蒸着、即ちCVD、プラズマ強化化学蒸着、即ちPECVD、または原子層堆積技術、即ちALDを含む。
【0031】
図2Aは、厚さ90μm測定のフッ化マグネシウムMgF
2の層によって形成された反射防止処理26Aを経て、耐擦傷性試験を受けたサファイア製の平面時計用クリスタル24Aの俯瞰図である。この試験は、5μmの半径を有する球円錐の幾何学構成を有するダイアモンド・ポイントを使用して、0.5mmの距離にわたって反射防止処理26Aを引っかくことからなる。ダイアモンド・ポイントは、1mm/分の速度で移動される。ダイアモンド・ポイントは、起点Oにおいて実質的に0に等しい力で当てられ、この力は、0.5mmの距離の端において200mNに達するように、401.88mN/分の速度で線形に増加される。ダイアモンド・ポイントは、
図2Aの左から右に移動されることに留意されたい。
【0032】
図2Aにおいて、平面時計用クリスタル24Aのサファイアが露出した場所が、直線A-Aで示されている。
図2Bにおいて、
図2Aの平面サファイア時計用クリスタル24Aと同じ反射防止処理26Bを経た、サファイア製の同じ平面時計用クリスタル24Bが同じ縮尺で示される。しかしながら、
図2Bの平面サファイア時計用クリスタル24Bは、反射防止処理の後、本発明に従って衝撃によるイオン注入を受けた。厚さ90μm測定のフッ化マグネシウムMgF
2の層が受けたイオン注入処理の特徴は、以下の通りである。
・注入されたイオンの種類:窒素
・イオン加速電圧:40kV
・イオン注入ドーズ量:0.1×10
16イオン/cm
2~0.25×10
16イオン/cm
2の範囲内
・イオン・ビームの強度:6mA
・真空条件:4×10
-6mbar
・フッ化マグネシウムMgF
2層のイオンの浸透深さ:約50nm
【0033】
図2Aおよび
図2Bの平面サファイア時計用クリスタル24Aおよび24Bの耐擦傷性を測定するための実験条件が同一であると仮定すると、
図2Bにおいて直線B-Bで示される、平面時計用クリスタル24Bのサファイアが露出した場所は、
図2Aに示される場合よりも起点Oから遠くに発生すると見られ、これは、反射防止処理26Bの硬度がイオン衝撃のおかげで上昇していることを意味する。
図2Aおよび2Bを比較すると、ダイアモンド・ポイントによって作られた擦傷も、
図2Aよりも
図2Bのほうがより狭いと見られ、これは、反射防止処理26Bの層間剥離現象が、
図2Bに示される場合よりも大きくないこと、およびしたがって、この反射防止処理26Bが、
図2Aに示される場合よりも硬く、よって耐擦傷性が高いことを意味する。
【0034】
図3は、イオン衝撃を経ないサファイア時計用クリスタル上に成膜された反射防止処理(曲線A)と、衝撃によるイオン注入を経た同一のサファイア時計用クリスタル上の同じ反射防止処理(曲線B)との間の硬度の差を示す。弾性率を測定することによって得られるこれらの硬度値は、反射防止層の機械特性における進化を深さの関数として強調する。これらの硬度値は、連続剛性測定法ともいうDMA(動的機械分析)モードを用いて、いわゆるインストルメンテッド・インデンテーション技術によって測定された。
【0035】
図3のグラフは、横座標に沿って、ナノメートルで表される反射防止処理の厚さpdを示し、縦座標は、MpAで表される反射防止処理を形成する層の硬度Hを示す。このグラフを検査すると、反射防止処理の表面からその表面下約20nmの深さまでは、イオン衝撃を経た反射防止処理(曲線B)が、イオン衝撃を経ない反射防止処理(曲線A)よりも約20%硬いことが、即座に明らかである。反射防止処理の表面から計算して20~40nmの範囲にある深さでは、イオン衝撃を経た反射防止処理とそのようなイオン衝撃を経ない反射防止処理との間の硬度の差は、やはり約10%であり、その後50nmの深さまでは下がる。50nmの深さからは、イオン衝撃を経た反射防止処理の硬度曲線およびイオン衝撃を経ない反射防止処理の硬度曲線は、重なり、
図3のグラフの硬度測定限度である90nmの深さまでそのままである。
【0036】
本発明が、上述の方法の実施に限定されないこと、および様々な簡単な代替および修正が、本特許出願に添付される特許請求の範囲によって定義される本発明の範囲を逸脱することなく、当業者によって考えられ得ることは言うまでもない。特に、本発明は、反射防止処理を経るように意図された透明基板の表面が、1つまたは複数の反射防止層の成膜前にイオン衝撃を受けることを開示する。同様に、本発明は、1つまたは複数の反射防止層のイオン衝撃後に、少なくとも1つの追加の反射防止層が、イオン注入によって処理された反射防止層の上に成膜され得ることを開示する。
【符号の説明】
【0037】
1 電子サイクロトロン共鳴(ECR)イオン源
2 入射段階
4 イオン化されるガスの容量
6 マイクロ波
8 磁気閉込段階
10 プラズマ
12 抽出段階
12a アノード
12b カソード
14 イオン・ビーム
18 時計用クリスタル
20 反射防止処理
22a 上面
22b 底面
24a、24b 平面時計用クリスタル
26a、26b 反射防止処理
O 起点
A-A 平面時計用クリスタル24Aのサファイアが露出した場所を示す直線
B-B 平面時計用クリスタル24Bのサファイアが露出した場所を示す直線