(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-26
(45)【発行日】2022-08-03
(54)【発明の名称】根管充填材
(51)【国際特許分類】
A61K 35/32 20150101AFI20220727BHJP
A61K 6/69 20200101ALI20220727BHJP
A61K 6/54 20200101ALI20220727BHJP
A61K 31/506 20060101ALI20220727BHJP
A61L 27/36 20060101ALI20220727BHJP
A61L 27/38 20060101ALI20220727BHJP
A61L 27/54 20060101ALI20220727BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20220727BHJP
A61K 39/395 20060101ALI20220727BHJP
A61P 1/02 20060101ALI20220727BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20220727BHJP
C07K 16/24 20060101ALN20220727BHJP
C12N 5/074 20100101ALN20220727BHJP
【FI】
A61K35/32
A61K6/69
A61K6/54
A61K31/506
A61L27/36 130
A61L27/38 100
A61L27/54
A61K45/00
A61K39/395 D
A61P1/02
A61P43/00 121
C07K16/24 ZNA
C12N5/074
(21)【出願番号】P 2021010101
(22)【出願日】2021-01-26
(62)【分割の表示】P 2018509652の分割
【原出願日】2017-03-31
【審査請求日】2021-01-26
(31)【優先権主張番号】P 2016072306
(32)【優先日】2016-03-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000126115
【氏名又は名称】エア・ウォーター株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】特許業務法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中島 美砂子
(72)【発明者】
【氏名】庵原 耕一郎
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 秀人
【審査官】山村 祥子
(56)【参考文献】
【文献】特開昭58-148828(JP,A)
【文献】特開2011-143242(JP,A)
【文献】国際公開第2009/113733(WO,A1)
【文献】特表2011-505970(JP,A)
【文献】藤田将典 他,感染根管歯におけるナノバブルと超音波を用いた根管内無菌化と歯髄再生,日本歯科保存学雑誌,2014年,Vol.57,No.2,pp.170-179
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 6/00
A61L 27/00
A61K 35/32
A61K 31/00
A61K 45/00
A61K 39/395
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
自家あるいは同種歯髄幹細胞、細胞外基質、及び、下記式で示されるALK5阻害剤を有する、根管充填材。
【化1】
【請求項2】
更にCCR3アンタゴニスト
を有する、請求項
1記載の根管充填材。
【請求項3】
更にCCL11中和抗体
を有する、請求項
1記載の根管充填材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、根管充填材に関する。
【背景技術】
【0002】
歯髄幹細胞を用いた歯髄・象牙質再生によるう蝕・歯髄疾患治療法は、本発明者らにより、その安全性及び有効性が明らかにされている(特許文献1,2,3)。
【0003】
歯の平均寿命は現在57歳といわれ、一生自分の歯で咬むことを考えると、歯の寿命は20年以上高める必要がある。8020運動(80歳になっても自分の歯を20本以上残す運動)にもかかわらず、現在80歳の人の歯の平均本数は約8本で、高齢者の残存歯数はほとんど増加していないため、高齢歯髄幹細胞による歯髄等再生が望まれる。
【0004】
高齢歯髄幹細胞は、幹細胞形質は若齢と変わらないが、高齢のイヌの根管に高齢歯髄幹細胞を自家移植すると歯髄・象牙質は再生されるものの、若齢と比べて再生の遅れがみられる(非特許文献1)。また、歯髄再生のメカニズムに関して、移植歯髄幹細胞が直接分化するのではなく、trophic因子を分泌し、歯周囲組織のnicheから幹細胞を歯内に遊走させ、増殖、抗アポトーシス、血管新生、神経再生の促進により、歯髄が再生されることが明らかにされている(非特許文献2)。さらに、高齢で歯髄再生が遅延する原因は、歯周囲組織のnicheの幹細胞の遊走能、増殖能及びアポトーシス抑制能の低下によると考えられ、nicheの老化が示唆されている(非特許文献1)。
【0005】
一般に、高齢になるにつれ組織再生・維持能力が劇的に低下し、多数の器官の機能不全が生じることが知られている。この現象は筋肉では幹細胞のnicheにおけるシグナルの変化によると考えられており、nicheの老化は全身組織で同様に生じることが示唆されている。
【0006】
近年、動物実験によりnicheの老化を促進するケモカインとしてCCL11/Eotaxinが同定され、血中から全身にまわり中枢神経再生や認知機能の低下を及ぼすが、CCL11中和抗体を全身投与することにより神経再生が回復できることが明らかとなっている(非特許文献3)。また、老化による心筋肥大はGDF11の血中レベルの減少によるもので、GDF11の静注により回復可能であることが明らかになっている(非特許文献4)。さらに、GDF11は老化した脳の血管及び神経再生を亢進させ(非特許文献5)、老化した骨格筋の構造や機能を高めるという報告がある(非特許文献6)。
【0007】
ところで、医薬品において、トリプシンは、壊死組織や凝血、変性タンパクを融解させ、創面を正常にして抗生物質の作用を容易にする目的で使用されている(非特許文献7)。また、根管の清掃にトリプシンを用いる文献もある(特許文献4)。しかしながら、トリプシンを歯髄再生に応用した文献はない。
【0008】
また、CCL11はCCR3をレセプターとしてシグナルが伝達される(非特許文献8)が、CCL11中和抗体はCCL11がCCR3に結合するのを阻害する作用を有し、CCR3アンタゴニストも同様の役割を有すると考えられる。しかしながら、CCL11中和抗体やCCR3アンタゴニストを歯髄再生に応用した文献はない。
【0009】
さらに、GDF11はtype I TGF-beta superfamily receptors ACVR1B (ALK4), TGFBR1 (ALK5)及びACVR1C (ALK7)と結合するが、シグナル伝達はALK4及びALK5で行われる(非特許文献9)。GDF11は歯では象牙芽細胞層に弱い発現がみられ((非特許文献10)、歯髄露出面にGDF11を遺伝子導入すると象牙質形成が誘導される(非特許文献11)。しかしながら、抜髄後の根管内での歯髄再生に対するGDF11及びそのレセプターALK5の作用は明らかでない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特許5621105号公報
【文献】特許5748194号公報
【文献】特開2014-168714号公報
【文献】特表2009-513227号公報
【非特許文献】
【0011】
【文献】Iohara K., Murakami M., Nakata K., Nakashima M.: Age-dependent decline in dental pulp regeneration after pulpectomy in dogs. Exp. Gerontol. 52:39-45, 2014.
【文献】Iohara K., Murakami M., Takeuchi N., Osako Y., Ito M., Ishizaka R., Utunomiya S., Nakamura H., Matsushita K., Nakashima M.: A novel combinatorial therapy with pulp stem cells and granulocyte colony-stimulating factor for total pulp regeneration. Stem Cells Transl. Med. 2(7): 521-533, 2013.
【文献】VilledaS.A.,et al., : The ageing systemic milieu negatively regulates neurogenesis and cognitive function.Nature. 477(7362):90-94, 2011.
【文献】Loffredo F.S., et al.,:Growth differentiation factor 11 is a circulating factor that reverses age-related cardiac hypertrophy. Cell. 153(4):828-839,2013.
【文献】Katsimpardi L., et al.,: Vascular and neurogenic rejuvenation of the aging mouse brain by young systemic factors. Science. 344(6184):630-634, 2014.
【文献】Sinha M., et al., Restoring systemic GDF11 levels reverses age-related dysfunction in mouse skeletal muscle. Science. 344(6184):649-52, 2014.
【文献】皮膚科性病科雑誌 64巻, 野口義圀他, 497-506頁1954年
【文献】Kitaura M., et al., Molecular cloning of human eotaxin, an eosinophil-selective CC chemokine, and identification of a specific eosinophil eotaxin receptor, CC chemokine receptor 3. J Biol Chem. 271(13): 7725-30, 1996.
【文献】Andersson O., et al., Growth differentiation factor 11 signals trough the transforming growth factor-β receptor ALK5 to regionalize the anterior-posterior axis. EMBO reports. 7(8): 831-7, 2006.
【文献】Nakashima M.,et al., Expression of growth/differentiation factor 11, a new member of the BMP/TGF beta superfamily during mouse embryogenesis. Mech Dev. 80(2):185-9,1999.
【文献】Nakashima M., et al., Induction of dental pulp stem cell differentiation into odontoblasts by electroporation-mediated gene delivery of growth/differentiation factor 11 (Gdf11). Gene Ther. 9(12):814-8, 2002.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、特に、中高齢個体に自家あるいは同種歯髄幹細胞を移植した場合であっても効果的に歯組織再生を可能とする根管充填材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明にかかる根管充填材は、自家あるいは同種の歯髄幹細胞、細胞外基質、及び、ALK5阻害剤を有する。
【0014】
また、本発明にかかる根管充填材は、自家あるいは同種の歯髄幹細胞、細胞外基質、及び、CCR3アンタゴニストを有する。
【0015】
また、本発明にかかる根管充填材は、自家あるいは同種の歯髄幹細胞、細胞外基質、及び、CCL11中和抗体を有する。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、中高齢個体に自家歯髄幹細胞を移植した場合であっても効果的に歯組織再生が可能である。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】膜遊走分取法を用いたイヌ歯髄幹細胞の形態学的観察を示す写真図であり、そのうちAは歯髄細胞培養2日目であり、Bは歯髄細胞培養7日目であり、Cは膜分取後2日目であり、Dは7代目膜分取歯髄幹細胞3日目である。
【
図2】イヌ中高齢正常歯を若齢正常歯と比較したものであり、そのうちA、C及びEは若齢歯であり、B、D及びFは中高齢歯である。A及びBはMasson Trichrome染色像であり、C及びDはVimentin免疫染色像であり、E及びFはVersican免疫染色像である。
【
図3】イヌ中高齢歯髄幹細胞及びアテロコラーゲンからなる根管充填材を使用した抜髄後根管内自家移植後14日の根尖部歯周組織像であり、そのうちA及びCは前処理を行わない場合であり、B及びDはトリプシン0.05%からなる前処理材を10分使用した場合である。A及びBはMasson Trichrome染色像であり、C及びDはVimentin免疫染色像である。
【
図4】イヌ中高齢歯髄幹細胞及びアテロコラーゲンからなる根管充填材を使用した抜髄後根管内自家移植による歯髄再生の写真図(移植後14日目H-E染色)であり、そのうちAは前処理を行わない場合の根管内像であり、Bは50μg/ml(0.05%)トリプシンからなる前処理材を10分使用した場合の歯髄再生であり、Cは500μg/ml(0.5%)トリプシンからなる前処理材を10分使用した場合の歯髄再生である。Dは歯髄再生量の統計学的解析を行ったものである。
【
図5】イヌ中高齢歯髄幹細胞及びアテロコラーゲンからなる根管充填材を使用した抜髄後根管内自家移植による歯髄再生の写真図(移植後14日H-E染色)であり、そのうちAは前処理を行わない場合の歯髄再生14日目であり、Bはトリプシンからなる前処理材を10分使用した場合の歯髄再生14日目であり、Cはトリプシンからなる前処理材を30分使用した場合の歯髄再生14日目であり、Dはトリプシン及びナノバブルからなる前処理材を10分使用した場合の歯髄再生14日目である。Eは歯髄再生量の統計学的解析を行ったものである。
【
図6】再生歯髄中の血管新生を示す写真図(BS-1 lectin染色)であり、そのうちAは前処理を行わない場合の歯髄再生14日目であり、Bはトリプシンからなる前処理材を10分使用した場合の歯髄再生14日目であり、Cはトリプシンからなる前処理材を30分使用した場合の歯髄再生14日目であり、Dはトリプシン及びナノバブルからなる前処理材を10分使用した場合の歯髄再生14日目である。
【
図7】イヌの歯の抜髄後の根管内にトリプシン処理を行い、歯髄幹細胞を根管内に移植しない場合における根管内の写真図である。
【
図8】トリプシン処理をした細粒化象牙質を用いた場合における、歯髄幹細胞の歯髄・象牙質組織への誘導を示す写真図であり、(i)0.05%トリプシン処理10分をした場合、(ii)0.05%トリプシンと1mM EDTA処理10分をした場合、(iii)1mM EDTA処理10分をした場合、(iv)0.05%キモトリプシン処理10分をした場合、(v)0.1mg/mL MMP3処理10分をした場合、(vi)未処理の場合を示す。
【
図9】中高齢イヌ同種歯髄幹細胞移植14日後の形態学的観察を示す写真図である。そのうちAはALK5阻害剤(SB431542、200 ng)を歯髄幹細胞、G-CSF及びコラーゲンとともに移植した歯であり、BはCCR3アンタゴニスト(SB328437、200 ng)を歯髄幹細胞、G-CSF及びコラーゲンとともに移植した歯である。Cは、歯髄幹細胞、G-CSF及びコラーゲンのみを通法どおりに移植したコントロールである。
【
図10】中高齢イヌ自家歯髄幹細胞移植60日後の形態学的観察を示す写真図である。そのうちAはALK5阻害剤(SB431542、200 ng)を歯髄幹細胞、G-CSF及びコラーゲンとともに移植した歯であり、BはCCR3アンタゴニスト(SB328437、200 ng)を歯髄幹細胞、G-CSF及びコラーゲンとともに移植した歯である。Cは、歯髄幹細胞、G-CSF及びコラーゲンのみを通法どおりに移植したコントロールである。Dは、歯髄再生量を統計学的に比較したものである。* P<0.1、** P<0.05
【
図11】中高齢イヌ同種歯髄幹細胞移植60日後の血管新生を示す写真図である。そのうちAはALK5阻害剤(SB431542、200 ng)を歯髄幹細胞、G-CSF及びコラーゲンとともに移植した歯であり、BはCCR3アンタゴニスト(SB328437、200 ng)を歯髄幹細胞、G-CSF及びコラーゲンとともに移植した歯である。Cは、歯髄幹細胞、G-CSF及びコラーゲンのみを通法どおりに移植したコントロールである。Dは、血管新生量を統計学的に比較したものである。* P<0.1
【
図12】中高齢イヌ同種歯髄幹細胞移植60日後の神経突起伸長re-innervationを示す写真図である。そのうちAはALK5阻害剤(SB431542、200 ng)を歯髄幹細胞、G-CSF及びコラーゲンとともに移植した歯であり、BはCCR3アンタゴニスト(SB328437、200 ng)を歯髄幹細胞、G-CSF及びコラーゲンとともに移植した歯である。Cは、歯髄幹細胞、G-CSF及びコラーゲンのみを通法どおりに移植したコントロールである。Dは、神経再生量を統計学的に比較したものである。** P<0.01
【
図13】若齢イヌ同種歯髄幹細胞移植14日後の形態学的観察を示す写真図である。そのうちAはCCR3アンタゴニスト(SB328437、200 ng)を歯髄幹細胞、G-CSF及びコラーゲンとともに移植した歯である。Bは、歯髄幹細胞、G-CSF及びコラーゲンのみを通法どおりに移植したコントロールである。Cは、歯髄再生量を統計学的に比較したものである。
【
図14】中高齢イヌ同種歯髄幹細胞移植14日後の形態学的観察を示す写真図である。そのうちAはトリプシンで前処理後、CCR3アンタゴニスト(SB328437、200 ng)を歯髄幹細胞、G-CSF及びコラーゲンとともに移植した歯であり、Bはトリプシンで前処理しないで、CCR3アンタゴニスト(SB328437、200 ng)を歯髄幹細胞、G-CSF及びコラーゲンとともに移植した歯である。Cは、トリプシンで前処理後、歯髄幹細胞、G-CSF及びコラーゲンのみを通法どおりに移植したコントロールである。Dは、歯髄再生量を統計学的に比較したものである。
【
図15】ヒト歯髄幹細胞における細胞老化とCCL11及びCCR3の発現の関係を示す図である。Aは若齢及び中高齢のヒト歯髄幹細胞ともに、長期継代するとp16のmRNA発現が上昇し、CCL11のmRNA発現上昇もみられる。すなわち、老化に伴いCCL11発現が上昇する可能性が示唆される。Bでは、CCL11のレセプターであるCCR3のmRNA発現は、中高齢のヒト歯髄幹細胞を長期継代すると上昇がみられるが、若齢では変化はみられない。なお図中の説明において高齢との記載は中高齢との記載を省略して記載したものである。以下同じ。
【
図16】AはCCL11を発現している歯髄幹細胞にCCL11中和抗体を添加することにより、CCL11の発現の消失がみられる。Bは長期継代したヒト若齢歯髄幹細胞の遊走能に対するCCL11中和抗体の効果を示す図である。長期継代すると遊走能が下がるが、CCL11中和抗体を添加すると、遊走能が上昇する。
【
図17】若齢及び中高齢マウスにおける血中CCL11濃度を示す図である。中高齢マウスでは、CCL11中和抗体投与により血中CCL11濃度が有意に減少する。* P<0.05、 ** P<0.01
【
図18】CCL11中和抗体投与による中高齢マウス異所性歯根移植後再生歯髄の再生量促進効果を示す図である。 (A, B, F, G)は若齢マウス、(C-E, H-J)は中高齢マウスに対し、異所性歯根移植を行い、21日後の再生歯髄のHE像である。異所性移植時に歯髄幹細胞とともに、(B, G, D, I)はCCL11中和抗体、(E, J)はトレハロースの持続投与を行った結果を示す。 (A, F, C, H)は歯髄幹細胞のみのコントロールの移植を示す。(K)は再生量(再生歯髄面積/根管内総面積)比較のグラフである。* P<0.05、** P<0.01
【
図19】CCL11中和抗体投与による中高齢マウス異所性歯根移植後再生歯髄の新生血管密度増加及び基質化量減少を示す図である。 (A, B, E, F)は若齢マウス、(C, D, G, H)は中高齢マウスの異所性歯根移植後再生歯髄の結果を示す。異所性移植時に、(B, F, D, H)はCCL11中和抗体の持続投与を行った結果を示す。(A-D)はlectin染色像である。(E-H)はMasson trichrome(MT)染色像である。Iは、若齢マウスと中高齢マウスとの新生血管面積の比較図であり、Jは若齢マウスと中高齢マウスとの基質化面積の比較図である。* P<0.05、** P<0.01
【
図20】CCL11中和抗体投与によるマウス異所性歯根移植後再生歯髄中のM1及びM2マクロファージ細胞数及びM1/M2比の変化を示す図である。中高齢マウス異所性歯根移植後再生歯髄において、CCL11中和抗体投与によりM1マクロファージ細胞数及びM1/M2比の有意な減少がみられた。(A, B, E, F)は若齢マウス、(C, D, G, H)は中高齢マウスの異所性歯根移植後再生歯髄の結果を示す。(B,D,F,H)はCCL11中和抗体持続投与群である。A-D: 再生歯髄のCD68及びCD11cによる二重免疫組織染色像(緑:CD68 赤:CD11c)E-H: 再生歯髄のCD68及びCD206による二重免疫組織染色像(緑:CD68 赤:CD206)I: 再生歯髄中のM1マクロファージ細胞数 J: 再生歯髄中のM2マクロファージ細胞数 K: M1/M2比。* P<0.05、** P<0.01 データは4回の実験の平均±標準偏差を示す。
【
図21】In vitro において、HUVEC(ヒト臍帯静脈内皮細胞)に対して、22代まで継代し老化した歯髄幹細胞(DPSCs)の培養上清に、ALK5阻害剤(SB431542、10 ng/μl)及びCCR3アンタゴニスト(SB328437、5 ng/μl)を添加し、マトリゲル上で培養した場合の血管新生能の変化を示す。Aはコントロールの培養上清のみ、Bは培養上清にALK5阻害剤を添加したもの、Cは培養上清にCCR3アンタゴニストを添加したものの位相差顕微鏡像である。Dは新生された血管の長さを統計学的に比較したものである。* P<0.05
【
図22】In vitro において、TGW細胞(神経芽細胞腫細胞株、human neuroblastoma cell)に対して、22代まで継代し老化した歯髄幹細胞(DPSCs)の培養上清に、ALK5阻害剤(SB431542、10 ng/μl)及びCCR3アンタゴニスト(SB328437、5 ng/μl)を添加し、神経突起伸長を誘導した場合の変化を示す。Aは培養上清のみ、Bは培養上清にALK5阻害剤を添加したもの、Cは培養上清にCCR3アンタゴニストを添加したものの、DはポジティブコントロールのGDNFを添加したものの位相差顕微鏡像である。Eは神経突起の長さを統計学的に比較したものである。* P<0.1、** P<0.05
【
図23】In vitro において、5代ヒト歯髄細胞に対して、22代まで継代し老化した歯髄幹細胞(DPSCs)の培養上清に、ALK5阻害剤(SB431542、10 ng/μl)及びCCR3アンタゴニスト(SB328437、5 ng/μl)を添加した場合の遊走能促進効果の変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、添付の図面を参照して本発明の実施形態について具体的に説明するが、当該実施形態は本発明の原理の理解を容易にするためのものであり、本発明の範囲は、下記の実施形態に限られるものではなく、当業者が以下の実施形態の構成を適宜置換した他の実施形態も、本発明の範囲に含まれる。
【0019】
本実施形態にかかる歯組織再生のための歯科用前処理材は、セリンプロテアーゼを有する。本実施形態にかかる歯組織再生のための歯組織再生キットは、CCL11を抑制するCCL11中和抗体あるいはCCR3アンタゴニスト、あるいはGDF11のシグナル伝達を阻害するALK5阻害剤を有する。
【0020】
歯組織再生とは、歯髄、象牙質、及び、根尖歯周組織の少なくとも何れか一つを包含する組織の再生である。
【0021】
加齢に伴い歯や歯周組織には変化が生じる。具体的には、加齢に伴いセメント質は肥厚し、特に根尖部でのセメント質の肥厚化は著明である。また、加齢に伴い歯根膜では歯根膜線維の石灰化が生じる。歯科用前処理材は、歯髄幹細胞及び細胞外基質を備える根管充填材を根管に挿入する前に使用するものである。前処理とは、セリンプロテアーゼを含有する液体を根管内に注入することである。歯科用前処理材を使用することにより、肥厚化したセメント質や石灰化した歯根膜を分解する処理を行うことができる。また、歯科用前処理材を使用することにより、歯や歯周組織中の組織再生を抑制するインヒビターを分解する、あるいは再生促進因子を活性化する処理を行うことができる。
【0022】
セリンプロテアーゼは、触媒残基として求核攻撃を行うセリン残基をもつプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)である。セリンプロテアーゼは、アミノ酸配列や立体構造の類似性から、スブチリシン様(subtilisin-like)セリンプロテアーゼと、キモトリプシン様(chymotrypsin-like)セリンプロテアーゼとに分類される。前者にはsubtilisin BPN'、thermitase、proteinase K、lantibiotic peptidase、kexin、cucumisin等があり、後者にはトリプシン、キモトリプシン、thrombin、Xa因子、elastase等がある。好適には、セリンプロテアーゼは、キモトリプシン様(chymotrypsin-like)セリンプロテアーゼであり、より好適にはトリプシンである。
【0023】
歯科用前処理材は、中高齢個体に歯髄幹細胞を使用する根管充填材を根管に挿入する前に使用することが好適であるが、若年個体の歯髄幹細胞を使用する場合であっても用いることが可能である。なお、中齢個体とは、特に限定されるものではないが、例えば、ヒトである場合は年齢30歳以上49歳以下であり、ラットである場合は生後30週齢以上39週齢以下であり、イヌである場合は生後3年齢以上4年齢以下である。高齢個体とは、特に限定されるものではないが、例えば、ヒトである場合は年齢50歳以上であり、ラットである場合は生後40週齢以上であり、イヌである場合は生後5年齢以上である。従って本明細書においてヒト中高齢個体とは30歳以上の個体を規定するものであり、ラット中高齢個体とは生後30週齢以上の個体を規定するものであり、イヌ中高齢個体とは生後3年以上の個体を規定するものである。
【0024】
歯科用前処理材に包含されるセリンプロテアーゼの濃度は、肥厚化したセメント質や石灰化した歯根膜を分解する処理を行うことができる限り特に限定されるものではないが、例えば50μg/ml(0.05%)~500μg/ml(0.5%)であり、好ましくは100μg/ml(0.1%)~300μg/ml(0.3%)である。
【0025】
歯科用前処理材を根管内に注入させる時間は、肥厚化したセメント質や石灰化した歯根膜を分解する処理を行うことができる限り特に限定されるものではないが、例えば3分~30分、好ましくは5分~20分であり、より好ましくは10分である。
【0026】
本実施形態にかかる歯科用前処理材には、セリンプロテアーゼに加えてナノバブルを包含することも可能である。ナノバブルは、脂質で形成される小胞と、この小胞内を充填するガス又はガス前駆体とを有する。ナノバブルの直径は、特に限定されるものではないが、例えば10~500nmであり、好適には100~400nmである。なお、ナノバブルの直径は、例えばナノ粒子分布測定装置(SALD-7100、島津製作所)により測定される。ナノバブルの脂質組成、帯電状態、密度、重量、粒子径等は、適宜設計することができる。小胞を調製するために使用される脂質は、特に限定されるものではないが、脂質類を含有する膜構成成分からなる。脂質類は、例えばリン脂質、グリセロ糖脂質及びスフィンゴ糖脂質の他、これらの脂質に、1級アミノ基、2級アミノ基、3級アミノ基又は第4級アンモニウム基が導入されたカチオン性脂質である。
【0027】
歯科用前処理材にナノバブルが含まれる場合、ナノバブル濃度は歯科用前処理材中におけるナノバブルの個数にて示される。ナノバブル濃度は、特に限定されるものではないが、例えば、1000個/cm3~10000個/cm3とすることが可能である。ナノバブル濃度は、例えば電子スピン共鳴法(ESR)により定量解析可能である。
【0028】
歯組織再生キットは、前述の歯科用前処理材と、根管に挿入される、歯髄幹細胞及び細胞外基質を備える根管充填材と、を有する。
【0029】
根管充填材は、例えば、自家あるいは同種歯髄幹細胞、細胞外基質、及び、ALK5阻害剤を有する。
【0030】
根管充填材は、例えば、自家あるいは同種歯髄幹細胞、細胞外基質、及び、CCR3アンタゴニストを有する。
【0031】
根管充填材は、例えば、自家あるいは同種歯髄幹細胞、細胞外基質、及び、CCL11中和抗体を有する。
【0032】
また、根管充填材は、自家あるいは同種歯髄幹細胞と、細胞外基質と、ALK5阻害剤、CCR3アンタゴニスト、及び、CCL11中和抗体の3つの中から少なくとも2つを包含する混合物と、を有する。後述の実施例にて示されるが、ALK5阻害剤及びCCR3アンタゴニストはともに歯髄再生において効果的であるが、ALK5阻害剤はCCR3アンタゴニストよりも血管新生において効果的であり、一方で、CCR3アンタゴニストはALK5阻害剤よりも神経新生において効果的であるという特徴を有する。そのため、例えば、根管充填材は、自家あるいは同種歯髄幹細胞と、細胞外基質と、ALK5阻害剤及びCCR3アンタゴニストの混合物と、を有するものとすることが可能である。ALK5阻害剤及びCCR3アンタゴニストの混合物を使用する場合においてはその混合割合は特に限定されるものではなく、例えば10重量%:90重量%~90重量%:10重量%とすることが可能である。
【0033】
ALK5阻害剤は、特に限定されるものではないが、例えば下記化合物である。
【0034】
【0035】
【0036】
【0037】
またCCR3アンタゴニストは、特に限定されるものではないが、例えば下記化合物である。
【0038】
【0039】
【0040】
ここでAはCH2又はOであり、R1はNHR(RはC1~C6アルキル)であり、R2はC1~C6アルキレン-フェニルであり、R3はH又はC1~C6アルキルであり、R4はH又はC1~C6アルキルである。
【0041】
CCL11はCCR3をレセプターとしてシグナルが伝達されるが、抗CCL11中和抗体はCCL11がCCR3に結合するのを阻害する作用を有し、CCR3アンタゴニストも同様の役割を有する。抗CCL11中和抗体は、市販のものを使用することができる。
【0042】
本実施形態にかかるCCL11を抑制するCCL11中和抗体あるいはCCR3アンタゴニスト、あるいはGDF11のシグナル伝達を阻害するALK5阻害剤は、例えば50 ng/ml~50μg/mlであり、好ましくは10μg/ml~30μg/mlである。
【0043】
歯髄幹細胞は、特に限定されるものではないが、例えば、CD105陽性細胞、CXCR4陽性細胞、SSEA-4陽性細胞、FLK-1陽性細胞、CD31陰性かつCD146陰性細胞、CD24陽性細胞、CD150陽性細胞、CD29陽性細胞、CD34陽性細胞、CD44陽性細胞、CD73陽性細胞、CD90陽性細胞、FLK-1陽性細胞、G-CSFR陽性、及びSP細胞のうち少なくとも何れか一つを含むものである。SP細胞は、例えば、CXCR4陽性、SSEA-4陽性、FLK-1陽性、CD31陰性かつCD146陰性、CD24陽性、CD105陽性、CD150陽性、CD29陽性細胞、CD34陽性細胞、CD44陽性細胞、CD73陽性細胞、CD90陽性細胞、FLK-1陽性又はG-CSFR陽性の何れかである。
【0044】
細胞外基質は、特に限定されるものではないが、例えば、コラーゲン、人工プロテオグリカン、ゼラチン、ハイドロゲル、フィブリン、フォスフォホリン、ヘパラン硫酸、ヘパリン、ラミニン、フィブロネクチン、アルギン酸、ヒアルロン酸、キチン、PLA、PLGA、PEG、PGA、PDLLA、PCL、ハイドロキシアパタイト、β-TCP、炭酸カルシウム、チタン及び金のうち少なくとも何れか一つを含む。
【0045】
根管充填材には、歯髄幹細胞及び細胞外基質に加えて、細胞遊走因子を包含させることが可能である。細胞遊走因子は、例えば、G-CSF、SDF-1、bFGF、TGF-β、NGF、PDGF、BDNF、GDNF、EGF、VEGF、SCF、MMP3、Slit、GM-CSF、LIF及びHGFのうち少なくとも何れか一つを含むものである。
【0046】
歯髄幹細胞の分取方法は特に限定されるものではない。例えば、SP細胞は、Hoechst33342でラベルし、この色素を強く排出する画分をフローサイトメーターにて、Hoechst BlueとHoechst Redで分取する。また例えば幹細胞に特異的な膜表面抗原に対する抗体を用いることで分取することも可能であり、具体的には磁気ビーズを用いる分取である。また例えば、膜分取培養器を用いる分取も可能である。膜分取培養器は、幹細胞透過用のポアを有する分離膜で、底面の少なくとも一部が形成された容器から構成される上部構造体と、上部構造体の膜を浸漬させる培地を保持する容器から構成される下部構造体とを含んで構成される(本発明者らの公報である再表2012/133803記載の内容が本発明に引用される。)。分離膜は、疎水性ポリマーからなる基材膜と、親水性ポリマーが基材膜の表面に共有結合によって結合されてなる機能層とを備えてなる。ポアのサイズは例えば3μm~10μmであり、密度は例えば1×105~4×106ポア/cm2である。培地は、特に限定されるものではなく、例えばダルベッコ社製の改変イーグル培地、EBM2等を用いることができる。
【実施例】
【0047】
[実施例1]
(イヌ中高齢歯髄幹細胞の特性)
イヌ5歳齢の雌(体重10 kg)において全身麻酔を施した後、上顎犬歯を抜去し、歯冠から歯根部に歯髄に達しない程度の割線をタービンバーにて縦方向に入れて、20 μg/ml ゲンタマイシン(ゲンタロール(登録商標)、株式会社日本点眼薬研究所)及び0.25 μg/ml アンホテリシンB(ファンギゾン(登録商標)、ブリストル・マイヤーズ株式会社)含有Hanks液を輸送液として、特殊な運搬容器を用いて温度管理下で歯を1時間以内に輸送した。クリーベンチ内で歯髄を摘出、細切し、0.04 mg/mlリベラーゼ溶液を5 ml加え転倒混和した後、サーモミキサー コンフォート(エッペンドルフ株式会社)の上で37℃、500 rpmで30分振盪した。振盪後、30回懸濁した後、アイソレータ内蔵型冷却遠心機(株式会社トミー精工)にて200 rpmで1分遠心し、遠心チューブ内の上清を採取した。この上清を2,000 rpm、5分遠心し、沈殿した細胞に10%イヌ自己血清含有DMEMを加え、懸濁後2,000 rpm、5分で遠心した。再び遠沈した細胞に10%イヌ血清含有DMEMを5 ml加え、30回懸濁した。細胞懸濁液をトリパンブルー(0.4%, SIGMA)と等量混ぜ、10回懸濁し、生細胞数をカウントした。残りの懸濁液をT25フラスコへ均一に播種後、CO2インキュベータ(パナソニック株式会社)(37℃, CO2 5%)内にて培養し形態を観察した。60~70%コンフルエントに達した後に細胞を継代し、7代目まで継代し、凍結した。
【0048】
細胞表面抗原については、5代目において、20%血清を含むPBS中に1x107 cells/mlで細胞を分散させ、Blocking(FcγIII/II receptor blocking)4℃、20分反応後、幹細胞表面マーカー(CD31 (PE) (JC70A) (Dako)、CD29 (PE-Cy7) (HMb1-1) (eBioscience)、CD44 (Phycoerythrin-Cy7, PE-Cy7) (IM7) (eBioscience)、CD73 (APC) (AD2) (BioLegend)、CD90(PE) (YKIX337.217) (eBioscience)、CD105 (PE) (43A3) (BioLegend), CD146 (FITC) (sc-18837) (Santa Cruz)、CXCR4 (FITC) (12G5) (R&D)、及びG-CSF-R (Alexa 488) (S1390) (Abcam))を90分4℃で暗所にて反応させた。ネガティブコントロールとしては、マウスIgG1 negative control (AbD Serotec)、マウスIgG1 negative control (fluorescein isothiocyanate、FITC) (MCA928F) (AbD Serotec)、マウスIgG1 negative control (Phycoerythrin-Cy7、PE-Cy7) (299Arm) (eBioscience)、マウス IgG1 negative control (Alexa 647) (MRC OX-34) (AbD Serotec)を用いた。フローサイトメーター(FACS Aria II (BD bioscience)) にて、陽性率を比較した。
【0049】
中高齢イヌ歯髄組織から分離した2代目の歯髄細胞は(
図1A,B)、膜遊走分取器の上部構造体に播種すると、約3%がG-CSF濃度勾配により下部構造体に遊走し、wellに付着した。2日後には短い突起をもつ星状の細胞がみられ(
図1C)、しだいにコロニーを形成し、10日ぐらいで70%コンフルエントに達した。その細胞を7代目まで継代すると(
図1D)、8×10
6個以上の細胞数が得られ、1×10
6個ずつ分注して凍結保存した。さらに、この凍結保存した継代7代目の細胞を解凍すると生存率は80%以上であった。さらに解凍後培養3日目では、凍結前と同様の形状を呈していた。
【0050】
凍結保存した7代目細胞を解凍し、フローサイトメトリーによる表面抗原の発現をみると、CD29、CD44、CD73、CD90及びCD105陽性率は95%以上で、CD31は陰性であり、幹細胞・前駆細胞が多く含まれると考えられた。また、CXCR4及びG-CSFR陽性率は、それぞれ7.4%、60.0%であった(表1)。
【0051】
【0052】
(イヌ中高齢の歯及び歯周組織の微小環境)
全身麻酔を施した後、中高齢及び若齢のイヌを屠殺した後、上顎2番を根尖部歯周組織を含む状態で歯を採取した。採取後、通法に従って縦断面の5μmパラフィン切片を作製し、H-E染色後形態観察を行った。また、Masson Trichrome染色及び、Vimentin あるいはversican (Vcan)の免疫組織学的染色を行った。即ち、脱パラフィン後、3%過酸化水素水/エタノールに10分間反応させて内因性ペルオキシダーゼを阻害した。10%ヤギ血清60分間処理にてブロッキング後、一次抗体として、マウス抗ヒトvimentin (Abcam, 1:100)、マウス抗ヒトversican (Millipore, 1:100)を4℃にて一晩反応させた。翌日、DAKO LSABIIキットを用いてDABによる抗原の検出を行った。核染色としてはヘマトキシリン染色を行った。基質形成については、脱パラフィンした5 μm標本切片に対してマッソントリクロム染色を行い評価した。
【0053】
Masson Trichrome染色では、中高齢ではセメント質の肥厚、骨化が顕著にみられ歯根膜の狭窄が確認された(
図2A、B)。根尖部歯周組織においては、vimentinの発現は中高齢で強く見られ、若齢ではあまりみられなかった(
図2C、D)。一方、若齢はversicanの発現が、中高齢に比べて強く発現していた(
図2E、F)。
【0054】
(イヌ中高齢歯髄幹細胞を使用した抜髄後歯髄再生)
全身麻酔を施した後、中高齢及び若齢のイヌ上下顎前歯部に抜髄処置を行い、根尖部まで#50~55で拡大後、5%次亜塩素酸ナトリウム溶液と3%過酸化水素水で交互洗浄後、さらに生理食塩水で洗浄し、ペーパーポイントで根管内を完全乾燥、止血した後、セメントとレジンにて完全に仮封した。抜髄処置7-14日後、仮封をはずし、再度交互洗浄、生理食塩水で洗浄後、スメアクリーンを20秒反応させ、さらに生理食塩水で洗浄、乾燥させた。この後、フランセチンTパウダー(10 mgあたり結晶Trypsin 2,500 USP)(持田製薬株式会社) 50μg/ml(0.05%)あるいは500μg/ml(0.5%)を10分もしくは30分根尖より作用させたのち、生理食塩水で洗浄した。コントロールとして反対側の歯は処置を行わなかった。また、フランセチンTパウダーをナノバブル液にて50μg/ml(0.05%)に調整し、10分同様に作用させ、生理食塩水にて洗浄した。自家の膜分取歯髄幹細胞1×106個を40μlのscaffold(コーケンアテロコラーゲンインプラント、株式会社高研)にサスペンドし、さらにG-CSF(ノイトロジン、中外製薬)100μg/mlを3μlサスペンドして根管充填材を作成し、この根管充填材を根管内に気泡を入れないよう注意しながら注入した。なお膜分取歯髄幹細胞は、上述した膜分取培養器を用いて分取した歯髄幹細胞である。その後、その上に止血用ゼラチンスポンジ(スポンジェル)を置き、セメント及びレジンにて窩洞を完全封鎖した。移植後14日目に抜歯し、通法に従って縦断面の5μmパラフィン切片を作製し、H-E染色後形態観察を行った。血管新生はBS-1 lectinにて免疫染色し比較検討を行った。それぞれの標本の歯髄再生量は1サンプルにつき、4枚の切片を測定し、4サンプルの平均で表した。
【0055】
scaffoldとしてのアテロコラーゲンと、遊走因子としてのG-CSFと、歯髄幹細胞とを有する根管充填材を使用し、この根管充填材を5歳のイヌの歯の抜髄後の根管内に注入したところ、14日目において炎症性細胞浸潤や内部吸収はみられず、歯髄組織の再生が少量みられた。トリプシンを適応すると、Masson Trichrome染色やvimentin免疫染色により根尖部歯周組織の基質の融解が確認された(
図3A―D)。根管充填材の注入前に根管内に50μg/ml(0.05%)トリプシン適応を10分行うと歯髄再生量は2.5倍に増大し(
図4A、B、D)、さらに、トリプシン濃度を500μg/ml(0.5%)に増加させ、10分根管内に作用させた場合では、50μg/ml(0.05%)に比べて、歯髄再生量に有意差は認められなかった(
図4C、D)。50μg/ml(0.05%)トリプシン適応を30分行うと適応10分に比べ歯髄再生量は2倍に増大した(
図5B、C、E)。また、ナノバブルを50%となるように添加した50μg/ml(0.05%)トリプシンの適応を10分行うと、歯髄再生量は4倍に増大した(
図5D、E)。また、根尖の状態に炎症等の異常はみられなかった。それぞれの再生歯髄には、血管新生(
図6B-D)がみられた。トリプシンで作用させた後に形成された歯髄は特に炎症性細胞の増大や壊死層の形成等がみられなかった。このことから、トリプシンを作用させることにより有意に歯髄再生量が増大することが示唆された。これは加齢による肥厚したセメント質や基質化した歯根膜がトリプシンにより分解され、歯根膜中の幹細胞が遊走しやすくなったためと考えられる。さらに象牙質、セメント質中には成長因子・遊走因子が多く分泌しているが(Miki Y, 1987)、これがトリプシンにより放出され生体中の幹細胞をより遊走しやすくした可能性も考えられる。またトリプシンを添加したことによる根尖周囲の異常はみられなかったことから、生体への傷害は軽微だったと考えられる。
【0056】
5歳のイヌの歯の抜髄後の根管内に50μg/ml(0.05%)トリプシン処理を行い、歯髄幹細胞を根管内に移植しない場合は、根尖周囲に炎症はみられなかったが、歯髄再生はほとんどみられなかった(
図7)。
【0057】
[実施例2]
(トリプシン処理をした細粒化象牙質を用いた場合における、歯髄幹細胞の歯髄・象牙質組織への誘導)
イヌの歯を抜歯後、セメント質と歯髄を機械的に除去し、3時間流水で洗浄後、破砕し、篩にて直径500-1,000μmの象牙質の細粒(細粒化象牙質)を分けた。次にクロロホルム・メタノール混合液にて室温で6時間、LiCl(8.0M)にて24時間で4℃の処理後、蒸留水中で24時間で55℃の非働化処理を行った。この後、細粒化象牙質に対して、(i)0.05%トリプシン処理10分、(ii)0.05%トリプシンと1mM EDTA処理10分、(iii)1mM EDTA処理10分、(iv)0.05%キモトリプシン処理10分、(v)0.1mg/mL MMP3処理10分、(vi)未処理の6つに分けて処理を行った。イヌ歯髄幹細胞2×105cellsと各処理をした細粒3つを2,000rpm 5分で遠心後、10%FBS含有Dulbecco’s Modified Eagle’s Mediumにて37℃ 5%CO2下で7日間培養した。培養後、4%パラフォルムアルデヒドにて一晩固定し、常法に従って、パラフィン切片を作製し、5μmの厚さで薄切して、HE染色を行った。
【0058】
この結果、(i)のトリプシン処理象牙質及び(ii)のトリプシンとEDTA処理象牙質は、(vi)の未処理象牙質に比べて細胞がより接着しやすく、歯髄・象牙質組織の誘導がより促進された(
図8)。(iii)のEDTA処理のみでは、付着細胞数は劣るものの、象牙質誘導が進んでいた。また、(iv)のキモトリプシン処理、あるいは(v)のMMP3処理象牙質は、(i)のトリプシン処理や(ii)のトリプシンとEDTA処理象牙質に比べて細胞接着性は劣るものの、多少の細胞接着がみられた。(vi)の未処理では、ほとんど象牙質表面への細胞接着はみられなかった(
図8)。これより、発生期に歯髄幹細胞/前駆細胞あるいは象牙芽細胞から分泌され象牙質基質中に蓄積された種々の成長・分化因子等を、トリプシン及びトリプシン・EDTAは開放・活性化させて歯髄の再生を促進している可能性が示唆された。
【0059】
即ち、本発明者らの根管充填材を使用する歯髄及び象牙質再生のメカニズムは、根管に挿入された根管充填材の歯髄幹細胞がtrophic因子を分泌し、歯周囲組織のnicheから幹細胞を根管内に遊走させ、増殖、抗アポトーシス、血管新生、神経再生の促進により、歯髄及び象牙質が再生される。ここで、治療対象となる根管が例えば老齢個体の場合、根尖部でのセメント質の肥厚化や歯根膜線維の石灰化が生じているため、歯周囲組織からの根管内への幹細胞の遊走が阻害される虞がある。しかしながら、本願発明の歯科用前処理材を使用することにより、肥厚化したセメント質や石灰化した歯根膜を分解する処理を行うことができ、歯周囲組織からの根管内への幹細胞の遊走が阻害されにくい。また、本願発明の歯科用前処理材を使用することにより、象牙質基質中に蓄積された種々の成長・分化因子等が放出されるため、歯髄及び象牙質再生が促進されやすい。
【0060】
[実施例3]
(イヌ若齢及び中高齢個体に歯髄幹細胞を同種移植した抜髄後歯髄再生)
全身麻酔を施した後、中高齢(5歳)及び若齢のイヌ上下顎前歯部に抜髄処置を行い、根尖部まで#50~55で拡大後、5%次亜塩素酸ナトリウム溶液と3%過酸化水素水で交互洗浄後、さらに生理食塩水で洗浄し、ペーパーポイントで根管内を完全乾燥、止血した後、セメントとレジンにて完全に仮封した。抜髄処置7-14日後、仮封をはずし、再度交互洗浄、生理食塩水で洗浄後、スメアクリーンを2分反応させ、さらに生理食塩水で洗浄、乾燥させた。同種の膜分取歯髄幹細胞1×106個を40μlのscaffold(コーケンアテロコラーゲンインプラント、株式会社高研)にサスペンドし、さらにG-CSF(ノイトロジン、中外製薬)100μg/mlを3μlサスペンドして根管充填材を作成した。さらに、ALK5阻害剤(SB431542、200 ng)あるいはCCR3アンタゴニスト(SB328437、200 ng)を加えた根管充填材を根管内に気泡を入れないよう注意しながら注入した。その後、その上に止血用ゼラチンスポンジ(スポンジェル)を置き、セメント及びレジンにて窩洞を完全封鎖した。移植後14日後及び60日後に抜歯し、通法に従って縦断面の5μmパラフィン切片を作製し、H-E染色後形態観察を行った。それぞれの標本の歯髄再生量は1サンプルにつき、4枚の切片を測定し、3サンプル(14日標本)あるいは4サンプル(60日標本)の平均で表した。血管新生は、60日標本において、BS-1 lectinにて免疫染色し比較検討を行った。神経突起伸長は60日標本において、PGP9.5にて免疫染色し比較検討を行った。
【0061】
ALK5阻害剤あるいはCCR3アンタゴニストの含有された根管充填材を中高齢イヌの歯の抜髄後の根管内に注入したところ、14日後及び60日後、これらを含有しない根管充填材に比べて有意に歯髄組織再生量の増加がみられた(
図9、
図10)。ALK5阻害剤あるいはCCR3アンタゴニストを適応すると、血管新生密度(
図11)は、60日後において、ALK5阻害剤を含有した根管充填材を注入したものが、含有しない根管充填材に比べて有意に高かった(
図11Dの血管新生量を示すグラフ参照)。神経突起伸長(
図12)は、60日後において、CCR3アンタゴニストを含有した根管充填材を注入したものが、含有しない根管充填材に比べて有意に高かった(
図12Dの神経新生量を示すグラフ参照)。
【0062】
CCR3アンタゴニストの含有された根管充填材を若齢イヌの歯の抜髄後の根管内に注入したところ、14日後において、含有しない根管充填材に比べて歯髄組織再生量に有意な差はみられなかった(
図13)。すなわち、CCR3アンタゴニストは中高齢個体(中齢個体及び高齢個体の双方を含む概念である。)に特に有効であることが明らかとなった(
図13Cの歯髄組織再生量を示すグラフ参照)。また、ALK5阻害剤は中高齢個体に特に有効であるとが明らかとなった。CCR3アンタゴニスト、ALK5阻害剤、及び、CCL11中和抗体は、特に中高齢個体に有効であることが下記実施例において更に明らかにされる。
【0063】
[実施例4]
(イヌ中高齢個体にトリプシン前処理後歯髄幹細胞をALK5阻害剤あるいはCCR3アンタゴニストの含有された根管充填材を同種歯髄幹細胞とともに移植した抜髄後歯髄再生)
抜髄処置7-14日後、再度交互洗浄、生理食塩水で洗浄後、スメアクリーンを20秒反応させ、生理食塩水で洗浄、乾燥させた。さらに、フランセチンTパウダー(10 mgあたり結晶Trypsin 2,500 USP)(持田製薬株式会社)をナノバブル液にて50μg/ml(0.05%)に調整し、10分作用させ、生理食塩水にて洗浄、乾燥させた。実施例3と同様に、同種の膜分取歯髄幹細胞1×106個を40μlのscaffold(コーケンアテロコラーゲンインプラント)にサスペンドし、さらにG-CSF(ノイトロジン)100μg/mlを3μlサスペンドして根管充填材を作成した。さらに、その根管充填材にCCR3アンタゴニスト(SB328437、200 ng)を加えて抜髄後の根管内に注入した。移植後14日後に抜歯し、5μmパラフィン切片を作製し、H-E染色後形態観察を行った。
【0064】
トリプシン前処理後にさらにCCR3アンタゴニストの含有された根管充填材を中高齢イヌの歯の抜髄後の根管内に注入したところ、14日後において、前処理しない場合に比べて歯髄組織再生量に有意な差が認められた(
図14)。すなわち、ALK5阻害剤あるいはCCR3アンタゴニストはトリプシンと相加効果があると考えられる。
【0065】
[実施例5]
(ヒト中高齢歯髄幹細胞におけるCCL11中和抗体及びCCR3アンタゴニストの効果)
1.歯髄幹細胞培養
同意を得た後に、高齢者 (60、70歳)及び若齢者 (19、26歳)の第3大臼歯より歯髄を取り出し、Hanks液中で細切後、37℃1時間、0.04mg/mlリベラーゼ溶液 (Roche diagnostics, Pleasanton, CA, USA) にて酵素消化して歯髄細胞を分離し、10%ヒト血清含有DMEM (D6429) (Sigma-Aldrich, St. Louis, MO, USA) に、2~4×104/mlの細胞濃度で35mm dishに播種した。以後、培地は、2~3日ごとに交換し、70%コンフルエントになった時に継代した。細胞剥離には、TrypLETM Select (Life Technologies, Carlsbad, CA, USA)を使用した。
【0066】
2.Real-time RT-PCR
Trizol (Life Technologies)を用いて、各種細胞からtotal RNAを抽出し、DNase (Roche diagnostics) 処理後、ReverTra Aceα (TOYOBO, Tokyo, Japan)にてFirst-strand cDNAを合成した。Real-time RT-PCRは、CCL11 mRNAについてはPowerUpTM SYBRTM Green master mix (Applied Biosystems, Foster City, CA, USA)、他の遺伝子についてはPower SYBRTM Green master mix (Applied Biosystems)を用いて、Applied Biosystems 7500 Real-time PCR system (Applied Biosystems)にて、増幅・検出した。Real-time RT-PCRの反応条件は、95℃15秒、65℃1分を1サイクルとし、40サイクル行った。用いたプライマーの塩基配列は、表に示す通りである。増幅した遺伝子のmRNA発現はβ-actin mRNAにて補正した。
【0067】
【0068】
3.CCL11中和抗体処理による歯髄幹細胞のCCL11タンパク発現変化の解析
細胞の上清を除去し、PBS (-)にて数回洗浄後、血清非存在下、CCL11中和抗体(anti-CCL11/Eotaxin antibody) (MAB320, R&D systems, Minneapolis, MN, USA) (5%Trehalose-PBSに溶解、ストック濃度500μg/ml)含有DMEMに交換 (終濃度10μg/mlになるよう添加) 後、48時間培養した。vehicleコントロールとして、0.1%Trehalose-PBS含有DMEM (CCL11中和抗体のストック濃度は500μg/mlである。終濃度10μg/mlになるよう添加すると、Trehaloseは培養液中に0.1%添加されることになるので、0.1%になるようTrehalose-PBSを添加した。)にて48時間培養した。その後、培養液を除去し、PBS (-)にて洗浄、非還元の1×Sample Buffer (β-mercaptoethanol非含有)に細胞を溶解して、95℃で5分間加熱し、サンプルを作製した。BCA 法にてタンパク濃度を測定後、使用した。
【0069】
12%TGXTM FastCastTM Acrylamide Kit (BIO-RAD, Hercules, CA, USA)を使用して電気泳動し、PVDFメンブレン (Millipore, Billerica, MA, USA)にセミドライ式ブロッティング装置 (BIO-RAD)にてブロットを行った。5%スキムミルク-PBS+0.05%Tween20にてメンブレンのブロッキングを行い、一次抗体としてCCL11中和抗体 (anti-CCL11/Eotaxin antibody;MAB320,R&D systems) (1:500)と4℃で一晩反応させた。二次抗体として、抗マウスIgG-HRP linked抗体 (Cell Signaling, Beverly, MA, USA) (1;1,000)と4℃で2時間反応後、LuminataTM Forte Western HRP Substrate (Millipore)にて化学発光させ、Light-Capture II cooled CCD camera system (Atto Corp., Tokyo, Japan)にてバンドを検出した。内部コントロールとしてβ-actinの発現を調べた。β-actinの検出の際、作製した非還元状態のサンプルにβ-mercaptoethanolを必要量添加、95℃5分間加熱後、サンプルとして使用した。電気泳動からブロッキングまでは同様に行い、一次抗体として、抗β-actin抗体 (RB-9421, NeoMarkers, Fremont, CA, USA) (1;1,000)を4℃にて一晩反応させた。二次抗体として、抗ウサギIgG-HRP linked抗体 (Cell Signaling)を使用し、化学発光、バンド検出は、同様に行った。
【0070】
継代数の増加に伴ってp16 mRNA発現が増加すると、CCL11 mRNA発現も増加することがわかった (
図15A)。このことから、CCL11が細胞老化と関連していることが示唆された。さらに、中高齢個体由来の細胞では、CCL11の受容体であるCCR3発現が増加することで、その感受性が上がることが報告(Wang H et al. Invest Ophthalmol Vis Sci.2011)されていることから、長期継代に伴うCCR3 mRNA発現変化についてもReal-time RT-PCRにて解析した。その結果、短期継代 (6~10代)では、ドナーの年齢とCCR3 mRNA発現の間に相関は見られなかったが (data not shown)、いずれの年齢でも長期継代 (19~21代)することで、CCR3 mRNA発現が増加した (
図15B)。
【0071】
4.CCL11中和抗体の前処理による歯髄幹細胞のin vitroにおける遊走能の変化の検討
長期継代した歯髄幹細胞に血清非存在下にてCCL11中和抗体を添加して培養することで、歯髄幹細胞培養上清に対する遊走能に変化が見られるかどうかを検討した。
【0072】
歯髄幹細胞培養上清は、ヒト若齢 (30歳)歯髄幹細胞の培養液を除去し、PBS(-)にて数回洗浄後、血清非含有DMEMに交換し、24時間培養後、培養上清を回収し、細胞成分を遠心にて除去後、Amicon Ultra-15 Centrifugal Filter Unit) (Millipore)にて約50倍に遠心濃縮し、Bradford 法にてタンパク濃度を測定し、使用した。
【0073】
長期継代した若齢歯髄幹細胞 (hpt009 DPSCs 19th)に、血清非存在下にてCCL11中和抗体 (終濃度10μg/ml)、あるいはvehicleとして0.1%Trehalose-PBS含有DMEMにて48時間培養した。その後、細胞を剥離し、TAXIScan-FL (Effector Cell Institute, 東京) を用いて、歯髄幹細胞培養上清に対する遊走能を解析した。すなわち、6μmの孔のsilicon及びガラスプレートの間に細胞の大きさに最適化 (8mm)したチャンネル内の一端に細胞 (105cells/mlを1μl) を注入し、4.5μgの歯髄幹細胞培養上清を、濃度勾配を形成させるように反対側に入れた。Video像から3時間ごとの遊走細胞数を24時間まで計測した。
【0074】
その結果、歯髄幹細胞をCCL11中和抗体で前処理することによって、CCL11タンパク発現が低下することがわかった (
図16A)。
【0075】
次に、血清非存在下、CCL11中和抗体で48時間前処理した後、遊走能を解析した。長期継代したヒト中高齢由来歯髄幹細胞を用いたところ、遊走されてくる細胞そのものが少なく解析が困難であったことから、長期継代した若齢由来の歯髄幹細胞を用いた。その結果、CCL11中和抗体で前培養した細胞の方が、Trehaloseで前培養した細胞より遊走能が増加していた (
図16B)。
【0076】
[実施例6]
(中高齢マウス異所性歯髄再生モデルを用いたCCL11中和抗体効果)
1.マウス歯根異所性移植モデルに対する浸透圧ポンプによるCCL11中和抗体の持続注入
抜歯したブタ前歯(下顎側切歯)を6mm幅にカットし、根管を2mmまで拡大した。その後、片方をリン酸亜鉛セメントにて封鎖し、移植片を作成した。移植片に対しコラーゲンTE(新田コラーゲン)と5×105 cellsブタ歯髄膜分取細胞を注入した。37℃にてインキュベートした後、深麻酔下でそれぞれ4匹の若齢(5週齢)及び中高齢(40~50週齢)のSCIDマウス(日本クレア)腹部皮下に移植した。また同時に背部皮下に、一日当たり50μg/kgのCCL11中和抗体(R&D systems)または20 μg/mlのトレハロースを浸透圧ポンプ(ALZET)にて持続投与を行った。
【0077】
移植後21日にて、マウスを深麻酔下で4%パラホルムアルデヒド(PFA)にて還流固定し、移植片を回収した。移植片はPFAにて24時間浸漬固定し、カルキトックス(WAKO)にて7日間脱灰後5μm厚さのパラフィン切片とした。まず、再生組織量を比較するために、切片をHE染色し、光学顕微鏡にて観察し、根管面積中の歯髄再生量を計測した。さらに、再生組織の石灰化面積を比較するために、切片をマッソン・トリクローム染色し、光学顕微鏡にて観察し、再生歯髄中の石灰化面積を計測した。再生組織の血管新生密度を比較するために、切片をlectin(Vector)にて蛍光免疫組織染色し、蛍光顕微鏡にて観察し、再生組織面積と新生血管面積を計測した。
【0078】
2.血中CCL11濃度比較
術前、後の中高齢マウス及び若齢マウスより、アニマルランセット(バイオリサーチ)にて血液500μlを採取した。その後、ELISA法にて血中CCL11濃度を測定、比較した。
【0079】
血中CCL11濃度比較の結果を
図17に示す。中高齢マウスでは若齢マウスと比較して術前のCCL11の血中濃度は有意に高かったが、術後21日の時点においては若齢と差がなくなっていた。
【0080】
マウス歯根異所性移植モデルに対する浸透圧ポンプによるCCL11中和抗体の持続注入を行い再生量の変化を検討した結果を
図18に示す。中高齢マウスの歯髄再生量は若齢マウスよりも有意に低かった(
図18A,C)。また中高齢マウスの再生歯髄には石灰化像あるいは炎症像が見られ、これらの所見は若齢マウスの再生歯髄では見られなかった。CCL11中和抗体を持続投与することにより、中高齢マウスの歯髄再生量は未投与群と比較して有意に多くなった(
図18C,D,K)。若齢マウスにおける比較では、投与群の歯髄再生量は未投与群と比較して有意に減少していた(
図18A,B,K)。また、抗体のバッファーであるトレハロースの浸透圧ポンプによる持続投与を行っても、若齢、中高齢マウスともに歯髄再生量に変化はなかった(
図18E)。
【0081】
投与前後での血管新生密度、基質化面積の変化の検討の結果を
図19に示す。中高齢マウスへの移植による再生歯髄において、CCL11中和抗体持続投与群では、新生血管密度は未投与群と比較して有意に多くなり、若齢マウスの密度と有意な差がなくなった(
図19A-D、I)。さらに、未投与群で見られた基質化像や炎症像が抑えられているものの、若齢マウスへの移植による再生歯髄の基質化面積とは有意な差があった(
図19E-H、J)。一方、若齢マウスにおける投与前後の比較では、血管新生密度及び基質化面積に有意な差は認められなかった。
【0082】
3. 再生歯髄中のM1及びM2マクロファージ細胞数及びM1/M2比
抜歯したブタ前歯(下顎側切歯)を6mm幅にカットし、根管を2mmまで拡大する。その後、片方をリン酸亜鉛セメントにて封鎖し、移植片を作成した。移植片に対しコラーゲンTE(新田コラーゲン)とブタ歯髄膜分取細胞を注入した。37℃にてインキュベートした後、深麻酔下でそれぞれ4匹の若齢(5週齢)及び中高齢(40~50週齢)のSCIDマウス(日本クレア)腹部皮下に移植した。また同時に背部皮下に、一日当たり50μg/kgのCCL11中和抗体(R&D systems)または20 μg/mlのトレハロースを浸透圧ポンプ(ALZET)にて持続投与した。
【0083】
移植後7日にて移植片を回収し、PFAにて固定、脱灰後5μmの厚さのパラフィン切片を作成した。各切片に対し、M1マクロファージのマーカーとしてCD68 (abcam) 及びCD11c (abcam) を、またM2マクロファージに対するマーカーとしてCD68及びCD206 (abcam)を免疫染色した。さらにM1/M2比を算出し比較した。
【0084】
その結果、異所性歯根移植歯髄再生モデルにおいて、中高齢マウスの再生歯髄中にはCD68/CD11c陽性のM1マクロファージ細胞が多くみられていたが、CCL11中和抗体の持続投与群の再生歯髄中では、その陽性細胞数は抑えられた(
図20C, D, I)。また、CD68/CD206(mannose receptor)陽性のM2マクロファージ陽性細胞数は未投与群、投与群に大きな差はなかった(
図20G, H, J)。一方、若齢マウスにおいては未投与群、投与群ともにM1マクロファージが中高齢よりも少なく、M2マクロファージ細胞数が多くみられた(
図20A, B, E, F, I, J)。次に、CCL11中和持続投与後の再生歯髄と未投与の再生歯髄のM1/M2比を測定し比較した。その結果、投与後の中高齢マウスの再生歯髄においては減少していることが判明した(
図20K)。従ってCCL11中和抗体の投与によって、中高齢マウスの再生歯髄中において炎症反応が抑えられ、相対的に再生・修復反応が促進しやすい環境になったといえる。
【0085】
[実施例7]
(ヒト老化歯根膜細胞におけるALK5阻害剤及びCCR3アンタゴニストの効果)
1. ヒト歯根膜細胞におけるALK5阻害剤及びCCR3アンタゴニスト添加による
CCL11, CCR3, GDF11 mRNA発現の変化
ヒト歯根膜細胞5代目を10%FBS含有DMEM中に2×104cells/mlでコラーゲンコートの35mm dish(IWAKI)に播種し、9時間後にALK5阻害剤(SB431542)を最終濃度5 ng/μl、10 ng/μl及び30 ng/μlで添加した。また、CCR3アンタゴニスト(SB328437)を最終濃度5 ng/μl、10 ng/μl及び30 ng/μlで添加した。32時間後、mRNAを抽出し、CCL11、CCR3及びGDF11のreal-time RT-PCRを行った。
【0086】
【0087】
その結果、ALK5阻害剤(SB431542)及びCCR3アンタゴニスト(SB328437)により、CCL11のmRNA発現は完全に抑制された。また、CCR3アンタゴニスト(SB328437)により、CCR3のmRNA発現は完全に抑制された。さらに、ALK5阻害剤によりGDF11 mRNAは5倍発現が上昇した。
【0088】
2. ヒト老化歯根膜細胞におけるALK5阻害剤及びCCR3アンタゴニスト添加による老化マーカー発現の変化
ヒト歯根膜細胞11代目を10%FBS含有DMEM中に2×104cells/mlでコラーゲンコートの35mm dish(IWAKI)に播種し、20時間後にALK5阻害剤(SB431542)を最終濃度5 ng/μl、及び10 ng/μlで添加した。また、CCR3アンタゴニスト(SB328437)を最終濃度5 ng/μl、及び10 ng/μlで添加した。48時間後、mRNAを抽出し、老化マーカー p16, p53, IL6, IL1β, IL8, TNFα (表4)のreal-time RT-PCRを行った。
【0089】
【0090】
その結果、ALK5阻害剤及びCCR3アンタゴニストにより、老化マーカーのp16, IL6, IL1β, およびIL 8,mRNA発現は有意に抑制された。また、ALK5阻害剤によりTNFα mRNA発現は有意に抑制された (表5)。よって、ALK5阻害剤及びCCR3アンタゴニストは老化した細胞の老化を抑制し、細胞の免疫調整能を回復することが示唆された。
【0091】
【0092】
3. ヒト老化歯根膜細胞におけるALK5阻害剤及びCCR3アンタゴニスト添加によるTrophic因子発現の変化
2と同様のmRNAを用いて、Trophic因子VEGF, BDNF, NGF, MCP1 (下表)のreal-time RT-PCRを行った。
【0093】
【0094】
その結果、ALK5阻害剤及びCCR3アンタゴニストにより、trophic 因子発現はほとんど有意な変化はみられなかった(表6)。よって、ALK5阻害剤及びCCR3アンタゴニストは老化した細胞に対して、血管新生・神経栄養因子発現に影響を与えない可能性が示唆された。
【0095】
【0096】
4. ヒト老化歯根膜細胞におけるALK5阻害剤及びCCR3アンタゴニスト添加による遊走能関連因子発現の変化
2と同様のmRNAを用いて、遊走能関連因子発現MMP9, MMP3, 及びMMP2 (表8)のreal-time RT-PCRを行った。
【0097】
【0098】
その結果、ALK5阻害剤及びCCR3アンタゴニストにより、遊走関連因子MMP9の発現の減少がみられた(表9)。よって、ALK5阻害剤及びCCR3アンタゴニストは老化した細胞に対して、遊走能を抑制する可能性が示唆された。
【0099】
【0100】
5. ヒト老化歯根膜細胞におけるALK5阻害剤及びCCR3アンタゴニスト添加による遊走能の変化
ヒト歯根膜細胞11代目を10%FBS含有DMEM中に2×104cells/mlでコラーゲンコートの35mm dish(IWAKI)に播種し、20時間後にALK5阻害剤(SB431542)を最終濃度10 ng/μlで添加した。また、CCR3アンタゴニスト(SB328437)を最終濃度5 ng/μlで添加した。48時間後細胞をはがし、TAXIscan-FL(Effector Cell Institute, Tokyo)を用いてReal-time 水平化学走化性分析を行い、遊走能を測定した。すなわち、6μmの孔のあいたsilicon及びガラスプレートの間に、細胞の大きさに最適化(8μm)されたチャンネルを形成し、各チャンネルの一端にそれぞれ処理した歯根膜細胞(105cells/mlを1μl)を注入した(n=4)。10ng/μlのSDF1を1μlずつ、一定濃度勾配を形成させるように反対側に入れた。遊走のビデオ画像から、12時間後の遊走細胞数を計測した。
【0101】
その結果、老化歯根膜細胞は、ALK5阻害剤あるいはCCR3アンタゴニストを添加した場合、有意に遊走能の減少がみられた(表10)。
【0102】
【0103】
[実施例8]
(ヒト老化歯髄幹細胞培養上清にALK5阻害剤及びCCR3アンタゴニストを添加した場合のtrophic効果の変化)
1. ヒト歯髄幹細胞の培養上清の濃縮
ヒト未分取歯髄幹細胞22代目を、50%コンフルエントの状態にして無血清培地に変え、24時間後に培養上清を回収した。その上清を、3-kDa 分子カットの Amicon Ultra-15 Centrifugal Filter Unit with Ultracel-3 membrane (Millipore, Billerica, MA)を用いて、約40 倍に濃縮し、proteinase inhibitors (HaltTM proteinase inhibitor cocktail EDTA-free, Thermo Scientific, Rockford, IL, USA)を入れて分注し、-80℃で保存した。蛋白量はBradfordUltraTM (Expedeon, Cambridge, UK)にて測定した。
【0104】
2. ヒト老化歯髄幹細胞培養上清にALK5阻害剤及びCCR3アンタゴニストを添加した場合の血管誘導能の変化
HUVEC(Human UmbilicalVein Endothelial Cells,ヒト臍帯静脈内皮細胞)(clone7F3415)(Lonza)を10%FBS含有EGM2(Lonza)で培養した。その後、血管誘導培地として2%FBS, 5 μg/ml heparin (Lonza), 5 μg/ml ascorbic acid (Lonza), 5 μg/ml hydrocortisone (Lonza) を含有するDMEMに対して、1で作製した培養上清 (5 μg/ml proteins) を添加し、さらにALK5阻害剤(SB431542、10 ng/μl)あるいはCCR3アンタゴニスト(SB328437、5 ng/μl)を用意した。その培地でHUVECを1×103 cells/mlとなるよう懸濁し、マトリゲルmatrigel (BD Biosciences, San Jose, CA)上に播種し、培養した。5時間後の血管新生促進効果を倒立顕微鏡(Leica, 6000B-4, Leica Microsystems GmbH, Wetzlar, Germany)下で観察し、索状あるいは管状の管腔形成の長さとしてSuite V3 software (Leica)を用いて定量測定した。
【0105】
その結果、老化歯髄幹細胞の培養上清は、ALK5阻害剤を添加した場合、有意に血管新生誘導を促進した(
図21、表11)。
【0106】
【0107】
3. ヒト老化歯髄幹細胞培養上清にALK5阻害剤及びCCR3アンタゴニストを添加した場合の神経突起伸長作用の変化
TGW細胞(神経芽細胞腫細胞株、human neuroblastoma cell)に対して、1で作製した培養上清 (5 μg/ml proteins) を添加し、さらに、ALK5阻害剤(SB431542、10 ng/μl)及びCCR3アンタゴニスト(SB328437、5 ng/μl)を添加した。ネガティブコントロールとして培養上清のみ添加するもの、ポジティブコントロールとして50 ng/mlGDNF(Peproteck)を添加したものを用いた。48時間後の神経突起伸長を倒立顕微鏡(Leica)にて観察、測定した。
【0108】
その結果、老化歯髄幹細胞の培養上清は、ALK5阻害剤あるいはCCR3アンタゴニストを添加した場合、有意に神経突起伸長を促進した(
図22、表12)。
【0109】
【0110】
4. ヒト老化歯髄幹細胞培養上清にALK5阻害剤及びCCR3アンタゴニストを添加した場合の遊走促進作用の変化
ヒト歯髄細胞4代目を10%FBS含有DMEM中に2×104cells/mlで10cm dish(FALCON)に播種し、48時間後細胞をはがし、TAXIscan-FL(Effector Cell Institute, Tokyo)を用いてReal-time 水平化学走化性分析を行い、遊走能を測定した。すなわち、6μmの孔のあいたsilicon及びガラスプレートの間に、細胞の大きさに最適化(8μm)されたチャンネルを形成し、各チャンネルの一端にそれぞれ処理した歯髄細胞(105cells/mlを1μl)を注入した(n=4)。コントロールとしてなにもいれないもの1で作製した培養上清(5 μg/ml proteins)を1μlずついれたもの、培養上清1μlにALK5阻害剤(SB431542)20mg/mlを1μlずついれたもの、培養上清1μlにCCR3アンタゴニスト(SB328437)20mg/mlを1μlずついれたものを一定濃度勾配を形成させるように反対側に入れた。遊走のビデオ画像から、12時間後の遊走細胞数を計測した。
【0111】
その結果、歯髄細胞は、G-CSFにCCR3アンタゴニストを添加した場合、有意に遊走能の増加がみられた(
図23、表13)。
【0112】
【産業上の利用可能性】
【0113】
歯組織再生に利用可能である。
【配列表フリーテキスト】
【0114】
配列番号1~40:プライマー
【配列表】