(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-27
(45)【発行日】2022-08-04
(54)【発明の名称】既存建物の制振補強方法
(51)【国際特許分類】
E04G 23/02 20060101AFI20220728BHJP
E04H 9/02 20060101ALI20220728BHJP
F16F 15/02 20060101ALI20220728BHJP
【FI】
E04G23/02 D
E04H9/02 341E
F16F15/02 C
(21)【出願番号】P 2018173506
(22)【出願日】2018-09-18
【審査請求日】2020-12-10
(73)【特許権者】
【識別番号】000003621
【氏名又は名称】株式会社竹中工務店
(74)【代理人】
【識別番号】100154726
【氏名又は名称】宮地 正浩
(72)【発明者】
【氏名】前田 達彦
(72)【発明者】
【氏名】佐分利 和宏
(72)【発明者】
【氏名】増田 寛之
(72)【発明者】
【氏名】松田 拓己
【審査官】山口 敦司
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-211360(JP,A)
【文献】特許第3972892(JP,B2)
【文献】特開2010-261240(JP,A)
【文献】特開平01-250568(JP,A)
【文献】特開2007-204960(JP,A)
【文献】特開昭50-038340(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
E04G 23/02
E04H 9/02
F16F 15/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多層階を有する既存建物の制振補強方法であって、
前記既存建物の撤去対象部位を撤去して前記既存建物の質量を減少させる減築工程と、
マスを有するマスダンパを前記既存建物に設置するマスダンパ設置工程と、
を備え、
前記減築工程において、前記撤去対象部位を撤去して現出された撤去空間を含むように前記既存建物にダンパ設置空間が構成され、
前記マスダンパ設置工程において、前記ダンパ設置空間に前記マスダンパが設置され、
前記撤去対象部位が、前記既存建物の内部の床構造部の一部であり、
前記マスダンパが、前記床構造部よりも下方側に配置された前記マスと、前記撤去対象部位を撤去して現出された前記撤去空間を通して前記床構造部よりも上方側から前記マスを吊り下げる吊り材とから構成される既存建物の制振補強方法。
【請求項2】
多層階を有する既存建物の制振補強方法であって、
前記既存建物の撤去対象部位を撤去して前記既存建物の質量を減少させる減築工程と、
マスを有するマスダンパを前記既存建物に設置するマスダンパ設置工程と、
を備え、
前記減築工程において、前記撤去対象部位を撤去して現出された撤去空間を含むように前記既存建物にダンパ設置空間が構成され、
前記マスダンパ設置工程において、前記ダンパ設置空間に前記マスダンパが設置され、
前記撤去対象部位が、平面視で前記既存建物の複数箇所に分散配置され、
前記減築工程において、複数箇所の前記撤去対象部位を撤去して前記既存建物に複数の前記ダンパ設置空間が構成され、
前記マスダンパ設置工程において、
前記既存建物の平面視の重心が制振補強の前後で変化しないように、複数の前記ダンパ設置空間の夫々に
、個々の前記ダンパ設置空間に対応する個々の前記撤去対象部位の質量と同程度の質量の前記マスを有する前記マスダンパが設置される制振補強方法。
【請求項3】
前記マスの質量が、前記撤去対象部位の質量と同程度以下に設定される請求項
1記載の既存建物の制振補強方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多層階を有する既存建物の制振補強方法に関する。
【背景技術】
【0002】
マス(質量体)と吊り材等で構成されるTMD(チューンド・マス・ダンパ)等のマスダンパを建物の上層部に設置して構成された制振建物が知られている(例えば、特許文献1参照)。このようなマスダンパを既存建物に追加して設置すれば、マスダンパの制振作用により地震や風等による既存建物の振動を抑制することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上述した既存建物の制振補強方法では、マスダンパの制振作用により地震や風等による既存建物の振動を抑制できる反面、マスを追加する分だけ既存建物の質量が増加して地震時に既存建物に作用する地震力が増加する不都合があり、既存建物の振動対策としては、未だ改善の余地があった。
【0005】
本発明は、上述の如き実情に鑑みてなされたものであって、その主たる課題は、地震時に既存建物に作用する地震力の増加を抑制しながら既存建物にマスダンパを設置することができ、既存建物の振動対策を効果的に行える既存建物の制振補強方法を提供する点にある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1特徴構成は、多層階を有する既存建物の制振補強方法であって、
前記既存建物の撤去対象部位を撤去して前記既存建物の質量を減少させる減築工程と、
マスを有するマスダンパを前記既存建物に設置するマスダンパ設置工程と、
を備え、
前記減築工程において、前記撤去対象部位を撤去して現出された撤去空間を含むように前記既存建物にダンパ設置空間が構成され、
前記マスダンパ設置工程において、前記ダンパ設置空間に前記マスダンパが設置され、
前記撤去対象部位が、前記既存建物の内部の床構造部の一部であり、
前記マスダンパが、前記床構造部よりも下方側に配置された前記マスと、前記撤去対象部位を撤去して現出された前記撤去空間を通して前記床構造部よりも上方側から前記マスを吊り下げる吊り材とから構成される点にある。
【0007】
本構成によれば、減築工程にて撤去対象部位を撤去して既存建物の質量を減少させるとともに、マスダンパ設置工程にてマス(質量体)を有するマスダンパを既存建物に設置するので、既存建物の撤去対象部位の質量をマスダンパのマスの質量に割り当てることができ、制振補強による既存建物の質量の増加を抑制することができる。よって、地震時に既存建物に作用する地震力の増加を抑制しながら既存建物にマスダンパを設置することができ、既存建物の振動対策を効果的に行うことができる。
【0011】
また、本構成によれば、減築工程にて既存建物の質量を減少させるために撤去対象部位を撤去して現出された撤去空間を有効に活用して効率良くダンパ設置空間を構成することができる。そして、その効率良く構成したダンパ設置空間に対してマスダンパ設置工程にてマスダンパを設置することができる。よって、既存建物の制振補強を効率良く行うことができる。
【0013】
更に、本構成によれば、マスと吊り材とからなるマスダンパとして、既存建物の階高を越える吊り長さを有した振り子周期の長いマスダンパを設置することができる。よって、既存建物の建物周期が長い場合でもマスダンパの振り子周期を同調させることが可能となり、建物周期の長い既存建物の制振補強も効果的に行うことができる。
【0014】
本発明の第2特徴構成は、多層階を有する既存建物の制振補強方法であって、
前記既存建物の撤去対象部位を撤去して前記既存建物の質量を減少させる減築工程と、
マスを有するマスダンパを前記既存建物に設置するマスダンパ設置工程と、
を備え、
前記減築工程において、前記撤去対象部位を撤去して現出された撤去空間を含むように前記既存建物にダンパ設置空間が構成され、
前記マスダンパ設置工程において、前記ダンパ設置空間に前記マスダンパが設置され、
前記撤去対象部位が、平面視で前記既存建物の複数箇所に分散配置され、
前記減築工程において、複数箇所の前記撤去対象部位を撤去して前記既存建物に複数の前記ダンパ設置空間が構成され、
前記マスダンパ設置工程において、前記既存建物の平面視の重心が制振補強の前後で変化しないように、複数の前記ダンパ設置空間の夫々に、個々の前記ダンパ設置空間に対応する個々の前記撤去対象部位の質量と同程度の質量の前記マスを有する前記マスダンパが設置される点にある。
【0015】
本構成によれば、減築工程にて撤去対象部位を撤去して既存建物の質量を減少させるとともに、マスダンパ設置工程にてマス(質量体)を有するマスダンパを既存建物に設置するので、既存建物の撤去対象部位の質量をマスダンパのマスの質量に割り当てることができ、制振補強による既存建物の質量の増加を抑制することができる。よって、地震時に既存建物に作用する地震力の増加を抑制しながら既存建物にマスダンパを設置することができ、既存建物の振動対策を効果的に行うことができる。
また、本構成によれば、減築工程にて既存建物の質量を減少させるために撤去対象部位を撤去して現出された撤去空間を有効に活用して効率良くダンパ設置空間を構成することができる。そして、その効率良く構成したダンパ設置空間に対してマスダンパ設置工程にてマスダンパを設置することができる。よって、既存建物の制振補強を効率良く行うことができる。
更に、本構成によれば、既存建物の平面的な構造・重量バランスを維持しながら、既存建物内に複数箇所にマスダンパを分散させてバランス良く配置することができ、多層階を有する既存高層建物の制振補強を更に効果的に行うことができる。
本発明の第3特徴構成は、前記マスの質量が、前記撤去対象部位の質量と同程度以下に設定される点にある。
本構成によれば、既存建物の質量を制振補強前の質量と同程度以下としながら既存建物にマスダンパを設置することができ、既存建物の振動対策を一層効果的に行える。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図2】制振補強後の既存建物の縦断面を模式的に示す図
【
図3】制振補強後の既存建物の撤去対象階の平面を模式的に示す図
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の既存建物の制振補強方法の実施形態を図面に基づいて説明する。
図1は、多層階を有する補強対象の既存建物EBを示しており、図示例では、12層階を有する12階建ての高層建物を例に挙げている。既存建物EBは、例えば、ラーメン構造にて構成されており、構造躯体として、基礎3の上に柱1や床構造部2等を設置して構成されている。床構造部2は、梁や床スラブ等から構成されている。なお、既存建物EBは、勿論、ラーメン構造に限らず、柱1や梁を使用せずに壁体と床スラブとを接合して造られる壁式構造等であってもよい。
【0018】
そして、この制振補強方法では、
図2に示すように、既存建物EBの一部を撤去して既存建物EBの質量を減少させる減築工程と、マス5Aを有するマスダンパ5を既存建物EBに設置するマスダンパ設置工程と、を実行する。本実施形態では、マス5Aの質量は、撤去対象部位Rの質量と同程度以下に設定される。このようにすることで、既存建物EBの質量を制振補強前の質量と同程度以下にして地震時に既存建物に作用する地震力の増加を抑制しながら既存建物EBにマスダンパ5を設置することができ、既存建物EBの振動対策(特に地震対策)を効果的に行うことができる。
【0019】
また、この制振補強方法では、
図2に示すように、マスダンパ設置工程において、減築工程で撤去対象部位R(
図1参照)を撤去して構成されたダンパ設置空間Sにマスダンパ5を設置するようにしている。そのため、既存建物EBにマスダンパ5の設置のための空間を別途に形成する必要がなく、既存建物EBの制振補強を効率良く行うことができる。
以下、制振補強方法の各工程について説明を加える。
【0020】
(減築工程)
この減築工程では、
図2及び
図3に示すように、既存建物EBの一部の撤去対象部位R(
図1参照)を撤去して既存建物EBの質量を減少させる。既存建物EBの撤去対象部位Rは、既存建物EBの制振に必要となるマス5Aの質量に基づき、撤去対象部位Rの質量がマス5Aの必要質量以上となるよう設定される。
【0021】
また、本実施形態では、既存建物EBの撤去対象部位Rは、撤去後にマスダンパ5を設置するためのダンパ設置空間Sを構成するように設定される。換言すれば、撤去対象部位Rを撤去して現出された撤去空間Srを含むようにダンパ設置空間Sが構成される。
図示の例では、マスダンパ5が、マス5Aと当該マス5Aの振り子周期を決定する吊り材5Bとから構成されているのに対して、既存建物EBの制振に必要となる吊り材5Bの長さに基づき、撤去後にマスダンパ5を適切に設置できる大きさのダンパ設置空間Sを形成するように撤去対象部位Rが設定される。
【0022】
具体的には、
図1及び
図2に示すように、撤去対象部位Rは、最上階側の複数階(図示例では最上階とその直下階の二つの階)に亘って平面視で同一位置に配置された床構造部2の一部(本例では、梁を除く床スラブの一部)に設定され、それらを撤去して現出された撤去空間Srを含む複数階分の階高(図示例では三階分の階高)を有するダンパ設置空間(吹き抜け空間)Sを形成するようになっている。
【0023】
更に、
図3に示すように、撤去対象部位R(撤去空間Sr)は、平面視で既存建物EBの四隅(既存建物EBの複数箇所の一例)に分散配置されており、撤去後に上述した複数階分の階高(図示例では三階分の階高)を有するダンパ設置空間Sを平面視で既存建物EBの四隅に形成するようになっている。
【0024】
(マスダンパ設置工程)
このマスダンパ設置工程では、
図2及び
図3に示すように、減築工程にて撤去した撤去対象部位R(
図1参照)の合計の質量と同程度(同程度以下の一例)の合計の質量のマス5Aを有するマスダンパ5を既存建物EBに設置する。
本実施形態では、減築工程にて平面視で既存建物EBの四隅に分散配置された複数の撤去対象部位Rを撤去して構成された複数のダンパ設置空間Sの夫々に、個々の撤去対象部位Rの質量と同程度(同程度以下の一例)の個々の質量のマス5Aを有するマスダンパ5を設置することで、既存建物EBの平面視の重心が制振補強の前後で変化しないようにしている。
【0025】
なお、例えば、減築工程において、撤去対象部位R(撤去空間Sr)を、平面視だけでなく、側面視でも分散配置し、同様に、複数の撤去対象部位Rを撤去して構成された複数のダンパ設置空間Sの夫々に、個々の撤去対象部位Rの質量と同程度(同程度以下の一例)の個々の質量のマス5Aを有するマスダンパ5を設置することで、既存建物EBの平面視及び側面視の重心が制振補強の前後で変化しないようにしてもよい。
【0026】
マスダンパ5は、本実施形態では、吊り下げ式のTMD(チューンド・マス・ダンパ)として構成され、例えば、夫々のダンパ設置空間Sにおいて、撤去対象部位Rを構成する複数層の床構造部2(図示例では最上階とその直下階の二層の床構造部2)よりも下方側に配置されたマス5Aと、撤去対象部位Rを撤去して現出された撤去空間Srを通して撤去対象部位Rを構成する複数層の床構造部2よりも上方側からマス5Aを吊り下げる複数本(例えば4本)の吊り材5Bとから構成される。なお、マスダンパ5には、マス5Aの振動に減衰力や制限等を加えるダンパ等を付設してもよい。
【0027】
次に、既存建物EBの撤去対象部位R、マス5Aのサイズ、吊り材5Bの長さの夫々の設定例について説明する。本実施形態では、マス5Aの必要質量を既存建物EBの有効質量の3%程度とするべく、マス5Aの重量(全体重量)Mmを既存建物EBの重量Mbの1%程度に設定する場合を例に挙げる。なお、以下の設定例は、あくまで一例であり、どのように設定するかは適宜に変更することができる。
【0028】
例えば、既存建物EBの重量Mbが25,571tの場合には、必要とするマス5Aの重量Mmを約2,500kN(=Mb×1/100)とする。
また、1つのマス5Aのサイズは、必要とするマス5Aの重量(全体重量)Mm、マス5Aの単位体積当たりの重量B(例えば、鋼材の場合で78kN/m3)、1つのマス5Aの揺動範囲や重量を考慮した設置箇所数C等を考慮し、8.0m3(=Mm/B/C)とする。
吊り材5Bの長さLは、マス5Aの振り子周期Tmを既存建物EBの建物周期Tbと同調させる場合で、建物周期Tbが5.0秒の場合には、単振り子の周期を求める式等の簡易な計算式(例えば、Tm=2π√(L/g))に対して、Tm=5.0,g=9.8)を代入し、6.2秒とする。
【0029】
そして、既存建物EBにおける各階の床構造部2の単位面積当たりの重量A(仕上げ、スラブ、積載物を含む)が約5kN/m2の場合には、撤去が必要となる撤去対象部位Rの最小面積Amを約500m2(=Mm/A)とし、それと同程度以上の面積Arを有する床構造部2の部位を撤去対象部位Rに設定する。このとき、マス5Aの設置箇所数C、及び、吊り材5Bの長さLに基づいて、複数のマスダンパ5が適切に設置できる大きさの複数のダンパ設置空間Sを構成するように撤去対象部位Rを設定する。
【0030】
〔別実施形態〕
本発明の他の実施形態について説明する。尚、以下に説明する各実施形態の構成は、それぞれ単独で適用することに限らず、他の実施形態の構成と組み合わせて適用することも可能である。
【0031】
(1)減築工程とマスダンパ設置工程の実行タイミングとして、例えば、減築工程の実行後にマスダンパ設置工程を実行したり、減築工程の実行中にマスダンパ設置工程を実行してもよく、両工程の実行タイミングは適宜に設定することができる。
【0032】
(2)前述の実施形態では、マス5Aの質量が、撤去対象部位Rの質量と同程度以下の一例として、撤去対象部位Rの質量と同程度に設定される場合を例に示したが、同程度よりも小に設定されてもよい。また、マス5Aの質量は、撤去対象部位Rの質量と同程度よりも大に設定されてもよい。
【0033】
(3)前述の実施形態では、マスダンパ5として、吊り材5Bでマス5Aを上方から吊り下げ支持する吊り下げ式のTMD(チューンド・マス・ダンパ)を例に示したが、レールや積層ゴム等でマス5Aを下方から支持する形式等のTMD等であってもよい。その場合には、ダンパ設置空間S(
図2では、複数階分の階高を有する吹き抜け空間)の最下階の床構造部2の上面等にマスダンパ5を設置することができる。
また、マスダンパ5は、TMDに限らず、AMD(アクティブ・マス・ダンパ)等であってもよく、マスを用いて制振可能な各種のマスダンパを用いることができる。
【0034】
(4)前述の実施形態では、マスダンパ5が、既存建物EBにおいて撤去対象部位Rを撤去して構成されたダンパ設置空間Sに設置される場合を例に示したが、既存建物EBに別途に形成した空間に設置されてもよい。
【0035】
(5)前述の実施形態では、既存建物EBの撤去対象部位Rを床構造部2とする場合を例に示したが、壁体や梁や柱等の既存建物EBの他の部位であってもよい。
【符号の説明】
【0036】
2 床構造部
5 マスダンパ
5A マス
5B 吊り材
EB 既存建物
R 撤去対象部位
S ダンパ設置空間
Sr 撤去空間