(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-28
(45)【発行日】2022-08-05
(54)【発明の名称】核酸構築物、医薬組成物、抗がん剤、抗ウイルス剤及び抗菌剤
(51)【国際特許分類】
C12N 15/55 20060101AFI20220729BHJP
A61K 31/7088 20060101ALI20220729BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20220729BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20220729BHJP
C12N 15/113 20100101ALI20220729BHJP
C12N 9/22 20060101ALN20220729BHJP
【FI】
C12N15/55 ZNA
A61K31/7088
A61K48/00
A61P35/00
C12N15/113 110Z
C12N9/22
(21)【出願番号】P 2020511128
(86)(22)【出願日】2019-03-29
(86)【国際出願番号】 JP2019014183
(87)【国際公開番号】W WO2019189827
(87)【国際公開日】2019-10-03
【審査請求日】2020-11-25
(31)【優先権主張番号】P 2018067565
(32)【優先日】2018-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】522239144
【氏名又は名称】株式会社クロバーナ
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 達男
(72)【発明者】
【氏名】荻野 景規
(72)【発明者】
【氏名】東出 望花
(72)【発明者】
【氏名】バンダル スリニバス
(72)【発明者】
【氏名】清水 由梨香
【審査官】西 賢二
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/219027(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/205764(WO,A1)
【文献】ABUDAYYEH, Omar O. et al.,RNA targeting with CRISPR-Cas13,Nature,2017年,Vol. 550,pp. 280-284, Supplementary Information
【文献】SU, Le et al.,Deconstruction of the SS18-SSX fusion oncoprotein complex: insights into disease etiology and therapeutics,Cancer Cell,2012年,Vol. 21,pp. 333-347; Supplemental Information
【文献】TERNS, Michael P.,CRISPR-Based Technologies: Impact of RNA-Targeting Systems,Mol. Cell,2018年11月01日,Vol. 72,pp. 404-412
【文献】ACUNZO, Mario et al.,Selective targeting of point-mutated KRAS through artificial microRNAs,Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A.,2017年,Vol. 114,pp. E4203-E4212
【文献】COX, David B. T. et al.,RNA editing with CRISPR-Cas13,Science,2017年,Vol. 358,pp. 1019-1027, Supplementary Material
【文献】KONERMANN, Silvana et al.,Transcriptome Engineering with RNA-Targeting Type VI-D CRISPR Effectors,Cell,2018年,Vol. 173,pp. 665-676, SUPPLEMENTAL INFORMATION,Published online: 2018 Mar 15
【文献】AMAN, Rashid et al.,RNA virus interference via CRISPR/Cas13a system in plants,Genome Biol.,2018年01月04日,Vol. 19: 1,pp. 1-9
【文献】ZAREE MAHMODABADY, Ali et al.,Bcr-abl silencing by specific small-interference RNA expression vector as a potential treatment for chronic myeloid leukemia,Iran. Biomed. J.,2010年,Vol. 14,pp. 1-8
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1又は複数の標的RNAに結合する少なくとも1種のガイドRNA部分と
Cas13ファミリータンパク質発現部分を含み、前記ガイドRNAは標的RNAの一本鎖領域(ss region)に結合し、前記標的RNAは、脊椎動物細胞のがん化に関連する突然変異を含むRNAであって、がん細胞で発現され、正常細胞では産生されないRNA(但し、前記突然変異はSNPとイントロンの突然変異を除く)であり、前記
Cas13ファミリータンパク質は脊椎動物細胞で作用し、前記ガイドRNA部分と前記標的RNAとがハイブリッドを形成し、前記
Cas13ファミリータンパク質により前記ハイブリッドRNAだけでなく、細胞質内の周辺にあるRNAを切断、分解することができるものである、核酸構築物
を含む組成物であって、
標的RNA及び細胞質内のその周辺にあるRNAを切断するための組成物。
【請求項2】
Cas13ファミリータンパク質がC2C2である、請求項
1に記載の
組成物。
【請求項3】
ガイドRNAが脊椎動物細胞のがん化に関連する突然変異を含むRNAを標的とする、請求項1
又は2に記載の
組成物。
【請求項4】
脊椎動物細胞の突然変異が転座であり、ガイドRNAは転座遺伝子に対応するRNAを標的とする、請求項
1に記載の
組成物。
【請求項5】
請求項1
又は4に記載の
組成物を有効成分とする、
標的RNA及び細胞質内のその周辺にあるRNAを切断するための医薬組成物。
【請求項6】
前記標的RNAが転座に対応するRNAである、請求項1に記載の
組成物。
【請求項7】
前記
Cas13ファミリータンパク質が2つのコンポーネントから構成され、2つの前記コンポーネントは光照射により二量体を形成し、活性型の
Cas13ファミリータンパク質を形成することができる、請求項1に記載の
組成物。
【請求項8】
Cas13ファミリータンパク質がLeptotrichia shahii由来のC2C2である、請求項1に記載の
組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核酸構築物、医薬組成物、抗がん剤、抗ウイルス剤及び抗菌剤に関する。
【背景技術】
【0002】
ゲノム編集は、CR7ISPR/Cas9システムとして、数多くの応用例が知られている。ゲノム編集は、CRISPR/Cas9酵素、またはそれをコードする発現構築物を、ガイド核酸と共に、標的細胞に同時にデリバリーして実施される。ゲノム編集の治療的応用は、副作用が大きい欠点がある(非特許文献1)。
【0003】
ゲノム編集の他にRNA編集も知られており、非特許文献2,3は、RNA編集酵素として、C2C2/Cas13を開示している。
【0004】
ガン治療において、細胞のmRNA発現制御の試みは2000年代の初頭よりsiRNA, shRNA(非特許文献4,5)を用いて行われてきた。当技術は基礎研究においてタンパク質遺伝子の発現制御に多大な影響を与えたが、ガン治療をはじめ臨床の場において治療、診断に有効な利用方法は見つからなかった。これは、siRNA, shRNA共に核酸RNAのみにて構成された分子であり、標的遺伝子選択性の狭さ、また治療標的への影響を及ぼすには十分な汎用性を持たなかったことに起因する。
【0005】
感染症に関し、抗ウイルス剤、抗菌剤は開発されているが、これらの薬剤の使用により耐性の問題が生じている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Kellie A Schaefer, Wen-Hsuan Wu, Diana F Colgan, Stephen H Tsang, Alexander G Bassuk, VinitB Mahajan, Unexpected mutations after CRISPR-Cas9 editing in vivo, Nature Methods.2017,14, 547-548
【文献】Wright AV, Nunez JK, Doudna JA, Cell. 2016 Jan 14; 164 (1-2): 29-44
【文献】Gootenberg JS, Abudayyeh OO, Kellner MJ, Joung J, Collins JJ, Zhang F.Multiplexed and portable nucleic acid detection platform with Cas13, Cas12a, and Csm6. Science. 2018 Feb 15.
【文献】Paddison, PJ; Caudy, AA; Bernstein, E; Hannon, GJ; Conklin, DS (2002) Genes & Development. 16 (8): 948-58.
【文献】Hamilton A, Baulcombe D (1999). "A species of small antisense RNA in posttranscriptional gene silencing in plants". Science. 286 (5441): 950-2.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、がん、ウイルス、細菌の感染症の治療技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以下の核酸構築物、医薬組成物、抗がん剤、抗ウイルス剤、抗菌剤を提供するものである。
項1. 1又は複数の標的RNAに結合する少なくとも1種のガイドRNA部分とRNA切断型Casタンパク質発現部分を含み、前記標的RNAは脊椎動物細胞の突然変異、ウイルス又は細菌に由来するものである、核酸構築物。
項2. 前記ガイドRNA部分と前記RNA切断型Casタンパク質発現部分が1つの核酸配列中に存在する、項1に記載の核酸構築物。
項3. 前記ガイドRNA部分と前記RNA切断型Casタンパク質発現部分が別の核酸配列中に存在し、2以上の核酸を含む、項1に記載の核酸構築物。
項4. 核酸構築物がRNA構築物又はDNA構築物である、項1~3のいずれか1項に記載の核酸構築物。
項5. RNA切断型Casタンパク質がCas13ファミリータンパク質である、項1~4のいずれか1項に記載の核酸構築物。
項6. RNA切断型Casタンパク質がC2C2/Cas13aである、項1~5のいずれか1項に記載の核酸構築物。
項7. ガイドRNAが脊椎動物細胞の突然変異に対応するRNAを標的とする、項1~6のいずれか1項に記載の核酸構築物。
項8. 脊椎動物細胞の突然変異が転座であり、ガイドRNAは転座遺伝子に対応するRNAを標的とする、項1~7のいずれか1項に記載の核酸構築物。
項9. 前記ウイルスがインフルエンザウイルス、HIVウイルス、ヘルペスウイルス、エボラウイルス、トリインフルエンザウイルス、口蹄疫ウイルス、SARSコロナウイルス、MERSコロナウイルス、パピローマウイルス、肝炎ウイルス(A型、B型、C型)、麻疹ウイルス、風疹ウイルス、ムンプスウイルス、ロタウイルス、RSウイルス、ノロウイルス、帯状疱疹ウイルス、ポリオウイルス、デングウイルス及び成人T細胞白血病ウイルスからなる群から選ばれるいずれかである、項1~6のいずれか1項に記載の核酸構築物。
項10. 項1~8のいずれか1項に記載の核酸構築物を有効成分とする、医薬組成物。
項11. 項1~8のいずれか1項に記載の核酸構築物を有効成分とする、抗がん剤。
項12. 項1~8のいずれか1項に記載の核酸構築物を有効成分とする、抗ウイルス剤。
項13. 項1~8のいずれか1項に記載の核酸構築物を有効成分とする、抗菌剤。
【発明の効果】
【0009】
本発明はRNA遺伝子改変技術を利用したものであり、従来技術に比べて対象遺伝子選択の自由度と対象遺伝子に対する特異性において優れている。
【0010】
本発明の核酸構築物は、がん細胞、ウイルス感染細胞、細菌においてmRNA発現の無差別な発現抑制を行い、正常細胞に対しては実質的に作用しないため、副作用を軽減でき、従来技術と比べて強力な抗腫瘍効果、抗ウイルス効果、抗菌効果を示す。また、従来治療法である抗がん剤、抗菌薬、抗ウイルス薬などとの併用が可能である。
【0011】
本発明の核酸構築物は、一過性効果発現機構であり、ゲノム侵襲もないため正常細胞への侵襲が従来技術と比べて少ない。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】滑膜肉腫特異的なSSX(synovial sarcoma X chromosome)融合遺伝子特異的なRNA切断による生存率の変化について。SSXは滑膜肉腫細胞SYO-1の報告されている融合部位をターゲットとしネガティブコントロール(NC)を含む5種類のガイドRNAを作成。太字(C,G,C,C,A、各々SSX1~SSX5)はPAM配列。SYO-1は、40%コンフルエンシーである。ガイド1(SSX-1、末端C)、ガイド2(SSX-2、ネガティブコントロール(nc)、末端G)、ガイド3(SSX-3、末端C)、ガイド4(SSX-4、末端C)、ガイド5(SSX-5、末端A)。
【
図2】治療対象遺伝子1:治療標的としての滑膜肉腫特異的転座遺伝子 t(X;18)(p11.2;q11.2)。死細胞%の増加はGuide_SSX3, SSX-4, SSX-5で顕著に見られた。
【
図3】C2c2_Lshによる特異的RNA切断: 脳腫瘍の転座遺伝子cDNAの切断確認実験。
【
図4】脳腫瘍(上皮種)特異的転座遺伝子C11orf95-RELA(11q13.1)cDNAの切断に関するNorthern Blottingの結果。レーン1は分子量の標準物質の電気泳動結果であり、レーン2~レーン10は
図3のGuide RNA 1~9の結果であり、レーンNCは
図3のGuide RNA 10ncの結果である。
【
図5】RNA構造に基づくcrRNA設計(ssRNA vs dsRNA)
【
図7】PAマグネットシステムの説明図。gDNAのXISTとの結合の評価
【
図8】RESCUE(
RNA
Engineering by
Substitution of
Cytidine to
Uridine
Edits)システムによるCからUへの標的RNA書き換え
【
図9】RESCUEシステムによる、β-セクレターゼ切断阻害によるAβ産生の低減
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の核酸構築物は、DNAとRNAのいずれであってもよく、DNAとRNAの両方を含んでいてもよい。
【0014】
本発明の核酸構築物は、(1)1又は複数の標的RNAに結合する少なくとも1種のガイドRNA部分と(2) RNA切断型Casタンパク質発現部分を含む。ここで、ガイドRNA(gRNA)部分は、核酸がRNAのときにはガイドRNA自体であり、核酸がDNAのときには核酸構築物が導入された細胞内でガイドRNAを発現可能なDNAである。「ガイドRNA部分」は、ガイドRNA自体とガイドRNAを発現可能なDNAの両方を包含し、これらのいずれであってもよく、両方を含んでいてもよい。また、RNA切断型Casタンパク質発現部分は、核酸がRNAのときにはRNA切断型Casタンパク質を発現可能なRNA(例えばRNA切断型Casタンパク質のスプライシング後のコーディング領域を含むmRNAに相当する部分)であり、核酸がDNAのときにはRNA切断型Casタンパク質を発現可能なDNA(例えばプロモーター、RNA切断型Casタンパク質のコーディング領域(イントロンを含んでいてもよい)を含むDNA)である。RNA切断型Casタンパク質発現部分は、RNA切断型Casタンパク質をコードするDNA又はRNAの1つの部分から構成されてもよく、RNA切断型Casタンパク質をコードするDNA又はRNAが2以上の部分に分割され、それらの発現産物が細胞内で協力してRNA切断活性を示すようにしてもよい(例えば
図7に示されるシステム)。
【0015】
本明細書において、「脊椎動物細胞の突然変異」は、転座、逆位、複数の塩基の欠失、挿入などであって、がん化に関連する突然変異であり、かつ、突然変異に由来するRNAが脊椎動物のがん細胞で産生され、正常細胞では産生されないものである。この突然変異はスプライシング後のRNAに含まれるものであり、イントロンの突然変異は含まず、SNPも本発明の突然変異には含まれない。本発明の1つの実施形態では、突然変異に由来するRNAが、ガイドRNAがハイブリダイズする標的となる。本発明の他の実施形態では、標的RNAは、標的ウイルスに感染した脊椎動物細胞で産生され、標的ウイルス非感染細胞では産生されない。本発明のさらに別の実施形態では、標的RNAは、標的となる細菌で産生され、ヒトを含む脊椎動物細胞では産生されないものである。
【0016】
ガイドRNAは標的RNAに相補的な配列とPAM配列を含むものであり、ゲノム編集において用いられているものが使用可能である。標的RNAに相補的な配列の塩基数は、20~30個、好ましくは22~30個、より好ましくは24~29個、さらに好ましくは26~29個、最も好ましくは28個である。PAM配列はRNA切断型Casタンパク質の由来生物、種類によるが、例えばAがより好ましいが、C又はUであってもよい。RNA編集を利用する本発明では、Cas9を用いるゲノム編集とはPAM配列が異なり、短い。
【0017】
核酸構築物がRNAの場合、ガイドRNAのループ部分は予め形成しておいてもよい。ガイドRNAは、crRNA(CRISPR RNA)とtract RNA(trans-activating RNA)がつながったsgRNAであってもよく、crRNAとtract RNAが別々のRNAとして合成され、これらがハイブリダイズにより複合化したガイドRNAであってもよい。
【0018】
RNA切断型Casタンパク質としては、Cas13ファミリータンパク質が挙げられ、好ましくはCas13a/C2C2、Cas13b、Cas13cなどが挙げられ、より好ましくはCas13a/C2C2である。なお、Cas13aとC2C2は同じRNA切断型Casタンパク質の別名である。
【0019】
本発明の核酸構築物がDNAの場合、プラスミド、ウイルスベクターに組み込むことができる。DNAの核酸構築物を使用した場合、細胞内で転写されてRNAの核酸構築物が産生され、細胞質でRNA切断型Casタンパク質とガイドRNAが産生される。RNA切断型Casタンパク質を発現可能な核酸(DNA、RNA)とガイドRNAが1つの核酸構築物に含まれる場合、これらはハンマーヘッド型リボザイム(HHR)配列で連結するのが好ましい。また、本発明の核酸構築物が複数のガイドRNAを含む場合、隣接するガイドRNAはハンマーヘッド型リボザイム配列で連結するのが好ましい。ハンマーヘッド型リボザイム配列は細胞内において自己切断機能により切断されて、各ガイドRNA、RNA切断型Casタンパク質を発現可能なRNAが細胞内で産生される。
【0020】
ハンマーヘッド型リボザイム(HHR)は、特定部位のRNAホスホジエステル結合を切断でき、トランス型を切断する最小のハンマーヘッド型リボザイムが、天然のHHRを修飾して作成され、RNAを媒介した遺伝子制御によりin vivoでの標的遺伝子発現を抑制するために利用されている。
【0021】
本発明の核酸構築物の発現産物は1又は複数のガイドRNAとRNA切断型Casタンパク質であり、これらは標的となる脊椎動物細胞(がん細胞またはウイルス感染細胞)及び/又は細菌の細胞質で作用する。具体的には、ガイドRNAとハイブリダイズする標的RNAが細胞質に存在すると、ガイドRNAと標的RNAがハイブリッドを形成し、RNA切断型Casタンパク質により前記ハイブリッドRNAだけでなく、細胞質内の周辺にあるRNAが切断、分解されるため、細胞が死滅する。例えば、染色体の転座によりがん化したがん細胞は、転座に対応するRNAを細胞内に持っているため、本発明の核酸構築物をがん細胞に導入するとがん細胞は死滅するが、正常細胞は転座していないので、本発明の核酸構築物による影響を受けない。したがって、本発明の核酸構築物を脊椎動物全身の細胞に導入した場合、がん細胞のみが死滅し、また、核酸構築物は細胞質内で分解されるため、正常細胞に対する副作用、毒性はほとんどない。上記は突然変異として転座を例に挙げて説明したが、正常細胞に標的RNAが存在せず、がん細胞にのみ標的RNAが存在する限り、逆位、挿入、欠失などの他の突然変異でも同様にがん細胞を選択的に死滅させることができる。Cas13が結合標的とすることができるRNAは短鎖配列であることが望ましい。したがって、本発明では、crRNA配列の抽出、デザインを行う上で標的RNA配列および、高次構造の予測をした上での至適配列抽出が求められる。
【0022】
本発明の1つの好ましい実施形態において、RNA切断型Casタンパク質は2つのコンポーネントに分断可能であり、それぞれの分断断片に特定の波長刺激に応じて二量体を形成するタンパク質を融合させるPAマグネットシステム(参考論文名:Yuta Nihongaki, et al., "Photoactivatable CRISPR-Cas9 for optogenetic genome editing", Nature Biotechnology, Published online 15 June 2015)と融合させることでRNA切断型Casタンパク質機能活性を外部より制御できる。同機構を用いることでAAVアデノ随伴ウィルスベクターを用いての体内取り込み後の作用部位(体内に埋め込んだ光源からの光照射部位)におけるRNA切断型Casタンパク質機能制御が可能となる。例えば、アミロイド前駆体タンパク質(APP)をβセクレアーゼが切断してアミロイドβタンパク質(Aβ)を産生することが知られているが、βセクレアーゼのmRNAを標的RNAとし、海馬内に埋め込まれた光源からの光照射時のみ海馬でのβセクレアーゼの産生が阻害されるシステムでは、βセクレアーゼの阻害を光照射により制御できるので、副作用を抑えつつアルツハイマー病の治療を行うことができる。
【0023】
本発明の1つの好ましい実施形態において、本発明の核酸構築物の発現産物であるRNA切断型Casタンパク質はRNA切断活性変異を用いることでRNAの書き換えを行うことができる(
図8)。具体的には、RNA非切断型のCas13(dCas13)とRNA書き換え酵素APOBEC1の酵素活性部位との融合を行い、更にAPOBECタンパク質の補酵素であるA1CFタンパク質のRNA縮合活性ドメインを付加融合させる。Cas13とcrRNAにより手繰り寄せられた標的RNAはA1CFドメインによりAPOBEC1ドメインに提示され、特定領域でのRNA配列書き換えを行うことができる(
図8ではC→Uの書き換え)。
【0024】
本明細書において、脊椎動物としては、ヒト、チンパンジー、サル、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ウサギ、マウス、ラット、イヌ、ネコ、ニワトリ、カモ、アヒルなどが挙げられ、ヒト、家畜(ウシ、ブタ、ニワトリなど)、ペット(イヌ、ネコなど)が好ましい。
【0025】
本発明のガイドRNAがウイルスに由来するRNAとハイブリッド形成し、脊椎動物細胞のRNAとはハイブリッド形成しない場合、当該ウイルスが感染した脊椎動物細胞のみを死滅させ、ウイルス非感染の細胞に影響しないので、本発明の核酸構築物により重大な副作用なしにウイルス感染症を治療することができる。
【0026】
本発明のガイドRNAが細菌に由来するRNAとハイブリッド形成し、脊椎動物細胞のRNAとはハイブリッド形成しない場合、当該細菌のみ死滅させ、脊椎動物に対する毒性はほとんどないので、本発明の核酸構築物により細菌感染症を治療することができる。また、本発明の核酸構築物は、抗菌性を有する洗浄剤、消毒剤としても有用である。本発明の核酸構築物による抗菌作用は、耐性が生じないので多剤耐性菌などの抗生物質耐性菌にも有効である。
【0027】
本発明の核酸構築物は、(1) 1又は複数の標的RNAに結合する少なくとも1種のガイドRNA又はそれをコードするDNAと(2)RNA切断型Casタンパク質コードするRNA又はそれをコードするDNA(RNA又はDNAは、1つの配列であってもよく、2以上の配列に分割されていてもよい)を1本の核酸配列内に含んでいてもよく、(1)ガイドRNA又はそれをコードするDNAと(2) RNA切断型Casタンパク質コードするRNA又はDNAを別々の核酸配列内に含んでいてもよい。この場合、本発明の核酸構築物は複数の核酸配列を含む組成物となる。
【0028】
ガイドRNAの種類は複数であってもよく、同一のガイドRNAが複数存在してもよい。また、標的RNAは同じであるが核酸配列が異なるいくつかのガイドRNAが存在してもよい。例えば、がん化に関与する転座配列が複数ある場合には、複数のガイドRNAを脊椎動物細胞に導入することにより、多種類のがん細胞を同時に死滅させることができる。また、1つの転座部位から複数の標的RNAが産生される場合には、複数のガイドRNAによりがん細胞をより確実に死滅させることができる。
【0029】
また、本発明の核酸構築物が、型の違う多数のインフルエンザウイルス(例えばA型、B型)に特有の配列に対応する多種類のガイドRNAを含む場合、過去に流行した全ての型のインフルエンザウイルスに有効な抗ウイルス剤を提供することができる。さらに、本発明の核酸構築物が、多数の細菌(特に病原性細菌)に特有の配列に対応する多種類のガイドRNAを含む場合、多数の細菌の感染症に有効な抗菌剤、消毒剤等を提供することができる。ウイルスや細菌の感染症は、1種類のみのウイルス/細菌で感染症が成立する場合があるが、多種類のウイルス/細菌が同時に感染することで感染症が起こる場合があり、多種類のウイルス/細菌に対応するガイドRNAを使用することで、ウイルス/細菌の種類、型を厳密に特定しなくてもウイルス又は細菌の感染症を治療することができる。
【0030】
本発明の核酸構築物により治療可能ながんとしては、遺伝子の突然変異により生じたがんが挙げられ、例えば、滑膜肉腫、脳腫瘍、白血病、悪性リンパ腫、肺癌、前立腺がん、腎細胞がんなどが挙げられる。転座に関与するRNAが存在するがん細胞のみ本発明の核酸構築物により死滅させることができる。がん化には、遺伝子の変異が関係しており、遺伝子変異に特有のRNAが産生されるがん細胞であれば、その特有のRNAに対応する少なくとも1種のガイドRNAを含む本発明の核酸構築物により、転座以外の突然変異によりがん化したがん細胞をまとめて死滅させることができる。本発明の抗がん剤は、原発巣、転移巣のいずれにも用いることができ、外科手術後の再発防止にも用いることができる。また、他の少なくとも1種の抗がん剤と併用してもよい。
【0031】
本発明の核酸構築物は、アミロイドβタンパク質の産生を制御することにより、アルツハイマー病の治療剤としても有用である。
【0032】
本発明の好ましい1つの実施形態において、RNAから構成される本発明の核酸構築物は、核移行シグナルを含まないので、核に移行せず、染色体、DNA/遺伝子に対する直接作用はなく、これが副作用が低い理由の1つである。
【0033】
本発明の好ましい1つの実施形態において、本発明の核酸構築物は、脊椎動物細胞又は細菌内、特に細胞質内に導入される必要がある。脊椎動物の場合、細胞内にRNA、DNA等の核酸構築物を導入するための導入剤としては、特に限定されず、公知の導入剤を全て使用することができ、例えばリポソーム、エキソソーム、リポソーム-エキソソームハイブリッド、センダイウイルス、ウイルスベクター(例えばアデノウイルスベクター)などが挙げられ、好ましくはエキソソーム、センダイウイルス、ウイルスベクターが挙げられ、特にエキソソームが好ましい。エキソソームは核酸構築物と混合することにより核酸構築物を容易に導入することができるので、核酸構築物の細胞(がん細胞、ウイルス感染細胞など)内への導入に適している。本発明の核酸構築物は、上記の導入剤と核酸構築物を含む医薬組成物を包含する。細菌を標的とする場合、核酸構築物を細菌の菌体内に導入するために、カルシウムイオンを含む媒体に溶解、分散、懸濁させることができる。媒体としては、水、緩衝液、或いはエタノールなどの水混和性有機溶媒が挙げられる。
【0034】
抗ウイルス剤の対象となるウイルスとしては、インフルエンザウイルス(A型、B型を含む)、HIVウイルス、ヘルペスウイルス、エボラウイルス、トリインフルエンザウイルス、口蹄疫ウイルス、SARSコロナウイルス、MERSコロナウイルス、パピローマウイルス、肝炎ウイルス(A型、B型、C型)、麻疹ウイルス、風疹ウイルス、ムンプスウイルス、ロタウイルス、RSウイルス、ノロウイルス、帯状疱疹ウイルス、ポリオウイルス、デングウイルス、ジカ熱、成人T細胞白血病ウイルスなどが挙げられる。
【0035】
抗菌剤の対象となる細菌としては、赤痢菌、結核菌、コレラ菌、セラチア菌、ブルニフィカス、エロモナス、百日咳菌、ブルセラ、バルトネラ、レジオネラ・ニューモフィラ、コクシエラ、淋菌、カンピロバクター、ヘリコバクター・ピロリ、黄色ブドウ球菌、化膿レンサ球菌、炭疽菌、ガス壊疽、ボツリヌス菌、リステリア・モノサイトゲネス、ジフテリア菌、マイコプラズマ、肺炎クラミジア、肺炎球菌、破傷風菌、ペスト菌、腸管出血性大腸菌(O157など)、腸炎ビブリオ、サルモネラ、ウェルシュ菌、溶連菌、髄膜炎菌、プロテウス菌、緑膿菌、シトロバクター、アシネトバクター、エンテロバクター、クレブシエラ、クロストリジウム、白癬菌等が挙げられる。
【0036】
本発明の核酸構築物を医薬(抗がん剤、抗ウイルス剤、抗菌剤など)として用いる場合、成人1日当たり、1ng~1000mg程度を投与すればよく、1日1回又は2~4回に分割して投与することができる。医薬の剤形としては、注射剤、錠剤、カプセル剤、吸入剤、液剤、ドリンク剤、坐剤、噴霧剤、硬膏剤、軟膏剤、点眼剤等が挙げられる。
【実施例】
【0037】
以下、本発明を実施例に基づいてより詳細に説明する。
実施例1
(1)プラスミドの構築と標的ガイド
C2C2 Lsh(Leptotrichia shahii)DNA配列を増幅し、Hifi DNA Assembly (NEB)を用いてpX458プラスミドに融合した。Hifi DNA Assembly (NEB)を用いてLsh特異的scaffold RNA配列を挿入した。sgRNA配列をコードするリン酸化オリゴヌクレオチドをBbs1-消化scaffold構築物にライゲートしてsgRNA標的化XistRNA, C11orf95-RELA融合RNA及びSS18-SSX 融合RNAを調製した。このプラットフォームをpLMTと名付けた(pLMT_Xistプラスミド)。15種のpLMT_Xistプラスミドは、表1に示す15種のガイドRNAのいずれかを各々含む。
【0038】
滑膜肉腫細胞(SS18-SSX 融合遺伝子を含むSYO-1)に導入された5種のガイドRNA(SSX-1、SSX-2、SSX-3、SSX-4、SSX-5)と上皮腫(脳腫瘍に関連する転座遺伝子C11orf95-RELA(11q13.1)が導入されたHEK293T)細胞に導入された10種のガイドRNAの配列を、以下の表1に示す。また、
図1に滑膜肉腫細胞に導入された5種のガイドRNAとその実験条件を示し、
図3にHEK293Tに導入された10種のガイドRNAを示す。なお、表1~4の配列はDNAテンプレートの遺伝子情報を示す。
【0039】
【0040】
(2)細胞培養物
HEK293TとSYO-1滑膜肉腫細胞株を、1%ペニシリンとストレプトマイシン及び10%ウシ胎児血清(FBS)を添加したD-MEM (低グルコース)培地で維持した。得られた細胞を加湿雰囲気下に5% CO2、37℃で培養した。
【0041】
HEK293Tは、脳腫瘍に関連する転座遺伝子C11orf95-RELA(11q13.1)が導入されたものである。また、SYO-1はSS18-SSX 融合遺伝子を含むものである。
(3)ノーザンブロッティング
ScreenFect A (Wako)を用いてpLMT_Xistプラスミドを30%コンフルエンシーのHEK293T細胞にトランスフェクトした。10種のpLMT_Xistプラスミドは、表1に示す上皮腫 h.C11orf95RELA fusion Guide RNA listのいずれかのガイドRNAを含むものである。48時間培養後、細胞を収穫した。ISOGENを用いてRNAを沈殿させた。DIG Northern Starter kit (Roche)を用いてノーザンブロッティングを行った。メンブランをハイブリダイゼーションバッファー(7% SDS, 0.5M Na-phosphste buffer (pH 7.2), 10mM EDTA)中でXistRNAとC11-orf95-RELA を標的化したDIG-標識プローブとハイブリダイズし、洗浄バッファー(1% SDS, Na-phosphste buffer (pH 7.2), 10mM EDTA)で洗浄した。ノーザンブロッティングの結果を
図4に示す。
(4)トリパンブルーアッセイ
ScreenFect A (Wako)を用い、pLMT_Xistプラスミドを30%コンフルエンシーのSYO-1細胞にトランスフェクトした。48時間培養後、細胞を収穫した。細胞懸濁液と0.4%トリパンブルー溶液と1:1で混合した。生細胞及び死細胞を血球計算盤でカウントし、死細胞の割合を測定した。結果を
図2に示す。
【0042】
実施例2
(1)プラスミドの構築と標的ガイド
C2C2 Lsh(Leptotrichia shahii)DNA配列を増幅し、Hifi DNA Assembly (NEB)を用いてpX458プラスミドに融合した。Hifi DNA Assembly (NEB)を用いてLsh特異的scaffold RNA配列を挿入した。sgRNA配列をコードするリン酸化オリゴヌクレオチドをBbs1-消化scaffold構築物にライゲートしてsgRNA標的化XistRNA,融合RNAを調製した。RNA高次構造予測にしたがってデザインされ、HEK293Tに導入された71種のガイドRNA配列を、以下の表2~表4に示す。また、
図5に導入された71種のガイドRNAとその実験条件と結果を示す。
【0043】
【0044】
【0045】
【0046】
実施例3
(1)プラスミドの構築と標的ガイド
PAマグネットシステム作成のため、Dead Lwa(別名dCas13a: Leptotrichia wadei由来)DNA配列を二分割増幅し、Hifi DNA Assembly (NEB)を用いてpcDNA3.1-PAに融合した(これをpPA-dCas13-EGFPと呼ぶ)。Hifi DNA Assembly (NEB)を用いてLwa特異的scaffold RNA配列を挿入した。sgRNA配列をコードするリン酸化オリゴヌクレオチドをBbs1-消化scaffold構築物にライゲートしてsgRNA標的化XistRNA,融合RNAを調製した。
(2)標的RNA局在確認
RNA高次構造予測にしたがってデザインされた短鎖配列標的sgRNAとpPA-dCas13-EGFPをHEK293T細胞に導入した。標的となるXIST RNAへの結合を蛍光顕微鏡にて確認した(
図6)。
(3)標的RNA機能評価 ChIP-qPCR
標的となるXIST RNAのクロマチン上における任意配列への結合を確認した。RNA高次構造予測にしたがってデザインされた短鎖配列標的sgRNAとpPA-dCas13-EGFPをHEK293T細胞に導入したのちに、1%パラフォルムアルデヒドにてクロマチン上にあるXIST-sgRNA-Cas13-EGFP複合体を架橋させ、細胞抽出液内にあるCas13-EGFP融合タンパク質を抗GFP抗体を用いて免疫沈降させた後に共同免疫沈降されたXISTとXIST結合ゲノム配列の抽出を行った。抽出されたゲノム配列はqPCR法にて検出を行い、XIST-クロマチンの重合を確認した。陽性対照としてヒストン、陰性対象として非特異的IgGを用いている(
図7)。
【0047】
実施例4
(1)プラスミドの構築と標的ガイド
RNA書き換えシステム作成のため、Hifi DNA Assembly (NEB)を用いてpPA-dCas13-EGFPのEGFPドメインをAPOBEC1ドメインおよびA1CFドメイン融合ドメインに書き換えた(RESCUE system: pPA-dCas13-ABC1A1と呼ぶ。
図8)。sgRNA配列をコードするリン酸化オリゴヌクレオチドをBbs1-消化scaffold構築物にライゲートしてsgRNA標的化APPタンパク質のAβ切断配列認識RNA融合RNAを調製した。
(2)標的RNA遺伝子書き換え効果検証
標的APPタンパク質の機能とRNA高次構造予測にしたがってデザインされた短鎖配列標的sgRNAとpPA-dCas13-ABC1A1をHEK293T細胞に導入した。標的となるAPPタンパク質のβセクレターゼによる切断抑制効果をウェスタンブロット解析にて確認した(
図9)。
【配列表】