(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-28
(45)【発行日】2022-08-05
(54)【発明の名称】電子顕微鏡観察方法、透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置、透過型電子顕微鏡及びデータ処理システム
(51)【国際特許分類】
H01J 37/09 20060101AFI20220729BHJP
H01J 37/26 20060101ALI20220729BHJP
H01J 37/22 20060101ALI20220729BHJP
G01N 23/04 20180101ALI20220729BHJP
【FI】
H01J37/09 A
H01J37/26
H01J37/22 501Z
G01N23/04 330
(21)【出願番号】P 2019172290
(22)【出願日】2019-09-20
【審査請求日】2021-09-03
(31)【優先権主張番号】P 2021503321
(32)【優先日】2019-03-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】319012060
【氏名又は名称】N-EMラボラトリーズ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078949
【氏名又は名称】浅野 勝美
(72)【発明者】
【氏名】永山 國昭
【審査官】右▲高▼ 孝幸
(56)【参考文献】
【文献】特開平2-197051(JP,A)
【文献】特開2007-250541(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/00
G01N 23/04
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
光軸上の点光源から射出される電子線が物面に対し実質上直交する方向に光軸平行照射される照明工程と、
前記物面に載置される観察対象物により散乱された電子線を集光する対物レンズの後方に対物レンズ後焦点面と共役な絞り面をつくる共役面シフト工程と、
上記絞り面にπ位相板と電子線との相対位置を移動調整し、電子線強度の強い部分と弱い部分の対称的な電子線偏向コントラストを形成する電子線シフト工程と、
シフトされた該電子線と上記π位相板とのいずれかを移動して走査する走査工程と、
上記電子線シフト工程を経た電子線を集光し検出面に実像を結像させる結像工程とからなり、
上記電子線偏向コントラストの走査点個数の2次元実像データを取得することを特徴とする電子顕微鏡観察方法。
【請求項2】
請求項1記載の電子顕微鏡観察方法において、上記走査工程にて2次元実像データを積算することにより記録すべき上記2次元実像データを2個に縮減することを特徴とする電子顕微鏡観察方法。
【請求項3】
請求項1又は請求項2記載の電子顕微鏡観察方法において、上記走査工程は上記点光源が固定され、上記π位相板が位相板の端縁に直交する方向に移動することにより部分域走査されることを特徴とする電子顕微鏡観察方法。
【請求項4】
請求項1又は請求項2記載の電子顕微鏡観察方法において、上記走査工程は上記π位相板が固定され、上記電子線が位相板の端縁に直交する方向に移動することにより部分域走査されることを特徴とする電子顕微鏡観察方法。
【請求項5】
請求項3又は請求項4記載の電子顕微鏡観察方法において、上記部分域走査は上記スリット絞りの開口の対向する端縁につき両端縁とも内外側に画定されることを特徴とする電子顕微鏡観察方法。
【請求項6】
請求項3又は請求項4記載の電子顕微鏡観察方法において、上記部分域走査は上記スリット絞りの開口の対向する端縁につき一端縁が内外側に画定されることを特徴とする電子顕微鏡観察方法。
【請求項7】
請求項3又は請求項4記載の電子顕微鏡観察方法において、上記部分域走査は上記スリット絞りの開口の対向する端縁につき両端縁とも内側に画定されることを特徴とする電子顕微鏡観察方法。
【請求項8】
請求項3又は請求項4記載の電子顕微鏡観察方法において、上記部分域走査は上記スリット絞りの開口の対向する端縁につき一端縁が内側に画定されることを特徴とする電子顕微鏡観察方法。
【請求項9】
請求項3又は請求項4記載の電子顕微鏡観察方法において、上記部分域走査は上記スリット絞りの開口の対向する端縁につき両端縁とも外側に画定されることを特徴とする電子顕微鏡観察方法。
【請求項10】
請求項3又は請求項4記載の電子顕微鏡観察方法において、上記部分域走査は上記スリット絞りの開口の対向する端縁につき一端縁が外側に画定されることを特徴とする電子顕微鏡観察方法。
【請求項11】
電子が物面に対し垂直方向に照射される光軸平行照射をする電界放射型の電子銃を備える電子顕微鏡に設けられる絞り走査高速模倣装置であって、
絞り設置部に設けられるπ位相板と、
該π位相板の絞り設置面を中心にして反対方向に対称形に設けられる入射側の共役面シフトレンズ群及び出射側の共役面シフトレンズ群からなり、
上記各共役面シフトレンズ群はそれぞれ2個1組のレンズと、該レンズ間に配置される2個1組の偏向コイルペアーからなることを特徴とする透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置。
【請求項12】
請求項11記載の透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置において、上記各共役面シフトレンズ群が上記絞り設置部の前後に形成される電子線シフトエリアの範囲内に設けられることを特徴とする透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置。
【請求項13】
請求項11記載の透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置において、上記各共役面シフトレンズ群が上記絞り設置部の前後に形成される電子線シフトエリアの範囲外に設けられることを特徴とする透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置。
【請求項14】
請求項13記載の透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置において、上記入射共役面シフトレンズ群の外側に偏向コイルが設けられることを特徴とする透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置。
【請求項15】
請求項14記載の透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置において、上記偏向コイルが2個1組であることを特徴とする透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置。
【請求項16】
請求項14記載の透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置において、上記偏向コイルが単一であることを特徴とする透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置。
【請求項17】
上記透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置が上記電子顕微鏡の対物レンズと中間レンズとの間に設けられることを特徴とする透過型電子顕微鏡。
【請求項18】
積算走査で得られる2個の電子線偏向コントラスト2次元実像データに対し、2個の2次元実像データの差画像及び和画像を取る処理工程と、
上記差画像データを上記和画像データで除算する処理工程と、
上記処理工程のデータをフーリエ変換する工程と、
フーリエ変換されたデータに階段関数型フィルターを乗算する工程と、
フィルター操作されたデータを逆フーリエ変換する工程により、暗視野位相像を取得することを特徴とするデータ処理システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、物質を通過する際の電子の偏向を利用して観察対象物の微分位相像及び位相像を取得する電子顕微鏡観察方法、透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置、透過型電子顕微鏡及びデータ処理システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、顕微鏡による位相情報の取得には、主に干渉効果を利用した方法が用いられてきた。例えば、光学顕微鏡では、シュリーレン法、ゼルニケ位相差顕微鏡法及びノマルスキー微分干渉顕微鏡法などが知られている。また、電子顕微鏡では、焦点はずしを用いるデフォーカス法や位相板を用いる位相差電子顕微鏡などが知られている。
【0003】
これらの手法はいずれも、位相の異なる2箇の波の位相差を、波の干渉に伴う強度変調に変換し、強度像から位相差を類推するものであり、信号波の他に位相基準を与える参照用の波である参照波を用意する必要がある。参照波として、信号波の一部を利用する簡便法は、「弱位相物体近似」を成立させるために観測可能な位相の大きさが制限され、またその限界を克服できるホログラフィー法などでは、信号波とは別に独立した参照波が必要となるため、装置の工夫や複雑化が避けられない。
【0004】
一方電子線やX線分野では、干渉効果を用いず、物質による照射ビームの偏向を利用して観察対象物の局所屈折率変化を微分位相として求める手法が提案されてきた(非特許文献1~6参照)。これらの手法では、電子線などの収束ビームを走査しながら観察対象物に照射し、その照射部位における屈折率変化に起因する電子又はX線の偏向を検出して画像化している。特に近年走査透過型電子顕微鏡(STEM)における応用は目覚しく、微分干渉コントラスト走査透過型電子顕微鏡(DPC-STEM、非特許文献7~11)や質量中心画像走査透過型電子顕微鏡(COM-imaging-STEM、非特許文献12~13)さらに4次元走査透過型電子顕微鏡(
図1(B)参照)(4D-STEM、非特許文献14~15)などと呼ばれ盛んに用いられている。
【0005】
屈折率変化は、位相変化、即ち微分位相の大きさに対応するため、非特許文献1~15に記載の技術では、収束電子線の偏向度合いを定量的に取り出すために、電子線回折像(一般に明視野円盤(bright-field disk)またはロンチグラム(Ronchigram)と呼ばれている)の重心移動を観測し、観察対象物の微分位相走査像を構成している。2次元観察法であるDPC-STEMでは、積分検出器に表象されるコントラストを明視野円盤重心移動量(
図2(A)に見られる円盤31から円盤32への移動)に対応するとして画像化し、4次元観察法であるCOM-imaging-STEMや4D-STEMでは、明視野円盤の2次元データに対し積分計算を行うことにより重心移動量を求め画像化している。COM-imaging-STEMと4D-STEMは、いずれも観察対象物上を走査する2次元と明視野円盤の2次元の和として4次元データを取得するので4次元法と呼ばれている。ただし最終的には観察対象物各点の微分位相を明視野円盤の重心積分値として画像化するので、次元は2次元像となる。2次元法であるDPC-STEMと4次元法であるCOM-imaging-STEM(4D-STEM)は、ほぼ同等の画像を与えるといわれているが、前者は明視野円盤の面積分、後者は1次モーメントを基礎としているので多少の差があり、4次元法(COM-imaging-STEMや4D-STEM)がより定量的である(非特許文献12)。両者共に高分解能観察に特徴があり、1Å近辺の収束電子線を用いることにより、結晶中の原子や分子の高分解能電場観察などを行っている(非特許文献7~15)。
(基礎出願特許文献1の要約)
【0006】
本出願者は、従来の収束電子線を用いるSTEMをベースとした4次元顕微鏡法を、
図1に示す「4次元相反定理」を拠り所に、平行照射電子線を用いるTEMをベースとする4次元顕微鏡法(
図1(A)参照)(4D-TEM)に変換し、操作の即応性、観測の迅速化、デジタル記憶容量の少量化、観測の高感度化・高分解能化を行った(特許文献1)。これらの改良は、特に有機物である生体分子、例えば蛋白質や核酸の原子分解能の分子構造観察に対し有効性が期待される。
【0007】
特許文献1(基礎出願)に記載される4D-TEMの新規性は、4次元顕微鏡において、走査透過手法(STEM)を透過手法(TEM)に変えることにより、検出面上の明視野円盤信号に代えて光源面上の明視野円盤信号を取得するところにある。この場合、4D-TEMの光源走査点の座標(
図2の光源面21の座標)が4D-STEMの検出面座標(
図2の検出面114の座標)に対応付けられる。両者の対応を模式的に
図2に示す。
図2にはまた電子線偏向に伴う4D-STEMおよび4D-TEMの明視野円盤の移動(電子線偏向のない場合の31から電子線偏向ある場合の32への移動)が模式的に描かれており、その重心移動量は収束電子線の照射部位の微分位相量31a、32aを表す。
4D-TEMの4D-STEMに対する優位性は、光源における走査を絞り(23、112)開口端近傍の部分域に限局することにより、重心移動を担う信号部位だけに電子線資源を投入し、感度向上を実現することにある。特に部分域走査と絞り開口が矩形状のスリット絞りを利用した次元縮減の両者の相乗効果による走査点少数化は、操作の即応性、観測の迅速化、デジタル記憶容量の少量化、観測の高感度化を可能とした。これらの効果は本願発明にも維持される。
【0008】
4次元走査透過型電子顕微鏡(4D-STEM)(
図1(B))であれ、4次元顕微鏡(4D-TEM)(
図1(A))であれ、4次元法は電子線偏向の観測なので、用いる入射収束電子線(
図3の「35」)の収束幅(4D-STEMでは電子線収束径、4D-TEMでは絞り径の逆数)の大きさと、観察対象物の照射部位(
図3の「39」)の位相変化(屈折率変化に比例)の大きさとの間の関係で2箇の典型的な場合分けが考えられる。このことを模式的に示したのが
図3である。
図3(A)は特許文献1が前提とする場合で、観察対象物の照射部位屈折率変化が、4D-STEMでは電子線の収束幅39よりゆるやか、また4D-TEMでは絞り径の逆数(電子線の収束幅39に対応)よりゆるやかである。この場合、照射部位屈折率変化がプリズム効果として機能し、出射収束電子線36、37は一様な偏向を示す。その結果
図3(A)の下段に示すように明視野円盤31から明視野円盤32への全体的平行移動が生ずる。位相変化がない照射部位では、
図3(B)B1のように電子線は偏向せず、光軸43の周りに等方的な明視野円盤31を作出する(
図3(A)ではそれが破線の出射収束電子線36で示されている)。電子顕微鏡の観察対象物において、電場や磁場のポテンシャル(屈折率=位相の物理的起源)勾配が電子線の収束幅よりゆるやかに変化する場合はこの条件を満たすが、通常の物質は、無機物、有機物を問わずこの条件を満たさない。なお、出射収束電子線中「36」は電子線偏向のない場合、「37」は電子線偏向のある場合を示す。
物質を構成する原子は元素種を問わず原子核に電場ポテンシャルが集中しており、原子38が作り出す電場ポテンシャル(一般に「原子ポテンシャル」と呼ばれる)は、
図3(B)に示すように、原子核を中心とする極めて急峻な尖塔形状を持つ。収束電子線35、36は原子全体をすっぽり包むため、平行移動のような一様な偏向は生ぜず、偏向は明視野円盤内部に限局偏在し、電子線分布は
図3(B)に示すような明視野円盤内部での偏向となる。すなわち、明視野円盤内の一方の端33bの電子線が増強し、対向するもう一方の端33aの電子線は減弱する。
特許文献1に係る発明はこのように異なる挙動を示す2箇の電子線偏向に伴う重心移動のうち
図3(A)の平行移動の場合のみ扱ったが、本願発明は、両者それぞれに最適な方法で、微分位相像さらに位相像を取り出す観察装置と手法とデータ処理法を提供する。
なお、特許文献1は本願発明の発明者の発明に係る。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【非特許文献】
【0010】
【文献】E. M. Waddell and J. N. Chapman, "Linear imaging of strong phase objects using asymmetrical detection in STEM"、Optik、第54巻、1979年、p.83-96
【文献】G. R. Morrison and J. N. Chapman, "A comparison of three differential phase contrast systems suitable for use in STEM"、Optik、第64 巻、1983年、p.1-12
【文献】J. Palmer and G. Morrison, "Differential Phase Contrast Imaging in the Scanning Transmission X-ray Microscope"、Proc. Short-Wavelength Coherent Radiation、第11巻、1991年、p.141-145
【文献】A. Gianoncelli, G. R. Morrison, B. Kaulich, D. Bacescu and J.Kovac, "Scanning transmission x-ray microscopy with a configurable detector"、Appl. Phys. Lett.、第89巻、2006年、p.251117-1~3
【文献】B. Hornberger, M. Feser, C. Jacobsen, "Quantitative amplitude and phase contrast imaging in a scanning transmission X-ray microscope"、Ultramicroscopy、第107巻、2007年、p.644-655
【文献】P. Thibault, M. Dierolf, A. Menzel, O. Bunk, C. David, and F. Pfeiffer, "High-Resolution Scanning X-ray Diffraction Microscopy"、Science、第321巻、2008年、p.379-382
【文献】N. Shibata, S. D. Findlay, Y. Kohno, H. Sawada, Y. Kondo and Y. Ikuhara, "Differential phase-contrast microscopy at atomic resolution"、Nat. Phys.、第8巻、2012年、p.611-615
【文献】A. Lubk and J. Zweck, "Differential phase contrast: An integral perspective"、Phys. Rev.、第A91巻、2015年、p.23805-1~6
【文献】I. MacLaren, L. Wang, D. McGrouther, A. J. Craven, S. McVitie, R. Schierholz, A. Kovacs, J. Barthel and R. E. Dunin-Borkowski, "On the origin of differential phase contrast at a locally charged and globally charge-compensated domain boundary in a apolar-oedered material"、Ultramicroscopy、第154巻、2015年、p.57-63
【文献】A. Ishizuka, M. Oka, T. Seki, N. Shibata and K. Ishizuka, "Boundary-artifact-free determination of potential distribution from differential phase contrast signals"、Microscopy(on-line)、2017年、p.397-405
【文献】E. Yucelen, I. Lazic and E.G.T. Bosch, "Phase contrast scanning transmission electron microscopy imaging of light and heavy atoms at the limit of contrast and resolution"、Sci. Rep. (on-line)、第8巻、2018年、p.2676-1~10
【文献】I. Lazic, E. G. T. Bosch and S. Lazar, "Phase contrast STEM for thin samples: Integrated differential phase contrast"、Ultramicroscopy、第160巻、2016年、p.265-280
【文献】M. C. Cao, Y. Han, Z. Chen, Y. Jiang, K. X. Nguyen, E. Turgut, G. D. Fuchs and D. A. Muller, "Theory and practice of electron diffraction from single atoms and extended objects using an EMPAD"、 Microscopy(on-line)、2018年、p.i150-i161
【文献】C. Ophus, P. Ercius, M. Sarahan, C. Czarnik and J. Ciston, "Recording and Using 4D-STEM Datasets in Materials Science"、 Microsc. Microanal.、第20巻(Suppl 3)、2014年、p.62-63
【文献】M. Simson, H. Ryll, H. Banba, R. Hartmann, M. Huth, S. Ihle, L. Jones, Y. Kondo, K. Muller, P.D. Nellist, R. Sagawa, J. Schmidt, H. Soltau, L. Struder and H. Yang, "4D-STEM Imaging With the pnCCD (S)TEM-Camera"、 Microsc. Microanal.、第21巻(Suppl 3)、2015年、p. 2211-2212
【文献】A. Steinecker, and W. Mader, "Measurement of lens aberrations by means of image displacements in beam-tilt series"、Ultramicroscopy 第81巻、2000年 p. 149-161
【文献】H. Sawada, T. Sannomiya, F. Hosokawab, T. Nakamichi, T. Kaneyama, T. Tomita, Y. Kondo, T. Tanaka, Y. Oshima, Y. Tanishiro, and K. Takayanagi, "Measurement method of aberration from Ronchigram by autocorrelation function", Ultramicroscopy 第108巻、 2008、 p.1467-1475
【文献】R. Danev, H. Okawara, N. Usuda, K. Kametani and K. Nagayama, "A Novel Phase-contrast Transmission Electron Microscopy Producing High-contrast Topographic Images of Weak Objects", J. Biol. Phys. 第28巻、2002年 p. 627-635
【文献】R. Danev and K. Nagayama, "Complex Observation in Electron Microscopy. IV. Reconstruction of Complex Object Wave from Conventional and Half Plane Phase Plate Image Pair", J. Phys. Soc. Jpn. 第73巻、2004年p. 2718-2724
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
収束電子線を用いた4次元の走査型微分位相法(4D-STEM)は以下の問題点があった。即ち、(1)検出面で観測される像が回折像で、観察時には観察対象物の画像を直接観察できないため、各種光学調整を行うための操作が必要な場合に速やかに対応することができない。
(2)次元の高い4次元の観測データを取得することに伴う観測時間の長大化とデジタル記憶容量の膨大化。
(3)DPC-STEMや4D-STEMによる原子分解能観察が、高強度の電子線照射に耐える金属や半導体の観察に限定され、電子線照射に弱い生体分子などの有機物に適用できない。
かかるため、原理そのものは、非特許文献1に見られるように40年以上前に提案されたが、金属、半導体への応用(非特許文献7~15)などに限定されてきた。
【0012】
基礎出願である特許文献1は、前述した4D-STEMの問題点を解決し、生体分子のような電子線破壊を受けやすい有機物までをも含む対象物の強度像及び微分位相像を操作性良く高分解能かつ高感度で取得することのできる4次元顕微鏡観察方法及び4次元透過型顕微鏡(4D-TEM)装置を提供した。
【0013】
特許文献1は、4次元顕微鏡において、光の逆進性の表現である
図1に示す「4次元相反定理」を拠り所に、収束電子線ではなく斜光平行照射電子線を用いる4次元透過型顕微鏡法(4D-TEM)を見出した。走査透過手法(STEM)を透過手法(TEM)に変えることは、検出面上の明視野円盤信号に代えて光源面上の明視野円盤信号の取得が核心になるため、光源走査部位を任意に設定できる自由度を獲得したことになる。この場合、4D-TEMの光源走査点の座標が4D-STEMの検出面座標に対応付けられる。
図1と同様の両者の対応を
図2に示すが、
図2にはまた電子線偏向に伴う4D-STEMおよび4D-TEMの明視野円盤の移動(電子線偏向のない場合の31から電子線偏向ある場合の32への移動)が模式的に描かれており、その重心移動量は収束電子線照射部位の微分位相量を表現する(非特許文献1)。4D-TEMの4D-STEMに対する優位性は、光源走査の自由度を利用し、走査を絞り開口端近傍部分に限局すること、すなわち重心移動を担う信号部位だけに電子線資源を投入することで、感度向上を示現することにある。特に部分域走査と絞り開口が矩形状のスリット絞り利用に伴う次元縮減を組み合わせると、両者の相乗効果による走査点少数化は、操作の即応性、観測の迅速化、デジタル記憶容量の少量化、観測の高感度化などを可能とした。
しかし特許文献1の方法は、次に述べる2箇の問題を抱え、適用範囲に限界のあることがその後判明した。
【0014】
第1の問題点は、特許文献1で用いられる斜光平行照射法そのものにある。一般に斜光照明は収差に奇数次項をもたらすため収差ボケが激しくなる。光学顕微鏡に比べ高次収差が激しい電子顕微鏡では、特に斜光照明に伴う収差ボケが激しくなり、4D-TEMの適用を制限する。
第2は、電子線偏向の様式に係わる問題で、背景の物理が複雑なため、これまであまり議論されてこなかった(非特許文献13)。4D-STEM、4D-TEMの別を問わず、4次元法は電子線偏向の観測なので、用いる電子線の収束幅(4D-STEMでは収束電子線の径、4D-TEMでは絞りの径の逆数)の大きさと観察対象物照射部位の位相変化(屈折率変化に比例)の大きさとの間の関係で2箇の典型的場合分けが考えられる。このことを模式的に示したのが
図3である。
図3(A)は特許文献1の前提とする場合で、観察対象物の照射部位の屈折率変化が、4D-STEMでは収束電子線の径の範囲でゆるやか、また4D-TEMでは絞り径の逆数(収束電子線の径に対応)範囲でゆるやかである。この場合、照射部位の屈折率の変化がプリズム効果として機能し、電子線の偏向は一様となり、明視野円盤の一様な平行移動(
図3(A)における31から32への平行移動)を生起させる。電子顕微鏡の観察対象物において、電場や磁場のポテンシャル勾配が電子線収束幅よりゆるやかに変化する材料は上記の条件を満たす。
しかし通常の物質は、無機物、有機物を問わずこの条件を満たさない。物質を構成する原子は元素種を問わず屈折率の根源である原子中心の電場ポテンシャル(「原子ポテンシャル」と呼ばれる)が、原子核を中心とする極めて急峻な尖塔形状を示すからである。そのため電子線偏向は平行移動ではなく、
図3(B)に示すような明視野円盤内の電子線偏在となる。すなわち、明視野円盤内の一方の端33bに電子線が偏向し、そこの強度が増し、対向するもう一方の端33aの強度は減る。従って
図3(B)の場合の重心移動観察に対応した新規な手法が求められる。
本願発明はこのような上述した第1及び第2の2箇の問題点を解決し、電子線偏向を検出し微分位相像さらに位相像を観察する適用範囲の広い電子顕微鏡観察方法、透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置、透過型電子顕微鏡及びデータ処理システムとを提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題解決のため、本願発明請求項1による電子顕微鏡観察方法は、光軸上の点光源から射出される電子線が物面に対し実質上直交する方向に光軸平行照射される照明工程と、前記物面に載置される観察対象物により散乱された電子線を集光する対物レンズの後方に対物レンズ後焦点面と共役な絞り面をつくる共役面シフト工程と、上記絞り面にπ位相板と電子線との相対位置を移動調整し、電子線強度の強い部分と弱い部分の対称的な電子線偏向コントラストを形成する電子線シフト工程と、シフトされた該電子線と上記π位相板とのいずれかを移動して走査する走査工程と、上記電子線シフト工程を経た電子線を集光し検出面に実像を結像させる結像工程とからなり、上記電子線偏向コントラストの走査点個数の2次元実像データを取得することを特徴とする。
また本願発明請求項2による電子顕微鏡観察方法は、請求項1記載の電子顕微鏡観察方法において、上記走査工程にて2次元実像データを積算することにより記録すべき上記2次元実像データを2個に縮減することを特徴とする。
また本願発明請求項3による電子顕微鏡観察方法は、請求項1又は請求項2記載の電子顕微鏡観察方法において、上記走査工程は上記点光源が固定され、上記π位相板が位相板の端縁に直交する方向に移動することにより部分域走査されることを特徴とする。
また本願発明請求項4による電子顕微鏡観察方法は、請求項1又は請求項2記載の電子顕微鏡観察方法において、上記走査工程は上記π位相板が固定され、上記電子線が位相板の端縁に直交する方向に移動することにより部分域走査されることを特徴とする。
また本願発明請求項5による電子顕微鏡観察方法は、請求項3又は請求項4記載の電子顕微鏡観察方法において、上記部分域走査は上記スリット絞りの開口の対向する端縁につき両端縁とも内外側に画定されることを特徴とする。
また本願発明請求項6による電子顕微鏡観察方法は、請求項3又は請求項4記載の電子顕微鏡観察方法において、上記部分域走査は上記スリット絞りの開口の対向する端縁につき一端縁が内外側に画定されることを特徴とする。
また本願発明請求項7による電子顕微鏡観察方法は、請求項3又は請求項4記載の電子顕微鏡観察方法において、上記部分域走査は上記スリット絞りの開口の対向する端縁につき両端縁とも内側に画定されることを特徴とする。
また本願発明請求項8による電子顕微鏡観察方法は、請求項3又は請求項4記載の電子顕微鏡観察方法において、上記部分域走査は上記スリット絞りの開口の対向する端縁につき一端縁が内側に画定されることを特徴とする。
また本願発明請求項9による電子顕微鏡観察方法は、請求項3又は請求項4記載の電子顕微鏡観察方法において、上記部分域走査は上記スリット絞りの開口の対向する端縁につき両端縁とも外側に画定されることを特徴とする。
また本願発明請求項10による電子顕微鏡観察方法は、請求項3又は請求項4記載の電子顕微鏡観察方法において、上記部分域走査は上記スリット絞りの開口の対向する端縁につき一端縁が外側に画定されることを特徴とする。
また本願発明請求項11による透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置は、電子が物面に対し垂直方向に照射される光軸平行照射をする電界放射型の電子銃を備える電子顕微鏡に設けられる絞り走査高速模倣装置であって、絞り設置部に設けられるπ位相板と、該π位相板の絞り設置面を中心にして反対方向に対称形に設けられる入射側の共役面シフトレンズ群及び出射側の共役面シフトレンズ群からなり、上記各共役面シフトレンズ群はそれぞれ2個1組のレンズと、該レンズ間に配置される2個1組の偏向コイルペアーからなることを特徴とする。
また本願発明請求項12による透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置は、請求項11記載の透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置において、上記各共役面シフトレンズ群が上記絞り設置部の前後に形成される電子線シフトエリアの範囲内に設けられることを特徴とする。
また本願発明請求項13による透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置は、請求項11記載の透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置において、上記各共役面シフトレンズ群が上記絞り設置部の前後に形成される電子線シフトエリアの範囲外に設けられることを特徴とする。
また本願発明請求項14による透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置は、請求項13記載の透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置において、上記入射共役面シフトレンズ群の外側に偏向コイルが設けられることを特徴とする。
また本願発明請求項15による透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置は、請求項14記載の透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置において、上記偏向コイルが2個1組であることを特徴とする。
また本願発明請求項16による透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置は、請求項14記載の透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置において、上記偏向コイルが単一であることを特徴とする。
また本願発明請求項17による透過型電子顕微鏡は、上記透過型電子顕微鏡用絞り走査高速模倣装置が上記電子顕微鏡の対物レンズと中間レンズとの間に設けられることを特徴とする。
また本願発明請求項18によるデータ処理システムは、積算走査で得られる2個の電子線偏向コントラスト2次元実像データに対し、2個の2次元実像データの差画像及び和画像を取る処理工程と、上記差画像データを上記和画像データで除算する処理工程と、上記処理工程のデータをフーリエ変換する工程と、フーリエ変換されたデータに階段関数型フィルターを乗算する工程と、フィルター操作されたデータを逆フーリエ変換する工程により、暗視野位相像を取得することを特徴とする。
【発明の効果】
【0016】
本願発明によれば、光軸平行電子線を用いるため、軸外平行電子線(斜光照明)を用いる際に不可避の4D-TEMの顕著な実像のぼけ(収差ぼけ)を防止し、高分解能を得ることができる。
また、位相をπシフトする矩形状のスリット位相板を有限回走査して観測される複数のヒルベルト微分コントラスト像を組み合わせることにより高感度暗視野微分位相像が取得される。暗視野微分位相像はさらに変換され、通常の位相像が高感度で取得される。これにより電子線照射に弱い有機物の高分解能での観察が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本願発明の原理である4次元相反定理の説明図であり、(A)は本願発明に係る4次元透過型電子顕微鏡法(4D-TEM)の図、(B)は従来の4次元法である4次元走査透過型電子顕微鏡法(4D-STEM)の図である。
【
図2】4D-STEM(100)の検出面114および4D-TEM(10)の光源面21に観測される、電子線が一様に偏向する場合の明視野円盤の電子線偏向に伴う重心移動の説明図である。
【
図3】電子線偏向に伴う明視野円盤の重心移動の説明図であり、(A)は収束電子線の収束幅に比べ位相変化(屈折率変化)がゆるやかな場合の平行移動的重心移動の図、(B)は収束電子線の収束幅に比べ位相変化(屈折率変化)が急峻で狭い原子ポテンシャルの場合の明視野円盤内電子線偏在による重心移動を対比的に説明する図である。
【
図4A】
図3(A)に示す平行移動型重心移動の場合のスリット絞りにより次元縮減した3次元顕微鏡法(走査が1次元で画像が2次元)による光源走査法の説明図であり、(A)は電子線偏向がない場合のスリット絞りの開口端縁の全域走査を示す図、(B)は電子線偏向がある場合のスリット絞りの開口端縁の全域走査を示す図である。
【
図4B】
図3(A)に示す平行移動型重心移動の場合の、スリット絞りにより次元縮減した3次元顕微鏡法(走査が1次元で画像が2次元)による光源走査法の説明図であり、(C)は電子線偏向がない場合のスリット絞りの開口端縁の部分域走査を示す図、(D)は電子線偏向がある場合のスリット絞りの開口端縁の部分域走査を示す図である。
【
図5A】
図3(B)に示す偏在型重心移動の場合のスリット絞りにより次元縮減された3次元顕微鏡法(走査が1次元で画像が2次元)による光源走査法の説明図であり、(A)は電子線偏向がない場合のスリット絞りの開口端縁の全域走査を示す図、(B)は電子線偏向がある場合のスリット絞りの開口端縁の全域走査を示す図である。
【
図5B】
図3(B)に示す偏在型重心移動の場合の、スリット絞りにより次元縮減された3次元顕微鏡法(走査が1次元で画像が2次元)による光源走査法の説明図であり、(C)は電子線偏向がない場合のスリット絞りの開口端縁の部分域走査を示す図、(D)は電子線偏向がある場合のスリット絞りの開口端縁の部分域走査を示す図である。
【
図6A】光源走査手法と走査法のバリエーションを示す説明図である。
【
図6B】スリット絞りの走査手法と走査法のバリエーションを示す説明図である。
【
図6C】光源の部分域走査とスリット絞りの端縁を光軸中心に固定した光源走査手法と走査法のバリエーションを示す説明図である。
【
図7】(A)は微分位相像を示す古典的なシュリーレン法に対応する絞り機構であり、ナイフエッジで絞り開口の半分を覆い電子線を遮蔽する図、(B)は(A)の遮蔽板を位相板に代替した図である。(C)は
図6Bのスリット絞りの走査手法をシュリーレン法に見立てた絞り機構を示す図である。(D)は本願発明の一実施の形態であって、(C)の遮蔽板をπ位相板にした1次元部分域走査法の場合の絞り機構を示す図であり、上の絞り開口端縁での絞り走査を小矢印で示す。(E)は
図6Bのスリット絞りの走査手法をシュリーレン法に見立てた絞り機構を示す図である。(F)は本願発明の他の実施の形態であって、(E)の遮蔽板をπ位相板にした1次元部分域走査法の場合の絞り機構を示す図であり、下の絞り開口端縁での絞り走査を小矢印で示す。
【
図8A】
図8Cの本願発明による透過型電子顕微鏡装置に設ける絞り走査高速模倣装置の一実施例を示す図である。
【
図8B】
図8Cの本願発明による透過型電子顕微鏡装置に設ける絞り走査高速模倣装置の他の実施例を示す図である。
【
図8C】本願発明による透過型電子顕微鏡装置の一実施の形態を示す概要図である。
【
図9】本願発明による実施形態で用いられるデータ処理システムを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本願発明を実施するための形態について、添付の図面を参照して、詳細に説明する。
図1(A)は、検出面24上の1つの像点に集光する電子線が、光源面21上の3箇の異なる点光源から射出される様子を示す。この場合の光線図は、物面22上における観察対象物34の有無で異なり、その様子はそれぞれ実線と破線で示される。これは、従来の収束電子線照射における検出面114上の明視野円盤の移動に対応し、平行光照射における検出面24上の1点に収束する多数の点光源からなる光源面の領域(以下、4D-STEMの「検出面明視野円盤」に対応し、「光源面明視野円盤」と呼ぶ)。)の移動を表し、この移動を定量できれば微分位相量が観察対象物34上の各点で求めることができる。
【0019】
(従来法における微分位相量の観測原理)
光には逆進性があることから、本願発明の理解のために、まず、従来の収束電子線走査回折像観察4次元顕微鏡(4D-STEM)の結像過程について説明する。
【0020】
(収束電子線の偏向と微分位相)
図1(B)は、前述した収束電子線の偏向を用いた従来の収束電子線走査回折像観察4次元顕微鏡(4D-STEM)の結像過程の概略を示す図である。
図1(B)に示す結像光学系は、4箇の光学面を備えており、第1光学面が光源面、第2光学面が絞り面、第3光学面が物面、第4光学面が検出面となる。ここで光源面と物面が光学的共役関係、絞り面と検出面が光学的共役関係にある。この光学系100では、第1レンズ101の前焦点面にある光源面111上の1つの光源点から射出した光が第1レンズ101、絞り112、第2レンズ102を通過し、物面113上の観察対象物34の光源点共役部位に収束電子線として照射される。
【0021】
観察対象物34により偏向した収束電子線は、第3レンズ103を通過し、後焦点面に設置された検出面114上に絞りの像である検出面明視野円盤(便宜上
図2の「32」を参照)を形成する。この検出面明視野円盤32の移動が微分位相を与え、光源位置を走査すれば微分位相走査像が得られる。光による物の結像過程は、以下見るように4つの光学面をつなぐ3箇のレンズ101~103によるフーリエ変換(以下「FT」と略称する)過程でもある。
【0022】
具体的には、第1レンズ101の前焦点面にある光源面111上の1点rsから射出された光δ(r)は、第1レンズ101を通過する際に逆フーリエ変換(FT-1)で表される作用を受け、絞りにおいて絞り関数P(s)で表される作用を受け、第2レンズ102を通過する際にFTで表される作用を受け、プローブ関数p(rs-r)で表される収束電子線としてt(r)で表される物面113に照射される。そして、物で偏向した収束電子線は、第3レンズ103を通過する際にFTで表される作用を受け、後焦点面に置かれた検出面114上に下記数式1で表される検出面明視野円盤32を形成する。
【0023】
【0024】
この検出面明視野円盤32の移動が微分位相を与え、光源位置を走査すれば、照射レンズ系により収束する電子線は観察対象物34を走査するので、微分走査像が得られる。このように電子線による物の結像過程は、4つの光学面をつなぐ3箇のレンズによるFT過程でもある。ちなみに、絞り関数P(s)とプローブ関数p(r)はFTでむすばれている。
【0025】
ところで、検出面明視野円盤32の移動を定量するのに必要な検出器の大きさは、検出面明視野円盤32の移動幅を考慮して、最大移動幅を付加した検出面明視野円盤32の直径の大きさが下限となる。検出面明視野円盤32自体は、絞り面112に配置された絞りの像なので、その大きさは絞りの大きさに比例し、空間分解能を良くするため収束電子線を小さく収束すればするほど逆比例関係にある絞りは大きくなり、対応する検出器も大きくなる。一方、微分位相の観測精度は、検出器の空間解像度に比例する。検出器の要求仕様は、このように求めたい画像空間分解能と微分位相観測精度の両者に依存する。
【0026】
一般に、観察対象物34を透過する光波や電子波などの搬送波は、屈折率に依存した位相変化を受ける。屈折率は空間的に分布するので、対応する位相も空間的に分布する。その際、位相と屈折率の関係は下記数式2により表される。
【0027】
【0028】
上記数式2において、θ(r)は位相分布、n(r)は屈折率分布、l(r)は厚さの分布、rは2次元空間座標、λは搬送波の波長を表す。また、(n(r)-1)の「1」は空気(正確には真空)の屈折率であり、物がある時とない時のその場所の屈折率の変化が、位相変化に対応している。そして、(n(r)-1)l(r)が光学距離に相当する。
【0029】
屈折率の分布は、微小範囲で見れば小さなプリズムの分布と近似できる。微小プリズムは、微小部分の屈折率の空間変化であり、上記数式1の関係から、位相の空間変化に対応することになり、結局位相空間分布の勾配(2次元1次微分=∇θ(r)=(∂θ(r)/∂x,∂θ(r)/∂y))に比例する。一方、観察対象物34を微小プリズムの集まりと考えた場合、収束電子線で狭い部分を照明すると、電子線は微小プリズムにより入射方向とは異なる方向に曲げられる。これが収束電子線を観察対象物34に照射したときに起こる電子線偏向の物理過程である。
【0030】
従って、収束電子線の偏向を定量できれば、微分位相量を観測することができる。そして、偏向量の最も簡単な方法は、観察対象物34に照射された収束電子線により、検出面に作出される検出面明視野円盤の偏向に伴う空間移動を定量することである。
【0031】
(収束電子線照射とその走査による従来の微分位相像観察法)
最も簡略化した顕微鏡光学系は、対物レンズと接眼レンズとから構成される2レンズ系であるが、本実施形態の顕微鏡観察方法では、光源面と検出面でそれぞれ独立に定義された光源面2次元座標と検出面2次元座標を用いて表される4次元座標に基づいて4次元的観察を行うため、光源面を明示的に定義する必要がある。そこで、本実施形態の顕微鏡観察方法では、
図1(B)で示したような光源面と集光レンズ(コレクターレンズ)を含めた3レンズ系を採用する。
【0032】
3レンズ・4光学面系の扱いをさらに単純化するため、本実施形態の顕微鏡観察方法では、3箇のレンズは同じ焦点距離fを持ち、レンズと光学面合わせて7つの要素が同じ焦点距離間隔で結合される3レンズ・4光学面・6焦点系とする。ここでは、顕微鏡の拡大機能は考えないので、結像倍率は1倍として扱う。また、本実施形態においては、レンズ作用を、物理的に扱うときは光の収束効果、数理的に扱うときはFT作用として扱う。
【0033】
3レンズ・4光学面系の光学系において、収束電子線を走査しながら照射する従来の微分位相像観察法を図示したのが
図1(B)である。ここで、検出面明視野円盤を現出させる光場を、光源面の実空間座標r
sと検出面の周波数空間座標s
dを用いてU
STEM(r
s,s
d)と表記する。4次元関数の変数である2箇の2次元座標の順序は、光源面座標を最初に、検出面座標を2番目に置いた。U
STEM(r
s,s
d)は、個別r
sをパラメーターとしてs
d座標検出面に展開する回折像2次元関数であり、観察対象物34に共役な光源点r
sを2次元走査して初めて4次元となる。なお微分位相は、収束電子線の偏向に伴う31から32への検出面明視野円盤の移動で表されるので、具体的な計算は、光場により形成されるs
d座標強度像(2乗検出像)としての検出面明視野円盤関数、|U
STEM(r
s,s
d)|
2の重心計算を用いて行われる。これを、検出面におけるs
d重心と呼ぶ。
【0034】
一般に、顕微鏡においては、観察対象物34に収束電子線を照射し、その収束電子線を2次元走査し、検出面上に置いた広角検出器で回折像の全強度を取得することにより、操作的に2次元像を取得する走査法と、観察対象物34に平行電子線を照射し、走査なしの1回の照射により生成される2次元実像を検出面上に置いた2次元検出器により取得する平行光照射法がある。前述したように、収束電子線照射の場合、照明光は観察対象物34の狭い領域に当たるので、局所的に偏向度合いを特定することができる。一方、平行光照射の場合、照明光が観察対象物34の広い領域に照射されて四方八方に偏向されるため、観察対象物34上の局所での偏向度合いを特定し、場所依存的には微分位相を抽出することはできないと考えられてきた。
しかしながら、本願発明前は光の逆進性より以下の知見を見出し、本願発明をなすに至った。
【0035】
(平行電子線照射を用いた4次元透過型顕微鏡(4D-TEM)法による微分位相量観測原理)
まず、本願発明の基本である平行光照射による4次元透過型顕微鏡(4D-TEM)法による微分位相両の観測原理について説明する。本願発明者は、光の逆進の性質を用い、かつ、通常の2次元的観察ではなく、4次元的観察を行えば、平行光照射法でも微分位相の観察が可能であることを見出し、本願発明をなすに至った。4D-STEMに対応する光学系100である
図1(B)は収束電子線を適用した従来型の走査型4次元法(4D-STEM)の結像図であり、4D-TEMに対応する光学系10である
図1(A)は多数の点光源から射出される平行照明光を模式化した本願発明の平行光照射型4次元法(4D-TEM)の結像図である。ただし、多数の点光源からの同時照射実験はないので、
図1(A)は異なる個別的点光源実験の重ね合わせを概念的に示したものである。
図1(B)と
図1(A)は鏡映対象であり、電子顕微鏡ですでに見出されている収束照明光を用いる走査透過型電子顕微鏡(STEM)と平行照明光を用いる透過型電子顕微鏡(TEM)の間に成立するTEM-STEM相反定理の4次元法への拡張であり、以後4次元相反定理と呼ぶ。
【0036】
収束電子線を適用した走査型4次元法では、光源面111上の1つの光源点r
sから光線束が射出される。
図1(B)に示すように、その様子は例えば代表的な3箇の光線で表現される。そして、各光線は、レンズ101及びレンズ102により物面113上の1点に収束され、観察対象物34により散乱された後、レンズ103により回折されて、検出面114の2次元座標上に広がる回折像、明視野円盤として観察される(明視野円盤32は
図2に示される)。
図1(A)に示す実線は電子線が観察対象物34によって局所的に偏向する様子を示し、破線は観察対象物34がない時に直進する様子を示している。即ち、
図1(B)には、観察対象物34による収束電子線の偏向に伴い、検出面114上で検出面明視野円盤32が移動する様子が明示されている。この移動量が微分位相量に対応する。
【0037】
光の逆進性を利用し、
図1(B)に示す結像図を鏡映反転しても光線図は成立する。
図1(A)は、
図1(B)の光逆進光線図であり、光源面の多数の点からそれぞれ光軸に対して傾きをもった平行照明光が観察対象物34に照射される。
図1(A)は、いわば
図1(B)の光源面と検出面とを置換した上で、左右逆転させた結像図となっている。
図1(A)は、検出面24上の1つの像点に集光する電子線が、光源面21上の3箇の異なる点光源から射出される様子を示す。この場合の光線図は、物面22上における観察対象物34の有無で異なり、その様子はそれぞれ実線と破線で示される。これは、従来の収束電子線照射における検出面114上の明視野円盤の移動に対応し、平行光照射における検出面24上の1点に収束する多数の点光源からなる光源面の領域の移動を表し、この移動を定量できれば微分位相量が観察対象物34上の各点で求めることができる。なお、
図2には、便宜上4D-STEM法の検出面明視野円盤32および対応する4D-TEM法の光源面明視野円盤(32)の両方について、電子線偏向に伴う移動の様子が4次元相反的に描かれている。
【0038】
光の逆進で重要なのは、光源面と検出面が入れ代わることである。これに伴い光学的共役関係も入れ代わり、光源面と絞り面が光学的共役関係、物面と検出面が光学的共役関係となる。ただし、光学面の位置は変わるが、各光学面に付与された座標系の物理的性質、即ち、実空間座標系か周波数空間座標系かの性質は保持される。その結果、検出面(detector plane)の周波数空間座標sdは、光源面(source plane)の周波数空間座標ssに、光源面(source plane)の実空間座標rsは、検出面(detector plane)の実空間座標rdに、それぞれ変更される((下つきのdおよびsはそれぞれdetector plane、source planeを意味している)。前述した収束電子線照射4次元法(4D-STEM)の検出面光場の標記法USTEM(rs,sd)に従うと、平行光を用いる平行光照射4次元法(4D-TEM)の検出面光場はUTEM(ss,rd)と表記される。UTEM(ss,rd)は、個別ssをパラメーターとしてrd座標検出面に展開する実像2次元関数であり、光源点ssを2次元走査して初めて4次元となる。なお微分位相の計算は、個別rdに対応して計算的に生成されるss座標強度像(2乗検出像)|UTEM(ss,rd)|2に対して実行される。
【0039】
平行光照射4次元法の場合、収束電子線照射4次元法とは異なり、電子線の偏向は、個別rdに対応して仮想的に観測される光源面明視野円盤の移動として現れるので、微分位相量は、rdを固定してss座標で2次元展開される光源面明視野円盤関数|UTEM(ss,rd)|2の重心計算を用いて行われる。これを光源面におけるss重心と呼ぶ。
【0040】
TEMの平行光照射法では、通常点光源が光軸上に置かれるが、本願発明による4D-TEMの平行光照射法では、収束電子線照射4次元法と同様に、光軸から離れた点から発せられる電子線を2次元走査する。
【0041】
この場合、光軸から離れた点から観察物対象物を照明すること、即ち、通常用いられる光軸に平行な電子線の照射に代えて、光軸に対して傾きをもつ平行電子線を照射することにより、検出面で観察される実像を記録する。そして、光源点を2次元的に走査し、その都度観察像を、例えば顕微鏡装置に設けられたデータ記憶部に蓄積する。こうしてデータは、光源面の2次元座標と実像検出面の2次元座標の合成である4次元座標上に展開され4次元データとなる。
【0042】
3レンズ・4光学面の7要素で構成される光学系を用いて、収束電子線照射と平行電子線照射を比較すると、
図1(B)に示すように、収束電子線照射では、光源面111-検出面114結像過程の数理はFT
-1、FT及びFTの順となる。一方、
図1(A)に示すように、光の逆進に対応し、平行電子線照射では、光源面21-検出面24結像過程の数理はFT、FT及びFT
-1の順となる。
【0043】
そして、収束光電子線照射で得られる4次元像は、下記数式3で表される照射光のプローブ関数p(r)と、下記数式4で表される対象物の透過係数または透過関数t(r)を用いて、下記数式5で表される。なお、プローブ関数p(r)と対象物透過関数t(r)は、共に複素数である。
【0044】
【0045】
【0046】
【0047】
一方、平行光照射で得られる4次元像は、下記数式6で表される。
【0048】
【0049】
ここで、上記数式6における絞り関数P(s)は下記数式7で表され、照射光プローブ関数とFTで結ばれる。また、T(s)は、下記数式8で表され、対象物透過関数とFTで結ばれる。なお、P(s)とT(s)は、共に複数である。
【0050】
【0051】
【0052】
収束電子線照射による4次元法と平行電子線照射による4次元法での観察対象物34の各点rにおける微分位相量は、座標sに展開する明視野円盤の重心積分より求まるが、上記数式2~8を用いて、それぞれ数式9及び数式10で表される。
【0053】
【0054】
【0055】
上記数式9及び数式10において、分子は1次モーメントを表し、分母は信号強度に対応する面積分を表す。また、割り算は重心に対応し、こうした演算を重心積分という。
【0056】
sd重心に対する上記数式9は、透過関数の位相成分の微分∇θt(r)とプローブ関数の位相成分の微分∇θp(r)の双方を含んでいる。微分符号などは若干異なるが、これは、Waddellらにより世界で最初に導出された数式と同じである(非特許文献1参照)。一方、上記数式10に示すss重心の表式は、本願発明者が発見したものであり、本出願が世界初出である。そして、上記数式9及び数式10を比較すると、光源面における実座標rsを変数とするか、検出面における実座標rdを変数とするかの違いを除けば、透過関数とプローブ関数の位相成分の微分表現が同じ表式を与えていることがわかる。
【0057】
この結果は、
図1(A)、
図1(B)に示す2箇の4次元法の光場が光の逆進から考え等価であることを解析的に示していると共に、Waddellらにより提案された収束電子線の観察対象物34上走査4次元法が、平行光照射を用いた光源面上点光源走査4次元法に代替できることを意味している。ここで、プローブ関数p(r)について考えると、顕微鏡のプローブ関数は、ほとんどのケースで中心対称なので、位相微分∇θ
p(0)は0となり、s
d重心及びs
s重心は、共にt(r)の位相成分θ
t(r)の微分のみを用いて表される。ただし、本願発明の平行光照射4次元顕微鏡観察方法で用いられる微分は、2次元1次微分、即ち下記数式11に示す勾配を意味し、∇θ
t(r)は下記数式12で表される。
【0058】
【0059】
【0060】
ここで原子ポテンシャルに対応する透過関数t(r)を具体的に表式し、数式9、10をさらに簡略化する。その上で
図3に示す明視野円盤の2箇の異なる電子線強度変動につき理論的に考察する。その中で2箇の強度変動現象が微分位相法の本質に迫る典型であることを示す。
【0061】
原子は電子線をほぼ100%透過するので、吸収のない純位相物体とみなされ、その透過関数は以下で表式される。
【0062】
【数13】
また原子ポテンシャルをV(r)とすれば、相互作用パラメーターσを用いて、位相θ(r)は以下で表される。
【0063】
【数14】
これらを用いて数式9、10は下記に簡略化される。
【0064】
【0065】
【数16】
数式15、16の第1項は定数項なので、それを無視すれば、両者は以下の同一表式にまとまる。
【0066】
【0067】
【0068】
数式18には右辺第1項と第3項に異なる微分表式が現れている。この2箇の表式が
図3に示した明視野円盤の重心積分と関係する。
数式18と
図3の対応は次のようになる。入射収束電子線35の観察対象物34面での形状がプローブ関数|p(r)|
2に、電子線収部位39の観察対象物34位相がθ(r)に対応する。
従って、電子線収束が位相変化の傾向より狭い
図3(A)の場合、|p(r)|
2をデルタ関数とみたて、右辺第1項を採用すれば、数式18は最終的に以下の簡略形となる。
【0069】
【0070】
すなわち、重心移動は正確に観察対象物34の位相の微分に比例する。
一方、原子ポテンシャルのように位相変化が急峻でデルタ関数的のとき、θ(r)をデルタ関数とみたて、右辺第3項を採用すれば、数式18は最終的に以下の簡略形となる。
【0071】
【0072】
すなわち、重心移動は原子ポテンシャルの大きさV0を反映するが、そのr座標依存性、すなわち像形状は、プローブ関数の微分∇|p(r)|2という装置関数固有のものになる。基本的に物質を構成する原子38の原子ポテンシャルを観測する電子顕微鏡では数式20の結果を適用するのが妥当である。
【0073】
以上から、収束電子線35、36の照射による4次元顕微鏡データ及び平行電子線照射による4次元顕微鏡データの両方について数式9及び数式10に示すs重心計算を行えば、観察対象物34の微分位相が求まることが分かる。実験で得られた∇θ(r)(2次元)からθ(r)(1次元)を得るには、勾配からポテンシャルを求める定法に従い、下記数式15に示す線積分操作を行えばよい。
【0074】
【0075】
上記数式15において、積分路Cは、例えばある起点ri=(xi,yi)からx軸に平行な直線(x,yi)、その直線端点(xf,yi)でy軸に平行な直線(xf,y)で、終点が求めたいrf=(xf,yf)点となるような道筋である。数式15はまた位相を回復するのに直交する2箇の微分位相成分があれば充分であることを示している。
【0076】
また、上記数式9及び数式10で周波数空間の重心(s重心)を計算するとき、下記数式16に示すt(r)の強度情報は、分母に現れる光場2乗検出の全積分値として得られているので、観察対象物34の光学情報、位相と強度の両方が得られたことになる。
【0077】
【0078】
4D-STEM法の難点である有機物不適用に関して、本願発明による4D-TEMは、
図3に示す電子線偏向の2箇の様式に対し以下に述べる高感度化を実現できる。まず
図3(A)を見ると、明視野円盤31の平行移動が小さい場合、その変化は移動方向に直交する絞り周辺部の狭い領域で生じていることが分かる。これは重心移動を与える信号が絞り周辺部の狭い領域31a、32aに集中していることを意味している。事実4D-STEMの観測データにおいても重心移動を与える信号が不均等であり、絞り周辺部分の積分走査で高感度の微分位相が求められるとの報告がある(非特許文献13)。これを本願発明による4D-TEMに応用した場合、光源の一様均等走査の代わりに、絞り周辺部の部分域走査を行うことにより、高感度の新規4次元観察法が可能となる。なお、
図3(A)では便宜上、電子線を細かい点々で表わし、平行移動した部分を「31a」、「32a」として表わした。
次に
図3(B)を見ると、電子線偏在による偏向がある場合、B2に見るように明視野円盤の電子線偏向は、円盤周辺部の狭い領域(電子線強度の減弱部分33aと電子線強度の増強部分33b)に集中していることがわかる。これはその電子線偏在集中域に対応する光源点を部分域走査すれば良いことを意味している。これらの部分域走査は、観測の高速化のみならず、部分域走査と全域走査とで全電子線量をそろえた場合、ノイズは変わらず、信号寄与の大きい部分域走査の信号が全域走査での平均信号より大となり、最終的に感度を向上が可能となる。他方、4D-STEMは明視野円盤内部の信号を全て一度に取り込むので、4D-TEMでは可能となる部分域走査対応の部分信号検出はできない。従って感度向上も期待することができない。
【0079】
図3(B)において、微小点エリア33bは電子線の偏在を表現しており、明視野円盤33内部の電子線の偏在(電子線の強度減縮部分33aと電子線の強度増強部分33b)は電子線偏向の一種で、
図3(A)に示す明視野円盤の平行移動と同様に重心移動を引き起こす。これは原子38のように局所の屈折率の変化が収束電子線35の径より狭く急峻な場合(39)に生じ、重心移動、すなわち微分位相の大きさの観測精度(感度)に係わる。
図3(B)に見るように、強度の偏在は水平方向に反対称であるため、2箇の絞り開口端縁のどちらか一方(33a又は33b)の観測でも重心移動を推定することができる。しかし、背景光に重なって正負反対に偏在する信号電子線強度を別個に観測し、その両者の差をとると、背景光や2次散乱、非弾性散乱のような信号擾乱要因が除去され、暗視野の中に微分位相像のみ浮かびあがる極めてクリーンな微分位相像が現出する。
【0080】
(分解能と感度の相克性)
分解能は、絞り開口51の大きさと収差の影響を受けずに、その開口いっぱいに広がる電子線(すなわち高周波情報を担う電子線)をどこまで拾えるかに係わる。別言すれば、開口の像である矩形明視野円盤の大きさが分解能を規定する。前述のように、
図3(A)に示す明視野円盤31の平行移動が小さい場合、その変化は移動方向に直交する絞り周辺部の狭い領域で生じる。すなわち重心移動を与える信号が絞り周辺部の狭い領域31a、32aに集中している。この場合、分解能を上げるため開口を広く取ると重心移動領域31a、32aは相対的に小さくなる。電子線資源を開口全体をカバーするように照射する場合、当然重心移動を与える信号成分は電子線資源のごく一部を使うことになり感度が落ちる。これは観測法一般に見られる分解能と感度の相克性の例である。これを回避するのが、本願発明に係る部分域走査法であり、電子線資源を信号に寄与する絞り周辺部領域31a、32aに集中することができる。
一方、
図3(B)においては、電子線偏向は、B2に見るように、明視野円盤内部の電子線偏在として表れる。高分解能化のため開口を広く取り、明視野円盤が大きくなっても、電子線偏在は円盤周辺部の狭い領域(33aと33b)に集中しているため、この偏在領域に対し、電子線源を部分域走査すれば、原子レベルの観察対象物38であっても高感度にての観察を維持できるのである。
すなわち、本願発明に係る光源の部分域走査法は、電子線偏向の様式によらず分解能と感度の相克性問題を解決する。この手法は、常に明視野円盤全体を観察対象とする4D-STEMでは実現しえない4D-TEM独自のものである。
【0081】
(次元縮減の方法)
4次元法の他の難点である高次元性に関しては、本願発明による4D-TEMで特徴的な次元縮減法がある。
図1(A)より、4次元法の真髄は偏向電子線の絞りによる蹴られにあることが分かる。逆説的に言えば、絞りがなければ明視野円盤は無限に広がり重心位置を特定することができない。よって、一方向に大きくに開いた絞り、すなわち
図4A、
図4B及び
図5A、
図5Bに示すような絞り開口51が横長の矩形状のスリット絞り50を用いれば、電子線の蹴られは長手方向に直交するスリット絞り50の開口51の端部のみで起こるので、その方向の微分位相が得られることになる。理論的考察からこの手法は、
図3(B)に示す電子線偏在型偏向の場合にも適用できる4D-TEMの特徴である。これは一方向(次元)の微分なので対応する走査も、絞り開口51が矩形状のスリット絞り50の長手方向に直交した1次元走査となり、4次元データを3次元データへと次元縮減することができる。これにより、観測の効率化を実現することができる。感度向上で述べた部分域走査法についても次元縮減法を適用することができ、走査範囲の低減化と合わせ観測時間をさらに縮小することができる。
図4A、
図4B及び
図5A、
図5Bは矩形の光源面明視野円盤を図象化してものであり、50はスリット絞りである。またs
y軸上の微小白丸点は走査する光源点を表し、s
y軸の方向が光源走査方向に対応する。s
y軸上の微小白丸点対応のデータは、3次元に次元縮減されたデータ|U
TEM(s
s,r
d)|
2において、各2次元観察点r
dでのs
y方向の光源面明視野円盤32(実際には1次元データなので、線状の「光源面明視野杖」と呼ばれる)として観測される。また光源面明視野杖の観測にまで簡略化された4D-TEMは3D-TEMと呼ばれる。
なお、
図4A(A)~
図4B(D)はいずれも
図3(A)に示す「31」から「32」の状態になる明視野円盤平行移動の場合に対応し、
図4A(B)と
図4B(D)の「31a」「32a」は
図3(B)の「31a」「32a」と同一である。また
図5A(A)~(D)はいずれも
図3(B)に示す「31」から「33」の状態になる明視野円盤内電子線偏在の場合に対応し、
図5A(B)と
図5B(D)の「33a」「33b」は
図3(B)の「33a」「33b」と同一である。スリット絞り50のサイズは、対物レンズの焦点距離及び求めたい分解能に依存する。サイズが大きいほど絞り開口51が大きいので高分解能になる。例えば焦点距離1mmで50μm開口幅では、100kV電顕で約1Å分解能となる。本実施例ではスリット絞り50のサイズは、標準的には、縦a50μm、横b100μmである。
(感度向上と次元縮減とを組み合わせる方法)
【0082】
次に感度向上と次元縮減を組み合わせた実験法につき説明する。
図4A及び
図4Bは、
図3(A)に示す平行移動型の電子線偏向の場合のこの方法の基本形を模式的に示しており、
図5A及び
図5Bは、
図3(B)に示す偏在型の電子線偏向の場合のこの方法の基本形を模式的に示している。
図4A、
図4B及び
図5A、
図5Bともに、光源を2次元走査したときに現れるスリット形の光源面明視野円盤31、32が絞り基板52からなるスリット絞り50の矩形状開口51に一致するように光源面に投影して描かれている(
図4A及び
図4B並びに
図5A及び
図5Bの51(31)の表記は
図3の「31」に対応し、
図4A及び
図4B並びに
図5A及び
図5Bの51(32)の表記は
図3の「32」に対応し、
図5の51(33)の表記は
図3の「33」に対応する)。上記絞り基板52は、遮蔽機能を有する。いずれの場合も絞り開口51が矩形状のスリット絞り50(
図4A及び
図4B並びに
図5A及び
図5Bに示す)の長手方向に直交する方向に光源の1次元走査を行う。また
図4A、
図4B及び
図5A、
図5Bともに、光源の走査点はスリット絞り50の中央を横切る小さい白丸点列として表示されている。
【0083】
図4A及び
図4Bに示す平行移動型の電子線偏向の場合、走査領域は絞り開口51が矩形状のスリット絞り50の端を越え、観察対象の電子線偏向幅の最大値までをカバーし、スリット絞り50の全域を走査するように設定される。
図5A及び
図5Bに示す偏在型の電子線偏向の場合、走査領域は絞り開口51が矩形状のスリット絞り50の内側、すなわち開口部51のみに設定される。光源の走査点はスリット絞り開口51の中央を横切る小さい白丸点列として表示される。これらは、3次元に次元縮減されたデータ|U
TEM(s
s,r
d)|
2において各2次元観察点r
dでのs
y方向の光源面明視野杖として観測される。微分位相を求める4D-TEMの重心積分処理は、3D-TEMにおいて、本来の2次元面積分から1次元線積分に簡略化される。
【0084】
図4B(D)及び
図5B(D)に示す部分域走査3D-TEM法がどの程度の感度向上をもたらすかは簡単な考察で推計することができる。
平行移動型の電子線偏向の場合、
図4A(B)に示す全域走査ではL+l/2の点が走査される。他方
図4B(D)に示す部分域走査ではlの点が走査される。両者ともに重心を求める線積分は同一の微分位相∂θ(r)/∂yを与える。しかし部分域走査(
図4B(D))では電子線がl点に集中するので、信号の絶対値は、L+l/2点の全域走査に分散される全域走査に比べ、(L+l/2)/l倍される。一方部分域走査も全域走査も、総電子量は観察対象物34の照射部位の限界電子線量にそろえるので、ノイズは同一である。従って感度は、部分域走査法が全域走査法に対し(L+l/2)/l倍高まる。lの大きさはカバーすべき重心移動量∂θ(r)/∂yの最大値で決まるが、一般にLを定める絞り開口幅に比べはるかに小さいので(L+l/2)/lは極めて大きな量になり、信号対雑音比で決まる画質が劇的に向上する効果がある。
偏在型の電子線偏向の場合、
図5A(B)に示す全域走査ではLの点が走査される。他方
図5B(D)に示す部分域走査ではlの点が走査される。
図5B(D)に見られる電子線の偏在は、x軸方向には一様で、y軸方向には定数項に(-π/2、π/2)をカバーする正弦関数(sin型)が乗るという極めて簡単な分布形状をしている。電子線偏在もこの分布形に対する、部分域走査対応の(-π/2、π/2)域両端抽出重心積分と全域走査対応の(-π/2、π/2)全域重心積分の比は理論的に1.7と与えられる。これは部分域走査法の感度優位性を示しており、平行移動型の電子線偏向の場合(
図4B(D))ほどは劇的でないが、感度向上効果を奏する。
原子ポテンシャルにより散乱された電子線は、
図5A(A)から
図5A(B)に示すようにスリット絞り50の内部での強度変動をもたらす。このとき最も大きな強度変動はスリット絞りの開口の端縁近傍である。よって電子線資源をそこに集中する光源走査を行うことにより、感度が向上する効果がある。その模式図を
図5B(C)から
図5B(D)に示す。電子線はスリット絞り50の開口部51に限局されるので、走査は該スリット絞り50の端縁を超えて実行されることはない。よって、高強度の背景光に由来する電子線がスリット絞り50の遮蔽部分である絞り基板52に照射されることにより生ずる帯電を回避することができる。
(斜光平行照射から光軸平行光照射への転換)
【0085】
特許文献1の4D-TEMのもうひとつの課題は、斜光平行照射に必然的に随伴する大きな収差ボケである。これを回避しかつ4次元法を実効するベストな方法は、光軸平行光照射と絞り走査の組み合わせである。4D-STEMにおいて、観察対象物34の上を収束電子線で走査する手法と光源を光軸に固定し観察対象物34を走査する方法は等価である。同じように、4D-TEMにおいて、光源を走査する方法(4D-STEMの収束電子線走査対応)と光源を光軸に固定し絞りを走査する方法(4D-STEMにおける観察対象物34走査対応)は等価である。後者の方法は斜光を用いないので、斜光平行照射に伴う収差ボケ回避の切り札となる。光軸平行光照射を核心とする3D-TEM(次元縮減4D-TEM)の1次元走査法については、
図6に部分域走査の種々のバリエーションと共に示す。
【0086】
光軸平行光照射を基本とする3D-TEMの1次元走査法に関しては、
図6Bのような絞り自体を走査する手法と
図6Cのような光軸の周りで光源を走査する手法の2箇が考えられる。比較のために、特許文献1に記載した斜光平行照射を利用する光源走査法も
図6Aとして載せてある。
絞り開口51が矩形状のスリット絞り50の部分域走査には、種々のバリエーションがある。以下説明する。
【0087】
(光軸平行光照射・絞り部分域走査法)
図6Bの「61」は
図6Aの「61」に対応する絞り部分域走査法の基本形で、絞り開口51が矩形状のスリット絞り50の長手方向に直交する方向に光軸近傍で絞り開口端の1次元走査を行う。絞り開口端は対向して2箇(B1、B2)あるが、独立に2箇の開口端両側の走査を行い2箇の3次元データを取得する。走査に伴い光軸43は、上方開口端走査(B1)、下方開口端走査(B2)ともに開口部51、遮蔽部52両者を通過する。平行移動型の電子線偏向の場合、開口端両側の全走査幅は観察対象の電子線偏向の最大値の2倍までをカバーする。偏在型の電子線偏向の場合、走査幅は1点から数十点とする。
図6Bの「62」は
図6Aの「62」に対応する絞り部分域走査法で、
図6Bの「61」と同じようにスリット絞り50に直交する方向に絞り開口端の1次元走査を行う。絞り開口端は対向して2箇(B1、B2)あるが、どちらか片方の開口端両側の走査を行い1箇の3次元データを取得する。図では、上方開口端(B1)を走査する場合のみを示しているが、下方開口端(B2)のみを走査することも可能である。走査に伴い光軸43は、開口部51、遮蔽部52両者を通過する。平行移動型の電子線偏向の場合、開口端両側の全走査幅は観察対象の電子線偏向の最大値の2倍までをカバーする。偏在型の電子線偏向の場合、走査幅は1点から数十点とする。
図6Bの「63」は
図6Aの「63」に対応する絞り部分域走査法で、
図6Bの「61」と同じようにスリット絞り50に直交する方向に絞り開口端の1次元走査を行う。絞り開口端は対向して2箇(B1、B2)あるが、独立に2箇の開口端片側の走査を行い2箇の3次元データを取得する。走査に伴い光軸43は開口部51のみを通過する。平行移動型の電子線偏向の場合、開口端片側の全走査幅は観察対象の電子線偏向の最大値までをカバーする。偏在型の電子線偏向の場合、走査幅は1点から数十点とする。
図6Bの「64」は
図6Aの「64」に対応する絞り部分域走査法で、
図6Bの「61」と同じようにスリット絞り50に直交する方向に絞り開口端の1次元走査を行う。絞り開口端は対向して2箇(B1、B2)あるが、どちらか片方の開口端片側の走査を行い1箇の3次元データを取得する。図では、上方開口端(B1)を走査する場合のみを示しているが、下方開口端(B2)のみを走査することも可能である。走査に伴い光軸43は開口部51のみを通過する。平行移動型の電子線偏向の場合、開口端片側全走査幅は観察対象の電子線偏向の最大値までをカバーする。偏在型の電子線偏向の場合、走査幅は1点から数十点とする。
図6Bの「65」は
図6Aの「65」に対応する絞り部分域走査法で、
図6Bの「61」と同じようにスリット絞り50に直交する方向に絞り開口端の1次元走査を行う。絞り開口端は対向して2箇(B1、B2)あるが、独立に2箇の開口端片側の走査を行い2箇の3次元データを取得する。走査に伴い光軸43は遮蔽部52のみを通過する。平行移動型の電子線偏向の場合、開口端片側全走査幅は観察対象の電子線偏向の最大値までをカバーする。偏在型の電子線偏向の場合、走査幅は1点から数十点とする。
図6Bの「66」は
図6Aの「66」に対応する絞り部分域走査法で、
図6Bの「61」と同じようにスリット絞り50に直交する方向に絞り開口端の1次元走査を行う。絞り開口端は対向して2箇(B1、B2)あるが、どちらか片方の開口端片側の走査を行い1箇の3次元データを取得する。図では、上側開口端(B1)を走査する場合のみを示しているが、下側開口端(B2)のみを走査することも可能である。走査に伴い光軸43は遮蔽部52のみを通過する。平行移動型の電子線偏向の場合、開口端片側全走査幅は観察対象の電子線偏向の最大値までをカバーする。偏在型の電子線偏向の場合、走査幅は1点から数十点とする。
【0088】
(光軸平行光照射・光源部分域走査法)
図6Cの「61」は
図6Aの「61」に対応する光源部分域走査法の基本形で、矩形状のスリット絞り50の絞り開口端を光軸43の近傍に固定し、長手方向に直交する方向に光源の1次元走査を行う。絞り開口端は対向して2箇(C1、C2)あるが、独立に2箇の開口端両側の走査を行い2箇の3次元データを取得する。光軸43は、開口51側に置かれる。平行移動型の電子線偏向の場合、開口端両側全走査幅は観察対象の電子線偏向の最大値の2倍までをカバーする。偏在型の電子線偏向の場合、走査幅は1点から数十点とする。
図6Cの「62」は
図6Aの「62」に対応する光源部分域走査法で、
図6Cの「61」と同じように矩形状のスリット絞り50の絞り開口端を光軸43の近傍に固定し、長手方向に直交する方向に光源の1次元走査を行う。絞り開口端は対向して2箇(C1、C2)あるが、どちらか片方の開口端両側の走査を行い1箇の3次元データを取得する。図では、上方開口端(C1)を走査する場合のみを示しているが、下方開口端(C2)のみを走査することも可能である。光軸43は、開口51側に置かれる。平行移動型の電子線偏向の場合、開口端両側全走査幅は観察対象の電子線偏向の最大値の2倍までをカバーする。偏在型の電子線偏向の場合、走査幅は1点から数十点とする。
図6Cの「63」は
図6Aの「63」に対応する光源部分域走査法で、
図6Cの「61」と同じように矩形状のスリット絞り50の絞り開口端を光軸43の近傍に固定し、長手方向に直交する方向に光源の1次元走査を行う。絞り開口端は対向して2箇(C1、C2)あるが、独立に2箇の開口端開口側の走査を行い2箇の3次元データを取得する。光軸43は、開口51側に置かれる。平行移動型の電子線偏向の場合、開口端片側全走査幅は観察対象の電子線偏向の最大値までをカバーする。偏在型の電子線偏向の場合、走査幅は1点から数十点とする。
図6Cの「64」は
図6Aの「64」に対応する光源部分域走査法で、
図6Cの「61」と同じようにスリット絞り50に直交する方向に絞り開口端の1次元走査を行う。絞り開口端は対向して2箇(C1、C2)あるが、どちらか片方の開口端開口側の走査を行い1箇の3次元データの取得を行う。図では、上側開口端(C1)を走査する場合のみを示しているが、下側開口端(C2)のみを走査することも可能である。光軸43は、開口51側に置かれる。平行移動型の電子線偏向の場合、開口端片側全走査幅は観察対象の電子線偏向の最大値までをカバーする。偏在型の電子線偏向の場合、走査幅は1点から数十点とする。
図6Cの「65」は
図6Aの「65」に対応する光源部分域走査法で、
図6Cの「61」と同じように絞り開口51が矩形状のスリット絞り50の絞り開口端を光軸43の近傍に固定し、長手方向に直交する方向に光源の1次元走査を行う。絞り開口端は対向して2箇(C1、C2)あるが、独立に2箇の開口端遮蔽側の走査を行い2箇の3次元データを取得する。光軸43は、開口51側に置かれる。平行移動型の電子線偏向の場合、開口端片側全走査幅は観察対象の電子線偏向の最大値までをカバーする。偏在型の電子線偏向の場合、走査幅は1点から数十点とする。
図6Cの「66」は
図6Aの「66」に対応する光源部分域走査法で、
図6Cの「61」と同じように絞り開口51が矩形状のスリット絞り50の絞り開口端を光軸43の近傍に固定し、長手方向に直交する方向に光源の1次元走査を行う。絞り開口端は対向して2箇(C1、C2)あるが、どちらか片方の開口端遮蔽側の走査を行い1箇の3次元データを取得する。図では、上側開口端(C1)を走査する場合のみを示しているが、下側開口端(C2)のみを走査することも可能である。光軸43は、開口51側に置かれる。平行移動型の電子線偏向の場合、開口端片側全走査幅は観察対象の電子線偏向の最大値までをカバーする。偏在型の電子線偏向の場合、走査幅は1点から数十点とする。
(部分域走査による効果)
【0089】
部分域走査の長所は、電子線資源の局所集中による感度向上と走査点数が少なくなることによる高速化である。
図6Aはスリット絞り50の矩形状の絞り開口51の絞り開口端縁の両側か片側かの走査選択および向き合う2箇の絞り開口端縁の両方か片方かの走査選択の組み合わせによりバリエーションが生まれる。
図6Bは、光源が光軸43上で固定され、スリット絞り50が上下方向に移動される場合である。この場合、光軸43に絞り開口51の端縁が上方から近接するか、下方から近接するかの2箇の走査手法があり、B1が前者をB2が後者を各示す。絞り開口端縁の両側か片側かの走査選択および向き合う2箇の絞り開口端縁の両方か片方かの走査選択の組み合わせにより上述の如きバリエーションが生まれる。
図6Bにおいて絞り基板52の移動を表わすため、矢印で表示した。電子線の走査は、絞り基板52を移動させ、対向する開口51の端縁の片方即ち下部B2又は上部B1を走査することを表わすため、便宜、上部B1又は下部B2を分けて表わした。この絞り基板52を移動しての上部B1又は下部B2の走査はそれぞれ1回合計2回行われるが、この絞り基板52へ移動時に誤って電子線を切断することがあり、これが帯電問題を引き起こしていた。
図6Cは、反対に、スリット絞り50が固定され、光源の方が上下方向に移動される場合である。この場合も、感度が2倍向上するヒルベルト微分コントラスト法が得られる。電子線の走査は、絞り開口51の上部B1又は下部B2を光軸43の近傍に移動後、光源走査を対向する開口端縁の片方即ち下部B2又は上部B1にて行うことを表わすため、便宜、上部B1又は下部B2を分けて表わした。光源の移動を表わすため、小白丸点で表示した。
走査の高速化については、光源の移動である
図6Cの場合の方が
図6Bの場合より著しい効果がある。
図6Cの電子線光源操作の場合、走査速度はマイクロ秒とすることが可能となる。一方、
図6Bの機械操作の場合、このような高速化は、困難である。
図6Cに示す部分域走査法は、
図6Aに示す光源操作法に比し射光照明回避による像劣化を防止することができ、また、光源操作となるため、
図6Bの機械操作を回避できるので、走査が格段に高速化する。なお、
図6B、
図6Cの場合、位相板はπ位相板54を用いるのが望ましい。
(部分域走査と高感度化・高分解能化)
【0090】
上述したように本願の発明の根幹は部分域走査による高感度化である。高感度化とは画像の信号対雑音比を改善することで、信号強度を増強させても雑音強度を減弱させても達成される。雑音源には種々あるが、電子線の場合主要なものは、ランダムな点の集合として画像が生成される光学手法特有のショット雑音である。ショット雑音は電子線強度(個数)の平方根で増大するが、信号は電子線強度に比例し増大するため、高感度化、すなわち信号対雑音比の向上を行う端的な方法は、観察対象物34に照射する電子線強度を増大させることである。現在、金属や半導体で1Å以下の分解能が実現しているが、それは、大きい開口の絞りを用いても収差が生じないなど電子顕微鏡装置の性能向上という大前提のほかに、強い電子線を照射しても観察対象物34が破壊しないという前提に依拠している。すなわち装置的には高分解能性能でも、高電子線照射による高信号対雑音比を持つ高画質を保証しなければ高分解能画像は得られない。本願での高分解能化は、このような高感度化がもたらす画質改善を意味する。
有機物一般の高分解能による電子顕微鏡画像取得の困難さは、電子線による観察対象物34の破壊が低電子線量(限界電子線量)で起こるためであり、たとえば、金属や半導体の1000分の1程度しか電子線を照射できない。したがって、有機物を対象とする電子顕微鏡観察の像分解能はあがらない。本願発明による部分域走査法は、明視野円盤の信号担持部分のみに電子線を集中し、信号強度を増大させることで、高分解能化を実現する手法である。すなわち、この部分域走査法では、全域走査法と同じ限界電子線量でも、信号強度増大による信号対雑音比の増大が起こり、全域走査法に比べ高画質の画像が得られるので、高分解能化が実現されるのである。
(位相板活用による更なる高感度化)
【0091】
遮蔽をする矩形状の遮蔽板44を矩形状の位相板45に転換することにより感度が約2倍向上する。
図6Bの「63」に示す絞り部分域走査法において、走査を1点の光源に限定する手法は、位相観測に19世紀から活用されてきたシュリ-レン法と同等である。シュリ-レン法では
図7(A)に示すように、通常絞り基板42の開口半分を覆うナイフエッジなどの遮蔽板44を設置し、光軸43は遮蔽板44の端に近接し開口41側に固定される。
絞りの遮蔽板44を、
図7(B)のように位相をずらす位相板45に代えれば、位相板は遮蔽板44により喪失した電子線を透過し復活させるので、シュリ-レン法と同等の微分位相像が2倍の感度(信号対雑音比)で得られる。この方法を応用し本願発明では、
図6Bの「63」に示す絞り部分域走査法に対応する対比例としての
図7(C)、
図7(E)に示す矩形状絞り40の絞り板42に設けられた遮蔽板44を、本実施の形態では矩形状に形成された開口51を覆うπ位相板54としたので(
図7(D)、
図7(F))、
図6Bの「63」に示す3D-TEMの感度がさらに倍化されるのである。この場合背景光由来の強力な電子線がπ位相板54を横切らないように、光軸43と位相板の相対位置を調整することが必須である。そのために、
図6Bにおいて、B1、B2に示すように上下2つの開口端縁を使い、電子線がπ位相板54を横切る際に不可避的に生ずる帯電を回避した。
(ヒルベルト微分ペアー観測法)
【0092】
図7(D)、
図7(F)では、
図6Bに「63」で示す走査をするため、位相板が部分域走査される。
図7(D)、
図7(F)にはその事情が小矢印で表象されている。3D-TEMを忠実に実行すれば、データは3次元となり、微分像を求めるにはその後も積分演算が必要となる。しかし、矩形スリットπ位相板を用いたTEM画像自体が、ヒルベルト微分の像であることを考慮すれば、次元をさらに縮減した簡略法が考えられる。すなわち、小矢印方向の走査の各時点での画像取得をやめ、いわば開放露出として、走査途中の画像データを検出器に積分する積算法を採用することにより、3次元データは、微分方向を異にする2箇のヒルベルト微分コントラスト像に究極縮減する。これが次元縮減、部分域走査法、ヒルベルト位相板、積算法の総合から得られる4D-TEMの高感度化の究極的方法である。
【0093】
図7(D)、
図7(F)で示す矩形状のスリット開口51を覆うπ位相板54を利用して得られる微分位相像は、通常微分とは異なる特長、例えば簡便な位相像回復ルート(次段落と
図9参照)を持つ。よって本願発明では、この微分様式を通常微分と区別するためヒルベルト微分と呼ぶ。
図7(D)と
図7(F)で得られるヒルベルト微分位相像は、微分方向反転のため符号も反転しており、両者の差像は、純粋に微分位相像だけを保持した暗視野微分位相像となる。背景由来の強い明視野も2次成分や非弾性散乱由来の信号も除去されるので暗視野微分位相像と呼べる。
ヒルベルト微分位相像は、FTと変形版の階段関数によるフィルター(以後階段関数型フィルターと呼ぶ)操作でゼルニケ位相差法に変換可能である(非特許文献18)。従って最終的には位相差像自体も得られる。これは、暗視野位相差像と呼べる。
ヒルベルト位相差法のゼルニケ位相差法に対する優位性は、これにとどまらず、位相板の端縁と強力な背景電子線が通過する光軸との相対位置の選択の広さにある。強力な背景電子線の位相板通過が位相板帯電の最大要因なので、強力な背景電子線が位相板端縁から充分離れても機能するヒルベルト位相差法は、帯電回避の点で有利である。このようにヒルベルト位相差法では、位相板の設定位置に大きい自由度があるため、位相板帯電問題という電子顕微鏡位相差法の最大の難点を大きく緩和することができる。すなわち位相板の寿命を延長できる利点を持つ。
(電子線偏向に伴う重心移動と原子ポテンシャル)
【0094】
4次元走査透過型電子顕微鏡(4D-STEM)(
図1(B))であれ、4次元顕微鏡(4D-TEM)(
図1(A))であれ、4次元法は電子線偏向の観測なので、用いる入射収束電子線(
図3の35)の収束幅(4D-STEMでは電子線収束径、4D-TEMでは絞り径の逆数)の大きさと、観察対象物34の照射部位(
図3の39)の位相変化(屈折率変化に比例)の大きさとの間の関係で2箇の典型的な場合分けが考えられる。このことを模式的に示したのが
図3である。
図3(A)は特許文献1が前提とする場合で、観察対象物34の照射部位の屈折率変化が、4D-STEMでは電子線の収束幅39よりゆるやか、また4D-TEMでは絞り径の逆数(電子線の収束幅39に対応)よりゆるやかである。この場合、照射部位の屈折率変化がプリズム効果として機能し、出射収束電子線36、37は一様な偏向を示す。その結果
図3(A)の下段に示すように明視野円盤31から32への全体的平行移動が生ずる。位相変化がない照射部位では、
図3(B)のB1のように電子線は偏向せず、光軸43の周りに等方的な明視野円盤31を作出する(
図3(A)ではそれが破線の出射収束電子線36で示されている)。電子顕微鏡の観察対象物34において、電場や磁場のポテンシャル(屈折率=位相の物理的起源)勾配が電子線の収束幅よりゆるやかに変化する場合はこの条件を満たすが、通常の物質は、無機物、有機物を問わずこの条件を満たさない。
物質を構成する原子は元素種を問わず原子核に電場ポテンシャルが集中しており、原子38が作り出す電場ポテンシャル(一般に「原子ポテンシャル」と呼ばれる)は、
図3(B)に示すように、原子核を中心とする極めて急峻な尖塔形状を持つ。収束電子線35、36は原子全体をすっぽり包むため、平行移動のような一様な偏向は生ぜず、偏向は明視野円盤内部に限局され、電子線分布は
図3(B)に示すような明視野円盤内の偏在となる。すなわち、明視野円盤内の一方の端33bの電子線が増強し、対向するもう一方の端33aの電子線は減弱する。
本願発明によれば、このように異なる挙動を示す2箇の様式の電子線偏向に伴う重心移動の両者に対し部分域走査法により高感度化がもたらされるので、電子顕微鏡を電子線破壊を受け易い有機物、例えば蛋白質や核酸などの観察等に活用することができる。
(電子線偏向操作による絞り走査の高速模倣)
【0095】
斜光照射を全く使用しないという意味で、
図6Bの絞り走査法は、
図6A、
図6Cに示す光源走査法より優れている。しかし絞り走査は機械的に行われるため、電子的に操作される光源走査に比べ、速度および位置再現性の点で劣ること、さらに遮蔽板または位相板を光軸近傍に設置することに伴い操作性が悪化すること(例えば通常の電子顕微鏡観察への切り替えが不便になる)、などでマイナス要素もある。このため、本実施の形態では絞り走査を電子線走査で模倣することによりこれを解決する。原理の骨子は、対物レンズ84(
図8A、
図8B)の後方に対物絞り面78と共役な絞り面76を作り、π位相板54をその開口51が光軸43を中心に見込むよう設置し、絞り移動の代わりに電子線シフトを利用することにより、π位相板54端縁と背景光由来の電子線通路との相対位置を制御することにある。
(絞り走査高速模倣装置)
【0096】
この原理を実現する絞り走査高速模倣装置と名づけ、次に説明する。該絞り走査高速模倣装置70は、レンズ4個と偏向コイル4個を用いて実現する実施例(
図8A)と、レンズ3個と偏向コイル10個を用いて実現する実施例(
図8B)に示す。電子線シフトには偏向コイルが活用されるが、電子線偏向もレンズ収差の影響を受けるので、影響の小さい
図8Bに示す実施例が
図8Aのそれより優れている。
図8Cは、絞り走査高速模倣装置が通常の電子顕微鏡装置のどこに設置されるかを示すための概略図である。
【0097】
図8Aに示す第1実施例では、絞りステージ73に上記したπ位相板54が設けられ、このπ位相板54が対物後焦点面78の共役面である絞り設置面76上にくる。50はπ位相板54が設けられる絞り基板である。上記絞り設置面76を中心にして、反対方向に対称形に入射側の共役面シフトレンズペアー91と出射側の共役面シフトレンズペアー92が設けられる。即ち、入射側の共役面シフトレンズペアー91は2個1組のレンズ75a、75bと、該レンズ75a、75b間に配置される2個1組の偏向コイルペアー74aからなる。一方出射側には、2個1組のレンズ75c、75dと、該レンズ75c、75d間に配置される2個1組の偏向コイルペアー74bからなる出射側の共役面シフトレンズペアー92が対称形に形成される。90は電子線シフトエリアであり、このエリア内において入射された電子線71がシフトされ、シフトされたシフト電子線71a、71bとなる。本実施例では上記入射側の共役面シフトレンズペアー91と上記出射側の共役面シフトレンズペアー92とはいずれも電子線シフトエリア90の範囲内に設けられる。図中、78は対物レンズ84(
図8Cに示す)の後方に形成される対物レンズ後焦点面、79は中間レンズ85a(
図8Cに示す)の前方に形成される中間レンズ前焦点面、72は鏡筒である。
【0098】
図8Bに示す第2実施例では、絞りステージ73に上記したπ位相板54が設けられ、このπ位相板54対物後焦点面78の共役面である絞り設置面76上に来る。絞り設置面76の外側に2個1組の偏向コイルペアー74c、74dが対称形に設けられる。上記絞り設置面76を中心にして、反対方向に対称形に入射側の共役面シフトレンズペアー91と出射側の共役面シフトレンズペアー92が設けられる。即ち、入射側の共役面シフトレンズペアー91は2個1組のレンズ75a、75bと、該レンズ75a、75b間に配置される2個1組の偏向コイル74eからなる。一方出射側には、2個1組のレンズ75c、75dと、該レンズ75c、75d間に配置される2個1組の偏向コイル74gからなる出射側の共役面シフトレンズペアー92が対称形に形成される。第2実施例では、また上記レンズ75aの外側に2個1組の偏向コイル74fが設けられる。90は電子線シフトエリアであり、このエリア内において入射された電子線71がシフトされ、シフトされたシフト電子線71a、71bとなる。本実施例では上記入射側の共役面シフトレンズペアー91と上記出射側の共役面シフトレンズペアー92とはいずれも電子線シフトエリア90の範囲外に設けられる。
第2実施例は共役面シフトレンズペアー91、92が電子線シフトエリア90の外側に設けられるため、レンズ収差の影響が小さいので、望ましい。その理由は共役面シフトレンズペアー91内の2個1組の偏向コイル74fの下側コイル74eは下方レンズ75bの収差の影響を受けるため、電子線シフトが乱される。従って本実施の形態ではその位置に電子線シフト用の偏向コイルペアー74cを置かず、電子線シフト用2個1組の偏向コイルペアー74cはレンズペアー75a、75bの外に置いたからである。共役面シフトレンズペアー92についても2個1組の偏向コイルペアー74dを共役面シフトレンズペアー92の外に配置したので同様である。
【0099】
絞り走査高速模倣装置70の働きにつき
図8Aに基づき説明する。
図7に示すπ位相板54は、本来対物レンズ後焦点面78に設置される。
図8Aでは、対物レンズ後焦点面78が共役面シフトレンズペアー91の働きで共役位置の絞り設置面76に移動され、次いで、共役面シフトレンズペアー92の働きで中間レンズ85aの前焦点面79の共役位置に移動される。絞り設置面76には
図7に示すπ位相板54が設置される。レンズペアー75a、75bの中間には2個1組の偏向コイルペアー74aが設けられ、電子線を平行移動(シフト)させてシフト電子線71aとし、またレンズペアー75c、75dの中間には2個1組の偏向コイルペアー74bが設けられるので、該電子線71aを再シフトさせシフト電子線71bとする。これにより、再シフトされたシフト電子線71bはシフトされないで直進するときの電子線71の軌道と同一となる。π位相板54と電子線71との位置関係は相対的なので、これにより位相板を固定したまま、
図6Bに示す一群の絞り走査としての部分域走査と等価な走査が、電子線シフトにより模倣される。電子線の走査は、機械走査に比べはるかに高速かつ高精度という効果がある。
図8Bに示す実施例も同様な働きをする。
上記絞り走査高速模倣装置70は
図8Cに示すTEM装置80において、対物レンズ84の直下に設置される。絞り走査高速模倣装置70は、倍率を変えずに対物レンズ84と中間レンズ85aをつなぎ、新機能を付加するので、いわゆるトランスファーレンズの一種である。また電子顕微鏡操作的に見た絞り走査高速模倣装置70の長所は、1)
図6Bの絞り走査法のように位相板が開口を半分覆うことなく、光軸対称の開口設置がデフォールトなので、電子線シフト機能を止めれば通常2次元法を容易に実現できること、2)絞りステージを用いているので、絞りの機械的移動操作もでき、絞り走査に関する粗調(機械的)と微調(電子線シフト)の組み合わせが可能になることにある。
なお、
図8A、
図8Bの場合、位相板はπ位相板54を用いるのが望ましい。
【0100】
図8Cは、
図7に基き説明したスリット絞り50を備える電子顕微鏡装置80の実施例を示す。
透過型顕微鏡装置80はトップから、電子線を射出する電子銃81、射出電子線を光軸平行照射する電子線として観察対象物34に直角に照射するコンデンサーレンズ82、観察対象物34を保持する試料ステージ83、試料透過電子線を集光する対物レンズ84、対物レンズ84と中間レンズ85aをつなぎ、絞り走査と等価な電子線走査を実行する絞り走査高速模倣装置70、模倣装置透過後の回折電子線を結像させる中間レンズ85a、投影レンズ85b、結像した実像を記録する固体検出器86、電子銃81から固体検出器86の装置要素を電子制御する制御装置87、固体検出器より転送された画像データを、保管、処理、表示するデータ処理システム88から構成される。図中、89は装置の筐体である。この中で絞り走査高速模倣装置70以外は既製の電子顕微鏡要素を用いる。絞り走査高速模倣装置70の内部構成については、既に詳述した。
【0101】
上記透過型顕微鏡装置80による観察は、各レンズ82、84、85a、85bに対し直交する光軸平行照射光を用い、絞り走査高速模倣装置70にて電子線1次元走査を行い、得られた3次元データから微分位相像を演算取得する観察方法である。即ち、光軸上点光源から射出された電子線71を観察対象物34(
図3に示す)に光軸平行照射する照明工程と、観察対象物34で偏向された電子線71を対物レンズ84で集光する工程と、集光電子を絞り走査高速模倣装置70に導入し、その絞り面に設置されたπ位相板54と背景光電子線71との相対位置を走査する工程と、走査高速模倣装置70から射出された電子線を検出器86の検出面に実像を結像させる結像工程と、データ処理システム89にて絞り走査高速模倣装置70における走査工程で得られた複数の実像データから3次元TEMデータを生成するデータ処理工程と、3次元データに付き、光源面1次元座標における重心積分を計算して、観察対象物34の次元微分位相画像を取得する微分位相像取得工程と、を有する。
電子線走査の点数は1から数十にわたる任意の点数が、観察目的に応じて選択される。
(データ処理方法)
【0102】
以下
図9のフローチャートに示すデータ処理の方法につき説明する。
<ステップ1:ヒルベルト微分コントラストペアと微分位相差像の取得>
スリット絞り50のπ位相板54の上端の開口側積算走査からヒルベルト微分コントラスト像Iを取得し、下端の開口側積算走査からヒルベルト微分コントラスト像IIを取得する(S1a)。次いで、両者の差像と両者の和像の比を取り正規化ヒルベルト微分差像を取得する(S1b)。
【0103】
<ステップ2:正規化ヒルベルト微分差像の2次元FT>
ステップ1で得られた正規化ヒルベルト微分差像の2次元FTを行う(S2)。
【0104】
<ステップ3:フィルタリングによるゼルニケ位相差回折像の取得>
ヒルベルト微分の簡易積分の初段として、上記FT像に対し、π位相板と積算操作の相乗効果として生み出され、電子顕微鏡像を変調する階段関数型フィルターの効果を取り除くため、該階段関数型フィルター関数を乗算し、ゼルニケ位相差像対応のFT像を取得する(S3)。
【0105】
<ステップ4:ゼルニケ位相差像の取得>
簡易積分の第2段として、上記のフィルター処理FT像をFT-1し、最終ゴールであるゼルニケ位相差像を得る。通常の2次元微分位相像の場合、位相差像を得るには2次元積分操作、もしくは等価なFT操作が適用される。その場合、微分方向の直行する2箇の微分位相像が必須だが(非特許文献12)、ヒルベルト微分をベースとした本願発明による位相差像回復は、1つの微分位相像に対するFT+フィルター操作だけで実現される(S4)。
【0106】
本願発明は上記実施の形態に限定されない。例えば、光軸平行照射される電子線はスリット絞り50の短形状の絞り開口51の左右方向端縁のときも、上述した上下方向端縁のときと同様の効果、即ち、高感度、高分解能、高速走査等の効果がある。また、正方形に形成されたスリット絞り50を用いれば、上下方向走査、左右方向走査の両方が1つの絞りで可能となる。矩形状のスリットにする理由は特定方向の微分の精度を上げるためである。なお、走査については、2点を最小走査とする。
図8Bの場合、電子線シフトエリア90の外に設置される2個1組の偏向コイル74aは、性能的には制約があるが、1個の偏向コイルに代替することも可能である。
また絞り走査高速模倣装置70による電子線の部分域走査は「絞り走査模倣電子線走査の積算2点観察法」と名付ける方法としてもよい。これは、走査点が2n(n:整数)の場合、3次元データとしては、明視野円盤の基底であるs座標(周波数座標)にn点データをもつ2つのセットが得られるところ、それぞれの3次元データを積分操作すれば、ヒルベルト微分コントラストIとヒルベルト微分コントラストIIに対応する微分位相像が得られる。この実験後計算操作を回避するため、光軸43の中心対称に置かれたπ位相板54の対向する2つの位相板端において、それぞれ独立に絞り走査模倣電子線走査の部分域走査を行い、それぞれの走査過程でカメラの開放絞りのように実験中データ積算した実像2つをヒルベルト微分コントラストI、ヒルベルト微分コントラストIIとする方法である。本願発明によるこの積算走査法は、本来の4次元データを2つの2次元データに落とし込み、4次元顕微鏡法の難点である高次元性を、走査点数選択の自由度を保持しつつ究極的に解決する。走査点数2nは2から数十となるが、一般に点数が少ない方が高感度である。他方、急峻な位相変化を開口端にもつ位相板特有のエッジフリンジ問題を解決するには、点数が多い方が良く、画質向上につながる。最終的には観察対象物ごとに、この衝突の妥協として、最適走査点数が設定されうる。
(用語)
【0107】
本願発明では、次の如く用語を定義する。
4次元:4次元顕微鏡において、走査透過手法を透過手法に変えることにより、検出面上の明視野円盤信号に代えて光源面上の明視野円盤信号を取得する。両者を区別するため必要に応じ検出面上明視野円盤、光源面上明視野円盤の用語を採用した。4次元顕微鏡における「4次元」は、光源面2次元座標と検出面2次元座標を独立に扱う本願発明の基本原理を両者の和として4次元で表現したものであり、いわゆる時空を意味する4次元ではない。
光軸平行照射(axial illumination):入射角が光軸即ちレンズ中心をとおりレンズ面に垂直な軸に対し0°である照射であり、軸外平行照射である斜光照明(oblique illumination)とは区別される。
ゆるやかに:収束電子線の収束域(
図3(B)に「39」で示す)の幅程度の領域で、一定またはゆるやかに位相変化がある場合に用いた。
原子ポテンシャル:原子核の電荷が作る電場により生起する静電ポテンシャルをいう。原子ポテンシャルは相互作用パラメーター。
σ(=2πmeλ/h
2;m:電子線質量、e:電子電荷、λ:電子線波長、h:プランク定数)を媒介として位相に変換される。
π位相板:π近傍の位相シフト量を与える位相板をいう。位相シフト量の最適値は加速電圧に依存する(低加速の場合、πよりやや小さい)ため、正確な意味でのπ位相板に限られない。
【産業上の利用可能性】
【0108】
本願発明による顕微鏡観察方法及び透過型顕微鏡装置は、電子線破壊を受け易い有機物、例えば蛋白質や核酸などの観察等に活用することにより、化学工業、農水産業、医療産業、健康産業などに利用することができる。
【符号の説明】
【0109】
10 4D-TEM光学系
11 レンズ
12 レンズ
13 レンズ
21 光源面
22 物面
23 絞り面
24 検出面
31 重心移動のない検出面/光源面明視野円盤
31a 重心移動に伴う明視野円盤の変動部分
32 平行移動による重心移動のある検出面/光源面明視野円盤
32a 重心移動に伴う明視野円盤の変動部分
33 明視野円盤内電子線偏在による重心移動のある検出面/光源面明視野円盤
33a 電子線偏在に伴う強度減弱部分
33b 電子線偏在に伴う強度増強部分
34 観察対象物
35 入射収束電子線
36 出射収束電子線(電子線偏向なし)
37 出射収束電子線(電子線偏向あり)
38 原子
39 電子線収束部位
40 絞り
41 絞り開口
42 絞り基板
43 光軸
44 遮蔽板
45 位相板
50 スリット絞り
51(31) 絞り開口(
図3の31対応)
51(32) 絞り開口(
図3の32対応)
52 絞り基板
54 π位相板
60 1次元走査方向
61 開口両端両側走査法
62 開口片端両側走査法
63 開口両端開口側走査法
64 開口片端開口側走査法
65 開口両端遮蔽側走査法
66 開口片端遮蔽側走査法
70 絞り走査高速模倣装置
71 電子線
71a シフト電子線
71b シフト電子線
72 鏡筒
73 絞りステージ
74a~74d 偏向コイルペアー
74e~74g 偏向コイル
75a~75d レンズ
76 絞り設置面
78 対物レンズ後焦点面
79 中間レンズ前焦点面
80 電子顕微鏡装置
81 電子銃
82 集光レンズ
83 試料ステージ
84 対物レンズ
85a 中間レンズ
85b 投影レンズ
86 検出器
87 電子制御システム
88 データ処理システム
89 装置筐体
90 電子線シフトエリア
91 共役面シフトレンズペアー(入射側)
92 共役面シフトレンズペアー(出射側)
100 4D-STEM光学系
101 レンズ
102 レンズ
103 レンズ
111 光源面
112 絞り
113 物面
114 検出面