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特許7113436コンドロイチン硫酸型プロテオグリカン及びヒアルロン酸の製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-28
(45)【発行日】2022-08-05
(54)【発明の名称】コンドロイチン硫酸型プロテオグリカン及びヒアルロン酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 21/06 20060101AFI20220729BHJP
   C08B 37/08 20060101ALI20220729BHJP
【FI】
C12P21/06
C08B37/08 Z
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020024316
(22)【出願日】2020-02-17
(65)【公開番号】P2021126094
(43)【公開日】2021-09-02
【審査請求日】2021-06-07
(73)【特許権者】
【識別番号】520056073
【氏名又は名称】工藤 義昭
(73)【特許権者】
【識別番号】510107677
【氏名又は名称】株式会社ヘルスマネイジメント
(74)【代理人】
【識別番号】100189131
【弁理士】
【氏名又は名称】佐伯 拓郎
(74)【代理人】
【識別番号】100147289
【弁理士】
【氏名又は名称】佐伯 裕子
(74)【代理人】
【識別番号】100182486
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 正展
(72)【発明者】
【氏名】工藤 義昭
【審査官】中野 あい
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/021362(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/076102(WO,A1)
【文献】国際公開第2007/094248(WO,A1)
【文献】米国特許第06235316(US,B1)
【文献】国際公開第02/012451(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00-41/00
C12N 1/00- 7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体由来の軟骨組織を含む試料を用いた軟骨細胞外マトリックスの増殖方法であって、(1)軟骨組織を含む試料を、0.1~0.2%のコラゲナーゼタイプIIを添加した初代培養培地で37℃、60-90分間培養する工程、
(2)軟骨組織中のII型コラーゲンを分解して培養上清中に軟骨細胞を遊出させる工程、(3)軟骨細胞を含む培養上清を軟骨組織片から分離する工程、及び
(4)分離した培養上清を、0.1~0.2%のコラゲナーゼタイプIIを添加した細胞増殖用培地で40~70日間継代培養する工程、
を含むことを特徴とする、軟骨細胞外マトリックスの増殖方法。
【請求項2】
軟骨組織が、サケ鼻軟骨組織である請求項1に記載の方法。
【請求項3】
生体由来の軟骨組織を含む試料を用いたプロテオグリカン及び/又はヒアルロン酸の製造方法であって、
(1)軟骨組織を含む試料を、0.1~0.2%のコラゲナーゼタイプIIを添加した初代培養培地で37℃、60-90分間培養する工程、
(2)軟骨組織中のII型コラーゲンを分解して培養上清中に軟骨細胞を遊出させる工程、(3)軟骨細胞を含む培養上清を軟骨組織片から分離する工程、及び
(4)分離した培養上清を、0.1~0.2%のコラゲナーゼタイプIIを添加した細胞増殖用培地で40~70日間継代培養する工程、
(5)工程(4)の継代培養終了後の培地からプロテオグリカン及び/又はヒアルロン酸を単離精製することを特徴とする、製造方法。
【請求項4】
生体由来の軟骨組織を含む試料を用いたプロテオグリカン及び/又はヒアルロン酸の製造方法であって、
(1)軟骨組織を含む試料を、0.1~0.2%のコラゲナーゼタイプIIを添加した初代培養培地で37℃、60-90分間培養する工程、
(2)軟骨組織中のII型コラーゲンを分解して培養上清中に軟骨細胞を遊出させる工程、(3)軟骨細胞を含む培養上清を軟骨組織片から分離する工程、及び
(4)分離した培養上清を、0.1~0.2%のコラゲナーゼタイプIIを添加した細胞増殖用培地で40~70日間継代培養する工程、
(5)工程(4)の継代培養終了後の増殖培養用培地に対し、NaOHを添加してpH値をpH9.5~9.8に調整し、攪拌しながらプロテオグリカンとヒアルロン酸との結合を十分に切断する工程、及び
(6)透過サイズの異なる膜ろ過フィルターを組み合わせたろ過装置により、工程(5)で得られた増殖培養液からプロテオグリカン画分とヒアルロン酸画分を分画する工程、
を含むことを特徴とする、製造方法。
【請求項5】
生体由来の軟骨組織を含む試料を用いたプロテオグリカン、ヒアルロン酸及び/又はII型コラーゲンの製造方法であって、
(1)軟骨組織を含む試料を、0.1~0.2%のコラゲナーゼタイプIIを添加した初代培養培地で37℃、60-90分間培養する工程、
(2)軟骨組織中のII型コラーゲンを分解して培養上清中に軟骨細胞を遊出させる工程、(3)軟骨細胞を含む培養上清を軟骨組織片から分離する工程、
(4)分離した培養上清を、コラゲナーゼタイプIIを含まない細胞増殖用培地40~70日間で継代培養する工程、及び
(5)工程(4)の継代培養終了後の培地からプロテオグリカン、ヒアルロン酸及び/又はII型コラーゲンを単離精製する工程、
を含むことを特徴とする、製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生体由来の軟骨組織中の軟骨細胞を増殖させてコンドロイチン硫酸型プロテオグリカン(以下、プロテオグリカンと称す。)及び/又はヒアルロン酸を効率よく製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から軟骨細胞を培養する方法は広く知られてきたが、その殆どは、軟骨の研究目的で、試薬として販売されている軟骨細胞を購入し、培養する方法に関するものであり、一般的に製造コストは高く、大量生産には向かない方法である。もう一つの軟骨細胞の培養法の目的は、軟骨を欠損した患者の軟骨治療、すなわち軟骨再生医療に関するものである。研究目的であれ、治療目的であれ、最終的には軟骨を形成させるための軟骨細胞の培養であるから、積極的に培養培地中で軟骨に分化させ、軟骨形成を促進させるための方法であるといえる。
一方、本発明は、軟骨を形成させることは目的ではなく、軟骨組織中の特定の成分、具体的にはプロテオグリカン及び/又はヒアルロン酸を得ることである。
したがって、軟骨細胞の培養の過程で軟骨細胞が形成されてしまうと、再度軟骨組織を分解するという余分な作業工程が必要となるため、あらかじめ培養の際に軟骨が形成されないようにするための工夫が求められる。
【0003】
動物の細胞内では、プロテオグリカン、II型コラーゲン及びヒアルロン酸の3成分は、一般的にはそれぞれ異なった細胞で産生されているが、軟骨細胞だけは、これら3成分全てを産生する能力を持っている。軟骨細胞から細胞外に排出されたこれら3成分は、軟骨細胞外で結合し、細胞外マトリックス(「細胞外基質」とも呼ばれるが、本明細書においては、以下統一して「細胞外マトリックス」の名称を用いる。)を構成している。
なお、本明細書において「細胞外マトリックス」と称しているのは、あくまで「軟骨細胞外マトリックス」を意味しており、II型コラーゲンを含むことが特徴である。軟骨細胞以外の一般細胞の場合の細胞外マトリックス(以下、「一般細胞外マトリックス」ともいう。)には、構成成分として通常II型コラーゲンは含まれていない。
また、本明細書において「軟骨組織」という場合、軟骨細胞と細胞外マトリックス及び水分を含んだ状態を意味しており、「細胞外マトリックス」という場合には、軟骨細胞及び水分は含んでいない状態を意味している。
【0004】
この細胞外マトリックスを構成する成分のひとつであるプロテオグリカン分子は動脈毛細血管から排出された水分子を大量に結合する機能を有しており、軟骨細胞及び他の細胞外マトリックス成分とともに軟骨組織を形成している。
II型コラーゲン自体に水分子は結合しないが、II型コラーゲンは軟骨細胞から排出された後、軟骨細胞との結合が切れ、軟骨組織を収縮させる機能を発揮する。このII型コラーゲンの機能により軟骨組織は圧縮され、軟骨組織が半固形状に保たれており、弾力性を発揮するものである。
また、II型コラーゲンは、上記のとおり軟骨組織を半固形状に圧縮しているため、中の軟骨細胞は遊走の自由度を失い、増殖できなくなるという欠点もある。軟骨を欠損すると回復しないというのも、この軟骨細胞の増殖が阻害されているためである。
一方、ヒアルロン酸は、軟骨細胞と直接結合しており、分子量の大きな糖鎖である。このヒアルロン酸に通常40~50本位のプロテオグリカンが結合し、ヒアルロン酸及びプロテオグリカンにII型コラーゲンが絡み合って軟骨組織を構成しているものである。
この軟骨組織が、関節に与えられる重力やふいに起こる衝撃の緩衝材になっているだけではなく、関節のスムーズな動きをバックアップする潤滑剤としての役割を果たしていることはよく知られている。
【0005】
2008年、本発明者は、サケ鼻軟骨からプロテオグリカンをアルカリ性の溶媒を使用する抽出法により製造できることを発明し、特許を取得している(特許文献1)。しかし、この時使用している軟骨組織内の軟骨細胞は死亡した細胞であって、増殖能力はない。
【0006】
プロテオグリカンは、高い保湿性があり、この特徴を活用した化粧品が数多く上市されている。また健康食品としての効果もあることから、健康食品の素材としても注目を集めている。
プロテオグリカンは、長鎖状の1本のタンパク質(通常コアタンパク質と呼ばれている。)にやはり長鎖状である40~50本位の糖鎖が結合し、一体となった構造を有している。
複合糖質と称されていることからも判るとおり、糖質とタンパク質という異質の2成分が結合した複合物であり、複合物として機能するという特徴がある。従って、糖鎖とコアタンパク質が分離してしまうと、もはやプロテオグリカンではなく、プロテオグリカンとしての機能が損なわれてしまうため、分離させずに抽出し、使用する必要がある。
しかし、軟骨を形成しているこれら3成分は、前述のとおりそれぞれ単独で存在している訳ではなく、長鎖状成分という共通の特徴を持ったこれら3成分が互いに結合しあい、また絡み合って、いわゆるスポンジ状の複合体すなわち細胞外マトリックスを形成し、そこに大量の水分が入り、水素結合及びファンデルワールス力により水分子とプロテオグリカン分子が結合し、さらにII型コラーゲンの収縮力によって半固形状の軟骨組織を形成しているものである。
大量の水分子と結合したプロテオグリカンは膨張しようとする性質を発揮するが、逆にII型コラーゲンは収縮しようとする性質が働くため、この2成分が膨張と収縮のバランスをとって半固形状の軟骨組織を形成しているものである。
このように非常に複雑な構造をしている軟骨成分の中からプロテオグリカンだけを変性させることなく抽出する技術が(特許文献1)である。
その後の研究により、上記(特許文献1)の技術をベースにしてII型コラーゲンも変性させずに抽出することに成功した。しかし、ヒアルロン酸だけは、途中で切断してしまい、本来の分子量が保てず製品化はできなかった。
【0007】
原料の軟骨組織は、ほ乳類、鳥類、軟骨魚類(例えばサメ、エイ、イカ)等からも得ることができるが、これらに加えて基本的に軟骨のない硬骨魚類の中で、唯一鼻軟骨を持っているのがサケ科の魚類である。
しかし、ほ乳類の中でも例えばウシ、ブタ、ウマ等の場合、また鳥類の中でも一番消費量の多い鶏の場合、一般的には養殖のため、餌に大量の抗菌剤や成長ホルモン剤が配合されており、これら由来の軟骨組織を用いると、化粧品や食料になった場合に人体に悪い影響を及ぼす可能性がある。またサメのような軟骨魚類の場合は、その大半の種類がワシントン条約の対象となっており取引できず、安定的に軟骨を確保できる原材料ではないという現実がある。
その中で唯一安全性の観点からも、法規制の観点からも利用可能なものがサケの鼻軟骨である。
【0008】
サケは、自然の大海で成長したものであり、漁獲量も多く、副作用リスクのない原料として注目を集めており、現在実際に大量のサケが原材料として取引され、使用されている。
このように大量に使用されているサケの鼻軟骨ではあるが、原材料としては次の2つの短所もまた存在する。
ひとつは、品質が安定しないことである。
人間と同様サケにも個性があり、漁獲された時期、場所、年齢、雌雄、生育海域等により、軟骨の大きさ(重量)、軟骨を形成しているプロテオグリカンの糖鎖を構成している2糖の繰り返し回数、分子量、2糖に結合している硫酸基の数及び結合位置等に違いがあることが判っている。これらの違いがプロテオグリカン、II型コラーゲン及びヒアルロン酸の品質を一定に保つことを困難にしている。化粧品原料又は健康食品原料として使用する場合は、様々な規格の混合物であっても、特に問題となることはない。
しかし、医薬品原料として使用する場合は、品質のバラツキは大きな問題になる。
よって、現状のサケを原材料とするプロテオグリカンは医薬品原料としてはハードルが高い。
【0009】
もうひとつは、漁獲量の問題である。
ここ数年前から、北海道において漁獲されるサケの量は、減少傾向を辿っている。明確な理由は判っていないが、地球温暖化による海水温の上昇が原因だとも言われている。
その反面、近年一般消費者の間でもプロテオグリカン及びII型コラーゲンの認知度が上り、需要は高まる一方である。必然的にサケ頭部の取引価格にも影響し、10年前に比べると比較にならない位高騰している。そのため、製造コストも上がる一方である。製造コストの高騰は勿論問題であるが、製造者としてエンドユーザーの需要に応じられないことは、より大きな問題である。
以上のことから、上記2つの課題を一挙に解決する手段が切望されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特許第4219974号
【文献】特許第4748222号
【文献】特許第4763960号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、各種動物由来の極少量の軟骨組織を出発原料とした細胞外マトリックス増殖法を開発し、多種類の細胞外マトリックス成分中、代表的なプロテオグリカン及びヒアルロン酸の2成分を、極めて高純度で、かつ品質の安定している状態で製造することを目的としている。
II型コラーゲンの回収を犠牲にしても、プロテオグリカン及びヒアルロン酸の回収を目指したのは、製造工程の短縮ができるためである。増殖した細胞外マトリックスは、II型コラーゲンが形成されないので軟骨組織に成長せず、細胞外マトリックス培養液のままである。従って、抽出工程及び遠心分離工程なしで直接精製用ろ過装置にかけることができるメリットがある。さらに、軟骨組織ができてしまうと、一旦乾燥させて粉末に製粉してからでないと抽出にかけられないが、軟骨組織にならなければ、乾燥及び製粉の工程も省略できるメリットがある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、サケ鼻軟骨から軟骨細胞を生きたまま回収し、当該軟骨細胞を増殖培養した後、軟骨構成成分であるプロテオグリカン及びヒアルロン酸を製造することを思いつき、鋭意研究を重ね、本発明を完成させた。
具体的には、サケ鼻軟骨からの軟骨組織培養系の構築方法を検討した結果、軟骨組織増殖を示す条件を見出すことができ、培養上清にヒアルロン酸及びプロテオグリカンを効率的に排出させることができた。
従来から、軟骨再生医療分野において、ヒトなどの軟骨組織から軟骨細胞を単離する際に、軟骨細胞を取り囲んでいる細胞外マトリックス中のII型コラーゲンを分解除去するためにコラゲナーゼII処理を施すことは広く行われていた(特許文献2及び3など)。しかし、これらの軟骨細胞の培養は医療治療目的であり、最終的には軟骨の形成を目指しているため、軟骨の分解作用があるコラゲナーゼIIは、軟骨細胞の培養、増殖のための継代培地中には配合しない。
一方、本発明においては、軟骨の形成は必要がなく、逆に軟骨の形成を阻止したいためにコラゲナーゼIIの継続使用は有効であると考え、継代増殖用培地においても初代培養培地と同様の濃度のコラゲナーゼIIを配合して、培養を続けた。
具体的には、初代培養培地にコラゲナーゼIIを添加し軟骨組織を形成しているII型コラーゲンを一旦分解し、軟骨細胞を遊出させて初代培養細胞を得た後に、さらにコラゲナーゼIIを含む継代培地で培養を続けることで、培養上清中にヒアルロン酸及びプロテオグリカンを製造することができた。生産されたII型コラーゲンはコラゲナーゼIIにより分解されるため、培地中の細胞外マトリックスは半固形状にならず、軟骨細胞の遊走を助け、より多くの軟骨細胞が増殖できた。そして、ヒアルロン酸及びプロテオグリカン産生に最適な培養条件を確立することができた。
【0013】
また、培地の種類、添加物等を変更することにより任意の成分を含んだ軟骨成分を製造することが可能になり、医薬品原料としての可能性がさらに大きくなる。
サケ鼻軟骨からの軟骨組織培養系の構築方法を検討した。その結果、軟骨組織増殖を示す条件を見出すことができた。また、培養上清にヒアルロン酸、硫酸グリコサミノグリカン、ヒドロキシプロリンの存在が確認されており、培養細胞は細胞外マトリックス成分を排出していることが証明された。
また、コラゲナーゼIIを添加し、軟骨組織を形成しているII型コラーゲンを一旦分解しないと軟骨細胞が遊出できず、初代培養細胞が得られないことも確認された。
コラゲナーゼIIを継続的に添加し続ける培養法により半固形状の軟骨組織が形成されずに、細胞外マトリックス成分それぞれの単離が可能となったので、これを基にヒアルロン酸及びプロテオグリカンを既存の方法により簡便に製造することができる。
【0014】
すなわち本発明は、以下の通りである。
〔1〕 生体由来の軟骨組織を含む試料を用いた軟骨細胞外マトリックスの増殖方法であって、
(1)軟骨組織を含む試料を、コラゲナーゼタイプIIを添加した初代培養培地で培養する工程、
(2)軟骨組織中のII型コラーゲンを分解して培養上清中に軟骨細胞を遊出させる工程、
(3)軟骨細胞を含む培養上清を軟骨組織片から分離する工程、及び
(4)分離した培養上清を、コラゲナーゼタイプIIを添加した細胞増殖用培地で継代培養する工程、
を含むことを特徴とする、軟骨細胞外マトリックスの増殖方法。
〔2〕 軟骨組織が、サケ鼻軟骨組織である前記〔1〕に記載の方法。
〔3〕 プロテオグリカン及び/又はヒアルロン酸の製造方法であって、
工程(4)の継代培養終了後の培地からプロテオグリカン及び/又はヒアルロン酸を単離精製することを特徴とする、前記〔1〕又は〔2〕に記載の製造方法。
〔4〕 プロテオグリカン及び/又はヒアルロン酸の製造方法であって、
(1)前記〔1〕又は〔2〕に記載の継代培養終了後の増殖培養用培地に対し、NaOHを添加してpH値をpH9.5~9.8に調整し、攪拌しながらプロテオグリカンとヒアルロン酸との結合を十分に切断する工程、及び
(2)透過サイズの異なる膜ろ過フィルターを組み合わせたろ過装置により、工程(1)で得られた増殖培養液からプロテオグリカン画分とヒアルロン酸画分を分画する工程、を含むことを特徴とする、前記〔3〕に記載の製造方法。
〔5〕 生体由来の軟骨組織を含む試料を用いたプロテオグリカン、ヒアルロン酸及び/又はII型コラーゲンの製造方法であって、
(1)軟骨組織を含む試料を、コラゲナーゼタイプIIを添加した初代培養培地で培養する工程、
(2)軟骨組織中のII型コラーゲンを分解して培養上清中に軟骨細胞を遊出させる工程、
(3)軟骨細胞を含む培養上清を軟骨組織片から分離する工程、
(4)分離した培養上清を、コラゲナーゼタイプIIを含まない細胞増殖用培地で継代培養する工程、及び
(5)工程(4)の継代培養終了後の培地からプロテオグリカン、ヒアルロン酸及び/又はII型コラーゲンを単離精製する工程、
を含むことを特徴とする、製造方法。
【発明の効果】
【0015】
通常、サケは、日本では北海道全域、東北北3県、新潟県の一部で捕獲されるが、海外では、オホーツク海沿岸、ベーリング海沿岸、アラスカ、カナダ西海岸で捕獲される。サケは自分が生まれた河川の産卵場所を覚えている帰趨本能があることが知られている。自分の生まれ故郷に戻り、産卵受精した後生き絶える。新たに生を受けた稚魚は、自分の成育場所を求めはるか遠くのオホーツク海やベーリング海まで旅をする。そしてまた自分の生まれた故郷の河川に戻るのであるが、戻って来るまでの年数は、例外は多少あるものの、一般的には4年である。
つまり、我々が、自然のサケを利用する場合は、4年の歳月を必要として成長したサケを一定の短期間(通常8月下旬から12月上旬)に漁獲、保存しなければならないが、軟骨組織増殖技術を利用すれば、僅か2ケ月で利用可能になる。計り知れない位効率がよくなる。
本発明は、遺伝子の改変等を行うことなく、化学合成物でもなく、軟骨細胞が自ら持っている産生能力を利用して細胞外マトリックス成分の産出を行ったものであり、安全性に優れた方法である。
しかも、海洋で生育したサケを漁獲した場合、成分の不均一さがあり、安定した品質を確保できないという問題があるが、本発明により得られた主要2成分は、それぞれ品質上全く同一でバラツキがないという、医薬品原料としては最も重要な条件をクリアしている。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1A】試験1、条件4での培養9日目の細胞像。対象倍率は4倍、矢印は細胞塊を示す。
図1B】試験1、条件4での培養9日目の細胞像。対象倍率は10倍、矢印は細胞塊を示す。
図1C】試験1、条件4での培養9日目の細胞像。対象倍率は20倍、矢印は細胞塊を示す。
図2A】試験1、条件4での培養2週間の細胞像。対象倍率は20倍。培養1か月であり、(b)では細胞外マトリックスを付着したように観察される細胞塊が見られた。(半固形状の軟骨組織になっていないのが特徴、以下同様。)
図2B】試験1、条件4での培養1か月の細胞像。対象倍率は20倍。細胞外マトリックスを付着したように観察される細胞塊が見られた。
図3】試験2、条件6、培養8日目の細胞像。対象倍率は4倍、矢印は細胞塊を示す。
図4】試験2、条件6、培養1か月の細胞像。対象倍率は10倍、細胞外マトリックスを付着したように観察される細胞塊が見られた。
図5A】培養上清中に放出されたヒアルロン酸量の測定結果。
図5B】培養上清中に放出された硫酸グルコサミノグリカン量の測定結果。
図5C】培養上清中に放出されたヒドロキシプロリン量の測定結果。
【発明を実施するための形態】
【0017】
1.軟骨細胞の原料
本発明は、プロテオグリカン、II型コラーゲン及びヒアルロン酸を含む生物学的試料、例えば魚類、軟体動物、鳥類若しくは哺乳類の軟骨組織に対して適用することができ、特にそれらの廃棄部位のいずれも利用することができる。
本発明においては、特に一般に氷頭とよばれている、サケの頭部にその平均重量で約6% 含まれている鼻軟骨組織の利用が好ましい。北海道沿岸部で漁獲されたサケ( 大半はシロサケである。)が、様々な加工品として処理される際、その頭部は不要とされることが多く、そのため切断された頭部は、一部魚粉に加工され利用されてはいるものの、その大半は産業廃棄物として廃棄処分されている。氷頭はその様な廃棄物から簡便、安価かつ安定的に入手することができる。
【0018】
2.軟骨組織からの軟骨細胞の単離及び培養増殖方法
(2-1)初代培養培地での軟骨細胞の単離方法
通常生体内から取り出した軟骨組織片は半透明をしており、水に投入すると、全く溶解することなく沈殿する。軟骨細胞は、その軟骨組織片の中に存在しているため、軟骨細胞を培養増殖させるためには、一度生体由来の半固形状軟骨組織をバラバラにしてやる必要がある。それには最大の障壁になっているII型コラーゲンのヘリックス構造をほどいてやるか、もしくはコラーゲン繊維を切断してやらねばならない。本発明では、コラゲナーゼIIを使用して切断して軟骨組織を分解することで、軟骨細胞の増殖環境を確保し、培養上清中に遊走させる方法を採用した。その際の最適なコラゲナーゼIIの濃度を検討し、初代培養用培地中でのコラゲナーゼIIの濃度を0.1~0.2%、好ましくは0.11~0.15%、最も好ましくは0.125%に保って使用することで、効率よく細胞外マトリックス中のII型コラーゲンが分解され、軟骨細胞が遊走できることを確認した。
【0019】
(2-2)軟骨細胞の細胞外マトリックス主要3成分のうち、プロテオグリカン及びヒアルロン酸の2成分のみを産生させるための培養方法
初代培養培地での軟骨細胞の単離方法は上記(2-1)の方法により行い、続いて軟骨細胞の継代増殖用培地としては、細胞増殖用培地(L-15培地)に生物由来の血清(例えばFBS)及びコラゲナーゼIIを濃度0.1~0.2%、好ましくは0.11~0.15%、最も好ましくは0.125%に保って加える。
培養日数は、軟骨細胞継代増殖用培地に移してから、40日~70日、好ましくは50日~65日、より好ましくは、55日~65日、最も好ましくは60日で培養を終了させるのが最も効率的である。
培養後60日までは順調に増殖を続けたが、それ以降も生存しているものの、増殖速度は極めて遅くなったため、60日前後で増殖は停止するメカニズムが働いている可能性がある。分裂回数は未確認であるが、概ね20回前後と推定している。
【0020】
(2-3)軟骨細胞の主要成分であるプロテオグリカン及びヒアルロン酸と共に、II型コラーゲンも含め3成分すべてを産生させるための培養方法
軟骨細胞は、本来プロテオグリカン及びヒアルロン酸と共に、II型コラーゲンも産生できる細胞であることを示すため、これら3成分を産生させる方法も以下に示す。
初代培養培地での軟骨細胞の単離方法は上記(2-1)の方法により行い、続いて 軟骨細胞の継代増殖用培地としては、コラゲナーゼIIを使用せず、細胞増殖用培地(L-15培地)に生物由来の血清(例えばFBS)のみを加える。
培養日数は、細胞増殖用培地に移してから、40日~70日、好ましくは50日~65日、より好ましくは、55日~65日、最も好ましくは60日で培養を終了させるのが効率的である。
培養後60日までは順調に増殖を続けたが、それ以降も生存しているものの、増殖速度は極めて遅くなったため、60日前後で増殖は停止するメカニズムが働いている可能性がある。分裂回数は未確認であるが、概ね20回前後と推定している。この場合半固形状の軟骨組織ができるため、軟骨細胞の遊走が妨げられ、(2-2)の場合ほどには軟骨細胞の増殖が活性化しない。
【0021】
3.培養軟骨細胞からの細胞外マトリックス主要3成分の産生の確認
今回、培養軟骨細胞が、細胞外マトリックスを形成するプロテオグリカン及びヒアルロン酸を効率よく産生し、さらにはII型コラーゲンをも含め主要3分子を産生することを確認し、且つ培養軟骨細胞の細胞外マトリックス成分産生能力が変異していないかどうかを確認した。それぞれの成分の確認方法としては、培養軟骨細胞の培養上清からプロテオグリカンの構成糖鎖である硫酸グリコサミノグリカンの存在をBlyscan Glycosaminoglycan Assay Kitを用いてプロテオグリカンの産生を検出し、ヒアルロン酸の産生は、Hyaluronan Quantiking ELISA Kitを用いて検出し、それぞれ異常値の有無を精査し、異常ないことを確認した。
また、II型コラーゲンの産生は、コラーゲンを構成する特異的なアミノ酸分子であるヒドロキシプロリンの発現をHydroxyproline Assay Kitを用いて検出した。なお、本実験では半固形状の軟骨組織になるのを防ぐため、細胞増殖用培地にコラゲナーゼIIを使用しているため、培養上清中で産生されたII型コラーゲンは次々に分解されアミノ酸として存在していると考えられる。コラーゲンに特異的に存在するヒドロキシプロリンを定量することによって、II型コラーゲンが産生されたことを確認した。
なお、II型コラーゲンを分解しないで取り出した場合、分解していないかどうかを調べる方法は既知の方法を用いることができる。例えば簡易な方法として示差走査熱量測定装置を用いて確認する方法がある。
【0022】
II型コラーゲンの産生能を確認するためにヒドロキシプロリンの発現を調べたところ、培養開始から7日目で測定可能な量に達した。
同様にヒアルロン酸は8日目から10日目の間に発現しており、プロテオグリカンを構成する糖鎖である硫酸グリコサミノグリカンに至っては培養開始11日目から30日目の間に発現したと考えられる。このように同じ細胞から発現する分子でありながら、これらの主要3分子は同時に産生するものではなく、発現時期には大きな違いがある。このことは、これまで知られていなかった。
すなわち、本発明によりヒアルロン酸を製造する際には、前記初代培養培地から分離された軟骨細胞を含む培養上清を、コラゲナーゼIIを含む細胞増殖培地で8日~80日、好ましくは10日から70日、より好ましくは30日~65日、最も好ましくは55日~65日間継代培養する。
また、本発明によりプロテオグリカンを製造する際には、前記初代培養培地から分離された軟骨細胞を含む培養上清を、コラゲナーゼIIを含む細胞増殖培地で11日~80日、好ましくは30日から70日、より好ましくは40日~65日、最も好ましくは55日~65日間継代培養する。
【0023】
なお、同じ培養条件で、軟骨組織片をそのまま60日間培養しても3成分共に検知できず、増殖していないことが確認された。また、軟骨組織片を除去し、上清液に軟骨細胞が遊走している可能性も考え、同じく60日間培養したが、やはり3成分とも検出できなかった。このことは、II型コラーゲン及び水分を含んだ細胞外マトリックスは軟骨組織そのものであり、半固形状で弾力性はあるものの固形物に近い硬さを持っているため、分化しないかもしくは分化できない環境になっているものと考えられる。
【0024】
4.プロテオグリカンの単離と精製
(4-1)プロテオグリカンの単離と精製方法
本発明において、プロテオグリカンの単離方法は、既存の方法(特許文献1など)を用いることができる。
すなわち、60日間培養した培養槽に培養液容量の0.075%の苛性ソーダ(NaOH)を加えpHを9.5から9.8に保ち4時間攪拌することによりプロテオグリカンとヒアルロン酸の結合が切れる。なお、NaOH以外のアルカリを使用してもよいがコストの面からNaOHが最も好ましい。増殖培養にはコラゲナーゼIIを使用しているので、すでにII型コラーゲンは分解し各種アミノ酸になっている。
しかしながら、本発明におけるプロテオグリカンの精製方法は画期的なものであり、抽出タンクも遠心分離機も不要であり、細胞培養槽からいきなり精製工程に移行できる。透過サイズの異なる膜ろ過フィルターを組み合わせて増殖培養液からプロテオグリカン画分とヒアルロン酸画分を分画する。透過サイズの大きいフィルターから、順に透過サイズの小さいフィルターでろ過すればよい。このような膜ろ過のフィルターとしては、精密ろ過用フィルターが好ましく、例えば帝人株式会社のメンブレンフィルターである「ミライム」、旭化成株式会社のメンブレンフィルターである「MICROZA」等が好適に用いられる。
ヒアルロン酸の分子量が一番大きいので一番先に回収できる。不純物成分が混合しているプロテオグリカン溶液が次のろ過装置に送られ、不純物を排除する。理想的にはセラミックフィルターによるクロスフロー方式のろ過装置を使用すると、純度の高いプロテオグリカンを回収できる。クロスフロータイプのろ過装置としては、株式会社ユーロテック社の密閉型自動連続超精密ろ過機「セラミックロータリーフィルター」などがある。また、クロスフロータイプのフィルターとしては、限外ろ過用フィルター、例えば日本ガイシ株式会社のセラミックフィルターである「セフィルト」、株式会社日本濾水機工業社製の「セラポア」等が好適に用いられる。
この時一番先に回収されるヒアルロン酸溶液にも不純物はかなり混在している。この精製方法は(4-2)にて後述する。
精製したプロテオグリカンの硫酸化グリコサミノグリカン量1.45μg/Lは乾燥前の数値のため、乾燥粉末プロテオグリカンとしては約4.47μgに相当する。この数値は、かなり良いものであり、従来の抽出方法による数値に近似しており、培養軟骨細胞は変異していないと判断できる。
【0025】
(4-2)ヒアルロン酸の単離と精製方法
本発明において、ヒアルロン酸の単離方法は、単離と精製は同時に行われる。(4-1)で述べた方法により1段目の精密ろ過装置でヒアルロン酸含有液を回収し、プロテオグリカン含有液は2段目の限外ろ過装置に送る。回収したヒアルロン酸含有液は不純物を含んでいるので、クロスフロータイプのフィルターで不純物を排出し、ヒアルロン酸含有液を回収できるシステムにすればよい。クロスフロータイプのフィルターを循環ろ過させることにより、次第に不純物が排出され、純度は限りなく上がっていく。
ヒアルロン酸の定量値0.767ng/mLは、プロテオグリカンの定量値との割合から計算すると、若干低いように感じたが、計測誤差の範囲なのか、使用したサケの特性だったのかは判断できなかった。
【0026】
(4-3)II型コラーゲンの単離と精製方法
本発明において、II型コラーゲンは不要物であり、特に単離の必要性はないが、単離する必要があるときは次の方法で行う。
増殖培養時に、コラゲナーゼIIを使用せず、一旦半固形状の軟骨組織を生成させる。
次に軟骨組織を取り出し、その後は既存の方法で、乾燥、製粉、抽出、遠心分離の工程を用いることで単離することができる。
【0027】
本発明において、II型コラーゲンの精製方法は、遠心分離の工程で固形分として排出されたものを、再度抽出タンクに戻し、純水で攪拌洗浄し、再度遠心分離し、不純物を排除すればよい。この作業を何回か繰り返すことによって次第に純度が上がる。
【0028】
本発明においては、培養時に形成されたII型コラーゲンを分解処理してしまっているので、分解後のアミノ酸であるヒドロキシプロリン量を定量した。60.48μMを定量したが、全体のアミノ酸量は定量しなかったため、II型コラーゲンとしての換算値は不明である。
ヒドロキシプロリンが発現していることが判れば、II型コラーゲンは産出されていたと考えることが可能であり、培養軟骨細胞は変異をしていないと考えてよい。
【実施例
【0029】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に限定されることはない。
本発明におけるその他の用語や概念は、当該分野において慣用的に使用される用語の意味に基づくものであり、本発明を実施するために使用する技術は、特にその出典を明示した技術を除いては、公知の文献等に基づいて当業者であれば容易かつ確実に実施可能である。また、各種の分析などは、使用した分析機器又は試薬、キットの取り扱い説明書、カタログなどに記載の方法を準用して行った。
なお、本明細書中に引用した技術文献、特許公報及び特許出願明細書中の記載内容は、本発明の記載内容として参照されるものとする。
【0030】
<本実施例で用いた原料検体>
本実施例では、北海道釧路市沿岸部で漁獲された雄の白サケ鼻軟骨を原料検体として用いた。
<本実施例で用いた基本培地>
単離培地:5% Antibiotic-Antimycotic Mixed Solution添加L-15培地
増殖培地:10% FBS、1% Antibiotic-Antimycotic Mixed Solution添加L-15培地
<本実施例における培養上清中の解析対象成分>
ヒアルロン酸
硫酸グリコサミノグリカン
ヒドロキシプロリン
<本実施例において用いた試薬、機器等>
本実施例においては、下記(表1)の試薬、機器等を用いた。
【0031】
【表1】
【0032】
(実施例1)サケ鼻軟骨からの軟骨細胞培養のための前処理
(1-1)サケ鼻軟骨組織の採取
サケ鼻軟骨から軟骨細胞を生きたまま取り出すためには、生きている状態のサケが望ましいことは言うまでもないが、水揚げ後12時間以内に軟骨組織を取り出せれば、軟骨細胞は死亡せず、問題なく使用できる。
本実施例においては、常にサケの水揚げ時から8時間以内に軟骨細胞を含む鼻軟骨組織片を取り出すこととし、確実に実行した。サケ1匹の鼻軟骨組織の重量は、平均値で24gある。計算上この中には3~4×104個の軟骨細胞が存在しているものと推測可能である。
取り出した鼻軟骨組織の一部を使用し、それを数mm角にカットし、このカット片をまとめて1試料とし、1試料の重量をデジタル計量器を用いて1.00gに調整した。この試料を試験1.では8個、試験2.では12個用意した。
各試料に含まれている軟骨細胞の数は正確に計測できないので、軟骨細胞の分布密度は同じであるものと仮定し、重量を同一に調整することにより、各試料に含まれている軟骨細胞数は、同一であるとみなした。
各試料の培養及び分析は、全て試料数N=2で行い、結果に大きな違いがないかを確認したが、試験1.及び試験2.とも計測誤差内の違いは生じたが、結論としては測定結果にバラツキは認められず、軟骨細胞数はほぼ均一に分布しているという仮説は妥当性があるものと考えられた。
【0033】
(1-2)サケ鼻軟骨の前処理
軟骨の前処理の試験は2回行った。1回目は予備試験として、コラゲナーゼIIの効果を確認するためのものである。
2回目(試験2)は、1回目の予備試験(試験1)でコラゲナーゼIIの効果を確認できたので、コラゲナーゼIIの使用を固定条件とし、他の条件を変えて本試験とした。
使用したサケ鼻軟骨の前処理方法は同一であるが、1回目と2回目では試験条件の数が異なるため、用意した試料数も異なった。試験条件ごとの試料数N=2とした。従って、試験1の条件は4個のため試料数は8個、試験2の条件は6個のため、試料数は12個用意した。
【0034】
サケ鼻軟骨の前処理方法は次のとおりである。
サケ鼻軟骨を、単離培地5mLを分注したペトリディッシュ上でピンセット及びメスを用いて数mm四方の軟骨組織片に切断し、1ディッシュにつき30片程度の軟骨組織片をデジタル計量器を用いて合計重量1.00gに調整し、各ディッシュの軟骨組織を50mLチューブに移した。
各チューブ中の軟骨組織片を洗浄するために、単離培地30mL を加え、10分攪拌した後1分間静置して軟骨組織片を沈殿させ、上清を除去した。再度新たな単離培地30mL を加え、10分攪拌、1分静置して軟骨組織片を沈殿させ、上清を除去した。この一連の作業をさらにもう一度行い、合計3回洗浄した。
【0035】
(実施例2)軟骨細胞の初代培養条件の検討(試験1)
(2-1)試験1.における培養条件ごとの概要
試験1.で用いた4種類の初代培養条件についての概要を下記(表2)として示す。
【0036】
【表2】
【0037】
条件1は、前処理した軟骨細胞片1.00gの試料を2チューブ用意し、それをT-75フラスコに移し、単離培地15mLを加え、37℃で恒温振盪培養器を用いて30分間振盪インキュベートした後静置し、室温、大気環境下で培養した。2週間おきに新たな増殖培地5mLを追加し、60日間継続培養した。
コラゲナーゼIIを添加せずに培養したものである。しかし、60日間培養しても対象成分はいずれも検出限界以下であった。
軟骨細胞は軟骨組織から遊出できなかったため、増殖しなかったものと判断された。
【0038】
条件2は、条件1の場合とは逆に、軟骨細胞片を取り除き、遊出細胞を含んでいるものと仮定した上清をT-75フラスコに移し、条件1の場合と全く同じ条件で、60日間継続培養した。しかし、60日間培養しても条件1の場合と同様、対象成分はいずれも検出限界以下であった。
軟骨細胞は軟骨組織から遊出できなかったため、増殖しなかったものと判断された。
【0039】
条件3及び条件4は、コラゲナーゼIIを添加処理した点で同じ手順であるが、培養物が異なる。
条件3における3成分の定量を行ったが、条件4の場合に比べ、全て成分量が低値であるがわずかに検知されたため、軟骨組織片には少量の軟骨細胞が残っているものと判断された。
すなわち、コラゲナーゼIIを添加処理したことにより、軟骨組織を形成しているII型コラーゲンが分解され、軟骨細胞が単離培地側に遊出したものと判断される。
しかし、軟骨組織片の継続培養の結果、3成分とも、多少なりとも検知できたということは、まだ軟骨細胞が軟骨組織片に残っていたという証左であるが、処理時間の延長を検討する必要があることが判ったため、以下の試験2.において条件の見直しを行った。
【0040】
条件4において、全ての成分量が高値であったことから、細胞増殖が順調に進んだものと判断された。
よって、次に条件4の手順を詳細に記す。
前処理した軟骨組織片1.00gの試料を4チューブ用意し、0.125% Collagenase Type II溶液(Collagenase Type IIを0.125%となるよう単離培地に溶解して調製した。)15 mLを加え37℃で恒温振盪培養器を用いて30分間振盪インキュベートした後、新たな0.125% Collagenase Type II溶液15 mLに交換し、再度37℃で恒温振盪培養器を用いて30分間振盪インキュベートした。
その後インキュベートしたチューブ4本を遠心分離機(180×g, 室温、5分)にかけ、2本を条件3試験用、残りの2本は条件4の試験用に用意した。条件3用はチューブの上清を廃棄し、条件4用は、逆にチューブの上清を取り出し、軟骨組織片を廃棄した。
条件4では、あらたな増殖培地(15 mL)に交換し、懸濁した後30秒間静置して軟骨組織片を沈殿させ、遊出細胞を含む上清のみをT-75フラスコに移して室温、大気環境下で培養した。2週間おきに新たな増殖培地を5 mL追加し、60日間継続培養した。
軟骨細胞の増殖培地中にはコラゲナーゼIIを使用せず、L-15培地にFBSを加えるだけにした。FBSの代わりに他の生物由来の血清を使用することも可能である。
【0041】
(2-2)細胞初代培養条件の検討結果
前記各条件に従って細胞初代培養を行った結果、条件4において、培養9日目にスフェロイド状の細胞塊が多数観察された(図1)。
その他の条件では細胞塊はほとんど見られなかった。
その後も継続して培養したところ、条件4では、細胞塊の周囲に細胞外マトリックスを付着したように観察される細胞塊が観察された(図2)。
さらに条件4を継続して培養したが、2か月程度で細胞塊が減少し、継続培養することができなかった。
【0042】
(実施例3)軟骨細胞の継代培養条件の検討(試験2)
(3-1)継代培養におけるコラゲナーゼIIの処理条件の検討
試験1.の結果、コラゲナーゼIIを添加しないと、軟骨組織中のII型コラーゲンは分解せず、軟骨細胞の分化・増殖ができないことが判ったので、本実施例(試験2)では主にコラゲナーゼIIの処理条件を下記の(表2)に示す6種類の細胞の継代培養条件で検討した。
その結果、条件6において最も良好な軟骨組織片の増殖が認められた。
【0043】
【表3】
【0044】
下記に条件6の手順の詳細を記す。
前処理した軟骨組織片1.00gの試料を4チューブ用意し、0.125% Collagenase Type II 溶液 (Collagenase Type IIを0.125%となるよう単離培地に溶解して調製した) 15 mLを加え37℃で恒温振盪培養器を用いて30分間振盪インキュベートした後、新たな0.125% Collagenase Type II溶液15 mLに交換し、再度37℃で恒温振盪培養器を用いて、培養時間を延ばし60分間振盪インキュベートした。
その後インキュベートしたチューブ4本を遠心分離機(180×g、室温、5分)にかけ、2本を条件5試験用、残りの2本は条件6の試験用に用意した。条件5用はチューブの上清を廃棄し、条件6用は、逆にチューブの上清を取り出し、軟骨組織片を廃棄した。
増殖培地(15 mL)に交換し、懸濁した後30秒間静置して軟骨組織片を沈殿させ、遊出細胞を含む上清のみをT-75フラスコに移して室温、大気環境下で培養した。2週間おきに新たな増殖培地を5 mL及び0.125% Collagenase Type II溶液5 mLを追加し、60日間継続培養した。
培養3, 7, 10, 30, 60日目に培養上清を1mLサンプリングし、10,000×g 5分で遠心して固形物や細胞を除去した後、分注して-80℃フリーザーで冷凍保存し、成分分析に用いた。
【0045】
(3-2)継代培養条件の検討結果
条件1~6での培養条件を検討の結果、条件6において最も良好な細胞増殖が認められた(図3)。細胞塊の数や大きさも、試験1.より改善された。その他の条件では、条件4でも細胞増殖が認められたが、条件6より増殖率は低かった。
試験1.と同様に、細胞塊の周囲に細胞外マトリックスを付着したように観察される細胞塊が観察された(図4)。
その後も継続して培養し、3か月経過した現在も細胞が生存しているが、増殖速度は非常に遅く、劇的な増加は見られなかった。
【0046】
(実施例4)細胞培養上清中成分分析(試験3)
(4-1)細胞培養上清中成分の分析方法
細胞培養後の培養上清中の主要な3成分(ヒアルロン酸、硫酸化グリコサミノグリカン及びヒドロキシプロリン)を、以下の手順で分析した。
(1)ヒアルロン酸
Hyaluronan ELISA Kitを用いたサンドイッチELISA法により、培養上清中のヒアルロン酸濃度を比色法により定量した。培養上清50 μLを用い、kit付属のプロトコルに従って測定し、スタンダードの吸光度から検量線を作成して各サンプル中のヒアルロン酸濃度を算出した。
細胞培養を行っていない増殖培地中のヒアルロン酸濃度も測定し、培養上清中のヒアルロン酸濃度から差し引くことで、培養中に放出されたヒアルロン酸濃度を算出した。
【0047】
(2)硫酸グリコサミノグリカン
培養上清中のプロテオグリカンを定量するため、その構成糖鎖である硫酸グリコサミノグリカンを、硫酸化糖鎖に特異的に結合するBlyscan Dye (1,9-dimethyl-methylene blue) を用いて比色法により定量した。
培養上清100 μLを用い、Blyscan Glycosaminoglycan Assay Kit付属のプロトコルに従って測定し、スタンダードの吸光度から検量線を作成して各サンプル中の硫酸化グリコサミノグリカン濃度を算出した。
細胞培養を行っていない増殖培地も測定し、培養上清中の硫酸化グリコサミノグリカン濃度から差し引くことで、培養中に放出された硫酸化グリコサミノグリカン濃度を算出した。
【0048】
(3)ヒドロキシプロリン
培養上清中でのII型コラーゲンの産生を確認するため、培養上清中のコラーゲンを構成する特異的なアミノ酸分子であるヒドロキシプロリン量をHydroxyproline Assay Kitを用いて比色定量した。方法はキット付属のプロトコルに従った。
スタンダードの吸光度から検量線を作成し、加水分解時の希釈率を乗じて各サンプル中ヒドロキシプロリン濃度を算出した。
細胞培養を行っていない増殖培地も測定し、培養上清中のヒドロキシプロリン濃度から差し引くことで、培養中に培地に放出されたヒドロキシプロリン濃度を算出した。
【0049】
(4-2)培養上清中の各成分の分析結果
培養された細胞塊が軟骨の性質を持つかを明らかにするために、培養中に培地に放出されたヒアルロン酸、硫酸グリコサミノグリカン、ヒドロキシプロリン濃度を測定した。それぞれの測定結果を下記(表4)及び(図5)に示す。
ヒアルロン酸に関しては、培養初期(7日目まで)は検出限界以下であったが、培養10日目から検出され、培養60日目まで濃度が増加した(図5A)。
硫酸グリコサミノグリカンに関しては、培養初期(10日目まで)は検出限界以下であったが、培養30日目から検出され、培養60日目まで濃度が増加した(図5B)。
ヒドロキシプロリンに関しては、培養初期(3日目まで)は検出限界以下であったが、培養7日目から検出され、培養60日目まで濃度が順調に増加した(図5C)。
いずれの項目も培養初期には検出されず、培養期間に伴って濃度が上昇したことから、培養細胞から放出されたものであり、培養細胞は細胞外マトリックスの性質を持つと考えられた。
【0050】
【表4】
図1A
図1B
図1C
図2A
図2B
図3
図4
図5A
図5B
図5C