(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-28
(45)【発行日】2022-08-05
(54)【発明の名称】鋼材の組織観察用腐食液、及び、それを用いた鋼材の組織観察用試料作製方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/2028 20190101AFI20220729BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20220729BHJP
C22C 38/18 20060101ALI20220729BHJP
C22C 38/54 20060101ALI20220729BHJP
C23F 1/28 20060101ALI20220729BHJP
G01N 1/32 20060101ALI20220729BHJP
【FI】
G01N33/2028
C22C38/00 302Z
C22C38/18
C22C38/54
C23F1/28
G01N1/32 B
(21)【出願番号】P 2018240855
(22)【出願日】2018-12-25
【審査請求日】2021-09-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】592244376
【氏名又は名称】日鉄テクノロジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001553
【氏名又は名称】アセンド特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】神谷 裕紀
(72)【発明者】
【氏名】近藤 桂一
(72)【発明者】
【氏名】大江 太郎
(72)【発明者】
【氏名】竹田 洋輔
(72)【発明者】
【氏名】大槻 あずさ
【審査官】白形 優依
(56)【参考文献】
【文献】特開平9-043230(JP,A)
【文献】特開昭51-148635(JP,A)
【文献】特開2005-126807(JP,A)
【文献】特開昭50-098439(JP,A)
【文献】特開平7-325080(JP,A)
【文献】特表2010-525522(JP,A)
【文献】特開昭49-083625(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第101654783(CN,A)
【文献】RAJESH, P. et al.,Corrosion Compatibility Studies on Carbon Steel and Type 304 Stainless Steel in Acid Permanganate and Organic Acid Mixtures,Corrosion Engineering, Science and Technology,2007年,Vol.42, No.2,pp.174-182
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/2028
C22C 38/00
C22C 38/18
C22C 38/54
C23F 1/28
G01N 1/32
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼材の組織観察用腐食液であって、
KMnO
4と、
H
2SO
4と、
HNO
3と、
を含有する水溶液である、組織観察用腐食液。
【請求項2】
請求項1に記載の組織観察用腐食液であって、
水100mLに対して、
KMnO
4:1.0~20.0g、
H
2SO
4:5~60mL、及び、
HNO
3:0.5~60mL、
を含有する、組織観察用腐食液。
【請求項3】
鋼材の組織観察用試料作製方法であって、
鋼材を準備する準備工程と、
準備された前記鋼材から、試料を採取する試料採取工程と、
前記試料の表面を研磨して観察面を形成する観察面形成工程と、
KMnO
4と、H
2SO
4と、HNO
3とを含有する水溶液である、組織観察用腐食液を用いて、前記試料の前記観察面をエッチングするエッチング工程と、
を備える、組織観察用試料作製方法。
【請求項4】
請求項3に記載の組織観察用試料作製方法であって、
前記鋼材は、
質量%で8.0~15.0%のCrを含有する化学組成と、
マルテンサイトを含む組織とを有し、
焼入れまま、又は、焼入れ及び焼戻しされた、高Cr鋼材である、組織観察用試料作製方法。
【請求項5】
請求項3又は請求項4に記載の組織観察用試料作製方法であってさらに、
前記観察面形成工程前に、前記鋼材又は前記試料に対して、A
C1変態点未満の温度で熱処理を実施する鋭敏化処理工程を備え、
前記観察面形成工程では、前記鋭敏化処理工程後の前記試料の表面を研磨して前記観察面を形成する、組織観察用試料作製方法。
【請求項6】
請求項3~請求項5のいずれか1項に記載の組織観察用試料作製方法であってさらに、
前記エッチング工程後の前記試料の前記観察面を琢磨して、前記エッチング工程により現出した旧オーステナイト結晶粒界を維持しつつ、前記エッチング工程により現出したマルテンサイトの下部組織の境界を前記琢磨前よりも減少させる琢磨工程を備える、組織観察用試料作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材の組織観察用腐食液、及び、それを用いた鋼材の組織観察用試料作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
油井掘削に利用される油井管やラインパイプ用鋼管に代表される油井用鋼材は、硫化水素及び/又は炭酸ガスを含む環境で使用される。そのため、油井用鋼材には、優れた耐食性が要求される。油井用鋼材ではさらに、優れた耐食性とともに、高強度が要求される場合がある。
【0003】
クロム(Cr)は炭酸ガスを含む環境において、鋼材の耐食性を高める。また、マルテンサイト組織は、鋼材の強度を高める。そのため、油井用鋼材として、たとえば、Cr含有量が8.0%以上であって、主としてマルテンサイトからなる組織を有する高Cr鋼材が存在する。
【0004】
ところで、鋼材中のマルテンサイトにおいて、旧オーステナイト結晶粒の大きさ(結晶粒度)は、強度、靱性、耐食性といった、鋼材の機械特性に影響を与える。そのため、鋼材中の旧オーステナイト結晶粒度を精度よく測定できる方が好ましい。
【0005】
結晶粒度の測定方法は、JIS G 0551(2013)、及び、ASTM E112-13に規定されている。たとえば、上記JIS規格及びASTM規格に規定されている、旧オーステナイト結晶粒度の測定方法の概要は次のとおりである。
工程1:鋼材から試料を採取する。
工程2:試料の表面を鏡面研磨して、観察面を形成する。
工程3:試料の観察面に対して、腐食液を用いたエッチングを実施する。
工程4:顕微鏡(光学顕微鏡、走査型電子顕微鏡等)を用いて、エッチングされた観察面に対して組織観察を実施し、JIS規格又はASTM規格で定められた方法により、旧オーステナイト結晶粒度を決定する。
【0006】
上述のJIS規格及びASTM規格では、旧オーステナイト結晶粒度を測定する場合、測定前に、組織観察用試料の観察面に対して、腐食液を用いたエッチングを実施して、旧オーステナイト結晶粒界を現出させる。そして、現出した旧オーステナイト結晶粒界に基づいて、結晶粒度を決定する。
【0007】
鋼材中のCr含有量が低い場合、鋼材の耐食性が低いため、エッチングにより旧オーステナイト結晶粒界を現出させるのは容易である。しかしながら、鋼材中のCr含有量が高い場合、鋼材の耐食性が高い。そのため、エッチングを実施しても旧オーステナイト結晶粒界の腐食が進みにくく、旧オーステナイト結晶粒界が現出しにくい。Cr含有量が8.0%以上の高Cr鋼材では特に、上述のJIS規格及びASTM規格に規定されている腐食液でエッチングしても、マルテンサイト中の旧オーステナイト結晶粒界が現出しにくい。
【0008】
鋼材の旧オーステナイト結晶粒界を現出させる技術が、特開平9-43230号公報(特許文献1)、特開2005-241635号公報(特許文献2)、及び、G.R.Ebrahimiら、Metallurgical and Materials Transactions A、Vol.45A (2014年)、p.2219~2231(非特許文献1)に提案されている。
【0009】
特許文献1では、焼き入れ処理した鉄鋼試料の断面を鏡面仕上げ研磨した後、ピクリン酸飽和水溶液に塩酸、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、塩化鉄、塩化カルシウム、及びエチルアルコールを添加した腐食液中に、鉄鋼試料を浸漬して、鉄鋼の旧オーステナイト結晶粒界を現出させている。
【0010】
特許文献2では、鉄鋼材料を、ピクリン酸と、界面活性剤、塩化物及びシュウ酸とを含有する水溶液からなる腐食液中に浸漬して、旧オーステナイト結晶粒界を現出させている。
【0011】
また、非特許文献1では、API(全米石油協会)で規定されたAPI-13Cr鋼材よりも、さらにC含有量を低減し、Crを質量%で13%程度含有した鋼材であるスーパー13Cr鋼材に対して、ペルオキソ二硫酸アンモニウム及び塩酸を含有する水溶液を腐食液として、エッチングを実施している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特開平9-43230号公報
【文献】特開2005-241635号公報
【非特許文献】
【0013】
【文献】G.R.Ebrahimiら、Metallurgical and Materials Transactions A、Vol.45A (2014年)、p.2219~2231
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
しかしながら、特許文献1及び特許文献2において、実施例でエッチングされた対象鋼材はいずれも、耐食性を高めるCrが含有されていない(特許文献1の段落[0014]、及び、特許文献2の段落[0026]参照)。したがって、Cr含有量が8.0%以上である高Cr鋼材に対して、特許文献1及び特許文献2に記載の腐食液を用いてエッチングを実施した場合、旧オーステナイト結晶粒界が識別可能な状態で現出しない可能性がある。
【0015】
また、非特許文献1に提案された腐食液においても、Cr含有量が8.0%以上である高Cr鋼材に対して、旧オーステナイト結晶粒界が識別可能な状態で現出しない可能性がある。
【0016】
本発明の目的は、Cr含有量が8.0%以上であり、マルテンサイトを含む組織を有する高Cr鋼材に対してエッチングを行った場合であっても、マルテンサイト中の旧オーステナイト結晶粒界を識別可能に現出できる、組織観察用腐食液、及び、それを用いた鋼材の組織観察用試料作製方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明の実施形態による鋼材の組織観察用腐食液は、KMnO4と、H2SO4と、HNO3とを含有する水溶液である。
【0018】
本発明の実施形態による鋼材の組織観察用試料作製方法は、準備工程と、試料採取工程と、観察面形成工程と、エッチング工程とを備える。準備工程では、鋼材を準備する。試料採取工程では、準備された鋼材から、試料を採取する。観察面形成工程では、採取された試料の表面を研磨して観察面を形成する。エッチング工程では、KMnO4と、H2SO4と、HNO3とを含有する水溶液である組織観察用腐食液を用いて、試料の観察面をエッチングする。
【発明の効果】
【0019】
本発明の実施形態による鋼材の組織観察用腐食液は、Cr含有量が8.0%以上であり、マルテンサイトを含む組織を有する高Cr鋼材に対してエッチングを行った場合であっても、マルテンサイト中の旧オーステナイト結晶粒界を識別可能に現出できる。本発明の実施形態による鋼材の組織観察用試料作製方法は、Cr含有量が8.0%以上であり、マルテンサイトを含む組織を有する高Cr鋼材の試料であっても、マルテンサイト中の旧オーステナイト結晶粒界が現出された組織観察用試料を作製できる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】
図1は、Cr含有量が1.0%の低合金鋼(C含有量が0.27%、Cr含有量が1.0%、Mo含有量が0.7%の低合金鋼)からなる試料の観察面を、後述のピクラルによりエッチングした場合の、組織写真画像を示す図である。
【
図2】
図2は、組織写真画像に、EBSD法により描画した旧オーステナイト結晶粒界の画像(線分)を重ねた結果の一例を示す図である。
【
図3】
図3は、高Cr鋼材をビレラでエッチングした場合の組織写真画像の一例を示す図である。
【
図4】
図4(A)は、高Cr鋼材の組織写真画像に、EBSD法により描画した旧オーステナイト結晶粒界の画像(線分)を重ねた結果を示す図であり、
図4(B)は、本実施形態の組織観察用腐食液を用いて
図4Aの高Cr鋼材を化学エッチングした後の組織写真画像を示す図である。
【
図5】
図5は、実施例において、鋭敏化処理を施されていない組織観察用試料であって、本実施形態の組織観察用腐食液を用いてエッチングされた、試験番号14の組織写真画像である。
【
図6】
図6は、実施例において、鋭敏化処理を施された組織観察用試料であって、本実施形態の組織観察用腐食液を用いてエッチングされた、試験番号15の組織写真画像である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
上述のとおり、鋼材のエッチングにおいて、耐食性を高めるCr含有量が低ければ、鋼材を従前の腐食液でエッチングすることにより、旧オーステナイト結晶粒界を比較的容易に現出できる。
図1は、Cr含有量が1.0%であって、マルテンサイト組織である低合金鋼(C含有量が0.27%、Cr含有量が1.0%、Mo含有量が0.7%の低合金鋼)をピクラルによりエッチングした場合の、組織写真画像を示す図である。
図1を参照して、Cr含有量が低い場合、従前の腐食液を用いてエッチングすれば、旧オーステナイト結晶粒界10は識別可能に現出される。
【0022】
しかしながら、Cr含有量が高まり、鋼材の耐食性が高まれば、鋼材がエッチングされにくく、旧オーステナイト結晶粒界が現出しにくくなる。そこで、本発明者らは、Cr含有量が高く、マルテンサイトを含む組織を有する高Cr鋼材をエッチングした場合であっても、マルテンサイト中の旧オーステナイト結晶粒界を識別可能に現出できる組織観察用腐食液について検討を行った。
【0023】
なお、本明細書においては、高Cr鋼材を次のとおり定義する。高Cr鋼材は、質量%で8.0~15.0%のCrを含有する化学組成と、マルテンサイトを含む組織とを有する。高Cr鋼材は焼入れまま材(以下、Q材という)、又は、焼入れ及び焼戻しされた鋼材(以下、QT材という)である。本明細書において、マルテンサイトは、焼戻しを受けていない、いわゆるフレッシュマルテンサイトと、焼戻しマルテンサイトとを含む概念である。
【0024】
本発明者らは初めに、上述のJIS規格及びASTM規格に規定された腐食液により、上記高Cr鋼材の旧オーステナイト結晶粒界が識別可能に現出するか否かについて、調査を行った。
【0025】
旧オーステナイト結晶粒の測定方法として、JIS G 0551(2013)では、マッケイドエーン法を規定している(JIS G 0551(2013) 6.3.2)。マッケイドエーン法では、925℃で一定時間保持して浸炭することによって、旧オーステナイト結晶粒を現出させる。具体的には、上記浸炭処理された試料の浸炭表面と垂直な断面を観察面として、次のエッチング液のいずれかを使用して観察面を腐食させる。
(A)アルカリ性ピクリン酸ナトリウム
(B)ナイタル
(C)上記(A)及び(B)と同一の結果が得られる腐食液。ピクラル(ピクリン酸-エタノール溶液)、ビレラ(ピクリン酸-塩酸-エタノール)等
【0026】
しかしながら、マッケイドエーン法では、AC1変態点以上の925℃で浸炭処理をする。そのため、高Cr鋼材にマッケイドエーン法を適用した場合、浸炭処理後の旧オーステナイト結晶粒界の位置が、浸炭処理前の位置から変化してしまう。この場合、高Cr鋼材本来の旧オーステナイト結晶粒度を正確に測定することはできない。したがって、上記JIS規格に規定されたマッケイドエーン法を、上記高Cr鋼材での旧オーステナイト結晶粒界の現出に適用することはできない。
【0027】
そこで、本発明者らはまず、高Cr鋼材に対して、浸炭処理を実施することなく上記(A)~(C)の腐食液を用いて、次の試験方法によりエッチングを実施し、エッチング後の観察面において、旧オーステナイト結晶粒界が識別可能に現出しているか否かについて、調査した。
【0028】
具体的には、表1に示す化学組成の高Cr鋼材を準備した。なお、AC1変態点は644℃であった。
【0029】
【0030】
表1の化学組成を有する高Cr鋼材は、950℃の焼入れ温度で焼入れした後、620℃の焼戻し温度で焼戻しされた、いわゆる、QT材とした。準備された各高Cr鋼材から、組織観察用の試料を採取した。
【0031】
表2に示す各試験番号1~7の試料に対して、後述の鋭敏化処理を実施した。鋭敏化処理では、試料を、高Cr鋼材のAC1変態点未満の550℃で70分保持し、その後、空冷した。鋭敏化処理では、熱処理温度がAC1変態点未満であるため、鋭敏化処理後の旧オーステナイト結晶粒界位置が、鋭敏化処理前と同じである。さらに、鋭敏化処理では、旧オーステナイト結晶粒界にCr欠乏層が形成されるため、旧オーステナイト結晶粒界が腐食されやすい状態になる。つまり、鋭敏化処理では、旧オーステナイト結晶粒界位置に影響を与えることなく、旧オーステナイト結晶粒界を腐食されやすい状態にすることができる。
【0032】
【0033】
鋭敏化処理後の各試験番号の試料の表面に対して、周知の方法で鏡面研磨を実施して、観察面を形成した。試料の観察面に対して観察位置を特定するために、ビッカース硬さ試験機で観察面に圧痕を付けた。
【0034】
各試験番号の観察面のうち、圧痕付近の領域において、初めに、EBSD(Electron Backscatter Diffraction)分析を実施して、旧オーステナイト結晶粒界を描画した。EBSD分析における観察倍率は500倍、ステップサイズは1.0μmとした。Kurdjumov-Sachsの関係(K-S関係)から得られる界面角度(15~51°)のマルテンサイト境界を抽出し、旧オーステナイト結晶粒界として描画した。
図2は、組織写真画像に、EBSD法により描画した旧オーステナイト結晶粒界の画像(線分)を重ねた結果の一例を示す。
図2中の符号10がEBSD法により描画した旧オーステナイト結晶粒界であり、符号11が圧痕である。
【0035】
続いて、同じ試料の観察面に対して、表2に示す腐食液を用いてエッチングを実施した。具体的には、試験番号1では、腐食液としてアルカリ性ピクリン酸ナトリウム溶液(ピクリン酸:2.0g、水酸化ナトリウム:25.0g、純水:100mL)を用いて、化学エッチングを実施した。試験番号2では、腐食液としてナイタル溶液(硝酸:4mL、エタノール:95mL、純水:5mL)を用いて、化学エッチングを実施した。試験番号3では、腐食液としてピクラル(ピクリン酸:4.0g、エタノール:95mL、純水:5mL)を用いて、化学エッチングを実施した。試験番号4では、腐食液としてビレラ(塩酸:5mL、ピクリン酸:1.0g、エタノール:95mL、純水:5mL)を用いて、化学エッチングを実施した。試験番号5では、腐食液として硝酸水溶液(硝酸:50mL.純水:50mL)を用いて、ASTM E112-13に準拠した電解エッチングを実施した。試験番号6では、非特許文献1に記載された腐食液に含有されているペルオキソ二硫酸アンモニウムを適用したペルオキソ二硫酸アンモニウム溶液(ペルオキソ二硫酸アンモニウムを10質量%含有した水溶液)を用いて、化学エッチングを実施した。
【0036】
エッチング後、EBSD法で観察した領域と同じ、観察面の圧痕付近の領域に対して、光学顕微鏡を用いた組織観察を実施し、組織写真画像を生成した。観察時の倍率はEBSDと同じ500倍であった。
【0037】
EBSD法により得られた画像と、エッチングにより得られた組織写真画像とを対比して、エッチングにおいて、旧オーステナイト結晶粒界が識別可能に確認できるか否かを判断した。具体的には、組織写真画像内の模様(境界線)が、EBSDの画像内の模様(境界線)と略一致している場合、旧オーステナイト結晶粒界が識別可能に現出したと判断した。
【0038】
図3に、表2中の試験番号4のビレラでエッチングした組織写真画像を示す。
図3及び表2を参照して、上述のJIS G 0551(2013)で指定された試験番号1~3の腐食液(アルカリ性ピクリン酸ナトリウム、ナイタル、ピクラル)でエッチング(化学エッチング)を実施した場合、いずれにおいても、試料の観察面はほとんどエッチングされず、旧オーステナイト結晶粒界は現出しなかった。また、試験番号4の腐食液(ビレラ)でエッチングを実施した場合、
図3に示すとおり、マルテンサイト中の下部組織(パケット、ブロック、ラス)の境界は確認できたが、旧オーステナイト結晶粒界は現出しなかった。したがって、試験番号1~4の腐食液によるエッチングでは、高Cr鋼材の旧オーステナイト結晶粒界を識別できなかった。
【0039】
さらに、ASTM E112-13に規定されている、硝酸(HNO3)による電解エッチングを試みた試験番号5では、マルテンサイトの下部組織(パケット、ブロック、ラス)の境界が旧オーステナイト結晶粒界と同程度に腐食されてしまった。そのため、試験番号5の腐食液によるエッチングでは、旧オーステナイト結晶粒界を識別できなかった。
【0040】
また、ペルオキソ二硫酸アンモニウム溶液での化学エッチングを試みた試験番号6では、試料の観察面がほとんどエッチングされず、旧オーステナイト結晶粒界が現出しなかった。
【0041】
以上のとおり、従前の腐食液では、高Cr鋼材の組織中の旧オーステナイト結晶粒界を識別可能に現出させることはできなかった。
【0042】
そこで、本発明者らは、新たな腐食液の創作に挑んだ。その結果、従来、鋼材の組織観察用の腐食液としては利用されていなかった、硫酸(H2SO4)と、過マンガン酸カリウム(KMnO4)と、硝酸(HNO3)とを含有する水溶液である組織観察用腐食液を用いて化学エッチングを実施すれば、高Cr鋼材においても、旧オーステナイト結晶粒界を識別可能に現出させることができることを初めて見出した。
【0043】
具体的には、本発明者らは、試験番号1~6と同じ方法で、EBSD法による旧オーステナイト結晶粒界の描画を実施した後、同じ試料を用いて、上述の組織観察用腐食液(H2SO4と、KMnO4と、HNO3とを含有する水溶液)による化学エッチングを実施した(表2の試験番号7)。
【0044】
図4(A)は、試験番号7における、組織写真画像に、EBSD法により描画した旧オーステナイト結晶粒界の画像(線分)を重ねた結果を示す図であり、
図4(B)は、本実施形態の組織観察用腐食液を用いて化学エッチングした観察面の組織観察画像である。
図4(A)及び
図4(B)を比較して、本実施形態の組織観察用腐食液でエッチングした場合、圧痕11付近において、EBSD法で描画された境界線10とほぼ同じ形状の境界線10が認識できた。つまり、本実施形態の組織観察用腐食液を用いれば、高Cr鋼材の旧オーステナイト結晶粒界を識別可能に判別できた。
【0045】
本発明者らがさらに検討した結果、高Cr鋼材がQT材ではなく焼入れまま材(Q材)であっても、試験番号7の結果と同様に、旧オーステナイト結晶粒界が識別可能に現出した。
【0046】
なお、本実施形態の組織観察用腐食液を用いて高Cr鋼材をエッチングした場合、マルテンサイトの下部組織(パケット、ブロック、ラス)の境界も現出する場合があるものの、旧オーステナイト結晶粒界の方が、下部組織の境界よりも、より明瞭に現出する。この理由について本発明者らはさらに調査した。その結果、本実施形態の組織観察用腐食液により高Cr鋼材をエッチングした場合、旧オーステナイト結晶粒界の方が、マルテンサイトの下部組織(パケット、ブロック、ラス)の境界よりも、より深く腐食されていることが分かった。本発明者らがさらに検討した結果、このような現象(旧オーステナイト結晶粒界の方が、マルテンサイトの下部組織(パケット、ブロック、ラス)の境界よりも、より深く腐食される現象)は、H2SO4と、KMnO4と、HNO3とを含有する水溶液を組織観察用腐食液とすることにより初めて現れるものであり、H2SO4及びKMnO4からなる水溶液を組織観察用腐食液とした場合には上記現象は現れず、H2SO4及びHNO3からなる水溶液を組織観察腐食液とした場合であっても上記現象は現れず、KMnO4及びHNO3からなる水溶液を組織観察用腐食液とした場合であっても上記現象は現れないことが分かった。
【0047】
以上の知見により完成した本実施形態の組織観察用腐食液は、KMnO4と、H2SO4と、HNO3と、を含有する水溶液である。
【0048】
本実施形態の組織観察用腐食液は、Cr含有量が8.0%~15.0%であり、マルテンサイトを含む組織を有する高Cr鋼材に対してエッチングを行った場合であっても、マルテンサイト中の旧オーステナイト結晶粒界を識別可能に現出できる。
【0049】
好ましくは、上記組織観察用腐食液は、水100mLに対して、KMnO4:1.0~20.0g、H2SO4:5~60mL、及び、HNO3:0.5~60mL、を含有する。上記「水」はたとえば、蒸留水であり、好ましくは、純水である。
【0050】
この場合、高Cr鋼材をエッチングする場合であっても、マルテンサイト中の旧オーステナイト結晶粒界を、さらに識別可能に現出できる。
【0051】
本発明の実施形態による鋼材の組織観察用試料作製方法は、準備工程と、試料採取工程と、観察面形成工程と、エッチング工程とを備える。準備工程では、鋼材を準備する。試料採取工程では、準備された鋼材から、試料を採取する。観察面形成工程では、採取された試料の表面を研磨して観察面を形成する。エッチング工程では、KMnO4と、H2SO4と、HNO3とを含有する水溶液である組織観察用腐食液を用いて、試料の観察面をエッチングする。
【0052】
この場合、エッチングにより鋼材の組織観察が可能であり、特に、Cr含有量が8.0~15.0%であり、マルテンサイトを含む組織を有する高Cr鋼材に対してエッチングを行った場合であっても、マルテンサイト中の旧オーステナイト結晶粒界を識別可能に現出できる。
【0053】
上記鋼材は、質量%で8.0~15.0%のCrを含有する化学組成と、マルテンサイトを含む組織を有し、焼入れまま、又は、焼入れ及び焼戻しされた高Cr鋼材であってもよい。
【0054】
好ましくは、上記組織観察用試料の作製方法はさらに、鋭敏化処理工程を備える。鋭敏化処理工程では、観察面形成工程前に、鋼材又は試料に対して、AC1変態点未満の温度で熱処理を実施する。観察面形成工程では、鋭敏化処理工程後の試料の表面を研磨して観察面を形成する。ここで、観察面形成工程前とは、準備工程後であって試料採取工程前の鋼材であってもよいし、試料採取工程後であって、観察面形成工程前の試料であってもよい。
【0055】
この場合、鋭敏化処理により、試料中の旧オーステナイト結晶粒界が腐食されやすい状態となっている。そのため、高Cr鋼材に対してエッチング工程を実施した場合であっても、旧オーステナイト結晶粒界の腐食がさらに促進され、旧オーステナイト結晶粒界をさらに識別可能に現出できる。
【0056】
好ましくは、上記組織観察用試料作製方法はさらに、琢磨工程を含む。琢磨工程では、エッチング工程後の試料の観察面を琢磨して、エッチング工程により現出した旧オーステナイト結晶粒界を維持しつつ、エッチング工程により現出したマルテンサイトの下部組織の境界を琢磨前よりも減少させる。
ここで、「エッチング工程により現出した旧オーステナイト結晶粒界を維持しつつ、エッチング工程により現出したマルテンサイトの下部組織の境界を琢磨前よりも減少させる」とは、エッチング後の観察面において、エッチングにより現出した旧オーステナイト結晶粒界の琢磨前から琢磨後の減少割合よりも、エッチングにより現出した下部組織の境界の琢磨前から琢磨後の減少割合の方が多いことを意味する。つまり、エッチングにより現出した旧オーステナイト結晶粒界は、琢磨後に、琢磨前よりも多少減少することはあるものの、エッチングにより現出した下部組織の境界の琢磨後の減少割合よりも顕著に抑えられていることを意味する。
【0057】
上述のとおり、本実施形態による組織観察用腐食液を用いて高Cr鋼材をエッチングした場合、旧オーステナイト結晶粒界の方が、マルテンサイトの下部組織(パケット、ブロック、ラス)の境界よりも、より深くエッチングされる。そのため、琢磨工程によりエッチング後の観察面を琢磨して、エッチングにより現出した下部組織の境界を削り取っても、エッチングにより現出した旧オーステナイト結晶粒界は残存する。その結果、旧オーステナイト結晶粒界をさらに識別可能な状態とすることができる。
【0058】
以下、本実施形態による組織観察用腐食液、及び、その組織観察用腐食液を用いた鋼材の組織観察用試料作製方法について詳述する。
【0059】
[組織観察用腐食液]
本実施形態の組織観察用腐食液は、過マンガン酸カリウム(KMnO4)と、硫酸(H2SO4)と、硝酸(HNO3)と、を含有する水溶液である。
【0060】
KMnO4、H2SO4、及び、HNO3の水溶液(組織観察用腐食液)中の濃度は特に限定されない。KMnO4、H2SO4、及び、HNO3のいずれもが少しでも含有されていれば、鋼材をエッチングすることができる。
【0061】
本実施形態の組織観察用腐食液を用いたエッチング対象は、鋼材であれば広く適用可能であり、鋼材の組織を現出させることができる。本実施形態の組織観察用腐食液は特に、高Cr鋼材の旧オーステナイト結晶粒界の現出に有効である。
【0062】
ここで、本明細書において、高Cr鋼材とは、上述のとおり、質量%で8.0~15.0%のCrを含有する化学組成と、マルテンサイトを含む組織とを有する。高Cr鋼材の組織は、マルテンサイトの面積率が70.0%以上であってもよく、80.0%以上であってもよく、90.0%以上であってもよい。高Cr鋼材は焼入れまま材(Q材)、又は、焼入れ及び焼戻しされた鋼材(QT材)である。したがって、高Cr鋼材の組織は、マルテンサイト、又は焼戻しマルテンサイトを含む。なお、本明細書において、マルテンサイトは、焼戻しを受けていない、いわゆるフレッシュマルテンサイトと、焼戻しマルテンサイトとを含む概念である。
【0063】
高Cr鋼材は、Cr含有量が8.0~15.0%であれば、他の元素の含有量は特に限定されないが、本実施形態の組織観察用腐食液は特に、次の数値範囲(質量%)の元素を含有する高Cr鋼材であっても、旧オーステナイト結晶粒界を識別可能に現出できる。
C:0.050%以下
P:0.030%以下
S:0.0050%以下
Cr:8.0~15.0%
Mo:0~5.0%
Ti:0~0.200%
Nb:0~0.500%
なお、高Cr鋼材は、上述の元素以外の他の元素が含有されていてもよい。
【0064】
上記元素のうち、P及びSは旧オーステナイト結晶粒界に偏析する可能性のある元素であり、C及びCr以外の他の元素(Mo、Ti、Nb)は、結晶粒内に炭化物を生成しやすい元素である。高Cr鋼材のうち、上記元素を上記数値範囲内で含有する高Cr鋼材では特に、従前の腐食液でエッチングしても、旧オーステナイト結晶粒界が現出しにくい。しかしながら、本実施形態の組織観察用腐食液を用いれば、このような化学組成の高Cr鋼材においても、旧オーステナイト結晶粒界を識別可能に現出させることができる。
【0065】
好ましくは、本実施形態による組織観察用腐食液は、水100mLに対して、
KMnO4:1.0~20.0g、
H2SO4:5~60mL、及び、
HNO3:0.5~60mL、
を含有する。
【0066】
水100mLに対する、KMnO4、H2SO4、及び、HNO3の含有量が上記の範囲内であれば、上述の高Cr鋼材をエッチングする場合であっても、マルテンサイトの旧オーステナイト結晶粒界を、より識別可能に現出させることができる。KMnO4量の好ましい下限は、水100mLに対して、2.0gであり、さらに好ましくは2.7gである。KMnO4量の好ましい上限は、水100mLに対して、15.0gであり、さらに好ましくは10.0gである。H2SO4量の好ましい下限は、水100mLに対して、10mLであり、さらに好ましくは13mLである。H2SO4量の好ましい上限は、水100mLに対して、50mLであり、さらに好ましくは40mLである。HNO3量の好ましい下限は、水100mLに対して、0.7mLであり、さらに好ましくは0.9mLである。HNO3量の好ましい上限は、水100mLに対して、50mLであり、さらに好ましくは40mLである。上記「水」はたとえば、蒸留水であり、好ましくは、純水である。
【0067】
[鋼材の組織観察用試料作製方法]
上述の組織観察用腐食液は、種々の鋼材に広く適用できる。たとえば、オーステナイト系ステンレス鋼や、二相系ステンレス鋼等の鋼材の組織を現出する場合においても、本実施形態の組織観察用腐食液を利用できる。
【0068】
本実施形態の組織観察用腐食液は特に、上述の高Cr鋼材の組織観察において、有効である。以下、本実施形態の鋼材の組織観察用試料作製方法の一例として、高Cr鋼材の組織観察用試料作製方法について説明する。しかしながら、以降で説明する組織観察用試料作製方法は、高Cr鋼材以外の鋼材に対しても同様である。
【0069】
本実施形態の組織観察用試料作製方法は、準備工程と、試料採取工程と、観察面形成工程と、エッチング工程とを備える。以下、各工程について説明する。
【0070】
[準備工程]
準備工程では、上述の鋼材を準備する。本例では、鋼材として、高Cr鋼材を準備する。高Cr鋼材は市販品を購入することにより準備してもよいし、周知の製造工程により製造して準備してもよい。高Cr鋼材は、鋼管であってもよいし、棒鋼であってもよいし、鋼板であってもよい。高Cr鋼材の形状は特に限定されない。
【0071】
なお、準備された高Cr鋼材はたとえば、焼入れまま材(Q材)であってもよいし、焼入れ及び焼戻しされた鋼材(QT材)であってもよい。焼入れ処理の条件は周知の条件で足りる。焼入れ処理はたとえば、鋼材をAC3変態点以上に加熱した後、急冷(焼入れ)する。急冷方法は周知であり、たとえば、水冷である。焼入れ及び焼戻しも、周知の条件で足りる。焼入れ処理は上述のとおりであり、焼戻し処理は、AC1変態点以下で熱処理を実施する。
【0072】
[試料採取工程]
試料採取工程では、準備工程で準備された高Cr鋼材から、試料を採取する。試料の採取は、周知の方法で採取すればよい。たとえば、高Cr鋼材から、必要な部位を切断等により採取する。切断はたとえば、金鋸、切断用砥石、ダイヤモンドホイール、ワイヤーカット等を用いて行う。
【0073】
[観察面形成工程]
観察面形成工程では、試料採取工程で採取された試料の表面に対して研磨を実施して、観察面を形成する。観察面の形成は、周知の鏡面研磨方法により行う。観察面の形成方法の一例を以下に説明するが、他の方法によって観察面を形成してもよい。
【0074】
試料を鏡面研磨する前工程として、試料を支持材に埋め込む周知の埋め込み処理を行う。支持材はたとえば、樹脂である。支持材に埋め込まれた試料の表面を研磨する(研磨処理)。研磨処理ではたとえば、周知のバフ研磨を行う。以上の工程により、試料に観察面を形成する。
【0075】
[エッチング工程]
観察面形成工程後の試料の観察面に対して、上述の組織観察用腐食液を用いて、エッチングを実施する。本工程のエッチングは化学エッチングである。
【0076】
観察面を組織観察用腐食液に浸漬する時間(エッチング時間)は試料の鋼種によって調整すればよい。エッチング時間はたとえば、10~200分である。ただし、エッチング時間はこれに限定されず、試料の鋼種に応じて適宜調整可能である。高Cr鋼材が焼入れ及び焼戻しされた鋼材(QT材)である場合、旧オーステナイト結晶粒界にCr炭化物が析出している。そのため、焼入れまま材(Q材)と比較して、旧オーステナイト結晶粒界は腐食されやすい。
【0077】
以上の工程により、組織観察用試料を作製することができる。組織観察用試料の観察面には、上記エッチングにより、高Cr鋼材であっても、旧オーステナイト結晶粒界が識別可能に現出されている。そのため、この組織観察用試料を用いて光学顕微鏡により組織観察を実施すれば、高Cr鋼材であっても、マルテンサイト中の旧オーステナイト結晶粒界を識別できる。そのため、上記JIS規格又はASTM規格に準拠して、旧オーステナイト結晶粒度番号を決定することができる。
【0078】
[鋭敏化処理工程]
上述の組織観察用試料作製方法はさらに、鋭敏化処理工程を含んでもよい。鋭敏化処理工程を実施する場合、鋭敏化処理工程は、観察面形成工程前の鋼材又は試料に対して実施する。より具体的には、鋭敏化処理工程は、準備工程後であって試料採取工程前の鋼材に対して実施してもよいし、試料採取工程後であって観察面形成工程前の試料に対して実施してもよい。鋭敏化処理工程を実施することにより、上述のとおり、高Cr鋼材の旧オーステナイト結晶粒界をさらにエッチングされやすい状態にすることができる。
【0079】
具体的には、鋭敏化処理工程では、準備された試料をAC1変態点未満の熱処理温度に加熱して、所定時間保持する。これにより、旧オーステナイト結晶粒界にCr炭化物を析出させ、粒界近傍にCr欠乏層を生成させる。その結果、後工程のエッチング工程において、旧オーステナイト結晶粒界の腐食を促進させることができる。
【0080】
鋭敏化処理での熱処理温度の好ましい下限は450℃であり、さらに好ましくは480℃であり、さらに好ましくは500℃である。鋭敏化処理での熱処理温度の好ましい上限は600℃であり、さらに好ましくは580℃である。
【0081】
熱処理温度での保持時間は、各鋼種での旧オーステナイト結晶粒界の現出度合いに応じて、当業者であれば適宜調整可能である。保持時間の好ましい下限は30分であり、さらに好ましくは40分である。保持時間の好ましい上限は150分であり、さらに好ましくは120分である。
【0082】
鋭敏化処理工程を実施した場合、鋭敏化処理工程を実施しなかった場合と比較して、エッチング工程でのエッチング時間を短縮することができる。
【0083】
[琢磨工程]
上述の組織観察用試料作製方法はさらに、琢磨工程を含んでもよい。琢磨工程では、エッチング工程後の試料の観察面に対してさらに、琢磨を実施する。
【0084】
本実施形態の組織観察用腐食液を用いたエッチングでは、マルテンサイトの旧オーステナイト結晶粒界が腐食されて現出するとともに、マルテンサイトの下部組織(パケット、ブロック、ラス)の境界も腐食されて現出する場合がある。したがって、エッチング工程後の観察面のマルテンサイトでは、旧オーステナイト結晶粒界とともに、パケット境界、ブロック境界又はラス境界も現出されている場合がある。しかしながら、上述のとおり、本実施形態の組織観察用腐食液により高Cr鋼材をエッチングした場合、マルテンサイトの下部組織(パケット、ブロック、ラス)の境界も現出する場合があるものの、旧オーステナイト結晶粒界の方が、下部組織の境界よりも、より深くエッチングされている。このような現象は、H2SO4と、KMnO4と、HNO3とを含有する水溶液を組織観察用腐食液とすることにより初めて現れるものである。
【0085】
そこで、琢磨工程では、旧オーステナイト結晶粒界をより明瞭に識別できるように、エッチング工程後の試料の観察面を琢磨する。
【0086】
本実施形態のエッチング工程では、上述のとおり、マルテンサイトのうち、旧オーステナイト結晶粒界は、下部組織(パケット、ブロック、ラス)の境界よりも深くエッチングされている。そこで、琢磨工程では、エッチング工程後の観察面に対して琢磨を実施して、琢磨後のエッチング観察面において、エッチングにより現出した旧オーステナイト結晶粒界を琢磨前と同程度に維持しつつ、エッチングにより現出したパケット、ブロック、及びラスの境界を琢磨前よりも減少させる。好ましくは、琢磨工程において、パケット、ブロック、ラスの境界の腐食深さまでは研磨するものの、それ以上深く研磨するのを抑制する。これにより、エッチングにより現出した旧オーステナイト結晶粒界を維持しつつ(現出した旧オーステナイト結晶粒界の琢磨による減少を抑えつつ)、エッチングにより現出したパケット、ブロック、ラスの境界を琢磨により除去する。
【0087】
以上の琢磨工程を実施することにより、琢磨前の観察面と比較して、琢磨後の観察面では、旧オーステナイト結晶粒界がより明瞭に識別できる。
【0088】
以上のとおり、本実施形態の組織観察用試料作製方法は、上述の組織観察用腐食液を用いてエッチングすることにより、従前の腐食液よりも、特に高Cr鋼材の旧オーステナイト結晶粒界をより明瞭に現出させた組織観察用試料を作製することができる。そのため、従前は簡易に測定することが困難であった、高Cr鋼材における旧オーステナイト結晶粒度をより容易かつ高精度に測定することが可能となる。
【0089】
上述の本実施形態の組織観察用試料作製方法は、次のパターンがある。
(1)準備工程→試料採取工程→観察面形成工程→エッチング工程
(2)準備工程→試料採取工程→鋭敏化処理工程→観察面形成工程→エッチング工程
(3)準備工程→鋭敏化処理工程→試料採取工程→観察面形成工程→エッチング工程
(4)準備工程→試料採取工程→観察面形成工程→エッチング工程→琢磨工程
(5)準備工程→試料採取工程→鋭敏化処理工程→観察面形成工程→エッチング工程→琢磨工程
(6)準備工程→鋭敏化処理工程→試料採取工程→観察面形成工程→エッチング工程→琢磨工程
【0090】
なお、各工程において、試料の洗浄やその他の周知の処理が含まれていてもよい。
【実施例】
【0091】
表3に示す化学組成の鋼材を準備した。
【0092】
【0093】
表3の各鋼材において、950℃の焼入れ温度で焼入れした後、620℃の焼戻し温度で焼戻しを実施したQT材を準備した。さらに、950℃の焼入れ温度で焼入れしたQ材も準備した。準備した各鋼材から、試料を採取した。試料のサイズは10mm×10mm×7mmであった。
【0094】
【0095】
表4を参照して、各試験番号の試料に対して、必要に応じて、鋭敏化処理を実施した。鋭敏化処理では、試料を、高Cr鋼材のAC1変態点未満の表4に示す熱処理温度(℃)で、表4に示す保持時間(分)保持し、その後、空冷した。なお、表4中の「鋭敏化処理」欄の「-」表記は、鋭敏化処理を実施しなかったことを意味する。
【0096】
鋭敏化処理後の各試験番号の試料の表面に対して周知の方法で鏡面研磨を実施して、観察面を形成した。また、鋭敏化処理しなかった試験番号においては、準備された試料の表面に対して周知の方法で鏡面研磨を実施して、観察面を形成した。試料の観察面に対して、観察位置を特定するために、ビッカース硬さ試験機を用いて、観察面に圧痕を付与した。
【0097】
観察面のうち、圧痕付近の領域に対して、初めに、EBSD分析を実施して、旧オーステナイト結晶粒界の画像を生成した。EBSD分析は、日本電子株式会社製の電界放出型走査電子顕微鏡(商品名:JSM-7800F)に搭載した、株式会社TSLソリューションズ製のOIM結晶方位測定装置(データ収集ソフトウエアは商品名:OIM Data Collection ver.6)により実施し、上記データ収集ソフトウエアにより旧オーステナイト結晶粒界の画像を生成した。EBSD分析における観察倍率は500倍とし、ステップサイズは1.0μmとした。K-S関係から得られる界面角度(15~51°)のマルテンサイト境界を抽出し、旧オーステナイト結晶粒界として描画した。続いて、同じ試料の観察面に対して、表4に示す組織観察用腐食液を用いて化学エッチングを実施した。表4中の組織観察用腐食液の詳細は表5のとおりであった。
【0098】
【0099】
表4に示す腐食液のうち、試験番号19については、ASTM E112-13に準拠して、電解エッチングを実施した。
【0100】
また、各試験番号では、エッチング工程後、琢磨工程を実施した。以上の工程により、組織観察用試料を作製した。
【0101】
作製された組織観察用試料の観察面において、EBSD法で観察した領域と同じ、圧痕付近の領域に対して、光学顕微鏡を用いた組織観察を実施し、組織写真画像を生成した。観察時の倍率はEBSDと同じ500倍であった。
【0102】
EBSD法により得られた組織写真画像と、化学エッチングにより得られた組織写真画像とを対比して、旧オーステナイト結晶粒界が識別可能か否かを判断した。
【0103】
具体的には、エッチングにより作製された組織観察用試料の観察面の組織写真画像の模様(境界線)がEBSD画像の模様とほぼ一致する場合、エッチングにより、旧オーステナイト結晶粒界が識別可能に現出したと判断した(表4中の「旧γ粒界」欄において「識別可」と記載)。エッチングにより作製された組織観察用試料の観察面の組織写真画像の模様(境界線)がEBSD画像の模様(境界線)と異なる場合、旧オーステナイト結晶粒界が識別できなかったと判断した(表4中の「旧γ粒界」欄において「識別不可」と記載)。なお、識別可能な場合、ASTM E112-13に準拠して、旧オーステナイト結晶粒度番号を決定した。決定された旧オーステナイト結晶粒度番号を表4中の「旧γ粒度番号」欄に示す。
【0104】
[試験結果]
表4を参照して、本実施形態の組織観察用腐食液を用いてエッチングした試験番号11~15については、旧オーステナイト結晶粒界が識別可能に現出した。これらの試験番号において、エッチング後の組織写真画像から決定された旧オーステナイト結晶粒度番号は、EBSD法で得られた画像から決定された旧オーステナイト結晶粒度番号と一致した。
【0105】
また、試験番号11~15のうち、鋭敏化処理を実施した試験番号11、13、及び、15では、鋭敏化処理を実施しなかった試験番号12及び14と比較して、旧オーステナイト結晶粒界をさらに明瞭に確認できた。
図5は、試験番号14の組織写真画像であり、
図6は、試験番号15の組織写真画像である。
図5及び
図6を参照して、鋭敏化処理を実施している試験番号15(
図6)の方が、鋭敏化処理を実施していない試験番号14(
図5)よりも、旧オーステナイト結晶粒界10をより明瞭に確認できる。
【0106】
一方、試験番号16~20では、本実施形態の組織観察用腐食液以外の腐食液を用いてエッチングを行った。その結果、旧オーステナイト結晶粒界を識別できなかった。
【0107】
また、試験番号21及び22では、本実施形態の組織観察用腐食液を用いてエッチングしたものの、鋭敏化処理の熱処理温温度又は保持時間が不適切であった。その結果、旧オーステナイト結晶粒界を識別できなかった。
【0108】
以上、本発明の実施形態を説明した。しかしながら、上述した実施形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施形態を適宜変更して実施することができる。
【符号の説明】
【0109】
10 旧オーステナイト結晶粒界
11 圧痕