(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-28
(45)【発行日】2022-08-05
(54)【発明の名称】摺動部材
(51)【国際特許分類】
C25D 7/10 20060101AFI20220729BHJP
F16C 33/12 20060101ALI20220729BHJP
【FI】
C25D7/10
F16C33/12 A
(21)【出願番号】P 2019141293
(22)【出願日】2019-07-31
【審査請求日】2022-03-15
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】591001282
【氏名又は名称】大同メタル工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000855
【氏名又は名称】特許業務法人浅村特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】ヴェルビッカス ロランダス
(72)【発明者】
【氏名】羽根田 祐磨
(72)【発明者】
【氏名】チャン イー
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2012/108528(WO,A1)
【文献】特開2003-156045(JP,A)
【文献】特開2011-163382(JP,A)
【文献】国際公開第2014/157193(WO,A1)
【文献】特開2008-057769(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D 5/00-7/12
F16C 33/00-33/82
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸受合金上にオーバーレイを備える摺動部材であって、
前記オーバーレイは3~50μmの厚さを有し、
前記オーバーレイは、厚さTを規定する摺動面および前記軸受合金との界面を有し、前記オーバーレイはBi又はBi合金のマトリクスおよび該マトリクスに分散する金属間化合物を有し、
該金属間化合物は、Bi、Sn、Cu、Zn、Co、Mn、Ni、In、Sb、Agから選択される少なくとも2種を含み、
前記摺動面から前記界面に向かって前記厚さTの70%~75%の厚さ領域における
、前記厚さ領域の体積に対する前記金属間化合物の体積比率が10%~70%であることを特徴とする、摺動部材。
【請求項2】
前記摺動面に垂直な断面視で、前記摺動面から前記厚さTの75%までの厚さ領域に存在する金属間化合物は、前記摺動面に平行な方向の長さが前記厚さTの2.5倍未満であることを特徴とする請求項1に記載された摺動部材。
【請求項3】
前記摺動面に垂直な断面視で、前記摺動面から前記厚さTの70%~75%の厚さ領域に存在する金属間化合物のうち、少なくとも、前記摺動面から前記厚さTの70%の位置から、前記摺動面から前記厚さTの75%の位置にわたって延在する金属間化合物が、前記摺動面に平行な方向に前記厚さTの2.5倍の長さ当たり少なくとも3個存在する、請求項1又は請求項2に記載された摺動部材。
【請求項4】
前記摺動面に垂直な断面視で、前記少なくとも3個の金属間化合物のうちの少なくとも1個は、その近似楕円が、該近似楕円の長軸が前記摺動面に垂直な方向となす角度が70°以下であることを特徴とする、請求項3に記載された摺動部材。
【請求項5】
前記摺動面に垂直な断面視で、前記少なくとも3個の金属間化合物のうちの少なくとも2個は、その近似楕円が、該近似楕円の長軸が前記摺動面に垂直な方向となす角度が70°以下であり、該少なくとも2個の金属間化合物のうちの隣接する金属間化合物の重心間の前記摺動面に平行な方向の平均距離d、およびそれらの標準偏差σが、μm単位で、
d+3σ ≦ 150/T
の関係を満たすことを特徴とする、請求項3に記載された摺動部材。
【請求項6】
前記オーバーレイは、前記摺動面を含む、前記金属間化合物の体積比率が5%以下であるなじみ層を有することを特徴とする、請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載された摺動部材。
【請求項7】
前記なじみ層の前記BiまたはBi合金のマトリクスの結晶粒は、20%以上の等方性指数を有することを特徴とする、請求項6に記載された摺動部材。
【請求項8】
請求項1から請求項
7までのいずれか1項に記載された摺動部材を有する軸受。
【請求項9】
請求項
8に記載された軸受を有する内燃機関。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、内燃機関用等の摺動部材に関するものであり、とりわけ金属間化合物の分散したオーバーレイ層の構造に係るものである。また、本発明は、この摺動部材を有する軸受、およびこの軸受を有する内燃機関にも係るものである。
【背景技術】
【0002】
内燃機関の軸受などの摺動部材は、鋼鉄製の裏金に接合された銅又はアルミニウムの軸受合金を含むことが多い。銅合金又はアルミニウム合金により、使用時に滑り部材が受ける荷重に耐えることができる強靱な表面が得られる。このような滑り部材は、良好な埋収性及びなじみ性のみならず適切な耐焼き付き性を有さなければならない。この目的のために、通常は、軸受合金の表面上に鉛及び鉛合金などの軟質オーバーレイが設けられていた。鉛は、上記の特性を兼ね備えるとともに、外部荷重に対して適度な耐疲労性を提供する非常に信頼性のある被覆材料として従来から知られている。
【0003】
しかし、鉛が環境汚染の観点から使用を避けることが求められており、鉛に代替するオーバーレイ材料としてBi合金が提案されている。特許文献1は、Bi又はBi合金層の結晶配向を完全ランダム配向と単結晶のような特定の一方向の配向の中間の配向を有することによりBiの脆い特性を軽減し、耐疲労性及びなじみ性を備えたBi系材料を提案している。
【0004】
特許文献2は、Cuを必須元素として含み、且つSn及びInのうちから選択された少なくとも1種以上の選択元素を所定量含むBi合金からオーバーレイを形成し、合金を強化してオーバーレイの耐疲労性を損なうことなく、Biの脆い性質を改善して良好なるなじみ性を得ることができる摺動部材を提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2001-020955号公報
【文献】特開2004-353042号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
これらの先行技術文献に開示されたBi又はBi合金オーバーレイは、その効果を実現しようとすると厳しい製造管理が必要になる。また、近年のCO2排出規制に伴う内燃機関の高性能化により、内燃機関用の摺動部材の運転環境は厳しくなってきており、従来技術では疲労特性が十分ではなくなっている。
【0007】
このようなBi又はBi合金オーバーレイは通常、めっき、PVD、CVDにより形成される。その場合、オーバーレイ結晶は基本的に柱状組織になるため、特許文献1のように配向性を制御しても膜厚方向に亀裂が入りやすい。一旦発生した亀裂は柱状晶組織の粒界に沿ってオーバーレイ内部に進行するが、ある程度の深さまで進行すると多数の亀裂に分裂してオーバーレイ結晶の疲労脱落を引き起こす。この現象は高温環境ではさらに起こりやすくなり、疲労強度は低下する。このような疲労脱落は、合金元素の添加により合金マトリクスを強化しても基本的に防止できない。
【0008】
本発明はオーバーレイ結晶の疲労脱落を軽減して、疲労特性の向上した摺動部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の一観点によれば、軸受合金上にオーバーレイを備える摺動部材が提供され、オーバーレイは、厚さTを規定する摺動面および軸受合金との界面を有する。オーバーレイはBi又はBi合金のマトリクスおよび金属間化合物を有し、摺動面から界面に向かってオーバーレイの厚さTの70%~75%の厚さ領域における金属間化合物の体積比率が10%~70%である。
【0010】
一具体例によれば、摺動面に垂直な断面視で、摺動面から厚さTの75%までの厚さ領域に存在する金属間化合物は、摺動面に平行な方向の長さが厚さTの2.5倍未満であることが好ましい。
【0011】
一具体例によれば、摺動面に垂直な断面視で、摺動面から厚さTの70%~75%の厚さ領域に存在する金属間化合物のうち、少なくとも、摺動面から厚さTの70%の位置から、摺動面から厚さTの75%の位置にわたって延在する金属間化合物が、摺動面に平行な方向に厚さTの2.5倍の長さ当たり少なくとも3個存在することが好ましい。
【0012】
一具体例によれば、摺動面に垂直な断面視で、上記少なくとも3個の金属間化合物のうちの少なくとも1個は、その近似楕円が、該近似楕円の長軸が摺動面に垂直な方向となす角度が70°以下であることが好ましい。
【0013】
一具体例によれば、摺動面に垂直な断面視で、上記少なくとも3個の金属間化合物のうちの少なくとも2個は、その近似楕円が、該近似楕円の長軸が摺動面に垂直な方向となす角度が70°以下であり、該少なくとも2個の金属間化合物における互いに隣合う隣接金属間化合物の重心間の摺動面に平行な方向の平均距離d、およびそれらの標準偏差σが、μm単位で、
d+3σ ≦ 150/T
の関係を満たすことが好ましい。
【0014】
一具体例によれば、オーバーレイは、摺動面を含む、金属間化合物の体積比率が5%以下であるなじみ層を有することが好ましい。さらに、このなじみ層のBiまたはBi合金のマトリクスの結晶粒は、20%以上の等方性指数を有することが好ましい。
【0015】
一具体例によれば、金属間化合物が、Bi、Sn、Cu、Zn、Co、Mn、Ni、In、Sb、Agから選択される少なくとも2種を含むことが好ましい。
【0016】
本発明の他の観点によれば、上記に記載された摺動部材を有する軸受が提供される。
【0017】
本発明のさらに他の観点によれば、上記軸受を有する内燃機関が提供される。
【0018】
本発明及びその多くの利点を、添付の概略図面を参照して以下により詳細に述べる。図面は、例示の目的で、いくつかの非限定的な実施例を示す。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本発明の一具体例による摺動部材の概略的断面図
【
図2】本発明の一具体例による摺動部材のオーバーレイの中間領域付近の拡大概略断面図
【発明を実施するための形態】
【0020】
内燃機関の運転中に摺動部材に高負荷がかかる。その高負荷により表面から亀裂が発生し、その亀裂はオーバーレイのBi又はBi合金の柱状晶の粒界に沿って伝播するが、膜厚のある深さに到達すると亀裂は分岐して伝播するようになり、無作為方向に進展する。そうするとオーバーレイの大規模な疲労脱落が起き、焼付きにつながる著しい性能低下を招く。
【0021】
本発明者らは、この亀裂の分裂が生じる深さが、オーバーレイの厚さTに対して、オーバーレイの表面から厚さTの70%~75%の領域で主に起こることを突き止めた。そのため、本発明は、この領域の強度を大きくすることにより亀裂の分裂の進展を防ぎ、それによりオーバーレイの大規模な疲労脱落を抑制するものである。
【0022】
図1に本発明による摺動部材の概略的断面図を示す。摺動部材1は、軸受合金2および軸受合金上に設けられたオーバーレイ3を備える。オーバーレイ3は、軸受合金2との界面5を有し、界面5の反対側に表面4を有する。表面4と界面5の間の距離としてオーバーレイの厚さTが規定される。表面4は摺動部材の摺動面として機能する。オーバーレイ3の厚さTは3~50μmが好ましく、さらに5~30μmがより好ましいが、この厚さ以外でもよい。オーバーレイ3は、Bi又はBi合金のマトリクス6に金属間化合物8が分散した構造を有する。
【0023】
軸受合金2は、銅または銅合金、或いはアルミニウム又はアルミニウム合金など軸受合金として通常使用されるものでよい。摺動部材は、軸受合金を支持する裏金をさらに有してもよく、裏金としては、亜共析鋼やステンレス鋼等のFe合金、Cu、Cu合金等の金属板を用いることができる。
【0024】
本明細書では、オーバーレイ3は、オーバーレイ3の表面4から厚さTの70%までの厚さ領域を「表面側領域31」、表面4から厚さTの70%~75%の厚さ領域を「中間領域32」または「脱落起点領域」、オーバーレイ3の表面4から厚さTの75%の深さから界面5までの厚さ領域を「界面側領域33」と称する。
【0025】
本発明によれば、中間領域32における金属間化合物8の占める体積比率が10%~70%である。中間領域32は亀裂の分裂が生じる領域であるが、金属間化合物8がこの割合で存在することで亀裂の分裂を抑制することができる。表面側領域31または界面側領域33において、金属間化合物の体積比率は規定しない。しかし、中間領域32の範囲内の金属間化合物分の体積は、中間領域32全体に対して10~70体積%、好ましくは15~60体積%である。脱落防止には、金属間化合物8が中間領域32において上記体積比率を占めることが重要である。本発明での中間領域32における金属間化合物8の占める体積比率は、中間領域32以外にも跨って存在している金属間化合物8では、中間領域32の範囲内における分の体積を計測する。なお、本願における体積比率の値は、測定視野での面積比率の値を用いる。
【0026】
金属間化合物は特に限定はしないが、Bi、Sn、Cu、Zn、Co、Mn、Ni、In、Sb、Agから選択される少なくとも2種を含むことが好ましい。
【0027】
本発明によれば、摺動面に垂直な断面視で、表面側領域31および中間領域32に存在する金属間化合物は、表面4(摺動面)に平行な方向(以下、表面(摺動面)4に平行な方向を「横」方向、表面4に垂直な方向を「縦」方向ともいう)の長さがオーバーレイの厚さTの2.5倍未満、好ましくは2.3倍以下、更に好ましくは1.0倍以下である。ただしオーバーレイの厚さTの2.5倍以上のものが横方向10mm当たり1個程度存在してもよい。金属間化合物8が、横方向に長く延在すると、亀裂が金属間化合物8に到達したときに、金属間化合物8とマトリクス6との界面に沿って亀裂が進展して、結晶粒の脱落が生じる可能性がある。上記の横方向の長さであれば、このような現象は抑制できる。金属間化合物8の横方向長さは、上記断面視での横方向の最端部の間の横方向距離をいう。本発明での金属間化合物8の摺動面に平行な方向の長さは、測定視野において界面側領域33に跨って存在している金属間化合物8では、表面側領域31及び中間領域32における範囲内での長さを計測する。
【0028】
図2に、本発明の好ましい具体例による摺動部材のオーバーレイの中間領域32付近の拡大概略断面図を示す。中間領域32に存在する金属間化合物8のうち、表面側領域31との境界Laに接触または交差し、かつ界面側領域33との境界Lbにも接触または交差するもの(以下、「中間領域縦断金属間化合物81」という)が存在する。すなわち、中間領域32の縦方向全長にわたって延在する金属間化合物である。このような中間領域縦断金属間化合物81は、摺動面4に垂直な断面視で、オーバーレイ3の厚さTの2.5倍の横方向長さ当たり少なくとも3個存在することが好ましい。さらに好ましくは5個である。中間領域縦断金属間化合物81は中間領域32を縦方向にわたって存在するので、亀裂の中間領域32での横方向の伝播を防止する効果が大きく、さらに表面側領域31を界面側領域33に固定させる支柱のような機能(アンカー効果)を果たし、脱落防止効果を一層向上させる。とりわけ、中間領域縦断金属間化合物81は横方向に概ね均等に分散することが好ましい。なお、金属間化合物が、ある領域(表面側領域31、中間領域32、界面側領域33のいずれか)に存在するとは、その金属間化合物の少なくとも一部がその領域に存在することをいう。
【0029】
中間領域縦断金属間化合物81が上記アンカー効果を発揮するには、中間領域縦断金属間化合物は縦方向に伸長した形状をすることが好ましい。そこで、摺動面に垂直な断面視で、オーバーレイの厚さTの2.5倍の横方向長さ当たり少なくとも3個存在する中間領域縦断金属間化合物のうちの少なくとも1個、好ましくは少なくとも2個、更に好ましく少なくとも3個が、その近似楕円を描いたときに、その近似楕円の長軸が縦方向となす角度が70°以下であることが好ましい。近似楕円の計算方法については後述するが、金属間化合物の輪郭に対して、等面積であり、かつ慣性モーメント(一次および二次モーメント)が等しい楕円を画像解析ソフトを用いて求める。
【0030】
さらに、摺動面4に垂直な断面視で、オーバーレイの厚さTの2.5倍の横方向長さ当たり少なくとも3個存在する中間領域縦断金属間化合物81のうちの少なくとも2個の近似楕円が、近似楕円の長軸が摺動面に垂直な方向となす角度が70°以下であり、かつ該少なくとも2個の中間領域縦断金属間化合物のうちの隣接する金属間化合物の重心間の横方向の平均距離d、およびそれらの標準偏差σが、μm単位で、
d+3σ ≦ 150/T
の関係を満たすことがより好ましい。これは隣接金属間化合物の重心間横方向距離の大部分(平均dよりも小さいか、または平均よりも大きくても平均dから3σ以内にあるもの)が、150/T以下になること、すなわち、膜厚Tが大きければこの距離d+3σは小さくなくてはならず、膜厚Tが小さければこの距離d+3σは大きくてもよいことを示す。膜厚Tが大きければ疲労脱落が起こりやすいために、金属間化合物は密であることが求められる。
【0031】
オーバーレイ3は、オーバーレイ3の摺動面4を含んで、金属間化合物8の体積比率が5%以下であるなじみ層9を有することが好ましい。なじみ層9の厚さは、1μm以上であることが好ましく、3μm以上8μm以下が更に好ましいが、中間領域32まで延在することはない。なじみ層9内には金属間化合物8が5体積%以下存在してもよいが、その粒径は3μm以下であることが望ましい。なじみ層9の存在により、金属間化合物8の存在にもかかわらず、オーバーレイ3のなじみ性を維持できる。
【0032】
なじみ層9のBiまたはBi合金のマトリクスの結晶粒は、20%以上の等方性指数を有することが好ましい。等方性指数とは、測定視野における結晶粒間の粒界を所定深さの谷として、ISO25178として規格化されている面粗さの表面性状のアスペクト比を表すパラメータStrを求め、その値を%表示したものである。結晶粒群の長辺の向きの偏向度合が低いほど、等方性指数は大きい。等方性指数が20%以上であることにより、表面から深さ方向への亀裂の進展速度を遅くする効果が得られる。また、なじみ層9におけるBi又はBi合金のマトリクス6の結晶粒はアスペクト比が3以下であることが好ましい。アスペクト比は、断面観察した結晶粒の重心を通る最大長さLと最小長さSの比の値L/Sの平均として求められる。
【0033】
次に、金属間化合物の形成方法についての一例を説明する。軸受合金上に、例えば電気めっき、PVD、CVDなどによりBi又はBi合金層を被覆し、さらにその上に金属間化合物の原料元素Xを被覆する。適当な温度及び時間で熱処理を行うことにより、原料元素XをBi又はBi合金層を内部に向かって拡散させる。他方、軸受合金の成分YもBi又はBi合金層を表面に向かって拡散し、Bi又はBi合金層内にXおよびYを含む金属間化合物を形成する。Bi又はBi合金層中での中間領域に金属間化合物を形成するような拡散係数を有する元素X、Yを選択する。例えば、軸受合金がCu又はCu合金の場合にはSb被覆を用いる。なお、軸受合金の成分Yの代わりに、軸受合金の層とBi又はBi合金層との間に他の層を形成してその元素Zを拡散させて、XおよびZを含む金属間化合物を形成してもよい。例えば、Cu又はCu合金軸受合金とSbを被覆させたBi又はBi合金層との間にAg層を形成する組合せがある。なお、Bi又はBi合金層は柱状晶を有するため、元素X、Y又はZは主に柱状晶の粒界を拡散するために金属間化合物は摺動面に略垂直方向に延びた形状になりやすい。
【0034】
金属間化合物の形成方法についての他の例として、オーバーレイの被膜形成時に被膜形成と同時に析出する元素を添加することができる。この元素は、Bi、Sn、Cu、Zn、Co、Mn、Ni、In、Sb、Agから選択される少なくとも2種を用いることができる。金属間化合物の形成は、例えばBi-Sn-Cuの場合、スルホン酸Biめっき浴にSn及びCuを添加した合金めっき処理を施すことにより行う。通常よりも高電流密度(例えば6A/dm2)でめっきすると、金属間化合物を積極的に生成させ易い。めっき処理中に電流密度を変更することによって、所望する位置にのみ金属間化合物を生成することもできる。
【0035】
次に測定方法について説明する。
断面観察は、摺動部材の任意箇所を表面に垂直方向に切断し、機械研磨、イオンミリング、ミクロトーム、ワイヤソーなどの前処理を行い、走査型電子顕微鏡(SEM)によるCOMP像(反射電子組成像)や電子プローブマイクロアナライザー(EPMA)等によりオーバーレイの組織観察を行う。材料に応じて、金属間化合物とマトリクスの境界が識別できる適当な観察手段を用いることが好ましい。観察視野は、横方向にオーバーレイの膜厚の少なくとも2.5倍が観察できることが好ましい。
【0036】
得られた画像を用いてオーバーレイの膜厚Tを決定し、オーバーレイの表面から厚さTの70%および75%の深さの位置に、表面に平行に仮想線La、Lbを描く。仮想線La、Lbは、それぞれ表面側領域と中間領域、中間領域と界面側領域の境界である。仮想線La、Lbによって画定された領域、すなわち中間領域について、電子像に対して一般的な画像解析手法(解析ソフト:Image-Pro Plus(Version4.5);(株)プラネトロン製)を用いて、金属間化合物の面積比率を計算する。少なくとも3個の断面を観察して平均を求め、金属間化合物の面積比率とする。なお、この面積比率は、体積比率に相当する。
【0037】
さらに、オーバーレイの表面から厚さTの75%までの深さの領域(表面側領域および中間領域)に存在する金属間化合物について、それぞれ、横方向の両最端部を決定してそれらの横方向長さを求める。この長さが、オーバーレイの厚さTの2.5倍以下であることを確認する。さらに、中間領域に存在する金属間化合物について仮想線Laと接触又は交差し,かつ仮想線Lbと接触又は交差するもの(中間領域縦断金属間化合物)を抽出し、厚さTの2.5倍の長さ当たりの平均個数を検出する。これらの確認または検出は、少なくとも3断面について行う。
【0038】
上記で抽出した中間領域縦断金属間化合物について、楕円近似を行う。楕円近似は、得られた画像を画像解析ソフト(日本ローパー社製Image-Pro)を用いて、対象物である中間領域縦断金属間化合物と等面積で、かつ慣性モーメントが等しい楕円を想定する手法により求める。そして、描かれた近似楕円の長軸が摺動面に垂直な方向となす角度を求め、その角度が70°以下のものの厚さTの2.5倍の長さ当たりの平均個数を求める。
【0039】
次に近似楕円の長軸が摺動面に垂直な方向となす角度が70°以下の中間領域縦断金属間化合物について、その画像における重心座標を上記画像解析ソフトを用いて求める。そして各金属間化合物の横方向重心間距離(重心間距を横方向に投影したときの長さ)を求め、平均および標準偏差を求める。その際、視野の最も左に位置する金属間化合物は視野左端からの横方向距離、視野の最も右に位置する金属間化合物は視野右端からの横方向距離も横方向重心間距離として計算する。
【0040】
最後になじみ層の測定方法を説明する。上記断面観察電子像について、オーバーレイの表面からオーバーレイの厚さTの50%までの深さ領域について、上記の手法で金属間化合物の面積比率を求める。この値が5%以下であれば次にオーバーレイの表面からの深さ領域を拡大していき、金属間化合物の面積比率が5%以下となる最大深さを決定する。なお、最初に求めた金属間化合物の面積比率がすでに5%超であれば、深さ領域を減少させながら金属間化合物の面積比率が5%以下となる最大深さを決定する。さらに、このようにして求めたなじみ層について、上記画像解析ソフトを用いて、取り込んだ画像から金属間化合物を消去する。消去した後の画像から画像ソフト(MountainsMap(登録商標)のTexturedirection機能)により等方性指数を算出する。
【実施例】
【0041】
裏金(1.2mm厚鋼材)上に焼結した軸受合金(0.3mm厚焼結銅合金材)上に電気めっきによりBi層を所定厚さ被覆し、その上にSb層を所定厚さ被覆した。Bi層とSb層とからなるめっき厚さを15μmに設定した。これに熱処理を施し、Bi層内にBi-Sb-Cu系金属間化合物を形成させ、実施例1~10、比較例11~12を作製した。これらの試料の表面にはSb層は残存していなかった。一方、比較例13は、Bi層を3μm厚さ被覆し、その上にSbCu層を2μm厚さ被覆し、その上にBi層を10μm厚さ被覆した試料である。比較例14はSb層を設けないBi層のみ(15μm)を被覆した試料である。表1にこれらの製造条件(めっき厚さ、熱処理温度・時間)を示す。なお、めっき液の流れによる撹拌の状態を制御して、実施例1~5、8~10及び比較例の熱処理前のBi層の柱状晶結晶の長軸方向(近似楕円の長径方向)は、摺動面に垂直な方向となす角度を平均で15°以下、実施例6、7は平均で10°以下とした。また、実施例8~10は、熱処理前に赤外線予熱処理(240℃)を行うことによってなじみ層(3μm)を設け、等方性指数を制御した。
【0042】
実施例1~4、比較例11~14の試料について、上記説明した方法で断面観察を行い、Bi層表面からBi層厚さの70%~75%の厚さ領域における金属間化合物の体積比率を求めた。Bi層表面から厚さTの75%までの厚さ領域に存在する金属間化合物について表面に平行な方向の長さが厚さTの2.5倍以上のもの(帯状金属間化合物)の有無を確認した。これらの結果を表1の「中間領域における金属間化合物」、「帯状金属間化合物」欄にそれぞれ示す。
【0043】
次に、これらの試料を、Bi層を内側にして直径56mm、長さ18mmの円筒形のすべり軸受に加工し、疲労試験に供した。試験条件を表3に示す。試験後の各試料のBi層の表面を観察したところ、一部の領域に疲労の発生が認められた。各試料について、疲労発生領域を除いた領域、すなわち疲労の発生していない領域の面積率を求めた。その結果を表1の「疲労未発生面積率」欄に示す。表1の結果から、本発明の実施例は、比較例に比較して疲労未発生面積率が大きくなった。
表2は、金属間化合物の摺動面に平行方向の長さとオーバーレイ厚さ(めっき厚さ)との比が疲労特性(疲労未発生面積率)に与える影響を示したものである。
【0044】
【0045】
【0046】
【0047】
また、中間領域縦断金属間化合物のBi層の厚さTの2.5倍の横方向長さ当たりの個数、およびその中間領域縦断金属間化合物のうち近似楕円の長軸が縦方向となす角度が70°以下のものの個数を測定し、表4の「金属間化合物個数」の「中間領域縦断」欄および「近似楕円長軸角度70°以下」欄にそれぞれ示す。さらに近似楕円長軸角度70°以下の中間領域縦断金属間化合物のうちの隣接する金属間化合物の重心間の横方向の平均距離d(μm)およびそれらの標準偏差σ(μm)、Bi層の厚さT(μm)について、(d+3σ)×Tの値も表5の「(d+3σ)T」欄に示す。表4、表5に疲労未発生面積率も再度記載している。
【0048】
【0049】
【0050】
実施例4では中間領域縦断金属間化合物の個数は上記所定長さあたり3個未満であった(実施例1~3も同様)が、実施例5、6は3個以上であり、とりわけ実施例6は近似楕円長軸がBi層表面垂直方向となす角度が70°以下のものも3個存在した。さらに、実施例7はd+3σ ≦ 150/Tの関係を満足した。これらの構成に応じて疲労未発生面積率も向上した。
【0051】
次に耐疲労性の差をより明確に評価するために、高速疲労試験機を用いた高速疲労試験を行った。この試験機は、表3の疲労試験とは負荷モード等が異なり、より厳しい試験条件を実施する。試験片形状は、上記疲労試験と同じであり、試験条件は表6に示す。
【0052】
【0053】
試験後の各試料のBi層の表面を観察したところ、上述の疲労試験での結果と同様に、一部の領域に疲労の発生が認められた。高速疲労試験においても、各試料について、疲労の発生していない領域の面積率を求めた。その結果及び等方性指数を表7の「等方性指数」欄及び「(高速)疲労未発生面積率」欄に示す。なじみ層を設けた実施例8~10は、なじみ層を設けてない実施例2に比較して疲労未発生面積率が大きくなった。また、実施例8~10では、上述の疲労試験の結果ではそれらの間に差は見られなかったが、より厳しい高速疲労試験を行うことによって、等方性指数が高いほど疲労未発生面積率が大きくなることが判った。
【0054】
【0055】
以上、本発明を具体例について説明したが、本発明はそれに限らず、本発明の原理内で種々の変更および修正が可能であることは当業者に明らかである。又、本発明は、滑り軸受、スラスト軸受などの内燃機関に使用される軸受用の摺動部材に適用することが好ましいが、その他の摺動部材にも適用できることも当業者に明らかである。