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特許7114468支持されてインビトロで発達した組織培養物と培養法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-29
(45)【発行日】2022-08-08
(54)【発明の名称】支持されてインビトロで発達した組織培養物と培養法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/0793 20100101AFI20220801BHJP
   C12M 3/00 20060101ALI20220801BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20220801BHJP
   G01N 33/15 20060101ALN20220801BHJP
   G01N 33/50 20060101ALN20220801BHJP
【FI】
C12N5/0793
C12M3/00 A
C12Q1/02
G01N33/15 Z
G01N33/50 Z
【請求項の数】 32
(21)【出願番号】P 2018536200
(86)(22)【出願日】2017-01-11
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2019-01-17
(86)【国際出願番号】 EP2017050469
(87)【国際公開番号】W WO2017121754
(87)【国際公開日】2017-07-20
【審査請求日】2019-12-10
(31)【優先権主張番号】16150783.5
(32)【優先日】2016-01-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】513048519
【氏名又は名称】イーエムベーアー-インスティテュート フュール モレクラレ バイオテクノロジー ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100092624
【弁理士】
【氏名又は名称】鶴田 準一
(74)【代理人】
【識別番号】100114018
【弁理士】
【氏名又は名称】南山 知広
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100173107
【弁理士】
【氏名又は名称】胡田 尚則
(72)【発明者】
【氏名】ユルゲン クノープリッヒ
(72)【発明者】
【氏名】マデリン エー.ランカスター
【審査官】小金井 悟
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2014/090993(WO,A1)
【文献】Nature,2013年09月19日,Vol.501, No.7467,pp.373-379
【文献】Cell Stem Cell,2016年01月07日,Vol.18, No.1,pp.25-38
【文献】FASEB J.,2012年08月,Vol.26, No.8,pp.3240-3251
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00- 3/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ニューロン分化細胞を有する神経系譜の、細長いまたは繊維で支持された多細胞凝集塊を作製する方法であって、
a)(i)支持体(ここで前記支持体が20μm~20mmの長さ、および1μm~60μmの直径を有し、ここで前記支持体がバイオポリマーではない生体適合性ポリマーであるか、または前記支持体がタンパク質である)に接着した配置にて配置された、あるいは、(ii)繊維構造支持体(ここで前記繊維構造支持体が20μm~20mmの長さ、および1μm~60μmの直径を有し、ここで前記繊維構造支持体がバイオポリマーではない生体適合性ポリマーであるか、または記繊維構造支持体がタンパク質である)上に配置された、複数の多能性細胞(pluripotent cells)または非ヒト全能性細胞(non-human totipotent cells)を提供する工程であって、ここで前記長さは、前記支持体の端部と端部の間の湾曲に沿った最も長い距離に従って決まるものであり、前記直径は、前記支持体の最も広い幅である、工程と、
b)前記細胞を前記配置で増殖させて分化させる工程であって、ここで前記細胞が細胞間結合を形成して互いに接着する、工程、
を含み、ここで前記細胞は、前記細胞をニューロン増殖因子またはニューロン分化因子と接触させることによって、刺激して分化させる、方法。
【請求項2】
前記配置は、扁長寸法と垂直寸法のアスペクト比が少なくとも2:1である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記支持体が、非多孔性である、または前記支持体の体積の5%(v/v)未満の空孔率を有する;または、前記支持体が、20μm~20mmの長さ、および/または1μm~60μmの直径を有する、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記支持体が、ポリマーマイクロフィラメントである、および/または生体適合性であるが生物活性ではない、請求項1~3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記支持体がポリエチレングリコール鎖を含む、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記支持体が、ポリラクチド、ポリグリコリド、もしくはこれらの組み合わせを含むか、または、ポリラクチド、ポリグリコリド、もしくはこれらの組み合わせからなる、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
前記支持体は、工程b)の後に溶解されるか、または生体吸収される、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記工程a)において、2個~50万個の細胞が前記配置にて配置される、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
最も離れた細胞が少なくとも1μm離れている、請求項1~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記支持体が、1~50個の非多孔性のマイクロフィラメントを含む、請求項1~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
ニューロン分化細胞を有する神経系譜の、細長い多細胞凝集塊または繊維で支持された多細胞凝集塊であって、ここで細胞は、繊維構造支持体上に、扁長寸法と垂直寸法のアスペクト比が少なくとも2:1である配置にて配置されており、ここで前記繊維構造支持体がバイオポリマーではない生体適合性ポリマーであるか、または記繊維構造支持体がタンパク質であり、そしてここで前記繊維構造支持体が20μm~20mmの長さ、および1μm~60μmの直径を有し、ここで前記凝集塊は、異なる分化段階の細胞を含有し、前記細胞塊は極性細胞および前記凝集塊の中心に対して一様な配向を有する前記極性細胞を含有するものであり、ここで前記長さは、前記支持体の端部と端部の間の湾曲に沿った最も長い距離に従って決まるものであり、前記直径は、前記支持体の最も広い幅である、多細胞凝集塊。
【請求項12】
前記極性細胞は、前記凝集塊の細胞の少なくとも50%を構成する、請求項11に記載の凝集塊。
【請求項13】
8000~1億個の細胞を含み、および/または50μm~40mmのサイズを有する、請求項11または12に記載の凝集塊。
【請求項14】
前記支持体が、1~50個の非多孔性のマイクロフィラメントを含む、請求項11~13のいずれか1項に記載の凝集塊。
【請求項15】
人工ニューロン組織培養物を作製する方法であって、
o)請求項11に規定されている、神経系譜の、細長い多細胞凝集塊または繊維で支持された多細胞凝集塊を提供する工程、
p)前記細長い多細胞凝集塊または繊維支持多細胞凝集塊を、三次元マトリックス中で培養する工程であって、ここで前記細胞を分化させることによって、前記細胞を増殖させる、工程、
q)工程p)で増殖した細胞を懸濁培養物の中で培養する工程
を含む、方法。
【請求項16】
さらに、
r)三次元マトリックスが溶解した材料を前記懸濁培養物に添加し、それによって前記溶解した材料が前記培養物に接着してマトリックスを形成する工程、
を含む、請求項15に記載の方法。
【請求項17】
三次元マトリックスが溶解した前記材料が、溶解した細胞外マトリックスである、請求項16に記載の方法。
【請求項18】
人工ニューロン組織培養物を作製する方法であって、
u)請求項11に規定されている、神経系譜の多細胞凝集塊を提供する工程、
v)前記多細胞凝集塊を、三次元マトリックス中で培養する工程であって、ここで前記細胞を分化させることによって前記細胞を増殖させる、工程、
w)工程v)で増殖した細胞を懸濁培養物の中で培養する工程、
r)三次元マトリックスの溶解した材料を前記懸濁培養物に添加し、それによって、前記溶解した材料が前記培養物に接着してマトリックスを形成する工程であって、ここで三次元マトリックスが溶解した前記材料が、溶解した細胞外マトリックスである、工程
を含む方法。
【請求項19】
前記三次元マトリックスがゲルである、請求項15~18のいずれか1項に記載の方法。
【請求項20】
請求項1~10および15~19のいずれか1項に記載の方法であって、さらに、
請求項1~10および15~19のいずれか1項に記載の方法を実施中の任意の段階で、さらに、
i)請求項1~10および15~19のいずれか1項に記載の方法の細胞における対象の遺伝子の発現を低下または増加させるか、または
ii)候補薬を、請求項1~10および15~19のいずれか1項に記載の方法の細胞に投与すること
を含み、それによって前記遺伝子または候補薬の発生における組織の効果を調査することを特徴とする、方法。
【請求項21】
すべての前記段階で、前記候補薬を前記細胞に投与すること、を含む、請求項20に記載の方法。
【請求項22】
請求項15~19のいずれか1項に記載の方法によって得ることができる人工ニューロン組織培養物。
【請求項23】
放射状に組織化された皮質板を含む人工ニューロン組織培養物であって、ここで前記組織培養物が、細胞の凝集塊からインビトロで増殖したものである、および/またはインビボで発達した脳もしくはその組織サンプルの培養物ではない、人工ニューロン組織培養物であって、
ラミニンを含む基底膜;神経上皮の基底面を覆う基底膜;移動するニューロンの外側の基底膜;あるいは、発現マーカーCtip2、Map2、DCXまたはその任意の組み合わせ(特にCtip2、Map2およびDCX)を含む放射状に組織化された皮質板、
を含む、人工ニューロン組織培養物。
【請求項24】
さらに、Map2または放射状グリアを含む、請求項23に記載の組織培養物。
【請求項25】
放射状グリアとニューロンの直線状ユニットを含む、請求項23~24のいずれか1項に記載の組織培養物。
【請求項26】
発生効果、特に先天性異常効果に関する候補薬をテストするまたはスクリーニングする方法であって、
候補薬を、請求項23に記載の人工培養物に投与すること、または、請求項5~19のいずれか1項に記載の方法を実施中に投与すること、および
前記培養物の前記細胞の対象の活性を決定し、前記活性を、前記候補薬を投与していない培養物の細胞の活性と比較することであって、ここで活性の違いが発生効果を示すこと、
を含む、方法。
【請求項27】
請求項15~19および26のいずれか1項に記載の方法におけるキットの使用であって、前記キットは、
i)棒形構造体または格子形構造体または繊維状構造体の固体支持体であって、ここで前記支持体は20μm~20mmの長さ、および1μm~60μmの直径を有するものであって、ここで前記長さは、前記支持体の端部と端部の間の湾曲に沿った最も長い距離に従って決まるものであり、前記直径は、前記支持体の最も広い幅である、支持体と、
ii)三次元マトリックス、および/または、コラーゲン、ラミニン、エンタクチン、およびヘパリン-硫酸化プロテオグリカン、もしくはこれらの任意の組み合わせから選択される細胞外マトリックスまたはその任意の成分
を含む、使用。
【請求項28】
前記キットは、Engelbreth-Holm-Swarm腫瘍由来の細胞外マトリックス、またはマトリゲルを含む、請求項27に記載の使用。
【請求項29】
前記キットは、ビタミンC;ビタミンA、2-メルカプトエタノール;bFGF;ROCK阻害剤;インスリン;GSK3β阻害剤;Wntアクチベータ、好ましくはCHIR 99021;抗菌剤;SMAD阻害剤;レチノイド;またはこれらの任意の組み合わせ、をさらに含む、請求項27または28に記載の使用。
【請求項30】
前記三次元マトリックスがゲルである、請求項27~29のいずれか1項に記載の使用。
【請求項31】
請求項15~19および26のいずれか1項に記載の方法におけるキットの使用であって、前記キットは、
棒形構造または格子形構造または繊維構造支持体であって、前記支持体が20μm~20mmの長さ、および1μm~60μmの直径を有する支持体であって、ここで前記長さは、前記支持体の端部と端部の間の湾曲に沿った最も長い距離に従って決まるものであり、前記直径は、前記支持体の最も広い幅である、支持体と、
ビタミンC;ビタミンA、2-メルカプトエタノール;bFGF;ROCK阻害剤;インスリン;GSK3β阻害剤;Wntアクチベータ;抗菌剤;SMAD阻害剤;レチノイドから選択される少なくとも1つの化合物、またはこれらの任意の組み合わせ
を含む、使用。
【請求項32】
前記固体支持体が、非多孔性である、および/または請求項3~6のいずれか1項に規定されたものである、請求項27~30のいずれか1項に記載の使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、インビボに見られる器官の挙動をモデル化するためのインビトロ細胞培養物の分野に関する。
【背景技術】
【0002】
オルガノイドと呼ばれる組織をインビトロで発生させる三次元培養が、多彩な組織タイプにおける発生、ホメオスタシス、疾患の研究における強力なツールとして出現しつつある。腸、肝臓、腎臓、内耳といった多種類の上皮細胞のためのオルガノイドが作製されてきた。中枢神経系オルガノイドも、脳の個々の領域(例えば小脳、網膜、大脳皮質)を作製する方法とともに報告されている。WO2014/090993 A1、およびLancaster他、Nature第501巻(7467)(2013年):373~379ページには、インビボでみられるものを模倣する空間的および時間的パターニングのさまざまな異なる脳領域と特徴を示す全脳オルガノイド(脳オルガノイドと呼ばれる)が記載されている。
【0003】
オルガノイド開発の前駆工程は、通常は、胚様体(EB)の形成である。胚様体の作製方法は、XiaとZhangが2009年(Methods Mol Biol(2009年)第549巻:51~58ページ)に報告しているが、これはさまざまに分化したオルガノイドを作製するための方法ではなく、神経ロゼット(neural rosettes)を得るための方法である。XiaとZhangが記載しているように、浮遊している胚様体は、ウエルプレート内のESC増殖培地の中の胚性幹細胞(ESC)から増殖する。WO2006/021950には、多孔性三次元スキャフォールドの上で未分化の胚性幹細胞を培養することによって胚様体を形成することが記載されている。スポンジのような多孔性3Dスキャフォールドは、例えばUS2013/02365503から、細胞培養物を増殖させること(ここでは、すでに分化した細胞、特に嗅球細胞と内皮細胞を増殖させること)、またはWO2007/070660から、細胞の制御されたリクルートまたは放出することが知られている。選択された培地を用いて胚様体を分化させる方法は、WO2010/090007 A1に開示されている。US2011/143433 A2には、幹細胞を増殖させるための細胞外マトリックス材料を有するマイクロ担体が記載されている。細胞をDE53セルロース材料の上で増殖させると、その材料の表面に細胞が接着して球根状または球状に増殖する(図168)。US2013/280319 A1は、マイクロカプセル化とフィラメント紡糸のための湿式紡糸されたポリマー微細構造体を有するキットに関する。
【0004】
オルガノイド技術は、発生研究だけでなく、疾患状態の検査でも有用であることが判明しつつある。例えば腸オルガノイドは、嚢胞性繊維症に見られる胃腸症状の裏にある機構への重要な見通しを提供してきた。同様に、神経オルガノイドは、現在、特定の神経疾患、すなわち小頭症と自閉症の機構をモデル化して調べるのに用いられている。これらの研究は、このアプローチが、モデル生物で研究するのが困難であることがわかっている異常の発症機構を調べるのに力を持っていることを浮き上がらせている。
【0005】
オルガノイドは多彩な症候群をモデル化する大きな潜在力を有するが、そのインビトロでの性質から、これらの系は変動性が非常に大きい傾向がある。問題とする特徴が何であるかに応じ、この変動性は小さかったり極めて大きかったりする可能性がある。例えば腸になるオルガノイドの発生率は、成人の腸幹細胞を用いて開始すると一定になるであろう。しかしヒト多能性幹細胞(hPSC)を用いて開始すると、開始する細胞集団の多能性が原因で系の中に別のものになるものが漏入する可能性があるため、変動性がより大きくなる可能性がある。とはいえ、発生する異種性は、全体としての器官の細胞多様性をよりよく再現する傾向もある。そのため取り扱う問題が何であるかに応じ、再現性を異種性とバランスさせる必要がある。
【0006】
この方向に沿うように、脳オルガノイドのさまざまな調製物の間で形態に多様性が存在することが報告されている(WO2014/090993;Lancaster他、2013年、上掲文献)。バッチごとのこの変動性は、カギとなるさまざまな段階で最適な形態を持つ調製物を注意深く選択し、分析する前に一連の品質管理検査を実施することによって対処できる。このようなアプローチが、より深刻な表現型を持つ神経疾患(例えば深刻な小頭症)の研究には十分であることがわかっている。しかし微妙な表現型は、問題となっている特徴の変動性の範囲が広い場合には、信頼性よく同定することがより難しい可能性がある。例えばサイズの欠陥があまり深刻でないと検出が難しい可能性がある。
【0007】
さらに、皮質分化のための既存の3D法は、前駆領域組織化と時間的パターンをうまく再現するが、それでもニューロン組織化は、インビボで見られるのとはやはり異なる可能性がある。具体的には、以前のいくつかのオルガノイドは、放射状皮質板をまったく形成しないか、ほとんど形成しないため、明確に異なる複数の皮質ニューロン層がまったく発生しないか、ほとんど発生しない。組織化された皮質板が欠けていると、神経細胞移動異常(例えば滑脳症)や、ある種の異所形成の研究がより難しくなる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
そこで本発明の目的は、オルガノイドを改良すること、特に着実な発生能力を増大させることである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、複能性細胞(multipotent cells)の細長い多細胞凝集塊または繊維支持多細胞凝集塊を作製する方法を提供するものであって、
a)横長の配置または長め配置にて配置された、および/または繊維性支持体の上に配置された、複数の多能性細胞または非ヒト全能性細胞を提供する工程と、
b)前記細胞を前記配置で増殖させて分化させる工程であって、ここで前記細胞が細胞間接着を形成して互いに接着する工程、を含み;そのような方法によって得ることができる、複能性細胞の細長い多細胞凝集塊または繊維支持多細胞凝集塊が提供される。
【0010】
同様にて提供されるのは、複能性細胞の細長い多細胞凝集塊または繊維支持多細胞凝集塊であり、ここで複能性細胞が、扁長寸法(prolate dimension)と垂直寸法(perpendicular dimension)のアスペクト比が少なくとも2:1である横長の配置または長めの配置にされるか、または繊維性支持体の上に配置されていて、このここで前記凝集塊は、異なる分化段階の細胞を含有し、前記細胞塊は極性細胞を含有する。極性細胞は、前記凝集塊の中心に対して一様な方向を向いていてもよい。極性細胞は、前記凝集塊の細胞の少なくとも50%を構成していることが好ましい。
【0011】
本発明の1つの側面は、人工組織培養物を作製する方法であり、この方法は、
o)複能性細胞の細長い多細胞凝集塊または繊維支持多細胞凝集塊を提供し、
p)前記細長い多細胞凝集塊または繊維支持多細胞凝集塊を三次元マトリックスの中で培養して前記細胞を分化させることによって前記細胞を増殖させ、
q)工程p)で増殖した細胞を懸濁培養物の中で培養すること、を含んでいる。
【0012】
この側面の考え方の範囲で、本発明により、人工組織培養物を作製する方法として、
u)複能性細胞の多細胞凝集塊を提供し、
v)その多細胞凝集塊を三次元マトリックス(ゲルが好ましい)の中で培養して前記細胞を分化させることによって前記細胞を増殖させ、
w)工程v)で増殖した細胞を懸濁培養物の中で培養し、
r)三次元マトリックスが溶解した材料を前記懸濁培養物に添加し、それによって、前記溶解した材料が前記培養物に接着してマトリックスを形成すること、を含む方法も提供される。
【0013】
本発明は、このような任意の方法によって得ることのできる人工組織培養物にも関する。
【0014】
特に、放射状に組織化された皮質板を含む人工神経組織培養物が提供される。そのような培養物は、細胞の凝集塊からインビトロで増殖させることができる。この培養物は、特に、インビボで発達した脳またはその組織サンプルの培養物ではない。
【0015】
本発明により、本発明の細胞培養法の利用と、遺伝子と薬が組織培養物を変化させる効果を調べる方法における細胞凝集塊および組織の利用も提供される。この目的で遺伝子は上方調節または下方調節される可能性がある。培養物への薬の添加は、任意の工程を実施中に、好ましくは工程b)とo)~q)またはu)~w)を実施中に、場合によってはr)の実施中にも実施することができる。この方法により、(欠陥のある)遺伝子、または有害な(例えば催奇性の)薬または化合物の影響を受ける発生異常を調べることができる。
【0016】
本発明によりさらに、i)棒形構造体または格子形構造体または繊維状構造体の固体支持体と、ii)三次元マトリックスを含むキットが提供される。三次元マトリックスは、ゲルであること、および/または細胞外マトリックス、または、コラーゲン、ラミニン、エンタクチン、ヘパリン-プロテオグリカン硫酸のいずれか、またはこれらの任意の組み合わせから選択された細胞外マトリックスの任意の成分であることが好ましい。i)とii)は異なる成分である。
【0017】
ビタミンC;ビタミンA、2-メルカプトエタノール;bFGF;ROCK阻害剤;インスリン;GSK3β阻害剤;Wntアクチベータ(CHIR 99021が好ましい);抗菌剤(ペニシリンおよび/またはストレプトマイシンが好ましい);SMAD阻害剤(ドルソモルフィンおよび/またはSB-431542が好ましい);レチノイド(レチノイン酸が好ましい);またはこれらの任意の組み合わせを含むキットも提供される。このキットはさらに、i)および/またはii)を含むことができる。キットには、GSK3β阻害剤とWntアクチベータ(CHIR 99021が好ましい)の両方である化合物が含まれることが好ましい。本発明の好ましいキットは、GSK3β阻害剤かつWntアクチベータ(CHIR 99021が好ましい)である棒形構造体または格子形構造体または繊維構造体を含んでいる。
【0018】
本発明のあらゆる実施態様は、以下の詳細な説明の中にまとめて記載してあり、好ましいあらゆる実施態様は、どの実施態様、側面、方法、培養物、凝集塊、キットにも同様に関係する。例えば凝集塊と培養物の記述は、そのまま、本発明の方法で用いる細胞にも当てはまる。キットまたはその構成要素は、本発明の方法の中で、または本発明の方法に適するようにして用いることができる。ここに記載した方法で用いる任意の構成要素をキットに含めることができる。本発明の方法に関する好ましい記述ならびに詳細な記述は、本発明が適していることに関してと、本発明で得られた培養物または凝集塊に関して同様に読まれる。特に断わらない限り、どの実施態様も互いに組み合わせることができる。
【0019】
本発明を以下の図面と実施例によってさらに説明するが、本発明がそれら実施態様に限定されることはない。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1。a:マイクロフィラメントでパターニングした胚様体(EB)を作製する方法と、それがその後増殖して皮質板を有する脳オルガノイドになる模式図。b:編まれた完全な状態のPLGA(ポリ(乳酸コグリコール酸))繊維の明視野画像。c:単離されたマイクロフィラメントの明視野画像。d:EB培地の液滴の中で水和したマイクロフィラメント。e:プロトコル3日目の時点のマイクロパターニングされたEBの3つの例。細長く、ときに複雑な配置であることに注意されたい。f:さらにあとの段階である神経誘導相の間のマイクロパターニングされたEBであり、縁部に沿った明確な輪郭と分極した神経外胚葉(矢印)を示している。g、h:10日目のマイクロパターニングされたEBでの胚葉マーカー(中胚葉についてはブラキウリ(Brachyury)(g)、神経外胚葉についてはN-カドヘリン(g)、内胚葉についてはSox17(h)、非神経上皮についてはE-カドヘリン(h))に関する免疫組織化学染色。表面には頂端ドメイン(白い星印)を示す分極した神経上皮(矢印)が優勢であり、中胚葉アイデンティティまたは内胚葉アイデンティティ(矢尻)はわずかであることに注意されたい。マイクロフィラメントは自己蛍光性の棒として見ることができる(黄色の星印)。
【0021】
図2図2。a:マトリゲルに包埋後しばらくしたときのマイクロパターニングされたオルガノイドの明視野画像であり、神経上皮の小さな芽状突起(矢印)が多数あることを示している。b:CHIRで処理してから3日後の包埋されたマイクロパターニングされたオルガノイド。神経上皮の芽状突起がより大きくてより連続的であることに注意されたい。c:ヘマトキシリンとエオシンで染色した組織学的切片であり、純粋な神経組織と、脳組織の大きくて連続的な多数の葉を示している(矢印)。d:免疫組織化学染色から、非神経アイデンティティ(Sox17とE-カドヘリン)の不在と、脳組織のいくつかの大きな葉(矢印)の存在がわかる。e:背側皮質マーカーEmx1(緑色)と神経アイデンティティマーカーN-カドヘリン(赤色)に関する免疫組織化学染色から、組織のかなりの部分が背側皮質脳領域で構成されていることが明らかになる。f:背側皮質マーカーTbr2とTbr1に関する染色により、CHIR処理したマイクロフィラメントでパターニングされたオルガノイド内の脳組織の大きな葉はすべて背側皮質(矢印)になることが特定される。パターニングされなかったオルガノイド(スフェロイド)は、このアイデンティティを欠く背側領域と大きな脳領域がはるかに少ない。g:スフェロイドと、マイクロフィラメントでパターニングされたオルガノイドにおいて、Tbr1またはTbr2に関して陽性であった脳組織の葉の割合の定量結果。*P<0.05、スチューデントのt検定。
【0022】
図3図3。a:スフェロイドオルガノイドにおける基底膜成分ラミニン(緑色)に関する染色。ニューロン生成前には初期神経上皮を取り囲む基底膜が存在している(第1の写真、矢印)のに対し、ニューロンが生成すると、オルガノイドの表面全体ではなく脳室帯(VZ、括弧)に隣接してまばらな標識(矢尻)が残るだけであることに注意されたい。b:溶解した細胞外マトリックス(ECM)で処理した後の、マイクロフィラメントでパターニングされたオルガノイドのラミニン染色。ラミニンが豊富な基底膜がオルガノイドの表面(矢印)を覆うとともに、VZ(括弧)と新たに生成したニューロンの両方の外側に存在することに注意されたい。c:溶解したECMを欠くオルガノイドの明視野画像と、溶解したECMを有する、マイクロフィラメントでパターニングされたオルガノイドの明視野画像であり、ECMの添加によって密な皮質板を想起させる密なバンド(矢印)を示す。d:ヘマトキシリンとエオシンによる組織学的染色から、溶解したECMの添加による放射状の密な皮質板(括弧)の存在が明らかになる。e:ラミニンと神経マーカーMAP2およびCtip2に関する組織学的染色。ECMを添加しないと残存基底膜が存在する(矢尻)のに対し、ECMを添加すると基底膜(白い矢印)が外側に密なCtip2陽性皮質板(黄色の矢印)を形成する。f:ラミニン、MAP2、Ctip2に関する免疫染色をより拡大した写真には、皮質板に到達した放射状ニューロンが示されている(括弧)。g:DAPIによる核染色から、放射状に組織化された切片(点線)が明らかになるのに対し、有糸分裂放射状グリアのマーカーであるリン酸化ビメンチンを用いると染色される放射状グリア繊維はまばらであることから、放射状ユニットを想起させる組織の幅に広がった繊維(矢尻)が明らかになる。
【0023】
図4図4。スフェロイドオルガノイドの5つの独立なバッチの明視野画像であり、分極した神経外胚葉の生成にはある程度変動することを示しており、右側にはその定量結果を示してある。
【0024】
図5図5。a:胚葉マーカー(中胚葉についてはブラキウリ、神経外胚葉についてはN-カドヘリン、内胚葉についてはSox17、非神経上皮についてはE-カドヘリン)に関する、10日目のスフェロイドEBの免疫組織化学染色。分極した神経上皮(矢印)が表面に頂端ドメインを示す(白い星印)一方で、中胚葉アイデンティティと内胚葉アイデンティティ(矢尻)がいくつか見られることに注意されたい。b:スフェロイドオルガノイドのヘマトキシリンとエオシンによる染色から、脳組織の葉(矢印)だけでなく、体液で満たされた嚢胞や線維性領域といった非神経領域(矢尻)もわかる。スフェロイドオルガノイドの免疫組織化学染色から、40日目という遅い時点でさえ、内胚葉(Sox17陽性、挿入写真)と非神経上皮(矢印)がときに明らかになる。
【0025】
図6図6。a:二重SMAD阻害剤とレチノイドを用いたスフェロイドEBの処理により、初期(3日目)の形態が改善されて表面の輪郭がより明確になることを示す明視野画像。b:しかしマトリゲルに包埋した後の明視野画像から、処理したEBは、神経上皮の大きな芽状突起を形成せず、代わりに多数の小さなロゼットを生成させることと、ニューロンがすでに生成しつつあることがわかる。
【0026】
図7図7。a:マイクロフィラメントでパターニングされたオルガノイドの5つの独立なバッチの明視野画像であり、分極した神経外胚葉の生成における変動が減っていることを示しており、右側にはその定量結果を示してある。b:マトリゲルに包埋してから数日後の明視野画像であり、パターニングされていないオルガノイドでは、マイクロフィラメントでパターニングされたオルガノイドと比べて非神経嚢胞が優勢であることを示しており、右側にはその定量結果を示してある。
【0027】
図8図8。a:H9細胞から作製した20日目のマイクロフィラメントオルガノイドと、フィラメントを欠くオルガノイド(スフェロイドオルガノイド)において3つの胚葉マーカー(神経外胚葉(NE)マーカー、中胚葉(ME)マーカー、内胚葉(EN)マーカー)の発現を調べたRT-PCR。Neg.は、陰性対照としての水である。b:特定の領域マーカーに関して陽性に染色される個別の葉の割合の平均値の定量結果(染色された代表的な切片に関しては図15dを参照されたい)。Foxgl陽性領域は前脳アイデンティティを表わし、Otx2に関する強い陽性領域は中脳アイデンティティを表わし、En2陽性領域は、大脳アイデンティティまたは後脳アイデンティティを表わす。*P<0.01、**P<0.0001、スチューデントのt検定、n=独立な3つのバッチからの8つのスフェロイド(40日目、H9)、n=独立な4つのバッチからの11個のスフェロイド(40日目、H9)。c:前脳マーカーFoxg1に関して染色された40日目のH9オルガノイド全体の代表的な切片。enCORは、スフェロイドと比べてFoxg1陽性である葉(矢印)の数が増加している。d:Allen BrainSpanトランスクリプトーム20を用いて作成した、H9スフェロイドとenCORで60日目に発現が異なる遺伝子のスピアマン相関係数のヒートマップ。段階I(妊娠後8~9週間、図18cを参照されたい)におけるすべての脳領域を、前-後領域アイデンティティによって整理して示してある。スケール棒:図1eでは250μm、図1gでは100μm、図5b、図8cでは500μm。
【0028】
図9図9。a:CP形成初期(56日目H9 enCOR)の背側皮質領域におけるレーリン(Reelin)に関する染色。レーリン(矢印)に強く反応するいくつかの細胞が、新たに形成されつつあるCP(矢尻、Map2の染色がより弱いことによって認識可能)の外側に局在している。これは、カハール-レチウス(Cajal-Retzius)アイデンティティと整合している。染色は、より散らばっていると見ることもでき、これは、それが分泌される役割を持つことと整合している。b:別のカハール-レチウス細胞の別のマーカーであるカルテチニンに関する染色により、新たに形成されつつあるCPの外側の細胞(矢印)(53日目、H9 enCOR)が標識される。CP形成には勾配があって、より進んだCPは左側にあり(括弧)、形成を開始したCPは右側にある(星印)。CPがさらに発達すると、CPの内部にもカルテチニン陽性細胞(矢尻)を観察することができる。これは、プレプレートの分裂およびニューロン間アイデンティティと整合している。c:68日目のH9 enCORにおけるコンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)に関する染色は、プレプレートの分裂をさらに証明している。左側の写真は、分裂が始まってSPが形成されている発達のより遅いCP(黄色の括弧)を示しているのに対し、右側の写真は、より発達していてSP、CP、MZに合致する層を有するCPを示している。スケール棒:すべての写真で100μm。d:60日目のH9オルガノイドのH&Eで染色した切片においてCPを示す個々の葉の割合の平均値の定量結果。個々の葉は、脳室空間と放射状VZの存在によって同定した。CPは、細胞がまばらな領域によってVZから隔てられている密なバンドの存在によって同定した。各点は、脳組織のいくつかの葉をそれぞれが有する2~3個のオルガノイドからなる1つの独立なバッチである。n=12個のスフェロイドからなる4つの独立なバッチ、n=12個のenCORからなる5つの独立なバッチ。誤差棒は標準偏差である。
【0029】
図10図10。enCORは、放射状ユニットと放射状神経移動を示す。a:70日目のH1 enCORにおける放射状グリアに関するネスチン染色から、CPとMZの外側にあってオルガノイド(星印)の表面で終わる末端突起を持つ長い基底突起(矢尻)が明らかになる。b:64日目のH9 enCORのVZにGFPコンストラクトを電気穿孔し、翌日にビブラトームで切片にすると、外面(星印)に延びる個々のRG基底突起(矢印)が明らかになる。c:63日目にGFPを電気穿孔し、4日後にビブラトームで切片にし、24時間後にライブイメージングしたH1 enCORの中の外側/基底RG(矢印は細胞体を示す)のライブイメージング。長い基底突起(矢尻)と末端突起(星印)のほか、21時40分に始まった有糸分裂細胞体トランスロケーションを含む分裂事象に注意されたい。その後、新たに生成した娘細胞(青い矢印)が突起を頂端に延ばす(青い矢尻)。時刻表示は、時:分である。d:cと同じサンプル中のいくつかのニューロン(矢尻)の移動のライブイメージングであり、多極形態の一過性区画(例えば11:40から23:00までの白い矢尻)を含む典型的な放射状移動を示している。時刻表示は、時:分である。e:長期にわたる標識と36日後の分析が可能になるよう64日目に組み込み用ファルネシル化GFPコンストラクトをH9 enCORに電気穿孔して標識した個々のニューロン。一次樹状細胞が細胞体(矢印)から外面に向かって(すべての写真で上方に)延びていることと、外側の細胞がまばらなMZの中に多数の平行な繊維(矢尻)があることに注意されたい。スケール棒:図3g、図10a、図10bでは100μm、図10c、図10dでは50μm、図10eでは20μm。
【0030】
図11図11。エタノール処理によって皮質板形成に欠陥が生じ、それがレチノールを省略することによって表現型模写される。a:56日目に3通りの濃度のエタノールまたはモック対照としての水で処理を開始し、2週間にわたって4回処理した後の70日目のH1 enCORのH&E組織学的染色から、より高濃度のエタノール処理(87mMと150mM)では対照と比べて放射状皮質板(矢尻)が失われることが明らかになる。これらのより高濃度のエタノールでは、脳室表面積もより小さくなる。b:H&E染色で認識可能で皮質板に合致する密な放射状バンドを含有する皮質葉の割合の平均値の定量結果から、87mMと150mMのエタノールで処理した組織の減少が明らかになる。誤差棒はSEMである。*P<0.05、**P<1.0×10-6、スチューデントのt検定、n=対照に関する5つのバッチ(4つのH9、1つのH1)からの13個のオルガノイド、87mMのEtOHに関する2つのバッチ(1つのH9、1つのH1)からの4個のオルガノイド、150mMのEtOHに関する4つのバッチ(3つのH9、1つのH1)からの12個のオルガノイド。どの処理も56日目に開始し、70日目に分析した。c:CPの形成が始まる前に150mMのEtOHまたは水モックで処理したenCORのH&Eで染色した切片(初期に標識し、iPSC enCORの処理を、明視野画像でCPが明らかになる前であるECM添加後11日目に開始し、70日目に分析)から、CPの形成が始まった後に処理したオルガノイド(後期に標識し、H9 enCORの処理を、ECMの添加後16日目に開始し、70日目に分析)と比べてVZの形態と連続性に対するより劇的な効果が明らかになる。d:レチノールおよびエタノールの代謝経路と、競合的抑制の可能性の模式図。e:処理してから2週間後である70日目のモックと処理したH9 enCORにおいて、放射状突起を示すH&Eによる組織学的染色およびネスチンに関する免疫組織化学染色と、CPを示すCtip2に関する免疫組織化学染色。アセトアルデヒドで処理したサンプルではCPが完全である(矢尻)のに対し、エタノールで処理したサンプルにはよく発達したCPが欠けており、レチノールで処理したサンプルでもCPの形が悪い。エタノールにレチノイン酸処理を組み合わせると表現型が部分的に救われ、より離散した凝縮したCPが形成されるが、それでもVZの連続性には欠陥が見られる。ネスチン染色から、エタノール処理では、主要なニューロン集団を超えて外部異所形成物の中へと延びる基底突起の束が明らかになる(矢印)。この非組織化は、レチノールの不在下でも明らかである。スケール棒:図11a、図11c(下の写真)、図11eでは100μm、図11c(上の写真)では500μm。
【0031】
図12図12。大きさが似たセルロース繊維(左図)は、3日目のH9細胞で、PLGAに基づく繊維(矢尻)と比べて細長いEBを形成することができず、繊維に部分的に付着しているだけで凝集したままである(矢印)。スケール棒:図4図12では500μm、図1c、図1d、図1eでは250μm、図1bでは100μm。
【0032】
図13図13。神経上皮を示すスフェロイドまたはenCORの割合の平均値の定量結果。*P<0.05、スチューデントのt検定、n=それぞれ7個の独立なバッチ。スケール棒:250μm。
【0033】
図14図14。enCORにおいて形成される非神経組織の減少。a:内胚葉のSox17と非神経上皮のE-カドヘリンに関する10日目のH9 enCOR EBの免疫組織化学染色から、これら非神経アイデンティティを持つ細胞(矢尻)はわずかであることがわかる。マイクロフィラメントは自己蛍光性の棒(黄色の星印)として見ることができる。b:20日目のH9マイクロフィラメントenCOR、またはスフェロイドオルガノイドにおける多能性のマーカーに関するRT-PCR。胚性幹細胞(H9細胞)は陽性対照であり、Neg.は対照としての水である。スケール棒:図14a、図5aでは100μm、図7b、図5cでは200μm。
【0034】
図15図15。enCORにおける前脳組織の再現性ある形成。a:マトリゲルに包埋してからしばらくした後のH9マイクロフィラメントオルガノイドの明視野画像(19日目)であり、神経上皮の多数の小さな芽状突起(矢印)が見られる。b:3日間CHIRで処理した後の19日目の包埋H9マイクロフィラメントオルガノイド。神経上皮の芽状突起がより大きくて連続的であることに注意されたい。c:神経アイデンティティ(N-カドヘリンまたはネスチン)と非神経アイデンティティ(Sox17またはブラキウリ)に関する40日目のH1スフェロイドの染色から、3日間のCHIRパルスがある場合とない場合でこれらアイデンティティの量は同様であることが明らかになる。d:図1fに示した定量で用いた40日目のH9オルガノイドの切片を染色した代表的な画像。個々の葉を、体液で満たされた脳室を取り囲む放射状の分極した神経上皮として認識することができる。示されているマーカーに関して連続切片を染色した。前脳組織(白い矢印)はFoxg1陽性であり、弱いOtx2シグナルを示し、中脳組織(白い矢尻)はOtx2に対して強い免疫活性を示し、他のマーカーは欠けており、小脳組織(黄色の矢尻)は、Otx2とEn2の両方に関して染色されるが、En2単独での陽性領域は後脳である。強いPax6染色を示すFoxg1陽性領域は、背側前脳である。しかしPax6は、他の領域、例えば黄色の矢印で示した領域でも染色される。これは、他のマーカーに関しては染色されないため、脊髄である可能性が大きい。e:40日目のH9 enCORにおける腹側前脳マーカーGsh2と背側マーカーTbr2に関する染色から、前脳の両方の領域の存在が明らかになる。f:背側皮質のマーカーTbr1とTbr2に関する40日目のH9 enCOR脳オルガノイドとスフェロイドの染色から、組織の大きな葉はenCOR内の背側皮質(矢印)であることが明らかになる。スフェロイドは、このアイデンティティを欠くはるかに少ない背側領域といくつかの大きな脳領域を示す。g:脈絡叢のマーカーTTRに関する染色から、40日目のH9 enCORにこの領域が存在することが明らかになる。h:海馬のマーカーProx1に関する染色から、40日目のH9 enCORにこの領域が存在することが明らかになる。スケール棒:図15a、図15b、図15c、図15d、図15fでは500μm、図15e、図15g、図15hでは100μm。
【0035】
図16a-1】図16。トランスクリプトームのプロファイリングから、神経アイデンティティの増加と、前脳の優先的な形成が明らかになる。a:20日目と60日目のenCORにおいて増加した遺伝子と低下した遺伝子に関するGO Slim生物学的プロセスのターム(語彙)のフォールド・エンリッチメントと-log10(P値)。b:enCORとスフェロイドにおける20日目と60日目のlog2fc値による遺伝子の階層的クラスタリングのヒートマップ。クラスターに印を付けてあり、同定されたGO生物学的プロセスのターム(図17)のまとめを右側に示してある。
図16a-2】図16。トランスクリプトームのプロファイリングから、神経アイデンティティの増加と、前脳の優先的な形成が明らかになる。a:20日目と60日目のenCORにおいて増加した遺伝子と低下した遺伝子に関するGO Slim生物学的プロセスのターム(語彙)のフォールド・エンリッチメントと-log10(P値)。b:enCORとスフェロイドにおける20日目と60日目のlog2fc値による遺伝子の階層的クラスタリングのヒートマップ。クラスターに印を付けてあり、同定されたGO生物学的プロセスのターム(図17)のまとめを右側に示してある。
図16b図16。トランスクリプトームのプロファイリングから、神経アイデンティティの増加と、前脳の優先的な形成が明らかになる。a:20日目と60日目のenCORにおいて増加した遺伝子と低下した遺伝子に関するGO Slim生物学的プロセスのターム(語彙)のフォールド・エンリッチメントと-log10(P値)。b:enCORとスフェロイドにおける20日目と60日目のlog2fc値による遺伝子の階層的クラスタリングのヒートマップ。クラスターに印を付けてあり、同定されたGO生物学的プロセスのターム(図17)のまとめを右側に示してある。
【0036】
図17-1】図17。log2fc値に従って階層的クラスタリングにより同定された7つのクラスター(図16b)の中の遺伝子に関して同定されたGO生物学的プロセスタームの遺伝子発現フォールド・エンリッチメントと-log10(P値)のクラスターに含まれるGOターム。
図17-2】図17。log2fc値に従って階層的クラスタリングにより同定された7つのクラスター(図16b)の中の遺伝子に関して同定されたGO生物学的プロセスタームの遺伝子発現フォールド・エンリッチメントと-log10(P値)のクラスターに含まれるGOターム。
図17-3】図17。log2fc値に従って階層的クラスタリングにより同定された7つのクラスター(図16b)の中の遺伝子に関して同定されたGO生物学的プロセスタームの遺伝子発現フォールド・エンリッチメントと-log10(P値)のクラスターに含まれるGOターム。
【0037】
図18図18。多能性、胚葉アイデンティティ、脳パターニングに関する個々のマーカー遺伝子。a:20日目のスフェロイドとenCORにおける多能性のマーカー、神経外胚葉のマーカー、中胚葉のマーカーに関する個別の遺伝子トラックのIGVビューのスクリーンショット。b:60日目のスフェロイドとenCORにおける吻-尾脳パターニングと背-腹脳パターニングのマーカーの個別の遺伝子トラック。発達中の脳内でのマーカー発現の模式図を下部に示す。c:60日目のenCORサンプルまたはスフェロイドサンプルと、Allen BrainSpanトランスクリプトームからの胎児時点でのあらゆる脳領域の間のスピアマン相関係数を前-後領域アイデンティティと発達の4つの段階によって整理して示したヒートマップ。
【0038】
図19図19。ECMを添加したenCORは、組織化された皮質板を示す。a:溶解したマトリゲルで処理した60日目のH9 enCORのH&E染色は、CPに合致する密なバンドを示すのに対し、30日目から代わりにマトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤GM6001で処理したenCORは、CP形成の兆候を示さない。b:溶解したマトリゲルで処理した60日目のH9 enCORのH&E染色を、溶解したラミニン、または溶解したラミニン/エンタクチン複合体で処理した場合と比較。マトリゲルだと密なCPバンドが存在するのに対し、単独のラミニンはCP形成の証拠を示さず、ラミニン/エンタクチンは、細胞の弱いバンドしか発達させない。c:H9 enCORのH&E染色、Pascaら(25)に従って作製したH9皮質スフェロイドのH&E染色、Kadoshimaら(24)に従って作製したiPSC SFEBqのH&E染色であり、それぞれ発生後60日目である。enCOR法では密なCPバンド(黒い矢尻)になっていることと、全体的にサイズがより大きく、体液で満たされた脳室様空間を取り囲むより大きな葉が存在していることに注意されたい。SFEBq法は、周縁にニューロンの凝縮されたバンド(白い矢尻)を生じさせる。下方の写真は、長方形で囲った領域の拡大版である。d:H9 enCOR中で発達しているCPのニューロンサブタイプに関する2つの時点での染色から、広い集団を標識する上方の層(Satb2陽性とCux2陽性)と、CPのより深い領域にあるニューロンを標識する深部の層(Ctip2陽性)のニューロンが徐々に分離されることが明らかになる。放射状に組織化されたCPが徐々に厚くなっていることと、神経突起の組織化の変化を示す明らかな層(Map2染色)に注意されたい。スケール棒:図3cでは200μm、図3f、図19a、図19b、図19dでは100μm、図19cでは500μm。
【0039】
図20図20。enCORにおけるスライス培養物とライブイメージングにより、神経の移動と活性の可視化が可能になる。a:ネスチン染色により、60日目のH9 enCORでは、ラミニン陽性基底膜で終わる末端突起(矢印)を有する基底突起(矢尻)が明らかになる。b:60日目のH9スフェロイドでのネスチン染色から、脳室帯(矢尻)の外側で組織化されていない放射状グリア突起と、組織内の末端突起(矢印)の存在が明らかになる。c:ファルネシル-GFPで標識したニューロン(矢尻)の標的となる膜のライブイメージングからのフレームであり、ニューロンが放射状に移動してCPの中に入っていることを示している。d:カルシウム染料Fluo-4と、特定の細胞のシングルセルトラッキングを利用したライブイメージングを標識した対象領域(ROI)で実施し、相対的蛍光の変化(ΔF/F=(灰色平均値-灰色最小値)/灰色最小値)を測定して作成した偽色ヒートマップの1つのフレームである。相対的蛍光の変化には自発的なカルシウムサージが見られる。スケール棒:図20a、図20bでは100μm、図20cでは200μm、図20dでは50μm。
【0040】
図21図21。エタノールは揮発性であるため予想よりも低い濃度になり、特定の神経移動表現型が生成する。a:56日目に処理を開始したH1 enCORに関して指定された時点に培地内で測定した濃度。時間0は、エタノールを培地に添加した直後である。BAC eq.は、等価血中アルコール濃度(体積%)を意味する。b:より大きな濃度300mMで46日目から2週間にわたって処理したH9 enCORは、完全に乱れた皮質葉を示し、ニューロンがVZの中で異常な位置にあり、認識可能な頂端表面はまったく存在していない。代わりに150mMで処理すると、水モックとは異なって頂端表面はより小さくなり(点線)、認識可能なCPは存在していない(括弧)ことに加え、異所性ニューロン(矢印)が存在する。c:56日目から水モックまたは150mMエタノールで処理を開始したH9スフェロイドオルガノイドのH&E染色から、頂端表面の欠陥が明らかになるが、CP/神経移動の欠陥は検出できない。d:エタノール処理または水モック処理を2週間実施した後の70日目のH1 enCORにおけるTUNEL染色から、エタノール処理による細胞死の明白な増加は明らかにならない。モック処理と47.5mMエタノール処理の場合にCP(矢尻)が存在することに注意されたい。e:60日目のenCORトランスクリプトームにおけるさまざまなアルコールデヒドロゲナーゼ酵素の個々の遺伝子トラックのIGVビューのスクリーンショット。ADH4とADH5の発現が最も多い。ADH4は、エタノールとレチノール両方の代謝に関与することが以前に報告されていることに注意されたい。スケール棒は、すべての写真で100μmである。
【発明を実施するための形態】
【0041】
[発明の詳細な説明]
図1aに示したように、本発明は、改良されたオルガノイドを形成する方法に関する。この方法は少なくとも2つの部分の方法に分割することができ、それらの部分は、すでに独立に有効な結果を提供する。すなわち第1の工程群により、その後の任意の培養法において有利な発生能力をすでに有する、細胞の細長い凝集塊または繊維支持凝集塊が得られる。細胞のこの細長い凝集塊または繊維支持凝集塊は、いくつかの定義によれば胚様体であり、本発明の1つの側面も形成する。図1aに示した第2の工程群では、細胞の凝集塊をさらに発達させて、改善された特徴を持つ人工組織培養物にする。この方法と得られる人工組織培養物(オルガノイドとも呼ばれる)は、本発明のさらに別の、だが関連した側面を形成する。
【0042】
複能性細胞の細長い、または繊維に支持された多細胞凝集塊を作製する最初の方法は、
a)横長の配置または長めの配置において配置された複数の多能性細胞または非ヒト全能性細胞を提供する工程と、
b)前記細胞を前記配置で増殖させて分化させる工程であって、そこで前記細胞が細胞間接着(例えば結合(bonds)または接合(junctions))を形成して互いに接着する、工程、を含んでいる。
【0043】
本発明の方法は、通常は、複数の多能性細胞を提供することから始まる。細胞は、分化したものでも、未分化のものでもよい。細胞は、倫理的な理由で許される場合には、全能性でもよい。いくつかの実施態様では、細胞は、特に全能性である場合、非ヒト細胞であることが好ましい。別の実施態様では、細胞としてヒト細胞が可能である。
【0044】
「全能性(totipotent)」細胞は、発達中に通常発生するような刺激への曝露後に分化して体内の任意のタイプの細胞(その中には生殖系列が含まれる)になることができる。したがって全能性細胞は、成長(発達)して1つの生物全体になることのできる細胞と定義することができる。工程a)で用いる細胞は全能性でないが好ましいが、(厳密には)多能性である。
【0045】
「多能性(pluripotent)」幹細胞は、成長して1つの生物全体に成長できないが、3つの胚葉、すなわち中胚葉、内胚葉、外胚葉のすべてから出現するタイプの細胞を生み出すことができるため、1つの生物のあらゆるタイプの細胞を生み出すことができる。多能性は、例えばある種の幹細胞では細胞そのものの1つの特徴であることが可能であるし、あるいは多能性は、人工的に誘導することもできる。例えば本発明の好ましい一実施態様では、多能性幹細胞は、体性細胞、複能性細胞、単能性細胞、前駆細胞のいずれかに由来し、その中で多能性が誘導される。このような細胞を本明細書では誘導多能性幹細胞と呼ぶ。体性細胞、複能性細胞、単能性細胞、前駆細胞は、例えば患者からのものを使用でき、それらの細胞が多能性細胞にされて、本発明の方法を適用される。例えば本発明の方法に従う組織培養物発達中に、そのような細胞、または得られる組織培養物で異常を研究することができる。患者は、例えば生まれつきの欠陥または先天性異常で苦しんでいる可能性がある。その欠陥または異常の特徴を本発明の凝集塊と組織培養物を用いて再現または研究することができる。
【0046】
好ましい出発細胞は幹細胞であり、例えばWO03/046141またはChung他、Cell Stem Cell 第2巻、2008年、113~117ページに記載されている胚性幹細胞(それは、厳密な意味では(ヒト)胚に由来したものではない)を使用することができる。そのような細胞として、単為生殖細胞または培養した細胞が可能である。最も好ましい細胞は、誘導多能性細胞である。
【0047】
「複能性(multipotent)」細胞は、1つの生物の2つ以上の異なる器官または組織のそれぞれから少なくとも1つのタイプの細胞を生み出すことができる。それらの細胞のタイプは、同じ胚葉に由来してもよいし、異なる胚葉に由来してもよいが、1つの生物のあらゆるタイプの細胞を生み出すことはできない。
【0048】
逆に、「単能性(unipotent)」細胞は、分化して1つの細胞系譜だけの細胞になることができる。
【0049】
「前駆細胞」は、幹細胞と同様、分化して特定のタイプの細胞になる能力を持った細胞であり、分化の選択肢が制限されていて、通常は1つの標的細胞にしかならない。前駆細胞は、通常は単能細胞だが、複能性細胞でもよい。
【0050】
幹細胞は、分化能力が低下するにつれて、全能性、多能性、複能性、単能性の順に分化する。本発明のオルガノイドが発達している間に幹細胞は分化して多能性細胞から(全能性細胞も可能である)複能性細胞になり、さらに単能性幹細胞になり、その後非幹性組織細胞になる。神経組織の場合には、組織細胞として例えば神経細胞または神経上皮細胞、例えばグリア細胞であり得る。
【0051】
工程a)の細胞は、横長の配置または長めの配置に配置するか位置させる。横長の配置または長めの配置は、厚み方向に1個以上の細胞を有する1列の配置にして、横長の次元を幅よりも大きくすることができる。横長の配置または長めの配置は、まっすぐでも、湾曲した線になっていてもよく、湾曲している場合には、その曲線に沿った長さが、その配置の長さである。細胞は互いに接触する必要はないが、本発明による方法の実施中に成長して増殖している細胞が互いに接触できるよう距離は十分小さくなければならない。細胞間のそのような距離は例えば1μm~500μmであり、好ましいのは、5μm~300μm、または15μm~200μm、または20μm~100μm、または最大で500μm、または最大で200μm、または最大で100μmである。距離は、最も離れた細胞の距離であることが好ましい。
【0052】
通常はほんの数個の細胞を横長の配置または長めの配置にする。2個~50万個の細胞を工程a)で横長の配置または長めの配置にすることが好ましい。好ましい実施態様では、位置させる細胞または配置する細胞の数は、4個~40万個であり、好ましいのは、4個~25万個の細胞、または8個~10万個の細胞、または12個~7.5万個の細胞、または20個~5万個の細胞、または30個~2.5万個の細胞、または40個~1万個の細胞、または50個~8000個の細胞である。そのような数の細胞だと、横長の配置または長めの配置になった本発明の多細胞凝集塊の発達が容易になり、好ましいことに、その多細胞凝集塊がさらに分化した後に、インビトロで成長した本発明の組織培養物、特にそれぞれが本明細書に開示したサイズと次元を持つ組織培養物が発達することが容易になる。
【0053】
横長の配置または長めの配置は、任意の手段によって容易に実現することができる。1つの実際的な手段は、支持体への接着である。これについてはあとでより詳しく説明する。懸濁液の中に配置するなどの他の可能性も存在する。しかし大半の細胞の極性が理由で、細胞は、成長中に、同じ極性の側(脳室側または基底外側)が、発達しつつある多細胞配置の中心または軸に対して同じ方向になるようにして一様な方向に成長できることが好ましい。もちろん突起や湾曲が可能であるため、軸または中心は厳密に数学的に理解されるべきではなく、細胞の局所的挙動の1つのパラメータとして理解されるべきである。言い換えると、細胞は、表面を有すること、または表面を発達させることができ、その表面は、極性/細胞の向きが同じである。このような細胞表面は、支持体と接触させること、または支持体から離れる向きにすることができる。
【0054】
細胞は、例えば多孔性支持体の空洞の中に配置しないことが好ましい。空洞の中では、細胞は一様な極性で発達することができないと考えられる。というのも、多数のさまざまな表面接触が形成され、それぞれの接触は独自の極性を持つため、最終的な多細胞配置または組織培養物では本質的にランダムな向きになるからである。
【0055】
横長の配置または長めの配置は、扁長寸法(長さ)と垂直寸法(幅)のアスペクト比が少なくとも2:1であることが好ましく、少なくとも3:1、少なくとも4:1、少なくとも5:1、少なくとも6:1、少なくとも7:1、少なくとも8:1、少なくとも9:1、少なくとも10:1のいずれかであることが好ましい。幅として、扁長寸法に対して垂直な任意の次元が可能であり、幅は、最も広い幅であることが好ましい。幅は、通常は、扁長寸法の中心で決定されるが、垂直寸法は、扁長寸法の(上記のように曲がりまたは湾曲が存在する場合には、その曲がりまたは湾曲に従う)全長に沿うことが可能である。
【0056】
工程b)では、細胞を増殖させ、分化させる。選択したタイプの組織への分化は、増殖因子または分化因子を用いることによって容易になる。それについては、標的細胞のタイプとの関連で以下により詳しく説明する。細胞の多細胞配置は、発達させて完全に所与のタイプの細胞にする必要はなく、通常は、分化中に第1の諸工程を経る(例えば多能性細胞、または似た幅広い発生能力を有する細胞から複能性細胞(例えば発生能力が低下した細胞)へ)。そのような発生の1つの方向として、ニューロン分化または神経形成分化、脂肪形成分化、筋形成分化、腱形成分化、軟骨形成分化、骨形成分化、靭帯形成分化、皮膚形成分化、肝臓形成分化、内皮形成分化のいずれかが可能である。好ましい分化は、神経細胞への分化である。したがって本発明は、マイクロフィラメントを媒介として細胞凝集塊(特に胚様体)を分化させて神経系譜にし、そのことによって(工程a)における配置が理由で)マイクロパターニングされた三次元神経組織を作製する方法に関する。工程b)は、懸濁培養物の中でなされることが好ましい。
【0057】
工程b)の重要な側面は、工程a)の間の配置または局在化が理由で同様に細長い凝集塊または長い凝集塊が形成されることである。凝集塊を形成するため、細胞を互いに接続して細胞間接着を形成する。細胞の凝集塊は、多細胞体とも呼ぶことができる。全能性幹細胞または多能性幹細胞を工程a)で用いる場合には、初期の幅広い発生能力と分化能力が理由でそれを胚体(embryonic body)と呼ぶこともできる。工程b)において細胞を成長させると、細胞は増殖する。本分野で知られていて、後述の実施例とキットに例示されている適切な培地を用いることができる。この工程における細胞の増殖率は、例えば10倍、100倍、1000倍、3000倍、またはこれらの値の間の任意の範囲が可能である。通常は、凝集塊はこの段階では比較的小さいままに留まり、扁長寸法が例えば5mmまで、または最大で10mmのサイズである。配置のアスペクト比に関して上に開示したのと本質的に同じ値が、細長い多細胞凝集塊または繊維支持多細胞凝集塊で見られる。アスペクト比そのものは、もちろん、特に細胞の幅/垂直寸法が成長することが理由で、工程a)と工程b)で異なる可能性がある。
【0058】
好ましい実施態様では、工程a)において、複数の細胞を支持体に接着させる。この実施態様によれば、支持体を用いて細胞を横長の配置または長めの配置に配置する。したがって支持体は、細胞のためのスキャフォールドとして、または細胞の成長が原因で形成されつつある多細胞凝集塊のためのスキャフォールドとして機能する。細胞が成長し終わって互いに接着した後は、支持体はもはや必要ない。支持体は、細胞の成長をパターン化することによって三次元にするのを助ける。スキャフォールドは、工程b)の後に溶解させること、または生体吸収させることができる。そのような支持体は、特にあとで詳しく説明するように、本発明のキットに含めることができる。
【0059】
したがって本発明により、支持体(例えば非多孔性の生体適合性スキャフォールド)の表面で多能性幹細胞(例えば胚性幹細胞や誘導多能性幹細胞)から未分化の細胞または分化した細胞を培養して増殖させる方法が提供される。
【0060】
支持体は、非多孔性のマイクロフィラメントスキャフォールドであることが好ましい。そのようなマイクロフィラメント支持体を1~50個、例えば2~40個、または3~30個、または5~20個、または6~12個用いることが好ましい。
【0061】
支持体は、棒形構造体または格子形構造体または繊維性構造体であることが好ましい。支持体として、マイクロフィラメントが可能である。支持体は、長さ:幅(最も広い幅)のアスペクト比が、少なくとも2:1であることが好ましく、少なくとも3:1、少なくとも4:1、少なくとも5:1、少なくとも6:1、少なくとも7:1、少なくとも8:1、少なくとも9:1、少なくとも10:1、少なくとも15:1のいずれかであることが好ましい。この構造は、特に上記の細胞配置(例えば構造は、まっすぐであっても湾曲していてもよい)に関して上記のようなサイズにすることができる。支持体は、20μm~20mmの長さ、および/または1μm~60μmの直径を持つことができる。長さは約50μm~10mmであることが好ましい(例えば200μm~5mm、または5000μm~3mm)。幅または直径は、20μm~50μmが可能であり、10μm~40μm、または20μm~30μmが好ましい。支持体は、少なくとも2つの端部(分岐していない場合)、または3つ以上の端部(分岐している場合、例えば3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、8つ、またはそれ以上の端部)を持つことが好ましい。長さは、支持体構造の端部と端部の間で湾曲と曲げに沿った最も長い距離に従って決まる。構造は、円形エレメント、または非円形エレメントを持つことができる。円形エレメントが存在する場合には、上記の凝集塊の一様な極性が乱されないよう十分な長さにする。乱すことのない他の円形エレメントは、支持体全体のほんのわずかな部分にすることができ、したがって支持体の非円形部分の大半で一様な極性が乱されない状態にすることができる。構造としてやはり可能な格子形に関しては、支持体を、上記の棒形構造体または繊維性構造体に従う交差した棒または繊維、または絡み合った棒または繊維で構成することができる。格子は、細胞凝集塊を乱す一様な極性を形成しないように十分に大きくなければならない。円形に関して述べたのと同じことが、格子形にも当てはまる。球状細胞構造で見られるよりも体積に対する表面積の比が大きい横長の培養物が得られることが重要である。細長い構造だと近接部の表面積が増大し、あとで絡み合った構造が発達するのを助ける。すると体積に対する表面積の比が、棒形細胞凝集塊の値を超えてさらに大きくなる。この細長い形は、円形であっても円形でなくてもよい。体積に対する表面積の比を大きくするには、培養物を、特に上記の次元に従って部分的に細長くするだけでよく、するとその比はさらに大きくなり、円形または格子形でさえそうなる。円または格子の直径は、例えば少なくとも50μm、または少なくとも100μmにすることができる。棒形支持体または繊維状支持体は、格子を形成せずとも絡み合うことができ、それが本発明では好ましい(図1c、図1d、図1e、図7を参照されたい)。
【0062】
支持体として、細胞を支持するのに適した任意の材料、特に極性細胞が1つの方向を向いて接着することを可能にする材料が可能である。例えば極性細胞の頂端側または基底外側を支持体に接着させることができる。
【0063】
支持体の材料の例は、ポリマー(例えばバイオポリマーである有機ポリマー、またはバイオポリマーでない有機ポリマー)、巨大分子、無機材料である。そのような材料が、支持体の表面、特に細胞が接触する表面にあることが好ましい。支持体または支持体表面の材料は、ポリ(エチレングリコール)とその誘導体から選択された巨大分子であることが好ましい。ポリ(エチレングリコール)の誘導体では、1つ以上のH、または1つのモノマー単位が、有機残基(例えば、場合によってはCがO、N、P、Sのいずれかで置換されたC~C残基、好ましくはC~C残基)で置換されている。さらに別の支持材料は、ポリイソブチレン、ポリオキサゾリン、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)、ポリイソブチレン、カプロラクトン、ポリイミド、ポリチオフェン、ポリプロピレン/ポリエチレン、ポリアクリル酸、ポリビニルピロリドン、ポリビニルアルコールから選択される。巨大分子は、一般に非常に大きい分子であるが、必ずしもそうではなく、より小さなサブユニットの重合によって作られる。巨大分子またはポリマーのサブユニットは、同種でも異種でもよい。典型的には、「炭化水素鎖」に、直線構造、分岐構造、樹状構造が含まれる。ポリマー骨格鎖は、側部残基を除いて巨大分子を先頭から末尾まで連結する分子の鎖である。異なる形態の炭化水素鎖は、分子量、構造、幾何学的構造(例えば分岐した炭化水素鎖、直線状の炭化水素鎖、フォーク状炭化水素鎖、多機能性など)が異なっている可能性がある。本発明で用いる炭化水素鎖は、以下の2つの構造の一つを好ましくは含んでも良い:世代1~10の、置換された、または置換されていない-(CH-または-(CH-Het-(CH-デンドリマー(ここでmは3~5000であり、nとoは、互いに独立に、1~5000であり、Hetはヘテロ原子であり、末端基と炭化水素鎖全体の構造はさまざまなものが可能である)。例えば最終的な粒子の中には、リンカー分子によって形成されるアンカー基が存在するであろう。この記述には、不飽和結合:飽和結合の比が0:100~100:0の範囲の直線状の炭化水素鎖または分岐した炭化水素鎖がすべて含まれる。いくつかの実施態様では、疎水性スペーサは、例えばサブユニット-CH-を50%超含んでいる。ポリマー骨格鎖はOを含んでいることが好ましい。別の実施態様、または組み合わせた実施態様では、炭化水素鎖の炭素原子の少なくとも10%、例えば10%~50%、より好ましくは20%~40%が、ヘテロ原子で置換されている。ヘテロ原子は、O、N、SまたはNから選択することができ、Oが好ましい。側鎖は、Cの位置、またはHetの位置を置換基で置換することができる。その置換基の選択は、1~20個の原子、好ましくは2~10個、特に好ましくは2~6個の原子の長さを持つ、ヘテロ置換された炭化水素、非ヘテロ置換された炭化水素、分岐した炭化水素、分岐していない炭化水素、飽和した炭化水素、不飽和の炭化水素から独立になされる。これらの物質のうちの任意のものを、場合によってはCがO、N、P、Sのいずれかで置換されたC~C残基(C~C残基が好ましい)で置換することができる。可能なさらに別の置換基は、ClやFなどのハロゲンである。PVCも可能である。
【0064】
支持材料の分子は、10kDa~30000kDaの平均分子量が可能であり、50kDa~20000kDaであることが好ましく、100kDa~15000kDaまたは1000kDa~10000kDaであることが特に好ましい。
【0065】
棒形構造体または格子形構造体または繊維構造体の支持体は、ポリマー材料であることが好ましく、ポリエチレングリコール骨格鎖を含むこと、またはポリエチレングリコール骨格鎖からなることが好ましい。そのような骨格鎖は-O-CH-CH-である。上述のように、Hの代わりに任意の側鎖置換基が可能であり、好ましいのは、単独の、または組み合わせたCH、CCH、OH、NH、=Oである(例えばポリアクリル酸に見られるように、第1の置換基としてはCH、第2の置換基としては他の任意のもの(特にO))。好ましいポリマーは、ポリ酢酸および/またはポリグリコリド、特にこれらポリマーの混合物またはコポリマーである。
【0066】
本明細書では、「含む」は、開いた定義を意味すると理解され、特徴の似たさらに別のメンバー、または他の特徴を持つメンバーが可能である。「からなる」は、閉じた定義として理解され、限定された範囲の特徴に関係する。1つ以上の特定の要素を含むどの実施態様も、そうでないことが明示されているのでなければ、この/これらの要素からなることができる。
【0067】
可能なバイオポリマーは、例えばポリグリコシド、炭化水素巨大分子(例えばセルロース性材料)、固体タンパク質複合体(特に変性したタンパク質、または不活性なタンパク質)である。セルロース性材料を使用できるかどうかは、使用する細胞のタイプによる可能性があり、たいていの細胞では、セルロース性材料は好ましくない。例えばUS2011/143433 A2、図168と、本明細書の比較例から、いくつかの細胞にとって、セルロースだと、本発明で必要な横長の配置または長めの配置ではなく電球状配置になることがわかる。したがって純粋なセルロースは、繊維性支持体にとって好ましい材料ではない。本発明によれば、横長の配置または長めの配置は、繊維性支持体の表面に細胞を堆積させ、残った空隙を細胞増殖によって埋めることで支持体の繊維全体が細胞で覆われるようにすることによって形成される。横長の配置または長めの配置は、胚様体が形成されている全期間を通じて細胞によって維持することができる。すると細胞が分化してさらに増殖する。バイオポリマーではない生体適合性合成ポリマーに加え、タンパク質も非常に好ましい。タンパク質は、本発明の分化法のための繊維性支持体として用いることができる。タンパク質からなるそのような繊維性支持体として、コラーゲン含有マイクロファイバー(例えば湿式紡糸によって製造できるゼラチンリボンまたはゼラチン繊維)が可能である(例えばHan他、Adv.Funct.Mater.2012年、DOI:10.1002/adfm.201201212に記載されているものを本明細書に開始した繊維のサイズに合わせたもの;Hanが記載している架橋によってスポンジを作り出す必要はない)。
【0068】
支持体は、ポリマー製マイクロフィラメントであることが好ましい。
【0069】
支持体は、非多孔性であるか、空孔度が支持体の体積の5%(v/v)未満であることが好ましい。上述のように、本質的に配向していない極性細胞の凝集塊が形成される空洞を回避することが好ましい。空孔度は、4%未満、または3%未満、または2%未満、または1%未満、または0%であることが好ましい(%の数値はすべてv/v)。
【0070】
支持体として生体適合性であるものが可能である。支持体は、生物活性でないこと、すなわち付着と向き決定を除いて細胞と相互作用しないことが好ましい(通常はその付着が原因で向きが決まる)。支持体は、細胞によって代謝されないことが好ましい。別の実施態様では、支持体は、培地または細胞によって(ゆっくりと)分解または脱重合する可能性がある。例えば支持体として加水分解可能なものが可能である。支持体は配置のためにだけ必要とされるため、細胞を乱すことなく除去すること、すなわち横長の多細胞配置が細胞間結合による連結によって形成された後にその配置を壊すことができる。
【0071】
細胞を組織特異的な増殖因子または分化因子に接触させることによって刺激して分化させることができる。そのような組織特異的な増殖因子または分化因子として、ニューロン分化因子または神経形成分化因子、筋形成分化因子、腱形成分化因子、軟骨形成分化因子、骨形成分化因子が可能であり、ニューロン分化因子が特に好ましい。この因子が、のちの発達における発達後のそれぞれのタイプの細胞組織を決めることになる。そのことによって細胞は多能性細胞から複能性細胞へと移行する。すると、他のタイプの組織になることは、できないか、多能性状態に戻ることが再び可能になることによってしかできない。通常はすべての細胞が分化して選択されたタイプの組織になるわけではない。通常は、細胞の約30%以上、または少なくとも40%、または少なくとも50%、または少なくとも60%、または少なくとも70%、または少なくとも80%が、選択されたタイプの組織への分化を開始し、それぞれの組織になる運命を持つ複能性細胞による分化能力を変換して低下させれば十分である。もちろん、この分化の運命は、人工的な増殖刺激と分化刺激を用いることによって未分化状態または分化がより少ない状態に戻っていない細胞にだけ当てはまる。明らかに、体細胞でさえ多能性細胞に戻すことができるため、本明細書で分化した状態を定義するときにはこれは含まれない。細胞を多能性細胞に戻す可能性のある因子は細胞に導入しないことが好ましい。
【0072】
本発明は、本発明の方法によって、特に工程b)の後に得ることのできる、複能性細胞の細長い多細胞凝集塊または繊維支持多細胞凝集塊にも関する。
【0073】
本発明による複能性細胞の細長い多細胞凝集塊または繊維支持多細胞凝集塊は、扁長寸法と垂直寸法のアスペクト比が少なくとも2:1、好ましくは少なくとも5:1(または工程a)の配置に関して上に開示した任意の比)である横長の配置または長めの配置に配置された複能性細胞を含むことができる。凝集塊は、分化段階が異なる細胞を含むことができる。これは、多能性細胞と、選択されたさまざまな組織分化の系譜(例えばニューロンまたは神経形成、筋形成、腱形成、軟骨形成、骨形成)に向かうことのできるさまざまに分化した複能性細胞に関係する。大半の好ましい実施態様では、凝集塊は極性細胞および、その凝集塊の中心に対して一様な方向(上述のように突起などが可能である)を向いている前記極性細胞を含む。極性細胞は、凝集塊の少なくとも50%、または少なくとも60%、または少なくとも70%を構成することが好ましい。
【0074】
上記の支持体は、凝集塊の中に存在したままにすることができる。凝集塊が中心支持体を含んでいて、その周囲に細胞が増殖していることが好ましい。これは、本発明の方法に従って細胞を増殖させることによって実現される。
【0075】
凝集塊を本発明の方法で増殖させ、工程a)で最初に配置したよりも多くの細胞を含むようにすることができる。例えば細胞の凝集塊は、8000~1億個の細胞を含むことができ、細胞の好ましい範囲は、例えば、1万~5000万個、10万~2000万個、50万個、1000万個のいずれかだが、8000個以上、1万個以上、10万個以上、50万個以上も可能である。細胞凝集塊は、(後述するように、特に工程p)、またはさらなる工程q)によって)あとで培養するため、サイズが小さいままであることが好ましい。それに関連して、細胞凝集塊のサイズ(長さ、場合によっては曲線に沿った最長次元)は、50μm~40mm、好ましくは70μm~10mm、または100μm~5mm、または150μm~1mmの範囲にすることができる。
【0076】
凝集塊の細胞は、特定の分化運命に向けての分化を開始させたものであってもよい。細胞は、(以前の多能性から、または分化がより少ない状態から)複能性になったものであってもよく、いくつかの細胞は、単能性細胞または体性組織細胞にさえなることができる。組織の運命として、任意の組織に向かう運命が可能である。標的組織の選択は、神経組織、結合組織、肝臓組織、膵臓組織、腎臓組織、骨髄組織、心臓組織、網膜組織、腸組織、肺組織、内皮組織からなされることが好ましい。例えば細胞の凝集塊は、組織特異的分化を経た組織のための任意の幹細胞を含むことができる。凝集塊は、ニューロンまたは神経形成細胞、脂肪形成細胞、筋形成細胞、腱形成細胞、軟骨形成細胞、骨形成細胞、靭帯形成細胞、皮膚形成細胞、肝細胞、内皮細胞から選択された細胞を含むことが好ましい。いくつかの場合には、組み合わせも可能であり、例えば、支持組織へと発達すると考えられる細胞(例えば内皮細胞、脂肪形成細胞、靭帯形成細胞)を有する器官細胞(例えば神経細胞、筋形成細胞、肝細胞)が挙げられる。本発明の方法では、分化は、一般に知られている組織特異的な増殖因子または分化因子(分化誘導剤とも呼ばれる)によって開始させることができる。そのような因子は本分野で知られており、例えばWO2009/023246 A2、WO2004/084950 A2、WO2003/042405 A2に開示されている。さらに、分化因子または増殖因子として、(例えばWO2004/084950 A2に開示されている)骨形態形成タンパク質、軟骨由来形態形成タンパク質、増殖分化因子、血管新生因子、血小板由来増殖因子、血管内皮増殖因子、上皮増殖因子、線維芽細胞増殖因子、肝細胞増殖因子、インスリン様増殖因子、神経増殖因子、コロニー刺激因子、ニューロトロフィン、成長ホルモン、インターロイキン、結合組織増殖因子、副甲状腺ホルモン関連タンパク質が可能である。これらの因子/薬剤は市販されているため、これ以上説明する必要はない。もちろん、上記の任意のタイプの組織に関するこのような因子/薬剤を本発明のキットに含めることができる。ニューロンまたは神経形成細胞を本発明の方法で用いること、またはキットに含めることができ、ニューロンまたは神経形成細胞は、本発明の凝集塊の中に存在することが好ましい。
【0077】
凝集塊は、あらゆる組織(特に上記の組織)になる前駆細胞(例えば幹細胞)を含むことができる。前駆細胞の選択は、全能性幹細胞、多能性幹細胞、複能性幹細胞、間充織幹細胞、神経幹細胞、造血幹細胞、膵臓幹細胞、心臓幹細胞、胚性幹細胞、胚性生殖細胞、神経幹細胞(特に神経冠幹細胞)、腎臓幹細胞、肝臓幹細胞、肺幹細胞、血管芽細胞、内皮前駆細胞からなる群からなすことが好ましい。本発明の方法で用いる多能性細胞、または前駆細胞は、脱分化した軟骨形成細胞、筋形成細胞、骨形成細胞、腱形成細胞、靭帯形成細胞、脂肪形成細胞、皮膚形成細胞に由来するものが可能である。
【0078】
本発明の細胞の凝集塊をさらに培養し、特に人工組織にすることができる。したがって本発明により、人工組織培養物を作製する方法として、
o)好ましくは上に規定した複能性細胞の細長い多細胞凝集塊または繊維支持多細胞凝集塊を提供し、
p)その細長い多細胞凝集塊または繊維支持多細胞凝集塊を三次元マトリックス(ゲルが好ましい)の中で培養して前記細胞を分化させることによってそれら細胞を増殖させ、
q)工程p)で増殖した細胞を懸濁培養物の中で培養すること、を含む方法も提供される。
【0079】
本発明の方法のこれらの工程は、WO2014/090993 A1(その全体が参照によって本明細書に組み込まれている)に記載されている工程と似ている。特に、WO2014/090993 A1の実施例を本発明に従って利用することができる(全体像をつかむため、この参照文献の図1aも参照されたい)。簡単に述べると、三次元マトリックス(ゲルが好ましい)の中での培養によって細胞の発生能力が増大し、改良された組織が可能になる。本発明による細胞の細長い凝集塊または繊維支持凝集塊を用いることにより、発生能力、増殖、確実性が、WO2014/090993 A1に記載されている人工組織を超えてさらに改善される。横長の凝集塊または長めの凝集塊を用いると、より絡み合った構造になり、細胞がさらに発達する。例えば本発明の組織培養物は、放射状に組織化された皮質板を発達させることができる。
【0080】
この方法は、溶解した三次元マトリックスの材料(工程p)におけるのと同じ材料または異なる材料)を懸濁培養物に添加することで溶解した材料が培養物に接着してマトリックスを形成するという追加工程r)によってさらに改良することができる。溶解した三次元マトリックスの材料は、溶解した細胞外マトリックスである。マトリックス材料を追加することで増殖中の組織培養物をさらに安定させることができる。すると工程p)で提供した初期三次元マトリックス(例えばマトリックスの液滴)を超えて増殖することができる。工程r)の追加のマトリックス材料は、細胞安定化コーティングとして少なくとも一部に付着して、またはゲルとして付着して、マトリックスをさらに確立する。こうすることで、より大きな培養物を可能にするより安定な増殖が可能になり、サイズ制限が少なくなったことが原因で培養物はさらに発達することができる。
【0081】
それに関連して、本発明により、人工組織培養物を作製する方法として、
u)好ましくは上に規定した複能性細胞の多細胞凝集塊を提供し、
v)その多細胞凝集塊を三次元マトリックス(ゲルが好ましい)の中で培養して前記細胞を分化させることによってそれら細胞を増殖させ、
w)工程v)で増殖した細胞を懸濁培養物の中で培養し、
r)三次元マトリックスが溶解した材料を前記懸濁培養物に添加することにより、その溶解した材料がその培養物に接着してマトリックスを形成することを含み、
好ましくは三次元マトリックスが溶解した前記材料が、溶解した細胞外マトリックスである方法も提供される。
【0082】
この方法の工程v)~w)およびr)は、異なる細胞凝集塊を用いた工程o)~q)およびr)と本質的に同じである。ここでは、細胞は横長の構造または長めの構造である必要はない。工程a)における配置/位置決めなしに得られる細胞を用いることができる。そのような凝集塊として、本分野で知られている胚様体と同様のものが可能であり、(例えばWO2014/090993 A1におけるように)神経誘導培地を用いるときには、分化を開始した神経外胚葉が可能である。上述のように、工程r)は、あらゆる培養物を改善してさらに増殖させることができる。横長の培養物または長めの培養物(例えばサイズ、または分化のタイプ)に関して上に述べたのと同じことが、工程o)に示した凝集塊に当てはまるが、形だけは別で、球形であってもよい。
【0083】
細胞は、工程o)/u)の前、例えば細胞の凝集塊を培養している間に、ようやく分化を開始することが好ましい。後半の工程、特に工程p)/v)では、三次元マトリックスの中に組織特異的な分化因子または分化剤を添加しない。組織特異的分化培地の代わりに標準的な分化培地を用いることが可能である。これは、分化が起こらないことを意味するのではなく、逆に、細胞が内在性増殖因子を産生することができ、特に以前に選択された運命に向かって分化が起こっていることを意味する。
【0084】
三次元マトリックスとして、ゲル、特に堅固で安定なゲルが可能であり、それにより、増殖している細胞培養物/組織がさらに増殖し、分化する。適切な三次元マトリックスはコラーゲンを含むことができる。三次元マトリックスは、コラーゲン、ラミニン、エンタクチン、ヘパリン-硫酸プロテオグリカン、またはこれらの任意の組み合わせから選択された細胞外マトリックス(ECM)またはその任意の成分を含むことがさらに好ましい。細胞外マトリックスは、Engelbreth-Holm-Swarm腫瘍またはその任意の成分からのもの、例えばラミニン、コラーゲン(4型コラーゲンが好ましい)、エンタクチンが可能であり、場合によってはさらに、ヘパリン-硫酸プロテオグリカン、またはこれらの任意の組み合わせが可能である。そのようなマトリックスはマトリゲルである。マトリゲルは本分野で知られており(アメリカ合衆国特許第4,829,000号)、3D心臓組織をモデル化するのに以前から用いられてきた(WO01/55297 A2)。マトリックスは、重量部で表示して約60~85%のラミニン、5~30%のコラーゲンIV、場合によっては1~10%のニドゲン、場合によっては1~10%のヘパラン硫酸プロテオグリカン、1~10%のエンタクチンを少なくとも3.7mg/mlの濃度で含むことが好ましい。マトリゲルの固体成分は、通常は、約60%のラミニン、30%のコラーゲンIV、8%のエンタクチンを含んでいる。エンタクチンは、ラミニンおよびコラーゲンと相互作用する架橋分子である。そのようなマトリックス成分は、工程r)で添加することができる。これらの成分は、本発明のキットの好ましい部分でもある。三次元マトリックスはさらに、増殖因子を含むことができる(例えばEGF(上皮増殖因子)、FGF(線維芽細胞増殖因子)、NGF、PDGF、IGF(インスリン様増殖因子、特にIGF-1)、TGF-β、組織プラスミノーゲンアクチベータのうちのいずれか1つ)。三次元マトリックスは、これら増殖因子のどれも含んでいなくてもよい。
【0085】
一般に、三次元マトリックスは、三次元構造の生体適合性マトリックスである。それは、コラーゲン、および/またはゼラチン、および/またはキトサン、および/またはヒアルロナン、および/またはメチルセルロース、および/またはラミニン、および/またはアルギン酸塩を含んでいることが好ましい。マトリックスとして、ゲル(特にヒドロゲル)が可能である。有機化学ヒドロゲルは、親水基が豊富なポリビニルアルコール、ポリアクリル酸ナトリウム、アクリレートのポリマーとコポリマーを含むことができる。ヒドロゲルは親水性ポリマー鎖のネットワークを含んでいて、水が分散媒体であるコロイド状ゲルとして見いだされることがときどきある。ヒドロゲルは、吸収性が非常に大きい天然または合成のポリマーである(水を99%超含有することができる)。ヒドロゲルは、含水量が多いことが理由で、可撓性の程度が天然組織と非常に似てもいる。三次元マトリックスまたはその成分、特にECMまたはコラーゲンは、作製される組織培養物の中に相変わらず残る。
【0086】
どの組織(特に細胞の凝集塊に関して上に述べた組織)も本発明の方法で増殖させることができ、通常はそれを作製している間に分化の運命が選択される。本発明を利用して神経組織を作製することが好ましい。特に、本発明を利用して、発達中の脳の初期の凝縮された有糸分裂神経ラミナに似た、放射状に組織化されていて、密に充填された人工ニューロンアレイを作製することができる。また、この方法は、工程r)を追加することによって、特に溶解した細胞外マトリックス成分を添加する工程をさらに含めることによって、改善することができる。
【0087】
人工組織に向かう細胞を培養している間に細胞は増殖し、単能性幹細胞および/または体性組織細胞へと分化することができる。分化段階が異なるさまざまな細胞が可能であり、多能性細胞がいくつか残っている可能性さえある。組織培養物の中には多能性細胞が0.1%~40%存在することが好ましく、1%~20%存在することが好ましい。
【0088】
本発明により、本発明の方法によって得ることのできる人工組織培養物も提供される。培養物として、上述の任意の組織が可能である。「人工」は、培養物をインビトロで増殖させることを意味し、人工培養物のいくつかの特徴(サイズ、密度(consistency)、形、細胞組織化など)を有する。形は、不規則であっても、天然の組織とは異なっていてもよく、細胞組織化は、サイズの制約が原因で異なる可能性がある。特に、「人工」からは、天然の組織や器官とその一部(例えば組織切片)が除外される。三次元マトリックスが培養物の中に相変わらず存在すること、および/または人工組織がそのようなマトリックスの中で増殖することで決まる形を持つことが可能である。例えば培養物は、三次元マトリックス、特に上記の三次元マトリックスの中で増殖させることによって得られる。本発明の組織は、オルガノイドであること、特に脳オルガノイド(en.wikipedia.org/wiki/Cerebral_organoid)であることが好ましい。
【0089】
上述のように、好ましい組織は神経組織である。皮質板を含む本発明の人工神経組織培養物が提供される。この組織培養物は、インビトロで細胞の凝集塊から増殖させること、および/またはインビボで発生した脳またはその組織サンプルの培養物ではないことが好ましい。放射状に組織化された皮質板は高度に進化した脳組織(例えばヒトの脳)の証明であり、本発明で実現できる高レベルの発達を示している。皮質板は、本明細書では、自然の脳でも見られる放射状の組織化を強調するため、放射状に組織化された皮質板とも呼ぶ。
【0090】
放射状に組織化された皮質板は、発現マーカーCtip2、Map2、DCX、またはこれらの任意の組み合わせ、特にCtip2とMap2とDCX、さらに好ましくはMap2を含むことができる。このようなマーカーは、リガンド(例えば抗体)に結合させることによって検出できる。そのような結合イベントは、標識(例えば蛍光標識などの光学的標識)によって可視化することができる。標識は、リガンドに結合させることができる。
【0091】
人工組織培養物は、放射状グリア、好ましくは放射状グリアとニューロンの直線状ユニットも含むことができる。放射状グリア(特に外側放射状グリア)は以前に観察されていて(WO2014/090993 A1)、本発明の培養物にも見いだすことができる。
【0092】
本発明の神経培養物は、基底膜も含むことができる。基底膜は、通常はラミニンを含んでいて、実際にラミニンが豊富である可能性がある。
【0093】
基底膜は、神経上皮細胞の基底面を覆うことが好ましい。
【0094】
基底膜は、移動ニューロンの外側にあることが好ましい。
【0095】
さらに好ましい一実施態様では、培養物は、インビボで見られる放射状ユニットを想起させる互いに放射状に組織化されたニューロンおよび/または放射状グリアを含有する。放射状グリアは、組織の幅を超えて皮質板の中へと延びる基底突起に基づいていることが好ましい。
【0096】
培養物は、背側皮質を含むこと、および/または背側皮質マーカーTbr2および/またはTbr1を含むことが好ましい。
【0097】
もちろん、好ましいこれらの実施態様をすべて組み合わせることができる。
【0098】
本発明の細胞凝集塊および/または組織培養物を器官または組織の挙動または発生のモデルとして用いることができる。物質または環境変化が、増殖中と分化中の器官または組織の機能および/または発達に及ぼすあらゆる効果を調べることができる。同様に、物質による遺伝子改変が、特に遺伝子の機能を変化させる変異が、これらの効果に及ぼす影響を調べることができる。多数の物質または環境変化または遺伝子改変を調べること、特に、第1の物質/環境変化/遺伝子改変と比較して追加される効果または低下する効果を調べることができる。したがって、特に疾患を引き起こす物質/環境変化/遺伝子改変において、原因となったり治療効果があったりする物質/環境変化/遺伝子改変を研究すること、または突き止めること(スクリーニング)ができる。そのような効果は、通常は対照と比較して研究される。対照は、調べている物質/環境変化/遺伝子改変(または追加の物質/環境変化/遺伝子改変)で処理しなくてもよい。
【0099】
本発明の方法または培養物を用いて薬候補の副作用を検査できることが特に好ましい。先天性異常の原因、性質、可能な治療法は、何らかの変化をモニタすることによって調べることが好ましい。例えば催奇性効果は、発症させる可能性のある物質/環境変化/遺伝子改変と接触させたときの本発明の細胞凝集塊および/または組織培養物の発達および/または増殖をモニタして調べることができる。
【0100】
したがって本発明により、遺伝子と薬が組織培養物を改変する効果を調べる方法における本発明の細胞培養法、細胞凝集塊、組織の利用が提供される。この目的で遺伝子は上方調節または下方調節される可能性がある。薬は、任意の段階(好ましくは、工程b)および/またはp)~q)、またはv)~w)および/またはr))で培養物に添加することができる。この方法により、(欠陥のある)遺伝子、または有害な(催奇性の)薬または化合物、または他の環境因子の影響を受ける発生異常を調べることができる。ある効果が初期分化の間にだけ予想される場合には、工程b)の間に接触させれば十分である可能性がある。ある効果が、よりあとの分化の間、および/または分化後の細胞配置または細胞増殖の間に予想される(例えば器官特異的催奇性物質の)場合には、工程p)および/またはq)と場合によってはr)の間、またはv)および/またはw)と場合によってはr)の間に接触させれば十分である可能性がある。もちろん、これを工程b)の間の接触と組み合わせることができる。そのような催奇性化合物は、例えばエタノールである。胚または胎児が発達中にエタノールに曝露されると、胎児性アルコール症候群などの胎児性アルコール異常につながる。発達している組織(例えば発達中の脳組織)に対するエタノールの効果を本発明の方法で調べることができる。
【0101】
好ましい一実施態様によれば、本発明により、発生における組織に対する効果を調べる方法が提供される。この方法は、本発明の方法を実施中の任意の段階(上述のように、例えば工程b)、および/またはo)~q)、および/またはu)~w))で、i)1つの細胞内の対象の1つの遺伝子の発現を低下または増加させること、またはii)候補薬を細胞群に投与することを含んでいる。
【0102】
発生における組織の対象の欠陥の治療に適した候補治療薬をスクリーニングする方法も提供される。この方法は、本発明の培養法を実施し、(上記のように)その方法を実施中の任意の段階(すべての段階が好ましい)で候補薬を細胞に投与することを含んでいる。
【0103】
発生効果、特に先天性異常効果に関する候補薬をテストする方法も提供される。この方法は、候補薬を、本発明の人工培養物に投与するか、本発明の方法を実施中(例えば上記の段階)に投与し、その培養物の細胞の対象の活性を明らかにし、その活性を、前記候補薬を投与していない培養物の細胞の活性と比較することを含み、(対照との)活性の違いが、発生効果を示している。
【0104】
さらに、化合物と物質のキットも提供される。このキットは、本発明の任意の方法を実施する手段を含むことができる。もちろん、すべての物質を含める必要はない。というのも、いくつかは、標準的な化学物質であったり、通常入手できるものであったりするからである。しかし中心となる要素群は提供することが好ましい。他のキットでは、より稀な要素が提供される。もちろん、本発明のキットまたはその中の物質を組み合わせることができる。キット内の構成要素またはその物質を組み合わせることができる。キット内の構成要素は、通常は、別々の容器(例えばバイアルやフラスコ)で提供される。
【0105】
i)棒形構造体または格子形構造体または繊維状構造体の固体支持体であって、好ましくは固体、および/または非多孔性、および/または上に規定されたものである、固体支持体を含むとともに、ii)三次元マトリックス、好ましくはゲル、および/または、コラーゲン、ラミニン、エンタクチン、ヘパリン-硫酸プロテオグリカン、またはこれらの任意の組み合わせから選択される細胞外マトリックスまたはその任意の成分(特に、Engelbreth-Holm-Swarm腫瘍からの細胞外マトリックスが好ましく、マトリゲルが特に好ましい)を含むキットが提供される。例えばサイズ、形、材料に関して上と任意の実施態様により詳しく記載した固体支持体i)をキットに入れて提供することができる。同様に、上記の三次元マトリックスと任意の材料をキットに入れて提供することができる。
【0106】
ビタミンC;ビタミンA、2-メルカプトエタノール;bFGF;ROCK阻害剤;インスリン;GSK3β阻害剤;Wntアクチベータ(CHIR 99021が好ましい);抗菌剤(ペニシリンおよび/またはストレプトマイシンが好ましい);SMAD阻害剤(ドルソモルフィンおよび/またはSB-431542が好ましい);レチノイド(レチノイン酸が好ましい)、またはこれらの任意の組み合わせをさらに含むキットも提供される。好ましい組み合わせは、固体支持体と三次元マトリックスの一方または両方と、ビタミンCの組み合わせである。好ましいキットは、これら化合物の1つ以上を、棒形支持体または格子形支持体または繊維状支持体とともに含んでいる。
【0107】
どのキットも、細胞増殖栄養素(DMEM/F12が好ましい)、ウシ胎仔血清、最少必須培地(MEM)、非必須アミノ酸(NEAA)、神経誘導培地、グルタマックス、またはこれらの任意の組み合わせをさらに含むことができる。
【0108】
棒形構造体または格子形構造体または繊維状構造体の支持体は、上述のように、生物分解可能(例えば加水分解可能)であることが好ましい。キットの別の好ましい一実施態様では、棒形構造体または格子形構造体または繊維状構造体の支持体は、ポリマー材料でできており、ポリエチレングリコール鎖を含んでいることが好ましい。より好ましいのは、支持体が、ポリラクチド、またはポリグリコシド、またはこれらの組み合わせを含んでいること、またはポリラクチド、またはポリグリコシド、またはこれらの組み合わせからなることである。もちろん、上に記載した他の任意の材料も可能である。
【0109】
本明細書に記載した任意の方法または製品を、本明細書に記載した他の任意の方法または製品と関連させて実現することや、異なる実施態様を組み合わせることができると考えられる。
【0110】
提出した原初の請求項は、提出した任意の請求項、または提出した請求項の組み合わせに多重に従属する請求項をカバーすると考えられる。
【0111】
「1つの(“a”または”an”)」という単語は、請求項および/または明細書の中にある「含む」という用語との関連で用いられるとき、「1」を意味するが、「1つ以上」、「少なくとも1つ」、「2つ以上」の意味とも矛盾しない。
【0112】
本明細書で論じたどの実施態様も、本発明の任意の方法または製品で実現することができると考えられ、逆も同様である。特定の条件に関して記載したどの実施態様も、異なる条件に適用すること、または異なる条件で実現することができる。さらに、本発明の組成物とキットを用いて本発明の方法を実現することができる。
【0113】
本出願全体を通じ、「約」という用語は、ある値が、その値を求めるのに用いる装置または方法に関する誤差の標準偏差を含むことを意味するのに用いることができる。あるいは設定値の中の「約」は、±10%を意味することができる。
【0114】
本発明は、以下の実施態様におけるように規定されることが好ましい。
【0115】
1.複能性細胞の細長い多細胞凝集塊を作製する方法であって、
a)横長の配置または長めの配置にて配置された複数の多能性細胞または非ヒト全能性細胞を提供する工程と、
b)前記細胞を前記配置で増殖させて分化させる工程であって、ここで前記細胞が細胞間接着を形成して互いに接着する、工程、を含む方法。
【0116】
2.前記横長の配置または長めの配置の扁長寸法と垂直寸法のアスペクト比が少なくとも2:1である、実施態様1に記載の方法。
【0117】
3.工程a)において、前記複数の細胞が支持体に接着し、場合によって前記支持体は工程b)の後に溶解されるか、または生体吸収される、実施態様1または2に記載の方法。
【0118】
4.前記支持体が、棒形構造体または格子形構造体または繊維状構造体を有し、好ましくは少なくとも実施態様2に規定したアスペクト比を有する、実施態様3に記載の方法。
【0119】
5.繊維で支持された、多能性細胞の多細胞凝集塊を作製する方法であって、
a)繊維性支持体の上に配置された複数の多能性細胞または非ヒト全能性細胞を提供する工程と、
b)前記細胞を前記配置で増殖させて分化させる工程であって、ここで前記細胞が細胞間接着を形成して互いに接着する、工程、を含む方法。
【0120】
6.前記支持体が非多孔性であるか、または前記支持体の体積の5%(v/v)未満の空孔度を有する、実施態様3~5のいずれか1つに記載の方法。
【0121】
7.前記支持体が、ポリマーマイクロフィラメントである、および/または生体適合性であるが生物活性ではない、実施態様3~6のいずれか1つに記載の方法。
【0122】
8.前記支持体がポリエチレングリコール鎖を含み、好ましくは前記支持体が、ポリラクチド、ポリグリコリド、もしくはこれらの組み合わせ、またはセルロース材料を含むか、あるいはポリラクチド、ポリグリコリド、もしくはこれらの組み合わせ、またはセルロース材料からなる、実施態様3~7のいずれか1つに記載の方法。
【0123】
9.前記支持体が、20μm~20mmの長さ、および/または1μm~60μmの直径を有する、実施態様3~8のいずれか1つに記載の方法。
【0124】
10.2個~50万個の細胞を工程a)で横長の配置または長めの配置にて配置する、および/またはここで最も離れた細胞が少なくとも1μm離れている、実施態様1~9のいずれか1つに記載の方法。
【0125】
11.前記細胞を組織特異的な増殖因子または分化因子(ニューロン分化因子、神経形成分化因子、筋形成分化因子、腱形成分化因子、軟骨形成分化因子、骨形成分化因子が好ましく、ニューロン分化因子が特に好ましい)に接触させることによって刺激して分化させる、実施態様1~10のいずれか1つに記載の方法。
【0126】
12.実施態様1~11のいずれか1つに記載の方法によって得ることのできる複能性細胞の多細胞凝集塊。
【0127】
13.複能性細胞の、細長い多細胞凝集塊または繊維で支持された多細胞凝集塊であって、多能性細胞が、扁長寸法と垂直寸法のアスペクト比が少なくとも2:1(少なくとも5:1が好ましい)である横長の配置または長めの配置にて配置されるか、または繊維性支持体の上に配置されており、ここで前記凝集塊は、異なる分化段階の細胞を含有し、前記凝集塊は極性細胞および前記凝集塊の中心に対して一様な配向を有する前記極性細胞を含有し、好ましくは前記極性細胞は、前記凝集塊の細胞の少なくとも50%を構成する、多細胞凝集塊。
【0128】
14.中心支持体を含む、実施態様12または13に記載の細胞の凝集塊であって、好ましくは実施態様3~9のいずれか1つに規定された、凝集塊。
【0129】
15.8000~1億個の細胞を含む、および/または50μm~40mmのサイズを有する、実施態様12~14のいずれか1つに記載の細胞の凝集塊。
【0130】
16.前記細胞の凝集塊が、複能性のニューロンまたは神経形成細胞、脂肪形成細胞、筋形成細胞、腱形成細胞、軟骨形成細胞、骨形成細胞、靭帯形成細胞、皮膚形成細胞、肝臓形成細胞、内皮細胞のいずれかを含む、実施態様12~15のいずれか1つに記載の細胞の凝集塊。
【0131】
17.前記凝集塊が胚様体である、実施態様12~16のいずれか1つに記載の細胞の凝集塊。
【0132】
18.人工組織培養物を作製する方法であって、
o)複能性細胞の細長い多細胞凝集塊または繊維で支持された多細胞凝集塊、好ましくは実施態様12~17のいずれか1項に規定されている細胞凝集塊を提供する工程、
p)前記細長い多細胞凝集塊または繊維支持多細胞凝集塊を三次元マトリックス、好ましくはゲルの中で培養する工程であって、ここで前記細胞を分化させることによって、前記細胞を増殖させる、工程、
q)工程p)で増殖した細胞を懸濁培養物の中で培養する工程、を含む方法。
【0133】
19.さらに、r)三次元マトリックスが溶解した材料を前記懸濁培養物に添加し、それによって前記溶解した材料が前記培養物に接着してマトリックスを形成する工程であって、好ましくは三次元マトリックスが溶解した前記材料が、溶解した細胞外マトリックスである、工程、
を含む、実施態様18に記載の方法。
【0134】
20.人工組織培養物を作製する方法であって、
u)複能性細胞の多細胞凝集塊、好ましくは実施態様12~17のいずれか1項に規定されている多細胞凝集塊を提供し、
v)前記多細胞凝集塊を三次元マトリックス、好ましくはゲルの中で培養し、ここで前記細胞を分化させることによって前記細胞を増殖させ、
w)工程v)で増殖した細胞を懸濁培養物の中で培養し、
r)三次元マトリックスが溶解した材料を前記懸濁培養物に添加し、それによって、前記溶解した材料が前記培養物に接着してマトリックスを形成し、
好ましくは三次元マトリックスが溶解した前記材料が、溶解した細胞外マトリックスである、方法。
【0135】
21.前記増殖した細胞が単能性幹細胞へ分化する、実施態様18~20のいずれか1つに記載の方法。
【0136】
22.実施態様18~20のいずれか1つに記載の方法があとに続く、実施態様1~11のいずれか1つに記載の方法。
【0137】
23.発生における組織の効果を調べる方法であって、実施態様1~11および18~22のいずれか1つに記載の方法を実施中の任意の段階で、i)細胞内の対象の遺伝子の発現を低下させるか増大させること、またはii)細胞に候補薬(例えばエタノール)を投与すること、を含む方法。
【0138】
24.発生における組織の対象の欠陥(例えばエタノール誘導胎児アルコール異常)の治療に適した候補治療薬をスクリーニングする方法であって、実施態様23に記載の方法を実施し、前記方法を実施中の任意の段階(あらゆる段階が好ましい)で細胞に候補薬を投与すること、を含む方法。
【0139】
25.実施態様18~24のいずれか1つに記載の方法によって得ることのできる人工組織培養物。
【0140】
26.放射状に組織化された皮質板を含む人工ニューロン組織培養物であって、好ましくはその組織培養物が、細胞の凝集塊からインビトロで増殖したものである、および/またはインビボで発達した脳もしくはその組織サンプルの培養物ではない、人工ニューロン組織培養物。
【0141】
27.ラミニンを含む基底膜を含む、実施態様25または26に記載の人工組織培養物。
【0142】
28.神経上皮の基底表面を覆う基底膜を含む、実施態様25~27のいずれか1つに記載の人工組織培養物。
【0143】
29.移動ニューロンの外側に基底膜を含む、実施態様25~28のいずれか1つに記載の人工組織培養物。
【0144】
30.発現マーカーCtip2、Map2、DCX、またはその任意の組み合わせ、特にCtip2とMap2とDCX、さらに好ましくはMap2を含む、放射状に組織化された皮質板を含む、実施態様25~29のいずれか1つに記載の人工組織培養物。
【0145】
31.放射状グリア(放射状グリアとニューロンの直線状ユニットが好ましい)を含む、実施態様25~30のいずれか1つに記載の人工組織培養物。
【0146】
32.発生効果、特に先天性異常効果に関する候補薬(例えばエタノール)をテストする方法であって、候補薬を、実施態様25~31のいずれか1つに記載の人工培養物に投与し、または実施態様1~11および18~22のいずれか1つに記載の方法を実施中に投与し、前記培養物の細胞の対象の活性を明らかにし、前記活性を、前記候補薬を投与していない培養物の細胞の活性と比較することであって、ここで活性の違いが、発生効果を示している、
を含む方法。
【0147】
33.i)棒形構造体または格子形構造体または繊維状構造体の固体支持体であって、好ましくは固体である、および/または非多孔性である、および/または実施態様6~9のいずれか1つに規定されている固体支持体を含み、ii)三次元マトリックス、好ましくはゲル、および/または、コラーゲン、ラミニン、エンタクチン、ヘパリン-硫酸プロテオグリカン、もしくはこれらの任意の組み合わせから選択される細胞外マトリックスまたはその任意の成分、特に好ましくは、Engelbreth-Holm-Swarm腫瘍からの細胞外マトリックス、とりわけ好ましくはマトリゲル、を含むキット。
【0148】
34.ビタミンC;ビタミンA、2-メルカプトエタノール;bFGF;ROCK阻害剤;インスリン;GSK3β阻害剤;Wntアクチベータ(CHIR 99021が好ましい);抗菌剤(ペニシリンおよび/またはストレプトマイシンが好ましい);SMAD阻害剤(ドルソモルフィンおよび/またはSB-431542が好ましい);レチノイド(レチノイン酸が好ましい)、またはこれらの任意の組み合わせをさらに含む、実施態様33に記載のキット。
【0149】
35.棒形構造体または格子形構造体または繊維状構造体の固体支持体であって、好ましくは固体である、および/または非多孔性である、および/または実施態様6~9のいずれか1つに規定されている固体支持体と、
ビタミンC;ビタミンA、2-メルカプトエタノール;bFGF;ROCK阻害剤;インスリン;GSK3β阻害剤;Wntアクチベータ(CHIR 99021が好ましい);抗菌剤(ペニシリンおよび/またはストレプトマイシンが好ましい);SMAD阻害剤(ドルソモルフィンおよび/またはSB-431542が好ましい);レチノイド(レチノイン酸が好ましい)から選択される少なくとも1つの化合物、またはこれらの任意の組み合わせ
を含む(GSK3β阻害剤かつWntアクチベータ(CHIR 99021が好ましい)を含むことが好ましい)キット。
【0150】
36.細胞増殖栄養素(DMEM/F12が好ましい)、ウシ胎仔血清、最少必須培地(MEM)、非必須アミノ酸(NEAA)、神経誘導培地、グルタマックス、またはこれらの任意の組み合わせをさらに含む、実施態様33~35のいずれか1つに記載のキット。
【0151】
37.棒形構造体または格子形構造体または繊維状構造体の前記支持体が、生物分解可能である、実施態様33~36のいずれか1つに記載のキット。
【0152】
38.棒形構造体または格子形構造体または繊維状構造体の前記支持体がポリマー材料からなり、好ましくはポリエチレングリコール鎖を含み、より好ましくは前記支持体が、ポリラクチド、ポリグリコリド、またはこれらの組み合わせを含むか、あるいはポリラクチド、ポリグリコリド、またはこれらの組み合わせからなる、実施態様33~37のいずれか1つに記載のキット。
【実施例
【0153】
実施例のまとめ
【0154】
より微妙な神経学的表現型をモデル化するため、3つの重要な基準、すなわち1)バッチごとの違いがない神経組織を信頼性よく作製すること;2)領域アイデンティティが一貫した高純度の神経組織であること;3)放射状皮質板が組織化されること、を満たすシステムを開発した。繊維状マイクロスキャフォールドを利用することで、オルガノイドが、バッチごとに異なるという効果が除かれた神経上皮を一貫して生成させることが示された。さらに、組織は純粋な神経であり、すべてのオルガノイドで大脳皮質構造を再現性よく生成させることが示された。最後に、溶解した細胞外マトリックスを添加することで、放射状皮質板と、揃った放射状ユニットの形成が可能になることが示された。マイクロパターニングとECMの存在下でのオルガノイド培養の組み合わせ(図1a)により、発生異常(その中には、神経移動の欠陥がある異常が含まれる)の研究が可能になる。発生異常は、遺伝的欠陥のある細胞に基づいてモデル化すること、または化学物質や他の環境効果の催奇特性を調べることによってモデル化することができる。
【0155】
実施例1:マイクロフィラメントの調製
【0156】
10:90 PLGAのポリ(ラクチド-コ-グリコリド)を編んだ繊維をVicryl縫合糸(Ethicon社)として市場で入手した。紫色に染色した繊維を用いて分散中と胚様体内の可視化をサポートした。ステンレス鋼製プレートに対して角度がついた刃を用いた機械的剪断によって個々のマイクロフィラメントを編んだ繊維から分離し、長さ0.5~1mm、直径約15μmのフィラメントを得た。次にフィラメントを胚様体培地の中で水和させ、保管のため15mlのコニカルチューブの中に移した。セルロース製の比較用フィラメントは、Whatman紙から個々の繊維を漉くことによって得た。ゼラチン繊維は、以前にHan他、Adv.Funct.Mater.2012年、DOI:10.1002/adfm.201201212に報告されているようにして、湿式紡糸によって架橋なしで製造した。
【0157】
実施例2:マイクロパターニングされた胚様体と脳オルガノイドを調製するための概要
【0158】
アキュターゼで処理した後、ヒトES細胞とiPS細胞の単独細胞懸濁液から胚様体を調製した。細胞をカウントし、胚様体(EB)培地(DMEM/F12(Invitrogen社、カタログ番号11330-032)と20%ノックアウト血清代替品(Invitrogen社、カタログ番号10828-028)、3%ヒトES品質バッチ試験済みウシ胎仔血清、1%グルタマックス(Invitrogen社、カタログ番号35050-038)、1%MEM-NEAA(Sigma社、カタログ番号M7145)、0.1mMの2-メルカプトエタノール、4ng/mlのbFGF(Peprotech社、カタログ番号100-18B)、50μMのY-27632 ROCK阻害剤(VWR社、カタログ番号688000-5))の中に再懸濁させた。5~10本のマイクロフィラメントをすでに含有する胚様体培地を含む96ウエル低接着U底プレート(Sigma社、カタログ番号CLS7007)の各ウエルに18000個の細胞を添加した後、培地を添加してウエルごとの最終体積を150μlにした(図1a、工程1と2)。(hPSC細胞懸濁液からEVOS顕微鏡(Invitrogen社)で測定した)15μmというhPSC細胞の平均サイズに基づき、最大長が1mmである5~10本の繊維につき18000個の細胞だと、繊維に直接接触する細胞が最大で5~10%になるであろうと計算した。
【0159】
3日目、培地の半分を、bFGFとY-27632なしのEB培地と置き換えた。5日目、斜めに切断したP200チップを用い、EBを、以前にWO2014/090993 A1(参照により本明細書に組み込まれている)に記載されている神経誘導培地(NI)とともに24ウエル低接着プレート(Sigma社、カタログ番号CLS3473)に移した(図1a、工程3)。培地を2日ごとに交換した。11日目、または表面に分極した神経外胚葉が見えたとき、以前にWO2014/090993 A1に記載されているようにオルガノイドをマトリゲルの液滴に移したが、NI培地の中に保持した(図1a、工程3から工程4への移行)。13日目(マトリゲルに包埋した2日後)、培地を改善された分化培地-A(IDM-A)(DMEM/F12とNeurobasal(Invitrogen社、カタログ番号21103049)が1:1、0.5%N2サプリメント(Invitrogen社、カタログ番号17502048)、2%B27-ビタミンA(Invitrogen社、カタログ番号12587010)、0.25%インスリン溶液(Sigma社、カタログ番号I9278-5ML)、50μMの2-メルカプトエタノール、1%グルタマックス、0.5%MEM-NEAA、1%ペニシリン-ストレプトマイシン(Sigma社、カタログ番号P0781))に変更した。それに加え、13日目から16日目に3μMのCHIR 99021(Tocris社、カタログ番号4423)を添加した。培地を2日ごとに交換し、以前にWO2014/090993 A1に記載されているようにしてオルガノイドを18日目にスピニングバイオリアクタまたはオービタルシェイカーに移した(図1a、工程5)。培地は、シェイカーに移した後は3~4日ごとに交換した。振盪速度は、振盪装置の行程に基づいて計算した。行程が10mmだと速度は85rpmであった。
【0160】
実施例3:細胞外マトリックス(ECM)の添加
【0161】
20日目、培地を改良された分化+A(IDM+A)(DMEM/F12とNeurobasalが1:1、0.5%N2サプリメント、2%B27+ビタミンA、0.25%インスリン溶液、50μMの2-メルカプトエタノール、1%グルタマックス、0.5%MEM-NEAA、1%ペニシリン-ストレプトマイシン、0.4mMビタミンC、pHレベルを制御するため500mlにつき1.49gのHEPES)に変更した。あるいは1mg/mlの炭酸水素ナトリウムを添加するさらなる炭酸水素塩緩衝により、培地のpHを制御することができる。40日目、培地を、培地50mlにつき1mlの溶解したマトリゲルを含むIDM+Aに変えた(図1a、工程6)。マトリゲルは氷の上でゆっくりと解凍し、冷たい培地に添加して溶解させた。分極した皮質板が観察された。
【0162】
バリエーションと比較例
【0163】
マトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤GM6001(Selleck Chemicals社 S7157)で処理するため、30日目から最終濃度3μMで添加した。ラミニン処理に関しては、40日目から35μg/mlの純粋なラミニン(Corning社 354232)を添加するか、45μlの高濃度ラミニン/エンタクチンゲル(Corning社 354259)を5mlの培地に溶かし、上に得られたマトリゲルの最終濃度と同等なタンパク質濃縮液を得た。
【0164】
Pascaら、Nature Methods 第12巻、671~678ページ(2015年)が以前に記載しているようにして比較用の皮質スフェロイドを作製した。簡単に述べると、公開されているプロトコルに詳述されているようにして、H9フィーダーフリー細胞をEDTAでほぐし、完全な状態のコロニーを、6cmの低接着皿に入れた薬含有hES培地に播種した。6日目、培地をNeural Mediaに変え、プロトコルに記載されているタイミングで増殖因子を添加した。Kadoshimaら、Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.第110巻、20284~20289ページ(2013年)が以前に記載しているようにして前脳SFEBqオルガノイドを作製した。簡単に述べると、公開されているプロトコルに記載されているようにして、iPS細胞をほぐして単独の細胞にし、1つの低接着U底ウエルにつき9000個の細胞を、そのウエルの中の小分子含有皮質分化培地に播種した。報告されているようにして培地を交換し、19日目に組織をDMAM/F12+N2に基づく培地に移した後、35日目に、記載されているようにしてFBSとヘパリンとマトリゲルを添加した。70日目から、B27を含めるとともに、記載されているように正確に増加させたマトリゲルを備えている。
【0165】
エタノール処理に関しては、100%エタノールを添加して望む最終濃度にするか、最大体積のエタノールと同体積の水を対照モック処理として用いた。これらの濃度は生理学的レベルよりも高かったが、エタノールは揮発性であるため、インビトロでニューロンにおいて効果を引き出すのにこれが最も効果的であることがわかった。培地に含まれるエタノールの濃度は、比色測定エタノール濃度アッセイ(Abcam社)を製造者の指示に従って用いて測定した。ベースライン測定をエタノール添加前の培地で実施し、その値をその後の測定値から差し引いた。アセトアルデヒド処理を200μMの最終濃度で実施した。これは、エタノール中毒のときに血清中で見られる濃度である。レチノールを欠いた培地を用いた処理をIDM+A培地のレシピで実施したが、B27-Aを用いた点が異なっている。レチノイン酸を用いた救済を、最終濃度1μMの全トランス型レチノイン酸を用いて実施した。培地を、新鮮な処理物を含有する新たな培地と3~4日ごとに交換した。
【0166】
実施例4:組織学的分析と免疫組織化学分析
【0167】
オルガノイドを4%パラホルムアルデヒドの中で室温にて20分間固定し、室温にてPBSで10分間ずつ3回洗浄した後、4℃の30%スクロースの中に浸した。Lancaster他、Nature Protocols 第9巻、2329~2340ページ(2014年)に記載されているようにして組織を包埋し、切片にし、染色した。以下の一次抗体を使用した:ブラキウリ(R&D Systems社 AF2085、1:200)、マウス抗N-カドヘリン(BD社 610920、1:500)、マウス抗E-カドヘリン(BD社 610182、1:200)、ヤギ抗Sox17(R&D systems社 AF1924、1:200)、ウサギ抗ラミニン(Sigma社 L9393、1:500)、ウサギ抗Tbr1(Abcam社 ab31940、1:300)、ニワトリ抗Tbr2(Millipore社 AB15894、1:100)、マウス抗Map2(Chemicon社 MAB3418、1:300)、ラット抗Ctip2(Abcam社、ab18465、1:300)、ウサギ抗Arl13b(Proteintech社 17711-1-AP、1:300)、マウス抗ホスホ-ビメンチン(MBL International社 D076-3S、1:250)、ウサギ抗Emx1(Sigma社 HPA006421、1:200)、ウサギ抗FoxG1(Abcam社 ab18259、1:200)、マウス抗レーリン(Millipore社 MAB5366、1:200)、マウス抗カルレチニン(Swant社 6B3、1:100)、ウサギ抗Satb2(Abcam社 ab34735、1:100)、ウサギ抗Otx2(Abcam社 ab21990、1:200)、ヤギ抗En2(Santa Cruz Biotechnology社 sc-8111、1:50)、ヤギ抗DCX(Santa Cruz Biotechnology社 sc-8066、1:300)、マウス抗CSPG(Abcam社 ab11570、1:100)、ウサギ抗Cux2(Abcam社 ab130395、1:200)、マウス抗ネスチン(BD社 G11658、1:500)。DAPIを二次抗体に添加して核に印を付けた。検出にはAlexafluor 488、568、647(Invitrogen社)のいずれかで標識した二次抗体を用いた。インサイチュ細胞死検出キット-フルオレセイン(Roche社)を製造者の指示に従って用いてTUNEL染色を実施した。組織学的分析のため、切片をヘマトキシリン/エオシンで染色した後、エタノールとキシレンの中で脱水し、Permount封入剤の中に置いた。共焦点顕微鏡(Zeiss社 LSM 710または780)で画像を取得した。イメージングデータで実施した定量結果の統計的分析を、スチューデントのt検定を利用して実施し、有意性を求めた。
【0168】
実施例5:オルガノイドの電気穿孔とライブイメージング
【0169】
以前にLancaster他、Nature 第501巻、373~379ページ(2013年)に記載されているようにして、pmax-GFPコンストラクト(Lonza社)または組み込み用ファルネシル化GFPの電気穿孔を実施した。pmax-GFPについては、いくつかの脳室空間に250ng/μlを4μl注入した。組み込み用ファルネシル化GFPは、CAGプロモータをpT2/HBトランスポゾンプラスミド(Perry Hackettからの寄贈、Addgeneプラスミド#26557)にクローニングした後、ファルネシル配列を有するGFPコンストラクトを挿入することによって作製した(pT2-Cag-fGFP)。SB100Xトランスポザーゼ(pCMV(CAT)T7-SB100、Addgeneプラスミド#34879)を、CAGプロモータを有するpCAGENプラスミド(Addgeneプラスミド#11160)にクローニングすることにより、眠れる美女トランスポザーゼプラスミドを作製した。電気穿孔を実施して80ng/μlのpT2-Cag-fGFPと240ng/μlのpCAGEN-SB100Xを注入した。神経形態分析のため、fGFPを電気穿孔した後にサンプルを36日間固定し、上記のように切片化と免疫組織化学によって分析した。
【0170】
サンプルを3%低融点アガロースの中に包埋し、ビブラトームでスライスにしてスライス培養を実施して、1mlの血清補足培地(DMEMと10%FBSと0.5%(w/v)グルコースにペニシリン-ストレプトマイシンを補足したもの)を含有する3cmのカバーグラス底付き皿の内側にある器官型培養インサート(Millipore社)の空気側で300μmのスライスを回収した。スライスを1時間培養した後、培地を無血清培地(DMEM、1:50 B27+A、0.5%(w/v)グルコース、グルタミン、ペニシリン-ストレプトマイシン)に変えた。スライスを放置して平坦にし、一晩平衡させた後、Zeiss 780を用いて数日間かけて画像を取得した。この長期にわたるイメージングのため、追加の緩衝のためHEPES(最終濃度25mM)を添加した。
【0171】
以前にLancaster他、Nature 第501巻、373~379ページ(2013年)に記載されているようにして、Fluo-4 Direct(Life Technologies社)を用い、スライス培養物でカルシウムイメージングを実施した。ImageJでフレームを分析し、徐々に増大する強度を、逆の順番にしたフレームでBleach Correction関数を用いて補正した。特定の細胞の輪郭を対象領域として目立たせることによって個々の細胞をトレースし、平均グレー値を測定した。ΔF/Fを、(平均グレー値-最小グレー値)/最小グレー値)として計算した。
で計算した。
【0172】
実施例6:遺伝子発現のRT-PCR分析
【0173】
各条件の3つのオルガノイドをトリゾール試薬(Thermo Fisher社)の中で回収し、製造者の指示に従ってRNAを単離した。DNA-Freeキット(Ambion社)を用いてDNAを除去し、Superscript III(Invitrogen社)を用いて逆鎖cDNA合成を実施した。多能性アイデンティティと胚葉アイデンティティのパネルのためのプライマー((R&D systems社、SC012)を用いてPCRを実施した。
【0174】
実施例7:RNA-seq分析
【0175】
各条件での3つの個別のH9オルガノイドを指示された時点に回収した。Arcturus PicoPure RNA単離キット(Thermo Fisher Scientific社、カタログ番号KIT0204)(20日目の時点)またはトリゾール試薬(Thermo Fisher Scientific社、カタログ番号15596018)(60日目の時点)を製造者の指示に従って用いてRNAを単離した。RNA 6000ナノ・チップ(Agilent Technologies社、カタログ番号5067-1511)を用いてRNAの濃度と完全性を分析した。Dynabeads mRNA精製キット(Thermo Fisher Scientific社、カタログ番号61006)を用いてRNA豊富化をmRNAに関して実施した。IlluminaのためのNEBNext Ultra Directional RNAライブラリ調製キット(NEB社、カタログ番号E7420L)を用いてライブラリを調製した。バーコードを付けたサンプルを多重化し、HighSeq2500(Illumina社)で50bp SEをシークエンシングした。サンプルの調製とシークエンシングはVBCF NGSユニット(www.vbcf.ac.at)で実施した。データをGEOに提出することで登録番号が与えられるであろう。
【0176】
リボソームRNAについて、鎖特異的読み取りを、BWA(v0.6.1)を用いて既知のrRNA配列(参照配列)に対してアラインメントすることによってスクリーニングした。rRNAを差し引いた読み取りを、TopHat(v1.4.1)を用いてホモサピエンスのゲノム(hg38)に対して最大で6つのミスマッチでアラインメントした。最大のマルチヒットを1に設定し、InDelsとMicroexon探索が可能な状態にした。それに加え、遺伝子モデルをGTF(UCSC、2015_01、hg38)として提供した。下流分析のためゲノム上のrRNA遺伝子座をマスクする。Cufflinks(v1.3.0)を用い、アラインメントした読み取りに対してFPKM推定を実施する。この工程でバイアスの検出と訂正を実施した。さらに、少なくとも1つのタンパク質コード転写産物を有する遺伝子のUCSC RefSeqアノテーション(hg38)と整合する断片だけを許容し、FPKM分母で用いるマッピングされたヒットの数をカウントした。さらに、アラインメントした読み取りをHTSeq(0.6.1p1)でカウントし、DESeq2(v1.6.3)を用いて遺伝子で発現差異解析を実施した。
【0177】
少なくとも1つの条件(20日または60日、スフェロイドオルガノイドまたはenCOR)で、調整済みp値<0.1かつlog2fc絶対値>1である遺伝子についてGOタームエンリッチメント分析を実施した。タームを求めるためのGO Slimの生物学的プロセスエンリッチメントとフォールド・エンリッチメントに関するPantherdb.orgを利用して発現が異なる遺伝子の各集合を分析するとともに、多重検定補正P値(-log10(P値)としてプロット)をプロットした。
【0178】
階層的クラスター分析のため、Rの中のgplotsパッケージのheatmap.2を用い、遺伝子を、log2fc値の類似性に基づき、Ward階層的クラスタリングによって再組織化した。Cutree関数によって7つのクラスターが得られ、それらクラスターをその後のGOターム分析で用いた。遺伝子リストをPantherdb.orgに供給してGO生物学的プロセスを完了させると、冗長なタームの大きなリストが得られた。そこで冗長性を取り除くため、GO Trimmingと、フォールド・エンリッチメント値が2よりも大きいタームのカットオフを用いてリストを狭めるとGOタームのリストが得られたため、それをフォールド・エンリッチメント値と-log10(P値)によってプロットした。Integrative Genomics Viewer IGV_2.3.68(Broad Institute)を用いて個々のトラックを可視化した。
【0179】
Allen BrainSpanヒトトランスクリプトームデータセットと比較するため、BrainSpanのRPKM発現値をダウンロードした(www.brainspan.org/static/download.html)。FPKM値を60日目の時点における発現差でフィルタし(調整済みp<0.1)、遺伝子記号によってBrainSpanと合体させた。スピアマン相関を通じ、発現した遺伝子のランクによって発現の類似性を比較した。胎児のさまざまな時点での各領域に関するスピアマン係数のヒートマップを、heatmap.2を用いて階層的クラスタリングなしに作成した。前-後領域位置に従ってリストを手作業で順番に並べ、4つの発生段階に分けた。
【0180】
実施例8:マイクロパターニングされた脳オルガノイドは、組織化された神経上皮を確実に生成させる
【0181】
以前の脳オルガノイド調製物でバッチごとの変動源を特定するため、さまざまな時点の5つの独立した比較用バッチを調べた。バッチごとの効果の最初期の出現は、神経誘導の間に見られた。具体的には、分極した神経外胚葉の生成効率は変動していて、バッチごとにオルガノイドの30%~100%の範囲であった(図4)。注目すべきなのは、神経外胚葉の形成率が低いバッチは、代わりに他の形態を持つ組織を含んでいたことである。これは、非神経外胚葉、すなわち他の胚葉アイデンティティが存在していることを示唆している。そこで初期脳オルガノイドの免疫組織化学染色をさまざまな胚葉で実施した。最適なオルガノイドは、そのオルガノイドの表面の周辺によく組織化されていて頂底方向に分極した神経上皮を示し、他の胚葉に関して陽性に染色された細胞はほんのわずかであった(図5a)。しかし最適ではないオルガノイドは、組織化の程度が劣るアーキテクチャを示し、他の細胞アイデンティティ(例えば内胚葉や中胚葉)に関する染色の程度がより大きかった。よりあとの段階での追加の組織学的切片化と染色により、神経領域に加えて非神経形態の組織(例えば軟骨、間葉、扁平上皮と推定される)が多数同定された(図5b)。さらに、免疫組織化学染色から、ところどころに完全な内胚葉が存在するほか、他の非神経E-カドヘリン陽性領域が存在することが明らかになった(図5c)。これらの知見は、神経誘導効率の変動性を示していて、いくつかのバッチは他の胚葉および/または非神経外胚葉を生じさせる。
【0182】
二重SMAD阻害剤とレチノイドを用いて非常に大きな効率で神経誘導と大脳皮質領域化を実現することができる。そこでレチノイドと二重SMAD阻害剤(ドルソモルフィンとSB-431542)からなる培地の中で胚様体(EB)段階のオルガノイドを培養することにより、このアプローチによってオルガノイドの文脈で誘導効率を改善できるかどうかを調べた。この組み合わせで培養したEBは、4日目に劇的に明確な輪郭を示した。これは、外胚葉の形成を示している(図6a)。しかしマトリゲルに包埋すると、処理したオルガノイドは神経上皮の芽状突起を生じさせることができず、代わりに神経突起を有する小さなロゼット様構造を示した(図6b)。二重SMAD阻害剤とレチノイドのシグナルで神経外胚葉の形成を劇的に増加させることができるが、神経組織の形態が犠牲にされるという知見は、非神経組織が、脳オルガノイドに見られる複雑な形態の形成にとって重要である可能性があることを示唆している。オルガノイドの最適なバッチでは、分極した神経外胚葉がより大量に観察された(図5a)。非神経組織に対する神経組織の比はさらに改善することができよう。
【0183】
本発明の脳オルガノイドプロトコルは、スフェロイドEBの形成と同様にして始まる(図1)。神経外胚葉は神経誘導中にこれら組織の外側に形成されるため、球が体積に対する表面積の比を制限し、非神経組織がより多く形成される可能性があると考えられる。オルガノイドの表面積を大きくするため、マイクロパターニング用スキャフォールドを用いて初期EB段階のオルガノイドの形を決め、原初の神経外胚葉を細長くした。このマイクロパターニングによってマイクロフィラメントで操作された脳オルガノイド(本明細書ではenCORとも呼ぶ)が生じる。
【0184】
繊維状マイクロスキャフォールドは、ティッシュエンジニアリングにおいてパターニングされたスキャフォールドを提供するのに広く用いられている系であり、細胞を播種できる形のマイクロスキャフォールドや、インビボに埋め込むことさえできる形のマイクロスキャフォールドなど、さまざまな形のマイクロスキャフォールドが可能である。しかしEBは比較的わずかな細胞数(ティッシュエンジニアリングの用途で典型的に用いられる数百万個ではなく数千個)で生成するため、そして本明細書の目的はミクロンスケールの個別のガイドを提供することであるため、編まれた繊維から個々のフィラメントを機械的にほぐす方法を考案した(図1b~図1d)。生きた組織の中に移植したとき加水分解によって8~10週間の期間をかけて吸収させることのできる材料であるグリコリド/ラクチドコポリマーのフィラメントを5~10本添加する効果を調べた。マイクロフィラメントをランダムな配置で低接着丸底マイクロウエルの底に集め、18,000hPSCで播種した。これは、細胞のわずか5~10%がフィラメントと直接接触する割合である。hPSCは、PLGAマイクロフィラメントの長さに沿って均一に付着することにより、横長の配置または長めの配置の複数の細胞を形成する(図1e)。同様の結果が、ゼラチン製マイクロフィラメントで観察された。逆に、セルロースで構成されたマイクロフィラメントは、一部だけが繊維に付着する丸い凝集塊になった(図12)。これは、全長にわたって細胞が付着するためにはフィラメント材料が重要であることを示唆している。
【0185】
マイクロフィラメントをhPSCとともに低接着丸底ウエルに添加するとき、繊維状スキャフォールドはウエルの底に蓄積し、ランダムな配置で細胞を播種されたため、細長い形態のEBがうまく形成された(図1e)。細長いEBはサイズが徐々に大きくなり、縁部に沿って輪郭が明確になり、スフェロイドEBに非常によく似た分極した神経外胚葉がときに形成された。しかし調べたすべての独立した調製物において、神経外胚葉は劇的に細長く(図1f)、しかも神経誘導が確実になされて神経外胚葉の形成効率ははるかに改善されていた(図7図13)。これらのデータは、マイクロフィラメントスキャフォールドが、放射状の神経外胚葉をより信頼性よく生成させる能力を持つことを示している。
【0186】
マイクロパターニングされたEBは、細長く、ときに複雑な形状であるという理由で、体積に対する表面積が増加するため、得られる初期段階のオルガノイドでは、分極した神経上皮の増加と、他の胚葉アイデンティティの量の低下が見られるであろうという仮説につながる。この仮説を検証するため、さまざまな胚葉アイデンティティについて、マイクロパターニングされた初期段階のEBの免疫組織化学染色を実施したところ、細長い分極した神経上皮のより確実な生成と同時に、内胚葉アイデンティティと中胚葉アイデンティティの量の減少が観察された(図1g、図1h)。これは、非外胚葉アイデンティティをしばしば示したスフェロイドオルガノイド(特に最適でないオルガノイド)と対照的であった(図5a)。さらに、RT-PCRによる多能性マーカーと胚葉マーカーの発現分析から、enCORオルガノイドにおける非神経アイデンティティの減少が明らかになった(図8cと図14b)。オルガノイドが発達するにつれて、enCORは他の胚葉の形態的特徴(例えば体液で満たされた初期嚢胞の形成)を示すことがより少なくなった(図7b)。さらに、enCORは脳組織の大きな葉を含有していた(図5b、図2c)が、ほんのわずかな領域だけが内胚葉と非神経上皮に関するマーカーを発現する(図5c)。これは、スフェロイドオルガノイドとは対照的である。これらの知見は、細長い神経外胚葉の再現可能な生成が、パターニング用増殖因子の添加を通じてではなく、機械的手段によって実現できることを示唆している。
【0187】
実施例9:背側アイデンティティを有する大きな皮質領域の確実な生成
【0188】
マイクロパターニングされた脳オルガノイドは、マトリゲルに包埋すると、以前に伸長していた分極した神経外胚葉の長さに沿って延びる神経上皮の芽状突起を示した(図2a)。包埋前に存在していた連続的な神経外胚葉が外側を向いた頂端面を示したのとは異なり、神経上皮の芽状突起は中心部の管腔のまわりの完全に閉じた上皮であり、頂端面が内側を向いていた。しかし多くの面で神経管閉鎖と似たこの上皮再組織化の性質が理由で、得られた神経管様上皮は連続性が劣っていた。
【0189】
われわれは大きな連続的皮質領域の確実な生成に興味があったため、これらの神経管様上皮を増殖させる方法を探した。インビボでの以前の研究から、活性化されたWntシグナル伝達には皮質神経上皮を側方に伸長させる能力があることがわかっている。そこで、神経上皮の芽状突起が生じた後にGSK3β阻害剤かつWntアクチベータであるCHIR(CHIR99021;Stemgent社、カタログ番号:04-0004)を添加する効果をテストした。CHIRの添加によって神経上皮組織が側方へと劇的に伸長し、より大きな管腔が生成してその周囲を連続的な神経上皮が取り囲んだ(図2b)。Wntシグナル伝達も重要なパターニング因子であるため、外来性パターニングの程度を制限するため、短い3日間のパルスだけでの処理も実施した。この処理だけだと、胚葉の誘導やオルガノイドの全体的形状に影響はなかった(図15c)。
【0190】
次に、よりあとの段階のマイクロパターニングされたオルガノイドを組織学的染色によって調べたところ、大きな脳領域のより確実な生成がやはり明らかになった(図2c)。さらに、非神経形態の領域がより少なく、マイクロパターニングが胚葉アイデンティティの決定に及ぼす効果と合致していた。それを免疫組織化学染色によって確認したところ、マイクロパターニングされた脳オルガノイドで完全な内胚葉と非神経上皮が減っていることが明らかになった(図2d)これは、スフェロイドオルガノイド(図5c)と対照的である。
【0191】
マイクロフィラメントとCHIRパルスを組み合わせたenCORは、スフェロイドオルガノイドと比べてFoxg1+前脳組織のより確実な形成と、Otx2陽性中脳領域およびEn2陽性小脳/後脳領域の頻度低下を示した(図8b、図8c、図15d)。これは、前脳神経組織がより信頼性よく形成されたことを示唆している。それに合致するように、enCORは、背側前脳領域と腹側前脳領域の両方を示し(図15e)、背側皮質マーカーTbr1とTbr2に関して陽性に染色された大きな領域の頻度がより大きかった(図15f)。さらに、enCORは、アイデンティティが脈絡叢および海馬に合致する領域を示した(図15g、図15h)。したがって脳オルガノイドのマイクロパターニングは、後期のGSK3β抑制と組み合わせることにより、他の胚葉および脳領域からの汚染がほとんどない状態での前脳組織の形成を再現できる。
【0192】
マイクロパターニングとCHIR添加の効果をさらに調べるため、20日目と60日目の遺伝子発現を3つのenCORと3つのスフェロイドオルガノイドで分析した。20日目のenCORはGOターム「神経系」と「多細胞生物プロセス」が豊富であったが、他の器官発生(例えば消化管、筋肉、骨格系、中胚葉)は減少していた(図16a)。60日目には、神経系の発生と転写に関してGOタームエンリッチメントを観察したが、消化管、心臓、筋肉、骨格系、シナプス伝達は減少していた。60日目のシナプス遺伝子の減少は、おそらくCHIR添加時に前駆細胞の増殖が増加したことに起因する神経成熟の遅延を示唆している。階層的クラスター分析から、発現が異なる特別なパターンを示すいくつかの遺伝子クラスターが明らかになった(図16b、図17)。クラスター1は60日目のenCORで上方調節され、前脳と皮質の分化が豊富であった。クラスター4と5は、20日目には増加しているか不変であったが、60日目には減少していて、神経系発生とシナプス伝達が豊富であった。最後に、クラスター6と7は20日目に減少していて、60日目も減少しているか不変であった。これらクラスターは、より尾側(例えば脊髄や後脳)の発現が豊富であり、マイクロパターニングとCHIR添加が前脳のパターニングに及ぼす効果と合致している。
【0193】
次に、特定の胚葉マーカーまたは脳パターニングマーカーの発現を評価した(図18a、図18b)。多能性マーカーOct4、Klf4、NanogはenCORで減少していた。神経外胚葉マーカーは変化していなかったように見えたのに対し、中胚葉マーカー(例えばSox17、T(ブラキウリ)、Mixl1、Foxa2)は減少していた。さらに、前脳マーカーFoxg1は劇的に増加していたのに対し、尾マーカー(例えばEn2遺伝子、Gbx2遺伝子、Hox遺伝子)は減少していた。最後に、背側前脳マーカー(例えばEmx1、Tbr1、Tbr2)は増加していたのに対し、腹側前脳マーカーは変化していなかった。これらの知見は、enCORではより吻側の脳アイデンティティになっていることを示唆している。
【0194】
Allen BrainSpan Atlasを用い、60日目にスフェロイドオルガノイドとenCORの間で発現が異なる遺伝子を、発達中のヒト脳における遺伝子発現と比較した(図18c)。enCORは、初期懐胎期(特に懐妊後8~9週間)におけるヒト脳の背側前脳アイデンティティと非常によく一致している。それに対してスフェロイドオルガノイドは、より尾側の領域(特に視床体と小脳)と最も大きな相関を示すとともに、後期の時点とより広い相関を示した。これらの知見は、マイクロパターニングとCHIR添加が前脳領域アイデンティティに及ぼす効果と合致している。
【0195】
Wntシグナル伝達は、神経前駆細胞の増殖における増殖促進の役割に加え、領域パターニングの役割も果たしている。一般に、WntはCNSにおける背側化因子であり、前脳ではそれが組織化中心である周辺部から放出されて、背側大脳皮質領域化の刺激因子となる。そこで後期段階での増殖中にCHIRを添加することが領域アイデンティティにも影響を与えるかどうかを調べた。背側脳領域アイデンティティに関する染色を実施したところ、大きなEmx1陽性領域が明らかになった(図2e)。これは背側皮質に合致する。さらに、染色と定量から、実質的にすべての大きな領域が背側皮質マーカーTbr1とTbr2に関して陽性に染色されることが明らかになった(図2f、図2g)。これは、スフェロイドオルガノイドでは大きな領域が約30%であることと対照的である。これらの知見は、後期CHIR処理が神経上皮を増殖させるだけでなく、背側前脳の領域化も信頼性よく促進することを示唆している。
【0196】
実施例10:溶解したECMを用いた放射状皮質板の生成
【0197】
これまでに得られた知見は、マイクロパターニングが、大きな背側皮質領域を有する脳オルガノイドを確実に生成させることを示唆している。これは、より微妙な皮質表現型のモデル化に向けた重要な一歩である。これは、CHIRの短いパルスと組み合わせることによって改善される。しかしわれわれは次に、神経組織化の問題と、皮質板の欠如に対処することを試みた。われわれは、層アイデンティティがさまざまであるニューロンの生成を以前に報告しているが、最近になって、これらアイデンティティが、インビボで見られるのと似た時間的に制御されたやり方で生成することを明らかにした。しかし興奮性ニューロンは、基底外側に向かって正しく移動するとはいえ、一旦前駆領域の外側に出るとランダムな方向を向き、皮質板に特徴的な放射状に揃った形態を再確立できない。この再配向はニューロン移動において重要な事象であり、皮質発生のこの特徴が欠けていると、脳オルガノイドにおけるニューロン移動の欠陥をモデル化することが難しくなる。
【0198】
おそらく移動ニューロンは、放射状グリア神経幹細胞の基底突起を、方向付けと基底移動のためのスキャフォールドとして利用している。さらに、放射状グリアは上皮の性質を持つため、基底突起は、脳の表面を覆う基底膜と接触する。基底膜は、一般に、上に載っている非神経支持組織である間葉によって生成すると考えられているため、以前の脳オルガノイドは、基底膜を欠いていた、すなわち放射状グリア突起の接触部位を欠いていた可能性があり、それが放射状グリアスキャフォールドの破壊につながったという仮説を立てた。
【0199】
この仮説を検証するため、脳オルガノイドで基底膜成分ラミニンに関する免疫組織化学染色を実施した。驚くべきことに、まだニューロンを生じさせ始めていない神経上皮細胞が、ラミニンが豊富なよく形成された基底膜を示し、その神経上皮細胞の表面を覆うことが見いだされた(図3a)。しかし脳室領域の外側を移動する細胞を有する組織は基底膜を欠いており、その代わりに脳室領域の基底境界部に斑点状の染色を示した。興味深いことに、染色パターンは、神経上皮の基底表面を以前に覆っていた基底膜残部と一致していた。これは、ニューロンの生成と基底移動のときに膜が破れることを示唆している。
【0200】
そこで、外来性細胞外マトリックス(ECM)成分を供給することによって上に載っている基底膜を再構成して維持することを試みた。最初に脳オルガノイドをECMが豊富なげる(マトリゲル)の中に包埋したが、1~2週間以内にオルガノイドは増殖してゲル液滴の外に出るか、滴り落ちることになり、上に載るECMを欠く浮遊している脳組織が残された。そこで、培地にECM成分を提供する手段としての溶解したマトリゲルの効果を調べた。注目すべきことに、組織は、注目すべきことに移動ニューロンの外側で、ラミニンが豊富な厚い基底膜を維持した(図3b)。これは、基底膜が、その基底膜の生成と基底移動によって破れなかったことを示唆している。
【0201】
マイクロフィラメントでパターニングされた脳オルガノイドを溶解したECMの存在下で20日間成長させ、その形態を調べた。明視野イメージングによって皮質領域に密なバンドが明らかになったが、このバンドは、溶解したECMを欠くオルガノイドには存在していなかった(図3c)。その後の切片作製と組織学的染色から、皮質板の形態に合致する放射状基底層が明らかになった(図3d)。実際、免疫組織化学染色から、その基底層は神経マーカーCtip2、Map2、DCXに関して陽性であることが明らかになり、細胞体の中には、インビボの皮質板に典型的なMap2染色がより少ないバンドがあった(図3e、図3f)。明視野イメージングにより、溶解したECMを欠くオルガノイドには存在していなかった密なバンドが皮質領域に明らかになった(図3c)。存在する皮質板の定量により、enCORの5つの独立なバッチで皮質板の形成に再現性があることが明らかになったが、スフェロイドでは皮質板は決して観察されなかった(図9d)。
【0202】
基底膜を維持することで組織化された皮質板が確立されたため、これは放射状グリアスキャフォールドの存在による可能性があるという仮説を立てた。そこでホスホ-ビメンチン(分化している放射状グリアの細胞質マーカー)に関する染色により、個々の放射状グリアとその突起の染色を実施した。皮質壁の長さに沿って延びる長い基底プロセスを同定することができた(図3g)。注目すべきことに、核染色によってだけ、放射状ユニット連想させるように放射状グリアとニューロンが並んだ直線状ユニットが明らかになった。これは、組織化された放射状グリアスキャフォールドを示唆している。
【0203】
マトリゲルの役割と、皮質板(CP)の形成におけるその役割をさらに調べるため、代わりにマトリックスメタロプロテアーゼ阻害剤GM6001を用いた処理を実施し、CPの形成にはECMの破壊抑制だけで十分であるかどうかを調べた。30日目に開始した連続処理では、60日目までにCPは形成されなかった(図19a)。これは、スフェロイドオルガノイド法におけるCPの形成抑制が、原初の基底膜の破壊によって起こるだけでなく、組織の成長とともに基底膜が維持されて伸長することができないことによっても起こることを示唆している。これは、溶解したマトリゲルの添加によって克服できる障害である。次に、溶解したマトリゲルの効果を再現するのにラミニンだけ、またはラミニンとエンタクチンの組み合わせで十分であるかどうかを調べた。これらの処理では、マトリゲルで見られる程度のCP形成が再現されなかった(図19b)。これは、この複合ECMの他の成分が基底膜の維持にとって重要であることを示唆している。
【0204】
実施例11:マイクロパターニングされたEBに基づくオルガノイド(enCOR)の比較とさらなる特徴
【0205】
enCORを、Kadoshima他、Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.第110巻、20284~20289ページ(2013年)によって報告されている皮質スフェロイドおよびSFEBqオルガノイドと比較した。皮質スフェロイドもSFEBqオルガノイドも、enCORで見られる放射状に組織化された明確なCPを示さなかった(図19c)。これらのデータは、enCORでは、適切な神経組織化につながる事象が、皮質スフェロイドおよびSFEBqオルガノイドにおけるよりもインビボでの発達に似ている可能性があることを示唆している。
【0206】
インビボでのCPの確立は、プレプレートの初期パイオニアニューロンに依存する。初期パイオニアニューロンは、レーリンを分泌してニューロンを引きつけてプレプレートの中に移動させ、プレプレートを辺縁帯(MZ)とサブプレート(SP)に分割する。そこでenCORがレーリン発現ニューロン(カハール-レチウス細胞とも呼ばれる)を示すかどうかを、レーリンとカルレチニンに関する染色によって調べた。レーリンに関する染色から、最も表面の領域で反応性の強い細胞が明らかになるとともに、レーリンが分泌因子であることを示すより広がったシグナルが明らかになった(図9a)。さらに、カルレチニン染色から、表面領域のニューロンと、わずかに内側の新たに形成されつつあるCPが明らかになった(図9b)。これは、インビボでのプレプレート分割に典型的なパターンである。コンドロイチン硫酸プロテオグリカン(CSPG)の染色からさらに、初期CP凝縮の間にMZとSPが分割されて確立することが明らかになった(図9c)。この分離は、より発達したより厚いCPにおいてより顕著であった。CPそのものは時間経過とともに広くなり、初期皮質層構造の特徴さえ示した(図19d)。
【0207】
放射状グリア細胞の基底突起は、脳の表面を覆う基底膜と接触していて、ニューロンの移動と方向付けのためのスキャフォールドとして作用するため、CPの形成と放射状ユニットの位置決めが可能になる。頂底軸に対して垂直に均等な切片にされていたenCORの皮質領域での核染色から、放射状ユニットを想起させる、放射状グリアとニューロンの直線状ユニットが明らかになった(図3a)。これは、インビトロでは以前に再現されたことのない特徴的なアーキテクチャである。さらに、分裂している放射状グリアの細胞質マーカーであるホスホ-ビメンチンに関する染色から、皮質壁の長さに沿って延びる長い基底突起が明らかになった。これらの基底突起は、放射状グリアの細胞質マーカーであるネスチンに関する染色でも明白になり、外面で終わる末端突起を有する突起であることが明らかになった(図10a、図20a)。逆に、スフェロイドオルガノイドは、乱雑な放射状グリア突起を示し、末端突起は組織内のさまざまな位置で終わっていた(図20b)。
【0208】
次に、ライブイメージングと形態分析のために個々の細胞に標識することを目的として、オルガノイドにおける電気穿孔とスライス培養の組み合わせを確立した。これは、このタイプのインビトロ培養物にこれまで適用されたことのないアプローチである。GFPコンストラクトを電気穿孔によって個々の皮質葉のVZに入れた後、ビブラトームによるスライス作製と大気-液体界面での培養を実施した。こうすることで、個々の放射状グリアに印を付けることが可能になり、CPの表面で終わる長い基底突起をさらに証明することができた(図10b)。
【0209】
電気穿孔されたスライスの長期にわたるライブイメージングから、細胞のさまざまな挙動が明らかになった(図10c)。その挙動には基底放射状グリアとも呼ばれる外側放射状グリア(oRG)の分裂が含まれており、このoRGは、インビボのoRGに典型的な特徴である有糸分裂性細胞体トランスロケーションを示す。さらに、標識したニューロンのライブイメージングから、放射状の配向とCPの中への移動が再確立される前に、跳躍運動と多極形態の一時的獲得を伴う典型的な放射状の移動が明らかになった(図10d、図20c)。スライス培養物でこのようにして標識化と長期にわたるライブイメージングを確立することにより、ヒトモデル系でニューロンの移動と前駆細胞の分裂を調べるための有用なツールが提供される。
【0210】
GFPが標的とする膜に電気穿孔することにより、より発達したオルガノイドで単独のニューロンの形態を調べることが可能になった。そうすることで、複雑な樹状形態と、ピラミッド形態の皮質ニューロンに典型的な一次樹状突起を有するニューロンが明らかになった(図10e)。さらに、これらニューロンは、平行な繊維がしばしば見られるオルガノイドの外面上でMZの方を向いていた。最後に、スライス培養物でカルシウム染色とライブイメージングを実施したところ、神経活動を示唆する自発的カルシウムサージが明らかになった(図9d)。これらのデータは、皮質ニューロンがenCORの中で適切に位置決めされて成熟していることを示している。
【0211】
実施例12:異常モデルおよび救済スクリーン系としてのオルガノイドの利用
【0212】
enCORはCPを確立し、インビボでこれまでは再現されていなかった特徴的なニューロン移動を示すため、この系は、ヒトにおけるニューロンの移動または位置決めの異常を研究するための有用なツールを提供できよう。この可能性を調べるため、胎性アルコール症候群(FAS)のモデル化を試みた。FASは、アメリカ合衆国で新生児1000人当たり約0.5~2人に見られる知能遅滞の1つの主因だが、予防が可能である。FASは、ニューロン発生異常(その中には、小頭症、薄い脳梁または脳梁の不在が含まれる)と、ニューロン移動欠陥(例えば多小脳回症、異所形成、滑脳症)を特徴とする。
【0213】
オルガノイドを3通りの濃度のエタノールで処理し、表現型の範囲を明らかにするとともに、エタノールの揮発性を考慮した適切な濃度を調べた。培地交換時に適切な体積を添加することによる処理を3~4日ごとに、2週間にわたって実施した。培地の中で得られたエタノール濃度の測定により、調べたすべての用量で時間経過とともに濃度が徐々に低下し、初期濃度でさえ、揮発性が大きいために実質的により低いことが明らかになった(図21a)。さらに、最大濃度の150mMエタノールは、最初は生理学的範囲の外だったが、1日以内に急速に低下し、血中アルコール含量0.27体積%に等しい濃度である約60mMになった。より小さな濃度である87mMと43.5mMでも同様の傾向が見られた。処理が不定期で培地交換時に3~4日ごとに一時的なピーク濃度があるという性質は、過飲で見られる可能性のあるシナリオを反映している。
【0214】
次に、3通りのエタノール濃度で処理したenCORの組織学的調製物を調べたところ、CPの形成に濃度が大きな影響を与えることが明らかになった。最大濃度である150mMだとCPが完全に欠けていたのに対し、最小濃度である43.5mMだとCPはまったく正常であった(図11a)。対照と、表現型が明らかであった大きいほうの2つの濃度で認識可能なCPを示す組織の数を定量したところ、濃度に責任があることがさらに示された(図11b)。
【0215】
注目すべきことに、150mMでの処理はVZでも欠陥を示し、連続性がより悪く、脳室表面がより小さかった。これは、FASで見られる小頭症に合致する可能性のある特徴である。この効果をさらに調べるため、300mMという非常に高濃度でも調べたところ、非常に乱雑な脳室帯が得られ、基底外側に移動できずに位置が異常になったニューロンが多数あった(図21b)。さらに、CPの形成前で側方への増殖がまだ起こっているときにenCORを処理することにより、エタノールチャレンジのタイミングも調べた(図11c)。これら組織は、VZの劇的な破壊と、大きな脳室を有する大きな連続的葉の欠如を示した。重要なことだが、CP形成とニューロン移動に対する効果をスフェロイドでモデル化することはできなかったが、VZの連続性に対する効果は明らかであった(図21c)。最後に、これらの効果は、単に細胞の生存に対する効果に起因するのではなかった。というのも、3通りの処理濃度のいずれでも、TUNEL染色でアポトーシス/壊死細胞の顕著な増加は明らかにならなかったからである(図21d)。
【0216】
脳が発達している間の奇形発生に対するエタノールの作用機構はまだわかっていないが、エタノールが、アルコール(エタノール、レチノールが含まれる)に作用するアルコールデヒドロゲナーゼの競合的抑制を通じてビタミンAからその活性形態であるレチノイン酸への代謝に干渉している可能性のあることをいくつかの研究が指摘している(図11d)。興味深いことに、このクラスの酵素には多くのメンバーが存在しており、そのうちのいくつかはenCORで発現する(図21e)。しかし別の可能性は、エタノール代謝から生じるアセトアルデヒドがそのDNA損傷特性を通じて脳の発達を阻害するというものである。レチノールとエタノールの代謝経路の代謝産物を用いて処理することにより、これら2つの可能性を調べることを試みた。
【0217】
放射状スキャフォールドとニューロンの位置決めに対する効果を調べるため、ニューロンとネスチンに関する組織学的染色と免疫組織化学染色の組み合わせを実施した。エタノール処理によってCPが破壊され、オルガノイドの表面でニューロンの過剰な移動と異常な蓄積があった(図11e)。これは、以前にFASのモデルで報告されている異所形成の形成と合致している。これには、主要なニューロン集団を超えて延びて異所性領域に侵入する放射状突起が伴っていた。逆に、アセトアルデヒドを用いた処理では、CPの形成にもVZの形態にも顕著な欠陥は見られなかった(図11e)。これは、エタノールの効果がその下流の代謝産物を通じたものではないことを示唆している。
【0218】
ビタミンA代謝およびレチノイン酸産生と競合する可能性を調べるため、エタノール処理を実施したのと同じ期間にわたって培地からビタミンAを削除することにより、ビタミンA(レチノール)の完全な不在が効果を再現できるかどうかを調べた。エタノール処理と同様、レチノールの欠如により、乱れたCPと、ネスチン陽性基底突起の異常なクラスターの過剰な移動が見られた(図11e)。さらに、エタノールに加えて下流活性産物であるレチノイン酸を用いた処理では部分的な救済がなされ、明らかに完全なCPが見られた。しかしVZにはまだ欠陥が存在していた。これは、表現型のこの側面が、レチノール代謝の競合的抑制を通じたものではないことを示唆している。これらのデータは、ニューロンの移動とCPの形成が適切になされるのにレチノイドが必要であることを裏付けており、エタノールの奇形発生効果は、この経路への干渉を通じて起こる可能性があることをさらに示唆している。
【0219】
オルガノイドは、器官の細胞のタイプの完全なレパートリーを生み出す自己組織化と能力が顕著であるため、重要な新しいモデル系になっている。しかし後期組織のアーキテクチャをモデル化することは変動性が大きく難しいというのは、わずかな欠陥の識別が難しいことを意味していた。これを克服するため、オルガノイドを、新規なミクロスケールの内部スキャフォールドを用いたバイオエンジニアリングと組み合わせた。この方法によってニューロンの移動異常の研究が可能になるため、FASに付随するそのような欠陥を原理の証明として調べる。最後に、レチノール代謝との相互作用が、エタノールによって誘導されるCPの欠陥と異所形成の機構であることを示す。
図1
図2
図3
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図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
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図15
図16a-1】
図16a-2】
図16b
図17-1】
図17-2】
図17-3】
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図19
図20
図21