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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-07-29
(45)【発行日】2022-08-08
(54)【発明の名称】抗Mac-1抗体
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/13 20060101AFI20220801BHJP
   C07K 14/705 20060101ALI20220801BHJP
   A61K 39/395 20060101ALI20220801BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20220801BHJP
   A61P 29/00 20060101ALI20220801BHJP
   C12P 21/08 20060101ALN20220801BHJP
【FI】
C12N15/13
C07K14/705 ZNA
A61K39/395 N
A61P43/00 111
A61P29/00
C12P21/08
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2018567081
(86)(22)【出願日】2017-06-13
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2019-08-22
(86)【国際出願番号】 EP2017064339
(87)【国際公開番号】W WO2017220369
(87)【国際公開日】2017-12-28
【審査請求日】2020-05-22
(31)【優先権主張番号】16175382.7
(32)【優先日】2016-06-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】518264468
【氏名又は名称】アルベルト-ルートヴィヒ-ウニベルシタット フライブルク
【氏名又は名称原語表記】ALBERT-LUDWIGS-UNIVERSITAET FREIBURG
【住所又は居所原語表記】79085 Freiburg Germany
(73)【特許権者】
【識別番号】310021674
【氏名又は名称】ベイカー ハート アンド ダイアベーツ インスティテュート
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【弁理士】
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】ツィーリク,アンドレアス
(72)【発明者】
【氏名】ヴォルフ,デニス
(72)【発明者】
【氏名】ペーター,カールハインツ
【審査官】山内 達人
(56)【参考文献】
【文献】特表2013-541550(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
C07K
A61K
A61P
C12P
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
単離されたモノクローナル抗体またはその抗原結合部分であって、
a)インテグリンMac-1に結合すること、
b)活性型Mac-1とCD40Lの相互作用を特異的に抑制すること、および
c)前記インテグリンを介した細胞外から細胞内への(outside-in)シグナル伝達を誘導しないこと
を特徴とし、
配列番号2に示されるアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるCDR2、および配列番号4に示されるアミノ酸配列からなるCDR3を含む軽鎖可変領域、ならびに配列番号6に示されるアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号7に示されるアミノ酸配列からなるCDR2、および配列番号8からなるCDR3を含む重鎖可変領域を含む、
単離されたモノクローナル抗体またはその抗原結合部分。
【請求項2】
ヒト化モノクローナル抗体またはその抗原結合部分である、請求項1に記載の単離されたモノクローナル抗体またはその抗原結合部分。
【請求項3】
非活性型Mac-1に対する結合性を有さない、請求項1または2に記載の単離されたモノクローナル抗体またはその抗原結合部分。
【請求項4】
炎症性サイトカインの発現を抑制する、請求項1~3のいずれか一項に記載の単離されたモノクローナル抗体またはその抗原結合部分。
【請求項5】
インビトロおよび生体顕微鏡法による観察下でのインビボにおいて白血球の動員を阻害する、請求項1~4のいずれか一項に記載の単離されたモノクローナル抗体またはその抗原結合部分。
【請求項6】
Mac-1の血栓形成能および止血機能に影響を及ぼさない、請求項1~5のいずれか一項に記載の単離されたモノクローナル抗体またはその抗原結合部分。
【請求項7】
列番号2に示されるアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号3に示されるアミノ酸配列からなるCDR2、および配列番号4に示されるアミノ酸配列からなるCDR3を含み、配列番号1に示されるアミノ酸配列と少なくとも80%の同一性を有するヒト化軽鎖可変領域と、配列番号6に示されるアミノ酸配列からなるCDR1、配列番号7に示されるアミノ酸配列からなるCDR2、および配列番号8からなるCDR3を含み、配列番号5に示されるアミノ酸配列と少なくとも80%の同一性を有するヒト化重鎖可変領域とを有する、請求項2~6のいずれか一項に記載の単離されたモノクローナル抗体またはその抗原結合部分。
【請求項8】
抗原結合部分が、Fab断片、一本鎖抗体およびダイアボディ(diabody)からなる群から選択される、請求項1~7のいずれか一項に記載の単離されたモノクローナル抗体またはその抗原結合部分。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか一項に記載の抗体またはその抗原結合部分を薬学的に活性な量で含む医薬組成物。
【請求項10】
炎症の治療に使用するための、請求項9に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【背景技術】
【0001】
炎症は、アテローム性動脈硬化症、2型糖尿病、敗血症、心筋梗塞、自己免疫疾患、神経変性疾患などの多くの疾患を増長することがここ数十年で解明されてきた。これらの疾患の治癒を目的として、炎症反応を標的とした治療が提案されている。しかし、炎症反応は、再生、生存および宿主防御に極めて重要であることから、このような治療戦略には大きな制限がある。したがって、安全かつ信頼性の高い抗炎症療法が臨床現場で特に求められている。このような抗炎症療法として、たとえば、免疫応答を抑制する強力な炎症阻害薬であるグルココルチコイドや、循環器系に悪影響を及ぼすものの、炎症を抑制することができるCOX-2阻害薬がある。
【0002】
炎症は、Mac-1(αβ,CD11b/CD18)などの白血球インテグリンを介した損傷部位への白血球の動員を伴う。Mac-1は強力な接着因子であり、急激な炎症活性化に感受性を示して構造変化を起こし、リガンドに対する親和性を増加させ、炎症を起こしている組織への白血球のローリング、強固な接着、血管外遊走を誘導する。Mac-1は、心血管疾患の治療や、治療を目的としたインテグリンの抑制、遺伝子操作によるインテグリンの抑制に利用可能な強力な標的であり、アテローム性動脈硬化症、新生内膜形成および血栓性糸球体腎炎の抑制に非常に効果的であることが示されている。さらに、Mac-1は、炎症における役割に加えて、C3biなどの補体因子に対する結合能を有することから、当初、CR(補体受容体)3と命名された。Mac-1は、この補体結合能によって、宿主防御、創傷治癒、血栓形成、および他の様々な骨髄系細胞のエフェクター機能の一端を担っている。このようなエフェクター機能の広大なレパートリーは、Mac-1が、単球、マクロファージ、好中球などの骨髄系細胞だけでなく、NK細胞をも含む様々な細胞において広範囲に発現され、低発現であるものの、活性化リンパ球でも発現されていることによって発揮される。さらに、Mac-1の機能的多様性は、ICAM-1、フィブリノゲン、フィブロネクチン、ヘパリン、GPIbα、RAGE、血管内皮プロテインC受容体(EPCR)、CD40Lなどの、タンパク質やプロテオグリカン類の幅広いレパートリーのリガンドに無差別に結合することからも見て取れる。炎症療法の一つとして、インテグリンに対する拮抗薬が有望であることが提案されている。しかし、Mac-1は、宿主防御や血栓形成において一定の役割を果たしていることから、拮抗薬の臨床での使用は困難である。
【0003】
CD40リガンド(CD40L)は、自然免疫および獲得免疫における細胞シグナル伝達に関与するリガンドとして非常に大きな注目を集めている膜貫通型分子である。CD40Lは様々な細胞によって発現されるが、主に活性化Tリンパ球および血小板によって発現される。CD40Lは切断されて可溶性形態(sCD40L)となり、サイトカイン様活性を発揮することができる。いずれの形態でもCD40などのいくつかの受容体に結合することができる。CD40Lとその受容体の相互作用は、抗原特異的免疫応答に必要とされる。CD40Lが結合する他の受容体の1つとしてMac-1(αβ)が挙げられ、CD40LとMac-1の相互作用は、動脈における新生内膜形成、白血球動員およびアテローム性動脈硬化症、アテローム血栓症の発生機序、単球の接着および好中球の浸潤、ならびに炎症促進性サイトカイン(IL-8、IL-6)の放出において一定の役割を担っている。
【0004】
Mac-1は、様々な炎症性疾患に関与する古典的接着因子である。Mac-1は、アテローム性動脈硬化症および腹膜炎における白血球動員を促進するが、Mac-1を標的とした治療は、創傷治癒や宿主防御への悪影響などの様々な副作用があることから実施することが難しい。Mac-1標的療法の困難性は、インテグリンMac-1、LFA-1およびCD11cのβサブユニットが欠損しているヒト白血球接着不全症(LAD)において宿主防御が低下することからも見て取れる。したがって、Mac-1を非特異的に抑制する治療法は有利とは言えない。これらの問題を回避するため、Mac-1のαサブユニット内の主要なリガンド結合ドメインであるIドメインとCD40Lとの結合を特異的な標的とした新規なモノクローナル抗体が提供される。CD40Lは、バイアスがかかったMac-1アゴニストであり、血管内皮細胞接着因子のリガンドとして機能してMac-1の炎症促進作用を媒介するが、細胞外から細胞内への(outside-in)シグナル伝達経路は活性化しない。CD40LとMac-1の結合は、CD40L-CD40結合、Mac-1-GP1bα結合およびMac-1-ICAM-1結合をいずれも妨害しないことから、タンパク質表面上にそれぞれ発現されるエピトープ同士のユニークな結合であることが示唆される。
【0005】
インテグリンは、細胞膜を挟んで細胞外と細胞内の両方向にシグナルを伝達する主要な接着受容体であり、免疫応答を含む多様な生物学的プロセスにおいて重要な役割を果たしている。インテグリンは、αサブユニットとβサブユニットとからなる2つのサブユニットが非共有結合で会合している1型膜貫通糖タンパク質であり、各サブユニットは、大きな細胞外ドメイン、1回膜貫通ドメインおよび短い細胞内ドメインを含んでいる。インテグリンの細胞外ドメインのリガンド結合能は、αサブユニットが起き上がってインテグリンの足が開いた状態(「活性型」)へと構造が変化することによって発揮され、細胞接着の制御と、細胞外から細胞内への(outside-in)シグナル伝達および細胞内から細胞外への(inside-out)シグナル伝達の制御を行う。本発明は、CD40Lとαβ(Mac-1)インテグリンの相互作用の特異的な調節に関する。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0006】
Mac-1と特定のリガンドの相互作用を選択的に阻害することによって、再生や免疫経路には関与しないが炎症に関与する特徴的なインテグリン機能を不活性化し、他のインテグリン機能には影響が及ばないようにすることが可能であることがわかった。
【0007】
Mac-1のEQLKKSKTL(配列番号9)結合モチーフは、Mac-1の接着リガンドである炎症促進性リガンドCD40Lへの結合に必要であることが本発明者らによって示された。これを踏まえ、Mac-1のEQLKKSKTL(配列番号9)結合モチーフを特異的な標的とするモノクローナル抗体を構築した。
【0008】
したがって、本発明は、望ましくない副作用を起こすことなく白血球の動員を抑制することができる、単離されたモノクローナル抗体またはその抗原結合部分を提供する。この抗体またはその抗原結合部分は、
a)インテグリンMac-1に結合すること、
b)活性型Mac-1とCD40Lの相互作用を特異的に抑制すること、および
c)前記インテグリンを介した細胞外から細胞内への(outside-in)シグナル伝達を誘導しないこと
を特徴とする。
【0009】
本発明を完成させる過程において、複数のモノクローナル抗体を構築した。本発明の最も好ましい実施形態において使用されるモノクローナル抗体を抗M7抗体と呼ぶ。この抗M7抗体の配列を決定し、そのCDRを同定した。これらの情報と、コンピュータを用いた結合試験および従来の結合試験を利用して、この抗体に由来する適切な他の抗体またはその抗原結合断片を提供することも可能である。抗体技術は治療分野において多くの関心を集めていることから、様々な種類の抗体断片を構築することができ、これらを臨床で使用することも可能である。「モノクローナル抗体またはその抗原結合断片」という用語は広い意味で解釈され、Fab断片だけでなく、一本鎖Fv断片(scFv)、二重特異性であってもよいダイアボディ(diabody)、二重特異性一本鎖断片、triabody、tetrabodyまたはminibodyも包含する。本明細書で提供される配列情報は、ラクダ科動物の免疫グロブリンに由来するナノボディ(nanobody)を作製するために使用することもできる。このような免疫構造の多くは、Holligerらによる総説にまとめられている(Nature Biotechnology, vol. 23, no. 9 (2005), pp 1126-1136)。
【0010】
本発明の単離されたモノクローナル抗体またはその抗原結合部分の好ましい特性の一つとして、Mac-1に対する結合性を有することが挙げられるが、特に、活性型Mac-1に対する結合性を有することが好ましく、本発明の抗体構造は非活性型Mac-1に結合すべきではない。活性型Mac-1と非活性型Mac-1は、たとえばLiら(Journal of Immunology (2013), pp 4371-4381)によって報告されている方法を使用して結合動態を測定することによって識別することができる。
【0011】
別の好ましい一実施形態において、本発明の単離されたモノクローナル抗体またはその抗原結合部分は、炎症性サイトカインの発現を抑制する。
【0012】
本発明の単離されたモノクローナル抗体またはその抗原結合部分の別の好ましい特性の一つとして、インビトロにおいて、好ましくはインビボにおいて白血球の動員を阻害することが挙げられる。このような白血球動員の阻害は、本願の実施例に記載されているように、生体顕微鏡法で観察および測定することができる。
【0013】
さらに好ましい一実施形態において、本発明のモノクローナル抗体またはその抗原結合部分は、Mac-1の血栓形成能および止血機能に影響を及ぼさない。このような特性は適切なインビボ実験によって測定することができる。
【0014】
本明細書で開示され、抗M7抗体と命名された好ましい実施形態は、マウス系のモノクローナル抗体として作製された。マウス抗体を患者に反復投与すると、患者体内において抗マウス抗体が産生されるため、マウスモノクローナル抗体をヒトの治療に使用することができないことは、当業者によく知られている。したがって、マウスモノクローナル抗体またはその抗原結合部分はヒト化することが好ましい。「ヒト化」とは、マウス抗体のフレームワークを、該マウス抗体と類似性の高いヒト抗体のフレームワーク構造で置き換えることを意味する。適切なコンピュータ計算モデルを使用してアミノ酸構造をさらに最適化することによって、マウス抗体としての特性を低下させることができる。しかし、このような変更をアミノ酸配列に加えることによって、得られるヒト化抗体またはヒト化抗原結合部分の結合力が低下しないかどうかを確認する必要がある。結合特性、特に特異性を損なわないようなアミノ酸置換のみを実施する。
【0015】
前述のような改変抗体またはその抗原結合部分には、少なくとも3つのCDRが含まれるべきであると考えられる。これらのCDRは本明細書において開示されており、配列番号2~4および配列番号6~8で示される。より好ましい一実施形態において、本発明のモノクローナル抗体またはその抗原結合部分は、配列番号2~4および配列番号6~8で示される配列を有するCDRを少なくとも4つ含み、より好ましくは5つ含み、特に好ましくは6つ含む。
【0016】
抗M7抗体は、配列番号1に示されるアミノ酸配列を有する軽鎖と、配列番号5に相当するアミノ酸配列を有する重鎖とを有する。既に述べたように、前記抗体をヒト化する工程において、前記抗体のアミノ酸配列に変更が加えられる。好ましい実施形態において、本発明の単離されたモノクローナル抗体またはその抗原結合部分の軽鎖は、配列番号1と少なくとも80%のアミノ酸同一性、好ましくは少なくとも85%のアミノ酸同一性、より好ましくは少なくとも90%のアミノ酸同一性、特に好ましくは少なくとも95%のアミノ酸同一性を有する。
【0017】
好ましい実施形態において、本発明の単離されたモノクローナル抗体またはその抗原結合部分の重鎖は、配列番号5と少なくとも80%のアミノ酸同一性、好ましくは少なくとも85%のアミノ酸同一性、より好ましくは少なくとも90%のアミノ酸同一性、特に好ましくは少なくとも95%のアミノ酸同一性を有する。
【0018】
「同一性」は、元のマウス配列と構築したヒト化配列を比較することを意味する。たとえば、「90%の同一性」とは、元のマウス配列とヒト化配列との間で、対応する位置のアミノ酸の90%が同一であることを意味する。
【0019】
本発明の単離されたモノクローナル抗体またはその抗原結合部分は、医薬組成物の形態で好適に使用することができ、該医薬組成物は、薬学的に活性な量の該抗体またはその抗原結合部分と、患者への投与に適した添加物とを含み、この医薬組成物は腹腔内投与することが特に好ましい。本発明の医薬組成物は、炎症の抑制に好適に使用することができる。
【0020】
本発明のモノクローナル抗体またはその抗原結合部分は、心筋梗塞発症後の炎症性合併症の治療において好適に使用することができることが判明した。心筋梗塞発症後に頻繁に見られる炎症性合併症では、心筋梗塞の患部に動員された炎症性白血球が炎症反応を起こして創傷治癒を悪化させ、心筋梗塞からの回復を阻害すると考えられる。このような実施形態において、本発明の抗体およびその抗原結合部分を使用することが好ましい。
【0021】
抗M7抗体またはその誘導体を用いた炎症の抑制は、従来の抗Mac-1療法と比べていくつかの利点がある。従来公知の抗Mac-1抗体で処置したマウスは、コントロールマウスと比較して死亡率が高くなることが観察された。このデータは、Mac-1欠損マウスを細菌性敗血症から保護できなかったという過去の研究と一致した。この死亡率の上昇は、補体因子と結合できなくなったことによって、たとえばC3biを介した食作用などによって細菌粒子の排除を促進することができなくなったことによる可能性が高い。
【0022】
過去のエピトープマッピング研究では、αのIドメイン内のP147~R152残基、P201~K217残基およびK245~R261残基にC3biが結合することが同定されており、これらのC3bi結合エピトープは、CD40Lとの結合に必要とされる結合配列(E162~L170)とは異なることが示されている。抗M7抗体で処置したマウスは、抗Mac-1またはIgGコントロールで処置したマウスと比較して生存率が上昇することから、抗M7抗体は有害な特性を有さないだけでなく、保護効果を誘導することが示された。
【0023】
細菌の侵入に対抗してこれを排除するために最初に起こる強烈な炎症促進性反応は、腹膜における炎症促進性白血球の接着を抑制することによって軽減することができると考えられる。また、疾患から保護する経路と疾患を悪化させる経路の間のバランスは様々な条件によって乱され、白血球の動員を制限することによって保護経路側へとシフトできる可能性があることが認められている。この仮説は、抗M7抗体で処置したマウスが、コントロールマウスと比較して血漿中の炎症促進性サイトカインの濃度上昇から保護されたのに対して、抗Mac-1抗体で処置したマウスではサイトカイン濃度が上昇したことからも支持される。つまり、サイトカイン濃度の低下は、標的組織における白血球活性化の低下に伴う二次的な作用である可能性がある。これを裏付けるように、血管内膜に存在する単球は、IL-10などの抗炎症メディエーターだけでなく、TNFα、IL-1、IFNγなどの炎症促進性サイトカインも産生する。TNFαでチャレンジした後に抗M7抗体で処置したマウスでは、血漿中の炎症促進性サイトカインIL-6、TNFαおよびMCP-1が低下したが、抗Mac-1抗体で処置したマウスではサイトカインの発現が増強された。
【0024】
一方、(コントロールとして使用した)クローンM1/70などの別の抗Mac-1抗体による処置は、遺伝子ノックアウトを完全に反映したものではないと考えられる。M1/70は、Mac-1発現細胞(特にマクロファージ)において強力な炎症促進反応を誘導し、サイトカインの発現を増加させたことには注目すべきである。サイトカインの発現の増加は本発明者らによる実験結果でも確認され、抗Mac-1抗体の単回投与は、血漿中サイトカイン濃度を強力にアップレギュレートし、創傷治癒に悪影響を与える可能性があることが示された。また、M1/70による過剰刺激は、アポトーシス経路の活性化によって炎症を治癒させるための戦略として実施可能であることが示唆された。過去の研究でも、抗Mac-1抗体クローンM1/70を単回投与したところ、腹膜腔に存在する細胞のアポトーシスが増強されたことが示されている。この報告は、抗Mac-1抗体が腹膜細胞の蓄積を低下させる作用を有することを強く裏付けるものであった。しかし、アポトーシスを誘導する治療法にはサイトカインストームのリスクが伴うため、臨床において望ましいものであるとは言えない。
【0025】
Mac-1は、様々な他の分子との相互作用も支持し、現在未知の分子との相互作用も支持している可能性がある。40種を超える様々なタンパク質との相互作用が報告されているものの、分子結合特性が解明されているのはこのうちのいくつかのみに限られている。したがって、CD40L結合部位はその他のリガンドと結合する可能性もある。しかし、以前に示唆されているように、CD40LとMac-1の結合は他の結合とは異なっており、本明細書において示されたデータから、CD40LとMac-1の結合は、従来の他のリガンドとの結合特性とは大きく異なる以下の特徴を有することが初めて確認された。
(1)フィブリノゲンおよびその他のリガンドに結合することが同定されているエピトープは互いに重複した領域があることが示されているが、Mac-1のIドメイン内のEQLKKSKTL(配列番号9)モチーフは、CD40L以外のリガンドとは結合しない。
(2)インテグリンの生理機能の一つとして、インテグリンとリガンドの結合によって細胞外から細胞内への(outside-in)シグナル伝達が誘導されることが一般に知られているが、CD40L自体も抗M7抗体も、インテグリンを介したoutside-inシグナル伝達を誘導しない。
(3)フィブリノゲンなどの大部分のMac-1リガンドは、免疫機能や止血機能が関連する様々な疾患に関与するが、CD40LとMac-1の相互作用は免疫機能や止血機能を妨害しない。
【0026】
本明細書において示されたデータから、Mac-1とCD40Lの相互作用は、主に炎症性白血球の強固な接着に必要とされ、恐らくは様々な炎症性疾患における顆粒球の強固な接着にも必要とされることが示唆されている。本明細書において示された結果から、Mac-1とCD40Lの結合が、免疫機能、止血パラメータ、再生反応のいずれにも関与しないことが強調された(ただし、これらに関与している可能性を排除することはできなかった)。
【0027】
生体顕微鏡観察下の精巣挙筋細静脈炎症モデルおよび無菌腹膜炎モデルにおいて、CD40LとMac-1の相互作用に対する特異的阻害剤cM7を用いた処置によって炎症性白血球の動員が減少することが過去に報告されている。完全長IgG抗M7抗体またはそのFab断片を使用することによりMac-1上のCD40L結合部位を標的とした処置では、白血球の接着が有意に低下することが示された。興味深いことに、抗M7抗体の阻害効率は抗Mac-1抗体による処置と同程度であり、このことから、CD40LとMac-1の相互作用が、白血球の動員を助けていることが示唆される。これは過去の報告を覆すものではなく、CD40Lによって、内皮上に発現されるMac-1のリガンドのレパートリーが拡大されて、ICAM-1やRAGEなどが発現されることを示している。この点において、カウンター受容体の結合パターンが疾患の種類や炎症負荷によって左右されることには妥当性がある。したがって、CD40LとMac-1の相互作用は疾患特異的なものであり、内皮上のCD40Lの発現またはMac-1の構造変化によって制御されると考えることができ、あるいは、いくつかの疾患では、他の疾患と比べて白血球の浸潤による影響が大きいと考えることもできる。たとえば、アテローム性動脈硬化症では、少なくとも疾患の初期段階において骨髄系細胞の動員が必要とされるが、CD40LとMac-1の相互作用の阻害に強い感受性が示された。一方、ワイヤー傷害後の新生内膜形成は、CD40LとMac-1の相互作用の阻害では抑制されなかったが、抗Mac-1抗体によって抑制されるとともに、Mac-1ノックアウトマウスにおいても抑制された。
【0028】
本発明を完成させる過程において得られたデータから、抗M7抗体が、活性型Mac-1との相互作用の阻害に最も効果的であり、非活性型Mac-1との相互作用の阻害には効果的ではないことが示された。このことから、CD40LとMac-1の相互作用は、ベースライン条件よりも炎症負荷の高い疾患においてより重要な役割を果たしていることが示唆された。
【0029】
また、抗M7抗体のような抗体が、過去に提案されているように、様々な構造のインテグリンを活発に調節したり固定したりすることができるのかという点についてはさらなる解明が待たれる。これが解明できれば、実験データに示されたように、恒常的に活性化されたインテグリンのみを標的とし、天然状態のインテグリンを標的としないことを説明することができると考えられる。しかしながら、正確な結合特性を決定するためには、さらに詳細な構造分析が必要であると考えられる。
【0030】
また、過去に示唆されているような、CD40LとMac-1の相互作用が、骨髄または脾臓からの単球の放出および動員に一定の役割を果たしている可能性を除外することはできなかった。本明細書において観察されたように、抗M7抗体処置によって敗血症における炎症性単球の増加を完全に改善することができた。炎症性単球の増加が単球リザーバーの異常、たとえば脾臓への輸送障害などによって引き起こされるものであるのかどうかは、さらなる実験において解明するものとする。
【0031】
本発明の抗体は、モノクローナル抗M7抗体を使用して、Mac-1のIドメイン内のCD40L結合部位であるEQLKKSKTL(配列番号9)結合モチーフを選択的に標的するという戦略に基づくものである。この抗体は、この標的結合部位に高い選択性を示し、他の結合パートナーを妨害せず、従来の抗Mac-1抗体とは異なり、止血、宿主防御、創傷治癒のいずれにも悪影響を与えない。好ましい実施形態において、本発明の抗体は他の結合パートナーを妨害しないことから、前記標的結合部位に高い選択性を示す。本発明において提案された、リガンドを標的とする抗インテグリン療法は、非選択的な方法よりも優れており、炎症性疾患に対する抗インテグリン療法を改良および調整することができるという利点がある。
【0032】
本発明によって得られる結果、実験および利点を、以下の図面および実施例にまとめる。本発明の図面および実施例は、本発明の好ましい実施形態を示したものであり、最も好ましい形態として特に抗M7抗体を示すが、これらの図面および実施例は本発明を限定するものではない。
【0033】
本発明の好ましい実施形態を以下の図面および実施例において示す。
【図面の簡単な説明】
【0034】
図1】ヒトインテグリンMac-1のCD40L結合部位に対して作製したマウスモノクローナル抗体(抗M7抗体)が、ヒトMac-1を効果的に標的とすることを示す。Mac-1のペプチド配列M7はCD40Lへの結合に必要とされるが、このペプチド配列M7は、ヒトインテグリンの結合モチーフ(配列番号9)とマウスインテグリンの結合モチーフ(配列番号10)の間で高度に保存されている(図1A)。
【0035】
図1A】ヒト由来ペプチドM1(配列番号14)と、これに対応するハツカネズミ(Mus musculus)由来ペプチドM1(配列番号15)を示す。M8と呼ばれるヒトペプチドを配列番号13に示し、ハツカネズミ由来のペプチドM8を配列番号16に示す。
【0036】
図1B】M7を含む結合ペプチド配列(VMEQLKKAKTLMQ(配列番号11))にジフテリアトキソイドを連結したものを使用してマウスを免疫することによって作製した抗M7抗体は、ウエスタンブロットにおいて、天然型のMac-1(WT)を過剰発現させたCHO細胞株およびMac-1を恒常的に活性化させた(del)CHO細胞株に結合したが、コントロールCHO細胞には結合しなかった(図1B)。
【0037】
図1C】ペプチドM7(EQLKKSKTL)(配列番号9)、sM7(KLSLEKQTK)(配列番号12)およびM8(EEFRIHFT)(配列番号13)をそれぞれ固相化して、これらの固相化ペプチドに対する抗M7抗体の特異的結合を固相結合アッセイで試験した(図1C)。
【0038】
図1D】ビオチン標識抗マウスIgGを結合させた後、HRP標識ストレプトアビジンとともにインキュベートして発色反応を起こさせ、結合を定量した。特異的結合は、各ペプチドに結合したマウスIgGの量を差し引いて求めた。抗M7抗体に蛍光色素Alexa647を結合させ、様々なヒト白血球サブセットに対する抗M7抗体の結合をFACSで定量した。Alexa647アイソタイプ抗体をコントロールとして使用した(図1D)。
【0039】
図2A-B】抗M7抗体が、恒常的に活性化されたMac-1とCD40Lの相互作用を選択的に阻害するが、天然のMac-1インテグリンとの相互作用は阻害せず、別のMac-1リガンドとの相互作用も阻害しないことを示す。静的接着アッセイにおいて、恒常的に活性化されたMac-1変異体(Mac-1-del)を過剰発現するCHO細胞は、固相化CD40Lに接着した(図2A,2B)。
【0040】
図2C-D】接着アッセイを実施する前に、抗M7抗体または参照基準としてのヒトpan-Iドメイン阻害抗体クローン2LPM19cとともに細胞を15分間インキュベートした。これとは別に、非活性型の天然のMac-1インテグリンの接着も試験した(図2C)。Fc領域を介した非特異的な相互作用である可能性を除外するため、抗M7抗体のFab断片製剤または抗Mac-1抗体のFab断片製剤を阻害剤として使用して実験を行った(図2D)。
【0041】
図2E】抗M7抗体がCD40Lに特異的なものかどうかを調べるため、一連の古典的Mac-1リガンドを別々に固相化し、抗M7抗体または抗Mac-1 pan-Iドメイン阻害抗体の存在下において、恒常的に活性化されたMac-1を発現するCHO細胞の接着を定量した(図2E)。
【0042】
図3】従来の抗Mac-1抗体は、インビトロおよびインビボにおいて、MAPキナーゼの活性化と炎症性サイトカインの発現を誘導するが、抗M7抗体は、インテグリンを介した細胞外から細胞内への(outside-in)シグナル伝達を誘導しないことを示す。
【0043】
図3A-C】マウスマクロファージの単離は以下のようにして行った。まず、C57Bl/6マウスの腹腔内に4%チオグリコレートを注射し、72時間インキュベートした。腹腔洗浄によって腹膜細胞を回収し、FACS分析を実施して、F4/80+マクロファージの純度が90%を超えていることを確認した。5%FCS含有RPMI培地中でマクロファージを一晩培養し、マウスIgG抗体、抗ヒトMac-1抗体(クローン2LPM19c)、抗マウスMac-1抗体(クローンM1/70)または抗M7抗体(各10μg/ml)で30分間刺激した。マクロファージを溶解し、ウエスタンブロットによって、リン酸化ERK1/2、リン酸化NfκBおよびリン酸化p38を可視化し(図3A)、各リン酸化分画の比率を求めた(図3B)。各リン酸化分画の比率は、生理食塩水のみで刺激した細胞のシグナル伝達に対して標準化した相対任意単位(AU)として算出した。また、各Mac-1抗体クローンをマウスの腹腔内に注射し、注射の4時間後にcytometric bead arrayを使用して、IL-6、TNFαおよびMCP-1の血清中濃度を測定した(図3C)。抗Mac-1抗体クローン1/70をコントロールとして使用した。
【0044】
図4】抗M7抗体を用いた処置によって、インビトロおよびインビボにおいて炎症性白血球の動員が抑制され、炎症性サイトカインの発現が低下することを示す。インビトロでのフローチャンバーアッセイにおいて、単離後にTNFαでプライミングしたマウス内皮細胞にマウスRAW細胞を接着させた。抗マウスIgGまたは抗M7抗体の存在下で接着細胞数を計数した(図4A)。また、C57Bl/6マウスにTNFα200ngを腹腔内注射して、腹膜および腸間膜の炎症を誘導した。これと同時に、IgGアイソタイプコントロールのFab断片製剤または抗マウス抗Mac-1抗体(クローンM1/70)のFab断片製剤を注射した。注射から4時間後に、炎症を起こした腸間膜細静脈への白血球の動員を生体顕微鏡法で観察した(図4B)。接着白血球数およびローリング白血球数を計数するとともに、白血球のローリング速度を測定して累積度数分布として示した(図4C~E)。また、単球にGFPを発現するマウス(CX3CR1-GFP)を、IgGのFab製剤または抗M7抗体のFab製剤の存在下で生体顕微鏡法により観察した(図4F)。血管周囲腔に遊走した単球(白色矢印)を視野内で計数した(図4G)。IgGのFab断片または抗M7抗体のFab断片で処置後に生体顕微鏡法に供したマウスにおける血漿中のサイトカイン濃度を、CBA bead arrayで評価した(図4H)。
【0045】
図5】抗M7抗体が、インビボにおいて静脈血栓形成や血小板のエフェクター機能に影響を及ぼさないことを示す。塩化第二鉄を使用してC57Bl/6マウスの腸間膜細静脈に静脈血栓形成を誘導した。生体顕微鏡法によるインビボでのローダミン染色によって血栓形成を可視化した(図5A)。静脈の血栓閉塞時間および塞栓子の割合(/分)を観察し、測定した(図5B,5C)。血栓誘導の15分前に、マウスIgG、抗M7抗体または抗Mac-1抗体の各Fab製剤(50μg)を腹腔内注射してマウスを処置した。血小板と単球の凝集塊の形成は、各抗Mac-1抗体クローンで処置した後、フローサイトメトリーでCD41+単球を検出することによって定量した(図5D)。
【0046】
図6】CD40LとMac-1の相互作用を特異的に抑制することによって、皮膚創傷の治癒を改善することができるが、他のリガンドとMac-1の相互作用の抑制ではこのような改善は見られないことを示す。抗Mac-1抗体のFab製剤または抗M7抗体のFab製剤を注射後、4mmの生検パンチを使用して無菌状態の皮膚創傷を作製した。6日後、皮膚創傷を撮影し(図6A)、創傷の面積を求めた(図6B)。
【0047】
図7】抗M7抗体によって、細菌性敗血症における宿主防御、細菌の排除および炎症が改善するが、Mac-1の非特異的な阻害ではマウスの敗血症が増悪することを示す。Mac-1の阻害またはCD40L結合部位の特異的な阻害が、細菌性敗血症における宿主防御および炎症に影響を与えるかどうかを調べるため、盲腸結紮穿刺(CLP)を行った。CLP処置の20時間後、血液中を循環している炎症性単球およびパトロール単球をフローサイトメトリーで定量した(図7A)。顆粒球(F4/80-Gr-1+)が腹膜腔に浸潤していることがフローサイトメトリーによって同定され(図7B)、その総細胞数を算出した(図7C)。急性期タンパク質の一種であるSAAの血漿中濃度(図7D)および血漿中の細菌性LPSの力価(図7E)を定量した。腎実質中の顆粒球の蓄積は、DAPおよびLy6Gを染色することによって測定し(図7F)、顆粒球数/全細胞核数の比率として算出した(図7G)。
【0048】
図8】抗M7抗体処置によってCLP敗血症における生存率が改善するが、抗Mac-1抗体処置では生存率が低下することを示す。盲腸結紮穿刺(CLP)を行った。各Mac-1抗体クローンによる処置が生存率に影響を与えるかどうかを評価するため、マウスにCLP敗血症を誘導してから0時間後、48時間後および96時間後に、抗Mac-1抗体のFab製剤または抗M7抗体のFab製剤を腹腔内注射することにより処置した。相対生存率を求め、カプラン・マイヤー生存曲線として示した。
【0049】
図9】心筋梗塞を起こして損傷した心筋を抗M7抗体で処置することによって、炎症性白血球の浸潤が抑制されることを示す。左前下行枝(LAD)を外科的に結紮することによって心筋梗塞を誘導した。心筋梗塞を誘導した心臓を消化してフローサイトメトリーで分析することによって、梗塞後心筋に浸潤した白血球を計数した。抗M7抗体によって、単球および好中球の浸潤が減少し、心エコー検査では心不全が緩和したことがわかった。
【0050】
図面にまとめた結果は、以下の実施例から得られたものである。
【実施例
【0051】
実施例1
C57BL/6N系統雄性マウスに通常食を与えた。マウスはいずれも標準化された条件(各12時間の明暗サイクル)で飼育し、食餌および水は自由摂取とした。8週齢のマウスを、後述する生体顕微鏡法、創傷治癒またはCLP敗血症に供した。抗体処置は、後述の濃度で1回の注射あたり100μLを腹腔内注射することによって行った。生体顕微鏡法を用いた実験のいくつかでは、CXCR3プロモーターの制御下のGFPトランスジーン(CXCR3-GFP)を導入したマウスを使用して白血球を追跡した。実験的プロトコルはすべて、Alfred Medical Research and Education Precinct(AMREP)(オーストラリア国メルボルン)の動物実験倫理委員会およびフライブルク大学の研究機関の動物実験倫理委員会による承認を受けたものであった。実験手順はすべて研究機関のガイドラインに従って行った。
【0052】
Mac-1のIドメイン内のV160~S172からなる配列に相当するペプチドに特異的な抗体は、このペプチド(C-VMEQLKKSKTLFS-NH2(配列番号17))にジフテリアトキソイドを連結したものを使用してマウスを免疫することによって得た(モナシュ大学、Monash Antibody Technologies Facility、オーストラリア国メルボルン)。固相結合アッセイを使用して、固相化したペプチドM7に結合性を示す血清をスクリーニングした。さらに、M7に高親和性で結合した種々のクローンから、好ましいクローンとしてRC3(抗M7抗体と命名)を選別した。
【0053】
実施例2
ヒトインテグリンMac-1のCD40L結合部位に対して作製したマウスモノクローナル抗体(抗M7抗体)は、ヒトMac-1を効果的に標的とする。
【0054】
CD40Lは、Mac-1の主要なリガンド結合ドメインであるIドメイン内のEQLKKSKTL(配列番号9)モチーフ(M7)に選択的に結合することが過去に報告されている。このヒトリガンド結合部位に対する特異的な阻害剤を得るため、結合ペプチドM7を含むV160~S172からなるヒトペプチドでマウスを免疫した。興味深いことに、このM7配列は、ヒトとマウスのタンパク質配列間で高度に保存されていた(図1A)。固相結合アッセイにおいて、培養上清が固相化ペプチドM7に対して高親和性結合を示したいくつかのハイブリドーマクローンのうち、クローンRC3(マウスIgG2bκ)は、Mac-1とCD40Lの結合を特異的に抑制したが、他のリガンドとの相互作用は抑制しなかった。ウエスタンブロットにおいて、この抗体クローン(後に抗M7抗体と命名)は、天然型のMac-1(WT)を過剰発現させたCHO細胞株およびMac-1を恒常的に活性化させた(del)CHO細胞株に結合したが、コントロールCHO細胞には結合しなかった(図1B)。この結果から、この抗体クローンが標的タンパク質に結合することが確認できた。
【0055】
さらに、固相結合アッセイにおいて、抗M7抗体は、固相化したペプチドM7(EQLKKSKTL)(配列番号9)に結合したが、スクランブルしたコントロールペプチドsM7(KLSLEKQTK)(配列番号12)やペプチドM8(EEFRIHFT)(配列番号13)には結合しなかった(図1C)。このことから、抗M7抗体が、免疫化に使用したペプチドに特異的に結合する抗体であることが示された。Mac-1発現ヒト細胞に対する抗M7抗体の結合性を調べるため、抗M7抗体に蛍光色素Alexa647を結合させ、様々なヒト白血球サブセットに対する抗M7抗体の結合をフローサイトメトリーで定量した。興味深いことに、抗M7抗体は、単球や好中球などのMac-1発現ヒト白血球に濃度依存的な結合性を示したが、予想されたとおり、リンパ球ではこのような結合は見られなかった(図1D)。抗Mac-1クローンM1/70の結合をコントロールとして試験したところ、骨髄系細胞に最も高い結合性が見られるという同じ結合特性が示された。これらの知見から、モノクローナル抗M7抗体をヒトMac-1のIドメイン内の結合配列M7に結合させることが可能であることが示された。さらにDNAシーケンシングを実施し、抗M7抗体のCDRと重鎖および軽鎖の可変領域の正確なタンパク質配列を調べた。これらの配列を以下の表1に示す。
【0056】
【表1】
【0057】
実施例3
96ウェルELISAプレート(Nunc)に、ペプチドM7(EQLKKSKTL)(配列番号9)、sM7(KLSLEKQTK)(配列番号12)およびM8(EEFRIHFT)(配列番号13)をそれぞれ固相化して、これらの固相化ペプチドに対する抗M7抗体の特異的結合を固相結合アッセイで試験した。ビオチン標識抗マウスIgGを加えた後、HRP標識ストレプトアビジンおよびTMB基質とともにインキュベートして発色反応を起こさせ、抗M7抗体の結合を検出した。特異的結合は、各ペプチドに結合したマウスIgGの量を差し引いて求めた。ヒト白血球に対する抗M7抗体の結合を調べるため、メーカーのプロトコル(モノクローナル抗体ラベリングキット、ライフテクノロジーズ)に従って抗M7抗体をAlexa Fluor 647で標識した。ヒト白血球は、健常ドナーから血液を採取し、赤血球を溶解させた後、遠心分離することによって単離した。白血球をPMA(200ng/ml)で刺激後、Alexa 647標識抗M7抗体(1μgおよび5μg)を加えてインキュベートし、抗体の結合をフローサイトメトリーで定量した。
【0058】
抗M7抗体が、リガンドに特異的かつ活性化状態に特異的な、Mac-1とCD40Lの相互作用に対する阻害剤であることがわかった。
【0059】
抗M7抗体が、Mac-1とCD40Lの相互作用を機能的に阻害することができるかどうかを調べるため、恒常的に活性化されたMac-1変異体(Mac-1-del)を過剰発現するCHO細胞の固相化CD40Lに対する接着性を、静的接着アッセイにおいて試験した。興味深いことに、抗M7抗体は細胞接着を65.6±7.2%阻害し、参照基準として使用した抗ヒトpan-Iドメイン阻害抗体クローン2LPM19c(92.7±2.0%の阻害;図2A,B)とほぼ同程度に強力な効果を発揮した。この実験において抗体の濃度は10μg/mlとした。この実験の結果から、抗M7抗体は通常1~50μg/mlの濃度で使用することができ、5~20μg/mlの濃度で使用することが好ましいと結論付けることができる。最も興味深いことに、参照基準として使用した抗Mac-1抗体とは異なり、抗M7抗体は、非活性型の天然のMac-1インテグリンを発現するCHO細胞の接着は阻害しなかった(図2C)。このことから、抗M7抗体による相互作用の阻害は、高親和性の立体構造を持つMac-1インテグリンに特異的であることが示された。また、抗M7抗体は、マウスマクロファージとマウスCD40Lの相互作用を有意に阻害したことから、抗M7抗体による抑制はヒトタンパク質に限定されないことがわかった。さらに、抗M7抗体のFab断片製剤または抗Mac-1抗体のFab断片製剤は、それぞれの全長抗体製剤と同程度の効果を発揮したことから(図2D)、抗M7抗体による阻害は該抗体のFc断片によって非特異的に起こったものではなかったことが示された。また、CD40L以外の様々なリガンドも、Mac-1のIドメイン内の別の結合領域または重複した結合領域に結合することができる。これを踏まえて、抗M7抗体がCD40Lの結合エピトープに特異的なものかどうかを調べるため、フィブリノゲン、ICAM-1、NIF、ヘパリン、RAGEなどの一連の古典的Mac-1リガンドを別々に固相化し、抗M7抗体または抗Mac-1抗体の存在下で、Mac-1-del細胞の結合性を試験した(図2E)。抗Mac-1抗体はいずれの相互作用も顕著に阻害したが、抗M7抗体の阻害能はCD40Lのみに対して発揮された。これらのデータから、抗M7抗体が、CD40LとMac-1の相互作用に対する効果的かつ特異的な阻害剤であることが明らかとなった。
【0060】
実施例4
前述の方法でマウス腹腔マクロファージを得た。フローサイトメトリーを実施して、腹腔滲出細胞(PEC)の大部分(>90%)が、マクロファージマーカーF4/80陽性であることを確認した。マクロファージを一晩、飢餓状態にした後、10μg/mlの濃度の各抗Mac-1抗体で30分間刺激した。その後、マクロファージを溶解し、タンパク質をSDS-PAGEで分離し、ポリフッ化ビニリデン膜上にブロットした。特異的抗体の結合を利用したウエスタンブロット(Cell Signaling)を行い、総NFκB分画、リン酸化NFκB分画、総ERK1/2分画、リン酸化ERK1/2分画、総p38分画およびリン酸化p38分画を検出した。各リン酸化分画の比率を算出し、生理食塩水のみで刺激した細胞のシグナル伝達に対して標準化した相対任意単位(AU)として示した。
【0061】
試験結果から、従来の抗Mac-1抗体は、インビトロおよびインビボにおいて、MAPキナーゼの活性化と炎症性サイトカインの発現とを誘導するが、抗M7抗体は、インテグリンを介した細胞外から細胞内への(outside-in)シグナル伝達を誘導しないことが示された。
【0062】
従来の抗Mac-1抗体は、リガンドと結合することによって、ERKやp38などの下流MAPキナーゼを活性化し、それによってoutside-inシグナル伝達と呼ばれるインテグリンの活性化を誘導する。CD40Lは、バイアスがかかったアゴニストであり、受け手との結合後に細胞外から細胞内への(outside-in)シグナル伝達事象を誘導しないことが過去の研究で示されている。抗M7抗体が細胞の活性化を誘導するかどうかを調べるため、以下のようにして実験を行った。まず、8週齢の雄性C57Bl/6マウスから腹腔マクロファージをチオグリコレートで誘引して回収した。5%FCS含有RPMI培地中でマクロファージを一晩、飢餓状態にした後、マウスIgG抗体、抗ヒトMac-1抗体(クローン2LPM19c)、抗マウスMac-1抗体(クローンM1/70)または抗M7抗体(各10μg/ml)で30分間刺激した。ウエスタンブロットで分析したところ、リン酸化されたエピトープの比率の上昇が測定され、抗Mac-1抗体処理によってERKおよびp38のリン酸化が誘導されたことが示されたが(図3A)、抗M7抗体ではこのような作用は見られなかった。この結果から、抗M7抗体が標的とする結合エピトープは、細胞外から細胞内への(outside-in)シグナル伝達に関与しないことが示された(図3B)。このような作用がインビボでの治療と関連するかどうかを評価するため、各Mac-1抗体クローンをマウスの腹腔内に注射し、注射の4時間後にIL-6、TNFαおよびMCP-1の血清中濃度を定量した。驚くべきことに、参照基準として使用した抗Mac-1抗体クローンM1/70(コントロール)ではサイトカイン濃度が大幅に上昇したが、抗M7抗体ではサイトカイン濃度は上昇しなかった(図3C)。また、インビトロにおいて抗体で刺激したマクロファージを培養すると、炎症促進性サイトカインの濃度が上昇した。これらの知見から、抗M7抗体は、望ましくないoutside-inシグナル伝達を引き起こすことなくインテグリンを阻害することが可能なエピトープを標的としていることが示された。
【0063】
実施例5
各抗体を酵素で消化する前に、SnakeSkin透析チューブ(MWCO:10k)を使用して、各抗体をPBSに対して4℃で一晩かけて透析した。メーカーの説明書(Pierce Fab Preparation Kit、サーモサイエンティフィック)に従い固相化パパインを使用して、前述の抗M7抗体、抗Mac-1抗体(クローンM1/70)およびIgGアイソタイプコントロールからFab断片を調製した。簡潔に説明すると、25mMシステインの存在下において37℃で3時間インキュベートして各Fab断片を作製し、NAb Protein A Spinカラムで精製した。Fab断片の純度はSDS-PAGEで評価した。
【0064】
sCD40L(10μg/ml)を96ウェルプレート(Nunc)にコーティングし、構成的に活性化されたMac-1を発現するCHO細胞を加えてインキュベートした。各阻害抗体(10μg/mL)とともに細胞をプレインキュベートし、50分かけてプレートに接着させた。PBSで繰り返し洗浄後、接着細胞数をカウントした。動的接着アッセイでは、35mmの細胞培養ディッシュにおいてヒト臍帯内皮細胞(HUVEC)をコンフルエントまで増殖させ、TNFαで一晩かけて刺激し、パラレルフローチャンバーシステム(Glycotech)に入れた。所定のせん断速度において、各抗体(10μg/mL)の存在下での接着細胞数を計数した。
【0065】
生体顕微鏡法を行うため、各抗体100μgまたは各Fab断片50μgをマウスの腹腔内に注射した。15分後に、マウスTNFα(R&Dシステムズ)200ngをマウスの腹腔内に注射した。TNFα投与の4時間後に手術を開始した。簡潔に説明すると、塩酸ケタミン(Essex)およびキシラジン(バイエル、ドイツ国レーヴァークーゼン)をマウスに腹腔内注射して麻酔をかけた。腸間膜を体外に露出し、正立生物顕微鏡(AxioVision、カールツァイス)に配置した。眼窩後方にローダミンを注射してから、腸間膜細静脈内におけるローリングおよび接着を録画した。ローリングしている白血球の流れは、赤血球よりも遅い速度で移動している白血球の数として定義した。接着白血球は、少なくとも30秒間静止したままの細胞として定義した。
【0066】
フローサイトメトリー:腹腔滲出細胞(PEC)および血中白血球を以下のようにして得た。赤血球溶解バッファー(155mM NH4Cl、5.7mM K2HPO4、0.1mM EDTA、pH7.3)を加えてインキュベートすることによって、残存赤血球を除去した。細胞をPBSで洗浄し、抗CD16/CD32抗体(eBioscience)を加えて氷上で10分間インキュベートすることによってFc受容体をブロッキングした。以下の抗原に対する抗体で細胞を標識し、フローサイトメーター(FACS Calibur、BDバイオサイエンス)で定量した。抗体はいずれもeBioscience社から入手した。細胞表面上の各抗原の発現から、顆粒球(Gr-1+F4/80-CD11b+CD115-)、マクロファージ(F4/80+CD11b+CD115-)、炎症性単球(CD11b+CD115+Gr-1+F4/80-)および非炎症性単球(CD11b+CD115+Gr-1-F4/80-)を含む様々な白血球集団が同定された。
【0067】
マウス腹腔マクロファージの単離および培養:WTマウスの腹腔内に各抗体を注射し、30分後に4%チオグリコレート液体培地(シグマ)2mLを注射した。72時間後に腹腔洗浄を行った。腹腔滲出細胞(PEC)を計数し、前記と同様にしてFACSで細胞表面抗原を評価した。CLP実験では、外科手術の20時間後に腹腔洗浄を行った。
【0068】
抗M7抗体を用いた処置によって、インビトロおよびインビボにおける炎症性白血球の動員が抑制され、炎症性サイトカインの発現が低下することが示された。
【0069】
Mac-1は強力な接着因子であり、内皮に発現される様々なリガンド(ICAM-1、RAGE、CD40Lなど)との相互作用を介して接着能を発揮していると考えられる。抗M7抗体が細胞接着を阻害するかどうかを調べるため、インビトロでのフローチャンバーアッセイにおいて、単離後にTNFαでプライミングしたマウス内皮細胞にマウス単球様RAW細胞を接着させた。抗M7抗体とともにインキュベートすると接着細胞数が減少したことから、CD40LとMac-1の相互作用が白血球捕捉に必要であることが示された(図3A)。これらの知見のインビボとの関連性を調べるため、抗M7抗体のFab断片製剤およびこれに対応するアイソタイプを腹腔内注射し、生体顕微鏡法を実施した(図4B)。炎症性白血球の動員を誘導するためTNFαで同時に刺激し、4時間後に観察を行ったところ、炎症を起こした腸間膜細静脈への白血球の動員が見られた。本研究で行ったインビトロ実験の結果と一致して、抗M7抗体を注射した後に、ローリング白血球(図4D)ではなく、接着白血球(図4C)の数が減少したことが観察された。この結果と一致して、累積度数分布として示した白血球のローリング速度は変化しなかった(図4E)。このことから、抗M7抗体によって白血球の強固な接着が阻害されるが、白血球のローリング特性は阻害されないことが示された。抗M7抗体が白血球自体を減少させた可能性を除外するため、抗M7抗体またはこれに対応するアイソタイプコントロールを腹腔内注射し、各白血球集団を定量した。重要なことに、いずれの抗体を投与した群においても変化は観察されなかった。また、単球の捕捉が阻害されたことによって、その下流の作用(たとえば血管外遊走など)も影響を受けるかどうかを調べるため、単球にGFPを発現するマウス(CX3CR1-GFP)をTNFαで4時間チャレンジした後、IgGのFab製剤または抗M7抗体のFab製剤の存在下で生体顕微鏡法により観察した(図4F)。この実験の結果、抗M7抗体で処置したマウスは、血管周囲腔に遊走した単球が少なくなることが示された(図4G)。さらに、抗M7抗体のFab断片で処置したマウスを生体顕微鏡法で観察したところ、炎症促進性サイトカインであるTNFα、IL-6およびMCP-1の血漿中濃度が、IgGのFab断片で処置したコントロールマウスと比較して有意に低下することが示された(図4H)。これらの結果から、白血球の接着はCD40LとMac-1の相互作用によって生じ、この相互作用は、抗M7抗体によって機能的に阻害できることが明確に示された。
【0070】
実施例6
さらに、抗M7抗体が、インビボにおいて静脈血栓形成や血小板のエフェクター機能に影響を及ぼさないことが示された。
【0071】
Mac-1は止血および血栓形成に関与するが、血小板糖タンパク質であるGP1bαと相互作用することによってこれらの機能を発揮すると考えられる。また、CD40Lは血栓を安定化させ、CD40Lの治療的抑制は血栓塞栓性合併症を引き起こす。本発明の抗体が望ましくない血栓の不安定化を誘導する可能性を除外するため、塩化第二鉄を使用してC57Bl/6マウスの腸間膜細静脈に静脈血栓形成を誘導した。生体顕微鏡法によるインビボでのローダミン染色によって血栓形成を可視化した(図5A)。過去に報告されているように、抗Mac-1抗体のFab断片を腹腔内注射することによってMac-1を抑制すると、静脈閉塞時間が延長し、塞栓子の遊離が増加した(図5B,C)。この結果から、Mac-1が血栓の安定化に必要であることが確認できた。これに対して、抗M7抗体による抑制では、静脈閉塞時間においても、塞栓子の遊離においても有意な変化は見られなかったことから、これらの関連経路に影響を及ぼさないことが示唆された。したがって、白血球と血小板の凝集塊の形成は、Mac-1を非特異的に阻害することによって減少するが、CD40LとMac-1の相互作用を特異的に阻害してもこのような減少は見られないことがわかった(図5D)。これらのデータから、抗M7抗体は、止血系に有害な作用を及ぼさないと見られることが示唆された。
【0072】
実施例7
CD40LとMac-1の相互作用によって、皮膚創傷の治癒が改善するが、他のリガンドとMac-1の相互作用ではこのような改善は見られない。創傷治癒過程において白血球の浸潤は極めて重要なステップであり、Mac-1 nullマウスにおいて創傷治癒が遅延することが報告されている。これらの作用がMac-1とCD40Lの相互作用を介したものであるのかどうかを調べるため、C57Bl/6マウスの背部に4mmの皮膚創傷を作製した直後に、抗M7抗体、抗Mac-1抗体またはこれらに対応するアイソタイプコントロールの各Fab断片を腹腔内に注射して処置した。興味深いことに、実験期間中、抗Mac-1抗体で処置したマウスにおいて創傷治癒の遅延は検出されなかった。しかし、カプラン・マイヤー法により創傷治癒分析を行ったところ、抗M7抗体で処置したマウスでは、皮膚創傷がより速く治癒したことが示され、創傷作製の6日後に観察した創面がより小さくなっていた(図6A,B)。この結果から、CD40LとMac-1の相互作用の特異的抑制は、皮膚創傷の治癒に悪影響を及ぼさず、皮膚創傷の治癒に対して保護効果をもたらすと見られることが示された。
【0073】
実施例8
Mac-1とCD40Lの相互作用の特異的な阻害では、細菌性敗血症における細菌の排除、炎症および生存率が改善するが、Mac-1の非選択的な抑制ではこれらの増悪が見られる。
【0074】
Mac-1を遺伝子欠損させたマウスは、細菌性敗血症における生存率が低下することから、宿主防御および細菌の排除において白血球インテグリンが一定の役割を果たしている可能性が近年報告されている。Mac-1とCD40Lの相互作用におけるリガンド特異的な阻害が細菌性敗血症においてむしろ有益に作用するかどうかを調べるため、盲腸結紮穿刺(CLP)モデルを作製した。CLP処置の20時間後、血液中を循環している炎症性単球およびパトロール単球を計数し、基礎的な炎症パラメータを定量した。興味深いことに、CLP処置によってGr-1+炎症性単球が循環系へと強力に動員され、IgG抗体Fab断片で処置したマウスでは、炎症性単球サブセットの割合が全単球の約82.4±4.6%にも達した。この反応は抗Mac-1抗体Fab断片による処置では変化が見られなかったが(77.4±6.0%)、抗M7抗体Fab断片による処置ではほぼ改善した(56.8±3.7%;図7A)。CLP処置を行うことによって腹膜腔に骨髄系細胞が浸潤する。腹膜腔に浸潤した顆粒球(F4/80-Gr-1+)はフローサイトメトリーによって同定した(図7B)。抗Mac-1抗体および抗M7抗体はいずれも顆粒球の蓄積を大幅に低下させ、抗Mac-1抗体では59.9±12.2%低下し、抗M7抗体では73.8±7.1%低下した(図7C)。急性期タンパク質の一種であるSAAが63.4±19.7%の大幅な低下を示したことからも、抗M7抗体処置が抗炎症作用を有することが示された(図7D)。特に、抗M7抗体処置では血漿からの細菌の排除が改善したが、これに対して抗Mac-1抗体処置では、血漿中でも腹膜腔でも細菌数の増加が見られた(図7E)。また、CLP処置を行うと、腎臓や肺などの末梢において好中球の蓄積が観察される。脾臓に輸送される顆粒球を定量するため、腎臓切片において顆粒球マーカーLy6GのICH染色を行った(図7F)。特に、いずれの抗インテグリン療法でも好中球の蓄積が阻害され、抗Mac-1抗体で処置したマウスにおいてより高い効果が見られた(図7F)。さらに、本発明による新規なリガンド特異的療法が、敗血症の生存において有益に作用するかどうかを評価した。この評価を行うため、CLP処置を行い、CLP手術を実施してから0時間後、48時間後および96時間後に、IgG抗体、抗Mac-1抗体および抗M7抗体の各Fab製剤でマウスを処置した。カプラン・マイヤー分析およびログランク検定を使用して生存率を算出した。抗Mac-1抗体で処置したマウスは、IgGコントロールで処置したマウスと比較して平均生存率が有意に低下した(CLP処置を実施してから169時間後において、抗Mac-1抗体処置では平均生存率が0%であったのに対して、IgGコントロール処置では平均生存率が6.7%であった)。特に、抗M7抗体処置では、実験終了時に40.0%の生存率が示され(図8)、このリガンド標的療法が非特異的な抑制よりも優れていることが示された。
【0075】
実施例9
抗M7抗体処置は、心筋梗塞を起こして損傷した心筋における炎症性白血球の浸潤を改善する。心筋梗塞発症後、数日以内に炎症性白血球の蓄積が起こる。梗塞後心臓に動員された炎症性白血球は炎症反応を起こし、創傷治癒を悪化させて、心筋梗塞後に心不全を引き起こす。治療戦略の一つとして白血球浸潤の抑制が提案されているが、このような治療戦略として現在利用可能なものは存在しない。マウスの左前下行枝(LAD)を外科的に結紮して心筋梗塞を誘導し、抗M7抗体で処置すると、損傷した心筋において、Mac-1を発現する炎症性白血球サブクラスである単球および好中球の浸潤が減少することがわかった。したがって、抗M7抗体は心不全を緩和した。
図1
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図8
図9
【配列表】
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