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特許7116216噴射器ノズル内の制御されたキャビテーションを使用する大型2サイクルエンジンの潤滑化方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-01
(45)【発行日】2022-08-09
(54)【発明の名称】噴射器ノズル内の制御されたキャビテーションを使用する大型2サイクルエンジンの潤滑化方法
(51)【国際特許分類】
   F01M 1/06 20060101AFI20220802BHJP
   F01M 1/08 20060101ALI20220802BHJP
   F01M 5/00 20060101ALI20220802BHJP
【FI】
F01M1/06 E
F01M1/08 E
F01M5/00 N
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021072472
(22)【出願日】2021-04-22
(62)【分割の表示】P 2019565337の分割
【原出願日】2018-05-25
(65)【公開番号】P2021105402
(43)【公開日】2021-07-26
【審査請求日】2021-05-10
(31)【優先権主張番号】PA201770382
(32)【優先日】2017-05-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】DK
(73)【特許権者】
【識別番号】511081141
【氏名又は名称】ハンス イェンセン ルブリケイターズ アクティーゼルスカブ
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103610
【弁理士】
【氏名又は名称】▲吉▼田 和彦
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【弁理士】
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100098475
【弁理士】
【氏名又は名称】倉澤 伊知郎
(74)【代理人】
【識別番号】100130937
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100162824
【弁理士】
【氏名又は名称】石崎 亮
(72)【発明者】
【氏名】ラヴェンドラン ラテサン
【審査官】北村 亮
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/071706(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2009/0140067(US,A1)
【文献】欧州特許出願公開第1116805(EP,A2)
【文献】特表2014-511961(JP,A)
【文献】特開2005-291108(JP,A)
【文献】特開2006-241989(JP,A)
【文献】特開2004-176660(JP,A)
【文献】特開2019-19730(JP,A)
【文献】米国特許第10731527(US,B2)
【文献】特開2015-21429(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F01M 1/06
F01M 1/08
F01M 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シリンダ(1)を備えた大型2サイクルエンジンの潤滑化方法であって、
前記シリンダ(1)は、内部の往復ピストンと、噴射段階中に前記シリンダ(1)の外周上の様々な位置において前記シリンダ(1)内に潤滑油を噴射するための、前記外周沿いに分散した複数の潤滑油噴射器(4)とを含み、
各潤滑油噴射器(4)はノズル(5)を含み、該ノズル(5)は、前記潤滑油が前記ノズルから離れて前記シリンダ内に入り込むためのノズル出口を有し、前記ノズルが円形である場合、前記ノズル出口は直径Dを有し、或いは前記ノズルが円形でない場合、前記ノズルは、前記ノズル出口面積を円周率≒3.14で除算したものの平方根の2倍である相当直径Dを有し、
前記方法は、密度ρ、粘度μ及び圧力Pを有する前記潤滑油をノズル開口部に供給するステップ、及び、前記エンジンの動作中に前記シリンダ(1)内に潤滑油を噴霧として噴射するステップを含み、
前記方法は、前記噴射中に前記ノズル内で潤滑油キャビテーションを誘発して、前記キャビテーションにより前記噴霧の特性に影響を与えるべく、前記ノズル出口を通じて前記シリンダ内に450を上回るレイノルズ数の前記潤滑油を噴射するように、前記ノズル内に超音波振動をもたらすステップ、及び、前記密度ρ、前記粘度μ及び前記圧力Pを所与の直径Dに合わせて選択するステップをさらに含む、
ことを特徴とする方法。
【請求項2】
前記潤滑油は、船舶用エンジンのための潤滑油であり、以下のような温度によって与えられる粘度に従い、
μ(T)=0.00610・e1246/(8.31・T)
Tは摂氏温度であり、T>20℃であり、
D、T及びPは、A、B、C、D、E又はFによって与えられ、
A)D≧0.3mm、T≧60℃、P≧60バールであり、
B)D≧0.3mm、T≧100℃、P>10バールであり、
C)D≧0.3mm、T≧140℃、P≧10バールであり、
D)D>0.2mm、T≧100℃、P≧40バールであり、
E)D>0.3mm、T≧60℃、P≧40バールであり、
F)D>0.2mm、T≧100℃、P≧20バールである、
請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記方法は、前記ノズル内のキャビテーションが前記ノズル出口まで延びている間に前記シリンダ内に前記潤滑油を噴射するステップを含む、
請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
D、T及びPは、G、H、I、J、K、L又はMによって与えられ、
G)D≧0.3mm、T≧60℃、P≧150バールであり、
H)D≧0.3mm、T≧100℃、P>10バールであり、
I)D≧0.3mm、T≧140℃、P≧21であり、
J)D>0.23mm、T≧100℃、P≧40バールであり、
K)D≧0.5mm、T≧60℃、P≧40バールであり、
L)D>0.21mm、T≧100℃、P≧60バールであり、
M)D>0.31mm、T≧100℃、P>20バールである、
請求項1から3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
前記方法は、前記ノズルを通じて前記シリンダ内に前記潤滑油を噴射するステップを含み、前記直径Dは、少なくとも0.3mmであり、前記方法は、前記ノズル出口を通じて前記シリンダ内に、20バールを上回る圧力P及び0.05パスカル秒を下回る粘度μで前記潤滑油を噴射するステップをさらに含む、
請求項1から4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記ノズルは、一端が前記ノズル出口を形成する噴霧穴を含み、前記ノズルは、前記噴霧穴に潤滑油を流すための袋穴を含み、前記噴霧穴は、前記袋穴から前記ノズル出口まで延び、前記噴霧穴の中心長手方向軸は、前記袋穴の中心長手方向軸との間に角度を有し、該角度は30~90°であり、前記袋穴の中心長手方向軸に垂直な前記袋穴の断面積は、前記噴霧穴の中心長手方向軸に対して横方向の前記噴霧穴の断面積よりも大きく、前記噴霧穴の長さは0.5~1mmである、
請求項1から5のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大型2サイクルエンジンの潤滑化方法に関する。
【背景技術】
【0002】
環境保護への重点的な取り組みにより、船舶用エンジンからの排出物削減に関する努力が行われている。これには、特に競争の激化に起因して、このようなエンジンの潤滑システムを着実に最適化することも含まれる。ますます注目を集める経済的側面の1つに、環境保護の理由だけではなく、船舶運航コストのかなりの部分を占めるからという理由で、潤滑油消費の低減が挙げられる。しかしながら、摩耗を最小限に抑えてエンジンの寿命を延ばすには常に正しい潤滑を確実にしなければならないので、潤滑油消費を抑えることによってエンジンの寿命を損なうべきではない。従って、潤滑に関する着実な改善が必要とされている。
【0003】
大型低速走行2ストローク船舶用ディーゼルエンジンの潤滑システムは、シリンダライナ上への潤滑油の直接噴射、又はピストンリングへの油クイル(oil quills)の噴射を含む複数の異なるものが存在する。
【0004】
欧州特許第1767751号には、船舶用エンジンの潤滑油噴射器において、逆止弁を使用してシリンダライナ内のノズル通路に潤滑油をもたらす例が開示されている。逆止弁は、ノズル通路のすぐ上流の弁座内にばねによって加圧された往復運動するボールを含み、このボールを加圧潤滑油によって変位させる。ボール弁は、例えば1923年の英国特許第214922号に開示されているように、前世紀の初頭にまで遡る原理に基づく昔ながらの技術的解決策である。
【0005】
従来の潤滑に比べて比較的新しい別の潤滑方法は、商業的に「スワールインジェクション型(SIP)」と呼ばれている。この方法は、潤滑油の霧状の液滴噴霧物をシリンダ内部の掃気スワール渦(scavenging air swirl)内に噴射することに基づく。潤滑油は、螺旋状に上方に向かうスワール渦によってシリンダの上死点(TDC)に引き付けられ、薄い均一な層としてシリンダ壁に対して外向きに押し付けられる。この方法は、国際公開第2017/071706号、国際公開第2010/149162号及び国際公開第2016/173601号において詳細に説明されている。噴射器は、典型的には弁ニードルである往復動式弁部材が内部に設けられた噴射器ハウジングを含む。弁部材は、例えばニードル先端部を用いて、ノズル開口部への潤滑油の経路を正確なタイミングに従って開閉する。現在のSIPシステムでは、霧状の液滴の噴霧が37バールの圧力で行われる。比較すると、シリンダ内に導入される細かい油ジェットと協働するシステムでは油圧が30バール未満であり、10バール未満であることも多い。
【0006】
このような大型の船舶用エンジンでは、シリンダの周囲に複数の噴射器が配置され、各噴射器は、シリンダ内に潤滑油のジェット又は噴霧を送達するための1又は2以上のノズル開口部を先端に含む。船舶用エンジンにおけるSIP潤滑油噴射器システムの例は、国際公開第2002/35068号、第2004/038189号、第2005/124112号、第2010/149162号、第2012/126480号、第2012/126473号、第2014/048438号及び第2016/173601号に開示されている。
【0007】
SIP潤滑における噴霧の最適化は着実に発展を遂げている。潤滑油噴射器には、燃料噴射器との類似点がいくつかあるが、比較では異なる挙動及び異なる効果も示される。この原因は、主に粘度、表面張力及び液圧などの異なる効果をもたらす噴射器の異なる作業条件にある。従って、燃料噴射についての研究結果を自動的に潤滑油噴射に置き換えることはできず、場合によっては驚くべき挙動の違いも見られる。
【0008】
噴霧形成のための重要因子の1つは、蒸発に起因して液体中に蒸気キャビティが形成される、ノズル内のキャビテーションである。ノズル内のキャビテーションは、液体流に著しい外乱を導入してジェットを不安定化するので、液体の霧化に影響を及ぼす。燃料噴射の分野では、このようなノズル内キャビテーションの研究が集中的に行われてきたが、潤滑油噴射器内のキャビテーションに関する研究もいくつか存在する。以下では、この節の最後にアルファベット順で記載する複数の出版物を参照し、第1著者の名前を参照してこれらについて言及する。
【0009】
ノズル内におけるキャビテーションと呼ばれる蒸気キャビティの形成は、液体の局所圧力がその蒸気圧を下回った時に発生する(Franc及びMichel、2006年、Li、2014年)。噴霧ノズル内における最もよく知られているタイプのキャビテーションは、幾何学的に誘発されるキャビテーションである(Dumouchel他、2013年)。このキャビテーションは、液体が流れる流路の形状変化によって液体を蒸発させるのに十分な程度の圧力降下が生じた時に発生する。
【0010】
ノズル内のキャビテーションは、大振幅の外乱を導入することによって液体流の確率的挙動をもたらしてジェットを不安定化するので、ジェットの霧化を増進させる(Bergwerk、1959年)。Payri他(2004)は、ディーゼル燃料噴射器の異なるノズル形状の影響を調査し、キャビテーションが噴霧角及び噴霧穴の出口速度を増加させることを示した。
【0011】
幾何学的キャビテーションがノズルの出口に達すると、その構造が泡状の雲から滑らかな曲線状の膜状キャビテーションに変形して、排出される噴霧構造に大きく影響することも観察された(Mirshahi、2015年)。
【0012】
例えば、米国特許第7712684号には、燃料噴射中にキャビテーションをもたらす特殊な燃料噴射弁が開示されている。
【0013】
Tamaki及びShimizu(2002年)は、高粘稠液について、交差部を通じて液体を迂回させた時のキャビテーションを促す低流体圧を使用して、短い崩壊長さと小さなザウタ平均粒径とが取得されることを示した。Sou他(2007年)は、ほぼ噴射器ノズルの出口までキャビテーションが延びている時には霧化が増進され、キャビテーションがノズル出口まで延びている場合には霧化が抑制されることを発見した。この理由は、下流の空気が上向きに移動してノズルに入り込むとキャビテーションが消滅するからである。このメカニズムは、水圧フリップ(hydraulic flip)として知られている(He他、2016年)。
【0014】
キャビテーションは、尖った入口オリフィスだけでなく、針弁リフト(needle lift)、排出オリフィスの長さと直径の比率、入口縁部の曲率、液体特性、及びシステム圧力などのパラメータによっても促される(Dong他、2016年、Jollet他、2014年、Pratama他、2015年、Schmidt及びCorradini、2001年)。
【0015】
Andriotis他(2008年)は、非軸方向噴射条件を調査し、ノズル内部の渦状の液体流が、ストリングキャビテーション又はボルテックスキャビテーションとしての複雑な現象を招くことを示した。
【0016】
キャビテーションは、例えば20~100kHzなどの、任意に20~200kHzの超音波周波数などの高周波数のノズル内振動によっても影響を受けることがある。先行技術には、ノズル内超音波励起が開示されている(Khmelev 2006年、Rajan 2001年)。Soth他による米国特許第4,659,014号明細書には、超音波ノズルの例が示されている。米国特許出願公開第2009/140067号明細書及び欧州特許第1116805号明細書には、低圧において高い流量を達成する他の例が示されている。
【0017】
Gardhouse(2014年)による、キャビテーションが噴霧形成に及ぼす影響に関する著作物には、潤滑油SIP噴射器内のキャビテーションに対する特別な注意が見られる。この研究には、4.8mmの袋穴と0.3mmの出口噴霧穴径とを有するノズルが使用された。ノズル入口からノズル出口までのキャビテーションの発生を、その近距離及び遠距離噴霧構造に及ぼす影響に関して調査した。結論として、このような噴射器では、一定の低粘度が有意なノズル流キャビテーションを誘発して噴霧の分割を招き、最終的にはライナカバレッジの制御が弱まってしまう。
【0018】
Gardhouseの結論では、特にノズル先端近くのキャビテーションは噴霧の安定性にとって不利であり、噴霧の制御が弱くなる。このことは、キャビテーションがノズル出口まで延びている場合には霧化が抑制されることを見出した、上述したSou他(2007年)による著作物と大いに一致する。
【0019】
これらの研究結果の結論が、異なる粘度に起因して燃料噴射とは異なる形で挙動する潤滑油噴射にも当てはまり得る限り、ノズル出口におけるキャビテーションは不利である。換言すれば、ノズル寸法、並びに潤滑油の圧力及び粘度などのパラメータは、特にノズル出口におけるキャビテーションが回避されるように選択すべきである。このことも、ノズル内にキャビテーションを誘発しないパラメータで動作する現在の船舶用エンジンのための商用SIP噴射システムと一致する。
【0020】
例えば、船舶用エンジン又は発電所用エンジンなどの大型2サイクルガス及びディーゼルエンジンにおける潤滑の改善には揺るぎない動機が存在するため、キャビテーション設計は、特にSIP噴射の噴霧を最適化する検討の一部であることが有利である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0021】
【文献】欧州特許第1767751号明細書
【文献】英国特許第214922号明細書
【文献】国際公開第2010/149162号
【文献】国際公開第2016/173601号
【文献】国際公開第2002/035068号
【文献】国際公開第2004/038189号
【文献】国際公開第2012/126480号
【文献】国際公開第2012/126473号
【文献】国際公開第2005/124112号
【文献】国際公開第2014/048438号
【文献】米国特許第7,712,684号明細書
【文献】米国特許第4,659,014号明細書
【文献】デンマーク国特許第178427号明細書
【文献】国際公開第2017/071706号
【文献】米国特許出願公開第2009/140067号明細書
【文献】欧州特許第1116805号明細書
【非特許文献】
【0022】
【文献】Andriotis,A.、Gavaises,M.、及びArcoumanis,C.著、「ディーゼル噴射機ノズルにおける渦流及びキャビテーション(Vortex flow and cavitation in diesel injector nozzles)」、Journal of Fluid Mechanics、第610巻、2008年8月号、195~215ページ、2008年
【文献】Bergwerk,W.著、「ディーゼルノズル噴霧穴の流れパターン(Flow pattern in diesel nozzle spray holes)」、ARCHIVE:Proceedings of the Institution of Mechanical Engineers 1847~1982(1~196巻)、第173巻、1959号、655~660ページ、1959年、インターネット<URL http://pme.sagepub.com/content/173/1/655.short>
【文献】Bicer,B.及びSou,A.著、「燃料噴霧器ノズルにおける過渡的キャビテーション流をシミュレートするための乱流及び気泡の動的モデル(Turbulence and Bubble Dynamics Models to Simulate Transient Cavitation Flow in Fuel Injector Nozzle)」B.,ILASS Asia、13th International Conference on Liquid Atomization and Spray Systems、1~8ページ、2015年
【文献】Brusiani, F.、Falfari,S.、及びPelloni,P.著、「ノズルから現れる流動状態に対するディーゼル噴霧器の穴形状の影響(Influence of the diesel injector hole geometry on the flow conditions emerging from the nozzle)」、Energy Procedia、第45巻、749~758ページ、2014年
【文献】Dabiri,S.、Sirignano,W.A.、及びJoseph,D.D.著、「オリフィス穴におけるキャビテーション(Cavitation in an orifice flow)」、Physics of Fluids、第19巻、第7号、072112ページ、2007年
【文献】Dong,P.、Inaba,T.、Nishida,K.、及びShimo,D.著、「ディーゼルエンジンのための単孔噴射器及び多孔噴射器の内部流及び近距離噴霧の特性(Characteristics of the internal flow and the nearfield spray of a single-hole injector and a multi-hole injector for diesel engines)」、Proceedings of the Institution of Mechanical Engineers、Part D:Journal of Automobile Engineering、第230巻、第5号、632~649ページ、2016年
【文献】Dumouchel,C.、Leboucher,N.、及びLisiecki,D.著、「低噴射圧条件における実際の噴射器のキャビテーション及び一次霧化(Cavitation and primary atomization in real injectors at low itnnjection pressure condition)」、Experiments in Fluids、第54巻、第6号、2013年
【文献】Franc,J.-P.及びJ.-M.著、「キャビテーションの基礎(Fundamentals of Cavitation)」、2006年
【文献】Gardhouse,T.、Sercey,G.、Crua C.、Edwards,S.、Thompson,C.著、「海洋潤滑油噴霧のシャドウグラフィック特徴(Shadowgraphic Characterisation of Marine Lubricant Sprays)」、ILASS-Europe 2014、26th Annual Conference on Liquid Atomization and Spray Systems、2014年9月、ドイツ、ブレーメン
【文献】He,Z.、Guo,G.、Tao,X.、Zhong,W.、Leng,X.及びWang,Q.著、「内部流及び噴霧特性に対するノズル穴形状の影響についての研究(Study of the effect of nozzle hole shape on internal flow and spray characteristics)」、International Communications in Heat and Mass Transfer、第71巻、1~8ページ、2016年
【文献】Jollet,S.、Hansen,H.、Bitner,K.、Niemeyer,D.及びDinkelacker,F.著、「高圧条件を有する透明ノズル(Transparent Nozzles With High Pressure Conditions)」、ILASS Europe、26th Annual Conference on Liquid Atomization and Spray Systems、8~10ページ、2014年
【文献】Jollet,S.、Heilig,a.、Bitner,K.、Niemeyer,D.及びDinkelacker,F.著、「高圧透明噴射ノズルの実験及び数値的シミュレーションの比較(Comparison of experiments and numerical simulations of high pressure transparent itnnjection nozzles)」、Experimental testrig、9月号、1~4ページ、2013年
【文献】Khmelev,V.N.、Shalunov,A.V.、Smerdina,E.S.著、「粘稠液のキャビテーション噴霧(The Cavitation Spraying Of The Viscous Liquids)」、2006年、Electron Devices and Materials 2006、Proceedings 7th Annual 2006 International Workshop and Tutorials、インターネット<http://u-sonic.ru/downloads/edm06/spray_eng.pdf.>
【文献】Li,Z.著、「ジェットキャビテーション及びキャビテーションジェットドリリングの基準(Criteria for jet cavitation and cavitation jet drilling)」、International Journal of Rock Mechanics and Mining Sciences、第71巻、204~207ページ、2014年、インターネット<URL:http://dx.doi.org/10.1016/j.ijrmms.2014.03.021>
【文献】Mariasiu,F.著、「噴射器ノズルに対するバイオ燃料特性の影響についての数値的調査(Numerical Investigation of the Effects of Biofuel Characteristics on the Injector Nozzle)」、Erosion Process、Tribology Transactions、第56巻、第2号、161~168ページ、2013年
【文献】Mirshahi,M.、Yan,Y.、Nouri,JM.著、「ノズル付近の出口噴霧に対するキャビテーションの影響(Influence of cavitation on near nozzle exit spray)」、Paper presented at the CAV 2015. 9th Int. Symp. On Cavitation, 6-10 Dec 2015, Lausanne, Switzerland.
【文献】Payri,F.、Bermudez,V.、Payri,R.及びSalvador,F.J.著、「ディーゼル噴射ノズルにおける内部流及び噴霧特性に対するキャビテーションの影響(The influence of cavitation on the internal flow and the spray characteristics in diesel itnnjection nozzles)」、Fuel、第83巻、第4~5号、419~431ページ、2004年
【文献】Pratama,R.H.、Sou,A.、Wada,Y.及びYokohata,H.著、「ミニサックノズルのキャビテーション及び噴射液ジェット(Cavitation in Mini-Sac Nozzle and Injected Liquid Jet)」、ICLASS 2015、13th International Conference on Liquid Atomization and Spray Systems、第1巻、3~9ページ、2015年
【文献】Rajan,R.及びPandit,A.B.著、「超音波噴霧における液滴サイズを予測するための相関性(Correlations to predict droplet size in ultrasonic atomisation)」、Ultrasonics 39(2001)、235~255ページ
【文献】Roohi,E.、Zahiri,A.P.及びPassandideh-Fard,M.著、「VOF法及びLES乱流モデルを用いた2次元水中翼の周囲のキャビテーションの数値的シミュレーション(Numerical simulation of cavitation around a two-dimensional hydrofoil using VOF method and LES turbulence model)」、Applied Mathematical Modelling、第37巻、第9号、6469-6488ページ、2013年
【文献】Schmidt,D.P.及びCorradini,M.L.著、「ディーゼル燃料噴射器ノズルの内部流(The internal flow of Diesel fuel injector nozzles)」、a review,Int J Engine Research、JER 00201 ImechE、第2巻、第6号、1~22ページ、2001年
【文献】Sciences,M.及びSquare,N.著、「ディーゼル噴射器ノズルにおける渦流及びキャビテーション(Vortex flow and cavitation in diesel injector nozzles)」、第610巻、195~215ページ、2008年
【文献】Soriano-Palao,O.J.、Sommerfeld,M.及びBurkhardt,A.著、「ディーゼルジェットの一次分散に対するノズル形状の影響のモデル化(Modelling the influence of the nozzle geometry on the primary breakup of diesel jets)」、International Journal of Spray and Combustion Dynamics、第6巻、第2号、113~146ページ、2014年
【文献】Sou,A.、Hosokawa,S.及びTomiyama,A.著、「液体ジェット噴霧に対するノズル内キャビテーションの影響(Effects of cavitation in a nozzle on liquid jet atomization)」、International Journal of Heat and Mass Transfer、第50巻、第17~18号、3575~3582ページ、2007年
【文献】Tamaki,N.及びShimizu,M.著、「圧力霧化式噴射ノズルによる高粘度液体噴流の微粒化促進(Enhancement of Atomization of High-Viscous Liquid Jet By Pressure Atomized Nozzle)」、ILASS Europe、12th Triennial International Conference on Liquid Atomization and Spray Systems、2002年
【文献】Yuan,W.、Sauer,J.及びSchnerr,G.H.著、「噴射ノズルにおける非定常キャビテーションのモデル化及び計算(Modeling and computation of unsteady cavitation flows in itnnjection nozzles)」、Mecanique et Industries、第2巻、第5号、383~394ページ、2001年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0023】
従って、本発明の目的は、この技術の改善を行うことである。特定の目的は、噴射器によって、より良好な潤滑油噴射の制御を行うことである。特に、大型2サイクルエンジンにおいてSIP弁を使用して潤滑を改善することが目的である。これらの目的は、後述する大型2サイクルエンジンの潤滑化方法によって達成される。
【課題を解決するための手段】
【0024】
この大型2サイクルエンジンはシリンダを含み、シリンダは、内部の往復ピストンと、噴射段階中にシリンダの外周部上の様々な位置においてシリンダ内に潤滑油を噴射するための、外周沿いに分散した複数の潤滑油噴射器とを含む。例えば、このエンジンは、船舶用エンジン又は発電所における大型エンジンである。通常、エンジンは、ディーゼル燃料又は気体燃料を燃焼させる。
【0025】
噴射段階という用語は、噴射器によってシリンダ内に潤滑油が噴射されている時間に対して使用される。噴射サイクルという用語は、噴射器によってシリンダ内に潤滑油が噴射されてから次の噴射までに要する時間に対して使用される。これらの用語は、上述した先行技術と一致する。
【0026】
本明細書における噴射器という用語は、潤滑油入口と、潤滑油がノズルから離れて噴霧としてシリンダ内に入り込むための、出口サイズSの出口開口部を含むノズル出口を有する単一の噴射ノズルとを含むハウジングを有する潤滑油噴射弁システムに対して使用される。例えば、出口開口部は、直径Dを有する円形であり、この場合の直径DはサイズSの尺度である。出口開口部が円形から逸脱する場合、サイズSの潜在的尺度は開口部面積又は平均直径であり、後者は、円からわずかに逸脱した長円形又は楕円形の場合に有用である。例えば、非円形の出口開口部では、断面寸法が、断面積と円周率Pi≒3.14との間の比率の平方根の2倍として計算される相当直径である。ノズルは、1又は2以上の、典型的には最大でも2つのノズル出口を有する。
【0027】
SIP噴射器では、ノズルが、一端がノズル出口を形成する、例えば0.5mm~1mmの長さLを有するチャネルとして形成された噴霧穴を含む。典型的な噴射器では、ノズルが、噴霧穴に潤滑油を流すための袋穴を含み、噴霧穴が袋穴からノズル出口まで延びる。通常、噴霧穴の中心長手方向軸は、袋穴の中心長手方向軸との間に、例えば30~90°の角度を有する。多くの場合、袋穴の中心長手方向軸に垂直な袋穴の断面積は、噴霧穴の中心長手方向軸に垂直な噴霧穴の断面積よりも大きい。
【0028】
任意に、アップグレードのためのアドオンシステムとしてコントローラが設けられる。コントローラはコンピュータを含み、或いは電子的に又は無線でコンピュータに接続される。コンピュータは、エンジンの実際の状態及び動作を表すパラメータをモニタするように構成されることが有利である。コントローラは、コンピュータと協働して、これらのパラメータに基づいて、噴射段階中に噴射器による潤滑油の噴射量及び噴射タイミングを制御する。任意に、エンジンはコントローラを含む。以下でさらに明らかになるように、有利な実施形態では、コントローラが、潤滑油圧と、任意に潤滑油の温度とを制御するようにも構成される。
【0029】
導入部において説明したように、潤滑油噴射に関する先行技術では、キャビテーション、特にノズル先端付近のキャビテーションが噴霧の安定性、潤滑油の分散にとって不利であり、噴霧を制御しにくくするという結論に達している。従って、大型船舶用エンジンの潤滑油噴射では、実際にジェット噴射にもSIP噴射にもキャビテーションが使用されたことはない。噴射の、特にSIP噴射のパラメータは、キャビテーションを実現する範囲外になっていた。
【0030】
しかしながら、先行技術の結論とは対照的に、及びこの分野の傾向に反して、さらなる詳細な研究では、最適なSIP潤滑の決定因子である安定的な制御された噴射及び均一な潤滑油の分散をもたらすために、意外にもノズル内の潤滑油のキャビテーションを使用できることが分かった。
【0031】
本発明に至る研究では、このようなキャビテーションが潤滑油の噴霧形成だけでなく、噴霧品質、制御にとっても有益であり、たとえキャビテーションがノズル出口まで延びている場合であっても安定性が向上することが判明した。先行技術では、キャビテーションが不安定性及び不均一な噴霧分散を招くと考えられているため、とりわけキャビテーションがノズル出口に達するべきではないと教示されているが、意外にも潤滑油噴射の噴霧状態の改善にはその逆が実情であることが分かった。この先行技術における異なる理解は、主に水及び燃料などの低粘稠液の観察から引き出された結論(Sou 2007年)に由来すると考えられる。しかしながら、噴射器ノズル内で潤滑油を使用する実験に関する過去の報告(Gardhouse 2014年)でも、他の先行技術と一致する結論に達しており、ノズル出口に達するキャビテーションの有利な効果が見落とされていた。
【0032】
従って、本明細書に提示する方法は、キャビテーションによって導入される外乱によって噴霧特性に影響を与えるために、噴射中にノズル内で、例えばノズル出口まで延びるキャビテーションなどの潤滑油キャビテーションを誘発するステップを含む。いくつかの例では、キャビテーションが、噴霧穴を通じて少なくとも途中まで、例えば袋穴とノズル出口との間の距離の少なくとも半分まで延びることが有利である。
【0033】
本発明の実用的な方法によれば、例えば出口開口部の直径Dなどの出口開口部サイズSを有するノズル出口に粘度μ及び圧力Pの潤滑油が供給され、噴射段階中に、任意にノズル出口まで延びるキャビテーションがノズル内で形成される。例えば、粘度μ及び/又は圧力Pは、ノズル及びノズル開口部を通る制限された潤滑油の流れに起因して、ノズル内の、例えばノズル出口におけるキャビテーションが実現されるように調整される。
【0034】
しかしながら、ノズル内の、例えばノズル出口におけるキャビテーションを促すために、流れにさらに機械的に影響を与えることも可能である。1つの選択肢は、ノズル内で超音波振動を与えることである。例えば、Soth他による米国特許第4,659,014号には、超音波噴霧ノズルが開示されている。例えば、この噴射器は、超音波トランスデューサと、任意に圧電トランスデューサとを含む。トランスデューサは、ノズル又はノズル内に、任意にノズル出口又はその付近に設けられることが有利である。
【0035】
潤滑油の粘度の選択は、特定の潤滑油を選択することによって行われる。潤滑油の粘度は高温で低下するので、温度を変化させることによって粘度をさらに調整することができる。しかしながら、調査で明らかになったように、船舶用エンジンでは、一般的に使用されている潤滑油の粘度が幅広い温度範囲にわたって非常に類似する。
【0036】
圧力は、潤滑油ポンプから特定の潤滑油圧力を供給することによって選択される。例えば、圧力は、潤滑油に圧力を加えるポンプの調整によって、又は好適な圧力調整弁によって調整することができる。
【0037】
キャビテーションを決定する最重要因子は、潤滑油の粘度及び圧力に加えて、出口開口部サイズS、例えば直径Dである。一方で、一般的に使用されているSIP噴射器ほどではないにせよ、ノズル形状も役割を果たす。従って、最終的な動作の前には、既に試験された噴射器とは形状が異なる各種噴射器について実験室試験を実行することが推奨される。実験室試験という用語は、通常は実験室で実行されるものであるが、状況によってはエンジンの現場で実行することもできる。後者の場合には、現場が実験室の役割を果たす。
【0038】
例えば直径DなどのサイズSの出口開口部を含むノズルを有する特定のタイプの噴射器の試験は、例えばノズル出口まで、又はノズル穴を通じて少なくとも途中まで延びるキャビテーションがノズル内で形成されるような潤滑油の粘度μ及び圧力Pの選択を伴う。例えば、ノズル内でキャビテーションが生じるまで、例えばキャビテーションがノズル出口に延びるまで、又はノズル穴を通じて少なくとも途中まで延びるまで、上述したように温度変化によって粘度μを調整し、又は圧力Pを調整し、或いはこれらの両方を調整する。その後に粘度及び圧力のパラメータを記録する。特定のタイプの潤滑油の圧力P及び粘度μの単一の値又は値の範囲、或いは同等に温度を記録する。これらの値又は範囲は、ノズルの開口部サイズSだけでなく、ノズルの幾何学的詳細などの他のパラメータに関連することもできる。
【0039】
その後に、例えば直径Dなどのノズル出口サイズSを有する特定のタイプの噴射器の実験室試験からの記録パラメータ値を受け取り、エンジン内に同一又は同様のタイプの噴射器を設ける際にこれを使用する。実際には、記録パラメータ値に従う潤滑油の粘度μ及び圧力Pは、例えばエンジンの動作中にノズル出口まで又はノズル穴を通じて少なくとも途中まで延びるキャビテーションがノズル内で形成されるキャビテーション条件下で潤滑油の噴射を引き起こすためにエンジンを動かす際に使用される。いくつかの実施形態では、記録内に粘度が記載され、ユーザが対応する潤滑油を選択する。
【0040】
例えば、実験では、Dが少なくとも0.3mmであり、潤滑油が0.05パスカル秒を下回る粘度μを有し、ノズル出口を通じてシリンダ内に圧力P>20バールで噴射された場合にキャビテーションが示された。これは、1mmの直径を有する袋穴と、長さが0.75mmであって袋穴の中心長手方向軸に対して66°の角度の噴霧穴とを有するノズルについて示されたものである。しかしながら、以下でさらに詳細に説明するように、シミュレーションを参照すると、角度の変化はキャビテーションにほとんど影響を与えず、噴霧穴の長さを0.5~1mmの範囲内で変化させた場合にも、上記の圧力及び粘度パラメータがキャビテーションを実現するために有効である。
【0041】
粘度は、潤滑油の温度を変化させることによって調整することができる。このことは、調整できる幅広い範囲の粘度をもたらすので特に実用的である。このことが有用である理由は、上述したように、船舶用エンジン内への噴射に使用される典型的な潤滑油が同様の粘度を有するからである。例えば、実験室からの記録では、潤滑油の温度Tに依存する比粘度μ(T)を有する、任意に異なる銘柄の特定のタイプの潤滑油又は複数の同様のタイプの潤滑油が提案される。記録内のパラメータ値は、1又は複数の特定のタイプの潤滑油の圧力P及び温度Tの値を含み、これらのパラメータ値及びこれらの1又は複数の特定のタイプの潤滑油での噴射器の動作は、例えばノズル出口まで延びるノズル内のキャビテーションを示唆する。
【0042】
実際には、記録値が設定されると、これらの記録値が特定のタイプの噴射器のユーザに提供される。例えば、これらの記録値は、噴射器の販売時にデータシートとして共に提供される。
【0043】
ユーザは、特定の潤滑油タイプを選択することによって粘度μを選択し、粘度は、ノズルを通じて噴射される際の潤滑油の温度を制御することによってさらに記録パラメータ値に調整することもできる。また、潤滑油の圧力Pは、例えば潤滑油ポンプの圧力を変化させることによって、又は圧力調整弁を使用することによって記録値に調整される。その後、エンジンは、キャビテーション条件下で潤滑油の噴射を引き起こすためのこれらのパラメータ値で動作する。
【0044】
原理的には、潤滑油の温度設定を含めて圧力及び粘度の単一のパラメータ値の組を発見すれば十分であるが、粘度及び/又は圧力のパラメータ値の範囲を提供することが有利となり得る。これにより、温度及び/又は圧力の変動にかかわらず、又は異なる潤滑油が選択された時に、最適化なキャビテーション設定を保つことが容易になる。或いは、特定の1又は複数のタイプの潤滑油の温度T又は圧力P、或いはTとPの両方のパラメータ値の範囲が提供される。この1又は複数の範囲内では、噴射器の動作が、例えばノズル出口まで延びるノズル内のキャビテーションを示唆する。
【0045】
従って、実用的な実施形態では、方法が、例えば同じタイプの複数の噴射器をエンジン内に設けるステップと、1又は複数の記録パラメータ範囲内で潤滑油の粘度μ及び圧力P、又は特定のタイプの潤滑油の圧力P及び温度Tを選択するステップと、エンジンをこれらのパラメータ値で動作させて、エンジンの動作中にキャビテーション条件下で潤滑油の噴射を引き起こすステップとを含む。
【0046】
任意に、この方法は、粘度μ又は圧力P、或いはこれらの両方をパラメータ値範囲内で実験的に変化させるステップと、例えばノズル内でキャビテーションをノズル出口まで延びるように誘発するステップと、調整された粘度μ及び圧力Pのパラメータ範囲を記録するステップとを含む。
【0047】
試験後、エンジン内に同一又は同様のタイプの噴射器が設けられている場合には、潤滑油の粘度μ及び圧力Pを、実験中に記録された1又は複数のパラメータ値範囲内のパラメータ値に調整する。この場合も、エンジンは、1又は複数のキャビテーション範囲内のパラメータを潜在的に変化させたにもかかわらずエンジンの動作中にキャビテーション条件下で潤滑油の噴射を引き起こすようにこれらのパラメータで動作する。潜在的に、キャビテーションは、ノズル出口まで、又はノズル穴を通じて少なくとも途中まで延びる。
【0048】
例えば、エンジンの動作中には、潤滑油圧Pが変化する。任意に、ノズルにおける潤滑油の温度を同じ温度に保つことによって粘度μが一定に保たれる。
【0049】
或いは、圧力Pの変動の有無にかかわらず、ノズルにおける潤滑油の温度Tが変化することによって潤滑油の粘度μも変化する。潜在的に、この潤滑油温度の変化は、加熱器又は冷却器、或いはこれらの両方を含む温度調整ユニットを通る潤滑油の流れによって実現される。例えば、この温度調整ユニットは、温度を所定の温度範囲内で変化させるための温度調整機構を有し、選択された潤滑油タイプの所定の温度範囲は、ノズル内でノズル出口まで延びるキャビテーションを選択された圧力で誘発する粘度範囲内でのみ粘度変化を引き起こす。通常、温度調整は、コンピュータと協働するコントローラによってコンピュータ制御される。
【0050】
いくつかの実験では、船舶用エンジン内で現在商業的に使用されている37バールのSIP動作圧とは対照的に、良好な噴射圧が60バールを上回ることが分かった。いくつかの実験では、90℃を上回る温度においてノズル出口までのキャビテーションが観察されたのに対し、それよりも低い温度ではキャビテーションがノズル出口まで延びなかった。実験では、0.3mmの出口直径を有する噴霧ノズルでこれらの結果が見られた。使用した油は、ExxonMobil(登録商標)社のMobilgard(商標)570であった。
【0051】
キャビテーションがノズル出口まで延びるには、ノズル開口部における潤滑油のレイノルズ数が450を上回り、例えば500を上回ることが有利であることが分かった。レイノルズ数は、流れと粘度と出口直径との間の相対関係を含むという点で良好なパラメータである。
【0052】
関連するパラメータに対するキャビテーションの依存度についての掘り下げた研究では、キャビテーション数(C)を、圧力P及び粘度μ、並びにノズルが円形である場合にはノズル出口開口部直径である、或いはノズルが円形でない場合にはノズル出口領域の平方根を円周率≒3.14で除算したものの2倍である相当直径であるDのみに依存する単一の数式として記述できることが分かった。この数式は以下の通りであり、
【数1】
定数の値は以下のように与えられる。
【表1】
【0053】
キャビテーションは、キャビテーション数がC>0の時に存在する。調査では、C>0.2の場合にキャビテーションがノズル出口まで延びることが分かった。
【0054】
上述したように、典型的な潤滑油噴射器では、ノズルが、一端がノズル出口を形成して反対端が袋穴と流体連通する噴霧穴を含む。典型的なSIP噴射器では、噴霧穴の中心長手方向軸が、袋穴の中心長手方向軸に対して30~90°の角度を成し、袋穴の中心長手方向軸に垂直な袋穴の断面積は、噴霧穴の中心長手方向軸に垂直な噴霧穴の断面積よりも大きい。噴霧穴の長さは0.5~1mmである。
【0055】
このようなノズルの範囲では、良好なキャビテーションの基準が、例えば袋穴とノズル出口との間の距離の少なくとも半分までのノズルに向かうキャビテーションの実質的な延びを表すという理由でC>0.1である。
【0056】
上記から明らかになるように、説明した方法はSIP噴射にとって有用である。エンジンの動作中に正しいSIP潤滑を行うために、噴射器は、ピストンがTDCに向かって移動する際に噴射器を通る前に、潤滑油の霧状の液滴を含む噴霧をシリンダ内の掃気空気に繰り返し噴射する。掃気空気内では、TDCに向かう掃気空気の渦運動によって霧状の液滴がTDCに向かう方向に運ばれるので、霧状の液滴は、拡散してシリンダ壁上に分散する。
【0057】
例えば、噴射器は、油ミストとも呼ばれる噴霧状又は霧状の液滴を放出する直径0.1~1mmの、例えば0.2~0.5mmの出口開口部を有する噴霧ノズルを含む。行った実験では、D=0.3mmのノズル出口直径を使用した。
【0058】
上述したように、粘度はキャビテーション及び噴霧の霧化に影響を与える。船舶用エンジンで使用されるExxonMobil(登録商標)社のMobilgard(商標)560VSなどの潤滑油は、40℃で約220cSt、100℃で20cStの典型的な動粘性率を有し、これは202~37mPa・sの動粘性係数に相当する。船舶用エンジンに使用される他の潤滑油には、他のMobilgard(商標)油、及びCastrol(登録商標)社のCyltech油があり、これらは40~100℃ではほぼ同じ粘度を有し、100℃を上回ると粘度が低下し、全て霧化に有用である。
【0059】
船舶用エンジンに一般的に使用される潤滑油は、以下のような温度によって与えられる粘度に従い、
μ(T)=0.00610・e1246/(8.31・T)
Tは摂氏温度であり、T>20℃である。この温度に依存する粘度の式によって与えられる粘度を有する油では、キャビテーション及びノズル出口までのキャビテーションについて、それぞれ以下の(D、T、P)の3重項の実施形態が実験的に見つかった。
キャビテーション
D≧0.3mm、T≧60℃、P≧60バール
D≧0.3mm、T≧100℃、P>10バール
D≧0.3mm、T≧140℃、P≧10バール
D>0.2mm、T≧100℃、P≧40バール
D>0.3mm、T≧60℃、P≧40バール
D>0.2mm、T≧100℃、P≧20バール
ノズル出口までのキャビテーション
D≧0.3mm、T≧60℃、P≧150バール
D≧0.3mm、T≧100℃、P>10バール
D≧0.3mm、T≧140℃、P>10バール
D>0.23mm、T≧100℃、P≧40バール
D≧0.5mm、T≧60℃、P≧40バール
D>0.21mm、T≧100℃、P≧60バール
D>0.31mm、T≧100℃、P>20バール
【0060】
上述した3重項(D、T、P)のキャビテーション間隔では、上記の式μ(T)=0.00610・e1246/(8.31・T)を使用して、所与の温度最小値を対応する粘度最大値に変換することができる。これらの粘度値は、粘度/温度の関係がこの式によって与えられる潤滑油以外の潤滑油を使用する際にも有効かつ有用である。例えば、3重項(D≧0.3mm(T)≧60℃、(P)≧60バールでは、対応する粘度に基づく3重項が(D≧0.3mm(μ)≧0.074Pa・s、(P)≧60バール)である。
【0061】
便宜上指摘しておくと、1バール=0.1MPaである。
【0062】
以下、図面を参照しながら本発明をさらに詳細に説明する。
【図面の簡単な説明】
【0063】
図1】例えば船舶用ディーゼルエンジンなどの大型2サイクルエンジンのシリンダ1の半分を示す図である。
図2】内部ノズルキャビテーションを検出するために使用される実験装置を示す図である。
図3】実験で使用されるHJ-SIP噴射ノズルの内部形状を示す図である。
図4】噴射の0.13ms後に撮影した、内部ノズル流の高速シャドウグラフィック画像である。
図5】噴射の0.13ms後に撮影した、噴霧の高速シャドウグラフィック画像である。
図6】エッジキャビテーション及びボルテックスキャビテーションを示す図である。
図7】右側の画像ではキャビテーションがノズル出口まで延びている比較を示す図である。
図8】右側の画像ではキャビテーションがノズル出口まで延びているノズル付近の比較を示す図である。
図9】圧力を高めてノズル出口までのキャビテーションを達成する潤滑の改善を示す図である。
図10】測定された質量流量と圧力とを相対的に示す図である。
図11】噴射ストローク長に依存する、形成された噴霧の実験画像である。
図12】異なる温度におけるキャビテーションのシミュレーション結果を示す図である。
図13】変化するTに依存する、P=40bar及びD=0.3におけるキャビテーション数Cのグラフである。
図14】変化するPに依存する、T=60、100及び140℃の場合のD=0.3におけるキャビテーション数Cのグラフである。
図15】変化するDに依存する、T=60及び100℃の場合のP=40バールにおけるキャビテーション数Cのグラフである。
図16】変化するDに依存する、P=20、40及び60バールの場合のT=100℃におけるキャビテーション数Cのグラフである。
図17】変化するPに依存する、D=0.3及びT=100℃におけるキャビテーション数Cのグラフである。
図18】変化するDに依存する、P=40バール及びT=100℃におけるキャビテーション数Cのグラフである。
図19】異なる銘柄の潤滑油の温度Tに対する粘度の依存性を示す図である。
図20】キャビテーションに関する様々な一連の実験のレイノルズ数を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0064】
図1に、例えば船舶用ディーゼルエンジンなどの大型2サイクルエンジンのシリンダ1の半分を示す。シリンダ1は、シリンダ壁3の内側にシリンダライナ2を含む。シリンダ壁3の内部には、シリンダ壁3を貫通して、シリンダ1内に潤滑油を噴射するための複数の噴射器4が設けられる。図示のように、噴射器4は、隣接する噴射器4間に同じ角距離を保って円の外周に沿って分布するが、これは厳密に必須ではない。また、例えば1つおきの噴射器が隣接する噴射器に対して相対的に変位するような軸方向に変位した噴射器の配置も可能であるため、円に沿った配置も必須ではない。
【0065】
選択肢の中の一例として、噴射器4は、「共通レール」とも呼ばれる共通供給導管9を通じてコントローラ11から潤滑油を受け取る。或いは、噴射器4は、各群が各群のための共通供給導管9を介してコントローラ11から潤滑油を受け取る群の形で配置される。例えば、噴射器4の2つの群が存在し、外周沿いの隣接する噴射器が交互に一方又は他方の群に属する。さらなる選択肢として、各単一の噴射器に対してコントローラ11が設けられ、各噴射器に対して供給導管9が設けられる。さらなる選択肢として、単一の噴射器4毎に1つずつの複数の供給導管9と共にコントローラ11が設けられる。
【0066】
噴射器4の各々は、潤滑油の微小噴射とは対照的に、微小液滴7を含む細かい霧状の噴霧8を高圧下でシリンダ1内に放出するノズル開口部5’を含むノズル5を有する。シリンダ1内の掃気空気のスワール渦14は、潤滑油がシリンダライナ2上に均一に分布するように噴霧8を運んでシリンダライナ2に押し付ける。この潤滑システムは、当分野では「スワールインジェクション型(SIP)」として知られている。任意に、シリンダライナ2には、噴射器4からの噴霧8又はジェットに適切な空間をもたらす自由切断部6が設けられる。
【0067】
任意に、噴射器4は、制御線10によってコントローラ11に接続される。このような制御線10には複数の可能性が存在する。いくつかの実施形態では、制御線10が、噴射器4の内部の油圧噴射弁を制御している油圧パイプであり、油圧パイプに圧力を掛けることによって油圧噴射弁が開閉する。或いは、制御線10は、噴射器4内のソレノイドバルブなどの電気弁に電力を供給する電線である。噴射制御の可能性は他にも存在するので、これらの例が全てではない。
【0068】
コントローラ11は、油ポンプと、典型的には潤滑油を再循環できるように通常は油リザーバに潤滑油を戻すための戻し導管13とを含む、潤滑油供給部16から潤滑油を受け取るための供給導管12に接続される。供給導管12内の潤滑油圧は、戻し導管13内の圧力よりも高く、例えば少なくとも2倍の高さである。通常、戻し導管13内の潤滑油圧は1~15バールであり、例えば5~15バールである。
【0069】
先行技術では、供給導管12からの潤滑油によって高い噴射器圧が達成されるため、SIP原理による噴射圧は20~100バールであり、これに対応して先行技術による供給導管12内の潤滑油圧も20~100バールであるとされている。しかしながら、実際には、通常動作中の船舶用エンジン内にSIP噴射器を設置してSIP噴射を行った場合、圧力は37バールであり、温度は約55℃であった。本発明では、以下でさらに明らかになるように、同じノズル、同じ潤滑油及び同じ温度でノズル内キャビテーションを達成するには、少なくとも60バールの、例えば60~300バールの高圧が必要である。
【0070】
コントローラ11は、エンジンのシリンダ1内のピストン運動と同期した正確なタイミングのパルスで噴射器4に潤滑油を供給する。制御システム11は、同期のために、例えばクランクシャフトの速度、負荷、及びシリンダ内のピストンの位置を示すという理由でクランクシャフトの位置などの実際のエンジンの状態及び動きを表すパラメータをモニタするコンピュータ11’に電子的に接続される。潜在的に、コンピュータ11’はコントローラ11の一部である。
【0071】
供給導管9内の潤滑油の温度は、任意に供給導管12における潤滑油供給によって決定され、或いはコントローラ11によって又はコントローラ11内で調整される。
【0072】
噴射器4は、例えば国際公開第2002/35068号、第2004/038189号、第2005/124112号、第2010/149162号、第2012/126480号、第2012/126473号、第2014/048438号及び第2016/173601号、又はデンマーク国特許第178427号に開示されているような様々なタイプのものとすることができる。
【0073】
図2に、例えば同じタイプの噴射器4をエンジンに挿入する前に実験室内で様々なタイプの噴射器を試験してパラメータを調整するための実験装置の例を示す。実験室では、キャビテーションの状態を試験し、エンジン内の潤滑を最適化する方法として制御される安定的なキャビテーションのためのパラメータセットをもたらすためにパラメータを調整する。
【0074】
例示する実験装置は、噴霧を最適化するキャビテーション状態を試験するために使用したものである。この装置は、加熱されたHJ-SIP噴射弁(b)に1噴射当たり85mgの潤滑油を供給する、Hans Jensen Lubricators A/S社製のHJ Lubtronicシステム(a)を含む。噴射弁の開口圧力は3.7MPaである。潤滑油は、周囲大気条件で噴射される。潤滑装置には、ポンプステーション(c)からの6MPaの水圧と、加熱されたリザーバ(d)からの未使用の潤滑油とが供給される。この研究で使用した高速カメラ(e)は、Photron Fastcam SA5である。1/161000秒のシャッター速度で、毎秒1000フレーム(fp)のフレームレートで画像を撮影する。照明源(f)として、1000Wのハロゲンランプを使用する。高速カメラ及び潤滑装置は、いずれもコンピュータ(g)によって制御される。使用する潤滑油は、ExxonMobil(登録商標)社製の市販の潤滑油であるMobilgaard 570(商標)である。表1に潤滑油の特性を示しており、温度Tは摂氏温度であるが、T>20℃で近似が有効である。
【表2】
【0075】
シャドウグラフィック撮像法を使用して噴霧ノズル内のキャビテーションを取り込む。透明ポリ(メチルメタクリレート)(PMMA)材料で製造された噴霧ノズルの両側に高速カメラ及び照明源を設置する。潤滑油及びPMMA材料の屈折率は一致し、従って液体と蒸気との間の相界面にのみ屈折が現れることが分かった。このことは、画像では相界面が暗い影のように見えることを意味する。
【0076】
図3に、噴霧ノズルの内部形状を示す。この形状は、船舶用エンジンのシリンダ内への潤滑油のSIP噴射に現在使用されている噴射器内のノズルに対応する。
【0077】
以下の方程式1及び2でそれぞれ表す様々なレイノルズ数Re及びキャビテーションパラメータσで実験を行い、これらはいずれもキャビテーションの程度に関連する。
【数2】
(1)
【数3】
(2)
【0078】
これらの方程式では、Paは大気圧であり、Pvは潤滑油蒸気圧であり、ρlは潤滑油密度であり、Unはノズル内の平均潤滑油速度であり、μは液体粘度であり、Dは噴霧穴の直径である。潤滑油の温度を変化させることによって、レイノルズ数Re及びキャビテーションパラメータσを制御する。潤滑油温度が高くなると潤滑油粘度が低下し、潤滑油温度が低くなると潤滑油粘度が増すので、温度の変化はレイノルズ数に最も高い影響を与える。この実験のレイノルズ数は、200~800である。
【0079】
指摘しておくと、ノズル内の平均液体速度Unは、供給管路12(図1を参照)から噴射器内に供給された時のノズルにおける潤滑油の圧力によって表すことができる。
【数4】
(3)
【0080】
上記の式(1)にレイノルズ数を挿入すると以下のようになる。
【数5】
(4)
【0081】
この方程式は、供給圧P、潤滑油密度ρl、ノズル出口直径D及び潤滑油粘度μによってレイノルズ数が決定され、これがさらに温度に依存する単純な方程式である。
【0082】
図4に、異なるレイノルズ数及びキャビテーションパラメータσにおける内部ノズル流の高速シャドウグラフィック画像を示しており、潤滑油の粘度は温度によって変化するので、キャビテーションパラメータσは液体温度のみによって制御され、実験における圧力は40バールであった。温度は、エンジンを動作させる際に実際に容易に調整可能であるとともに例示的なパラメータでもあるため、実験では、粘度ではなく温度を変数として選択した。通常、製品の粘度は分かっているので、異なる潤滑油を使用する際には粘度/温度の関係が容易に調整される。
【0083】
図4には、液体温度が60℃であって、先行技術の船舶用ディーゼルエンジンで使用されていて現在も使用されているSIP噴射器内のT=55℃の潤滑油温度よりもわずかに高い時にはキャビテーションが存在しないことを示す。このことは、ノズル内にキャビテーションが存在しない場合に実際に噴霧によってSIP噴射が行われたことを示す。指摘しておくと、市販の噴射用潤滑油の温度は55℃であって、シリンダライナの約100℃の温度よりも低い。
【0084】
図4には、温度が60℃を上回ると噴霧穴の左側にキャビテーションが現れることも示す。キャビテーションの体積は温度の上昇と共に長さも幅も増加するため、キャビテーションのサイズは液体温度に大きく依存する。液体温度が90℃を上回り、例えば100℃の時には、キャビテーションがノズル出口まで延びる。内部キャビティの非対称形状に起因してキャビテーションがノズル壁の一方の側に完全に付着していない時には、液体がボルテックスキャビテーションの原因となる旋回流に曝されていると想定される。ボルテックスキャビテーション又はストリングキャビテーションは、液圧が蒸気圧よりも低下する液体の強い再循環領域の中心部に形成される。この状況は、先行技術(Sou 2007年)において報告された、液体の霧化を抑制する水圧フリップとは異なる。
【0085】
数値的シミュレーションからキャビテーションを再現することができ、図6の図を参照して以下の結論を引き出すことができる。噴霧穴の開始部分では、壁の一方の側に高度なキャビテーションが付着する。このメカニズムはエッジキャビテーションとして知られており、壁における液体の圧力降下によって形成される。さらに、噴霧穴の出口及びその付近には、2つの円形キャビテーション領域が観察される。これらの領域は液体の旋回運動によって生じ、液体渦の中心部にキャビテーションが形成される。ノズル内の渦は、温度の上昇と共に顕著になる。液体ジェットの分散には、キャビテーションからの外乱に加えて速度成分の比率が重要である。渦を伴うキャビテーションは、キャビテーションの崩壊を防ぐという点で有利であり、このことは、低粘度燃料を用いた実験の場合のキャビテーションフリップの導入及び噴霧崩壊における考察(Sou他 2007年)とは対照的である。
【0086】
図4では、キャビテーションパラメータσがほぼ一定であるのに対し、レイノルズ数は大きく変動することが観察される。キャビテーション状態の変化は、レイノルズ数の変化に起因する可能性がある。
【0087】
キャビテーション構造をもたらすメカニズム及びその液体温度への依存性を識別したところで、その後の噴霧に及ぼす影響を調査することが重要と考えられる。図5に、大気に噴射された液体流のシャドウグラフィック画像を示す。これらの画像では、液体が分散しておらず、最大90℃の温度でジェットが形成されることが分かる。100℃及び110℃では、液体流がさらに破壊されて噴霧角度が増加している。さらに、これによって崩壊長さが短くなり、液体の霧化度合いが高くなる。
【0088】
いずれも40バールの圧力で行った図4の内部流からの観察と図5のその後の噴霧からの観察とを比較すると、キャビテーションが噴霧穴の端部まで延びている場合には霧化の度合いが大きく増加することが明らかである。このことは、ノズル体積内でキャビテーションが崩壊することによってジェット形状の液体流が発生する場合とは対照的である。これらの異なる挙動は、液体の粘弾性ダンピングに起因すると想定される。ノズル体積内でキャビテーションが崩壊した場合、液体は、導入される確率的外乱を安定化させるようになり、キャビテーションが出口まで延びると、外乱が直接噴霧に伝わる。
【0089】
結論として、液体燃料などの低粘稠液のキャビテーションと潤滑油などの高粘稠液のキャビテーションとの間のいくつかの類似性にもかかわらず、結果的に潤滑油噴霧に関して異なる効果が達成される。これらの結果は最大の驚きである。ディーゼル燃料のノズル出口におけるキャビテーションは噴霧崩壊を引き起こすと報告されたのに対し、潤滑油噴霧については、キャビテーションがノズル出口まで延びている時に噴霧特性の改善が認められた。このことを、図7及び図8にさらに詳細に示す。
【0090】
図7では、右側の画像はキャビテーションがノズル出口まで延びた状況であり、左側の画像は程度の低いキャビテーションのものである。右側の噴霧の方が液滴が小さく、従って潤滑が良好に分散することが分かる。
【0091】
図8では、キャビテーションがノズル出口まで延びている場合には、ノズル出口において直ちに噴霧の分散が生じることが右側の画像に示されている。この噴霧は、T=100℃の温度で60バールの圧力で達成された。キャビテーションが存在しなければ、ノズル外で同じ分散を達成するために数倍の大きさの圧力が必要になると思われる。
【0092】
実際には、安定的な制御されたキャビテーションのための圧力及び粘度、並びに温度のパラメータが実験室内で設定された時点で、エンジン内に同一又は同様のタイプの潤滑油噴射器を設けてこのようなパラメータで動作させる。
【0093】
実地試験では、標準条件下よりも噴霧が改善されて潤滑が良好になったことが示された。特定の噴射器の標準条件は37バールの潤滑油噴射圧であるが、圧力を60%上昇させて60バールにするとシリンダの摩耗が減少した。このことを図9に示す。この図では、キャビテーションによって潤滑が大きく改善されることが分かる。
【0094】
図10に、上述したようなノズルを通じて105℃の温度のMobilgaard 570潤滑油の質量流量に与えられるキャビテーションの影響を示す。圧力が増加しても質量流量は変化せず、この種のノズルでは約26バールよりも高い圧力において一定を保つことが分かる。しかしながら、広い圧力範囲にわたって質量流量は一定であるものの、だからと言って噴霧自体が安定して制御されているという意味ではない。例えば、やはり上述したように、先行技術において37バールで噴射器を使用した場合にも、質量流量が安定する圧力範囲内に十分に収まるが、実験では、特定のタイプのノズルの60バールよりも高い圧力において、すなわちキャビテーションが発生した時にのみ、安定的な制御された噴霧が実現された。
【0095】
流量の制限には、噴霧の質が噴射量とは無関係であるという点で有利な副作用がある。Lubtronicシステムは、油圧ピストンポンプのストローク長を調整することによって噴射量を制御する。さらなる実験では、この噴射システムのストローク長を図11に示すように調整した。画像から明らかなように、ストローク長を変更しても噴霧は変化しなかった。
【0096】
例えば、噴射圧を変化させることによって潤滑油ノズル内のキャビテーションの程度を制御調整することにより、エンジンパラメータに応じて霧化を増減させるように潤滑油噴霧を調整することができる。圧力変化の代わりに、又は圧力変化に加えて、温度を変化させることによって潤滑油の粘度を調整することもできる。
【0097】
キャビテーションは、主にノズル出口開口部、潤滑油圧及び潤滑油粘度によって決まる。内部ノズル形状も一定程度まで役割を果たす。従って、実験室内で様々なパラメータで実験を行うことにより、特定のノズルタイプをキャビテーションに関して特徴付けることが有利である。キャビテーションにとって有用な特徴的パラメータが見つかると、上述したようなタイプのエンジンの、例えば標準動作などの動作においてこれらのパラメータを使用する。
【0098】
図12に、図式的に示した数値的シミュレーションを示す。圧力はP=40バールであった。図4と比べると、シミュレーションによって十分な実験結果が再現されることが観察される。図12bに示すような70℃では、キャビテーションのわずかな兆候が見られ、図12eに示すような100℃では、キャビテーションがノズル出口まで延びる。90℃の図12dでは、実験的に認められたキャビテーションがシミュレーションではわずかに過小評価されている。しかしながら、この原因はモデルの不確実性にある。
【0099】
これに関して指摘しておくと、キャビテーションがノズル出口まで延びている時に最適な噴霧が達成される。しかしながら、キャビテーションは、ほんのわずかな温度の上昇でノズル出口に向かって素早く移動するので、噴霧穴を通じて少なくとも途中まで延びたキャビテーションは良好な別の最適化であると分かる。しかしながら、わずかな程度のキャビテーションは既に改善である。
【0100】
図13は、図12のシミュレーションからの結果をキャビテーションの程度を表すキャビテーション数Cとして定量化したものを示すグラフである。キャビテーション数Cは、噴霧穴内のキャビテーションの体積のおおよその尺度であり、キャビテーションを含む幾何学的要素の数をカウントすることによって見つかったものである。キャビテーション数Cは、有限数の要素を用いたシミュレーションから生じる。ゼロ~1のスケールでは、P=300バール、T=100℃、及びD=0.3mmの結果に合わせてキャビテーション数Cを1に正規化した。
【0101】
完全を期すために指摘しておくと、キャビテーション数Cは、上記の方程式(2)のキャビテーションパラメータσとは異なる。
【0102】
図13では、50℃及び60℃ではキャビテーション数Cがゼロであることが分かる。キャビテーションの発現は、図12の結果に一致して70℃において開始され、さらに高温に向って曲線が急激に上昇する80℃以降で有意になる。
【0103】
ここで完全を期すために繰り返すと、噴霧形成はキャビテーションを伴わずとも可能である。しかしながら、潤滑油の噴霧への分散は比較的低圧において達成できるので、キャビテーションが存在する場合にはさらに良好な噴霧が得られ、これについては図8に関しても説明した。ノズル出口まで延びるキャビテーションでは最良の噴霧結果が得られる。これを裏付ける説明は図7に示した。上述したように、このことは、ノズル出口におけるキャビテーションが有害とみなされる先行技術の結論とは対照的である。また、上述した実験的発見では、潤滑油噴射の場合には、ノズル出口まで延びるキャビテーションが安定的な制御された噴霧にとって最良であることも示されている。キャビテーションは、100℃でノズル出口まで延びるので、圧力P及びノズル直径Dを変化させる際には、この温度を使用してキャビテーションの周囲の状態を調査した。
【0104】
図14には、キャビテーション数Cを3つの温度について示しており、最も低い曲線が60℃のものである。SIP噴射器において現在一般に使用されている37バールの圧力ではキャビテーションが存在せず、キャビテーションは60バール前後で開始する。さらに高い温度では、キャビテーションがさらに低い圧力で開始して急激に上昇する。60℃及び70バールでは、Cの値が約0.02である。
【0105】
このC=0.02の値はノズル内のキャビテーションを表すが、C>0のさらに低い値も、潤滑品質に影響を与えるキャビテーションを示唆する。例えば、圧力を37バールから60バールに高めて圧力の上昇によって実際にキャビテーションが発生したばかりの時に既にシリンダの摩耗の低減が見られた図9の結果と比べると、わずかな程度のキャビテーションであっても噴霧形成及び潤滑品質を改善できることが証明される。
【0106】
図15では、ノズル直径Dと共にキャビテーションが増加し、下側の曲線は60℃のものであり、ノズル直径D=0.4及びD=0.5でキャビテーションを示していることが分かる。キャビテーションは、D=0.5においてノズル出口まで延びる。例えば、図示のような100℃などの80℃を上回るようなさらに高い温度では、パラメータの3重項D=0.3mm、P=300バール及びT=100℃の正規化値である1までも超えてキャビテーション数が大幅に増加する。
【0107】
図16には、3つの圧力Pの場合の100℃におけるノズル出口直径Dの変動の曲線を示す。図15の上側の曲線を図16の中央の曲線として示す。中央の曲線の上側は60バールの結果であり、中央の曲線の下側は20バールの結果である。100℃では、0.2mmを上回る直径でキャビテーションが発生し、直径と共に増加することが観察される。
【0108】
これらのシミュレーションでは、C>0.2の値でノズル出口までのキャビテーションが存在することが分かった。このことは、複雑な現象を表すための驚くべき単純な結果である。
【0109】
さらに、以下の表に定数の値を示す以下の式によってCをパラメータ的に表現できることが分かった。
【数6】
【表3】
【0110】
図13には、P=40バールにおけるパラメータ化曲線と、温度に依存するシミュレーション結果との比較を示す。この曲線は、P>80バールの圧力で有効である。
【0111】
図17には、T=100℃におけるパラメータ化曲線と、圧力を変更した際のシミュレーション結果とを比較したものを示す。この曲線は、20バールを上回る圧力で有効である。
【0112】
図18には、ノズル直径に伴うパラメータ化曲線の変動を示す。この曲線は、D>2.8mmのノズル直径で有効である。
【0113】
従って、一定の範囲の圧力P、ノズル出口直径D及び温度Tの値では、上述したような数式によってキャビテーションを予測することが可能である。これらの範囲は、SIP潤滑原理による潤滑油噴射器の現実的な範囲である。キャビテーションは、C>0で、実際には約C>0.02で出現し、C>0.2でノズル出口まで延びる。
【0114】
温度は、上記の表1に示した特定のタイプの潤滑油、すなわちMobilgaard 570)の粘度に関連し、すなわち以下のようになり、
μ(T)=0.00610・e1246/(8.31・T)
ここではTが摂氏温度であり、T>20℃である。
【0115】
図19に、粘度と温度との間の関係を示す。このグラフは、船舶用ディーゼルエンジンにおいて通常使用されている様々な油の温度と粘度の関係を示す。これらの油では粘度がほとんど変化せず、従って上記で図示し説明した温度変化による曲線は、これらの油に等しく当てはまる。
【0116】
上記の図19に示すような温度に依存する粘度の式によって示す粘度を有する油では、図14図15及び図16のグラフから以下の関係を推測することができる。
図14のキャビテーションでは、
D≧0.3mm、T≧60℃、P>60バール
D≧0.3mm、T≧100℃、P≧10バール
D≧0.3mm、T≧140℃、P≧10バール
図14のノズル出口までのキャビテーションでは、
D≧0.3mm、T≧60℃、P>150バール
D≧0.3mm、T≧100℃、P>10バール
D≧0.3mm、T≧140℃、P>10バール
図15のキャビテーションでは、
D>0.2mm、T≧100℃、P≧40バール
D>0.3mm、T≧60℃、P≧40バール
図15のノズル出口までのキャビテーションでは、
D>0.23mm、T≧100℃、P≧40バール
D≧0.5mm、T≧60℃、P≧40バール
図16のキャビテーションでは、
D>0.2mm、T≧100℃、P≧20バール
図16のノズル出口までのキャビテーションでは、
D>0.21mm、T≧100℃、P≧60バール
D>0.23mm、T≧100℃、P≧40バール
D>0.31mm、T≧100℃、P>20バール
【0117】
キャビテーション数Cの数式を粘度に関して表すと、以下のようなさらに普遍的なものになる。
【数7】
【表4】
【0118】
さらなるシミュレーションでは、噴霧穴の中心軸と袋穴の中心軸との間の角度の変化に関してCの式がロバストであることが示された。この例では66°である角度を示す図3を参照する。例えば、実際には30~90°の範囲で角度を変更した場合でもCの式は変化しない。噴霧穴の長さの変化についても、Cの値は比較的ロバストであり、ノズル出口までのキャビテーションを達成するために、長さを0.5mm~1mmの間で変化させた時にも、ノズル出口まで延びるキャビテーションのC>0.2の下限値は2倍未満しか変化しないことが分かった。従って、Cのパラメータ式は、ノズルの構造的変化に関してロバストであり、幅広い範囲の圧力及び粘度、並びにノズル出口直径にわたって有効である。図13及び図14に示すように、T>80及びP>30ではCの値が温度及び圧力と共に大幅に変化することを考慮すると、SIP噴射にとって特に有用な最適な噴霧状態をもたらすノズル出口における又は少なくともノズル出口に近いキャビテーションのためにはC>0.1の下限を設定することが妥当である。
【0119】
図20には、上記の図のシミュレーション結果を要約してレイノルズ数に関して示す。キャビテーションがRe=450のレイノルズ数に達することが観察される。ノズル出口までのキャビテーションは、Re=750よりも上で出現する。このことは図4と一致する。
【0120】
結論として、潤滑油噴射のためのキャビテーションは、特にキャビテーションがノズル出口まで延びている時には潤滑油の液滴への分散が良好になるため有益である。シミュレーションと実験は一致する。キャビテーション及びノズル出口までのキャビテーションを表す普遍的な数式が構築された。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20