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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-02
(45)【発行日】2022-08-10
(54)【発明の名称】感染症治療薬
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/795 20060101AFI20220803BHJP
   A61P 31/04 20060101ALI20220803BHJP
   A61P 33/06 20060101ALI20220803BHJP
   A61P 31/14 20060101ALI20220803BHJP
   A61K 45/00 20060101ALI20220803BHJP
   A61P 39/06 20060101ALN20220803BHJP
【FI】
A61K31/795
A61P31/04
A61P33/06
A61P31/14
A61K45/00
A61P39/06
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2018115478
(22)【出願日】2018-06-18
(65)【公開番号】P2019001786
(43)【公開日】2019-01-10
【審査請求日】2021-04-26
(31)【優先権主張番号】P 2017119892
(32)【優先日】2017-06-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】504171134
【氏名又は名称】国立大学法人 筑波大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000741
【氏名又は名称】特許業務法人小田島特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】長崎 幸夫
(72)【発明者】
【氏名】池田 豊
(72)【発明者】
【氏名】庄司 和弘
(72)【発明者】
【氏名】チト・ピー・フェリシアノ
(72)【発明者】
【氏名】ユリア・アニタ
(72)【発明者】
【氏名】案浦 健
【審査官】福山 則明
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/118783(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/052463(WO,A1)
【文献】国際公開第2009/133647(WO,A1)
【文献】特開2013-159560(JP,A)
【文献】特開2015-078163(JP,A)
【文献】特開2012-067025(JP,A)
【文献】特開2011-184429(JP,A)
【文献】敗血症超急性期モデル動物に対するTEMPO-RNPを用いた抗酸化ストレス療法,科学研究費助成事業 研究成果報告書,2017年06月14日,課題番号26462744
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-31/80
CAplus/REGISTRY(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式(I)で表されるブロック共重合体を有効成分として含んでなる、リステリア(Listeria)感染症、マラリア、コレラ、ジカ熱、デング熱、サルモネラ菌感染症、エボラ出血熱から選ばれる致死性の高い感染症に随伴し、多臓器不全をもたらし得る多臓器障害を抑制するための組成物。
【化1】
式中、
Aは、非置換または置換C1-C12アルコキシを表し、置換されている場合の置換基は
、ホルミル基、式R'"CH-基を表し、ここで、R'およびR"は独立してC1-C4アルコキシまたはR'とR"は一緒になって-OCH2CH2O-、-O(CH23O-もしくは-O(CH24O-を表し、
1は、直接結合又は二価の連結基を表し、
Xは、L2-R1又はクロロ若しくはブロモ若しくはヒドロキシルを表し、L2は-(C
2a-O-(CH2a-であり、R1は、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-
1-オキシル-4-イル、2,2,5,5-テトラメチルピロリジン-1-オキシル-3-イル、2,2,5,5-テトラメチルピロリン-1-オキシル-3-イル、2,4,4-トリメチル-1,3-オキサゾリジン-3-オキシル-2-イル、2,4,4-トリメチル-1,3-チアゾリジン-3-オキシル-2-イル、2,4,4-トリメチル-イミダゾリジン-3-オキシル-2-イルから選ばれ、かつ、n個のXの少なくとも50%はL2-R1であり、
各aは、独立して0~5の整数であり、
mは2~10,000の整数を表し、
nは3~100の整数を表し、
ZはH、SHまたはS(C=S)-Phであり、Phは1または2個のメチルまたはメトキシで置換されていてもよいフェニルを表す。
【請求項2】
リステリア(Listeria)感染症、マラリア、コレラ、ジカ熱、デング熱、サルモネラ菌感染症、エボラ出血熱から選ばれる致死性の高い感染症の予防又は治療用組成物であって、下記式(I)で表されるブロック共重合体と前記感染症の病原体に対して抗菌活性を有する抗菌剤を有効成分として含んでなる、組成物。
【化2】
式中、
Aは、非置換または置換C1-C12アルコキシを表し、置換されている場合の置換基は
、ホルミル基、式R'"CH-基を表し、ここで、R'およびR"は独立してC1-C4アルコキシまたはR'とR"は一緒になって-OCH2CH2O-、-O(CH23O-もしくは-O(CH24O-を表し、
1は、直接結合又は二価の連結基を表し、
Xは、L2-R1又はクロロ若しくはブロモ若しくはヒドロキシルを表し、L2は-(C
2a-O-(CH2a-であり、R1は、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-
1-オキシル-4-イル、2,2,5,5-テトラメチルピロリジン-1-オキシル-3-イル、2,2,5,5-テトラメチルピロリン-1-オキシル-3-イル、2,4,4-トリメチル-1,3-オキサゾリジン-3-オキシル-2-イル、2,4,4-トリメチル-1,3-チアゾリジン-3-オキシル-2-イル、2,4,4-トリメチル-イミダゾリジン-3-オキシル-2-イルから選ばれ、かつ、n個のXの少なくとも50%はL2-R1であり、
各aは、独立して0~5の整数であり、
mは2~10,000の整数を表し、
nは3~100の整数を表し、
ZはH、SHまたはS(C=S)-Phであり、Phは1または2個のメチルまたはメトキシで置換されていてもよいフェニルを表す。
【請求項3】
1が、式
【化3】
式中、R’はメチルである、
のいずれかである、
請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
二価の連結基は、
【化4】
-(CH2bS-、-CO(CH2bS-、-(CH2bNH-、-(CH2bCO-、-CO-、-OCOO-、-CONH-で表される基からなる群より選ばれ、ここで各bは1~5の整数である
求項1又は2に記載の組成物。
【請求項5】
致死性の高い感染症がリステリア(Listeria)感染症であり、抗菌剤の投与前後又は同時にブロック共重合体が投与されるものである、請求項2に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、感染症治療又は予防に有用な組成物に関する。具体的には、親水部としてポリエチレングリコール(PEG)セグメントを、そして疎水部として、ポリスチレンからなり、その疎水部側鎖にラジカル消去機能を有する環状ニトロキシドラジカルが共有結合したセグメントを含んでなるブロック共重合体を有効成分として含んでなり、さらに適当な抗菌剤が組み合わさっていてもよい、致死性の高い感染症に随伴する多臓器不全をもたらし得る多臓器障害の抑制用、並びに前記感染症の予防又は治療用組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
細菌・ウイルス・寄生虫等の病原体が体内に侵入することで引き起こされる種々の感染症は、感染直後に免疫応答により活性酸素種が大量に産生され、それに伴い大量の炎症性サイトカインが産生されることが知られている。その結果、全身性炎症反応症候群(SIRS)、さらには多臓器不全が併発され感染症患者を死に至らしめることが、当該技術分野では知られている。現在のところ、各臓器の機能不全を個々に治療することは可能であるが、これらが関連して一時に発生した場合、それぞれに対処していく以外に治療法がない。このことから、多臓器不全の状態に陥る以前にこれを予防することが重要であり、その前段階であるSIRSの時点で対策を講じることが必要である。勿論、感染症、敗血症等、重症化した感染症治療における伝統的な療法として抗生物質療法等があるが、抗生物質投与による炎症反応の悪化や、抗生物質自体のスペクトル範囲の制限からすべての細菌を駆逐することは困難であり、二次感染の可能性を否定しきれない。
【0003】
このような観点から、抗酸化物質を投与することにより感染症の治療効果を改善する試みが提案され、また、抗酸化剤(例えば、N-アセチルシステイン)と特定臓器の障害を軽減するための薬剤(デフェロキサミン)等を併用することも提案されている(非特許文献1:Cristiane Ritter,et.al.,Crit Care Med
2004,Vol.32,No.2,342-349及びそこで引用されている他の非特許文献参照)。この他の非特許文献の中には、テンポール(tempol:4-ヒドロキシ-2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-N-オキシル)、α-トコフェロール、アロプリノール、デフェロキサミン、カタラーゼ、スーパーオキシドジスムターゼ(SOD)等について説明されている。例えば、非特許文献2:Christoph Thiemermann,Crit Care Med 2003,Vol.31,No.1,S76-S84には、tempolは、高分子である組換えSODとは異なり、生物学的膜透過性であり、細胞質ゾルに蓄積する機序をとおして循環性ショック、虚血再還流障害、炎症を抑制することが示唆されている。
【0004】
一方、本発明者等は、生体内における過剰な活性酸素種の産生又は存在に起因すると推測される各種障害を予防又は治療するものとして、親水部としてポリエチレングリコール(PEG)セグメントを、そして疎水部として、ポリスチレンからなり、その疎水部側鎖にラジカル消去機能を有する環状ニトロキシドラジカルが共有結合したセグメントを含んでなるブロック共重合体を提案した(特許文献1:WO 2013/118783参照)。また、同様のブロック共重合体が、抗がん剤の効果を向上させることの知られているデキサメタゾンに代わり一定の抗がん剤の効果を高めるために使用できることも知られている(特許文献2:特開2012-067025)。
【0005】
しかし、かようなブロック共合体が、細菌の感染、特に、多臓器不全に至るような、敗血症等の重症化した感染症の予防又は治療に役立ち得るかについては知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】WO 2013/118783
【文献】特開2012-067025
【非特許文献】
【0007】
【文献】Cristiane Ritter,et.al.,Crit Care Med 2004,Vol.32,No.2,342-349
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本願発明は、細菌・ウイルス・寄生虫の感染、特に、多臓器不全に至るような、敗血症等の重症化した感染症の緩徐、予防又は治療に役立ち得る手段を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前述したブロック共重合体は、必ずしも、抗生物質等の抗菌剤による治療が効果的に行われない感染症であって、敗血症等をもたらし、多臓器不全を併発し得ることで患者を死に至らしめるリステリア症又はリステリア(Listeria)感染症において、多臓器不全をもたらし得る多臓器障害を抑制でき、また、マラリア又はマラリアの感染モデル(Plasmodium spp.)を有意に延命できることが、ここに、見出された。さらに、前記感染症において、多臓器障害を抑制できる態様で、を前記感染症に適用するとともに、前記感染症の感染体に対して前記ブロック共重合体する抗菌剤を併用すると、抗菌剤による療法では効果的に予防又は治療できない感染症であっても、効果的に感染症を予防又は治療できることも、ここに見いだされた。
【0010】
かような、前記ブロック共重合体の作用効果は、リステリア症又はマラリアと同様に感染直後に大量のサイトカインと活性酸素種を産生し得る感染症の予防又は治療において、同等に見出された。
【0011】
したがって、本発明の課題は、主として、次のような態様又は特徴を備えた発明を提供することにより解決できる。
【0012】
態様1: 下記式(I)で表されるブロック共重合体を有効成分として含んでなる、致死性の高い感染症に随伴し、多臓器不全をもたらし得る多臓器障害を抑制するための組成物。
【0013】
【化1】
【0014】
式中、
Aは、非置換または置換C1-C12アルコキシを表し、置換されている場合の置換基は、ホルミル基、式R'"CH-基を表し、ここで、R'およびR"は独立してC1-C4アルコキシまたはR'とR"は一緒になって-OCH2CH2O-、-O(CH23O-もしくは-O(CH24O-を表し、
1は、直接結合又は二価の連結基、例えば、式
【0015】
【化2】
【0016】
で表される二価の連結基から選ばれるか、または二価の連結基L 1 は、式-(CH2bS-、-CO(CH2bS-、-(CH2bNH-、-(CH2bCO-、-CO-、-OCOO-、-CONH-で表される基ら選れ、
Xは、L2-R1又はクロロ若しくはブロモ若しくはヒドロキシルを表し、L2は-(C
2a-O-(CH2a-であり、R1は、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-
1-オキシル-4-イル、2,2,5,5-テトラメチルピロリジン-1-オキシル-3-イル、2,2,5,5-テトラメチルピロリン-1-オキシル-3-イル、2,4,4-トリメチル-1,3-オキサゾリジン-3-オキシル-2-イル、2,4,4-トリメチル-1,3-チアゾリジン-3-オキシル-2-イル、2,4,4-トリメチル-イミダゾリジン-3-オキシル-2-イルから選ばれ、かつ、n個のXの少なくとも50%はL2-R1であり、
各aは、独立して0~5の整数であり、
bは1~5の整数であり、
mは2~10,000の整数を表し、
nは3~100の整数を表し、
ZはH、SHまたはS(C=S)-Phであり、Phは1または2個のメチルまたはメトキシで置換されていてもよいフェニルを表す。
【0017】
態様2: 致死性の高い感染症の予防又は治療用組成物であって、下記式(I)で表されるブロック共重合体と前記感染症の病原体に対して抗菌活性を有する抗菌剤を有効成分として含んでなる、組成物。
【0018】
【化3】
【0019】
式中、
Aは、非置換または置換C1-C12アルコキシを表し、置換されている場合の置換基は
、ホルミル基、式R'"CH-基を表し、ここで、R'およびR"は独立してC1-C4アルコキシまたはR'とR"は一緒になって-OCH2CH2O-、-O(CH23O-もしくは-O(CH24O-を表し、
1は、直接結合又は二価の連結基、例えば、式
【0020】
【化4】
【0021】
で表される二価の連結基から選ばれるか、または二価の連結基L 1 は、式-(CH2bS-、-CO(CH2bS-、-(CH2bNH-、-(CH2bCO-、-CO-、-OCOO-、-CONH-で表される基ら選ばれ
Xは、L2-R1又はクロロ若しくはブロモ若しくはヒドロキシルを表し、L2は-(C
2a-O-(CH2a-であり、R1は、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-
1-オキシル-4-イル、2,2,5,5-テトラメチルピロリジン-1-オキシル-3-イル、2,2,5,5-テトラメチルピロリン-1-オキシル-3-イル、2,4,4-トリメチル-1,3-オキサゾリジン-3-オキシル-2-イル、2,4,4-トリメチル-1,3-チアゾリジン-3-オキシル-2-イル、2,4,4-トリメチル-イミダゾリジン-3-オキシル-2-イルから選ばれ、かつ、n個のXの少なくとも50%はL2-R1であり、
各aは、独立して0~5の整数であり、
bは1~5の整数であり、
mは2~10,000の整数を表し、
nは3~100の整数を表し、
ZはH、SHまたはS(C=S)-Phであり、Phは1または2個のメチルまたはメトキシで置換されていてもよいフェニルを表す。
【0022】
態様3: R1が、式
【0023】
【化5】
【0024】
式中、R’はメチルである、
のいずれかであり、態様1又は2に記載の組成物。
【0025】
態様4: L1が-CH2CH2S-又はパラキシリレン又はメタキシリレンであり、L2がは-O-である、態様1又は2に記載の組成物。
【0026】
態様5: 致死性の高い感染症がリステリア(Listeria)感染症、マラリア、コレラ、ジカ熱、デング熱、サルモネラ菌感染症、エボラ出血熱から選ばれる、態様1又は2に記載の組成物。
【0027】
態様6: 致死性の高い感染症がリステリア(Listeria)感染症であり、患者への抗菌剤の投与前に前記ブロック共重合体が投与されるものである、態様2に記載の組成物。
【0028】
態様7:致死性の高い感染症がマラリアであり、マラリア原虫(Plasmodium
spp.)の感染の前又は後に患者へ前記ブロック共重合体が投与されるものである、態様2に記載の組成物。
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、致死性の高い感染症に随伴し、多臓器不全をもたらし得る多臓器障害を抑制するための有効成分として、式(I)で表されるブロック共重合体を含んでなる組成物が提供でき、また、かようなブロック共重合体と重度感染症に用いられてきた抗菌剤を組み合わせて使用することにより、効果的に前記感染症の予防又は治療をするための組成物が提供できる。このような組成物の有効成分たる共重合体の効果は、高分子である組換えSODとは異なり、非特許文献2に記載の低分子化合物tempolが生物学的膜透過性であることから循環性ショック、虚血再還流障害、炎症を効果的に抑制すると示唆されることに照らせば予想外のことである。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】本発明に従う典型的なブロック共重合体とそれから調製されるレドックスナノ粒子(RNP)の概念図
図2】試験例1における、L.monocytogenesによる肝臓障害の抑制作用を示す。
図3】試験例1における、L.monocytogenesによる肺障害の抑制作用を示す。
図4】試験例1における、L.monocytogenesによる脾臓障害の抑制作用を示す。
図5】試験例2で実施される感染及び治療プログラムを示す。
図6】試験例2の結果を表すグラフである。
図7】試験例3で実施される感染及び治療プログラムを示す。
図8】試験例3の結果を表すグラフである。
図9】試験例4で実施される感染及びその処置プログラムを示す。
図10】試験例4におけるマラリア原虫感染後の増殖曲線を表す。
図11】試験例4におけるマラリア感染のRNP処置によるモデル動物の生存曲線を表す。
図12】試験例4における試験6日目のモデル動物について観察した結果を表す図に代わる写真を示す。
【発明の詳細な記述】
【0031】
本願発明に関して用いる用語は、特に定義又は説明しない限り、それぞれ、当該技術分野で常用されている意味内容を有するものと、理解される。
【0032】
致死性の高い感染症とは、それに随伴し、敗血症又は多臓器不全をもたらし得る多臓器障害を引き起こし、患者を死に至らしめる可能性の高い感染症を意味する。かような感染症の感染体としては、上記に定義した感染症を惹起するものであれば限定されるものでないが、リステリア感染症の感染体であるリステリア モノサイトゲネス(Listeria monocytogenes)、マラリアの感染体であるマラリア原虫(Plasmodium ssp.例えば、P.falciparans等)、コレラの感染体であるコレラ菌(Vibrio cholerae)、ジカ熱の感染体であるジカウイルス(Zika virus)、デング熱の感染体であるデングウイルス(Dengue virus)、サルモネラ菌感染症の感染体であるサルモネラ(Salmonella enterica)、エボラ出血熱の感染体であるエボラウィルス(Ebola virus)等を挙げることができる。
【0033】
多臓器不全にいう多臓器は、生命を維持するために必須の臓器であって、特に、肝臓、肺、脾臓、腎臓をはじめとする臓器である。このような臓器の2つ以上に生じる障害が本発明で抑制することが意図されている多臓器障害である。このような障害は、動物における細胞又は臓器損傷の機構として知られている脂質過酸化反応の過程で生じる主要なマーカーであるマロンジアルデヒド(MDA)を測定する、チオバルビツール酸反応生成物(TBARS: Thiobarbituric acid Reactive Substances)アッセイ法により評価できる(例えば、上記の非特許文献1にもTBARSについて言及されている)。したがって、当業者であれば、本発明にいう、致死性の高い感染症に随伴し、多臓器不全をもたらし得る多臓器障害を抑制するための組成物は、上記式(I)のブロック共重合体の定義に照らして、容易に確認できる。上記の抑制のためのブロック共重合体の個体(又は患者)への投与は、感染の前又は感染の後であっても新たな感染が生じるか若しくは感染の領域が拡大(亢進)する可能性がある場合に行われる。投与経路は、非経口の、腸管外の(胃腸管や肺を通過する以外の)方法による、静脈、皮下、筋肉、髄内、腹腔内等への注射による経路が選ばれる。
【0034】
致死性の高い感染症の予防又は治療用組成物では、上記式(I)で表されるブロック共重合体と、適する場合には、前記感染症の病原体に対して抗菌活性又は抗原虫活性を有する抗菌剤又は抗原虫ワクチンが有効成分として含まれる。ここにいう、抗菌活性は、病原体を完全に死滅せしめる活性までを要求するものでなく、前述ブロック共重合体の多臓器障害の抑制作用若しくは効果と相俟って、感染症患者を回復させ、有意に生存率を高めるように作用するものであればよい。このような抗菌剤としては、病原体により変動するため特定できないが、一般的に、通常の感染症や敗血症の治療に用いられている各種抗菌剤又は抗ウイルス剤、例えば、アミノグリコシド系抗抗生物質、抗真菌薬、カルバペネム系抗菌薬、ペニシリン系抗生物質、セファロスポリン系抗生物質、フルオロキノロン系抗菌薬、マクロライド系抗生物質、テトラサイクリン系抗生物質、抗ウイルス剤、等を挙げる
ことができる。
【0035】
前記の予防又は治療用組成物は、前記のブロック共重合体と、適する場合には、抗菌剤又は病原体に対するワクチンを含んでなるが、両者を同時に、またはいずれかを前後して投与する態様で含むことができるので、合剤として含有することのみを意味するものでない。好ましくは、組成物では、ブロック共重合体は、感染の前又は感染の後であっても新たな感染が生じるか若しくは感染の領域が拡大する可能性としがある時点で投与できる態様で含有され、一方、抗菌剤は、ブロック共重合体の投与と同時に、又は投与前若しくは後に投与される態様で含有される。ブロック共重合体が投与された後、とくに多臓器障害が抑制され得る状態になった後、に抗菌剤が投与されるのが、抗菌剤の効能を向上せしめる上で、望ましい。抗菌剤の投与経路は非経口に限定されない。
【0036】
上記式(I)で表されるブロック共重合体における各連結基が、結合する方向性によって基の実体が変化する場合は、記載されている方向性のまま結合することを意味する。
【0037】
式(I)で表されるブロック共重合体において、L1について定義する二価の連結基は、ポリ(エチレングリコール)(以下、PEGと略記する場合あり。)セグメントと側鎖としての環状ニトロキシドラジカルが結合したセグメントの機能が本発明の目的に沿うものであれば、限定されるものでない。しかし、二価の連結基は、一般的には、最大34個、好ましくは18個、より好ましくは最大10個の炭素、並びに任意に酸素及び窒素原子を含有する基を意味する。かような連結基として、具体的には下式で表される次の基を挙げることができる:
【0038】
【化6】
【0039】
で表される基から選ばれるか、又は-(CH2bS-、-CO(CH2bS-、-(CH2bNH-、-(CH2bCO-、-CO-、-OCOO-、-CONH-からなる群より選ばれ、各bは独立して、1~5の整数である、で表される。
【0040】
式(I)中のL1が、式
【0041】
【化7】
【0042】
で表される連結基から選ばれる場合の、ブロック共重合体は、WO 2016/0524
63 A1に記載されており、また、-(CH22-O-L1-部分は、結合、-(CH2bS-、-CO(CH2bS-、-(CH2bNH-、-(CH2bCO-、-CO-
、-OCOO-、-CONH-からなる群より選ばれる連結基である場合のブロック共重合体は、特許文献1や特許文献2に記載されているか、記載されている方法により、入手できる。これら以外の二価の連結基も、前記文献に記載の方法を参考に、当該技術分野で周知の方法により入手できる。
【0043】
これらのブロック共重合体は、両文献にそれぞれ記載されているように、生理食塩水やリン酸緩衝化生理食塩水や注射用水等を包含する水性媒体中で、ポリスチレンからなり、その疎水部側鎖にラジカル消去機能を有する環状ニトロキシドラジカルが共有結合したセグメントの疎水部をコアとし、ポリエチレングリコール(PEG)セグメントの親水部をシェルとする、所謂、コア-シェル型高分子ミセルを形成することができる。かような高分子ミセルは、水性溶液中で動的光散乱光(DLS)測定により、平均数nm~数百nm、好ましくは、10nm~400nm,より好ましくは、15nm~100nmを有する粒子として提供できる。このような粒子を本明細書ではRNP又はRNP-O若しくはRNP(O)と称することもある。このようなRNPでは、本発明の作用を発揮するのに必須のレドックス機能を有する環状ニトロキシドラジカル部分(moiety)が疎水性コア部に存在し、その周囲を水性環境下で高い可動性を示すことが知られているPEGセグメントのシェルにより覆われていると推測されるにもかかわらず、感染症に起因して、多臓器障害の生じる局所で本発明所期の作用効果が発揮される。
【0044】
本発明で使用するのに適するブロック共重合体は、式(I)のaは整数0である。nは5~80、好ましくは、5~60、より好ましくは5~50の整数である。mは12~5000、好ましくは15~2000、より好ましくは40~500の整数である。n個のXの少なくとも50%、好ましくは70%,より好ましくは80%、最も好ましくは100%がL2-R1である。
【0045】
前記ブロック共重合体は、そのまま、好ましくは、RNPの形態で、上記の投与経路に適する剤型として、患者に投与するのが好ましい。使用前には、単糖又は二糖類やポリビニルピロリドン、ポリエチレングリコール、等を含んでいてもよいRNPの凍結乾燥調製物として提供することができる。ブロック共重合体又はRNPの用量は、後述するモデル動物を用いたTBARSアッセイにより感染症による多臓器障害を抑制できる用量を確認した後、専門医等の判断に従い、決定することができる。一方、抗菌剤は、すでに処置することを目的とする感染症の処置に用いられたことのある用量を参考に、専門医等の判断に従い、決定することができる。
【実施例
【0046】
以下、具体例を以って本発明をより詳細に説明するが、これらに本発明の限定することを意味するものでない。
【0047】
製造例1:ポリ(エチレングリコール)-ブロック-ポリ(クロロメチルスチレン)(PEG-b-PCMS)ジブロック共重合体の合成及びTEMPOの導入
PEG-b-PCMSは、次の合成スキーム1に従い合成した:
【0048】
【化8】
【0049】
末端にヒドロキシ基を持つメトキシポリエチレングリコール(PEG-OH)(Mn:5000;3mmol,15g)を110℃で12時間真空引きすることによって脱水を行った。その後窒素雰囲気下にした後テトラヒドロフラン(THF)を60mLを加えた。そこにn-ブチルリチウム(BuLi)(0.384g,6mmol)を加えた。更にα,α’-ジクロロパラキシレン(5.25g,30mmol)を加えることによりポリエチレングリコール-クロロパラキシレン(PEG-Cl)を合成した。イソプロピルアルコールに対して沈殿させることで精製処理を行った(収量13.77g、収率91.8%)。二硫化炭素(0.974g,12.8mmol)とベンゾマグネシウムブロマイド(末端に連鎖開始剤をもつポリエチレングリコール(PEG-CTA)を回収した(収量7.76g,収率97%)。PEG-CTA(Mn:5000;0.7mmol,3.5g)を反応容器に加えた。次に、反応容器中を真空にした後、窒素ガスを吹き込む操作を3回繰り返すことにより、反応容器内を窒素雰囲気にした。反応容器に1アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)(114.9mg,0.7mmol)とクロロメチルスチレン(21mmol,3mL)を加え、60℃まで加熱し、24時間攪拌した。反応混合物をポリクロロエチルスチレンホモポリマーに対しての良溶媒であるジエチルエーテルを用いて3回洗浄操作を行った後、ベンゼン凍結乾燥を行い、肌色の粉体を得た。これによりポリエチレングリコール-ポリクロロメチルスチレン(重合度mが約18である)の合成が完了し、収量は、4.45gだった(収率72%)。目的のポリスチレンが得られたことは、サイズ排除クロマトグラフィー(SEC)カラムによる分離スペクトルとNMRスペクトル等により、確認できる。
【0050】
こうして得られた、PEG-b-PCMSの10gをジメチルフォルムアミド(DMF)150mLの溶解し、別に調製した4-ヒドロキシ-TEMPO(2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル)19.7gのLi化物を加え、2日間室温下で反応させた。反応混合液を500mLの冷2-プロパノールに沈殿させ、遠心分離(4℃、9000rpm、2分)後、減圧乾燥した。こうして、PCMS部の80%がTEMPOで置換された生成物(PEG-b-PMOT)が得られた。
【0051】
製造例2:製造例1で得られたPEG-b-PMOTからレドックスナノ粒子RNPの調製
ガラス容器に上記の製造例1で合成したTEMPO導入物を300mg取り、2mLの
DMFに溶解させ、分画分子量3,000のホローファイバー型透析モジュール(mPES Midikros(登録商標)Modules 3kD IC0.5mm D06-E003-05-N)で 2 Lの水に対して透析した。得られた粒子の光散乱スペクトルから、狭い分布範囲にあり、平均粒径が約20nmにあるRNP(RNP-O又はRNP(O)とも記載する)が得られた。図1にRNP調製の概念図を示す。
【0052】
試験例1:リステリア感染モデル動物における多臓器障害に対するRNPの作用
Balb/c マウス(7週齢、体重20g)にリステリア モノサイトゲネス(Listeria monocytogenenes:ATCC から入手。)(1012CFU/mL)を200μL腹腔内投与し同時にRNPを投与(200 mg/kg)した。一日後に各種臓器を回収しTBARSアッセイ(東京化成工業より試薬を購入した)により臓器障害度を解析した。なお、本試験では、それぞれ、一群4匹の動物が使用された。肝臓、肺及び脾臓において観察される結果を、それぞれ、図2図3及び図4に示す。これらから、それぞれ、肝臓、肺及び脾臓において、臓器損傷の機構として知られている脂質過酸化反応の過程で生じる主要なマーカーであるマロンジアルデヒド(MDA)値が、RNPを投与した群では、有意に減少することわかる。このことは、本発明にしたがうブロック共重合体が、リステリア モノサイトゲネスによる多臓器障害を効果的に抑制することを示す。
【0053】
試験例2:リステリア感染マウスにおけるRNPの生存率及び体重変化の改善効果
図5に示される手順(感染及び治療プログラム)によりリステリア感染マウスにRNPを投与し生存率及び体重変化を解析した。比較対象として小分子の抗酸化剤であるヒドロキシ-TEMPOを投与し効果の比較を行った。各試験は、1群 5匹について実施した。
【0054】
1及び2:Balb/c マウス(7週齢、体重20g)にリステリア モノサイトゲネス(Listeria monocytogenenes(1012CFU/mL)の菌液(生理食塩水+L.monocytogenenes)(200μL)又は対照としての生理食塩水を投与した(day1)。
3:リステリア モノサイトゲネス(Listeria monocytogenenes(1012CFU/mL)の菌液(200μL)投与後一日後から五日間にわたりアモキシリン(Amoxicillin)(i.p.15mg/kg)を投与した。
4:ヒドロキシTEMPO (i.p.60mg/kg)を投与して一日後リステリア
モノサイトゲネス(Listeria monocytogenenes(1012CFU/mL)の菌液(200μL)を投与し、その一日後から五日間にわたりAmoxicillin (i.p.15mg/kg)を投与した。
5:RNP(O)(i.p.200mg/kg)を投与して一日後リステリア モノサイトゲネス(Listeria monocytogenenes(1012CFU/mL)の菌液(200μL)を投与し、その一日後から五日間にわたりAmoxicillin (i.p.15mg/kg)を投与した。
【0055】
これらの試験の結果を図6に示す。これらの図のデータから、小分子の抗酸化剤(ヒドロキシ-TEMPO)では顕著な改善効果は見られなかった一方で、RNP投与群においては生存率の有意な改善が確認された。さらに生存したマウス(5匹中4匹)は減少した体重が回復していることが確認された。これらの結果はリステリア感染初期段階においてRNPを投与することにより、死に至る多臓器障害が抑制され、リステリア感染症が効果的に治療できることを示している。
【0056】
試験例3:リステリア感染マウスにおけるRNP(感染後投与)の生存率の改善効果
図7に示される手順(感染及び治療プログラム)によりリステリア感染マウスにRNP
を投与し生存率及び体重変化を解析した。比較対象としてアモキシシリン(Amoxicillin )のみを投与し効果の比較を行った。各試験は、1群 5匹について実施した。
【0057】
1及び2:Balb/c マウス(7週齢、体重20g)にリステリア モノサイトゲネス(Listeria monocytogenenes(1012CFU/mL)の菌液(生理食塩水+L.monocytogenenes)(200μL)又は対照としての生理食塩水を投与した(day0)。
3:リステリア モノサイトゲネス(Listeria monocytogenenes(1012CFU/mL)の菌液(200μL)投与後一日後から五日間にわたりアモキシシリン(Amoxicillin)(i.p.15mg/kg)を投与した。
4:リステリア モノサイトゲネス(Listeria monocytogenenes(1012CFU/mL)の菌液(200μL)投与日及び投与後一日後にRNP(O)(i.p.200mg/kg)を投与し、更に投与後一日後から五日間にわたりアモキシリン(Amoxicillin)(i.p.15mg/kg)を投与した。
【0058】
これらの試験の結果を図8に示す。これらの図のデータから、アモキシシリン(Amoxicillin)では顕著な改善効果は見られなかった一方で、RNP投与群においては生存率の有意な改善が確認された。これらの結果はリステリア感染後にRNPを投与することにより、死に至る多臓器障害が抑制され、リステリア感染症が効果的に治療できることを示している。
【0059】
試験例4:マラリア感染モデル動物におけるRNPの作用
本試験で実施された感染及びその処置は、図9に示される手順にしたがった。簡潔には、雌C57BL/6 マウス(8週齢、体重 約20g)に0.2mLのマラリア原虫(強毒株Plasmodiium berghel(Pb):MR4から入手。)溶液(106 Pb ANKA)を腹腔内投与した。原虫投与の1日後から,上記のごとく調製されたRNP(200mg/kg)を腹腔内に毎日投与した。なお、本試験では、一群3匹の動物が使用された。
【0060】
マラリア原虫感染後における、マラリア原虫の増殖及びモデル動物の生存について観察した結果を、それぞれ、図10及び図11にグラフ表示する。また、試験6日目のモデル動物について観察した結果を表す図に代わる写真を図12に示す。マラリア原虫の増殖速度は、RNP処置群と非処置群の間に有意差は見られないものの、RNP処置群には延命効果が認められる。
図1
図2
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図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12