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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-02
(45)【発行日】2022-08-10
(54)【発明の名称】圧力リング
(51)【国際特許分類】
   F16J 9/00 20060101AFI20220803BHJP
   F16J 9/26 20060101ALI20220803BHJP
   F02F 5/00 20060101ALI20220803BHJP
【FI】
F16J9/00 Z
F16J9/26 C
F02F5/00 K
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019223850
(22)【出願日】2019-12-11
(65)【公開番号】P2021092286
(43)【公開日】2021-06-17
【審査請求日】2022-01-12
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000139023
【氏名又は名称】株式会社リケン
(74)【代理人】
【識別番号】100080012
【弁理士】
【氏名又は名称】高石 橘馬
(74)【代理人】
【識別番号】100168206
【弁理士】
【氏名又は名称】高石 健二
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 寛明
(72)【発明者】
【氏名】岡田 嘉夫
【審査官】二之湯 正俊
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-266698(JP,A)
【文献】特開2012-154465(JP,A)
【文献】特開2002-115759(JP,A)
【文献】特開2001-295927(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02F 5/00
F16J 9/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに対向して合口隙間を形成する一対の合口端面を有し、それがピストンとともに装着されるシリンダの内径に等しい呼び径、d1、を有する環状の圧力リングであって、
自己張力が5 N~50 Nであり、
前記シリンダに装着する前の自由形状状態で、前記圧力リングの外周円弧の曲率半径をR1とするとき、合口反対側で最も大きなR1を有し、合口に向かうほど前記呼び径d1の1/2に近づく形状に基づき、前記曲率半径R1と、前記呼び径d1が、合口端部で
【数1】
の関係を満たし、
前記合口端部が、前記合口端面と、前記合口隙間の中点から中心角35°の位置、との間の範囲と定義されることを特徴とする圧力リング。
【請求項2】
請求項1に記載の圧力リングにおいて、円環状のフレキシブルテープのなかへ前記圧力リングを入れ、前記フレキシブルテープを締めることによって前記合口隙間が前記シリンダに装着した場合の所定の隙間になるまで前記圧力リングを閉じたとき、前記合口隙間の中点を通る第1の軸方向の直径、d3、と、前記第1の軸方向に直交する第2の軸方向の直径、d4、との差、(d3 - d4)、として定義される二軸差と、前記呼び径d1が
【数3】
の関係を満たすことを特徴とする圧力リング。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の圧力リングにおいて、ISO 6621-2:2003(E)に規定された漏光試験を行ったとき、前記漏光試験に使用するリングゲージの内周面と前記圧力リングの外周面の間に漏光部を有し、前記漏光部の前記合口隙間を除いた周方向長さの範囲が、前記リングゲージの内周長さに対し35%未満であることを特徴とする圧力リング。
【請求項4】
請求項3に記載の圧力リングにおいて、前記漏光部の前記圧力リング外周面と前記リングゲージ内周面の径方向隙間が、前記一対の合口端面から1 mm離れた外周位置において前記呼び径d1の0.13%未満であることを特徴とする圧力リング。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載の圧力リングにおいて、少なくとも外周摺動面に、めっき皮膜、イオンプレーティング皮膜、窒化皮膜からなる群から選択された少なくとも一つの皮膜を被覆したことを特徴とする圧力リング。
【請求項6】
請求項5に記載のイオンプレーティング皮膜がCrN、Cr2N、TiN、CrCN、TiCN、ダイヤモンドライクカーボンからなる群から選択された少なくとも一つの皮膜であることを特徴とする圧力リング。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車エンジン用ピストンリングに関し、特に、圧力リングの形状に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、圧力リングの外周は合口近傍において他の部分より過大に摩耗するため、事実上合口近傍の外周摩耗量が圧力リングの寿命を決めることが多い。例えば、イオンプレーティングにより成膜するCrNのような耐摩耗性に優れた硬質皮膜を外周摺動面に被覆した圧力リングにおいて、合口反対側で十分な厚さの皮膜が残存していても、合口近傍の過大摩耗により圧力リングとしての寿命が尽きてしまうことが多い。合口近傍の摩耗対策に関しては、リング全体として必要以上に厚い皮膜を被覆することによる製造コストの増大や、皮膜によっては厚膜化すること自体が困難な場合もあり、多くの問題を抱えている。
【0003】
合口近傍の摩耗対策として、合口近傍の局部的な面圧上昇を防止するため、特許文献1は、ピストンリング内周面上にあって、上側面及び下側面の間の略中央の位置に、周方向に延びる溝が合口部から±20°までの範囲にわたり形成されたピストンリングを開示し、また、特許文献2は、圧力リングの内周面側に、合口部端面を始端とする中心角26.5°から14°の所定の周長部分において、合口部端面に向かって徐々に外周面に近づく平面状の切欠部を有し、当該合口部端面における半径方向厚さが当該所定の周長部分以外の半径方向厚さの0.2倍から0.5倍未満である圧力リングを開示している。いずれも合口近傍のリングの断面係数を下げ、曲げ剛性を小さくすることによって合口近傍の面圧を低減することを意図するものである。
【0004】
一方、リングの断面係数から離れ、リングの自由状態での形状に注目して、合口近傍の面圧を低減し、リングの面圧分布制御を試みたものもある。特許文献3は、シリンダ中心とピストンリング内周面との距離が最大となる最外点までの距離(Rmax)を、シリンダ中心と合口部両端の中点から180°回転させた合口反対側に位置する対蹠点までの距離(R180)で除した値(Rmax/R180)が1.032~1.040であって、当該シリンダ中心から当該合口部の一端までの距離(R合口)を、当該シリンダ中心から当該対蹠点までの距離(R180)で除した値(R合口/R180)が1.032~1.040であって、当該最外点の位置が当該中点から44.7~46.1°であるピストンリングを開示している。また、特許文献4は、相対する合口端面により定義された合口隙間と所定の呼び半径を有するピストンリングにおいて、当該ピストンリングが両方のリング合口端面から少なくとも15°及び25°未満の中心角を有する第1の長さ部分と、各第1の長さ部分に隣接して約10°の中心角を有する第2の長さ部分を有し、自由な非装着状態で、当該第1の長さ部分が当該呼び半径より0~2%小さい曲率半径を有し、当該第2の長さ部分の曲率半径が当該第1の長さ部分の曲率半径より小さく、それによって、ピストンリングの全周が漏光無しにシリンダに装着し、装着状態でのピストンリングの径方向圧力分布が合口部で実質的にゼロ、合口から反対方向に、第2の長さ部分の最大値まで増加し、当該最大値は、装着状態でのピストンリングの径方向圧力分布の周方向平均の200%を超えているピストンリングを開示している。
【0005】
しかし、特許文献1及び2では、ピストンリング内周側にさらに加工を施す必要から、製造工程を複雑にしてコスト増に繋がること、特許文献3では、シリンダに装着したときにピストンリング外周面がどんな曲率半径を持つかは、ピストンリングのヤング率や張力に依存するため、開示された要件のみでは、実稼働時においてピストンリング全周の面圧が均一となる保証がなく、また、特許文献4では、合口より25~35°の領域で面圧が高くなるため、合口端部でのリングフラッターを抑制できるものの、摩耗の低減には十分でないのが実情である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2004-278378号公報
【文献】特開2009-30727号公報
【文献】特開2010-84853号公報
【文献】米国特許5380018号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記の事情に鑑み、リング材質や外周硬質皮膜の存在にかかわらず、合口近傍の外周摩耗が増大することなく、長寿命の圧力リングを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者達は、圧力リングの自由状態の形状について上記の課題を解決すべく鋭意研究した結果、基本的には、圧力リングの断面係数を変えずに合口近傍の面圧を下げるため、シリンダに装着する前の自由形状状態において、リングの曲率半径が合口反対側から合口端部に向かって徐々に小さくなる形状とし、特に、合口近傍でのリング外周面の曲率半径と呼び径との関係について検討することにより、合口近傍の外周摩耗が増大することなく、長寿命の圧力リングを得ることに成功し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明の圧力リングは、互いに対向して合口隙間を形成する一対の合口端面を有し、それがピストンとともに装着されるシリンダの内径に等しい呼び径、d1、を有する環状の圧力リングであって、自己張力が5 N~50 Nであり、前記シリンダに装着する前の自由形状状態で、前記圧力リングの外周円弧の曲率半径をR1とするとき、合口反対側で最も大きなR1を有し、合口に向かうほど前記呼び径d1の1/2に近づく形状に基づき、前記曲率半径R1と、前記呼び径d1が、合口端部で
【数1】
の関係を満たし、前記合口端部が、前記合口端面と、前記合口隙間の中点から中心角35°の位置、との間の範囲と定義されることを特徴とする。
【0011】
また、前記圧力リングは、円環状のフレキシブルテープのなかへ前記圧力リングを入れ、前記フレキシブルテープを締めることによって前記合口隙間が前記シリンダに装着した場合の所定の隙間になるまで前記圧力リングを閉じたとき、前記合口隙間の中点を通る第1の軸方向の直径、d3、と、前記第1の軸方向に直交する第2の軸方向の直径、d4、との差、(d3 - d4)、として定義される二軸差と、前記呼び径d1が、
【数3】

の関係を満たすことが好ましい。
【0012】
また、前記圧力リングは、ISO 6620-2:2003(E)に規定された漏光試験を行ったとき、前記漏光試験に使用するリングゲージの内周面と前記圧力リングの外周面の間に漏光部を有し、前記漏光部の前記合口隙間を除いた周方向長さの範囲が、前記リングゲージの内周長さに対し35%未満であることが好ましい。さらに、前記漏光部の前記圧力リング外周面と前記リングゲージ内周面の径方向隙間が、前記一対の合口端面から1 mm離れた外周位置において前記呼び径d1の0.13%未満であることが好ましい。
【0013】
また、前記圧力リングは、少なくとも外周摺動面に、めっき皮膜、イオンプレーティング皮膜、窒化皮膜からなる群から選択された少なくとも一つの皮膜を被覆したことが好ましく、前記イオンプレーティング皮膜は、CrN、Cr2N、TiN、CrCN、TiCN、ダイヤモンドライクカーボンからなる群から選択された少なくとも一つの皮膜であることが好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の圧力リングは、シリンダに装着する前の自由形状状態で、合口端部の外周円弧の曲率半径R1と圧力リングの呼び径d1との間の関係、(2R1 - d1)/d1、を所定の範囲に調整することにより合口近傍の外周摩耗が増大することなく、長寿命の圧力リングを提供することが可能になる。また、耐摩耗性の硬質皮膜を被覆する場合においても、必要以上に厚膜化することなく、製造コストの増大を抑えることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1(a)】本発明の圧力リングの自由状態形状を示した図である。
図1(b)】図1(a)のB部分の拡大図であり、合口端面に外周面取部を示した図である。
図2】本発明の圧力リングを(図示しない)フレキシブルテープ内で閉じたときの圧力リングを示した図である。
図3(a)】漏光試験に使用するリングゲージ内の本発明の圧力リングを示した図である。
図3(b)】図3(a)のD部分の拡大図であり、周方向の漏光範囲(u, u’)と、径方向の漏光範囲(t, t’)を示した図である。
図4】本発明の圧力リングの自由状態形状における外周円弧の曲率半径Rに関し、合口隙間の中点からの中心角θに対する2Rの分布状態を示した図である。
図5】実施例1の圧力リングの自由状態形状における2R分布を示した図である。
図6(a)】実施例1の圧力リングの漏光部の周方向長さuの測定を行った写真である。
図6(b)】実施例1の圧力リングの漏光部の径方向隙間tの測定を行った写真である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
一般に、圧力リングは、ピストンに装着され、ピストンがエンジンのシリンダ内を往復運動する際に、ピストンとシリンダ壁との間の気密、すなわち、圧力リングの外周面とシリンダ内壁面との間の気密、を保つ機能を有している。この気密を保つため、圧力リングは自己張力によりシリンダ内壁面に所定の面圧を維持しながら摺動する。圧力リングは、ピストンと一緒に挿入されるシリンダの内径に等しい呼び径を有するが、所定の面圧を発生させる自己張力を与えるために、シリンダに装着する前の自由状態において、シリンダに装着した状態に比べて合口隙間の開いた自由合口隙間を有している。シリンダに装着するときは自由合口隙間を閉じるように弾性変形を与え、その反力としてシリンダ内壁面への面圧を発生させている。
【0017】
図1は、本発明の圧力リングの自由状態形状を示す。本発明の圧力リングは、互いに対向した一対の合口端面(3, 3’)を有し、その間に自由合口隙間(2)を形成している。圧力リングの形状を定義するため、外周円弧に注目すれば、外周円弧の任意の点(P)は、圧力リングをシリンダに装着したときのシリンダ中心を中心点(O)とし、自由合口隙間(2)の中点(M)と中心点(O)を通る軸(A)からの中心角θでP(θ)と表すことができる。すなわち、軸Aを0°とし中心角θを時計回りに読むと、外周円弧上の合口反対側の点はP(180°)、一対の合口端面(3, 3’)の間(合口隙間)の中心角が16°とすれば、合口端面の外周円弧上の点はP(8°)とP(352°)になる。また、圧力リングの張力を変更して、自由合口隙間の中心角を20°とすれば、合口端面の外周円弧上の点はP(10°)とP(350°)になる。但し、合口端面の中心角θは張力により変化するので、以下、図1(a)において合口隙間の右側の合口端部(4)を「0°側」、左側の合口端部(4’)を「360°側」と表記する。本発明の圧力リングにおいて、合口端部(4, 4’)は、合口端面(3, 3’)の外周円弧上の点(但し、合口端面が外周面取部を有する場合は、外周面取部を除いた合口端面側の外周円弧上の点(6, 6’))から、中心角35°のP(35°)及びP(325°)までの範囲と定義する。この合口端部(4, 4’)の外周円弧の曲率半径R1と、前記圧力リングの呼び径d1が、
【数4】
の関係を満たすものとする。すなわち、本発明の圧力リングにおいて、前記合口端部の外周円弧の曲率半径R1の2倍は、呼び径d1より僅かに小さく設計することが好ましい。
【0018】
通常は、前記2R1が前記d1より小さいと面圧が発生しないため、圧力リングの気密機能を損なうと考えられるので、このような設計は行われていない。しかし、ディーゼルエンジンのような熱負荷の厳しいエンジンに使用されるとき、リングの内外周に生じる温度差によりリング外周の曲率が変化し、面圧が発生する。本発明の圧力リングでは、(2R1 - d1)/d1が0.002以上であると、合口近傍の面圧が高くなりすぎて、合口近傍の外周摩耗が増大してしまう。一方、(2R1 - d1)/d1が-0.01未満になると、リング内外周の温度差があっても、面圧が発生しない部分が出てきてブローバイの問題が生じてくる。(2R1 - d1)/d1は、-0.004~-0.001であることとし、-0.004~-0.002であることが好ましい
【0019】
合口端部(4, 4’)の曲率半径R1は、自由形状状態の圧力リングの外周円弧に沿って測定した座標データから最小二乗法により近似して算出することができる。また、座標データは、接触式、非接触式のいずれの測定方法でも取得可能であるが、通過式レーザー変位計を用い、非接触に測定することによって高精度の結果が得られる。本発明では、測定点として、リングの外周に沿って0.125°毎にデータを取り、例えば、合口端面(3, 3’)がP(8°)又はP(352°)とすると、P(35°)まで216の座標データから計算される。
【0020】
また、本発明の圧力リングは、5 N~50 Nの自己張力を有するものとする。本発明の圧力リングの寸法としては、呼び径d1は65 mm以上200 mm未満、径方向厚さa1が2.0~5.0 mm、軸方向幅h1が0.9~3.4 mmの寸法を持つことが好ましい。なかでも、呼び径d1は、65~150 mmであることがより好ましく、65 mm~130 mmであることがさらに好ましい。但し、小径側に注目すれば、65 mm~88mmであることが好ましく、大径側に注目すれば、115 mm~130 mmであることが好ましい。両方を考慮した65 mm~88 mm及び115 mm~130 mmの2領域からなることがより好ましい。
【0021】
また、一般に、圧力リングのシリンダ内壁面への面圧分布を予測するため、二軸差(「オーバリティ」ともいう。)という設計指針が使用されている。この二軸差は、図2に示すように、図示しない円環状のフレキシブルテープのなかへ圧力リングを入れ、前記フレキシブルテープを締めることによって前記合口隙間が前記シリンダに挿入した場合の所定の隙間(s1)になるまで前記圧力リングを閉じたとき、前記合口隙間の中点と合口反対側を結ぶ第1の直径d3と、前記第1の直径に直交する第2の直径d4との差、(d3 - d4)、として定義される。二軸差(d3 - d4)がプラスの場合、合口近傍の面圧が高くなる傾向にあるため、本発明の圧力リングでは、二軸差(d3 - d4)をマイナスに設定することが好ましく、この二軸差(d3 - d4)と、呼び径d1が、
【数6】

の関係を満たすことが好ましい。(d3 - d4)/d1は、-0.009~0であることがより好ましく、-0.007~-0.001であることがさらに好ましく、-0.005~-0.002であることが最も好ましい。
【0022】
自由形状の曲率半径に関するパラメーター (2R1 - d1)/d1と二軸差に関するパラメーター (d3 - d4)/d1は、合口近傍の面圧分布に密接に関係し、(d3 - d4)/d1が大きくマイナスするときは、(2R1 - d1)/d1がプラスでも面圧を低く調整することができる。(d3 - d4)/d1は-0.007~-0.001であることが好ましい。
【0023】
本発明の圧力リングでは、ISO 6620-2:2003(E)に規定された常温における漏光試験で漏光することが好ましい。もちろん、エンジン始動後、直ちにリングの温度が上昇し、特に合口近傍のリングの内外周に温度差を生じ、実質的に漏光しなくなることが重要である。漏光試験における漏光部は、図3(a)に合口を挟んで左右の漏光部を示すように、合口端面(3, 3’)からの周方向長さ(u, u’)で表す。合口の左右両側の漏光部の範囲(u+u’)は、リングゲージの内周長さ(π×d1に等しい)に対する比率、(u+u’)/(π×d1)、で表し、35%未満であることが好ましい。また、圧力リング外周面とリングゲージ内周面の間の径方向隙間(t, t’)は、圧力リングの呼び径d1に対する比率(t/d1, t’/d1)で表し、0.13%未満であることが好ましい。ここで、径方向隙間(t, t’)は、図3(b)に示すように、各合口端面から1 mm離れた外周位置(7)において測定された径方向隙間 t をいう。漏光範囲の円周長さ比率 (u+u’)/(π×d1) は0.1~12%であることがより好ましく、2~8%であることがさらに好ましい。また、漏光範囲の径方向隙間比率(t/d1, t’/d1)は0.01~0.1%であることがより好ましく、0.02~0.06%であることがさらに好ましい。
【0024】
本発明の圧力リングは、少なくとも外周摺動面に、少なくとも一つの硬質皮膜を被覆することが好ましいが、硬質皮膜の効果を有効に機能させるため、いくつかの硬質皮膜を組み合わせて被覆することがより好ましい。例えば、圧力リングの基材を窒化処理して窒化皮膜を形成し、その上に窒化クロム皮膜や、ダイヤモンドライクカーボン(Diamond Like Carbon : DLC)皮膜を積層することが好ましい。また、DLC皮膜は、耐摩耗性の観点では、水素を含有しない、いわゆる水素フリーDLC皮膜が好ましく使用される。
【0025】
本発明の圧力リングの自由形状は、カム成形機により、ピストンリング用線材からリングの自由形状に1本毎に成形することができる。また、真円形状のコイルに成形し、砥石で切断後、圧力リングの自由形状を模した治具にセットし、熱処理して自由形状に成形することもできる。この自由形状は、基本的に、合口反対側のP(180°)で最も大きな曲率半径を有し、合口に向かうほどシリンダの曲率半径に近づく形状とする。図4は、呼び径d1が78 mmの圧力リングについて、合口隙間の中点からの中心角θと、その中心角θの点P(θ)における曲率半径Rの2倍との関係を示したものである。合口端面で2R(=2R1)がリングの呼び径d1と一致するモデルの2R分布(L:破線で示す)に対し、本発明の圧力リングの2R分布(N:実線で示す)は、好ましくは、合口端部(0°側及び360°側)でモデル分布よりも小さい2R(=2R1)を取る。本発明では、このような2R分布を持つ自由形状に圧力リングを成形するため、カム成形機を調整し、又は、熱処理用の治具を調整する。
【実施例
【0026】
実施例1(E.1)
JIS SUS440B相当材の線材から、カム成形機によりキーストン断面で呼び径(d1)120 mm、軸方向幅(h1)2.5 mm、径方向厚さ(a1)4.3 mmの圧力リングを成形した。さらに、側面研磨、合口隙間研磨、外周ラップ加工により偏心バレルフェイル形状とした後、570℃、4時間のガス窒化処理を行い、白層除去研磨加工の後、洗浄し、炭素カソード(炭素99.9質量%)を供えたアークイオンプレーティング装置で、外周摺動面に水素フリーDLC皮膜を約25 μm成膜した。ここで、各工程で変化するリングの基準外径と自由形状状態の曲率半径の分布を測定、把握し、最終製品として、合口端部の曲率半径をR1としたとき2R1がd1より0.2 mm小さくなるように調整した。
【0027】
[1] 自由状態での2R分布の測定
実施例1の圧力リングの外周円弧上の点Pの座標データを、回転テーブルと通過式レーザー変位計を備えた自由形状測定装置を用いて測定した。P点の曲率半径は、その中心角をθとすれば、P(θ-25°)からP(θ+25°)の範囲の400個のデータから、最小二乗法によって計算される。例えば、θが180°のときは、P(155°)からP(205°)の範囲のデータが用いられる。合口端面(3, 3)がP(8°)及びP(352°)とすれば、合口端部の外周円弧の曲率半径R1の計算には、曲率半径R1を合口端面と合口隙間の中点から中心角35°のP(35°)の間の範囲の曲率半径と定義しているので、P(8°)からP(35°)の範囲の216個のデータが用いられる。2R分布を描くときは、合口端部の曲率半径はP(10°)を中点とした円弧(但し、P(10°)より左側のデータ数は少ない)の曲率半径と見て、さらに5°毎に計算してプロットすることができる。図5に実施例1の2R分布を示す。最小二乗法による合口端部の外周円弧の曲率半径Rは0°側が59.94 mm、360°側が59.84 mmで、(2R - d1)/d1は、0°側が-0.0010、360°側が-0.0027であった。
【0028】
[2] 二軸差の測定
実施例1の圧力リングを厚さ80 μmの円環状のフレキシブル金属テープのなかに入れ、所定の合口隙間になるまでリングを閉じ、二軸差測定機によりd3とd4を測定した。実施例1の二軸差は-0.5 mmで、(d3 - d4)/d1は-0.0042であった。
【0029】
[3] 漏光範囲の測定
実施例1の圧力リングを漏光試験用のゲージリングに挿入し、下に置いたランプの光の漏れる範囲をマイクロスコープ(キーエンス製VHX- 5000)を用い、漏光範囲の周方向長さu, u’と径方向隙間t, t’の両方を測定した。図6(a)に周方向長さuの測定、図6(b)に径方向隙間tを測定したときの写真を示す。実施例1の漏光範囲で、周方向長さは0°側のuが7.29 mm、360°側のu’が9.98 mm、径方向隙間は0°側のtが0.022 mm、360°側のt’が0.025 mmであった。
【0030】
比較例1(C. E. 1)
最終製品として、合口端部の曲率半径R1の2倍の2R1がd1より0.3 mm大きくなるように調整した以外は実施例1と同様にして、DLC被膜を被覆した圧力リングを作製した。実施例1と同様に、合口端部の外周円弧の曲率半径R1、二軸差(d3 - d4)、漏光範囲を測定した。合口端部の外周円弧の曲率半径R1は0°側が60.15 mm、360°側が60.19 mmで、(2R1 - d1)/d1は、0°側が+0.0025、360°側が+0.0032であり、二軸差は-0.1 mmで、(d3 - d4)/d1は-0.0008であり、漏光はしなかった。
【0031】
実施例2、参考例3~5(E. 2、R.E. 3~5)
最終製品として、合口端部の曲率半径R1の2倍の2R1がd1より0.1 mmから0.9 mm小さくなるように調整した以外は実施例1と同様にして、DLC皮膜を被覆した圧力リングを作製した。実施例2及び参考例3~5の圧力リングについて、合口端部の外周円弧の曲率半径R1、二軸差(d3 - d4)、漏光範囲の周方向長さu, u’と径方向隙間t, t’を測定した。結果を、実施例1及び比較例1のデータも含め、表1に示す。

【0032】
【表1】
【0033】
表1の測定データから、本発明に関係するパラメーターを算出した結果を表2に示す。
【0034】
【表2】
【0035】
[4] 実機試験1
排気量が9.8リットルの直列6気筒ディーゼルエンジンを用い、各気筒それぞれに実施例1~2、参考例3~5及び比較例1の圧力リングを装着し、2,000 rpm、全負荷、一定速の運転条件で実機試験を行った。ここで、セカンドリング及びオイルリングは、当該エンジン用として使用されていたリングを使用した。所定時間経過後の各圧力リングについて、合口端部(0°側及び360°側)と合口反対側(180°側)の外周摩耗量を測定した。外周摩耗量の測定は、合口端部は中心角17.5°のP(17.5°)とP(342.5°)の位置、合口反対側はP(180°)の位置の断面を走査電子顕微鏡で観察し、最表面のDLC膜の厚さ(y)を測定することにより行った。DLC皮膜は約25 μm被覆されていたので、外周摩耗量は(25 - y)μmと計算される。結果を表3に示す。
【0036】
【表3】
【0037】
実施例1、2及び参考例4は、合口反対側(180°)の摩耗量に対する合口端部側(0°側、360°側)の摩耗量の比率(以下、摩耗比率という。)がほぼ同等(0.95~1.24)であったが、参考例3及び5の摩耗比率は、0.4~0.6のレベルであった。合口端部の曲率半径に関するパラメーター (2R1 - d1)/d1 の値でいえば、(2R1 - d1)/d1が -0.005~-0.006のレベル以下になると摩耗比率が低下して、合口部の面圧低下が予想され、一方、(2R1 - d1)/d1が0.0020を超えると摩耗比率が2倍程度になって、本発明の課題の解決には至らないことが分かる。また、二軸差に関するパラメーター (d3 - d4)/d1に注目すると、(d3 - d4)/d1が-0.0020より、さらにマイナス側に小さいことが好ましい傾向を示していた。
【0038】
実施例6(E. 6)
実施例6の圧力リングは、JIS SUP12相当材の線材から真円成形により真円形状のコイルに成形することによって作製された。コイルを砥石で1本リングに切断後、治具にセットし、熱処理して自由形状に成形した。さらに、側面研磨、合口隙間研磨、外周ラップ加工により、矩形断面で外周面を偏心バレルフェイル形状とする呼び径(d1)82 mm、軸方向幅(h1)1.5 mm、径方向厚さ(a1)2.9 mmの圧力リングを作製した。表面処理としては、アークイオンプレーティング装置で、外周摺動面にCrN皮膜を約30 μm成膜した。ここで、各工程で変化するリングの基準外径と自由形状状態の曲率半径の分布を測定、把握し、最終製品として、合口端部の曲率半径をR1としたとき、2R1がd1より0.2 mm小さくなるように熱処理治具を製作した。
【0039】
実施例8及び参考例7、9(E. 8及びR.E. 7、9)
最終製品として、合口端部の曲率半径R1の2倍の2R1が「d1より0.1 mm大きいもの」から「d1より0.4 mm小さいもの」になるように熱処理治具を調整した以外は実施例6と同様にして、CrN皮膜を被覆した圧力リングを作製した。
【0040】
実施例6、8及び参考例7、9の圧力リングについて、合口端部の外周円弧の曲率半径R1、二軸差(d3 - d4)、漏光範囲の周方向長さu, u’と径方向隙間t, t’を測定した。結果を表4に示す。
【0041】
【表4】
【0042】
表4の測定データから、本発明に関係するパラメーターを算出した結果を表5に示す。
【0043】
【表5】
【0044】
[5] 実機試験2
排気量が2 リットルの直列4気筒ディーゼルエンジンを用い、各気筒それぞれに実施例6、8及び参考例7、9の圧力リングを装着し、2,000 rpm、全負荷、一定速の運転条件で実機試験を行った。ここで、セカンドリング及びオイルリングは、当該エンジン用として使用されていたリングを使用した。所定時間経過後の各圧力リングについて、合口端部(0°側及び360°側)と合口反対側(180°側)の外周摩耗量を測定した。外周摩耗量の測定は、例えば、合口端部はP(17.5°)とP(342.5°)の位置、合口反対側はP(180°)の位置の断面を走査電子顕微鏡で観察し、最表面のCrN皮膜の厚さ(y)を測定することにより行った。CrN皮膜は約30 μm被覆されていたので、外周摩耗量は(30 - y)μmと計算される。結果を表6に示す。
【0045】
【表6】
【0046】
実施例6、8及び参考例9は、摩耗比率が1に近かった(0.93~1.06)が、参考例7の摩耗比率は1.19と1.38であり、合口端部側の摩耗量がやや多くなっていた。しかし、比較例1ほど高くはなく、十分に改善された状況を示していた。
【符号の説明】
【0047】
1 圧力リング
2 合口隙間
3 合口端面
4 合口端部
5 外周面取部
6 外周面取部を除いた合口端面側の外周円弧上の点
7 合口端面から1 mm離れた外周位置
図1(a)】
図1(b)】
図2
図3(a)】
図3(b)】
図4
図5
図6(a)】
図6(b)】