(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-02
(45)【発行日】2022-08-10
(54)【発明の名称】転造ダイス及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 8/26 20060101AFI20220803BHJP
C23C 8/38 20060101ALI20220803BHJP
C23C 8/80 20060101ALI20220803BHJP
C23C 22/62 20060101ALI20220803BHJP
C23C 28/00 20060101ALI20220803BHJP
B21H 3/06 20060101ALI20220803BHJP
B23G 7/02 20060101ALI20220803BHJP
B23P 15/24 20060101ALI20220803BHJP
【FI】
C23C8/26
C23C8/38
C23C8/80
C23C22/62
C23C28/00 C
B21H3/06 A
B23G7/02
B23P15/24
(21)【出願番号】P 2022510250
(86)(22)【出願日】2020-03-26
(86)【国際出願番号】 JP2020013575
(87)【国際公開番号】W WO2021192131
(87)【国際公開日】2021-09-30
【審査請求日】2021-11-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000103367
【氏名又は名称】オーエスジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000534
【氏名又は名称】弁理士法人真明センチュリー
(72)【発明者】
【氏名】久田 晃也
【審査官】池ノ谷 秀行
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-036949(JP,A)
【文献】特開2008-138235(JP,A)
【文献】特開2014-221478(JP,A)
【文献】特開2010-005654(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 8/00-8/80
B21H 3/06
B23G 7/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の加工歯が形成された成形面を有して鋼製の工具基材からなる転造ダイスにおいて、
前記工具基材内に窒素が拡散した窒化層が、前記成形面から深さ20~70μmの位置まで設けられ、
前記成形面の表面硬さが1100HV以上であり、
前記加工歯の山頂の前記深さに対する前記加工歯の谷底の前記深さの変化率が30%以内であり、
前記成形面の圧縮残留応力が-1500~-1000MPaであり、
前記窒化層のうち前記成形面からの深さ0.5~5μmの部位に、前記工具基材を酸化したFe
3O
4を主成分とする酸化被膜が形成されていることを特徴とする転造ダイス。
【請求項5】
複数の加工歯が形成された成形面を有して鋼製の工具基材からなる転造ダイスの製造方法において、
前記成形面にガス窒化処理またはラジカル窒化処理を施し、前記成形面の表面硬さが1100HV以上になると共に、前記成形面からの深さが20~70μmとなるように窒化層を形成する窒化工程と、
前記窒化工程後の前記成形面にショットピーニング処理を施して前記成形面に圧縮残留応力を付与するショットピーニング工程と、を備え、
前記ショットピーニング工程の後、130~160℃のアルカリ性水溶液に前記工具基材を浸漬させて酸化するアルカリ黒色処理によって、前記成形面にFe
3O
4を主成分とする酸化被膜を形成する酸化工程を備えていることを特徴とする転造ダイスの製造方法。
【請求項7】
前記ショットピーニング工程および前記酸化工程は、前記酸化工程後の前記成形面の圧縮残留応力が-1500~-1000MPaとなる条件で行われることを特徴とする請求項5記載の転造ダイスの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転造ダイス及びその製造方法に関し、特に窒化処理が施された成形面の耐久性を向上できる転造ダイス及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
転造ダイスは、複数の加工歯が形成された成形面を被加工物に押し付けて被加工物を塑性変形させ、成形面に応じた所定形状を被加工物に転造する。成形面の摩耗や欠けを抑制して成形面の耐久性を向上するために、成形面に窒化処理を施して窒化層を形成することが知られている。特許文献1では、転造ダイスの成形面への窒化処理としてイオン窒化処理を用いている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、複数の加工歯が形成された成形面にイオン窒化処理を施す場合、加工歯の山頂にイオンが集中し易く、加工歯の谷底にイオンが当たり難い。そのため、加工歯の山頂における窒化層が深くなり易く、加工歯の谷底における窒化層が浅くなり易い。そうすると、窒化層の深さのばらつきによって成形面の耐久性を十分に向上できないおそれがある。そこで、さらなる成形面の耐久性の向上が望まれている。
【0005】
本発明は、上述した要求に応えるためになされたものであり、窒化処理が施された成形面の耐久性を向上できる転造ダイス及びその製造方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
この目的を達成するために本発明の転造ダイスは、複数の加工歯が形成された成形面を有して鋼製の工具基材からなるものであって、前記工具基材内に窒素が拡散した窒化層が、前記成形面から深さ20~70μmの位置まで設けられ、前記成形面の表面硬さが1100HV以上であり、前記加工歯の山頂の前記深さに対する前記加工歯の谷底の前記深さの変化率((山頂の窒化層の深さ-谷底の窒化層の深さ)/山頂の窒化層の深さ×100)が30%以内である。
【0007】
本発明の転造ダイスの製造方法は、複数の加工歯が形成された成形面を有して鋼製の工具基材からなる転造ダイスを製造する方法であって、前記成形面にガス窒化処理またはラジカル窒化処理を施し、前記成形面の表面硬さが1100HV以上になると共に、前記成形面からの深さが20~70μmとなるように窒化層を形成する窒化工程と、前記窒化工程後の前記成形面にショットピーニング処理を施して前記成形面に圧縮残留応力を付与するショットピーニング工程と、を備えている。
【発明の効果】
【0008】
請求項1記載の転造ダイスによれば、表面硬さが1100HV以上となるように成形面に窒化層が形成され、成形面からの窒化層の深さが20~70μmであるので、成形面の耐摩耗性や強度を確保できる。さらに、成形面に形成された加工歯の山頂の窒化層の深さに対する加工歯の谷底の窒化層の深さの変化率が30%以内である。そのため、谷底における窒化層の深さを確保しつつ、山頂における窒化層が深くなり過ぎることを防止できる。これにより、谷底の耐摩耗性を確保しつつ、山頂近傍における加工歯の内部の靭性を確保して加工歯の欠けを抑制できる。その結果、窒化処理が施された成形面の耐久性を向上できる。
【0009】
表面硬さが1100HV以上の窒化層によって成形面が硬くなることで、成形面の靭性が低下するおそれがある。しかし、成形面の圧縮残留応力が-1500~-1000MPaであるので、成形面の靭性を確保できる。これにより、成形面の耐久性を向上できる。
【0010】
窒化層のうち成形面からの深さが0.5~5μmの部位に、工具基材を酸化したFe3O4を主成分とする酸化被膜が形成されている。この酸化被膜により成形面の耐溶着性や耐焼付性を向上できる。
【0011】
請求項4記載の転造ダイスによれば、請求項1記載の転造ダイスの奏する効果に加え、次の効果を奏する。酸化被膜の酸化鉄はFe3O4のみからなるので、500℃程度の水蒸気雰囲気中で工具基材を加熱して酸化させる水蒸気酸化処理ではなく、アルカリ性水溶液に工具基材を浸漬させて酸化するアルカリ黒色処理によって酸化被膜が形成されたことが分かる。アルカリ黒色処理は約160℃以下の比較的低温で工具基材を加熱するので、酸化被膜の形成時に、予め成形面に付与された圧縮残留応力を解放され難くできる。これにより、酸化被膜が形成された成形面の圧縮残留応力を-1500~-1000MPaにするために、酸化被膜の形成前に成形面に予め付与する圧縮残留応力を低減できる。その結果、転造ダイスを製造し易くできる。
【0012】
請求項5記載の転造ダイスの製造方法は、複数の加工歯が形成された成形面を有して鋼製の工具基材からなる転造ダイスを製造する方法である。窒化工程では、成形面にガス窒化処理またはラジカル窒化処理を施し、成形面の表面硬さが1100HV以上になると共に、成形面からの深さが20~70μmとなるように窒化層を形成する。複数の加工歯が形成された成形面にガス窒化処理またはラジカル窒化処理を施すことで、加工歯の山頂の窒化層の深さに対する加工歯の谷底の窒化層の深さの変化率を小さくできる。これにより、谷底における窒化層の深さを確保しつつ、山頂における窒化層が深くなり過ぎることを防止できる。その結果、窒化処理が施された成形面の耐久性を向上できる。
【0013】
窒化工程後のショットピーニング工程では、成形面にショットピーニング処理を施して成形面に圧縮残留応力を付与する。窒化処理によって成形面が硬くなることで成形面の靭性が低下するところ、成形面への圧縮残留応力の付与によって成形面の靭性を確保できる。これにより、成形面の耐久性を向上できる。
【0014】
ショットピーニング工程後の酸化工程では、130~160℃のアルカリ性水溶液に工具基材を浸漬させて酸化するアルカリ黒色処理によって、成形面にFe3O4を主成分とする酸化被膜を形成する。この酸化被膜により成形面の耐溶着性や耐焼付性を向上できる。さらに、500℃程度の水蒸気雰囲気中で転造ダイスを加熱する水蒸気酸化処理によって酸化被膜を形成する場合と比べ、アルカリ黒色処理は低温下で酸化被膜を形成している。これにより、ショットピーニング処理により付与された圧縮残留応力を、酸化被膜形成時の加熱に伴って解放され難くできる。その結果、酸化被膜による成形面の耐溶着性や耐焼付性の向上と、圧縮残留応力の付与による成形面の靭性の確保とを両立できるので、成形面の耐久性をより一層向上できる。
【0015】
請求項7記載の転造ダイスの製造方法によれば、請求項5記載の転造ダイスの製造方法の奏する効果に加え、次の効果を奏する。ショットピーニング工程および酸化工程は、酸化工程後の成形面の圧縮残留応力が-1500~-1000MPaとなる条件で行われる。これにより、成形面の靭性を十分に確保できるので、成形面の耐久性をより一層向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】(a)は一実施形態における転造ダイスの平面図であり、(b)は転造ダイスの側面図である。
【
図2】
図1(a)のII-II線における転造ダイスの断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、好ましい実施の形態について、添付図面を参照して説明する。
図1(a)は転造ダイス1の平面図である。
図1(b)は転造ダイス1の側面図である。
図2は
図1(a)のII-II線における転造ダイス1の断面図である。なお、
図1(a)及び
図1(b)では、理解を容易にするため、複数の加工歯10を模式的に図示している。また、
図2では、理解を容易にするため、窒化層15や酸化被膜16の深さD1,D2,D3を誇張して図示している。
【0018】
転造ダイス1は、円柱状の被加工物の外周面を塑性変形させてスプラインや歯車を転造するための工具であって、転造平ダイスである。転造ダイス1は、合金工具鋼または高速度工具鋼等の鋼製の工具基材からなり、略直方体状に形成される。特に冷間ダイス鋼製の工具基材によって転造ダイス1を形成することが好ましい。
【0019】
転造ダイス1は、その上面(
図1(b)紙面上側)に成形面2が設けられている。この成形面2には、複数の加工歯10が左右方向(
図1(b)紙面左右方向)に連続して形成されている。この加工歯10が形成された成形面2を被加工物に押し付けながら成形面2上を左右方向に転がすことで、成形面2に応じた所定形状を被加工物に転造する。複数の加工歯10は、左右方向(転造方向)に対してねじれを有さずに形成されている。即ち、複数の加工歯10は、リード角が略90°で刻設されている。
【0020】
図2に示すように、加工歯10は、転造ダイス1から上方へ突出する突起であり、側面視において略台形状に形成される。加工歯10は、転造方向および上下方向(加工歯10の高さ方向)に直行する幅方向(
図1(a)紙面上下方向)に延びている。
【0021】
加工歯10は、上方の先端部分である山頂11と、山頂11の転造方向の両側から下降傾斜する一対のフランク12と、を備える。複数の加工歯10の間の部分が谷底13である。隣接する加工歯10のフランク12に谷底13がそれぞれ接続されている。この複数の山頂11、フランク12、谷底13が連続して形成された表面部分が成形面2である。
【0022】
なお、被加工物にスプラインや歯車を転造するための転造ダイス1では、加工歯10を「歯」、山頂11を「歯の頂部」、フランク12を「歯面」、谷底13を「歯底」という。また、被加工物にねじ山を転造する転造ダイスに本発明を適用しても良く、その場合には、加工歯10を「ねじ山」、山頂11を「山の頂」、フランク12を「フランク」、谷底13を「谷底」という。
【0023】
転造ダイス1には、成形面2から所定の深さまで窒化層15が形成されている。さらに、窒化層15の成形面2側の一部には酸化被膜16が形成されている。また、成形面2には、ショットピーニング処理が施され、成形面2の圧縮残留応力が大きくなっている。
【0024】
窒化層15は、後述する窒化処理を成形面2に施すことによって転造ダイス1の工具基材内に窒素を拡散させた部位である。工具基材内に窒素が侵入拡散することで、成形面2から離れた部位(窒素が侵入しない部位)の靭性を確保しつつ、成形面2の近傍(窒化層15)を硬くできる。これにより、成形面2の耐摩耗性を向上できると共に、成形面2の欠けを抑制できる。
【0025】
成形面2の全体に亘って、成形面2の表面硬さ(ビッカース硬さ)が1100HV以上、成形面2から深さ20~70μmの位置まで窒化層15が形成されている場合には、成形面2の耐摩耗性や強度を十分に確保できる。窒化層15の深さが20μm未満である場合には、成形面2の耐摩耗性が十分に得られない。窒化層15の深さが70μmを超えると、成形面2近傍における工具基材内部の靭性が低下し、成形面2の強度が低下する。
【0026】
また、成形面2の表面硬さが1400HV以下であることが好ましい。転造ダイス1の工具基材が合金工具鋼または高速度工具鋼である場合、特に工具基材が冷間ダイス鋼である場合、成形面2の表面硬さを1400HVより硬くすることが困難であるため。成形面2の表面硬さを1400HV以下とすることで、転造ダイス1を製造し易くできる。
【0027】
なお、成形面2の表面硬さは、JIS Z 2244(ISO 6507-1及びISO 6507-4)に規定される試験方法に基づいて(ビッカース硬さ試験機を用いて)測定する。また、窒化層15の深さは、JIS G 0562に準拠して測定する。具体的には、まず成形面2に垂直に転造ダイス1を切断する。その切断面を研磨後、硝酸アルコール溶液などで切断面を腐食させて窒化層15を着色する。その後、内部の工具基材と異なる色に着色された窒化層15の深さを顕微鏡で観察して測定する。
【0028】
窒化処理では、先端部分に窒素が侵入拡散し易いので、谷底13の窒化層15よりも山頂11の窒化層15が深くなり易い。本実施形態では、山頂11の窒化層15の深さD1に対する谷底13の窒化層15の深さD2の変化率((D1-D2)/D1×100)が30%以内となるように調整されている。なお、山頂11の窒化層15の深さD1は、山頂11のうち、加工歯10が並んだ方向の中央位置で測定する。谷底13の窒化層15の深さD2は、谷底13のうち、加工歯10が並んだ方向の中央位置で測定する。
【0029】
深さD1に対する深さD2の変化率が30%以内であるので、谷底13の耐摩耗性の確保のために谷底13の窒化層15の深さD2を確保しつつ、山頂11における窒化層15が深くなり過ぎることを防止できる。その結果、谷底13の耐摩耗性を確保しつつ、山頂11近傍の加工歯10の内部の靭性を確保して山頂11近傍の加工歯10の欠けを抑制できる。よって、窒化処理が施されて窒化層15が形成された成形面2の耐久性を均質化でき、成形面2の耐久性を向上できる。
【0030】
成形面2の表面硬さが1100HV以上の窒化層15により成形面2が硬くなると、成形面2の靭性が低下するおそれがある。しかし、本実施形態では、後述するショットピーニング処理によって圧縮残留応力が成形面2に加わっている。その圧縮残留応力は、X線回折装置を利用したX線応力測定法により測定される。
【0031】
成形面2の圧縮残留応力は、-1500~-1000MPaであることが好ましい。この値の絶対値が大きい程、成形面2の圧縮残留応力が大きいことを示している。この範囲の圧縮残留応力が成形面2に付与されているので、成形面2の表面硬さが1100HV以上となる窒化層15が形成されていても、成形面2の靭性を確保できる。その結果、成形面2の靭性の低下に伴って成形面2が欠け易くなることを抑制でき、成形面2の耐久性を向上できる。
【0032】
酸化被膜16は、後述するアルカリ黒色処理によって工具基材の成形面2近傍を酸化して形成される部位である。酸化被膜16は、工具基材中の鉄を酸化したFe3O4(四酸化三鉄)を主成分とする黒色の被膜である。なお、酸化被膜16の酸化鉄は、Fe3O4のみからなり、Fe2O3(酸化第二鉄)が含まれていない。酸化被膜16は、成形面2からの深さD3が0.5~5μmの部位にまで形成されている。酸化被膜16の深さD3は、成形面2に垂直に転造ダイス1を切断し、その切断面を研磨後、黒色部分の深さを顕微鏡で観察して測定する。
【0033】
このような酸化被膜16が成形面2に形成されることで、成形面2の耐溶着性や耐焼付性を向上できる。この深さD3が0.5μm未満では、成形面2の耐溶着性や耐焼付性が十分に得られなくなる。深さD3が5μmを超えると、酸化被膜16の形成に時間がかかるだけで、成形面2の耐溶着性や耐焼付性に影響は殆どない。酸化被膜16の深さD3を0.5~5μmの範囲とすることで、成形面2の耐溶着性や耐焼付性を十分に確保しながら、酸化被膜16の形成にかかる時間を短くできる。
【0034】
次に転造ダイス1の製造方法(表面処理方法)について説明する。まず、複数の加工歯10が形成された成形面2を有する鋼製の工具基材からなる転造ダイス1の中間体を用意する。その中間体(工具基材)の成形面2に窒化処理を施して窒化層15を形成する(窒化工程)。次いで、窒化処理が施された成形面2にショットピーニング処理を施す(ショットピーニング工程)。最後に、成形面2を酸化させる酸化処理を施して酸化被膜16を形成すること(酸化工程)で、転造ダイス1が製造される。
【0035】
窒化処理は、窒素を含む雰囲気中に工具基材(中間体)を暴露し、加熱することで、工具基材の表層部に窒素を侵入拡散させて硬化させる公知の処理である。本実施形態では、ガス窒化処理またはラジカル窒化処理を用いることが好ましい。
【0036】
ガス窒化処理は、工具基材を約500~550℃のアンモニアガス気流中で加熱し、アンモニアの分解時の窒素を成形面2に侵入拡散させることで、窒化層15を形成する。窒化層15の深さは、アンモニアガス濃度と処理時間とに応じて変化する。本実施形態では、窒化層15の深さが20~70μmになる条件でガス窒化処理を行う。
【0037】
アンモニアガス濃度が高いと、窒化層15の表面に、多孔質状の脆い窒素化合物層が形成され易くなり、成形面2の耐久性が低下する。また、この脆い窒素化合物層が厚く形成された成形面2にショットピーニング処理を施しても、窒素化合物層の一部が除去されるだけで、成形面2に圧縮残留応力を十分に付与できなくなることがある。そこで、ショットピーニング処理前であってガス窒化処理後の窒素化合物層の厚さが1.5μm以下になるように、既知のガス窒化処理の条件を設定することが好ましい。
【0038】
ラジカル窒化処理は、例えば、反応炉内の真空中にて工具基材を400~550℃程度に加熱し、アンモニアと水素との混合ガスを反応炉内に導入して成形面2にプラズマを発生させる。このプラズマによって発生するNHラジカルにより、窒素を成形面2に侵入拡散させることで、窒化層15を形成する。ガス窒化処理と同様に、窒化層15の深さが20~70μmになる条件でラジカル窒化処理を行う。ラジカル窒化処理では、窒素化合物層が形成され難いため、所望の厚さの窒化層15を短時間で形成できる。なお、ラジカル窒化処理よりもガス窒化処理の方が処理設備を簡易にできる。
【0039】
なお、窒化処理には、窒素および水素の混合ガス雰囲気の真空炉中でグロー放電によりイオンを発生し、そのイオンを成形面2に衝突させることで窒化層15を形成するイオン窒化処理がある。このイオン窒化処理では、イオンが衝突し易い山頂11の窒化層15の深さD1が深くなり易く、イオンが衝突し難い谷底13の窒化層15の深さD2が浅くなり易い。
【0040】
これに対し、ガス窒化処理およびラジカル窒化処理では、山頂11の窒化層15の深さD1に対する谷底13の窒化層15の深さD2の変化率を低くできる。特に、その変化率が30%以内であれば、即ち、変化率が30%以内となる条件でガス窒化処理およびラジカル窒化処理を行うことで、上述した通り、成形面2の耐久性を均質化でき、成形面2の耐久性を向上できる。
【0041】
ショットピーニング処理は、複数の微小鋼球などの投射材を所定の投射圧力で成形面2に投射する処理である。投射材が衝突した部分の成形面2が凹むことで、成形面2に圧縮残留応力が付与される。ショットピーニング処理の直後における成形面2の圧縮残留応力が-1550~-1050MPa程度になるように処理条件を設定する。
【0042】
酸化処理は、窒化処理およびショットピーニング処理が施された工具基材を、130~160℃のアルカリ性水溶液に浸漬させて酸化するアルカリ黒色処理(黒染め)である。この処理によって、工具基材中の鉄を酸化したFe3O4を主成分とする酸化被膜16が成形面2に形成される。酸化被膜16の深さD3が0.5~5μmとなるようにアルカリ黒色処理の処理条件が設定される。
【0043】
アルカリ黒色処理に用いられるアルカリ性水溶液とは、既知ものであって、例えば、高濃度の苛性ソーダ溶液と小量の酸化剤との混合溶液である。添加する酸化剤としては、亜硝酸ソーダ、青化ソーダ、リン酸ソーダ、酸化鉛、チオ硫酸ソーダ等が用いられる。
【0044】
酸化処理には、アルカリ黒色処理以外に、500℃程度の水蒸気雰囲気中で工具基材を加熱して酸化被膜16を形成する水蒸気酸化処理がある。しかし、この水蒸気酸化処理では、成形面2が高温になるため、ショットピーニング処理による圧縮残留応力が解放され易い。これに対し、アルカリ黒色処理では、成形面2が130~160℃程度までしか加熱されないので、ショットピーニング処理による圧縮残留応力を解放され難くできる。その結果、酸化被膜16による成形面2の耐溶着性や耐焼付性の向上と、圧縮残留応力の付与による成形面2の靭性の確保とを両立できるので、成形面2の耐久性をより一層向上できる。
【0045】
なお、ショットピーニング処理および酸化処理は、酸化処理後の成形面2の圧縮残留応力が-1500~-1000MPaとなる条件で行われる。成形面2を130~160℃程度まで加熱するアルカリ黒色処理を30分未満で行い、酸化被膜16を5μm以下とした場合、アルカリ黒色処理時に解放される圧縮残留応力が約50MPa以下となる。ショットピーニング処理の直後における成形面2の圧縮残留応力が-1550~-1050MPa程度となるようにショットピーニング処理の処理条件を設定することで、酸化処理後の成形面2の圧縮残留応力を-1500~-1000MPaにできる。
【0046】
ショットピーニング処理後に窒化処理を行う場合には、窒化処理時の加熱によって圧縮残留応力が解放されてしまう。また、酸化処理後にショットピーニング処理を行う場合には、投射材の衝突によって酸化被膜16が除去されることがある。よって、窒化処理、ショットピーニング処理、酸化処理の順番で工具基材に各処理を施す必要がある。
【0047】
また、転造ダイス1の製造方法を確認しなくても、各処理後の転造ダイス1を確認することで、下記の通りその製造方法が分かる。まず、成形面2の表面硬さが1100HV以上となる窒化層15の深さが20~70μmであり、山頂11の窒化層15の深さD1に対する谷底13の窒化層15の深さD2の変化率が30%以内であれば、工具基材の成形面2にガス窒化処理またはラジカル窒化処理が施されて転造ダイス1が製造されたことが分かる。
【0048】
特に、合金工具鋼または高速度工具鋼製の工具基材からなる転造ダイス1において、成形面2の表面硬さが1100HV以上であれば、転造ダイス1を切断して窒化層15を確認しなくても、窒化処理が施されて転造ダイス1が製造されたことが分かる。これは、合金工具鋼または高速度工具鋼製の工具基材において、窒化処理を施していない状態で成形面2の表面硬さが1100HV以上となることがないためである。
【0049】
合金工具鋼または高速度工具鋼製の工具基材からなる転造ダイス1が上記の窒化層15を有すると共に、成形面2の圧縮残留応力が-1500~-1000MPaであれば、ガス窒化処理またはラジカル窒化処理後にショットピーニング処理を施して転造ダイス1が製造されたことが分かる。これは、ショットピーニング処理による圧縮残留応力が窒化処理時の加熱によって解放されていないためである。さらに、合金工具鋼または高速度工具鋼製の工具基材において、窒化処理のみが施されて、ショットピーニング処理が施されていない場合、成形面2の圧縮残留応力が-1500~-1000MPaとなることはないためである。
【0050】
さらに、合金工具鋼または高速度工具鋼製の工具基材からなる転造ダイス1の成形面2の圧縮残留応力が-1500~-1000MPaであると共に、深さD3が0.5~5μmの酸化被膜16が形成されている場合には、ショットピーニング処理後にアルカリ黒色処理を施して転造ダイス1が製造されたことが分かる。これは、ショットピーニング処理による圧縮残留応力が酸化処理(アルカリ黒色処理)時の加熱によって殆ど解放されていないためである。
【0051】
また、水蒸気酸化処理によって酸化被膜16を形成した場合、その酸化被膜16の酸化鉄にはFe3O4及びFe2O3の両方が含まれる。一方、アルカリ黒色処理によって酸化被膜16を形成した場合には、酸化被膜16の酸化鉄がFe3O4のみからなる。そこで、X線回折装置を用いたXRD測定で酸化被膜16の成分を測定した結果、酸化被膜16がFe3O4のみからなる場合には、アルカリ黒色処理によって酸化被膜16が形成されたことが分かる。上述した通り、水蒸気酸化処理と比べてアルカリ黒色処理では、酸化被膜16の形成時に、予め成形面2に付与された圧縮残留応力を解放され難くできる。アルカリ黒色処理によって酸化被膜16が形成されていれば、酸化被膜16が形成された成形面2の圧縮残留応力を-1500~-1000MPaにするために、酸化被膜16の形成前に成形面に予め付与する圧縮残留応力を低減できる。その結果、転造ダイス1を製造し易くできる。
【0052】
次に上述した転造ダイスを用いて行った耐久試験について説明する。この耐久試験は、転造ダイスの成形面2に施す表面処理を異ならせた一対の第1~4サンプルを用いて転造加工を行った場合に、連続して加工可能なねじの総数(以下「耐久寿命数」と称す)を測定する試験である。具体的に、耐久寿命数は、転造加工により形成されたねじを1000本毎にねじゲージを用いて検査したときに、そのねじが規格外になるまでの本数である。また、転造加工は、一対の各サンプルのうち一方を固定して他方を移動させて行う。
【0053】
この耐久試験で使用される各サンプルは、移動側の長さ(
図1(a)左右方向寸法)が140mm、固定側の長さが125mm、厚さ(
図1(b)上下方向寸法)が40mm、高さ(幅、
図1(a)上下方向)が32mm、呼び寸法がM8×1.25、鋼種がSKD11の転造平ダイスである。また、転造加工が施される被加工物は20HRC(ロックウェル硬さ)のSUSである。耐久試験は、1分で60本の被加工物を加工する。
【0054】
第1サンプルは、成形面2にガス窒化処理、ショットピーニング処理、アルカリ黒色処理を順に施したものである。第2サンプルは、成形面2にイオン窒化処理、ショットピーニング処理、水蒸気酸化処理を順に施したものである。第3サンプルは、成形面2にガス窒化処理、ショットピーニング処理を順に施したものである。第4サンプルは、成形面2にイオン窒化処理、ショットピーニング処理を順に施したものである。
【0055】
第2サンプル及び第4サンプルにおけるイオン窒化処理の条件は、窒素ガスと水素ガスとの混合比(容積比)が約3:7、加熱温度が500℃、加熱時間が3時間である。この処理条件は、イオン窒化処理後の成形面2の表面硬さが約1200HVとなるようにしている。第1サンプル及び第3サンプルにおけるガス窒化処理の条件は、ガス窒化処理後の成形面2の表面硬さが約1200HVとなり、ガス窒化処理後の窒素化合物層の厚さが第2サンプル及び第4サンプルにおけるイオン窒化処理後の窒素化合物層の厚さと同等になるように設定している。
【0056】
各サンプルのショットピーニング処理は、各サンプルを回転テーブルに同心に取り付けて2500mm/分の回転速度で回転させ、各サンプルの周囲に等角度間隔に成形面2から150mm離れるように配置した3本のノズルから投射材を噴射させて行われる。各ノズルからは0.5MPaの圧力エアによって、粒度が#300で鋼製の投射材を噴射する。
【0057】
アルカリ黒色処理は、まず第1サンプルを脱脂、水洗し、塩酸15%且つpH(水素イオン指数)2~3の酸洗槽で第1サンプルを20~30秒洗う。その後、水洗し、138±3℃のアルカリ性水溶液に第1サンプルを20~25分間浸漬させる。その後、第1サンプルを水洗し、水置換防錆油槽に第1サンプルを入れて防錆する。アルカリ性水溶液の成分は、この加熱条件で、第1サンプルの酸化被膜16の深さD3が約2.0μmとなるようにする。第2サンプルへの水蒸気酸化処理は、第2サンプルの酸化被膜16の深さD3が約1.0μmとなるように行う。
【0058】
表1に各サンプルにおける、表面処理、成形面2の圧縮残留応力(MPa)、成形面2の表面硬さ(HV0.3(試験力2.942Nにおけるビッカース硬さ))を示す。表2に各サンプルにおける、山頂11の窒化層15の深さD1(μm)、谷底13の窒化層15の深さD2(μm)、山頂11の酸化被膜の深さD3(μm)、耐久寿命数を示す。
【0059】
【0060】
【表2】
表1,2に示すように、ガス窒化処理が施されたサンプル1,3は、山頂11と谷底13とで窒化層15の深さの差が5μm程度と小さい。イオン窒化処理が施されたサンプル2,4は、山頂11と谷底13とで窒化層15の深さの差が25μm程度と大きい。サンプル3では、耐久寿命数が103000であり、サンプル4の耐久寿命数101000よりも大きい。よって、サンプル3,4の比較により、山頂11と谷底13とで窒化層15の深さの差が小さい方が転造ダイスの耐久寿命数を多くできることが分かる。よって、ガス窒化処理により窒化層15を形成することで、転造ダイスの成形面2の耐久性を向上できることが分かる。
【0061】
サンプル2,4の比較から、ショットピーニング処理後に水蒸気酸化処理を施すことで、成形面2の圧縮残留応力が約-1200から約-500と半分以下になっている。そして、サンプル4の耐久寿命数101000に対して、サンプル2の耐久寿命数が81000となり、水蒸気酸化処理により耐久寿命数が低下していることが分かる。
【0062】
サンプル1,3の比較から、ショットピーニング処理後にアルカリ黒色処理を施しても成形面2の圧縮残留応力は、約-1200から約-1150となり殆ど変化しない。そして、サンプル3の耐久寿命数103000に対して、サンプル1の耐久寿命数が180000となり、酸化被膜16が形成されたことにより、耐久寿命数が増えていることが分かる。よって、ショットピーニング処理後にアルカリ黒色処理を施して酸化被膜16を形成することで、転造ダイスの成形面2の耐久性をより向上できることが分かる。
【0063】
次に、サンプル1,2に対して呼び寸法をNo.4-40UNC(ユニファイ並目ねじ)用に変更したサンプル5,6を用意する。このサンプル1,2,5,6における山頂11の窒化層15の深さD1、谷底13の窒化層15の深さD2、深さD1に対する深さD2の変化率((D1-D2)/D1×100)(%)を表3に示す。なお、詳細な値は記載しないが、サンプル6の耐久寿命数よりもサンプル5の耐久寿命数が多くなったことが確認されている。
【0064】
【表3】
表3に示すように、成形面2にイオン窒化処理を施したサンプル2,6では、深さD1に対する深さD2の変化率が50%程度となる。ここから、成形面2にイオン窒化処理を施す場合、加工歯10の大きさ(転造加工するねじの大きさ)にかかわらず、山頂11の窒化層15の深さD1と、谷底13の窒化層15の深さD2とが大きく異なることが分かる。
【0065】
これに対し、成形面2にガス窒化処理を施した場合、深さD1に対する深さD2の変化率がサンプル1で12.5%、サンプル5で23.3%となる。即ち、成形面2にガス窒化処理を施す場合、加工歯10が小さくなる程、その変化率が大きくなることが分かる。規格されている他のねじ用の加工歯10の大きさを考慮しても、成形面2にガス窒化処理を施す場合、深さD1に対する深さD2の変化率が30%以内になることが推察される。よって、その変化率が30%を超えたサンプル2,6の耐久寿命数よりも、変化率が30%以内のサンプル1,5の耐久寿命数が多いので、変化率が30%以内であれば転造ダイスの成形面2の耐久性を向上できることが分かる。
【0066】
以上、実施形態に基づき説明したが、本発明は上記形態に何ら限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲内で種々の改良変形が可能であることは容易に推察できるものである。例えば、加工歯10の形状や寸法を適宜変更しても良い。
【0067】
また、上記形態における窒化処理、ショットピーニング処理、酸化処理の処理条件は、転造ダイス1の工具基材が合金工具鋼または高速度工具鋼、特に冷間ダイス鋼である場合に適した条件である。上記形態に示した所望の特性が得られるよう、工具基材の種類などに応じて各処理条件を適宜変更しても良い。
【0068】
上記形態では、転造ダイス1が転造平ダイスである場合について説明したが、必ずしもこれに限られるものではない。転造丸ダイスに本発明を適用しても良い。また、扇状のセグメントダイスに本発明を適用しても良い。また、被加工物の外周面にスプラインや歯車を転造する転造ダイス1に限らず、被加工物の外周面にねじ山を転造する転造ダイスに本発明を適用しても良い。即ち、加工歯10のリード角を90°から変更しても良い。
【0069】
上記形態では、所定の窒化層15及び酸化被膜16を有し、成形面2の圧縮残留応力が-1500~-1000MPaである転造ダイス1について説明したが、必ずしもこれに限られるものではない。深さD3が0.5~5μmの酸化被膜16を形成する酸化処理を必ずしも成形面2に施さなくても良い。また、成形面2の圧縮残留応力が-1500~-1000MPaとなるように成形面2にショットピーニング処理を必ずしも施さなくても良い。これにより、転造ダイス1の製造工程を簡素化できると共に、転造ダイス1の製品コストを削減できる。
【符号の説明】
【0070】
1 転造ダイス
2 成形面
10 加工歯
11 山頂
13 谷底
15 窒化層
16 酸化被膜