(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-03
(45)【発行日】2022-08-12
(54)【発明の名称】清酒、及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C12G 3/022 20190101AFI20220804BHJP
【FI】
C12G3/022 119A
(21)【出願番号】P 2018018719
(22)【出願日】2018-02-05
【審査請求日】2021-02-03
(73)【特許権者】
【識別番号】398030137
【氏名又は名称】株式会社小嶋総本店
(74)【代理人】
【識別番号】100129159
【氏名又は名称】黒沼 吉行
(72)【発明者】
【氏名】小嶋健市郎
【審査官】安田 周史
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-211976(JP,A)
【文献】特開昭50-155698(JP,A)
【文献】特許第4129942(JP,B2)
【文献】特開2002-065237(JP,A)
【文献】特開昭62-061575(JP,A)
【文献】特開平11-318426(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12G 3/022
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
米、米麹及び水を原料とし、醪を上槽してなる清酒
の製造方法であって、
醪の発酵工程、アルコールを含有する調合成分を配合する調合成分配合ステップ、及び醪の固液分離工程を含み、
当該調合成分配合ステップは、醪の発酵段階において最後に麹及び/又は蒸米を配合した後、7日以上経過した段階において実施し、前記醪の固液分離工程は、調合成分配合ステップの後、36時間以上、120時間以下の段階に実施することにより、
調香及び/又は調味のために醪に添加された清酒を主成分とする調合成分の香り及び/又は味が残留しており、上槽時における溶存酸素量が4.0mg/リットル以下である清酒
を製造することを特徴とする清酒製造方法。
【請求項2】
前記調合成分配合ステップは、醪に調合成分を配合した後におけるアルコール濃度が15容積%以下となるように行う、請求項
1に記載の清酒製造方法。
【請求項3】
前記調合成分は、清酒を主成分とし、アルコール濃度が30容積%未満であり、
前記調合成分配合ステップは、当該調合成分を、発酵段階の醪100リットルに対して、10リットル以上、100リットル以下の量で添加する、請求項
1又は2に記載の清酒製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は清酒とその製造方法に関し、特に醪の発酵段階に工夫を施した清酒及び清酒製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
清酒の原料は、米、米麹及び水であり、副原料として、醸造アルコール等が法令による制限のもとに使用が認められている。このように使用原料が制限されている状況下においても、従来、清酒の味や香りを改善するために種々の技術が提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1(特開昭50-155698号公報)では、濃厚芳じゅんな清酒を醸造する清酒醸造方法として、清酒製造工程において汲水の全部あるいは一部に清酒を使用し、清酒もろみを十分増殖させた酵母によりアルコール発酵させる清酒醸造方が提案されている。この特許文献1では、仕込時の酵母菌数並びに汲水の代わりに使用する清酒のアルコール濃度が問題であるとし、留添時の酵母菌数を少なくとも2×107/ml以上に調整する必要があり、留添時のアルコール濃度は10容積%以下が望ましいことが開示されている。
【0004】
また特許文献2(特開2006-211976号公報)では、豊かな香味を感じさせながら、キレがいいという独特の個性的な香味を有する清酒の製造方法として、米と水を原料として、麹および清酒酵母の作用によって製造されるアルコール含有生成物を蒸留して得られるアルコール分を、清酒の製造工程に配合する清酒の製造方法が提案されている。そしてこの製造方法では、前記アルコール含有生成物が純米酒であり、当該アルコール分は熟成醪に配合することが提案されている。
【0005】
また非特許文献1には、もろみのある時期に汲水の代わりに一部清酒を配合する貴醸酒(登録商標)の製造方法が開示されている。そしてこの非特許文献1には、「清酒の配合時期を,(イ)留添(ロ)留後7日目(ハ)留後14日目とした場合,どのような酒質の製成酒が得られるかを検討した。その結果,留添時に清酒を9容積%になるよう配合した仕込み(イ)は,これまで通り甘口濃醇の酒質になったが,留後7日目(ロ)および14日目(ハ)に配合した仕込みでは,清酒を配合しない対照酒とあまり変わらない酒質および成分となった。これから,甘口濃醇の酒質を得るには留添時にアルコール濃度が9容積%前後になるよう清酒を配合する(配合用の清酒はアルコール度18 ~ 19容積%の原酒が望ましい)ことが必要」であることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開昭50-155698号公報
【文献】特開2006-211976号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】高橋康次郎著「貴醸酒」,缶詰技術研究会発行「食品と容器 2014 VOL. 55 NO. 7」 406-411頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述の通り従前においても、醪に清酒を配合することは行われていた。しかしながら、前記特許文献1及び非特許文献1における清酒の配合は、酵母の活性を弱めるために、段仕込みの最後の段階、即ち醪の熟成工程の初期段階に行われていた。また、これ等の文献中には、調味成分や調香成分を配合するという思想は存在しないものとなっていた。
【0009】
一方、前記特許文献2では、豊かな香味を感じさせながらキレがいいという独特の個性的な香味を有する清酒を製造する為に、熟成醪にアルコール分を配合することが提案されているが、従前におけるアルコール配合と同様の効果を期待するものであった。その為に、アルコール分の配合後、迅速に上槽する必要があり、配合したアルコール分に含まれる酸素は、そのまま上槽酒中に存在するものとなっていた。
【0010】
そこで本発明は、調合成分によって調香及び/又は調味を調整しながらも、溶存酸素量を少なくした清酒と、その製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記課題を解決する為に、本発明では清酒の醸造過程、特に醪の熟成段階に工夫を施した清酒及びその製造方法を提供する。
【0012】
即ち本発明では、前記課題を解決するべく、米、米麹及び水を原料とし、醪を上槽してなる清酒であって、調香及び/又は調味のために醪に配合された清酒を主成分とする調合成分の香り及び/又は味が残留しており、上槽時における溶存酸素量が4.0mg/リットル以下である清酒を提供する。かかる清酒において、上槽時の溶存酸素量は上槽直後における溶存酸素量であっても良く、当該溶存酸素量は、望ましくは3.0mg/リットル以下、特に望ましくは2.0mg/リットル以下である。
【0013】
また、本発明では前記課題を解決するために、醪の発酵工程を含む清酒製造方法であって、アルコールを含有する調合成分を配合する調合成分配合ステップを含み、当該調合成分配合ステップは、醪の発酵段階において最後に麹及び/又は蒸米を配合した後、7日以上経過した段階において実施される清酒製造方法を提供する。かかる調合成分の配合ステップは、醪の発酵段階において最後に麹及び/又は蒸米を配合した後、望ましくは10日以上経過した段階、更に望ましくは15日以上経過した段階で行うことが望ましい。
【0014】
また、本発明では前記課題を解決するために、醪の発酵工程及び醪の固液分離工程を含む清酒製造方法であって、前記醪の発酵工程は、醪中にアルコールを含有する調合成分を配合する調合成分配合ステップを含み、前記醪の固液分離工程は、調合成分配合ステップの後、12時間以上、120時間以下の段階に実施される清酒製造方法を提供する。即ち、当該清酒製造方法においては、前記醪の固液分離工程を、調合成分配合ステップの後、12時間以上、望ましくは24時間以上、特に望ましくは49時間以上経過した後であって、120時間以下、特に望ましくは72時間以上経過する前の段階で行うものである。
【0015】
そして上記した本発明の清酒の製造方法の実施形態において、前記調合成分配合ステップは、醪に調合成分を配合した後におけるアルコール濃度が15容積%以下となるように行うことができる。特にこの醪に調合成分を配合した後におけるアルコール濃度は、10容積%以上とすることもできる。
【0016】
また、上記した本発明の清酒の製造方法の実施形態において、前記調合成分は、清酒を主成分とし、アルコール濃度が30容積%未満であり、前記調合成分配合ステップは、当該調合成分を、発酵段階の醪100リットルに対して、10リットル以上、100リットル以下(望ましくは50リットル以下)の量で添加する清酒製造方法とすることができる。特に、この清酒製造方法に使用する調合成分は、アルコール濃度が5容積%以上、10容積%以上とすることもできる。そして酵母の活性などを考慮すれば、発酵段階の醪100リットルに対して、アルコール濃度10容積%以上、20容積%以下の調合成分を20リットル以上、30リットル以下の割合で配合するのが望ましい。ただし、調合成分として他のものを使用した場合には、その添加量は任意に変更することができる。
【発明の効果】
【0017】
上記本発明の清酒は、米、米麹及び水を原料とし、醪を上槽してなる清酒であって、調香及び/又は調味のために醪に配合された清酒を主成分とする調合成分の香り及び/又は味が残留している。この為、調合成分によって任意に味や香りなどを調整した清酒とすることができる。またこの清酒は、上槽時における溶存酸素量が4.0mg/リットル以下であることから、保存による酸化の問題を解消して、長期にわたって安定して保存することのできる清酒を提供することができる。
即ち、本発明に係る清酒は、調合成分によって調香及び/又は調味されていることから、需要者の趣向に応じた清酒を提供することができる。しかも当該清酒の溶存酸素量は、4.0mg/リットル以下であることから、酸化による影響を無くして、長期的に品質を維持できる清酒が実現する。
【0018】
また、本発明の清酒の製造方法によれば、調合成分によって調香及び/又は調味を行いながらも溶存酸素量を低く抑えた清酒を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】本実施の形態に係る清酒の製造工程を示す工程図
【
図2】醪の熟成工程、固液分離工程、検定工程を行うタンク構成図
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、図面を参照しながら、本実施の形態にかかる清酒の製造方法と、これによって製造した清酒を具体的に説明する。特に本実施の形態は、アルコールを含有する調合成分を醪に配合した実施形態を示している。
【0021】
図1は本実施の形態に係る清酒の製造工程を示す工程図である。この図に示すように、清酒の製造に際しては、先ず原料となる玄米を精米して白米にし、それを蒸して蒸米を製造する。この蒸米は、その後の製造工程において重要になる麹造り、酒母や醪(もろみ)の仕込みに使用される。そして蒸米に麹菌を植えて麹を造る。この麹は米のデンプンを糖に変化させるものであり、酒母や醪に入れられることになる。酒母は、蒸米、水、麹に酵母を加えたものであり、この後に造られる醪の発酵を促すために必要な酵母を大量に培養したものである。
【0022】
<醪仕込工程>
こうして出来上がった酒母に、麹、蒸米、水を加えて醪の仕込みをする。この仕込みは、
図2における発酵タンクで行うことができ、通常、「段仕込み」が行われ、4日間で複数回(多くは3回)の仕込みが行われる。即ち、初日に第一回目の仕込み(初添え)をし、翌日は仕込みを休めば、酵母はゆっくりと増える。三日目に第二回目の仕込み(仲添え)をし、四日目に第三回目の仕込み(留添え)をして仕込みを完了する。この段仕込みによって、雑菌の繁殖を抑えながら、酵母の増殖を促進し、醪の温度を管理しやすくして醪(もろみ)を製造する。
【0023】
<醪の発酵工程>
以上のように醪の仕込みが終了した後、20日間から40日間、醪を発酵させる。これが、「発酵工程」と呼ばれる工程である。この発酵期間中は、発酵タンク内は醪から発生す炭酸ガスで充満されることから、醪の近辺は無酸素状態(又は低酸素状態)となり、醪が空気中の酸素に接触しない状態となる。そして当該発酵タンクにおける材料の出入口や清酒の呑口などの全ての流路を閉じていれば、当該発酵タンク内は、発生した炭酸ガスによって次第に内部圧力が高まっていく。
【0024】
そして本実施の形態に係る清酒の製造方法では、この醪の発酵工程において、アルコールを含有する調合成分を醪に配合する調合成分配合ステップを実施する。かかる調合成分は、アルコールを含有すれば良いことから、清酒の他、ワイン、シードル、ビールなどの醸造酒や、焼酎、ウィスキー、ジン、ラム酒などの蒸留酒、或いはリキュール、ベルモット、梅酒、味醂、シェリー酒などの混成酒等を使用することができる。ただし、この調合成分配合ステップは、製造する清酒の調香及び/又は調味のために実施することから、味や香りを変化させるための成分を含んでいることが望ましい。更に清酒の製造に関する法規によって許容されている成分を考慮すれば、当該調合成分は清酒であることが望ましい。
【0025】
更に当該調合成分は、アルコール度数が調整されていることが望ましい。調合成分の配合後における醪のアルコール濃度は酵母の活性に影響を与える為である。かかる調合成分のアルコール濃度は、配合対象となる醪のアルコール度数に応じて変更することができるが、アルコール濃度は30容積%以下であることが望ましい。アルコール度数が30容積%を超えると、酵母の活性化が低下することが考えられ、また添加時に醪の熟成が足りないとアルデヒド臭が生じてしまう可能性があるためである。また、当該調合成分が水を含有する場合には、そのアルコール濃度を30容積%以とすることにより、上槽前においてアルコール度数の低い清酒を製造することができる。
【0026】
更に、この調合成分のアルコール濃度は、製造する清酒のアルコール濃度を極端に低下させることのないように、アルコール濃度は5容積%以上、特に10容積%以上とすることが望ましい。そしてかかる調合成分は、その他にも糖類、アミノ酸類、酸味料などの調味料、香料等を含むこともできる。
【0027】
更に前記調合成分配合ステップで配合する調合成分のアルコール濃度や配合量は、当該調合成分を配合した後の醪のアルコール濃度に影響を与えることが考えられる。そして醪のアルコール濃度は醪中の酵母の活性に影響を与えることになる。そこで本実施の形態における当該調合成分配合ステップは、醪に調合成分を配合した後におけるアルコール濃度が15容積%以下となるように行うことが望ましい。醪のアルコール濃度が15容積%を超えると、酵母の活性が低くなり、ストレスによって酵母がアミノ酸を放出してしまことが考えられる。特にこの醪に調合成分を配合した後におけるアルコール濃度は、10容積%以上とすることもできる。製造する清酒のアルコール濃度の低下を抑える為である。ただし、アルコール度数の低い清酒を製造する場合には、調合成分添加後におけるアルコール濃度は、10容積%未満であっても良い。
【0028】
よって本実施の形態の製造方法のように、調合成分配合ステップに使用する調合成分のアルコール濃度や、当該調合成分を配合した後における醪のアルコール濃度を調整することにより、醪中の酵母の活性化を維持することができ、これにより溶存酸素の減少を実現することができる。
【0029】
そして上記調合成分配合ステップは、醪の発酵段階において最後に麹及び/又は蒸米を配合した後、7日以上経過した段階、望ましくは10日以上経過した段階、更に望ましくは15日以上経過した段階において実施するのが望ましい。最後に麹及び/又は蒸米を配合した後、7日以上経過したタイミングで調合成分配合ステップを実施することにより、本来の段仕込をそのまま行うことができ、これにより安定した味や香りの清酒を製造することができる。また当該タイミングで調合成分配合ステップを実施することにより、その後の醪の熟成時間を短くすることができ、これにより調合成分が酵母によって消費される恐れを無くし、当該調合成分由来の調香及び/又は調味を上槽した清酒に残留させることができる。
【0030】
更に前記醪の固液分離工程は、調合成分配合ステップの後、12時間以上、望ましくは24時間以上、特に望ましくは36時間以上経過した後で、且つ120時間を経過する前、望ましくは72時間を経過する前の段階に実施される。換言すれば、前記調合成分配合ステップは、前記固液分離工程の12時間以上前、望ましくは24時間以上前、特に望ましくは36時間以上前であり、且つ120時間を経過する前、望ましくは72時間を経過する前に行われることが望ましい。
【0031】
調合成分配合ステップの後も12時間以上熟成工程を継続することにより、調合成分に含まれている溶存酸素を低減させることができる。即ち、この調合成分配合ステップ後においても醪の熟成を行うことにより、上槽した清酒中に含まれる溶存酸素量を減じることができる。また、調合成分配合ステップの後 120時間以内、望ましくは72時間以内に醪の固液分離工程を実施することにより、調合成分中に含まれる糖分が酵母によって消費される等の影響を少なくし、配合した調合成分に基づいた調香及び/又は調味を上槽した清酒中に残すことができる。
【0032】
即ち、上記調合成分配合ステップは、配合した調合成分に含まれる糖分など調香及び/又は調味成分の存在を確保しながらも、当該調合成分に起因する溶存酸素を減じることのできる時間として調整されるべきである。
【0033】
上記の通り、本実施の形態では、調合成分配合ステップ後において醪の熟成を行うことにより、調合成分に起因する溶存酸素量の増加を減少させている。これは清酒中の溶存酸素量を低く抑えることにより、瓶詰した清酒の保存安定性を高める為である。
【0034】
即ち、瓶詰した清酒中の溶存酸素は、その保存時間の経過とともに被酸化物質と化合してしまう。その一つの反応として、アミノ酸のアミノ基と糖のカルボニル基が結合するアミノカルボニル反応を起こして、清酒の色が褐色化する。一般にこのアミノカルボニル反応は、抗酸化性により保存性を高めることができるが、清酒の場合には、このアミノカルボニル反応によって褐色化することや独特の香りを生じることが好まれない。また、清酒の中に酸素が取り込まれると、酸素が、紫外線によって清酒の成分を変質させて日光臭を発生させる仲介役を果たしてしまうという問題もある。
【0035】
そこで本実施の形態のように、調合成分配合ステップ後において醪の熟成を行い、上槽時における溶存酸素量を低く抑えることにより、上槽して瓶詰した後の保存時間が長期に亘る場合であっても、溶存酸素に基づく清酒の変質を抑えて保存安定性を高めることができる。
【0036】
<固液分離工程>
以上のようにして醪の発酵工程が終了すると、次に発酵させた醪を清酒と酒粕に分離する「固液分離工程」が行われる。醪を清酒と酒粕に分離するためには、布や圧搾機を利用して絞ることができるが、発酵タンク内部のガス圧力を高めることによる固液分離を利用することもできる。
即ち、
図2における発酵タンク1の内部圧力を高めることにより、醪における酒の液体成分7が酒粕の個体成分8から分離され、液体と固体の2層への分離を促進することができる。かかる発酵タンク1の内部圧力の上昇は、醪の発酵の過程で発生する炭酸ガスのみで行うことができる他、別途、ボンベ3等から不活性ガスなどの気体をガス注入口4から発酵タンク内に供給することによって行うこともできる。例えば、当該発酵タンク内の圧力は、当該発酵タンク内の醪の温度が-7℃以上の場合には、0.03MPa以上とすることができ、また当該温度が-3℃以上の場合には、0.03MPa以上とすることができ、当該温度が0℃以上の場合には、0.05MPa以上とすることができる。発酵タンク内の圧力は、高くするに従って固液分離を迅速に行うことができるが、醪成分が圧力によって崩壊しないことを考慮するのが望ましい。この為、発酵タンク内の醪の温度が0℃以上、7℃以下の場合には、発酵タンク内の圧力は、0.05MPa以上で、0.17MPa以下に調整することが望ましい。
【0037】
上記の様に発酵工程と醪の固液分離工程(上槽工程)を同じタンク内で実施することにより、空気中の酸素との接触を減じることができるため望ましい。よって本実施の形態では、発酵工程と固液分離工程を同じタンク(発酵タンク1)で行うことが望ましい。そして発酵と分離を同じタンク内で実施する場合には、当該タンク内の圧力調整と共に、又は当該分離タンク内の圧力調整とは別に、当該タンク内の温度(即ち醪の温度)を調整することも望ましい。例えば、当該当該タンク内の温度(即ち醪の温度)を低くすることにより、固液分離に要求される圧力を低く抑えることもできる。なお、当該醪における酒粕と清酒の分離(固液分離)は、タンク内の圧力調整や温度調整のみならず、フィルター等による濾別や他の方法によって行うことも可能である。ただし、醪や清酒と空気中の酸素との接触が減じられている方法であることが望ましい。
【0038】
<検定工程>
次に、分離された清酒は、日本酒の分類を定めるために、酒の成分や量の検査が行われる。これが「検定工程」であり、
図2の検定タンク9において行われる。この検定工程に際しては、発酵タンク1から検定タンク9へ清酒を移動させる必要があり、これは従来通りに大気に開放した環境下で行うこともできるが、大気から遮蔽された密閉された環境下で行うのが望ましい。清酒が空気中の酸素に接触する事態を阻止し、清酒中への酸素の溶け込みを阻止するためである。特に本実施の形態では、
図2に示す様に発酵タンク1に設けた複数の発酵タンクから出る清酒の呑口6をバルブ6aの開閉によって選択して、これに繋がる清酒流路15から検定タンクの清酒入口に流すことによって行うことができる。この時、検定タンク内も圧力を調整することが望ましく、例えばボンベから供給される不活性ガスをガス注入口12から検定タンク9に導くことができる。そしてガス注入口4を開閉するバルブ4aと、ガス注入口12を開閉するバルブ11aと、発酵タンクの検定タンクとの圧力調整口とを開閉するバルブ5aを圧力センサー5bを備えたコントローラで制御することができる。よって本実施形態においては、発酵工程から固液分離工程を経て、この検定工程に至るまで、清酒を空気中の酸素には接触させないで実施することができる。なお、この
図2において、符号2は発酵タンクの材料の出入口、符号10は検定タンクの出入口、符号17は発酵タンクの酒粕排出口、符号13は検定タンクからの清酒の出口をそれぞれ示している。
【0039】
なお、この検定工程の後で、次の充填工程の前に、検定後の清酒を一時的に貯蔵する工程を行うこともできるが、その際には、検定後の清酒が実質的に空気中の酸素に接触しない環境下で貯蔵することが望ましい。また、次の充填工程の前に、上槽した清酒に糖分や複数の清酒などの他の成分をブレンドするブレンド工程を実施することも可能である。ただし、本実施の形態にかかる製造方法では、当該ブレンド工程を前記醪の発酵工程、即ち醪の固液分離工程の前に実施していることから、仮に上槽後にブレンド工程を実施する場合であっても、その配合は少なくて良い。
【0040】
そして検定工程において酒の成分や量を検査された清酒は、充填工程において、瓶などの容器に詰め込まれる。本実施形態の充填工程においては、清酒を瓶などの最終容器に詰める際に、清酒中に酸素が溶け込むのをできるだけ少なくするために、充填する容器内を脱気するか不活性ガスで置換する等により、清酒と空気との接触を減じるのが望ましい。また清酒を充填した後の容器の最上部に存在するヘッドスペースの空気を不活性ガスと置換しても良い。
【0041】
以上の工程により製造した清酒は、味や香りなどを調整した清酒でありながら、上槽時における溶存酸素量を4.0mg/リットル以下に抑えた清酒とすることができる。これにより、溶存酸素に起因する清酒の変質を抑えることができ、保存安定性を向上させることができる。
【0042】
よって本実施の形態に係る清酒の製造方法は、従前におけるアルコール配合によるアルコール濃度の調整とは異なり、清酒の味や香りを調整するものであり、しかも溶存酸素量を低減するための工夫を施したものである。
【0043】
ただし本発明は、以下の実施形態によって制限されるものではなく、本発明の技術的思想を逸脱しない範囲において、種々変更することができる。
【実施例1】
【0044】
<実験例1>
この実験例では、調合成分配合ステップの実施タイミングの違いによる清酒の味や香りの違い、溶存酸素量の違いを確認した。即ち、清酒の製造における醪の熟成工程において、以下の表1に示す配合量及びタイミングで清酒を主成分とする調合成分(アルコール濃度13容積%)を配合した。そして製造した清酒の味及び香りを10人のパネラーで評価し、パネラー全員の意見をまとめて総合評価を行った。その結果を表1に示しており、各サンプルについてのコメントは備考欄に記載した。また、この実験例において、溶存酸素量は株式会社マザーツール社製のデジタル溶存酸素計(モデル番号:DO-5509)を用いて測定した。
【0045】
【0046】
この実験例において、調合成分の添加タイミングが上槽直後(サンプル1)、及び上槽開始時(サンプル2)のように、調合成分添加後に醪の熟成を行っていないか、あるいは短い場合には、溶存酸素量(mg/リットル)も多いことが確認できた。また調合成分の添加タイミングを上槽後12時間前に行ったサンプル3、及び上槽後24時間前に行ったサンプル4は、溶存酸素量は許容範囲であるが、望ましくは更に醪の発酵を行うのが望ましかった。
【0047】
そして上槽前36時間から72時間の範囲で調合成分を添加したサンプル5~28では、醪の発酵時における炭酸ガスのバブリングによって、調合成分中の溶存酸素も放出され、また調合成分の含有成分が酵母によって消化されつくしていないことから、調合成分由来の味や香りなどの特徴を上槽後においても確認することができた。
【0048】
一方調合成分を上槽5日前に添加したサンプル9、上槽10日前に添加したサンプル10、留水と同時に添加したサンプル11では、調合成分添加後における発酵期間が長くなってしまい、調合成分も酵母によって消化されてしまい、上槽後において、調合成分由来の味や香りなどの特徴を確認することができなかった。なお、このサンプル9~11では醪の発酵が十分に進んでいないことから、調合成分を添加した直後における醪のアルコール度数も低かった。
【0049】
<実験例2>
この実験例では、調合成分のアルコール濃度の違い、及び当該調合成分配合ステップ後における醪のアルコール濃度の違いによる清酒の味や香りの違い、溶存酸素量の違いを確認した。即ち、清酒の製造における醪の熟成工程において、以下の表2に示すタイミング、アルコール濃度及び量で調合成分を配合した。そして製造した清酒の味及び香りを10人のパネラーで評価し、パネラー全員の意見をまとめて総合評価を行った。その結果を表2に示しており、各サンプルについてのコメントは備考欄に記載した。また、この実験例において、溶存酸素量は株式会社マザーツール社製のデジタル溶存酸素計(モデル番号:DO-5509)を用いて測定した。
【0050】
【0051】
この実験例において、サンプル12~14は、何れも醪100リットルに対してアルコール濃度13%の調合成分を25リットル添加した。この内、当該調合成分を上槽前24時間の段階で添加した場合の溶存酸素は許容範囲ではあるが、更なる発酵によりもっと低減できた。
【0052】
そして上槽48時間前(サンプル13)、上槽72時間前(サンプル13)、及び上槽5日(120時間)前(サンプル14)では、醪の発酵に由来する炭酸ガスのバブリングによって調合成分中の溶存酸素も除去することができた。ただし、上槽5日(120時間)前に調合成分を添加したサンプル14では、醪の発酵期間が長くなってしまったことから、上槽後において、調合成分に由来する香りや味などの特徴がわずかであった。
【0053】
またサンプル16では、前記サンプル12と同じく上槽前24時間のタイミングで調合成分を添加したが、調合成分のアルコール濃度は30容積%であり、調合成分添加後の醪におけるアルコール濃度は17容積%まで上昇した。その結果、酵母の活性が損なわれて、醪の発酵に由来する炭酸ガスのバブリングが低下し、その結果、上槽直後の溶存酸素を十分に除去できなかった。一方、サンプル16における調合成分の添加タイミングを早めて上槽前48時間としたサンプル17においては、溶存酸素量はやや低減できたものの、十分な発酵が行われておらずピルビン酸が多く残留している醪に対してアルコール濃度の高い調合成分を添加したことにより、上槽した清酒にはアルデヒド臭が生じてしまった。
【0054】
そしてサンプル17と同じように、早いタイミングでアルコール濃度の高い調合成分を添加したサンプル18及び19においても溶存酸素は除去できたものの、上槽した清酒にはアルデヒド臭が残留した。
【産業上の利用可能性】
【0055】
本発明の製造方法は、清酒の製造において利用することができる。また本発明の製造方法は清酒に限らず、リキュールなどの他のアルコール飲料の製造に利用することができる。
【符号の説明】
【0056】
1 発酵タンク
3 ボンベ
4 ガス注入口
4a、5a、11a バルブ
5b 圧力センサー
6 呑口
6a バルブ
7 液体成分
8 個体成分
9 検定タンク
9 検定タンク
12 ガス注入口
15 清酒流路