(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-03
(45)【発行日】2022-08-12
(54)【発明の名称】抗体及びその製造方法、並びに抗体の熱安定性を向上させる方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/13 20060101AFI20220804BHJP
C07K 16/00 20060101ALI20220804BHJP
C12N 1/15 20060101ALI20220804BHJP
C12N 1/19 20060101ALI20220804BHJP
C12N 1/21 20060101ALI20220804BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20220804BHJP
C12P 21/08 20060101ALI20220804BHJP
【FI】
C12N15/13
C07K16/00 ZNA
C12N1/15
C12N1/19
C12N1/21
C12N5/10
C12P21/08
(21)【出願番号】P 2017151866
(22)【出願日】2017-08-04
【審査請求日】2020-06-19
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100065248
【氏名又は名称】野河 信太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【氏名又は名称】稲本 潔
(72)【発明者】
【氏名】井出 信幸
(72)【発明者】
【氏名】中田 智史
【審査官】斉藤 貴子
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-511637(JP,A)
【文献】特表2009-531028(JP,A)
【文献】特表2017-531620(JP,A)
【文献】ARAI, H. et al. ,Crystal structure of a conformation-dependent rabbit IgG Fab specific for amyloid prefibrillar oligomers,Biochimica et Biophysica Acta (BBA) - General Subjects,2012年,Vol. 1820,P. 1908-1914
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
C07K
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
カバット法に基づく軽鎖の可変領域の80番目のアミノ酸残基と、カバット法に基づく軽鎖の定常領域の171番目のアミノ酸残基とがシステインではない抗体における、前記可変領域の80番目のアミノ酸残基と、前記定常領域の171番目のアミノ酸残基とがシステインに置換されたことを特徴とする、抗体。
【請求項2】
前記抗体が、ヒト、マウス、ウサギ、ラット、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ラクダ、ウシ又はウマに由来する請求項1に記載の抗体。
【請求項3】
前記抗体が、IgG、Fab、F(ab’)2又はFab’の形態にある請求項1又は2に記載の抗体。
【請求項4】
前記抗体の軽鎖が、カッパ鎖である請求項1~3のいずれか1項に記載の抗体。
【請求項5】
カバット法に基づく軽鎖の可変領域の80番目のアミノ酸残基と、カバット法に基づく軽鎖の定常領域の171番目のアミノ酸残基とがシステインではない抗体に対して、前記可変領域の80番目のアミノ酸残基と、前記定常領域の171番目のアミノ酸残基とをシステインに置換する工程と、
前記置換工程で得られた抗体を回収する工程と
を含む、抗体の製造方法。
【請求項6】
カバット法に基づく軽鎖の可変領域の80番目のアミノ酸残基と、カバット法に基づく軽鎖の定常領域の171番目のアミノ酸残基とがシステインではない抗体において、前記可変領域の80番目のアミノ酸残基と、前記定常領域の171番目のアミノ酸残基とをシステインに置換することを特徴とする、抗体の熱安定性を向上させる方法。
【請求項7】
前記抗体が、ヒト、マウス、ウサギ、ラット、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ラクダ、ウシ又はウマに由来する請求項5又は6に記載の方法。
【請求項8】
前記抗体が、IgG、Fab、F(ab’)2又はFab’の形態にある請求項5~7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記抗体の軽鎖が、カッパ鎖である請求項5~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
請求項3に記載の抗
体をコードするポリヌクレオチド。
【請求項11】
請求項10に記載のポリヌクレオチドを含むベクター。
【請求項12】
請求項11に記載のベクターを含む宿主細胞。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抗体及びその製造方法に関する。また、本発明は、抗体の熱安定性を向上させる方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、抗体のアミノ酸配列に変異を導入することにより、該抗体の抗原に対する親和性を改変させる技術が知られている。しかし、変異の導入によって、抗原に対する親和性が望みどおりに改変されたとしても、同時に抗体の熱安定性が低下する場合がある。抗体の熱安定性は、抗体の保存安定性や耐凝集性と相関することから、抗体医薬の開発における指標の一つとして用いられている。
【0003】
抗体の熱安定性は、抗体の分子構造の影響を受けることが多い。抗体の分子構造に関して、例えば非特許文献1では、ウサギIgG抗体の抗原結合性断片(Fab)を結晶化解析して、ウサギ抗体の軽鎖が、特有のジスルフィド結合を有することを明らかにしている。より具体的には、非特許文献1には、ウサギ抗体の軽鎖におけるカバット法に基づく80番目及び171番目の位置に、ヒト抗体及びマウス抗体にはない2つのシステイン残基が存在し、これらのシステイン残基間に上記のウサギ抗体に特有のジスルフィド結合が形成されることが記載されている。
【0004】
一般に、ジスルフィド結合は、タンパク質分子の構造に影響を及ぼすことが知られている。しかし、非特許文献1は、ウサギ抗体のFabと、ヒト-ウサギのキメラ抗体のFabとは構造が極めて類似しており、ウサギ抗体のFabの全体構造及び安定性は、キメラ抗体のFabと変わらないことを開示している。上述のように、ヒト抗体の軽鎖におけるカバット法に基づく80番目及び171番目の位置にはシステイン残基が存在しないので、非特許文献1のヒト-ウサギのキメラ抗体には、ウサギ抗体に特有のジスルフィド結合が存在しない。すなわち、非特許文献1は、ウサギ抗体に特有のジスルフィド結合は、抗体の構造及び安定性に寄与しないことを示唆している。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Arai H.ら, Crystal structure of a conformation-dependent rabbit IgG Fab specific for amyloid prefibrillar oligomers, Biochim Biophys Acta. vol.1820, p.1908-1914, 2012
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように、抗体の熱安定性は、保存安定性及び耐凝集性のように抗体の品質に関わる要素であるので、抗体の熱安定性を向上させる技術の確立が望まれる。一般に、タンパク質分子内のジスルフィド結合は熱安定性に関与する可能性があることから、本発明者らは、ウサギ抗体に特有のジスルフィド結合に着目した。そして、実際に種々のウサギ抗体の熱安定性を測定した結果、驚くべきことに、非特許文献1の示唆に反して、ウサギ抗体に特有のジスルフィド結合が熱安定性の向上に寄与することを見出した。また、ウサギ抗体の中にも、軽鎖の80番目及び171番目の位置にシステイン残基を有さない抗体があること、及び、当該抗体の軽鎖の80番目及び171番目のアミノ酸残基をシステインに置換すると、熱安定性が向上することを見出した。さらに、ウサギ以外の哺乳動物に由来する抗体も、同様の置換を行うことにより、熱安定性が向上することを見出した。
【課題を解決するための手段】
【0007】
よって、本発明は、カバット法に基づく可変領域の80番目のアミノ酸残基と、カバット法に基づく定常領域の171番目(EUインデックスでの171番目)のアミノ酸残基とがシステインではない抗体における、該可変領域の80番目のアミノ酸残基と、該定常領域の171番目のアミノ酸残基とがシステインに置換されたことを特徴とする、抗体を提供する。
【0008】
また、本発明は、カバット法に基づく可変領域の80番目のアミノ酸残基と、カバット法に基づく定常領域の171番目のアミノ酸残基とがシステインではない抗体に対して、該可変領域の80番目のアミノ酸残基と、該定常領域の171番目のアミノ酸残基とをシステインに置換する工程と、該置換工程で得られた抗体を回収する工程とを含む、抗体の製造方法を提供する。
【0009】
さらに、本発明は、カバット法に基づく可変領域の80番目のアミノ酸残基と、カバット法に基づく定常領域の171番目のアミノ酸残基とがシステインではない抗体において、該可変領域の80番目のアミノ酸残基と、該定常領域の171番目のアミノ酸残基とをシステインに置換することを特徴とする、抗体の熱安定性を向上させる方法を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、システインによる置換が行われる前の元の抗体に比べて、熱安定性が向上した抗体が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】ウサギ抗アルファフェトプロテイン(AFP)抗体の野生型及び変異型(cys80-171)の熱安定性を示差走査熱量計(DSC)で測定したときの解析ピークを示すグラフである。「変異型(cys80-171)」とは、野生型の抗体における可変領域の80番目のアミノ酸残基及び定常領域の171番目のアミノ酸残基がシステインに置換された抗体を表す。可変領域及び定常領域のアミノ酸残基の番号付けは、カバット法に基づく。
【
図2】ヒト抗ヒト上皮増殖因子受容体2型(HER2)抗体(Fab)の野生型及びその変異型(cys80-171)の熱安定性をDSCで測定したときの解析ピークを示すグラフである。
【
図3A】マウス抗インスリン抗体の野生型及び変異型(cys80-171)の熱安定性をDSCで測定したときの解析ピークを示すグラフである。
【
図3B】マウス抗インスリン抗体(Fab)の野生型及び変異型(cys80-171)の熱安定性をDSCで測定したときの解析ピークを示すグラフである。
【
図3C】マウス抗インスリン抗体(Fab)の野生型及び変異型(cys108-171)の熱安定性をDSCで測定したときの解析ピークを示すグラフである。「変異型(cys108-171)」とは、野生型の抗体における可変領域の108番目のアミノ酸残基及び定常領域の171番目のアミノ酸残基がシステインに置換された抗体を表す。
【
図4】ウサギ抗AFP抗体の野生型及び変異型(cys80-171)の抗原に対する親和性をELISA法で分析した結果を示すグラフである。
【
図5】ヒト抗HER2抗体(Fab)の野生型及び変異型(cys80-171)の抗原に対する親和性をELISA法で分析した結果を示すグラフである。
【
図6】マウス抗インスリン抗体の野生型及び変異型(cys80-171)の抗原に対する親和性をELISA法で分析した結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[1.熱安定性が向上した抗体]
本実施形態の抗体は、カバット法に基づく可変領域の80番目のアミノ酸残基と、カバット法に基づく定常領域の171番目のアミノ酸残基とがシステインではない抗体における、該可変領域の80番目のアミノ酸残基と、該定常領域の171番目のアミノ酸残基とがシステインに置換されたことを特徴とする。このようなアミノ酸残基の置換の結果、抗体の熱安定性は、置換が行われる前の元の抗体と比較して向上する。すなわち、本実施形態の抗体は、熱安定性が向上するよう人工的に改変した抗体である(以下、「改変抗体」ともいう)。
【0013】
本明細書において、「カバット法に基づく」とは、抗体の可変領域のアミノ酸残基の番号付けは、カバットらによるナンバリング・スキーム(Kabat E.A.ら, Sequences of Proteins of Immunological Interest, 5th ed. Public Health Service, National Institutes of Health, Bethesda, MD(1991), NIH Publication No.91-3242参照)に従い、抗体の定常領域のアミノ酸残基の番号付けは、カバットらによるEUインデックスに従うことをいう。EUインデックスは、カバットらによる上記文献に記載されている。
【0014】
以下、カバット法に基づく可変領域の80番目のアミノ酸残基と、カバット法に基づく定常領域の171番目のアミノ酸残基とがシステインではない抗体を、「元の抗体」ともいう。また、以下では、カバット法に基づく可変領域の80番目のアミノ酸残基を、単に「80番目のアミノ酸残基」ともいい、カバット法に基づく定常領域の171番目のアミノ酸残基を、単に「171番目のアミノ酸残基」ともいう。元の抗体における80番目及び171番目のアミノ酸残基は、システイン以外であれば、いずれのアミノ酸残基であってもよい。
【0015】
カバット法に基づく可変領域の80番目のアミノ酸残基、及びカバット法に基づく定常領域の171番目のアミノ酸残基は、軽鎖及び重鎖の両方に存在する。本実施形態では、元の抗体は、軽鎖及び重鎖のいずれか一方又は両方における上記の位置のアミノ酸残基がシステインではない抗体であればよい。好ましい実施形態では、元の抗体は、軽鎖における80番目のアミノ酸残基、及び該軽鎖における171番目のアミノ酸残基がシステインではない抗体である。軽鎖における80番目及び171番目のアミノ酸残基をシステインに置換した場合、これらのシステイン残基間、すなわち、軽鎖の可変領域と該軽鎖の定常領域との間にジスルフィド結合が形成されると考えられる。このジスルフィド結合は、上述のウサギ抗体に特有のジスルフィド結合に相当する。
【0016】
元の抗体は、いずれの抗原を認識する抗体であってもよい。また、元の抗体は、80番目及び171番目のアミノ酸残基がシステインでない限り、天然の抗体であってもよいし、人工的に作出された抗体であってもよい。人工的に作出された抗体としては、例えば、天然の抗体のアミノ酸配列に変異(アミノ酸残基の置換、付加又は削除)を導入した抗体、キメラ抗体、ヒト化抗体などが挙げられる。
【0017】
元の抗体は、80番目及び171番目のアミノ酸残基がシステインでない限り、いずれの動物に由来する抗体であってもよい。そのような動物としては哺乳動物が好ましく、例えばヒト、マウス、ウサギ、ラット、ブタ、ヒツジ、ヤギ、ラクダ、ウシ、ウマなどが挙げられる。それらの中でもヒト、マウス及びウサギが好ましい。本実施形態の改変抗体は、元の抗体と同じ動物に由来する。
【0018】
好ましい実施形態では、元の抗体は、その遺伝子の塩基配列が公知であるか又は該塩基配列を確認可能な抗体である。具体的には、公知のデータベースに抗体遺伝子の塩基配列が開示されている抗体か、又は該抗体を産生するハイブリドーマが入手可能な抗体である。そのようなデータベースとしては、例えばNational Center for Biotechnology Information (NCBI)により提供されるGeneBankなどが挙げられる。元の抗体を産生するハイブリドーマがある場合、抗体遺伝子の塩基配列は、公知の方法により、該ハイブリドーマから抗体遺伝子を取得し、その塩基配列をシーケンシングすることにより得ることができる。
【0019】
本実施形態の改変抗体は、元の抗体と比較して熱安定性が向上している。抗体の熱安定性は、一般に、熱ストレスに伴って変性した抗体の量又は比率を測定する方法によって評価できる。そのような測定方法自体は、当該技術において公知であり、例えば、示差走査熱量計(DSC)、CDスペクトル、蛍光スペクトル、フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)などによる測定が挙げられる。本実施形態では、抗体の熱安定性は、DSCによる測定から得られる情報によって評価されることが好ましい。そのような情報としては、例えばTm(熱容量が最大値であるときの温度)であってもよいし、解析ピーク自体であってもよい。
【0020】
本実施形態では、DSCで測定した改変抗体のTm値は、元の抗体のTm値よりも高い。例えば、DSCで測定した改変抗体のTm値は、元の抗体のTm値に比べて、少なくとも約1℃高く、好ましくは少なくとも約2℃高く、より好ましくは少なくとも約3℃高い。
【0021】
元の抗体における80番目及び171番目のアミノ酸残基のシステインへの置換は、抗原に対する親和性には、ほとんど影響しない。よって、本実施形態の改変抗体は、元の抗体と同じ抗原に結合し、その抗原に対する親和性も元の抗体と同程度である。抗体の抗原に対する親和性は、ELISA法などの免疫学的測定法により評価してもよいし、抗原抗体反応における動力学的パラメータ(結合速度定数、解離速度定数及び解離定数)により評価してもよい。動力学的パラメータは、表面プラズモン共鳴(SPR)技術により取得できる。
【0022】
本実施形態において、元の抗体及び改変抗体のクラスは、IgG、IgA、IgM、IgD及びIgEのいずれであってもよいが、好ましくはIgGである。IgGのサブクラスは特に限定されず、IgG1、IgG2、IgG3及びIgG4のいずれであってもよい。本実施形態において、元の抗体及び改変抗体の軽鎖の種類は、カッパ(κ)鎖であることが好ましい。
【0023】
本実施形態において、元の抗体は、システインによる置換が行われることとなる80番目及び171番目のアミノ酸残基を有するかぎり、抗体断片の形態にあってもよい。また、改変抗体は、システインに置換された80番目及び171番目の部位を含むかぎり、抗体断片の形態にあってもよい。そのような抗体断片としては、例えばFab、F(ab’)2、Fab’、Fdなどが挙げられる。それらの中でも、Fabが特に好ましい。
【0024】
本実施形態の改変抗体の使用法は、元の抗体と特に変わるところはない。改変抗体は、元の抗体と同様、種々の試験及び研究、あるいは抗体医薬などに利用できる。また、本実施形態の改変抗体は、当該技術において公知の標識物質などで修飾されてもよい。
【0025】
[2.抗体の製造方法]
本実施形態の抗体の製造方法(以下、単に「製造方法」ともいう)によれば、上述の本実施形態の改変抗体を得ることができる。本実施形態の製造方法では、まず、カバット法に基づく可変領域の80番目のアミノ酸残基と、カバット法に基づく定常領域の171番目のアミノ酸残基とがシステインではない抗体に対して、該可変領域の80番目のアミノ酸残基と、該定常領域の171番目のアミノ酸残基とをシステインに置換する。
【0026】
本実施形態の製造方法において、カバット法に基づく可変領域の80番目のアミノ酸残基と、カバット法に基づく定常領域の171番目のアミノ酸残基とがシステインではない抗体は、上述の「元の抗体」と同じである。元の抗体における80番目及び171番目のアミノ酸残基のシステインへの置換は、DNA組み換え技術及びその他の分子生物学的技術などの公知の方法により行うことができる。例えば、元の抗体を産生するハイブリドーマがある場合は、後述の実施例1に示すように、該ハイブリドーマから抽出したRNAを用いて、逆転写反応及びRACE (Rapid Amplification of cDNA ends)法により、軽鎖をコードするポリヌクレオチド及び重鎖をコードするポリヌクレオチドをそれぞれ合成する。例えば、元の抗体の軽鎖における80番目及び171番目のアミノ酸残基をシステインに置換する場合は、軽鎖をコードするポリヌクレオチドを、80番目及び171番目のアミノ酸残基をシステインに置換するためのプライマーを用いてPCR法により増幅することで、80番目及び171番目の位置にシステインを有する軽鎖をコードするポリヌクレオチドが得られる。得られたポリヌクレオチドを、元の抗体の重鎖をコードするポリヌクレオチドと共に、当該技術において公知の発現用ベクターに組み込むことにより、本実施形態の改変抗体をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターが得られる。
【0027】
軽鎖をコードするポリヌクレオチド及び重鎖をコードするポリヌクレオチドは、1つの発現ベクターに組み込まれてもよいし、2つの発現ベクターに別個に組み込まれてもよい。発現ベクターの種類は特に限定されず、哺乳動物細胞用発現ベクターであってもよいし、大腸菌用発現ベクターであってもよい。得られた発現ベクターを適当な宿主細胞(例えば、哺乳動物細胞又は大腸菌)に形質導入又はトランスフェクションすることにより、改変抗体を得ることができる。
【0028】
元の抗体を産生するハイブリドーマがない場合は、例えばKohler及びMilstein, Nature, vol.256, p.495-497, 1975に記載される方法などの公知の方法により、抗体産生ハイブリドーマを作製すればよい。あるいは、所定の抗原で免疫したマウスやウサギなどの動物の末梢血又は脾臓から取得したRNAを用いてもよい。末梢血又は脾臓から取得したRNAを用いる場合は、後述の参考例に示されるように、該RNAからcDNAを合成し、得られたcDNAからFabファージライブラリを作製してもよい。このライブラリを用いて、ファージディスプレイ法などにより、元の抗体としてのFabをコードするポリヌクレオチドを取得できる。得られたポリヌクレオチドを上記のようなPCR法により増幅することで、本実施形態の改変抗体としての80番目及び171番目のアミノ酸残基がシステインに置換されたFabを得ることができる。
【0029】
次に、本実施形態の製造方法では、上記の置換工程で得られた抗体を回収する。例えば、改変抗体を発現する宿主細胞を、適当な可溶化剤を含む溶液に溶解して、該溶液中に抗体を遊離させる。上記の宿主細胞が、改変抗体を培地中に分泌する場合は、培養上清を回収する。遊離した抗体は、アフィニティクロマトグラフィなどの当該技術において公知の方法により回収できる。例えば、製造した改変抗体がIgGである場合は、プロテインA又はGを用いるアフィニティクロマトグラフィにより回収できる。必要に応じて、回収した抗体を、ゲルろ過などの当該技術において公知の方法により精製してもよい。
【0030】
本実施形態の製造方法により得られる抗体の詳細は、上述の改変抗体について述べたことと同様である。本実施形態の製造方法により得られる抗体は、元の抗体と比較して、熱安定性が向上している。抗体の熱安定性及びその測定方法の詳細は、本実施形態の改変抗体について述べたことと同様である。
【0031】
上述のとおり、元の抗体における80番目及び171番目のアミノ酸残基のシステインへの置換は、抗原に対する親和性には、ほとんど影響しない。よって、本実施形態の製造方法により得られる改変抗体は、元の抗体と同じ抗原に結合し、その抗原に対する親和性も元の抗体と同程度である。抗体の抗原に対する親和性及びその評価方法の詳細は、本実施形態の改変抗体について述べたことと同様である。
【0032】
[3.抗体の熱安定性を向上させる方法]
本実施形態の抗体の熱安定性を向上させる方法(以下、単に「方法」ともいう)によれば、カバット法に基づく可変領域の80番目のアミノ酸残基と、カバット法に基づく定常領域の171番目のアミノ酸残基とがシステインではない抗体の熱安定性を向上させることができる。本実施形態の方法が対象とする抗体は、上述の「元の抗体」と同じである。本実施形態の方法では、元の抗体に対して、カバット法に基づく可変領域の80番目のアミノ酸残基と、カバット法に基づく定常領域の171番目のアミノ酸残基とをシステインに置換することによって、熱安定性を向上させる。
【0033】
元の抗体における80番目及び171番目のアミノ酸残基の置換は、上述のようにDNA組み換え技術及びその他の分子生物学的技術などの公知の方法により行うことができる。例えば、元の抗体を産生するハイブリドーマがある場合は、本実施形態の製造方法について述べたことと同様にして、改変抗体をコードするポリヌクレオチドを含む発現ベクターを取得できる。そして、得られた発現ベクターを適当な宿主細胞に形質導入又はトランスフェクションして、上記抗体を発現する宿主細胞を取得できる。
【0034】
本実施形態の方法では、元の抗体における80番目及び171番目のアミノ酸残基へのシステインの導入により、該システイン残基間にジスルフィド結合が形成して、抗体の熱安定性が向上すると考えられる。また、上述のように、元の抗体における80番目及び171番目のアミノ酸残基のシステインへの置換は、抗原に対する親和性には、ほとんど影響しない。よって、本実施形態の方法を、例えば、変異の導入により、抗原に対する親和性は向上したが、熱安定性が低下した変異抗体に適用すれば、該抗体の抗原に対する親和性を維持したまま、熱安定性を向上することが可能となる。
【0035】
本発明の範囲には、本実施形態の熱安定性が向上した抗体又はその断片をコードする単離且つ精製されたポリヌクレオチドが含まれる。本実施形態の改変抗体の断片をコードする単離且つ精製されたポリヌクレオチドは、カバット法に基づく80番目の位置にシステインを含む可変領域及びカバット法に基づく171番目の位置にシステインを含む定常領域をコードすることが好ましい。本発明の範囲には、上記のポリヌクレオチドを含むベクターも含まれる。ベクターは、形質導入又はトランスフェクションのために設計されたポリヌクレオチド構築物である。ベクターの種類は特に限定されず、発現ベクター、クローニングベクター、ウィルスベクターなど、当該技術において公知のベクターから適宜選択できる。また、本発明の範囲には、該ベクターを含む宿主細胞も含まれる。宿主細胞の種類は特に限定されず、真核細胞、原核細胞、哺乳動物細胞などから適宜選択できる。
【0036】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0037】
参考例: ウサギFabにおけるジスルフィド結合と熱安定性との関連
上述のとおり、非特許文献1には、ウサギ抗体に特有のジスルフィド結合(軽鎖の80番目及び171番目のシステイン残基間に形成される)は、安定性に寄与しないことが示唆されている。しかし、タンパク質分子内のジスルフィド結合は熱安定性に関与する可能性があることから、本発明者らは、ウサギ抗体のFabの熱安定性を実際に測定した。
【0038】
(1) ウサギFabクローンの取得
AFPで免疫したウサギの末梢血からリンパ球を取得し、該リンパ球からmRNAを抽出してcDNAを合成した。得られたcDNAを、抗体遺伝子をクローニングするための公知のプライマーを用いて増幅し、Fabファージライブラリを作製した。得られたライブラリを用いて、公知のFabファージディスプレイ法及びバイオパニング(Lang IM, Barbas CF 3rd, Schleef RR., Recombinant rabbit Fab with binding activity to type-1 plasminogen activator inhibitor derived from a phage-display library against human alpha-granules, (1996) Gene 172(2):295-8及びPhilippa M. O'Brien, Robert Aitken, Antibody Phage Display, (2002) Methods in Molecular Biology Volume No. 178参照)により、ウサギ抗AFP抗体のFabクローンを3つ得た。これらのクローンを以下、「A1」、「2-2-37」及び「C3」と呼ぶ。
【0039】
各Fabクローンのアミノ酸配列に基づいて、Fab分子中に形成されるジスルフィド結合の数を調べた。クローンA1は、ヒト抗体及びマウス抗体と同様、6つのジスルフィド結合を有するFab(以下、「SS6本型」ともいう)であることがわかった。SS6本型のFabは、軽鎖の可変領域内に1つ、重鎖の可変領域内に1つ、軽鎖の定常領域内に1つ、重鎖の定常領域内に2つ、及び軽鎖の定常領域と重鎖の定常領域との間に1つのジスルフィド結合を有する。
【0040】
クローン2-2-37は、7つのジスルフィド結合を有するFab(以下、「SS7本型」ともいう)であることがわかった。クローン2-2-37は、非特許文献1に記載のウサギFabと同様、軽鎖の可変領域の80番目及び該軽鎖の定常領域の171番目の位置にシステイン残基を有する。すなわち、SS7本型のFabは、SS6本型のFabの6つのジスルフィド結合に加えて、軽鎖の可変領域と該軽鎖の定常領域との間にジスルフィド結合を有する。
【0041】
クローンC3は、8つのジスルフィド結合を有するFab(以下、「SS8本型」ともいう)であることがわかった。SS8本型のFabは、SS7本型のFabの7つのジスルフィド結合に加えて、重鎖の可変領域内にジスルフィド結合を有する。
【0042】
(2) 熱安定性の測定
得られた各Fabクローンを含む溶液の溶媒を、ゲルろ過により、示差走査熱量計(DSC)での測定に用いるバッファー(リン酸緩生理食塩水:PBS)に置換した。ゲルろ過の条件は下記のとおりである。
【0043】
[ゲルろ過の条件]
バッファー:PBS (pH 7.4)
使用したカラム:Superdex 200 Increase 10/300 (GEヘルスケア社)
カラム体積(CV):24 mL
サンプル体積:500μL
流速:1.0 mL/min
溶出量:1.5 CV
フラクション体積:500μL
【0044】
各Fabクローンを含むフラクションをPBSで希釈して、サンプル(終濃度5μM)を調製した。MicroCal PEAQ-DSC (Malvern Instruments Ltd社)を用いて、各FabクローンのTm値を測定した。測定条件は下記のとおりである。
【0045】
[DSC測定条件]
サンプル量:400μL
測定範囲:30℃~100℃
昇温速度:1℃/分
【0046】
(3) 結果
DSC測定により取得した各FabクローンのTm値を、表1に示す。
【表1】
【0047】
2-2-37及びC3は、A1よりもTm値が7℃も高かった。また、2-2-37とC3とは同じTm値であった。これらのことから、SS7本型のFabにおける軽鎖の可変領域の80番目のシステイン残基と、該軽鎖の定常領域の171番目のシステイン残基との間のジスルフィド結合が熱安定性に寄与していることが示された。
【0048】
実施例1: 改変抗体の作製
ウサギ抗体(SS6本型)、ヒト抗体及びマウス抗体のそれぞれに、SS7本型のウサギ抗体に特有のジスルフィド結合が形成されるよう変異を導入することにより、各抗体の熱安定性が改善されるか否かを検討した。
【0049】
(1) 各抗体の遺伝子の取得
(1.1) ウサギ抗体の遺伝子の取得
上記の参考例で取得したウサギ抗AFP抗体のFabクローンA1の遺伝子を、ウサギ抗体のFc領域をコードする遺伝子を含むプラスミドDNAに組み込んで、ウサギ抗AFP抗体の遺伝子を含むプラスミドDNAを取得した。
【0050】
(1.2) ヒト抗体の遺伝子の取得
ジェンスクリプトジャパン株式会社にヒト抗HER2モノクローナル抗体(トラスツズマブ)の遺伝子の合成を委託して、ヒト抗HER2抗体の遺伝子を含むプラスミドDNAを取得した。
【0051】
(1.3) マウス抗体の遺伝子の取得
以下のようにして、マウス抗インスリン抗体の遺伝子を取得した。
[試薬]
ISOGEN(株式会社ニッポンジーン)
SMARTer(登録商標)RACE 5'/3'キット(clontech社)
10x A-attachment mix(東洋紡株式会社)
pcDNA(商標)3.4 TOPO(登録商標)TAクローニングキット(Thermo Fisher社)
Competent high DH5α(東洋紡株式会社)
QIAprep Spin Miniprepキット(QIAGEN社)
KOD plus neo(東洋紡株式会社)
Ligation high ver.2(東洋紡株式会社)
【0052】
(i) 抗体産生ハイブリドーマからのトータルRNAの抽出
ヒトインスリンを抗原に用いて、Kohler及びMilstein, Nature, vol.256, p.495-497, 1975に記載される方法により、マウス抗ヒトインスリン抗体を産生するハイブリドーマを作製した。このハイブリドーマの培養物(10 mL)を1000 rpmで5分間遠心処理した後、上清を除去した。得られた細胞をISOGEN(1mL)で溶解し、室温で5分静置した。ここに、クロロホルム(200μL)を添加し、15秒間撹拌した後、室温で3分間静置した。そして、これを12000×Gで10分間、4℃にて遠心処理して、RNAを含む水相(500μL)を回収した。回収した水相にイソプロパノール(500μL)を添加して混合した。得られた混合物を室温で5分間静置した後、12000×Gで10分間、4℃にて遠心処理した。上清を除去して、得られた沈殿物(トータルRNA)に70%エタノール(1mL)を添加し、7500×Gで10分間、4℃にて遠心処理した。上清を除去し、RNAを風乾させ、RNaseフリーの水(20μL)に溶解した。
【0053】
(ii) cDNAの合成
上記(i)で得られた各トータルRNAを用いて、以下の組成のRNAサンプルを調製した。
[RNAサンプル]
トータルRNA (500 ng/μL) 1μL
RTプライマー 1μL
脱イオン水 1.75μL
合計 3.75μL
【0054】
調製したRNAサンプルを72℃にて3分間加熱した後、42℃にて2分間インキュベートした。そして、RNAサンプルに12μM SMARTerIIAオリゴヌクレオチド(1μL)を添加してcDNA合成用サンプルを調製した。このcDNA合成用サンプルを用いて、以下の組成の逆転写反応液を調製した。
[逆転写反応液]
5x First-Strandバッファー 2μL
20 mM DTT 1μL
10 mM dNTP mix 1μL
RNAaseインヒビター 0.25μL
SMARTScribe RT(100 U/μL) 1μL
cDNA合成用サンプル 4.75μL
合計 10μL
【0055】
調製した逆転写反応液を42℃にて90分間反応させた。そして、反応液を70℃にて10分間加熱し、トリシン-EDTA(50μL)を添加した。得られた溶液をcDNAサンプルとして用いて、以下の組成の5'RACE反応液を調製した。
[5'RACE反応液]
10x PCRバッファー 5μL
dNTP mix 5μL
25 mM Mg2SO4 3.5μL
cDNAサンプル 2.5μL
10x Universal Primer Mix 5μL
3'-プライマー 1μL
KOD plus neo (1 U/μL) 1μL
精製水 27μL
合計 50μL
【0056】
調製した5'RACE反応液を下記の反応条件でRACE反応に付した。なお、下記の「Y」は、軽鎖については90秒であり、重鎖については150秒である。
[反応条件]
94℃で2分、
98℃で10秒、50℃で30秒、及び68℃でY秒を30サイクル、及び
68℃で3分。
【0057】
上記の反応で得られた5’RACE産物を用いて、以下の組成の溶液を調製した。該溶液を60℃にて30分間反応させて、5’RACE産物の末端にアデニンを付加した。
5’RACE産物 9μL
10x A-attachment mix 1μL
合計 10μL
【0058】
得られたアデニン付加産物及びpcDNA(商標)3.4 TOPO(登録商標)TAクローニングキットを用いて、以下の組成のTAクローニング反応液を調製した。該反応液を室温にて10分間インキュベートして、アデニン付加産物をpCDNA3.4にクローニングした。
[TAクローニング反応液]
アデニン付加産物 4μL
salt solution 1μL
pCDNA3.4 1μL
合計 6μL
【0059】
(iii) トランスフォーメーション、プラスミド抽出及びシーケンスの確認
上記(ii)で得られたTAクローニングサンプル(3μL)をDH5α(30μL)に添加して、氷上で30分静置した後、混合物を42℃にて45秒間加熱してヒートショックを行った。再度、氷上で2分静置した後、全量をアンピシリン含有LBプレートに塗布した。該プレートを37℃にて16時間インキュベートした。プレート上のシングルコロニーをアンピシリン含有LB液体培地中に取り、37℃にて16時間振とう培養(250 rpm)した。培養物を5000×Gで5分間遠心処理して、大腸菌の形質転換体を回収した。回収した大腸菌からQIAprep Spin Miniprepキットを用いてプラスミドを抽出した。具体的な操作は、該キットに添付のマニュアルに従って行った。得られたプラスミドの塩基配列を、pCDNA3.4ベクタープライマーを用いて確認した。以上より、マウス抗インスリン抗体の遺伝子を含むプラスミドDNAを取得した。
【0060】
(2) 各抗体の変異型の遺伝子の取得
(2.1) プライマーの設計及びPCR
各抗体の遺伝子の塩基配列に基づいて、軽鎖における可変領域の80番目のアミノ酸残基及び定常領域の171番目のアミノ酸残基をシステインに変異させるためのプライマーを設計した。また、比較のため、マウス抗インスリン抗体の軽鎖における可変領域の108番目のアミノ酸残基及び定常領域の171番目のアミノ酸残基をシステインに変異させるためのプライマーを設計した。抗体分子の構造上、軽鎖の108番目及び171番目のアミノ酸残基間の距離は、ジスルフィド結合が形成されうる軽鎖の80番目及び171番目のアミノ酸残基間の距離と近い。各プライマーの塩基配列を以下に示す。
【0061】
[ウサギ抗AFP抗体のプライマー]
可変領域
FOR: 5’- TGTGAAGATGCTGCCACTTATTAC -3’ (配列番号1)
REV: 5’- CGTCACGCCACTGATGGTGA -3’ (配列番号2)
定常領域
FOR: 5’- TGTACCTACAGCCTGAGCAGCAC -3’ (配列番号3)
REV: 5’- GTCTTCGGGGCTCTGCGGTG -3’ (配列番号4)
【0062】
[ヒト抗HER2抗体のプライマー]
可変領域
FOR: 5’- TGTGAAGACTTCGCCACGTATTAC -3’ (配列番号5)
REV: 5’- CTGCAGAGAGCTGATCGTCAGG -3’ (配列番号6)
定常領域
FOR: 5’- TGTACGTACAGCCTGAGTTCCACC -3’ (配列番号7)
REV: 5’- GTCTTTTGAATCTTGTTCGGTCACGG -3’ (配列番号8)
【0063】
[マウス抗インスリン抗体のプライマー]
可変領域(80番目)
FOR: 5’- TGTGAAGATGCTGCCACTTATTAC -3’ (配列番号9)
REV: 5’- CTCCATGCTGCTGATTGTGAG -3’ (配列番号10)
可変領域(108番目)
FOR: 5’- TGTGCTGATGCTGCACCAACTGTATC -3’ (配列番号11)
REV: 5’- TCTGATTTCCAGCTTGGTGCC -3’ (配列番号12)
定常領域
FOR: 5’- TGTACCTACAGCATGAGCAGCAC -3’ (配列番号13)
REV: 5’- GTCTTTGCTGTCCTGATCAG -3’ (配列番号14)
【0064】
各抗体の遺伝子を含むプラスミドDNAを鋳型として用いて、以下の組成のPCR反応液を調製した。
[PCR反応液]
10x PCRバッファー 5μL
25 mM Mg2SO4 3μL
2mM dNTP mix 5μL
フォワードプライマー 1μL
リバースプライマー 1μL
プラスミドDNA (40 ng/μL) 0.5μL
KOD plus neo (1U/μL) 1μL
精製水 33.5μL
合計 50μL
【0065】
調製したPCR反応液を下記の反応条件でPCR反応に付した。
[反応条件]
98℃で2分、
98℃で10秒、54℃で30秒、及び68℃で4分を30サイクル、及び
68℃で3分。
【0066】
得られたPCR産物(50μL)に2μLのDpnI(10 U/μL)を添加して、PCR産物を断片化した。DpnI処理済みPCR産物を用いて、以下の組成のライゲーション反応液を調製した。該反応液を16℃にて1時間インキュベートして、ライゲーション反応を行った。
[ライゲーション反応液]
DpnI処理済みPCR産物 2μL
Ligation high ver.2 5μL
T4ポリヌクレオチドキナーゼ 1μL
精製水 7μL
合計 15μL
【0067】
(2.2) トランスフォーメーション、プラスミドDNA抽出及びシーケンスの確認
ライゲーション反応後の溶液(3μL)をDH5α(30μL)に添加して、上記(1.3)と同様にして、大腸菌の形質転換体を得た。得られた大腸菌からQIAprep Spin Miniprepキットを用いてプラスミドDNAを抽出した。得られた各プラスミドDNAの塩基配列を、pCDNA3.4ベクタープライマーを用いて確認した。以下、これらのプラスミドDNAを、哺乳動物細胞発現用プラスミドとして用いた。
【0068】
(3) 哺乳動物細胞での発現
[試薬]
Expi293(商標)細胞(Invitrogen社)
Expi293(商標) Expression培地(Invitrogen社)
ExpiFectamine(商標)293トランスフェクションキット(Invitrogen社)
【0069】
(3.1) トランスフェクション
Expi293細胞は、5%CO2雰囲気下、37℃にて振とう培養(150 rpm)して増殖させた。サンプル数に応じた数の30 mLの細胞培養物(3.0 x 106 cells/mL)を準備した。各抗体の野生型及び変異型をコードするプラスミドDNAを用いて、以下の組成のDNA溶液を調製し、5分間静置した。
[DNA溶液]
軽鎖プラスミド溶液 15μgに相当する量(μL)
重鎖プラスミド溶液 15μgに相当する量(μL)
Opti-MEM(商標) 適量(mL)
合計 1.5 mL
【0070】
以下の組成のトランスフェクション試薬を調製し、5分間静置した。
ExpiFectamine試薬 80μL
プラスミド溶液 1420μL
合計 1.5 mL
【0071】
調製したDNA溶液及びトランスフェクション試薬を混合して、20分間静置した。得られた混合液(3mL)を細胞培養物(30 mL)に添加して、5%CO2雰囲気下、37℃にて20時間振とう培養(150 rpm)した。20時間後、各培養物に、ExpiFectamine(商標)トランスフェクションエンハンサー1及び2をそれぞれ150μL及び1.5 mLを添加して、5%CO2雰囲気下、37℃にて6日間振とう培養(150 rpm)した。
【0072】
(3.2) 抗体の回収及び精製
各細胞培養物を3000 rpmで5分間遠心処理して、培養上清を回収した。培養上清には、トランスフェクションされたExpi293(商標)細胞から分泌された各抗体が含まれる。得られた培養上清を再度、15000×Gで10分間遠心処理して、上清を回収した。得られた上清をHiTrap Protein A HPカラム(GEヘルスケア社)を用いて精製した。得られた溶液を、Superdex 200 Increase 10/300 GLカラム(GEヘルスケア社)を用いてさらに精製して、抗体溶液を取得した。精製についての具体的な操作は、各カラムの添付文書に従って行った。
【0073】
(4) 結果
ウサギ抗AFP抗体及びヒト抗HER2抗体の野生型と、それらの改変抗体である変異型(cys80-171)を得た。また、マウス抗インスリン抗体の野生型とその改変抗体である変異型(cys80-171)及び変異型(cys108-171)を得た。各抗体の変異型の詳細を、以下に示す。
【0074】
表2に、ウサギ抗AFP抗体の野生型(クローンA1)及びその変異型の軽鎖(κ)のアミノ酸配列を示す。以下の表において、「変異型(cys80-171)」は、野生型の抗体における可変領域の80番目のアミノ酸残基及び定常領域の171番目のアミノ酸残基がシステインに置換された抗体を表す。下線部は可変領域を示し、□で囲まれた残基は、カバット法に基づく可変領域の80番目のアミノ酸残基及び定常領域の171番目のアミノ酸残基を示す。
【0075】
【0076】
表3に、ヒト抗HER2抗体の野生型(トラスツズマブ)及びその変異型の軽鎖(κ)のアミノ酸配列を示す。下線部は可変領域を示し、□で囲まれた残基は、カバット法に基づく可変領域の80番目のアミノ酸残基及び定常領域の171番目のアミノ酸残基を示す。
【0077】
【0078】
マウス抗インスリン抗体の変異型(cys80-171)は、野生型抗体の軽鎖(κ)における可変領域の80番目のアラニン残基及び定常領域の171番目のセリン残基がシステインに置換された抗体である。また、マウス抗インスリン抗体の変異型(cys108-171)は、野生型抗体の軽鎖(κ)における可変領域の108番目のアラニン残基及び定常領域の171番目のセリン残基がシステインに置換された抗体である。
【0079】
実施例2: 改変抗体の熱安定性
実施例1で作製した各抗体の野生型及びそれらの変異型の熱安定性を検討した。
【0080】
(1) 熱安定性の測定
実施例1で得られた各抗体を含む溶液の溶媒を、ゲルろ過によりPBS(pH 7.4)に置換した。各抗体を含むフラクションをPBSで希釈して、サンプル(終濃度5μM)を調製した。MicroCal PEAQ-DSC (Malvern Instruments Ltd社)を用いて、各抗体のTm値を測定した。ゲルろ過及びDSC測定の条件は、参考例で述べた条件と同じである。
【0081】
(2) 結果
DSC測定により取得した各抗体のTm値を、以下の表4~7に示す。また、各抗体の解析ピークを
図1、
図2及び
図3A~3Cに示す。
【0082】
【0083】
【0084】
【0085】
【0086】
表4~7に示されるように、ウサギ抗体、ヒト抗体及びマウス抗体の変異型(cys80-171)はいずれも、各抗体の野生型に比べて、Tm値が3℃以上高くなった。よって、カバット法に基づく可変領域の80番目及び定常領域の171番目のアミノ酸残基がシステインではない抗体において、これらのアミノ酸残基をシステインに置換することにより、抗体の熱安定性を向上できることが示された。ここで、非特許文献1には、ウサギ抗体において、軽鎖の80番目及び171番目のシステイン酸残基間にジスルフィド結合が形成されることが記載されていることから、各抗体の変異型(cys80-171)においても同様にジスルフィド結合が形成される可能性が高い。したがって、システイン残基の導入による熱安定性の向上は、SS7本型のウサギ抗体に特有のジスルフィド結合が形成されたことによることが示唆される。
【0087】
一方、マウス抗体の変異型(cys108-171)は、野生型に比べて、Tm値が2℃以上低くなった。上述のように、軽鎖の108番目及び171番目のアミノ酸残基は、抗体分子の構造上、軽鎖の80番目及び171番目のアミノ酸残基に近い位置にある。しかし、軽鎖の108番目及び171番目のアミノ酸残基をシステインに置換しても、熱安定性は向上せず、むしろ低下することが示された。
【0088】
実施例3: 改変抗体の抗原に対する親和性
実施例1で作製した各抗体の野生型及びそれらの変異型の抗原に対する親和性を、ELISA法により検討した。
【0089】
(1) ELISA法による測定
(1.1) 抗原及び検出用抗体
ウサギ抗AFP抗体の抗原として、AFPタンパク質(Lee biosolutions社、カタログ番号:105-11)を用いた。ヒト抗HER2抗体の抗原として、HER2タンパク質(R&D Systems社、カタログ番号:1129-ER)を用いた。マウス抗インスリン抗体の抗原として、ヒューマリンR注100単位(イーライリリー社)を用いた。実施例1で作製した各抗体を1% BSA含有PBSで段階的に希釈して、濃度の異なる複数の抗体溶液を得た。
【0090】
(1.2) 測定
各抗原をPBS(pH 7.4)で希釈して、各抗原の溶液を調製した。各抗原の溶液をMaxiSorp(商標)平底プレート(Thermo Fisher社)のウェルに添加し、4℃にて一晩静置した。抗原溶液を除去し、ブロッキング溶液(1% BSA含有PBS)を各ウェルに添加してブロッキングした。ブロッキング溶液を除去した後、各抗体溶液を各ウェルに100μLずつ添加して、抗原抗体反応を室温で1時間行った。抗体溶液を除去し、各ウェルに洗浄液(1% BSA含有PBS)を添加してウェルを洗浄した。洗浄後、検出用抗体の種類に応じて、HRP標識抗ウサギFc抗体、HRP標識抗ヒトFc抗体又はHRP標識抗マウスFc抗体の溶液を添加して、抗原抗体反応を室温で行った。抗体溶液を除去し、各ウェルに洗浄液(1% BSA含有PBS)を添加してウェルを洗浄した。洗浄後、ABST基質(Thermo Fisher社)の溶液を各ウェルに添加し、450 nmでの吸光度を測定した。
【0091】
(2) 結果
図4~6に示されるように、ウサギ抗体、ヒト抗体及びマウス抗体のいずれの変異体においても、抗原に対する親和性は、各抗体の野生型とほぼ同じであった。したがって、カバット法に基づく可変領域の80番目及び定常領域の171番目のアミノ酸残基のシステインへの置換は、抗原に対する親和性にはほとんど影響を与えないことが示された。よって、カバット法に基づく可変領域の80番目及び定常領域の171番目のアミノ酸残基をシステインに置換することにより、抗原に対する親和性に影響を与えることなく、抗体の熱安定性を向上できることが示唆された。
【0092】
比較例: 他の部位を改変した抗体の熱安定性
野生型の抗体における、カバット法に基づく可変領域の80番目及び定常領域の171番目のアミノ酸残基の近傍のアミノ酸残基をシステインに置換した場合も、抗体の熱安定性が向上するかを検討した。
【0093】
(1) 他の部位を改変した抗体の作製
実施例1と同様にして、マウス抗インスリン抗体の野生型における、カバット法に基づく可変領域の79~81番目から選択される1つのアミノ酸残基と、カバット法に基づく定常領域の169~171番目から選択される1つのアミノ酸残基とをシステインに置換して、マウス抗インスリン抗体の変異型を作製した。また、ヒトHER2抗体の野生型における、カバット法に基づく可変領域の80番目のアミノ酸残基と、カバット法に基づく定常領域の170又は171番目のアミノ酸残基とをシステインに置換して、ヒトHER2抗体の変異型を作製した。
【0094】
(2) 熱安定性の測定
実施例2と同様にして、各抗体の野生型及びそれらの変異型の熱安定性を測定した。結果を表8及び9に示す。
【0095】
【0096】
【0097】
表8及び9に示されるように、変異型(cys80-171)では、熱安定性が野生型よりも向上したが、他の変異型では、熱安定性が野生型よりも低下していた。これらの結果から、野生型の抗体における、カバット法に基づく可変領域の80番目及び定常領域の171番目のアミノ酸残基の近傍のアミノ酸残基をシステインに置換しても、抗体の熱安定性は向上しないことが示された。
【配列表】