(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-04
(45)【発行日】2022-08-15
(54)【発明の名称】歯肉および歯槽粘膜の再生促進作用に基づく顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防に用いる予防剤
(51)【国際特許分類】
A61K 38/18 20060101AFI20220805BHJP
A61P 19/00 20060101ALI20220805BHJP
A61P 1/02 20060101ALI20220805BHJP
A61K 9/06 20060101ALI20220805BHJP
A61K 47/08 20060101ALI20220805BHJP
A61K 47/10 20060101ALI20220805BHJP
A61K 47/36 20060101ALI20220805BHJP
C07K 14/475 20060101ALI20220805BHJP
C07K 14/50 20060101ALI20220805BHJP
C07K 14/78 20060101ALI20220805BHJP
A61K 47/42 20170101ALI20220805BHJP
A61K 47/38 20060101ALN20220805BHJP
A61K 47/34 20170101ALN20220805BHJP
【FI】
A61K38/18
A61P19/00
A61P1/02
A61K9/06
A61K47/08
A61K47/10
A61K47/36
C07K14/475
C07K14/50
C07K14/78
A61K47/42
A61K47/38
A61K47/34
(21)【出願番号】P 2018006198
(22)【出願日】2018-01-18
【審査請求日】2020-12-02
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000190943
【氏名又は名称】新田ゼラチン株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】507126487
【氏名又は名称】公立大学法人奈良県立医科大学
(73)【特許権者】
【識別番号】599029420
【氏名又は名称】田畑 泰彦
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】柳生 貴裕
(72)【発明者】
【氏名】桐田 忠昭
(72)【発明者】
【氏名】田畑 泰彦
(72)【発明者】
【氏名】塚本 啓司
(72)【発明者】
【氏名】平岡 陽介
【審査官】濱田 光浩
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-063262(JP,A)
【文献】特表2010-518946(JP,A)
【文献】BRONJを予防するためのHA複合体の開発,歯薬療法, 2014, ,2014年,Vol. 33, No. 2,p. 92, O-04
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 38/18
A61P 19/00
A61P 1/02
A61K 9/06
A61K 47/42
A61K 47/38
A61K 47/36
A61K 47/34
A61K 47/10
A61K 47/08
C07K 14/475
C07K 14/50
C07K 14/78
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
成長因子と、ハイドロゲルとからなる、顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防に用いる予防剤であって、
前記成長因子は、bFGFであり、
前記ハイドロゲルは、等電点が4.5~5.5のゼラチンからなるゼラチンハイドロゲルであり、
前記ゼラチンハイドロゲルは、その含水率が90~99質量%であり、
前記予防剤は、歯肉および歯槽粘膜の再生促進作用を有する、歯肉および歯槽粘膜の再生促進作用に基づく顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防に用いる予防剤。
【請求項2】
前記成長因子と前記ハイドロゲルは、歯肉および歯槽粘膜の再生促進作用に基づく顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防用キットとして構成されている、請求項1に記載の歯肉および歯槽粘膜の再生促進作用に基づく顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防に用いる予防剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防に用いる予防剤、これに使用される成長因子およびハイドロゲル、ならびにその予防用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
ゼラチンハイドロゲルにbFGFを担持させた製剤を生体内の各所の治療に用いることが提案されている。たとえば国際公開第94/027630号(特許文献1)は、ゼラチンハイドロゲルにbFGFを担持させた製剤が骨再生治療に有用であることを教示している。国際公開第2011/010399号(特許文献2)は、ゼラチンハイドロゲルにbFGFを担持させた製剤によって角膜内皮損傷に関連する疾患を治療することができることを教示している。さらに、下記非特許文献1は、ゼラチンハイドロゲルにbFGFを担持させた製剤が生体内でbFGFを徐放することにより、血管新生が起こったことを報告している。特開2009-067732号公報(特許文献3)は、ゼラチンハイドロゲルにbFGFを担持させた製剤が歯周組織の再生に有用であることを教示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第94/027630号
【文献】国際公開第2011/010399号
【文献】特開2009-067732号公報
【非特許文献】
【0004】
【文献】Y. Tabata et al., "Biodegradation of Hydrogel Carrier Incorporating Fibroblast Growth Factor," TISSUE ENGINEERING, Vol 5, Number 2., P127-138(1999)
【文献】P. Barba-Recreo et al., "Adipose-derived stem cells and platelet-rich plasma for preventive treatment of bisphosphonate-related osteonecrosis of the jaw in a murine model," Journal of Cranio-Maxillio-Facial Surgery, 43, P1161-1168(2015)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
歯科領域では、ビスホスホネート系薬剤を投与した患者に対して抜歯などの口腔外科手術、歯周外科手術、歯内治療および歯周治療を行なった場合、上記患者に顎骨壊死症状が頻発するといった問題がある。その発症原因は、未だ特定されていない。このため上記患者に対して抜歯をしないこと、または抜歯をする場合には上記薬剤の投与を避けること以外に有効な予防法は知られておらず、その開発が切望されている。これまで上述のゼラチンハイドロゲルにbFGFを担持させた製剤が、上記患者の顎骨壊死の治療および予防に使用されたという報告、ならびに同製剤が上記患者の顎骨壊死の治療および予防に有用であるとの示唆などは全く知られていない。上記非特許文献2においても、幹細胞、多血小板血漿(以下、「PRP」とも記す)およびBMP2の組み合わせ投与により顎骨壊死症状が改善されたが、PRPのみの投与では顎骨壊死症状が改善されなかったことが報告されている。
【0006】
本発明は、上記実情に鑑みて提案され、ビスホスホネート系薬剤を投与した患者などに対し、抜歯などの口腔外科手術、歯周外科手術、歯内治療または歯周治療を行なった後に起きる顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防に用いる予防剤、これに使用される成長因子およびハイドロゲル、ならびにその予防用キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ゼラチンハイドロゲルにbFGFを担持させた製剤が、抜歯窩における歯周組織の再生などを促進することにより、顎骨壊死の発症を有効に阻止することができることを知見した。これによりゼラチンハイドロゲルにbFGFを担持させた製剤を、顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防に用いる予防剤とすることに想到した。さらにbFGFおよびゼラチンハイドロゲルの組み合わせを成長因子とハイドロゲルとの組み合わせに拡張しても、顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防に用いる予防剤となり得ることも知見した。すなわち本発明は、以下のとおりの特徴を有する。
【0008】
本発明に係る顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防に用いる予防剤は、成長因子と、ハイドロゲルとを含む。
【0009】
上記成長因子は、AR、BMP-2、BMP-4、BMP-5、BMP-7、β-NGF、EGF、EG-VEGF、VEGF、VEGF-D、FGF-4、FGF-7、GDF-15、GDNF、GH、HB-EGF、HGF、IGFBP-1、IGFBP-2、IGFBP-3、IGFBP-4、IGFBP-6、IGF-I、インスリン、SCF、G-CSF、NT-3、NT-4、OPG、PDGF、PDGF-AA、PIGF、TGFα、TGFβ、TGFβ1、TGFβ3、BDNF、EPO、TPO、bFGFおよびPRPからなる群より選ばれる1種または2種以上の因子、またはそれらの誘導体を含むことが好ましい。
【0010】
上記成長因子は、bFGFであることがさらに好ましい。
上記ハイドロゲルは、ゼラチン、コラーゲン、ヒドロキシプロピルセルロース、CMC、フィブリノーゲン、トロンビン、セルロース、グリコサミノグリカン、キチン、キトサン、ヒアルロン酸、でんぷん、フィブロイン、ポリグリコール酸、ポリラクチド、ポリグリコリド、ポリカプロラクトン、ポリエチレンオキシド、ポリエチレングリコール、ゼラチンスポンジおよびコラーゲンスポンジからなる群より選ばれる1種または2種以上の成分を含むことが好ましい。
【0011】
上記ハイドロゲルは、等電点が4.5~5.5のゼラチンからなるゼラチンハイドロゲルであることがさらに好ましい。
【0012】
上記ゼラチンハイドロゲルは、その含水率が90~99質量%であることが好ましい。
本発明は、上記顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防に用いる予防剤を構成するために使用される、成長因子である。
【0013】
さらに本発明は、上記顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防に用いる予防剤を構成するために使用される、ハイドロゲルである。
【0014】
本発明は、上記成長因子と、上記ハイドロゲルとを備える、顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防用キットである。
【発明の効果】
【0015】
上記によれば、ビスホスホネート系薬剤を投与した患者などに対し、抜歯などの口腔外科手術、歯周外科手術、歯内治療または歯周治療を行なった後に起きる顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防に用いる予防剤、これに使用される成長因子およびハイドロゲル、ならびにその予防用キットを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】実施例および比較例に係る薬剤を投与した薬剤関連顎骨壊死モデルラットについて、抜歯から3週間後の抜歯窩の肉眼写真を説明する図面代用写真であって、(A)は、実施例1を適用した上記モデルラットの抜歯から3週間後の抜歯窩の肉眼写真を示し、(B)は、比較例1を適用した上記モデルラットの抜歯から3週間後の抜歯窩の肉眼写真を示し、(C)は、比較例2を適用した上記モデルラットの抜歯から3週間後の抜歯窩の肉眼写真を示し、(D)は、比較例3を適用した上記モデルラットの抜歯から3週間後の抜歯窩の肉眼写真を示す。
【
図2】実施例および比較例に係る薬剤を投与した薬剤関連顎骨壊死モデルラットについて、抜歯から3週間後の抜歯窩の病理組織写真を説明する図面代用写真であって、(A)は、実施例1を適用した上記モデルラットの抜歯から3週間後の抜歯窩の病理組織写真を示し、(B)は、比較例1を適用した上記モデルラットの抜歯から3週間後の抜歯窩の病理組織写真を示し、(C)は、比較例2を適用した上記モデルラットの抜歯から3週間後の抜歯窩の病理組織写真を示し、(D)は、比較例3を適用した上記モデルラットの抜歯から3週間後の抜歯窩の病理組織写真を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明に係る実施形態について、さらに詳細に説明する。ここで、本明細書において「A~B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。
【0018】
≪顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防に用いる予防剤≫
本発明は、成長因子と、ハイドロゲルとを含む顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防に用いる予防剤(以下、単に「予防剤」とも記す)に係る。この予防剤は、ハイドロゲルに担持された成長因子が、たとえば抜歯窩において作用することにより、歯肉および歯槽粘膜の再生を促進し、もって顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の発症を有効に阻止することができる。
【0019】
ここで顎骨壊死とは、顎骨が薬剤(骨吸収抑制薬、抗がん剤、ステロイドなど)、放射線照射、細菌、ウイルスその他の外的要因、および白血球、リンパ球、サイトカインなどの内的要因の少なくとも一方によって壊死に至る疾患をいう。顎骨骨髄炎とは、顎骨が細菌、ウイルスその他の外的要因、および白血球、リンパ球、サイトカインなどの内的要因の少なくとも一方によって炎症を起こす疾患をいう。抜歯後治癒不全とは、抜歯、歯牙の自然脱落後の抜歯窩における上皮による被覆が、細菌、ウイルスその他の外的要因、および白血球、リンパ球、サイトカインなどの内的要因の少なくとも一方によって不十分となるために歯肉および歯槽粘膜が治癒しない疾患をいう。
【0020】
<成長因子>
予防剤は、成長因子を含む。この成長因子は、AR、BMP-2、BMP-4、BMP-5、BMP-7、β-NGF、EGF、EG-VEGF、VEGF、VEGF-D、FGF-4、FGF-7、GDF-15、GDNF、GH、HB-EGF、HGF、IGFBP-1、IGFBP-2、IGFBP-3、IGFBP-4、IGFBP-6、IGF-I、インスリン、SCF、G-CSF、NT-3、NT-4、OPG、PDGF、PDGF-AA、PIGF、TGFα、TGFβ、TGFβ1、TGFβ3、BDNF、EPO、TPO、bFGFおよびPRPからなる群より選ばれる1種または2種以上の因子、またはそれらの誘導体を含むことが好ましい。特に成長因子は、bFGFであることがさらに好ましい。これらの成長因子によって予防剤は、顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の発症をさらに有効に阻止することができる。なお本明細書において、たとえば「TGFβ」、「TGFβ1」、「TGFβ3」は、それぞれ異なる遺伝子にコードされた「TGFβ」のアイソフォームを意味する。
【0021】
成長因子として用いるAR、BMP-2、BMP-4、BMP-5、BMP-7、β-NGF、EGF、EG-VEGF、VEGF、VEGF-D、FGF-4、FGF-7、GDF-15、GDNF、GH、HB-EGF、HGF、IGFBP-1、IGFBP-2、IGFBP-3、IGFBP-4、IGFBP-6、IGF-I、インスリン、SCF、G-CSF、NT-3、NT-4、OPG、PDGF、PDGF-AA、PIGF、TGFα、TGFβ、TGFβ1、TGFβ3、BDNF、EPO、TPO、bFGFおよびPRPは、いずれも従来公知の方法によって準備することができる。たとえば成長因子は、脳下垂体、脳、網膜、黄体、副腎、腎、胎盤、前立腺、胸腺などの臓器および血液、リンパ液などから抽出することにより準備することができる。さらに成長因子は、組換えDNA技術などの遺伝子工学的手法を用いて製造することにより準備することができる。たとえばヒトの腎臓のmRNAから調製されたcDNAライブラリーを用いてヒトの成長因子(たとえばbFGF)のcDNAクローンを準備し、このcDNAクローンを発現ベクターに導入するとともに所定の細胞内で発現させる。これによりbFGFを製造することができる。成長因子の同定は、ウエスタンブロッティングなどの従来公知の生化学的手法により行なうことができる。
【0022】
ここで本明細書において「成長因子」には、上述した各種の因子とともに、これらの因子の誘導体であって細胞増殖因子として作用し得るものも含む。このような誘導体として、上記の抽出により得られ、または遺伝子工学的手法で得られた成長因子のアミノ酸配列にアミノ酸が1または2以上付加されたもの、上記成長因子のアミノ酸配列において一部のアミノ酸が他のアミノ酸で置換されたもの、または一部のアミノ酸が欠損されたものなどを挙げることができる。
【0023】
予防剤に含まれる成長因子の濃度は、顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の発症を有効に阻止することができる限り、限定されるべきではない。しかしながら予防剤として口腔内へ適用する便宜上、1回の投与あたり0.05μg~20mgの範囲から適宜選択することが好ましい。1回の投与あたり50~2000μgの範囲とすることがさらに好ましい。
【0024】
<ハイドロゲル>
予防剤は、ハイドロゲルを含む。このハイドロゲルは、ゼラチン、コラーゲン、ヒドロキシプロピルセルロース、CMC、フィブリノーゲン、トロンビン、セルロース、グリコサミノグリカン、キチン、キトサン、ヒアルロン酸、でんぷん、フィブロイン、ポリグリコール酸、ポリラクチド、ポリグリコリド、ポリカプロラクトン、ポリエチレンオキシド、ポリエチレングリコール、ゼラチンスポンジおよびコラーゲンスポンジからなる群より選ばれる1種または2種以上の成分を含むことが好ましい。特にハイドロゲルは、等電点が4.5~5.5のゼラチンからなるゼラチンハイドロゲルであることがさらに好ましい。ハイドロゲルがゼラチンハイドロゲルである場合、ゼラチンハイドロゲルの含水率は90~99質量%であることが好ましい。このようなハイドロゲルによって予防剤は、顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の発症をさらに有効に阻止することができる。
【0025】
本明細書において「ハイドロゲル」とは、水に対して不溶性の三次元の網目構造を有することにより、内部に水を含んで膨潤する物質をいう。
【0026】
ハイドロゲルは、成長因子を確実に担持するため、成長因子との親和性および安定性の向上などの目的に応じて他の成分を加えることもできる。他の成分としては、たとえばアミノ糖またはその高分子量体、塩基性アミノ酸またはそのオリゴマー、もしくはその高分子量体、ポリアリルアミン、ポリジエチルアミノエチルアクリルアミド、ポリエチレンイミンなどの塩基性高分子などを挙げることができる。
【0027】
さらにハイドロゲルは、それ自身の安定性維持および成長因子の活性維持などの目的に応じ、製剤上許容し得る担体(安定化剤、保存剤、可溶化剤、pH調整剤、増粘剤など)を含むことができる。ハイドロゲルの徐放効果を調整する各種添加剤を含むことも可能である。
【0028】
予防剤に含まれるハイドロゲルの量は、抜歯窩のサイズなどに依存するため限定されるべきではない。しかしながら予防剤として口腔内へ適用する便宜上、1回の投与あたり0.05~50gの範囲から適宜選択することが好ましい。1回の投与あたり0.1~10gの範囲とすることがさらに好ましい。
【0029】
以下、本実施形態ではハイドロゲルの例示として、「ゼラチンハイドロゲル」を取り上げて説明する。
【0030】
(ゼラチンハイドロゲル)
ゼラチンハイドロゲルは、ゼラチンから製造される。このゼラチンは、ヒト、ブタ、ウシなどの哺乳類のほか、サケ、タイ、サメなどの魚類などを含む種々の動物由来のコラーゲンに対し、アルカリ加水分解、酸加水分解または酵素分解などの処理を行なうことによってコラーゲンを変性させ、さらに温水を用いて抽出することにより得ることができる。ゼラチンは、微生物を用いた発酵法、化学合成または遺伝子組換え操作により得ることもできる。
【0031】
さらにゼラチンハイドロゲルは、ゼラチンを修飾したゼラチン誘導体から製造することもできる。ゼラチン誘導体としては、ゼラチンに対してアニジル基、チオール基、アミノ基、カルボキシル基、硫酸基、リン酸基、アルキル基、アシル基、フェニル基、ベンジル基などの残基を導入したもの、乳酸、グリコール酸などとの共重合体、ポリエチレングリコール、プロピレングリコールとの共重合体などを挙げることができる。
【0032】
ゼラチンハイドロゲルの製造に用いるゼラチンは、コラーゲンのアルカリ処理によって得られ、上述のようにその等電点が4.5~5.5となる所謂酸性ゼラチンであることが好ましい。ゼラチンハイドロゲルは、原料となるゼラチンの等電点が4.5~5.5である場合、静電相互作用によって成長因子を保持する保持能力を高く維持することができるという効果が得られる。ただし、ゼラチンハイドロゲルの製造に用いるゼラチンは、コラーゲンの酸処理によって得られる所謂アルカリ性ゼラチンであってもよい。すなわちハイドロゲルは、等電点が8.5~9.5のゼラチンからなるゼラチンハイドロゲルであっても好適に使用することができる。
【0033】
ゼラチンハイドロゲルは、従来公知の架橋剤を用いてゼラチンの分子間を架橋することにより製造することができる。架橋剤として、グルタルアルデヒド、EDCなどの水溶性カルボジイミド、水酸基、カルボキシル基、アミノ基、チオール基などの間に化学結合を作る縮合剤などを用いることができる。さらに熱脱水処理、紫外線、ガンマ線、電子線照射によってもゼラチンの分子間を架橋することができる。これらの架橋処理を組み合わせることもできる。塩架橋、静電的相互作用、水素結合、疎水性相互作用などの物理的な処理によってゼラチンの分子間を架橋することもできる。
【0034】
ゼラチンハイドロゲルを製造する場合、ゼラチンおよび架橋剤の濃度は、それぞれゼラチンが1~20質量%、架橋剤が0.01~1質量%であることが好ましい。架橋反応の条件は特に制限すべきではないが、たとえば0~40℃、好ましくは25~30℃とし、1~48時間、好ましくは12~24時間とすることができる。ゼラチンの架橋度は、ゼラチンハイドロゲルの含水率によって規定することができる。予防剤におけるゼラチンハイドロゲルの含水率は、上述のように90~99質量%であることが好ましい。
【0035】
一般に、ゼラチンハイドロゲルは、その含水率が高い程分解されやすく、もって生体吸収性は高くなる。「含水率」とは、ハイドロゲルの全体質量に対するハイドロゲル中の水の質量比率(質量%)をいう。ゼラチンハイドロゲルの含水率は、90質量%未満となると、生体内での分解速度が著しく低下することにより、成長因子の十分な徐放効果を得られない可能性がある。上記含水率が99質量%以上となると、生体内で直ちに溶解するため、成長因子を保持することができない。これにより患部から成長因子が流出するため、顎骨壊死の予防効果を得られない恐れがある。
【0036】
ゼラチンの等電点の測定およびゼラチンハイドロゲルの含水率の測定には、それぞれ従来公知の測定方法を用いることができる。
【0037】
ゼラチンハイドロゲルの具体的な製造方法は、複数存在するが、たとえば以下のとおりとすればよい。まず豚皮アルカリ処理により得られる等電点5のゼラチン(商品名:「beMatrixゼラチンLS-H」、新田ゼラチン株式会社製)を超純水に溶解し、37℃で加温しながら撹拌することにより5質量%または10質量%のゼラチン水溶液を調製する。このゼラチン水溶液に対し、25質量%のグルタルアルデヒド(GA)水溶液を所定量添加し、4℃、12時間の条件で架橋反応を進ませる。このとき、グルタルアルデヒド(GA)水溶液の添加量を調整することにより、ゼラチンハイドロゲルの含水率を調製することができる。たとえば5質量%のゼラチン水溶液10mLに対し、25質量%のグルタルアルデヒド(GA)水溶液を20μL添加することによって含水率98質量%のゼラチンハイドロゲルを製造することができる。
【0038】
上記架橋反応により、水に不溶のゼラチンハイドロゲル前駆体が製造される。このゼラチンハイドロゲル前駆体を、室温(25℃)、1時間の条件下で100mMのグリシン溶液に浸漬することにより、ゼラチンハイドロゲル前駆体に残存しているアルデヒド基およびグルタルアルデヒドを不活化する。続いて、ゼラチンハイドロゲル前駆体を室温で1時間、超純水中で洗浄することを2度行うことによりゼラチンハイドロゲルを製造することができる。
【0039】
得られたゼラチンハイドロゲルは、液体窒素中で凍結し、続いて乾燥することによって乾燥ゼラチンハイドロゲルとして保存することができる。予防剤として用いる際には、この乾燥ゼラチンハイドロゲルに対し、上述の成長因子を含む水溶液を所望の濃度となるように所定量滴下することによってゼラチンハイドロゲルに成長因子を含浸させ、もってゼラチンハイドロゲルの内部に成長因子を担持させることができる。
【0040】
≪予防用キットに備わる成長因子≫
本発明は、上述した顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防に用いる予防剤を構成するために使用される成長因子(以下、単に「成長因子」とも記す)にも係る。このような成長因子は、その特性および該特性の測定方法などが、上述の<成長因子>の欄で説明した成長因子と同じであるので、繰り返しとなる説明を省略する。
【0041】
≪予防用キットに備わるハイドロゲル≫
本発明は、上述した顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防に用いる予防剤を構成するために使用されるハイドロゲル(以下、単に「ハイドロゲル」とも記す)にも係る。このようなハイドロゲルは、その特性および該特性の測定方法などが、上述の<ハイドロゲル>の欄で説明したハイドロゲルと同じであるので、繰り返しとなる説明を省略する。
【0042】
≪予防用キット≫
本発明は、上述の成長因子と、上述のハイドロゲルとを備える顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防用キットに係る。すなわちこの予防用キットは、顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防に用いる予防剤を構成するために使用される成長因子およびハイドロゲルを備えて構成される。
【0043】
<作用>
以上より本発明は、顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防に用いる予防剤として有用となる。これによりビスホスホネート系薬剤を投与した患者に対して抜歯などの口腔外科手術、歯周外科手術、歯内治療および歯周治療を行なった後に起きる顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の発症を有効に阻止することができる。
【実施例】
【0044】
以下、実施例を挙げて本発明をより詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0045】
<薬剤関連顎骨壊死モデルラットの作製>
10週齢の雌SD(Sprague Dawley)ラットの尾静脈へ抜歯7日前および抜歯直前にそれぞれ、ビスホスホネート系薬剤に属するゾレドロン酸水和物を60μg/kg注射することにより、抜歯によって顎骨壊死を発症する薬剤関連顎骨壊死モデルラットを作製した。なお、薬剤関連顎骨壊死モデルラットの作製に際しての詳細は、Journal of Cranio-Maxillio-Facial Surgery, 43(7), p1144-1150(2015)に記載されている。
【0046】
<実施例1>
(予防剤の作製)
ゼラチンハイドロゲル(牛骨ゼラチン、等電点5、商品名:「メドジェル(登録商標)」、株式会社メドジェル製)の凍結乾燥体0.8mgに対し、bFGFを含む溶液(商品名:「bFGF、ヒト、組換え体」、和光純薬工業株式会社製)4μg/8μLを含浸させることにより、ゼラチンハイドロゲルにbFGFを担持させた製剤(実施例1の予防剤)を作製した。上記の「4μg/8μL」とは、上記溶液8μL中にbFGFを4μg含むことを意味する。ゼラチンハイドロゲルの含水率は、94.2質量%である。
【0047】
(薬剤関連顎骨壊死モデルラットへの予防剤の投与)
全身麻酔下において、上記薬剤関連顎骨壊死モデルラットの左右下顎第一大臼歯を抜歯し、合計14歯の抜歯窩に上記実施例1の予防剤をそれぞれ填入し、さらに上記抜歯窩を縫合した。
【0048】
<実施例2>
(予防剤の作製)
実施例1で用いたゼラチンハイドロゲルの凍結乾燥体に代え、コラーゲンスポンジ(アテロコラーゲン、商品名:「テルダーミス」、オリンパステルモバイオマテリアル株式会社製)0.48mgに対し、bFGFを含む溶液(商品名:「bFGF、ヒト、組換え体」、和光純薬工業株式会社製)40μg/8μLを含浸させることにより、コラーゲンスポンジにbFGFを担持させた製剤(実施例2の予防剤)を作製した。上記の「40μg/8μL」とは、上記溶液8μL中にbFGFを40μg含むことを意味する。
【0049】
(薬剤関連顎骨壊死モデルラットへの予防剤の投与)
全身麻酔下において、上記薬剤関連顎骨壊死モデルラットの左右下顎第一大臼歯を抜歯し、合計3歯の抜歯窩に上記実施例2の予防剤をそれぞれ填入し、さらに上記抜歯窩を縫合した。
【0050】
<実施例3>
(予防剤の作製)
実施例1で用いたゼラチンハイドロゲルの凍結乾燥体に代え、3質量%ヒドロキシプロピルセルロース(日本曹達株式会社製)15μgに対し、bFGFを含む溶液(商品名:「bFGF、ヒト、組換え体」、和光純薬工業株式会社製)40μg/8μLを溶解させることにより、ハイドロキシプロピルセルロースにbFGFを担持させた製剤(実施例3の予防剤)を作製した。上記の「40μg/8μL」とは、上記溶液8μL中にbFGFを40μg含むことを意味する。
【0051】
(薬剤関連顎骨壊死モデルラットへの予防剤の投与)
全身麻酔下において、上記薬剤関連顎骨壊死モデルラットの左右下顎第一大臼歯を抜歯し、合計3歯の抜歯窩に上記実施例3の予防剤をそれぞれ填入し、さらに上記抜歯窩を縫合した。
【0052】
<比較例1>
(予防剤の作製)
実施例1で用いたゼラチンハイドロゲルの凍結乾燥体に対し、リン酸緩衝液(商品名:「PBS」、和光純薬工業株式会社製)8μLを含浸させることにより、ゼラチンハイドロゲルにリン酸緩衝液を担持させた製剤(比較例1の予防剤)を作製した。
【0053】
(薬剤関連顎骨壊死モデルラットへの予防剤の投与)
実施例1と同じ方法により、上記薬剤関連顎骨壊死モデルラットの14歯の抜歯窩に対し上記比較例1の予防剤を填入し、さらに上記抜歯窩を縫合した。
【0054】
<比較例2>
(予防剤の作製および薬剤関連顎骨壊死モデルラットへの予防剤の投与)
上記薬剤関連顎骨壊死モデルラット4匹に対し全身麻酔下において、左右下顎第一大臼歯を抜歯し、その抜歯窩に上記実施例1で用いたbFGFの溶液(比較例2の予防剤)をそれぞれ4μg/8μLで填入し、さらに上記抜歯窩を縫合した。
【0055】
<比較例3>
上記薬剤関連顎骨壊死モデルラット14匹に対し全身麻酔下において、左右下顎第一大臼歯を抜歯し、その抜歯窩に薬剤その他の溶液を何ら填入することなく、上記抜歯窩を縫合した。
【0056】
<結果および考察>
実施例1~3および比較例1~3を適用された薬剤関連顎骨壊死モデルラットを通常の飼育方法により3週間飼育し、各ラットの抜歯3週間後の抜歯窩の再生状況および顎骨壊死の発症状況を肉眼および病理組織により観察した。その結果を、図面代用写真として
図1および
図2に示す。
図1および
図2の肉眼写真および病理組織写真については、各実施例および比較例が適用された薬剤関連顎骨壊死モデルラットのうち、代表的な症状を呈したラットの写真を選択した。なお、実施例2および実施例3における抜歯3週間後の抜歯窩の再生状況および顎骨壊死の発症状況を示す肉眼観察写真および病理組織観察写真については、適切な写真が得られなかったので、これらの図面としての掲載を省略した。
【0057】
さらに各実施例および比較例において、顎骨壊死症状が現れたラットの数、および上記症状が現れなかったラットの数を、それぞれ表1の顎骨壊死症状「有」の欄および「無」の欄に示す。
【0058】
【0059】
図1および
図2によれば、実施例1のように成長因子(bFGF)と、ハイドロゲル(ゼラチンハイドロゲル)とを含む予防剤を適用された薬剤関連顎骨壊死モデルラットの抜歯窩は、上皮組織に被覆されていることが分かる。さらに表1から実施例1~3を適用された薬剤関連顎骨壊死モデルラットは、比較例1~3を適用された薬剤関連顎骨壊死モデルラットに比べ、顎骨壊死を発症する割合が大幅に低下していることが理解される。
【0060】
以上から実施例1~3は、顎骨壊死、顎骨骨髄炎または抜歯後治癒不全の予防に用いる予防剤として有効であることが理解される。
【0061】
以上のように本発明の実施の形態および実施例について説明を行なったが、上述の各実施の形態および実施例の構成を適宜組み合わせることも当初から予定している。
【0062】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上述した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。