(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-04
(45)【発行日】2022-08-15
(54)【発明の名称】熱伝導性アルミニウム合金積層成形体、その製造方法、及び電子機器の放熱体
(51)【国際特許分類】
C22C 21/02 20060101AFI20220805BHJP
B22F 3/105 20060101ALI20220805BHJP
B22F 3/16 20060101ALI20220805BHJP
H01L 23/36 20060101ALI20220805BHJP
H01L 23/373 20060101ALI20220805BHJP
H05K 7/20 20060101ALI20220805BHJP
B33Y 10/00 20150101ALI20220805BHJP
B33Y 80/00 20150101ALI20220805BHJP
【FI】
C22C21/02
B22F3/105
B22F3/16
H01L23/36 Z
H01L23/36 M
H05K7/20 R
B33Y10/00
B33Y80/00
(21)【出願番号】P 2019222270
(22)【出願日】2019-12-09
【審査請求日】2021-08-02
(31)【優先権主張番号】P 2018229795
(32)【優先日】2018-12-07
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】512189277
【氏名又は名称】株式会社コイワイ
(74)【代理人】
【識別番号】110001612
【氏名又は名称】弁理士法人きさらぎ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】安達 充
(72)【発明者】
【氏名】小岩井 修二
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第108103366(CN,A)
【文献】特開2017-155291(JP,A)
【文献】特開2018-188688(JP,A)
【文献】国際公開第2014/136535(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 21/00-21/18
C22F 1/00,1/043
B22F 3/105、3/16
B22F 10/00-10/85
B33Y 10/00、70/00-80/00
H05K 7/20
H01L 23/34-23/46
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
7~20重量%のSi、1.5重量%以下のMg
、及び
総量が0.5重量%以下の不可避不純物からなるアルミニウム合金からなる積層成形体により形成された放熱体であって、
共晶Si
がアルミニウムマトリクス中に不連続の独立形態として存在し、
アルミマトリックスに非整合なSi析出物及びMg-Si析出物が存在し、185W/mK以上の熱伝導率及び170MPa以上の引張強さを有することを特徴とするアルミニウム合金積層成形体からなる放熱部品。
【請求項2】
請求項1に記載された放熱部品の製造方法であって、7~20重量%のSi、1.5重量%以下のMg
、及び
総量が0.5重量%以下の不可避不純物からなるアルミニウム合金粉末を金属積層法により積層成形する工程、及び得られた金属積層成形体を360℃~500℃で加熱し、保持し、
共晶Siを積層のまま(as built)材中の網目構造から不連続の独立形態に変換
し、Si析出物及びMg-Si析出物をアルミマトリックスに非整合な形態に変換する工程、及び室温まで冷却する工程を具備することを特徴とするアルミニウム合金積層成形体からなる放熱部品の製造方法。
【請求項3】
前記金属積層成形体を加熱する温度は360℃~450℃であることを特徴とする請求項2に記載のアルミニウム合金積層成形体からなる放熱部品の製造方法。
【請求項4】
前記金属積層成形体を加熱する温度及び保持する時間は、加熱温度を横軸、保持時間を縦軸とする座標において、座標(加熱温度、保持時間)が、 (360℃、6時間)、(360℃、30時間), (400℃、1時間)、(400℃、20時間)、(500℃、0.5時間)、(500℃、10時間)で囲まれた領域内にあることを特徴とする請求項2または3に記載のアルミニウム合金積層成形体からなる放熱部品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱伝導性アルミニウム合金積層成形体、その製造方法、及び電子機器の放熱体に関するものである。特に、本発明は、金属積層法によって成形された成形体であって、高い引っ張り強さと高い熱伝導率を有するアルミニウム合金積層成形体、その製造方法、及び電子機器の放熱体に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電子機器の冷却は、通常、ヒートシンクのような放熱体を用いて行われる。例えば、ヒートパイプにより電子機器の発熱部の熱を吸収し、筐体につながるヒートシンクのフィンに伝熱し、これをファンで冷却することが一般的に行われる。
近年、電子機器の発熱量が増加しているにも関わらず、電子機器筐体のサイズの小型化、軽量化が求められており、電子機器に用いられるヒートシンクを取り巻く環境はますます厳しくなりつつある。
【0003】
ヒートシンクの軽量化のためには、軽い材料の選択、使用部材の数を減らすこと、薄肉化、及び形状を工夫するなどが対策として考えられる。また、筐体の薄肉化の要求も高まりつつある。
なお、ヒートシンクの接合部にはPbを含むはんだが用いられており、製品が廃棄された時のPbの溶出が、無視できない環境問題となっている (非特許文献1参照)。
【0004】
発熱量の高い電子機器の冷却性能を上げるためには、ヒートシンクそのものの冷却性能に加えて、発熱源、例えば半導体からヒートシンクまでの部材の熱伝導率が高いことも求められる。そのため、絶縁体として窒化ケイ素などのセラミック部材が使用される場合がある。また、絶縁体や半導体とヒートシンクとの熱膨張差による絶縁体及び半導体の破壊防止を考えると、ヒートシンクの熱膨張率が小さいほうが都合が良い(非特許文献2参照)。
また、発熱源側の熱変形に耐えるためには、ヒートシンクの引張強さは高いほうが良い。
【0005】
アルミニウム合金は、軽量合金としても広く知られているチタン合金に比べて20倍以上の高い熱伝導率を示す。とりわけ、高い熱伝導率が要求される場合、3000系の展伸合金であるAl-Mn系合金が、純アルミニウムに近い高い熱伝導率を有する材料として知られている。具体的には、3003合金の焼きなまし材(O材)は、190W/(m・
K)の高い熱膨張率の値を示す。この値は、純アルミニウム(1050)材のO材の熱伝導率230W/(m・K)に近い。しかし、引張強さは、110MP程度と低い。
【0006】
また、加工硬化処理(H18処理)した3003合金は、逆に200MPa程度の高い
引張強さを示すものの、熱伝導率は150W/(m・K)と低い。
更に、鋳造用アルミニウム合金の中でも鋳造性、耐食性に優れたAC4CH合金があるが、実体鋳物で212~286MPaの引張強さを示すものの、熱伝導率は159W/(m・K)と低い(非特許文献3参照)。
【0007】
Al-2%Fe-1%Cu系合金をダイカスト鋳造法により鋳造することにより、185W/(m・K)の高い熱伝導率を示す鋳物が得られることが報告されている。しかし、このアルミニウム合金鋳物は耐食性が低く、引張強さも170MPa程度の値しか示さない。なお、これを熱処理すると引張強さは240MPaと高くなるものの、熱伝導率は150W/(m・K)と低くなってしまう(非特許文献4参照)。
【0008】
また、アルミニウム合金展伸材が210W/(m・K)という高い熱伝導率と200MPaの高い引張強さを示すことが報告されている。ただし、このアルミニウム合金展伸材は、板材あるいは押し出し材に成形できるが、ヒートシンクのような複雑なフィン状の製品に加工することは困難である(非特許文献5参照)。
【0009】
一方、原料として金属粉末を用い、それを一層ずつ敷き詰め、レーザーあるいは電子ビームを照射して、特定の部位のみ加熱・溶解・凝固することで、型を用いることなく、最終形状の製品を作る製法である金属積層法が最近注目されている。
【0010】
この金属積層法によれば、上述のヒートシンクに求められる軽量化、薄肉化した製品への成形が可能であり、各部の接合用の環境に望ましくないはんだを使用することなく、複雑な形状の一体品からなるヒートシンクを容易に得ることができる。
アルミニウム合金は金属積層法に適した合金でもあり、金属積層法により得られたアルミニウム合金積層成形体は、圧延などを施すことなく、鋳造、圧延により得られた成形体と同等以上の高い引張強さを示す。
【0011】
一般的に知られたアルミニウム合金としてAl-10%Si-0.4%Mg合金があるが、その引張強さは340~380MPaという高い値を示す(非特許文献6参照)。しかし、本発明者の測定によると、その熱伝導率は131~170W/(m・K)と低い。
また、複雑かつ精密なメッシュ状、薄いフィン状の部品を作るにも金属積層法は適しており、1mm程度の厚みの部材を問題なく作成することができる(非特許文献6参照)。
【0012】
Al-Si二元系アルミニウム合金の鋳造品の場合、一般的には熱処理されずに鋳造されたままで使用される。
一方、Al-Si-Mg系アルミニウム合金の鋳造品の場合、Mg-Si析出物による硬化機能を利用して、機械特性改善のために熱処理を行う場合が多い。この場合、一般に、溶体化処理、水焼き入れ、焼き戻しを組み合わせたT6処理という熱処理が行われる。
【0013】
このように、熱処理を施すことで、延性改善に寄与する共晶Siの粒状化が行われ、さらに凝固した時の成分の不均一が解消され、かつアルミニウム固溶体に溶質原子としてのMg及びSiが過飽和に溶け込む。そのため、工業的にはAl-Si-Mg系合金の鋳造品では、520℃~540℃に加熱し、次いで水中冷却により焼き入れを行い(冷却速度50℃/s以上)、その後焼き戻しとして140℃~180℃で時効硬化させる。
【0014】
ただし、鋳造のまま材より少し引張強さを上げるときは、T5処理として160~180℃で時効硬化のみを行う(非特許文献7参照)。
Al-7%Si-0.35%Mg系合金において、T6処理の前段工程の溶体化処理段階で処理温度を変化させたとき、引張強さは、530℃では高いが、500℃では溶体化処理時間を長くしても低い。その理由は、アルミニウム合金中において500℃では析出物を形成するSi、Mgの拡散が不十分なので、固溶しにくいためと考えられる(非特許
文献8参照)。
【0015】
A356(Al-7%Si-0.3%Mg)合金の金属積層材について、150℃~350℃に5時間加熱した場合の共晶Siの形態変化が調べられている。この場合、鋳造材ではSiの形態変化のためには520℃以上の加熱が必要であるが、金属積層材ではそれより低温の300℃でも粒状化し始めることが報告されている。また、積層のまま材では高い引張強さを示すが加熱温度の上昇とともに引張強さは低下し、350℃では引張強さが200MPa程度までに低下することが報告されている(非特許文献9参照)。しかし、熱伝導率については触れられていない。
【0016】
Al-Si-Mg系合金の金属状態図を見ると、Mgが1%以上含むことで溶湯の温度が低下し、最終凝固温度555℃に到達することでAl、Si以外にMg2Siも発生して、3種から構成される共晶組織が形成されることがわかっている(非特許文献10参照)。
【0017】
この場合、アルミニウム合金組織中に生成されたMg2Si化合物をアルミニウム母相に固溶させようとすると、580℃に近い温度まで加熱する必要があることが報告されている。即ち、580℃よりも低い温度では、生成された化合物がほとんど形態変化しない(非特許文献11参照)。
ただし、金属積層法においては、急速凝固であるために、添加元素は状態図よりも多量に溶け込んでいることが推察される。本発明者の測定によると、Al-12%Si合金の積層体(積層のままの状態) のビッカース硬さは、従来の鋳造法で得られる場合が60であるのに対し、約100の値を示している。このことは、Siが過飽和にAlに固溶したことによるものと考えられる。また、Al-Si系合金の状態図で、アルミニウムに原子レベルで溶け込む値、すなわち最大固溶限である1.65%の1.5倍に相当する2.5%の添加元素が含まれていることを、金属積層法の1/10の冷却速度のADC12合金のダイカストで李らが報告している (非特許文献12参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0018】
【文献】古河電工時報第115号(2005)1月
【文献】ウィキぺディア:ヒートシンク
【文献】アルミニウムハンドブック(日本アルミニウム協会)
【文献】大紀アルミニウム工業所 商品情報[高熱伝導合金HT-2]
【文献】UACJ商品情報[高強度・高熱伝導アルミニウム合金板 ファスサーモ EMシリーズ]
【文献】安達ほか:軽金属,66(2016),360
【文献】佃ほか:軽金属,28(1978),8
【文献】安達ほか:軽金属,39(1989),487
【文献】T. Kimura etc: Materials and design, 89(2016), 41
【文献】渡辺久藤、佐藤英一郎:実用合金状態図説(応用編) 日刊工業新聞社出版
【文献】安達ほか:軽金属,37(1987),446
【文献】李 定洙ほか:鋳造工学,88(2016),610
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
本発明は、以上のような背景からなされたものである。
即ち、金属積層成形体は急冷凝固組織であるため、従来法では得られない微細組織を示すことから、積層のままの状態で引張強さは高い値を示す。しかし、Al-Si系合金は、積層のままの状態では、熱伝導率がAl-Mn系合金で得られるような純アルミニウム合金に近い高い値は得られない。
【0020】
これに対し、Al-Mn系合金の積層体は放熱部品に適した高い熱伝導率を示すが、Al-Si系合金の積層体に比較すると引張強さが低いので、放熱部品に用いることは困難である。
従って、Al-Mn系合金積層体とAl-Si系合金積層体のそれぞれの長所を生かし、弱点を解決した、放熱部品に用いるのに適した高い引張強さと高い熱伝導率を有するアルミニウム合金積層体が望まれる。
【0021】
本発明は、以上の事情の下になされ、高い引張強さと高い熱伝導率を有するアルミニウム合金積層成形体及びその製造方法を提供することを目的とする。
本発明の他の目的は、上記アルミニウム合金積層成形体からなる電子機器の放熱体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明の第1の態様は、7~20重量%のSi、及び1.5重量%以下のMgを含むアルミニウム合金からなる積層成形体であって、Siはアルミニウムマトリクス中に不連続の独立形態として存在し、185W/mK以上の熱伝導率及び170MPa以上の引張強さを有することを特徴とするアルミニウム合金積層成形体を提供する。
【0023】
本発明の第2の態様は、7~20重量%のSi、及び1.5重量%以下のMgを含むアルミニウム合金粉末を金属積層法により積層成形する工程、得られた金属積層成形体を360℃~500℃で加熱し、保持し、Siを積層のまま(as built)材中の網目構造から不連続の独立形態に変換する工程、及び室温まで冷却する工程を具備することを特徴とするアルミニウム合金積層成形体の製造方法を提供する。
【0024】
本発明の第2の態様に係るアルミニウム合金積層成形体の製造方法において、金属積層成形体を加熱する温度を360℃~450℃とすることができる。
また、金属積層成形体を加熱する温度及び保持する時間を、加熱温度を横軸、保持時間を縦軸とする座標において、座標(加熱温度、保持時間)が、 (360℃、6時間)、(360℃、30時間), (400℃、1時間)、(400℃、20時間)、(500℃、0.5時間)、(500℃、10時間)で囲まれた領域内とすることができる。
本発明の第3の態様は、上述の本発明の第1の態様に係るアルミニウム合金積層成形体からなることを特徴とする電子機器の放熱体を提供する。
【発明の効果】
【0025】
本発明によると、高い引張強さと高い熱伝導率を有するアルミニウム合金積層成形体、その製造方法、及び高い引張強さと高い熱伝導率を有する電子機器の放熱体が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】実施例1により得たアルミニウム合金積層成形体の顕微鏡写真図である。
【
図2】実施例2により得たアルミニウム合金積層成形体の顕微鏡写真図である。
【
図3】実施例3により得たアルミニウム合金積層成形体の顕微鏡写真図である。
【
図4】比較例1により得たアルミニウム合金積層成形体の顕微鏡写真図である。
【
図5】比較例2により得たアルミニウム合金積層成形体の顕微鏡写真図である。
【
図6】実施例1~3、比較例1,2のビッカース硬さを示す図。
【
図7】実施例1~3、比較例1,2の熱伝導率を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0027】
以下、本発明の実施形態について、詳細に説明する。
本発明の一実施形態に係るアルミニウム合金積層成形体は、7~20重量%のSi、及び1.5重量%以下のMgを含むアルミニウム合金からなるものであり、Siはアルミニウムマトリクス中に不連続の独立形態として存在する。この場合、積層のまま(as b
uilt)材では、Siは網目構造であるが、熱処理により網目構造が崩れ、不連続の独
立形態(たとえば粒状体)に変換される。
【0028】
このように、本実施形態に係るアルミニウム合金積層成形体は、金属積層法により成形されるとともに、上述の組成及び金属組織を有することにより、185W/mK以上の熱伝導率及び170MPa以上の引張強さという、特に電子機器の放熱体として適した優れた特性を有する。なお、本明細書に記載の熱伝導率は、室温25℃における値である。
【0029】
本実施形態に係るアルミニウム合金積層成形体が優れた特性を有する理由は、以下の通りである。
金属積層法により成形された、Si及びMgを含むアルミニウム合金からなる成形体は、急速に凝固したために、(1)共晶Siが微細になり、網目状に連結するために熱伝導が悪い、(2)SiやMgが多量にアルミニウム母相に固溶するために、あるいはアルミニウム母相に整合なSi析出物とMg-Siの析出物が発生するために熱伝導が悪いという問題を有している。
【0030】
しかし、共晶Siが微細なため、成形体を熱処理すると、360℃以上の温度で共晶Siの形態変化により網目状組織が崩れ、多数の分割された、不連続の独立形態(例えば粒状体)に変化し、その結果、成形体の熱伝導性が大きく向上する。さらに上記熱処理により、固溶している原子が粗大な析出物(Si、安定相Mg2Si)となり、また、積層時にできた[アルミニウム母相に整合な30オングストロームレベルの微細なMg-Si析出物]も、より粗大な平均サイズが0.3~3μmオーダーの析出物(Si、安定相Mg2Si) に変化する。このことも、アルミニウムの母相から完全に非整合(いわゆるアルミニウムのマトリックスに分散、混合している状態)にすることで、成形体の熱伝導性の向上の一因となる。また、Mgが1.5重量%以下であれば、熱処理温度が550℃以上でないと形態変化せず、しかも熱伝導性を低下させる恐れがあるMg2Si化合物が最終凝固部に晶出することがほとんどない。このため、上記のMg2Si晶出物が再固溶しないように500℃以下の温度に保持されても、熱伝導率の高いアルミニウム合金積層成形体が得られる。
【0031】
ここで、共晶Siは、アルミニウム合金積層成形体に対して一定の引張強さ及び硬さを付与する。つまり、共晶Siはアルミニウム母相中に分散して分散強化により、硬さ及び引張強さの向上に寄与する。そのため、Siは7重量%以上であることが必要である。Siが7重量%未満では、満足し得る硬さ及び引張強さのアルミニウム合金積層成形体を得ることが出来ない。
【0032】
一方、Siを20重量%を超える量添加すると、185W/(m・K)以上の熱伝導率を得ることができないため、Siは20重量%以下である必要がある。
なお、Mgの添加量については、上述の非特許文献12より、金属状態図から求められる量の1.5倍までは確実に固溶することが推察されることから、上限を1.5重量%とした。
このように、本発明の実施形態に係るアルミニウム合金積層成形体は、複雑な形状の成形体を得ることができる金属積層成形体の特徴を最大限に生かしつつ、Al-Si系合金の引張強さをわずかに低下させる場合があるのみで、Al-Mn系合金と同レベルの185W/(m・K)以上という高い熱伝導率を有している。なお、熱伝導率185W/(m・K)は、純アルミニウムの熱伝導率の約80%である。
【0033】
次に、以上説明したアルミニウム合金積層成形体の製造方法について説明する。
本実施形態に係るアルミニウム合金積層成形体は、7~20重量%のSi、及び1.5重量%以下のMgを含むアルミニウム合金粉末を金属積層法により成形し、得られた成形体を360℃~500℃で加熱し、保持し、室温まで冷却することにより製造される。
なお、上記段落0031及び0032において、所定の引張強さと熱伝導率を保持するために、Si、Mgの成分範囲を限定した。ただし、(1)Siがアルミニウムマトリクス中に不連続の独立形態として存在する状態において、あるいは(2)加熱、保持、冷却により、この両特性の保持に悪影響を与えることがない場合、アルミニウム合金に不可避不純物や他の添加成分が含まれることは認められる。
【0034】
仮に積層時において0.5重量%以下の不可避不純物がアルミニウムマトリクスに固溶しても、(1)及び(2)の条件においては前述のとおりSi析出物及びMg-Si析出物と同様に、不可避不純物とアルミニウムを主成分とする化合物が微量析出するので、引張強さと熱伝導率にはほとんど影響しない。
また、Si、Mg以外の添加元素、たとえば、遷移金属は、場合によっては積層時にその多くが一旦アルミニウムに固溶するものの、(1)及び(2)の条件下においてアルミニウムとの化合物として非整合状態で析出する。また、積層時に晶出物として発生してもその形態は共晶Siのように連続ではない。Cuはその代表例であり、耐食性の観点からその添加量は3重量%以下であるのが好ましい。また、積層時にアルミニウムとの金属間化合物を形成する元素として、積層時に金属間化合物を晶出するNi、Mn、Fe、Cr、Ti、Zrなどが挙げられる。これら元素はアルミニウムマトリクスとは非整合の不連続の化合物を形成するが、過剰の添加は熱伝導率の低下をもたらし、また引張強度及び伸びを低下させるため、その総計は2重量%以下、好ましくは1重量%以下である。
【0035】
より具体的には、本実施形態に係るアルミニウム合金積層成形体は、上記組成を有する金属粉末を原料として積層成形して得られた積層成形体の成形されたまま(as built)材に、従来とは異なる熱処理を施すことで、(as built)材の機械特性よりは多少劣るものの、Al-Mn系合金と同レベルの高い熱伝導率を有している。
なお、従来と異なる熱処理とは、通常の熱処理方法とは目的及び方法が異なる熱処理である。上述したように、一般的には、アルミニウム合金にはT6処理が行われる場合が多い。Al-Si系アルミニウム合金の鋳造品の場合、鋳造凝固した素材の延性改善のために、共晶Siを粒状化し、さらに凝固した時の成分の不均一を解消し、かつアルミニウム固溶体に溶質原子を過飽和に溶け込ませる必要がある。そのため、Al-Si-Mg系合金の鋳造素材では、525℃~540℃で熱処理し、その後水中冷却による焼き入れを行い(冷却速度50℃/s以上)、更に焼き戻しとして180℃未満で時効硬化させている。
あるいは、鋳造素材に対して時効硬化処理のみを行い、わずかに硬くするために160~180℃でT5処理を行っている。
【0036】
これに対し、本発明の積層成形体では、T6処理やT5処理とは全く異なる熱処理を行う。すなわち、上述したように、アルミニウム合金の積層成形体の熱伝導率の低下は、急速溶解・急速凝固を特徴とする金属積層法によってもたらされた(1)微細かつ網目状に形成された共晶組織(Al、Si)、及び(2)
SiやMgが多量にアルミニウム母相に固溶すること、あるいはアルミニウム母相に整合なSi析出物とMg-Siの析出物が発生することに原因であるとの考えに基づく。これら網目状組織を崩し、不連続の独立形態(例えば粒状体)へ変換させることを主目的として、併せて上記Si析出物及びMg-Si析出物平均サイズが0.3~3μmのアルミマトリックスに非整合な析出物(Si、安定相Mg2Si) として存在せしめ、再固溶を防止
することを考慮して熱処理を行うのである。
【0037】
本発明では、熱処理温度として、従来行われているT5処理よりも高い360℃以上の加熱温度を選択することで、(1)の微細かつ網目状の共晶組織を分断して粒状化し、さらには粗大化するとともに、(2)の固溶するSi及びMgを粗大な析出物(Si、Mg2Si)として発生させ、アルミニウムの母相から完全に非整合(アルミニウムのマトリックス中に分散、混合している状態)にすることを狙っている。ただし、加熱温度が高すぎると、非整合になっていた析出物がアルミニウム原子間で、原子レベルで再固溶する危険があるため、熱処理温度の上限は500℃である。
【0038】
Mgは、Al-Si系合金に引張強さと硬さを付与するが、本発明では、上述したように、積層成形後の熱処理により、Mg-Si析出物が粗大化する温度域に加熱し、軟化させることから、もともと時効硬化の役割はない。しかし、Mg量が1.5重量%を超えて含まれると、最終凝固部にMg2Si化合物が共晶Si、Alとともに多量に晶出する傾向がある。晶出したMg2Si化合物は、550℃以上、特に580℃程度に加熱しないと共晶Siのように形態変化(網目状から不連続な独立形態たとえば粒状に変化)はしない。
【0039】
しかし、前述のように、500℃を超えて加熱すると、500℃までアルミニウム母相中に粗大析出物として分散していたSi、Mg2Siが再び原子レベルでアルミニウム原子間に再固溶することになり、熱伝導率を低下させる。そのため、500℃以下で加熱する。また、Mg2Si化合物が多量に晶出しないように、Mgの上限を1.5重量%とすることが必要なのである。
このように、熱処理温度を500℃以下とし、Mg量を1.5重量%以下(Mgを含まない場合も含む)とすることにより、熱伝導率を低下させるMg2Siをアルミニウム原子間に固溶させることを防止し、高い熱伝導率のアルミニウム合金積層成形体を得ることが可能となる。
【0040】
なお、熱処理温度が300℃以上でも長時間加熱すれば、共晶Siの不連続な独立形態(例えば、粒状化)へ変化させ、固溶しているMg、Siを安定相Mg2Si析出物として析出させることで、熱伝導率185W/(m・K)を得ることは不可能ではないが、実用上許容し得る熱処理時間とするためには、熱処理温度は360℃以上である必要がある。一方、アルミニウム母相中に粗大析出物として分散していたSi、安定相Mg2Siが再びアルミニウム原子間に再固溶させないために、熱処理温度は500℃以下である必要がある。
特に、185W/(m・K)以上の熱伝導率、及び200MPa以上の引張強さ(ビッカース硬さ60Hv)を有する成形体を得るためには、360℃~450℃の温度で加熱
保持することが好ましい。
【0041】
上述したアルミニウム合金積層成形体の製造方法においては、加熱保持時間を加熱温度に合わせて設定することが望ましい。即ち、185W/(m・K)以上の熱伝導率及び170MPa以上の引張強さ(ビッカース硬さ50Hv以上)を有するアルミニウム合金積層成形体を得るための加熱温度及び保持時間の条件は、好ましくは以下の通りである。なお、各温度で保持する上限時間は共晶Siのサイズが粗くなり、引張強さが170MPaを下回らないための時間である。その時のSiの平均サイズは3μmを超えないことが望ましい。下限時間は、網目状Siが崩れ不連続な形態が得られるような時間であればよい。
【0042】
即ち、加熱温度を横軸、保持時間を縦軸とする座標において、座標(加熱温度、保持時間)が、 (360℃、6時間)、(360℃、30時間)、 (400℃、1時間)、(400℃、20時間)、(500℃、0.5時間)、(500℃、10時間)で囲まれた領域内である加熱・保持条件において、185W/(m・K)以上の熱伝導率を有し、170MPa以上の引張強さ(ビッカース硬さ50Hv以上)を得ることが出来る。なお、保持時間は、目標加熱温度に到達後の時間を意味する。
【0043】
以上説明したアルミニウム合金積層成形体を得るための金属積層法としては、電子ビーム積層方法とレーザー積層方法がある。しかし、電子ビーム積層方法では、成形時に負荷される熱量が大きすぎて共晶Siが粗大化しすぎるために、所望の引張強さを得る観点から、レーザー積層方法が好ましい。
【0044】
一般に、レーザー積層方法は、以下の工程により行われる。
(1)一定厚みの金属粉末層を一層敷きつめる。
(2)金属粉末層の固化予定箇所に局部的にYb-Mgファイバーレーザーをアルゴン雰囲気下で、照射して粉末層を加熱し、粉末を瞬間溶融するとともに瞬間固化する。この場合、ビームは、3Dデータ・スライスデータに基づき走査される。
(3)製造テーブルを降下させ、更に金属粉末層を敷きつめる。
(4)以上の工程を繰返し、金属を順次積層し、最終形状の積層成形体を得た後、未固化の粉末を取り除いて、積層成形体を得る。
アルミニウム合金粉末を以上の工程に供することにより、所定の形状のアルミニウム合金積層成形体を得ることができる。
得られたアルミニウム合金積層成形体は、上述のように、所定の温度及び時間で加熱・保持され、室温まで冷却される。
【実施例】
【0045】
以下、本発明の実施例及び比較例を説明する。
実施例1
アルミニウム合金粉末(Al-10Si-0.4Mg)を用い、レーザー積層法により、20mm×20mm×20mmの積層成形体を作成した。
次に、この積層成形体を360℃で6時間、加熱保持し、次いで、室温まで冷却した。得られた積層成形体の金属組織の顕微鏡写真を
図1に示す。なお、スケールは、
図3に示す通りである(
図2、
図4及び
図5も同様)。
【0046】
図1から、共晶Si及びMg
2Siが粒状化していることがわかる。
この積層成形体のビッカース硬さを島津微小硬度計HMV-G21により測定したところ、65であった。なお、ビッカース硬さ65は、引張強さ210MPaに相当する。また、この積層成形体の熱伝導率をレーザーフラッシュ法により測定したところ、190W/(m・K)であった。
【0047】
実施例2
実施例1と同様にして積層成形体を作成した。
次に、この積層成形体を400℃で2時間、加熱保持し、次いで、室温まで冷却した。得られた積層成形体の金属組織の顕微鏡写真を
図2に示す。
図2から、網目状の共晶Siが不連続となり、粒状化していることがわかる。
この積層成形体のビッカース硬さを測定したところ、60であった。なお、ビッカース硬さ60は、引張強さ200MPaに相当する。また、この積層成形体の熱伝導率を測定したところ、200W/(m・K)であった。
【0048】
実施例3
実施例1と同様にして積層成形体を作成した。
次に、この積層成形体を500℃で2時間、加熱保持し、次いで、室温まで冷却した。得られた積層成形体の金属組織の顕微鏡写真を
図3に示す。
【0049】
図3から、共晶Siが粒状化とともに、さらに粗大化していることがわかる。
この積層成形体のビッカース硬さを測定したところ、55であった。なお、ビッカース硬さ55は、引張強さ188MPaに相当する。また、この積層成形体の熱伝導率を測定したところ、190W/(m・K)であった。
【0050】
比較例1
アルミニウム合金粉末(Al-10Si-0.4Mg)を用い、レーザー積層法により、実施例1と同様に積層成形体を作成した。得られた積層成形体の金属組織の顕微鏡写真を
図4に示す。
【0051】
図4から、共晶Siが網目状態であることがわかる。
この積層成形体のビッカース硬さを測定したところ、80を超えた。なお、ビッカース硬さ80は、引張強さ270MPaに相当する。また、この積層成形体の熱伝導率を測定したところ、170W/(m・K)であった。
【0052】
比較例2
アルミニウム合金粉末(Al-10Si-0.4Mg)を用い、レーザー積層法により、実施例1と同様に積層成形体を作成した。
次に、この積層成形体を300℃で2時間、加熱保持し、次いで、室温まで冷却した。得られた積層成形体の金属組織の顕微鏡写真を
図5に示す。
【0053】
図5から、熱処理された比較例2の成形体は、比較例1の成形体とは異なる金属組織であることがわかるが、共晶Siの不連続化、たとえば粒状化は確認されない。
この積層成形体のビッカース硬さを測定したところ、80を超えた。なお、ビッカース硬さ80は、引張強さ270MPaに相当する。また、この積層成形体の熱伝導率を測定したところ、180W/(m・K)であった。
【0054】
実施例1~3及び比較例1,2の積層成形体のビッカース硬さを
図6に、熱伝導率を
図7にそれぞれ示す。
図6から明らかなように、熱処理を行うことにより、また熱処理温度を上昇させるに従って、ビッカース硬さは低下するが、500℃での熱処理においても55であり、これは引っ張り強さが約180MPaに相当する。180MPaの引っ張り強さは、電子機器の放熱体として使用するに十分な値である。
また、
図7から明らかなように、熱処理を行うことにより、また熱処理温度を上昇させるに従って、熱伝導率は上昇し、400℃では200W/m・Kに達するが、500℃では360℃での値190W/m・Kに低下している。しかし、この190W/m・Kの熱伝導率は、電子機器の放熱体として使用するに十分に高い値である。