(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-04
(45)【発行日】2022-08-15
(54)【発明の名称】ヒドロキシ酸の製造方法。
(51)【国際特許分類】
C07C 51/285 20060101AFI20220805BHJP
C07C 51/31 20060101ALI20220805BHJP
C07C 59/01 20060101ALI20220805BHJP
B01J 29/70 20060101ALI20220805BHJP
C07B 61/00 20060101ALN20220805BHJP
【FI】
C07C51/285
C07C51/31
C07C59/01
B01J29/70 Z
C07B61/00 300
(21)【出願番号】P 2018193205
(22)【出願日】2018-10-12
【審査請求日】2021-04-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000000033
【氏名又は名称】旭化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】辻 祐樹
(72)【発明者】
【氏名】浦山 鉄平
(72)【発明者】
【氏名】宮崎 隆介
【審査官】前田 憲彦
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第103373978(CN,A)
【文献】米国特許第04870192(US,A)
【文献】中国特許出願公開第102452894(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第102452872(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 51/00
C07C 59/00
B01J 29/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ゼオライト触媒及び触媒量の有機酸存在下、水を溶媒として過酸化水素と環状ケトンとを反応させる工程を含
み、
前記有機酸が酢酸であり、
前記有機酸の量が前記環状ケトンに対してモル基準で0.01当量以上0.5当量以下であり、
前記ゼオライト触媒が大孔径ゼオライトを含有する触媒であり、前記大孔径ゼオライトがbetaゼオライトであり、
前記環状ケトンがシクロヘキサノンである、
ヒドロキシ酸の製造方法。
【請求項2】
前記反応の生成物がラクトンを含む、請求項1に記載のヒドロキシ酸の製造方法。
【請求項3】
前記溶媒の量が前記環状ケトンに対してモル基準で60当量以下である、請求項1
又は2に記載のヒドロキシ酸の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はヒドロキシ酸の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒドロキシ酸は医薬品、樹脂原料、繊維原料、有機合成中間体として有用な化合物であり、ケトンの過酸化反応により合成されるラクトンの加水分解により製造される。この時、ケトンからラクトンを製造する方法としてBaeyer-Villiger反応(以下「BV反応」と記す)が知られている(例えば、非特許文献1)。
【0003】
一般的に、BV反応には酸化剤として有機過酸、例えば、過ギ酸、過酢酸、過安息香酸が使用される。例えば、特許文献1では過酢酸溶液とカルボニル化合物とを反応させ対応したラクトンを製造する方法が示され、さらに実施例ではシクロヘキサノンを原料としたカプロラクトンの合成法が開示されている。また、非特許文献1では過ギ酸をカルボニル化合物と直接反応させ、対応するラクトンを製造する方法が示されている。
【0004】
特許文献1及び非特許文献1に示されるように、BV反応で従来より酸化剤として使用される有機過酸は温度、衝撃に敏感で濃縮状態では爆発の危険があるため、工業スケールでの使用は好ましくない。さらに、反応後に、量論量の有機酸が副生するため、反応器を侵しやすく、分離にも困難を伴う。一方、過酸化水素を酸化剤として用いるBV反応は、副生物が酸化物由来の水のみであり、環境調和性が高く、工業的に好ましい。過酸化水素を用いた過酸化反応によりラクトンやヒドロキシ酸を製造する方法は、例えば、特許文献3及び4に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2004-143047号公報
【文献】特開2008-94768号公報
【文献】特開2013-209305号公報
【文献】中国特許出願公開第103373914号明細書
【非特許文献】
【0006】
【文献】Green Chem., 2013,15,3332-3336
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献3ではSn含有触媒存在下、アセトニトリル、酢酸等を溶媒とし、過酸化水素とカルボニル化合物とを反応させ、対応するラクトン及びヒドロキシ酸を製造する方法が示され、さらに実施例ではシクロヘキサノンを原料としたカプロラクトン及び、その加水分解生成物であるヒドロキシカプロン酸の合成法が開示されている。特許文献4ではSnを含む脱Al-betaゼオライト触媒存在下、水、有機酸、エタノールを溶媒として過酸化水素とカルボニル化合物とを反応させ、対応するヒドロキシ酸を製造する方法が示されている。実施例では、有機溶媒存在下においてヒドロキシカプロン酸が高収率で得られることを開示しているが、水を溶媒とした場合にはヒドロキシカプロン酸の収率は4.5%に留まる。
【0008】
これらの既報のようにBV反応は有機溶媒存在下で効率的に促進されるが、酸化条件では溶媒自身が反応することで、過酸化水素が消費されるだけでなく、予期せぬ化合物が副生するリスクをはらむ。特に、酢酸溶媒では酢酸と過酸化水素とが反応することで生成する過酸量を制御することが難しく、上述した過酸によるBV反応のように工業規模での応用は困難となる。また、有機溶媒ではなく、水を溶媒とした場合、収率よくヒドロキシ酸を得ることは困難である。
【0009】
そこで、本発明では、水を溶媒として使用した場合でも収率よくヒドロキシ酸を製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、本発明の課題を達成するために鋭意検討を行った結果、過酸化水素と環状ケトンとの反応において、ゼオライト触媒の存在下、反応系中に触媒量の有機酸を添加すると水を溶媒とした場合でも過酸化反応が促進されることを見出した。さらに、当該触媒系を用いて環状ケトンの過酸化反応を行い、収率よくヒドロキシ酸を得られるという知見に基づいて本発明をなすに至った。
【0011】
即ち、本発明は以下の通りである。
[1]ゼオライト触媒及び触媒量の有機酸存在下、水を溶媒として過酸化水素と環状ケトンとを反応させる工程を含む、ヒドロキシ酸の製造方法。
[2]前記反応の生成物がラクトンを含む、[1]に記載のヒドロキシ酸の製造方法。
[3]前記有機酸がカルボン酸である、[1]又は[2]に記載のヒドロキシ酸の製造方法。
[4]前記有機酸が酢酸である、[1]~[3]のいずれかに記載のヒドロキシ酸の製造方法。
[5]前記有機酸の量が前記環状ケトンに対してモル基準で0.01当量以上0.5当量以下である、[1]~[4]のいずれかに記載のヒドロキシ酸の製造方法。
[6]前記溶媒の量が前記環状ケトンに対してモル基準で60当量以下である、[1]~[5]のいずれかに記載のヒドロキシ酸の製造方法。
[7]前記ゼオライト触媒が大孔径ゼオライトを含有する触媒である、[1]~[6]のいずれかに記載のヒドロキシ酸の製造方法。
[8]前記大孔径ゼオライトがbetaゼオライトである、[7]に記載のヒドロキシ酸の製造方法。
[9]前記環状ケトンがシクロヘキサノンである、[1]~[8]のいずれかに記載のヒドロキシ酸の製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明の製造方法によれば、過酸化水素を酸化剤、水を溶媒とした環境調和な反応系により、収率よくヒドロキシ酸を製造することができる。また、過酸の最大生成量を初期添加する有機酸の量で制御することにより、安全かつ高い収率で目的物を得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」という。)について詳細に説明する。本発明は以下の実施形態に限定されるものではなく、その要旨の範囲内で種々変形して実施することができる。
【0014】
本実施形態のヒドロキシ酸の製造方法は、ゼオライト触媒及び触媒量の有機酸存在下、水を溶媒として過酸化水素と環状ケトンとを反応させる工程を含む。
【0015】
[1]触媒
本実施形態のヒドロキシ酸の製造方法においては、ゼオライト触媒を用いる。ゼオライト触媒は、BV反応において反応液に溶解しない不均一系触媒として機能する。本実施形態において、ゼオライトとは、結晶性多孔質アルミノケイ酸塩、又はメタロケイ酸塩のことであり、それらと同様又は類似の構造を有するリン酸塩系多孔質結晶も含まれる。ゼオライトは、大孔径ゼオライトが好ましく、触媒活性の点からbetaゼオライトがさらに好ましい。ここで、大孔径ゼオライトとは、12員環以上の細孔を有するゼオライトである。
【0016】
ゼオライト触媒の使用量としては、反応速度と反応後の触媒分離との点から、例えば、環状ケトン1グラムに対して、好ましくは0.01グラム~1.0グラム、より好ましくは0.05グラム~0.8グラム、さらに好ましくは0.1グラム~0.5グラムである。
【0017】
[2]有機酸
本実施形態のヒドロキシ酸の製造方法においては、有機酸を用いる。有機酸とは炭化水素骨格中にプロトンを解離することができる能力を持つ置換基を有する化合物であり、特に限定しないが、無機酸に比べて反応器を侵しにくい下記式(1)に示すカルボン酸が好ましく、その中でも酢酸が好適である。
【化1】
(式(1)中、R
1はH、又は炭素数20以下の炭化水素基を示す。)
【0018】
本実施形態のヒドロキシ酸の製造方法においては、有機酸は触媒量のみ添加する。触媒量とは、収率と反応後の生成物単離との点から、環状ケトンに対して、モル基準で、例えば0.01当量以上0.5当量以下であることが好ましく、0.01当量以上0.4当量以下であることがより好ましく、0.01当量以上0.1当量以下であることがさらに好ましく、0.01当量以上0.05当量以下であることが特に好ましい。有機酸を触媒量で用いると、当量生成する有機過酸の量を制御でき、反応が暴走することを抑制でき安全性が向上する。
【0019】
[3]原料
本実施形態のヒドロキシ酸の製造方法においては、環状ケトンを原料として使用する。環状ケトンとしては、特に限定されないが、例えば、下記式(2)に示す化合物が挙げられる。環状ケトンの具体例としては、特に限定されないが、例えば、シクロペンタノン、シクロヘキサノン、シクロへプタノン、シクロオクタノンが挙げられる。反応性の点から、環状ケトンはシクロヘキサノンが好ましい。
【化2】
(式(2)中、R
2、R
3は炭素数20以下の炭化水素基を示す。)
【0020】
本実施形態のヒドロキシ酸の製造方法において、過酸化反応に用いる過酸として、過酸化水素を使用することができる。過酸化水素の濃度は0質量%を超え100質量%以下の範囲で任意に使用することができる。
【0021】
[4]溶媒
本実施形態のヒドロキシ酸の製造方法において、前記工程は過酸化反応に対する反応性が低い水を溶媒として行う。前記工程における溶媒は、炭化水素系溶媒(例えば、トルエン、ベンゼン、キシレン、ペンタン、ヘキサン)、エーテル系溶媒(例えば、テトラヒドロフラン、ジオキサン)、アルコール系溶媒(例えば、エチレングリコール、エタノール、メタノール、t-ブタノール)、エステル系溶媒(例えば、ギ酸エチル、酢酸エチル)を含んでいてもよい。前記工程における溶媒の量は、環状ケトンに対しモル基準で60当量以下、好ましくは50当量以下、特に好ましくは40当量以下が好ましい。当該溶媒の量の下限は、特に限定されないが、例えば、環状ケトンに対してモル基準で0.1当量以上である。
【0022】
[5]反応条件
前記工程において、反応温度としては、好ましくは30℃~250℃、より好ましくは30℃~180℃、さらに好ましくは60℃~100℃程度である。
上記反応は、例えば、回分式、半回分式、連続式等の慣用の方法により行うことができる。
【0023】
[6]反応生成物
前記工程において、反応の生成物は、ラクトンを含んでいてもよい。
反応の生成物としては、例えば、下記一般式(3)に示されるヒドロキシ酸、下記一般式(4)に示されるラクトンが挙げられる。反応の生成物は、例えば、濃縮、蒸留、抽出、晶析、再結晶等の分離手段や、これらを組み合わせた分離手段により分離精製できる。
【化3】
(式(3)中、R
4は炭素数20以下の炭化水素基を示す。)
【化4】
(式(4)中、R
5は炭素数20以下の炭化水素基を示す。)
【実施例】
【0024】
以下に実施例を示して、本発明をより詳細に説明するが、本発明は以下に記載の実施例によって制限されるものではない。
【0025】
[実施例1]
ガラス製容器にスターラーチップ、シクロヘキサノン0.982g(10mmol)に、ベータ(beta)ゼオライト0.1g、30質量%過酸化水素1.36g(12mmol)、酢酸0.006g(0.1mmol)、水6gを加え、70℃にて1時間攪拌した。その後、反応液を室温まで冷却し、不溶物をろ過にて取り除いた。次いで、得られたろ液にアセトニトリルとt-ブチルアルコールとを加え、液相を一相にした後に高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて分析したところ、6-ヒドロキシカプロン酸の収率は85.4%、カプロラクトンの収率は8.3%であった。反応中に生成し得る過酸の最大量は加えた酢酸の量に依存し、本実施例では0.71質量%以下であった。これは過酢酸が伝爆性を示す下限濃度である21質量%を大きく下回る。また、反応時に爆発、急激な発熱等の危険な現象は観測されなかった。尚、6-ヒドロキシカプロン酸、カプロラクトンの収率は液体クロマトグラフィーを使用して内部標準法で測定した。分析条件を以下に示す。
(分析条件)
装置:島津LC-20AD
カラム:ODS-80Ts
条件:
・溶離液:アセトニトリル/0.01Mリン酸水溶液=20/80(v/v)
・検出器:UV (使用波長:190nm)
・カラム温度:40℃
・流量:1mL/分
内標:t-ブチルアルコール
【0026】
[実施例2]
酢酸の量をシクロヘキサノンに対してモル基準で0.4当量にしたこと以外は実施例1と同条件で実験を行った結果、6-ヒドロキシカプロン酸の収率は80.2%、カプロラクトンの収率は6.3%であった。反応中に生成し得る過酸の最大量は加えた酢酸の量に依存し、本実施例では2.8質量%以下であった。これは過酢酸が伝爆性を示す下限濃度である21質量%を大きく下回る。また、反応時に爆発、急激な発熱等の危険な現象は観測されなかった。
【0027】
[比較例1]
酢酸を添加しなかったこと以外は実施例1と同条件で実験を行った結果、6-ヒドロキシカプロン酸の収率は69.4%、カプロラクトンの収率は8.0%であった。
【0028】
[比較例2]
ベータ(beta)ゼオライトを添加しなかったこと以外は実施例1と同条件で実験を行った結果、6-ヒドロキシカプロン酸の収率は7.8%、カプロラクトンの収率は0.0%であった。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明は、環状ケトンの過酸化反応により、ヒドロキシ酸及びラクトンを製造する方法として好適である。