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特許7118015ステンレス鋼材のスラグスポット発生量の予測評価方法
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  • 特許-ステンレス鋼材のスラグスポット発生量の予測評価方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-04
(45)【発行日】2022-08-15
(54)【発明の名称】ステンレス鋼材のスラグスポット発生量の予測評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/2028 20190101AFI20220805BHJP
   C22C 38/00 20060101ALI20220805BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20220805BHJP
   G01N 23/223 20060101ALI20220805BHJP
【FI】
G01N33/2028
C22C38/00 302Z
C22C38/58
G01N23/223
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2019004824
(22)【出願日】2019-01-16
(65)【公開番号】P2020112498
(43)【公開日】2020-07-27
【審査請求日】2021-09-21
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】森田 一成
(72)【発明者】
【氏名】江原 靖弘
【審査官】白形 優依
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-202973(JP,A)
【文献】特開2012-036444(JP,A)
【文献】特許第4901590(JP,B2)
【文献】特開2008-304368(JP,A)
【文献】特開2005-274408(JP,A)
【文献】特開昭62-203650(JP,A)
【文献】特開平9-072868(JP,A)
【文献】ANTTILA, S. et al.,Slag island characteristics and weld penetration in very low sulphur 18% Cr stabilized ferritic stainless steel,Welding in the World,2016年,Vol.60,pp.485-496
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/00 - 33/46
G01N 23/00 - 23/2276
C22C 38/00
C22C 38/58
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.080%以下、Si:1.00%以下、Mn:2.00%以下、Ni:6.00~15.00%、Cr:16.00~25.00%、Cu:0.50%以下、N:0.100%以下、Ca:0.0100%以下を含有し、Mo:0~3.00%、Al:0~0.020%、Nb:0~0.050%であり、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成のステンレス鋼材から採取した質量10~100gの試料をプラズマアークにより溶融させたのち凝固させて、ボタン型サンプルを得るステップ、
前記ボタン型サンプルの表面に、当該サンプル頂部を含み、厚さ方向に見た投影面積が25~250mm2である測定領域を定め、その測定領域について微小部蛍光X線装置により1000点/mm2以上の測定密度でCaの蛍光X線強度(cps)を測定するステップ、
各測定点における前記Caの蛍光X線強度(cps)を、下記(1)式により定まるCa相対濃度値RCAに変換するステップ、
全測定点の前記RCAについての相加平均値を求め、その相加平均値をスラグスポット発生指標XSとするステップ、
前記XSの数値によって、溶接時に生じるスラグスポット発生量を予測するステップ、
を有する、スラグスポット発生量の予測評価方法。
CA=K×I …(1)
ここで、
K:定数、
I:ある測定点におけるCaの蛍光X線強度(cps)、
である。
【請求項2】
質量%で、C:0.080%以下、Si:1.00%以下、Mn:2.00%以下、Ni:6.00~15.00%、Cr:16.00~25.00%、Cu:0.50%以下、N:0.100%以下、Ca:0.0100%以下を含有し、Mo:0~3.00%、Al:0~0.020%、Nb:0~0.050%であり、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成の複数のステンレス鋼材を比較対象として、スラグスポットの発生し易さを予測するに際し、
比較対象である各鋼材から採取した質量10~100gの試料をそれぞれプラズマアークにより溶融させたのち凝固させて、ボタン型サンプルを得るステップ、
前記ボタン型サンプルの表面に、当該サンプル頂部を含み、厚さ方向に見た投影面積が25~250mm2である測定領域を定め、その測定領域について微小部蛍光X線装置により1000点/mm2以上の測定密度でCaの蛍光X線強度(cps)を測定するステップ、
各ボタン型サンプル毎に、各測定点における前記Caの蛍光X線強度(cps)を、下記(2)式を満たす定数Kを用いて、下記(1)式によりCa相対濃度値RCAに変換するステップ、
各ボタン型サンプル毎に、ピクセルの光量を0~255の256段階で表示できる画像処理ソフトウェアを用いて、測定領域内の前記Ca相対濃度値RCAをその測定点に対応するピクセルの光量とするマッピング画像を作成し、当該マッピング画像の光量の平均値をスラグスポット発生指標XSと定めるステップ、
各ボタン型サンプルの前記XSの数値を比較するステップ、
を有する、スラグスポット発生量の予測評価方法。
CA=K×I …(1)
85≦K×IMAX≦255 …(2)
ここで、
K:定数、
I:ある測定点におけるCaの蛍光X線強度(cps)、
MAX:比較対象とする鋼材について同一条件にて前記Caの蛍光X線強度(cps)を測定したときの測定値の最大値(cps)、
である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
ステンレス鋼材のアーク溶接ビードには、溶接欠陥の一種である「スラグスポット」あるいは「ブラックスポット」と呼ばれる欠陥が発生することがある。本発明は、ステンレス鋼材から採取した少量のサンプルを用いた試験により、その鋼材を実際にアーク溶接に供したときのスラグスポットの発生程度を予測する技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼材を母材に用いてアーク溶接を行うと、溶接ビード上に酸化物の凝集体が点在した「スラグスポット」と呼ばれる欠陥が生じることがある。図1に、非特許文献1に掲載されているスラグスポットが生じた溶接ビードの外観写真を引用して例示する。非特許文献の記載によれば、スラグスポットは、溶接ビード上に数mmから数cm間隔で島状あるいは点状に残留浮上する微小なスラグであるとされる。アーク溶接時に溶融池に侵入した空気中の酸素が、鋼材中の微量成分であるAl、Ca、Ti等の活性元素と反応してスラグスポットとして残留すると考えられ、特に、溶融池の十分なガスシールドが難しい高速度TIG溶接でスラグスポットの発生が顕著になる傾向があるという。
【0003】
溶接ビードにスラグスポットが多発すると、例えば以下のような問題がある。
(i)溶接ビード部の美観を損ねる。(ii)除去のためにビード表面研磨などの煩雑な手入れが必要となる場合がある。(iii)溶接鋼管の製造では、鋼管内面の溶接ビードを圧下してビートの高さを低くしてから内面研磨を施す用途もある。スラグスポットは裏ビード側にも生じることがあり、その場合には、鋼管内面のビード部を圧下した際にスラグスポットが押し込まれてビードの金属面に凹みが形成され、後の研磨工程で研磨残り(未研磨部)が生じる。(iv)スラグスポットを構成する異物とビードの金属表面の間で隙間腐食が生じる場合がある。(v)溶接鋼管の場合、内面ビード上に生成したスラグスポットが鋼管使用中に脱落し、中を流れる流体への異物混入の原因となり得る。(vi)アーク溶接時にスラグスポットの原因となる異物が溶融池内に凝集してくると、アークが不安定となり、ビード形状が乱れやすい。
したがって、スラグスポットの発生抑制が重要視される用途においては、アーク溶接母材に適用する鋼材として、スラグスポットが発生しにくいものを選定する必要がある。
【0004】
特許文献1、2には、易酸化性元素であるAl、Ti、Si、Caの含有量を最適化した鋼組成に調整することによってスラグスポット(ブラックスポット)の生成を低減したフェライト系ステンレス鋼が開示されている。しかし、発明者らの調査によれば、実際にアーク溶接に供した場合におけるスラグスポットの発生し易さを、鋼組成(分析値)から見極めることは困難である。
【0005】
あるステンレス鋼材について、スラグスポットが生じ易いかどうかを知るためには、実際にその鋼材を母材に用いてアーク溶接試験を行い、ビード部に生じたスラグスポットの大きさや数を定量的に調べることが最も確実である。しかし、そのようなアーク溶接試験での定量評価を鋼材のロット毎に実施することは、多大な時間と労力を要し、スラグスポットが発生しにくい鋼材を迅速に選定する手法としては現実的でない。
【0006】
特許文献3には、プラズマアーク溶解によってボタン型サンプルを作製し、その表面に浮上・集積した非金属介在物の面積率によって、ステンレス鋼の品質に悪影響を及ぼす一定以上の大きさの介在物を迅速に検出し、ステンレス鋼の品質評価を簡単に行う方法が開示されている。プラズマアーク溶解させると、鋼材中に存在していた非金属介在物のうち、品質に影響するような粒径の大きい介在物のみを選択的に浮上させることができるという(段落0021)。ボタン型サンプル表面に浮上・集積している介在物は「実体顕微鏡」で観察することができるとされる。また、介在物の組成はSEMを用いてEDS(エネルギー分散型X線分光分析)によって行われている(段落0035)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2010-202973号公報
【文献】特開2012-36444号公報
【文献】特許第4901590号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】ステンレス協会編「ステンレス鋼便覧第3版」、日刊工業新聞社、1995年、p.1030-1031
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
特許文献3に示されるアーク溶解法は、鋼材をアークで溶融させたのち急速に凝固させている点で、実際のアーク溶接と共通する。そのため、特許文献3の手法で得られたボタン型サンプルの表面に浮上している介在物の量は、スラグスポットの発生し易さを直接評価する指標として利用できるのではないかとも考えられた。ところが発明者らの検討によれば、上記ボタン型サンプルにおける浮上介在物量(例えば面積率)から、スラグスポットの発生し易さを安定して精度良く推定することは難しいことがわかった。その理由として、実際のアーク溶接においては、実体顕微鏡で把握できない程度の微細な高融点介在物が存在する場合でも、何らか要因によって溶接ビード中で浮上して凝集することがあり、それがスラグスポットの発生要因となりうることが考えられる。すなわち、特許文献3の手法で得られたボタン型サンプルを実体顕微鏡で観察したときに把握できないような、比較的微小サイズの高融点介在物が存在している場合にも、それらがスラグスポットの原因となりうるものと推察される。また、実体顕微鏡での観察や、SEM-EDSによる分析は時間と手間が掛かるという欠点がある。
【0010】
本発明は、溶接構造部材に多用されている汎用的なオーステナイト系ステンレス鋼材について、アーク溶接母材として使用したとときにスラグスポットがどの程度発生し易い材料であるかを精度良く迅速に予測評価することのできる技術を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者らは詳細な研究の結果、プラズマアーク溶融により形成させたボタン型サンプルの頂部を含む領域に浮上・濃化しているCaの濃度を蛍光X線装置で測定する手法によって、異なる製造ロットの鋼材間でのスラグスポットの生成し易さを簡便かつ精度良く判定することができることを知見した。本明細書では、以下の発明を開示する。
【0012】
上記目的は、質量%で、C:0.080%以下、Si:1.00%以下、Mn:2.00%以下、Ni:6.00~15.00%、Cr:16.00~25.00%、Cu:0.50%以下、N:0.100%以下、Ca:0.0100%以下を含有し、Mo:0~3.00%、Al:0~0.020%、Nb:0~0.050%であり、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成のステンレス鋼材から採取した質量10~100gの試料をプラズマアークにより溶融させたのち凝固させて、ボタン型サンプルを得るステップ、
前記ボタン型サンプルの表面に、当該サンプル頂部を含み、厚さ方向に見た投影面積が25~250mm2である測定領域を定め、その測定領域について微小部蛍光X線装置により1000点/mm2以上の測定密度でCaの蛍光X線強度(cps)を測定するステップ、
各測定点における前記Caの蛍光X線強度(cps)を、下記(1)式により定まるCa相対濃度値RCAに変換するステップ、
全測定点の前記RCAについての相加平均値を求め、その相加平均値をスラグスポット発生指標XSとするステップ、
前記XSの数値によって、溶接時に生じるスラグスポット発生量を予測するステップ、
を有する、スラグスポット発生量の予測評価方法によって達成される。
CA=K×I …(1)
ここで、
K:定数、
I:ある測定点におけるCaの蛍光X線強度(cps)、
である。
【0013】
また、一般的な画像処理ソフトウェアを利用して鋼材間でのスラグスポットの発生し易さを比較する手法として、
上記組成の複数のステンレス鋼材を比較対象として、スラグスポットの発生し易さを予測するに際し、
比較対象である各鋼材から採取した質量10~100gの試料をそれぞれプラズマアークにより溶融させたのち凝固させて、ボタン型サンプルを得るステップ、
前記ボタン型サンプルの表面に、当該サンプル頂部を含み、厚さ方向に見た投影面積が25~250mm2である測定領域を定め、その測定領域について微小部蛍光X線装置により1000点/mm2以上の測定密度でCaの蛍光X線強度(cps)を測定するステップ、
各ボタン型サンプル毎に、各測定点における前記Caの蛍光X線強度(cps)を、下記(2)式を満たす定数Kを用いて、下記(1)式によりCa相対濃度値RCAに変換するステップ、
各ボタン型サンプル毎に、ピクセルの光量を0~255の256段階で表示できる画像処理ソフトウェアを用いて、測定領域内の前記Ca相対濃度値RCAをその測定点に対応するピクセルの光量とするマッピング画像を作成し、当該マッピング画像の光量の平均値をスラグスポット発生指標XSと定めるステップ、
各ボタン型サンプルの前記XSの数値を比較するステップ、
を有する、スラグスポット発生量の予測評価方法が提供される。
CA=K×I …(1)
85≦K×IMAX≦255 …(2)
ここで、
K:定数、
I:ある測定点におけるCaの蛍光X線強度(cps)、
MAX:比較対象とする鋼材について同一条件にて前記Caの蛍光X線強度(cps)を測定したときの測定値の最大値(cps)、
である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、アーク溶接母材として多用されているオーステナイト系ステンレス鋼材について、少量のサンプルを採取して迅速にスラグスポットが発生しやすい材料であるかどうかを判定することが可能となった。したがって、特にスラグスポットの発生が問題となりやすい用途での材料選定の便宜に資するものである。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】非特許文献1に掲載されているスラグスポットが生じた溶接ビードの外観写真の引用。
図2】実施例のNo.11について、Caの蛍光X線強度(cps)の測定データを反映したオリジナルマッピング画像を例示した図。
図3】実施例において、画像処理ソフトウェアによりオリジナルマッピング画像をノルマライズ化マッピング画像に変換する際に使用したトーンカーブの調整画面を例示した図。
図4】実施例のNo.9について、Caの蛍光X線強度(cps)の測定データを反映したオリジナルマッピング画像を例示した図。
図5】実施例のNo.10について、Caの蛍光X線強度(cps)の測定データを反映したオリジナルマッピング画像を例示した図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
〔対象鋼の成分組成〕
本発明では、質量%で、C:0.080%以下、Si:1.00%以下、Mn:2.00%以下、Ni:6.00~15.00%、Cr:16.00~25.00%、Cu:0.50%以下、N:0.100%以下、Ca:0.0100%以下を含有し、Mo:0~3.00%、Al:0~0.020%、Nb:0~0.050%であり、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成のステンレス鋼を対象とする。
【0017】
C、Si、Mn、Cu、N、Caは本発明対象鋼に含有される元素であり、上記の上限範囲内の含有量において本発明の効果を享受できる。これらの元素の含有量は用途に応じて調整される。調整範囲を例示すると以下の通りである。Cは0.003~0.080%の範囲が好ましく0.005~0.030%の範囲に管理してもよい。Siは0.10~1.00%の範囲が好ましく0.20~0.80%の範囲に管理してもよい。Mnは0.50~2.00%の範囲が好ましく1.20~2.00%の範囲に管理してもよい。Cuは0.05~0.50%の範囲が好ましく0.10~0.40%の範囲に管理してもよい。Nは0.001~0.050%の範囲が好ましく0.005~0.03%の範囲に管理してもよい。Caについては、鋼中含有量が例えば0.0001%未満といった非常に微量な含有量であっても、ボタン型サンプルの頂部に浮上濃縮したCaの濃度分布は微小部蛍光X線分析において把握することができる。鋼中のCa含有量は、0.0001%未満の微量含有量(例えば0.00001%)から0.01%以下の範囲に調整されていればよく、上限は0.0030%以下の範囲に管理してもよい。
【0018】
Niは6.00~15.00%の範囲で調整することができ、11.00~13.50%の範囲に管理してもよい。Crは16.00~25.00%の範囲で調整することができ、16.00~19.00%の範囲に管理してもよい。Moは3.00%以下の範囲で必要に応じて添加される任意元素であり、2.50%以下の範囲に管理してもよい。Alは0.020%以下の範囲で必要に応じて添加される任意元素であり、0.010%以下の範囲に管理してもよい。Nbは0.050%以下の範囲で必要に応じて添加される任意元素であり、0.035%以下の範囲に管理してもよい。
【0019】
〔ボタン型サンプルの作製〕
評価対象であるステンレス鋼材から切り出した質量10~100gの試料を水冷銅盤などの導電材の上に置き、Arなどの不活性ガス雰囲気下において電極と試料の間にプラズマアーク放電を生じさる。アークの熱により試料の全量が溶融した後、アーク放電を停止し、前記の導電材の上でそのまま凝固させる。このとき、融体の表面張力によって丸みをおびた形状の凝固体が得られる。本明細書では、この凝固体をボタン型サンプルと呼んでいる。ボタン型サンプルの表面において、凝固時に鉛直方向で最も上部にあった位置を「頂部」という。ボタン型サンプルの「厚さ方向」は凝固時の鉛直方向に相当する。
【0020】
〔Caの蛍光X線強度の測定〕
前記ボタン型サンプルの表面に、当該サンプル頂部を含み、厚さ方向に見た投影面積が25~250mm2である測定領域を定め、その測定領域について微小部蛍光X線装置により1000点/mm2以上の測定密度でCaの蛍光X線強度(cps)を測定する。測定領域の投影面積を上記範囲内に設定することによって、スラグスポットの発生要因となる浮上しやすい微細な高融点介在物の鋼中存在量を精度良く把握することができる。また、蛍光X線強度(cps)の測定密度を1000点/mm2以上とすることによって、微小サイズの介在物を精度良く検出することができる。
【0021】
測定領域の厚さ方向に見た形状は、正方形または円であることが最も好ましい。測定装置の都合などにより長方形または楕円の測定領域としても構わないが、その場合は、長辺/短辺のアスペクト比が2以下の長方形または長軸径/短軸径のアスペクト比が2以下の楕円とすることが望ましい。測定領域のできるだけ中央に頂部が位置するように、測定領域の場所を定めることが望ましい。測定領域の面積は、ボタン型サンプルのサイズに応じて、サンプル表面のカーブが検出器への蛍光X線進路の障害とならない範囲で設定する。比較対象である鋼材間では、サンプルの質量をできるだけ同じにして同等サイズのボタン型サンプルを作製し、測定領域の面積を共通とし、かつ測定条件を共通とすることが望ましい。これらの条件が大きく異なると比較精度が低下する。
【0022】
〔Ca相対濃度値RCA
比較対象である鋼材間において微小な介在物の凝集浮上の起こりやすさを比較するためには、ボタン型サンプルの頂部付近について測定されたCaの蛍光X線強度(cps)を反映した2次元マッピング画像を作成し、画像処理ソフトウェアによって領域内の光量の平均値を算出する手法が簡便であり、迅速性も高い。その際、比較するボタン型サンプルの測定データのうち、蛍光X線強度(cps)の値が最大である測定点に対応するピクセルの光量が飽和限界を超えないように(すなわち、いわゆる「白飛び」が生じないように)マッピング画像を作成することが重要である。そこで、本発明では下記(1)式により定まるCa相対濃度値RCAを導入する。
CA=K×I …(1)
ここで、
K:定数、
I:ある測定点におけるCaの蛍光X線強度(cps)、
である。
【0023】
ピクセルの光量を0~255の256段階で表示できる一般的な画像処理ソフトウェアを使用してマッピング画像を作成する場合には、上記のCa相対濃度値RCAが直接ピクセルの光量に相当する値(0~255の値)となるように、前記Caの蛍光X線強度(cps)をCa相対濃度値RCAに変換すれば良い。ただし、比較対象である鋼材間で、その変換条件を統一する必要がある。Ca相対濃度値RCAへの変換に際しては、上述のように、蛍光X線強度(cps)の値が最大である測定点に対応するピクセルの光量を飽和限界以内に収める必要がある。具体的には、上記(1)式により定まるRCAが255を超えることがないように定数Kを設定する必要がある。そのための手法として、下記(2)式を満たす定数Kを用いて、前記(1)式によりCa相対濃度値RCAを求める。
85≦K×IMAX≦255 …(2)
ここで、
K:定数、
MAX:比較対象とする鋼材について同一条件にて前記Caの蛍光X線強度(cps)を測定したときの測定値の最大値(cps)、
である。
【0024】
例えば、比較対象である鋼材の全てのボタン型サンプルについて、ある特定の同じ条件によりCaの蛍光X線強度(cps)を測定したとき、それら全てのボタン型サンプルの測定点のうち最も高いCaの蛍光X線強度の測定値がIMAX(cps)であったとする。この場合、K×IMAXの値が255以下となる範囲で定数Kを設定すれば、上記(1)式により求まる各測定点のRCAは必ず255以下となる。したがって、そのRCA値に対応する光量で各ボタン型サンプルについてのマッピング画像を作成することによって、白飛びしたピクセルのない(すなわち情報の欠落がない)マッピング画像同士での比較が可能となる。
【0025】
K×IMAXの値が255に近いほど、光量のダイナミックレンジが拡がり、鋼材間の差異をより詳細に把握する上で有利となる。しかし、実際には、将来的に測定されるであろう同様鋼種の鋼材についても、各測定点のRCAが255以下に収まる確実性を重視して、定数Kを設定しておくことが望ましい。その共通の定数Kを利用すれば、新たに製造された鋼材の測定データを、過去の多くの測定データと共通の基準で対比することができ、スラグスポットの発生し易さを迅速に予測評価することが可能になるからである。種々検討の結果、K×IMAXの値が255の1/3に相当する85以上となるようにノルマライズすれば、スラグスポットの発生し易さを予測するために鋼材間の比較に関し、十分な精度が確保されることがわかった。したがって、上記(2)式ではK×IMAXの下限を85に設定している。
【0026】
〔スラグスポット発生指標XS
発明者らの詳細な検討によれば、ボタン型サンプルの頂部を含む測定領域に対応する上述のマッピング画像を利用して、アーク溶接に供した場合のスラグスポットの生じ易さを精度良く比較することができる。具体的には、前記マッピング画像を構成する全ピクセルの光量の平均値をXSとするとき、XS値が小さいほどスラグスポットが発生し難い鋼材であると評価することができる。本明細書では、このXS値を「スラグスポット発生指標」と呼んでいる。鋼中のCa含有量そのものは、スラグスポットの発生し易さを精度良く判定するための指標とはならない。鋼中のCa含有量が比較的高い鋼材であっても、スラグスポット発生指標XS値が低い鋼材は、実際のアーク溶接試験においてスラグスポットが発生し難い。
【実施例
【0027】
表1に示すステンレス鋼を溶製し、連続鋳造スラブを得た。表1中のNo.1~3の各例およびNo.10、11の各例は、それぞれ同一溶製チャージに由来する連続鋳造スラブを用いた例である。各連続鋳造スラブから、熱間圧延、冷間圧延を含む工程で板厚0.5~1.5mmの冷延焼鈍鋼板を得た。なお、Caの鋼中含有量については各冷延焼鈍鋼板から直接採取した試料を分析して求めた。それ以外の元素の含有量はレードル分析値である。
【0028】
各冷延焼鈍鋼板から採取した板サンプルを約10mm×15mmサイズの小片に切断し、合計質量30g分の複数枚の小片からなる試料をアセトンにて超音波洗浄したのち、プラズマアーク溶解炉(大亜真空株式会社製;ACM-S011)の銅ハースにセットした。銅ハースの寸法は直径24mm、厚さ13mmである。プラズマアーク溶解炉のチャンバー内を20分間真空引きしたのち、電極と試料の間に150~200Aの電流でアークを生じさせて試料を溶解させ、1つの金属塊とした。その後、最終的に300Aの電流で20秒間アーク放電による溶融状態を維持したのち、アークを止め、そのまま炉内で凝固させてボタン型サンプルを作製した。サンプル表面の酸化を防止するため、凝固後に炉内にArを導入して冷却した。冷却後、チャンバーを開放してボタン型サンプルを取り出した。
【0029】
得られたボタン型サンプルについて、頂部位置を中央に有し、サンプルの厚さ方向に見た投影面積が10mm×10mmである測定領域を微小部蛍光X線分析装置(HORIBA製;XGT-5000WR)で分析し、Caの蛍光X線強度(cps)を測定した。X線管球のターゲットはRhであり、50kV、1mA、X線ビーム径10μm、測定領域10mm×10mmの1回あたりの測定時間を3000秒として、合計3回の測定を行い、3回の蛍光X線強度の積算値を当該ボタン型サンプルについてのCaの蛍光X線強度(cps)として採用した。蛍光X線強度の測定密度は1165点/mm2であり、本発明の規定(1000点/mm2以上)を満たしている。
【0030】
上記測定領域におけるCaの蛍光X線強度(cps)の測定データを反映した2次元マッピング画像を生成させた。ここでは、それぞれのボタン型サンプル毎に、測定領域内でのCaの蛍光X線強度の最大値(cps)が最大の光量(255)となるようにプログラムされているデータ変換処理手段を用いて、測定領域に対応するマッピング画像を得た。これを「オリジナルマッピング画像」と呼ぶ。図2に、後述表1のNo.11について得られたオリジナルマッピング画像を例示する。各ピクセルの光量(輝度)がCaの蛍光X線強度(cps)の大きさを表している。No.11の例では、測定領域内でのCaの蛍光X線強度の最大値(cps)は378cpsであった。したがって、378cpsに対応するピクセルが最大光量(255)で表示されている。前記のデータ変換処理手段を用いて得られたオリジナルマッピング画像の場合、各ボタン型サンプル毎にそれぞれのCaの蛍光X線強度の最大値(cps)が最大光量(255)で表示されるので、Caの存在量を対比するためには、同じ基準にノルマライズされたマッピング画像を用意する必要がある。そのノルマライズは上述(1)式によって行われる。
【0031】
表1に示す化学組成のステンレス鋼種の場合、上記の方法によって得られるCaの蛍光X線強度が800cpsを超えることは、まず無いであろうと見積もられた。この場合、下記(2)式のIMAXに800を代入した「K×800」の値が(2)式を満たす上限値255と等しくなるように定数Kを設定すれば、今後新たに同様鋼種の試料を比較対象に加えた場合であっても、まず間違いなく(2)式を満たす(すなわち同じ基準で比較が可能となる)ものと考えられる。
85≦K×IMAX≦255 …(2)
ここで、
K:定数、
MAX:比較対象とする鋼材について同一条件にて前記Caの蛍光X線強度(cps)を測定したときの測定値の最大値(cps)、
である。
そこで、K×800=255を満たすように定数Kを定めた。すなわち、K=0.31875とした。
【0032】
この定数Kを用いて、各ピクセルの光量が下記(1)式により算出される値となる2次元マッピング画像を得た。このマッピング画像を「ノルマライズ化マッピング画像」と呼ぶ。
CA=K×I …(1)
ここで、
K:定数、
I:ある測定点におけるCaの蛍光X線強度(cps)、
である。
【0033】
ノルマライズ化マッピング画像は、オリジナルマッピング画像を画像処理することによって得ることができる。その手法をNo.11を例に挙げて説明する。オリジナルマッピング画像(図2に相当する画像)を画像処理ソフトウェア(アドビ社製;フォトショップ(登録商標))に取り込んだ。オリジナルマッピング画像は単色(8ビットのグレースケール)であっても構わないが、ここで用いたオリジナルマッピング画像はカラー画像であり、各ピクセルの光量はRGB各色の合計光量として256段階となっている。No.11の例では、測定領域内でのCaの蛍光X線強度の最大値(cps)が378cpsであるので、オリジナルマッピング画像は378cpsに相当するピクセルの光量が255である。したがって、これをノルマライズ化マッピング画像(800cpsに相当する光量が255であるもの)に変換するためには、378cpsに相当するピクセルの光量が(378/800)×255≒120となるように各ピクセルの光量を調整すればよい。ここで使用した画像処理ソフトウェアでは、オリジナルマッピング画像を読み込み、トーンカーブの調整画面において、トーンカーブを直線に保ったまま出力側の最大光量を120に設定することによって、オリジナルマッピング画像をノルマライズ化マッピング画像に変換することができる。図3にトーンカーブの調整画面を例示する。出力の数値入力欄に120を入力するとノルマライズ化マッピング画像が得られる。この操作によって得られたノルマライズ化マッピング画像は、オリジナルマッピング画像の各ピクセルについて、(Caの蛍光X線強度(cps)/800)×255の処理を施したものである。このCaの蛍光X線強度(cps)は(1)式のIであり、255/800は定数Kであるから、この操作は、各ピクセルの光量を(1)式によってCa相対濃度値RCAに変換する処理に該当する。
【0034】
上記のようにして作成したノルマライズ化マッピング画像について、光量の平均値を求めた。具体的には、上記画像処理ソフトウェアにおいてノルマライズ化マッピング画像のヒストグラムを表示させ、そのヒストグラムに付随して表示される光量の「平均値」を読み取った。この平均値を「スラグスポット発生指標XS」と定めた。No.11の例ではスラグスポット発生指標XSは2.84と求まった。
【0035】
次に、ボタン型サンプルの作製に使用した板サンプルの採取元である各冷延焼鈍鋼板を素材に用いて、TIG溶接造管機にてライン速度1.6m/minの条件で溶接鋼管を製造した。管の外径は25~51mmの範囲にある。溶接に際し溶加材は添加していない。溶接造管直後のTIG溶接ビード部を直上からデジタルビデオカメラで撮影し、各鋼板とも溶接長さ200m分の収録画像からスラグスポットが生じた箇所の数を目視にてカウントした。結果を表1に示す。
【0036】
【表1】
【0037】
ボタン型サンプルを作製して求めたスラグスポット発生指標XSが1.50を超えて大きいオーステナイト系ステンレス鋼材ではスラグスポットの発生が顕著に増加している。したがって、例えば、上記のスラグスポット発生指標XSが1.50を超える鋼材を「スラグスポットが発生しやすい鋼材である」と判定して、それらを高品質の溶接ビード外観が要求されるTIG溶接用途からは外す(それ以外の用途へ向ける)といった、品質管理の合理化が可能となる。
【0038】
なお、No.10の例は、それより鋼中のCa含有量が低いNo.8、9と比べ、むしろスラグスポット発生指標XSが低くなっている。スラグスポット発生指標XSは鋼中のCa含有量の大小にのみに依存するわけではないことが判る。すなわちCa含有量が高くてもボタン型サンプルの頂部付近にCaが凝集濃化しにくい場合がある。一方、スラグスポット発生指標XSが小さいNo.10は、No.8、9よりも実際に発生するスラグスポットは少なくなっている。XSは、実際のスラグスポットの発生し易さと高い相関を有する指標である。参考のため、図4にNo.9のオリジナルマッピング画像を、図5にNo.10のオリジナルマッピング画像をそれぞれ示す。いずれも、測定領域の1辺が10mmに相当する。
図1
図2
図3
図4
図5