(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-04
(45)【発行日】2022-08-15
(54)【発明の名称】オピオイド薬の治療有効性を予測するためのmicroRNAバイオマーカー
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/6883 20180101AFI20220805BHJP
C12N 15/113 20100101ALI20220805BHJP
C12N 15/09 20060101ALI20220805BHJP
C12Q 1/6816 20180101ALI20220805BHJP
C12Q 1/6851 20180101ALI20220805BHJP
C12Q 1/686 20180101ALI20220805BHJP
A61K 31/485 20060101ALI20220805BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20220805BHJP
A61P 25/04 20060101ALI20220805BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20220805BHJP
【FI】
C12Q1/6883 Z
C12N15/113 Z
C12N15/09 Z
C12Q1/6816 Z
C12Q1/6851 Z
C12Q1/686 Z
A61K31/485
A61K45/00
A61P25/04
G01N33/53
(21)【出願番号】P 2019503104
(86)(22)【出願日】2018-03-01
(86)【国際出願番号】 JP2018007744
(87)【国際公開番号】W WO2018159750
(87)【国際公開日】2018-09-07
【審査請求日】2021-02-18
(31)【優先権主張番号】P 2017039339
(32)【優先日】2017-03-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】307010166
【氏名又は名称】第一三共株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【氏名又は名称】松任谷 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【氏名又は名称】森田 裕
(74)【代理人】
【識別番号】100162503
【氏名又は名称】今野 智介
(74)【代理人】
【識別番号】100144794
【氏名又は名称】大木 信人
(72)【発明者】
【氏名】清澤 直樹
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 賢司
(72)【発明者】
【氏名】石塚 一志
【審査官】吉門 沙央里
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/189345(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/127998(WO,A1)
【文献】佐々木雄啓、他, オキシコドン塩酸塩徐放錠からフェンタニル貼付剤へオピオイドローテーションする際の切り
【文献】HAGEN N.A., et al., Comparative clinical efficacy and safety of a novel controlled-release oxycodone
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00 -3/00
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象におけるオピオイドを含む鎮痛薬の治療有効性を予測する
ための方法であって、対象から得られたサンプル中のhsa-let-7f-5p、hsa-let-7a-5p、hsa-miR-423-3p、hsa-miR-26a-5p、hsa-miR-144-3p、hsa-miR-451a、hsa-miR-215、hsa-miR-363-3p、およびhsa-miR-16-5pからなる群から選択される少なくとも1つのmiRNAのレベルを測定することを含む、方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法であって、前記群から選択される、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、8つまたは9つのmiRNAのレベルを測定することを含む、方法。
【請求項3】
請求項1に記載の方法であって、以下組合せ番号1~36のいずれかのmiRNAの組合せに含まれるそれぞれのmiRNAのレベルを測定することを含む、方法。
【請求項4】
請求項1に記載の方法であって、表4に記載の3種類以上のmiRNAを含むmiRNAの組合せについてそれぞれのmiRNAのレベルを測定することを含む、方法。
【請求項5】
対象から得られた血液サンプル中の、前記miRNAレベルを測定する、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
オピオイドが、μ-オピオイド受容体アゴニストである、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
オピオイドが、ヒドロモルフォン若しくはオキシコドンまたはその医薬上許容可能な塩である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
対象から得られたサンプル中
の分子マーカーレベルを測定するための手段を含
み、前記分子マーカーは、hsa-let-7f-5p、hsa-let-7a-5p、hsa-miR-423-3p、hsa-miR-26a-5p、hsa-miR-144-3p、hsa-miR-451a、hsa-miR-215、hsa-miR-363-3p、およびhsa-miR-16-5pからなる群から選択される少なくとも1つのmiRNAを含む、対象におけるオピオイドを含む鎮痛薬の治療有効性を診断することに用いるためのキット。
【請求項9】
分子マーカーを測定する手段が、miRNA抽出キットを含む、
請求項8に記載のキット。
【請求項10】
分子マーカーを測定する手段が、miRNAを増幅するためのmiRNA特異的プライマーを含む、
請求項8または9に記載のキット。
【請求項11】
分子マーカーを測定する手段が、リアルタイムPCRのための、miRNA特異的プライマーによる増幅核酸断片に対するフォワードプライマー、リバースプライマーおよびプローブを含む、
請求項10に記載のキット。
【請求項12】
分子マーカーを測定する手段が、miRNA検出用のマイクロアレイまたは次世代シーケンサーを含む、
請求項8に記載のキット。
【請求項13】
オピオイドを有効成分として含む、
患者において疼痛を治療することに用いるための医薬組成物
であって、当該患者は、請求項1に記載の方法を実施することによってオピオイドを含む鎮痛薬が治療有効性を有すると予測された患者である、医薬組成物。
【請求項14】
オピオイドを有効成分として含む、患者において疼痛を治療することに用いるための医薬組成物であって、当該患者は、請求項2に記載の方法を実施することによってオピオイドを含む鎮痛薬が治療有効性を有すると予測された患者である、医薬組成物。
【請求項15】
オピオイドを有効成分として含む、患者において疼痛を治療することに用いるための医薬組成物であって、当該患者は、請求項3に記載の方法を実施することによってオピオイドを含む鎮痛薬が治療有効性を有すると予測された患者である、医薬組成物。
【請求項16】
オピオイドを有効成分として含む、患者において疼痛を治療することに用いるための医薬組成物であって、当該患者は、請求項4に記載の方法を実施することによってオピオイドを含む鎮痛薬が治療有効性を有すると予測された患者である、医薬組成物。
【請求項17】
オピオイドを有効成分として含む、患者において疼痛を治療することに用いるための医薬組成物であって、当該患者は、請求項5に記載の方法を実施することによってオピオイドを含む鎮痛薬が治療有効性を有すると予測された患者である、医薬組成物。
【請求項18】
オピオイドを有効成分として含む、患者において疼痛を治療することに用いるための医薬組成物であって、オピオイドは、μ-オピオイド受容体アゴニストであり、当該患者は、請求項6に記載の方法を実施することによってオピオイドを含む鎮痛薬が治療有効性を有すると予測された患者である、医薬組成物。
【請求項19】
オピオイドを有効成分として含む、患者において疼痛を治療することに用いるための医薬組成物であって、オピオイドは、ヒドロモルフォン若しくはオキシコドンまたはその医薬上許容可能な塩であり、当該患者は、請求項7に記載の方法を実施することによってオピオイドを含む鎮痛薬が治療有効性を有すると予測された患者である、医薬組成物。
【請求項20】
患者において疼痛を治療することに用いるための医薬の製造における、オピオイドの使用
であって、当該患者は、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法によってオピオイドを含む鎮痛薬が治療有効性を有すると予測された患者である、使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、オピオイド薬による疼痛治療の有効性を予測するために有効なmicroRNAバイオマーカーおよびその利用に関する。
【背景技術】
【0002】
オピオイド薬は鎮痛薬として最も広く使用される薬剤の一つであり、その薬理作用はGタンパク共役受容体である3種のオピオイド受容体(μ-,κ-およびδ-サブタイプ)に加え、Opioid receptor-like-1の刺激を介して発揮される(非特許文献1)。
【0003】
ヒドロモルフォンおよびオキシコドンはμ-オピオイド受容体(MOR)作動性の強オピオイド薬であり、がん疼痛患者又は非がん疼痛患者の疼痛に対する適応で広く使用され、欧米ではオピオイドスイッチング(鎮痛効果が不十分もしくは副作用のために疼痛コントロールが不良となった場合などに他のオピオイドに変更すること)を含めた疼痛治療戦略に欠かせない薬剤となっている。
【0004】
オピオイド薬による疼痛管理を受ける患者数は年々増大しているが、それに伴って濫用や過剰投与による有害事象発現も増大している(非特許文献2)。
【0005】
let-7aファミリーやmiR-23bなどは、MORの機能調節を通じて細胞内で疼痛シグナル伝達に関与する可能性が報告されている(非特許文献3、非特許文献4)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Al-Hasani, R. & Bruchas, M.R. (2011): Molecular mechanisms of opioid receptor-dependent signaling and behavior. Anesthesiology 115, 1363-1381.
【文献】Bruehl, S., Apkarian, A.V., Ballantyne, J.C., et al. (2013): Personalized medicine and opioid analgesic prescribing for chronic pain: opportunities and challenges. The journal of pain: official journal of the American Pain Society 14, 103-113.
【文献】Barbierato, M., Zusso, M., Skaper, S.D. & Giusti, P. (2015): MicroRNAs: emerging role in the endogenous mu opioid system. CNS & neurological disorders drug targets 14, 239-250.
【文献】Descalzi, G., Ikegami, D., Ushijima, T., Nestler, E.J., Zachariou, V. & Narita, M. (2015): Epigenetic mechanisms of chronic pain. Trends in neurosciences 38, 237-246.
【発明の概要】
【発明の解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、オピオイド薬による疼痛治療の有効性を予測するために有効なmicroRNAバイオマーカーおよびその利用方法を提供する。
【0008】
本発明者らは、オピオイドを含む鎮痛薬の治療有効性の予測に有用な9つのmiRNA(microRNAあるいはマイクロRNA)を発見した。本発明者らは、上記9つのmiRNAは対象の体液サンプル(特に血液サンプル)中で検出できることも見出した。本発明者らは、有効性を評価する鎮痛薬の投与前のサンプルにおける上記9つのmiRNAレベルを測定することにより、オピオイドを含む鎮痛薬の治療有効性の予測が可能であることを見出した。本発明はこれらの知見に基づくものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明によれば以下の発明が提供される。
(1)対象におけるオピオイドを含む鎮痛薬の治療有効性を予測する方法であって、対象から得られたサンプル中のhsa-let-7f-5p、hsa-let-7a-5p、hsa-miR-423-3p、hsa-miR-26a-5p、hsa-miR-144-3p、hsa-miR-451a、hsa-miR-215、hsa-miR-363-3p、およびhsa-miR-16-5pからなる群から選択される少なくとも1つのmiRNAのレベルを測定することを含む、方法。
(2)上記(1)に記載の方法であって、前記群から選択される、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、8つまたは9つのmiRNAのレベルを測定することを含む、方法。
(3)上記(1)に記載の方法であって、以下組合せ番号1~36のいずれかのmiRNAの組合せに含まれるそれぞれのmiRNAのレベルを測定することを含む、方法。
(4)上記(1)に記載の方法であって、表4に記載の3種類以上のmiRNAを含むmiRNAの組合せ{すなわち、表4の番号46~511記載の組合せ}のいずれかの組合せについてそれぞれのmiRNAのレベルを測定することを含む、方法。
(5)対象から得られた血液サンプル中の、前記miRNAレベルを測定する、上記(1)~(4)のいずれかに記載の方法。
(6)オピオイドが、μ-オピオイド受容体アゴニストである、上記(1)~(5)のいずれかに記載の方法。
(7)オピオイドが、ヒドロモルフォン若しくはオキシコドンまたはその医薬上許容可能な塩である、上記(1)~(6)のいずれかに記載の方法。
(8)対象におけるオピオイドを含む鎮痛薬の治療有効性の分子マーカーであって、hsa-let-7f-5p、hsa-let-7a-5p、hsa-miR-423-3p、hsa-miR-26a-5p、hsa-miR-144-3p、hsa-miR-451a、hsa-miR-215、hsa-miR-363-3p、およびhsa-miR-16-5pからなる群から選択される少なくとも1つのmiRNAを含む、分子マーカー。
(9)前記群から選択される、2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、8つまたは9つのmiRNAを含む、上記(8)に記載の分子マーカー。
(10)対象におけるオピオイドを含む疼痛薬の治療有効性の分子マーカーであって、以下組合せ番号1~36のいずれかのmiRNAの組合せを含む、上記(8)に記載の分子マーカー。
(11)対象におけるオピオイドを含む鎮痛薬の治療有効性の分子マーカーであって、表4に記載の3種類以上のmiRNAを含むmiRNAの組合せ{すなわち、表4の番号46~511記載の組合せ}のいずれかを含む、上記(8)に記載の分子マーカー。
(12)対象の血液サンプル中で検出される、上記(8)~(11)のいずれかに記載の分子マーカー。
(13)オピオイドが、μ-オピオイド受容体のリガンドである、上記(8)~(12)のいずれかに記載の分子マーカー。
(14)オピオイドが、ヒドロモルフォン若しくはオキシコドンまたはその医薬上許容可能な塩である、上記(8)~(13)のいずれかに記載の分子マーカー。
(15)対象から得られたサンプル中の上記(8)~(14)のいずれかに記載の分子マーカーレベルを測定するための手段を含む、対象におけるオピオイドを含む鎮痛薬の治療有効性を診断することに用いるためのキット。
(16)分子マーカーを測定する手段が、miRNA抽出キットを含む、上記(15)に記載のキット。
(17)分子マーカーを測定する手段が、miRNAを増幅するためのmiRNA特異的プライマーを含む、上記(15)または(16)に記載のキット。
(18)分子マーカーを測定する手段が、リアルタイムPCRのための、miRNA特異的プライマーによる増幅核酸断片に対するフォワードプライマー、リバースプライマーおよびプローブを含む、上記(17)に記載のキット。
(19)分子マーカーを測定する手段が、miRNA検出用のマイクロアレイまたは次世代シーケンサーを含む、上記(15)に記載のキット。
(20)上記(1)~(7)のいずれかに記載の方法によって、感受性であると予測された患者に対して投与するための、オピオイドを有効成分として含む、疼痛を治療することに用いるための医薬組成物。
(21)患者において疼痛を治療する方法であって、上記(1)~(7)のいずれかに記載の方法によって感受性であると予測された患者にオピオイドを投与することを含む、方法。
(22)上記(1)~(7)のいずれかに記載の方法によって感受性であると予測された患者において疼痛を治療することに用いるための医薬の製造における、オピオイドの使用。
(23)上記(1)~(7)のいずれかに記載の方法によって感受性であると予測された患者において疼痛を治療することに用いるための、オピオイド。
【発明の効果】
【0010】
本発明は、これまで患者の主観的評価に依存していた鎮痛薬の治療有効性を客観的指標に基づいて評価することができる点で有利である。本発明はまた、血液サンプルなどの体液サンプルを用いて鎮痛薬の治療有効性評価をしてもよいが、このようにすると、簡便な評価が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、がん疼痛患者へのオピオイド薬投与試験のアウトラインを示す。miRNAはヒドロモルフォン投与前に採血して調製した血漿サンプルを用いて測定した。疼痛強度の評価指標として視覚的アナログ尺度(visual analogue scale: VAS)(下記(3-3)疼痛強度評価を参照)を毎日一回計測した。経口モルヒネ処方期は4時点のVAS計測値の平均値を算出してベースラインVASとした。ヒドロモルフォン投与期はヒドロモルフォンによる疼痛コントロール達成までの期間(1日から4日間)で測定(ヒドロモルフォン投与期1日で疼痛コントロールが達成された場合は1測定時点、ヒドロモルフォン投与期4日目で疼痛コントロールが達成された場合は4測定時点)し、オピオイド薬処方期の2測定時点での計測値との平均値を算出して、ヒドロモルフォン投与後の平均VASを算出した。
【
図2】
図2は、血中miRNAプロファイルによるがん疼痛患者の層別化を示す。
【
図3】
図3は、層別化された患者集団の疼痛(VAS)を示す。
図2で見出された2つの特徴的なmiRNAプロファイルの患者集団(クラス1およびクラス2)のVASは統計学的に有意な差を示し、クラス2の患者集団はクラス1の患者集団に比較して良好な鎮痛効果が認められた。箱ひげ図中の線は各がん疼痛患者のΔVAS(各がん疼痛患者のヒドロモルフォンおよびオピオイド薬処方によるVAS変動)を示す。クラス2のがん疼痛患者のうち1例(表3および
図2のSubject ID:23)は外れ値を示した(2群間t-検定は本がん疼痛患者データを含めて実施した)。
【
図4】
図4は患者クラス分離モデルの一例として、hsa-miR-26a-5pおよびhsa-miR-363-3pの-ΔCq値を用いてクラス1とクラス2を明瞭に分離できる事例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本明細書では「対象」とは、哺乳動物を意味し、例えば、霊長類、例えば、ヒトを意味する。「対象」は、疼痛治療を必要とする対象、特にヒトとすることができる。
【0013】
本明細書では「疼痛」は、慢性疼痛および急性疼痛を含む意味で用いられる。慢性疼痛は、国際疼痛学会によれば、「治療を要すると期待される時間の枠組みを越えて持続する痛み、あるいは進行性の非がん性疾患に関連する痛み」であるとされる。慢性疼痛は、一般的には、疼痛が3ヶ月以上持続するものとされる。慢性疼痛には、急性疼痛が発展して生じるものや持続的若しくは断続的な疼痛刺激により引き起こされるものが含まれる。「疼痛」は、様々な疾患や障害(例えば、がん、関節炎、糖尿病などの慢性障害;椎間板ヘルニア、靱帯裂傷などの損傷;神経因性疼痛、線維筋痛症、慢性頭痛などの第一次疼痛障害)を原因とする。「疼痛」には、例えばがんを原因とする「がん性疼痛」が挙げられる。
【0014】
本明細書では、「オピオイド」とは、オピオイド受容体に反応するオピウム類縁物質である。オピオイドは、人体に対して鎮痛作用および陶酔作用を有する。
オピオイド受容体としては、μ(ミュー)、κ(カッパ)、δ(デルタ)が知られており、疼痛制御においては、臨床医学上、μ受容体(MOR)およびκ受容体(KOR)が重要と考えられている。
μ受容体に反応するオピオイドを含む鎮痛薬(オピオイド薬)としては、モルヒネ、フェエンタニル、オキシコドン、ヒドロモルフォン、メサドン、レミフェンタニル、ブプレノルフィン、ペチジン、ベンタゾシン、コデイン、トラマドールが挙げられ、鎮痛薬として用いられ得る。
【0015】
本明細書では、「鎮痛薬」とは、鎮痛作用(例えば、疼痛を軽減する作用)および疼痛予防作用のある医薬を意味する。鎮痛薬は、疼痛治療薬と同義であり、相互互換的に用いられ得る。鎮痛薬には、オピオイドを有効成分として含む鎮痛薬が知られている。オピオイドを含む鎮痛薬は、中等度から高度の疼痛を鎮痛することに用いられる。本明細書では、オピオイドを含む鎮痛薬またはオピオイド薬とは、オピオイドを治療上の有効成分として含む鎮痛薬の意味で用いられる。
【0016】
本明細書では、「miRNA」(microRNAあるいはマイクロRNA)とは、20~25程度(特に21~23程度)の塩基長を有する一本鎖RNAである。miRNAは、タンパク質をコードするものではないと考えられ、ノンコーディングRNAに分類される。一方で、miRNAは固有の細胞内機能を有することから、機能性ノンコーディングRNAであると考えられている。miRNAは生物種を問わず、植物から動物まで広い範囲で見出されている。
miRNAの命名は概ね以下の方式に従って行われる。miRNAは、ヒト型である場合、「hsa」が付与された名称が付けられる。miRNAは、前駆体には「mir」、成熟体には「miR」が付された名称が付けられる。miRNAは、同定された順に番号付けがなされ、類似配列には番号に続いて小文字のアルファベットが付される。miRNAは、異なる遺伝子座を由来とする場合、異なる数字が付される。異なる前駆体を由来とする場合は、5’末端側の鎖を5pとし、3’末端側の鎖を3pとして区別できる。上記をハイフンでつないで表示する。
【0017】
本明細書では、miRNAの「レベル」とは、サンプル中の測定しようとするmiRNAの存在量、例えば、miRNAの「濃度」、「Cq値(PCR増幅物が設定閾値に達するまでに要したサイクル数)」、「コピー数」、「重量」等を意味する。miRNAレベルは、当業者に周知の方法を用いて測定することができる。miRNAレベルは、例えば、まずサンプルからmiRNAを抽出することと、抽出されたmiRNAレベルを測定することにより行うことができる。抽出されたmiRNAレベルの測定は、miRNAレベルを測定することに用いるマイクロアレイや定量的リアルタイムPCR、次世代シーケンサーなどの手法を用いて行うことができる。
【0018】
本明細書では、「miRNAの組合せ」とは、2種以上の異なるmiRNAの組合せを意味する。
【0019】
本明細書では、「核酸プローブ」は、特定の核酸にハイブリダイズすることができ、該核酸を検出または定量することに用いる一本鎖核酸を意味する。
核酸プローブは、アレイまたはマイクロアレイ等の支持体の表面に担持することができ、核酸プローブを保持する支持体に特定の核酸を固定化することができる。固定化された該核酸は、核酸に付着した標識により、検出または定量することができる。
核酸プローブは、定量的PCRでも用いることができる。定量的PCRでは、核酸プローブは、例えば、その5’末端と3’末端とに蛍光物質とそのクエンチャーとを有し、特定の核酸にハイブリダイズしているが、特定の核酸がDNAポリメラーゼにより増幅されると、該DNAポリメラーゼの有するエキソヌクレアーゼ活性により分解されて蛍光物質がクエンチャーと解離し、蛍光を発することにより、特定の核酸を定量することができる(5’-ヌクレアーゼ法)。あるいは、核酸プローブは、DNAとRNAとDNAがこの順番で連結した一本鎖キメラオリゴヌクレオチドであってもよく、例えば、その5’末端と3’末端とに蛍光物質とそのクエンチャーとを有していてもよい。この一本鎖キメラオリゴヌクレオチドは、サイクリングプローブ検出法に用いることができる。
【0020】
本明細書では、「プライマーセット」とは、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)において特定配列を増幅させるために用いることができる、フォワードプライマーとリバースプライマーの組合せを意味する。プライマーは通常は、20~30mer程度の長さの単鎖オリゴヌクレオチドである。複数の遺伝子のプライマーセットとは、複数の遺伝子それぞれのプライマーセットの組合せを意味する。例えば、2つの遺伝子AおよびBに対するプライマーセットは、遺伝子Aに対するプライマーセットと遺伝子Bに対するプライマーセットの組合せを意味する。
【0021】
本明細書では、「サンプル」とは、対象から得られたサンプルを意味する。サンプルとしては、体液サンプル(例えば、血液サンプル)が本発明で好ましく用いられる。血液サンプルにおける因子の存在量(miRNAレベル等)の測定は、血液サンプルから得られる血漿または血清中の当該因子の存在量の測定により行ってもよい。
【0022】
本明細書では、「予測する方法」という用語を、「判定する方法」、「判定のための補助的方法」、「予測のための補助的方法」と読み替えることができる。「予測する方法」という用語は、「決定する方法」または「決定のための補助的方法」に読み換えてもよい。
【0023】
本発明によれば、対象におけるオピオイド薬の治療有効性を、当該対象から得られたサンプルにおける特定のmiRNAレベルに基づいて予測する方法が提供される。ここで、前記特定のmiRNAは、let-7f-5p、let-7a-5p、miR-423-3p、miR-26a-5p、miR-144-3p、miR-451a、miR-215、miR-363-3p、およびmiR-16-5pからなる群から選択される少なくとも1つのmiRNAである。ヒトにおいては、前記特定のmiRNAは、hsa-let-7f-5p、hsa-let-7a-5p、hsa-miR-423-3p、hsa-miR-26a-5p、hsa-miR-144-3p、hsa-miR-451a、hsa-miR-215、hsa-miR-363-3p、およびhsa-miR-16-5pからなる群から選択される少なくとも1つのmiRNAである。
【0024】
本発明のある態様では、オピオイドを含む鎮痛薬の投与前の対象から得られたサンプル中の特定のmiRNAレベルに基づいて、当該鎮痛薬の治療有効性を予測することができる。
【0025】
上記特定のmiRNAは、対象由来のサンプル、特に血液サンプル中に見出される。血液サンプルを用いる場合、患者に対する侵襲性が低いこと、および測定が簡便であることが利点である。血液サンプルにおけるmiRNAレベルを測定することは、当該血液サンプルの全血を用いて実施してもよく、当該血液サンプルから得られる血漿サンプルを用いて実施してもよい。
【0026】
本発明では、上記特定のmiRNAは、そのうちの1つのサンプル中でのレベルを測定して治療有効性の予測に用いてもよいし、上記特定のmiRNAから選択される2つ、3つ、4つ、5つ、6つ、7つ、8つまたは全てのmiRNAのそれぞれのサンプル中でのレベルを測定して治療有効性の予測に用いてもよい。下記表4では、本発明において、オピオイドを含む鎮痛薬の治療有効性(または鎮痛効果)は、以下のmiRNAまたはmiRNAの組合せのいずれかによって予測することができる。
【0027】
本発明では、下記表4のmiRNAまたはmiRNAの組合せに加えて他の因子のレベルを測定してもよい。
【0028】
上記治療有効性の予測においては、hsa-let-7a-5p、hsa-miR-423-3p、hsa-let-7f-5pおよびhsa-miR-26a-5pについては、投与前のサンプル中でのレベルが高い場合には、そのサンプルが由来する対象は、オピオイドを含む鎮痛薬に対して非感受性であることが分かる。逆に、hsa-let-7a-5p、hsa-miR-423-3p、hsa-let-7f-5pおよびhsa-miR-26a-5pについては、投与前のサンプル中でのレベルが低い場合には、そのサンプルが由来する対象は、オピオイドを含む鎮痛薬に対して感受性であることが分かる。
【0029】
上記治療有効性の予測においては、hsa-miR-144-3p、hsa-miR-451a、hsa-miR-215、hsa-miR-363-3p、およびhsa-miR-16-5pについては、投与前のサンプル中でのレベルが低い場合には、そのサンプルが由来する対象は、オピオイドを含む鎮痛薬に対して非感受性であることが分かる。逆に、hsa-miR-144-3p、hsa-miR-451a、hsa-miR-215、hsa-miR-363-3p、およびhsa-miR-16-5pについては、投与前のサンプル中でのレベルが高い場合には、そのサンプルが由来する対象は、オピオイドを含む鎮痛薬に対して感受性であることが分かる。
【0030】
上記治療有効性の予測においては、対象から得られたサンプル中のmiRNAレベルまたはmiRNAレベルの組合せは、オピオイドを含む鎮痛薬に対して感受性である患者、および/または、オピオイドを含む鎮痛薬に対して非感受性である患者のそれと比較することにより、当該対象のオピオイドを含む鎮痛薬に対する感受性を予測することができる。
【0031】
上記治療有効性の予測においては、対象から得られたサンプル中のmiRNAレベルまたはmiRNAレベルの組合せは、後述するクラス1および/またはクラス2に分類される患者における当該miRNAレベルまたはmiRNAレベルの組合せを対照として比較することにより、当該対象のオピオイドを含む鎮痛薬に対する感受性を予測することができる。
【0032】
本発明のある態様では、対象は、上記9つのmiRNAの測定により、オピオイドを含む鎮痛薬に対して非感受性であるクラス1と感受性であるクラス2との2群に分けることができる。2群へのクラスタリングは、当業者に周知の方法、例えば、階層的クラスター解析により行うことができる。
【0033】
例えば、ある態様では、対象は、下記表4に記載のmiRNAまたはmiRNAの組合わせのいずれかで特定されるmiRNAの対象から得られたサンプル中でのレベルに基づいて、オピオイドを含む鎮痛薬に対して非感受性であるクラス1と感受性であるクラス2との2群に分けることができる。
【0034】
被験者として新しい対象についてオピオイドを含む鎮痛薬に対する感受性を評価する場合には、既存のクラスター(例えば、本明細書で開示されたクラスター)のどちらに属するかを判定することによって実施することができる。
【0035】
本発明では、miRNAレベルの測定は、当業者に周知の様々な手法によって行うことができる。miRNAは、測定の前にサンプルから抽出することができる。miRNAレベルの測定は、当該miRNAを検出するためのマイクロアレイや、次世代シーケンサーを用いたRNA-Seq解析、定量的リアルタイムPCR、マルチプレックスアッセイ等の各種核酸定量法により行うことができる。
【0036】
定量的リアルタイムPCR法によりmiRNAレベルを測定することは周知である。miRNAに対して、例えば、ループ形成型プライマーをその3’末端にアニールさせることができる。その後、RNA依存性DNAポリメラーゼにより、miRNAを鋳型としてアニールしたプライマーを伸長させるとヘアピン構造を有する産物が得られる。miRNAとループ形成型プライマーとはDNAリガーゼなどの酵素学的手法により連結される。ヘアピン構造を有する産物をディネーチャーして、これを鋳型として全長を特異的なPCRプライマーセットにより増幅する。増幅産物の検出は、例えば、プローブ(Taqman(商標)プローブ等)を用いて行うことができる。増幅産物の検出に用い得るプローブは、様々な原理に基づくプローブが開発されており、いずれを用いてもよいことは当業者であれば理解できる。また、定量的リアルタイムPCR法によるmiRNAレベル(Cq値)は、例えば、PCR増幅物が設定閾値に達するまでに要したサイクル数、あるいは2nd derivative maximum法等の手法を基に決定することができる。設定閾値は、当業者であれば適宜設定することができ、結果は設定閾値による影響をほとんど受けないことが知られている。
【0037】
本発明のある態様では、対象におけるオピオイドを含む鎮痛薬の治療有効性を予測する方法は、当該対象のサンプルからmiRNAを抽出することをさらに含んでいてもよい。
本発明のある態様では、対象におけるオピオイドを含む鎮痛薬の治療有効性を予測する方法は、hsa-let-7a-5p、hsa-miR-423-3p、hsa-let-7f-5pおよびhsa-miR-26a-5pについては、投与前のサンプル中でのレベルが高い場合には、当該対象が前記鎮痛薬に対して非感受性であると予測すること、または、投与前のサンプル中でのレベルが低い場合には、当該対象が前記鎮痛薬に対して感受性であると予測することをさらに含んでいてもよい。
本発明のある態様では、対象におけるオピオイドを含む鎮痛薬の治療有効性を予測する方法は、hsa-miR-144-3p、hsa-miR-451a、hsa-miR-215、hsa-miR-363-3p、およびhsa-miR-16-5pについては、投与前のサンプル中でのレベルが高い場合には、当該対象が前記鎮痛薬に対して感受性であると予測すること、または、投与前のサンプル中でのレベルが低い場合には、当該対象が前記鎮痛薬に対して非感受性であると予測することをさらに含んでいてもよい。
本発明のある態様では、対象におけるオピオイドを含む鎮痛薬の治療有効性を予測する方法は、hsa-let-7a-5p、hsa-miR-423-3p、hsa-let-7f-5pおよびhsa-miR-26a-5pについては、投与前のサンプル中でのレベルが高い場合には、当該対象が前記鎮痛薬に対して非感受性であると予測すること、または、投与前のサンプル中でのレベルが低い場合には、当該対象が前記鎮痛薬に対して感受性であると予測すること;および
hsa-miR-144-3p、hsa-miR-451a、hsa-miR-215、hsa-miR-363-3p、およびhsa-miR-16-5pについては、投与前のサンプル中でのレベルが高い場合には、当該対象が前記鎮痛薬に対して感受性であると予測すること、または、投与前のサンプル中でのレベルが低い場合には、当該対象が前記鎮痛薬に対して非感受性であると予測することをさらに含んでいてもよい。
例として、投与前のサンプル中で4つのmiRNA(hsa-let-7a-5p、hsa-miR-423-3p、hsa-let-7f-5pおよびhsa-miR-26a-5p)の各ΔCqの和が低値を示すほど、および/または、5つのmiRNA(hsa-miR-144-3p、hsa-miR-451a、hsa-miR-215、hsa-miR-363-3pおよびhsa-miR-16-5p)の各ΔCqの和が高値を示すほど非感受性(クラスター1)の性質が強いこととなる。ここでΔCqは、例えば、オピオイド薬の投与前(例えば、治療を受ける前)の患者のサンプル中の各miRNAのCqから、発現量が感受性に依らないmiRNA(リファレンスmiRNA)のCq(例えば、hsa-miR-425-5p、hsa-miR-423-5p、hsa-miR-103a-3p、hsa-miR-191-5p、hsa-miR-93-5pからなる群から選択される1以上のCqの平均)を差し引いて求めることができる。
例としてはまた、「4つのmiRNA(hsa-let-7a-5p、hsa-miR-423-3p、hsa-let-7f-5pおよびhsa-miR-26a-5p) の各ΔCqの和」から、「5つのmiRNA(hsa-miR-144-3p、hsa-miR-451a、hsa-miR-215、hsa-miR-363-3pおよびhsa-miR-16-5p)の各 ΔCqの和」を減算した値が低値を示すほど非感受性(クラスター1)の性質が強く、同値が高値を示すほど感受性(クラスター2)の性質が強いこととなる。
【0038】
本発明のある態様では、対象におけるオピオイドを含む鎮痛薬の治療有効性を予測する方法は、オピオイドとしてμ-オピオイド受容体アゴニストを含む鎮痛薬の治療有効性を予測する方法であり得る。μ-オピオイド受容体アゴニストとしては、特に限定されないが例えば、モルヒネ、フェンタニル、レミフェンタニル、オキシコドン、ヒドロモルフォン、メサドン、メペリジン、ペチジンおよびコデインが挙げられ、本発明でこれらを有効成分として含む鎮痛薬の治療有効性を予測することができる。
【0039】
本発明のある態様では、対象におけるオピオイドを含む鎮痛薬の治療有効性を予測する方法は、治療が有効な対象を同定することをさらに含んでいてもよい。本発明の別のある態様では、対象におけるオピオイドを含む鎮痛薬の治療有効性を予測する方法は、治療が有効な対象を、オピオイドを含む鎮痛薬の投与対象として同定することをさらに含んでいてもよい。この意味では、本発明では、オピオイドを含む鎮痛薬の投与対象を同定する方法であって、当該対象から得られたサンプルにおける特定のmiRNAレベルを測定することと、測定されたmiRNAレベルから治療有効性を示す対象を同定することを含む方法が提供される。ここで、特定のmiRNAとは、let-7f-5p、let-7a-5p、miR-423-3p、miR-26a-5p、miR-144-3p、miR-451a、miR-215、miR-363-3p、およびmiR-16-5pからなる群から選択される少なくとも1つのmiRNAである。ヒトにおいては、特定のmiRNAとは、hsa-let-7f-5p、hsa-let-7a-5p、hsa-miR-423-3p、hsa-miR-26a-5p、hsa-miR-144-3p、hsa-miR-451a、hsa-miR-215、hsa-miR-363-3p、およびhsa-miR-16-5pからなる群から選択される少なくとも1つのmiRNAである。
【0040】
本発明のある側面では、本発明で開示された対象におけるオピオイドを含む鎮痛薬の治療有効性を予測する方法によって、治療有効性があると予測された対象において疼痛を治療または予防するための、オピオイドを含む医薬組成物が提供される。本発明のある態様では、オピオイドは、μ-オピオイド受容体アゴニストであり得る。μ-オピオイド受容体アゴニストとしては、特に限定されないが例えば、モルヒネ、フェンタニル、レミフェンタニル、オキシコドン、ヒドロモルフォン、メサドン、メペリジン、ペチジンおよびコデインが挙げられ、本発明で用いることができる。
【0041】
本発明のある側面では、本発明で開示された対象におけるオピオイドを含む鎮痛薬の治療有効性を予測する方法によって、治療有効性があると予測された対象において疼痛を治療または予防する方法であって、当該対象にオピオイド薬を投与することを含む方法が提供される。本発明のある態様では、オピオイドは、μ-オピオイド受容体アゴニストであり得る。μ-オピオイド受容体アゴニストとしては、特に限定されないが例えば、モルヒネ、フェンタニル、レミフェンタニル、オキシコドン、ヒドロモルフォン、メサドン、メペリジン、ペチジンおよびコデインが挙げられ、本発明で用いることができる。
【0042】
本発明のある側面では、オピオイドを含む鎮痛薬の治療有効性を予測する分子マーカーであって、hsa-let-7f-5p、hsa-let-7a-5p、hsa-miR-423-3p、hsa-miR-26a-5p、hsa-miR-144-3p、hsa-miR-451a、hsa-miR-215、hsa-miR-363-3p、およびhsa-miR-16-5pからなる群から選択される少なくとも1つのmiRNAを含む分子マーカー(2つ以上のmiRNAを含む場合には「シグネチャー」と呼ぶことがある)が提供される。
【0043】
本発明のある態様では、オピオイドを含む鎮痛薬の治療有効性を予測する分子マーカーは、表4に記載のいずれかのmiRNAまたはmiRNAの組合せを含む。本発明のある態様では、オピオイドは、μ-オピオイド受容体アゴニストであり得る。μ-オピオイド受容体アゴニストは、特に限定されないが例えば、モルヒネ、フェンタニル、レミフェンタニル、オキシコドン、ヒドロモルフォン、メサドン、メペリジン、ペチジンおよびコデインであり得る。
【0044】
本発明のある態様では、オピオイドを含む鎮痛薬の治療有効性を予測する分子マーカーは、上記表4に記載のいずれかのmiRNAまたはmiRNAの組合せで特定されるmiRNAまたはmiRNAの組合せを含む。
【0045】
本発明のある態様では、表4に記載のいずれかのmiRNAまたはmiRNAの組合せを含む分子マーカーは、血液サンプル中で検出される、血中分子マーカーであり得る。
【0046】
本発明のある側面では、対象におけるオピオイドを含む鎮痛薬の有効性を診断することに用いるためのキットであって、対象から得られたサンプル中の上記いずれかの分子マーカーレベルを測定するための手段を含む、キットが提供される。
【0047】
ある態様では、本発明のキットは、分子マーカーレベルを測定するための手段としてmiRNA抽出キットを含む。
【0048】
ある態様では、本発明のキットは、miRNAを増幅するためのmiRNA特異的プライマーを含む。
ある態様では、miRNAを増幅するためのmiRNA特異的プライマーは、miRNAの3’末端に配列依存的にアニールし、その後のプライマーからのDNA鎖の伸長によりヘアピン構造を有する分子を得ることができるプライマーである。
ある態様では、miRNA特異的プライマーは、多種多様なmiRNAのうち、特定のmiRNAを選択的に増幅することができる。
ある態様では、分子マーカーレベルを測定するための手段は、上記で得られるヘアピン構造を有する分子をディネーチャーして一本鎖核酸とし、これをリアルタイムPCRで検出するためのプライマーセットおよび好ましくはプローブを含む。
【0049】
ある態様では、分子マーカーレベルを測定するための手段は、miRNAを検出するためのマイクロアレイである。
【0050】
本発明ではまた、上記miRNAに対するプローブを表面に担持した遺伝子発現解析用のアレイまたはマイクロアレイが提供される。本発明のアレイまたはマイクロアレイは、例えば、1000以下、900以下、800以下、700以下、600以下、500以下、400以下、300以下、200以下、100以下、90以下、80以下、70以下、60以下、50以下、40以下、30以下、25以下、20以下、15以下、または10以下の種類の核酸プローブをその表面上に担持している。ある特定の態様では、本発明のアレイまたはマイクロアレイは、発現の評価対象遺伝子として、上記遺伝子シグネチャーに含まれるそれぞれの遺伝子に対するプローブだけを表面に担持している。
アレイまたはマイクロアレイ上には、例えば、上記miRNAに対するプローブがスポットされ、上記miRNAが当該スポットに接触すると上記miRNAとスポット上のプローブとがハイブリダイズすることができる。ハイブリダイズした上記miRNAは、例えば、上記miRNAに付着させた標識(例えば、蛍光、ラジオアイソトープ、酵素など)により常法に基づいて検出することができる。上記miRNAは、例えば、試料からの抽出や標識されたRNAの調製等の前処理を行うことができるが、これらの処理は当業者に周知の方法により行うことができる。
【実施例】
【0051】
実施例1:オピオイド薬の臨床試験
miRNA測定用血液サンプルは、以下(1)~(3)の3つの臨床試験の中で採取された:
(1)健康成人へのヒドロモルフォン投与試験 (Toyama et al. 2015)(日本医薬情報センター 臨床試験データベース登録ID:JapicCTI-132167(ja))
(2)健康成人へのオキシコドン投与試験 (東山 2016)(日本医薬情報センター 臨床試験データベース登録ID:JapicCTI-163475(ja))
(3)癌性疼痛患者へのヒドロモルフォン投与試験(日本医薬情報センター 臨床試験データベース登録ID:JapicCTI-132166(ja))
全ての臨床試験はヘルシンキ宣言に基づく倫理的原則、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律(以下「医薬品医療機器等法」という)第14条第3項、第80条の2及び「医薬品の臨床試験の実施の基準(GCP)に関する省令」(平成9年3月27日厚生省令第28号)を遵守して実施された。
以下、(1)~(3)それぞれの試験を具体的に説明する。
【0052】
(1)健康成人へのヒドロモルフォン投与試験
本治験は、20歳以上45歳以下の日本人健康成人男性を対象にヒドロモルフォン製剤(第一三共株式会社)を単回投与した際の安全性、忍容性及び薬物動態を検討することを目的とした単一施設、非盲検、非対照、単回投与試験として実施された。健康成人男性6名にヒドロモルフォン徐放性製剤6 mgが経口投与された。健康成人男性は投与前日の一晩(10時間以上)および薬剤投与後4時間絶食した。miRNA測定用採血は、薬剤投与日の投与直前および薬剤投与後24時間後(前後10分以内)に行った。EDTA-2K 加真空採血管に採取後、速やかに転倒混和した後氷冷し、30 分以内に遠心分離(4℃、3000 rpm、10 分間)して血漿を調製し、冷凍保存(設定温度:-20℃ 以下)した。
【0053】
(2)健康成人へのオキシコドン投与試験
本治験は、オキシコドン徐放性製剤(第一三共株式会社)とオキシコンチン(商標)錠(Oxycodone hydrochloride、塩野義製薬)10 mgとの生物学的同等性を検討することを目的とした、単一施設、非盲検、無作為化、2群2期クロスオーバー法、単回投与試験として実施された。20歳以上45歳以下の12名の健康成人男性に10 mgのオキシコドン徐放性製剤を単回投与し、また、12名の健康成人男性に10 mgのオキシコンチン(商標)錠を単回投与した。健康成人男性は投与前日の一晩(10時間以上)および薬剤投与後4時間絶食した。miRNA測定用採血は薬剤投与日の薬剤投与前および薬剤投与後24時間後に行った。オキシコンチン(商標)を投与された1名の健康成人男性を除く合計23名の血液からEDTA-2Kを凝固剤として血漿を調製し、miRNA測定に供した。オキシコドン徐放剤(第一三共株式会社)およびオキシコンチン(商標)錠剤(塩野義製薬)の生物学的同等性が示されていることから(東山馨ら、Jpn J Clin Pharmacol Ther 2016 (47) S300)、両処置群をオキシコドン投与群としてまとめてQRT-PCRデータの統計解析に供した。
【0054】
(3)癌性疼痛患者へのヒドロモルフォン投与試験
(3-1)試験アウトライン
本治験のアウトラインを
図1に示す。本試験は、1)経口モルヒネ処方期、2)ヒドロモルフォン投与期、3)オピオイド処方期の3期から構成される。
経口モルヒネ処方期ではモルヒネ硫酸塩(MSコンチン錠、カディアンカプセル、ピーガード、MSツワイスロンカプセル)あるいはモルヒネ塩酸塩(オプソ内服液、パシーフカプセル)のいずれかが処方された。
また、オピオイド処方期ではモルヒネ硫酸塩(MSコンチン錠、ピーガード、MSツワイスロンカプセル)、オキシコンチン錠、フェントステープ、デュロテップパッチのいずれかが処方された。
【0055】
(3-2)試験デザイン
投与試験は、経口モルヒネによってがん疼痛治療中の患者を対象とした。本投与試験は、多施設共同、無作為化、二重盲検、並行群間比較試験として実施された。経口モルヒネからヒドロモルフォンに効力比1:5と1:8で切り替えた後の疼痛コントロール達成の評価結果を記録した。具体的には、疼痛強度を4段階評価(「0. なし(痛くない)」、「1. 軽度(少し痛い)」、「2. 中等度(痛い)」、「3. 高度(非常に痛い)」で患者日誌に記録した。
本投与試験は、疼痛コントロール達成の評価結果が「0.なし(痛くない)」又は「1.軽度(少し痛い)」のいずれかであり、かつ「レスキュー薬の投与が1日2回以下」を満たす状態が2日間継続する率(疼痛コントロール達成率)を求めること、ならびに安全性を確認することを目的とした。
【0056】
血中miRNA測定に同意を得たがん疼痛患者は25名であった。経口モルヒネ処方期(
図1)で経口モルヒネを60 mg/日または90 mg/日のいずれか一定の用量を服用し、疼痛強度が「0.なし(痛くない)」又は「1.軽度(少し痛い)」、かつレスキュー薬の投与が1日2回以下であったがん疼痛患者に対し、ヒドロモルフォン即放製剤(第一三共株式会社)を1日6回経口投与した。ヒドロモルフォンの1日投与量は、ヒドロモルフォン投与前の定時投与としての経口モルヒネ投与量に応じ決定し、経口モルヒネとの効力比1:5あるいは1:8の投与量を二重盲検下で無作為に割り付けた。経口モルヒネとの効力比1:5 群では、経口モルヒネ処方期の経口モルヒネ投与量が60 mg/日であったがん疼痛患者にはヒドロモルフォン12 mg/日、経口モルヒネ投与量が90 mg/日であったがん疼痛患者にはヒドロモルフォン18 mg/日を投与した。効力比1:8 群ではヒドロモルフォン7.5 mg/日(「経口モルヒネ処方期」の経口モルヒネ投与量は60 mg/日)又は12 mg/日(「経口モルヒネ処方期」の経口モルヒネ投与量は90 mg/日)を投与し、ヒドロモルフォン投与期中でのヒドロモルフォンの投与量は一定とした。ヒドロモルフォン投与期は疼痛コントロール達成が得られるまでの期間もしくは4日間のいずれか短い期間とした。経口モルヒネ処方期からオピオイド処方期(
図1)までの間に一時的な疼痛増強が発生した際にはレスキュー薬の投与(即放性の経口モルヒネ塩酸塩、1回当たりの投与量は経口モルヒネ1日投与量の1/6量)を行うことができることとした。ヒドロモルフォン投与終了後、治験責任医師又は治験分担医師が適切なオピオイド薬へ切り替えを行った(
図1の「オピオイド処方期」)。
【0057】
miRNA測定用採血はヒドロモルフォンの初回投与前に実施した。静脈血をEDTA-2K 加真空採血管に採取し、速やかに転倒混和した後氷冷し、30 分以内に遠心分離(4℃、3000 rpm、10 分間)し、得られた血漿を冷凍保存(設定温度: -20℃以下)した。
【0058】
(3-3)疼痛強度評価
痛みの評価指標としてVASを用いた。VASは患者日誌にある100 mmの線の左端を「痛みなし」、右端を「最悪の痛み」とした場合、過去24時間に感じた平均の痛みの程度を表すところに印を付け、治験責任医師又は治験分担医師により左端からの長さ(単位:mm)を測定して決定した。VASは経口モルヒネ処方期、ヒドロモルフォン投与期、オピオイド処方期の期間中、毎日一回計測した。経口モルヒネ処方期は4時点のVAS計測値の平均値を算出してベースラインVASとした。ヒドロモルフォン投与期はヒドロモルフォンによる疼痛コントロール達成までの期間(1日から4日間)で測定し、オピオイド薬処方期の2時点での計測値との平均値を算出して、ヒドロモルフォン投与後の平均VASを算出した。
【0059】
個々の患者における疼痛強度評価として、ヒドロモルフォン投与期およびオピオイド処方期で測定されたVAS平均値とベースラインVASの差(ΔVAS)を用いた(
図1)。ベースラインVASは、経口モルヒネ処方期の4測定時点におけるVASの平均値を四捨五入して整数値としたものを用いた。がん疼痛患者四名(
図2および表3のSubject IDが2、14、17および19)は重篤な有害事象が発現したため、解析から除外した。がん疼痛患者一名(
図2および表3のSubject IDが21のがん疼痛患者)はヒドロモルフォン投与期4日目で疼痛コントロールが達成され、このがん疼痛患者についてはヒドロモルフォン投与期4測定時点に加え、オピオイド処方期の2測定時点を合わせた計6測定時点のVASに関する平均値を算出した。その他20名のがん疼痛患者については、ヒドロモルフォン投与期1日で疼痛コントロールが達成され、ヒドロモルフォン投与期1測定時点に加え、オピオイド処方期2測定時点を含む計3測定時点のVASに関する平均値を算出した。
【0060】
実施例2:miRNA抽出およびQRT-PCR解析
RNA抽出およびmiRNAの定量RT-PCR解析はタカラバイオ社で実施した。miRNAの定量PCR解析はExiqon社のマニュアル(miRCURY LNATM Universal RT microRNA PCR, Instruction manualおよびmiRCURYTM microRNA QC PCR Panel Instruction manual)に従って行った。200μLの血漿サンプルからsmall RNAをmiRNeasy Mini Kit (Qiagen, Venlo, Netherlands)を用いて抽出した。一本鎖cDNAをUniversal cDNA Synthesis Kit II (Exiqon, Vedbaek, Denmark)により合成した。179種の血中miRNAレベルをSerum/Plasma Focus microRNA PCR Panel V3 (Exiqon)およびLightCycler(商標) 480 Instrument II (Roche Diagnostics, Basel, Switzerland)を用いて測定した。各miRNAに関するCq値をGenExソフトウエア(Exiqon) (Exiqon 2014)を用いて2nd delivative maximum法により決定した。例として、あるmiRNAの投与後24時間時点と投与前時点でのそれぞれのCq値の差(Cq24h-Cqpre)が-1の場合、そのmiRNAの血漿中レベルは24時間時点で投与前時点より2倍高い事を意味する。Cq値が40サイクル以上のものはデータ解析から除外した。血中miRNAを測定した25例中4例のがん疼痛患者では治験薬投与期間中に重篤な有害事象を発現したため、オピオイド薬によるMOR刺激の薬力学的評価に適さないと判断し、データ解析から除外した。
【0061】
実施例3:オピオイド薬投与により血中レベルが変動するmiRNAの選抜
健康成人へのヒドロモルフォン(徐放製剤)投与試験、および健康成人へのオキシコドン(徐放製剤)投与試験で健康成人男性から得られた血漿検体に関するmiRNAデータを解析した。miRNAのPCRデータ標準化のため、179個の標的miRNAのCq値を5個のリファレンスmiRNA(hsa-miR-425-5p、hsa-miR-423-5p、hsa-miR-103a-3p、hsa-miR-191-5p、hsa-miR-93-5p)の平均Cq値で減算したΔCq値を算出した。179個の標的miRNAの投与後24時間時点および投与前時点のΔCq値の差について2群間t-検定(BenjaminiおよびHochberg's法による多重検定補正)を実施し、False discovery rate (FDR) < 0.05を示したmiRNAを統計的に有意な血中レベル変動miRNAとした。ヒドロモルフォンあるいはオキシコドン投与により血中レベルが増加したmiRNAを表1に、減少したmiRNAを表2にそれぞれ示した。
【0062】
ヒドロモルフォン、オキシコドン共にMORを介した鎮痛効果を発揮することから、両薬剤で共通して血中レベルが増加あるいは減少したmiRNAはMOR活性化を反映する頑健性の高いmiRNAであると期待された。両薬剤投与により共通して増加したmiRNAは4種(hsa-let-7a-5p、hsa-miR-423-3p、hsa-let-7f-5p、hsa-miR-26a-5p)、共通して減少したmiRNAは16種(hsa-miR-15b-3p、hsa-miR-451a、hsa-miR-215、hsa-miR-144-3p、hsa-hsa-miR-19a-3p、hsa-miR-363-3p、hsa-miR-101-3p、hsa-miR-16-5p、hsa-miR-19b-3p、hsa-miR-185-5p、hsa-miR-25-3p、hsa-miR-425-5p、hsa-miR-15a-5p、hsa-miR-20a-5p、hsa-miR-93-5p、hsa-miR-92a-3p)であった。これらのうち、共通して血中レベルが増加した4種のmiRNA、および共通して血中レベルが低下したもののうちヒドロモルフォン投与により特に減少レベルが高かった5種のmiRNA(hsa-miR-144-3p、hsa-miR-451a、hsa-miR-215、hsa-miR-363-3p、hsa-miR-16-5p)の合計9種を「血液を用いてオピオイド薬投与に対する生体のMOR活性化レベルを評価するための分子バイオマーカー」かつ「血液を用いてオピオイド薬の疼痛治療有効性を予測する分子バイオマーカー」として選抜した。
【0063】
ヒドロモルフォンあるいはオキシコドン投与により血中レベルが増加したmiRNAは、下記表1に示される通りであった。
【0064】
【0065】
表1中、健康成人にヒドロモルフォンあるいはオキシコドンを単回投与し、統計的に有意な血中レベル増加を示したmiRNAを選抜した。上記表1中、太字下線のmiRNAはヒドロモルフォン投与およびオキシコドン投与で共に血中レベルが増加した。FDR: False discovery rate。
【0066】
また、ヒドロモルフォンあるいはオキシコドン投与により血中レベルが減少したmiRNAは、下記表2に示される通りであった。
【0067】
【0068】
上記表2では、健康成人にヒドロモルフォンあるいはオキシコドンを単回投与し、統計的に有意な血中レベル低下を示したmiRNAを選抜した。上記表2中、太字下線のmiRNAはヒドロモルフォン投与およびオキシコドン投与で共に血中レベルが低下した。FDR: False discovery rate。
【0069】
実施例4:オピオイド薬投与による鎮痛効果を予測するバイオマーカーmiRNA候補の選抜
がん疼痛患者へのヒドロモルフォン投与試験でがん疼痛患者から得られた血漿に関するmiRNAデータを解析した。miRNAのPCRデータ標準化のため、179個の標的miRNAのCq値を5個のリファレンスmiRNA(hsa-miR-425-5p、hsa-miR-423-5p、hsa-miR-103a-3p、hsa-miR-191-5p、hsa-miR-93-5p)の平均Cq値で減算したΔCq値を算出した。実施例3で選抜した9個のmiRNAに着目し、がん疼痛患者のΔCqデータの反数(miRNAの血中レベルが高いほどΔCq値は低くなるため、miRNAの血中レベルが高いほどΔCq値の反数は高くなる)に関してTIBCO Spotfireを用いて階層的クラスター解析を行った。
【0070】
結果は、
図2に示される通りであった。
図2に示されるように、階層的クラスター解析の結果、2つの特徴的なmiRNAプロファイルの患者集団(クラス1およびクラス2)と、両者のプロファイルが混在した患者集団に分類された。このうち、クラス1の患者集団の血中miRNAプロファイルは健康成人にオピオイド薬を投与した際のプロファイルと類似しており、クラス2の患者集団はクラス1と逆の血中miRNAプロファイル(すなわち、クラス1患者において血中レベルの低いものが高く、クラス1患者において高いものが低いプロファイル)を示した。詳細の結果は表3に示される通りである。ヒドロモルフォン投与期およびオピオイド薬処方期の期間中にレスキュー薬の投与を受けたがん疼痛患者は、クラス1の患者9名中5名、クラス2の患者6名中3名であった。オピオイド処方期に処方された薬剤は、クラス1のがん疼痛患者ではMSコンチン錠1日1回処方1名、MSコンチン錠1日2回処方3名、オキシコンチン錠1日2回処方3名、MSツワイスロンカプセル1日2回処方1名、フェントステープ1日1回処方1名であり、クラス2のがん疼痛患者ではMSツワイスロンカプセル1日2回処方1名、フェントステープ1日1回処方1名、オキシコンチン錠1日2回処方2名、MSコンチン錠1日2回処方1名、カディアンカプセル1日1回処方1名であった。
【0071】
【0072】
上記表3中、「血液を用いてオピオイド薬の疼痛治療有効性を予測する分子バイオマーカー」として選抜した9種のmiRNAのヒドロモルフォン投与前の発現レベルをΔCq値の反数で表した。ΔVAS:各がん疼痛患者のヒドロモルフォンおよびオピオイド薬処方による疼痛変動(ヒドロモルフォン投与後の平均VASからベースラインVASを減じたもの。
図1参照)。SAE:重篤な有害事象発現。
【0073】
クラス1およびクラス2の患者に関する平均VASを観察したところ、
図3に示されるように、クラス1のがん疼痛患者集団に比較してクラス2のがん疼痛患者集団は統計的に有意な鎮痛効果を示した(2群間のt-検定によりP < 0.05)。
【0074】
上記の通り、本実施例では、投与前後のmiRNAレベルの変動とVASとの関係を分析することにより、患者をオピオイド感受性の群(クラス2またはクラスター2)と非感受性の群(クラス1またはクラスター1)との2群に分けることができた。本実施例は、オピオイド応答性のmiRNAとVASとの関係を記述することができたといえる。
【0075】
傾向として、表1で示されたオピオイド投与に対して発現が上昇するmiRNA(hsa-let-7f-5p、hsa-let-7a-5p、hsa-miR-423-3p、hsa-miR-26a-5p)が血中で高レベルのがん疼痛患者は、オピオイドに対して非感受性であることを示し、表2に示されたオピオイド投与に対して発現が低下するmiRNA(hsa-miR-144-3p、hsa-miR-451a、hsa-miR-215、hsa-miR-363-3p、hsa-miR-16-5p)が血中で高レベルのがん疼痛患者は、オピオイドに対して感受性であることを示した。
【0076】
実施例5:miRNAバイオマーカーを用いたがん疼痛患者のオピオイド薬疼痛治療有効性予測
上記実施例では、オピオイド投与前後でのmiRNAレベルの変動とオピオイド投与に対する感受性との関連を明らかにした。そこで、本実施例では、投与前の血液サンプル中のmiRNAレベルに基づいて、対象におけるオピオイド薬による疼痛治療有効性を予測するモデルを構築した。
【0077】
合計9種のmiRNA(hsa-let-7a-5p、hsa-miR-423-3p、hsa-let-7f-5p、hsa-miR-26a-5p、hsa-miR-144-3p、hsa-miR-451a、hsa-miR-215、hsa-miR-363-3p、hsa-miR-16-5p)を「血液を用いてオピオイド薬による疼痛治療の有効性を予測する分子バイオマーカー」として用い得るかを検証した。
これらmiRNAに関するヒドロモルフォン投与前の血中miRNAプロファイルに基づいて、
図3のクラス1およびクラス2に属する患者を判別可能なmiRNAの組合せの同定と判別モデルの構築を試みた。
判別モデルは以下の方法で構築した。9種類のmiRNAのヒドロモルフォン投与開始前のがん疼痛患者血漿に関する-ΔCq値を用い、患者クラス1およびクラス2を判別するためのロジスティック回帰モデルを構築した。各miRNAについて単独および複数を組み合わせた場合の判別精度を検証するために、可能な全てのmiRNAの組合せについてモデルを構築した。残差逸脱度(Residual deviance:構築モデルのデータへの当てはまりの良さを示す指標であり、説明変数(-ΔCq)の変動では説明できない目的変数 (患者クラス分類)の変動量を表す)、赤池情報量基準(Akaike's information criterion、AIC:説明変数の個数を制限し、意味のある説明変数のみをモデルに組み込むために使う。通常AICが最小のモデルを選択する)、および正答率(Accuracy:作成した判別モデルで各サンプルの患者クラスを予測し、その予測した患者クラスが真の患者クラスと同じであったサンプルの割合)をモデル評価のための指標とした。計算は全てR(version 3.3.0)で実行した。
【0078】
その結果を表4に示す。
【0079】
【0080】
まず、上記9種のmiRNAは、いずれも単独で他のmiRNAと組合せることなく血液を用いてオピオイド薬による疼痛治療の有効性を予測する分子バイオマーカーとして用い得ることが明らかとなった。特に表1に記載されたmiRNAが投与前の血中において高いレベルで検出された場合には、オピオイド投与に対する感受性が低いことが明らかとなった。また、表2に記載されたmiRNAが投与前の血中において高いレベルで検出された場合には、オピオイド投与に対する感受性が高いことが明らかとなった。
【0081】
また、表4から明らかであるように、表4に示された全てのmiRNAの組合せにおいて、高い精度で患者のクラス1とクラス2とを判別することができた。特に、9種のmiRNAから選択される任意の2以上のmiRNAの組合せで同様にクラス1とクラス2の患者集団が正しく分離されることも明らかとなった。
特に、上記表4の2つのmiRNAの組合せを用いた場合には、いずれの組合せを用いた場合でも、クラス1とクラス2とを分離し、判別することができた。なお、hsa-miR-26a-5p//hsa-miR-363-3pの組合せでクラス1と2のクラスターが分離されることは、
図4に例示される通りである。
【0082】
上記により「血液を用いてオピオイド薬の疼痛治療有効性を予測する分子バイオマーカー」としての9種のmiRNAの有用性が確認された。
【0083】
これらの結果から、オピオイド薬投与前の血液サンプル中のmiRNAレベルに基づいて、クラス1(非感受性群)とクラス2(感受性群)とを判別することができた。
【0084】
実施例6:MOR活性化レベルを評価するためのバイオマーカーとしての性質
一方で、let-7ファミリーmiRNAはOPRM1の3’-非転写領域配列に結合し、オピオイド耐性に寄与する可能性が推察されている(He et al. 2010)。このことから、ヒドロモルフォンおよびオキシコドン投与により健常人で認められたhsa-let-7f-5pおよびhsa-let-7a-5pの血中レベル増加は、生体のMOR刺激に対する負のフィードバック応答の可能性が示唆される。ヒドロモルフォンおよびオキシコドン投与により健常人でhsa-miR-26a-5pの血中レベル増加が認められ、miR-26aについてはラット神経細胞の発達への関与が示唆されていることから(Li & Sun 2013)、神経細胞のMOR刺激への応答を反映する可能性が有る。その他のmiRNAのMOR機能制御との関連を示す報告は無いものの、MOR活性化薬であるヒドロモルフォンおよびオキシコドン投与により共通した血中レベル変動を示した事から、MOR刺激に対する生体の薬理作用応答を反映した変動を示すものと推察された。
以上の事から、本発明者らは、選抜された9種のmiRNAの血中プロファイルが健常人におけるオピオイド薬投与時と類似した血中プロファイルを呈するがん疼痛患者集団(
図3のクラス1)ではオピオイド薬投与に対するMOR刺激反応への応答余地が小さく、逆の血中プロファイルを呈する患者集団(
図3のクラス2)ではオピオイド薬投与に対するMOR刺激反応への応答余地が高いとの仮説を立て、これにより説明が可能かを以下検証した。
【0085】
この仮説をがん疼痛患者へのヒドロモルフォン投与試験データにより検証したところ、ヒドロモルフォン投与および切り替え後のオピオイド薬投与によるVAS改善レベルはクラス2の患者集団においてクラス1の患者集団に比較して有意に良好であり、上記仮説を支持する結果が得られた。この結果から、9種のmiRNA(hsa-let-7a-5p、hsa-miR-423-3p、hsa-let-7f-5p、hsa-miR-26a-5p、hsa-miR-144-3p、hsa-miR-451a、hsa-miR-215、hsa-miR-363-3p、hsa-miR-16-5p)は、血液を用いてオピオイド薬投与に対する生体のMOR活性化レベルを客観的に評価するための分子バイオマーカーでもあることが改めて確認できた。特に、上記9つのmiRNAは、ヒドロモルフォンやオキシコドンの投与に応答して増減し、オピオイド薬に対する感受性および抵抗性に関与する可能性が示唆された。
【0086】
9種のmiRNA(hsa-let-7a-5p、hsa-miR-423-3p、hsa-let-7f-5p、hsa-miR-26a-5p、hsa-miR-144-3p、hsa-miR-451a、hsa-miR-215、hsa-miR-363-3p、hsa-miR-16-5p)は、血液を用いてオピオイド薬投与に対する生体のMOR活性化レベルを被験者の主観に拠らず客観的に評価するための分子バイオマーカーとして有用であると共に、オピオイド薬による疼痛治療の有効性を予測する分子バイオマーカーとしても有用である。