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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-08-04
(45)【発行日】2022-08-15
(54)【発明の名称】冬期路面状態推定システム
(51)【国際特許分類】
   G01W 1/00 20060101AFI20220805BHJP
   G01W 1/10 20060101ALI20220805BHJP
【FI】
G01W1/00 J
G01W1/10 B
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2021086220
(22)【出願日】2021-05-21
【審査請求日】2021-07-22
(73)【特許権者】
【識別番号】509274441
【氏名又は名称】株式会社ネクスコ・エンジニアリング東北
(73)【特許権者】
【識別番号】397039919
【氏名又は名称】一般財団法人日本気象協会
(74)【代理人】
【識別番号】100131026
【弁理士】
【氏名又は名称】藤木 博
(74)【代理人】
【識別番号】100194124
【弁理士】
【氏名又は名称】吉川 まゆみ
(72)【発明者】
【氏名】土橋 博文
(72)【発明者】
【氏名】阿部 公一
(72)【発明者】
【氏名】千葉 京衛
(72)【発明者】
【氏名】丹治 和博
(72)【発明者】
【氏名】植草 篤
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 隆光
【審査官】佐野 浩樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-102006(JP,A)
【文献】特開2013-067953(JP,A)
【文献】特開2002-020733(JP,A)
【文献】特開2008-122250(JP,A)
【文献】特許第4742388(JP,B2)
【文献】特開2006-017501(JP,A)
【文献】特開2003-185506(JP,A)
【文献】高橋尚人、他,交通量を考慮した熱収支法による路面温度推定モデルの構築について,北海道開発土木研究所月報,2005年12月10日,平成17年12月号 No.631,P.28-36
【文献】高橋尚人、他,冬期路面管理支援システムの構築と運用,寒地土木研究所月報,2007年09月10日,No.652,P.8-17,http://www2.ceri.go.jp/jpn/pdf2/k-gp-200710-winterroad.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60W10/00-10/30
30/00-60/00
E01C19/00-19/52
E01H 1/00-15/00
G01W 1/00- 1/18
G08G 1/00-99/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
路面の固定点における観測データと、路面の熱収支モデル及び水収支モデルとを用いて、前記固定点における水貯留量(qwater)、雪貯留量(qsnow)及び氷貯留量(qice)を推定し、前記水貯留量、前記雪貯留量及び前記氷貯留量に基づいて前記固定点における路面状態を推定する冬期路面状態推定システムであって、
(a)前記熱収支モデルの式が、路面に出入りする熱量を示す項として、路面からの赤外放射量(σTs 4)と、顕熱伝達熱量(H)と、潜熱伝達熱量(IE)と、地中伝導熱量(G)と、水の凍結または雪もしくは氷の融解に利用可能な最大凍結融解熱量(M')とを含んでおり、前記赤外放射量、顕熱伝達熱量、潜熱伝達熱量及び地中伝導熱量の項に含まれる路面温度(Ts)を凍結温度(Tf)に設定するとともに前記熱収支モデルの式に含まれるパラメータに対して前記観測データを入力して前記熱収支モデルの式を解くことにより、前記最大凍結融解熱量(M')を算出する第1の手段と、
(b)前記最大凍結融解熱量(M')と、前記水貯留量、前記雪貯留量及び前記氷貯留量との関係に基づいて、実際に使用される凍結融解熱量(M)を算出する第2の手段と、
(c)前記水収支モデルの式が、前記水貯留量の変化率を示す水収支の式と、前記雪貯留量の変化率を示す雪収支の式と、前記氷貯留量の変化率を示す氷収支の式とからなり、かつ、各変化率の式は前記凍結融解熱量(M)を変数として含んでおり、前記第2の手段とともに用いることにより、前記水貯留量、前記雪貯留量及び前記氷貯留量をそれぞれ算出する第3の手段と、
(d)路面の残留塩分濃度が零よりも大きく、かつ、路面温度(Ts)が凍結温度(Tf)と異なる場合に、塩化ナトリウムの凝固点曲線の近似式から求められる前記路面温度(Ts)に対応する凝固点塩分濃度と、前記第3の手段で求めた前記水貯留量と、前記残留塩分濃度とに基づき、前記水貯留量について残留塩分濃度の濃縮・希釈を加味して補正した残留塩分補正水貯留量を算出する第4の手段と、
(e)前記水貯留量又は前記残留塩分補正水貯留量と、前記雪貯留量と、前記氷貯留量と、前記路面温度(Ts)と、前記残留塩分の有無とに基づき、前記固定点の路面状態が、予め分類された複数の路面状態のうちの1つであることを推定する第5の手段と、
を備えたことを特徴とする冬期路面状態推定システム。
【請求項2】
前記第1の手段において、路面の残留塩分濃度が零よりも大きい場合には、前記凍結温度(Tf)が残留塩分濃度に応じて低下することを加味して前記最大凍結融解熱量(M')を算出することを特徴とする請求項1記載の冬期路面状態推定システム。
【請求項3】
前記第5の手段は、
前記水貯留量又は前記残留塩分補正水貯留量と、前記雪貯留量と、前記氷貯留量との総和が零である場合には乾燥、前記総和が零でなく、前記総和に対する前記水貯留量又は前記残留塩分補正水貯留量の割合が1である場合には湿潤、シャーベット又は凍結のいずれか、前記割合が1でない場合には、前記総和が第1基準総和値以下かつ第2基準総和値以下である時には乾燥、前記総和が第1基準総和値以下かつ第2基準総和値よりも大きい時には湿潤、シャーベット又は凍結のいずれか、前記総和が第1基準総和値よりも大きくかつ前記路面温度(Ts)が第1基準路面温度よりも大きい時には湿潤、シャーベット又は凍結のいずれか、前記総和が第1基準総和値よりも大きくかつ前記路面温度(Ts)が第1基準路面温度以下である時には、前記雪貯留量が第1基準雪貯留量以下であればシャーベット、前記雪貯留量が第1基準雪貯留量よりも大きくかつ前記路面温度(Ts)が第2基準路面温度以下であれば積雪、前記雪貯留量が第1基準雪貯留量よりも大きくかつ前記路面温度(Ts)が第2基準路面温度よりも大きければシャーベットであると路面状態を推定する第1判別手段と、
前記第1判別手段において路面状態を湿潤、シャーベット又は凍結のいずれかであると推定した場合に、残留塩分がある時には、前記総和に対する前記残留塩分補正水貯留量の割合に応じて凍結、シャーベット、又は、湿潤のいずれであるかを推定し、残留塩分がない時には、前記路面温度(Ts)に応じて凍結又は湿潤のいずれであるかを推定する第2判別手段と、
を有することを特徴とする請求項1又は請求項2記載の冬期路面状態推定システム。
【請求項4】
前記第4の手段において、前記残留塩分濃度には、算出時における残留塩分濃度の観測データが得られる場合には観測データを用い、算出時の観測データが得られず、かつ、最も新しい観測データよりも後に凍結防止剤を散布していない場合には、残留塩分濃度の経過時間による変化式に基づき、観測データとその観測時刻から算出時までの経過時間とにより算出した推定値を用い、算出時の観測データが得られず、かつ、最も新しい観測データよりも後に凍結防止剤を散布した場合には、凍結防止剤の散布時における路面温度と初期塩分濃度との関係を示す散布時塩分濃度推定式に基づき、散布時の路面温度から散布時の初期塩分濃度を算出し、かつ、残留塩分濃度の経過時間による変化式に基づき、求めた散布時の初期塩分濃度と散布時刻から算出時までの経過時間とにより算出した推定値を用いることを特徴とする請求項1から請求項3のいずれか1に記載の冬期路面状態推定システム。
【請求項5】
(f)前記第5の手段において、前記固定点の路面状態が予め分類された複数の路面状態のうちの1つであることを推定する際に、除雪作業情報及び路面状態の観測データに基づき、前記水貯留量、前記雪貯留量、前記氷貯留量、又は、残留塩分補正水貯留量を修正する第6の手段と、
を備えたことを特徴とする請求項1から請求項4のいずれか1に記載の冬期路面状態推定システム。
【請求項6】
(g)前記第5の手段により推定した路面状態に応じて、路面の滑り抵抗値を推定する第7の手段と、
を備えたことを特徴とする請求項1から請求項5のいずれか1に記載の冬期路面状態推定システム。
【請求項7】
前記第5の手段では、路面状態を乾燥、湿潤、シャーベット、積雪、又は、凍結のいずれかに分類し、
前記第7の手段では、前記第5の手段により推定した路面状態が乾燥又は湿潤である場合には、路面の滑り抵抗値を路面状態に応じた一定値とし、前記第5の手段により推定した路面状態がシャーベット、積雪、又は、凍結である場合には、路面の滑り抵抗値を路面状態に応じた推定式により推定する
ことを特徴とする請求項6記載の冬期路面状態推定システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、道路の路面状態推定システムに関し、特に冬期における積雪や凍結等の路面状態の推定及び予測を行うためのシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
冬期において路面が積雪状態や凍結状態となると、道路交通への悪影響が極めて大きい。通行車両に対して路面状態に関する正確な予測を提供することは、安全性の面で重要である。また、凍結対策として散布される凍結防止剤は、路面凍結前に散布することが望ましいが、凍結状態となる地点と時点を正確に予測できなければ、効率的な散布を行えない。路面凍結と関連性の大きい要素の一つは路面温度であり、従来より、熱収支モデルを用いた路面温度の推定方法が提示されている(例えば、特許文献1参照)。また、路面温度を推定するのみでなく、路面の積雪や凍結等の具体的な路面状態を推定するシステムも開発されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2006-17501号公報
【文献】特許第4742388号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
通常、路面上に水分がある場合、路面温度が氷点下になれば水分が凍結するが、凍結防止剤の散布により路面上に残留塩分がある場合には、その濃度に応じて凝固点(以下、凍結温度とも言う)が下がり、路面温度が氷点下になっても路面が凍結しない。また、路面温度が凍結温度を下回ると、路面上の水分のうち一部が凍結するが、その際、純粋な水分のみが凍結し、塩分は液体として残った水分に含まれるようになる。そのため、液体部分の塩分濃度が高くなり凍結温度が下がり、これを繰り返すことにより、凍結温度と路面温度とが一致するところで収束する。よって、路面温度が凍結温度を下回っても、路面がすぐに凍結することはなく、また、路面上の水分は全て氷にならず、一部の水分が液体として残った状態で収束状態となる。
【0005】
また、逆に気温上昇により氷点下において路面温度が凍結温度を上回った場合でも、一部の氷が液体に融解することで塩分濃度が希釈され、凍結温度が上がるために、上述した凍結の場合と同様に、凍結温度が路面温度と一致するところで収束する。その際、全ての水分が液体にはならず、一部は氷として残ったままとなる。
【0006】
しかしながら、従来の路面状態推定システムでは、路面温度が凍結温度よりも高い場合には湿潤、凍結温度よりも低い場合には凍結として扱い、残留塩分濃度の濃縮や希釈は考慮されていないので、水と氷が混ざったシャーベットの状態を判別することが難しく、シャーベットであるにもかかわらず凍結と推定されてしまうことが多いという問題があった。
【0007】
本発明は、このような問題に基づきなされたものであり、冬季における路面状態の推定精度を向上させることができる冬期路面状態推定システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の冬期路面状態推定システムは、路面の固定点における観測データと、路面の熱収支モデル及び水収支モデルとを用いるものであり、以下の(a)~(e)の手段を備えたものである。
(a)前記熱収支モデルの式が、路面に出入りする熱量を示す項として、路面からの赤外放射量(σTs 4)と、顕熱伝達熱量(H)と、潜熱伝達熱量(IE)と、地中伝導熱量(G)と、水の凍結または雪もしくは氷の融解に利用可能な最大凍結融解熱量(M')とを含んでおり、前記赤外放射量、顕熱伝達熱量、潜熱伝達熱量及び地中伝導熱量の項に含まれる路面温度(Ts)を凍結温度(Tf)に設定するとともに前記熱収支モデルの式に含まれるパラメータに対して前記観測データを入力して前記熱収支モデルの式を解くことにより、前記最大凍結融解熱量(M')を算出する第1の手段。
(b)前記最大凍結融解熱量(M')と、前記水貯留量、前記雪貯留量及び前記氷貯留量との関係に基づいて、実際に使用される凍結融解熱量(M)を算出する第2の手段。
(c)前記水収支モデルの式が、前記水貯留量の変化率を示す水収支の式と、前記雪貯留量の変化率を示す雪収支の式と、前記氷貯留量の変化率を示す氷収支の式とからなり、かつ、各変化率の式は前記凍結融解熱量(M)を変数として含んでおり、前記第2の手段とともに用いることにより、前記水貯留量、前記雪貯留量及び前記氷貯留量をそれぞれ算出する第3の手段。
(d)路面の残留塩分濃度が零よりも大きく、かつ、路面温度(Ts)が凍結温度(Tf)と異なる場合に、塩化ナトリウムの凝固点曲線の近似式から求められる前記路面温度(Ts)に対応する凝固点塩分濃度と、前記第3の手段で求めた前記水貯留量と、前記残留塩分濃度とに基づき、前記水貯留量について残留塩分濃度の濃縮・希釈を加味して補正した残留塩分補正水貯留量を算出する第4の手段。
(e)前記水貯留量又は前記残留塩分補正水貯留量と、前記雪貯留量と、前記氷貯留量と、前記路面温度(Ts)と、前記残留塩分の有無とに基づき、前記固定点の路面状態が、予め分類された複数の路面状態のうちの1つであることを推定する第5の手段。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、路面の残留塩分濃度が零よりも大きく、かつ、路面温度(Ts)が凍結温度(Tf)と異なる場合に、塩化ナトリウムの凝固点曲線の近似式から求められる路面温度(Ts)に対応する凝固点塩分濃度と、水貯留量と、残留塩分濃度とに基づき、水貯留量について残留塩分濃度の濃縮・希釈を加味して補正した残留塩分補正水貯留量を算出するようにしたので、残留塩分補正水貯留量を用いて路面状態を推定することができる。よって、残留塩分濃度の濃縮や希釈を加味することができ、実際の路面状態の推定精度を高めることができる。
【0010】
また、第1の手段において、路面の残留塩分濃度が零よりも大きい場合には、凍結温度(Tf)が残留塩分濃度に応じて低下することを加味して最大凍結融解熱量(M')を算出するようにすれば、より高い精度で路面状態を推定することができる。
【0011】
更に、第5の手段において、第1の判別手段と第2の判別手段とにより路面状態を推定するようにすれば、より高い精度で路面状態を推定することができる。
【0012】
加えて、第4の手段において、残留塩分濃度に、算出時における残留塩分濃度の観測データが得られる場合には観測データを用い、得られない場合には、最も新しい観測データ又は凍結防止剤の散布時刻に基づいて算出した推定値を用いるようにすれば、より高い精度で路面状態を推定することができる。
【0013】
更にまた、第5の手段において、除雪作業情報及び路面状態の観測データに基づき、水貯留量、雪貯留量、氷貯留量、又は、残留塩分補正水貯留量を修正するようにすれば、より高い精度で路面状態を推定することができる。
【0014】
加えてまた、推定した路面状態に応じて路面の滑り抵抗値を推定するようにすれば、路面状態と滑り抵抗値との整合性を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の一実施の形態に係る冬期路面状態推定システムを、路面情報を提供するためのシステムに適用した一例の概略構成図である。
図2】本システムの主要部である路面状態推定部の概略的な構成図である。
図3図2の固定点の路面温度推定処理部における処理の流れを示すフロー図である。
図4】本システムで用いる路面での水収支モデルの概念図であり、(a)は水の収支、(b)は雪の収支、(c)は氷の収支を示す。
図5図2の固定点の路面状態推定処理部における処理の流れを示すフロー図である。
図6図5に続く処理の流れを示すフロー図である。
図7図6のステップS46における残留塩分モデルを用いた処理の流れを示すフロー図である。
図8】塩化ナトリウムの凝固点曲線を表す特性図である。
図9】初期塩分濃度に対する残留塩分濃度の比率と経過時間との関係を表す特性図である。
図10】凍結防止剤を散布した時の路面温度と初期塩分濃度との関係を表す特性図である。
図11図6のステップS50の路面状態判別フローにおける第1判別フローの具体例を示したフロー図である。
図12図6のステップS50の路面状態判別フローにおける第2判別フローの具体例を示したフロー図である。
図13図2の固定点の路面の滑り抵抗値推定処理部における処理の流れを示すフロー図である。
図14】本発明の冬期路面状態推定システムを、固定点の路面状態の予測システムとして用いた場合の概略フローを示している。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。
【0017】
(1)システム概要
図1は、本発明による冬期路面状態推定システム10を、路面情報を提供するためのネットワークシステムとして構築した一例の概略構成図である。
【0018】
冬期路面状態推定システム10は、適宜のコンピュータに導入された所定のプログラムを実行することにより実現される。プログラムは、ハードディスク等のデータ保存部14に実行可能な形態で導入されている。CPU(図示せず)は、プログラムをメモリ(図示せず)に読み込み、実行する。冬期路面状態推定システム10の主要部である路面状態推定部12は、固定点の路面温度推定処理部1と、固定点の路面状態推定処理部2と、固定点の路面の滑り抵抗値推定処理部3とを含む。各処理部1~3は、実質的には、CPUが実行する各機能の処理に対応する。各処理部1~3の詳細については、後述する。データ保存部14は、各処理部1~3における処理に関連する予備的データ、一時的データ、保存用データ等の種々のデータも保存する。
【0019】
CPUは、コンピュータの入出力制御も行い、入力機能には、外部データ取得部11が含まれる。外部データ取得部11は通信機能を備え、ネットワーク18を介して種々のデータを受信し、またはコンピュータの周辺装置(データ記憶媒体の読取装置等)からデータ受信し、データ保存部14に格納する。出力機能には、例えば、ウェブページ作成部13と通信機能が含まれる。ウェブページ作成部13は、本システムにより得られた路面情報をもとに適宜のウェブページを作成及び更新し、ネットワーク18を介して配信する。
【0020】
固定点の観測データ計測手段15は、観測データを取得するための種々の装置やシステムをまとめて概念的に示している。本明細書における「観測データ」には、気象データと計測データとを含むものとする。なお、将来の時点のデータの場合、観測データではなく「予測データ」と称する方が適切であるが、本明細書では説明の便宜上、いずれの時点のデータについても「観測データ」と称する場合がある。予測データを入力すれば、本システムは、路面状態の予測システムとして機能することになる。
【0021】
気象データは、固定点に設置した気象センサーによって観測されるデータと気象庁から所定時間毎に発表されるデータがある。気象センサーは、風速計、日射計、気温計、路温計などがあり、これらのセンサーが計測した値はネットワークを介して冬期路面状態推定システム10へ送信される。気象庁のデータは、アメダスやメッシュ気象データ(GPVデータともいう)がある。例えば、気象庁が配信するメソモデル予測値は、日本全国を約5km格子のメッシュに分け、1日8回の3時間ごとに51時間先または39時間先までの1時間ごとの気温、降水量、雲量の予測値を提供している。対象とする固定点が含まれるメッシュ気象データを、その固定点における気象データとして用いる。メッシュ気象データから正味放射量を算出することができる。
【0022】
計測データは、GPS装置及び計測装置を搭載した観測車が対象地域を走行して得るデータである。観測車は、例えば、気象状況や路面状況をモニタリングするプローブカーなどである。また、車外気温、車体下部温度及び路面温度を計測することもできる。
【0023】
除雪作業情報取得手段16は、除雪作業情報、例えば、除雪作業を行った場所と時間を取得するための種々の装置やシステムをまとめて概念的に示している。
【0024】
冬期路面状態推定システム10は、取得した観測データ及び除雪作業情報に基づいて、路面状態の推定を行う。推定される路面状態は、観測データの観測時点におけるものである。現時点の観測データを入力すれば、現時点の路面温度及び路面状態の推定値が得られ、24時間後の観測データを入力すれば、24時間後の路面温度及び路面状態の推定値が得られる。
【0025】
路面状態表示端末17は、ネットワーク18に接続されブラウザを搭載した適宜のコンピュータである。路面状態表示端末17から、本システム10のウェブページ作成部13により作成されたウェブページにアクセスし、端末画面に表示させることにより、路面状態の予測情報などを見ることができる。
【0026】
図2は、路面状態推定部12の概略的な構成図である。説明の便宜上、3つの処理部1~3に分離して示しているが、これらの処理部1~3は互いに関連しており、個々の処理部が全く独立しているわけではない。図2中、円柱は、処理対象または処理結果のデータを示し、四角は、処理内容を示し、矢印は、処理の流れを示している。図2を参照して各処理部の概要を説明する。
【0027】
固定点の路面温度推定処理部1は、本発明の第1の手段として機能するものであり、観測データ1aを熱収支モデル1bに適用することにより、固定点における路面温度を推定する。熱収支モデル1bは、路面上に水、雪及び/または氷が存在する場合の凍結・融解を考慮したモデルであり、この凍結・融解を考慮した熱収支モデル1bを用いることにより、固定点の路面温度とともに、最大凍結融解熱量の推定値を取得する(符号1c)。
【0028】
固定点の路面状態推定処理部2は、本発明の第2の手段から第6の手段として機能するものである。第2の手段及び第3の手段では、処理部1で推定された最大凍結融解熱量と、水収支モデル2aとを用いて、固定点における路面の水貯留量、雪貯留量及び氷貯留量の推定値を取得する(符号2b)。本明細書では、互いに関連性のある水の収支、雪の収支及び氷の収支を包含するモデルを「水収支モデル」と称している。第4の手段では、路面の残留塩分濃度が零よりも大きく、かつ、路面温度が凍結温度と異なる場合に、残留塩分濃度の濃縮や希釈を加味する残留塩分モデル2cを用い、推定した水貯留量を補正した残留塩分補正水貯留量を取得する(符号2b)。なお、残留塩分濃度というのは、凍結防止剤等の散布により路面上に残留している塩分濃度のことである。
【0029】
第5の手段では、推定された水貯留量又は残留塩分補正水貯留量と、雪貯留量と、氷貯留量とに基づき、路面状態判別フロー2dを適用し、固定点の路面状態を推定する(符号2e)。具体的な路面状態としては、例えば、主要な5つの分類(乾燥、湿潤、シャーベット、積雪、凍結)がある。第5の手段は、例えば、第1判別フローにより、固定点の路面状態を分類のうちのいずれの状態であるか、又は、分類のうちの複数の状態のいずれかであるかを推定する第1判別手段と、第1判別フローにより、複数の状態のいずれかであると推定された場合に、そのうちのいずれであるかを推定する第2判別手段とを有している。第6の手段では、第5の手段において路面状態を推定する際に、除雪作業情報及び路面状態の観測データに基づいて修正フロー2fを適用し、水貯留量、雪貯留量、氷貯留量、又は、残留塩分補正水貯留量を修正する(符号2b)。
【0030】
固定点の路面の滑り抵抗値推定処理部3は、本発明の第7の手段として機能するものであり、処理部2で推定された路面状態に応じて、滑り抵抗値推定フロー3aを適用し、路面の滑り抵抗値の推定値を取得する(符号3b)。
【0031】
本システムによる処理の詳細な説明に先立って、本明細書中に示す数式中のパラメータの意味を表1にまとめて示す。推定しようとするパラメータを変数とし、熱収支モデルまたは水収支モデルの式を解くことにより、その変数の推定値を得ることができる。路面温度Tsの推定値を得る場合は、路面温度Tsを変数とする。
【0032】
【表1】
【0033】
(2)固定点の路面温度の推定
図3は、図2の固定点の路面温度推定処理部1における処理の流れを示すフロー図である。
ステップS31において、後述するステップS32の熱収支モデルの式を解くために必要な観測データを取得する。観測データは、推定しようとする固定点におけるもので、かつ推定しようとする時点におけるものを用いる。
【0034】
ステップS32において、凍結・融解を考慮した熱収支モデルの式を用いて、路面温度Ts及び最大凍結融解熱量M'を算出する。路面上に水、雪及び/または氷が存在すると、路面に出入りする熱量の一部は、水の凍結または雪もしくは氷の融解、すなわち相変化に用いられる。最大凍結融解熱量M'とは凍結温度Tfで相変化に用いることができる熱量の最大値である。凍結・融解を考慮した熱収支モデルの式は、数1の通りである。
【0035】
【数1】
【0036】
数1は、路面に出入りする熱量を示す複数の項の加算として表されている。σTf 4は、路面温度が凍結温度のときの路面からの赤外放射量である。相変化が起きていないときは路面からの赤外放射量はσTs 4で表されるが、相変化が起きているときには路面温度Tsを凍結温度Tfに設定する。なお、相変化が起きているときは、凍結温度Tfは通常0℃であるが、路面に残留塩分が有る場合、すなわち、路面の残留塩分濃度が零よりも大きい場合には、凍結温度Tfは残留塩分濃度に応じて低下する。よって、路面の残留塩分濃度が零よりも大きい場合には、残留塩分濃度に応じた凍結温度Tfを用い、残留塩分濃度による凍結温度Tfの低下を加味することが好ましい。残留塩分濃度は、例えば、後述する残留塩分モデル2cにおいて説明するようにして求めることができる。残留塩分濃度に応じた凍結温度Tfは、例えば、後述する図8に示した塩化ナトリウムの凝固点曲線、又は、数17に示した近似式により求めることができる。
【0037】
Hは、顕熱伝達熱量(W/m2)、IEは、潜熱伝達熱量(W/m2)、Gは、地中伝達熱量(W/m2)である。伝達熱量をフラックスと称する場合もある。数1のH、IE、Gは、それぞれ数2~数4の通りであるが、最大凍結融解熱量M'を算出するときには、相変化が起きているので路面温度Tsを凍結温度Tfに設定する。よって、最大凍結融解熱量M'は、数5で算出される。得られた最大凍結融解熱量M'を、後述する水収支モデルにおける水・雪・氷の各貯留量とともに用いることにより、実際に用いられる凍結融解熱量Mを求めることができる。
【0038】
【数2】
【0039】
【数3】
【0040】
【数4】
【0041】
【数5】
【0042】
一方、相変化が起きていないときは、数1において凍結温度Tfを路面温度Tsに置き換え、M'=0とする。この場合、数1の熱収支モデルは、数6となる。本システムでは、路面温度Tsを求めるために、路面に入力する正味の放射エネルギーRを表す式として、数7の変形式である数8を用いる。
【0043】
【数6】
【0044】
【数7】
【0045】
【数8】
【0046】
数8は、沿道周辺にある建物・構造物による遮蔽率φと、建物・構造物による赤外放射φσTa 4と、車両による遮蔽率trと、車両による赤外放射trσTv 4とを考慮した変形式である。建物・構造物による遮蔽率φは、沿道周辺にある建物・構造物が天空を覆っている割合である。車両による遮蔽率trは、車両が路面を覆っている時間の割合である。trは、数9で表される。数9の各パラメータの意味は次の通りである。
d:車両の平均全長(m)
N:毎時の交通量(台/h)
v:車両の平均速度(km/h)
【0047】
【数9】
【0048】
数6と数8を組み合わせて解くことにより、路面温度Tsを算出する。
ステップS33において、最大凍結融解熱量M'と路面温度Tsを出力し、データ保存部に記憶しておく。
【0049】
(3)固定点の路面状態の推定
路面上で相変化(融解・凍結)が生じているときに、実際に用いられる凍結融解熱量Mは、数5で算出される最大凍結融解熱量M'と、水貯留量qwater、雪貯留量qsnow、氷貯留量qiceとの関係により、数10~数12で表される。
【0050】
【数10】
【0051】
【数11】
【0052】
【数12】
【0053】
図4は、本システムで用いる、路面での水収支モデルの概念図である。水収支モデルは、(a)の水の収支、(b)の雪の収支、及び(c)の氷の収支の3つの相の収支から構成される。
【0054】
図4(a)の水の収支において、左図は、降雨、大気中の水分の凝結、雪及び氷の融解による水の供給を表し、右図は、蒸発、凍結及び排水による水の損失を表している。水の貯留量qwaterの変化率を式で表すと、数13のようになる。IEは数3の潜熱伝達熱量である。
【0055】
【数13】
【0056】
図4(b)の雪の収支において、左図は、降雪による雪の供給を表し、右図は、融解による雪の損失を表している。雪の貯留量qsnowの変化率を式で表すと、数14のようになる。
【0057】
【数14】
【0058】
図4(c)の氷の収支において、左図は、水の凍結による氷の供給を表し、右図は、融解による氷の損失を表している。氷の貯留量qiceの変化率を式で表すと、数15のようになる。
【0059】
【数15】
A、B、Γは、0または1のフラグをそれぞれ表し、数16のように決定する。
【0060】
【数16】
【0061】
図5及び図6は、図2の固定点の路面状態推定処理部2における処理の流れを示すフロー図である。この処理においては、上記数10~数16の式を用いる。ステップS41~43では、後述するステップS44の水収支モデルの式を解くために必要なパラメータを取得する。ここで取得するパラメータは、推定しようとする固定点におけるもので、かつ推定しようとする時点におけるものである。ステップS41では、最大凍結融解熱量M'を取得する。最大凍結融解熱量M'は、固定点の路面温度推定処理部1にて熱収支モデルから算出できる。ステップS42では、除雪による路面上の雪貯留量と氷貯留量の減少分rmおよび路面上に凍結防止剤があるか否かの情報を取得する。ステップS43では、その他の必要な観測データを取得する。
【0062】
ステップS44において、上記の数10~数16を用いて、水・雪・氷の各貯留量qwater、qsnow、qiceと、凍結融解熱量Mとを算出する。ステップS45では、算出された水・雪・氷の各貯留量qwater、qsnow、qiceと、凍結融解熱量Mとを出力し、データ保存部に記憶しておく。
【0063】
ステップS46では、路面の残留塩分濃度SCrが零(0)よりも大きく、かつ、路面温度Tsが凍結温度Tfと異なる場合に、残留塩分モデル2cを用い、水貯留量について残留塩分濃度の濃縮・希釈を加味して補正した残留塩分補正水貯留量を算出する(図7で後述)。ステップS47では、算出された残留塩分補正水貯留量qwcを出力し、データ保存部に記録しておく。
【0064】
ステップS48では、除雪作業情報及び路面状態の観測データに基づき、修正フローにより、算出された水貯留量qwater、雪貯留量qsnow、氷貯留量qice、又は、残留塩分補正水貯留量qwcを修正する。例えば、除雪作業が行われた時であれば、水貯留量qwater又は残留塩分補正水貯留量qwcと、雪貯留量qsnowと、氷貯留量qiceとの比率を維持しつつ、水貯留量qwater又は残留塩分補正水貯留量qwcと、雪貯留量qsnowと、氷貯留量qiceとの総和を所定値以下とするように修正する。また、路面状態の観測データが得られる場合には、観測データに適合するように、水貯留量qwater、雪貯留量qsnow、氷貯留量qice、又は、残留塩分補正水貯留量qwcを修正する。路面状態の観測データとしては、例えば、路面センサー等の路面状態を識別する装置や、路面状態を写した画像から得ることができる。ステップ49では、修正した水貯留量qwater、雪貯留量qsnow、氷貯留量qice、又は、残留塩分補正水貯留量qwcを出力し、データ保存部に記録しておく。
【0065】
ステップ50では、ステップS44で得られた水貯留量qwater、雪貯留量qsnow及び氷貯留量qiceと、路面温度Tsと、残留塩分の有無とに基づき、又は、ステップ46で得られた残留塩分補正水貯留量qwcと、ステップS44で得られた雪貯留量qsnow及び氷貯留量qiceと、路面温度Tsと、残留塩分の有無とに基づき、路面状態判別フローにより、具体的な路面状態を推定する。その際、ステップ48において、水貯留量qwater、雪貯留量qsnow、氷貯留量qice、又は、残留塩分補正水貯留量qwcを修正した場合には、修正後の値を用いる。水・雪・氷の各貯留量の推定値を、そのままユーザに提供しても実際の路面状態を理解することはできない。従って、水・雪・氷の各貯留量の推定値に基づいて、路面状態判別フローにより幾つかの具体的な路面状態、例えば、「乾燥」、「湿潤」、「シャーベット」、「積雪」、「凍結」のいずれであるかを推定する。
【0066】
例えば、路面状態判別フローでは、まず、第1判別フローにより、路面状態を「乾燥」、「シャーベット」、「積雪」、又は、「湿潤、シャーベット又は凍結のいずれか」の4つに判別し(図11で後述)、次に、第1判別フローで「湿潤、シャーベット又は凍結のいずれか」に判別した場合に、第2判別フローにより、路面状態が「湿潤」、「シャーベット」、又は、「凍結」のいずれであるかを判別する(図12で後述)。ステップS51において、推定された路面状態を出力し、データ保存部に記憶しておく。
【0067】
図7は、図6のステップS46における残留塩分モデル2cを用いた処理の流れを示すフロー図である。凍結防止剤の散布により路面上に残留塩分がある場合には、残留塩分濃度に応じて凝固点(凍結温度)が下がる。図8に塩化ナトリウムの凝固点曲線を示すと共に、数17に塩化ナトリウムの凝固点曲線の近似式を示す。数17において、SCは塩分濃度、Tは温度である。路面温度Tsが凍結温度Tfよりも低いと、路面上の水分のうち一部が凍結し、塩分は液体として残った水分に含まれるので塩分濃度が高くなり、凍結温度Tfが低下して路面温度Tsに一致するまで濃縮される。逆に、路面温度Tsが凍結温度Tfよりも高いと、路面上の氷のうち一部が融解し、水分に含まれていた塩分濃度が低くなり、凍結温度Tfが上昇して路面温度Tsに一致するまで希釈される。なお、塩化ナトリウムの飽和水溶液(以下、塩水という)の凝固点(約-21℃、濃度約23.3%)よりも低い温度においては、塩水として凍結するために残留塩分濃度の濃縮や希釈は起こらないので、ステップS46における残留塩分モデル2cを用いた処理は、塩水の凝固点よりも路面温度Tsが高い場合に適用する。
【0068】
【数17】
【0069】
ステップS61では、路面の残留塩分濃度が零よりも大きく、かつ、路面温度Tsが凍結温度Tfと異なり、かつ、路面温度Tsが塩水の凝固点よりも高いかを判別する。条件に該当しない場合、すなわち、路面に残留塩分がない場合、又は、路面温度Tsと凍結温度Tfとが一致している場合、又は、路面温度Tsが塩水の凝固点以下の場合には、以下の処理を行わず、ステップS48に進む。また、条件に該当する場合には、ステップS62の処理を行う。
【0070】
ステップS62において、数17の塩化ナトリウムの凝固点曲線の近似式から求めた路面温度Tsに対応する凝固点塩分濃度SCfと、ステップS44で得られた水貯留量qwaterと、残留塩分濃度SCrとに基づき、数18から、水貯留量qwaterについて残留塩分濃度の濃縮・希釈を加味して補正した残留塩分補正水貯留量qwcを算出する。凝固点塩分濃度SCfは数17のTに路面温度Tsを入れることにより求められる。
【0071】
【数18】
【0072】
なお、ステップS62において、残留塩分濃度SCrには、算出時における残留塩分濃度SCrの観測データが得られる場合には観測データを用いる。算出時の観測データが得られず、かつ、最も新しい観測データよりも後に凍結防止剤を散布していない場合には、例えば、数19に示した残留塩分濃度SCrの経過時間による変化式に基づき、観測データを初期塩分濃度SC0とし、観測データとその観測時刻から算出時までの経過時間tとにより算出した推定値を用いる。算出時の観測データが得られず、かつ、最も新しい観測データよりも後に凍結防止剤を散布した場合には、例えば、数20に示した凍結防止剤の散布時における路面温度Tsと初期塩分濃度SC0との関係を示す散布時塩分濃度推定式に基づき、散布時の路面温度Tsから散布時の初期塩分濃度SC0を算出し、かつ、例えば、数19に示した残留塩分濃度SCrの経過時間による変化式に基づき、散布時の初期塩分濃度SC0と散布時刻から算出時までの経過時間tとにより算出した推定値を用いる。
【0073】
【数19】
【0074】
【数20】
【0075】
なお、数19に示した残留塩分濃度SCrの経過時間による変化式、及び、数20に示した散布時塩分濃度推定式は観測値によって得られた経験式であり、一例である。図9に、初期塩分濃度SC0に対する残留塩分濃度SCrの比率と経過時間との関係を示す。図10に、凍結防止剤を散布した時の路面温度Tsと初期塩分濃度SC0との関係を示す。
【0076】
図11及び図12は、図6のステップS50の路面状態判別フローの具体例を示したフロー図である。図11は第1判別フロー、図2は第2判別フローである。路面状態判別フローは、水貯留量qwater又は残留塩分補正水貯留量qwcと、雪貯留量qsnowと、氷貯留量qiceとの総和、総和に対する水貯留量qwater又は残留塩分補正水貯留量qwcの割合、雪貯留量qsnow、路面温度Ts、及び、残留塩分の有無を判断することにより行われる。路面状態判別フローでは、例えば、まず、第1判別フローを行い、次に、第1判別フローで複数の状態のいずれかであると判別された場合に、第2判別フローを行う。
【0077】
まず、第1判別フローにおいて、ステップS71で、水貯留量qwater又は残留塩分補正水貯留量qwcと、雪貯留量qsnowと、氷貯留量qiceとの総和(以下、単に総和と言う)が零(0)であるか否かを判断する。総和が零(0)の場合は、水、雪、及び、氷が無い場合であり、「乾燥」であると判断する。総和が零(0)でない場合は、ステップS72へ進む。
【0078】
ステップS72では、総和に対する水貯留量qwater又は残留塩分補正水貯留量qwcの割合(以下、水の割合と言う)が1であるか否かを判断する。水の割合が1の場合は、路面温度Tsや残留塩分の有無により「湿潤」、「シャーベット」、又は、「凍結」のいずれかである可能性があるので、「湿潤、シャーベット又は凍結のいずれか」であると判断し、第2判別フローのステップS81へ進む。水の割合が1でない場合は、ステップS73へ進む。
【0079】
ステップS73では、総和が第1基準総和値以下であるか否かを判断する。第1基準総和値は積雪の可能性が高いか否かを判断する値であり、例えば、路面に応じて1mm~2mmの範囲で適宜設定する。積雪の場合は総和が第1総和基準値よりも大きい可能性があるが、積雪でない場合は総和が第1基準総和値よりも小さい可能性があるからである。総和が第1基準総和値以下である場合には、積雪の可能性が小さいと判断し、ステップS74へ進み、総和が第1基準総和値よりも大きい場合には、積雪の可能性が高いと判断し、ステップS75へ進む。
【0080】
ステップS74では、総和が第2基準総和値以下であるか否かを判断する。第2基準総和値は第1基準総和値よりも小さい値で、総和が零ではないが乾燥と言える状態であるか否かを判断する値であり、例えば、路面に応じて0.1mm~0.5mmの範囲で適宜設定する。総和が第2基準総和値以下である時には、路面上の水・雪・氷の量が非常に少ないので、「乾燥」であると判断する。総和が第2基準総和値よりも大きい時には、路面温度Tsや残留塩分の有無により「湿潤」、「シャーベット」、又は、「凍結」のいずれかの可能性があるので、「湿潤、シャーベット又は凍結のいずれか」であると判断し、第2判別フローのステップS81へ進む。
【0081】
ステップS75では、路面温度Tsが第1基準路面温度以下であるか否かを判断する。第1基準路面温度は路面に雪が積もる可能性があるか否かを判断する値であり、例えば、路面に応じて-0.5℃~0.5℃の範囲で適宜設定する。路面温度Tsが第1基準路面温度よりも高い時には、路面に雪が積もる可能性は低く、路面温度Tsや残留塩分の有無により「湿潤」、「シャーベット」、又は、「凍結」のいずれかの可能性があるので、「湿潤、シャーベット又は凍結のいずれか」であると判断し、第2判別フローのステップS81へ進む。路面温度Tsが第1基準路面温度以下である時には、路面に雪が積もる可能性があると判断し、ステップS76へ進む。
【0082】
ステップS76では、雪貯留量qsnowが第1基準雪貯留量以下であるか否かを判断する。第1基準雪貯留量は積雪の可能性が高いか否かを判断する値であり、例えば、路面に応じて2mm~4mmの範囲内で適宜設定する。雪貯留量qsnowが第1基準雪貯留量以下であれば、総和が多いものの積雪の可能性は低いので、「シャーベット」であると判断する。
【0083】
雪貯留量qsnowが第1基準雪貯留量よりも大きければ、ステップS77において、路面温度Tsが第2基準路面温度以下であるか否かを判断する。第2基準路面温度は第1基準路面温度路面よりも低い値で、シャーベットになる可能性が高いか否かを判断する値であり、例えば、路面に応じて-2℃~0℃の範囲で、第1基準路面温度路面より低い値を適宜設定する。路面温度Tsが第2基準路面温度以下であれば、シャーベットになる可能性が低いので「積雪」であると判断し、路面温度Tsが第2基準路面温度よりも高ければ、シャーベットになる可能性が高いので「シャーベット」であると判断する。
【0084】
次に、第1判別フローにより「湿潤、シャーベット又は凍結のいずれか」に分類された場合には、第2判別フローのステップS81で、残留塩分があるか否かを判断する。残留塩分濃度によって、凍結温度が異なるからである。具体的には、例えば、凍結温度Tfが所定の温度(例えば、-0.15℃)以下であるか否かにより、残留塩分濃度の有無を判断する。残留塩分がある場合は、ステップS82へ進み、残留塩分がない場合にはステップS84へ進む。
【0085】
ステップS82では、水の割合が第1基準割合以下であるか否かを判断する。第1基準割合は湿潤の可能性が高いか否かを判断する値であり、例えば、路面に応じて0.4~0.6の範囲で適宜設定する。なお、ステップS82における水の割合というのは、総和に対する残留塩分補正水貯留量qwcである。水の割合が第1基準割合以下である時には、湿潤の可能性は低く、氷や雪の割合が多い可能性が高いので、「凍結」又は「シャーベット」と判断し、ステップS83に進む。水の割合が第1基準割合よりも大きい時には、「凍結」や「シャーベット」の可能性が低いので、「湿潤」であると判断する。
【0086】
ステップS83では、水の割合が第2基準割合以下であるか否かを判断する。第2基準割合は凍結の可能性が高いか否かを判断する値であり、例えば、路面に応じて0~0.2の範囲で適宜設定する。なお、ステップS83における水の割合というのは、総和に対する残留塩分補正水貯留量qwcである。水の割合が第2基準割合以下であれば、氷や雪の割合が高いので、「凍結」であると判断する。水の割合が第2基準割合よりも大きければ、氷や雪に水が混じる可能性が高いので、「シャーベット」であると判断する。
【0087】
すなわち、ステップS81で残留塩分があると判断した場合には、ステップS82,S83において、総和に対する残留塩分補正水貯留量qwcの割合に応じて、「凍結」、「シャーベット」、又は、「湿潤」のいずれであるかを推定する。
【0088】
また、ステップS84では、路面温度Tsが0℃以下であるか否かを判断する。残留塩分が無い場合には、0℃で凍結するからである。路面温度Tsが0℃以下である時は、「凍結」であると判断し、路面温度Tsが0℃よりも高い時には、「湿潤」であると判断する。すなわち、ステップS81で残留塩分が無いと判断した場合には、ステップS84において、路面温度Tsに応じて「凍結」又は「湿潤」のいずれであるかを推定する。
【0089】
(4)路面の滑り抵抗値の推定
図13は、図2の固定点の路面の滑り抵抗値推定処理部3における処理の流れを示すフロー図である。路面状態の推定と滑り抵抗値の推定とをそれぞれ独立した手法で行うと、路面状態と滑り抵抗の整合性が取れない場合があるが、推定した路面状態に応じて、路面の滑り抵抗値を推定すれば、整合性を図ることができる。なお、本発明における滑り抵抗値は、Halliday Technologies Inc.が開発したReal Time Traction Tool(連続路面すべり抵抗値測定装置)により算出される滑り抵抗値を意味しており、HFN(Halliday Friction Number)と呼ばれる。この滑り抵抗値HFNと滑り摩擦係数μとの関係は、例えば、μ=0.0093HFN-0.1422で表される。
【0090】
まず、ステップS91において、固定点の路面状態推定処理部2で推定された路面状態を取得する。ステップS92では、路面状態が「乾燥」又は「湿潤」であるか否かを判断する。路面状態が「乾燥」又は「湿潤」である場合には、ステップS93において、路面状態に応じた一定値(例えば80)を滑り抵抗値として出力し、データ保存部に記録しておく。路面状態が「乾燥」又は「湿潤」の場合には、滑り抵抗値は80程度になる場合が多く、また、車の走行への影響が少ないため一定値とした方が簡便に処理することができるからである。
【0091】
路面状態が「シャーベット」、「積雪」、又は、「凍結」である場合には、路面の滑り抵抗値を路面状態に応じた推定式により推定する。例えば、「シャーベット」の場合には、総和に対する氷貯留量qiceの割合(以下、氷の割合Riと言う)に応じて推定する。具体的には、例えば、数21に示した氷の割合Riと滑り抵抗値HFNとの関係を表す推定式を用いる。「積雪」又は「凍結」の場合には、氷貯留量qiceに応じて推定する。具体的には、例えば、数22に示した氷貯留量qiceと滑り抵抗値HFNとの関係を表す推定式を用いる。なお、数21、22に示した推定式は実験により得られた実験式である。
【0092】
【数21】
【0093】
【数22】
【0094】
(5)予測システムとしての利用
図14は、上述した冬期路面状態推定システム10を、固定点の路面状態の予測システムとして用いた場合の概略フローを示している。時刻tの予測を行う場合は、上述の固定点の路面温度推測処理において、観測データとして時刻tの予測データを入力し(符号1a)、熱収支モデルの式を解く(符号1b)。この結果、時刻tの最大凍結融解熱量の予測値が得られる(符号1c)。この最大凍結融解熱量の予測値を用いて、上述の固定点の路面状態推測処理を実行する。水収支モデルの式を解くことにより(符号2a)、時刻tにおける水・雪・氷の貯留量の予測値が得られる(符号2b)。
【0095】
また、時刻tにおける路面の残留塩分濃度SCrが零よりも大きく、かつ、路面温度Tsが凍結温度Tfと異なる場合には、残留塩分モデル2cにより残留塩分補正水貯留量の予測値を算出する(符号2c)。更に、除雪作業の予定がある場合には、除雪作業情報に基づき、修正フローにより水貯留量、雪貯留量、氷貯留量、又は、残留塩分補正水貯留量を修正する(符号2f)。得られた水貯留量又は残留塩分補正水貯留量と、雪貯留量と、氷貯留量との予測値を用いて、路面状態判別フローを適用し(符号2d)、時刻tにおける固定点の路面状態の予測値を得ることができる(符号2e)。
【0096】
このように本実施の形態によれば、路面の残留塩分濃度SCrが零(0)よりも大きく、かつ、路面温度Tsが凍結温度Tfと異なる場合に、塩化ナトリウムの凝固点曲線の近似式から求められる路面温度Tsに対応する凝固点塩分濃度SCfと、水貯留量qwaterと、残留塩分濃度SCrとに基づき、水貯留量qwaterについて残留塩分濃度SCrの濃縮・希釈を加味して補正した残留塩分補正水貯留量qwcを算出するようにしたので、残留塩分補正水貯留量qwcを用いて路面状態を推定することができる。よって、残留塩分濃度SCrの濃縮や希釈を加味することができ、実際の路面状態の推定精度を高めることができる。
【0097】
また、第1の判別手段と第2の判別手段とにより路面状態を推定するようにすれば、より高い精度で路面状態を推定することができる。
【0098】
更に、第4の手段において、残留塩分濃度SCrに、算出時における残留塩分濃度SCrの観測データが得られる場合には観測データを用い、得られない場合には、最も新しい観測データ又は凍結防止剤の散布時刻に基づいて算出した推定値を用いるようにすれば、より高い精度で路面状態を推定することができる。
【0099】
加えて、第5の手段において、除雪作業情報及び路面状態の観測データに基づき、水貯留量qwater、雪貯留量qsnow、氷貯留量qice、又は、残留塩分補正水貯留量qwcを修正するようにすれば、より高い精度で路面状態を推定することができる。
【0100】
更にまた、推定した路面状態に応じて路面の滑り抵抗値HFNを推定するようにすれば、路面状態と滑り抵抗値HFNとの整合性を図ることができる。
【0101】
以上、実施の形態を挙げて本発明を説明したが、本発明は上記実施の形態に限定されるものではなく、種々変形可能である。例えば、上記実施の形態では、各構成要素について具体的に説明したが、全ての構成要素を備えていなくてもよく、また、他の構成要素を備えていてもよい。
【符号の説明】
【0102】
1…固定点の路面温度推定処理部(第1の手段)、2…固定点の路面状態推定処理部(第2の手段、第3の手段、第4の手段、第5の手段、第6の手段)、3…路面の滑り抵抗値推定処理部(第7の手段)、10…冬期路面状態推定システム、11…外部データ取得部、12…路面状態推定部、13…ウェブページ作成部、14…データ保存部、15…観測データ計測手段、16…除雪作業情報取得手段、17…路面状態表示端末、18…ネットワーク
【要約】
【課題】路面状態の推定精度を向上させることができる冬期路面状態推定システムを提供する。
【解決手段】固定点の路面状態推定処理部2は、最大凍結融解熱量と、水収支モデル2aとを用いて、固定点における路面の水貯留量、雪貯留量及び氷貯留量の推定値を取得する。路面の残留塩分濃度が零よりも大きく、かつ、路面温度が凍結温度と異なる場合には、残留塩分濃度の濃縮や希釈を加味する残留塩分モデル2cを用い、推定した水貯留量を補正した残留塩分補正水貯留量を取得する。推定された水貯留量又は残留塩分補正水貯留量と、雪貯留量と、氷貯留量とに基づき、路面状態判別フロー2dを適用し、固定点の路面状態を推定する。
【選択図】図2
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14